近 況 心 境

岡  正 章
500 新元号 「令和」 に思う (5)


 新元号 「令和」 の 「令」 という字は、「靈」 という字の代わりに使われて、「すばらしい」 という意味に用いられたのだと、4月7日の日本経済新聞 「遊遊漢字学」 に、漢字学者の阿辻哲次氏が書いておられた。

≪台湾に行った時にスーパーマーケットで買い物をしていると、緑のプラスチックボトルに入った家庭用洗剤があって、容器に 「魔術靈」 と書かれていた。

 「靈」 (常用漢字では 「霊」 ) は 「(クスリなどが)よく効く」、あるいは 「頭の回転が速い」 ことを表す漢字で、中国語ではリンと発音する。

 はて、この洗剤はどこかで見たことがあると考えていて、ハッと気づいた。それは花王が台湾で販売する 「マジックリン」 だった。≫


 という書き出しである。つづいて、こうある――

≪ ……「壺坂霊験記」 という浄瑠璃がある。座頭の沢市は妻お里が毎日早暁に外出するのを不審に思って問いつめると、お里は沢市の目が治るようにと壷阪寺の観音様に願掛けに行っていたと打ち明ける。この信仰心の篤い夫婦の願いを聞き届けた観音の救済によって、沢市の目が再び見えるようになり、それがタイトルにある 「霊験」 である。

 敬虔な信仰に対して神仏が示す不思議な験
(あかし)を 「霊験」 といい、また 「霊峰」 や 「霊薬」 ということばがあるように、「霊」 という漢字には 「はかりしれないほど不思議な」 とか 「神々しい」 「とても素晴らしい」 という意味がある。

 しかし 「霊」 の旧字体である 「靈」 は二十四画もあって、書くのがはなはだ面倒だ。それで早い時代から、「靈」 と同じ発音で、ずっと簡単に書ける 「令」 があて字として使われた。こうして 「令」 に 「よい・すばらしい」 という意味が備わり、やがて 「令嬢」 とか「令息」 といういい方ができた。

 新しい元号 「令和」 の出典とされる 『万葉集』 巻五の 「初春令月、気淑風和」 に見える 「令月」 も 「令」 を 「すばらしい」 という意味で使い、「(新春の)よき月」 であることをいう。≫


 と、書かれている。

 「令和」 は 「靈和」 であり、「はかりしれないほど不思議な」 「神々しい」 「とても素晴らしい」 “和” を意味すると考えられる。


 ここで、このウェブサイト 「みすまるの珠」 の初発心である 「みすまる宣言」 を再確認したい。

 ⇒みすまる宣言

 そしてもう一つ、「みすまるの珠」 とは何か、について。

 ⇒TOP 「みすまるの珠」 とは

「近況心境」#178  「みすまるの珠」は天照大御神の御霊である 
同 #179 天照大御神は実相世界の光であり宇宙の主宰神である


 上記は本サイトの変わらぬ理念なのであります。

 「令和」 の時代に、それが実現に向かってどう動き出すか、楽しみにしながら、着々と粛々と、みこころのまにまに発言し、行動してまいりたいと思います。


 (2019.4.20)

499 新元号 「令和」 に思う (4)


 ≪新しき御代
(みよ)の元号決定を言祝(ことほ)ぎて詠める歌≫




 (2019.4.15)

498 新元号 「令和」 に思う (3)


 新元号 「令和」 の 「令」 とは 「神意」 ということであり、「令和」 とは 「神意による和」 ということである。

 すべてのものは本来 「一」 であって、各々その処を得て大調和している。

 「神意による和」 は、「大調和の神示」 にあるとおり、

≪ ……天地一切のものとの和解が成立するとき、天地一切のものは汝の味方である。天地一切のものが汝の味方となるとき、天地の万物何物も汝を害することは出来ぬ。≫

 という、対立するものなき 「絶対の和」 である。

 その 「絶対の和」 が花ひらく時が来たのである。

          ○

 生長の家の日本国家観は、戦前・戦中・戦後とも一貫して変わっていない。

 日本の理念は、「大和」。それは、#489491 で 「梅の花の神示」 について研鑽しながら学んできたことである。たとえば、昭和17年<1942年>に 「公事結社 生長の家満洲教化部出版部」 から発行された 『新日本の心』 という本にも、次のように書かれていた。――

≪     生長の家と日本精神

 日本と云い、日本精神と云いますものは非常に広々とした意味を持っております。日本と云うものを狭く考える人は、日本というものを外国と対立させて、外国に対する日本というような狭い日本を考える人もありますけれども、日本精神というのはそういう狭いものではないのであります。総てのものを一つにまとめる精神、これが日本精神であります。……

 大和
(やまと)というのは、『弥々(いよいよ)多くのものを円くまとめて一つに止める』 という意味であります。そういう説明を申さなくとも、あの日章旗を見ていらっしゃいますと、あのまん円く角立たず、すべてのものを包んでいる日章旗の精神というものが日本精神であります。

     日 章 旗 の 心

 ところがこの、日章旗の円は 『零(ゼロ)』 であります。円満完全で同時に零なのであります。『零』 というものは実に素晴らしいものであります。……零は何もなくして無限を内に有っている。一切数を自分のうちに包んでいるのが零であります。

 胸が広々として、わだかまりがない時に 『私の胸はカラッポ』 だと云いますが、そういう胸のカラッポは、どんなことが起ってきてもみんな自分の内に容れてあげてイライラしたりブツブツ云ったりしないことがカラッポの心 『零』 の心であります。ですから 『零』 ぐらい大きいものはない、何もないかと思うと、何でも容れることが出来るのであります。

 日本人の 『カラッポの心』 と云うのは、一切のものを入れて、とどこおりがないという零であります。一切のものを自分の中に包みながら而もそれに 『引っかからない』 のが零であります。中々難しいようですけれども、それが日本精神であります。

 西洋精神は枝葉の精神で、細かくいくらにも分科してわかれて行く、外見が賑やかであるのが西洋の栄え方でありますが、日本の栄え方は 『からっぽ』 の中へ中へと還元して行くのであります。復古の精神というのが、近頃叫ばれておりますが、古に復り、元に還るところの精神であります。……≫


 それは、戦後昭和26年に谷口雅春先生が占領軍による公職・執筆追放から解除されると直ちに祖国再建の道しるべとして出版された 『新生の書』 にも同様、次のように書かれているのである。――

≪私は日本を限りなく愛する。…… 私の限りなく愛すると云った 「日本的なもの」 とは、日本の国号が過去に於いてありし如く 「大和」 であると云うことである。

 私の限りなく愛すると云った 「日本的なもの」 とは、日本の国旗の標識が○
(まる)であるように、すべてのものと手をつないで真に丸く、円満完全に、○(まる)の中が空(くう)であるが如く、虚心無我にして、苟(いやしく)も私心を差し挿まない大調和な心と、それより発し育てられ来たった大調和の事々物々を指すのであって、好戦的と云うこととは全く反対(うらはら)のことを指すのである。

 私の信念に於いては本当に 「日本的なもの」 即ち 「大和の理念」 があらわれたら、あの戦争は起らなかったに相違ないのである。今後日本が国連の一員として平和を護って行く上に最も大切なのは 「大和」 の理想の培養であらねばならぬ。

 「天地一切のものと和解せよ」 「天地一切のものに感謝せよ」 との神示によって立教せる生長の家こそ、真に大和の理念を宣布するものであり、これこそ真に 「日本的なるもの」 を育て行く根本教と云わなければならぬのである。≫


          ○

 それ故に、このたび公表された新元号に 「和」 の字が入っていることは、まことにふさわしく喜ばしいことである。そしてその頭に 「令」 の字がついていて、それは 「神意」 を意味するというのだから、何をか言わんやである。

 しかして、「令」 の音
(おん)は 「れい」 である。音には音霊(おとだま)がある。

 やまとことば(古来の日本国語)において、「ラ行」 の音は、

≪……たいてい語尾につけて旋回転的運動の意味を附け加える働きをもっているのであります。

 例えば 「カ行」 の 「カ」 に、ラ行を持って来ると 「カラカラ」 と笑う、そうすると 「カ」 の状態が動いて来るのであります。「カア、カアと鳴く」 と言うよりも 「カラカラと打ち笑う」 と言う方が何となしに動いている響きが感じられる。

 物を噛むのでも、「カリカリ」 と噛んだ、そうすると、運動している感じが言葉の響きに出て来るのであります。

 「タ」 の字にラ行を附けると、「タラタラ」 と汗をかいたと言う。大粒になって流れ落ちる感じが出てまいります。「タラリタラリ」ともう一つラ行を追加すると旋回的な感じが愈々深まってまいります。

 花弁が 「ハラハラ」 と散ると言う。「ハラリハラリと散る」 と言いますと、益々旋回的な感じが深く出て来るのであります。

 怪我でもすると 「ヒリヒリ」 痛い。その言葉をきくと何となしにその痛みにも運動性を帯びている。涙を 「ポロポロ」 とこぼす、というようなあんばい式に 「ポロポロ」 というと如何にも滾
(こぼ)れているような相(すがた)が出て来るのです。≫

 それは外国語でも、英語では 「美」 をビューティ beauty というが、これにラ行をつけてビューティフル beautiful とか、ビューティフリー beautifully といえば形容詞や副詞になって運動状態を表現する語になる、と言われている(『新版 真理』 第4巻13章)。

 「令和
(れいわ)」 は漢音でありラ行が接尾語でもないが、「大和(だいわ)」 よりも、何となく動きがあって回転運動に移るイメージが湧くように思われる。

 新しい御代は、「大和」 の理念が動き出して回転運動を始める時代になるのではないだろうか。

 今、現象界は混沌として、「大和」 の理念とは裏腹に、世界は 「分断」 や 「不寛容」 といった言葉で語られることが多く、日本にもその波がひたひたと寄せていると指摘されている。その中で、日本の使命、生長の家の使命は大きい。

≪ 新たなる世界の黎明が来たのである。混沌の世界は過ぎ行く。生命は秩序なき混沌を征服して其処に新しき秩序を創造する力である。

 利己主義を動機として生活していた古き秩序は終ろうとしているのである。見よ、唯物論の世界は幕を閉じる。そして新しき人間の舞台が開幕する。≫

 (『日本を築くもの』 より)

 新たなる世界の黎明 (「令」明、「霊」明) である。

          ○

 生長の家総裁が、「令」 の字に 「神意」 という語義があることを述べられたのは、まことにありがたく、時宜に適ったことであった。感謝したい。

 しかし総裁は、無条件でこの新元号を喜んでいるわけではなく、

≪ 「令和とは、権力者に和することだ」 などと誰も考えないように、立憲主義の原則を護るとともに、宗教運動としては 「“令”とは神意に従うこと」 という古義を忘れずに、神の御心の表現に向かって進んでいきたいと思う。≫

 と書かれている。概ねもっともなことである。

 だが、「立憲主義」 について、私は

≪ #298 「立憲主義」 と 「国体尊重」 は本来同義である≫

 で、

≪ 立憲主義とは Constitutionalism の邦訳語で、Constitutiion は constitute ――構成する、形成するという動詞の名詞化。構成、成り立ち、つまり国体(国がら、国のありよう)のことである。国体(国のありよう、Constitution)を明文化したものが憲法 Constitution でなければならない。「立憲主義」 と 「国体尊重」 とは、本来同義である。……≫

 と書いており、以後、#299302 まで同タイトルで拙稿を連続掲載し、#303 は 「日本国憲法前文 改訂試案」 をアップしています。乞御高覧。

 要は、「立憲主義」 という思想主義の底にある 「国家=悪」 という観念は、決して神意ではなく、日本の理想理念でもなく、世界を秩序ある平和に導く思想ではないということ。

 西洋の国家観は、「ある特定の地域内部を物理的暴力によって支配する機構」 ということのようである。国家は個人の抑圧装置としてある。個人にとって国家とは本質的に敵である。このような国家観で日本の国柄を規定するのは誤りである。

 日本という国家には日本の長き歴史の中から生まれてきた立国の精神があり、国のかたちがある。

 それは、「君民同治の神示」 にあるような自覚から生まれ育ってきた国のかたちである。

≪ 国は人間生命の外延(がいえん)である。それは身体が人間生命の外延であるが如くである。

 人間生命が神より生れたる神聖なるものであるという自覚が、その外延であるところの国をも神より生れたる国であるとの神聖性を要求するのである。この要求が神によってその国が造られたのであるとの神話を創造するのである。

 しかも人は自己が無にして絶対であり、一切の主であり、永遠者であり、久遠の主宰者である(民主)との自覚を、生命の外延の世界に於ても持つことを要求するのである。観られる世界は観る人の心の世界であるからである。

 身体も国も共に観る者(主体)から反映せられる世界(客体)である。観る心の要請が身体に於ては脳髄の存在となり、国に於ては永遠の元首なる、無にして絶対であり、一切の主であるところの天皇の存在を要請するのである。

 天皇の神聖性は、人間自身の生命が神聖であるところから来る。即ち観る主体(民)が神聖であるから、観らるる客体である天皇が神聖なのである。

 ……人間は自己自身の神聖性の故に神造の国家に神聖降臨の神話を創造してその歴史の中に住む自己を観るのである。天孫降臨とは人間自身すなわち民自身が天孫であり、神の子である自覚の反映にほかならない。

 かく天皇の神聖性は人民自身の神聖性より反映するのである。されば民が主であり、君は客である。是を主客合一の立場に於て把握すれば主客一体であり、君民一体であり、民は君を拝み、君は民を拝む。

 民を拝み給う治は、君を拝むところの事と一体である。治事
(じじ)一体であり、治(おさ)めると事(つか)えるとは一体であり、君民同治である。≫

          ○

 『新生の書』 の第18章に 「西田幾太博士との対話」 というのがあるのは、すでに #494 に引用させて頂いたのでしたが、その「対話」での谷口雅春先生のお答えの趣旨要所を掲げます。

○ 「物質」 と 「生命」 とを二元的に観る限り、その人には宇宙に真の統一は発見出来ない。

 「物質」 と云う 「生命」 を限定する何ものかが存在するのではなく、「生命」 が自己の表現の方法として、生命の波動によって 「物質」 を創造する。たとえば映写技師が、自己の表現の方法として銀幕上に影を投ずるようなものだ。

 生命は如何なる他者によっても限定されたり、束縛されたりするものではない。生命は 「久遠即今」 の純粋連続である。

○ 現在が現在を否定して次の現在があらわれると云うような考え方は、精神分裂症的な考え方である。考える場合には、そうも考えられるけれども、現在は否定せられずに、そのまま 「今」 即 「久遠なるもの」 と繋っている。それが 「久遠即今」 の純粋連続である。

 日本的な考え方は、何処までも一切を 「本来一」 の発展と観るのである。

現実的五官的な面からの思考としては、「私」 と 「汝」 と 「彼」 との三つの対立を考える。併し、それは結局一面からの観方であって、「私」 と 「汝」 と 「彼」 とは無いのであって、本来ただ 「一」 のみがある。

 「一」 の生命が 「私」 となり、「汝」 となり、「彼」 となり、一方に於てそう云う人格的な世界をあらわし、その同じ 「一」 の生命が、その人格的な世界を容れるところの環境的世界、非人称的命題の世界をあらわす。そうして、個々の人格がその環境(非人格的世界)と関係し得るのは、人格的世界と非人称的世界とが、本来 「一」 であるからである。その本来 「一」 こそ神なる大生命である。

○ 絶対に相独立するものが相対立すると云うが如きことは私には考えられない。相対立する両者は、それが対立が可能である以上、それは、両者を包摂し統合する一層深い根拠の上に立っているからなのである。戦いが可能であるのは、どちらが一方を食い、一方が食われるにせよ、相対立する両者が 「一」 なる本源に還帰せんとするが故にこそ可能なのである。

 東洋的なるものと西洋的なるものとが相反するのは、東洋的なるものと西洋的なるものが本来 「一」 なるいのちから分岐したものだからである。それは電気の陰と陽との如きものである。それが相反するのは、語を換えて云えば、互に相結ぶのである。互に相結ぶことによって電気は一層高次の光を放つのである。

 東洋的なるものと、西洋的なるものとが相反するのは、二つに分岐したる文化が本来の 「一」 にまで結び着いて、一層高次なる光を放たんがためである。「汝等天地一切のものと和解せよ」 と云う場合の和は、あるべきものがあるべき所にピッタリと坐ることである。


          ○

 ――絶対に相独立するものが相対立しているなどと考えることは、精神分裂症的(現在は「統合失調症的」という)なことだと言われている。

 いま世界は混沌として、「大和」 の理念とは裏腹に、「分断」 や 「不寛容」 といった言葉で語られることが多く、日本にもその波がひたひたと寄せていると指摘されている。統合失調症的になっていると言える。

 それを救うべき哲学を持っているはずの生長の家も現象界では分裂して、統合失調症的になっていると見られるのではないか。

 しかしそれは一時的なものであって、互いに相結ぶことによって一層高次の光を放つためであると信ずる。

 「久遠の今」 なる 「一」 に還帰すればよいのである。

 それを、「令和」 の御代に必達すべく、創造
(うめ)の始動(はな)を展開(ひら)かすことが、われわれに与えられた重大な、ワクワクする課題ではないだろうか。

          ○

 
「現代一般に、人間が国家と対立するものという考え方があるけれども、それは間違いであって、国家を離れた人間は、人間でなくて動物である。人間と国家とは対立する二者ではない。人間の外に国家はなく、人間を人間たらしめるものは国家である。」
 (『万葉の世界と精神』 山口悌治氏)

 私はかつて青年時代、半世紀以上前の昭和41年(1966年)1月30日、生長の家本部大道場で行われた「実相研鑽会」という東京都地方講師会主催・谷口雅春先生御指導の研鑽会で、研究発表した記録がある(『生長の家』 誌昭和41年5月号所載)のを思い出しました。(→「疾風怒濤のわが青春記録より」・7)

 研鑽のテーマは、「“金波羅華
(こんぱらげ)実相世界”実現のために」 でした。その一部を抜粋再録します。

≪ 岡 ……先ず根本的に観の転回ということが必要であると思います。つまり我々は物質においていた価値を霊的なものに完全に置き換えなければならない。我々は無限の可能性を秘めた霊であって、全体のために奉仕すれば奉仕する程、我々の生命が豊かになる霊であるという、価値観の転回を完全に行わなければならないと思います。

 我々の青年運動に於いては、『生命の實相』 を中心とした“観の転回”というものを非常に強調しなければならないということを痛切に感じた訳でございます。

 そこで、我々は現実に、病気が治った、経済的に繁栄したとか、或は生活面において、神の子を行じて生き生きとした生命を発して仕事の面でも第一流の人物になり、青年会に入ったら、すばらしい結婚をして、幸福な家庭を築き上げる事が出来るんだという実証を示して行かなければならないと思います。

 次に、国家と個人との関係につきまして、生長の家の基礎文化研究所の山口悌治先生が

 「現代一般に、人間が国家と対立するものという考え方があるけれども、それは間違いであって、国家を離れた人間は、人間でなくて動物である。人間と国家とは対立する二者ではない。人間の外に国家はなく、人間を人間たらしめるものは国家である」

 ということを書いていらっしゃいましたのに私は非常に感銘を受けました。現代の青年には“国家”という観念がどれだけあるでしょうか。

 金波羅華の実相世界を顕現するということは、国家と自分が一つであるという、それを自覚することであると思います。ところが現在は、学校教育に於いて、青少年に全体への奉仕、国家への奉仕、中心帰一ということが教えられていない。

 数年前、学校の先生方に 「全体への奉仕」 と 「個人の自由」 と、どちらを尊重すべきかという質問が出されました。その答えに、「戦前は全体への奉仕を強調したから、全体主義、国家主義によって戦争を始めた。だからこれからは個人の自由をもっと尊重してゆかなければならない。それが大事なんだ」 と強調しておった訳です。

 しかし、私達が個人の自由を尊重すると言いましても、全体への奉仕と切り離して個人の自由があり得るだろうか。本当は、個人の自由というものを、全体への奉仕に使うとき、はじめて、本当の個人の自由があると思います。

 戦後の教育に於いては“個人が全体に対して奉仕しなければならない”ということが全然教えられていないと思うのですが、我々は全体への奉仕を通じて本当の自由も得られるし実際に個人も繁栄することが出来るんだと思うんです。……≫


 ――まだ青い、青年会時代のつたない発表でしたが、基本的に、間違ったことは言っていないと思います。


 (2019.4.4)

497 新元号 「令和」 に思う (2)


 新元号に用いられた 「令」 という字は、「よい」 という意味で使われている。「令月」 は「よき月」 で、「吉日」 と並べて使われる。令室、令兄、令息など、他人の親族に対する敬称としてもよく使われる字である。

 出典となっている万葉集巻第五 「梅花の歌三十二首」 の序文(漢文)の 「初春令月、気淑風和」 (初春の令月
(れいげつ)にして 気淑(よ)く風和(やわら)ぐ)というのは、

 「初春のこの良い月に、気は良く風はやわらかだ」

 という意味で、春の訪れを喜び、みんなが和やかに歌を詠んで楽しみましょう、ということ。序文はなお、

 「梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香」
 (梅は鏡の前の粉を披
(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす)

 とつづき、

 「梅の花が、鏡の前で女性がおしろいをつけているように白く咲く。
 蘭は貴人が身につける香り袋のように薫っている……」

 ……という意味で、序文はまだまだつづいている。

 (万葉集に収録されている和歌はいわゆる 「万葉仮名」 (やまとことばをそのまま漢字の音をかりて書き表したもの)で書かれているが、序文は例外で、漢文で書かれている)

 そして三十二首の梅花の歌というのは――

 ……

 と、「令和」 の出典 『万葉集』 とその解説書をひもといて詳しく勉強しておりましたが――

 谷口雅宣 生長の家総裁のブログ 「唐松模様」 に、「新元号 『令和』 について思う」 と、本タイトルによく似たタイトルで素晴らしいご文章を書かれていることに気づきました。これによって私も目を開かれ、大きな学びを得ましたので、それをこれから書かせて頂きます。

          ○

 私が谷口雅宣総裁のブログからインスパイアされた最も大きな事は、


≪ 「令」 の字は 「礼冠を着けて、跪(ひざまず)いて神意を聞く神職のものの形」 を表す。

 ……また、「鈴」 の字の旁
(つくり)が 「令」 であるのは、神道の儀式にあるように、鈴は 「神を降し、神を送るときの楽器である」 からだという。

 だから、「令」 とは 「神意に従う」 ことなのだ≫
(白川靜氏著 『字統』 による)


 ということでありました。


 では、「令和」 とは 「神意による和」 ということになる。

 すべてのものは本来 「一」 であって、各々その処を得て大調和している。


≪神があらわるれば乃(すなわ)

  善となり、

  義となり、

  慈悲となり、

  調和おのずから備わり、

  一切の生物処を得て争うものなく、

  相食
(は)むものなく、

  病むものなく、

  苦しむものなく、

  乏しきものなし。≫



 なのである。それが 「神意による和」 であり、「絶対の和」 なのである。

 その 「絶対の和」 が花ひらく時が来たのである。

          ○

 私の手許には、「令」 の字に上記のような宗教的背景があると記された書籍や辞典はなかったので、今日はちょっと近くの図書館へ行って調べてみました。あいにく白川靜氏の 『字統』 はありませんでしたが、加納喜光著 『漢字の成立ち辞典』 というのに、次のようにありました。

≪ 「令」

[意味]
 ① 指図をする。言いつけ。号令。司令。
 ② お達し。おきて。(例:法令)
 ③ 清らかで美しい。(例:令名)

[字形]
 「上から下にお達しをさずける」 という意味をもつ記号素。「△(三方から寄せ集めることを示す符号)+卩(人がひざまずいている形)」を合わせ、人々を三方から集めてひざまずかせ、神や天子のお達しをさずけるさまを暗示した(会意文字)。

○ 「令」 には二つのイメージがある。
 一つは 「次々に並びつながる」 というイメージ。
 もう一つは 「神の言葉のように清らかに澄み切っている」 というイメージである。

[語族]
 「令」 の漢字グループ(語族)には上記のイメージがある。

 ① 齢 ○とし。 「令
(次々に並びつながる)+歯」(歯が年齢とともに生えるように、次々に並ぶ年月)
 ② 零 ○水滴が落ちる。「令
(点々とつながる)+雨」(小さな雨粒が数珠つなぎに落ちる)<転義> 小さい。はした。(例:零細)
 ③ 領 ○くびすじ。うなじ。「令
(つながる)+頁(頭部)(頭と胴体をつなぐ部分→くび)<転義> 受け取る。引き受けておさめる。(例:受領。占領)
 ④ 冷 ○つめたい。 「令
(清らかに澄み切っている)+冫(氷)(氷のように澄み切ってつめたいさま)
 ⑤ 鈴 ○すず。 「令
(清らかに澄む)+金」(澄んだ音色を出す金属→すず)
 ⑥ 玲 (人名)○玉の澄んだ音。
 ⑦ 伶 (人名)○音楽官。
 ⑧ 怜 (人名)○心が澄んで賢い。(例:怜悧)
 ⑨ 澪 (人名)○水が澄んで清らか。みお。
 ⑩ 嶺 (人名)○みね。峰の連なる山。
 ⑪ 蛉 ○トンボ。(例:蜻蛉) 羽が清らかに澄んだ虫。
 ⑫ 鴒 ○セキレイ。(例:鶺鴒) 背がほっそりと清らかな鳥。


 ――「みんなが一つにつながって、神の言葉のように清らかに澄み切っている」 というイメージが、この 「令」 という字にあることがわかりました。


 <つづく>


 (2019.4.3)

496 新元号 「令和」 に思う


 新しい元号は 「令和
(れいわ)」 と決まり、公表された。

 これは、わが国最古の歌集である 『万葉集』 巻第五から採用された。今からおよそ1300年前の天平2年(西暦730年)正月13日、大伴旅人(当時大宰帥として九州大宰府に赴任していた)を主人として梅見の宴会歌会が開かれた。そのとき詠まれて万葉集に収録されている 「梅花の歌三十二首」 の序文が出典という。

 安倍総理いわく――

≪ 万葉集にある 「初春の
(れいげつ)にして 気淑(よ)く風(やわら)ぎ 梅は鏡前の粉を披(ひら)き 蘭は珮後(はいご)の香を薫らす」

 との文言から引用したものであります。そして、この 「令和」 には、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ、という意味が込められております。

 万葉集は、1200年余り前に編纂された日本最古の歌集であるとともに、天皇や皇族、貴族だけでなく、防人
(さきもり)や農民まで、幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、わが国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書であります。

 悠久の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然。こうした日本の国柄を、しっかりと次の時代へと引き継いでいく。

 厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたい、との願いを込め、「令和」 に決定いたしました。

 文化を育み、自然の美しさを愛でることができる平和の日々に、心からの感謝の念を抱きながら、希望に満ちあふれた新しい時代を、国民の皆さまとともに切り拓いていく。新元号の決定にあたり、その決意を新たにしております。……≫

          ○

 私は #494 に書いていますように、「大和」 が日本の理念、理想であると思ってきましたから、「和」 の字が入っていることはうれしいことでした。しかし、「令」 の字は意外で、ちょっと驚きました。しかし――

 
「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたい、との願いを込め、『令和』 に決定いたしました」

 という安倍総理の言葉で、納得しました。

 「梅の花の神示」 を深く勉強してきたばかりです。神のお導きを感じました。


≪ 梅の花の開く時節が来たのである。

 今年が弥々開く年である。今年は弥
(や)の年、弥々(いよいよ)の年、八(ハ)の年、ハナの年、ハリ伸びる年、ハジメに開く年である。ハは開き伸びるという意味であって、春(はる)、原(はら)、脹(はる)、晴(はれ)、遥(はるか)等 皆この語源から来るのである。

 梅の花とは、生みの花――創造
(うみ)の始動(はな)のことである。『生みの花』 はまた 『海(うみ)の原(はら)』 のことである。『梅の花』 の五弁は五大洋に象(かた)どる。五大洋にスメラミコトの花が開く始まりが今年である。≫


 今年こそ、「弥々
(いよいよ)の年」、創造(うみ)の始動(はな)の年にしなければならぬ――と思います。


 <つづく>


 (2019.4.1)

495 さくら讃歌・日本讃歌


 サイタ

 サイタ

 サクラ ガ

 サイタ 
(*1)

          ○

 春が来た

 春が来た

 どこに来た

 山に来た

 里に来た

 野にも来た


 花が咲く

 花が咲く

 どこに咲く

 山に咲く

 里に咲く

 野にも咲く 
(*2)

          ○

 さくら さくら

 弥生のそらは

 見わたすかぎり

 かすみか雲か

 にほひぞいづる

 いざや いざや 見に行かん 
(*3)

          ○

 春のうららの 隅田川

 上り下りの 船人が

 櫂のしづくも 花と散る

 ながめを何に たとふべき


 見ずやあけぼの つゆ浴びて

 われにもの言ふ 桜木を

 見ずや夕ぐれ 手をのべて

 われさしまねく 青柳を


 錦おりなす 長堤に

 暮るればのぼる おぼろ月

 げに一刻も 千金の

 ながめを何に たとふべき 
(*4)

          ○

 しきしまのやまと心を人問はば

   朝日に匂ふ山ざくら花 
(*5)

          ○

   「若い日本」

 日本はいつでも若いのだ

 国がさくらの花ならば

 ひとりひとりが花びらだ

 かがやく誇りを持っている

 気高い理想を持っている

 咲こう 咲こうよ 咲きとおせ

 日本よ 日本よ われらの日本


 日本はいつでも進むのだ

 国が火を吐く島ならば

 ひとりひとりが溶岩だ

 燃えたつ意気と情熱で

 世紀を超えて進むのだ

 燃えろ 燃えろよ 燃えとおせ

 日本よ 日本よ われらの日本


 日本は大きく伸びる樹だ

 たまに嵐に折れたとて

 若い芽がある 枝がある

 がっちり組んで堂々と

 世界の上に伸びるのだ

 伸びろ 伸びろよ 伸びとおせ

 日本よ 日本よ われらの日本 
(*6)

          ○

 「近代、日本の発達ほど、世界を驚かしたものはない。この驚異的発展には、他の国と異なる何ものかがなくてはならぬ。

 果せるかな、この国、三千年の歴史がそれであった。この永い歴史を通じて、一系の天皇を戴いたという比類なき国体を有することが、日本をして今日あらしめたのである。

 私はいつも世界上のどこか一ヵ所位、この様な尊い国がなくてはならぬと考えていた。

 何故なら世界は進むだけ進んでその間、幾度も闘争が繰り返され、最後に闘争に疲れるときが来るであろう。

 その時、世界の人類は必ず真の平和を求めて、世界の盟主をあげねばならぬ時がくるに違いない。

 その世界の盟主は武力や金力でなく、あらゆる国の歴史を超越した最も古く、且つ、尊い家柄でなければならぬ。

 世界の文化はアジアに始って、アジアに帰り、それはアジアの高峯、日本に立ち戻らねばならぬ。

 吾等は神に感謝する。天が吾等人類に日本という国を造っておいてくれたことを」 
(*7)

          ○

 「桜よ 咲き誇れ 日本の真ん中で 咲き誇れ。

  日本よ 咲き誇れ 世界の真ん中で 咲き誇れ」

 
 ――(以下、安倍総理が平成25年5月23日、第19回国際交流会議
      「アジアの未来」で語った熱い想い)――


 「桜よ」 という歌です。

 日本を震災が襲った2ヵ月あとの2011年5月、ジャカルタに500人近いインドネシアの学生が集まって、この歌を熱唱してくれました。

 日本語でミュージカルを演じる学生たちが、新作演目のため作って用意していた歌でした。その、もともと日本語の歌詞に、震災を受け、くじけそうになっている日本の人たちを励まそうと、次の言葉が新たに加わりました。

 「何かを失う寂しさ あきらめる悲しさ でも春は来る 来年も その先も ずっと先も」

 そして、歌は言うのです。

 「桜よ 咲き誇れ 日本の 真ん中で 咲き誇れ。日本よ 咲き誇れ 世界の真ん中で咲き誇れ」

 私は初め、驚き、そして深く感動しました。驚いたのは、500人の合唱のその力に対してです。日本語で、インドネシアの若者が日本に向け、懸命に歌ってくれているというその事実自体に対してでした。

 そしてもちろん、感動しました。「世界の 真ん中で 咲き誇れ」と、日本のことを励ましてくれる若者がアジアにいるのだ、ということにです。

 戦後の私たち日本人の歩みは、このような善意を育てていたのだと改めて知り、深く頭を垂れ、襟を正したい気持ちになりました。

 ご参集のみなさま、私の役目とは、日本をこの歌にふさわしい、未来を向いてもう一度、力強く歩いていける国にしていくということです。 
(*8)

     * * * * * * *

  
註(出典)

   *1 「小学国語読本」 (昭和8年)

   *2 「尋常小学読本唱歌」 (高野辰之作詞・岡野貞一作曲 明治43年)

   *3 日本古謡

   *4 武島羽衣作詞・滝廉太郎作曲「花」(『歌曲集 四季』 明治33年)

   *5 本居宣長作

   *6 橋本竹茂作詞・飯田三郎作曲 国民の歌「若い日本」

   *7 #358 参照。

   *8 安倍晋三・百田尚樹共著 『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』 p.183~184


     * * * * * * *

 さくらが日本中で咲き誇るなか、明日は新元号が発表され、いよいよ新たなる世界の夜明け、日本が世界の真ん中で咲き誇る時代――その黎明を告げる創造
(うみ)の始動(はな)が、ひらき始めるのです。


 (2019.3.31)

494 新たなる世界の黎明(3)


 新たなる御代の元号が、まもなくあと3日ほどで、4月1日に発表されます。

 どういう元号になるのでしょうか。

 元号は、「国家の理想を語っていること」 というのが第一条件。

 ならば、私は 「大和」 という漢字が浮かびますが――

 これは、「土地の名前などと重複しない」 という条件から、はずれますね。

 「国文学、漢文学、日本史学、東洋史学などについて学識を有する専門家に考案を委嘱し、内閣の責任において決める」 と言われているが、そこには人智を超えた神智が天降って決まることを信じ、わくわくしながら期待しています。

 日本国の理想――それは神の国のすがた。愛と平和と秩序と中心帰一のすがたであり、永遠に無限に繁栄、発展するすがたです。

 それは、「生長の家」 出現の理想、神意のすがたでもあります。

 平成の御代において、現象界の生長の家は、この元号の理想とするすがたとはかけ離れたものでした。

 「平成」 は、「内平らかにして外成る」 という史記の文言から選ばれたと聞いておりましたが、生長の家の状況は、残念ながら 「内分裂して外成らず(教勢発展せず)」 でした。

 しかしそれは、次なる御代に大きく飛躍するための準備期間だったと、後の世に言われるようにせねばならない。と思います。

 神意は、必ず実現します。

 今、生長の家が分裂状態にあることも、神意がより深く大きく実現するための過程であり、生命は、生命弁証法的にどこまでも一層高まって展開するものだと思います。

 『新生の書』 (谷口雅春先生著、昭和26年刊)の第18章は 「西田幾太郎博士との対話」 として、西田哲学と谷口哲学の根本的相異について明確に説かれ、「神一元」 の生命の実相哲学を闡明
(せんめい=不明瞭であったことをはっきりさせる)する名論が収録されている。

 ここにその一部を謹写転載させて頂きます。


          ○


≪ 谷口雅春著 『新生の書』

    第十八章 西田幾太郎博士との対話

  西田哲学は私の日本哲学と非常に似ていると云われている。
  似ている点もあるが、非常に異る点もある。
  本論文はその異同を明かにし、更に純粋日本的哲学を
  闡明
(せんめい)せんとするものである。

     一、生命は 『一』 であると云うこと

西田 『生命と云うものは内的統一と考えられるものでもなければ、外的統一と考えられるものでもない。生命には死と云うものがなければならない。』
(『哲学の根本問題』 続篇序文九頁)

谷口 『僕は、そうは考えない。生命は生きているものである。生きているものに死はない。死するものは始めから死んでいたもの、或は始めから唯だ 「反影
(かげ)」 に過ぎなかったものだけだ。』

西田 『多くの人々は、生命と云うものを潜在的力と考える。併し合目的なる生命の発展には、いつも物質的環境と云うものがなければならない。』
(同書序文九頁)

谷口 『生命を潜在的力と考えるのは、五官的面から生命を覗いて見ようとするからである。そう云う観方をするならば、成る程、生命は物質的環境に包まれて、その中に潜在しているように見える。

 併し、物質的環境なるものは、実は外にある環境ではなく、生命みずからの波動であり、その波動を生命みずからが 「空間」 と云う認識の形式に映し出して固定化して 「物質」 として観るに過ぎない。「物質的環境」 と 「生命」 とは、そんなに対立して存在するものではない。』

西田 『併し合目的なる生命の発展には、いつも物質的環境と云うものがなければならない。而して、物質的環境と云うものは、生命を否定する意味を有ったものでなければならない。』
(同書序文九頁)

谷口 『そう考えるのは 「物質」 と 「生命」 とを二元的に観るのだ。二元的に観る限り、その人には宇宙に真の統一は発見出来ない。

 「物質」 と云う 「生命」 を限定する何ものかが存在するのではなく、「生命」 が自己の表現の方法として、生命の波動によって 「物質」 を創造する。たとえば映写技師が、自己の表現の方法として銀幕上に影を投ずるようなものだ。生命は如何なる他者によっても限定されたり、束縛されたりするものではない。生命は 「久遠即今」 の純粋連続である。』

西田 『生命の連続と考えられるものは、Mの自己限定として非連続の連続と考えられるものでなければならない。現在が現在自身を限定すると云うことから生命の連続と云うものが考えられるのである。』
(同書序文九頁)

谷口 『現在が現在を否定して次の現在があらわれると云うような考え方は、精神分裂症的な考え方である。考える場合には、そうも考えられるけれども、現在は否定せられずに、そのまま 「今」 即 「久遠なるもの」 と繋っている。それが 「久遠即今」 の純粋連続である。
 「一」 の純粋連続であって、不連続なる 「多」 の、「現在」 が連続しているのではない。
 線は 「点」 が無数に集って線になっているのではない。線は 「一」 の純粋連続である。

 それを物質的な分析的な考え方によって、線は点の不連続の連続だと考えるのだ。日本的な考え方は、何処までも一切を 「本来一」 の発展と観るのである。』

西田 『個物的なる個人の立場から見れば、非連続の連続として個物と個物との媒介者Mと云うものは、先ず私と汝との関係によって考えることが出来る。而して歴史的世界と云うものは、一面に私と汝とが相逢うと云う意義を有っていなければならない。そこに自然の世界と歴史の世界との区別がある。併し単に斯かる立場から歴史の世界を考えるのは、一面的たるを免れない。』 (
同書序文一〇頁)

谷口 『そうです。それは全く一面的であって、自他を分裂症的に見ている。「私と汝とが相逢う」 と云うのは、「私」 と 「汝」 とを対立的な一面からのみ観ている。「私」 と 「汝」 とは本来無い。無くしてある。その 「無」 を通して 「私」 と 「汝」 とを滅し去り、「私」 と 「汝」 とが否定せられることによって 「私」 と 「汝」 とが一体に繋がっている。それが歴史だ。』

西田 『歴史の底には、個人をも否定するものがなければならない。加之
(しかのみならず)、私と汝との関係から考えても、単に私と汝との関係だけでは、真に非連続の連続と云うものは考えられない。真に非連続の連続と云うものが考えられるには彼と云うものが入って来なければならない。』 (同書一〇頁)

谷口 『現実的五官的な面からの思考としては、「私」 と 「汝」 と 「彼」 との三つの対立を考える。併し、それは結局一面からの観方であって、「私」 と 「汝」 と 「彼」 とは無いのであって、本来ただ 「一」 のみがある。「一」 の生命が 「私」 となり、「汝」 となり、「彼」 となり、一方に於てそう云う人格的な世界をあらわし、その同じ 「一」 の生命が、その人格的な世界を容れるところの環境的世界、非人称的命題の世界をあらわす。そうして、個々の人格がその環境(非人格的世界)と関係し得るのは、人格的世界と非人称的世界とが、本来 「一」 であるからである。その本来 「一」 こそ神なる大生命である。』


 ――上記、『本来 「一」 』 とは、「久遠の今」 すなわち時空発生以前の根源的実在世界であり、時空上に展開された自他相対立する現象世界は 「無」 である、ということだと思う。

 ここで少し飛ばし、<二> に移ります。

≪    二、現実の世界とは如何なるものか

西田 『現実の世界とは如何なるものであるか。

 現実の世界とは、単に我々に対して立つのみならず、我々が之に於て生れ、之に於て働き、之に於て死にゆく世界でなければならない。

 従来主知主義の立場を脱することの出来なかった哲学は、所謂対象界と云う如きものを実在界と考えた。それは我々の外に見る世界に過ぎなかった。之に対して我々は単に見るものに過ぎなかった。

 併し、真の現実の世界は我々を包む世界でなければならない。我々が之に於て働く世界でなければならない。行動の世界でなければならない。斯かる世界の論理的構造は如何なるものであろうか。』
(同書本文一頁)

谷口 『現実の世界とは、単に見られるだけのものとしての対象の世界ではない。吾々が創造しつつある世界である。それは吾々を引き包んでいるように見えているけれども、吾々の生命がプロジェクト(project)し、顕現しつつある世界である。

 五官的に観れば吾々は之に於て働くように見えるが、真実は、吾々はそう云う 「現実世界」 と云う容器の中で働いているのではない。現実世界とは 「実」 即ち 「実在の生命」 が 「現」 すなわち顕現しつつある <そのもの> である。

 世界と云う容器があるのではない。生命が世界を顕現しつつあるのである。生命と世界とは、容器と 「容器の中に生れた孑孑
(ぼうふら)」 とのように対立しているのではなく、生命と世界とは 「一」 なのである。だから 「生命」 は 「世界」 をつくる。

「世界」 は生命を縛る客観的存在ではない。生命は世界を自由にねじ曲げることが出来る。それが谷口哲学の立場であり、西田哲学と相異する根本的なところだと思う。』

西田 『此の世界は之を客観主義の立場から見ることもできる。単なる科学の立場からこの世界を考える人や又多くの形而上学者もそれであった。之に反し、この世界は之を主観主義の立場から見ることもできる。所謂理想主義の人々がそれである。特に近代に於てカント哲学は斯かる立場に立つものと云うことができる。

 併し単なる客観主義の立場から主観界を包むことはできない。又単なる主観主義の立場からは真の客観界を包むことは出来ない。』
(同書本文二頁)

谷口 『生長の家は単なる主観主義の立場ではない。主観客観全一の実相を直観的に把握して、これが真に実在であると云う。

 吾々が実在と云うのは、真に客観的なるものであり、同時に 「大主観」 とも云うべき 「神」 の主観の顕現でもある。

 吾々が肉眼で見ている所謂る現実界なるものは、純粋主観世界でもなければ、純粋客観世界でもない。それは純粋客観世界を仮妄主観で模糊たらしめて、歪み又はぼかしてそれを不完全にあらわしているものに過ぎない。だからそれは現実世界と云うと雖も 「実」 を現したものではなく、仮妄主観で純粋客観世界を汚して見ているのである。

 真に純粋主観、又は大主観に立って観たる世界は純粋客観世界に一致する。それは神の覚位に立って、又は仏の覚位に立って見たる世界である。法華経にある 「衆生が劫尽きて此の世が焼くると見る」 世界とは、仮妄主観で汚して見たる世界である。

 併しその時にさえも 「わが浄土は安穏にして天人常に充満す」 と観る主観が純粋主観であり、汚れざる主観であり、又かく見られたる天人の浄土が純粋客観の世界である。爰
(ここ)に純粋主観の世界と純粋客観の世界とは一致する。

 かくの如き純粋主観(純粋智)を吾らは実相智と呼び、かくの如き純粋客観世界を実相界と称する。吾々が現実界又は現実世界と称するものと、実相界又は実相世界と称するものとは、此の様に異るのである。』≫


 ――さてここで、<三>~<六>まで原本の13頁分を飛ばし、<七>の一部を抜粋転載させて頂きます。

≪     七、純粋時間と現象時間とに就いて

西田 『時は無限の過去から無限の未来に向って流れると考えられる。時の両端は結び付かないものでなければならぬ。如何なる意味に於ても、その両端が対象的に結び付くと考えられるならば、時というものはなくならねばならぬ。併しアウグスチヌスも云った如く、時の過去と未来とは何等かの意味に於て結び付く、即ち一つのものに於てあると考えられねば、時というものは考えられない。』
(『哲学の根本問題』八頁五行目)

谷口 『無限の過去から無限の未来に向って流れていると考えられるのは、現象時間のことであって真の時ではない。真の時はかくの如き無限の過去も無限の未来も「今」の一点に於て把んでいて其処から一切の時間と空間とが展開するところの極微の一点なのです。本当は極微の一点もないのだけれども、象徴的な表現をもって謂えば無時間無空間の一点から一切の時間と空間とが展開し出で、またそこに 「帰る」 のです。後から復帰すると云う意味での 「帰る」 ではなく、その一切に 「今」 現に帰一しながら、しかも無限の時間と空間とを展開しているのが真の時なのです。帰一と展開とが同時即一に行われているのです。

―(中略)― 「ある」 と 「現れ」 とを混同することは哲学に於ては致命傷である。本当に有るもの(実在)は、時間に於て有るのではなく、かの巻き収められたるフィルムの如く時間的序列を 「絶対無」 の一点に巻き収め握るものである。

 その 「絶対無」 の一点には時間が無いのではなく、有るのではなく、一切の時間的序列がその中に包容されていながら、そのまま無時間なのである。その無時間は時間が無いのではなく、それこそ純粋時間であり、所謂る 「真の時」 である。

 これを日本的表現、古事記表現をもってすれば 「目無堅間
(めなしかつま)の小舟」 である。「目無し」 は時間の目盛なきこと、堅間は堅くしまりて空間無きことである。無時間無空間の極微の一点が 「目無堅間の小舟」 である。それに乗るとき、そこに龍宮城が有るのである。

 龍宮城とは、一切の存在が秩序整然と巻き収められている実在界のことである。一切の現象は此の無時間無空間の一点(実は一点も無い 「絶対無」)に孕んで、此処より発し、此処に帰るのである。

 アウグスチヌスが、「時の過去と未来とは何らかの意味で結び付く」 と云ったのは、無時間無空間の 「一」 より発し、「一」 に還帰しつつ、各時間点は不連続でありながら、此の 「一」 に於て連続すると云う意味を云ったのだと考えられる。』≫


 ――そして最後 <八> の結びに、刮目すべき重要な一文があります。

≪     八、対立するものは本来 『一』 である

西田 『こう云う意味に於ては、先ずアリストテレスの考えた如く、個物が一般を含むと考えることもできる。併し単に斯く云えば、個物を単に唯一なるスブスタンティヤと考えると撰ぶ所なく、それは変ずるものでも、動くものでもなくなる。』
(同書十二頁四行目)

谷口 『(中略)変ぜぬものが、変ずるものとなって顕れつつあるのである。AとBとが全然別物の出現と云わずして、一つのものが変じたのだと云うためには、変じない一つのものがその奥になければならぬ。AとBとは不連続であっても、その「一つのもの」によって連続しているのである。』

西田 『変ずるものの世界は生滅の世界でなければならぬ。アリストテレスも、生滅するものに於ては実体が変ずると考えて居る。絶対に相独立するものが相対立し、一が他を滅するか、他から滅せられるか、両者相争う所に働くということが考えられるのである。』
(同書十二頁九行目)

谷口 『絶対に相独立するものが相対立すると云うが如きことは私には考えられない。それが対立が可能であるのは、相独立するが如く見えるけれども、同一面上に(譬喩的に云う)あるからである。

 相対立する両者は、それが対立が可能である以上、それは、両者を包摂し統合する一層深い根拠の上に立っているからなのである。戦いが可能であるのは、どちらが一方を食い、一方が食われるにせよ、相対立する両者が 「一」 なる本源に還帰せんとするが故にこそ可能なのである。

 東洋的なるものと西洋的なるものとが相反するのは、東洋的なるものと西洋的なるものが本来 「一」 なるいのちから分岐したものだからである。それは電気の陰と陽との如きものである。それが相反するのは、語を換えて云えば、互に相結ぶのである。互に相結ぶことによって電気は一層高次の光を放つのである。

 東洋的なるものと、西洋的なるものとが相反するのは、二つに分岐したる文化が本来の 「一」 にまで結び着いて、一層高次なる光を放たんがためである。「汝等天地一切のものと和解せよ」 と云う場合の和は、あるべきものがあるべき所にピッタリと坐ることである。』



 ――私は本稿のはじめの方に、

 「神意は、必ず実現します。

 今、生長の家が分裂状態にあることも、神意がより深く大きく実現するための過程であり、生命は、生命弁証法的にどこまでも一層高まって展開するものだと思います。」

 と書いておりました。

 今、上記 『新生の書』 の第18章 「西田幾太郎博士との対話」 で谷口雅春先生の結びのご文章を心読霊読し、その思いを新たにするものであります。


 (2019.3.29)

493 新たなる世界の黎明(2)


≪ 新たなる世界の黎明が来たのである。混沌の世界は過ぎ行く。

 見よ、唯物論の世界は幕を閉じる。そして新しき人間の舞台が開幕する。≫


   (谷口雅春先生著 『日本を築くもの』 <昭和35年初版> より)


 大東亜戦争敗戦後の日本は、占領軍の日本弱体化政策、そして唯物思想・革命思想の蔓延によって混沌、混乱の時を経たが、谷口雅春先生の雄叫びに呼応して憂国愛国の心ある者は起ち上がり、国体は護持され、空前の奇跡的経済成長を遂げた。

 その “日本の奇蹟” をもたらしたものは “神意”で あり、神意は谷口雅春先生を通して顕著に働いたと私は信じている。


 谷口雅春先生著 『新生の書』 (昭和26年初版)より、ひきつづき抜粋謹写させて頂く。
 (正漢字・歴史的仮名遣い→当用漢字・新仮名遣いに変換)


≪ 第 二 章 光へ歩む生活

     目覚めてから

 何事が善であるか。善とは生きることであり、生かすことである。モーゼの十誡も、釈迦十善も、不殺生の徳を第一に置いたのである。殺すことが悪である。生かすことが善である。

 如何にすれば自己を生かし、他を生かし、最大多数の生命を生かすことが出来るか。

 自己全身が光であり、その細胞全体ことごとく光なる有様を心の眼もて見詰めよ。しずかに静かに呼吸せよ。呼吸毎に自己に光流れ入りて自己のうちに光みち渡ると観ぜよ。しかしてのち、

 『天地に満ち渡る光は霊の光なり、神は霊なり、我れは宇宙霊の大海に浮ぶ霊の中心なり』

 と念ぜよ。念ずるのみならず、斯く信ぜよ。

 『宇宙霊は今・此処・我の一点に於いて自己顕現し給いつつあるなり』

 と念ぜよ。

 自己顕現とは、宇宙霊みずからが此の我れに今あらわれたまうことである。自己は既に自己に非ず、宇宙霊が此処に自己顕現したまうが我れなのである。此の自覚によって本来無病なる 『神』 そのものなる自己の実相があらわれ、病は消え、また人の病いを神癒に導くことも出来るのである。

     唯物論は人間を殺す

 生かす事が善である。殺すことが悪である。人を 『生命』 であると観、『生ける霊』 であると観ることは、人間を生命に於て観ることであり生かすことである。
人間を 『物質』 であると観、虫食い、禿(ち)び腐り、老衰する肉体なりと観ることは、人間を無生物に於いて観ることであり、殺すことである。唯物論は人間を殺すことになるのである。

     生命を礼拝せよ

 生命を生かすためには生命を礼拝しなければならぬ。自己の生命を礼拝するのみならず他人の生命をも礼拝しなければならぬ。生命を礼し敬するのが真の民主主義である。生命を物質であると見る 『唯物論』 が真の民主主義でないのは当然のことである。


 生命を健康にするためには、生命を礼し敬しなければならぬ。生命への敬礼
(きょうらい)は、生命の神視によって完成するのであって、生命を 『神』 と見ないで 『物質』 と見ている限りに於いて、それは生命の蔑視であり、人間の蔑視である。

 自分も神の子、あなたも神の子――こうさとって万人を拝むのである。人類を拝むのである。日本人だけを拝んだり、自分だけを拝んだりするから、好戦国民になったり、己惚
(うぬぼ)れて人から高慢だとして憎まれたりするのである。

 天地一切のものを拝むさとりが、釈迦成道の悟りである。山川草木国土、それから、すべての情
(こころ)あるもの、情(こころ)なきもの其の悉くを釈迦は仏として拝んだのである。拝むこころが仏である。責める心が鬼である。

     現象の無を悟ること

 不思善悪の心は、自己のはからいの、自分ぎめの、善悪をすべてかなぐり捨てて、更に大きな超越的な神の愛を、神の善を、神の智慧を信ずるところの心である。自分ぎめの善悪を捨てない限りは、人間は人を責めたくなり、審判
(さば)きたくなり、苦しまねばならぬ。

 審判く心を捨てるためには、現象を否定しなければならない。ここに 『現象本来なし』 の生長の家の哲学が役に立ち、仏教の 『業
(ごう)本来無し』 の哲学が役に立つのである。かくて現象の悪を否定し去ったとき、そのまま実相の善が肯定されてくるのである。

 現象を見る目を瞑
(と)じて、彼を見よ。彼は肉体ではない、業(ごう)の流転(るてん)によって翻弄(ほんろう)されている彼でもない。彼は神の子である、彼は仏子である。何の為に彼を審判(さば)くことが出来ようか。

 彼の神性を、仏性を礼拝せよ。感謝せよ。かくするとき汝は彼と和解することが出来るのである。彼の悪を見ながら、『人間じゃもの、悪は止むを得ない』 と許すのは、まだ本当の和解ではない。如何に赦したとて、彼の 『悪』 を見る――すなわち 『悪』 として彼を見ること其のことが既に審判である。その心を捨てない限りは、赦しの中にも尚自己撞着があって苦しまねばならぬのである。

 ――(中略)――

 何故吾々はそんなに、現象の結果のみを見なければならぬのであろうか。現象は無常である。無常とは 『無い』 ことである。無常を見れば人生に価値は無い。無常なるものの奥にある 『常恒』 なるもの、現象の一瞬一瞬の移り変りの奥にある 『いのち』 そのもの、そのいとなみが尊いのである。

 今・此処の一点に 『久遠の生命』 が生きている――何事でもその一点に一処に全生命をかけて生きるとき、一点・一処・今・此処そのままに 『久遠の生命』 が行じているのである。

 生命は行である。現象の結果は、生命の足跡に過ぎない。足跡は消えても、生命はただ行ずるのである。生命は足跡を振り返って見はしないのである。生命は前進あるのみである。

 太陽はただ照っている。植物はただ生うる。ただは生命の純粋の歩みである。報いをもとめるな。結果をもとめるな。それは生命の純粋行と云うことは出来ない。


   第 三 章 物質無と云うことに就いて


 物質と云うものは本来相
(すがた)がない。一定の形相がない。法則に従って固体になったり、液体になったり気体になったりするので、物質は一定の形がない。一定の形がないものは是を仏教では 「空」 と云う。空とは変化無常のすがたを云うと定義されている。

 ところが吾々が見る事が出来るのは一定の形があるからである。或る期間一定の形があるので触れることが出来るのである。或は形がなくても波があるので感ずることが出来、耳に聞くことが出来るのである。波と云うと既にそれは形である。だから形がなかったら何にも感じられない。

 ウィルソン霧函の中で電子の実験をしていると何にもないところから、突然電子が発生したりするのが見られることがある。どうしてそんなことが出来るか、それは物質的にはわからない。それは偶然であるとも考えられる。

 それはどもらでも好い。何にもないところから物質の最小単位である電子が生れるとすると、物質と云うものは 「無」 から生じたものであると云うことが出来る。

 しかし 「無」 はどこまでも 「無」 であって 「無」 が勝手に変形して物質的形をあらわすと云うことば考えられない。そこで 「無」 の世界から無を変形して或る一定の形につくり出すエネルギーと云うようなものの存在を想定しなければならぬと云うことになる。

 しかもそのエネルギーは一定秩序の高等数学的秩序をもった物質をつくり出すから、それは極めて高い知性をもったエネルギーだと云わなければならない。そうすると、この極めて高い知性的エネルギーとは何であるか。それを吾々は神と云うのである。

 「無」 に対して神の力が加わって一切のものは出来たとすると、「無」 プラス 「神」=
(イコール)神のみ独在と云うことになるのである。

 神のみ独在であるとすると、物質が神のほかに存在すると認めることは 「ない」 ものを 「あり」 とすることだから迷である。「甘露の法雨」 にも、あらざるものをありとするのが迷いである、顛倒妄想であると書いてある。顛倒妄想とは逆さまの思いである。

 物質は無いのであって、法則によって形をあらわすのである。法則によって、或は固体となり液体となり気体となり、或はラジウムや、原子爆弾になったウランの原子のようになって飛んでしまう。どれが一定の形と云うことはない。

 その放射線になって飛ぶ量子的存在も 「無」 の中から生じ、「無」 に還る。その 「無」 と滅し、「有」 と現ずるのは法則によるのであって、物質は無いのであって法則のみがあるのだと云うことが判る。

 その物質を 「ある」 などと思っているのが逆さの思いで迷であるのである。その法則とは何であるかと云うと、法
(ノリ)であり則(ノリ)である。ノリとは 「宣(の)り」 であって、コトバである。天地間に満ちわたる神のコトバである。

 「神光あれと云い給ひければ光ありき」 である。神のみこころの振動がコトバであり、そのコトバの通りに万物があらわれたのである。

 吾々の本体は霊なのである。霊を Spirit と云うが、これは 「息」 と云うことであってコトバを意味する。『コトバ』 と云うと心の波である。波と云うと既に形である。しかしこの形は物質の形ではないのであるから心の形である。この心の形を理念と云うのである。

 理念は形相を予想される。尤
(もっと)も理念は眼で見ることは出来ず、五官に触れることも出来ないが形があるのである。理念は神の心の中にある観念形相であると云える。

 観念と云うと何であるかと云えば、吾々が心の中に、薔薇の花なら薔薇の花と云うものを描く。眼を瞑って薔薇の花、薔薇の花と描くと、心にぽっかり浮んで来る、これが薔薇の花の理念であります。

 吾々が心に薔薇の花の観念を描いても今直ぐにそれは現実化しないのであるが、神様が心に描かれた理念法則となり、その法則を通してそれが形にあらわれることになっているのであります。

 心が物質をつくり、物質を動かすと云うと迷信のように思う人があるが、法則が物質をつくると云えば誰も迷信とは考えないであろう。その法則は宇宙に充ち満ちているのであって、これが即ち「神」である。

 『甘露の法雨』 には、創造の神を 「宇宙を貫く法則」 と書かれてある。されば宇宙に本当にあるものは、法則即ち理念のみであると云い得る。

 理念は肉眼には見えないが、これが見えるためには、「理念」 が 「無」 に対して働きかけると云うことが必要になって来る。創世記に書いてあるところの 『元始
(はじめ)に神天地を創造(つく)りたまへり、地は定(かたち)なく曠空(むな)しくして』 とある。

 地即ち物質は形なく空しく無形相で空であった。そしてそこに 『神の霊水の面
(おもて)を覆ひたりき』 とある。水と云うものは形のないものを象徴的に現わしているのである。

 『古事記』 に 「漂へる国をつくり固めなせ」 と云うように書かれている 『漂える』 と云うのが一定の形を有
(も)っていないことである。

 「海月
(くらげ)なす漂える」 と書かれている。海月見たいに一定の形のないこと、即ち無形相である、空であって nothingness で何にもない、何にもない 「無」 に対して理念が働きかける――即ち神の霊水の面を覆ひたりきである。

 「無」 の上に 「理念」 即ち 「形相」 が働きかけた時に、その時に天地が創造せられることになった、即ち形なきものが形ある姿にまで変ったのである。

 ですから 無+理念=万物 ∴理念=万物 と云うような方程式になるのである。

 一切のものは 「理念プラス無」 であります。「理念」 だけでも見えないし、「理念」 は無を媒介として形をあらわす、即ち理念に対して無形相の形なきところの 「無」 を加えた時に、理念がハッキリと 「形なき形」 を形ある形に顕現するのであると謂える。

 以上の如く考えて来ると、万物はすべて神の顕現、理念の顕規であって物質ではないと云うことがわかる。だから物質そのものをばあると思うのを迷いと云うのである。

 普通の人は物質をあると思う。ところが 「悟り」 は是を理念であると観る。同じものを異ったように見るのである。

 尤も悟ったからと云って薔薇の花が別の恰好に見える訳でない。矢張り薔薇の花は薔薇の花である。唯普通の人はそれを物質として見るが、それは本質を見ないで、見せかけの姿を見ているに過ぎない。是を迷と云うのであって、万物を理念として見る、是が悟である。≫



 <つづく>

 (2019.3.25)

492 新たなる世界の黎明


≪ 第一章 新たなる世界の黎明

     新たなる世界の黎明

 新たなる世界の黎明が来たのである。混沌の世界は過ぎ行く。生命は秩序なき混沌を征服して其処に新しき秩序を創造する力である。利己主義を動機として生活していた古き秩序は終ろうとしているのである。

 見よ、唯物論の世界は幕を閉じる。そして新しき人間の舞台が開幕する。≫



 と、谷口雅春先生著 『日本を築くもの』 (昭和35年初版)の冒頭に書かれている。


≪ 新しき日本が生れる。新しい人間が生れる。朝々が新生である。昨日見た夢がどんなに見苦しいものであつたにせよ。夜がそれを消してくれたのである。

 新しき日本が生れる。新しい人間が生れる。新しい人生が生れる。

 新しい人生をつくり出す基礎は、過去を捨てる諸君自身の能力にある。敗戦した日本などはないのである。日に日に新しき日本である。戦前よりも数等すぐれたる新しき日本である。しかも占領下に押しつけられたる民主主義の日本であってはならない。すでにそれも過去である。過去はないのである。

 万物は常に新しく生れる。過去を把まなければ過去は消えるのである。押しつけられたる民主主義も結局過去のものである。それを捨てよ。捨てて新しきものを見出しそれに生きよ。≫



 と、『限りなく日本を愛す』 (昭和28年初版)の冒頭には書かれている。


 谷口雅春先生は戦時中に超国家主義を説き戦争遂行の思想的先鋒になっていたとして、戦後の数年間は占領軍から公職追放・執筆追放の処分を受け、自由な言論活動を封じられていたが、昭和26年にそれが解除されると直ちに祖国再建の道しるべとして出版されたのが、『新生の書』 という画期的な名著である。

 ここには、秩序なき混沌の世界に盤石の秩序をもたらす根本的価値の哲学が記されている。

 私は学生時代、日本が連合国の占領下からやっと独立を回復したが思想混乱の中にあった昭和28年ごろ、この谷口雅春先生著 『新生の書』 を読み、深い感銘を受けて、生長の家の運動に全身全霊を投ずることを決意するに至ったのであった。

 今読み返しても、現在も昏迷せる日本と世界の現状を打破し、真の光明をもたらす根本哲学が記された珠玉の書であると思う。

 されば、新しい御代を迎えるに当たり、(一部を #490 に引用させて頂いたが) さらに根本的哲学の部分を謹写しここに再録させて頂こうと思う所以である。

 原文は正漢字・歴史的仮名遣いを使用されていたが、当用漢字・新仮名遣いに改めて、謹写させて頂く。

 以下、谷口雅春先生著 昭和26年初版 『新生の書』 より―


          ○


≪ 第 一 章 価値書換の哲学

     人生の価値と云うこと

 吾々は人生に生まれた。何のために生れたのであろうか。人生の目的は何であるか、生命の目的は何であるか。『生れた』 と云うことは一体どう云うことなのであろうか。人生が何の目的もないものであるならばそれは否定し去っても可
(よ)いものではなかろうか。若し人生に意義がないとしたならば、人生は崩壊し去った方が好いのではないだろうか。何よりも吾々は此の根本問題を解決しなければならないのである。

 戦争は大量殺人であるから悪いと云われている。戦争責任者は罰せられなければならないし、戦争犯罪者は処刑せられなければならない。しかし何故彼らは罰せられなければならないか。何故彼らは処刑せられなければならないか。人生が、そして人間の生命が、否定せらるべきものであるならば、大量殺人は、人生の(そして人間生命の)大量否定であるから、その意味に於いて、戦争は悪ではない筈である。

 しかし戦争が悪であると云うことは一般に公理的にみとめられている。その一般理性の背後には殺人が悪であると云うことが、まして大量殺人が悪であるということが、人類には公理的にみとめられているのだと云って好い。

 兎も角、いきること、生かすことが善であると、人類はただ公理的にみとめていると云って好い。

 稀に人生を否定する厭世思想(Pessimism)なるものがあるけれども、それは人生が幸福でないということを悲しんでの思想であって、その奥には 『人生は幸福であるべきもの』 との予想が潜んでいるのであって、その予想が裏切られるために人生を否定したくなるのが、厭世思想であるから、厭世思想の奥には、『人生は本来幸福である筈である』 との楽天的世界観が横たわっているとしなければならない。

     人間の何を生かすべきか

 人間はかくて 『殺さるべきもの』 ではなく、『生かさるべきもの』 であるということは解った。しかし、どういうように人間を生かすべきであろうか。

 人間を肉体として生かすべきものであろうか、魂として生かすべきものであろうか。また肉体として人間を生かすにしても、その肉体を生かすことを、『魂の座』 として 『肉体』 を生かすべきであろうか。

 終戦後の食糧飢饉に面して、『われは神よりも食物を求む』 と云った人もある。そういう人は、人間をただ肉体的に動物として生きることを肯定している人である。『われは飢えて神であることよりも、飢えざる豚であることを欲する』 と云う人である。けれども、斯かる人すらも、『生きること』 を、(それが単に肉体的のみにであるが)兎も角も生きることを肯定しているのである。

 併し、人間を肉体的のみに肯定し、肉体の幸福のみを追及して生きた場合、その有限の肉体が滅びるときに、何らの悔なきものであろうか。人間には果して、『永生の願い』 はないであろうか。

 死が人間のすべての終焉であるならば、人間は動物的に、肉体的に、その五官的本能を満足させるだけで幸福であり得、すべては解決し得るであろうが、そうでないところに人生の悩みがあるのである。

 人間がただ物質的存在であるならば、ただ肉体的存在であるならば、何故富める者飢えざる者が、尚それ以上のものを追及して互いに争い、互に悩むのであろうか。物質的な肉体的なもののみを追求していると自称している唯物論にしても、理論を追求して見たり、愛国者とみずから称し、弱き者の味方だと自称し、愛を価値あるものだとして公表しているところを見ると、彼らさえも、『理論』 とか、『愛』 とか云う非物質要素、精神的価値の存在をみとめているのであり、自称唯物諭者も、結局は 『理論』 と 『愛』 との価値追求者であるのである。

     同志愛を有
(も)つのは唯物論でない

 最も物質を愛する者さえも、最も肉体を愛する者さえも、彼は 『理論』 と 『愛』、『智慧』 と 『慈悲』 との追求者であるのである。彼は誰かが少くとも同志だけでも、自己の理論の正しさをみとめていてくれると信じており、彼の愛を、慈悲を、価値あるものだとみとめてくれることを信じているのである。

 すなわち、「普遍的正義」 と云うもの、「普遍的審判」 と云うものがどこかにあって、彼の正義とするものを正義と認め、彼の愛とするものを価値と認めるものだと云う前提と予想の下に行動しているのである。

 彼も、実は価値判断を肉体以外のところに置いているのであって、それは何故かと云うと、減ぶべきものには永遠価値はないから (永遠価値でない価値は、一時的価値である。一時的価値はやがて減ぶべき価値である。やがて滅ぶべき価値は結局は無い価値である。結局、無価値である) 滅びない価値、減ぶべき肉体に属しない価値こそ求めているのであると云わなければならないのである。

     価値追求は脳髄の化学作用ではない

 人間は水の上に浮かぶ泡のように、突然に地上に生まれ、肉体と云う外包の突然の又は徐々の崩壊と共に消えて、あとは何も無くなってしまうようた存在では本来ないのである。「永遠の価値追求」 の内的欲求こそ内部生命の必然の要請であって、それはただの脳髄内に起る化学的作用ではあり得ないのであり、内部生命の必然の要請こそ、生命それ自身の本質の展開であり、爆発であるとしなければならないのである。

 そして吾々の肉体は画家が絵の具と画布とを縁として、その内部生命の 『美(永遠価値)』 を表現するのと同じように此の肉体と物質とを縁として、内部生命の永遠価値 (真実価値 「真」、道徳価値 「善」、及び美術的価値 「美」) を実現せんとするものなのである。

 即ち、肉体と物質的環境とは 『永遠価値』 そのものではなく、永遠価値の表現の 『材料』 と 『座』 をなすものに過ぎないのだと云わなければならない。そして永遠価値そのものこそ人間の生命(本質)そのものなのである。

 総ての生物の中で、人間のみが肉体を超えた価値――真、善、美の 『真実価値』 『道徳価値』 及び 『美的価値』 を追求する。その他の生物は、ただ肉体的に生れ、地上に或る期間存在し、肉体的動物生活を送ってそれで終焉を告げる。かくて永遠価値を生きなくとも、何ら悔いもなければ憾みもないのである。彼らが悔いがなく、憾みがないのは、彼らの地上に出現した目的が、既にそれのみによって充足せられたからである。

 彼ら人間以外の生物が地上出現した目的は、人間が永遠価値を実現するための場所と環境と素材とを提供することによって永遠価値に結び付き得るのであって、動物それ自身のみでは永遠価値を実現することが出来ないのである。

     真善美の内部的要請

 哲学者及び科学者は、生命の 『真』 (即ち真実価値)を表現することによって、永遠価値を実現する。芸術家は生命の 『美』 (即ち芸術的価値)を表現することによって永遠価値を実現する。道徳家及び宗教家は生命の 『善』 (即ち道徳価値)を表現することによって永遠価値を実現する。

 尤も人間は、哲学者、科学者、芸術家、道徳家、宗教家と云う風に、けざやかに分類出来るものではない、いずれの人間も多少とも哲学者であり、科学者であり、芸術家であり、道徳家であり、何らかの宗教をもっている。無宗教者と思われている唯物論者でさえも、この世は唯物で成立っていると云う宗教をもっており、その真理を永遠価値あるものとして主張しているのである。

     哲学の種々相

 哲学の追求は最初は 『真』 の永遠価値の追及、『知識』 の純粋なる追求によって生れた。哲学の原語なるフィロソフィーは知を愛すると云う意味である。それが現世の実用になるならぬは別問題であって、知識を追求することそのことに永遠価値が認められるのである。

 その哲学の分野に於いて、何が美的価値であるかの 『知』 の追求は 『美学』 と称せられ、何が道徳的善であるかの 『知』 の追求は 『倫理学』 と称せられ、何が真の実在であるかの 『知』 の追求は本体論又は認識論と称せられるのであるが、いずれの分野に於いても互に関係があるのであって、私がこれから述べようとする価値の哲学は、価値哲学といっても好いが、それより多く宗教に連関していると云う点から宗教哲学と云っても好い、それは歴史を取扱う哲学を歴史哲学、社会を取扱う哲学を、社会哲学と称するが如くにである。

     内部理念の展開

 人間は何のために地上に生を享けたか。それは何のために、朝顔の種子が地上に播かれたかの問に似ている。朝顔の種子が地上に播かれるのは、種子の生命の中に包藏される全内容(全アイデア)が時間空間の世界のうちに展開されるためである。それは朝顔の理念が、目に見える世界に自己実現せんがためであるのである。

 人間が地上に生を享けたのは、人間なる理念が即ち神の肖像なる理念が (創世記第1章26) 仏教的に云えば仏子なる理念が (法華経、序品) 時間空間の世界を通じて自己を表現せんがためなのである。人間は生きる価値があるかの問題は、 『理念』 は生きる価値があるかの問題であるほかはない。人間は要するに理念であるからである。

     『理念』 の意味

 『理念』 と云う語は支那事変以来穢され、用語は混乱し、『大東亜の理念』 なる如き愚かなる語さえも用いられるに到った。そして愚かなる人間の妄想や空想さえも、それを指導精神として採用せられた場合にはそれが 『理念』 と称せられた。その為に現時に於いても 『理念』 を人間が他愛もなく描いた妄想の云う意味にとって、『理想』 と云う語よりも著しく低き意味に使用している人達があるのである。併し 『理念』 なる語は、本来、人間がたあいもなく心に描いた妄想ではなく、『理』 すなわち、神の定めたまうた宇宙を貫く根本原理が想念としてあらわれたものである。

 『理想』 は人間が心に描くところのものであるが、『理想』 なるものが描かれる其の奥には 『神の理』 が潜在していて、その奥から人間に其の 『理』 の顕現を推し出し推し進めているのである。『理念』 は 『理想』 の推進原理であり、人間理想の奥にあるフィルムのような一層根本的な存在なのである。

 人間なるものは本来、神がその心の中に描きたまいし 『神の肖像』 (Image of God)なる 『理念的存在』 であるのである。人間は肉体ではなく 『理念』 であり、『神の肖像』 である。肉体が重んぜられるのは、物質又は物体として重んぜられるのではなく、理念の顕現体として重んぜられるのであって、物質又は物体としては価値なき存在に過ぎないのである。

     価値の本質

 『価値』 とは如何なることであるか。『価値』 とは 『値打』 である。『値打』 とは如何なる事であるか。『値打』 とは『音
(ね)(うち)』 である。ものは打ちて音を出せば、その価値がわかるのである。金は打てば金の音を出し、銀は打てば銀の音を出す。アルミ貨幣に到っては、低劣なるボール紙の如き音を出す。

 『音』 とは何であるか、音
(ね)とは音(おと)であり、響きである。

 音
(おと)とは、『緒轟く』 すなわち 『玉の緒の轟き』 であり、『ヒビキ』 は 『霊(ひ)(び)き』 であり、霊の音のあとに余韻を曳いて妙なるを指すのである。要するに 『値打』 とは 『霊の動き』 であり振動であり、活動なのである。

 『値打』 は、『霊の活動』 であるから、『霊の活動』 を離れたる単なる肉体のみの活動には 『値打』 はない。肉体のみの欲望の追求が 『下劣』 に感じられ、価値少く感じられるのは此の理由に於いてである。

     真の意味の民主主義

 かくて、人間の本当の価値が書き換えられるのである。曩
(さき)には人間は物質的な存在であるとの 『低位の自己主張』 から、人間は単なる物質的存在ではないとの 『高位の自己主張』 にまで書き換えられるのである。

 これこそが真の意味に於ける民主主義――人間自身を尊ぶ主義であるのである。人間を単なる低次の 『物質的存在』 であるとの主張には何ら人間主人主義(自己が自己の主人公であるとの自己主張)は見られないのであって、それは人間が物質への隷属の告白であり、近頃頻発しているところの、単なる物質的待遇改善の主張の如きは、民主主義の仮面をかぶった 『物質への隷属主義』 ――奴隷主義にほかならないのである。

 哲学のない民主主義は、民主主義のつもりで主張しているところの一切が、実は奴隷主義を告白しているに過ぎないことがあるものである。真理によって解放されたる人間のみが真に民主主義であり得るのである。≫


 (谷口雅春先生 『新生の書』 より)


 <つづく>

 (2019.3.22)

491 「梅の花の神示」を学んで(3)


 「太初
(はじめ)に言(ことば)あり、言(ことば)は神なりき……」 (ヨハネ伝)

 の 「太初
(はじめ)」 とは、 「久遠の今」 のことである。

 創世記の冒頭 「原始
(はじめ)に神天地を創造りたまへり」 とある 「原始(はじめ)」も 「久遠の今」 のことであり、古事記の冒頭 「天地(あめつち)の初発(はじめ)の時……」 とあるのも同じく 「久遠の今」 なのである。それは時空未発の 「中(みなか)」、そこから時間・空間が創造(う)み出された元の始原である。それは時空の中の過去のことではなく、時空を超えているから、「今が天地(あめつち)の初発(はじめ)の時」 だと言えるのである。


 今年のお歌会始での御製について、私は 「皇統は不滅である」 と題し、#486 に書いていた。ところが “半藤一利氏らが語る 「平成の天皇と皇后」 30年の歩み 特別座談会” (2019.2.24 日経紙)で、半藤氏が斬新な注目すべき解釈をしているのを読んで、また目を開かれた。そのことも前項 #490 で紹介した。

 
「贈られしひまはりの種は生え揃ひ 葉を広げゆく初夏の光に」

 という御製で、「ひまわりの種」 は阪神大震災で犠牲になった女の子にちなんだもの。その下の句 「葉を広げゆく初夏の光に」 を、半藤氏は 「初夏
(はつなつ)の光」 と読む。すると 「葉」 と 「初」 の 「は」 が重なって、音韻がいい。そしてその

 「初夏
(はつなつ)といえば五月、新天皇が即位するとき。五月に皇位を皇太子に譲るが、そのあとも皇統は、葉が広がるよう続いていく」 と読む―― という。

 これは素晴らしい心の解釈である。

 美智子皇后さまは

 
「今しばし生きなむと思ふ寂光に 園(その)の薔薇(さうび)のみな美しく」

 と詠まれている。これは、「御所のバラ園で静かな光に照らされた美しい花を眺め、自分も残された日々を大切に生きていこうと思われたことを表現された」 と新聞では解説されている。「寂光」 を単に 「静かな光」 としているが、これは仏教の 「浄寂光土」 「寂光浄土」 を思われての御表現であろう。

 皇后様は、昨年10月20日84歳の誕生日を迎えられたとき、宮内記者会の質問に文書で回答され、「これから皇太子と皇太子妃が築いてゆく新しい御代の安泰を祈り続けていきたい」 とつづられていて、「(皇太子さまが) 陛下のこれまでと変わらず、心を込めてお役を果たしていくことを確信しています」 と述べられたことを思えば、次の代を信じ切っていられる御心のあらわれと思われる。

 皇太子さまは――

 
「雲間よりさしたる光に導かれ われ登りゆく金峰(きんぷ)の峰に」

 と詠われている。これは高校時代の登山の思い出を振り返られた歌であると報じられているが、私はここに皇太子様ならではの御自覚が込められていると感じる。

 それは――

 「雲間よりさしたる光」 とは、天照大御神の御光
(みひかり)ではなかろうか。

 そして、「金峰
(きんぷ)の峰」 とは、単に山梨県と長野県の境にある名峰をさしているだけではなく、天皇の御位を暗示している。殿下は、やがて皇位に就くのだという御覚悟を秘めて、この御歌を詠まれたのではないかと、私は感じる。

 さらに皇太子妃雅子さまの御歌は

 
「大君と母宮の愛でし御園生(みそのふ)の白樺冴ゆる朝の光に」

 であります。これは、「東宮御所の庭で大切に育てられた白樺の木立が朝の光を受けて輝く様子を描写し、かつて東宮御所で暮らした両陛下への感謝を込められた」 と報じられている通りで、ここにも雅子妃殿下の、皇后となって務めを果たして行こうという御覚悟が表れていると思う。

 私は、天祖 天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天孫 邇邇芸命(ににぎのみこと)にくだされた御神勅

≪「豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みずほ)の国は、これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。

 爾
(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)

 寶祚
(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壤(あめつち)と窮(きわ)まりなかるべし。≫


 を思う。それは、

≪太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と偕(とも)にあり、言は神なりき。……万(よろず)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。之に生命(いのち)あり、この生命は人の光なりき。……≫

 と 「ヨハネ伝」 の冒頭にある、その神と偕(とも)にある言(ことば)であり、「天地は過ぎゆかん、されどわがコトバは過ぎゆくことなし」 のコトバである。

 大日本の皇統は 「天壌無窮」 であり、神の国なる世界平和の礎となるものなのだ。

 そう思って 「大日本神国観」 の神想観をすると、まさに魂にぴったりと来る。

          ○

 「梅の花の神示」 に

≪ 梅の花の開く時節が来たのである。

今年が弥々開く年である。今年は弥
(や)の年、弥々(いよいよ)の年、八(ハ)の年、ハナの年、ハリ伸びる年、ハジメに開く年である。ハは開き伸びるという意味であって、春(はる)、原(はら)、脹(はる)、晴(はれ)、遥(はるか)等 皆この語源から来るのである。

 梅の花とは、生みの花――創造
(うみ)の始動(はな)のことである。『生みの花』 はまた 『海(うみ)の原(はら)』 のことである。『梅の花』 の五弁は五大洋に象(かた)どる。五大洋にスメラミコトの花が開く始まりが今年である。≫

 とある。それは昭和8年に天降った神示であるけれども、新しい御代に入る 今年のためにこそ天降っていた神示だと自覚し、そうあらせたいと思う。


 近ごろ詠める歌――


          ○


啓蟄
(けいちつ)ぞ春の光に虫うごき出づるといふも探せど見えず

みちのくの大地震
(おほなゐ)の日より八年(やとせ)経しけふはしづかに冷雨(ひさめ)そぼ降る

深海魚 「リュウグウノツカヒ」 網にかかりはやぶさは宇宙の 「リュウグウ」 に達す

深海に棲める魚らは見えなくも色あざやかに不思議な友だち

深海魚ダイオウイカの撮影さる四メートルに余る怪物

メンダコは足を持たずて深海に鎮座したまふ龍宮の王か

龍宮はわがふるさとぞ老いず死なず時間
(とき)を超えたる常楽のくに

われこそは 「リュウグウノツカヒ」 時間
(とき)を超え空間(そら)を超えたる故郷(くに)よりの使者

肉体はみんなみな死ぬ死ぬけれど生命
(いのち)は死なず永遠(とこしへ)に生きる

すめらみこと御代
(みよ)替はるとも日の本は永遠(とは)に栄ゆるうまし国なり


          ○


 「龍宮」 とは、 「久遠の今」 なる創造
(うみ)の根底(そこ)の世界である。

 今朝、わが 「内なる龍宮」 (潜在意識の底)から湧いてきた思い――


          *


 生かすことが善である。殺すことが悪である。

 殺すというのは、刃物で刺すようなことだけではなく、生かさないことである。積極的に生かさないことは、殺すことである。

 ひとの命を生かす。物の命を生かす。生かすというのは、讃嘆し、拝んで、可能性を引き出し、使うこと。使わないことは殺すことである。

 死蔵しているのは殺していることである。

 それは物だけのことではない。能力を使わないのは、力を死蔵していることである。神から授かっている命を、殺していることである。

 過去を生かし、今を生かし、すべてを生かす未来を創造する。その時は今である。今のほかに時はない。


          *


 昨日はわが出身高校の同期生有志がカラオケ店で昔の歌をうたったり語り合ったりの 「歌おう会」 というのに集まった。今上天皇とも同期の昭和8年生まれ、85歳。そこで一人の女性が 「鐘の鳴る丘 (とんがり帽子)」 を歌い、みんなで唱和した。

  (一)
   緑の丘の 赤い屋根
   とんがり帽子の 時計台
   鐘が鳴ります キンコンカン
   メーメー小山羊も ないてます
   風がそよそよ 丘の上
   黄色いお窓は おいらの家よ

  (二)
   緑の丘の 麦畑
   おいらが一人で いるときに
   鐘が鳴ります キンコンカン
   鳴る鳴る鐘は 父母の
   元気でいろよと 言う声よ
   口笛吹いて おいらは元気

  (三)
   とんがり帽子の 時計台
   夜になったら 星が出る
   鐘が鳴ります キンコンカン
   おいらは帰る 屋根の下
   父さん母さん いないけど
   丘のあの窓 おいらの家よ ……(以下略)



 『鐘の鳴る丘』 は、戦後の昭和22年7月5日から昭和25年12月29日までNHKラジオで放送されたラジオドラマ、またそれを原作とした映画。菊田一夫作。ラジオドラマの放送回数は790回に及び、昭和23年には松竹で映画化もされている。その主題歌が、上記 「とんがり帽子」 である。

 戦時中に空襲で家も親も失った戦災孤児たちが街にあふれていた時代、復員
(ふくいん=戦地など外地から日本内地へ還ってくること) してきた主人公が孤児たちと知り合い、やがて信州の山里で共同生活を始め、明るく強く生きていくさまを描く。日本全体が苦しかった時代、大人子供を問わず多くの人の共感を呼び、大ヒットとなった。テレビ放送はまだなく、NHKラジオを聴くことが家庭での最大の娯楽だった時代。

 それはわれわれ同期生が中学から高校時代のことである。

 それから約70年。日本は暴力革命の危機が叫ばれたこともあったが、それを乗りこえ、奇蹟的発展を遂げた。

 その中で生長の家の果たした役割は、計り知れない。そして――

 日本は 「何もなかった時代」 から、「何でもある。けれども “希望” だけがない」 とも言われる世へと移り変わった。

 しかしてまもなく 「平成」 の御代は終わりを告げ、新しいスメラミコトの世に入ることになる。


≪ 梅の花の開く時節が来たのである。

今年が弥々開く年である。今年は弥
(や)の年、弥々(いよいよ)の年、八(ハ)の年、ハナの年、ハリ伸びる年、ハジメに開く年である。ハは開き伸びるという意味であって、春(はる)、原(はら)、脹(はる)、晴(はれ)、遥(はるか)等 皆この語源から来るのである。

 梅の花とは、生みの花――創造
(うみ)の始動(はな)のことである。『生みの花』 はまた 『海(うみ)の原(はら)』 のことである。『梅の花』 の五弁は五大洋に象(かた)どる。五大洋にスメラミコトの花が開く始まりが今年である。≫

 この 「梅の花の神示」 のとおりのすがたを実現させたい。

 「スメラミコトの花が開く」 ―― それは、具体的にどのようなすがたになるのであろうか。

 それは、「すべてを生かす」 すがたであるにちがいない。

 それは、「大日本神国観」 のすがたが、具体的に展開したすがたであろう。


          ○


     
大日本神国観


 (招神歌四首をとなえ) 吾れ今、五官の世界を去って実相の世界にいる。

 遙々
(はるばる)と目路(めじ)の限り眺むるに、十方世界ことごとく神なり。吾れ十方世界を礼拝す。

 天よ、ありがとう。地よ、ありがとう。空気よ、ありがとう。火よ、水よ、温みよ、冷たさよ、天地一切のもの神の顕れであります。ありがとうこざいます。ありがとうございます。

 中央にすめらみことの御座
(ぎょざ)あり、すめらみこと高御座(たかみくら)に坐し給う。

 皇祖皇宗の御神霊とともなり。

 これをめぐりて百官もろもろの司
(つかさ)あり、すめらみことに向いて礼拝し奉行し奉る。

 十方に八百万
(やおよろず)の神々あり、護国の英霊あり、十方の諸仏あり、諸天あり、すめらみことに向いて礼拝し守護し奉る。

 すめらみことの御座より御光
(みひかり)さし出でてあまねく六合(りくごう)に照り徹らせり。

 六合照徹
(りくごうしょうてつ)光明遍照、六合照徹光明遍照ー

 すべての生きとし生けるもの、すべての青人草すめらみことを仰ぎ見て礼拝し讃歎し感謝し奉る。

 天皇陛下、ありがとうございます。ありがとうございます。

 皇祖皇宗の御神霊ありがとうございます、ありがとうございます。

 百官もろもろの司様ありがとうございます。

 十方、八百万の神々様、護国の英霊様、ありがとうございます、ありがとうございます。

 十方の諸仏・諸天様ありがとうございます。

 既に大宇宙の救済は成就せり。金波羅華
(こんぱらげ)実相の完全円満の相(すがた)、地上に隈(くま)なく反映し実現して中心帰一、万物調和の永久平和の世界今現ず。

 一切の生物ところを得て争う者なく、相食
(あいは)むものなく、病むものなく、苦しむものなく、乏しきものなし。

 実相・現象 渾然
(こんぜん)一体、実相・現象渾然一体……

 みこころの天に成る世界、既に地に成就せり、ありがとうございます。ありがとうございます。


 (2019.3.14)

490 「梅の花の神示」を学んで(2)


 「梅の花の神示」 には、「昨年十二月十一日にも 『戦いの時は来たのだ』 と知らせてある」 という文言があり、これは昭和8年1月6日に天降った神示でありますから、当時日本が満洲事変から支那事変、大東亜戦争へと突き進んでいこうとしていたのを、「行け行けどんどん」 とその勢いを加速させるのをよしとする神示のようにも受け取れます。で、これは当時の、いわば “期間限定有効” な神示だったのではないか、という感想を(勉強会で)述べた方があった。

 果たして、そうでしょうか。そうではないと思います。

≪ 「ヒノモトの軍(いくさ)」 というのは 「実相実現の内部的動力としてのヒカリの摂理の進軍」 でありまして、形の上での物質の軍隊のことではないのであります。それが敵味方と対立する力でないのは、此の神示に 「唯一の光であるからヒノモトと呼ぶのである」 と示されているので明かであります。

 唯一者には対立はないのであります。「摂理としての内部的動力」 が動き出すと、現象界には 「迷いと迷いとが相搏
(う)って自壊するという形」 があらわれて、その自壊作用を通して平和と光明とのみ充満する理想世界が実現するに至るのであります。≫


 と、先生は 『秘められたる神示』 の御講義で喝破されている。

 それは、 「久遠の今」 なる光の進軍である。生長の家は、常に 「久遠の今」 に立つ。そして、「ヒノモト」 とは、「久遠の今」 なる霊的光のことなのである。だからそれは彼我対立の力ではなく、時空を超えて有効な 「唯一の光」 なのである。

 神示はすべて、時空を超えた本源世界から天降った言葉であって、「期間限定」 などという神示はない。「梅の花の神示」 は、昭和8年に天降った神示であるけれども、時空を超えて常に、「今こそ有効」 な神示である。

 
「吾が臨(きた)れるは物のためではない、生命のためである。肉のためではない、霊のためである。これを覚るものは少い。物の生滅に心を捉えられ、物が殖えたときに信仰を高め、物が減ったときに信仰を失い、身体が健康になったときに神を讃え、家族の誰かに病気が起ったと言っては信仰を失うが如きは、神を信じているのではなく物を信じているのである。物は結局移り変るものであるから、物の御利益(ごりやく)の上に建てられた信仰は、物の移り変りによって壊れるのである。……」

 と、「無相円相一切相の神示」 (昭和7年4月10日神示)で教えられている。

 「梅の花の神示」 も、「霊のため」 の神示であったにも拘わらず、これを覚らず、「物のため」 と誤解して彼我対立の戦争へと向かうのが当時の日本の大勢となっていたから、悲惨な敗戦という結果が現れたのである。その過ちを排除し、神示のみことばは 「霊のため」 と正しく解釈し直して実践するならば、この神示(「梅の花の神示」)は今も生かすべき神示なのである。

 「日本の実相顕現の神示」 (昭和20年12月28日神示)には、次のように示されている。

≪ 敗戦の原因は多々あれども、戦争を始めたから敗けたのである。是は過去現在未来永劫に変ることなき真理である。

 戦争を始めねば敗戦もない。当り前のことが当り前なのである。真理と言うものは簡単で直截明瞭である。当り前のことがなかなか解らぬ人が多いから此の世界が乱れるのである。

 神が戦いをさせているのではない、迷いと迷いと打合って自壊するのだと教えてある。迷いの軍隊を皇軍だなどと思ったのが間違いだったのである。

 (中略)

 心に相対があらわれ、彼我
(ひが)対立する心は既に戦いの心、分裂構想を予想しての心であるから、戦争準備の心である。世界は一円相であると言うことを知らねばならぬ。

 世界一環互に手と手を繋
(つな)ぎ合って、しっかりと和する心になっていたらば戦争もなく敗戦もなく、実相無限の円満調和世界が実現する筈であったのに、当時の日本人は気が狭くて島国根性であり、排他的精神で、我慢自慢独善精神に陥り、それを日本精神だと誤解して、一人よがりに易々(いい)加減な気持になって、遂に世界を相手に敵として戦うようになったのである。

 排他の心は、他と自分とを切り分ける心であるから、切る心は切られる心と教えてある通りに自分が切られる事になったのである。…(後略)…≫



 谷口雅春先生は、戦前も戦中も、決して 「排他的精神で、我慢自慢独善精神に陥り」 戦争に向かって突っ走るようなことをすすめられたことはなかった。というより、「排他的、我慢自慢独善精神は決して日本精神ではない」 ということを説き続けておられたのである。そのことは、『生長の家五十年史』 に詳しいが、直接原典に当たってみましょう。

 「満洲国建国十周年記念」 として、昭和17年<1942年>に 「公事結社 生長の家満洲教化部出版部」 から発行された 『新日本の心』 という本がある。その冒頭 「第一編 第一章 日本的といふこと」 を引用させて頂きます。原典は正漢字・歴史的仮名遣い使用ですが、当用漢字・新仮名遣いに変えて、抜粋謹写させて頂きます。


≪ 第一章 日本的ということ

     生長の家と日本精神

 日本と云い、日本精神と云いますものは非常に広々とした意味を持っております。日本と云うものを狭く考える人は、日本というものを外国と対立させて、外国に対する日本というような狭い日本を考える人もありますけれども、日本精神というのはそういう狭いものではないのであります。総てのものを一つにまとめる精神、これが日本精神であります。……

 大和
(やまと)というのは、『弥々(いよいよ)多くのものを円くまとめて一つに止める』 という意味であります。そういう説明を申さなくとも、あの日章旗を見ていらっしゃいますと、あのまん円く角立たず、すべてのものを包んでいる日章旗の精神というものが日本精神であります。

     日 章 旗 の 心

 ところがこの、日章旗の円は 『零(ゼロ)』 であります。円満完全で同時に零なのであります。『零』 というものは実に素晴らしいものであります。……零は何もなくして無限を内に有っている。一切数を自分のうちに包んでいるのが零であります。

 胸が広々として、わだかまりがない時に 『私の胸はカラッポ』 だと云いますが、そういう胸のカラッポは、どんなことが起ってきてもみんな自分の内に容れてあげてイライラしたりブツブツ云ったりしないことがカラッポの心 『零』 の心であります。ですから 『零』 ぐらい大きいものはない、何もないかと思うと、何でも容れることが出来るのであります。

 日本人の 『カラッポの心』 と云うのは、一切のものを入れて、とどこおりがないという零であります。一切のものを自分の中に包みながら而もそれに 『引っかからない』 のが零であります。中々難しいようですけれども、それが日本精神であります。

 西洋精神は枝葉の精神で、細かくいくらにも分科してわかれて行く、外見が賑やかであるのが西洋の栄え方でありますが、日本の栄え方は 『からっぽ』 の中へ中へと還元して行くのであります。復古の精神というのが、近頃叫ばれておりますが、古に復り、元に還るところの精神であります。……≫



 支那事変が起こった昭和12年、『驀進日本の心と力』 という本が出版されているが、その第一篇 「日本精神の倫理」 の第三章 「物質の否定・棄揚・
神国の肯定」 という文章は、少し手を加えられて、現在 『生命の實相』 第十三巻 「倫理篇 上」 の170頁に 「物質の否定・棄揚・実相の肯定」 という小見出しをつけて、収録されている。つまり、今も変わらずその精神は生きていて、生長の家倫理学の基礎となっている哲学なのである。


 大東亜戦争中の昭和17年9月に発行された 『孟子日訓』 の 「はしがき」 には、大西郷の次のような興味深いエピソードが書かれている。

≪ 先日、新聞に或る人が次のような意味を書いていました。

 明治維新の際の薩摩と長門との二藩の連合は、薩摩の西郷隆盛、長州の高杉晋作、この両雄の会見によって急速に発展を見たのであるが、その時利かぬ気の高杉晋作は、西郷と初対面の挨拶をするに当って開口一番

 『貴様が薩摩の芋侍
(いもざむらい)か』

 と浴せかけたが、西郷は平然として

 『ハイ、私が薩摩の芋侍です』

 と答えたので、高杉は却って西郷の非凡なるに敬服したと云う。

 吾々はこれから大陸人民を宣撫して行くには、西郷隆盛が相手を平気で威張らして置いたと同じように、昔から中華とか、中国などと云って威張っていた大陸民族を軽蔑せず、大陸民族の自尊心を満足せしめ、大陸人自身の教を以て支那人を教化しで行くようにしなければならぬのである。この点に於て支那の聖人として彼らが尊敬しているところの孔子や孟子を以て導くことは、今こそ真に必要なことなのである。……≫


 ――日本精神は、肉体自我を超えた 「引っかからない心」 であり、零の心、大和の心である。それは、時空を超えた 「久遠の今」 に立ち還り、「一」 に還る、不動の心。しずかなること林の如く、動かざること山に似て、しかも疾風よりも迅速に自在に対処できる自由なこころなのである。

 日本と日本文学をこよなく愛し、晩年は日本に帰化したドナルド・キーンさんが、去る2月24日、96歳で亡くなった。キーンさんの代表作 「日本文学の歴史」(全18巻)の近代編、現代編を翻訳したジャーナリストの徳岡孝夫さんの話――(産経新聞より)

≪(キーンさんは) 戦時中は米国の情報将校として、日本兵と米兵の手紙を読み、彼我の懸隔に衝撃を受けた。『自分の命を祖国と世界平和にささげたい』 とつづる日本兵、『早く家に帰ってママのパイが食べたい』 と書く米兵。『この戦争は日本が勝つべきではないか』 とキーンさんは感じた。それが日本文学研究の出発点だった。≫

 という。日本兵は肉体を超えた 「一」 なる永遠生命に帰一していたのである。

 田辺尚雄氏(1883~1984 東洋音楽の研究者、文化功労者)が白寿(99歳)記念で出版された随筆集 『音の響き』 の冒頭に、「船火事と日本人」 というエピソードを書かれている。

≪   一 船火事と日本人

 大正11年(1922年)4月19日の正午ごろの話である。私は中国福建省地方の特殊な音楽 「御前清曲」 の調査研究を終ってその前夜厦門
(アモイ)を出発し、一路台湾の基隆(キールン)に向って東支那海を航行中であった。

 乗客のうち一等乗客の日本人は私と三井物産の香港支店長の家族と他に一、二名に過ぎず、他は凡てアメリカ人とその他の外国人であった。したがって食堂も円テーブルで、多くは外国人が占め、日本人だけのテーブルは隅の窓際の一個だけであった。

 この日は、非常に穏かな好天気に恵まれ、海上に波一つなく汽船は、辷るように静かに走りつづけていた。私共は食堂で昼食の真最中であった。急に窓外の甲板が騒がしく叫び声なども聞えたので、誰かが海へでも落ちたのかと思って、窓から外を見ると、私等の船の後甲板は黒い煙で蔽われている。そのとき水夫達がファイヤー(Fire)と叫んだので、食事をしていた外国人たちは一斉に飛び上り、手にした食器も投げ棄てて、ドタバタと夢中で各自の居室に馳けおりていった。

 私も一瞬驚いて立ち上がったが、私の前にいた支店長は落ちついて 「この汽船は焼け落ちて沈むまでには30分もかかる。しかも平穏な好天気の昼間の火事だ、恐らく間もなく鎮火するに相違ない。とにかく落ちついて食事だけしてしまおう。やたらに騒いでは日本人の恥だ」 と言われた。私は 「日本人の恥だ」 の一言で、ともかく落ちついて自分の船の燃えるのを眺めながら食事をすませてしまった。その支店長の言う通り15分もして火事は納まった。

 鎮火の報が告げられると、また外人達はドヤドヤと食堂に入って来た。見ると日本人だけが火事をよそに平気で食事をしている。これを見て一人のアメリカ人が私達のテーブルにやって来て 「平気で食事をしているが、今の火事を知らないのか」 と言う。支店長(英語は達者)は答えて 「知っている」 「火事はこわくないのか」 「火事はこわい」 「こわいのになぜ平気で食事をしているのか」 「われわれは日本人だからだ」

 それから話がはずんでアメリカ人は支店長に向って 「驚いたら叫び、恐れたら逃げ、悲しければ泣くのは人間の本性である。日本人は殊更に本性を詐っている、それは偽善だ」 と言ったら、支店長は直ちに答えて

 「驚いたら叫び、恐れたら逃げ、悲しければ泣くのは犬や猫でも同じだ。日本には武士道というものがあって、そういう動物的生活を超えて高い精神的訓練によって子供の時から教育をされているのである。その教育の結果であって、決して心を偽っているのではない」 と言った。

 このアメリカ人は感心して去っていった。私はこの三井物産支店長の姓名を忘却してしまったことを残念に思っている。≫



 谷口雅春先生は、戦後占領軍から 「公職追放」 の処分を受け、自由な言論活動を封じられたが、昭和26年にそれが解除されるとすぐ出版された 『新生の書』 に、日本的 「武士道」 について、次のように書かれている。


≪ 真に 「日本的」 な考え方に於ては、人は、「霊止(ヒト)」 である。人間は物質的、肉体的存在に非ずして、霊的存在であるとの意味である。キリスト教的に云えば人間は神の子であると云うことである。

 ここに 「日本的」 と云うことと、キリスト教的と云うこととは一致するのである。この考えから逸脱する者は、それが日本に生れた人間の行為であっても 「日本的」 ではない。「真に日本的なる考え方」 に立脚する限り、日本人は 「物質」 の掠奪や、「物質的領土」 の拡張のために戦うなどと云うことは出来なかった筈である。

 「物」 よりも 「霊」 を重んずる心が存する限り、「物」 のために 「霊」 を屈従せしむることは出来ない。キリストと同じように 『わが国は此の世の国に非ず』 (霊の国の意)と云い、『剣によって立つ者は剣によって滅びる』 と、云うほかはない。人間が 「霊止(ヒト)」 であるところの、真に日本的なる考え方に於いては、物質的戦争はあり得ない筈なのである。

 併し日本に於いて、武士が尊敬せられ、それが 「もののふ」 と云うコトバによって尊ばれていたではないか、武士とは 「戦う士
(もの)」 の意味ではないかと云わるる人があるかも知れない。併しながら、「もののふ」 とは語源は 「真根(まね)の夫(ふ)」 の意味であり、「物部(もののべ)」 の語源も是より来ると私は信じているのである。「真根」 とは、「真(まこと)の根元」 を意味し、「真の根元」 とは 「真理」 と云う意味である。

 「真根の夫」 即ち 「真理を生活に生きる男」 が 「もののふ」 なのである。だから 「もののふ」 は衣食等に左右せられず、真理のためには餓死するのも厭わぬのが、「武士は食わねど高楊枝」 の諺の真意である。……此の 「真に日本的な」 もののふの心が日本人になくなり、物質的獲得のためにならば、愛にそむき人を殺しても厭わないと云う様な殺人魔的心になったから、戦争が起ったのである。即ち日本人に 「真根
(まね)の夫(ふ)」 の心(真の日本的な心)がなくなったから戦争が起ったのである。私は限りなく真理を愛する。それゆえに限りなく 「真理(まね)の夫(ふ)」 の心を愛する。この心こそ真の日本の心であり、大和の心である。

 大和
(だいわ)の心こそ真の日本の国であり、国とは形ではなく、「心」 そのものが日本の国である。そして具体的 「国」 なるものは 「心」 の展開であるが故に、大和の 「心」 が真に深く行じられたとき、真の日本の国は生れるのである。

 戦争をした軍国日本の如きは真の日本を遠ざかること甚だしかったに拘らず、僭上にも日本国と号した。併しそれは大和国ではなかったのである。

 今や大和国は 「理念」 の底深きところからやっと生れ出でようとしているのである。軍国主義のニセ日本の敗北が、理念の底に眠っていた 「真の大和の国」 に対してその目覚めるべき契機を与えてくれたのである。軍国主義日本の敗退を嘆いてはならない。

 吾らの実相の 「平和日本」 は今理念の世界から顔を出しつつある。太陽は今昇り始めたばかりである。国民よ、この幼い日本を愛し育てようではないか。≫



 ―― その 「時は今」 なのである。


 ところで、「梅の花の神示」 には、「『戦いの時は来たのだ』 と知らせてある」 というお言葉があります。このお言葉は、どう受け止めるべきでしょうか。

 これは、「自分自身の物質的我欲と戦って霊
(たましい)の勝利を勝ち取らねばならぬ時が来たのだ」 と受け取るべきだと、私は考えます。己を無にして、空っぽの心になって、すべてを拝む、 「久遠の今」 なる、「唯一の光」 なる神の愛の心に立ち還ること。そのために自我を死に切る戦いの時が来たのだ、と受け取らせて頂きます。そこには争いはなく、ただ悦びのみの世界、敗北はなくただ勝利のみの世界があります。


 現象界ではいま世界が混沌として先が見えない状況の中、天皇陛下の御譲位が行われ、「平成」 の御代から新しい元号の御代へと移り変わって行こうとしている。

 今年1月16日、平成最後の 「歌会始の儀」 が催された。それについて私は、「皇統は不滅である」 と題し、本欄の #486 に書いております。

≪ 4月末に御譲位を控える天皇陛下にとって最後のご臨席となる歌会始のお題は 「光」。

 
「贈られしひまはりの種は生え揃ひ 葉を広げゆく初夏の光に」

 という御製は、平成17年、阪神大震災から10年の追悼式典に御臨席になった際、震災で当時小学6年の姉はるかさんを亡くした少女からひまわりの種をもらい、「はるかのひまわり」 として心を寄せ、皇居のお庭で毎年育てられてきた。このひまわりの様子を歌にされたのである。まさに 「忠恕」 の大御心 (#474 をご参照あれ) のあらわれである。≫

 と、書いておりましたが、これについて新しい解釈が出ました。2月24日の日本経済新聞で、“半藤一利氏らが語る 「平成の天皇と皇后」 30年の歩み 特別座談会” で、半藤一利氏が、次のように言っています。


≪ 半藤 今年の歌会始の天皇陛下のお歌をよく見てください。「贈られしひまはりの種は生え揃ひ葉を広げゆく初夏の光に」です。ひまわりの種は阪神大震災で犠牲になった女の子にちなんだものだそうですね。そのことを詠まれたと解釈されています。

 注目したのは下の句の 「葉を広げゆく初夏の光に」 です。私はこれを初夏
(はつなつ)の光と読むんですよ。そうすると、「は」 音が重なって、歌としては音がいいんですよ。しかもね、初夏といえば5月です。何がありますか? 新天皇が即位するときでしょう。

 (一同) ああ、そうですねえ。

 半藤 これはね、天皇陛下は 「皇統は大丈夫だ」 と言っていると解釈しているんです。5月に皇位を皇太子に譲るが、そのあとも皇統は葉が広がるよう続いていく、と読むんです。

 ――それはすごい解釈ですね。そういえば、ひまわりが葉を広げるには5月は早い気がする。なのに初夏としている。

 半藤 あえて初夏と入れていると思います。退位を決断した自信と言ったらおかしいかもしれませんが、陛下は皇統の護持のための自分の判断は間違ってなくて、皇統は続いていくんだと。国民は必ず皇統をなんとかしてくれると思っておられるんじゃないですか。≫


 と。

 「梅の花の神示」 には

≪ 梅の花とは、生みの花――創造(うみ)の始動(はな)のことである。『生みの花』 はまた 『海(うみ)の原(はら)』 のことである。『梅の花』 の五弁は五大洋に象(かた)どる。五大洋にスメラミコトの花が開く始まりが今年である≫

 とある。今こそ、この神示を生かし現実化すべく、私たち国民一同、祈りに徹し、「中
(みなか)のこころ、カラッポの無我の心に立ってスメラミコトに帰一し、鎮護国家・世界平和のために力強く行動すべき時だと思うのであります。


 (2019.3.2)

489 「梅の花の神示」を学んで


 『秘められたる神示』 の勉強会をしています。

 2月は、「梅の花の神示」 でした。

 「梅の花の神示」 は、次のように書かれてあります。


          ○


≪    梅の花の神示

 梅の花の開く時節が来たのである。

 去年の春に聖典 『生命の實相』 の一部を或る人に読ませて、読むに従って、一頁毎に、まだ時期来らぬ固き白梅の蕾
(つぼみ)を一輪ずつ開かせて、その開く毎にポンと音を立てさせてあったのは、弥々(いよいよ)ひらく年の型を見せてあったのである。今年が弥々開く年である。

 昭和八年は弥
(や)の年、弥々(いよいよ)の年、八(ハ)の年、ハナの年、ハリ伸びる年、ハジメに開く年である。ハは開き伸びるという意味であって、春(はる)、原(はら)、脹(はる)、晴(はれ)、遥(はるか)等 皆この語源から来るのである。コトバの 『ハ』 も開くという意味から来たのである。

 スメラミコト(命
(みこと)-神)が開き展(の)びるとき音をたてるのであるから、固き梅の蕾の花を開かせてその一輪毎にポンポンと音をたてさせて型が示してあったのである。『万(よろ)ずのもの言葉にて生み出される』 と言うことが象徴化して示してあったのである。

 梅の花とは、生みの花――創造
(うみ)の始動(はな)のことである。『生みの花』 はまた 『海(うみ)の原(はら)』 のことである。『梅の花』 の五弁は五大洋に象(かた)どる。五大洋にスメラミコトの花が開く始まりが今年である。

 一つ開く毎にポンと音がさせてあるのは何の象徴であるか、考えれば判るであろう。何事もなしにはスメラミコトの花は開かぬのである。一つ一つ開く毎にポンポンと音を立ててついに五大洋に梅の花がひろがるのである。

 開くまでには厳寒の冷たい日が続くが、厳寒の冷たい日があるので一陽来復の日が来るのである。

 無明
(まよい)の自壊作用がないのに光明遍満の楽土が来るなどと甘いことを思うな。

 昨年十二月十一日にも 『戦いの時は来たのだ』 と知らせてある。ヒノモトの軍
(いくさ)が厳かに進むのは、無明(まよい)の世界を照らす唯一の光が進むのである。甘い平和論に耳を傾ける勿(な)。膏薬貼りで此の世が幸福になるなどと思うな。……≫



 ――ビックリするような厳しいお言葉がポンポン出てくる神示であります。


≪ 世界には唯一の光しかないのだ。唯一の光であるからヒノモトと呼ぶのである。ほかの光は皆偽(いつわり)の光ばかりである。梅の花には中心が一つしかないではないか。世界に中心が幾つもあって争っていて人類が幸福になれるなどと思うな。

 太陽系にも中心が一つであり、電子群にも中心が一つであり、人間にも頭が一つであり、樹木にも中心の幹は一つである。極微のものから極大のものまで皆中心は一つである。この事実を見て宇宙の意志を窺
(うかが)えよ。

 地上の国々だけが中心が幾つもあって好
(よ)いと思うな。複数の中心はニセ物であり、無中心主義もニセ物である。

 一つの中心が太陽系に成るが如く地上にも成る日が近づいたのである。

 現在無中心主義を標榜する者は、皆現在の中心を貶黜
(へんちゅつ)して自分が中心を僭称(せんしょう)したいからである。スターリンなど、無明(まよい)の塊の人物を中心として世界が幸福になれると思うものは愚か者である。

 世界を一つに統一する運動に二つある。一つは露西亜
(ロシア)から始まっている運動で、世界を物で支配する運動である。もう一つは霊(ヒ)の本(モト)から始まっている運動で、世界を霊で支配し、一つの光明に統一する運動である。

 この二つの運動の衝突は避けられぬ。時機は迫っているのに、まだヒノモトの使命を知らぬ者があるのは歯痒
(はがゆ)い。本当の愛は甘えかす愛ではない。戦いの愛である。(昭和八年一月六日神示)≫



 ――上記の神示は、今から86年前の昭和8年(1933年。天皇陛下ご生誕の年であり、私の生まれた年でもある)1月に天降った神示です。それは、『秘められたる神示 神示講義 秘の巻』(昭和36<1961>年刊)に、次のように解説されている。――


≪ その頃、日本は満州事変の後をうけて満州国の独立となり、日満議定書によって日本国・満州国の相互防衛協力上の約束がむすばれ、日本の国力が支那大陸に漸次浸透して行く形勢を示していたのであります。

 ところが日本国の国力の伸展をよろこばない国際連盟に属する西欧諸国に於ては、陰に陽に日本の国力の伸展を悦ばないものがあり、国際連盟に所属している限りはその圧力によって到底、日本国は他国の掣肘
(せいちゅう)を受けざる独立主権国家として、独自の立場に立って行動することができないということを知り、日本は意を決して国際連盟を脱退するに到ったのでありますが、それがこの昭和八年三月二十七日であり、この神示は、その国際連盟脱退の約二か月二十日前に出ている点に注目しなければならないのであります。これは日本の国力が開くためにポンポンと音を立て侃々諤々(かんかんがくがく)の論議を尽して、ついに国際連盟を脱退するに至る予言だと見ればよい。

 回顧しますと、日清戦争終結の際の如きは日本は国力が不足していましたのでロシア、ドイツ、フランスの三国干渉の前にもろくも屈してしまって、日清間の講和条約に於て、清国は日本に遼東半島を賠償として割譲することが条約されたにも拘らず、同半島を清国に還付するの止むなきに至ったのでありましたが、昭和八年当時の日本の地位と国力とは日清戦争当時とは雲泥の相違で、国際連盟に属する西洋諸国を向うに廻して、断じて譲歩する必要のないほどに向上していたのであります。

 此の神示に於て 「スメラミコトが開き展
(の)びるとき音をたてるのであるから、固き梅の蕾の花を開かせてその一輪毎にポンポンと音をたてさせて型が示してあった」 と、日本国力の伸展には 「ポンポンと音を立てる」 とあるのに注目しなければならないのです。既に心の世界に於ては、ポンポンと音をたてる大東亜戦争はその 「国力の伸展」 の中に、其の現象化のための 「心のフィルム」 がつくられつつあったと見ることができるのです。≫


 なお、この神示の中に、“昨年十二月十一日にも 『戦いの時は来たのだ』 と知らせてある” と書かれてありますが、それは先生のご解説によると、昭和八年一月号の 『生長の家』 誌の冒頭に、(昭和七年十二月十一日霊感) と付記し 「巻頭のことば」 として載せられているもので、そこにはこう書かれている。――


 
「久遠常住の佛に帰依(きえ)するのが生長の家家族の帰依である。久遠常住の佛とは自己の内にある。各自の生命の実相がそれである。

 生命の実相に順
(したが)いて生き、生命の実相に順いて善を行ずる。生命の実相は久遠常住の佛なるが故に生命の実相の発露するところおのずから善となり美となる。

 善も美も固定したものではない。戦いのうちにも善もあれば美もある。怒りの内にも善もあれば美もある。戦いと怒りを否定する境地はなお初歩である。普通の怒りを否定し去ったのちに、尚実相が迷いを消すための戦いと怒りとのあることを知らねばならぬ。

 それは聖戦であり神の怒りである。神そのものが怒っているのではない。実相が迷いの中を厳かに進軍するとき、その顕れが戦いとなり、神の怒りとなり、天変地妖ともなれば階級争闘ともなるのである。

 迷いの方から言えば迷いの自壊作用であり、実相の方から言えば実相の勝利である。迷いは 『虚』 であり、実相は 『実』 なるが故に、唯勝つほかはないのである。

 汝らただ恐れず進み行け。汝らの前にわれ常に煙幕となりて蔽わん。汝らよ、戦いの時は来たのだ。此の聖戦に参加する者をわれ常に護らん。」



 ――戦後の標準的歴史解説書では、昭和8<1933>年といえば日本が国際連盟脱退という孤立の道を選び、愚かな戦争への暗黒の道を暴走する始まりの年であるり、真っ暗な時代とされてきた。しかしこの神示は、ちがいます。

 先生は、次のように解説されている――


≪ もうこの神示(「梅の花の神示」)の出た頃には 「心のフィルム」 の世界には、日支事変から引きつづいて大東亜戦争に入る原図がロケーションされていたので、こんなにハッキリ 「戦いの時は来たのだ」 と繰返していられるのだと今になって思われるのであります。

 「五大洋に梅の花がひろがる」 「梅の花は創造
(うみ)の始動(はな)である」 というのは、「五大洋」 すなわち 「全世界」 の民族に、創生(うみ)つけられた人間の神性が開かれ、すべての民族が自己の神性を自覚して、白人種も有色民族も平等の人権を獲得するときが来るということの予言であります。

 こうして、有色人種も平等に人権を恢復し、平等の取扱いを受けるためには、

 「スメラミコトの花が開き」 「ヒノモトの軍が厳かに進まねばならぬ」

 「ヒノモトの軍
(いくさ)が厳かに進むのは、無明の世界を照らす唯一の光が進むのである」

 「甘い平和論に耳を傾けてはならない」 「膏薬点りで此の世が幸福になるなどと思うな」

 などとあるのは、「一時を糊塗していては、いつまでも人類平等の人権の恢復は得られない、全人類が平等に幸福になるためには、自壊作用として大東亜戦争が起るべくして起って、日本軍が南方に殺到して、白色人種の勢力を大東亜圏から駆逐する必要があり、

 白色人種の勢力を駆逐した後に尚、日本が勝利をつづけて、占領地にのうのうと進駐をつづけていたならば日本は白色帝国主義者の後継者になるから、敗戦の形で日本軍は帰還して来る必要もある。それで梅の花が 「開くまでに厳寒の冷たい日が続くが、厳寒の冷たい日があるので一陽来復の日が来るのである」 と教えられているのである。

 私たちは、敗戦によって 「厳寒の冷たい日」 をいやという程体験させられたのであります。その代りに、それによって大東亜圏内の有色民族は目覚め、白色帝国主義の下に属国となり植民地となり、いじめつけられていた有色民族の諸国家は独立し、平等の人権を恢復しつつあるのであります。これこそ此の神示にある 「厳寒の冷たい日があるので一陽来復の日が来る」 というのに当るのであります。

 「ヒノモトの軍
(いくさ)」 というのは 「実相実現の内部的動力としてのヒカリの摂理の進軍」 でありまして、形の上での物質の軍隊のことではないのであります。それが敵味方と対立する力でないのは、此の神示に 「唯一の光であるからヒノモトと呼ぶのである」 と示されているので明かであります。

 唯一者には対立はないのであります。「摂理としての内部的動力」 が動き出すと、現象界には 「迷いと迷いとが相搏
(う)って自壊するという形」 があらわれて、その自壊作用を通して平和と光明とのみ充満する理想世界が実現するに至るのであります。≫


 と。


  <つづく>


 (2019.2.18)

488 愛によって解決されない問題はない―愛は刑よりも強し(12)


 『奇蹟の時は今』 (J・E・アディントン著、谷口雅春先生訳)の26頁に、「宇宙普遍の神霊にとって解決困難な問題はない」 という小見出しで、次のように書かれている。


≪   宇宙普遍の神霊にとって解決困難な問題はない


 神霊の癒す力によって、癒し得ないようなどんな問題もないし、人間に関する問題で、それが人間関係の問題であろうとも、またどんな種類の不快な制約ある環境の桎梏であろうとも神霊の癒す力によって解決できない問題というのはひとつもないのである。

 あなたはどんな肉体の状態からでも癒されうるし、貧乏に定められているという信仰からも、家庭の不調和からも、仕事場に於ける複雑な混乱や摩擦や相互の反目からも癒され得るのである。神にとって何事もむつかし過ぎるというものはないのである。≫


  (J・E・アディントン著、谷口雅春先生訳 『奇蹟の時は今』 26頁)


 ――いま八ヶ岳山麓の北杜市に国際本部を持つ生長の家教団と、生長の家社会事業団を拠り所とする “本流” を名乗る人たちが、和解し協力し合うようになることは、人間知ではほぼ不可能に近い、むつかしいことかも知れない。しかし、宇宙普遍の神霊=宇宙の創造者なる神 にとっては、「むつかしすぎる」 などということはあり得ないのである。

 「奇蹟の時は今」 である。

 昨日お約束した、昭和48年12月号の 『白鳩』 誌 「女性のための智慧~12月の箴言(しんげん)」 を、謹写掲載させて頂きます。「真実の愛はついに勝者である」 と題されています。


          ○


≪ 『白鳩』 (昭和48年) 十二月の箴言


  
真実の愛はついに勝者である


   一日の箴言 愛念は健康のための万能薬


 愛念を起しなさい。“愛” は “神” であり、神は愛でありますから、あなたが愛念を起したとき、“神” とあなたとの心の波長が合い、神の聖愛が、“あなた” に強力な電流のように滔々と流れ入って、あなたの全身の全細胞を賦活し、その消耗を補填修復し、組織を再創造し全体の生理作用を神の本来の設計通りに完全に調和した状態にならせて下さるのであります。実に人を愛し、生き物を愛する心は、自分の全身を健康にする万能薬だということができるのです。


   二日の箴言 あなたは神の国の生活を現象界に再現できる


 愛念を起しなさい。あなたの起した愛念は、テレビ・セットにスイッチを人れて起された電波が、宇宙にひろがっているテレビ電波の放送の波に同調して、ロンドンに於けるヒュース首相と日本の首相とがバッキンガム宮殿の前庭で仲よく笑顔で話している光景を、今此処に捕え得て再現し得るのと同じように、神の国に於ける天国的状態を、今此処に受像して、現象世界に神の国と全く等しき大調和の美しき且つ豊かなる状態を再現し得ることになるのであります。それがすなわち地上天国建設なのであります。


   三日の箴言 “愛” はあなたの周囲に愛の美花を集める


 愛念を起しなさい。あなた自身が神の無限の愛の “宇宙中継放送局” となることが出来、あなたを通して、神の愛が天地四方八方に放射され、放送されることになります。

 神の愛を放送すれば、「類をもって集まる」 の法則に従って、あなたの周囲に、諸方から愛が集まってまいります。神の愛があなたの周囲に集まるということは、それが具体化して愛と好意をもったよき友や、よき協力者が集まってくれることともなり、必要に応じて愛の花のように美しき良きものがあなたの周囲にゆたかに集まって来ることになるのです。


   四日の箴言 あなたの愛念は他の人の運命に幸福を引寄せます


 愛念を起しなさい。愛はあなたの心に幸福感を起させるだけではなく、具体的に幸福になる事物及び状態を引寄せます。あなた自身に幸福な事物及び状態を引寄せるだけではなく、あなたが、ある人に向って愛念を起しますならば、その人の心に幸福感を与えます。単に心に幸福感を与えるだけではなく、また具体的に、その人の運命が幸福になるよき事物やよき状態を引寄せてあげることになるのです。


   五日の箴言 憎しみや怒りの想念を放送してはならない


 あまり、この世界には憎しみや、怒りや、恨みや、相手を詛
(のろ)う念ばかりを送る人々が多すぎます。

 国会に於ける野党の言論をきいていると、それには憎しみや怒りばかりが充ち満ちています。そんな心で国の政治を審議しても、天国を地上に現出するような名案や政策が生まれて来る筈はないのです。政府提出の原案を修正してあげるのは大変結構です。しかし、愛念をもって修正するならば、神の愛と智慧とに同調するがゆえに、それは神の愛と智慧との指導を受けて、その政策や法案は良き方向に修正されます。しかし憎しみや怒りをもって修正するならば、今まで人を恨んで苦しんだ人々が残していった地上に浮遊している破壊と闘争の想念に同調するが故に、その政策や法案は、破壊的方向にゆがめられて修正せられ、それが、やがて国民全体を不幸に陥れる事になるのであります。


   六日の箴言 愛念を放送する具体的実例


 愛念を起しなさい。その相手が誰であるにせよ、その人を幸福にしてあげようと思うならば、二つの 「愛念をその人に送る方法」 があります。その一つは神想観を行じて、祈りによって愛念を相手に送る方法であります。

 スター・デーリーが、再び犯罪をおかさないという誓いを破って再び罪を繰返し、捕われた自分を最も憎んでいる宣誓釈放局長と、和解するために神想観をして送念した時の “念ずる言葉” は、次のようであった。

 「局長の姿の周囲を平和と満足と悦びと、こちらの愛の想念の放送を素直に受ける気持とが取り巻いていることを、想像の内に心に描き出す。

 次いで “愛” の権化としての局長を――キリストの化身の如く愛に満たされたる局長を描き出す。

 そして心の中で、“私はあなたの祥福を祈っています” と繰返し念ずる。

 毎晩毎晩、こうして “愛念” の霊的使者を局長の周囲に送って、“愛念” を以て、すっかり局長の身辺を取り巻かせるのであった」


   七日の箴言 愛念を以て『甘露の法雨』を放送すること


 愛念を送るもう一つの具体的方法は、相手の名前を唱え、その顔を思い浮べて、

 「私はあなたに愛念をもって真理の経
(ことば)を送ります。
 この真理のコトバを受けて、尚一層真理を深く悟り給いて霊界に於て一層高き位に進み、一層高き自由を得たまえ」

 と念じてから、聖経 『甘露の法雨』 又は 『真理の吟唱』 を朗読してあげることである。


   八日の箴言 本当の “愛” は “好き” でも “愛欲” でもない


 愛は “好き嫌い” の “好き” ではないのである。そのような対立的な感情を超えて、もっと広い全包容的な、すべてのものを平等に生かすのが本当の愛である。

 愛欲を “愛” と混同してはならないのである。仏教が “愛” という語を、普通使うことを避けて、『阿含経』 に於ては、釈尊が悟りをひらいて自由自在の境涯(即ち“仏陀”)に到達せられた時に、その清々
(すがすが)しき心境を 「諸愛悉く解脱し」 と形容しているのである。

 このように諸
(もろもろ)の “愛” は解脱さるべき煩悩であり、繋縛であり、結縛であるのである。

 無論、それは “愛欲” を意味する場合のことである。しかしながら、悲しいかな、現代は、あまりにも “愛欲” が氾濫していて、そのためには、その愛欲を遂行するために互いに傷つけ合い、奪い合い、醜悪にして悲惨・残酷なる争闘が繰返されているのである。

 人類は、もう一度、釈尊の教えに振返って、その生活を “法” にもとづいて建直すことが喫緊の大事である。そうでなければ、人類は愛欲の争闘のために滅亡してしまうであろう。


   九日の箴言 本当の愛はセンチメンタリズムではない


 仏教では “愛” を煩悩とみとめ、それを釈尊の如く 「諸愛ことごとく解脱す」 べきものとしているのであるが、釈尊が入滅に際してお説きになった 『涅槃経』 には “法愛” という語がある。これは法(真理)に基いた愛であり、“本当の愛” であるのである。

 (高野山の機関雑誌には 『聖愛』 と題するのがある)

 “本当の愛” は、それに溺れて自らを撫でさするセンチメンタリズムではないのである。

 スター・デーリーは言う


 
「それはすべての人類の中に宿っているところの力であり、これまで自然科学の領域内で発見されたどんな力よりも偉大なる力であるのである。

 併し、それは万人具有の力でありながら、それを認める人々は少いのである。

 それは人類の世界に於て最も接触しやすい最も動的な力である。

 愛は、誰もが内に有っていて、それを表現することが出来る力である。

 それは万人具有の力であるがゆえに、最も実際的な力であるのである。

 すべての失敗は、この実際的な力を使わなかったところから来るのである。

 他のものに自分の失敗の原因があるのではなく、自分が愛の出し惜しみをしたことに原因があるのである。だから白痴か瘋癲
(ふうてん)にあらずして、みずから愛を用いずして失敗した者は、言い逃るべきすべがないのである。」


  (『ふりそそぐ愛の奇蹟』 301頁参照)


   
十日の箴言 相手の実相を拝む愛について


 社会的に、または家庭的に行き詰って窮境に立っている人は、以上の言葉を思い出して、自分の生活に “愛” に背いた行為がなかったか、“愛” の出し惜しみをしていなかったか反省して、思い当たることがあれば、勇気を出して “愛” を実践して見たまえ。そこから必ず道がひらけて来るのである。

 “本当の愛” は肉体を撫でさするセンチメンタリズムでもなければ、相手の誤った主張に妥協したり迎合したりすることではないのである。本当の愛は相手の実相を拝むことである。

 仮相に迎合するならば、自分も相手と同じく “迷妄の世界” に墜落してしまうことになるのである。相手の実相を拝む愛は、神がその創りたるすべてのものを見給うてすべて善であると認め給うた
(「創世記」第一章)その完全な姿に於て見ることである。

 光明皇后が、現象の姿は癩病患者に見えている病人を、「癩患者にあらず、如来なり」 と、その実相を拝み給うて、彼の背の膿血を口ずからお吸いになったとき、癩患者たる仮の姿は消えて阿閦
(あしゅく)如来の実相があらわれて、彼の全身が光明燦然と照り輝いたという事が伝えられているが、この光明皇后さまの “観” が 「本当の愛」 であるのである。すべての人々に宿る “神の子” を神が観給うた如く “善” であり、“完全” であるとして観るのである。


   十一日の箴言 “本当の愛” の演ずる奇蹟


 生長の家の信徒の体験の中には、意地悪の姑の姿を “意地悪” として観ないで、自分の魂をみがいて下さるために観世音菩薩の大慈悲があのようにあらわれているのである、「姑さんは観世音菩薩である」 と本当に信じて拝んだら、今までの姑の仮
(かりの)(すがた)である “意地悪” は消えてしまって、本当に観世音菩薩のように慈悲深い親切な 「お母さん」 の姿にあらわれ、家庭が大調和となり、そこに天国浄土があらわれたというような実例がたくさんあるのである。これが “本当の愛” の演ずる奇蹟であるのである。


   十二日の箴言 “わが子よ、君は人を害する人間ではない”


 癩病息者が阿閦如来の実相を顕わし、意地悪の姑が、大慈悲の観世音菩薩の姿をあらわすのが、愛の奇蹟である。生長の家では、実相完全の姿を観ずることによって色々の病気が治るのも、この原理によるのである。

 スター・デーリーは、強盗から聖者にまで生まれ更
(かわ)る以前の体験を、次のように書いている。

 彼はある日、キリスト教の僧侶の家に忍び込んで金庫から盗もうとしていた。彼は金庫破りの名人であったのだ。

 その時、階段の上から、予期しない声が聞えて来た。

 「何をあんたはしているんだね。わが子よ!」

 とその声はいった。その声の主は、寝間着姿のこの家の主人の僧侶であった。

 デーリーは、探照燈と銃口をその声のする方に向けて、

 「そこを一歩も動いてはならない。眼かくしをしてやるから」

 といった。

 「君は人を害
(あや)めるような人ではないよ」

 と階上の人はいった。

 その声には、慈愛の中に侵しがたい尊厳さが入り混じった、不思議な柔らかい重々しい調子がふくまれていた。その人は何の恐怖もなく階段を降りて彼に近づいて来ようとするのである。

 「とまれ。でなければ射つぞ」

 とデーリーはいったが、僧侶は落ち着きはらって、きわめて自信に満ちた様子で階段を降りて来るが、デーリーは射つことができなかった。

 その人は階段の下まで来ると、電燈のスイッチを押して明るくして言った。

 「まァ、そんなピストルは下へおろし給え、わたしは唯、君と暫く話したいと思うだけじゃよ。そこへ掛け給え」

 デーリーはその僧侶の言う通りに、相手の指さす椅子に掛けた。

 すると僧侶は、

 「人間は “神の子” であり、神は愛であり、決して天上から人間の行為を見おろしていて神罰を与えてやろうと待ちかまえているような意地悪いお方ではないのだ。君も自分も互いに “神の子” で兄弟なんだ」

 ――というような話を、本当に打ち解けた兄弟のような語調で話してくれた。

 そして一緒に台所へ往って食事をすると、スーター・デーリーは盗みに這入った目的を忘れて、明け方にその家から立ち去ったのであった。


   十三日の箴言 愛に敵するものは何一つない


 「わが子よ、君は人を害めるような人ではない」

 ――この僧侶は、スター・デーリーの実相が “神の子” であり、善人であることを見たのである。そしてその時、心で観た通りにデーリーの実相があらわれたのである。

 デーリーは後日、この時の事を憶い出して、

 「獲物が目の前にあるのに、それに手を出さずにおめおめ相手の要求に応ずるということは、盗賊としては健全な判断ではないのである。何が此の不思議な力を私に及ぼしたのであろう。犯罪者としての此の私の習慣性格に相反する行動をとらしめるに至ったのは “愛” のほかの何物でもない」

 と書いている。


   十四日の箴言 “純粋な愛”とは実相を観る愛である


 その “愛” とは如何なるものであるか。デーリーの書物の中から、それに関した語句を引用して、“本当の愛” とは如何なるものかを知るよすがにしたいと思う。

 「あの僧侶がこれを為し得たのは、彼の愛が単なるロマンチックな、いわゆる “情愛” というようなセンチメンタルな感情ではなく、純粋な愛であったからである。それは恐らくイエスが、石で打ち殺されようとした婦人に対して、“我れも汝を罪せず” と言われた語によって表現されているような、神の深い愛であったにちがいない。」


   十五日の箴言 実相の完全さを拝み顕
(だ)す愛


 “我れも汝を罪せず” とはどういう意味であろうか。“罪せず” とは “罪人とみとめない” “あなたの実相は 「神の子」 であるとみとめる” という意味である。神が 「その創りたるすべてのものを善と視給う」 のと同じように、すべての “神の子” を善と観ることが “我れも汝を罪せず” であり、それが純粋の愛である。

 スター・デーリーは言う。

 「自然界の力はすべて無常であるが、愛は永遠である。愛は人生を単純にする。純粋な愛以外のものはすべて人生を複雑化する。

 愛は時間の流れとともには滅びない、愛は久遠である。愛は自然界と心霊界との凡ての原理を結合し維持するところの 『一つなるもの』 の永遠の表現である。

 愛を用うるとき、人間の魂は制限の羈絆から解放される。愛は生きて活動する神そのものである。そして、愛の教義を説くに適する方法は、神と一体になることである。」



 その神と一体になるには、神想観を実修すると共に、神想観によって神から啓示を受けた通りに愛行を実践することである。


   十六日の箴言 徳は他に伝える時増幅する


 その実践によって、如何なる事があらわれて来るであろうか。

 スター・デーリーは言う。

 「愛の実践の及ぼす美しき効果は、すべての恐怖と、すべての焦りと、すべての闘いとを取り除くのである。愛はその徳を実践し、その本性を表現するだけで、あなたを幸福に調和した状態にならしめるに必要なるすべてが、あなたの行動の必然的結果としてあらわれるのである」

 実際、報いを求めることなく、人々を幸福にしてあげ、完全健康への道を知らしてあげ、家庭生活を天国的な調和へと導いてあげるという純粋に愛他的な考えで、『白鳩』 誌を贈呈したり、年極誌友に参加するように勧誘してあげることを実践した人々は、最初は何か、はずかしいような、はばかるような躊躇があったが、実践してみたときに、自分の魂の底から悦びが湧き出て来たという実感を語られるのである。「徳は孤
(ひとり)なるはよろしからず」 他にその徳を伝えるとき、自分の感ずる魂の悦びは増幅して来るのである。


   十七日の箴言 常に神想観して神と一体になる者は救われる


 スター・デーリーが夢の中でキリストの幻影を見、その “愛の声” をきいて転心してから後、彼は刑務所の作業場でワイシャツの裁縫加工の仕事を受け持つことになった。その作業場には材料の附属倉庫があって、裁縫材料を裁ち損じたり、ボタン孔をあけ損じたりしたときには、その倉庫の資材係に訳を話すと、破損材料と新規材料とを交換してくれることになっていた。

 デーリーは、ある日、ワイシャツのカラーボタンの孔をあけようとして、過ってその布を深く切り過ぎたので、資材係にそれを申告して新規の布を給付して貰うために出かけたが、資材係の姿はどこにも見えなかった。資材係の姿が見えないので、資材倉庫のところへ往ったら倉庫の扉は少しあいていたので、扉をあけて中に入って、自分で必要な布きれをさがそうとした。そのとき彼は、その資材棚の反対側の後ろでコソコソ話す三人の声をきいた。

 聞くともなくきこえて来るのは、脱獄の相談であった。デーリーが必要な布きれを見つけて立ち去るまでに知り得たことは、その脱獄は、少くとも二人の生命を奪うことによって成立つのであった。

 デーリーはそれらの謀議者に悟られないように、静かに倉庫から立ち去ろうとした。ところがその密談の仲間の一人が倉庫の出口に見張をしていて、デーリーが倉庫から出て来るのを見つけた。

 こんな場合、デーリーは彼らの密謀をスパイするために来たに相違ないと疑われるのである。普通、そんなスパイは殺されることになっているのである。

 その見張の男は、早速、この脱獄の首謀者にそれを知らせた。

 その首謀者は囚人仲間でも兇悪の誉れ高き親分であったが、スター・デーリーを殺そうとしないで仲間に引き込もうとした。

 私はこの計画の詳細をここに書く紙面をもたない。その詳細は 『ふりそそぐ愛の奇蹟』 の第八章に、十五頁にわたって書かれている。ただ私が言いたいことは、デーリーが脱獄の密謀をスパイした仲間の裏切者としてリンチに遭って殺されなかったのは、彼が常に神想観的メディテーションを実修し、神の愛と一体になり得ていたからだということを指摘しておきたい。


   十八日の箴言 絶体絶命の場合、あなたはどうするか


 脱獄の首謀者は、スター・デーリーを呼んだ。そして言った。

「俺はお前が情報をもらすようなことをやるとは思わないよ。しかし俺はお前が最近地下牢で拷問されて以来、ちょっと頭が変になったことを知っている。そこでだ。お前がこの問題に協力してくれるかどうかということだ。われわれの計画を知った以上は、協力してくれなければならない。」

 計画は、なる程、周到に順序立てられていたが、第三者から見ると、その脱獄計画には一ダースに余る弱点があり、たとい看守を殺害し得ても、その後にも捕らえられることは火を見るよりも明らかであった。

 デーリーは、この犯行計画の弱点を指摘してやりたいのは山々であったが、脱獄の希望をいだいて心がはやって情熱に駆り立てられている彼に、その計画に水を差すような論議は、単に彼を怒らせるだけだとわかっていた。黙々として、彼の計画に従うか、でなければ死であった。

 彼は進むも退くも死であった。二人の殺人を含む計画に協力して共犯者としてつかまれば死刑は必然である。協力しなければ仲間を裏切る者としての “死” が待ちかまえていた。

 右するも、左するも死である。言わば絶体絶命の場合、汝は如何にするかの――これは人生に於ける公案だ。


   十九日の箴言 再び人生の公案が提起される


 しかし此処に安全の道が一つある。それは首謀者には協力することを約束しておいて、すぐ当局にその計画を密告し、自分を保護してもらうように願うことだった。

 あなたならどうしますか。これも人生に於ける公案である。人生には度々、解きがたい難解の公案が出て来るものである。


   二十日の箴言 仲間の仁義を守るべきか否か


 この密告の考えは、デーリーの頭をスッとかすめただけで棄却せられた。それは仲間の復讐をおそれての恐怖のためでなく、仲間を裏切る行為であって、仲間への仁義のためであった。ヤクザ仲間、泥棒仲間、囚人仲間、革命運動家の同志的仲間――この仲間には夫々
(それぞれ)の仁義があるのである。

 ある人は、

 「そんな囚人仲間の仁義というものは、正しい道徳律には一致しないものである。そのような犯行を密告しないでほっておけば、その犯行には看守その他二名ばかりが殺されることになっている。それを密告してその殺さるべき人々の生命を護ってやるのは、生命尊重の第一義にかなう筈である」

 という。けれども……


   二十一日の箴言 “愛”のみが悪業の循環を断ち切ることができる


 この 「けれども……」 からの人生がむつかしいのである。

 もし彼が、仲間を裏切って密告するならば、その行為自体には何らの暴力をも伴わないが、これら脱獄計画者どもは検束せられ、泥を吐かせるために拷問が加えられる。

 裏切った者への彼らの怒り、呪い、復讐、その防御……次から次へと色々の肉体的及び精神的な紛争が延々として連続して、絶えることは無くなる。

 悪業は次の悪業を生み、悪業の連続循環を断ち切ることができない。これは “愛” に背く行為である。

 “愛” のみが、悪業の流転の循環を断ち切ることができるのである。


   二十二日の箴言 愛は自分が救かりたいとは思わない


 目には目をもって償い、歯には歯をもって償い、犯罪者はその罪の軽重に応じて厳しく報いを受ける。このような旧約聖書的な報復の道徳では、悪業も犯罪もそれが形をかえて循環して行くばかりで、その復讐の環を断ち切ることが出来ない。

 しかし、このような、脱獄計画者が殺人鬼のようになってその目的遂行に心が集中されているときに、それを “愛” によって解決しない限り、復讐の環を断ち切ることはできない。

 愛は、自分が救かりたいことを求めないのである。愛は、キリストが自分が身代りになって磔けの座についたように、先ず相手を、そのような罪を犯すことからどのようにして救ってあげればよいかを考えるのである。


   二十三日の箴言 “愛”はみずからをわざと低き所に落す


 スター・デーリーはこの問題について、自分の真理の師であった老ライファーに打ち明けて相談した。

 老ライファーは、

 「成る程、君の立場は両方から火の燃えて来る焔の中に立たせられているようなものだ」

 と考え込んで、

 「併し、愛によって解決されない問題はない筈だ。この場合も、その例外ではあり得ない」

 と言った。

 「愛によって、解決しない問題はあり得ない」

 と、スター・デーリーも同意した。

 脱獄の計画者自身にはわからないが、その犯行のもたらす結末が、スター・デーリーには第三者としてよく分るものだから、スター・デーリーの愛は、彼らをどうしたら其の破滅から救ってやることができるのだろうと焦慮するのだけれども、彼らにはデーリーの愛がわからないのである。彼らにとっては、その犯行に協力してくれるのが愛であって、それ以外には友人としての愛はない。協力しない者は裏切者だと思っているのである。

 裏切者だと思わせないで、彼の愛を彼らが素直に受け入れ得るようにするためには、彼(スター・デーリー)自身が、最早、模範囚ではない、そして看守や典獄の味方ではない囚人の味方であると、彼ら脱獄計画者の囚人たちに思わせて、囚人たちの信頼を嬴
(か)ち得るように、自分自身を一時、堕落の淵に落さなければならないのである。これが 「十字架を負う」 ということである。

 イエスは、罪人や酔っぱらいや収税人(当時ユダヤ人から軽蔑されていた)と一緒に酒を飲んだのである。そして其処へ折角訪ねて来てくれた母のマリヤに、「われ汝と何のかかわりあらんや」 と呶鳴りつけているのである。

 観世音菩薩は、人を救うためには浄土から降りて一般衆生の低い穢土にあらわれて、彼らと同調し、三十三身に身を変じて救い給うということである。デーリーは、“愛” を実践するために、模範囚の名誉を棄て、看守に反抗して刑務所規則をわざと破って、懲戒処分を受けることを試みたのであった。


   二十四日の箴言 “愛”はみずからを十字架につける


 デーリーは、みずからを十字架につけるために、ある日突然作業場へ入ることを拒んで、作業場の囚人全体をびっくりさせた。

 看守は三度、デーリーに彼自身の受持の機械に来て仕事するよう勧告した。するとデーリーは刑務所全体にきこえるような声で看守に反抗して呶鳴り出した。デーリーの傲慢不遜な反抗に看守は激昂して、今にも看守の鉄拳がデーリーの頭に飛ぶかと見えた。が、看守はそれをこらえ、暫くして四度目に作業場の受持機械のところへ来るように命じた。そして “もし言うことをきかなかったら、典獄を呼んで来る” といった。「呼びたければ呼んで来い」 とデーリーは一層大きな声で呶鳴った。

 看守が典獄を呼んで来るために立去ったのち、デーリーは、あの脱獄の主謀者が作業しているところヘブラブラやって来た。

 主謀者は励ますような語調でいった。

 「おい、負けるな。あいつらは仕事を与える以上のことは何一つ出来ないんだからな。まさか、もう一度土牢にほり込むようなことはしないだろうよ」

 「心配するなよ」 とデーリーは答えた。「土牢なんて恐しいものか。随分長くいて俺は慣れっこになっているよ」

 「一体どうしたって言うんだ?」

 「俺は今日は感情が面白くねえんだよ。それが全部さ。それに、何でもかでも俺に働かせようと言うんだから、腹が立つんだ。馬は水のところへつれて行くことが出来ても、飲みたくねえ馬に水を飲ますことは出来ねえよ」

 典獄は、スター・デーリーを刑務所規則違反で監禁した。十五日間謹愼を命ぜられた後、再び作業場へ送り返された。そして彼は模範囚として与えられていた色々の特権を取消された。それは可成り痛い犠牲であった。


   二十五日の箴言 “愛”は観世音菩薩のはたらきである


 けれども、此の犠牲を払うことによって、デーリーは囚人たちの間に、彼は決して看守や典獄の廻し者ではない、囚人の味方であるという感じを与えた。そして同じ同志として彼等の計画に、彼等の親身になって自分の意見を述べることが出来、その意見を、彼らもまた彼を信頼して聴き入れてくれる位置をデーリーは得ることができたのだった。

 彼はこうして、その脱獄の粗漏な点、それに関連して起る危険、その失敗の結果として起るであろう避けがたき彼ら自身の不幸を、諄々として説き諭した。

 その説得によって、彼等は “脱獄” という愚かなる計画の、魔物に憑かれたような昂奮した夢から醒めた。

 こうして脱獄の実行中、殺される筈の数名の生命も救われたし、彼らも亦、捕えられてから処刑される筈の死刑から救われることになったのである。

 愛は観世音菩薩のはたらきである。みずからが下に降りて人を救うのである。


   二十六日の箴言 神癒の媒介となるには


 生長の家では、色々の奇蹟的神癒が、現実的に起っている。

 私は道場の玄関に掲げる標語として、“神愛能癒” と書いたことがある。人間が癒やすのではない、神の愛が癒やすのだという意味である。

 しかし、神の愛は、“自然治癒” は別として、宗教に於ては人間の愛を媒介として行われるのである。

 スター・デーリーと神癒で有名なブラウン牧師との対話の中にも、

 「神の愛に自分を裸にして晒し得る人、そして神の愛に対して価を払う人なら、誰でも神癒の媒介となることができます。神の愛のあるところ、何事でも成し得ないことはないのです」

 という語
(ことば)がある。

 ブラウン牧師の神癒の奇蹟的実績については、谷口清超氏がその宗教論集の中で書いているが、それについてスター・デーリーは次のように書いている。――

 「ブラウン牧師の場合には、それは感情的な愛情である。ブラウン牧師は助けをもとめる悩める人に対して、ズバ抜けた愛を感じるのである」 と。


   二十七日の箴言 感情的愛情は神癒の媒介となる


 「人間・神の子、本来無病」 の真理を、理論的に又は哲学的に実に巧みに説きながら、あまり病気を霊的に治癒せしめる能力のない人もあるけれども、目に一丁字のない無学な人でありながら、また兎も角、生長の家の講師試験はパスしたけれども、理論的に人に講演したり、講釈したりすることはあまり上手でないに拘らず、治病に不思議に成績を挙げ得るような人もある。

 それはどうしてであるかというと、愛は “愛情” という熟語があるが如く、“感情” に属するものであって、哲学的な理解や、理論的解釈は、“知” に属するものであり、“知” はどんなに精
(くわ)しくとも “知的分析” は冷たいのであって、“知” だけで終ってしまっては暖かい愛情にはなり得ないのである。そして暖かい愛情に成り得ないとき、“神愛能癒” の神の愛に波長が合って神癒の媒介となる境地に達し得ないのである。


   二十八日の箴言 知的な性格の人でも感情的愛を養成することができる


 無論、生まれつき知的な性格の人と、感情的な性格の人とがある。そして性格は中々変化せしめ得ないものであり、感情も、「相手を可愛いと思いなさい」 といっても、可愛くないものを可愛く思おうと欲しても、なかなか、そのように可愛く思えるものではない。

 そこで、神癒で人の病気を治してあげたいと思っても、本来性格が知的でその感情的な愛情を起すことが出来ない人は、“神の癒し” を祈る資格がないのか――という問題が提示されるのである。

 この提題に対して、スター・デーリーは次のように答えているのである。

「聖なる愛の “座” は何処にあるのかと言うと、個人の “意志” の中にある。

 愛の “感情” が起るのは、愛せんとする意志の結果であって、“愛の意志” が因である。それが感情となってあらわれるまでは、それは人に対して善意と平和とを与えんと欲する一個の心理過程である。

 心を平和にして、よく耐え忍び、人に善意をもつということは、自分の心を自分で支配して成し得ることである。それは絶えず神に近づかんとする努力、勇敢なる自己訓練の賜である。

 このような態度と、自己訓練を通して、人は “神の愛” に触れ、その結果としてそれに相応する愛の感情の爆発が起るのである」

 それだから、知的な性格の人間でも、絶えず神に近づかんとする努力を重ねて自己訓練をつづけるならば、やがて自己に本来宿るところの “神の愛” が顕在となり、“普遍的神” の愛と共鳴して、“神の愛” の爆発が得られ、結局、大いなる神癒力を発揮することもできるのである。


   二十九日の箴言 意志の努力による祈りが報いられた


 スター・デーリーは、感情的にはどうしても愛する事のできなかった男を、意志の努力をもって、その男について神に “赦したまえ” と祈るところの愛の行為をつづけた結果、愛の感情が洪水のように湧き起って来た実例を、次の如く述べているのである。

 デーリーは、ある出獄の前科者を救ってやろうと思って、彼のために殆ど一千ドルの大金を費したのに拘らず、彼は歯を剥き出して “俺は改心などする意志はない。お前を唯、利用してやっただけだよ” といって嘲笑
(あざわら)った。

 デーリーは、あれほど尽くしてやったに抱らず、恩に対して仇をもって報いる相手に、感情としては無理にも彼を愛することはできなかった。

 併しデーリーは、恩を仇で返す相手に仇をもって報いる代りに、彼の実相のあらわれるために神に祈ってやろうと、心を神に振向ける機会にしたのであった。そして彼のために費した金のことは忘れることにした。

 そして “彼が悪に誘惑され、躓いた生活をしていることを神よ赦したまえ。彼が長所よりも短所の方へ墜落して行く傾向を、神よ、赦し給うて、善導したまえ” と祈った。

 ここに、模範的な祈りがあると思う。これは、感情では愛されなくとも理性的にできる行為であった。

 この知的な理性と祈りと善意との努力がやがて実を結んで、デーリーは、ある日、愛の感情が洪水のように自分のうちに沸騰して来るのを感じた。

 デーリーはその悦びを、「その感じは全世界のすべての富を得たよりも、尚高価な至宝を得たような感じであった」 と表現している。


   三十日の箴言 本当の純粋の愛は遂に勝利する


 意志の努力による愛が度かさなるにつれて、感情の愛となって沸騰し、その悦びは全世界の富を得たよりも、尚高い価値ある悦びであった。それは相手が改心しようが、改心しまいが、人のために祈る――その人自身が、神から与えられる悦びなのである。

 しかしながら、宇宙は一体であり、心は互いにつながっているのであるから、スター・デーリーがそのような心境に到達したとき、相手の心境が自然に一変せずにはいられないのである。

 デーリーが前記のような祈りをつづけていると、ある日、その男がデーリーをたずねて来て、「過去の自分の生活態度が間違っていたのでお詫びをする」 といった。

 デーリーは、過去の彼の裏切りをわすれて、更に多くの物質的援助をしてやり、完全にその男を信頼することにした。その男は本当に改悛したのであった。

 彼はデーリーの過去の恩に報いる行為を自発的にするようになり、やがて最も完全に、最も素晴しい人物にまで更生した、とデーリーは書いているのである。


   三十一日の箴言 愛深き新生を迎えんとして


 今年の四月、スター・デーリーは霊界に昇天した。

 この事は 「明窓浄机」 に書いたが今年を終るに臨んで、わが霊
(たましい)の友であるデーリーの事を追憶し回想し、われわれの誌友の胸のうちに、彼の徳行を深く印象させることによって、彼の徳行をわれわれの生活のうちに永遠に生きて伝えるようにしたいと思って、本号の箴言を私は書き綴ったのである。

 デーリーは、意志の努力による “神の愛” の湧出について次の如く述べているのである。

 「愚かな者や、無軌道な、後先見ずの暴漢を、愛することは困難である。併し、そのような者に対しても、我々は善意を表現することはできるのである。

 こうして善意を表現する努力を重ねて行くうちには、それが自己訓練となって自分の魂の扉がひらけて、それに相応する愛の感情がハートから沸
(たぎ)り出るようになり、ついには、イエスが愚か者の無軌道者の間違だらけのペテロを愛して、教会の柱を建てる磐にまでならしめたように、愚か者の性格を癒やして、立派な人格に養成することができるのである。

 我々は、自己欺瞞のウルサ型の人間や、自分以外の人の迷惑など少しも考えないで、最も都合の悪い時に来て、忙しい時に長談
(ながばなし)をするような人間に、愛情を感ずることはできない。併し、そういう訪問者に対しても我慢のならない我慢をしながら、意志の努力によってその人に対して善意をもち続けことはできるのである。そして、その相手に対していらいらとした調子で反応する代りに、彼のために祈ってやることはできるのである。

 感情的にはどうしても愛することのできない隣人は幾人かはあっても、それらの人たちに意志の努力で深切にしてあげることはできるし、その人たちが、神の造りたまうた本来の善き実相をあらわす縁を造ることはできる。自分自身にとっても同じことである。

 我々は自分自身を常には最高の最もよい方法に於て愛することはできないが、自分自身に対して善意を持ちつづけ、本来自分自身のうちに宿っている実相の “完全人間” を顕在ならしめて世の光となることができますようにと、意志の努力をもって祈ることができるのである」


 以上の言葉は、デーリーが此の世を去って逝くとき、人類の向上のためと世界の平和のために、遺言として書きのこしておいた箴言のようにも感じられる。

 愈々今年は今日で終りであるが、わたしたちは、この箴言を今後人生の指針として生活し、来るべき新らしき年にはすべての人々を憎むことなく、真に正しく愛して、そして自分自身を最高に愛して、この世界の光となり、全世界を天国浄土たらしめたいと熱願するのである。≫



 ――以上のお言葉は、谷口雅春先生が私たちのために、 「人類の向上のためと世界の平和のために遺言として書きのこしておかれた」 箴言のように感じられます。

 あと3ヵ月足らずで平成の御代から新しい御代に移行します。私たちは今上天皇陛下に深い感謝を捧げるとともに、「この箴言を今後人生の指針として生活し、来るべき新らしき時代には、すべての人々を憎むことなく、真に正しく愛して、そして自分自身を最高に愛して、この世界の光となり、全世界を天国浄土たらしめたいと熱願」 いたします。


 (2019.2.9)

487 魂の中に楽しい歌をうたう生活―愛は刑よりも強し(11)


 『愛は刑よりも強し』 の謹写つづきです。


          ○


≪     日曜日を愛の実践日とした


 スター・デーリーは日曜日を割当てて神の愛を研究し、またイエスの愛を摸倣して実践する日にしていたのである。

 『されば汝ら神に愛される神の子として神の愛の摸倣者たるべし、而して愛に歩み入れ』
  
(パウロのエペソ人に与ふる書)

 もし此の日曜日に、スター・デーリーは霊の干汐
(ひきしお)(デーリーは霊の干汐と満潮とが人間には時々周期的に起って来るように説いている) に出会わして愛の心が起らないとしたならば、彼は刑務所の病院の看護夫であったから、自己の義務として課せられていないところの何か慈善になるようなサービスをその患者たちにしてやることにしていた。

 そして出来るだけ彼らの欠点を見ないようにして愛の深切の条件において相手を見るようにした。これが神の愛の摸倣の実践の面であった。

 神の愛の研究の面に於いては、この日にはバイブルの中の章句を研究することにしていた。特に彼はヨハネ第一書に見出される愛の章句が好きであった。彼は

 『神は愛なり。愛の中に住まふところの者は神の内に住まふのである。神は彼の中にある』

 と云う章句を好んで読んだものだ。

 この句を読むときにデーリーはいつも、神は愛であるならば、神は到る処にいたまうのであるから、自分は愛の大海の中に呼吸し、生活しているのであると云うことを憶
(おも)い出すのであった。

 「神の愛は自分の下にも、自分の上にも、自分の周囲にも自分の内にもあるのである。自分の全細胞は神の愛の浸液の中に浸されているのである」

 こう念じながら、彼は目を閉じて内部意識の底深くこれを自覚しようと試みるのであった。

 この黙念法を行っていると、いつかあの土牢の中で、イエスがあらわれて愛深き眼光で彼を見つめていた時の深い感情を再現する事もあった。

 そしてパウロの

 『信仰によってキリストは汝らの情の中に宿るのである』

 と云う語の真実性を理解することが出来るのであった。

 この神愛を心に深く抱いて、デーリーは彼の患者を見廻るのであった。

 すると患者に対して適当な時に適当な言葉を与えられ、適当な場所に適当な深切をなし得るのであった。

 特に外科手術を要する患者に外科医と一緒に手術室に入るときや、重要な仕事に直面する直前にはこの神想観が必要であった。≫



          ○


 私は去る1月20日の日曜日から、近所にある認定NPO法人 「ももの会」 の “だれでもカフェ~ももふらっと” というイベントに協力し、ボランティアとして愛の実践を始めました。

 会場は、(東京都杉並)区立桃井第三小学校の一隅、外の道路に近いところの教室2つを使った 「桃三ふれあいの家」。特定非営利活動(NPO)法人 ももの会 が、介護保険制度開始と同時に、20年前からここを使ってデイサービスなどの事業を行っている場所である。NPO法人が、たくさんのボランティアの協力を得て介護事業を行うというのは全国でも例が少なく、開始当初は全国から毎日多くの見学者が訪れたという。

 「地域の高齢者および世代を超えた誰もが尊厳を保ち、のびやかに生きられる社会を目指す」 という ももの会は、いま心身に障害のある人々が、地域の人々とつながっていないで孤立している状況があることを知り、それを打破して行こうと、スタッフやボランティアの人たちが熱心に協力し企画実行したのが、この “だれでもカフェ~ももふらっと” というイベントです。養護学校の教員をしている私の娘もそのボランティアの一員に加わってきた縁で、私も協力することになったのです。

 下は、このイベントのフライヤー(宣伝チラシ)です。




 ももの会の理事長大井妙子さんは、高齢者も、心身の障がいをもつ人も、だれでもいつでもふらっと寄って歌ったりおしゃべりができる場所として 「かがやき亭」 というカフェも作ってきた。そこであるコンサートを行ったとき――

 「ヴァイオリンとピアノの演奏が始まると、J君の瞳は大きく輝き、頬は高揚してピンク色です。J君は心身に重い障がいがありますが、ストレッチャーの上で表情や手がリズムに合わせて動き、全身で音楽を楽しんでいます。J君の心の動きが私に伝わり、私の心の動きとなり、感動が一つになっていきます。この時J君にいっそう親しみを持つようになりました」

 という大井さんが、障がいのあるお母さんたちや学校の先生(私の娘もその一人)、ももの会理事などが話し合い、検討を重ねて実行したのが、上記1月20日の “だれでもカフェ~ももふらっと” というイベントでした。このイベントは、大成功でした。

 具体的な内容は長くなるのではぶきますが、短歌を七首。


  ぼくたちはみんな生きてる楽しいんだ 障害児らの歌声高く

  ミミズだってアメンボだってみんなみな生きているんだ友だちなんだ

  ぼくたちは生きているから笑うんだ 生きているから愛するんだ

  発達障害・自閉症とふ個性有
(も)つ子ら合奏(かな)でたる楽(がく)の音(ね)(うま)

  障害は障害にあらず個性なり人らを結ぶ国の宝ぞ

  段差なし心の障壁
(バリア)も消え失せて歓喜爆発バリアフリーに

  うれしいよ今日は最高!楽しかった!ももふらっとのだれでもカフェ


 集まった人の数も40人定員のところに80人以上が押しかけ、会場外にあふれる盛況で、悦びと感動に満ちたイベントになりました。私もその準備段階から協力し、当日は記録ビデオ撮影・編集もしました。


 理事長の大井さんは言われる――

 
「(社会インフラを) “バリアフリーにして行こう” と言われているが、“バリア” には、心のバリアもある。それは、障がいをもつ本人、地域、親など、それぞれがかかえている。その、心のバリアを取り除くような活動をしたて行きたい」

 と。

 私は、思います。「心のバリア」 を完全に取り除く 「究極のバリアフリー」 は、みんなが

 
「わたしの中に、あなたがいる。

  あなたの中にわたしがいる。

  あなたは、わたしである。

  私は、あなたである。

  あなたは神である。わたしも神である。

  あなたとわたしは、神において一体である」


 と観ずる究極の愛の実践によってこそ可能となるのだと思います。


 スター・デーリーの 『愛は刑よりも強し』 は、ここにおいてすばらしいヒントを与えてくれます。

 デーリー自身、真の愛に目覚め本当の信仰に入る前、生ける屍の生活を生活していたのだと自分で云っている。みずから生活の悦びから遠ざかり、心と感情と、肉体と、霊魂の健康から自分自身を絶縁していたのだった。

 しかし真の愛を実践する生活に入ったとき、それは 「魂の中に楽しい歌をうたう生活」 だと知った。

 デーリーは自分がなすべきことがハッキリと分った。もう惑うことも間違う事もない。闇の中に探し求めることは要らなくなった。憂欝と懐疑と、焦躁の中をさ迷い歩いて、自分自身の欠点を探しまわる事は不要となったのである。

 
「彼はただ楽しい心をもって朗らかに歩けばよいのであった。たましいの中に歌をうたって自分が愉快に微笑めば、相手が愉快にほほ笑むのだ。すべての消極的な、暗黒的な自我を克服して、それを愉快と楽しさと歓喜と讃嘆と微笑とにかえる――その暗黒の克服につれて生命の凱歌があがった。喜悦の感情が湧き沸ってきて感謝の念でみたされた」

 ――という。

          ○

 スター・デーリーは昭和48(1973)年4月に逝去。

 谷口雅春先生は、その年(昭和48年)12月号の 『白鳩』 誌 「女性のための智慧~12月の箴言
(しんげん)」 で、「真実の愛はついに勝者である」 と題し、

≪今年の四月、スター・デーリーは霊界に昇天した。この事は 「明窓浄机」 (『生長の家』 誌毎号の巻末に書かれていた身辺雑記) に書いたが、今年を終るに臨んで、わが霊(たましい)の友であるデーリーの事を追憶し回想し、われわれの誌友の胸のうちに、彼の徳行を深く印象させることによって、彼の徳行をわれわれの生活のうちに永遠に生きて伝えるようにしたい≫

 と、27頁にわたってデーリーの事績を紹介しながら、繰り返し 「愛念を起こしなさい」 と勧め励ます法語を書かれている。

 『愛は刑よりも強し』 の謹写は、まだあと約半分残っていますが、長くなるので本サイトへの掲載はこれで打ち切り、上記 『白鳩』 誌の 「箴言」 全文を次回に謹写掲載して、私もこれからそれを実践することを決意し、この項を結ばせて頂きたいと思います。

  <つづく>

 (2019.2.8)

486 皇統は不滅である


 ここでちょっと 『愛は刑よりも強し』 の謹写公開を中断し、「大日本の皇統は不滅である」 という思いについて書かせて頂きます。

 今年は 「平成」 最後の年になります。

 1月16日、平成最後の 「歌会始の儀」 が、皇居・宮殿「松の間」で催された。4月末に御譲位を控える天皇陛下にとって最後のご臨席となる歌会始のお題は 「光」。

 
「贈られしひまはりの種は生え揃ひ 葉を広げゆく初夏の光に」

 という御製は、平成17年、阪神大震災から10年の追悼式典に御臨席になった際、震災で当時小学6年の姉はるかさんを亡くした少女からひまわりの種をもらい、「はるかのひまわり」 として心を寄せ、皇居のお庭で毎年育てられてきた。このひまわりの様子を歌にされたのである。まさに 「忠恕」 の大御心 (#474 をご参照あれ) のあらわれである。

 美智子皇后さまは

 
「今しばし生きなむと思ふ寂光に 園(その)の薔薇(さうび)のみな美しく」

 と詠まれている。これは、昨年10月20日84歳の誕生日を迎えられたとき、宮内記者会の質問に文書で回答され、「これから皇太子と皇太子妃が築いてゆく新しい御代の安泰を祈り続けていきたい」 とつづられていて、「(皇太子さまが) 陛下のこれまでと変わらず、心を込めてお役を果たしていくことを確信しています」 と述べられたことを思えば、次の代を信じ切っていられる御心のあらわれと思われる。

 皇太子さまは――

 
「雲間よりさしたる光に導かれ われ登りゆく金峰(きんぷ)の峰に」

 と詠われている。これは高校時代の登山の思い出を振り返られた歌であると報じられているが、私はここに皇太子様ならではの御自覚が込められていると感じます。

 それは――

 「雲間よりさしたる光」 とは、天照大御神の御光
(みひかり)ではなかろうか。

 そして、「金峰
(きんぷ)の峰」 とは、単に山梨県と長野県の境にある名峰をさしているだけではなく、天皇の御位を暗示している。殿下は、やがて皇位に就くのだという御覚悟を秘めて、この御歌を詠まれたのではないかと、私は感じるのです。

 さらに皇太子妃雅子さまの御歌は

 
「大君と母宮の愛でし御園生(みそのふ)の白樺冴ゆる朝の光に」

 であります。これは、「東宮御所の庭で大切に育てられた白樺の木立が朝の光を受けて輝く様子を描写し、かつて東宮御所で暮らした両陛下への感謝を込められた」 と報じられている通りで、ここにも雅子妃殿下の、皇后となって務めを果たして行こうという御覚悟が表れていると思います。

 私は、天祖 天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天孫 邇邇芸命(ににぎのみこと)にくだされた御神勅

≪「豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みずほ)の国は、これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。

 爾
(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)

 寶祚
(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壤(あめつち)と窮(きわ)まりなかるべし。≫


 を思います。

  「天地は過ぎゆかん、されどわがコトバは過ぎゆくことなし」 とはイエス・キリストの言ですが、その 「コトバ」 とは、天照大御神の 「天壌無窮」 の御神勅と考えても当てはまると思う。

≪太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と偕(とも)にあり、言は神なりき。……万(よろず)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。之に生命(いのち)あり、この生命は人の光なりき。……≫

 と 「ヨハネ伝」 の冒頭にある、その神と偕(とも)にある言
(ことば)なのである。

 それは、聖経 『甘露の法雨』 に、

≪   神

或る日天使
(てんのつかい)生長の家に来りて歌い給う――
創造の神は
五感を超越している、
六感も超越している、

至上
無限
宇宙を貫く心
宇宙を貫く生命
宇宙を貫く法則
真理
光明
知恵
絶対の愛。
これらは大生命――
絶対の神の真性にして
神があらわるれば乃
(すなわ)
善となり、
義となり、
慈悲となり、
調和おのずから備わり、
一切の生物処を得て争うものなく、
相食むものなく、
病むものなく、
苦しむものなく、
乏しきものなし。≫


 とある、天使
(てんのつかい)の歌い給う歌なのである。

 大日本の皇統は 「天壌無窮」 であり、世界平和の礎である。

 私は、「大日本神国観」 の神想観を厳修する。


          ○


     
大日本神国観


 (招神歌四首をとなえ) 吾れ今、五官の世界を去って実相の世界にいる。

 遙々
(はるばる)と目路(めじ)の限り眺むるに、十方世界ことごとく神なり。吾れ十方世界を礼拝す。

 天よ、ありがとう。地よ、ありがとう。空気よ、ありがとう。火よ、水よ、温みよ、冷たさよ、天地一切のもの神の顕れであります。ありがとうこざいます。ありがとうございます。

 中央にすめらみことの御座
(ぎょざ)あり、すめらみこと高御座(たかみくら)に坐し給う。

 皇祖皇宗の御神霊とともなり。

 これをめぐりて百官もろもろの司
(つかさ)あり、すめらみことに向いて礼拝し奉行し奉る。

 十方に八百万
(やおよろず)の神々あり、護国の英霊あり、十方の諸仏あり、諸天あり、すめらみことに向いて礼拝し守護し奉る。

 すめらみことの御座より御光
(みひかり)さし出でてあまねく六合(りくごう)に照り徹らせり。

 六合照徹
(りくごうしょうてつ)光明遍照、六合照徹光明遍照ー

 すべての生きとし生けるもの、すべての青人草すめらみことを仰ぎ見て礼拝し讃歎し感謝し奉る。

 天皇陛下、ありがとうございます。ありがとうございます。

 皇祖皇宗の御神霊ありがとうございます、ありがとうございます。

 百官もろもろの司様ありがとうございます。

 十方、八百万の神々様、護国の英霊様、ありがとうございます、ありがとうございます。

 十方の諸仏・諸天様ありがとうございます。

 既に大宇宙の救済は成就せり。金波羅華
(こんぱらげ)実相の完全円満の相(すがた)、地上に隈(くま)なく反映し実現して中心帰一、万物調和の永久平和の世界今現ず。

 一切の生物ところを得て争う者なく、相食
(あいは)むものなく、病むものなく、苦しむものなく、乏しきものなし。

 実相・現象 渾然
(こんぜん)一体、実相・現象渾然一体……

 みこころの天に成る世界、既に地に成就せり、ありがとうございます。ありがとうございます。


 (2019.1.22)

485 愛は刑よりも強し(10)


 わたしの中に音楽がある。

 音楽の中にわたしがある。

 わたしは、音楽である。


 わたしの中に、ハーモニーがある。

 ハーモニーの中に、わたしがある。

 わたしは、ハーモニーである。


 わたしの中に、愛がある。

 愛の中に、わたしがある。

 わたしは、愛である。


 「愛は決して失敗しない。愛は恐怖をかなぐり棄てる。愛は法則を成就するものである。」


 今年一年、わたしは 「愛」 に懸けて行きたいと思います。

 ここでちょっとコーヒーブレーク。暮れから新春にかけて、わたしの詠んだ歌をご披露します。↓




 では、『愛は刑よりも強し』 の謹写。次は 「急激なる霊の焔の洗礼について」 というところです。

 これを読むと、「神への無条件全托」 ということも、そんなに無理しなくてよいのだ、安心して、今できることを一歩一歩やっていけば、魂が自然に熟して、すべてが知らず知らずのうちに好転して行くのだ――と、安心できます。


          ○


≪ 『愛は刑よりも強し』


     急激なる霊の焔の洗礼について


 ライファーはデーリーに、あまり急激に神への無条件全托をおこなうと、こんな危険なことがある、と云って教えた。

 「君は山火事が激しく燃えたあとの山を見たことがあるか。今までスクスクと伸び繁っていた、緑の樹枝で飾られた、立派なシンメトリカルな山の姿が、山火事の後には黒い焼け痕だらけな、ギザギザの、ひん曲った醜い姿を呈するだろう。激しい神への無条件なお委せは、時として君にこう云うことをするかも知れない。

 ね、精神的葛藤の暴風が、君の人格のまわりに、そして周囲に、引きよせられる。そしてそれはますます咆哮
(たけ)り白熱するのだ。そしてついに一種の危機に到達する。そして悩みぬいた犠牲者は盲目的に、賢者の恐れてあえて近よらないようなところへ踏み込むのだ。」

 こう云うかと思うと、ライファーは周到な考えぶかい彼の考えから、言い足した。

 「彼らの不純な肉体のゆえに、霊の焔の洗礼に慣れていないがゆえに、そして煉獄的な聖火が残る隈なく彼らの魂の中を焼きつくすがゆえに、普通の魂の浄化にくらべると千倍以上も激しく燃えるのだ。そして辛うじて得たものが、その暴らされたものを償うに値いすることは滅多にない。」

 ライファーによるならば、神への無条件降伏は、魂が自然に熟して来て、霊的向上の結果として起らなければならないのである。そしてただの感情の興奮や、恐怖心や、蹉跌や、悪からのがれたい消極的な念願やの結果ではなく、むしろ善を包容せんとする積極的な願いから来るべきである。

 デーリーは云っている――

 「自分は完全な、無条件の神へのおまかせをしたことはない。何故なら第一、それができるとは自分は信じないからだ。若し人間が、最後の秘密の罪が淘
(よな)げられるならば、彼の魂はその肉体に止ることは出来ないだろう。彼の此の地上に於ける最後の完成は終ったのだ。

 自分は無条件降伏を宣言すべき間断なき誘惑を、自分自身警戒して来たものである。自分は至るところに自分の力の範囲を推しはかりながら、神へのおまかせの生活に徐々に移行するように教えられた。それゆえ私は徐ろに全托の時機を捉えるようにせしめられたのであって、急激ではなかった。

 かようにして、私の性格上の欠点の或るものは、いつ、どうしてなくなったのか自分の知らぬうちになくなっていた。また多くの好ましからざる習慣は、ただかすかな痕跡を残すだけで去っていた。しかし他の多くの好ましからざる習慣や欠点は依然として存続している。

 しかし私は、それに対して殆ど全く何らの注意を払わない。私は神の方へと私の向上をつづけるのだ。それは、好ましからざる習慣をなくしようと云う為ではなく、好ましからざる習慣があるにも拘らずだ。そして神の方向へ向上する事に悦楽と冒険を見出すからだ。」

 無論、神への冒険の楽しみの特徴は、自己試験
(テスト)と、自己反省にある。みずから反省して見て、知らぬうちに旧い習慣が失われてしまっていると云うことを見出すのは、興味あることである。また、自身のうちに起った変化を、他の人のうちに起った同じような変化と比較して見る事も興味あることである。

 デーリーの同僚の中には、恐怖の心的習慣を完全に克服して、如何にすればそれを克服し得るかを指導している人もある。しかしデーリー自身は、

 「愛の感情に満たされているときだけは完全に無恐怖であるが、いつもはそんなに愛の感情に満たされている訳ではない」
 と云っている。また、

 「有意志的意識に於いては大部分の恐怖は既に克服されたと云い得るのであるが、無意志的意識に於いては、まだ処理しなければならないものがある。自分の心の中には全然恐怖がない様に見える時にも私の肉体細胞には恐怖が残存していることを観察することがある。

 この肉体細胞のする恐怖は、種族の恐怖意識として、信じ得ないほど過去の時代から、人間の細胞の中に植えつけられたものである。自分の理性的心に於いては此らの肉体の細胞の恐怖は非理論的で不合理なものであると知っているにも拘らず、恐怖を滑滅せしむることが出来ないのである。

 未知の妖怪の前には、自分の理性の心は 『何ら恐るべきものはない』 と勇敢に宣言するのであるが、自分はまだ鳥肌を生じ、脊柱を流れるゾッとした感じを起さずにはいないのである」

 と。

 神を信ずる心になったとき、他の或る人の体験では、彼の肉体的習慣の一つであった飲酒の習慣がなくなった、とデーリーは云っている。その代りに、その人に於いては、他の精神的習慣なる癇癪持ちになった。彼は今や、仮借なき怒りをもって他の人の飲酒を攻撃するようになったのである。彼は酒を飲む人々を憎み、彼自身酒類に対する極度の恐怖心をもつ様になったのである。

 それは、彼にとっての間断なき恐怖であった。彼は、酒類を嗜まなくなったと云うその利益にバランスを与える罰とも云うべきものを受けたのである。

 デーリー自身、もう数年来の徹底的飲酒家であった。彼は飲酒の後の酔心地を楽しむだけではなく、その味そのものをも愛していた。ところが神を信ずるようになって以来、酒をのみたい思いは消えてしまったのである。

 彼は云う、「何時、如何にしてその習慣がなくなったか、自分としてはわからない。今や酒類は、自分にとって何の誘惑もなくなったのである。同時に、それに対して何の恐怖をも私は感じない。また、酒に耽る人にも何ら憎みを感じない。」 と。≫



          * * * * *


 私は、#442 の終わりのところに、

 「…… 分裂して沈没しかかった船、そしてその乗員すべてを、救うことができるのは、人間ではない。それが出来るのは、ただ神のみである。

 諦めましょう。ギブアップ、GIVE UP しましょう。無駄な抵抗はやめて、神に、無条件降伏しましょう。 そして、笑いましょう! 喜びましょう!」

 ――と書いていました。

 今、『愛は刑よりも強し』 を拝読して、具体的にどのような心構えでなにをすればよいかが、見えてきました。

 上記引用の中で、特に

 「ライファーによるならば、神への無条件降伏は、魂が自然に熟して来て、霊的向上の結果として起らなければならないのである。そしてただの感情の興奮や、恐怖心や、蹉跌や、悪からのがれたい消極的な念願やの結果ではなく、むしろ善を包容せんとする積極的な願いから来るべきである。」

 というところを肝に銘じて、着実な祈りと行動を実践しつづけて行きたいと思います。

          ○

 キリストは、「汝の敵を愛せよ」 と言ったが、生長の家では 「敵はない」 と言うのである。

 谷口雅春先生は、神に全托するというのは、無念無想になるのではなく、神は絶対善であり絶対の愛であるから、積極的に 「悪はない。悪人はいない。すべて善しの世界で、善人ばかりである」 ということを、次のように念ずる祈りを教えて下さっている。

  (『私はこうして祈る』 より)


≪    悪を、悪意を、悪人を消すに


 断乎たる決意をもって悪を、悪意を、悪人の存在することを否定すべし。心の力によって悪念を追い出すべし。その祈りの言葉は――

 「悪よ、汝はあるが如く見えるけれども存在しないのである。汝は本当は善であるから、必ず善の実相をあらわすことになるのである。

 Aよ、汝は悪意をもって、私をいじめるためにあらわれたように見えているけれども、実際は汝は善人であり、神の子であり、愛そのものであるから、けっして私を苦しめることはないのである」


    悪を消し劣等感をなくすには


 すべての悪の存在と、悪が力をもつという考えを否定すべし。漠然と 「悪は存在しない」 と思って、ぼんやりとして手を施すすべもなく、悪の跳梁
(ちょうりょう)にまかせよというのではないのである。

 「悪は本来存在しないから無力である。自分は存在しないものを恐れないのである。自分は善の一元を信じ、善のみ存在することを信ずる。善の前には悪はおのずから消えてしまうのである。

 われは神と偕
(とも)であるが故に、すべての恐怖と、怒りと、劣等感は拭いさられたのである。

 われはなにものをも恐れない。私はすべての人を愛する。それ故に、彼をも愛するのである。愛は無敵である。愛の前には敵はない。すべてのものは味方となるのである」


    相手を赦すためには


 祈っても祈っても、祈りが成就しない時には、そこに一つの支障が伏在していることが多い。それは人を赦していないことである。

 吾々は、一度、人を憎んだり、恨んだりすると、現在意識では忘却してしまっていても、その 「念」 が潜在意識に入ってしまって、なかなかとりのぞけないものなのである。こんな無意識があるかぎり、どんなに強力に祈っても無駄なのである。

 こんな場合には、まず、祈るに先立って、相手を赦す祈りをせねばならないのである。赦すもののみが赦されるのである。

 このための祈りとして、次のような、祈りのいろいろの形式がある。

         ○

 「私はあなたを赦しました。あなたも私を赦しました。私とあなたとは神において一体でございます。

 私はあなたを愛しております。あなたも私を愛しております。私とあなたとは神において一体でございます。

 私はあなたに感謝しております。あなたも私に感謝しております。ありがとうございます。ありがとうございます。

 私とあなたとの間には、いま何らの心の蟠
(わだかま)りもございません。私は心からあなたの幸福であることを信じ祈ります。あなたがますます幸福でありますように」

         ○

 「私はこれらのすべての人々を赦したのである。私はこれらのすべての人々を神の愛をもっ て抱擁する。私がこれらすべての人々を神の愛をもって抱擁するがごとく、神もわが過ちを赦し給い、その無限の愛をもってわれを抱擁し給うのである」

         ○

 「彼(相手の名前を念ずる)と私とを、神の愛と平和と調和と赦しとがとりまいている。彼を私は愛し、彼は私を愛し、私は彼を理解し、彼は私を理解し、その間になんらの誤解もないのである。

 愛は憎まない。愛は欠点を見ない。愛は怨まない。愛は相手の立場を理解し、けっして無理な要求をしないのである」

         ○

 「神はあなたを宥
(ゆる)したまう。それゆえ私もあなたを宥すのである」

         ○

 「われ生長の家の神において、汝を赦し、汝に愛の念波を送る。私はあなたを愛しています」≫



 ――上記のうち、

 「私はあなたを赦しました。……」

 という祈りは、「和解の祈り(神想観)」 として 『詳説神想観』 にも収録され、また練成会における 「浄心行」 の結びでも実行されていて、『人間苦の解放宣言』 にも収録されている祈りです。

 私も、いまでもこの祈りを実修する必要を感じることがあり、それを行って自分自身の魂を解放させて頂いています。


  <つづく>


 (2019.1.15)

484 愛は刑よりも強し(9)




 谷口雅春先生は、『愛は刑よりも強し』 という御著書を、
「自分みずから幾度でも読んで反省の資料としたいのである」 と言われている。

 その宝玉のような言々を、私も肝に銘じて実践すべく、ここに謹写連載させていただいています。

 次は、「無我帰依について」 というところです。


          ○


≪ 『愛は刑よりも強し』


     無我帰依について


 ライファーは、デーリーに、或る日、こう云った。

 「果実は、熟するまでは軟かくならない。魂は、熟して軟かくなるまで、もぎとってはならないのである。熟しない魂を収穫することは、不熟の麦を刈入れるのと同じことである。」

 ライファーは、魂が神に対して軟かくなると云う意昧を、surrender(降伏)と云う語と、yield(よなげる)と云う字とを使って表現している。そして “surrender” と云う字には尚、無理があり、力みがあるが、“yield” と云う語意には柔しい、自発的な無抵抗のみの意があらわれている。努力や抵抗や妥協なしに、其のまま素直に従うと云う意味の、極めて自然な軟かさが意味される。

 ライファーは、

 「人間にとって最も必要なことは、自分自身を素直にすることである。赤ン坊のように素直な心になってから、神への全的降伏が 『淘
(よな)げ』 の形であらわれて来るのである。その状態になって始めて真に無我全托と云い得るのである。

 人間はその時、白紙の状態になる。虚栄心も、自己欺瞞も、見せかけの心も――すべてこうした暗いツギ貼りの心は、なくなってしまう」 と云っている。

 デーリーが監獄から出て、自宅でクリスチャンの集り、祈りと研究との会を催したことがあった。其の会合では出席者が順次各自に自分自身の祈りをささげることになっていたのである。

 デーリーは、そんな方法には慣れていなかった。それのみならず、デーリーは幼い時、小学校の学芸会での詩の朗読の際に、学友達から冷やかされて、詩の一聯を忘れてしまって、立ち竦
(すく)んでしまった事が、潜在意識の傷になっていたのである。

 彼は、祈りかけて、殆ど黙っていた。彼はまるで躓
(つまず)くかのように、破滅に瀕した船が岩に衝突するかのように、リズムもない、意味のない言葉を、途切れ杜切れに、訥々(とつとつ)として喋るだけであった。

 デーリーは、神の前には勇敢なつもりであったが、聴衆の前には臆病で、突如として青菜に塩のように、悄
(しょ)げ返ってしまったのである。

 彼自身の心意は、全くそれで好いように自分に思えていたけれども、それにも拘らず、何となく彼の心の奥底にスッキリしない或るものがあるようであった。何か微妙な暗いものが彼のうちに発生して、自分の精神雰囲気を害しつつあるようで、それが、妙に神と彼との間に、そして彼と、彼の宗教的仲間との間に、奥歯にものがはさまったようになりつつあった。

 その後、デーリーは、自己弁解の欺瞞の底に沈みつつある自分自身を見出した。そして、すべての声を出してやる祈りを、パリサイ的なるもの、非常な見せびらかしであると烙印を押し、ただ黙祷のみ、瞑想のみが正しい方法であると宣言しつつある自分を見出した。

 この、他に対する攻撃は、自分の内心の不安を弁護しようとするアリバイに過ぎないのだ、と云うことを、彼は自分の魂の底で知っていた。だから 「私は心の底に、何かスッキリしないものを感じた。私は不正直で、嘘つきで、胡麻化し屋であったのだ」 とデーリーは云っている。

 この宗教的集りのリーダー格をつとめていた人の名前は書かれてないが、驚くばかり単純な心の人であった。しかも彼は凡ゆる方面の才能をもっていたのである。

 彼はあらゆる哲学、学説、体系に通曉していた。彼は神学者としても燦然と光を放つような印象的な話が出来た。また哲学者としては彼の知識の深奥なること、読書範囲の広汎なること、博引傍証、人をして魅惑せしむる力を持っていたし、また科学者としては、彼は太陽系統や宇宙の神秘を語るのに数学と象徴とを以てし神秘の海を人々をして泳がしめるような感じをさせるのである。また形而上学者として彼は、彼独特の抽象的解釈を多方面に答えて吾々を喜ばすことが出来たのである。

 彼はアカデミックな教育を受けた人であった。彼は沢山の小説や、事実物語や劇や雑誌の雑文を力作した。また多数の発行部数をもっている雑誌や刊行物の主筆をしていた。また数種のそう云うものを創刊した。舞台も、スクリーンも、彼の創作の発表機関になっていた。彼は此の祈りの集会でも彼の他の成功方面に劣らない素晴らしい印象を与えることが出来たのである。しかも彼がデーリーに教えてくれたところを要約するとこうだったと、デーリーは書いている――

 「愛は存在する一切である。万事は此処で始まり此処で終るのである。ただ愛の神に素直に無条件に降伏することが、君の能うところの最善の方法である。そのほかに何物もない。そのままに放ち去るのだ。

 言葉では 『愛』 と云う。実行では自分を抛
(な)げ棄ててまかせるのだ。何であろうとも、問題を神にゆだねるのだ。神にまかせるのはどうしたら好いかわからないならば、どうしたら好いかと云うことさえもまた神にまかせるのだ。」

 何と云う正直な、気どりのない、芝居がかったところのない、ギゴチない形式主義から脱した、まことに簡単で、平和で、誠実で、真実で澄明な言葉であろう。すべてこれらの美徳を彼は自分の内に備えているのであり、人に対するにもこれらをもってしたのである。

 彼の、言葉にあらわしての祈りは、彼の内心の澄明と歩調を共にするものだったのである。

 彼は決してその祈りの言葉を形式化しなかったし、イギリス風のコピー・ブックに写しておくような値打ある文章にするために、人為的な言葉の彫琢を用いなかった。それは単純で時々、止ったり、躊躇したりする。すこぶる謙遜なもので、下稽古をした様なものでなかった。

 多くの成功と、失敗と、燃ゆるが如き向上心と、心霊的放浪生活が、終
(つい)にこの高く、美しき位置に、この愛すべき、誠実なる、子供のような信仰と精神の澄明さに到達せしめたのであった。

 デーリーは、正直に、彼のすぐれたる心境を読みとることが出来た。そして正直に彼に頭を下げたのである。

 そこが又デーリーの偉いところである。そしてみずから 「彼の指導に自分は感謝しているとはいえ、ほんの一寸の間、自分の知性が、彼を羨ましく思った」 と正直に告白しているのである。

 自己を完全に放ち棄てて神にまかせると云う意味での surrender は、ライファーにとっては恰好の題目であったのである。しかし彼は、まだ熟していない魂にとって、そしてまた未だ目覚めない魂にとっては、自己放棄
(おまかせのせいかつ)は、多くの失望と悲劇さえも生するのだ、と云う意味を常に含めて、ライファーは云うのであった。

 「祈りと同じように、おまかせの生活も、容易に穿き違えて行われるのである。それは 『誇り』 を生ずることもあれば、謙遜を生ずることもある。また 『闇』 を生ずることもあれば 『光』 を生ずることもある。憎みを生ずることもあれば、愛を生ずることもある。それは傷跡や深い傷を生ずることもあり得る。

 それは癒すと同時に傷つける事もあり得るのだ。それはまた退歩させることもあれば、進歩させることもあり得る。おまかせの生活の結果の相異は、オマカセと見えながら我
(が)にまかせた生活をいとなむか、真に素直な生活をいとなむかによって生ずるのだ」

 と云っている。≫


 信仰とは、何か。それは――


≪ 信仰と云うものは 「素直になる」 ということです。神様が、

 「この世界を完全に造ったぞ」

 と仰せられたならば、自分の肉眼で見て、それが如何に不完全に見えましても、

 「この世界は完全である。きっとよくなるに違いない」

 と考えるのが信仰です。≫


 と、谷口雅春先生は 『新版 真理』 第1巻 p.225 で、おっしゃっているのである。

 それで私は、今年の年賀状には下のように書いて出したのであります。




  <つづく>


 (2019.1.13)

483 愛は刑よりも強し(8)


 谷口雅春先生は、『愛は刑よりも強し』 という御著書の中で、

 
「愛のない説教は未だ嘗て一人の魂を救ったことはないし、これからも決して救い得ないだろう。人類を愛し抱擁することによってのみ、君は君の魂を救うことが出来るのだ。」

 というライファーの言葉を、「自分みずから幾度でも読んで反省の資料としたいのである」 と言われている。

 その宝玉のような言々を、私も肝に銘じて実践すべく、ここに謹写連載させていただいています。

 次は、「愛としてのキリスト論」 というところです。


          ○


≪ 『愛は刑よりも強し』


     愛としてのキリスト論


 皆いふ 『されば汝は神の子なるか。』 答えたまふ 『なんぢらの言ふごとく我はそれなり。』 (ルカ伝第22章70)


 或る霧の深い暗澹とした朝のことであった。朝食がその日どうしたものか遅れたので、監房全体にいらいらした感じが拡がって行った。そうした全体の感情は、一種の雰囲気となって、周囲の人々に或る影響を与えるものである。

 スター・デーリーも、そうした感情に捉われて往って、何かいらいらしく、周囲の人と議論したいような感じが、むくむくと起って来るのであった。

 デーリーは、ライファーにこう云った。

 「君がキリストについていだいている観念には、何か非常に間違ったものがある。バイブルの中の色々の考えの中にも、非常に間違ったものがあるように思う。君は 「キリストは愛である、少しも汚れない少しも変らない愛だ」 と云う。併しどうもそれは僕にはピッタリしない。聖書の中には、到る処に、キリストが愛以外のすべてのものだと云うことが書かれているじゃないか。」

 ライファーは、自分の寝台の上に腰掛けて、廊下の窓から餌をあさりに来ている雀たちに向って、パンの数片を与えていた。その雀のなかには、トマスと呼ばれる雀や、次にはペテロと呼ばれる雀、第三にはヨハネと呼ばれる雀がいた。

 ライファーはデーリーの言葉に答える代りに、窓の閾の上にいる雀たちを指さした。そして監房の扉の十字格子の上に小さいパンの一片を置いた。

 忽ち一羽の雀が、十字格子のところに飛んで来、そこへとまって其の餌を啄むと、とうとう窓の閾のところへ飛び帰って、その他の雀たちと一緒に其処にとまった。

 ライファーは云った。「あれがヨハネだ。ヨハネは愛だ。愛は一切の恐怖を放ち棄てるのだ。」

 やがて第二の雀が廊下を横切って突進して来た。そして階段の上にあるパンの一片を大急ぎで啄むと、あわててとび退いて往った。

 ライファーは云った。

 「あれはペテロだ。ペテロは信仰をあらわす。彼にはまだ完全な自信がない。しかし、神の護りに信頼することが出来るのだ。

 あの雀はまだ少々恐怖心がある。神経質で、躊躇している。『私は神を信じている』 とこの種の人たちは云う。『しかしチヤンスがないのです』 と。

 この種の信仰だけでは足りないのである。彼を大胆に自信ある者たらしむるためには、ヨハネの愛を少しく加味しなければならぬのだ。」

 三羽の雀のうちのもう一羽は、まだ窓の框の上に残っていて、躊躇逡巡した様子で、自分の手の届くところにある御馳走を疑い乍ら、前後に跳び交うのである。

 「あいつがトマスだ」 とライファーは云った。

 「トマスは理性だ。生命のパンが彼の目の前にハッキリ見えるところにある。併しそれは穽
(わな)かも知れないとあいつは疑っているのだ。併し、あいつが、この食物を獲得するにはどうしたら好いかと理性で思い煩っている間に、ヨハネやペテロはもう其処へ帰って来、トマスを促すようにつつくのだ。

 よし、トマスのためにこちらから餌を投げてやるぞ。」

 こう云って窓から一片のパンを投げ与えた。トマスと呼ばれた雀は、それがなげられると、その餌を追ってそれをとらえた。

 「おお」 とライファーは思い出したように云った。

 「君はキリストのことを何とか云うていたけな。それが、どうだったけな。」

 デーリーは、さっき云った言葉を繰返した。

 「聖書にあらわれているキリストは、自分自身の宗教以外の何人の宗教に対しても寛容性がない。彼はパリサイ教徒に対して憎々しく辛い言葉を以って応酬している。彼が用いたところの言葉の或るものは、私の信仰又は尊敬を裏切るものである。

 僕にはこう思えるね。君の見たキリストは、或る非常に貧しい翻訳者によって歪められているように思われるのだ。キリストは言葉の悪い配置によって失われてしまっているように思われる。若し彼が高い影響を僕の生涯に与えるためには、もう一度キリストを把握し直さなければならないと思うのだ」

 ライファーは、仮りにデーリーに同意したような口調で云った。

 「君は、その点に於いて正しいと云い得るかも知れない。」 そして

 「だが、真のキリストは愛である。そして勿論、それは或る一個の人間と云うよりも、むしろ一個の状態である。

 僕は、イエスは神の人以上であると思う。だが、キリストは神の状態以上である。

 イエスは、恐らく愛の 『体
(ボディ)』 かも知れない。しかし、キリストは愛そのものである。

 イエスは恐らく、詛
(のろ)いの言葉を吐いたかも知れない。しかし、キリストは赦したのだ。

 真のキリストは愛である。神の子である。

 さて、愛が神学の創設や教条の制作者や翻訳者によって拒絶せられたと考えて見給え。それはそれとしてよろしい。しかし其処に、君にとって恐しい誘惑がある。

 若し、真の愛のキリストを、間違った翻訳の断片から、再認識しなければならぬならば、その再認識は誰がなすべきであるか。」

 デーリーは、それに回答し得る自信がなかった。

 ライファーは、言葉をつづけた。

 「君が、それをなすべきである。君は最後の審判の日が来るまで、君の智力をもって聖書を研究することが出来るだろう。そして君がそれを研究すればする程、聖書の伝えんとするメッセージをより少く把握するだろう。

 そして君が、あの小さい雀ペテロの冒険的な信仰と、あの小さな雀ヨハネの勇敢な愛とをもって聖書を受けとることをしないならば、君はあのトマスと呼んだ小さな雀と同様に、窓の外に居残ってパンのカケラが投げかけられるまで、待っているしか仕方がないであろう。

 聖書は、分析すべからざるものを、理性をもって理会しようと考えるよりも、信仰と愛とをもって受くべきものであるのだ。」

 その時誰かが、牢格子を食事のお皿で擦る音がした。

 「飢えたる人間は、朝食が遅いので待ち切れなくなっているのだ」 とライフファーは独り言のように云った。

 「人間は、空っぽの頭をもって、空っぽの胃の腑の叫びを注意して聴くのだが、飢えたる魂は、そんなことには一向おかまいなしである。」

 こう云うかと思うと、彼はデーリーの方を向いて、先刻からの議論の続きを喋り出した。

 「君は、キリストを見直さなければならない。そして彼が何であるかを、実際生活でやって見て、彼を知らなければならない。彼は愛である。愛から離れた君には破壊する力のほか何もない。君の唯一の創造的媒介と調和せしむる力は全世界でただ愛のみである。

 愛のあるところには、其処に調和あるのみである。愛のないところには不調和があるばかりである。

 君が議論にのぼしているキリストは、一個の不明瞭なキリストである。そんなキリストのことはほかの人に議論させて置けば好い。それが吾々に何の関係があろう。

 『われに従え』 とキリストは云ったのである。そして十字架を背負ったのだ。汝はどうするか。此処に神の人間に対する挑戦がある。

 キリストは今も愛であり、嘗てもそうであり、今後も愛である。キリストを愛以下のものとして見る人々は、『現在』 『過去』 『未来』 によって裁かれる。すべてかくの如き者は 『時間』 によってさばかれる。かかる人には神の言葉が帰って来る。よく自分の生活の脚下を顧ることだ。」

 こうライファーは云ってから、再びつけ加えた。

 「キリストを議論することは、君がそれを欲しない限り、君の仕事ではない。議論上のキリストに君が注意を振向けることは、愛の行為を避けようとする、所謂る 『光栄ある口実』 以上の何物でもないのである。

 それは、君の自尊心を傷つけない逃口上や、君の利己主義を毀たない逃避口を与えるかも知れない。併し、君が聖書をどんな読み様しようとも、イエスは愛として、光として、生命として、法則として、そして、その凡てを一つにしたものとして聖書は描いているのである。

 キリストは主であり、神の子であり、救い主であり、贖
(あがな)い主なのである。此らの状態から離れたならば、君にとって混乱のほか何物でもない。」

 こう云うかと思うと、ライファーは一瞬間じっとデーリーを見詰めて、そして宣言した。

 「キリストは今斯う君に云っているんだよ。今、君に、君にのみ云っているんだよ。
 『吾れを誰とか為すや』 と。

 そして若し君が愛以外の何物かをもってこの問いに答える事が出来ると考えるならば、君はそれだけ、今すぐ失敗を受ける事になり、君自身を苦しめる事になるのだ。それは君にとってそれだけ無駄をたくわえることになるのだ。

 この世界には、愛以外に人生を調節する力はない。愛のない説教は未だ嘗て一人の魂も救ったことはないし、これからも決して救い得ないだろう。人類を愛し抱擁することによってのみ、君は君の魂を救うことが出来るのだ。

 諄々として倦まずたゆまず、キリストは神学でも、哲学でも、理論でも、思弁でも、学説でもなく、彼は今も永遠に愛であると云うことを説くライファーの熱烈なる信仰に、デーリーは打たれたのである。

 キリストは一度恐ろしい価をもって人類から拒絶された牌石であった。この牌石を廃墟の中から拾い出して来て再認識する問題はまったく個人個人にゆるされた問題なのである。デーリーはついにそれを再認識したのである。

 彼は、『我に従え』 のキリストの言葉に従って、人類をただ愛することによってのみ、キリストを知ろうと出発したのである。≫


 「愛」 とは、何か。

 それは――


 
「私の中にあなたがいる。

 あなたの中に私がいる。

 あなたはわたしである。

 私はあなたである。

 あなたの悲しみは私の悲しみであり、あなたの悦びが私の悦びである。

 あなたは神であり、私も神である。

 あなたと私は神において一体である。」



 ――と観じて、相手の幸福のために自分を献げることだ、と思う。


 私は音楽を愛し、合唱団で演奏する。そのとき、


 
「私の中に音楽がある。音楽の中に私がある。私は音楽である」


 と念じて、忘我の境でうたうのである。


  <つづく>


 (2019.1.11)

482 愛は刑よりも強し(7)


 「愛」 とは、なんであろうか。
 「自他一体」 の自覚である。

 「私の中に、すべてがある。すべての中に、私がある。
 すべてが私である。私がすべてである。」

 「私の中にあなたがいる。あなたの中に私がいる。
 あなたは私であり、私はあなたである。」

 ――具体的には、

 「私の中に、妻(○子)がいる。妻(○子)の中に、私がいる。妻(○子)が私であり、私が妻(○子)である。」

 「私の中に、わが子(○○)がいる。わが子(○○)の中に、私がいる。わが子(○○)は私であり、私はわが子(○○)である。」

 「私の中に、日本国があり、日本国の中に、私がある。私の中に、天皇おわしまし、天皇の大愛の中に、私はある。」

 「私の中に、すべての人類があり、すべての人類の中に、私がある。」

 「私の中に神があり、神の愛の中に私はある。」

 ……と如実に知ることだ。――と思う。


 谷口雅春先生は、『愛は刑よりも強し』 という御著書の中で、

 
「愛のない説教は未だ嘗て一人の魂を救ったことはないし、これからも決して救い得ないだろう。人類を愛し抱擁することによってのみ、君は君の魂を救うことが出来るのだ。」

 というライファーの言葉を、「自分みずから幾度でも読んで反省の資料としたいのである」 と言われている。

 その宝玉のような言々を、私も肝に銘じて実践すべく、ここに謹写連載させていただいています。

 次は、「ライファーの精神集中法」 というところですが、その始めの部分を少し省略して、謹写させて頂きます。


          ○


≪ 『愛は刑よりも強し』


     ライファーの精神集中法


 ライファーの説によれば、神の心は吾々が神に心を集中したときに得られるのである。それは有名なダビデの歌にも 『主よ、吾が声を聞きたまえ、わが祈りの声に耳を傾けたまえ』 とあるのでも明かであると云うのである。

 ライファーの云うところによれば、神意への全托の基本的な方法に、二種類ある。

 その一つは、雑念のない精神統一を、神と神の誠めとに対して振り向けることである。

 そして他の一つは、柔かく委せ切りの心境になることであって、この二つは、神に対する全托の方法の両極だと云い得るのである。

 心理学の教えるところによれば、人生に於ける吾らの成功と否とは、吾々が成さんと欲する一事物に自己のエネルギーを集中し得る能力如何にあるのである。

 他の言葉を以って云えば、精神統一であり、注意力の集中を行うことである。

 精神を集中して所要の目的物に注意力を集中し、かくの如く焦点に集められた時に於て、吾々のエネルギーは其の方向に流れ出ずるのである。

 ライファーの説明の所旨は、次の通りである。

 吾々は、ウイリアム・ゼームズ教授の云った 『意識の流れ』 の中に生活しているのである。この流れの中で、吾々の心が欲するならば、フィルター(濾過器)の役目、浄化装置の一種として働くのである。すなわち悪想念から良き想念を分離し、悪想念を濾
(こ)し出して良き想念のみをとどめる働きをするのである。

 吾々が害をうけるのは、悪想念が吾々の中に流れ込むから――と云う事のみでは起らない。その悪想念を吾々の心の中に残ることを甘んじて許す所に害が起るのである。

 想念は、感情と混淆するまでは、吾々を支配する力を殆ど有たないのである。それは全く吾々の持っている能力――精神波動の選波作用――の問題である。

 吾々が意のままに精神集中力を働かす事が出来るまでは、吾々は 「意識の流れ」 の中に押し流される犠牲者に過ぎないのである。吾々は独立人格として何らかの選択能力を持たなければならない。

 吾々の心が、この選択能力を有たないとしたならば、善念も、悪念も、病念も、その他、何ら関係ない想念をも、その全てを吸収する海綿のような働きをするのである。吾々の注意は甚だしく分散され、常に左顧右眄
(さこうべん)し精神散乱して止まるところを知らない状態となるのである。この状態では失敗である。

 この精神散乱状態を矯正する方法として、ラィファーは、二つの方法を教えている。この二つの方法は、希望された状態を現出するまで、互に連関して用いることが出来るのである。

 第一の方法は、常に自己の意識の中に霊的(神的)な観念のみを把握して、もし霊的ならざる想念が入って来たときには、自分の意識の中に住んでいる霊的想念に感化せられ、霊化変貌してしまうようにすることである。

 もう一つの方法は、意識的な自己意志の支配をすることである。即ち選波能力の活用である。

 この方法は、云わば一種のゲームの性質を有っている、とも云うことが出来るのである。将棋のゲームのように、充分注意深い精神集中を必要とするものである。

 たとえば、吾々の心の中へ消極的な思想がやって来たならば、それに注意することなく、それに反対するのでもなく、憤然としてそれを拒否するのでもなく、それを機会として、直ちに二個以上の積極的想念の駒を進めて行くのである。

 デーリーはこの方法をやって見て、数日のうちに有効なる精神コントロールが出来る様になったと云っている。

 ライファーの確言するところによると、誰でも、如何にその魂が頽廃の底に沈んでいようとも、また彼が如何に暗黒思想の擒
(とりこ)になっていようとも、三十日聞この方法を実修することによって、彼の生活の全コースを変化せしめ得る。と云うことを確言しているのである。

 この、想念を自由に意のままに支配する方法を、みっちりと実修すれば、その結果の得られることの速かさは、驚くべきものがあるのである。その骨子とするところは、悪想念の拒否ではなくて、悪想念には直接触れずに、それを善の想念に置きかえてしまうことである。

 吾々は、吾々自身の想念するところのものとなる。吾々の想念が、消極から積極に変化した時、環境をふくむ吾々の全生活は、事物の此の新しい精神秩序に応ずる積極性のものとなるのである。

 凡ゆる失敗と悲惨とに甘んじて打ちくだかれていた人々が、僅か数週間の実修によって、一生涯の破壊的な精神習慣を克服して、再び心に太陽を見出すことが出来るようになったと云うことは、驚くべきものがあるのである。≫


  <つづく>


 (2019.1.9)

481 愛は刑よりも強し(6)


≪ 自分ひとりが浄まったなら、世界は浄まるのである。自分の心がきよまらざる故に世界はきよまらないのだ。自分の心をきよめることによって、全世界を浄めることが出来るのである。≫


  (谷口雅春先生 『新版 叡智の断片』 127頁より)

 
「愛は決して失敗しない。愛は恐怖をかなぐり棄てる。愛は法則を成就するものである。」

 と、ライファーはいう(谷口雅春先生 『愛は刑よりも強し』)。

 私もこれを深く肝に銘じて実行したいと決意し、ここに連続謹写しております。


          ○


≪ 『愛は刑よりも強し』


     宗教的光燿後のデーリー(4)


 ライファーは、デーリーにこう云った。

 「そんなに人を救おう救おうと力むものではないよ。静かに坐して君が救い得る相手が得られます様にと祈るんだよ。他の方法で君は君の救おうと云う相手のところへ闖入
(ちんにゅう)する様なやり方はやめなければいかん。

 すべて救いのことは神の手にまかせるのだ。神にまかせるのだ。そうすると神が、その適当な時と適当な場所とを定め給うのだ。そして又、神は君の口に必要に応じた適当な言葉を与えたまうだろう。まず 『愛』 を第一に、その次には 『信頼』 だよ。」

 と、ライファーは云った。

 ライファーに云わせれば、伝道の仕事は必須不可欠のものである。併しデーリーの最初の頃のやり方は敬虔なる宗教改革者とは似て非なるものであった。

 彼は寧
(むし)ろ自分が他を救い得る特権があるなどとは考うべきではなかったのである。それよりも彼は、自分が 『愛』 を行じさせて頂くために神から与えられた 『愛の対象』 であると見るべきであり、その 『愛』 を行ずる事によって誰が救われるのかと云えば、自分が救われるのである。

 この態度になってこそ霊的プライドと云うものがなくなり、敬虔な、神聖な、『わしが』 と云うような傲りの心がなくなるのである。

 自分の力と云うものは、説教する事によってよりも、如何に自分があるかと云う事によって効果を現わすものなのである。

 伝道には、歴史的キリストを無視すべきではないが、それよりも大切なのは、自分に内在する神秘的キリストを、内部から呼び出して来るべきであるのである。

 ライファーは、将来に於ける刑務所の宗教についてこんな説を述べた。それは――

 囚人の宗教的及び倫理的部分に近づいて行かなければならない。教誨の仕事は彼らに内在する宗教性及び倫理性を呼び出して来るのでなければならないのである。

 教誨師は、囚人の中から抜擢して採用せらるべきである。すなわち、彼ら自身が 『教え』 そのものになっている囚人、彼らの愛が神に導かれて、自働的に愛を行ずるようになった者から抜擢しなければならない。

 ……等々。


 或る時、デーリーとライファーとは、イエスの受けた誘惑や受難や神の子としての自覚に就いて語っていた。するとライファーは斯う云った。

 「その外部的事件について知ることは無論結構なことである。併し、その意味の何たるかを知ることは、君に大した功徳をもたらすものではないのである。その意味から何をつくり出すかが、君の伝道の有効さを決定するのである。

 「これは何を意味するか」 と云うようなことの知識は、却って、議論と反対とを引き起して、人々を敵と味方とにわける。君がキリストの体験と人格との中に生きるならば、証明も弁明も不要であって何らの議論の余地もないのである。

 これが君の光である。この光こそ人々を善に導き得るのである。

 ……ところで、君はイエスが弟子の足を洗ったと云う事が何を意味するか知っているか。」

 「それは謙りを意味すると、君が僕に教えてくれたではないか。」

 「そうだったけな。そうそう。

 ところで君はその通り謙りを意昧すると信じているか。」

 「信じているとも!」 とデーリーは即座に述べた。

 「ところで、それが謙りを意味すると知る事が、君を謙抑にするだろうか。」

 「しないと思うね。」

 「そこだよ。キリストの事蹟の意義を知ることが問題ではない。キリストの魂を持つために自分を鍛えなければならないのである。

 キリストの神学を知ることに大努力をする必要はないのである。それはキリスト神学を知る人々を種々雑多に対立せしめることになる。それはキリストへの注目を却って散乱せしめることになる。そしてある人の神学は他の人の神学と衝突する。そう云う衝突は神学者にまかせて置く事である。それは君の分野ではない。」

 この最後の言葉がデーリーを打った。ライファーは語をつづけた。

 「神学が発見し得ない力を、そして又発見した力を、君の生活体験の中に生かすのだ。

 君の人格を変貌せしめるものは、決して知識ではないのである。君は知識の中に体現した霊によって鼓舞せられ、新生せしめられるのである。かくの如き知識は君の知性を磨くが、霊は君の魂を磨くのである。魂が磨かれれば、正しい知識はそれに導かれて出て来る。」

 ライファーはこんなことを話しながら、自分の寝台の上に長々と寝そべっていた。

 「君は、イエスが苦しみによって浄められたことを読んだが、それが何を意味するか、知っているか。」

 と又彼はたずねるのである。

 「知らない。」

 「君がそれを知ったとて何になろう。それはおそらく君をして、わしは偉いぞ、こんなことを知っていると云うような高慢な気にならせるだろう。また或る人々は、君は素晴しい知識をもっていると驚歎するだろう。またある人々は君を深遠な神秘的事物に関する驚くべき学者と考えるだろう。

 しかしそれよりも一層好いのは、キリストの受難の意義が何であるか、体験をもって知ることだ。それは段々と起って来るだろう。心配するに及ばぬ。それによって君は潔められる。丁度医者の緩下剤が腸の中を掃除するようにだ。

 ところで君は君の読んだ行にある 『荊
(いばら)の冠』 とは何の意味か知っているかね。」

 「いや。」

 「知っていたとて君の足しにはならんさ。」

 とライファーは注釈した。

 「それは君をひき蛙のように膨らませるだけさ。或は誰にも読めんような書物を著わさしめるかも知れない。

 併し君が荊の冠の意義を生活体験で知るとき、それは君の内に宿るキリストの霊を解放するよ。それは君に法悦を与え、君を強くする。それこそ却って計画なき伝道となるんだ。」

 ライファーはこの話をするとき、重大問題を取扱っているんだと思わせるような調子で、知識の獲得と体験智とは全然ちがうと云うことを、デーリーにくれぐれも繰返し云うのだった。

 「キリストの奇蹟についての諸問題を知っても、たいした功徳を君には与えない。君の真の力は体験としての意味にある。君が生活して行くうちに屹度
(きっと)その恩寵を受けるだろう。」

 「如何にすれば好い?」

 「毎日を支配するんだ。知識を体験に翻訳して、経験を知識に翻訳するんだ。そしてそのどちらをも適当な時、場所に働かせるんだ。

 カラにすることは大切だが、つめ込むことはそれほど大切なことではない。吾々は知識を先ず得たならば、それを喜んで吐き出さなければならない。そうすると智慧がその代りに得られる。

 それは実に単純なことである。最善の伝道は賢者となることである。」


 こう云うかと思うと、ライファーはカラカラ笑った。そして新聞紙を取上げてそれをサラサラ云わせた。それはもうこの話はこれ位にして置こうと云う合図であった。

 ライファーは何時何処で話し始めたら好いかを知っていたと同時に、何時何処でやめれば好いかと云うことも知っていたのである。


 「彼は神に支えられ、神に力を与えられ、神が導いているのである。

 彼は自分がどんなになっているかを話すのであって、それ以上でも以下でもない。彼自身が伝道の言葉なのである。

 彼は何を知っているかの故に多勢の人々を救い得るのではなく、彼は如何にあるかによって多勢の人々を救い得るのである。」


 と、デーリーはライファーの事を評しているのである。≫



  (谷口雅春先生 『愛は刑よりも強し』 より)


 ――昭和29年(1954)3月1日、東京原宿で生長の家本部会館落慶式が行われてから間もなく、スター・デーリーは谷口雅春先生の招聘によって3月28日に来朝し、本部会館での第一声を皮切りに、6月19日まで全国を廻って80数回巡講し、その体験を語った。私もその時まだ学生だったが、原宿本部会館でデーリー師の講話を聴いた。

 原宿本部会館は、建設中には、「国際宗教放送」 という大看板が、山手線の電車からも見えるように掲げられていた。結局宗教放送局は設立不許可となり、日本短波放送に合流出資しての放送が始まったのだが、谷口雅春先生は世界平和の根本 「愛」 を全世界に放送する 「人類光明化運動」 の大きな夢を描き、この本部会館をその拠点とすることをめざしておられたのである。

 私は昭和50年7月号から54年10月号まで4年あまり、生長の家青年会で 『理想世界』 誌百万運動のピーク時に、同誌の編集長を務めさせていただいた。その巻頭に毎号、青年を鼓舞する短い真理の言葉を掲げたのだが、昭和50年12月号では、『愛は刑よりも強し』 から、ライファーの言葉を載せていた。↓





 谷口雅春先生はその晩年に、地方講師・光明実践委員を対象とする 「実相研鑽会」 で、『信仰の活人剣』(類纂生命の実相、楠本加美野編)をテキストとし、「菩薩、何を為すべきか――上求菩提、下化衆生
(じょうぐぼだい・げけしゅじょう)」 という題での研鑽の御結語でも、スター・デーリーの(ライファーの)言葉を採り上げて次のように語っておられる↓。


 ⇒谷口雅春先生御講話 「愛こそ伝道のすべて」


  <つづく>


 (2019.1.7)

480 愛は刑よりも強し(5)


≪ 自分ひとりが浄まったなら、世界は浄まるのである。自分の心がきよまらざる故に世界はきよまらないのだ。自分の心をきよめることによって、全世界を浄めることが出来るのである。≫


  (谷口雅春先生 『新版 叡智の断片』 127頁より)

 
「愛は決して失敗しない。愛は恐怖をかなぐり棄てる。愛は法則を成就するものである。」

 と、ライファーはいう(谷口雅春先生 『愛は刑よりも強し』)。

 私もその言々を深く肝に銘じて実行したいと決意し、ここに謹写してまいります。


          ○


≪ 『愛は刑よりも強し』


     宗教的光燿後のデーリー(3)


 多くの教誨牧師は、デーリーに対して罪を克服する鍵を与えることに失敗したとは云え、しかしそれは決して無駄ではなかったのである。「彼らは大いに最後の魂の光耀を得るために貢献したのである」 とデーリー自身もみとめてはいるのである。

 或る時デーリーは自己の内に持っている神の証し、内部的に知っていることに対して、それを将
(まさ)に危く否定せんとするような危機に際会した時のことを述べている。

 一人の、前から親しい囚人がデーリーに話しかけていたが、その内に彼が獄吏側に転向した事について彼を悪罵しはじめたのである。

 彼はデーリーに対して卑怯者呼ばわりをした。デーリーは憤激が頂上に達して今にも暴力に訴えようとする衝動を辛うじて抑えた位であった。それを抑えるには今までにない真の勇気を要したのである。

 この囚人はデーリーに、「君がそんなに真に勇気があるなら、次の刑務所集会の日に教会に往って、その演壇の上に立って明らかに公衆の前に身を曝し、囚人仲間に対してその転向の魂の美しい話なるものを演説することだ。皆の者はその善良なる古風な宗教体験発表に随喜の涙を流すだろう」 と云った。

 勇気にも色々あって、人間は乱暴をはたらいて自分の腕力を示すような勇気もあるが、嘲笑する聴衆の前で、動ぜずに自分の転向を表明する勇気はまたべつの格別なる勇気であった。それの表白の場面を考えるだけでも脊骨が弱くも崩折れてしまいそうになるのであった。

 それは 「考えるだけでも自分の脊柱から鉄の心張りを取去り、その代りにゼリーを入れた様にフラフラさせた。それは数十年を遡って子供の時代に教師にあてられて皆の前で暗誦をやらせられた時の臆病さを復活させた」。

 あらゆるみじめな畏怖と当惑とが一瞬デーリーの心の中によみがえった。

 「私は今までこの種の勇気を持合わせてはいなかったのである。まことに子供時代の友達の嘲笑の如きは、此の怒りに満ちた仲間の囚人たちの口から噴出する焔のような悪罵にくらべたら物の数ではないと考えられるのだった」

 とデーリーは告白している。

 突如として、彼は魂の安定を失ってしまったのである。愛のヒロイズムは彼の意識から消え去ってしまった。神への全托の心は一瞬にして消え去り、神は彼の心の中で姿を消し、仲間の挑戦のまっただ中に彼はただひとり残されたと云う形だった。

 併し彼は、内部の動揺を押しかくして、勇気を示さんがために、演壇に立つことを受諾したのだった。その結果がどうあろうとも、それは関するところではない。ただ猪突の勇気を揮って、聴衆の悪罵の前に立って見よう、彼はこう決心したのであった。

 彼は刑務所会堂の支配人に自分の名を書いて、演説させてくれるように要求した。

 一方、自分の喋るべき草稿をととのえて、それを暗記しはじめた。デーリーにとってはやがて演壇に上る日を待っているみじかい時間が、百万年も経過するかのように長く思われた。

 デーリーは、演壇に立ったとき、彼はもう自分は息がつまって死ぬのではないかと思われた。
 身窄
(みすぼら)しい囚人の服装をつけた聴衆は、壇上から見渡すと、ただぼんやりした黒点のように見えるのだった。

 内に隠した卑怯さは、外にそれを蔽い隠すことは出来なかった。そのぼんやりした黒点が彼の想像で潤色されて皮肉に満ちた顔色がゴチヤゴチヤならんでいるように見えた。脈搏は激しく打つ。心臓は烈しく鼓動して、心の中には濃い霧が立てこめていた。

 いよいよ刑務所集会所の支配人(やはり囚人仲間の一人)が立上って紹介の言葉を述べはじめた。何だかそれは不要なことを長たらしく話しているような気がするのだった。

 愈々支配人が紹介の言葉を終ってデーリーの方へ振向いたときには、彼は恐ろしく打ち震えているのだった。

 彼は起ち上って演壇までどうして行ったか、上ってしまって意識がなかった。指定された席に到達したときには、急霰のように拍手ではないが罵言と野次とがとび出して、或るときは津波のように、あるときは怒濤のように彼を襲った。

 野次が静まるまで待っていたが、彼は殆ど混迷して倒れてしまいそうであった。

 と思うと、悪魔のように突然聴衆は静まり返ってしまった。

 口はひからびてしまい、舌は脹れ上ったセルロイドのように固くて動かなかった。

 彼は話そうと努力した。硬化した渇いた唇はかろうじて開いたが、一語をも発声し得なかった。

 再び罵る声、恐ろしい乱暴な野次。何を云っているのか聞えなかったが、その悪意だけはハッキリ受けとれたのである。

 彼はもう一度努力して話そうとしたが駄目だった。彼は不名誉な英雄として、自己処罰をした臆病者として演壇を下りてしまった。

 雷のような、人を殺すようなカラカイの声がした。彼は此の不名誉を挽回するために今後幾度も幾度も演壇に立たねばならないのだった。


 ところが、そう云う苦痛を防いでくれる奇跡的な神の 「お手廻し」 があった。一時間ほど経つと、牢獄の番人がデーリーの監獄部屋をおとずれて一放の紙片を渡しながら、

 「君は移動しなければならないから、荷物を取り纒めなさい」 と云った。

 「何処へ?」 とデーリーはきいた。

 「ほかの部屋へだよ。」

 「僕は移動の申請をしたことはない。」

 「私は知らないさ、ただ命令を受けただけだ。」

 「誰の命令だ?」 と更にデーリーは抗弁するような口調で云った。

 「誰の命令か知らないが」 と彼は云った。「ただ命令だよ。」

 こうしてデーリーは獄含の部屋の移動によって、この困難なる局面から転回し得ることになったのである。

 其処で彼は、ライファーに会う機会を得て、その教えを受けることになったのである。

 どんな困難な局面も、その人がそこで受くべき業を果して卒業した状態になったとき、次なる局面に送られるのである。何故なら人生は色々の体験を積むことによって魂を向上させる過程であるからである。≫



  (谷口雅春先生 『愛は刑よりも強し』 より)


 ――そうしてデーリーは、ライファーの導きによって、『ふりそそぐ愛の奇蹟』 を演ずる道を知ることになるのである。


  <つづく>


 (2019.1.6)

479 愛は刑よりも強し(4)


≪ 自分ひとりが浄まったなら、世界は浄まるのである。自分の心がきよまらざる故に世界はきよまらないのだ。自分の心をきよめることによって、全世界を浄めることが出来るのである。≫


  (谷口雅春先生 『新版 叡智の断片』 127頁より)

 『愛は刑よりも強し』 の 「はしがき」 で、谷口雅春先生は次のように書かれている。

 「(昭和22年の秋) その頃私は、いろいろな事からもっと神に近づきたい気持に襲われざるを得なかったのである。自分の無力さと徳の足りなさとが痛感され、私は完全に神の前に打ちのめされたような気持であったのである。それだけ私の心のなかに謙(へりくだ)りの情がつちかわれ、その程度に応じて確かに神を呼ぶ回数が殖えて来たのであった。

 一日幾回神想観し、黙念し、神に呼びかけ祈ったかわからない。……」


 そうしたときに、スター・デーリーの 『レリーズ(Release)』 という著書に触れられた。それは、

 
「私の心を浄めるに大変役立ったのである。私は読みながら、その要点を書きとった。それは自分が繰返し読んで反省するためであって、人に教えるためではなかった。」

 と先生は、『愛は刑よりも強し』 の 「はしがき」 で述べられている(#476)。

 私もその言々を深く肝に銘じて実行したいと決意し、ここに謹写してまいります。


          ○


≪ 『愛は刑よりも強し』

     宗教的光燿後のデーリー(2)

 デーリーは、このような自己に起る現実の愛の奇蹟がこんなにも驚くべき効果を挙げるのを見るにつけ、この方法が何故感化事業や社会改善事業に応用せられて実際的効果を挙げるに到らないのであろうかと、疑わずにはいられなかった。

 ここに、問題が彼の前に横たわっていたのである。

 既にデーリー自身が監獄にいた間の長い年月には、1ダースにもあまる教誨牧師が、彼をキリストの扉を通して、悦ばしき新しき生活の瑞々しい緑濃き沃野に、熱心に導こうと試みたけれども、無駄であったのである。彼ら牧師はキリストの福音をもって武装していたけれども、駄目だったのである。

 ただ囚人仲間にいた、一人の素朴単純な老人 ライファーが、キリストの教えを解明してくれ、神をして現実に接近して知り得るものたらしめるように、その教えを解釈してくれた場合だけは別であったのである。

 しかし何故、牧師達の説教は失敗したのであろうか。彼らは兎も角も 『愛』 の神秘なる力を握りながらも、それを相手にそそいでその再創造の力を彼らに指し向ける方法を知らなかったのであろうか。又、その教誨の仕事に愛の力を使うことが出来なかったのだろうか。若しそれならば何故であろう。

 デーリーは、此の点について考えて見たのである。

 なるほど教誨師たちは自分たち囚人に対して或る程度の愛は持っていた。しかし実際その愛は充分なものであったであろうか。恐らく、それらの愛は、幾世紀もの間継続して来た囚人に対する社会の態度によって築き上げられた偏見をもって、完全さを失っていたのである。また其の愛は、余りにも神学的な学問によって力を失ったものになっていた。

 デーリーを導いてくれた老囚人ライファーが此ら牧師と異る点は、彼がこれらの牧師ほど教育がないと云うことであった。彼はデーリーと同じ境遇のレヴェルにいて教えてくれたと云うことが、彼に有利な位置を与えたのかも知れない。

 併し、真に一人の囚人が他の一人の囚人を導くことは至難の業であるのである。それには彼が真にその教義の上に生活していると云うことが必要なのである。ライファーは実際その人であったのである。

 彼はその肉体の細胞の一つ一つにキリストの福音を生きて来たのであった。彼は生活体験を通して福音の各章句の意義を解読する幾多の鍵をもっていたのである。

 例えば、彼はヨハネ伝第13章35節の 『これによりて爾曹
(なんじら)わが弟子たるを知らん。汝ら互に相愛すべし』 と云う語を、其の言葉通りの意義に於いて実践的に生活したのである。

 デーリーがライファーと親友になった初めに、ライファーが彼に話したところの語は、

 「人が 人の弱点に触れることなく愛する と云うことは、最大の愛である。」

 と云う言葉であったのである。彼は

 「人を愛すると云うことは、人を知ると云うことである。人を知ると云うことは彼を助け、癒すことが出来ると云うことである。かようにして神は、愛を通してその癒す力を働かせ給うのである」

 またライファーは云った。

 「愛は、決して失敗しない。愛は、恐怖をかなぐり棄てる。愛は、法則を成就するものである。

 汝の宗教が正しいか否かのテストは、知識や智慧ではない。憎みにみたされたる無神論者も、知識や智慧は持ち得るのであるが、それは真の信仰でも信条でもない。悪魔でさえも、ある意味では信仰をもち不屈の信条をもっている。しかし、それには真の癒しの力も、聖句を解釈する真の力もない。

 ……真の宗教なりや否やの最後のテストは、彼が愛に満たされた魂を有っているかどうかの問題である。神の愛と人の愛とを持っているかどうかの問題である。汝に宿っている神の愛は、神が爾
(なんじ)の中に働き給うのである」

  (『リリーズ』 72頁) ≫



  (谷口雅春先生 『愛は刑よりも強し』 より)


 ――さて、「愛」 とは、なんであろうか。

 「自他一体」 の自覚である。

 「私の中に、すべてがある。すべての中に、私がある。

 すべてが私である。私がすべてである。」

 具体的には、

 「私の中に、妻(○子)がいる。妻(○子)の中に、私がいる。妻(○子)が私であり、私が妻(○子)である。」

 「私の中に、わが子(○○)がいる。わが子(○○)の中に、私がいる。わが子(○○)は私であり、私はわが子(○○)である。」

 「私の中に、日本国があり、日本国の中に、私がある。私の中に、天皇おわしまし、天皇の大愛の中に、私はある。」

 「私の中に、すべての人類があり、すべての人類の中に、私がある。」

 「私の中に神があり、神の愛の中に私はある。」

 ……と如実に知ることだと思う。


  <つづく>


 (2019.1.5)

478 愛は刑よりも強し(3)


≪ 自分ひとりが浄まったなら、世界は浄まるのである。自分の心がきよまらざる故に世界はきよまらないのだ。自分の心をきよめることによって、全世界を浄めることが出来るのである。≫


  (谷口雅春先生 『新版 叡智の断片』 127頁より)

 スター・デーリーの 『レリーズ(Release)』 という著書は、

 
「私の心を浄めるに大変役立ったのである。私は読みながら、その要点を書きとった。それは自分が繰返し読んで反省するためであって、人に教えるためではなかった。

 請われるままに其の頃の 『生長する青年』 誌(『理想世界』 誌の前身)の毎号に分割してそれを載せたが、それは非常な好評を博した。この文章を読むために 『生長する青年』 誌を毎号取揃えたいと云う人も多数出て来たので、ここに一冊にして上梓することにしたのである。今まとめて校正しながら読んでいると、再び打たれることばかりが書かれている事に気が着くのである。」


 と谷口雅春先生は、『愛は刑よりも強し』 の 「はしがき」 で述べられている(#476)。

 私もその言々を深く肝に銘じて実行し、いよいよ心を浄めて生きたいと決意し、ここに少しずつ謹写してまいります。今日は、その6ページからです。


          ○


≪ 『愛は刑よりも強し』

     宗教的光燿後のデーリー(1)

 スター・デーリーが宗教的光耀を魂の内に感じて炬火のような熱情をもって牢獄生活の友達を顧みた時、彼はこの悦びをそれらの人たちに頒ちたいと云う願いが、沸々とたぎり立つように感じられて来るのであった。

 彼は自分の宗教的法悦の宝石をあまりにも誰彼の見さかいもなく、会う人毎に、まだ熟しない魂の用意の出来ない人々に投げかけるものだから、其処に困難な問題が起って来るのであった。

 彼は自分が受けて悦ばしいものならば、他の人に頒ち与えて悦ばれない筈はないと考えるのであった。

 問題は次から次へと起って往った。それは併し、もう監獄の役人との間に起る紛糾ではなく獄中の囚人との間に起る問題であったのである。

 デーリーの宗教的転回は獄吏たちには知らせないでも日常の生活が悉く変化してしまっているので、それみずからが証明であった。

 囚人同士のあいだでもデーリーの変化はハッキリ判らないのではなかった。しかしこのデーリーの善への転回は囚人たちにとっては魅力あるものではなく、却って嫌悪の念をもって迎えられたのである。

 彼らは転向者に対しては憤怒と拒否とをもって臨むのが常であった。彼らはデーリーについて皮肉な当てこすりの語調をもって噂するのだ。
 「あいつは窩
(あな)の中で手錠でぶらさげられて節操を曲げちゃった弱虫だ」 と云う調子である。

 今までデーリーは 『憎悪』 の恵徳を福音として説いて来たのである。そして獄中の囚人たちの同じような福音を説く人たちと共鳴し合って来たのである。デーリーみずから過去に於いては、宗教を信じ出したなどと云う友人がいようものなら懐疑の眼を投げかけたものであった。

 その同じデーリーが、その軽蔑した宗教とやらの魔力に腑甲斐なくとらえられたと云うのであるから、同僚の囚人たち仲間に二重の疑惑の眼をもって見られるのも不思議はないのである。

 極々最近までは獄中で暴動を起すような者に共鳴し、同情し、それを指嗾
(しそう)して来た彼であった。ところが彼は今や一転して此等の人々には同情を示さなかったし、彼らの罪や反抗に対して友愛的な態度をも示さなかった。そして寧(むし)ろそれを押し止めるような説教をする彼であった。

 嘗
(かつ)て旧い憎みの讃歌に調子を合わせていた彼の心は、最早そんな地下の魂に調子を合わせることなく天上の世界に調子を合わせる自分へと変ってしまっていたのである。

 普通の世間に於いて、今までの悪人が善人に転向したと云うような場合には、周囲との調和はこれよりも尚一層容易に行われたに相違ない。自分を嘲笑するものとは離れるようにし、自分に共鳴するような者にだけつき合うようにすれば好い訳であるが、獄中ではそうは行かない。鉄の扉が其らの者たちと一緒にデーリーを鎖じ込めているのである。

 いやでも応でも彼を嘲
(あざ)笑う者たちに顔を合わさなければならないし、気のくさるような彼らの言葉を聴かねばならなかったし、「転向者の匂いをかぎ出すために今まで敵であった監獄の官吏に節操を売るオトリとなった卑怯者よ」 と云う様な眼差しをもって見られなければならないのだった。

 かくて此等の同類の囚人たちと一緒に生活しながら異端者扱いせられる苦痛はまことにも耐えがたきものがあったのである。

 デーリーは此の魂の転向以前には仲間に名前を売っていただけに、転向後は一層監獄の官吏の中に名前を売ることになったのである。囚人仲間に謀叛者扱いされながら、それを耐え忍んで、此の苦痛の谷を渡り切ると云うことには新しい信仰の強い補強が必要であったのである。

 デーリーの生活の変化が胡麻化しのものでなく純粋のものであっただけに、それはたしかに苛烈なる試煉であった。それは彼の新しい生活の基礎をゆるがしそうであった。併し人間力でもう殆ど耐えられないと思われる時には、それを支える力と、それに打ち克つ力とが不思議に何処からともなく与えられた。

 デーリーの心の中に燃えつつある希望は、此の新しく発見された魂の法悦の生活を他の人たちに頒ち与えたいと云うことであった。これが彼に力を与えたのである。『汝の敵を愛せよ』 と云うキリストの教えをどこどこまでも離れまいとするこの努力が彼に力を賦与したのであった。

 しかし如何にしてこの嘲り笑うこれらの敵を愛すれば好いのか。その方法は如何? 彼にはこれが問題であった。彼は誰かれの区別なく熱情をもって直接説こうとしたがそれは失敗であった。今度は黙し、忍んで心によって相手をよくしてやろうとする間接的な方法がとられることになったのである。

 デーリーは彼ら囚人達に直接話しかけてよくしてやろうと云う考えを抛棄した。彼ら囚人はデーリー自身の自己改善のために―― 「あの見苦しく見える極悪者の中にも善にして尊い神性がある」 と云うことを静かに拝み出す自己の力を養成するための自己改善のために――彼らが自分の敵として自分の眼の前にあらわれているのだと考えるようになったのである。

 かくて、デーリーの 「囚人達を善導したい」 と云うような高慢な心は彼の生活を導く主動力としては消えてしまった。かくて自分自身の魂をみがくために与えられた手段として、其処にあらわれて下さっているのだと受けることが、デーリーの生活活動を導くことになったのである。

 かくして彼はすべての敵の姿を自分の心の画廊に陳列して、それに心のイメージで修正の補筆を加えることにしたのである。即ち彼らと自分との関係を愛の関係において、真実なる、高貴な友情の関係に於いて、現にあると心に描き、その状態に於ける姿が彼の真の姿であると、観ようとしたのである。

 これは 『生長の家』 で云うところの 『実相を観よ』 と云うのと同じである。

 デーリーはそれを 「この実践は人生に於ける 『高き悦楽のゲーム』 (highly fascinating game)となった」 と書いている。

 それ以来、驚異すべき事実が続々として起った。今までデーリーを避けていた囚人が突然予期もしないのに親しみ出して来た。そんな奇蹟がデーリーの展
(ひら)けかかっていた人格に鉄の信念を加えるようになったのである。

 愛は欠点を見てそれを矯正することではなく、そのいたい傷に触れることではなかったのである。愛はその人の傷をやさしく包んでその人の欠点の奥にある円満完全なる実相を、じっと愛の心で眺めやり、これが彼の実相であるとそれを心でいたわり育ててやることであったのである。

 デーリーはかかる愛の実践が、ハッキリと敵の陣営にあった人々に此のような奇蹟を演ずる事実を見た。そして彼らを隔てていた障壁が霞の様に消えてしまい、新しい、より高貴なる基礎の上に昔あった友情が再建せられる事実を見た。それは彼にとって最も神秘な、幽玄な、彼が今まで発見し得ずにいた愛の神秘力についての最も美しい事実であったのである。

 それは一々の場合において、一々の問題に周到に意識的に応用して実践し得る愛の奇蹟であった。

 彼は実験と経験とによって愛の焔が、どんな復活しがたい魂にも到達し、その石のような堅い殼をも熔融し、到底見込がないと捨てられていた極悪非道のものをも転回せしめる不思議な力があることを知ったのである。≫



  (谷口雅春先生 『愛は刑よりも強し』 より)

  <つづく>


 (2019.1.4)

477 愛は刑よりも強し(2)


≪ 自分ひとりが浄まったなら、世界は浄まるのである。自分の心がきよまらざる故に世界はきよまらないのだ。自分の心をきよめることによって、全世界を浄めることが出来るのである。≫


  (谷口雅春先生 『新版 叡智の断片』 127頁より)

 スター・デーリーの 『レリーズ』 という著書は、「時として或る人には聖書よりも強く心を打つのである」 と谷口雅春先生は、『愛は刑よりも強し』 の 「はしがき」 で述べられている(#476)。

 私もその言々を深く肝に銘じて実行し、いよいよ心を浄めて生きたいと決意し、ここに少しずつ謹写してまいります。今日は、その本文の最初からです。


          ○


≪ 『愛は刑よりも強し』

     スター・デーリーの人物

 スター・デーリーは二度まで破獄を企てた重犯の極悪非道の典型的囚人であったと云う。

 その極悪非道の囚人が最後の破獄の計画が破れると地下牢へ入れられ、両手を上方に縛り上げられ、両手の間に竿を通してなかば吊り下げられ足を爪先立にして一日中立っている姿勢を刑罰として課せられるようになったのである。

 これは午前6時から翌朝6時まで続く。その間に糞尿を催して来ても便所へ行くことはゆるされない。醜くい自己嫌悪の起るような状態で排泄物を出さねばならぬか、そうでなければ、それを強いてこらえていて異常な生理的苦痛を忍ばねばならないのである。

 どんな強健な囚人でも耐え忍び得る最長期間は15日間である。平均は10日間で、弱い囚人は5日間である。

 15日目の終り頃になると腕と脚とは紫色に脹れ上って来る。足の下部は凝結した血で黒っぽい色になる。手錠の中の腕は脹れ上って来る為に手錠の中でしめつけられて血液が循環しない。心臓は血液循環に異常の努力をして危険な状態にまで弱って来るのである。

 それでもデーリーは典獄の前に屈服しまいと決心した。もしこの時、犬のように四つん這いになって典獄に赦しを乞い悔悟の情を示すならば、彼は土牢の生活から赦されるのである。しかし剛胆不敵な彼は死んでも屈服しないと頑張っているうちに人事不省に陥ったのである。


 ……それからどうなったか彼は覚えていない。

 気がついて見ると、枕元にキリストが立っているのである。


 「彼は私の方へ近づいて来た。彼の唇は動いている。然し言葉はきこえない。彼は私の側に来た。そして私を見下ろした。そして深く私の眼に見入ったのである。

 それはまるで私の魂深く貫きとおるような慈愛の眼であった。

 自分は未だ嘗て人間の眼で、彼の眼に輝いているが如きそんな深い愛を見たことがなかった。愛の虜となってわけもなく、まったく其処にひざまずいてしまった私をはじめて私は見出した。

 私はこの夢の中の或る神秘的な感覚によって、私が 『実在』 の世界の中に浸されていることを知ったのである。永遠に、久遠に、私の生命に力を与えているアルモノを私は見たのである」


 とデーリーは書いている。

 どんな外的な物質的な拷問も制裁も改心せしめることが出来なかったデーリーの剛胆きわまる太々しき罪人根性を、ただ夢にあらわれたキリストの慈愛深い眼が、その眼の光が、愛が結実してあらわれた其の眼の光が、デーリーを改心せしめたのである。

 デーリーの眼の前にあらわれたキリストの姿はやがて幻のように消えて行ったが、その姿が次第次第にある文字としてあらわれて来たのである。それは 『愛』 と云う文字であった。

 やがてその文字も消えてしまった。そしてデーリーは不思議に澄み切った、何とも云えない不思議な心境に一時代を過ごして来たような気持で其処に横たわっていた。

 彼は過去に自分が愛を受けたときの悦びの如く、今度は愛を与えるときの悦びが心のうちから湧き起って来て、感謝と祝福の涙が流れて来るのであった。


 「私は凡ての人間を愛する」 と云う思いが彼の魂の底から湧き起って来た。キリストの愛が彼の中に注ぎ入って、彼自身の愛となったのである。

 彼は互いの上に、また人間各自が自分の上に課している悪の状態を憎むのみで、凡ての人間を、世界を、神を、愛する思いが湧き起って来たのである。

 彼は気がついて見ると、地下牢から釈放されている自分自身を発見したのである。≫



  (谷口雅春先生 『愛は刑よりも強し』 より)

  <つづく>


 (2019.1.3)

476 愛は刑よりも強し(1)


≪ 自分ひとりが浄まったなら、世界は浄まるのである。自分の心がきよまらざる故に世界はきよまらないのだ。自分の心をきよめることによって、全世界を浄めることが出来るのである。≫


 (谷口雅春先生 『新版 叡智の断片』 127頁より)

 私は、#474 「世界平和の根本となるもの」 を、「今まさに必要なものは、これだ!」 という深い感銘をもって拝読しました。それは自分が書いたのではなく、何者かに書かされたような気がします。私はこれを肝に銘じて、自分自身これから実践したいと思います。

 で、#474 に書いたのは 『信仰の活人剣』 からの孫引きでしたが、これから谷口雅春先生が書かれた 『愛は刑よりも強し スター・デーリーの哲学及び宗教』 を直接、「はしがき」 から始めて全文を謹写し、私自身拳々服膺
(けんけんふくよう)するようにさせていただきます。

 底本は昭和50年8月発行の 「新選 谷口雅春法話集〈10>」 で、原文は正漢字・歴史的仮名遣使用ですが、ここでは当用漢字・新仮名遣いにして謹写させていただきます。まずは、「はしがき」 からです。


          ○


≪   は し が き

 昭和22年の秋、九州での講習会が終った後、わたしは暇があるとスター・デーリー著 “Release” を読んでいたし、節電で電燈が夜ともらない日が多いので、電燈が消えると私はいつも神想観をして神に呼びかけていた。

 その頃私は、いろいろな事からもっと神に近づきたい気持に襲われざるを得なかったのである。自分の無力さと徳の足りなさとが痛感され、私は完全に神の前に打ちのめされたような気持であったのである。それだけ私の心のなかに謙
(へりくだ)りの情がつちかわれ、その程度に応じて確かに神を呼ぶ回数が殖えて来たのであった。

 一日幾回神想観し、黙念し、神に呼びかけ祈ったかわからない。京都の石川さんは 「先生でさえあんなに神想観されるから、こら私達あかん」 と言って驚嘆された。人々は私を神様扱いするが、私は神様の前になお罪人として、「すまない、すまない」 と思い続けているのである。

 私はロスアンゼルスの横田次夫氏から幸便に托され、著者スター・デーリー氏みずからが 「君の仕事に対する敬意と賞讃の念をもって本書に題記して贈る」 と献呈の辞を扉に書いて送られたこの書を、その心境に於いて読むのは私の心を浄めるに大変役立ったのである。

 私は読みながら、その要点を書きとった。
 それは自分が繰返し読んで反省するためであって、人に教えるためではなかった。

 請われるままに其の頃の 『生長する青年』 誌(『理想世界』 誌の前身)の毎号に分割してそれを載せたが、それは非常な好評を博した。この文章を読むために 『生長する青年』 誌を毎号取揃えたいと云う人も多数出て来たので、ここに一冊にして上梓することにしたのである。

 今まとめて校正しながら読んでいると、再び打たれることばかりが書かれている事に気が着くのである。此の書は時として或る人には聖書よりも強く心を打つのである。

 私が、生涯のうちで私の心を打った獄中記が二つある。その一つは青年時代に読んだオスカー・ワイルドの 『ド・プロファンデス』 であって、ワイルドも 「愛」 の美を強調してキリストを 「最大の美的生活者」 であると説いていたが、それを読んだ後、四十年後に、私は六十歳に近づいてから、キリストが 「最大の美的生活者」 であることを再び見出し、キリストの生活を説いている此の書の中のライファーの言葉に頭が下がる思いがしたのである。

 スター・デーリーよりも此の書の中ではライファーがむしろ主人公である。
 ライファー(Lifer)と云うのは固有名詞ではない。それは終身徒刑囚と云う意味のアメリカの俗語である。本名は書かれていない。スター・デーリーは彼を常に 「ライファー」 と俗称しているので、私も、「ライファー」 を彼の固有名詞であるかの如く片仮名で書くことにして置いた。

 彼は終身刑であるから獄から出て来ることはないが、恰もキリストが現代に生きていて獄舎にいたら、此のライファーのような説教をするのではないかと思われるほど深い教えをするのである。このライファーの言葉は私にとっては第二の聖書といっても好い。

 彼は多くの人々を救っているが、これによって

 
「彼は寧(むし)ろ自分が他を救い得る特権があるなどとは考えるべきではなかったので、それよりも彼は、自分が 『愛』 を行じさせて頂くために神から与えられた 『愛の対象』 であると見るべきであり、その 『愛』 を行ずる事によって誰が救われるのかと言えば、自分が救われるのである。」

 などと説くところなど、痛く胸を打つものがあるのである。

 多くの宗教の教師は、「自分が他を救う」 と高慢になっており、「自分が誰かのためにこんなにはたらいているのに、感謝されない」 などと不平に思ったりし勝ちであるが、此の書はそう云う宗教の教師に是非読ませたいし、自分みずから幾度でも読んで反省の資料としたいのである。

 ライファーは又言う。

 「愛のない説教は未だ嘗て一人の魂を救ったことはないし、これからも決して救い得ないだろう。人類を愛し抱擁することによってのみ、君は君の魂を救うことが出来るのだ。」

 本書はその初版が出てから26年間、今にいたるまで聖書の如くいつまでもすたる事なく読者から読者につたえられてひろまっている。

 昭和44年の2月、本書がもっと多くの読者に触れる機会を作りたいと思って新装版として書店に出したことがあったが、今また 「新選 谷口雅春法話集」 中の一冊として出ることになった。これを機会に、尚一層多くの人々の魂がこの書によって救われることを期待するのである。熟読を希う所以である。

     昭和50年7月1日
                         著  者 ≫


  (谷口雅春先生 『愛は刑よりも強し』 より)


 (2019.1.2)

475 謹賀新年


 皆様、新年あけましておめでとうございます。


 →「久遠の今」


≪   住吉大神を顕斎殿に迎え奉るための祈り


 龍宮実相世界の本宮にまします住吉大神の御前に畏みかしこみも祈り奉る。

 大神よ、龍宮の本宮より出御ましまして、大神の稜威
(みいつ)をあらわし給いて、現(うつ)し此の世の迷いの雲を祓(はら)い給いて、宇宙いよいよ清まりて、日本国の聖なる実相を顕現せしめ給え。

 天照大御神の大御光を岩戸の彼方に幽閉することなく、その大御光をあまねく六合
(りくごう)に照り徹らしめ給え。すめらみことの身に恙(つつが)なく憂えなく、その御徳いよいよ冴え輝きて、此の世の人々悉くその光を仰ぐことを得せしめ給え。

 凡そ “悪” と見ゆることは、実は “悪” が存在するにはあらずして、天照大御神の御光がいまだ其処にあらわれざるという消極的な姿にてあれば、天照大御神、天之岩戸より姿をあらわし給うならば、光が必ず闇を消すごとく、此の世のすべての暗雲と不浄と争いと戦いと混乱と騒擾とは消え去りて、あとかたも無く、光あまねく人生の隅々までも射貫ぬきて、一切の禍と不幸とは此世よりその姿を消し去ること必定なり。

 今より後、人類に悲しみなく、歎きなく、苦しみなく、ただ喜びのみに満たされて、人生の不幸ことごとく消え失せん。

 住吉大神、龍宮実相の本宮より出でまして、尽十方
(つくし)の光明遍照(ひむか)の、竪端(たちはな)の音霊(おと)のひびきにて宇宙を浄化したまう時熟しぬ。

 竪端の音のアハギが原とは “今此処” の祓いの事であるのである。
 即ち迷いをハギ取り実相の完全さを開顕するための言霊
(ことたま)五十音配列の竪(たて)の端(はな)にある “アオウエイ!!” の母音が唱えられる場所のことであるのである。

 発声の語尾にアオウエイの音霊
(おんれい)をつづけるとき、宇宙のすべての言葉は浄まりて、一切の災いも、病いも、悲しみも、悩みも悉く雲散霧消して、住吉大神の御光あらわれ、一切の “悪” と見えるものは消え去り、すべての妖雲はその姿を消し、今まで覆われていましたる天照大御神の大御光は白日となって六合に輝り渡り、万物・万生ことごとく、その光を受けて、暗黒は消え、禍(わざわい)は滅し、病いは癒え、争いはなくなり、まことに天国浄土を今此処に顕現するのである。

 そのゆえに我れ今 “竪端
(たちはな)の音霊(おと)” を大神の光を迎え奉るコトバの力として恭(うやうや)しく唱え奉る。

  アー、オー、ウー、エー、イー!!
  アー、オー、ウー、エー、イー!!
  アー、オー、ウー、エー、イー!!

 天照す御親の神の大調和
(みすまる)の生命射照(いのちいてら)し宇宙(くに)静かなり。


   
“目無し堅間の小船” に乗りて龍宮城に到る祈り


 彦火火出見尊
(ひこほほでみのみこと)さまが兄命にまします火照命(ほでりのみこと)に鈎(つりばり)を借り給いて、海原に漁船(いさりぶね)を漕ぎ出て魚漁(ぎょりょう)を為し給いし時、一尾も釣れずして却って魚のために鈎を食いとられて、火照命に鈎をお返し申すこと能わず、嘆き給いしその時、あらわれましたのは龍宮の大神にまします住吉大神であらせられるのである。

 住吉大神はまた水火津霊
(しほつち)の神とも申し上げる創造の神でもあらせられるのである。水は陰であり、火は陽であり、陰陽をつなぎ合わせて天地宇宙の創造を成し給うときの御名にましますのである。天地宇宙創造の神業を完成し給いて、上津瀬(かみつせ)、中津瀬(なかつせ)、底津瀬(そこつせ)の秩序を整え給う時の神名を住吉大神と称え奉るのである。

 住吉大神出でまして彦火火出見尊に目無堅間
(めなしかつま)の小船(おぶね)を授け給う。“目無し” とは、時間の目盛り無きことを意味して “無時間” を表象する語であり、“堅間” とは空間が堅く閉まりて空間なきことを意味して “無空間” を表象する語である。

 「目無し堅間の小船」 と称するは、時間未だあらわれず、空間未だあらわれず、その本源の “絶対無の小船” をあらわす。絶対無は “有” に対する相対無とは異なり、何もないのではなく、図解すれば時間空間を表象する縦横二線が十字交叉する一点に当たるのであるから、これを “小” をもってあらわし、しかも中に無尽蔵に一切の宝を積載しているから大乗の “船” をもって表象するのである。

 一切の宝を無尽蔵に積載する御船に乗ればたちまち龍宮海に航行することを得て、何物も失われない楽園に入ることができるのである。その楽園、今此処にある世界こそ龍宮城である。彦火火出見尊は、龍宮城に到り給いて失われたる鈎
(つりばり)を見出し給うたということが 『古事記』 に録(しる)されているのである。

 今、日本の国のみならずすべての世界、すべての人間、あまりにも失われたるもの多く、不景気に満たされているのは、人間の小智才覚、現象の富ばかりを追いて、富の本源である龍宮城に到る行法を知らないからである。

 富の本源に到る道はひろくして “大道無門” である。大道の “道” とは 「太初
(はじめ)に道(ことば)あり、道は神と偕(とも)にあり…これに生命(いのち)あり」 と 『ヨハネ伝』 にある通り、神の生命をあらわし、この道、曠空(ひろ)くして限りなく、門なければ無門にして自由自在である。すべからく 『真理の吟唱』 に収録されたる 「大道無門・自在無礙の祈り」 の章を繰り返し読誦して 「目無し堅間の小船」 に乗りて龍宮城に航行する道を知り給わんことを。


   
龍宮無量寿国に入る祈り


 われ今、住吉大神の威神力に乗托して龍宮海を渡り、龍宮城の “神癒の社” に入り、住吉大神の神前に坐するのである。超高圧の龍宮無量寿のいのち神癒の社に満つ。

 住吉大神、龍宮無量寿のいのちの泉を汲み給いてわれに灌
(そそ)ぎ給うのである。

 いのちの泉、五彩七彩の色を放ちてわれに灌がれ、滔々乎
(とうとうこ)として光の波となって、わが全身に流れ亘り、わが全身ことごとく潔められて、すべての汚れと濁りとは完全に洗い流され、全身の細胞ことごとく龍宮無量寿のいのちに満たされ賦活せられ、若返り、ひとつひとつの細胞ことごとく最高のダイヤモンドの輝きに優りて、無量寿の生命の光輝を放つ。その光荘厳を極めて、如何なる悪しき微生物も病菌もヴィールスも近付くこと能わず、もし近づけば、光に近づく暗の如く消えてしまうのである。

 かくて住吉大神、更に滔々乎として龍宮無量寿のいのちをわれに灌ぎ入れ給うにより、わが全身ますます霊化せられて清浄無垢無量寿の霊光を放つのである。

 大神さらにいのちを注ぎ入れ給い、われに於いて無量寿のいのちを増幅強化したまいて、わが全心身を人類光明化の光の波の増幅および放送アンテナとなし給いて、無量寿のいのちを全人類に放送し給うのである。われに頼る者、神縁ある者、仏縁ある者、人縁ある者、すべて龍宮無量寿のいのちの放送を受信し得、それを受像し得て、まことに “神の子” にふさわしき燦然たる霊光を全心身より放つのである。

 この霊光を受くる者、次第に数を増して全人類に及び、今より後、病いあることなく、悲しみあることなく、憂えあることなく、苦しみあることなく、人類ぜんたいは光明化せられて地上の生活そのままが天国となるのである。

 大自然も霊化されたる人心の輝きを反映して、み空には常に朝の太陽さし昇り紫雲かがやき、美しき鳥、翼をひろげて舞い遊び、天国の讃歌を唱う。その妙なる声音、天地に満ち、虚空にひろがり、楽音
(がくおん)そのままが光の波となりて、あるいは紫の光を放ち、あるいは緑の光を放ち、あるいは微妙に変化するエメラルドの光となり、サファイアの光となり、あるいは黄金色の荘厳なる輝きを帯び、すべての妙なる光、たがいに交錯して、波の揺れるが如く、光の揺れるに従って、微妙に変化する光の音譜を奏でるのである。

 その美しきこと、その麗わしきこと、その妙なること言語に絶す。まことに今、此処、住吉大神の無量寿のいのちと、無限の叡智と、無限の聖愛との展開せる実相浄土、“住吉の世界” そのものであるのである。われら今此処、まことの極楽世界の厳浄
(ごんじょう)をわが心身をもちて直下(じきげ)に体験せしめ給いし事に深く篤く感謝し奉る。ありがとうございます。≫


  (『聖経 続真理の吟唱』 より)


 (2019.1.1)

474 世界平和の根本となるもの


 平成最後の大晦日となりました。

 天皇陛下と同年生まれの私にとって、今上
(きんじょう)天皇は、畏れ多いことながら、親しみを感じるような、身近に感じるような御存在でもありました。その天皇陛下の御譲位ということには、深い寂しみを覚えます。

 天皇陛下が常に理想として心掛けてこられたのは、「忠恕
(ちゅうじょ)」 というとだと承ってきました。その 「忠恕」 という意味は、「“忠” とは良心のことで、“恕” とは思いやりの心である」 と解説されていましたが、なかなか腑に落ちませんでした。

 私がいま思うには、「忠」 は文字通り 「中
(みなか)」 の心である。

 時空を超えた 「久遠の今」 なる「中
(みなか) に立つ。すると時間も空間も自分の内にある。したがって時空の中にあらわれた一切のものはすべて自分の中にある。一切は自分である。

 ――という御自覚が、「忠」 の御心である。だから、天皇の御心を 「大御心
(おおみこころ)」 というのである。そこから 「恕」 すなわち思いやりの御心が必然的にあらわれるのである――と、思われるのです。

 その 「忠恕」 の心を行ずるのが象徴としての天皇の務めであるとして、全身全霊でそれを行じてこられたのが天皇陛下だったのではないか。

 まことに有り難い極みである。私も、その素晴らしい天皇陛下と同時代に生かされてきた幸せに感謝し、及ばずながら天皇陛下の御心に添い奉り、自分もまたその 「忠恕」 の心を生きることに懸けて行きたいと思います。

 谷口雅春先生は、『人生の秘訣365章』 の締めくくり (309頁~311頁) に、次のように書かれていました。


          ○


≪     すべての神の奥に唯一の神を観よ


 旧約聖書 「出エジプト記」 第二十章第三節に

 「汝我が面
(かお)の前に我のほか何物をも神とすべからず」

 とあるのを、キリスト教の神のほかの神を拝んだらいけない、それ以外の教団の信ずる神は邪神である、そのような邪神を拝んではならない――という風に排他的に解釈するキリスト教の宣教師もあるけれども、「我のほか、何物をも神とすべからず」 という聖句の意味は、

 「凡そ宇宙に本当の神は唯一つであるから、他宗の神などというものはないのであって、どの神も皆、この一つの神の表現であるから、どの神に対しても、その奥にある唯一の神 “われ” を拝め」

 という意味なのである。この本当の意味が分ったら、宗派争いなどする必要はなくなるのである。

 (中略)


     宗教家よ口に剣をとること勿れ


 世界の平和は、神を信ずる宗教ですら宗派争いをして激しく他の教団の悪口を宣伝して自分の宗派を拡大しようというような劣悪な教団が幅を利かしているような有様では、到底達成することはできないのである。この山にてもあれ、この教会にてもあれ、この寺院にてもあれ、本尊の名前は異れども、等しく宇宙本源の唯一の神を礼拝するようにならなければならないのである。

 キリストは 「剣
(つるぎ)をとる者は剣にて滅びる」 とペテロに教えているのであるが、この剣は決して、鋼鉄をもってつくった剣だけのことではないのである。烈しく他教団を悪口をもって斬りまくる宗教人は、やはり剣をとる者である。

 神は愛であるのに、愛をもって一切宗数を包容することができずに、攻撃をもって自分の勢力圏の増大を願うが如きは、結局、我執と貪欲と権勢欲によって掉
(ふ)り廻されているのであって、そのような者は宗教界の風上にも立つことができないものである。


     世界平和の根本となるもの


 世界の平和は権勢欲や、自分の属する団体の勢力拡大欲によっては、得られるものではないのである。

 世界のどこかで争いが起り、戦争が起っているところを注意して見よ。其処には権勢欲と勢力拡大欲によってその目的を達するためには相手を傷つけることを何とも思わぬ残忍酷薄の人間によって指導されていることを見るのである。そのような自己拡大欲によっては決して平和は来らないのである。

 平和は、真理によって魂が輝かされ、そのような争いの愚かさを知り、すべての人間を、唯一の神より出でたる兄弟姉妹であると知り、一人の人でも傷つくことを、自己みずからが傷つくごとく悲しく思う人々の殖えることによってのみ起るのである。

 どの山からも、どの国からも、どの寺院からも、どの教会からも、どの人種からも、どの民族からも “唯一つの神” のみを拝し “唯一つの神” のほかに、別々の神なきことを知ることによってのみ得られるのである。

 釈尊は 「山川草木国土悉皆成佛・有情非情同時成道」 と悟られたが、山も川も草も木も国土も、情
(こころ)有るものも情なきものも、その奥に同時に(今此処に)宇宙本源の神やどると悟られたのが釈尊である。山や川や草木にすら、同時に神やどるのであるのに、すべての宗教の講堂に、教会に、寺院に、唯一の普遍的親様なる神が宿らないでいる筈はないではないか。≫


 ――と。

 その、「世界平和の根本となるものを説く」 生長の家が、分裂してそれぞれ
「権勢欲と勢力拡大欲によってその目的を達するためには相手を傷つけることを何とも思わぬ残忍酷薄の人間によって指導されている」 ようでは、話にならない。


          ○


 生長の家社会事業団の機関紙をダウンロードして見ましたら、平成29年新春号で、「住吉大神様を外した現教団は、尊師が創始された『生長の家』とは、全く違った宗教になったことを信徒は知らねばなりません」 と言っていますが、質疑応答のひとコマとして、

 まだ教団に残っている人たちに、全く違った宗教になったことを、どのように説得したらよいでしょうか。

  説得するというよりも、“愛とお世話で救う” ということです。……説得したら私たちの方に来てくれるかというと、そうはなりません。では、どうしたらいいでしょうか。

 それは、説得の力ではなく愛の深さ、お世話の深さで勝負することです。

 人は愛のあるところ、心からのお世話があるところに集まってきます。皆さんは、まず尊師谷口雅春先生の御教えを正しく生き、祈り、祝福する誌友会を開き続けてください。救われるところに人は集まってくるのです≫


 ――と答えてある記事が目につきました。うれしくなる御指導です。

 これを読んで私は、谷口雅春先生が紹介して下さったスター・デーリーの 『愛は刑よりも強し』 のご教示を思いました。それは――


          ○


≪  「よくしてやろう」 という考えをすてる

 デーリーの心の中に燃えつつある希望は、この新しく発見された魂の法悦の生活を他の人たちに頒
(わか)ち与えたいということであった。これが彼に力を与えたのである。

 しかしいかにしてこの嘲り笑うこれらの敵を愛すれば好いのか。その方法はいかん? 彼にはこれが問題であった。

 彼は誰かれの区別なく熱情をもって直接説こうとしたがそれは失敗であった。

 デーリーは彼ら囚人達に直接話しかけてよくしてやろうという考えを抛棄した。彼ら囚人はデーリー自身の自己改善のために――「あの見苦しく見える極悪者の申にも善にして尊い神性がある」 ということを静かに拝み出す自己の力を養成するための自己改善のために――彼らが自分の敵として自分の眼の前にあらわれているのだと考えるようになったのである。

 かくて、デーリーの 「囚人達を善導したい」 というような高慢な心は、彼の生活を導く主動力としては消えてしまった。かくて自分自身の魂をみがくために与えられた手段として、そこにあらわれて下さっているのだと受けることが、デーリーの生活活動を導くことになったのである。


   真の愛


 愛は欠点を見てそれを矯正することではなく、そのいたい傷に触れることではなかったのである。愛はその人の傷をやさしく包んでその人の欠点の奥にある円満完全なる実相を、じっと愛の心で眺めやり、これが彼の実相であるとそれを心でいたわり育ててやることであったのである。

 デーリーがライファーと親友になった初めにライファーが彼に話したところの語は、

 「人が人の弱点に触れることなく愛するということは最大の愛である」

 という言葉であったのである。彼は

 「人を愛するということは、人を知るということである。人を知るということは彼を助け、癒すことが出来るということである。かようにして神は、愛を通してその癒す力を働かせ給うのである」

 またライファーはいった。

 「愛は決して失敗しない。愛は恐怖をかなぐり棄てる。愛は法則を成就するものである。

 汝の宗教が正しいか否かのテストは知識や智慧ではない。憎しみにみたされたる無神論者も知識や智慧は持ち得るのであるが、それは真の信仰でも信条でもない。悪魔でさえもある意昧では信仰をもち不屈の信条をもっている。しかしそれには真の癒しの力も、聖句を解釈する真の力もない。……

 真の宗教なりや否やの最後のテストは、彼が愛に満たされた魂を有っているかどうかの問題である。神の愛と人の愛とを持っているかどうかの問題である。汝に宿っている神の愛は、神が爾
(なんじ)のうちに働き給うのである」


   救いは神にまかせよ


 ライファーはデーリーにこういった。

 「そんなに人を救おう救おうと力むものではないよ。静かに坐して君が救い得る相手が得られます様にと祈るんだよ。他の方法で君は君の救おうという相手のところへ闖入する様なやり方はやめなければいかん。

 すべて救いのことは神の手にまかせるのだ。神にまかせるのだ。そうすると彼が、その適当な時と適当な場所とを定め給うのだ。そして又、神は君の口に必要に応じた適当な言葉を与えたまうだろう。

 まず 『愛』 を第一に、その次には 『信頼』 だよ」

 とライファーはいった。


   愛行は自己の救い


 ライファーにいわせれば、伝道の仕事は必須不可欠のものである。しかしデーリーの最初の頃のやり方は敬度なる宗教改革者とは似て非なるものであった。

 彼はむしろ自分が他を救い得る特権があるなどとは考うべきではなかったのである。それよりも彼は、自分が 『愛』 を行じさせて頂くために神から与えられた 『愛の対象』 であると見るべきであり、その 『愛』 を行ずる事によって誰が救われるのかといえば、自分が救われるのである。


   彼自身が伝道の言葉


 「彼は神に支えられ、神に力を与えられ、神が導いているのである。彼は自分がどんなになっているかを話すのであって、それ以上でも以下でもない。

 彼自身が伝道の言葉なのである。

 彼は何を知っているかの故に多勢の人々を救い得るのではなく、彼は如何にあるかによって多勢の人々を救い得るのである」

 とデーリーはライファーの事を評しているのである。


   彼を悦ばすようにせよ


 彼はグレン・クラーク教授の言を引用して、教授がある婦人に 『彼を変化しようと考えるな。彼を悦ばすようにせよ』 と教えて、奇蹟的治癒をもたらした事実を挙げている。ここに大きな問題の解決の鍵がある。

 「吾々は自分の型に嵌まるように相手を改造しようと試みて、相手を愉快ならしめるということは滅多にあり得ないのである。そして、もし自分の努力が快い気持で相手に受容れられないならば、必ずや相手を一層よくする事が出来ないで一層悪くするのみである」

 とデーリーはいっている。

 或る時、教誨師がデーリーの持っていた宗教随筆を、何ら合理的理由なしに取上げてしまった。

 「何ら合理的理由はないのに」 とデーリーは思ったのである。

 その時デーリーの頭にサッと不快の暴風が吹き起こった。

 デーリーは教誨師を差しおいて刑務所長にこの事を訴えて、彼に反省を求める様にする事も出来るのだったが、もしデーリーが是をやれば彼はこの点において一点を獲得する。しかしそうすれば教誨師は他の方面のあらゆる点でデーリーに意地悪をする事が出来る位置にいたのである。

 そこで、そんなことをする代りに彼は教誨師を悦ばす方法をとった。しかも誰がその悦びの原因を送って来るかがわからないようにしておいたのである。

 すると彼は自分の自発的意志をもって、しかもすこぶる善意をもってその書物を返却してくれたというのである。≫


 (以上、『信仰の活人剣』 より孫引き)

 ――上記、スター・デーリーの事績を紹介された 『愛は刑よりも強し』 の言葉は、まさに愛の極意、すばらしい伝道の極意であると思います。

 これで行きましょう! 今がチャンスです! 分裂状態になっている今が、私たちの真の生長のチャンスです! 分かれていても、互いに排斥し攻撃し合うのでなく、「愛のマラソン競走」 をすればよい。今こそその大チャンスだと思うのです。


          ○


≪     万人の福(さいわ)いを招く祈り


 人間は神の子であり、すべての人間は神において一体である。それゆえに何人
(なんぴと)も他の人を幸福にする働きをしない限りは、自分自身も幸福になることができないのである。

 神において一体であるところの人間にとっては、「他の人」 というものは本来あり得ないのである。「他の人」 とみえている人たちもことごとく自分自身に過ぎないのである。

 人間は他の人の幸福な笑顔を見たときに自分自身も幸福感に打たれるのである。家族のうちの誰かが悲しみに打ち挫がれた憂欝な表情をしているとき、自分自身も憂欝な暗い感情に滅入ってゆかざるを得ない体験は、誰にも今まで一度ならずあったに相違ないのである。自他は肉体的には別々に見えていようとも、精神において一体であるから、このような現象が起るのである。

 どんな人間も他の人を幸福にする働きをした時にのみ幸福感を味わう。どんな人の人生も、他の人を幸福になし得た程度において、その人の生活の価値が定まるのである。どんなに社会的に高い地位を得ようとも、どんなに経済的に裕
(ゆた)かな富を得ようとも、他の人を幸福になし得ない人の人生は真に成功だと言うことはできないのである。


 「これから毎日誰かに、必ず一度は人に深切をしよう」

 こう決意してそれを実行することがその人の幸福生活の始まりである。

 深切は人に与えても減るものではないのである。深切は与えれば与えるほど、自分に倍加されて返ってくるものである。深切な心なくして人に対せば、人間関係は必ず不調和になるであろうし、深切な心なくして物に対せば、その物は充分の力を発揮しないであろうし、深切な心なくして事に対せば、何処かに行届かぬ点が生じて事を敗ることになるのである。

 私は今この真理を深く心の中に銘記したのであるから、全ての人に、物に、事に対して必ず深切をもってし、できる限り、他の人々に役立つ生活を生きることを決意したのである。必ず、 一日一回以上は、誰かの為になる仕事または行為を見出して、それを実行するのである。

 物質的な事業はやがて消えて行く時がくるであろう。物質的な富はやがて滅びてしまう時がくるであろう。しかし人に深切をし、人を生かし、人の為になった愛行と徳行とは永遠に、死を超えて不滅なのである。

 競争者の繁栄を羨むことなかれ。競争者は他山の石であり、自分の能力に拍車をかけてくれるための味方の声援である。競争者は自分の能力を引出してくれる水揚げポンプのようなものである。

 私は今この真理を知るがゆえに、不滅の高き徳行の宝塔に向かって、われどれほどの愛行を為し得るかと、わが愛の力を試さんがために、神の愛行のサークルをマラソン競走の選手の如く、すべての人類とともに仲よく、人生のコースを一歩一歩愛と讃嘆と祈りとをもって走るのである。

 すべての人類が幸福でありますように。ありがとうございます。≫


  (『聖経 真理の吟唱』 より)


(2018.12.31)

473 住吉大神顕斎の時は「今」である。(2)


 住吉大神は、「終戦後の神示」 にあるように、「まだ本当にあらわれていぬ」 のか、それとも顕斎を終え 「住吉大神出でまし宇宙を浄め終りて天照大御神出でましぬ」 となったのであるから、既に顕れられたのであるか。

 住吉大神はわれらの外に顕れられると思っていては、違うのである。

 自分の中に宇宙があり、自分の中に住吉大神が顕れられるのである。

 現象を 「あり」 とつかんでいる者には、住吉大神は顕れていないのである。

 榎本恵吾師は、著書 『光のある内に』 の中の記録的論文 「顕斎の時は今」 で、次のように書かれている。


          * * * * * * *


≪  “光のある内に光を信ぜよ、われは光として世に来れり”
            (イエス・キリスト……『生命の實相』 より孫引き)

 “光のある内に” の内とは、同じくイエス・キリストの言った “神の国は汝らの内にあり” の内である。

 これは時間・空間を超えた万物発生の枢機を握る “久遠の今”(Eternal Now)である。“久遠の今” とは生長の家であり、創造の本源世界であり、高天原である。

 “久遠の今” に還ったときが、人々が生長の家人となり、尊師の弟子となるときである。

 キリストも釈迦もこの “久遠の今” から生れ出でて来たのである。

 生長の家は久遠の昔からある。この “今” に還ったとき、人々もまた、久遠の昔から尊師の弟子であったことを知るのである。


    
顕斎(けんさい)の時は今


 昭和53年11月21日、快晴。龍宮住吉本宮新殿祭・鎮座祭の日。空は青く澄みわたり、緑を基調として漸く紅葉の濃いあたりの山々には、一段と霊気がみちみちている。社殿は、あたりの空、山、川、草、木の大自然をひきたたしめてそこにあるのではないかと思われた。そうして、景色だけではなく、人も国もひき立ち、輝いて来る……。

 これこそが顕斎なのだろうか。神社は自らを死に切って、“もはや、われ生くるに非ず、神のいのちここにあって生くるなり” と万物を拝んでいるかのようである。しかも、生長の家は今此処にあり、久遠不滅の尊師のいのちはここに立ち給い、すべてを “天照大御神” として拝し讃嘆し給う大愛の輝きがあるばかりである。

 午後2時45分、御神体は祭主
(まつりぬし)谷口清超先生に捧持されて本宮御座所へと昇られ、斎主(いつきぬし)谷口雅春先生は静かに本宮へと進みゆかれた。顕斎殿で襟を正す参列者の間に、何とも言えない緊張感が漲った。やがて瞑目合掌のうちに、大神を招(お)ぎ奉る谷口雅春先生の御声、そして御神剣に御魂入れの気合がかけられた。

 その気合のすばらしさはもう何にもたとえようがない。天照大御神の御いのち充満する満堂に、大光明が大光明する無限創造の気をゆり動かせて響きわたり、輝きわたったのである。

 参列者一同は、感動を通り越して人類の歴史上燦然と輝く大神御出御の大祭に臨席できた光栄に、ただ胸うち震わし、謝し奉るのみであった。

 奉祝大祭は11月23日から28日まで「鎮護国家出龍宮顕斎殿」においてとり行われた。

 27日。「祈り合いの神想観」 に先立って、谷口雅春先生は、ある信徒の体験談を話された。かつて先生が奈良市でご講習会をされたときのことである。(その頃は、先生のご講習会は幾日かにわたって行なわれていた)

 ――ある誌友の家にお泊りになった先生は、早朝、お風呂に入られたあと神想観に入られた。

 ところが、ちょうどそのころ、一人の受講生が猿沢池の畔
(ほとり)を散歩していた。すると、くしくも谷口雅春先生がこちらに歩いて来られるのと出逢ったというのである。

 すれちがうとき彼は先生に合掌をすると、先生も合掌された。そして、少し歩いて彼は後をふり返った。すると、先生はまだ、彼の後姿に向ってジーッと合掌して拝んでいられるのだった。びっくりした彼は、先生の前に行って土下座して先生を伏し拝んだというのである。

 その同時刻に、彼の家族の中の十年来の慢性の重病人の症状が消えてしまったのであった。

 先生はこのとき、実際にはそこには出かけられず、神想観をしておられたのであった。

 それでは、猿沢池の畔に立たれた先生のお姿は、何であったのか。重病人の症状が消えたという事実は、そこに現われたのは先生の念だとか、霊魂だとかいう部分的なものではなく、先生のいのち、神のいのちがダイレクト(direct)にそこに来ていることを物語っていると思われる。

 先生が神想観をしておられたことは、時間空間を超えて、創造の本源世界、中心の世界に還っておられたことを示しているのである。そこからはすべてのところは等距離にある。本源世界に還ると、すべてのところと一所とは同じなのである。

 龍宮住吉本宮はおそらく日本で一番後につくられた住吉大神の神社であるのに、なぜ “本宮” と名づけられたのであるか。

 “住吉本宮のみたまは私が直接龍宮の本源世界から持ち来たす” と言われた尊師のお言葉は、尊師のいのちがどこに立たれているかを示されている。

 この本源世界から直接に猿沢池の畔にも尊師のいのちは姿を顕わされたのである。アフリカにも、ブラジルにもドイツにも同じで、ブラックソン氏も尊師の霊魂に逢ったのではなく、彼のいのちは不滅なる尊師のいのち、神のいのち、実在なるものをそこに体験したのであろう。

 “われ常に此処にありて滅せず” ――今、今、尊師の、本源世界のいのちからのお言葉はひびく。

 アー オー ウー エー イー。
 アー オー ウー エー イー。
 アー オー ウー エー イー。……

 「金剛身、如来身、仏身の、釈迦、キリストの自覚がみなさん一人一人の中によみがえって来るのである」

 「すべてを放てば、宇宙は掌の上に乗るのである。その “放つ” のは、住吉大神が放って下さるのである。……」

 と、先生の祈りのおコトバはつづけられていった。――

            ○

 われらは此の身このまま住吉大神の全身なのである。全霊なのである。住吉大神の “分身分霊” であるとの自覚の幽斎の時代から、全身全霊であるとの自覚の、創造的展開の時となったのである。

  「スミノエノオオカミ
  スミノエノオオカミ……

  住吉大神わが全身にみちたまう。住吉大神わが全身にみちたまう。

  わが内に住吉大神の全身あり……住吉大神の全身わが内にあり……」

 との祈りが、すでに尊師によって 『理想世界』 誌の巻頭に掲げられた。

 われらは住吉大神の全身なのである。

 住吉の大神の部分(分身分霊)の自覚にとどまる時、人間の生活は偶像崇拝となる。全となるために、われを満たすものを外に、形にもとめざるを得ないからである。

 偶像崇拝とは、社殿や神像、仏像を拝むことだけではない。“部分” の自覚でいる時、見るもの、聴くもの、われをとりまくすべてのものを偶像崇拝しているのである。

 “全” の自覚あるところにのみ真の創造ということが成立する。全なるもの、完きものの表現として創造ということが成立するのである。

 だから偶像崇拝を排したイエス・キリストが、また神殿を尊び、商人を鞭で追い出した。

 ある書物に次のようなことが書かれている。これは生長の家の出現とその “顕斎” の時代のことを語っていると思われるのである。


 
“近づき来たる日の新しき装いに包まれ、新しき時代が人々のハートの中にその曙光を放ちつつある。そして汚れなき神の霊がそのハートより輝き出て、扉は開かれ、意志する者すべてがより大にして、より充実せる生への入口を見出すであろう。

 永遠の青春と希望と努力の決意とに震え、宇宙創成の暁よりこのかた、空に輝かしき光を放った如何なる人よりも栄光に満ちて、人の魂は今新しき時代の閾に立つ。

 イエス生誕のとき、ベツレヘムの星は今までになく強く輝いた。間もなくその光は真昼の太陽の如くになろう。何故ならば、この新しき光こそキリスト(久遠のキリスト=住吉大神=生長の家の大神)がハートに生れる日を予言するからである。”


 
一人一人の中にキリストが誕生するとは、一人一人に住吉大神の全身が顕れることにほかならない。この時私たち一人一人のいとなみが、そのまま荘厳なる祭り(顕斎)となっているのである。


          * * * * * * *


 ―― この 「久遠の今」 なる実相世界に真の創造の本源があり、「新しい文明」 は常にここから生まれ出るのである。

 
「“部分” の自覚でいる時、見るもの、聴くもの、われをとりまくすべてのものを偶像崇拝しているのである。“全” の自覚あるところにのみ真の創造ということが成立する。全なるもの、完きものの表現として創造ということが成立するのである。」

 と、いみじくも榎本恵吾師が上記 『光のある内に』 の論文に書かれているとおりである。

 「新しい文明」 の基礎は既にあるのであって、人間わざでこれから 「基礎を作る」 などというのは無意味なことであり、それは砂上に楼閣を築こうとするようなものである。現在の生長の家教団の運動においても、やがてそのことに気付くであろう。


(2018.12.30)

472 住吉大神顕斎の時は「今」である。

 『秘められたる神示』 の第一 「終戦後の神示」 (昭和20年11月27日未明神示)について勉強会をしたとき(#470をご覧あれ)、出席者の一人から次のような質問が出ました。

≪ ……嘆くな。迷いの自壊の後には必ず住みよしの世界が来るのである。……住吉の神はまだ本当にあらわれていぬ。併(しか)しもうあらわれるに間もないのである。住吉の神があらわれたら、伊邪那岐神の左の眼(みめ)が真に清められて、日本の実相荘厳の姿があらわれるのである。……≫

 と神示にあるけれども、住吉大神は、昭和53年11月21日に生長の家総本山龍宮住吉本宮で御顕斎が行われた時から、もう既に顕れられているのではないでしょうか、という質問です。

 答えのヒントは――

 住吉大神はわれらの外に顕れられると思っていては、違うのである。

 自分の中に宇宙があり、自分の中に住吉大神が顕れられるのである。

 「顕斎
(まつり)の時は今」 という 『理想世界』 誌昭和53年11月号の座談会記事、および榎本恵吾著 『光のある内に』 に収録された記録的論文 「顕斎の時は今」 を再読心読して思いを新たにしてみましょう。

 まず、『理想世界』 誌の記事です。当時私が同誌編集長。《龍宮住吉本宮鎮座落慶を前にしての記念座談会》として、霊的に輝いている(と私が判断して選ばせていただいた)4人の幹部信徒が登場します。

 冒頭のリード文にいわく――

≪(昭和53年)11月21日から8日間、長崎県西彼杵郡西彼町の生長の家総本山で、龍宮住吉本宮の鎮座落慶大祭が盛大に執り行なわれる。その大拝殿は 「鎮護国家出龍宮顕斎殿」 と称され(宇治別格本山には 「入龍宮幽斎殿」 がある)、ここに住吉大神の御出御を請い、顕斎(神を形に顕わして斎る)が行なわれるのである。

 それは谷口雅春先生だけでなく私たち一人一人の中に住吉大神が顕われ給い、宇宙浄化が行なわれる慶事であり、私たちの日々の生活が即、神(天照大御神)を顕わす祭りとなることである。龍宮住吉本宮は私たちのいのちの中にある。それを形に投影したのが九州総本山のすがたなのである―― 。

 龍宮住吉本宮鎮座落慶を記念して、その 「顕斎」 の意義について座談会を行なった。≫


 その内容――


          ○


     
あなたの中に太陽が昇る


  やあやあ遅くなりました。きょうは午前中ある後輩が弁理士の事務所開きをするので、その潔めのお祭りをしてくれというので行って来たんですよ。神職の方にたのめばいいといったら、神職の方は職業上、形式ばかりのことをするような気がする、それより素人でも心のこもった祭りの方がというので、行って来たんだけれどね。

 日本人は本来、家を建ててもそれは自分の家を建てるんじゃなく、神さまの宮を建てて、神の宮に住まわせていただくんだという気持だったんですね。だから入口にしめなわを張って、おまつりをするんですよ。

 食事だって、天照大御神の御いのちをいただく神事であるし、寝るのだって、単に疲れたから寝るというのじゃなくて、マドコオウフスマに入ってお籠
(こも)りをする神事なんです。すべてこれ顕斎ですよ。

  すばらしい話ですね。住吉大神の顕斎ということは、他人事
(ひとごと)ではなく、私たちのいのちのことなんだということですね。

  そう。顕斎
(まつり)というのはね、まずみそぎ(禊)をしますが、これは霊注(みそそ)ぎで、神さまが霊止(ひと)にお生れになるというのが、まつりの根本的意義なんですよ。

 天照大御神が天皇さまにお生れになるというのが御即位のときの大嘗祭
(だいじようさい)、そして毎年11月23日の新嘗祭(にいなめさい)です。その新嘗祭の前の日である11月22日に、天照大御神の前の霊(ひ)である住吉大神が、谷口雅春先生をはじめとして、われわれ信徒一人一人に御誕生になるんですよ。ですから大変なことであるわけです。

 谷口雅春先生の御誕生日が11月22日だということは偶然じゃない、宇宙的な大経綸が秘められているという気がしますね。

  たいへんなことですねえ。

  一般に知られている祭りというのは、神さまがここに人のいのちとして生れて、何とありがたいことか、嬉しくて楽しくてたまらないというのが神楽となり、舞となり、踊りとなり、とそういった神遊びで、氏子の地域一帯を神のいのちで充満させるためにお神輿をかついでねり歩いたり、神船に乗ってお渡りになるとか、山車
(だし)を引いて舞うとかするわけです。

 その、神さまがお生れになって、なんとありがたいことか、たのしいことかという 「神遊び」 の行事だけが、一般のお祭りとなって残っているわけですが、本当はその前に禊
(みそぎ)という 「幽斎」 がある。ところが顕斎だけに世の中の人の眼が向いているので、現在の神道界では、幽斎に向けて熱心になっているんです。

 生長の家はもともと顕幽一如、幽斎即顕斎だったのですが、今までどちらかといえば 「祈ればいい」 という幽斎の方が強かったので、今、神さまを形に顕わして行く顕斎の方に向いて来たんですね。

 で、 「顕斎」 というのはお宮を建てて神事を行うということも一つですが、同時に生活の一つ一つに神さまを顕わして行く、生活のすべてを 「神遊
(かむあそ)び」 にするということなんですね。

  うれしくなってきますね。食事も、睡眠さえもが神の祭りであるというのは……


     生活のすべてが 「神遊び」 である


  そう、われわれが何の気なしに毎日寝んでいる寝床も、これは日々新生するための神聖な真床追衾
(まどこおうふすま)ですよ。寝床に入ることは、いったん今までの自分は死んで、また神のいのちを宿して新たに生まれる、「籠り」 の行事なんです。

 人間の誕生だって、胎内に宿ってから十ヵ月のお籠りの期間があるでしょう。それは熟成の期間なんです。紙だって、機械から出て来たナマの紙をすぐ印刷にかけると、あまりかんばしくない。お習字に使う紙だって、半年か一年ねかせておくといいんです。それは何でもそうです、アイディアだってしばらくねかせておくと熟成してくる。

 神想観していったん死に切って寝むと、またお籠りの期間を経て、「只今誕生」 と、新しいいのちが生れてくる、というのが、われわれが日常、寝床に入り、朝起きるという行事なんですね。こういう神事を、日本人はずっとやってきたんですよ。


     食事は人類共通の顕斎


 食事をいただくのも、これは 「大調和の神示」 以前に、「食事は自己に宿る神に供え物を献ずる最も厳粛な儀式である」 という神示で教えられている通り、たいへんなお祭りですよ。日本古来の言葉でいえば、「贄
(にえ)の祭り」 または 「饗(あえ)の祭り」 と言いますが、食事が祭りだというのは日本だけのことじゃないんです。

 われわれ、人類光明化運動と言いますが、その人類共通の祭りは何かといったら、食事ですよ。それから音楽ですね。アイヌの熊祭りというのも、食事によって神と一体になる祭りだし、ヨーロッパでも、ゲルマンをはじめいろんな諸民族で、キリスト教のために自分の民族にうけつがれてきた祭りが抹殺されて今は稀薄になっているけれども、諸民族の祭りの根源をたどって行くと、全部神さまと一体になる、食事によって神さまのいのちをいただいて生れ変るというのが、全人類共通の祭り、全人類共通の顕斎なんですよ。

 その全人類共通の顕斎が、日本に、最も純粋に深く伝えられてきているんです。そのいちばんいいサンプルが、天皇さまのお祭り(大嘗祭・新嘗祭)なんです。そこに、日本の世界的使命というものが感じられるんです。

 だから、現在意識ではそのことをみんな忘れていても、日中条約を結ぶとかなんとか、しち面倒くさい外交交渉なんかの前には、必ず食事の宴がはられるでしょ。それは、全人類共通の顕斎は食事であるということが、深い潜在意識の底にあるからですよ。だからいっしょに一つのテーブルについて飲食を共にするという食事の席では、ケンカをしないでしょう。

 ヨーロッパ人などが未開民族のところへはいって行っても、まず、持っているものを交換したり、いっしょに食事をしたり、というところからやって行くと、警戒心を解いてしまう。
 全く言語も、歴史、伝統、風俗習慣もちがう者同士が会ってもね、一つテーブルについて飲食を共にする行事でもって、お互い一ついのちに生かされているんですよという、つながりを思い出させている……

  おもしろいですね。

  だから、世界の、コトバもちがい風俗習慣もちがういろんな諸民族が、長崎の住吉本宮に参拝に来ても、全然不自然なことはないんです。


     神のいのちが顕われると


  木間さんの 「祭りの形と心」 には、日本の古代の村の長老というような人は、いつも神に祈り神と対話することが日常の会話のようになっていたということが書かれていましたね。なにか、それが現代にも行なわれる時が来ているんだなあと、顕斎の時代の意味するものが迫って来るような気がします。すべての人に、それがいのちの底からよみがえってくる……

  幽斎・顕斎というのがこう一致してくると、私なるものがかわって来るんですね。生れかわりが行なわれるというか、自我をスパッと死に切って行くと、いろいろと具体的に変化が顕われてきます。

 私は最近、自然にたばこを喫
(の)まなくなったんです。たばこをやめようと考えたこともなかったんだけど……実は私は戦時中、戦地に行ったとき、ある先輩が、「君はこれから大勢の部下を持つようになるんだから、兵隊の気持をわかるためには、たばこを喫め。たばこの味がわからなければ兵隊の気持もわからないよ」と言われたんです。

 当時は、「上官の命令は朕(天皇陛下)が命令と心得よ」 ということだったので、私はその先輩の命令のような言葉を忠実に守って三十数年たばこを吸いつづけてきて、やめる気は全然なかった。それはあの、小野田少尉が上官の命令を忠実に守って、上官が命令を解除するというまでフィリピンのミンダナオ島のジャングルから出て来なかったのと同じだなと思ったんですがね。

 ところが、「顕斎」 について書いているうちに、私自身が非常に変ってきて、私の体の中からたばこなるものがフワフワ、フワフワと抜け出して行って、私とたばことがずれてしまったような感じなんですね。そうして全然たばこを吸わなくなってしまった。

 それから、二十何年もつれそった、四十幾歳の家内が、非常にかわいくなって……(笑)

  いやあ、すばらしいですね。

  私も、最近変ってきたんです。子供を見ていて、嬉しくてしようがないんです。女房を見ても、以前は子供の教育のしかたが不満で小言を言ったりしていたりしたんですが、それが全然なくなって、ただ嬉しい。庭の草花を見ても、ひじょうに嬉しい。何が嬉しいというのでもなく……あらゆるものが神なんですね。

  なるほど。自分の奥さんを神さまと観て拝むことも顕斎ですよね。

 すべての人に、いのちの底から、そういう甦りが起ってくる。それは、生長の家に入っているとかいないとかの形の問題ではなく、空気も水も火も、花も草も木も甦ってしまう。

  住吉大神の“顕斎の気”が、大気の中に満ちてきて、それに包まれたというようなことなんでしょうか。

  これは本当に、おどろくべきことだな。こうして人類全体が、なんとなくお互い同士いとおしくなり、なつかしくなって来るとしたら……どんなことになって行くんでしょうね。


     住吉大神、宇宙を浄めたまう


  住吉大神は、古事記神話では、天照大御神がお生れになる前、イザナミの命
(みこと)のみそぎはらいの完成のときにお生れになった神さまですが、それは地上の人間ばかりでなしに、神々をも、一切を浄化される。

 住吉大神は浄化の神で、浄化とは秩序を正すということである。中心を中心として、中心に帰一した神々の世界がだから、神界においても浄化が行なわれる、つまり住吉大神が住吉大神として正しく祭られることによって、天照大御神以後の神々がみんな秩序あらしめられて、その御働きを及ぼされる。そうすると、八百万
(やおよろず)の神々、日本のいたるところ、津々浦々にある神社の神々も復活するんですね。

 生長の家は万教帰一で、一切の宗教を生かし、すべての教祖のいのちを現代に生かしてきた。聖書のコトバが生活に生きてきたとか、法華経の本当の意味がわかったとか……それは教えの復活、神々の復活ですね。

  万教帰一というのは、すべての教えが一つに帰るという意味がありますが、顕斎ということからいうと、つまり実相の側からいうと、すべての教えは一つから展開しているという宇宙の創造のすがたをいい表わした真理のコトバだと思います。

 そうして私たちは、その中心なる天照大御神のふところに抱かれて私たちのいのちがあるんですから、すべては自分のいのちの展開であると言える。


     自分の中に宇宙がある


 ぼくはね、以前はベートーヴェンの音楽をきいても、バッハの音楽をきいても、「これはベートーヴェンという人の体験した、ある生命体験を描写したものだ」 あるいは 「バッハの世界を表現したのもだ」 と思っていました。それは他人事だったんです。そして、ベートーヴェンの能力に嫉妬心を起していたんです。

 ところが、そうではなかった。これは、ベートーヴェンが、ぼくのいのちをまつってくれて、ぼくのいのちをたたえて、こうして顕斎してくれているんだ、という気持になってきたんです。ベートーヴェンが他人事じゃなくなったんですね。こういった大天才たちが自分のいのちの延長として出て来て、自分のいのちをたたえてくれている、という感じになってきたんです。そしたらもう、うれしくてうれしくて……

  ベートーヴェンが自分のいのちの延長……すばらしい。

  ぼくはね、住吉大神が宇宙浄化をされるというのは、浄化とは秩序だてること、秩序の回復だとおっしゃる、それはどういうふうに秩序づけるかというと、まず、自分のいのちの中に宇宙があると自覚して、自分が自覚的に宇宙にひろがって、宇宙というものを自分のいのちの中に秩序づけるということではないかと思っているんです。

 木間さんは、「祭りの形と心」(本誌七月号)の中で、時間・空間の発する一点、その一点を透過したすみ切りの妙境ということをお書きになっていますね。そこのところに尊師のいのちがあり、そこから尊師のおコトバが発せられて来ているんですね。そこは大調和にすみ切った世界ですね。私はそこを “聖なる今” と言ってもよいと思うんです。そこから 「大調和の神示」 が鳴り出している。その大調和の神示に、“汝が天地一切のものと和解したとき、そこに吾れは顕われる” と書かれていますが、ここに顕斎の道が示されているんですね。


     神に無条件降伏して


 3月1日の立教記念日の祝賀式での谷口雅春先生のお話に、神に無条件降伏して天地一切のものと和解する、ここに住吉世界をもちきたす極意があると言われました。神に無条件降伏したとき、“もはや吾れ生くるにあらず、神のいのちここにあって生くるなり” で、もはや、そこに神が生きていられる、神が顕われているんですね。

 神が顕われるとは、ある限られた、五官とか六感とかの感覚にふれるような限定されたすがたでとらえられるということではなく、実に全相をもってわがいのちと合一するということ。顕斎的にいうと――つまり、神の側からいうと、神がわが姿となって顕われるということですね。“人間神の子” から “神の子人間” への自覚だ。

  「神の子人間」 の自覚から転落して、実相の側に立たないで現象の側から自分を中心に教えを受けとって、「俺は今までこういう功績をあげた」 とかね、あたかも自分が自分の力で光明化したような、とんでもない不遜の気を起すことがある。それで谷口先生は今、「顕斎」 ということを言われるようになったと思うんです。人間が人間を指導したり、育成したりすることはできないと思うんですよ。神様のおはたらきで光明化ということは行われるんですねえ。

 だから、いろいろ奇蹟的なことが起きたりすると、癒された本人よりも、指導にたずさわったこちらの方がありがたくなるんですね。

  「吾がわざは吾が為すにあらず」 ですね。

  そう。それでその時は、ただありがたいという素晴しい感動なんだけれども、しばらくたつと、「あれは俺が指導したんだ」 とか、「自分が救ってやった」 「自分が成績を上げた」 と、そういった意識が残る……。

 本当は、バイブルの言葉じゃないけど、自分の力で身長1センチ伸ばせるわけじゃない。自分がしているわけじゃない、全部神様のおはたらきでしょ。それを、自分が何をしたというような功をほこる意識が残る、そんな未熟な、救いがたい、ニセモノの自分を去って、本来の神の子の姿にかえらしめ給え――と、そこで自分が死ぬわけだ。そういうことでないと、神のみもとへ行けない、ぼくは神想観できないですよ。

 神想観というのはね、吾々が祈るんじゃないんですよ。住吉大神が祈られる。それには、自分を捨て切らないと、祈りが始まらないんですよ。

  神想観というのが、神を想い観るのではなくて、もう一つ、生長の家の大神がここに坐し給うてなし給うのですから、神が想い観るということになるんですね。そうして、非常に強い神の光の放射する中に坐しているというような……それが顕斎ということなんですかねえ。

  それは言葉で言ってしまえば簡単なことですけれども、大変なことで、死に切れるかどうかということによって、祈りに入らせていただけるかどうか、本当の顕斎に入らせていただけるかどうかということがきまる。


     両刃
(もろは)の剣をうちふるえば


  住吉本宮の御神体は 「護国の神剣」 で 「両刃の剣」 になっているわけですが、「両刃の剣」 というのは、相手がまちがっていれば相手も切るけれどこっちがまちがってればこっちも切るんだというところにすばらしい魅力があると思うんですね。ところが、今は 「こっちに切るべきものがあったら切るけれども、今はない」 というような感じになっていないかどうか。

  今年の青年大会のときの谷口雅春先生の最後の御講話で、「神の子無限力の真理」 という題だったと思いますが、「どんなに神想観をしても、たとえば食膳で人の悪口を言ったりしている限り、無眼力は出ません」 ということを言われましたね。私は自分自身をふり返ってみて、ショックを受けたんですがね。

 悪口をいうということは、物質の世界を見ているわけですね。自分自身も物の世界からしか物を言っていない。そこからは、限定された力しか出ないですよね。

「奇蹟の時は今」 の 「今」、感謝合掌礼拝して、物を観て、感じて、行動する。先生は最近、ラジオ放送でもそういうお話ばかりされていますよ。

 頭だけで教えを聞いていることがある、その姿勢が問題だと思います。頭だけで教義を理解してわかった気になっていると、いのちが無くなってしまう。それが、「顕斎」 となると、神の子が神そのものの御姿をあらわす、そういう自覚の生れ変りが行なわれて来るんだと思うんです。「両刃の剣」 ですから、まず自分が正しいすがたをあらわす――そうして、全世界が、神さまのつくりたもうた世界のすがたをあらわして来る……

  「三界は唯心の所現」 と最初にスパッと説かれたときに、全宇宙は自分の心の影なんだという、これはすごい宇宙をひらく言葉だったんです。それが今は、「自分の心も影もあるけど、ほかの国の心の影もある」 というふうに、なにか切れ味がニブくなってきたんじゃないか。つまり、世界を変えるには、自分だけが変ればよいということを忘れているのではないか。

 「自分の心が変れば世界が変る」 これをひっくり返して、「世界を変えるには自分の心を変えるだけでよい」 というところまで徹底することができなくて、いささかニブっていて、そのニブった部分、その誤差の部分に光明化運動論を成立せしめているようなまちがいをおかしていないか……

  うーん、それは痛烈な反省ですね。

  運動が、「実相独在」 の否定から始まってはいないか――両刃の剣で 「切る」 としたら、まずその辺がいちばん先に切られるべきこととして、あるんじゃないか。

 早い話が、神想観して 「光明一元」 と言っちゃったら、光明化運動の意義づけができなくなるというような――それでは、祈ろうとしても本当にすっと祈ることができない。神想観が、おかしな神想観になってしまう。

  こわい、こわい。


     「神ながら」の運動を展開しよう


  先日私の知合いが、「北方領土返還要求」 ということで、九州の南端から北海道の現地まで日本全国縦断のキャンペーンをやるんだという連絡が来て、もうスタートしちゃったそうだけれども、ぼくは 「ちょっと待て、出発する前に話し合おう」 と言いたかったところです。

 この北方領土の問題は、「それは日本のものだ、返せ」 と言えば、向うはすでに自分のものとして基地を作ったりして、地図にもソ連領として書かれているとなると、「何を言ってるか」 ということになる。そうすると今度は、力づくで取り戻さないと戻って来ないことになる。

 今、こういう状態では、戻る可能性は百パーセントないと言っていいですよ。「戻せ」 というと戻さない。「何を言うか」 とひとひねりされたら、もうしようがない。

 では、どうすればいいか。私は、エトロフ、クナシリや千島の島の神様をお祭りすればいいと思うんです。それは日本書紀に書かれてあるんですよね。島の国魂神
(くにたまのかみ)の顕斎を、本当に心を合わせてやるようになったら必ず返ってきますよ。ソ連の居心地が悪くなって、いられなくなってきますよ。

 それは、一人や二人が祈ったのではだめだけれども、日本人の百人に一人が真剣に祈ったら、簡単に実現すると思うんです。

 ところが、「返せ、戻せ」 と言ったら、現象の次元での衝突になってしまう。それではかえって、「何をいうか」 ということになって、憎まれて、反動が来るだけで、どうしようもないと思うんだね。

  一番確実な方法は何かということですね。

  ぼくは、『生長の家』 誌の 「明窓浄机」 等に谷口雅春先生が九州本山についてお書きになったものを最初から今日にいたるまでの全部をコピーして綴じて持っているんですが、さっきそれを最初からずっと読みかえしてみましたら、先生は実に 「神ながら」 なんですねえ。

 九州本山には百万坪の土地があるわけですが、最初はあまりに広大で、山は雑木
(ぞうき)ばかりで、いろんな構想はあっても、ちょっと手がつけられないでしょう。まあ孫の代のいい遺産になるのでは――というようなことをいう人もいた。

 その時に先生は、「人間の力ではほとんど手のつけようがない。しかし、神なら、これをすみやかに開拓して、本山にふさわしい土地つくり、道つくりもできる」 とおっしゃっているんです。そうして、なさっていることが、あとで振り返ってみると、全然無駄がなく、みんな見事にぴしっとはまっているんですね。それは驚くべきことですよ。

 だから、私思いますのに、元号法制化でも憲法復元でも、神ならそれを実現する方法をちゃんと知っていらっしゃる。いや、憲法復元もすでに御心に成っている世界があるわけです。それを、み心のままに、最もふさわしい時に、最もふさわしいあり方で、それを神の子なる私にお授け下さいと祈る、そういうところから神ながらの働きかけが出てくる。

  そうして、神ながらの運動をして行くには、青年会運動にも先輩からの継承がなくてはいけない。生長の家は 「汝の父母に感謝せよ」 が基本なんですから。

 一つには、今まで青年会運動の中で志半ばにして斃れた同志が全国では相当な数に上っていると思うので、その同志たちの顕彰感謝祭を行なうといいと思うんです。

 そうして、お祭りというのは全員参加、“村は総出の大祭り” で、みんなが一つ心になっておみこしをかつぐというところに大きな意義があるんですから、この顕斎を機会に、過去を捨ててみんな一つになって力を出し合うということが必要だと思う。今がそのチャンスなんです。

 ぼくは、これからおどろくべきすばらしいすがたが顕われてくると思う。



          ○


 『ダイヤモンド オンライン』 に、小宮一慶氏が、≪年末に 「反省」 しない人は来年も一流になれない≫ と題して、次のように書かれている。肝に銘じたいと思います。



   「頑張れ」 と訓示を垂れても
   評論家社長には誰もついてこない



 ……自社の弱点や経営の反省点をしっかり洗い出し、改善策を考えることが重要です。自分自身のあり方も反省しなければなりません。その上で、新年の訓示の場で、改善策の実行を宣言する。あるいは、経営者自身が 「私はこう変わる」 と宣言して覚悟を見せる。そして必ず 「指揮官先頭」 で実行することです。

 口先だけが達者で実行が伴わない評論家社長になってはいけません。経営コンサルタントの大先輩・一倉定先生は 「評論家社長は会社をつぶす」 とおっしゃっています。評論家社長が 「頑張れ」 と偉そうな訓示を垂れても、従業員は 「お前こそ頑張れよ」 と腹の中で思っています。口に出さないのは、評論家社長を見限って転職する実力がないからです。そんな会社がうまくいくはずがありません。

 私はコンサルタントとしていろいろな経営者を見てきましたが、経営に失敗する人は独善的で人の話を聞かず、失敗しても反省しない、または失敗を人のせいにします。部下が悪い、後継者の息子が悪い、景気が悪い……。一番悪いのは、そう思っている経営者自身です。

 経営者自身が反省を積み重ねて良い社長になるしかありません。良い社長になって指揮官先頭で背中を見せていれば、偉そうな訓示を垂れなくても従業員はついてくるものです。

 良いお年をお迎えください。≫



 榎本恵吾著 『光のある内に』 に収録された記録的論文 「顕斎の時は今」 については、次回に回します。


  (2018.12.28)
471 「絶対的中道」を行く生長の家

 『秘められたる神示』 の 「はしがき」 に、谷口雅春先生は次のように書かれている。

≪ ……我が国は国家の運命に関して実に重大なる危機に逢遭しており、思想に於ては左右両翼に分裂し、翼ばかりが秀でて日本国本来の行き方たる 「中道」 を示すべき示標が見失われているのである。

 ……この危機に際会し、日本国本来のあるべき相を明かにする神示を発表することは時宜に適し、国家を悠久の安泰に置く基礎たらしめることになると信じ、私解を施して、これら枢要なる神示を爰
(ここ)に公表せんとするものである。≫


 ――さてその 「中道」 とは何であるか。左翼と右翼の中間が中道であるか。

 否! 左翼と右翼の中間を 「中道」 というのならば、中道は常に左翼と右翼の強い方に引っ張られて揺れ動く不安定なものとなるのである。真の 「中道」 とは、そんなものではない。左翼と右翼の中間というような、現象の相対的立場ではないのである。

 現象界はすべて彼我対立、相対の世界であって、現象界に 「絶対」 なるものはない。

 「絶対」 なるものは、時間・空間を超えた、時空いまだ発せざる未発の中
(ちゅう。みなか)―― 「久遠の今」 なるところに入らなければ、あり得ない。「絶対的中道」 は、「久遠の今」 なる 「中(みなか)」 にあるのである。

 谷口雅春先生は、時空を超えた 「久遠の今」 なる 「実相世界」 を覚られ、そこに立って、ぶれることのない 「絶対的中道」 を説かれたのである。

 著書 『限りなく日本を愛す』 188頁に、次のように書かれている。


≪     中道実相の日本精神

 日本人は天を仰ぎ見、地を俯して見、そしてその根元に 「中
(みなか)」 なる主を見たのであります。天に偏らず、地に偏らず、一方に偏して味方せず、中道なのであります。

 一方に偏るのは、武人の專制になるか、ブルジョア専制になるか、プロレタリア專制になるか、どちらにせよ、その時の権力階級のファッショになります。中道はどちらにも偏しないので、どちらをも完全に生かすのであります。

 すべての人を神とみてどちらをも完全に生かすとき、それが本当の民主主義になるのであります。しかし 「中
(みなか)」 は決して悪平等ではありません。

 単なる悪平等は、すべてを生かすことが出来ない。「発して節
(せつ)にあたる」のでなければならない。発(あらわ)れては節度おのずから整い、緩急おのずから調和し、万物栄え万民鼓腹するのであります。

 平等のみを主張して、すべての細胞又は内臓を一平面上に置いたら有機体たる生物は存在し得ないのであります。国家も有機体であることを考えなければなりません。≫



 真の 「生長の家」 は、左翼でも右翼でもない。「中道実相」 である。

 現象界の生長の家教団は、かつては右翼思想の中核的存在と見られ、現在三代目雅宣総裁の時代に入ってからは一転して左翼的環境保護団体のように変貌したと見られている。しかし、真の 「生長の家」 ―― 理念の生長の家は、一貫して変わることなく、左翼でも右翼でもない、 「久遠の今」 に立つ 「中道実相」 なのである。

 それ故に、生長の家人類光明化運動指針第五条には、次のように記されている。
 (『菩薩は何を為すべきか』 より)

≪ 第五条  生長の家の各員は、人間神の子の自覚が、日本民族が悠久の昔より世々代々承け継ぎ語り継いで来た「命(みこと)」の自覚にほかならず、生長の家立教の使命が同時に日本建国の理念の現成にほかならない事を明らかにすべきである。

 日本民族は存在の窮極を、一切のものの生成の根源たる普遍的絶対者を、天之御中主神
(あめのみなかぬしのかみ)として把握し、

 その「中
(みなか)」への帰一とその「中」の展開、即ち宇宙普遍の原理の地上的顕現を日本国家形成の理念とし、天津日嗣(あまつひつぎ)とはこの理念のさながらなる継承以外にはなく、

 天皇の権威は権力をもって思うがままにこの国を支配する権利にあるのではなく、この理念の継承実現にまします事、

 従って天皇を中心と仰ぐ日本国家の発展は、天皇の人民支配の手段としての国家の発展と云うが如き専制的な性格のものでは微塵もなく、宇宙真理、即ち神意の地上顕現の至純至高の形体としての日本国家の発展である事

 これが日本神話の理念であり日本民族の理想であり日本建国の精神である。

 この真理現成の大まつりごとに、神の子として命
(みこと)として自己の責任としてまつろい奉る事が実相の成就である事を明らかにすべきである。

 単に自分の祖国たるのみの理由にて日本を愛するのではなく、東洋と西洋との中間に位して一切を生かす大乗の真理国家たる事が日本の理念であるからこそこの国の国体を鑽仰してやまず、

 この国の神の子国民として生を享けしめられた所以の深さに感泣し、わが一身もわが家庭もわが生活もすべてこの理念現成に捧げられてはじめて存在の意義を持ち得るものなることを、各自互に明確に自覚し合い、その行動の根拠となし合うべきである。≫


 ―― それが、「久遠の今」 なる 「中道実相」 の道であり、ここからこそ 「新しい文明」 は始まるのである。


  (2018.12.26)
470 「新しい文明」は、どこから始まるか。

 「新しい文明」 は、「今・ここ」 から始まる。

 と言っても、時空の中の一点としての 「今・ここ」 ではない。時空を超えた、時空いまだ発せざる未発の中、「久遠の今」 なる 「今・ここ」 から始まるのである。

 今の生長の家教団の組織運動は、砂上の楼閣を築こうとしているようなものである。なぜなら、消えゆく 「影」 なる現象を元として “新しい文明の基礎を作る” と言っているからである。それは空念仏、寝言にひとしい。

 新しい文明の基礎は、これから作るのではなく、既にある。

≪見よ、われ既に天地を新たならしめたのである。人々よ、眼の蔽いをとれ、われは新しき智慧である。新しき生命である。新しき宇宙である。新しき光明である。

 われ臨
(きた)って此の世界は既に変貌したのである。既に信ずる者の暗黒は消え、醜汚は滅し、病いは癒え、悲しみは慰められ、苦しみは柔らげられた。神秘を見て人々よ、目覚めよ、覚めてわが新しき光に照らして存在の真実を見よ。われは存在の実相を照らし出す完成(ななつ)の燈台に燈(ひ)を点ずるものである。

 悲しみに泣き濡れた人々よ。いま眼を上げて吾が光を受けよ。汝の悲しみは喜びに変るであろう。病める者よ、いま病の床より起ちて、わが生命を受けよ。

 われを拒むな。われを信ぜざる者は已
(や)むを得ぬ。われを信ずる者は黙坐してわれを念じ、われに依り頼れ。われ汝等に 『神想観』 と言う観行を教えたれば、それを為せ。われに汲むものは常に新しき力に涸(か)れないであろう。……≫
   (「新天新地の神示」より)

 この神示について、谷口雅春先生の御講義は、『神ひとに語り給ふ 神示講義 教』 に詳細に書かれており、この御講義の中には、教勢の基礎となる聖使命会員拡大の意義についても、全身全霊をもって説かれているのである。

 ところが現在、同書は生長の家総裁の命により重版が禁じられているので新本は在庫がなく、古本も入手は大変困難になっている。根を切っては枝葉が伸びず花が咲かないのは当然のこと。そうしておきながら教勢を拡大しようというのは、山に登って鯨を得ようというようなことではないか。

 私は同志相集い毎月1回生長の家の 「神示」 の勉強会を開いており、最近 『秘められたる神示』 の第1番目 「終戦後の神示」 を深く学びました。この神示には、次のようにあります。

≪ われは七つの燈台に燈(ひ)を点ずる者である。われは白髪の老翁である。白髪とは久遠永劫よりつづく無量寿の象徴である。

 われは彦火火出見尊
(ひこほほでみのみこと)が魚釣(なつ)らす鈎(つりばり)を失い給いて憂い泣きたまう海辺に来りて、尊を龍宮海に導きたる塩椎神(しおつちのかみ)である。

 ……われを単に海の神だと思うな。龍宮海の神の如くあらわれているのはウミ(生み)の象徴であり、龍宮無限供給の神のシンボルである。われは一切の創造
(うみ)の神であるから無にして無尽蔵である。

 日本の国が貧しくなったとて嘆くことはない。日本の国は不幸にして我れを容
(い)れなかったのである。キリストの教会を閉鎖せしめ、そのほか色々の圧迫を加えた。『生命の實相』 も不当に用紙を配給せぬようにして其の出版を閉鎖したのである。

 われは愛の神であるから神罰を当てたのではない。真理に目を閉じ、『我
(が)』 を突(つ)き貫(とお)してついに自壊するときが来たのである。

 日本の国民よ、嘆くな。迷いの自壊の後
(あと)には必ず住みよしの世界が来るのである。

 われを戦いの神と思うな。われは平和進駐の神である。住吉とは平和の理想郷と言うことである。わが行くところに平和は来り、わが行くところに龍宮無限の供給は来
(きた)るのである。…(中略)…


 まだ日本の真の姿はあらわれていない。今は伊邪那岐
(いざなぎの)神の禊祓(みそぎはらい)のときである。伊邪那岐神は日本の神、日本の象徴である。

 これから八十禍津日
(やそまがつびの)神、大禍津日(おおまがつびの)神など色々の禍(まが)が出て来るが、それは、日本が 『汚(きたな)き』 心になっていたときの汚(よご)れが落ちる働きであるから憂うることはない。この禊祓によって日本国の業(ごう)が消え、真に清まった日本国になるのである。

 心を明るく持ち、すべてを神直日
(かんなおび)、大直日(おおなおび)に見直して、禍(わざわい)を転じて福となさねばならぬ。かくて斎女(いずのめ)の神はあらわれ、本当にこの世が斎(いつ)き清められて、その後に住吉の神があらわれるのである。

 住吉の神はまだ本当にあらわれていぬ。併
(しか)しもうあらわれるに間もないのである。住吉の神があらわれたら、伊邪那岐神の左の眼(みめ)が真に清められて、日本の実相荘厳の姿があらわれるのである。

 古事記の預言を廃
(すた)れりと思うな。預言は成就しつつあるのである。ただその預言を間違って解釈する人が多いのである。(昭和20年11月27日未明神示)≫
   (「終戦後の神示」より)


 ――上記のことは、今も行われていることではないかと思われます。神示の中の 「日本」 というのは、「生長の家教団」 と置き換えてもあてはまるのではないでしょうか。

 龍宮海とは、時空を超えた創造の本源世界、すなわち 「久遠の今」 なるところである。そこは全てのすべてが備わっている、無にして無尽蔵、無限供給の本源世界であり、救われ済みの世界であり、創造の本源世界である。


  (2018.12.24)
469 「人間は、修行の積み重ねによって救われるのではない。」


 以下の文章は、榎本恵吾 元本部講師(故人)が、宇治別格本山で研修生の指導を担当されていた昭和56~63年頃の間に、「研修のヒント」 として書かれたものです。


≪ 人間は修行の積み重ねによって救われるのではない。

     ― 「研修のヒント」〝はしがき〟 にかえて ―

 これから諸君の前に、あの練成道場がよいのか、この練成道場がよいのか。あるいはまた、あの修行がよいのか、この修行がよいのか。厳しいのが良いのか、易しいのがよいのか。いろいろな人達に逢って、色々な意見を聴かされて、その判断に迫られる時があるかも知れない。

 これらのことは、今昔を問わず、常に偉大で真剣な先人たち、宗教家と言われる人々が直面して来た、重大で、最もいのちがけで当らなければならなかった問題であったのであり、今でもそれは少しも変ることはありません。

 どちらの道を選ぶかは全くその人その人の自由でありますが、次のことだけは判然としています。

 すなわち、

 人間は修行の積み重ねによって救われるのではない。修行が出来たか出来ないかということと、救われるか否かは全く関係のないこと。

 このまま自分もひとも生かされていることを喜び感謝するのが神の子の生活であります。

 修行――例えば、練成を受けること。研修を受けること。神想観をすること。聖典を読むこと。愛行をすること等……は、すべて現象であって無であること。

 それらがすべて無であることが真理でなければ、

 「どうして全能なる神が、釈迦、キリストのように修行の出来ている人々と、修行の出来ないものとをつくったのか。どうして不完全なもの、すなわち修行をしなければ救われないものをつくったか。」

 という疑問を解くことが出来ない。

 神は完全である。ということは、修行の成績は無であって、本来このままで救われ切っている完全なるものだけがある、ということであります。

 しかし、「このことを自覚しなかったら無いのと同じで、その自覚することに当るのが、いわゆる修行である」 と、従来までの宗教では説かれていたのであります。

 ところが尊師谷口雅春先生は、それは方便としては一応は認めておられますが、本当は人間は神の子であって、

 「そのままで自性円満である」


 ことを発見されたのであります。それは “自覚する” という人間の修行、努力の助けを借りずとも、人間を 「そのまま完全に生み給うた神」 の発見だったのであります。

 自覚する、自覚しないは現象のことであって、本来 “無” であります。

 自覚するというのは、おのずから覚めているということである。「……の教えによって」 とか 「……の修行によって」 となると、それは自覚ではない。他によって覚めさせられた、他覚であります。自覚とは自ずから覚めていること。私たちは自ずから覚めている生命であるからこそ、この生長の家の真理にふれることが出来たのです。

 「自覚しなければ無いのと同じである」 というのは、それはお金などのような物質の場合の話であって、生命は自覚しない方が、伸び伸びと活動するのであります。心臓などは、全くあることが解らないときが一番よく働いているときなのであります。

 これを、「吾が生くるはわが力ならず」 とも、 「吾がわざはわが為すにあらず」 とも教えられているのであります。

 もしも神は、修行した人だけしかよう救わないというのであれば、殆んどの人類を救うことが出来ない力不足の神を認めることになって、“修行しなければ” というのは、神を尊敬するのではなく、神を軽蔑することになります。

 そして、最も重大な問題は、

 「修行しなければ……」 という立場に立つと、修行の出来ていないと思う人を審かざるを得ないのであります。「あの人も出来ていない」 「この人も出来ていない」 そして 「自分も出来ていない」 ということになって、「天地一切を拝む」 のではなくて、「天地一切を審く」 という罪を犯すことになるということであります。

 そして、「あの道場は……」 「この道場は……」 と道場同志が審き合うということが始るのであります。これが多くの宗派が派閥に別れた原因の一つとなっているとも考えられるのであります。

 無条件にある光り、世界に比類のないみ教えにふれている私たちが、世界に比類のない調和と、拝みと、感謝の、崇高な、安らかさに満ちた毎日毎日を与えられていることに感謝を捧げる、ただ一筋の道がここにあります。

 この心に満ちて生きているとき、私たちは神への全托の道を生きているのです。神への全托の輝きに満ちている研修生を、ひたすら礼拝させていただくのみであります。

 われらの道は “審かない道” “拝む道” であり、自分を拝み、ひとを拝む道であります。

 私は、“修行をするな” というのではないのです。“修行をしなければ救われない” というのは、もうすでに生長の家のみ教えではない、ということであります。

 無条件に生かされていること、この身このまま光りであることを知れば、研修が楽しくなるのであります。「研修のヒント」 とは、「楽しさへのヒント」 ということであります。

 とにもかくにも、私達は先ず光りであり、すべての研修も、完全である神なる光りがするのであつて、「光りになるために」 ではないということであります。

 どの師を選び、どの練成道場を選ぶかは全くの自由でありますが、どこに行くにしても、それは “光り” がそこを輝かせに行くのであること。 “救われているもの” が行くのであって、“救われるため” に行くのではないということであります。

 ますます自己祝福と自己礼拝の道を歩まれんことを。研修生に栄えあれ!≫


  
※ 『生命の實相』 第1巻 3頁 「總説篇」 の冒頭に 「生命の実相の自性円満(そのままでえんまんなこと)を自覚すれば大生命の癒力(なおすちから)が働いてメタフィジカル・ヒーリング(神癒)となります」 とある。

 ――以上は、榎本恵吾先生が 「研修のヒント」 のはしがきに書かれていたことでした。

 どの練成道場を選ぶか。宇治もあれば、総本山もある。今は、生長の家社会事業団の練成道場もあるようですね。しかし、「どの練成道場を選ぶかは全くの自由でありますが、どこに行くにしても、それは “光り” がそこを輝かせに行くのであること。“救われているもの” が行くのであって、“救われるため” に行くのではないということ」。それが生長の家である。そこに分裂はなく、“審かない道” “拝む道” だけがある。

 榎本恵吾先生はさらに、「研修のヒント」 の本文の最初に、次のように書かれているのであります。


≪    生きていることが 「仏」 に成っていることである。
     これから修行して後に 「仏」 になるのではない。
        
(『生命の實相』 頭注版 第37巻 「幸福篇」 より)

    1.天地一切のものは、すでに和解し調和している

 神は天地宇宙を創造し給いながら、そのいずくにも記念碑のようなものはたてられていないのであります。神を否定しようとすればいくらでも否定出来るように、全く姿を消してい給うのであります。

 「神など無い」 という人さえも生み給い、その声も神が出させているのでありながら神はご自分を現わしていたまわないのであります。「神は無い」 と強く言えば言うほど 「それほどまでに姿を消していられる神はまことにも偉大であるかな」 と思わしめられるのであります。

 尊師谷口雅春先生の著わされた 『生命の實相』 も、これと同じ姿をしているのであります。萬物を生かし輝かせながら、「自分が救ってやった」 というものは少しも無いのであります。「自性
(じしょう・そのままで)円満」 なる神の子の姿をただただ祝福し、礼拝する、その拝みの姿としてあるのであります。

 『生命の實相』 の中には 「物質無し」 と書かれているのであります。「物質無し」 とは、本自身が 「私は無いのです」 と無我になって澄み切っているのであります。無我になっているとは、天地一切のものを神仏として拝んでいることであります。

 ここに 「汝ら天地一切のものと和解せよ」 ということ、そして和解するとは感謝するということであるということの、その感謝の内容が示されているのであります。本自身が天地一切のものを拝んでおり、感謝と祝福の輝きそのものなのであります。

 尊師谷口雅春先生がお悟りになられたとき、目覚めてみれば天地一切のものが神そのものであったのであります。その心境を尊師は 「汝ら天地一切のものと和解せよ」 と喜びうたわれたのであります。

 『生命の實相』 や 『甘露の法雨』 の冒頭に 「大調和の神示」 がおかれているのは、人間は 「仲よくせよ」 といってもなかなか仲よくしないから、先ず最初によくわかるように警告を発しておくために、あの神示がおかれているのではないのであります。

 そうではなくて、

 「私が悟ってみたら、どんなに殺し合い、憎しみあっているかのように見えていても、そのまますべてが神と神、仏と仏とが抱き合って喜んでいる姿に観えて来たのであります。ありがとうございます」

 と、尊くも尊師が天地一切のものを拝んでい給うことを示されたものであります。

 ですから、谷口雅春先生の住んでいられる世界は、すべてが神仏に観えていられるのであります。

 「神一元」 つまり 「唯神實相」 論からゆけば、「今ここ極楽、天国浄土」 なのでありますから、谷口雅春先生だけが悟っており、その他のものはすべて 「これからみ教えによって教えて悟りに導いて彼岸に度すべき材料」 ばかりが住んでいる、というような天国はないのであります。

 それ故、谷口雅春先生がお悟りになったということは、同時に全宇宙が悟ったのでなければならないのであります。「同時成道
(どうじじょうどう)」 なのであります。

 「同時成道」 は釈迦の表現せられた言葉であります。お釈迦さんが悟りの眼をもってごらんになられたとき、山川草木国土悉皆成佛
(さんせんそうもくこくどしっかいじょうぶつ)、有情非情同時成道(うじょうひじょうどうじじょうどう)と観えたのであります。そのように釈迦がすべてを拝まれたのであります。これはお釈迦様の 「汝ら天地一切のものと和解せよ」 の現成であったのであります。

 それと同じようにして、尊師谷口雅春先生の、すべてのもの、つまり天地一切のものへの祝福と礼拝とが録
(しる)されているのが 『生命の實相』 なのであります。

 『生命の實相』 は、神の愛と大生命の大光明の祝福礼拝のすべてを尽して、光明のかたまりとなっているとでも申し上げるのがふさわしいのであります。

 それですから、研修生のみなさんが 『生命の實相』 や聖典をかかえて歩いていられる姿は、まことにも光り輝く神の子が、光明そのものなる 『生命の實相』 をかかえていらっしゃるお姿でありまして、まことに尊いお姿をそこに拝ませていただくのであります。

 このとき最早、聖典の中の一文字一文字が、神の吾れを讃え給う愛の光そのものなのであります。どのようなことが書かれているのかという前に、すでに聖典全体が光体そのものなのであります。

 それですから、たとえば研修生の諸君が聖典を手にしていられるとき、聖典の輝きがさんさんとして全身の毛穴から流れ入っているときなのであります。胸にかかえているときは眼を通さずとも直接聖典の光りが胸の中に直射して入って来ているのであります。手でさわれば指先から直接に光明がはいって来ているのであります。

 かくの如くして、天地一切の山も川も緑も青も黄も花々も人々も、光明身である神の子なる自分を讃嘆する神の真理のコーラスであると拝ませていただくとき、すべての人々は、周囲のすべてのものという光りにつつまれていられる姿であるのであります。

 まさにこれは光りが光りの中で光りしているのであります。「讃嘆の中で讃嘆しているのが研修である」 というのはこのことなのであります。何かしら力強きもの、円相なるもの、喜ばしきものの気配がふっくらと自分の眼にふれる限りのものを包んでいるのを感じるとき、そのものとこちらが調和の状態にあることを私たちの本性は知っているのであります。

 研修生の諸君が宇治別格本山の境内を景色を眺めながら歩いている姿を見るときがあります。そのとき、その人は景色全体と和解が成立しているのであります。本山を囲む山の木が何十万本あり、木の葉が何億枚あり、土の砂つぶがどれだけあるのか、はかり知れませんが、それらの一つ一つとすべて和解が成立しているのであります。

 和解が成立しているとき、もう既に神がそこに顕われてい給うのであります。そして自分をとりまくすべてのものが神であるのであります。本当は神がすでに現われ給いて自分を生かし感謝し和解せしめ給うていたのであります。

 そもそも私たちは神のいのちによって誕生し、生かされていたのであります。和解のあるところ神があり給い、神のあるところ和解があるのでありました。

 天地すべてのものに感謝したときに神が顕われるのであります。そして天地一切のものがすでに神であることを礼拝するのが感謝であります。そしてまた天地一切が神であることを拝めるのは、自分のいのちが神であるからであります。

 すべてにおいて神が神の世界で神しているのが私たちの生きている姿なのであり、實相の世界で實相が實相しているのがこの世界であり、唯神實相、光明一元の教えが生長の家の教えであります。

 尊師が啓示を受けられたとき、庭の木が黄金色の光りに輝き、その木の枝から枝に飛びうつる雀が金色に輝いていたのであります。このときすべての生きとし生けるものがこのように拝まれたのであります。

 尊師が 「招神歌」 において 「生きとし生けるものを……」 と言われるときは、このような光明生命として生きているすべてのものを拝み給うているのであります。

 研修生が 『生命の實相』 をひらいてあちらのページ、こちらのページと読み移られる姿は、聖典という光明の木の中でページという光明の枝々をとびかう金色
(こんじき)の雀の姿として、尊師は私たちを拝み給うているのであります。また、あちらの部屋からこちらの部屋へと移り、あるいは棟から棟へと移られる練成員のお姿もまた、そのように拝まれているのであります。

 『生命の實相』 は、ただただそのような生命のほんとの相
(すがた)を、讃えに讃えて書かれたものなのであります。≫


 ありがとうございます !!


  (2018.11.21)
468 「信仰」とは何か。


 信仰と云うものは何か。

≪ 信仰と云うものは 「素直になる」 ということです。神様が、

 「この世界を完全に造ったぞ」

 と仰せられたならば、自分の肉眼で見て、それが如何に不完全に見えましても、

 「この世界は完全である。きっとよくなるに違いない」

 と考えるのが信仰です。そして、

 「この世の中は善くなるよりほかに仕方がない」

 と信じていると、信じたとおりに此の世界はよくなり、皆様は幸福になって来るのであります。

 信仰と云うものは、ニガ虫をかみつぶしたような顔をして、つらい辛抱をすることではないのです。今まで信心してもおかげがなかったと云うのは、その信仰が暗い信仰であるからです。神様が罰を当てると信じたり、「かなわぬ時の神だのみ」 だなどと考えて、切羽つまって、暗い心で神様の前で泣きついたり、泣きごとを云ったりするのを信心だなどと考えているから、信心にも信仰にも御利益がないのであります。

 本当の信心とは、

 「神様のおつくりになった此の世界に悪いことは一つもない、きっと善い事が来る、善い事が来る」

 と、明るい楽しい心で信じて人々のために働いているのが本当の信心であります。

 こう云う明るい信心を持っていますと、きっとよいことが来るのであります。≫


 (『新版 真理』 第1巻 p.225~226)

 坂入貞夫さんは、62年前17歳のときにこの 『新版 真理』 第1巻 (特に第九章「人の値打ちの生かし方―― 墜落
(ついらく)は機会である――其のまま其処(そこ)が進撃の姿勢」 41頁より) を読んで号泣し、それまで3年間寝たきりだった病床から起ち上がり、世界が変わった、生まれかわったような体験をしたのである。

 (#353#354 をご覧あれ。)

 坂入さんは言う――

≪   この世の中には悪いことは何も無い
                                坂入悟雲

 皆様がこの世の中を理解するとき、一番大切なことは、この世の中には悪いことは何も無い、と言うことです。

 このことを受け入れるためには、眼に見える世の中は、本当は嘘であって、悪いことは何も無い、と言うことを知ることです。

 何もない、と言いましても、あるではないかと思う方には、心の影だと言うことです。即ち、皆様の一人一人の想いの影だ、と言うことです。

 はっきり申し上げますと、皆様の信仰の影だ、と言うことです。

 皆様は、信仰はしていないつもりの人も、多いと思いますが。

 言葉には出さない心の中で、信じて疑わない、心の中の信仰の通りに、現れているのです。

 皆様は、信仰はしたことはないとお考えですが、このことは間違いないと、心の中で人には言わなくても、深く信じていることがあるのです。

 その皆様の心の底の思いの影として、現実の事実が現れている、と言う意味です。

 世界中殆どの人が、「このことは間違いない」 と信じている通りに、現実があらわれているのです。

 皆様は、常識と言うものが一番正しいと、お思いでしょうか。

 その常識を根拠にしている人の人生には、いろいろと不都合なことが起こるのです。

 世界中の人が常識を根拠に生きていますから、いろいろと問題が発生しているだけなのです。

 殆どの真面目な人は、常識が正しいとお考えの結果、いろいろと困ることに遭遇しているのです。このこと (悪いことがあるという常識) は絶対に間違っていないと、固く、固く信仰しているからです。


    普通の人は常識を信仰しているのです


 ご自分ではそうではないとお思いの方に、簡単なテストの質問に回答していただきますと、お分かりになると思います。

1.「この世の中には、悪いことは何も無い」 イエス、or ノー。

2.「この世の中には、悪い人は一人もいない」 イエス、or ノー。

3.「この世の何には、良い事しかない」 イエス、or ノー。

4.「この世の中には、良い人しか居ない」 イエス、or ノー。

 たったこれだけの質問を致しまして、皆様のお答えがどのように出ているかを伺いますと、直ぐ判断が付くのです。

 このお答えが全部「イエス」の人は、人生にまったく問題がありません。

 この、質問に、全部、ノーと、言う人は、いろいろと、問題があるということが、分るのです。

 そんな人は、めったに居ません。それほど、多くの人はこの世の中を悪いと考えているのです。

 皆様が、悩みなく、苦しみ無く、悲しみ無き世界を生きようとしますならば、殆どの人が受け入れている、常識的信仰を変えると良いのです。


     人間とは不老不死の存在なのです


 なぜならば、神の霊なる存在だからです。皆様は、今、ここにこのまま、宇宙全体を持っているのです。

 物質宇宙は、現れて、消える存在なのです。

 ですから、いくら幸福だと言いましても、たかが知れているのです。

 形あるものは、消えるのです。

 そんなことは、考えれば、すぐ、わかる事なのです。

 神の霊なる存在、仏の霊なる存在、が自分ですから、なくなりようがありません。

 この事に気が付きましたら、嬉しくて、嬉しくて、手の舞い、足の踏むところを知りません。

 それは、誰のことかと言いますと、皆様のことなのです。

 ですから、人生において、無限の調和と、無限の歓喜の世界に、今、居るのです。

 皆様は、今、面白い、オモシロイ世界に、居るのです。

 今、皆様は、嬉しい、嬉しい、世界に、居るのです。

 当然、何の心配も、何の不安も、無いのです。

 歳をとらない、死なない、困らない、苦しまない世界に、今、皆様は、居るのです。

 どうぞ、ご安心ください。皆様は、何の心配もありませんから。

 後は、人のために、人のためにと、本気で生きてごらんになりますと、何もかも、みんな自由に、楽々と、上手くいく、体験をすることになるのです。

 ですから、人間が幸福に生きるということは、実に、簡単なことなのです。


    感覚で見る世界は、無いのである


 感覚で見える世界は、無いのである。

 それを、現代的に少し分るように申し上げているのが、「常識は全部嘘である」 と言うことです。

 多くの人が、ある、ある、と思っている世界と言うものは、みんな 「嘘の世界」 のことなのです。

 要するに、感覚で見ている世界は、本当では無い、と言うことです。

 このことさえ、素直に、受け入れますと、この世の中に、まったく、困ることは無くなってしまうのです。

 こんな、最高の情報ですから、みんなお喜びになるだろうと、思いましても、何を言っているのかが、さっぱり、分らない。

 この世の中の情報で、間違いないのは、「甘露の法雨」 に書いてあることだけです。

 要するに、今、ここに、天国があり、極楽があるのです。

 と、本当の話をしましても、誰も、何を言っているのかが分らないのです。

 皆様は、毎日、毎日、眼が覚めますと、人間とは、肉体である、と、言う暗示に、かかっているのです。

 無意識のうちに、自分とは肉体であると言う暗示に、かかってしまうのです。

 神の心が、自分である、と、言うことを、思い出すと良いのです。

 自分と言うものを、いっも、神の心である、ということを、思い出していますと、運が良くなるに、決まっているのです。

 全智全能にして、円満完全なる、神が、自分の本体である、ということを、毎日思い出す練習をすると、良いのです。……≫


 ああ、そうだったんだ !!

 ――以上は、坂入貞夫クラブ報 2018年9月号からでした。

 坂入さんの体験については、#354 をご覧ください。

  (2018.10.27)
467 「宗教」とは何か。


 「宗教」 とは、宗(もと)の教えである。

 「時間」 というものは本来ない。「空間」 というものも本来ない。それは、生命が自己表現の形式、認識の形式として仮につくり出したものであって、本来ない。

 本来ない時間・空間の中にあらわれて見えるものは、すべて本来ない。夢の如く幻の如き映像、影である。それを、「現象はない」 というのである。

 真の実在は、時間空間発生以前の根源(もと)の世界 「久遠の今」 にあり、絶対善・円満完全・無限光明なるものである。「以前」 と言ってもそれは 「時間」 の中の 「以前」 ではなく、時間を超越した 「久遠の今」 すなわち 「久遠の昔から悠久の未来までを含む」 今である。また、空間を超越しているから凡ゆる所に遍在している。それを、神は永遠であり遍在であるというのである。

 五官で認識される現象世界は、時空を超えた真実在の世界=神の国にあるものを、時間空間の上に順次段階を追って投影しつつあるものであって、不完全である。現象世界を 「あり」 と信ずる者は、どこまで理想を追ってもそれは達成されることがなく、救われない。「わが国(神の国)はこの世の国にあらず」 である。

 「真の人間」 は、時間空間の中に姿をあらわした肉体ではない。時間空間発生以前の 「久遠の今」 にあり、神とともにあって、永遠不死のものである。宇宙をわが内に包蔵し、宇宙に遍満する心である。

 人間の本体は神とともに 「無時間・無空間の世界」 にあり、神の国にある実相のよきものを 「時間空間の世界」 に映出せんがために、肉体を持ってこの世に誕生したのである。

 このことを教え伝えるのが宗教である。

 現象をそのまま信ずる者は、救われない。

 現象をそのまま信ずる教えは、宗教とは言えない。

 現象から出発する運動は、宗教運動――神の運動ではない。

 「絶対善」 なる神から出発するのが、本当の信仰運動、神の運動であって、それによってのみ人間は本当に救われるのである。

          ○

 今年のノーベル医学・生理学賞受賞が決まった本庶佑氏は、

 「僕は科学雑誌に載っていても信じない。自分の頭で考えて、納得できるまでやるということ。科学誌のネイチャー・サイエンスの論文の9割はウソで、10年たって残っているのは1割だ。」

 と言っている。

 ところが谷口雅宣 生長の家総裁は、9月9日付けのブログ 「唐松模様」 で、

 ≪北海道大地震で考える≫

 という、論文とも言えない論文まがいの一文を書かれ、それが機関誌 『生長の家』 の巻頭に載せられている。ここでは その “ウソが9割” と言われている科学誌 『New Scientist』 の一論文(大西洋の攪拌機といわれる南北方向に走る海流システムの研究など)を長々と図面まで入れてコピーし、

 「地球上のいずれの地域でも共通して気温上昇が見られることの原因は、地球温暖化以外には考えられない」

 「環境破壊をやめ、環境と共生することに幸福を見出す生き方の創造と実践を、従来の習慣に引きずられることなく、強固な決意のもとに進めていく以外に選択肢はないのである。」

 と結論づけておられる。

 しかし、「地球上のいずれの地域でも共通して気温上昇が見られること」 を 「地球温暖化」 というのであって、両者は因果関係ではなく、同じことを言い換えただけなのである。総裁の頭の中では、「地球温暖化はCO2の増加によるもの」 という固定観念が出来上がっているから、「CO2の増加」 というべきところを 「地球温暖化」 と書かれたのだろうか。

 また、「大西洋の攪拌機といわれる海流システム」 の説が正しいとしても、それが即台風が増えているなどの “異常気象” の原因だと断定する理由にはならない。

 科学雑誌に書いてあることを鵜呑みにして盲目的に信じてそれを引用しているから科学的だとは言えない。それは逆であって、科学雑誌に載っていることも疑い、自分で検証することこそ良心的な真摯な科学者の姿勢であろう。

 総裁の論には因果関係のすじみちもついておらず、非科学的で粗雑な暴論だと言わざるをえない。 ましてや、タイトルの 「北海道大地震」 は、地球温暖化と直接には関係がないと思われるのである。

 このご文章を読んで納得し、救われる思いをする人がどこにあるだろうか。

 まったく現象だけの、宗教的でも何でもなく、筋の通らない話で――科学者としてならなおさら何の価値もないような一文であることを、甚だ残念に思う。

 いや、「CO2」 を温暖化の原因だとして地中に埋設したことが、地震の原因になっているという説もある。友人のU氏が、次のようなメールをくださった。言葉は少し乱暴だが、そのまま引用させていただきます。

          ○

≪ 現総裁の思考が日本を破壊するほどの大災害を引き起こす可能性について言及したいとおもいます。

現総裁は温暖化の危機を訴え、CO2削減を盛んに言っております。

CO2を減らすのであれば、原発が一番良いのですが、これには強固に反対しており、反対の理由も、非科学的なもので驚くほど短くしか言及しておりません。

まともに調べてみれば、原発が最も安全でクリーンなエネルギーだということがわかるのに、現総裁の考えは、とてもいびつで不誠実な断定です。

「パンドラの約束」 というドキュメント映画があります。

これは現総裁と同じように原発反対でCO2削減の必要性を訴えている環境学者や活動家が、真面目に調べれば、調べるほど原発の必要性に気がついたというドキュメントです。

現在、温暖化対策としてCO2を地中に埋設する事業を経済産業省が進めています。
じつはこのCO2埋設現場近郊で大地震が起きているのです。

中越地震、中越沖地震、岩手宮城内陸地震、東北大震災の勿来沖津波などはすべてCO2埋設が近辺で実施されていました。

今回の苫小牧地震も20万トンという量のCO2埋設が実施された地域です。

にわかには信じられないかもしれませんが、石田昭という学者が

「新・地震学セミナー」というHP
http://www.ailab7.com/Cgi-bin/sunbbs/index.html


で地震発生のメカニズムとCO2埋設の危険性を述べています。現在の地震学の間違いを指摘して、実に説得力があります。

何しろ今回の北海道苫小牧の大地震については、HPで5年も前にその危険性を指摘しており、石田氏の説の信憑性を裏付けています。

石田氏の地震説が正しいとするなら、現総裁が推奨するCO2削減は大災害をもたらす可能性があります。

原発を止め、火力発電をフル稼働して、出たきたCO2を地中に大量に埋設し、この結果大地震を起こしているとしたら、あまりにも愚かです。

このCO2埋設が東京湾でも行われる計画になっています。

太陽光発電も最近になってようやく、この自然破壊的弊害が喧伝されるようになっております。

現総裁の思考は単に、穏やかな自然回帰ではなく、大災害をもたらすものであり、一見まともなようで、実は悪魔の思想なのかもしれません。≫


          ○

 ――私は上に紹介された石田昭氏の論文をそのまま鵜呑みにして信ずるわけではないが、そういうこともあり得ると思う。


 私は、10年あまり前、谷口雅宣総裁がまだ副総裁であった時に、次のようなメールを差し上げていた。お返事はありませんでした。ここに公開させて頂きます。


≪                   2008年2月2日

副総裁 谷口雅宣先生

   (槌田敦氏著 『CO2温暖化説は間違っている』 を読んで)

(前略)

 生長の家の運動はこれから環境保全のため 「炭素ゼロ」 の運動にしながら、日常生活に愛を実践し、組織の第一線を活性化して誌友会を大いに盛り上げていく、というようなことに重点がおかれるということで、たいへんすばらしいことと喜び勇んでおります。

 ところで、本日メールを差し上げますのは、標題のとおり、槌田敦氏著 『CO2温暖化説は間違っている』 〈誰も言わない環境論①〉 を読んで驚いたからでございます。

 去る(2008年)1月12日、日経新聞に載っていた広告を見て気になりましたので同書を注文、10日ほどして入手し、読みました。副総裁先生にはこの槌田氏の説のことなどは夙にご存じの事と存じますが、私は初めて読み、驚きましたので、どのように考えたらよろしいでしょうか、お伺い申し上げる次第でございます。

 念のため内容をかいつまんで申し上げますと、まず 〈はじめに〉 というところに大約次のように書かれております(抜粋)。

 「 ……人間の排出するCO2で地球は温暖化した、とする気象学者の主張は事実ではない。

 詳細な検証により、CO2濃度の上昇に先行して気温が上昇していることが見いだされた。多くの気象学者もこの事実を認めている。

 通常の論理に従えば原因は結果に先行するから、温暖化に関しては、気温の上昇が原因で、CO2濃度の上昇は結果であることが分かる。

 しかし、これを認めるとCO2温暖化説は完全に破綻する。そこで、多くの気象学者たちは、気温の上昇が先行するという事実は認めても、原因であるとは口が裂けてもいえない。

 すでに気象学者のいうCO2温暖化説で世界各国の政治が動いている。今さら説を変えることは影響が大きすぎると考えたようである。

 さまざまな温暖化政策は気象学と経済学の間違いがからみあい、未来に深刻な禍根を残すと思われる。これを黙認するわけにはいかない。

 さらに、CO2温暖化説の陰に隠されているが、最も重大かつ緊急を要する課題は、近い未来に予想される地球寒冷化による飢饉の問題である。将来、人類は食糧難に悩まされるに違いない。そして、食糧不足を原因とする戦争が始まるだろう。そこで、できる限り早く温暖化問題を切り上げて、寒冷化問題を検討すべきと思う。以上が、本書を書こうとした動機である。…」


 そうして、この本の 〈もくじ〉 は

  1章 CO2温暖化説はこうして拡がった
  2章 気温上昇が「原因」、CO2増加は「結果」
  3章 地球は「水の惑星」である
  4章 温暖化の原因は何か?
  5章 無意味で有害な温暖化対策
  6章 エコファシズムの時代
  付章 重力場における気体の物理学
        ―対流圏気象学の基礎

 となっております。

 槌田氏は 〈著者略歴〉 によりますと、

「1933年東京生まれ。東京都立大学理学部化学科卒。東京大学大学院物理課程D2修了後、同大助手を経て理化学研究所研究員。定年退職後、94年から名城大学経済学部教授(環境経済学)。05年4月から高千穂大学非常勤講師を兼任」

 ということでございます。

 さて、生長の家で昨年からスタートさせた 「炭素ゼロの運動」 というのは、いうまでもなく CO2温暖化説に基づくものと思います。

 その温暖化説がもし間違いであったとしたら、われわれは 「だまされていた」 ということになります。

 それでも、神の愛を信じ、自他一体を生きる信仰者として、環境に感謝し資源を大切に使わせていただこうという愛の行為は尊いことであり、決して無意味な運動であったということにはなりません。

 しかし、槌田氏の著書によれば、エコ発電といわれる太陽光発電・風力発電などはむしろ間接的に石油を大量消費しており、環境破壊を増大させるものだといわれます(『CO2温暖化説は間違っている』 第5章)。

 さらに 「最近私のCO2温暖化説批判を聞くと不愉快になる人が増えてきた。皆が団結して温暖化の脅威に立ち向かおうとしているのに、これにいちゃもんをつける悪い奴がいる、というわけである」

 「だれもが良いことと考えていることが、実は良いことでなかった、とは考えたくないものである。そして悪いことだといわれれば、不愉快になる。政治勢力はこれを利用して脱落:者を防ぎ、運動を維持する手段とする。……

 つまり、この <良いことをしている> という善意がくせ者である。良いことをしているのに、なぜ妨害するのかと考えたところから、ファシズムが大手を振って歩き出す」

 と。

 私は、槌田氏の説が100%正しいとは信じません。しかし、CO2温暖化説は、もしかしたら、「一犬虚に吠ゆれば百犬実を伝う」 という虚妄かも知れない。もしそうだとしたら、これはたいへんなことではないかと思ってしまいました。

 善意だけで “エコファシズム” に巻き込まるようなことなく、正しい智慧に導かれた適切な運動をして行く必要があると考えさせられました。そんなことを思うのは間違っているでしょうか?

 このようなことを私から間接的に申し上げるよりも、当該書を直接にご覧いただいた方が適切にご判断いただけるかと存じ、同書をお送り申し上げることにいたしました。失礼の段はご海容くださいまして、これに対してのお考えをお聞かせ願えればまことに幸甚に存じます。なにとぞご教示をお願い申し上げます。

 ありがとうございます。 再合掌 ≫


 ――以上は、10年余り前の 2008年2月2日付けで当時副総裁であった現谷口雅宣総裁に差し上げたメールでした。お返事はありませんでした。

          ○

 さて、北海道大地震(2018年9月6日北海道胆振東部地震)のとき、太陽光発電は何の役にも立たなかった。いや、全道停電の原因の一つにもなったと言われている。電力は、需要と供給が一致しないと周波数が乱れ、停電せざるを得なくなる。だから、発電量が一定しない太陽光発電は、多くなりすぎると停電の原因になるから、緊急の場合に使うことは極めて難しいのである。


 10月12日の日経新聞は、次のように報じている――

≪ 九州電力は12日、九州の太陽光発電事業者に13日の日中に稼働停止を求めると発表した。気温の低下で電力需要が減り、電力が余って供給が不安定になるのを防ぐため。国は再生可能エネルギーの普及を推進してきたが、発電しても利用されないことになる。今後、四国地方でも同じ事態が起きる可能性があり、再エネ普及の難しさが浮き彫りになる。

 12日夕、九電本社(福岡市)で会見した和仁寛・系統運用部長は 「13日は晴天で太陽光発電の量が増える。ご理解とご協力をお願いしたい」 と語った。九電は余った電力の一部を本州に融通したり、火力発電の出力を抑制したりして需給バランスを調整してきた。しかし、涼しくなって冷房需要が落ち、出力を制御しなければバランスを取るのが難しくなってきた。

 電力は需要と供給が同じ量でなければ周波数が乱れ、最悪の場合、大規模停電が起きる。北海道地震では火力発電の停止で供給力が急減し、ほぼ全域が停電する 「ブラックアウト」 が発生したが、九電は供給力の増大に悩んできた。……≫


 ――と。

          ○

 CO2 (二酸化炭素) は地球温暖化の元凶で悪者のように言われているが、CO2がなければ植物は光合成ができず、人間や動物の食糧が得られず、餓死するほかはないことになるのである。

 10月10日の日経紙は、空気中のCO2を倍加することによってトマトの収量を通常の7倍以上にすることが出来るという記事を掲載していた――

≪ トマト収量、通常の7倍超
    生育環境を操作、高効率に

 ……日本有数の日照時間の長さで知られる山梨県北杜市。壁面が陽光に輝くカゴメ系列の栽培施設で常識を覆す生産効率が実現しようとしている。主力商品の高リコピントマトの収量は今年、1平方メートル当たりで70~75キログラムに達する見込み。通常の施設の7倍を超す。

 秘密は床を走る86本のパイプにある。ここから施設内に供給する空気中の二酸化炭素(CO2)の濃度を外気の2倍以上に高め、光合成を促進した。カゴメは施設栽培で先端を行くオランダの技術を日本の気候に合わせてアレンジしている。……≫


 ――CO2を敵視して地中に埋設などせず、拝んで有効活用すれば、貴重な宝物だったのである。

 絶対悪なるものは、実相世界にも、現象世界にも、どこにも存在しないのである。

          ○

 「宗教」 とは、宗(もと)の教えである。

 「時間」 というものは本来ない。「空間」 というものも本来ない。それは、生命が自己表現の形式、認識の形式として仮につくり出したものであって、本来ない。

 本来ない時間・空間の中にあらわれて見えるものは、すべて本来ない。夢の如く幻の如き映像、影である。それを、「現象はない」 というのである。

 真の実在は、時間空間発生以前の根源(もと)の世界 「久遠の今」 にあり、絶対善・円満完全・無限光明なるものである。

 その 「絶対善」 の世界――「久遠の今」 から出発し、「発して節に中
(あた)る」――何事も有効にピシリ、ピシリと急所に中(あた)る道を説き、また実践するのが真の宗教であろう。

 ≪ 吾が臨(きた)れるは物のためではない、生命のためである。肉のためではない、霊のためである。これを覚(さと)るものは少い。

 物の生滅に心を捉えられ、物が殖えたときに信仰を高め、物が減ったときに信仰を失い、身体が健康になったときに神を讃え、家族の誰かに病気が起ったと言っては信仰を失うが如きは、神を信じているのではなく物を信じているのである。

 物は結局移り変るものであるから、物の御利益
(ごりやく)の上に建てられた信仰は、物の移り変りによって壊れるのである。……≫

  (「無相円相一切相の神示」より)

 と、神は宣り給うている。

 ここでふたたび、榎本恵吾氏の

 「天地(あめつち)の初発(はじめ)に立ちて―人類光明化運動の楽的展開論」

 を心魂にたたき込んで置きたい。


  (2018.10.13)
466 「時間」というものはない。


 「人類の行く手を照らす火」 は、何であるか。

 それは、まず 『生命の實相』 第1巻 總説篇の最初に、

≪ 生命の実相の自性円満(そのままでえんまんなこと)を自覚すれば大生命の癒力(なおすちから)が働いてメタフィジカル―ヒーリング(神癒)となります。≫

 とある、この一句が鍵である。

 ――と前項で書きました。

≪ 多くの人達は、幸福をもとめながら、しかも不幸になっているのは何故でしょうか。幸福の法則を知らないからです。

 多くの人達は物質や、富や、領土や、およそ形あるものを目がけてそれを掴もうと思って驀進
(ばくしん)して行くのでありますが、「形あるものは形なきものの影」 でありますから、影のみを掴(つか)むと、掴んだと思った刹那(せつな)、それは消えてしまうのであります。

 本当に幸福になるためには吾々は影の奥にある 「実物」 (実相) を把
(つか)まなければなりません。≫

  (『新版 幸福生活論』 「はしがき」 より)

 ――その 「実物」 (実相) は、どこにあるか。

 『幸福生活論』 p.124~p.126 には、次のように書かれている。


≪ 神は 「無時間の世界」 にましまして吾々に対して、実相のよきものを 「時間の世界」 に映出せんとしていたまうのであります。吾々も、その実相は 「無時間の世界」 にいて、その実相のよきものを神と協力して現実化しなければならないのであります。

 グレン・クラーク氏は云う――

 “There is no time in heaven, there is nothing but eternity. There is no past there, and no future ― only the eternal Now. And this eternity is never broken into fragments like minutes and seconds and hours, but exists eternally as an infinite whole. There is no past apart from the future.”

 (実相の世界には時間は無いのです。そこには永遠のほか何もない。過去もなければ未来もなく――ただ 「久遠の今」 のみがある。しかしてこの 「久遠の今」 は分・秒・時と云うような断片に決して粉砕される様なものではないのです。唯 「無限の全体」 として永遠に存在する。そこには未来を離れた過去の様なものはない。)

 此の驚くべき、「久遠の今」 の哲学がアメリカの光明哲学に見出されると云うことを吾等が戦前に知ったならば、アメリカを単なる 「物量の国」 であると軽視しなかったでありましょう……≫


 ――大東亜戦争で日本は、アメリカの物量に負けたのではなく、光明思想に負けたのである。物量は結果(影)であって、その根源は光明思想であった。

 光明思想の信奉者であった自動車王ヘンリー・フォード一世は言っている、

≪ 誰でもあらゆる物をもって出発する。すべてがわがうちにあるんですからな。

 成功は外にあると思っていては間違いです。成功は必ず内にある。何でも皆、はじめは内にあるのです。内にあるものが鏡に映るように外界に映って形をもった現実となるのです。

 リンゴがリンゴの実を結ぶ能力は自分自身の内にあるのでしょう。そうしたら人間が成功の果
(み)を結ぶ能力も自分自身の内にあるはずです。

 個人のすべての有
(も)ち物は働かすことによって人類の有ち物に変わるのです。キリストは 「すべての汝の有ち物を売りて施せ」 と言いましたが、吾々の持ち物とは金ばかりではありません。能力も一種の持ち物です。出来るだけ大多数の人間に喜んでもらえるように、財なり能力なりを使うようにする。すると大多数の人類が喜んでくれ、その喜びが自分に返ってきます。

 こうなると自分が成功しないでおろうと思っても大多数の人類の喜びが自分の運命を押し上げずにはおかぬ。本当の成功はこうした成功で、こんな成功であってこそ磐
(いわお)の上に建てられた堅実な成功です。≫

 この光明思想を基に安くて高性能のT型フォードという車を産み出し、大量生産によって利益を上げ、労働者が自家用車を買えるよう賃金をそれまでの常識的水準から倍増することによって、大衆を富まし、アメリカ社会を繁栄に導いた。そのフォードも人類進化の一役を担ったと言えよう。


 畏友 榎本恵吾氏 (故人) は言う――


≪    天地(あめつち)の初発(はじめ)に立ちて

       ――人類光明化運動の楽的展開論――

              (榎本恵吾 『光のある内に』 より)

       終  曲

 この広大無辺なる宇宙の一点に立って、真の一足を投じてあやまたざる、真の自信ある生活をおくることの出来る者は誰か。それは神の子である。神の子とは 「個即全」 「今即久遠」 をいのちとして生きているものに他ならない。

 創造とは何か。創造とは 「久遠の今」 の一点が進むことである。これが、尊師の教え給う 「生命の純粋持続」 ということである。この生命を 「光」 という。このほかに 「光」 はなく、創造はない。

 創造とはそこに価値を産むことである。価値があるとは実在があるということである。実在があるということは神があるということである。神は絶対であり、絶対には分裂がない。分裂がないのが 「久遠の今」 なのである。

 今と久遠が分裂せず、自己と世界が分裂せず、目的と手段とが分裂せず、今此処に自己と世界が一点に生きて完全であり、しかも無限に創造がなされてゆく。ここに真の 「光」 の創造的進軍がある。

 「生長の家人類光明化運動にいのちをかける」 とは如何なることか。この 「今」 にいのちを懸けることである。「今」 の一点には全宇宙即 「生長の家」 があるのである。ここにいのちを懸ける道が開かれているのである。それは全宇宙にいのちを懸けることである。

 「御教えの本
(もと)に還れ」 とよく言われるのであるが、実に、生長の家の御教えの本に還り、尊師のいのちに帰るとはこの 「久遠の今」 に還ることにほかならない。この 「久遠の今」 の中に日本があり、天照大御神がいまし、天皇がおわしまし、生長の家があり、尊師がおわしますのである。

 尊師がこの世に、『生長の家』 誌を出される決心をされたときに聴かれた声は、「今、起て!」 という大いなる天徠
(てんらい)の声であった(『生命の實相』 第20巻 p.132~ p.162)。

 尊師は万物発生の枢機
(すうき)を握る一点において 「吾れ」 と 「今」 と 「此処」 とは一つであるとお説きになられる。即ち、「今」 とは「尊師」のことなのである。「今、起て!」 のことばは万物発生の枢機を握る一点において 「吾れ」 と 「今」と「此処」とが実相全機の現成(げんじよう)として響いたのである。

 実相の世界に於いては永遠に常に 「今、起て!」 というコトバが全機の働きとして鳴り響いているのである。常に、実相の大地に降り立ち、尊師のいのちに参ずるものはこの声を聴くことが出来るであろう。此処においてはじめて本当の意味における尊師のいのち――生長の家人類光明化運動への情熱が吾々各個の中に生まれるのである。

 (中略)

 我々の運動の根拠となるもの、それは生命、実在だけであり、一瞬一瞬に久遠と無限を生きることである。今此処の一点に、宇宙と天皇と日本と世界と久遠とを生きることである。それはどの点においても、そこに完全が、天国がもちつづけられる道である。

 ここにおいてはじめて我々の運動は、地上天国という未来の目的のための手段の生活ではなく、一人一人が今此処に感謝と満足と幸福とを得ながら、更にその幸福を増していく生活がある。

 人が生きるとは、絶対が生きることであり、絶対が生きるとは実相独在を生きるということであり、実相独在をもち続けることが生命の純粋持続ということである。この他には、光明というものはなく、光明化運動というものはなく、創造というものはない。けだし、実在以外は 「無」 であるからである。

 生長の家のみ教えは最高最大でありながら、そのみ教えをいただく我々の人類光明化運動に真そこからの情熱がわいて来ないことがあるというのは、我らの運動が、み教えの骨髄、尊師のいのちのいのちである 「実相独在」 「唯神実相」 そのままの展開として、尊師のいのちのさきはえとして自覚されていず、尊師と我々との間にいのちの断層があったからではないか。この意味でいのちの一元化された組織体系、運動体系が出来ていなかったからなのではないか。今こそ、「実相独在」 の尊師のいのちをそのままに運動の骨髄としたいのちの組織、いのちの運動を展開するのだ。

 一切万物発生の枢機を握るこの一点、「久遠の今」 から一切は発したのである。それ故全宇宙が此処にあり、一切の学問も運動も文化も、歴史も、個人一個の呼吸もここから生れ出て来たのである。ここに創造の本源があり、永遠なる光明化運動の基点がある。

 私達一人一人が実在そのものであり、神そのものである。このことを教えられている私達にはもはや後退ということはあり得ない。金剛不壊
(こんごうふえ)の実在の巨歩があるのみである。私達が実相であり、金剛不壊であり、巨歩そのものであるから。そして、祈りそのもの、神想観そのものの生きて歩む姿としての人類光明化運動が今、此処に立っているのである。それが、今ここに 「住吉大神の全身全霊として生きる」 ということなのである。≫

 ⇒ 久遠の今


  (2018.10.2)
465 「絶対悪」というものはない。


 「神は完全にして、神の造り給いしすべてのものも完全なり。」

 「神こそ渾
(すべ)ての渾て、
 神は渾てにましまして絶対なるが故に、
 神の外にあるものなし。」

 であります
(聖経『甘露の法雨』より)。私たち神の世嗣である神の子には、すでに全てが与えられているのでありますから、ただ感謝し喜ぶこと、与えること以外になく、何も外に願い求めることは要らない。

 また、

≪神は無量光、無辺光の智慧、
  かぎりなき善、
  かぎりなき生命、
  一切のものの実質、
  また一切のものの創造主
(つくりぬし)
  されば神は一切所に遍在し給う。
  神は遍在する実質且つ創造主なるが故に
  善のみ唯一の力、
  善のみ唯一の生命、
  善のみ唯一の実在、
  されば善ならざる力は決して在ることなし、
  善ならざる生命も決して在ることなし、
  善ならざる実在も亦決して在ることなし。
  善ならざる力即ち不幸を来す力は畢竟
(ひつきよう)悪夢に過ぎず。
  善ならざる生命即ち病は畢竟悪夢に過ぎず。
  すべての不調和不完全は畢竟悪夢に過ぎず。≫


 (同上)であって、「悪」 と見えるものは、創造されつつある (現象界に展開しつつある) 「善」 である。

 「絶対悪」 なるものは、どこにも存在しないのであります。「どこにも」 というのは、実相世界にも、現象世界にもということであります。


 今日 (平成30年9月29日) 夕方から明日午前にかけて、生長の家相愛会東京第一教区連合会では一泊見真会を行う、そのテキストが 『戦後の運動の変化について』 谷口雅宣著、誌友会のためのブックレットシリーズ4 (この主要部分は 『宗教はなぜ都会を離れるか』 からの抜粋) だということです。で、私はこのテキストを丁寧に読み返しているところであります。

 私がこのブックレット 『戦後の運動の変化について』 を最初に購入したのは、昨年6月25日、埼玉教区の講習会に参加した時のことでした。それは、この 「近況心境」 で以下のところに書いています。

 #366 神意は必ず成就する(3)
 #367     〃     (4)
 #368     〃     (5)
 #369     〃     (6)
 #370 私の中にすべてがある。すべては私である
 #371     〃     (2)
 #372     〃     (3)
 #373     〃     (4)
 #374     〃     (5)
 #375     〃     (6)
 #376     〃     (7)
 #377 日本は、侵略国ではない。
 #378 すべて善しの世界である。
 #379 地上に天国を実現する祈り
 #380 問題解決のための祈り


――上記のところで既にかなり詳しく私の思ったことを書いています。

 が、このたびまた読み返してみて、思ったことを少し書きましょう。


 まず、そのブックレットの 「はじめに」 という序文で、総裁は

≪ 吾が臨(きた)れるは物のためではない、生命のためである。肉のためではない、霊のためである。これを覚(さと)るものは少い。

 物の生滅に心を捉えられ、物が殖えたときに信仰を高め、物が減ったときに信仰を失い、身体が健康になったときに神を讃え、家族の誰かに病気が起ったと言っては信仰を失うが如きは、神を信じているのではなく物を信じているのである。

 物は結局移り変るものであるから、物の御利益
(ごりやく)の上に建てられた信仰は、物の移り変りによって壊れるのである。……≫
  
(「無相円相一切相の神示」より)

という神示を引用されている。これは素晴らしい。ところが、

≪ 生長の家の運動は “個人の救い”から菩薩への道――すなわち “社会の救済” へと結びつける役割を果たしてきた。……

 この教えと伝統を21世紀初頭の現在に生きるためには、病気による苦しみからの脱却、自分の事業や家業の発展などの“個人の救い”だけを、宗教運動の目的とするわけにはいかない。……自分の個人的利益を後回しにしてでも、人類全体と生物界の繁栄のために努力を惜しまないことが、信仰者として求められる態度である。≫


 として、「だからここでは “個人の救い” のことは書かず、“社会の救済”のことだけ書く」 (大意) とされています。

 しかし、「“救い” とは何か」 ということについての考察が何もなされていない、と感じます。

 “救い” とは、根本的な意味において、形の上で “病気が治ること” や “事業が繁栄すること” というような “個人的利益” ではない。そんなことは影の、結果のことであって、「人間生命は永遠であり、わが内にすでに全てが与えられている」 という絶対善なる実相を知ることが本当の救いなのである。

 ところがこのブックレットではその根本真理について何ら触れることなく、影に過ぎない現象のことばかり書かれている。本末顛倒である。だから本当の救いがない。

 私は、根本的な真の個人救済なしに社会が救済されることはあり得ないと思う。


 『生長の家』 誌創刊号の 「巻頭の言葉」 には、次の如く書かれている。


≪  巻頭のことば

 蛇に睨
(にら)まれた蛙は恐怖のために動けなくなつて蛇にのまれる。

 國が國を恐れるとき莫大な軍費を要する。

 就職試験に臨んで恐怖心を起す青年はその就職に失敗する。

 入學試験に臨んで恐怖する學生はその入學に失敗する。

 恐怖が自己の境遇を支配すること斯くの如く甚だしい。

 更にそれが自己の病氣や健康に影響するに至つては云ふまでもないのである。

 此の恐るべき恐怖心を人生より驅逐すべき道を示さんとするのが 『生長の家』 の念願の一つである。≫



 そして 同誌3頁以下に、 「生長の家の精神とその事業」 と題する、いわゆる 「生長の家発進宣言」 が掲げられている。そこには――


≪ ……自分のかざす火は人類の福音の火、生長の火である。

 自分は此の火によつて人類が如何にせば幸福になり得るかを示さうとするのだ。如何にせば境遇の桎梏
(しっこく)から脱け出し得るか、如何にせば運命を支配し得るか、如何にせば一切の病氣を征服し得るか、また、如何にせば貧困の眞因を絶滅し得るか、如何にせば家庭苦の悩みより脱し得るか……等々。

 今人類の悩みは多い。人類は阿鼻地獄のやうに苦しみ腕
(も)がきあせつてゐる。あらゆる苦難を癒やす救ひと藥を求めてゐる。しかし彼らは悩みに眼がくらんでゐはしないか。方向を過つてゐはしないか。探しても見出されない方向に救ひを求めてゐはしないか。自分は今彼らの行手(ゆくて)を照す火を有(も)つて立つ。≫


――と。

 その 「彼らの行く手を照らす火」 は、何であるか。

 それは、まず 『生命の實相』 第1巻 總説篇の最初に、

≪ 生命の実相の自性円満(そのままでえんまんなこと)を自覚すれば大生命の癒力(なおすちから)が働いてメタフィジカル―ヒーリング(神癒)となります。≫

 とある、この一句が鍵である。

 生命の実相
(ほんとうのすがた)は、「そのままで円満」 なのだと知ることである。

 「ある」 と思っていた不完全な現象は、影に過ぎず、それは 「ない」 ものだったと知ることであります。

≪ 多くの人達は、幸福をもとめながら、しかも不幸になっているのは何故でしょうか。幸福の法則を知らないからです。

 多くの人達は物質や、富や、領土や、およそ形あるものを目がけてそれを掴もうと思って驀進
(ばくしん)して行くのでありますが、「形あるものは形なきものの影」 でありますから、影のみを掴(つか)むと、掴んだと思った刹那(せつな)、それは消えてしまうのであります。

 本当に幸福になるためには吾々は影の奥にある 「実物」 (実相) を把
(つか)まなければなりません。≫

  (『新版 幸福生活論』 「はしがき」 より)


          ○


 「我
(われ)がちの慾多くして世は割れむ むべ割るものを悪(わる)といふらむ」

 と詠んだ人がいました。これは

 「吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ」

 と、百人一首にも選ばれている古今集の歌の本歌取りですね。面白いと思いました。

 本歌(吹くからに……)の意味は、

 「山から秋風が吹くと、たちまち秋の草木がしおれはじめる。
 なるほど、だから山風のことを「嵐(荒らし)」と言うのだなあ。」

 ということ。

 本歌取りの歌(我がちに……)の意味は、おわかりでしょう。

 私は、この上
(かみ)の句を変えて、

 「我(われ)良しの正義かざせば世は割れむ むべ割るものを(わる)といふらむ」

 と詠んでみました。

 現象界は影であって、影に 「絶対」 というものはない。絶対悪もなければ、絶対善、絶対正義というものも、現象界にはない。あるのは 「相対」 ばかりである。絶対善というのは、「悪がない」 世界、すなわち実相世界=神の世界にのみある。

 それだのに、自分の五官(五感)で見ての相対的正義、「我
(われ)良しの正義」 を振りかざせば、必ず衝突が起きて、分裂し、争い、戦争が起こる。分裂を引きおこすような正義は、割る=悪(わる)である。

 生長の家の分裂も、そこから起きて来たのではないでしょうか。

 と言っても、「絶対悪」 というわけではない。もっと素晴らしい 「善」 が現れ出ようとしている過程なのである。


 「絶対悪」 というものは、何処にもないのである。すべて 「善し」 である。

 大東亜戦争も、「絶対善」 でもなければ 「絶対悪」 でもなかった。

 #463 に謹掲させて頂きましたように、

≪ どんな逆境というものでも、皆人類の魂をみがく為に出てくる所の一つの学校である…… 大東亜戦争も歴史的流れに於て、白人帝国主義の侵略に対するアジヤ民族の抵抗のあらわれとして起るべくして起ったのであり、世界の歴史的発展を指導する世界精神の流れの中にあって、日本は日本の為すべき役割を果したのである。

 そして此の戦争を契機としてアジヤ民族の新しき目覚めが生れ、日本にもその他のアジヤ民族にも新たなる人生観が生じ、新しき社会的制度が生まれて来ることになり、人類は、だんだん進歩して行く事になりつつある訳であります。

 その歴史的発展に要する事件の内の一つでも抜いたら、こういう世界状態にはなれなかったものであるという事を思いますと、今迄に起ったありと凡ゆるものは、皆必ずしも 「悪い」 と言って排斥すべきものではないのであって、それがあったればこそこういう事になれたのである、とそう感謝出来ることになるのであります。≫


 (谷口雅春先生 『神ひとに語り給ふ』 p.294~p.297より)


 そういう意味において、谷口雅宣総裁にも感謝し、生長の家社会事業団・谷口雅春先生を学ぶ会の人たちにも感謝して、歓喜勇躍、「生命の実相」 に立ち還り、前進しましょう。

≪ すべての善き宗教はこの 「幸福の法則」 と調和する道を説いている。しかし多くの既成宗教はその教祖の教えた原理を後世の祖述者によって歪められて伝えられたため、教祖の教を晦(くら)まし、人間の心を啓蒙せず、却って混乱に導き 「法則」 へ調和する道が判らなくなってしまって教祖時代と同じような奇蹟的治癒があらわれなくなっているのである。

 生長の家の出現の理由は、すべての宗教よ、その宗祖の教えにかえれと云うことである。≫


 (『新版 生活と人間の再建』 p.325~p.326 より)


  (2018.9.29)
464 樹木希林大姉に学ぶ


 女優 樹木希林
(きき・きりん)さんが、9月15日、逝かれた。75歳だった。

 私は、

  “肉体は借り物だからお返し” と
    ほゝゑみ逝きし樹木希林大姉

 と歌を詠んだ。

 希林さんは2005年、乳がんで右乳房全摘出手術。13年の日本アカデミー賞授賞式で、全身がんであることを公表していた。


          ○

    
樹木希林さんの名言集
        ――(新聞、テレビなどから)――


■ 全身がんを公表して

○ 全身がんと付き合って、もう13年になります。これまでに30カ所を治療してきました。でも、口だけは達者だから、何だか元気そうに見えるらしくて、「死ぬ死ぬ詐欺」 なんて言われてますけどね。

  乳がんの時はね、胸にしこりがあったので、病院で先生に 「がんですよね」 と聞いたら 「いや、違うでしょ」 と答えるの。「きっと、がんですよ」 と粘るとね、「じゃあ調べてみましょう」 と。検査後に先生が 「やっぱりがんでした。よく分かったねえ」 と感心するのよ。私の場合、がんの告知まで、間の抜けた感じになっちゃうのよね。

○ この年になると、がんだけじゃなくていろんな病気にかかりますし、不自由になります。…… でもね、それでいいの。こうやって人間は自分の不自由さに仕えて成熟していくんです。若くても不自由なことはたくさんあると思います。それは自分のことだけではなく、他人だったり、ときにはわが子だったりもします。でも、その不自由さを何とかしようとするんじゃなくて、不自由なまま、おもしろがっていく。それが大事なんじゃないかと思うんです。

○ がんをやっつけようとすると、へばるとわたしは思ってるから、『薬出しますか?』 って言われても、いらないって言う。……闘うっていう感覚がないんだね。生活の質を下げないで、自然にいるような道を見つけようという生き方なの。

  病気になったことでメリットもあるんですよ。賞を取っても、ねたまれない。少々口が滑っても、おとがめなし。ケンカをする体力がなくなって、随分腰が低くなったし。

  そう言うと 「ウソだろ」 って突っ込まれるけど、若い頃はこんなもんじゃなかった。本当に偉そうだったんですよ。自分のことは棚に上げて、“演技がヘタクソだな” とか思って(大物俳優を)見てたりしていた。

○ がんはありがたい病気。周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから。ひょっとしたら、この人は来年はいないかもしれないと思ったら、その人との時間は大事でしょう? そういう意味で、がんは面白いのよ。

○ 病を悪、健康を善とするだけなら、こんなつまらない人生はないわよ。

○ ガンになって死ぬのが一番幸せだと思います。畳の上で死ねるし、用意ができます。片付けしてその準備ができるのは最高だと思っています。内田(夫)に言われました。『全身ガンで明日にでも死ぬのかと思っていたら、やたら元気でいろいろなところに顔を出すので、あれはガンガン詐欺(笑)だと思われているよ』 って。


■ 仕事や人生を楽しむ秘訣について

   (手相を鑑定した。 “障害線” が沢山あると言われて)

○ それを障害と見るか、自分が乗り越えて人間として豊かになると見るか……ですよね。

○ 自分にとって具体的に不本意なことをしてくる存在を師として先生として受けとめる。受けとめ方を変えることで、すばらしいものに見えてくるんじゃないでしょうか。

○ 他人(ひと)と比較しない。世間と比較しないこと。比較すると這い上がれないので。挫折するので。

○ 嫌な話になったとしても、顔だけは笑うようにしているのよ。井戸のポンプでも、動かしていれば、そのうち水が出てくるでしょう。同じように、面白くなくても、にっこり笑っていると、だんだん嬉しい感情が湧いてくる。

○ 日本は八百万(やおよろず)の国なので幸せです。無宗教さえも1つの平和な状況で幸せです。「この神が絶対」 というのも幸せかもしれないですが、それによって争いという不幸が出てくる。日本はそういう意味で、争いはない。宗教に関してとても幸せでそれは非常にいいことだと思っています。

○ 子供の時に他人と比較する無意味さを知ったので、受賞してもしなくても、何とも思わない。ただし、芸能ごとなんだから、世間が賞を楽しんでいるなら 「さいですか」 と言ってありがたくいただこうと思うの。でも、トロフィーはかさばるからイヤね。 富も名誉もいらないんです。

○ 財産は、お金じゃなくて、人だと思ってるんですよ。自分にとっての財産は。
 その人の中に宝を見つける作業が、これからの私の夢かな。


■ この身体は 「借り物」

○ 私、自分の身体は自分のものだと考えていました。とんでもない。この身体は借りものなんですよね。最近、そう思うようになりました。借りものの身体の中に、こういう性格のものが入っているんだ、と。

 「人間いつかは死ぬ」 とよく言われますが、これだけ長くがんと付き合っているとね、「いつかは死ぬ」 じゃなくて 「いつでも死ぬ」 という感覚なんです。借りていたものをお返しするんだと考えると、すごく楽ですよね。

○ 死に向けて行う作業は、おわびですね。謝るのはお金がかからないから、ケチな私にピッタリなのよ。謝っちゃったら、すっきりするしね。

○ 生命は永遠のものだと思っています。現在、このように服を着た樹木希林は死ねばそれで終わりですが、生命というものはずっと続き、またいろいろなきっかけや縁があれば、次は山田太郎という人間として現れるかもしれない。

○ 靴下でもシャツでも最後は掃除道具(雑巾や布巾など)として、最後まで使い切る。人間も、十分生きて自分を使い切ったと思えることが、人間冥利に尽きるということだと思う。自分の最後だけは、きちんとシンプルに始末することが最終目標。

○ 自分が生きてきたことが、人様のご迷惑にならないようにと思ってるの。生きていることによって、出すゴミがないようにね(笑)。『役目を存分に果たした』 と思えるように、「人生を始末」 する気持ちで毎日を過ごしてるのよ。新しいものはめったに欲しいと思わないし、家のテレビはいまだにブラウン管なんだから。

○ 今日、用事があること(きょうよう)を 『今日用(教養)』 と言っているんだけど、神さまがお与えくださった 『今日用』 に向き合うことが毎日の幸せなのよね。『今日用』 をこなす事が、人生を使い切ったという安堵につながるんじゃない?


(1973年、樹木さんはロック歌手の内田裕也さんと結婚。しかし――)

■ 45年間別居していても離婚しない理由

○ 一緒に暮らしていたのは3ヵ月もない。それで十分よ。向こうもそう思っているわね。45年も別居してるんだから、離婚してもいいんだけど、私にとっては、ああいう重しがいることで助かっている部分もあるのよ。私も、向こうがどんな女性と暮らしていようが文句言わないから都合がいいんじゃないの。

○ 私は 「なんで夫と別れないの」 とよく聞かれますが、私にとってはありがたい存在です。ありがたいというのは漢字で書くと 「有難い」、難が有る、と書きます。人がなぜ生まれたかと言えば、いろんな難を受けながら成熟していくためなんじゃないでしょうか。

○ 籍を入れた以上、引き受けていくしかない。夫の中には今も、純粋なもののひとかけらがみえるから。

○ 夫の内田裕也もね、大変な思いもしたけれど、ああいう人とかかわったというのは、偶然じゃないという気がしてきたの。ほとんど一緒にいなかったけどね。でも縁があったんだろうなあ、と。だから内田には 「面白かったわ」 と伝えているの。

○ 内田裕也の全てが、好きです。全てが。
 夫1人だけ、奈落の底に落として、自分だけ保身ということはしません。


■ 愚痴を聞かせなかった子育て

 娘はね、おかげさまで、真っ当にものを考えられる子に育ちました。久世ドラマでよく共演していた由利徹さんが 「あんたと裕也の子だろ? 何であんな子が出来たんだ」 と、よく不思議がっていました。でも、孫の代までは分からないわよ。内田によく似たのが一人いるのよね(笑)。

 夫がいないから、子育て中は本当に忙しかった。すべて中腰でやってた気がします。とりあえずご飯だけは食べさせたって感じ。あまり忙しいので、娘の前で愚痴を言ってる暇もなかった。しつけも大してしてないけど、娘が常識のある人間になったのは愚痴を聞かせなかったからかな。

 《娘の也哉子
(ややこ)さんは19歳で俳優の本木雅弘さんと結婚。おしどり夫婦で知られる》


■ お別れの言葉

○ 「今日までの人生、上出来でございました。これにて、おいとまいたします」。


          ○


  “肉体は借り物だからお返し” と

    ほゝゑみ逝きし樹木希林大姉


 樹木希林さん、バンザーイ!


  (2018.9.22)
463 「ムスビ」とは何か。しっかり学び、実践しましょう! (2)


 「ムスビ」 とは何か。

 それを魂で把握するには、谷口雅春先生著 『神ひとに語り給ふ <神示講義 教>』 の、「報恩行に就いての神示」 の御講義を拝読心読するに如(し)くはない、と #462 に書きました。その御講義を、ここに謹掲させて頂きたいと思います。

 この御講義の文章は、「はしがき」 によりますと、

 
「本書は生長の家発祥以来の神示のうち最も教えの中心となるもののみをあつめて 『教の巻』 としたのであり、その講義はいずれも講習会の際に講義したものの録音そのままを文章にしたものに加筆して文体をととのえたものであるが、なるべくその口演の語調と感じと雰囲気とを失わぬように、方言的な言い廻しや、聴衆を向うにおいて話しかける時の接尾語などをそのままにして、文章の中に話者の人格をにじみ出すように工夫してある。……」

 ということでありますので、原文は正漢字・歴史的仮名遣い使用、改行は少なく段落毎の文章が長く書かれていますが、ここでは読みやすくするため新仮名・新漢字使用に改め、改行を増やして掲載させて頂きます。

             ○

≪      本来自他一体の自覚

 この神示 (#462) に書かれてありますように、『生命の實相』 を読んで、自分が真理を悟ったというので、それでもうすでに自分は素晴しい悟りを開いたと思って、ただそれだけで満足しているのでは、本当に悟って居ないのであります。

 「悟る」 というのは、書いてある意味が、頭で分ったというだけじゃないのであります。「生命」 そのものが自分の本来の相
(すがた)を悟らなくちゃいかんのであります。

 人間は “本来自他一体” であるから、「彼」 と 「我」 と、「あなた」 と 「私」 と、「凡
(すべ)ての人類」 と 「自分」 とが互に一つなんであります。

 その真理を分りやすいように各方面から書いてあるのが 『生命の實相』 でありますから、その 『生命の實相』 を読んで、自分の生命の本体は、自他一体の 「普遍的生命」 だということが分ったら、自分だけ救われたと思って、他の人はどうでもいいというようになれる筈はない。自分だけ悟ったらよいと思うのだったら 「自他一体」 という 「生命」 の本質を悟って居ないという証拠でありますから、そんな悟りは 「野狐
(やこ)」 の悟りであって、本当に悟ったという事はできないのであります。

 さて、此の日本の古道―― 『古事記』 等に書かれている日本民族の思想信仰――に於ては 「愛」 とか 「慈悲」 とかいう事を 「結び」 と言うのであります。

 「結び」 というのは個体としては互に分れているけれども、生命の本質は 「本来一体である」 という、その実相を形にあらわすために 「結び合す」 ことを言うのであります。

 『古事記』 によりますと、天之御中主神
(あめのみなかぬしのかみ)・高御産巣日神(たかみむすびのかみ)・神産巣日神(かみむすびのかみ)という創造本源の三位一体の神様が初めに出て居られます。

 天之御中主神というところの宇宙を貫く 「中
(みなか)」 にして 「主(しゆ)」 なる神と、その主なる神様が陽神の高御産巣日神と、陰神の神産巣日神とに分れて、中道不偏の神と陰陽二神とで三神一体になっているのであります。

 「タカミ」 は高身に通じて、それは陽であり男性であって、高く秀でる方であります。神産巣日の 「カミ」 は下身
(かみ)に通ずるのであって、低く幽(かすか)に陰(かく)れて居る方であります。陰(かく)れるは、「陰」 即ち女性であります。

 男性は高く秀でる、女性は低くかくれるのでありますが、高く秀でるのと、低くかくれるのとは、本来一つである。この 「本来一つの自覚」 を 「愛」 と言うのであります。仏教ではこれは 「慈悲」 という言葉をもって表しますが、神道では 「結び」 と言うわけであります。

 人類はすべて一つの神の生命より出た 「神の子」 でありますから、「凡ての人類」 が皆救われるようになるのでなかったならば本当に 「自分は救われた」 というわけにはいかないのです。だから菩薩というものは、自分が真理を悟っても、まだ悟らぬ人々の中にまじっていって、悟らぬような顔をして、それらの人々を悟りの彼岸に渡す。即ち実相の悟りの所へ渡して上げるという働きをするのであります。これを菩薩行というのであります。

       ムスビの働きによる菩薩行

 だから我々が 「生命の実相」 の真理によってお蔭を得たならば、それを貰い切りにして居ったならばいかんのであります。それでこの神示にありますように、結びの力に依って 「醸
(か)み合成(むすび)」 の力即ち生成化育(せいせいかいく)のハタラキが現れて来るのであります。

 「生成」 とは 「生み成す」 ということ、化育の化というのは形無きものが形ある姿に化生することであります。

 日本ではキリスト教のように 「神天地をつくり給えり」 という風に 「造る」 という相対的語をつかわないで、「生
(な)る」 「成る」 と言うので、形無きものがその内部的力によって形を現す――つまり生命が結びの力によって姿を現して出てくる。即ち「生成化育」が行われると言うのであります。

 だから、「造る者」 と、「造られる者」 との対立がないのです。絶対なる生命が仮りに陰陽に分れて、結び合い、そこに生み成しの働きが行われます。その時には陰陽に分れたものが結び合うのです。

 その原理が現象界にあらわれては、「天」 の太陽の放射線が、「地」 の地球の雰囲気に触れまして、それが熱となり、光となる。それは天地、陰陽の結びでありまして、その結びのハタラキによって太陽の放射線が熱となり光となるのであります。此の結びの働きがなくて、太陽の放射線だけでは、光にも熱にもならんのであります。

 だから地球を離れてだんだん高い所に行ったら、太陽に近いから、さぞや熱いであろうと思って、高く昇れば昇るほど熱も光も無くて真空の真暗がりの所へ行ってしまうのであります。太陽には近くても、それを 「受け反射する物」 がないと、結びの力が発顕しないから効果がない。太陽の放射線が来ても、それを受ける何物もない真空圏には熱も光も無いのです。もっとも、その真空圏へ寒暖計でも持って行けばある温度をあらわすでしょうが、それは寒暖計が太陽の放射線を受けてムスビの力をあらわすからです。全然ムスビの行われないところには何物をも生み出す事は出来ないという事になるわけです。

       陰陽のムスビによる生成化育

 夫婦の関係でもやっばりそうであって、夫婦がお互に結び合う所に生成化育の働きがあらわれてそこに家が栄えるということになるのであります。個人主義や利己主義ではムスビの働きというものがあらわれて来ませんからいけません。互に結び合う所に、そこに力が出てくる。

 電気もそうであります。陰と陽との電気が線によって結ぶので、電燈も輝くし、電動機も動くし、サイクロトロンも回転して、原子力もそこから発生してくるのであります。

 人間の子供でも陰陽が結び合うところから出てくるのであります。すべてムスビの力によって新しき発展段階のものが出てくるのであります。だからこのムスビの力というものは、創造神の力であるという事が出来るのであります。

 こうして私が皆さんに講演しますと皆様が聞いて下さる。これも 「話す人」 と 「聴く人」 との結びの力であります。どんなに私が説教をしても誰も聞いて下さらなかったら、一人も聴きに集まって下さらなかったら、説教の甲斐も無いし、何の功徳もない。皆さんが聞いて下さるのでこそ、私の説教の値打が出てくるのです。太陽と地球との関係みたいなものであります。

 たとえわたしがどんなに百万言の明論卓説を吐いたとて、皆さんが受けて下さらないとなんにもならない。皆さんが聞いて下さるからこそ私の講義が役にたつのであります。これがムスビの力であります。陽電気と陰電気とが結ぶので電流が流れるのと同じであります。

       宇宙設計の基本構図

 神様の宇宙設計の基本的構図になっているのが、「中
(みなか)」 の理念のあらわれとして、万物には中心があるということが一つ。その次にはタカミムスビとカミムスビと――陽と陰と―― 「発動」 と 「受動」 との二つが互いに結び合うことによって次の発展段階に入り、新価値が創造されて来るのであります。

 ムスビということがこのように大切でありますが、その反対の 「切る」 という事がいけないのであります。

       「切る心」 で生ずる戦争と病気

 「切る」 という事を心でする。例えば怒ったり、審判
(さば)いたり、恩ある人に背恩的な心を起すというようなことをするのは、すべて心で 「相手を切る」 という事になるから善くないのであります。

 「あいつ、けしからん」と言うと、もう 「けしからん」 と思った時に、まだ形では切って居らんかも知れぬけれども、心で相手を切って居ります。そういう心が積もり積もると個人に於ても紛争が起って来ますし、国際間でも大戦争が起ってくるもとになります。これ皆、切る心から出てくるんです。

 「ソ連はいかんぞ」 「アメリカはいかんぞ」 と互に心と言葉で切り合って居ると、いつしか原子爆弾が破裂したり、水素爆弾が破裂したりするような事になります。

 また、このような 「憎み」 や 「切る」 心を起して居ると、それが肉体に具象化しますと、肺病にかかったり致します。必ずしも肺病だけでは無い、大体血をはいたりする病気ですね、例えば胃潰瘍のような病気や、痔出血のような病気は 「切る心」 から出てくるのであります。

 恩を断ち切ると脱臼のような病気にかかる、関節が切れるのはツナギ・ムスビが切れるのです。或はアキレスの腱が切れることもあります。そういう病気が現れてくるのは、「切る」 心の象徴として現れて来るのである。

 色々の場合がありますから一概に言えませんが、離縁するのもいけません。背信もいけません。人が信じてくれた事に対してそれを裏切るような事をするのは、皆 「恩を切る」 心ですからいかんのであります。忘恩、不忠、叛逆すべて恩愛を 「切る」 心でムスビの反対ですからいけません。

 この頃 「忠義」 という言葉が教科書から無くなったそうですけれども、そんな事は生命の流れを中断する 「切る心」 だからいけません。

       忠義の倫理的価値は何処から来るか

 惟
(おも)うに、日本人がこの地上に今ここに生きているというのは、それは過去の歴史というものをわが生命の流れに背負って来て居るのです。今ひょっこりと生れて、歴史的に何のつながりもない人というのは一人もないのであります。

 悠久二千六百年(二千年だと言う人もあるけれども)神武建国以来、或は、遡れば、もっと前からずっと続いている民族の歴史を背負って生きているのが吾々でありますけれども、ともかく日本という国が肇
(はじ)まる前の混沌たる地方に無数の酋長や小村分立の蒙昧の時代からそれを統一してヤマトという統一国家を建てられたところの天皇――その治下に於て我々の祖先は生活して来たのであります。そしてその御恩沢の中に我々は生かされて今此処に生きて居るのです。国民は個人ではなくて、日本建国の歴史的生命の連続として生きているのです。

 それなのに、戦後の日本は輸入された民主主義で、「個人」 を日本の歴史から切り離して、民という個人が主人公であると言う。それをもって個人の目覚めであると威張っている。豈
(あに)はからんや、その個人が目覚めるようになったのは誰のお蔭であるかと言うと、やっぱり吾々が過去の歴史的生命を背負って、その歴史的生命の進展の途上、その段階に達して初めて自己の生命の尊厳を知る事が出来るようになったのである。日本の建国の歴史を離れて民主主義の自覚はあり得ないのであります。

       大東亜戦争の意義

 大東亜戦争なんかも、ただ一概にあれは悪い悪いと言う人がありますけれども、あの戦争は歴史的流れに於て、アジヤに対する白人帝国主義の侵略に対するアジヤ民族の抵抗のあらわれとして起るべくして起ったのであり、日本が有色民族の代表として白人帝国主義の侵略に抵抗することがなかったならば大東亜の諸民族は現在も白人種の奴隷であり、またその土地は植民地にされたままであった。日本が米・英・和蘭
(オランダ)等に対して戦ったお蔭でアジヤの諸民族は白人帝国主義の桎梏(しつこく)を脱することができたのです。

 だから、アジヤの諸民族は、日本のあの戦争努力に対して、ありがとうございますとお礼を言っても差しつかえがないと思うのであります。

 人あるいは、日本も帝国主義で満州や朝鮮を侵略したではないかと言うかも知れないけれども、ロシヤ勢力の南下に対して、日本が朝鮮に進出し、満州に防衛地域を築いておかなければ、今頃、日本は地図の上から消えてしまっていたのであって、

 日露戦争は、中国の領土に南下進出していたロシヤを叩いて、そのロシヤの勢力圏を日本の勢力圏にしたのであり、しかも、日本は満州を自己の領土にしないで、其処に五族協和の理想のモデル国家として満州国を建設したのであります。それはロシヤ勢力の南下を食いとめる為に必要な措置であって、中国が目覚めるまでは、日本が代って中国の防衛に当らねばならなかったのです。

 私は別に戦争を謳歌するというわけじゃないのですけれども、起るべくして起っているものを、日本民族の侵略だと言うのは間違なのであります。

 どんな逆境というものでも、皆人類の魂をみがく為に出てくる所の一つの学校であるということを私は常々話しているのでありますが、そうすると、

 ロシヤの南下、ロシヤの満州・朝鮮への進出、日本の反撃、日露戦争、日本の戦勝、ロシヤの勢力地域への日本の進出、日本の勝利による有色民族の目覚め、中国民族の目覚め、日本と目覚めた中国との衝突、日本の進出に対するアメリカの嫉妬、アメリカの中国への援助、アメリカの援助を断ち切るための真珠湾爆撃――

 ――こういうように順序をならべて見ると、あの戦争は有色民族の目覚めのためにも、日本の尚一層の目覚めの為にも必要であったのであり、あの戦争が若し無かったならば、こんなに日本人の個人の尊厳についての考え方がこんなにもパッと変るという事は出来なかったにちがいないのです。

 併しこの急激な変り方には、悪い方面も出て居るけれども、それは自壊作用というものであって、それは病気が治る時には、熱が出たり、悪いものが出る為に下痢したり、色々悪い面が出て、そしてそれが徐々に潔まって、完全な健康体に復するというのと同じ働きなのであります。

 歴史はマルクスが言って居るように、弁証法的な発展をするのであって、今までの 「歴史的生命としての人間」 の自覚の反動として、歴史を否定し、ただ 「個」 としての人間のみの自覚を強調する時代に日本は突入しているのでありますが、これも行き過ぎであって、「個」 の尊厳に目覚めながら 「歴史的生命としての人間」 にも目覚め、「個」 と 「民族」 と 「歴史的国家」 との一体としての人間に目覚めるべき時が来ていると思うのであります。

       役割を果した日本の帝国主義的進出と敗退

 南下するロシヤ勢力を撃退して、その勢力範囲を自己のものとして継承した日本はロシヤ帝国主義をも形の上では継承したことになったので、このまま、日本があの大東亜戦争に勝っていたら、日本はロシヤ帝国主義の引継ぎとして南下する侵略国になっていたのですが――

 神の摂理は、日本をその帝国主義的アジヤ支配から引戻すために、

 しかも、全アジヤから一応白色人種を駆逐して置く必要があるので、開戦一年間は日本は連戦連勝、英国を印度から駆逐し、フランスを東南アジヤから駆逐し、オランダをインドネシヤから駆逐し、フィリッピンからアメリカを駆逐し、有色民族に目覚めの契機を与え、

 それから後はみずから敗退して、その土着の諸民族の独立に便ならしめるようにしたのであります。

 それは意識的の敗退ではなかったけれども、そこに世界の歴史的発展を指導する世界精神というものの流れの中にあって、日本の為すべき役割を果したのであります。

 そして此の戦争を契機としてアジヤ民族の新しき目覚めが生れ、日本にもその他のアジヤ民族にも新たなる人生観が生じ、新しき社会的制度が生まれて来ることになり、人類は、だんだん進歩して行く事になりつつある訳であります。

 その歴史的発展に要する事件の内の一つでも抜いたら、こういう世界状態にはなれなかったものであるという事を思いますと、今迄に起ったありと凡ゆるものは、皆必ずしも 「悪い」 と言って排斥すべきものではないのであって、それがあったればこそこういう事になれたのである、とそう感謝出来ることになるのであります。

 だから過去の歴史上の出来事に対して我々は不平を言ったり、争いの心を起したりする必要は無いのであります。

 だから戦争責任を単に 「軍閥が悪い」 と、軍閥になすりつける事も間違である。或る時代には軍閥もやはり必要であったのであって、これによってロシヤが日本や朝鮮を植民地にする事を防ぎ得たのであります。それは丁度、腹の中の腐敗物を流し出す為には下痢もまた必要であったというのと同じ事であります。

       赤穗四十七義士の仇討の意義について

 先日私は佐賀の講習会にまいりましたら、佐賀の白鳩会の幹部の今野さんの奥さんが、大映の 『忠臣蔵』 の映画を観たが 「忠義」 の感じが出ていて大変よかった。しかし近頃の若い人にはその 「忠義」 の意味がわからないで、変な顔をしていたというような話を承りまして、それでは講習会を終わってから夜間 『忠臣蔵』 を観に行こうということになり、見せて貰ったのですが――

 あの赤穗四十七義士が仇を討ったということについては、「仇討」 そのものが、善であるか、悪であるかの色々の批判もあり、

 「七たびを七十倍たび赦せ」 というようなキリスト的道徳から言うと、復讐ということは却って罪悪である。その復讐のために色々苦労艱難を忍ぶということは、全くバカげたことである。

 主君が 「切腹を命ぜられたから」 とて、その恨みの相手の所に忍び入って殺すということは、法律でそのような個人的復讐を禁じてある現代では けしからん事であるとも言えるわけでありますから、現代の若い人にはあの四十七義士の 「忠義」 の意味は分らないと思いますが――

 「忠義」 ということは 「君臣一体の生命」 というムスビの自覚から来ているものであります。

 「君はずかしめられれば臣死す」 という古諺がありますが、「君」 は君で、「臣」 は臣だ、個々別々だというような個人的精神から言うと、こういう忠義の意味はわかりませぬけれども、日本に於ては 「君臣一体の生命」 のムスビの自覚に出発しているので、主君の無念残念はそれと生命を一つにする臣の無念残念である。その 「残りの念を臣に於て果す」 ということが 「仇討ち」 の倫理であります。

 君臣一体で、君の仕残したことを臣が完成するのである。

 その真心をつくすところの手段が如何に現れるかということは、それは、その時代、その階級、その当時の民族の風習にもよるので、異る時代の吾々から一概にそれを批判することはできない。それらは時代の事情にもより、そのやり方は色々変ってくるんですけれども、全生命をなげうつほどに真心をつくして、「君臣一体の生命の自覚」 をもとにして今迄主君と仰いだものの遺志をつぐために、どんな苦労もいとわぬ、「死をもいとわぬ」 という切実なる 「生命一体観」 というのは、これは正しいものであります。

 「復讐」 ということが現代から見たならば善くないからと言っても、それはその時代の表現であり、その本質を為すところの、「君臣一体の忠義感」 がいかんものであるというようなものの考え方をするのは間違であります。

 忠義というものは 「君臣一体」 の生命のムスビの上から解釈しなければ本当の意味はわからないのであります。

 我々は日本人として、そしてともかくも日本が文化国家として、ここまで生長する事が出来たのは天皇の稜威
(みいつ)というものがあったために、民族がバラバラに分解滅亡することなしにここ迄発展する事が出来た、そしてそのお蔭で我々自身もここに生命を保つことができたのであるから、その御恩を考えると、天皇に対する恩というものに対して、我々は不忠であってはならぬのであります。

 その歴史的生命の連続の一体感の自覚から、わが事の如く天皇の御為に尽くそうというムスビの心が 「忠」 なのであります。だから天皇を裏切るということは、ムスビを 「切る」 心でありますから、不忠の心はいかんのであります。≫


             ○

 ――御講義はこのあとまだ90頁にわたり続きますが、ここでいったん止めて、咀嚼させて頂きましょう。

 谷口雅宣総裁は、著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の第四章(p.280~p.305) で 『「ムスビ」 の働きで新価値を創造しよう』 と書かれており、機関誌 『生長の家』 本年9月号にも 『私たちは現在、「ムスビ」 の働きを推進する運動をしているところであります』 と書かれている。(#460 参照) しかし、それを読んでも、何のことかさっぱり魂にひびくものを感じられないので、教団組織の運動は盛り上がらず、教勢は低迷の一途を辿っている――というのが現状ではないでしょうか。

 「ムスビ」 とは何か――それを魂で把握し実践するには、この谷口雅春先生著 『神ひとに語り給ふ <神示講義 教>』 の 「報恩行に就いての神示」 御講義をしっかり拝読するに如
(し)くはないと、私は思いますが、如何でしょうか。

 それには、この大切なテキストを直ちに重版復活して、生長の家創始者谷口雅春先生の御教えに立ち還ることが必要だと思います。

 大東亜戦争についても、谷口雅春先生は決してそれが聖戦であったとか正しい戦争であったとかおっしゃっているのではない。現象界は、皆人類の魂をみがく為に出てくる学校である。大東亜戦争も歴史的流れに於て、白人帝国主義の侵略に対するアジヤ民族の抵抗のあらわれとして起るべくして起ったのであり、世界の歴史的発展を指導する世界精神の流れの中にあって、日本は日本の為すべき役割を果したのである。

 
「私は別に戦争を謳歌するというわけじゃないのですけれども、起るべくして起っているものを、日本民族の侵略だと言うのは間違なのであります。」

 と谷口雅春先生はおっしゃっている。敗戦後アメリカのWGIP(War Guilt Information Program、日本人に日本は侵略国で全世界に迷惑をかけた世界で最も悪い国だったという罪の意識を植え付け、歴史を抹殺し、再び立ち上がれないようにするために行われた洗脳教育政策。#138 ・#140 参照)で非常に偏った、間違った近現代史の教育が行われたけれども、その後公正な事実が次々に明らかになり、谷口雅春先生のおっしゃってきたことが今や世界の常識になっていると言えましょう。

 谷口雅宣総裁にも、そうしたことをちゃんと勉強して頂きたいと思います。いや、すでに勉強されていると信じます。

 そして――

 
「真理は自他一体のものであるから、ひとに伝えるとき、其処に 『結び』 の力が発現するのである。」

 と神示にありますが、いま私が高校時代の同期生同窓会の幹事をして、同期生に生長の家を伝えようと講習会などに誘いをかけても、「生長の家というのはお家騒動を起こして分裂してるんだって? お前はどっち側なんだ」 と冷ややかで、逃げて行かれる。

 それは、「生長の家本流」 を自称している社会事業団・「谷口雅春先生を学ぶ会」 などでも、同志を拡大しようとするときに、同様の壁にぶつかっているのではないでしょうか。

 「結び」 どころではありません。

 まずは、谷口雅宣総裁がおっしゃっていますように、

≪ 私たちにとって “他者” と見えるもの、一見 “別物” と見えるものも、それらとムスビ合うことによって、新しい、より大きな価値を創造することができるという真理を多くの人々に伝え、また自ら生活に実践し、名実ともに “自然と共に伸びる” 運動を力強く展開していこうではありませんか。≫

 ということを、元生長の家の熱心な幹部であった同志たちとの間で実現し、『生命の實相』 に立ち還ることこそが、『大調和の世界を実現する』 ための第一歩でありましょう。

 それは、言うは易くして行うは簡単なことではないと思います。でも、今の状態がいつまでも――何百年も続くとは思われません。現象界に現れてきた状態は、どんなことでも皆必要があって出て来たことであり、それによって一層進歩し素晴らしい状態が現れてくる、魂の勉強の過程なのだと信じ、私は今自分の置かれた場でよろこんで 「ムスビ」 を実践してまいりたいと思います。


  (2018.9.19)
462 「ムスビ」とは何か。しっかり学び、実践しましょう!


 「ムスビ」 とは何か。

 谷口雅宣総裁は、著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の第四章(p.280~p.305) で 『「ムスビ」 の働きで新価値を創造しよう』 と書かれており、機関誌 『生長の家』 本年9月号にも 『私たちは現在、「ムスビ」 の働きを推進する運動をしているところであります』 と書かれている。しかし、それを読んでも、何のことかさっぱり魂にひびくものを感じられなかったのは、私だけでしょうか。

 「ムスビ」 とは何か。

 それを魂で把握するには、谷口雅春先生著 『神ひとに語り給ふ <神示講義 教>』 の、「報恩行に就いての神示」 の御講義を拝読心読するに如
(し)くはないと思います。

 この聖典は現在 「重版保留」 とされて絶版状態にあり、入手困難であります。雅宣総裁も神示の中で特に重要な生長の家の教義の中心とされている 「大調和の神示」 の御講義をはじめ、「新天新地の神示」 御講義 (この中では聖使命会の意義についても詳しく94ページにわたって説かれている) など、重要な根本神示が説かれている聖典です。

 今の運動で枢要なキーワードになっている 「ムスビ(結び)」 とは何かについて、ずばり心魂にひびく根本真理も明快に解き明かされています。これを心読してはじめて、「ムスビ」 の生き方をしようと本気になることができると思います。

 今、総裁がいくら 『「ムスビ」 の働きで新価値を創造しよう』 とおっしゃって、運動方針書に書かれていても、さっぱり盛り上がらず、教勢が衰退の一途を辿っているのは、 『神ひとに語り給ふ』 のような根本真理の説かれている重要聖典を重版停止、絶版状態にしているからではないかと思われます。

 私は幸いにしてこの本を持っていましたから、今、輪読会でこれをテキストにし、繰り返し拝読して 「ムスビ」 の生き方を力強く実践して行こうとしています。

 さらに現在入手困難となっているこの聖典の中の 「報恩行に就いての神示」 御講義のところをここに謹掲させていただき、このサイトをご覧くださっている皆さまが、よろこんで 「ムスビ」 の生活を全心全霊で実践なさるための便に供したいと思います。

 まず、「報恩行に就いての神示」 そのものから――原文は正漢字・歴史的仮名遣い使用で、改行は少なく一段落毎の文章が長く書かれていますが、ここでは読みやすくするため新仮名・新漢字使用に改め、改行を増やして掲載させて頂きます。

          ○

≪     報恩行に就いての神示

 『生命の實相』 を読んで自分だけが真理を悟ってそれで善いと思うものはまだ生命の実相を悟ったものではない。真理は自他一体のものであるから、ひとに伝えるとき、そこに 『結び』 の力が発現するのである。

 『結び』 は愛の力、慈悲の力、神の力、仏の力である。これを日本古道ではムスビ(産霊
(むすび))と言い、ムスビによって醸生(かみ)(神)の力、即ち生々化育(せいせいかいく)の力が発現して来るのである。

 だから 『生命の實相』 に書いてある通りのことを病人に愛の心で話してあげれば、ただ話をするだけで病気が治るのである。

 話が下手なら 『生命の實相』 の中の 『光明の真理』 のところを、本の由来を話してから読んで聞かせてもよい。

 神の道では 『結び』 の反対 『切る』 ことを最も厭
(きら)うのである。

 怒
(おこ)ったり、審判(さば)いたりするのは心で切るから善くない。

 離縁、背信、忘恩、不忠、反逆等がすべて善くないのは人と人との間を切るからである。

 『神』 は 『道』 であると言うのも 『道』 と言うものは離れているものを結び合わす働きがあるから 『道』 即ち神である。

 結び合わす働きがなくて、審判
(さば)く働きばかりあるものはどんな善人でも神に遠い。

 一人の男子が縁あって一人の女性と結ばれたならば再び離れるのは 『道』 ではない、それを円く結んでやるのが道である。

 神の道を知り 『生命の実相』 を知ると言うこともその道びきになる人々の間には深い因縁があることであるから、橋掛けになった人の恩は忘れても良いと思うような人は、自分はもう神を知ったから神に背いてもよいと言うのと同じく不合理である。

 『生長の家』 を知らしてくれる人は其の人にとって天の使いであるから何日
(いつ)までも恩を忘れてはならぬ。日本人は忠孝一貫恩を忘れぬ国民であるから強いのである。

   (昭和七年二月四日神示)≫


          ○

 次に、この神示についての谷口雅春先生の御講義を生命
(いのち)の耳で聴き、自分の生命の問題、生き方の問題として考えてまいりましょう。


  <つづく>

  (2018.9.18)
461 時代は変わった。


 今から19年あまり前の平成11(1999)年8月15日、終戦記念日にあたってのサンケイ新聞 「主張」(社説) 欄に、次のようにありました。保存してあったコピーが偶然出て来たので、ご披露します。(表題を短く変更しました)

          ○

  巨大な潮流の変化が起きた
    日本の再生に新たな構想力を


    平成11年(1999年)8月15日 日曜日 サンケイ新聞
     「主張」 (社説) <終戦記念日

 変化はそれが始まったとき、だれにでもすぐ認識できるというものではない。変化の兆しを察知するのがいかに困難であるかは、戦後最長最悪といわれる不況から脱出しつつあるのかどうかの判断一つとっても知れよう。あるいは今月10日、北朝鮮が出した異例の政府声明の中にある 「日本が過去の清算を通じた善隣関係の樹立の方向へと進むなら、それに喜んで応じる」 という文言が北の対日政策の変更を示唆しているのかどうか、その見極めも容易ではない。

 しかし、変化は長い時間をかけて観察すれば、だれの目にも明らかになることが多い。

    不自然な姿は永続しない

 きょう日本は昭和20年の8月15日から数えて54回目の終戦記念日を迎えた。ことしほど国のありようをめぐる論議がかまびすしかった年もあまりないだろう。そして戦後思想の主流をなしてきた潮流にどうやら明確な変化が生じたという認識を、濃淡の差こそあれ、だれもが抱いたのではないだろうか。とすれば、日本は1900年代最後の年に、ようやく 「戦後」 へ本格的な決着をつけ始めたと後世の人々は見なすに違いない。

 もっとも、この間 「もはや戦後ではない」 「戦後政治の総決算」 「ポスト戦後へのパラダイム(基本的枠組み)転換」 といった、「戦後」 からの脱却を企図した言葉をなんど耳にしたことだろうか。

 しかし、その都度、これらの言葉を迎え撃つように対日賠償請求や靖国神社公式参拝への批判、あるいは戦時慰安婦問題や南京事件がクローズアップされ、過去に引きずり戻された。その意味では 「戦後」 はまだまだあと半世紀ぐらいは続くかもしれない。

 かりにそうであったとしても、ことしは 「無国籍国家」 から脱却し、「国民国家」 としての体裁を、完全ではないにせよ、半世紀を超える長い歳月を経てようやく取り戻した、少なくとも、それへ向けた再出発の記念すべき年として位置付けられるのではないか。

 人間社会において不自然な姿は長く続くものではない。いつか変化を起こすのは歴史的必然である。

 戦後の半世紀、とくにその前半は端的にいえば国家の存在を希釈化する 「国際主義」 が跋扈
(ばっこ)し、「世界連邦」 「全面講和」 「平和憲法の世界への波及」(=二国間安保の否定) といった不自然な空想的・観念的理想論が、マルクス主義と重なり合いながら多くの支持者を獲得してきた。いや、まだ過去形で語るわけにもいかない。東西冷戦でマルクス主義者やいわゆる進歩派が敗北したいまなお、日本をことさらに卑しめたり、国家の否定に走ろうとする勢力が存在する。

 しかし、いまや多くの人々が、国家はこれから先の21世紀においても世界の基本単位でありつづけること、「平和憲法」 が世界に波及していくということの虚構性、さらには国家の否定が伝統や文化、秩序の破壊、あるいは教育現場の荒廃をもたらしてきたことに気付き始めた。

 換言すれば、近代国民国家が戦争悪を惹起せしめたという思想的呪縛からようやく解き放されてきたといってもいい。「国家=悪」 「権力=悪」 「自衛隊=悪」 の方程式のままであったなら、国旗国歌の法制化や、通信傍受法、新たな 「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン) 関連三法の制定などの解答は引き出されるはずもなかった。一昔前には考えられなかった、潮流の巨大な変化が起きたのである。

    問われる日本人の英知

 しかし、日本には依然として多くの不自然な姿が残存している。それらをただす変化がまだ必要である。

 ガイドライン関連三法が成立したといっても、日本自身の非常事態に備える有事法制を国家として整えておかねばならないという命題は残されたままだ。同様に重要なのは、日本救援のために出動してきた米軍が攻撃にさらされたときに、それを阻止する態勢、すなわち集団的自衛権の行使を容認するよう憲法解釈の変更も急がねばならない。究極的には憲法改正である。これらの大事業をやり抜かなければ、日本再生への道筋は完成しない。もはや無防備平和主義など雲をつかむような議論にかまけている暇はない。

 また、この歓迎すべき変化のなかにあっても警戒は必要である。揺り戻しもあれば、行き過ぎもあるからだ。

 敗北した 「進歩派」 の中には、人権や環境保護に名を借りて、反日、反国家、反政府運動を展開する化粧直し組も少なくない。逆に 「進歩派」 の敗北に乗じて戦前の皇国史観への回帰を目指すのもまた論外である。中庸を得た国家論をどう実り豊かに大きく構想していくか――日本人の英知が問われている。この厳粛な使命に思いを致す平成11年の終戦記念日である。


          ○

 ――上記は、平成11年(1999年)8月15日付け サンケイ新聞の 「主張」(社説)記事でした。

 それから20年近く経った今、その 「巨大な潮流の変化」 はいよいよますます鮮明になっています。

 戦後占領軍の日本弱体化政策に乗って国家否定の “無防備平和主義など雲をつかむような議論” を跋扈させた 『世界』 とか 『中央公論』 などがクオリティ・マガジンと言われた時代は既に去った。それらは書店でも隅っこに影を潜めて置かれているだけであり、代わって文藝春秋、WILL、HANADA、正論、歴史通、Voice、SAPIO、、、など、中道ないし右寄りと言われる雑誌が花盛りである。

 「右寄り」 には、若手新進気鋭の論客が続々と登場している。守旧派 「左寄り」 の方はもはや高齢化して、絶望的にあがいているだけに見える。

 朝日新聞がクオリティ・ペーパーと言われたのも、“南京大虐殺” とか “慰安婦問題” などで意図的な?偏った誤報をしながら恬として恥じない姿勢にあきれられ、“クオリティ” というのはもはや過去のものになり没落しつつある。

 世界の情勢も、

≪戦後の半世紀、とくにその前半は端的にいえば国家の存在を希釈化する 「国際主義」 が跋扈(ばっこ)し…… しかし、いまや多くの人々が、国家はこれから先の21世紀においても世界の基本単位でありつづけること、「平和憲法」 が世界に波及していくということの虚構性、さらには国家の否定が伝統や文化、秩序の破壊、あるいは教育現場の荒廃をもたらしてきたことに気付き始めた。≫
 (サンケイ新聞 19年前の 「主張」 より)

 ということことが明らかでしょう。

 生長の家総裁は、著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の 「はしがき」 で、

≪宗教は時代と環境の要請から生まれるから、その時代と環境が変化すれば、宗教自体も変化を要求されるのである。≫

 と言われている。それならば、まさに時代と環境が変化している今、生長の家もそれに合わせて変化したらよさそうに思われますが……いかがでしょうか。

          *

 ところで、上掲のサンケイ新聞 「主張」 記事については、最後のパラグラフ(段落)の文言
≪逆に 「進歩派」 の敗北に乗じて戦前の皇国史観への回帰を目指すのもまた論外である。≫
 に異論ありと、その10日後に作家で古事記研究家の出雲井晶
(いずもい・あき)様(故人)が 「『皇国史観』 の本当に意味」 と題して投稿された論文が載りました。そのコピーもありましたので、次にそれを紹介させていただきます。

          ○

<平成11年(1999年)8月25日 サンケイ新聞所載>

  私にも言わせてほしい

    
「皇国史観」の本当の意味

                  作家 出雲井 晶
(いずもい・あき)

 8月15日付産経新聞 「主張」 の “終戦記念日=巨大な潮流の変化が起きた” で “日本は1900年代最後の年に、ようやく 「戦後」 への本格的な決着をつけ始めた” は、鋭く戦後を見つめて書かれていて、お説ごもっとも、その通り! さすが! と、堂々の論陣に感服して読んでいた。ところが終わりの2行 “戦前の皇国史観への回帰を目指すのもまた論外である” で、はたと考えてしまった。

 皇国とは、わが国の異称、天皇が統治する国、すめらみくに、とどの辞書も同じように記されている。一体、この筆者はどんな意味で、「皇国史観」 をうけとめているのだろうか。

 平泉澄氏は少年日本史の序で 「皆さんはお気の毒に、長くアメリカの占領下にあって、事実を事実として教えられることが許されていなかった」 と中学生に話されている。この
(産経新聞 「主張」 の)筆者も当時の中学生ではなかったか。

 マッカーサーが厚木飛行場におり立ったころ、物心がつくかつかないかの年代以降の方は、「日本が再び米国の、世界の脅威にならないようにすることを確実にすること」 という占領政策で徹底して洗脳された。実に周到綿密に日本を研究した上で、過去の日本はすべて悪、の図式でゆがめて。もともと穏やかで人のよい日本人は、それが占領軍の熾烈
(しれつ)な思想戦略とは露知らず正面(まとも)に受けとった。その最たるものが、皇国史観=悪、ではなかったか。

 しかしこの思い込みは日本人にとって非常に不幸なことである。わが国とは、生まれたときから皇国
(すめらぎのくに)=天皇在(い)ます国で、二千六百有余年、一時たりとも天皇在まさぬ時はなかった。

 現在、世界には190の国が存在する。その中で国家、国民統合の象徴であられる天皇の皇統が連綿と125代続いている国は、わが日本だけという驚くべき国柄である。

 これは遠い私たちのご先祖が、大宇宙を貫き流れる悠久不変の法則を知り 「古事記時代=日本神話」 により伝承してくれた。それにより今上陛下まで125代の天皇様のご先祖は天照大神であり、天照大神は御孫邇邇芸命
(にぎのみこと)がくだられる時に 「三種神器」(さんしゅのじんぎ)を授けられた。爾来、天照大神の無私である、明き清き直き誠の魂がこめられた神器は、皇位の璽(みしるし)として歴代天皇践詐の時受け継がれて、脈々と今上陛下まで続いている。

 宮内庁保管の皇統譜に初代天皇と明記されている神武天皇は、橿原建都の詔
(みことのり)の中で、国民のことを「おおみたから」と尊んでお呼びになり、民(おおみたから)がそれぞれ所をえて大きな一つ屋根の下の大家族のように睦みあって暮らそうではないか、と仰せられた。建都の詔の中の 「八紘為宇」 とはそこういう意味である。大家族主義であり人類共通の願いでにある大和(だいわ)の心である。

 その根底には国民の先祖もたどっていけば天照大神にいきつく、皇室と国民が根っこを共有する君民一如である。民の幸せは君の幸せであり君の幸せは民の幸せであり、微塵も専制の考えは介在していない。古代ご先祖の天地の理
(ことわり)にのっとった最高の文化的創造が、この荘厳なばかりの国家形態である。

 これこそが天皇様在ます日本国の歴史観=皇国史観、の正しい姿であり、右でも左でもない中庸である。

 皇国とは、君と民とを決して対立軸とは考えなかった。広島に占領政策施行まで存在した国立大学唯一の 「国体学科」 の初代主任教授西晋一郎博士は、「天皇とは、円すい形の頂点のように国家のうちに内在しかつ超在する御位である」 と絶妙な解説を示された。そして、この国家に主権はあるという考えであった。

 1700年代半ばにフランスの思想家ルソーは民約論で、「地球上で理想とする国家は君民共治の国だ。が、そんな理想国家は地球上に存在するはずがないから、自分は仕方なしに次善の民主主義を選ぶ」 と記した。その存在するはずのない地球上の理想国家を、私たちの古代先祖は2600有余年前に建国してくれていた。占領政策によって、君民を対立軸としてとらえたところに大きな誤謬
(ごびゅう)があることを理解して、得難い国に生をうけたことに感謝したいものである。

 神武天皇の 「おおみたから」 「八紘為宇」 のご精神は、“よもの海みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ”(明治天皇御製)“西ひがしむつみかはして栄ゆかむ 世をこそ祈れとしのはじめに”(昭和天皇御製)のように、125代の皇統に脈々と受けつがれているのである。


          ○

 ――以上が、平成11(1999)年8月15日のサンケイ新聞 「主張」 欄 「巨大な潮流の変化が起きた」 に共感しながらも一部異を唱えられた、出雲井晶様の論文(同年8月25日サンケイ新聞に掲載された)でした。

 これを書かれた今から約20年前頃には、まだ 「皇国史観=悪」 とする観念が一般に支配的で、出雲井先生の上記ご発言は勇気のいることだったと思われますが、今はそのような不自然な観念はかなり払拭され、「日本では皇国史観があたりまえのこと」 というのが潮流になってきたと思われます。

 われら日本人の祖先は、天皇と国民が対立関係にはなく、民の幸せは君の幸せであり君の幸せは民の幸せであるという、「君民一体」 の日本国体を守り育ててきた。それだけでなく、「神・自然・人間」 も一体であり、自然界の海、山、川や岩にも神が宿り樹木にも精霊が宿っているとして拝み、万物大調和の生かし合いの暮らしをしてきた。

 万葉集を繙
(ひもと)けば、「花を詠める歌」 「鳥を詠める歌」 「山を詠める歌」 「月を詠める歌」 など、自然を讃え歌ったものが数多く、日本人の祖先には、「自然と人間は一体」 の自覚がおのずから身についていたことが感じられる。

 「人間は自然を敵視し自然から奪う生活をしてきた」 などと言われても、それは西洋文明の話であって、日本人には 「ウソでしょう」 という思いがわく。だから、「“新しい文明” 構築のためにPBS(プロジェクト型組織)の活動を……」 などと言っても、しらけて、信徒は次々に去って行く。

 「和」 を尊び、「神・自然・人間は一体」 の自覚をもって生きてきた日本。この日本に生まれたことを無上の幸せとして祖先に感謝し、日本の心を世界に広めることが、世界平和につながる。

 生長の家は 「新しい文明をつくる」 などと言わず、運動方針の表現だけちょっと変えて、「日本本来のすがたに立ち還り、日本の心を世界にひろめて、世界平和に貢献しよう」 と言えばよいのではないか。


  (2018.9.4)
460 今こそ「対立」から「調和」へ


 機関誌 『生長の家』 9月号に、

 「今こそ 『対立』 から 『調和』 へ」

 と題して、谷口雅宣生長の家総裁の 「万教包容の御祭での言葉」 (平成30年7月7日、生長の家 “森の中のオフィス” で) が掲載されています。

≪ ……私たち信仰者は、「神の御心を第一にする」 ということが最も大切です。その 「神の御心」 について私たちが知っているのは、「人間は皆、神の子であって尊い存在だ」 ということです。

 また、神の御心は 「他を排除しない」 ということも明確です。なぜなら、「神は全ての総て」 であり、神にとって 「他のもの」 は存在しないからです。このことを強調するために、私たちは現在、「ムスビ」 の働きを推進する運動をしているところであります。

 ……現代は残念ながら、自と他とを峻別して、差別する動きが、世界各地で顕著に出てきているのです。これは対立や戦争の原因となるものです。

……「対立から調和へ」 の動きを力強く推進していきたいと念願するしだいです。≫


 ――まことに素晴らしいことをおっしゃっています。

 ところで総裁は、今まで何をなさってきたか。

 「対立」 「排除」 「権力闘争」 を、異常なまでに熱心になさった来たのではなかったか。

 #458 に書きましたように、ご著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の 「はしがき」 冒頭で、「昨年(2013年)徳島教区の講習会で受講者から受けた質問」 というのを紹介されていますが、その62歳の主婦の方をも罵倒し排除されているように感じます。

 今、
≪「対立から調和へ」 の動きを力強く推進していきたい≫ とおっしゃっているのは、そうした過去を自ら反省して、今後は 「調和」 へと大きく舵を切り換えて行きたい、ということであってほしいと思います。

 総裁がいかに理想をおっしゃっても、実際になさっていることを信徒はちゃんと見ていますから、おっしゃることが魂にひびかない。そうして落胆すれば去って行きます。信徒の急激な減少は、その結果でしょう。

 生長の家の法燈(世を照らす真理の燈)は、今や消えかかっている。「生長の家」 という船は、今や沈没しかかっている。

 ――と言って、嘆き悲しんでいる時ではありません。今こそチャンスである。危機の時こそ起死回生のチャンスである、と思います。


 私が、冊子 『何処へ行く? 「生長の家」 ――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』 (2015年3月刊) で掲げた 「公開質問」 というのは、次の4項目でした。


 【質問1】 「私は時代錯誤的でしょうか」 という質問です。

 【質問2】 「中心帰一」 について、質問させていただきます。

 【質問3】 原発は、絶対悪でしょうか?

 【質問4】 「ムスビ(結び)」 と 「大調和」 についての質問です。


 そのうちの 【質問4】 のほぼ全文(新聞のニュース記事は省略)を、再掲させて頂きます。

          ○


【質問4】 「ムスビ(結び)」 と 「大調和」 についての質問です。


 総裁は、本年(2015年)1月1日のメッセージとして、『「結び合う」 生き方を進めよう』 と呼びかけられました。

 では――「本来一つ」 であった元々生長の家の熱心な同志たちで今は離れて対立的になっている人たちと、「互いに結びあって、一緒に協力して前進する」 ようになることは、できないのでしょうか?

 「生長の家教規」 に

 
「第2条 この宗教の設立の目的は次の通りである。(1)谷口雅春創始の、生長の家の教義に基き、その主著 『生命の實相』 を鍵として、万教共通の宗教真理を開示し、これを宣布することによって、人類光明化につくすこと。」

 とあります。

 『生命の實相』 こそ“宗教目玉焼き論”における 「生長の家の“目玉”」 ではないでしょうか。

 その中心をしっかと確立すれば、社会事業団等とも一つに結び合い、協力し合うことができるようになるではないでしょうか。

          *

 総裁は、本年(2015年)1月1日のメッセージとして、『「結び合う」生き方を進めよう』 と呼びかけられました。そのことは、新著 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の第二部 第四章 「『ムスビ』 の働きで新価値を創造しよう」 にも、

 「2013年11月22日、谷口雅春大聖師御生誕日記念式典での挨拶」

 を収録された文章として、詳しく述べられています。

 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 303~305頁から引用させて頂きます。

≪ …… 「一見分かれているように見えるものが本来一つである」 というのが実相の自覚であり、これを最も顕著に体現しているのが自然界の 「ムスビ」 の営みであるわけです。

 ところが、人間界では本来一体であるものを細かく分けて、あそことあそこは利害が対立するのであるといって争っている。そういう意味でも、大調和の世界を実現するためには、ぜひこの 「ムスビ」 という考え方を強く意識して――今日の私たちの運動でも、相愛会と白鳩会が講習会の受講券を奪い合うことなく(笑い)、一緒に協力して前進する。それだけでなく、政治の対立とか国家間の 「対立」 の方を意識するのではなく、協力と協働の 「ムスビ」 を意識し、それらを通して自然と人間の本来一体の姿を実現していかねばなりません。≫


 と。

 昨年(2014年)11月22日の同じ式典でのご挨拶(「唐松模様」所載)でも

≪ 私たちにとって “他者” と見えるもの、一見 “別物” と見えるものも、それらとムスビ合うことによって、新しい、より大きな価値を創造することができるという真理を多くの人々に伝え、また自ら生活に実践し、名実ともに “自然と共に伸びる” 運動を力強く展開していこうではありませんか。≫

 とおっしゃっています。素晴らしいお言葉だと思います。

 そこで、切に思うところの 「質問」 が、前記 【質問4】 となりました。

 「“他者” と見えるもの、一見 “別物” と見えるものも、それらとムスビ合うことによって、新しい、より大きな価値を創造することができるという真理を多くの人々に伝え、また自ら生活に実践し……」

 ということを、元生長の家の熱心な幹部であった同志たちとの間で実現し、『生命の實相』 を取り戻すことこそが、『大調和の世界を実現する』 ための第一歩であり、それなしには生長の家の未来――持続可能性――はないのではないか、という思いが湧き上がって来るのです。

 「そんなこと、できるわけがない」 と言う方が多いです。しかし、「人間にはできないことでも、神ならできる」 というのが生長の家の御教えではなかったかと思うのです。

 根本的には、生長の家の大神と谷口雅春大聖師に対して大懺悔し、和解・大調和する必要があるでしょう。いろいろな考えをもつ団体については、その点で一つになれるのではないかと思います。

 それは簡単なことではないだろうということは、わかります。今までの業
(ごう)の力が強力だからで、総裁のご著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の66頁以下に、次のように書かれている通りでしょう。

≪  現状の 「改善」 でなく 「転換」 のために

 (前略)今は世界中で物質主義的なライフスタイルを新しい方向に転換していくことが求められているけれども、身体を使って、口(発声音)を使って、心(意)を使ってそれを実行することは、コトバの力の活用です。

 多くの人々はしかし、生活の転換の必要性は分かっていても、それを具体的にどの方向へ進めていくべきかがよく分からない。また、従来の生活の仕方から逃れられない。先ほども質問がありましたが、何十年も同じ仕事をしてきたのに、今さら転職なんてとんでもないと考える。その気持は十分に分かります。業
(ごう)の力はそれだけ強力です。

 我々は実相に於いて皆、神の子でありますが、現象的には業の力に動かされていることも事実です。(…中略…)そうでない生き方は大変やりにくい。そのことはよく分かります。しかし、生長の家はそれをやろうとしているのです。≫


 時あたかも、「イスラム国」 が日本を標的にしたテロのニュースが報じられました。
 
(ニュース記事は省略します)

 日本にとって、いや、世界にとって、大変な試練の時です。軍事力によってテロを根絶することはできない。イデオロギー拡散による 「個別ジハード」 が拡がっているからです。

 前記の課題 <元生長の家の幹部であった熱心な同志たちと、「『本来一つ』であるから、互いに結ばれて一つになること」 はできないのか? 『一緒に協力して前進する』 ことは、できないのか?> という課題は、ひいてはこの 「イスラム国」 過激派のテロという世界的な試練につながるものだと思われます。

 生長の家が 「大調和」 を至上命令として掲げ、「万教包容」 の 「世界平和」 をめざすのであるならば、その課題から逃げることはできないのではないでしょうか。

 逆境、困難こそ実相顕現のチャンスでしょう。総裁のご著書 『日々の祈り』 にありました。

≪ 一見 「困難」 と見えているものは、「我は肉体なり」 との観念から生じた幻想に過ぎません。肉体を 「我」 と見れば、「自」 と 「他」 とが分離しているとの差別感が生まれ、そこから 「損得」 の狭い考えが生まれます。しかし、実相において神さまの創造と一体である神の子・人間には、本当は 「他」 など存在せず、損も得もありません。すべてと一体であり、すべてと調和しているのです。神さまの創造は完全であり、神さまの創造されない世界は実在しません。この神さまの創造世界の実相に心を振り向けるとき、現象の困難は氷解します。

 だから神さま、私はあなたの御前で次のように高らかに唱えます――

 「私は神さまの創られたすべてのものと一体であり、大調和しています。」

 「私は神さまの創られたすべてのものと一体であり、大調和しています。」

 この 「自他一体」 の自覚を深め、その本来の姿を現象世界に表すことが私の使命であり、喜びです。その過程が人生であり、また神生です。≫

 (「困難に戯れて明るく生きる祈り」 221~222頁)


 総裁は、このようにお書き下さっています。そのほかにも 「こういう祈りを真剣に続けて行けばきっと大調和は実現するに違いない」 と思われるような、すばらしい祈りの言葉が随所に書かれています。

 この祈りの言葉は、総裁が真剣に元生長の家の幹部であった熱心な同志たちと、「本来一つ」 であって、実相においてはすでに大調和し協力し合って人類光明化運動に邁進していることをお祈りくださって書かれたものであると信じ、それが現実世界にも実現する日がくることを祈らせて頂きます。

 合掌 ありがとうございます。(平成27年3月) 

          ○

 ――以上は、私が2015年3月に書いて総裁をはじめ教団役員の方々にお送りした冊子

 『何処へ行く? 「生長の家」 ――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』

 の、【質問4】 (「ムスビ(結び)」 と 「大調和」 についての質問)

 でした。


  (2018.9.2)
459 「生長の家」は何処にあるか。


 冊子 『何処へ行く? 「生長の家」 ――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』 (2015年3月刊) の冒頭に記した 「はじめに」 という序文を、次に再録させて頂きます。

          ○

      は じ め に

 「生長の家は何処にあるか」 と問われたら、私は 「生長の家は今、ここにあります。私が生長の家です。生長の家は、わたしの生命
(いのち)です」 と答えたいと思います。

 今が天地
(あめつち)の初発(はじめ)の時であり、此処(ここ)が生長の家(たかあまはら=高天原)である。わが生命(いのち)は天之御中(あめのみなか)の御生命(おんいのち)が鳴りひびいているのである。谷口雅春先生が、「本当の生長の家本部は神界にある」 とおっしゃった、神界とは遠くにあるのではなく、「神の国は今此処わが内にあり」 ということであると信じます。

 生長の家とは、時間・空間未だ発せざる中
(みなか)、一切万象発生の枢機を握る 「久遠の今」 なる本源世界、大宇宙(たかあまはら)である。そして――

≪ 全世界を宇(いえ)と為す神武天皇の八紘為宇(はっこういう)の建国の理想は決して侵略精神ではない。八方の国々が家族となって人類全体が睦み合う理念である。此の理念を 「生長の家」 と言う。

 理念は普遍的なものであるから、これは私の家ではない。何故そう云う名称を附したかと言えば、生は縦に無限に生
(の)びることを現し、長は横に長(の)びることを現すからである。

 縦の無限連続は時間であり、横の無限連続が空間であり、縦と横と、時間と空間との交叉
(こうさ)する万象発現の枢機を握るものが、内に一切を蔵する無字であり、一切を統一する天皇の御天職である。此の真理に世界の万民が目覚めないから万国互に相争うのである。全世界は天皇に於て一宇である。

 万国の民にそれを告げ知らせる東道
(みちしるべ)の役目を以て出現したのが吾々の団体である。≫

  (谷口雅春先生 『光明道中記』 31頁より)


 これが、生長の家の教義の中心部分であり、生長の家出現の目的、使命である。これをなくせば塩に塩気がなくなったと同様、「もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけ」(マタイ伝第5章13節)になってしまうのではないか、と私は思います。

 本書に 『何処へ行く? 「生長の家」』 と題を付けたのは、「生長の家は東京原宿から“森の中”へ行く」 というような、外形の問題ではありません。魂の問題です。今の生長の家は、

 「われ今実相の世界を去って五官の世界に入る」

 となっているのではないか、ということです。

 谷口雅宣・生長の家総裁が昨年(2014年)11月に公刊された 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の 「はしがき」 に、「宗教の教祖も、その人が生きた環境と時代から完全に自由になることはない」 とあり、同年11月22日 総本山に於ける式典での総裁ご挨拶原稿〈「唐松模様」所載〉には

 「『宗教運動は時代の制約下にある』 ということを、皆さんはぜひ理解していただきたいのです。……私たちは今日、地球温暖化問題を深刻に捉え、その抑制に向かって真剣に取り組んでいます。生長の家が国際本部を東京から八ヶ岳の南麓に移転したのも、それが最大の理由である……つまり、宗教は時代と環境の要請から生まれるから、その時代と環境が変化すれば、宗教自体も変化を要求されるのである。だから、戦前・戦後に説かれた教えは戦後に修正されることもあるし、冷戦時代の宗教運動の目標や方法が、冷戦後には採用されないこともあるのである。この時代応現の変化の意味が分からないと、宗教は社会に有害な影響をもたらすことになる」

 と書かれていますが、本当の宗教は 「時代と環境の要請から生まれ、時代と共に変化する」 ものではなく、時代を超越した永遠の真理を説くべきものであると私は信じます。


 生長の家は今、「正念場」 を迎えているという気がします。教化部長がいくら頑張ってみても、講習会受講者数も聖使命会員数も減り続け、教勢の下降に歯止めがかかりません。このまま行けば、教団は、つぶれはしなくとも、存続の意味がほとんどないほどになって行くのではないかと思われます。それは、真理がくらまされているからではないのか。「正念場」 とは、「正念」 すなわち 「神は完全であって、神の造り給うた世界には、不調和や不完全はナイ」 と実相を観ずる 「正念」 をもって、適切な処置行動をしなければならないギリギリの時だということでしょう。

 それで、今年(2015年)新年の総裁のご挨拶文や、新刊書 『宗教はなぜ都会を離れるか』 を拝読して疑問に思うことなどを率直に申し上げ、「私の考えはまちがっていますでしょうか?」 というのが、本書 「第一部・総裁への公開質問」 でございます。総裁が現象面のことを根拠に説かれるのに対しては、現象面の歴史的事実などから出発して申し上げております。

 憚りながら、245頁以下に採録させていただきました 「張玄素のようでありたい」 というような思いをもって、書かせて頂きました。私も八十歳を超え、今年(2015年)6月で82歳となる今、今生での残る時間は限られています。そこで、「これを言わなければ死ねない。」 このままでは、生長の家は消えてしまい、日本の危機、世界の危機は救われない。今起たずして何時
(いつ)起つべきか――という思いなのです。

 「第二部」 資料編 「疾風怒濤のわが青春記録より」 は、わが魂の足跡ともいうべきもの。私は昭和26年(1951)、高校生時代に 『生命の實相』 の御光
(みひかり)によって新生し、激動の時代に 「自分はこの御教えに人生を賭ける」 と決めました。それから60年以上たった今、これまで私が青年時代から書いて生長の家の月刊誌、機関紙誌その他の雑誌、単行本等に掲載された論文・対話録などから、選んで編集したものを、資料として採録させていただきました。これらは前の 「第一部」 公開質問編の基盤となっております。

 この冊子は、私の 「内なる神へのレポート」 と言ってもよいものだと感じております。

 はなはだ恐縮ながら、ご一読くださいまして、総裁先生には質問へのご回答を、それ以外の諸先生皆様にも、ご意見・ご感想ないしご指導を賜れれば、まことに有り難き幸せに存じます。

 平成18年(1996)生長の家本部を退職し地方講師とならせていただいてから今まで約9年間に、私は幾たびか総裁に直接お手紙を差し上げました。しかし、何のお返事もいただけませんでしたので、今回は、失礼ながら公開質問の形をとらせていただきます。

 なにとぞよろしくお願い申し上げます。

      平成27年3月吉日

                    岡  正 章 

          ○

 ――以上が、冊子 『何処へ行く? 「生長の家」 ――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』 (2015年3月刊) の冒頭に記した 「はじめに」 という序文でした。


  <つづく>

  (2018.8.31)
458 「日本人としての誇り」をとりもどすことが間違いか?


 総裁は、ご著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の 「はしがき」 冒頭で、「昨年(2013年)徳島教区の講習会で受講者から受けた質問」 というのを紹介されています。

 
≪敗戦後、なにか日本は負い目を感じ今日まできたように感じます。しかし、戦争にいたる事実を知り、日本人として誇りをとりもどしました。もっと雅春先生の憲法に関する著書を世に出すべきではないのでしょうか。私たち日本人は、もっと世界に自信をもっていいのでは。そういう教育は間違っているのでしょうか。≫

 と。私は、この質問をした62歳の主婦の方に共感を覚えました。

 「敗戦後、日本は負い目を感じて今日まで来た」 のは、事実でしょう。過去の戦争を 「正しい」 とか 「聖戦だった」 とは思わなくても、「戦争にいたる事実を知り」、敗戦・戦後処理――連合軍の占領政策、“WGIP”(占領軍の日本弱体化洗脳政策) などの事実を正しく学んで理性的に判断すれば、おのずと 「日本人として誇りを取り戻せる」 と私は感じています。そのことは、このサイトでも (#140 など) 繰り返し書いてきた通りです。

 ところが総裁は、この質問に対して次のように書いていらっしゃる――

≪ 質問者が 「戦争にいたる事実を知って誇りに思う」 ということは、その戦争が “正しい戦争” ひいては “聖戦” と呼ばれるにふさわしいと感じたということだろう。この人はいったいどんな 「事実」 を知ったというのか、と私は思った。そして、そのことと 「雅春先生の憲法に関する著書」 とが何の関係があるのかと不思議に思った。

 日本が20世紀の前半に行った戦争については、この約70年の間に、すでに夥
(おびただ)しい数の研究が世界中で行われていて、その原因や問題点、数々の判断の誤りについて多くのことが明らかにされ、圧倒的多数の研究結果は、“正戦” や “聖戦” の考え方と歴史的事実との関係を否定している。ただ、わずかな数の日本人だけが、戦前、戦中の日本政府と軍部が主張していたのとほとんど変わらない “正戦論” や “聖戦論” を墨守しているに過ぎない。にもかかわらず、この質問者は、生長の家がこの少数派の一部に属すると誤解している様子なのだ。

 質問の主は62歳のKさん(匿名とする)という主婦である。私と同年齢の女性である点が、私の驚きをさらに強めた。

 私はいわゆる 「団塊の世代」 の最後尾に位置していて、高校から大学時代に学生運動の頂点と終息を実地に見聞した。当時は残念ながら、日本中の多くの大学で授業をまともに受けられない混乱が続いていたから、本来学ぶべきことを学ばずに卒業した人も多くいたに違いない。

 その中でも、私は自分が学問に熱心な学生だったと自負している。……私は政治学と国際法、国際関係論を専攻したから、大学ではそうでない学生よりも日本をめぐる現代の国際情勢について多くの知識を得たかもしれない。また、大学卒業後は米国の大学院の同じ専門課程で学んだことで、この分野の知識を多く得られたことに感謝している。

 ……私の年齢の日本人で、しかも生長の家に関係している人が、日本の現代史の中で “最重要” と思われるあの戦争が起こった経緯について正しい知識に欠けていることは、きわめて由々しい事態だと感じたのである。……≫


 ――つまり、総裁は頭ごなしに、質問者を 「時代錯誤のトンデモナイ愚か者」 と蔑視してかかり、「大学やアメリカの大学院で政治学、国際法、国際関係論を熱心に学んだ私の言うことを聞きなさい。教えてあげよう」 という調子なのである。

 私に言わせれば、総裁の方こそ、戦後の一時期米国が押しつけた理不尽な東京裁判史観――今や時代錯誤の少数派となっている、「大東亜戦争は日本の無謀な侵略戦争だった」 という偏った戦後教育の歴史観――それが総裁の学生時代、1970年代には支配的だったが、今や過去のものとなってきている――を墨守していらっしゃる、と思う。

 そう思ったので、私は率直に私がそう思う根拠を縷々述べて、

 『何処へ行く?「生長の家」――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』

 と題する冊子をつくり、総裁をはじめ教団役員の方々に贈ったのは、平成27(2015)年3月のことでした。

 それから約3年半になりますが、いまだにその質問には何のお答えもなく、このウェブサイト 「近況心境」 の #2#3 に書きました通り、2015年4月15日に、「地方講師解任」 という電話連絡が、教化部長を通してあっただけなのであります。

 ありがとうございます。

          ○

 冊子 『何処へ行く? 「生長の家」 ――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』 (2015年3月刊) の冒頭に記した 「はじめに」 という序文を、次に再録させて頂きます。


  <つづく>

  (2018.8.30)
457 「理念」を持続しお客様に付加価値を提供できない組織は存続できない。


 今朝(8月29日)の日本経済新聞 「私の履歴書」 に、安斎隆・セブン銀行特別顧問(日銀勤務、経営破綻し一時国有化された長銀頭取などを経て、セブン銀行創設時の社長となる)が、「経営理念」 と題して、次のように書いていらっしゃる(一部省略)。


≪セブン銀行は2001年に創業した当初から、組織の求心力を高めるために何をすべきかを考えてきた。……

 経営に欠かせないのは経営理念である。日本銀行で民間銀行の経営内容をチェックする考査を担当したとき、金もうけばかりを考えている銀行や企業は経営が悪化すると気づいた。銀行や企業は何のために存在しているのかを突き詰めて考え、経営理念という言葉にし、浸透させなければならない。

 セブン銀行は経営理念として、「安全かつ効率的な決済インフラの提供を通じて日本の金融システムの安定と発展に貢献する」 とうたっている。コンビニATMは金融システムの安定に寄与する大切な存在だと認識すれば、士気も上がるはずだ。

 
経営理念は社員証と一緒に携帯しており、そこには 「ルールは守る、約束を守る、嘘はつかない」 といったコンプライアンス(法令遵守(じゅんしゅ))マニュアルを簡単に書いた項目も載せている。一人ひとりが守るのは当たり前だが、社員は

上司や社長、会長が項目に反するような行為をしたときは 「それは違います」 という勇気、経営側は 「聞く耳」 を持つことが最も大切だ。

 立派な理念を掲げても、お客様に付加価値を提供できなければ企業は存続できない。



 ――上記は銀行や企業の話だが、宗教団体ならばなおのことと言えよう。

 生長の家では、「教規」 に、

≪第2条 この宗教の設立の目的は次の通りである。

 (1)谷口雅春創始の、生長の家の教義に基き、その主著 『生命の實相』 を鍵として、万教共通の宗教真理を開示し、これを宣布することによって、人類光明化につくすこと。≫


 とあるのが、文部科学省に登録され、約束された生長の家の目的であり、根本理念である。信徒は、

 ≪一人ひとりがそれを守るのは当り前だが、組織の上置者や総裁がこれに反するような行為をしたときは 「それは違います」 という勇気、組織の上置者や総裁は 「聞く耳」 を持つことが最も大切≫

 ではないか。そして、

 ≪立派な理念を掲げても、お客様(衆生、信徒)に付加価値を提供できなければ企業(宗教団体)は存続できない。≫

 のではないか。


  <つづく>

  (2018.8.29)
456 わが人生は、「久遠の今」に心魂を据えて、自分をみがきつづける旅である。


 ――だから私は、毎日喜びと感動に満ちあふれているのである。

 私は毎日1回は必ず 「久遠の今」 に還帰する神想観を実修し、聖経 (「甘露の法雨」、「天使の言葉」 または 「続々甘露の法雨」) を読誦する。

 しかし私は、「聖経」 でない偽経(と私は断ずる) 「大自然讃歌」・「観世音菩薩讃歌」 などというものを読誦することは、決してない。

 「聖経」 は、「久遠の今」 から鳴りひびいた実相真理の言葉である。

 聖経『甘露の法雨』は
 「或る日天使(てんのつかい)生長の家に来りて歌い給う――」

 で始まり、『天使の言葉』 の出だしは
 「天使また語りたまう――」

 『続々甘露の法雨』 は
 「或る日、再び天使生長の家に来りて歌い給う――」

 で始まっている。

 「天使というのは、神様の救いの波が人格化してそこに現れたもの」

 と、谷口雅春先生は 『新講「甘露の法雨」解釋』 で説明されている。

 つまり、これらの聖経は、谷口雅春先生が神の啓示によって書かれたものであることを表している。

 ところが谷口雅宣総裁は、自分の書いたものは自分が書いたのであって、神が書いたものではないから、「聖典」 と呼ぶなと言われている。にも拘わらず、

 「大自然讃歌」 の出だしは
 「或る日天使 虚空の水晶宮より出でて 緑の森へ立ち給う。…(中略)…天使、自然界を讃えて歌い給う――」

 「観世音菩薩讃歌」は、
 「天使、ふたたび生長の家に来りて教え給う――」

 で始まっている。
 いずれも、「天使
(てんのつかい)」 が語り給うという書き出しになっているのだ。

 しかし、作者の谷口雅宣現生長の家総裁自身も、

 「『甘露の法雨』・『天使の言葉』 などは生長の家の真理を凝縮した 『聖経』 として取り扱われているが、 私の長編詩は、形式としてはこれら聖経に似てはいるが、それに取って代わるものでは決してない。」

 と明言されているのである。

 聖経と讃歌とは本質的に立ち位置が異なり、波長の異なるものである。にも拘わらず、「~~讃歌」 なるものは、影にすぎない現象(迷妄)の側から、聖経に似せてつくった 「似せ経」 であり、「人為」 的に作った 「偽」 経だということである。([人為]を一字にすると[偽]になる。私は、雅宣総裁の作となっている 「日々の祈り」 や、「~~讃歌」 などには、ゴーストライター <草稿を書いた別人> がいるのではないかとも憶測している)

 それなのにいつの間にか、その 「~~讃歌」 なる偽経が、全く波長の異なる聖経と同列に並べられて、運動方針に 「三正行(神想観、
聖経と讃歌の読誦・聖典等の拝読、愛行)と日時計主義を実践し……」 と書かれている。これはまるで詐欺のようなものではないか、と思う。

 私は肉体が死んでも、「~~讃歌」 という偽経は断じて誦げてほしくない。偽経を誦げたり、「ナントカ六章経」 といういかがわしい聖経まがいのものを霊代
(みたましろ)に抱き合わせたりするようなら、宇治別格本山に永代供養はお断りだ。そう遺言しておく。


 私が生長の家人類光明化運動に生涯を、いのちをかけようと青年時代に決意し、それを今日まで貫いて来たのは、これが人間業
(わざ)ではなく神業――神が始められた神の運動である、と言われており、それを信じてきたからであった。それが、三代目谷口雅宣総裁の時代になったら、神の運動でなく人間の運動になった、ということであれば、何も 「いのちがけ」 になることはないわけです。神の運動であればこそ、これにいのちをかけて、生涯をかけて生きようと思い、今日まで来たわけです。

 谷口雅宣総裁の作詩になる 「観世音菩薩讃歌」 には

   ~~~~~~~~~~~~~~

    
秩  序

 天使
(てんのつかい)続けて説き給う――
 法則により秩序生まれるが故に、
 秩序はまた神の御徳の一
(ひとつ)なり。
 汝ら当
(まさ)に知るべし、
 不可視の法則顕現して
 不動の秩序生れん。


   ~~~~~~~~~~~~~~

 とありますが、総裁と教団は、自らこの 「秩序」 を破っておられるのではないか。

 人間知恵でつくられたものを、「天使説き給う」 というような表現で書くことはウソであり、秩序を破っておられるのではないか。そのように思われるのです。

 だから、私は生長の家教団の組織会員でありながら、ここ1年以上、教化部行事には参加しておりません。(地元の誌友会には出ております)

 それでも、教団組織から退会して他へ行かないのは、なぜか。

 それは、「生長の家教規」 に、

≪第2条 この宗教の設立の目的は次の通りである。

 (1)谷口雅春創始の、生長の家の教義に基き、その主著 『生命の實相』 を鍵として、万教共通の宗教真理を開示し、これを宣布することによって、人類光明化につくすこと。≫


 とあり、これが文部科学省に登録され、約束された生長の家の目的である。その根本は、いささかも変わっていない。現象世界の教団の状況が変わっても、教規が変わっていない限り、理念としてこの運動は、神が始められた神の国運動であるという根本は変わっていない。――と信ずるからです。


 現象的には分裂して沈没しかかったように見える 「生長の家」 という船、そしてその乗員すべてを、救うことができるのは、何者であるか?

 ⇒ #442

 ――人間には、不可能なことである。

 分裂して沈没しかかった船、そしてその乗員すべてを、救うことができるのは、人間ではない。それが出来るのは、ただ神のみである。

 諦めましょう。ギブアップ、GIVE UP しましょう。無駄な抵抗はやめて、神に、無条件降伏しましょう。 そして、笑いましょう! 喜びましょう!


 神の国においては、「みすまる宣言」 の通り、「天地一切のものはすでに和解し調和している」。

 #446#447 にも書きましたように、

 昨年、あれほど激しく罵り合い脅し合っていたトランプと金正恩だって握手したんだ。

 生長の家教団理事長と生長の家社会事業団理事長が一つになって協力し合おうと握手する日が来る。――それは、いま想像することは困難であろうとも、その日はいつか必ず来ることを、私は信じ夢見ています。いや、実相世界ではすでに今、握手して協力しあっているのです。

 「みこころの天に成るがごとく、地にも成らせ給え」。


  (2018.8.25)
455 「悟り」とは何か。


○生長の家の生き方、あるいは生長の家の哲学の中で、一番重大な問題になっているのは、「今」 ということであります。この 「今」 というものがわかったら、それが本当の生長の家の悟りであるわけです。(御講義 「久遠の今」 より)


○     世界が崩壊する

 ある時、漸源仲興大師に対して、ある僧がこうたずねたのである。
 「古仏心とは何でありますか」

 すると師は、こう答えられた。
 「世界が崩壊するということだ」
 ……

 これは大変な答えだ。ここにいう 「世界」 とは何か。本当をいうと、十方世界が皆仏の世界である。これが実相だ。仏ならざる世界は、いまだどこにもないのである。従って凡ゆる世界が古仏心の世界である。

 ところが、吾々はいつしか自分本位の 「世界」 をひっつかまえて、これが世界だと思っている。しかしこのような世界は現象であって、本物の仏世界でも何でもない。現象世界は実相とちがう。ところが、ちがうと思っていても、未だ 「実相」 と称して、「現象」 をヒン握っているものが多い。そんな時、この漸源大師の言葉が、実にピッタリと適合する。尽十方世界、この実相は、本当は崩壊なんかしやしない。崩壊するのは、みな自己本位のニセモノの世界である。こんなものはガラガラと崩壊する、それが古仏心だ。

 古仏心あらわれれば、一切世界が崩壊する。その崩壊は、凡ゆるニセモノの、我の立場の崩壊である。が、本物の我はいささかも崩れはしない。ニセモノの我がくだけさるのだ。

 ……我が身が完全にくだけちって、ナシになる。我身はむしろ無きなりだ。あるのは何か? 古仏心だけである。だから、今あると見える自分に執着して、それにしがみついてはならない。そんなものは、すべてニセモノだから、放下するがよい。逃がすまいと思って、追いすがり、ひんにぎるような、そんなみっともない執着をするな。そんなことをして、古仏心を蔽いくらましてはならない。むしろわが身を古仏心そのままの現成となすがよい。古仏心が、今、生きて、わが身となり、全世界となっているのである。
 (谷口清超 『正法眼蔵を読む<上>』 古仏心の巻より)


○     不悟者なし

 臨済院慧照大師はこう言われた。
 「大唐国裏、さがし廻ったけれども、一人の悟らざる者を見つけることもできなかった」

 つまり、皆、さとっている者ばかりだというのだ。この慧照大師のお言葉こそ、正しく伝承され来たったところの仏道の極意である。

 大唐国裏というのは、単に 「大唐国という国の中で」 という意味ではなく、「自己のうちなる実相では」 ということである。だから大唐国とか世界とか、ある地域とかに限定された内容ではない。どこであろうと、「今・ここ」 の実相に於ては、一人の不悟者もないということだ。

 従って昨日の自己も、悟った自己であり、今日のあの人も悟れる他己である。山に住む者も、漁夫たちも、今でも昔でも、不悟者(迷えるもの)なんかどこにもいないということだ。学人が、かくの如く臨済の言葉を会得するならば、自己もまた大悟者なりとわかり、年月を空しくすごすごとはないであろう。

 而して、臨済にこう反問してみることだ。悟らざる者をさがしても得られないということばかりを知って、「悟れる者得難し」 ということを知らなければ、まだ十分ではないでしょう。そうしなければ 「不悟者得難し」 を参究したとはいいがたい。何となれば、本来迷うこともないから 「悟る」 ということもないからだ。
 (谷口清超 『正法眼蔵を読む<上>』 大悟の巻より)


○     今時、而今

 京兆の米胡和尚が、ある僧を使って仰山にこう質問させた。
 「今時の人は、悟りを必要とするでしょうか、どうでしょうか」 と。

 これに対して仰山は考えた。「悟りは即ち無きにあらずも、第二頭に落ちるをいかんせん」 (第二頭とは第二義的なものという意味である)

 ここに言う 「今時」 とは、人々の今ということである。この今は時間的な今のようだが、而今であり、「今」 であり、時空をこえたところの 「今」 である。

 人々はこの 「今」 を生きているのだ。そこでその人の眼睛(実相)を 「今時」 というのである。単に時間的な今ごろといったようなあやふやな意味ではない。この実相人間なればこそ、もはや悟りなんか必要としないというのである。

 大宋国の禿子(剃髪しない似而非僧侶)どもは言う。
 「道を悟ることこそ本来の目的だ」 と。

 このようなことを言いながら、いたずらに悟りの時期を待ちのぞんでいるのだ。しかし、いつまでたっても仏祖の光明には照らされない。彼らはおそらく古仏が世に出ても、救われなかったであろう。悟るとか悟らぬとかという、言葉の上での論議ではない。而今(「久遠の今」を生きる)の人は、そんな第二義的なことを超越しているぞというお示しである。


     大悟の悟り

 「また悟りを仮るや否や」 (悟りを必要とするでしょうかね)

 という言葉は、悟りがないと言っているのではない。そうかといって、あるというのでもない。悟りが来るというのでもない。

 「悟りを仮るや否や」 悟りという言葉を借りて来ないといけないでしょうか。

 たとえば、悟りを得たといえば、今までは悟りがなかったということになるだろう。悟りが来たといえば、日ごろその悟りはどこにあったのかとききたくなるのだ。悟りが出来上ったといえば、悟りにははじめがあるし、終りもあるのかということになる。これでは 「悟り」 が、わけのわからぬ饅頭のようなものに堕してしまう。これではいけないのである。

 悟りとはそもそも何かということを問題にして、それは本来の実在であり、それを 「悟り」 という言葉で仮にいいあらわしたのだ。だから、悟りを本当は必要としないのが 「而今の我」 なのである。

 ところがこの問いに対して、悟りはないことはない。アルのだが、悟りとか何とかいうと、第二義的になってしまうなあというのである。本物がどこかへおっこちて “仮り物” になっている。しかし、この第二義の悟り(第二頭)もやはり悟りだよというのである。

 ここにいう第二頭は、悟りになったといったり、悟りを得たといったり、悟りが来たといったような現象的な言い方でいうところの悟りだ。悟りが成るというも、悟りが来るというのも、みなさとりだよという。しかしこれは、第二頭の悟りだ。このような悟りにおちることを悲しみながら、第二頭を否定して、第一義の本具の悟りを示しておられるのである。

 しかしながら、第二頭の悟りが 「成就した」 というのも、本来の 「悟り」 があるからこそそうなるのであって、ナイものが出てくるのではない。そこで第二頭の悟りにも、まことの悟りがチャンとあるのだともいえる。

 この論法からすれば、たとい第二頭であろうが、第三頭であろうが……第百千頭の悟りであろうが、立派な悟りだ。これをバカにしてはいけない。第二頭というから、この上に第一頭があるのだろう、それを見落したのだなどと、本物を現象レベルで考えてはいけない。たとえば、昨日の我は我だが、今日の我はそれとは別人かというと、そんなことはないのである。昨日の我も今日の我も同じ人であるが、別々の現象だ。そのようなもので、第一頭は永続しているのである。「而今の悟り」 がこれだ。

 それは昨日なかったものではなく、今はじめて現れた悟りでもない。これこそ本来のもの時空をこえたところの実在だと会得しなければならぬ。それ故、彼も大悟せるものであり、これも大悟せるものであり、大悟がみちあふれているのが実相である。
 (谷口清超 『正法眼蔵を読む<上>』 大悟の巻より)


  (2018.8.13)
454 今ここ龍宮である。人は死なない。


○神の国の何時
(いつ)きたるべきかをパリサイ人に問はれし時、イエス答へて言ひ給ふ 『神の国は見ゆべき状(さま)にて来らず。また 「視よ、此処に在り」 「彼処(かしこ)に在り」と人々言はざるべし。視よ、神の国は汝らの内に在るなり。』 (新約聖書 「ルカ伝」 17-21)

○キリストは 『神の国は汝らの内にあり』 と云い給えり。誠に誠にわれ汝らに告げん。『汝らの内』 とは汝ら 『人間の自性
(じしょう)』 なり、『真の人間』 なり。『汝らの内』 即ち 『自性』 は神人なるが故に 『汝らの内』 にのみ神の国はあるなり。(聖経 『甘露の法雨』)

○ “光のある内に光を信ぜよ、われは光として世に来れり”
          
(イエス・キリスト……『生命の實相』 より孫引き)

 “光のある内に” の内とは、同じくイエス・キリストの言った “神の国は汝らの内にあり” の内である。これは時間・空間を超えた万物発生の枢機を握る “久遠の今”(Eternal Now)である。“久遠の今” とは生長の家であり、創造の本源世界であり、高天原である。“久遠の今” に還ったときが、人々が生長の家人となり、尊師の弟子となるときである。キリストも釈迦もこの “久遠の今” から生れ出でて来たのである。生長の家は久遠の昔からある。この “今” に還ったとき、人々もまた、久遠の昔から尊師の弟子であったことを知るのである。(榎本恵吾 『光のある内に』 より)


          *

――「久遠の今」 に龍宮があり、神の国があり、生長の家があるのである。「久遠の今」 即、龍宮=神の国=生長の家である。ここでいう 「生長の家」 とは、地上(現象世界)の生長の家教団のことではない。実相(理念)の生長の家である。

 今ここに龍宮がある。今ここが龍宮である。龍宮において、人は老いず、死なない。

 私は、老いず、死なない者である。


  (2018.8.11)
453 私はカメに導かれて龍宮に入った(2)


   
よろこびの歌をうたおう(2)
         ――前項のつづき――

           〈昭和53年4月2目、生長の家本部道場の
           日曜大誌友会における講話。話者:岡正章〉


…… いのちの底に龍宮があるんだということを、谷口雅春先生は教えて下さっているのです。そのことを歌われているのが、聖歌 「生長の家の歌」 です。みなさん、ごいっしょに歌ってみましょう。


  
生長の家の歌

   一 基教(キリスト教)讃歌

  あまつくに いまここにあり
  我ちちの みもとにゆけば
  なんぢらの うちにきたると
  十字架に かかりしイエスは のたまひぬ
  あはれ世のひと 十字架は
  にくたいなしの しるしなり
  この肉体を クロスして
  我れ神の子と さとりなば
  久遠
(くおん)にいのちかがやかん
  久遠にいのちかがやかん

   二 仏教讃歌

  衆生
(しゅじょう)(こう)つきてこの世の
  焼くときも 天人みつる
  我が浄土 安穏なりと
  釈迦牟尼
(しゃかむに)の 宣(の)りたまひしは 現象の
  この世かはるも 実相の
  浄土はつねに 今ここに
  久遠
(くおん)ほろびず 燦々(さんさん)
  まんだらげ降り 童子舞ふ
  光輝く世界なり
  光輝く世界なり

   三 古事記讃歌

  天津日子
(あまつひこ) 火遠理(ほおり)の命(みこと)
  現象の わなにかかりて
  海幸
(うみさち)を 我(が)の力にて 釣りたまふ
  されどつりばり 失ひて
  まがれる鉤
(はり)に まよふとき
  しほづちの神 あらはれて
  めなしかつまの み船にて
  龍宮城に 導きぬ
  龍宮城はいま此処ぞ
  龍宮城はいま此処ぞ

   四 万教帰一讃歌

  しほづちの うみのそここそ
  創造の 本源世界
  汝らの 内にありとて
  キリストが のりたまひたる 神の国
  この世焼くるも 亡
(ほろ)びずと
  法華経の説く 実相の
  浄土何
(いず)れも ひとつなり
  十字まんじと 異なれど
  汝
(な)のうちにある天国ぞ
  汝のうちにある天国ぞ



 イエス・キリストが十字架にかかったというのは、“肉体なんて本来ないんだよ。あるのは、無限のいのちなんだよ” ということだ。仏教でもキリスト教でも日本古来の神道でも、みんなひとつなんです。そのすばらしい創造の本源世界、それが龍宮海である。「本来一つ」 の世界である。そこからすべてのものは出て来たのである。

 テキスト 『如意自在の生活365章』 の29ページ “入龍宮不可思議の境涯” というところにこう書かれています。


 ≪あなたは “神の子” で、その実相は霊的実在であるがゆえに、いまだかつて何人(なんぴと)もあなたの実相を見たことはないのである。またわたしの実相も神の子であり、霊であるから誰人(たれひと)もわたしの実相を見たことはないのである。

 “神の子” ということは神の延長であり、神の具体的顕現であるということである。神はいまだかつて生まれたることもなく死することもない生死を超越せる霊体であるから、その延長であり、具体化であるところの人間の本質実相もまた、いまだかつて 「生まれず、死せざる」 不生
(ふしょう)不滅の、生滅(しょうめつ)せざるところの “本来生(しょう)” の存在なのである。

 この “本来生” の存在の実相の中に自分の心が潜入し、没入し、超入することを “入龍宮” すなわち 「龍宮海に入る」 と称するのである。≫



 さて、龍宮城に行ったら乙姫
(おとひめ)さまが舞いおどっていて、ただ、歌っておどっているばっかりで年をとらないというでしょう。私たちも聖歌をうたっていると、年をとらないですよ。それは、時間・空間を超えた本源世界に入ってしまうからです。つまり、龍宮城に行くんですね。

 イエスは “神の国は汝らの内にあり” と教えられた。龍宮海は海の底にあると言いますけれども、これも “汝らの内にあり” で、地球上の海の底にあるんじやなくて、いのちの底の創造
(うみ)の根底(そこ)にあるんだと、教えていただいているわけです。いのちの本源世界が、龍宮なんです。

 さて、聖歌 「生長の家の歌」 の三番の 「古事記讃歌」 には、「天津日子火遠理の命
(あまつひこほおりのみこと) 現象のわなにかかりて 海幸(うみさち)を 我(が)の力にて釣りたまふ……」 とあります。これは、古事記にある海幸・山幸の物語で、火遠理命(ほおりのみこと)(山幸彦)がお兄様の火照命(ほでりのみこと)(海幸彦)から無理に鉤(つりばり)を借りて海の幸を得ようと釣りにおいでになったけれども、魚は一尾(ぴき)も釣れず、おまけに鉤(はり)を魚にとられてお帰りになった。それで火遠理命(ほおりのみこと)は兄命(あにみこと)に鉤を返せと責められて、御自分の剣をくだいて五百本の鉤を作ってそれで償いをしようとせられたけれども兄命は受けとられない。千本作ってもだめで、なお 「もとの鉤を返せ」 と言われる。それで、海辺で泣いておられたら、塩椎神(しほつちのかみ)が現れられて、目無し堅間(めなしかつま)の小舟に乗せて綿津見(わだつみ)(海)の神の宮すなわち龍宮城に行くように教えられる。そしてそこで美しい豊玉姫(とよたまひめ)と結婚され、また失くした鉤は、一尾の鯛がのどに引っかけていたのを見つけて取り出されるという愉快な物語ですが、このことを歌われた 「古事記讃歌」 の解説が、テキスト 『如意自在の生活365章』 の32ページ以下に書かれています。


 
≪火遠理命(ほおりのみこと)とは日子穂々出見命(ひこほほでみのみこと)の別名であります。「現象のわなにかかりて」 というところに注意していただきたい。現象界の事物はすべて五官の眼で見ると物質でできているように見えるのである。それで、その物質世界を、それは “心の映像” の世界である」 ことを忘れて確乎たる堅固不滅の世界のように思わしめられる。これが 「現象のわなにかかりて」 である。

 そして、その現象という映像の世界のものを得ようと思えば、その映像を映し出している “心の世界” においてまずそれを得なければならないのに “心の世界” を貧しいままにしておいて、現象の富や幸福を得ようとする。これは正しい道ではない。いわば 「曲がれる鉤
(はり)」 である。≫


 このように書かれております。

 古事記の物語は単なる物語ではなくて、今の私たちの生活にあてはまることなんですねえ。私たちはともすれば、この世界は物質で出来ている、人間も物質で出来ている肉体にすぎないと、こう思っている。そうすると劣等感に引っかかったり、嫉妬心に引っかかったりなんかして、そこから、自分の “我” の欲望を満足させるために “曲がれる鉤
(はり)” で、策略を弄して、人を引っかけて奪うようなことを考えたりする。そういうのは 「日本の道ではない」。そして、「そういう心を起こすならば、『奪うものは奪われる』 という “心の法則” によって、かえって人から奪われることになるのである。この真理を 『曲がれる鉤にて釣った時、逆に鉤を魚に奪われた』 という神話によって示されているのである」 と、こう書かれているんです。

 人間は本来龍宮にいて、無限供給の世界にいるのに、現象に引っかかると、そういう貧しい夢を見るわけなんですねえ。

 そこで、無限供給の本源世界である龍宮城に還るには、“目無し堅間の小舟
(めなしかつまのおぶね)” に乗ればよいというわけです。

 さて、「目無し堅間の小舟」 というのはですね。引きつづいてこのテキストにありますが、「目無し」 というのは時間の目盛りがないということ、すなわち 「無時間」 の象徴であると書かれています。時間の流れというのは、いのちが自己表現するためにつくり出している “認識の形式” であって、いのちが時間に支配されるものではないんです。永遠の時間が自分のいのちの中にある。自分が時間の主人公なんです。

 それから、“堅間” というのは、ギッシリとつまっていて 「無空間」 の象徴である。即ち、すべての 「曲り」 も 「引っかかり」 も 「喪失」 もないいのちを表わしているのである。そういう 「喪失」 や 「引っかかり」 というのは、時間・空間の流れの世界において起ることであって、時間いまだ発せず、空間いまだ展開せずの本源世界には、何かひっかかったり失われたりするようなことはないんです。だから龍宮城に行けば、失った鉤が出て来たのは当然なんです。空間というのは生命の表現の世界であって、映画のスクリーンに映画を映し出すように、生命が仮りにつくり出したスクリーンのようなものであって、それは本来外にはない、いのちの中にあるんです。

 テキストには引きつづいてこう書かれていますねえ。


 
≪“時間” いまだ発せず、“空間” いまだ展開せざる “無時・無空” の極微の一点――極微すらも未だあらわれざる一点においては、一切の 『引っかかり』 も、『曲がり』 も、『喪失』 もない――この一点を 『無字の一点』 というのである。『無の門関』 といってもよい。意識が現象の世界を脱してこの一点に乗ることを 『無目堅間の小舟』 に乗るというのである。

 すなわちわたしたちが神想観を修して、『吾れ今五官の世界を去って実相の世界に入る』 と念ずるときのその 『五官の世界を去る』 状態が 『無字の一点』 に坐することである。この 『無字の一点』は、単なる有無相対
(うむそうたい)の 『無』 というような浅い意味ではないのである。それは 『相対無』 ではなく、『絶対無』 である。『無』 の門関に停(とど)まってはならないのである。≫


 と書かれていますが、「有無
(うむ)相対」 というのは、有るものは有って、別にまた何も無い世界がある、というような相対的な 「有」 と 「無」 と対立するような世界ではない、対立を絶した本源世界である、ということですね。「『実相とは空なり、空とは実体がなく、変化無常の義なり』 などと、ある仏教学者は説くのであるけれども、それは 『無』 の門関に佇立(ちょりつ)していて一歩も龍宮海に航せず、龍宮海に入った霊的体験をもたない人の寝言である」 と先生は書いておられます。つづいて、


 
≪『無の門関』 につないである 『無目堅間の小船』 の纜(ともづな)を解いて、龍宮界を航し、龍宮城に入るとき、そこに無限次元の無限荘厳・無限厳飾(ごんじき)の世界があらわれ、無限の乙姫きたりて、われに仕えるということになるのである。そのとき、『法華経』の “如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)” の自我偈(じがげ)にある如く、わたしたちは現象的な生老病死の世界を超え、貧富の世界を超え、憂怖(うふ)もろもろの苦悩充満せりと見える世界を超え、天人常に充満し、宝樹華果(ほうじゅけか)多くして衆生遊楽(しゅじょうゆらく)の世界を “実相覚” にて観ることが出来るのである。そこは無限常楽の世界であって “天人五衰の世界” を超える。≫


 と書かれています。『法華経』 の “如来寿量品” の自我偈というのは、


  
衆生劫尽きて、大火に焼かるると見る時も
  我が此土
(このど)は安穏にして天人常に充満せり
  園林
(おんりん)(もろもろ)の堂閣、種々の宝もて荘厳(しょうごん)せり
  宝樹華果多くして、衆生の遊楽する所なり
  諸天、天鼓を撃ちて、常に衆
(もろもろ)の伎楽(ぎがく)を作(な)
  曼陀羅華
(まんだらげ)を雨(あめふ)らして、仏及び大衆に散(さん)
  我が浄土は毀
(やぶ)れざるに、而も衆は焼け尽きて
  憂怖
(うふ)(もろもろ)の苦悩、是(かく)の如き悉く充満せりと見る。


 というすばらしい句ですね。常楽そのものが人間である。常に衆
(もろもろ)の伎楽を作(な)し、曼陀羅華を雨ふらしている。それが本当の人間であるというわけです。天人五衰というのは、天人でもやがて、みにくく衰えて死ぬ、ということですが、そんな世界を超えてしまう。本当の喜びの世界はここにあるんだということなんです。そのことが、聖歌 「生長の家の歌」 の二番の 「仏教讃歌」 にうたわれているわけです。

 こんなすばらしい聖歌をうたうことのできる私たちは、何と幸せなんでしょうか。これ以上のありがたいことはないと思います。


    “乱にいて治を忘れず”


 「衆生劫尽きて大火に焼かるると見る時も、我が此土は安穏にして天人常に充満せり」 というのは、人々が大火事に焼かれるように苦しんでいても、我れひとり悟りすましていればいいという意味ではないと思います。いや、自分も衆生といっしょに大火の中にいて、常楽の世界を知らなかったら、苦しんでいる衆生を救うこともできないけれども、常楽の世界を知ってはじめて苦しんでいる大衆を救うことができるのではないですか。

 こんな話があります。

 昭和45年のことですが、イスラエルの旅客機がハイジャックにあいました。148人の乗客を乗せて、オランダのアムステルダムを離陸してまもなくのこと、機内で撃ち合いが始まった。もしも、弾丸が燃料パイプや圧力系統に当ったら、飛行機は爆発するか墜落する。乗客は悲鳴をあげ、逃げようとして混乱するばかり。機内は興奮の空気に満ちました。パニック状態というのでしょうね――生きるか死ぬかの境目です。
 その時、スチュワーデスが、乗客のみなさんによびかけました。

 ――何と言ったでしょうか。「みなさん、落ちついて下さい」 なんて言ったって、おそらく何のききめもなかったでしょう。そのときにスチュワーデスは、

 「みなさん、歌をうたいましょう」

 と言ったんです。

 そうして、“シャローム・アレシェム” というユダヤの歌、これは “あなたに平和を” という意味だそうで、おそらく讃美歌のような歌だと思うんですが、その歌をうたい始めたんですね。

 そうしたら、どうなったでしょうか。

 理屈を言って説得しようとしてもだめなときでも、神を信ずる人の歌というのは、パッと人の魂に訴えて、感情を落ちつかせてしまうんですね。

 その歌声とともに乗客は落ちつきを少しずつ取り戻していって、結局、犯人はつかまり、機は無事に着陸した、ということです。

 これは田中舘貢橘
(たなかだて こうきつ)先生が、『新教育通信』 という月刊の小冊子に書いていらした話ですが、平和な魂から響いてくる音楽は、論理で説得する以上に直接的に、私たちの心に、魂にひびいて、いっぺんに心を動かしてしまう、というわけですね。「治にいて乱を忘れず」 ではなく、「乱にいて治を忘れず」、これが生長の家です。


    音楽が病気を治す


 また、音楽には病気を治す力もあるということで、ここに持ってきました 『ドイツ短信』 という新聞には、ベルリンで 「音楽治療会議」 が行われたという話が載っています。

 「音楽が人体に大きな影響をおよぼすことはすでに古代ギリシャ時代からわかっていたが、科学として研究が進められだしたのは最近のことで、いくつかの発見がセンセーショナルな反響をよんだ」 という前書きで、いくつかの例が挙げられているんですが、病気の治療に効果のある音楽としては、たとえば胃腸病にはモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークがいいとか、またベートーヴェンの田園交響曲の第二楽章がいいという説もあり、手足のマヒした患者のトレーニングにはスローワルツやゆっくりした聖歌がいい、婦人病の治療にはバッハの音楽がいい、神経性精神病患者には合唱がいい、といった発見があるというんです。そのほか陣痛時に音楽を使ったり、歯医者が音楽を流して治療をやわらげたりしているというのですが、それは当然のことだと思います。実相から鳴りひびいた音楽は、本当の平安を与え、心の平安はすべてに調和をもたらし病気も治すということではないでしょうか。

 アディントン原著・谷口雅春先生訳の 『奇蹟の時は今』 には、カサリン・クールマン夫人の行なった奇蹟について、こう書かれています。――


 
≪会場の外に行列して入場の順番を待っている群衆の中には、信仰の電波のようなものが雰囲気となって漂っていた。……見る見るうちに劇場の中は満員になってしまった。……しずかにクールマン夫人が舞台に進み出た。彼女の第一印象は非常に謙遜な人であった。彼女は集っている群衆が自分の歌に合唱するように導いて、『神われに触れ給え』 の歌を唱いはじめた。……場内が聖歌の声で充満したとき……神癒が始ったのだった。

 癒された人々はその奇蹟に驚異と畏怖とに満たされていた、誰も真に神癒が起ったことを信じないわけには行かなかった。……その晩に起った神癒は百余のケースにのぼった。クールマン夫人は神癒をアナウンスし、かつその癒された人々に話しかけるのにくたびれて息切れしてフーフー言っていた。……人々はあらゆる種類の病いが癒されるのをその眼で見たのであった。第二時間の終りになるとクールマン夫人は突然、閉会を宣言した。『おお、私は説教をすることを忘れてしまっていました。皆さんに大変よい説教を用意していましたのに!!』 と彼女はいった。……≫



 ――真に神を信じて聖歌をうたえば、私たちもクールマン夫人以上の奇蹟をあらわし得るのではないでしょうか。


    “曩祖太鼓”の迫力の根源は


 もう一つ、ここに用意して持ってきましたのは、“曩祖太鼓
(のうそだいこ)”の録音テープです。これは、天皇陛下御在位五十年の奉祝に演奏されたり、相愛会男子全国大会で演奏されたりしましたのでお聴きになった方がたくさんいらっしやるのではないかと思います。私は実は生(ナマ)で聴いたことがなくて、録音で聴いただけなんですが、太鼓の演奏だけでこんなに感動を与えるものかとびっくりしたものです。録音でも感動するものなので、生だったらもっとずっとすばらしいと思うのですけれども、ちょっとお聴きください。
 ――(曩祖太鼓の録音テープ再生)――

 これは、「天孫降臨」 という題がついているので、「天孫降臨」 を太鼓で表わしたものだということです。「曩祖太鼓」 の解説のパンフレットによりますと、この太鼓を打つ青年たちは心を浄めて、生活を正して、想像を絶するような気迫で打っているんだそうですが、その気迫が魂にひびいてきますね。「聴きに来た若人達が、演奏する若者達の気力溢れる姿を見て、静かに自らをかえりみるひとときを持ち、精神の活力を得て、“この太鼓は世直し太鼓だ” “あの太鼓はわれわれに何かを訴えている” “頭を殴られたような気がした” などと評した」 ということがやはり、パンフレットに書かれています。

 そして、こういう太鼓の曲を作曲する青柳主宰はですね、「作曲の時は一晩中神殿に坐り、遠く神々の助言を得て作らないと、とても自分一人の力では作曲なんて出来ないんだ」 といっておられるそうです。それからまた、谷口雅春先生の 『古事記と現代の預言』 というご本を読んで霊感を得て、作曲されたんだということも聞きました。

 皆さまご存じのように、『古事記』 の最初には、

 「天地
(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天原(たかあまはら)に成りませる神の名(みな)は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

 とありますね。その 「天地の初発の時」 とは、皆さん、いつのことでしょう。今から何億年、何兆年前のことかとふつう考えるでしょう。「天地のはじめの時」 とは、「宇宙創造のはじめの時」 ということでしょうが、それは 「今」 なんですよ、ということです。「今」 が天地のはじめの時なんですよ。昔々のことではないんです。われわれはそこに立つことが出来るんです。われわれのいのちそのものは時間・空間を包み超えた存在、時間・空間をもつくり出した存在である。だから、“「今」 がはじめだ” ということが言えるんです。そして、その 「今」 といういのちの本源世界に立ったとき、すべてのものは、本来ひとつなんだ。すべては、時間も空間も超えたところのいのちの 「ひとつ」 の世界から現われて来たんです。たとえば指が五本あったってもとはひとつであると同じです。そのもとのいのちの世界に入れぱ、天地のはじめの時は 「今」 なんだということがわかって、そこから天之御中主之神を中心に無限に広がるところの宇宙大交響楽が鳴りひびいている、その中心に自分が立っていることになるんです。

 “高天原” というのは、どこか遠い所の空間の一定の場所をいうのではなくて、「今此処」 であり、時間・空間を超えた実相の世界だと、谷口先生はお教え下さっています。そして “成りませる” というのは、ふつう、そこへ “お成りになった、おいでになった” というふうに解釈しますけれども、本当は “鳴りませる” で、“鳴りひびいている” という意味なんだ。実相世界に鳴りひびいている音楽の中心が天之御中主神であって、鳴っているんです。響いているんです。そう谷口先生は 『古事記と現代の預言』 でお教え下さっているんですが、「曩祖
(のうそ)太鼓」 主宰の青柳さんは、これを読んで、“天之御中主神は鳴っているんだから、鳴らそう” と思われたんじゃないでしょうか。『日本誕生』 という作曲の中に、「造化の三神」 というのもあるんですね。

 キリスト教の聖書にも、“太初
(はじめ)にコトバあり、コトバは神なりき。よろずのものこれによりて成り……” とありますが、これも “よろずのものこれによりて鳴り” です。すベてのものは鳴っているんだ。“これによらで、鳴りたるはなし”――神様のコトバによって鳴りひびいていないものはない。そういうものは存在しないんだというわけです。

 『古事記』 の中の、イザナギの命
(みこと)、イザナミの命の国生みの話だって、谷口先生の解釈は、とてつもなくおもしろいですね。イザナギの命がイザナミの命に、“汝(な)が身は如何に成れる” ときかれる。これも、“汝が身は如何に鳴れる” です。あなたの鳴り響かせているコトバ(思い)はどういうコトバ(思い)ですか、とお問いかけになったのですね。

 “わが身は成り成りて成り合わざるところ一処
(ひとところ)あり” というのは、先生の霊感的解釈によれば、女体の生殖器のことをいっているのではない。常に “合わんなあ” と消極的な思い、不平不満な思いをもつことで、それが先立つと、“女(おみな)(こと)先だちてふさわず” で “蛭子(ひるご)が生れた” とあるように、ものごとは、よき創造は出来ない、ということになる。

 イザナギの命というのは、陽の神様で、“成り余れる” というのは、どこまでも積極的に鳴り響いている。それが先きに立ったときは、すばらしい健全な子供すなわち、よき創造が出来るんだというわけなんです。

 だから、欠点をあげつらうようなことが先に立ったら、いいものは出来ないということなんですねえ。欠点に引っかかるというのは、現象のわなに引っかかるということで、本来の完全円満な世界、「天地の初発の時」 の本源世界を忘れて唯物論におちいっているということです。

 そうすると唯物論の象徴であるイザナミの命はやがて黄泉国
(よみのくに)、死の国に行かれて、体中にウジがたかって穢(けが)れておられたということが、『古事記』 に書かれています。それを見られたイザナギの命はいのちからがら生命の国に逃げ帰られて、「あなしこめしこめき穢(きたな)き国に到りてありけり」 といって、筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちはな)の小戸(おと)で喫祓(みそぎはらい)をされる。その時に住吉大神がお生れになるわけです。

 ねえ、私たちが今、聖歌をうたうことは、このイザナギの命の喫祓にもあたることだと思います。そうすると、聖歌をうたうのは住吉大神のお力であって、聖歌をうたえば天照大御神が出て来られるということになります。




    聖 歌 の 力


 本部のある女子職員は、聖歌が好きでよく唱っていたけれども、あるとき家庭のことと仕事のことなどで板ばさみになって、悩みに悩んだことがあり、そのときにフト、聖歌を唱い出したら、はじめは悲しみの涙だったのが、途中でフワッと変ってすべてを超越したような気持になって、喜びの涙にかわってしまったと言っていました。そして気がついたら、環境がすっかり喜びの環境に変っていたというんです。聖歌には、そういう力があるんですね。

 聖歌を唱うということは、大真理のコトバに、メロディーがついて、リズムがついて生命の躍動そのものである。極楽浄土のひびきを唱うわけですから、まったくすばらしいことなんですねえ。そして、太鼓ですらあれだけの感動を与えることができるとすれば、人間の声のコーラスというのは、もっと直接的に魂のひびきがストレートに伝わるものですから、太鼓などよりもっと人を動かす力のあるものだと思います。

 先日は、本部の慰霊祭で、私たち聖歌隊が 『久遠いのちの歌』 を唱いましたが、私はもう唱う前から感動して、感動で声が出なくなってしまうんではないかと思ったくらいでした。われわれの存在は肉体がほろんでも滅びない、永遠の存在だということをうたい上げたすばらしい歌で、最後は 「尽十方
(じんじつぽう)に満つるものこそ応(まさ)に 『我(われ)』 なり」 という歌詞(ことば)を高らかにうたい上げるんですけれども、私は 「尽十方……」 と唱ったときに、本当に自分が宇宙そのものになったような気持になってしまった。ふっと我にかえったら、唱い終ってそこに立っている自分があった。あとで祭員の古川君という本部員が、

 「岡さん、あの “久遠いのちの歌” はすばらしかった。最後は本当に感動して涙が出ましたよ!!」

 と言ってくれたんですが、唱っている私自身がその前に、聖歌の歌詞になり切って感動していたんです。


    ハーモニーのよろこび


 その聖歌が今、これまでのように一つのメロディーを唱うだけじゃなくて、三部合唱とか四部合唱で唱うための合唱譜がつくられているんです。

 実は、こうして聖歌を盛んにうたおうという動きが出てきました一つのきっかけは、昨年副総裁谷口清超先生・恵美子先生ご夫妻がブラジルに御巡錫
(じゅんしゃく)されましたが、そのとき向うは非常にコーラスが盛んで、ゆくところゆくところ、きれいなコーラス、よろこびの大合唱で迎えられた。それにたいへん感動してお帰りになりまして、ぜひ日本でもコーラスを盛んにするように、聖歌隊も充実させなさいというご指示をいただいたことでした。

 そうして聖歌を盛んにするために、このたび大型の立派な楽譜が出版されることになりまして、これはピアノの伴奏譜も完備し、歌は二部、三部、四部といった合唱用に編曲されまして、合唱譜ができつつあるわけです。

 それで私たち嬉しくなりまして、先日は東京の青年会の一泊見真会をやっていましたときに、編曲ができたばかりの 「青年会の歌」 をすぐ二部合唱で歌いました。そうしたら、みんなとても喜んでくれたんですが、それは真理のひびきが神の子のいのちに共鳴するんです。そして聴く人の実相の輝きが出て来るんです。しかしなんといってもまず第一によろこべるのは、唱う本人です。

 私達みんな一人一人個性がちがう、その個性を発揮しながら調和してハーモニーをつくるとき、そこにすぱらしい美しいひびきがあらわれる、それがコーラスです。コーラスをするとき、お互いのひびきを聴き合うので、愛があらわれるんです。音楽は、コーラスは愛であると思います。このコーラスの輪がどんどん広がって行って、やがて武道館に何万人集った時も、単純なメロディーだけではなく、ハーモニーのついたコーラスをする。あるいは、生長の家の誌友会ではどこでもきれいなハーモニーのコーラスが出来るというようになってごらんなさい。みんなそれに惹
(ひ)き込まれてどんどん人が集まって、救われて行きますよ。すばらしいことになるとお思いになりませんか。


    住吉大神御顕斎と聖歌


 こうして聖歌を盛んにうたおうという動きが出て来たことは、本当に住吉大神
(すみよしのおおかみ)のおはたらきであると思います。

 住吉大神というのは、住み吉
(よ)き世界すなわち龍宮世界に導きたまう神であり、火遠理命(ほおりのみこと)を龍宮城に導き給うた塩椎神(しほつちのかみ)の別名でありますね。また、イザナギの命が黄泉国(よみのくに)から生命の国に帰られて禊祓(みそぎはらい)をされたときにお生れになった、浄めの神で、そのあとに天照大御神(あまてらすおおみかみ)がお生れになるんですねえ。つまり唯物論を粉砕して光一元の世界をあらわしてくださる宇宙浄めの神であると、お教えいただいております。

 今年は住吉大神を御顕斎
(けんさい)申し上げる年ですから、その住吉大神の御働きがいよいよ顕著にあらわれて、宇宙浄めの聖歌を盛んに歌おうということになってきたのではないかと思うんです。

 それに、お祭りにはお神楽
(かぐら)など、音楽が付きものですから、この御顕斎の年に音楽が出て来たともいえるんではないでしょうかねえ。

  村の鎮守の神さまの
  きょうは楽しいお祭り日
  ドンドンヒャララ ドンヒャララ
  ドンドンヒャララ ドンヒャララ……

 というなつかしい歌もありますねえ。その祭りの歌をうたおうと……ね。

 それから、ここに賀川豊彦さんの 「神の祭」 という文章があります。賀川豊彦さんというのは有名なクリスチャンで社会救済運動に挺身された方で、もうだいぶ前に亡くなられましたが、私は生前に賀川先生の講演を二、三回聴いたことがあります。霊感的な、火を噴
(ふ)くようなお話でした。その賀川豊彦さんの 「神の祭」 という、熱烈な詩的な文章です。ちょっと西洋的なにおいの強い表現の文章ですけれども、読んでみます。


 
≪聖パウロは言った。“その身を活ける供物(そなえもの)として神に献げよ” と。

 五尺の鯉
(こい)を神に祀(まつ)ることは最も愉快なことである。
  
(この 「五尺の鯉」 というのは、人間のことを言っているんです―話者)

 吾々の生活の凡
(すべ)てが神への供物であり、祭であるのだ。

 祭だ、祭だ! 花火が上り、楽隊が聞えるではないか。我々の生涯のあらゆる瞬間が神への祭だ。表に五色の旗が翻
(ひるがえ)らなくとも、魂の奥には、永遠の燻香(くんこう)が立ち昇る。神への燔祭(はんさい)は、我々の赤き血そのものである。

 若き小羊を捕えて神に献げよ。全き小牛と全き小羊を神に献げよ。日本の若者の魂を捕えて神に献げよ。神への奉加は、吾々の生命そのものであらねばならない。吾々の玉串は、生霊そのものであらねばならぬ。完全に我々の全生命を神に祀ろうではないか。我々の肉体、我々の生活、我々の精神、我々の学問、我々の芸術、そして我々の道徳を神への献げ物として八足
(はつそく)台に献げようではないか。

 永久
(とこしえ)の祭だ、永久の歓楽だ! 不滅の花火、無限の祝典、生命の神饌(しんせん)は永劫(えいごう)に尽くべくもない。両国の花火はなくとも、我々の心臓のうちには、不滅の血が花火以上に赤く爆発する。≫


 これが賀川豊彦さんの 「神の祭」 という文章です。私たちも、顕斎の年を迎えて、毎日毎日の生活を、すべてを神への祭りにしようじゃありませんか。素裸になって、すベてを神さまに献げてしまうんです。そのとき、神さまからすべてが与えられているんです。こんなうれしいことはないじゃありませんか。


    生命芸術の創造を


 賀川豊彦さんはまた、「生命芸術としての宗教」 という題でこう書かれています。

 「私は敢ていう。宗教ほど大きい芸術はない。普通にいわれている芸術は、感覚を通じての局部芸術だ。宗教だけが全生の芸術をもち、生命の芸術をもつ。」

 「宗教は生命芸術である」 と言われるんですねえ。このことばは、生長の家によってはじめて現実の意味が出てくるんではないかと思います。

 神想観をして龍宮海すなわち創造の本源世界に入ると、私達の中に時間も空間も全部ある。天地の初発の時、即ち今、自分は神さまと一つになって、宇宙創造をしているんだ。その中心がわれわれ一人一人なんです。この宇宙は神さまが指揮者であるところの一大交響楽だというわけですけれども、また、われわれ一人一人が神そのものですから、われわれ一人一人が指揮者であり、演奏者であり、宇宙創造の中心者であるわけです。どういう音楽をかなでるかということは、われわれ一人一人の心ひとつにあるわけなんです。

 「人間神の子」 の大真理をうたい上げて行きましょう。もっともっと素晴らしい歌をわれわれが創り出して行きましょう。そして、自分が創造の本源の中心にある自覚で、交響楽の演奏にも似たような、メロディーとリズムとハーモニーのある喜びの創造的運動をやって行こうではありませんか。


  (2018.8.1)
452 私はカメに導かれて龍宮に入った


 今、此処に龍宮がある。龍宮は外にあらず遠くにあらず、今此処に、わが内にあった。

 私が今生でそのことを初めて自覚したのは、高校2年から3年になる間の春休みのこと。ある日突然、その自覚、悟りに魂が打ち震えたのであった。

 それは――私には、「カメ」 という名の、熱心なクリスチャンだった祖母がいた。私が4歳の時に亡くなっているが、その祖母の霊界からの導きがあったのではないかと思っている。イエス・キリストは 「神の国は汝らの内にあり」 と言っているのである。

 それについて、昭和50年代の初めに榎本恵吾氏(「榎本恵吾記念館」サイト参照)と魂の出会いをし、共鳴して大いに燃え上がった時――昭和53年(1978)4月2日に、当時原宿の生長の家本部道場の 「日曜大誌友会」 で 「よろこびの歌をうたおう」 という題の講話をした。その録音を起こして加筆した記録を、『光のある内に』 という本のトップに収録して日本教文社から出版していただいた。この本は現在絶版になっているが、今読み返しても、できすぎるくらい良くできていると思われるので、2回にわけてここに再録させていただきます。


          ○


   
よろこびの歌をうたおう(1)

       (榎本恵吾 元本部講師〈故人〉との共著
       『光のある内に』〈昭和54年8月刊〉所載)

           〈昭和53年4月2目、生長の家本部道場の
           日曜大誌友会における講話。話者:岡正章〉


 皆さま、ありがとうございます。

 きょうのお話の題は 「よろこびの歌をうたおう」 というのでございます。

 どういうわけか私、“音楽きちがい”というくらい音楽が好きで、特に最近、「歌を唱おう」 「コーラスをしよう」 ということをあまり熱心にいうものですから、この道場の行事を担当する宗務部の大野部長さんから、「岡さん、そういうことを道場の講話で話しませんか」 と言っていただき、これは神様のお言葉だと思いまして、喜んでお引受けしたわけでございます。

 それから、「あしたの朝までに、講話の題とテキストを考えておいてほしい」 といわれまして、「はい」 とお受けしてその晩寝ましたら、明け方に、いろんな題がたくさん浮んでまいりました。

まず、「目無堅間
(めなしかつま)の小舟(おぶね)にて龍宮に入る」 というのです。このことについては、あとでお話しさせていただきます。それから、こんなことばが出てまいりました。

  「そよ風が歌っている!!」

  「すべてのものが歌っている」

  「あなたの歌はどんな歌か」

  「大自然が歌っている」

  「声なき歌を聴け!!」

  「生命の讃歌をうたおう」

 つぎつぎにこんなことばが自分の魂の底から出て来たんです。でも結局、「よろこびの歌をうたおう」 という、わかりやすい題にしていただいたんですけれどもね。

    すべてのものは歌っている!!

 さて、皆さん、音楽というのは音楽家とか特別な人がやるものと思っている方があるかも知れませんが、私は、そんなものではないと思っています。私も音楽の専門家ではありませんが、音楽が好きなんです。皆さん、心を澄ましていのちの耳で聴いたらすべてのものは歌っているんですよ。すべてのものは踊っているんですよ。草も木も、小川のせせらぎも、小鳥のさえずりも、みんな大宇宙の音楽でありますよ。谷口雅春先生がお悟りになった時の、「天使の声」 という詩にも、このように書かれています。

≪ある日、私は心の窓を開いて、
 大生命のみ空から光線のように降りそそぐ生命の讃歌に耳を傾けた。
 ああ! 声のない奏楽、声を超えた合唱
 けれどもわたしはその声を聞いていた。
 宇宙の囁
(ささや)き、神の奏楽、天使のコーラス。
 わたしの魂は虚空
(こくう)に透きとおって真理そのものと一つになった。
 なんという美しい旋律だろう。
 「これが真理そのものか!」 とわたしは恍然
(こうぜん)として嘆声を漏らした時、
 「お前は実在そのものだ!」
 わたしはこう言って天使たちがわたしを讃える声を聞いた。≫


 それから 「朝讃歌
(ちょうさんか)」 という先生の詩があります。その中には、「空気が躍っている……」 という言葉が出て来ますけれども、これは、科学者もそう言っていますよ。空気中のチリなんて目に見えないでしょう。けれども目に見えない空気中のチリだって、水中のチリだって全部おどりまわっているということがわかった。これをブラウン運動というんです。ブラウンという植物学者が、はじめ、水滴の中の花粉を顕微鏡でしらべていたら、動物のように動いているのでびっくりしたんです。ところが動いているのは花粉だけではなくて、チリでも何でも生き物のように踊りまわっていることがわかったんです。すべては歌っておどっている。

 また、アメリカのジョーンズ・ホプキンス大学のアンドリューズ教授は、こう言っています。

 「吾々は今や新しき発見をなしつつある、それは一言にして謂
(い)えば、われわれの住むこの宇宙の基礎的本質は“物質”ではないのであって、それは音楽である」――これは、谷口雅春先生が、『生長の家』 誌の昭和50年5月号の法語の中に引用して書かれているんです。また、谷口雅春先生は 「この宇宙はいわば神の演奏し給う一大交響楽である」 と 『若人のための78章』 というご本にも書かれています。

 それから、『真理の吟唱』 の中の 「天国の荘厳を実現する祈り」 というのには――

 
≪見よ、われらの環境の美しきかな。すべての存在は生命が脈動して光を放ち、輝いて見え、どこにも死物の如き物質は存在しないのである。まことにこの世界の一切のものは、釈尊が菩提樹下(ぼだいじゅげ)において覚(さと)りたまいし時の如く、山川草木国土(さんせんそうもくこくど)ことごとく、神の実現、仏の現成(げんじょう)たる世界なのである。山も歌い、川も歌い、草も木も、国土も、すベて“神の生命の讃歌”をうたう。山は川を讃えて聳(そび)え、川は山を褒めて潺湲(せんかん)として流れる。樹草ことごとく美しき華をひらき、豊かなる五彩の果実たわわに結ぶ。天人天鼓(てんく)を撃ち、美しき伎楽を為し、天女山腹に舞い遊びて、五彩の花吹雪降る。今、心眼われにひらきて、この美しき実相を見る。≫

 すばらしいですねえ。また、『天使の言葉』 には、こう書かれていますよ。“汝の肉体は汝の念弦の弾奏する曲譜である”――そうすると、私たちの肉体そのものが、歌なんですね。肉体は生命が奏でるところの歌であるわけです。ですから、皆さまがたお一人お一人だって、声は出さなくても、みんな歌っていらっしやるんですね。

 そこで、“あなたの歌はどんな歌か”というわけです。


    あなたの歌はどんな歌か?


 人間は本来神の子であって、神の世嗣
(よつぎ)として、神の全財産をゆずられている。神の全財産とは全宇宙です。全宇宙のすべての宝が自分の中にあるんですから、これ以上、何も外に求めることはない。みんな自分の内にある。ですから人間は、ただ喜ぶことしかないんです。ただ与えることしかないんです。だから、私たちは本来、喜びの歌をうたうしかないんですね。そして、喜びの歌をうたえば、どんどん喜ぶべき世界が展開してくるんです。

 ところがその神の子の本来の姿を忘れて、私達の本来の喜びの歌を忘れて、悲しい夢を見て悲しみの歌を歌ってみたり、“ああ、とんでもない重荷をしょっちやって”とか“あの人が憎い”とか“とても私にはできません”なんていう歌を歌ってる人がある。そうすると、心に歌う通りの悲しい世界があらわれてきたりするんですね。

 きょうのテキスト 『如意
(によい)自在の生活365章』 の74ページに、こう書かれています。

≪  心に明るい調べを歌いなさい

 われわれ自身の 「心の波長」 (むしろ心の波調というべきか) が、その波長の合う出来事を引き寄せるのである。われわれの心の波調が “悲しみの調子” を奏でるならば “悲しい出来事” が集ってくるであろうし、われわれの心の波調が “喜びの調子” を奏でるならば “喜びの出来事” が集って来るであろうし、われわれの心の波調が “恐怖の調子” を奏でるならば “恐怖すべき出来事” が起ってくるであろう。

 宇宙には、いろいろの種類の出来事のイメージが、“心の波” に乗って漂っているのであるから、自分の “心の波調” しだいで、宇宙に漂っている色いろの出来事のイメージの内、自分に波調の合うイメージが “放送電波” に乗って引き寄せられるような具合になって、その姿を自分の身辺にあらわすことになるのである。

 何も人を恨むことはない。 一寸
(ちょっと)たち停って自分の “心の波” がどんな調子を奏でているか省みるがよい。そして、それが暗い曲調のものであれば、明るい曲調の “心の波” に変えるがよい。“悲しみの歌” を歌うな。心に “喜びの歌” をうたいなさい。≫

 とこう書かれています。心に “喜びの歌” をうたうと、喜びの世界があらわれてくるというわけなんです。

 婦人局の田中イサノ先生が、この間こんなことを話しておられました。昔、あるお友達と二人、よく別れの歌、悲しい歌をしみじみと唱っていたら、多勢のお友達の中でその二人だけが、早く御主人と死に別れてしまった。ところがその後生長の家のみ教えを知って、本当の喜びの世界を知って、パッと明るい歌を唱うようになられた。生長の家には、『讃春歌
(さんしゅんか)』 という明るい歌がありますね。

  
外に花咲く 春が来た、
  内にも花咲く 春が来た、
  外にも内にも 春が来た、
  心の中
(うち)に 眠ってた
  神が目覚めて 春うたう
  心ほのぼの 春が来た。
  心ほがらか 春が来た。


 という、とても明るい歌です。こんな歌を、お掃除しながらでもどんどん歌うようになられたそうです。そうしたら、運命が明るい方に明るい方に、どんどん展開して行って、現在はこの光明思想を人々にお伝えする聖業の本部で重職にあって大活躍をなさっているというわけなんです。

 とにかく、人間は神の子としてすべてを与えられて、神のいのちによって生かされているわけですから、ただ喜ぶことしかない。ただ喜んで、心にいのちの“喜びの歌”をうたい、喜びをひとに与えて行けば、その人はますますすばらしい人生を自ずからつくり出すわけです。

    日本人は本来生長の家!!

 日本人は古くからこのことを知っておったんですね。日本人は本来、みんな生長の家だった。というのは、お祈りをするにも、生長の家では、神さまに何とかして下さいと泣きついてお願いするような祈りをするんじやなくて、“すでに与えられております。有難うございます”という感謝の祈りをしますね。日本人はみんなそれをやっていたんです。これは 『理想世界』 に木間さんという方が書いていらっしやる。

 年のはじめには、昔は小正月
(こしょうがつ)といって、一月の満月の日には豊年満作の前祝いをやったというんです。まだ、その年のお米がとれるかどうかがわからないうちにですね、豊作のすがたを心に描いて、まず神様に感謝をした。そして、田植えだとか稲刈りだとかの真似事をして、みんな喜んで神楽をやったり、歌ったり、おどったりして、前祝いをした。そのように、まず “喜びの歌” をうたうというのが、日本人の本来の姿だったんです。

 そうして、歌には、ことばには、実現する力がある。特に日本では、“敷島の大和の国は、言霊
(ことたま)の幸(さきは)う国ぞ” とうたわれて、言葉の力というものが信じられていました。古くは歌といえば和歌ですけれども、歌を詠むと、その言霊の力によってその通りが現われてくるということが信じられ、また実際にそうだったんですね。

 で、古代日本ではどういう歌がいい歌とされたかといいますと、技巧のととのったきれいな歌がいいのではなくて、歌を詠
(よ)んだことによってその通りが実現したというような歌が、言霊(ことだま)の力のあるいい歌としてお手本にされているんです。そのことは、上智大学教授の渡部昇一さんが、『日本語のこころ』 という本に書かれているんですが、例えば、

  難波津
(なにわづ)に咲くや木(こ)の花 冬こもり
     今や春べと 咲くや木の花

 という歌があります。これは 『百人一首』 の試合の前に読み上げるならわしになっている有名な歌ですが、意味は、「難波津に梅の花が咲いています。今こそ春が来たと、梅の花が咲いています」 と、ただそれだけのことなんです。

 その難波津というのは、仁徳
(にんとく)天皇がご即位の前に、皇子としていらしたところであって、弟の皇子とご兄弟がお互いに “あなたが皇太子の位におつきなさい” と三年間もお互いにゆずり合われて、即位されなかった。そのときに王仁(わに)という帰化人が、不安に思って、まごころをこめて詠んだ歌なんですね。そしたら間もなく、仁徳天皇がみ位につかれた。王仁がこの歌にこめた祈りが実現したというわけです。

 そこでその王仁は、朝鮮からの帰化人だけれども、歌の父、和歌の父として讃えられることになったのですね。そんな例がいろいろと書かれています。われわれ日本人の祖先は、言霊の力を信じ、尊んだということで、すばらしいことではないでしょうか。


    私 の 体 験


 ここでちょっと私自身の体験をお話ししましょう。私は小さい時から身体が弱くて、学校を休んでばかりいました。私は、肉体が自分であると思っていましたから、体の弱い自分は駄目だ、ダメだと思い、いわゆる思春期を迎えて高校2年の頃に、何にも希望がもてないというような状態だったんです。運動会ではかけっこはいつもビリだし、内気で対人関係が苦手で、対人恐怖症みたいでした。

 その頃、盲腸(虫垂炎)をやって入院したんですが、医者が“ちょっと手遅れだから切らない”と言った言葉を耳にして、自分はもう死ぬんだと思いました。自分は身体が弱いし、肉体なる自分は罪深い、けがらわしい人間で、“罪の価は死なり”、もう死ぬばかりなんだと思っていたんです。実際は、医者が “手遅れだ” と言った意味は、“もう死ぬばかりだ” という意味ではなくて、“腹の中で化膿している。切ればすぐ治るという時期を失した。体が弱ってるようだから、今は切らないで、ペニシリンを打って氷で冷やして、まず膿を散らそう”ということだったらしいのです。ともかく、死ぬと思っていたのが死ななくて、だんだん快復してきました。

 おや、ふしぎだな、と思いながら退院しまして、家で静養していたある日のことです。突然、私のいのちに革命が起ったのでございます。“自分は肉体ではなかった。汲めば汲むほど泉のように無限に湧き出るいのちだ!!” ということを魂の底から感じて、生れ変ったのでございます。それは、表現できないほどの感動で――お釈迦様が説法なさったときに 「大地が六種
(りくしゅ)に震動した」 ということがお経に書いてあるそうですけれども、まさにそんな、私にとって驚天動地の革命的変化が、突然に起ったのでした。世界が、一変してしまったんです。

 今まで、“自分はもうこの世には何の希望もない、死ぬばかりだ” と思っていたのが、光り輝く世界に一変したのです。ちょうど、高校2年から3年になる間の春休みでしたから、若葉の萌え出ずる季節です。本当に、空気が躍っている、すべての草や木が歌っている、というような感じを受けましてね。じっとしていられないような感動に打ちふるえたんです。

 なぜ、そんなことが起きたのか――。

 それは、今になって思えば、私の内なる住吉大神様が、私を目ざめさせて下さったということなのでしょうか。

 実はその頃、父が生長の家の教えに触れていて、仏前で聖経 『甘露の法雨』 を誦
(あ)げたり、私の枕許にやはり 『甘露の法雨』 を置いといてくれたりしていました。しかし私は、その意味がわからなくて、表面の心ではそれに反撥したり、そんな父をバカにしたりしていたんです。“信仰” なんていうのは、少し頭のヨワイ人間のやることだ、位に思っていたのです。表面の心ではそう思っていたにもかかわらず、ですね、いのちの奥底に、その真理がひびいていたのでしょうか。ある日突然に、いのちの底から、魂の底から私をゆさぶり、私に革命を起させてしまったものがあった――眼に見えない、耳にも聴こえないところの何かが、私の魂をゆさぶったんですねえ。父が仏前で聖経を誦げたりしていたその霊的波動に感応して、先祖の霊の導きなどもあったのでしょうか、ともかく目に見えないものの力で私は目覚めさせられたんです。

 その頃、私は、山口県の山口市にいまして、山口高校の3年生になる直前でした。それまでは、さっきもいいましたように、自分はだめだ、死ぬばかりだと思って、全然将来の夢や希望をもつようなことはできなかったんです。そのときに私は突然、“無限のいのち”というものを体感した。自分は肉体じゃないんだ、出せば出すほど、いくらでも泉のようにわき出てくる「いのち」なんだ!! ということですね。谷口雅春先生の 『光明の国』 という詩には、こう書かれています。

  
生命の子供たちよ、
  自分自身を有限だと思うな。
  自分の力はこれ切りでお仕舞いだと思うな。
  自分の力を出し惜しみするな。
  節約という言葉は実に生命にとってはふさわしくない。
  答えよ
  生命の子供たち、
  貴方達は生命か物かどちらだ。

   (此時、生命の子供たちは起き上り一斉に手拍子とりつつ
    長老の周囲を歌いつつ舞う)

  わたし達は生命の子だ。
  太陽の子だ。
  光の子だ。
  雲が低く地を這
(は)うときも、
  雷霆
(らいてい)が暗黒(まっくろ)な地上を威嚇するときも、
  なおその上には、
  雷
(いかづち)の上には
  青空があろうように、
  わたし達はいつも曇りを知らぬ青空の子だ。
  歎きも、
  悲しみも、
  憂欝も、
  ただひと時の
  うわつらの雲のうごきだ。
  たとい
  雲があればとて
  地に陰
(かげ)が落ちようとも、
  雲の上には
  なお光が輝いていればこそ落ちる影だ。
  わたし達は物ではない、
  生命の子だ、
  光の子だ、
  いつまでも消えることを知らぬ太陽の子だ。

   (舞い終りて生命の子供達一同座につけば、
    生命の長老はいと満足げに言葉をつぐ)

  さて生命の子供達よ、
  生命の生長の秘訣は、
  生命を出し惜しみすることではなく使う事だ。
  生命を 『物』 だと思うな。
  使って耗
(へ)るのは 『物』 の世界のことだ。
  汝ら、生命を与え切れ、
  出し切れ、
  ささげ切れ。
  一粒の麦でさえ地に落ちてその全生命を捧げ切るとき
  幾百粒の麦の実となって生長するものだということを知る者は幸いだ。
  生命の世界では
  与えるということは
  生長するということだ。
  大きく与えれば与えるほど
  汝らの生長も大となるのだ。
  無限に与えたものは
  無限に生長する――
  その人は神だ仏だ。


 私はそのときまだ、谷口雅春先生のこの詩を知りませんでしたけれども、魂でこういうことを感じたんです。それまでは、自分は弱い肉体だと思っていましたから、なるべく安静にして、働かない方がいいんだと思っていました。

 それは昭和26年、まだ戦後の、食糧事情がよくなかったときです。うちは父がもと職業軍人で、終戦とともに失業し、多勢の子供をかかえ(兄弟7人です)苦労していました。それで、空地を耕して、ジャガイモを作ったり、カボチャを作ったりして食糧の足しにしていたんです。けれども、私は、力を出せば出すだけエネルギーを消耗して、自分の身体が弱るんだと思っていましたから、たいへんな利己主義者で、なるべく働かないようにしていたわけです。

 ところが、ある日、私の世界が一変しました。それまでは、消極的で暗くて利己主義者で、畑仕事やってくれといわれても何だかだと文句をいってやらなかったのが、もう動きたくてしようがない。いのちというものは動きたくてしようがないのが本性なんですね。自分のもっている能力をつかわないことの方が苦しいんです、本当はね。多くの人々に役立つくらいうれしいことはない。そういうことがわかったんです。それまではいわれてもやらなかった仕事を、言われなくても進んでやるようになった。今まで、いのちを使わない方がいいと思っていたのが違っていたということを自分で発見したわけです。やればやるだけ力も出てくるし、それだけ身体も丈夫になる。人間のいのち、生命力というものは無限なんだ!! ということがわかったんです。

 そうしましたら、それまで何の希望も描けなかった、大学進学などということも考えたことのなかった自分でしたが、あらゆることに無限の可能性があるという、希望が湧いてきたんです。

 その頃、昭和26年ですが、山ロ高校に赴任して来られた山中先生というのが、早稲田大学の文学部を出た方で、歌人で、新鮮な、哲学者のような魅力のある先生だったんですが、その先生が「君達、東京へ行け、東京へ行け」といわれた。山口というところは、県庁の所在地として、日本一静かな、あまり活気のないところです。

 「若いうちは、一流のものに触れることが大事だよ。東京に行ってみろ」 といわれるので、

 「それじゃ、自分は東京に行こう。家は経済的にとてもきついから、金のかからない、官立の学校に行こう、それだったら東大にいこう。最高のところに行こう。自分にはこれから、無限の前途がひらけている」

 そう思ったら、歌が出て来たんですよ。歌のように、希望のことばが湧いて来たんです。

 “東大だ!! 東大だ!! 
  そうだ、希望だ、東大だ!!”

 という風にですね。それがリズムに乗って出てくるんです。それで毎日、朝晩、その文句を書いていました。そうして一年間、希望にもえて一所けんめい勉強しました。そうしたら、それまでは山口高校から東大にストレートで入ったものは誰もいなかったんですが、私はそのいのちの歌の通りになって、見事ストレートで東大にはいっちゃったんです。

 よく、“灰色の受験生活” などという言葉があるようですが、私にとってはそんな言葉は全く無縁で、その受験勉強の一年間は、これ以上輝いたバラ色の日々はなかったというほど嬉しい輝かしい日々でした。

 まあ、そうして東大にはいりましたけれども、はいったあとがよくなくて私にとっては、はいる前はバラ色で、はいってからあとが灰色になってしまったんです。はいる前は “東大だ、東大だ” と希望にもえていましたけれども、入ってからうまく行かなくて、「こんなつまらない所か」 と思って、自分に合わなくて、退学願を出したりしたんですがね。

 何も東大に入るのが最高の道ではない。最高の真理は、“人間は神の子だ” ということです。だから、この生長の家の教えを知るということは、東大へ行くなどということよりはるかに素晴らしい、だれでもはいれる実相の大学の大真理を学ぶことなのです。(拍手)

 私は、東大にはいったけれども、東大駒場での勉強に自分のいのちを燃焼させることができなくて、苦しみ悩みました。大学での講義などには幻滅を感じて、あまり出ないで、本当に 「今」 を生かす真理というのはどこにあるのかと、宗教的なものを求めたりするようになりました。ですから大学の方は何回も落第したり休学したりしました。

 そうしたときに、私に希望を与えてくれたものは、私の魂に安らぎを与えてくれたものは、『生命の實相』 の御本であり、またもう一つは、音楽でありました。音楽と言っても、私の場合はクラシック音楽なんですけれども、私がさまよい歩いているとき、ふとどこかの家から聞えてきたピアノの美しいひびきに、何ともいえない安らぎや感動を覚えたりしました。また、レコードでベートーヴェンの音楽などを聴いても、じっとしていられないほどの感動を味わいました。そして、このベートーヴェンの音楽のような、力強い人生を自分も歩むのだ、と思いました。私は、谷口雅春先生の力強い御文章の力と、ベートーヴェンの音楽に、相通ずるものを感じていたんです。


    ベートーヴェンの“歓喜の合唱”


 よろこびの歌といえば、皆様、ベートーヴェンの第九交響曲の “歓喜の合唱” というのをご存じでしょう。それは、“人間はみんな神の子、いのちの兄弟だ!!” というので、喜びの火が燃えあがるような大合唱なんです。私は、ここに生長の家があると思うんです。ちょっとその大合唱のテープを聴いて下さい。これは実は私も合唱団の一員として歌っているテープなんです。
(合唱の録音テープ再生) 

 これは、ドイツのシラーという詩人がつくった詩に、ベートーヴェンが曲をつけたんですけどね、ただ、歌が出てくる一番最初のところの詞は、シラーの詩にはなくて、ベートーヴェンがつけ加えたものなんです。それは、

 "O,
(オー) Freunde(フロインデ), nicht(ニヒト) diese Töne(ディーゼ テーネ)!  Sondern(ゾンデルン)……"

 つまり、「おお友よ、こんなものではない、もっともっとすばらしい、無限のよろこびに満ちた歓喜の歌をうたおうではないか」 ということばなんですね。つまり、自他一体の本源の世界に入れば、表現し尽せないほどの無限のよろこびが湧いてくるんだということです。

 そして、そのあとに歌われているシラーの詩はやはり、ドイツ語ですけれども、手塚富雄さんという方の訳によれば、こういうことです。

「喜びよ、君は美しい火花、天の娘。火のように酔ってわれわれは君の神殿にふみ昇る。神の力によって君はふたたび結ぶ、時の波濤の分けへだてたものを。人はみな兄弟だ、きみのやさしい翼のおおうところ。さあ、抱(いだ)き合おう。人々よ、この接吻
(くちづけ)を全世界に。兄弟よ、あの星空の上にわれらの父はいます」

 要するに、人間はみんな神の子でいのちの兄弟だ、抱き合って喜ぼうと、火のように燃えあがる合唱です。

 これをオーケストラの伴奏で大合唱をやると、歌ったあと感激してみんな泣いてしまう……。

 私はこのベートーヴェンの第九に感動して、自分もこれを唱いたいものだと、学生時代から強烈に思っていました。谷ロ先生の前でこれを唱う夢を描いていたんです。そしたら数年前に機会が訪れてある合唱団に入って、谷口先生の前ではなかったけれども、第九を歌うことが出来たんですね。その録音が、さっきのテープです。強烈に魂の底から願うことというのは、やがて必ず実現するんだということを、この体験からも知った思いです。


    潜在意識が運命を支配する


 心理学者は、人間の心は上っ面の心のほかに、奥底に潜んでいる心、潜在意識というのがあって、過去に思ったことが全部心の奥底にたくわえられている、その潜在意識が運命を支配していることを発見して来ました。過去に蓄積した失敗の観念によって失敗をくり返すとか、過去にいやな思いをして、それが表面に出て来るのを無理に押えていると、ノイローゼになったりする。精神分析学とか深層心理学というのが発達して、だんだんとそういうことがわかって来たんです。

 人間の心というのは、たとえて言えば海の上に浮かぶ氷山のようなもので、氷山はその大部分が海面の下にあるわけですね。それと同じように、人間の心の大部分は表面に現われないで潜んでいる潜在意識なんです。潜在意識というのは無意識ともいうんですが、夜お酒を飲んで酔っぱらってしまってどうやって電車に乗ったか覚えていないが、気がついてみたら自分の家にちゃんと帰って寝ていた、なんていうことがある。それは潜在意識がちゃんと足を運ばせたんだというわけですね。そうして、人間の運命を支配するのは潜在意識の方なんです。それは氷山のたとえでいえば、海面上を吹いている風と、海流の方向が逆である場合に、氷山はどちらに流れますか? それは海面上の風の方向ではなくて、海面下の海流の方向に流れるでしょう。そのように、いくら表面の心で何かを願っても、奥底の心で 「それはとてもできないだろう」 と思っているようだったら、とてもそれは実現しないわけです。

    いのちの底に龍宮がある!!

 そうして、氷山なら海面下の部分にも限りがありますけれども、人間の心は限りがなく深いんです。そして、表面の意識は各人みんなバラバラみたいだけれども、潜在意識の奥底ではみんな一つのいのちにつながっているんです。だから、何も言わなくったって心と心は通じるんですね。そして、相手は鏡のようなものです。こちらが “あの人はいやな人だなあ” と思っているのに向うの人がこちらを “あの人は感じのいい人だな” と思っているようなことは先ず、絶対にあり得ないですね。こちらが思っていることは、何も言わなくても相手に感応する。パッと底の底で通じちゃうんですね。いくらうわべでおべんちゃらを言っていたって解るんです。

 そして、人間の心は人間とだけつながっているんじゃなくて、宇宙のすべてと――神さまとつながっている。宇宙の意識とつながっている。そして宇宙は、これは神さまの演奏し給うところの音楽であるというわけなんです。そこに鳴り響いているいのちは、みんな一つにつながっておって、神さまが無限のいのちを表現しようとせられている。その神さまの表現口が人間であるわけですね。みんな神さまにつながっている。そして、龍宮城は海の底にあるというんですが、創造
(うみ)の根底世界、すなわち潜在意識の底の底にあるということができるわけです。

 人間というのは形だけを見ていると、みんなやがて肉体は滅びて死んでゆく。天理教祖のお筆先によると、人間の寿命は百十五歳が限度だそうですけど、そのように肉体はみんなやがて死んでいく、はかない存在ですよ。いくら医学が進歩したって無限に生きるということは出来ないわけですから、地球の全歴史から見ても、人間の一生なんてほんの一瞬にしかすぎない。ところが人間のいのちそのものは時間を超えているんです。時間を超えている存在がいのちなんです。

 また、宇宙空間は無限に広い。その中で肉体が人間だと考えたら、宇宙の広さから比べてチリにもあたらない。自分一人ぐらい、いてもいなくてもどうってことない存在かも知れません。だけれども、人間の心は、自分の中に宇宙全部をおさめてしまうことができる。「星を見つめてたたずむ吾れは、見つめられる星よりも偉大なのである」という言葉が 『日々読誦三十章経』 の中にありますが、それが本当の人間なんです。人間は、自分のいのちの展開として、宇宙をつくり出しているものだとも言えます。だから人間は偉大なんです。

 そのいのちの底に龍宮があるんだということを、谷口雅春先生は教えて下さっているのです。……


  <つづく>


  (2018.7.30)
451 龍宮は外にあらず内にあり。すべてのすべては外にあらずわが内にあり。


 今、此処に龍宮がある。龍宮は外にあらず遠くにあらず、今此処に、わが内にあるのである。イエス・キリストが 「神の国は汝らの内にあり」 と言ったのも同じである。

 万人のふるさとは、龍宮なのである。一切の生物、一切万象は龍宮から発したのである。その龍宮はわが内にあるのである。

 生長の家宇治別格本山に入龍宮幽斎殿があり、長崎の総本山に龍宮住吉本宮が建てられて、出龍宮顕斎殿があるといえども、そこへ行かなければ龍宮に入れず、龍宮からの出発ができないのではない。何処にいても、自己を深く掘り下げればそこに龍宮があるのである。

 『生命の實相』 第38巻 (幸福篇 下) 「七月 真諦成就」(p.3~ ) に、次のように記されている。(抜粋)


          ○


≪      七 月 一 日

 ……すべてのものがわが内にある。本当にある。本当にある。ただそれだけを知ればよいのである。ただそれだけを直視すればよいのである。

 思想として、宗教として、哲学として、生長の家はすべてのすべてである。このほかにもっと何かよいものがあるかと思ってさ迷い出るものは、エデンの楽園にいてエデンの楽園をさ迷い出ずるものである。
……

       七 月 三 日

 われらのすべての経験は、自分の内にある 「神」 を掘り出す作業である。どんなにそれが失敗したように見えようとも、どんなにそれが深刻であり、悲惨なように見えようとも、それが深刻であり、悲惨であればあるほど、われらの神に通ずる坑道は深く穿たれてゆきつつあるのである。

 深く深く掘り下げてゆくうちには、やがて広々とした世界に出る。そこは、もうなんの悲惨もない、常楽のみの世界なのである。

 どんな経験も、苦しい経験も、楽しい経験も、ただ、われわれは神に近づく掘り下げ方だとして喜ばねばならない。

       七 月 四 日

 宗教とは死なぬ道を教えるものである。不滅の道を教えるものである。

 ある場合には、それは 「個」 と 「全体」 との関連において。「個」 は 「全体」 とつながっているものなるがゆえに、「個」 は滅びたように見えても、「全体」 は滅びないから、それにつながる 「個」 も滅びないというような考え方において。

 ある場合には、それは国家理念の立場において。「個人」 は滅しても 「理念」 は滅びないがゆえに、国家理念のために没しきった個人の生命は永遠に滅びないというような考え方において。

 わたしは、日本を 「久遠無窮」 の 「理念」 の体現として愛したいのである。わたしは限りなく日本の国を愛する。

       七 月 八 日

 ローマが滅亡したのは、理念または理想に対する献身的態度や、持久の精神、堅忍不抜の精神の衰頽したのによるのである。

 ものの尊さも、国の尊さも、今ある形の大きさによるのではない。

 理想――理念を失ったものは、すでに内容のない形骸ばかりのものになっているのだから、今はまだ生き生きしていようとも、それはすでに幹から断ち切られた生け花のようなものである。それは時間のたつにしたがって、衰滅枯渇してゆくほかにありようはないのである。

 どんなに小さくとも生ける理念を内部に失わないものは、時機が来れば生長するほかはないのである。それは生命の種子であり、機会ごとに伸びるのだ。

 西欧文化は、偉大のように見えても、もう理念が失われている。日本も久遠無窮の理念が失われたとき弱体化するのである。理念が本当の 「日本」 であって、形はその影にすぎない。日本を大いに復興しようと思うならば、「日本」 の理念を復興しなければならぬ。……≫


          ○

 サッカー ワールドカップ決勝トーナメントに初出場し、西野監督・長谷部代表をリーダーとしてよく善戦した日本選手たち。8強入りは成らなかったが、惜敗して去ったあとのロッカールームは、整然ときれいに片づけられ、ロシア語で 「ありがとう」 の言葉を記した立て札が残されてあった。応援に駆けつけていたサポーターたちは、口惜しい敗退のあとも、いつものように黙々とごみ拾いをし、「来たときよりも美しく」 して帰って行った。その姿が世界中に放映されて感動を呼び、期せずして全世界から 「日本はすばらしい」 と感嘆讃嘆の声が湧き起こっている。これぞ日本精神、日本の理念の体現である。


  ワールドカップサッカー小国日本の健闘世界を驚かしたり

  決勝へのトーナメントに進出し世界を湧かせど惜しくも敗退

  敗るれど日本選手のロッカールームきれいに清掃「ありがたう」のメモ

  「つばを吐きロッカー破壊して行くところ日本選手は本当に最高」

  サッカー日本8強進出は成らねども世界に示せり大和魂

  “半端ない”大迫よりもカッコよし敗けても黙々ゴミ拾ふ日本


  <つづく>


  (2018.7.4)
450 生命の起源は龍宮にあり


 私のふるさと、魂のふるさとは、龍宮(りゅうぐう)である。

 わが魂は、私が高校2年から3年になる間の春休みのある日、突然目ざめたのである。私はそのとき、魂のふるさと 「龍宮」 に入った、と思う。私はそのとき、「生命は死なないものだ」 と直感的に思ったのである。

 その時のことは、榎本恵吾師と私の共著 『光のある内に』 (日本教文社 昭和54年<1979、今から40年前> 初版) の冒頭に、私の講話記録 「よろこびの歌をうたおう」 として載せてある。この本はいま絶版になっているが、このサイトの

 「疾風怒濤の青春記録」 #12 「よろこびの歌をうたおう」

 でご覧いただくことができます。

 その 「龍宮」 とは、浦島太郎が助けた亀に連れられて行ったというおとぎ話の単なる空想の世界でもなければ、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が打ち上げた無人探査機 「はやぶさ2」 が、生命誕生の謎に迫ろうと、4年かかって去る6月27日に到着したという小惑星 「りゅうぐう」 のことでもない。それは時間空間を超越した、時間空間発生以前の永遠の実在世界、「久遠の今」 なる実相の 「生長の家」 のことである。

 それは、『生命の實相』 の第12巻 「万教帰一篇・下」 の第四章 「古典に現われたる宇宙構造の中心理念」、第六章 「入龍宮不可思議境界録」 などに詳しく書かれているが、同第37巻 「幸福篇・上」 p.48~50 「二月十一日」 の項にも次のように記されている――

          ○

≪  二月十一日

 今日は神武天皇が大和に奠都
(てんと)せられた記念すべき慶ばしき日である。みすまるの魂が高千穂の高御座(たかみくら)に天降りして弥数多(いやあまた)の国を大和する八紘一宇(Universal brotherhood)の精神が形にまで顕われて、大和国に都することになったのである。それはおよそ二千六百年前であるという。日本の国は領土という土塊の容積ではないのである。「大和」 の理念そのものが日本国で、それが地上に天降って形を整えたときが日本の建国である。

 <中略>

 そのころ塩土老翁
(しおつつのおじ)なる老翁(おきな)来たりて神武天皇に「東に美地(うましくに)有り」と御奏上申し上げたということが同じく 『日本書紀』 に書かれている。東方より 「大和」 の理念が生まれて来るという象徴物語である。この塩土老翁は 『古事記』 では塩槌神(しおつちのかみ)とて目無堅間(めなしかつま)の小船(おぶね)を作り彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)を乗せまつって金銀饒(さわ)なる龍宮海に導き奉ったと出ている。

 龍宮海とはウミの底である、「創造の根底」にある世界とは現象のよってもってあらわれる根元の世界である。換言すれば実相の浄土である。目無堅間の小船とは、時間の目盛無く空間無く堅くつまりたる小なる一点である。換言すれば、無時間・無空間の世界、時空を超越し、そこより時空生まるる一点(久遠の今此処)に乗るとき衆宝あまねく充つる龍宮海に入ることができるのである。

 「無字透関」 である。「無」 を超えてさらに実相地に透関するときそこに龍宮海すなわち、無限供給の極楽浄土を実現することができるのである。

 この無限供給の極楽世界に入る方法を教えたまう神が塩槌神である。そして龍宮海は極楽にして住み吉きがゆえに住吉世界ともいい、住吉世界の本尊を住吉大神と申し上げるのである。

 龍宮海は、時間空間を超えた世界であるから、浦島太郎はそこにあるとき永遠に年老いず、このことを仏教では無量寿世界に入るとき無量寿仏と同じ悟りに入ると言うのである。老病死の三奸
(さんかん)を征伐せられてから住吉大神は茅渟(ちぬ)の海に面して長湾をなせる山峡(やまかい)に鎮め祀られたのである。今は神戸市東灘区住吉に本住吉神社があり、神功皇后を主神とし、脇神として筒男(つつのお)の三神をお祭りしてある。後に泉州堺に御遷座申し上げたるにより、ここを本住吉神社というと承っている。

 三韓征伐とは、老病死の三奸の克服の象徴物語である。住吉大神が龍宮の大神であり、無量寿仏のあらわれである以上、老病死の三奸を克服せられたことは当然のことでなければならない。≫



          ○

 また、 『如意自在の生活365章』 にも次のように記されている。――


≪   入龍宮不可思議の境涯

  ――略――

    今・ここ・自己に内在する龍宮を観よ

  ――略――

    あなたの世界はあなたの存在の実相の展開である

  ――略――

    ただ、ひたすら龍宮の荘厳を見よ

  ――略――

   “無” の門関に停まってはならない

 龍宮海に入るみ舟を “無目堅間
(めなしかつま)の小舟(おぶね)” と称するのである。“無目” とは “時間の目盛り” がないことである。すなわち 「無時間」 の象徴である。“堅間” とはギッシリ堅く詰まって空間がない――すなわち 「無空間」 の象徴である。すべての 「引っかかり」 も、「曲がり」 も、「喪失」 も、時間・空間の “持続” と “ひろがり” の世界において起こることであって、“時間” いまだ発せず、“空間” いまだ展開せざる “無時・無空” の極微の一点――極微すらも未だあらわれざる一点においては、一切の 「引っかかり」 も、「曲がり」 も、「喪失」 もない――この一点を 「無字の一点」 というのである。「無の門関」 といってもよい。

 意識が現象の世界を脱してこの一点に乗ることを 「無目堅間の小船」 に乗るというのである。すなわちわたしたちが神想観を修して、「吾れ今五官の世界を去って実相の世界に入る」 と念ずるときの、その 「五官の世界を去る」 状態が、「無字の一点」 に坐することである。

 この 「無字の一点」 は単なる有無相対の 「無い」 というような浅い意味ではないのである。それは 「相対無」 ではなく 「絶対無」 である。「無」 の門関に停まってはならないのである。「無」 とか 「空」 とかをつかんではならないのである。「五官の世界を去った」だけで、そこに停まってはならないのである。その 「無目堅間の小船」 は出航して龍宮海に入り “彼岸” すなわち龍宮城すなわち実相世界に到達しなければならないのである。

    「無目堅間の小船」 に乗りて龍宮海に渡る

 「実相とは空なり、空とは実体がなく、変化無常の義なり」 などと、ある仏教学者は説くのであるけれども、それは 「無の門関」 に佇立
(ちょりつ)していて一歩も龍宮海に航せず、龍宮城に入った霊的体験をもたない人の寝言である。

 「無の門関」 につないである 「無目堅間の小船」 の纜
(ともづな)を解いて、龍宮海を航し、龍宮城に入るとき、そこに無限次元の無限荘厳・無限厳飾の世界があらわれ、無限の乙姫きたりて、われに仕えるということになるのである。……≫

          ○

 今、此処に龍宮がある。龍宮は遠くにあらず、今此処にあるのである。

 生長の家は、それを発見したのである。

 だから、宇治別格本山に入龍宮幽斎殿があり、長崎の総本山に龍宮住吉本宮が建てられて、出龍宮顕斎殿があるのである。


  <つづく>


  (2018.7.2)
449 「生命は40億年前に誕生した」というまちがい


 宇宙誕生(ビッグバン)から今まで約150億年の歴史を1年に縮めた 「宇宙のカレンダー」 (#448 参照)では、地球上に生命が誕生するのは9月25日ごろ(約40億年前)とされている。

 だが、ここでは、「生命」 とは何か、ということについての哲学的、根本的洞察が欠けている。

 実は、生命は時間・空間の中に、ある時点においてはじめて誕生した、というものではないのである。

 時間・空間は実在せず、生命が、影なる現象認識の標尺として仮につくり出したものである。時間空間は心が創造したカンバスであり、このカンバスの上に神――生命――人間は、自ら絵を描くのである。

 新選谷口雅春著作集18 『生命の謎 百万人のための哲学』 には、次のように書かれている。

          ○

≪  第二章 万物は皆生きている

   一、神が遍在すると云う意味について

 神は遍在であるといわれている。神が遍在であるのは時間空間というものが実際に拡がっていてその中のどこにでも神がいますという意味ではなく、時間空間は吾々の認識の形式であって、時間空間というような区画さるべきものは本当は 「ない」 が故に、どこにでも神がましますというのである。

 「絶対者」 は時間空間に対立して、人間がどの家にも住んでいるという意味に於いて、人間と住居との関係にあるが様には 「どこにでもある」 のではないのである。時間空間の世界は単に心の造った認識の便宜として象徴であるが故にその奥には何処にも 「絶対者」 がましますということである。

 画家のかいた絵はそれは画家の生命の象徴であるが故に、その絵の奥には画家の生命があり、それが到る処に表現されているという意味に於いて神は遍在するのである。そういう意味に於いて凡ゆるものの奥には神が生き生きと存在しているのである。かくてすべて生命現象は絶対者即ち大生命が表現されているのである。

 そういう意味からすべての存在の奥には生命が宿っており、すべてのものは生きているということができるのである。すべてのものは、動物は無論のこと、鉱物でも、植物でも、ありとあらゆるものは 「絶対者」 の生命の表現として、生きているのである。

 どこかに死んでいるものというものがあるならば、そこには生命なる 「絶対者」 がいないということである。「絶対者」 がそこにいないで、而も或るものがあるということになれば 「絶対者」 以外に何ものかが何処かにあるということになるのであるから、もうそれは 「絶対者」 でなくなるのである。従って宇宙に唯一つの 「絶対者」 を認める限りに於いては、すべてのものには 「生命」 が宿っているのであり、それは所謂る生物と無生物とにかかわらず、皆生きているといわなければならないのである。

 生命の自然発生説や、突然発生説に困難が感じられたのは、無生物と生物とをハッキリ分けてしまったために無生物より生物が発生することが不合理だということになったのであるが、無生物も実は生きており、その生命発現の程度が低いに過ぎないと云うことが判れば問題がなくなるのである。

   二、物質も生きている

 ところが、最近の物理学の進歩につれて物質の原子さえも生きているということが発見されることになったのである。

 物質を構成している電子は光の速度にも匹敵すべきような高速力で、原子核の周囲を回転しているのである。それは永久運動であって、永遠に止まらないで回転していて、その軌道を変化しない限りその回転エネルギーは衰えないのである。それは他から動力を加えることなしに自然的に運動しているのである。他から動力を加えられずして自発的に動いており、而も永遠に自発的に動いているものは、これを生きているというほかはないのである。従って電子は生きており、原子も生きているのである。

 或る原子と或る原子とはある場合には親和力をもって結びつき、ある場合には斥力をもって反撥する。而もそれは決して出鱈目に結合離反するのではなく、相手が何元素であるかということをよく見わけることができて結合するのである。結合を好まない所の元素同志を強制的に結合させる事はできないのである。

 尤も普通の圧力では結合しない元素も、強大な圧力を加えれば結合するのは、普通には夫婦にならない男女が周囲の強大なる圧迫のため結婚するのがあるにも似ている。原子の相手が何者であるかということを知っており、好ましき相手と好ましからざる相手とを区別するのである。それはたしかに相手を甄別
(けんべつ)する知性をもっているということができるのである。……≫

 ――そして、

≪   三、物質も疲労する
     四、物質は「殺」すことも出来る
     五、鉱物の生成発達と下等植物の生成発達の形式との類似
     六、物質には知覚があり、生命がある……≫


 と、興味深い実証例が挙げられている。

 ――これが、<百万人のための哲学> 生命の実相哲学である。

≪……『大自然讃歌』 の15頁……

 “汝ら今こそ知れ、
  地球誕生して46億年、
  生命現象皆無の中から
  単細胞出現し、”

  ……それが40億年前です。≫


  ( 『生長の家』 6月号 p.32、谷口純子 白鳩会総裁の
   白鳩会全国幹部研鑽会における講話より)

 ――それは、生命の実相哲学とは、違うのでは――。


  <つづく>


  (2018.6.30)
448 今日は私の誕生日である


 今日は、私、岡正章満85歳の誕生日です。生まれた日を第1回の誕生日とすると、第86回目の誕生日。

 それは、岡正章が肉体をもって今生、今世に誕生した日である。

 しかし、私の本体は、その日に初めて誕生したのではなく、劫初の昔から生き続けている、時空を超えた 「久遠の今」 にあった。今も、変わらず 「久遠の今」 にあるのである。

 したがって、私の本体は、肉体が死ぬ日が来ても、死ぬことはなく、時空を超えて生きつづけているのである。本来生
(しょう)、不滅の生命である。

          ○

 4年前に旅立った探査機 「はやぶさ2」 がきのう、3億キロかなたの小惑星 「りゅうぐう」 に到着した。

≪ 46億年の地球の歴史を1年のカレンダーに換算すると、海が誕生したのが3月1日。人間が四大文明を築いたのが、大みそかの午後11時59分。はやぶさ2プロジェクトに参加する杉田精司・東京大教授が監修した科学絵本「僕は46億歳。」が教える。≫


 と、今朝の日経新聞 「春秋」 子はいう。

 「46億年の地球の歴史を1年のカレンダーに」 というのは、1977年にアメリカの宇宙科学者カール・セーガン博士が 『エデンの恐竜』 という著書の第1章で 「宇宙のカレンダー」 というのを掲げたのが嚆矢で、それに習ったのである。
    ↓





 今の宇宙の始まりとされるビッグバン(原初大爆発)から現在までの150億年の歴史を1年分に縮めたカレンダーにしてみると、銀河系の起源は5月1日、太陽系の起源は9月9日、地球の成立は9月14日ごろ。

 地球上に生命が現れるのは9月25日ごろで、人類が登場するのは大みそかの夜10時半。文字で書かれた歴史時代は午後11時59分50秒すぎのわずか10秒間だ。宇宙の歴史に比べると人間の一生はまばたきする間もない、ということになる。

 人間が、その宇宙のカレンダーからすると一瞬にもあたらない、「須叟
(しゅゆ)にして消える」 存在だとしたら、人生なんて、あってもなくてもどうでもよい、ほとんど無価値と思われるのである。

 しかし、私は宇宙のカレンダーの中で瞬きする間もなく消えてしまう単なる仮存在ではない。


 『日々読誦
(にちにちとくじゅ)三十章経』 にあるように、

≪  九日の経言(のりごと) 自己を偉大にする言葉

 吾れは吾が心のうちに広大無辺なる宇宙を蔵する。星をみつめて佇
(たたず)む吾れは見詰めらるる星よりもなお広大なのである。

 吾れは吾れのうちに星を理解する類いなき能力
(ちから)のある事を見出すのである。吾れは空の星以上のものである。何故なら吾れは彼等を理解すると同時に、自分をも理解するからである。

 吾れは天に在
(ましま)す神々の如くに造られたのである。吾れは星の軌道を闊歩する偉大なるものなのだ。吾れは主の如く永遠の道を歩む者なのだ。吾れ心を有するが故に、吾れは世界の王者である。

 いま吾れは吾が仕事の上に王者としての第一歩を踏むのである。吾れは星よりも大なるが故に此の宇宙を造れる力と同じものなのである。然り、吾れは宇宙を造れる力と一体なのである。

 いま吾れは凡ゆる種類の恐怖と弱小と卑陋
(ひろう)とを超越して生活する。吾れは空の星に比肩せらるべきものである。吾れは、大地をつくり、天空を支えたまう神が、われを安固に保護したまうことを信ずるのである。それ故に吾はこころ安らかである。

 地の造り主、天の造り主と吾れは真
(まこと)に一体である。御親神様に感謝いたします。≫

 という存在なのである。

          ○

 今日、私の加入しているある生命保険会社の外務員が訪問してきて、「あなた新聞」 というのを渡された。題字に、『特報! 岡 正章様新聞』 と印刷されている。

 「1933年6月28日生まれ 大予測編」 とあり、

≪ 発見! あなたってこんな人

 公平な立場で物ごとを見る正義感にあふれた人。

 周囲の幸せが自分の幸せと感じる慈愛にも満ちているので、信頼されているはず。

 あなたの守護星は、ふたご座の 「ニュー・ゲミノールム」。

 この星は、共に助け合い戦場を駆けめぐった仲の良い双子の兄弟の姿。

 あなたも人と助け合い、愛を大切にすれば、どんな困難にも打ち勝つことができるだろう。


 発表! あなたの85歳を大予測!

 はたして、この1年どうなるの?

 予測によると、この年のあなたは、あらゆるタイプの人と交流する機会があり、多くの出会いに恵まれそうだ。同性からも異性からも注目を集め、誰からも好感を持たれるだろう。

 前半は、そういった幅広い人間関係が刺激となって、人間的に大きく成長できそう。

 後半は、あわただしく過ごしているうちに、大切なチャンスを見逃してしまうかも知れない。ただ、ねばり強く待っていれば、必ず次のチャンスがめぐってくるはずだ。

<幸せへのアドバイス>
◆愛されるより、愛することを意識して
◆大きな目で物ごとを見る冷静さを大切に ≫



 ――と。

 以上は、かなりよく当たっていると、私は感じました。これは、生命保険の外務員を通して、神様が私に下さった誕生祝いのプレゼントだと私は受け取りました。

 私は幸せです。神様、ありがとうございます。

 神様のメッセンジャーとしてこれを届けて下さった生命保険の外務員様、ありがとうございます。


  <つづく>


  (2018.6.28)
447 悪いものは一つもない ! (2)


≪ 視野の広さを表す表現に、「鷹
(たか)の目と蟻(あり)の目」 という言葉がある。「鳥の目と虫の目」 とも。蟻は目の前の細かいところはよく見えるが、遠くが見えない。それに対し、鷹は高いところから、広い範囲を見ることができる。蟻は迷路に入って悩むが、空から見ている鷹は出口が見える。……≫ 

 ――という書き出しで、元復興次官の岡本全勝氏が日経新聞6月14日夕刊のコラム 「あすへの話題」 に書いておられた。

 蟻は、2次元平面の世界を這い回っている。鷹は、3次元空間を飛び回っている。

 高次元世界から低次元世界を俯瞰して行動すると、低次元世界を這い回っている者からすれば奇跡と思えるような、“半端ない” 妙手が、楽々と打てる。

 その、最高次元――超次元世界が、実相世界である。

 時間・空間いまだ発せざるところ、永遠の時間と無限の空間を一点に巻き収めた超次元世界、「久遠の今」 「永遠の今」 に、実相世界、一切皆善大調和、“悪いものは一つもない”(#446) 世界があるのである。

 釈尊は、観普賢菩薩行法経において、

 
「無量の勝方便(しょうほうべん)は、実相を想うより得」

 (無限の勝
(すぐ)れた方便智は、悪いものは一つもない実相世界を想うことによって得られる)

 とお説きになった。



 
「悪いものは一つもなかったのだ」 と、ただ喜ぶことが大懺悔だったのである。

 すべての人を見るに、仏として、わが父母として観るべし。

 釈尊が、もう3月したらわしは死ぬぞと言われたとき、ではお釈迦さんが亡くなられたら衆生われらはどうしたら罪を浄め悟りの境地に入ることができますかと問うたら、お釈迦さんはそのようにお説きになったのである。(谷口雅春先生著 『神ひとに語り給ふ』 p.212~228 参照)


 昨年、あれほど激しく罵り合い脅し合っていたトランプと金正恩だって握手したんだ。

 生長の家教団理事長と生長の家社会事業団理事長が一つになって協力し合おうと握手する日が来るとは、いま想像することは困難であろうとも、その日はいつか必ず来ることを私は信じ夢見ています。いや、実相世界ではすでに今、握手して協力しあっているのです。


  (2018.6.21)
446 悪いものは一つもない !


 坂入貞夫さん(#353#355#376 ご参照あれ)が、 「坂入クラブ報」 6月号を送って下さっていました。いわく――

≪ 皆様が、幸福な、人生を、送ろうと思いましたならば、本当のことに、気がつかないと、いけないのです。

 新聞を見たり、テレビを見たり、人の話を信用しまして、聞いていますと、全部、嘘のことを、信じさせられて、しまうからです。

 とにかく、この世の中に、悪人がいるとか、悪い人が、いる、という事実や、お話を、信じますと、実は、間違っているからです。この世の中を、五官、即ち、眼耳鼻口皮膚と、言う、感覚器官を、通じて、物事を、判断する暗示にかかっているに、過ぎないのです。

 全智全能にして、円満完全なる、神様の、お創りになった、世界には、何一つ、悪いことはない、からです。

 皆様が、一時も、忘れてはならないことは、今、ここに、天国と極楽がある、と言うことです。≫


 ――と。

 さて、6月12日、シンガポールでトランプ米国大統領と北朝鮮の金正恩委員長が握手を交わして直接会談した。史上初の米朝首脳会談である。

 トランプ米大統領は昨年9月、国連総会の一般討論演説で、金正恩氏を 「向こう見ずで下劣なロケットマン」 と呼び、その核・ミサイル開発を 「世界全体に脅威を与えている」 と激しく糾弾。「米国と同盟国を守ることを迫られれば、北朝鮮を完全に破壊する以外の選択はない」 と強く警告した。

 それに対し、金正恩は同9月21日、「過去最高の超強硬な措置の断行を検討する」 との声明を発表。

≪ 大統領に上り詰めて世界の全ての国を恐喝し、世の中を常に騒がしくしているトランプは、一国の武力を握る最高統帥権者としては不適格で、彼は明らかに政治家ではない。火遊びを楽しむならず者である。
 トランプが世界の舞台に出て、国家の存在自体を否定し侮辱して、我々の共和国をなくすという歴代で最も暴悪な宣戦布告をしたからには、我々もそれにふさわしい、史上最高の超強硬対応措置の断行を慎重に検討する。
 トランプが何を考えていたとしても、それ以上の結果を目の当たりにすることになるだろう。米国の老いぼれ狂人を必ず、必ず、火で制するだろう。≫

 ――と。

 かくて一触即発の戦争前夜という雰囲気だった両国の首脳が、1年も経たないうちに、笑顔で握手する姿が全世界に放映されたのである。トランプも金正恩も、たいした役者だと思いませんか。

 これから、地上世界の舞台にどのようなドラマが展開するか、興味は尽きませんね。

 人間はみな、人生舞台、地球という星の舞台でドラマを演ずる役者なのである。


 私は、#383 「今、北朝鮮のミサイルにひるまず立ち上がろう!!」
     #384 「金正恩も、トランプも、わが所造の産物である」
     #385 「北朝鮮の核ミサイルは悪夢である」
     #386 「北朝鮮・金正恩 観世音菩薩様は何をわれらに教え給うか」
     #387 「国が壊れるということは・・・」
     #388 「北朝鮮・金正恩 観世音菩薩様の教え」
     #389 「北朝鮮を侮ってはならない。」
     #390 「われら今、どう対処すべきか」
     #391 「韓国と北朝鮮に生きる檀君神話」
     #392 「北朝鮮も本来神の国である」

 と、10回にわたり北朝鮮・金正恩の問題について、いろいろ書いていました。興味のある方は、どうぞご覧ください。


  <つづく>


  (2018.6.10)

445 「ふるさと」に帰りましょう !


 女流棋士の清水市代さんが、「心のふるさと」 と題したエッセイを、6月1日日経新聞夕刊 「あすへの話題」 に書いておられた。

 
≪「おかえり~」。迎えてくれる皆の声は、いつもあたたかく、優しい。

 ……心安らぐふるさとの、見慣れた街並みにも、新しい風が吹いている。将棋界にも新風は吹き込み、その風速は凄
(すさ)まじい。立ち止まっているだけでは、あっと言う間に、遥(はる)か彼方(かなた)へ吹き飛ばされてしまう。

 ……明日は、久しぶりに、「大山名人記念館」 に顔を出してみようかな。≫




 清水市代さんは東京都東村山市の生まれだが、「大山名人杯 倉敷藤花戦」 に参加して通算10期 「倉敷藤花位」 を獲得し、2008年に 「倉敷市将棋文化栄誉章」 を受章。それで、

≪知人、友人、応援者の輪が広がり、東京生まれの私を、地元の皆さんが 「いらっしゃい」 ではなく、「おかえり~」 と迎えてくれたその日から、私にとって、“心のふるさと” となっている。前夜祭の壇上でも、会場から 「おかえりなさ~い」 と大合唱頂いた時の感動は、今でも思い出す度、心が熱い。≫

 と書かれているのである。

 ところで、この小サイトをご覧くださっている方は、生長の家総本山や宇治別格本山を 「心のふるさと」 どころか 「魂のふるさと」 として来られた方が多いと思います。

 みなさま!「大山名人記念館」 ならぬ、
「榎本恵吾記念館」を訪問しましょう!

   http://misumaru.la.coocan.jp/

 そして、その 「文書館」 に収録された、「葩
(はなびら)さんさん」 その他たくさんの珠玉の言葉にふれてください。きっとあなたは、あたたかく優しい 「おかえりなさ~い」 の合唱(合掌)に包まれて、生き返ることができるでしょう。


  (2018.6.10)

444 「神を信じ神に委ねて、喜びましょう」!


 #442 (5月14日) に私は、

 
「諦めましょう。ギブアップ、GIVE UP しましょう。無駄な抵抗はやめて、神に、無条件降伏しましょう。 そして、笑いましょう! 喜びましょう!」

 と書きました。

 そして、#443 (6月3日) に、
「『同族嫌悪』は、自分の『影』!」 と書きました。

 そうしたら、いつもこの 「近況心境」 を熱心に見て下さっている一人の信徒の方が、今朝電話をかけて来られました。

 自分を責め、苦しくなって、切実にもう死にたくなった――とおっしゃるのです。

 申し訳ございません。

 私は、それから神想観をして、聖経 『続々甘露の法雨』 を読誦しました。

          ○

 
≪   聖経 続々「甘露の法雨」

……(略)……

天使
(てんのつかい)また説き給う――
神は善なるが故に、
すべては 「一」 の展開なるが故に、
一切のところに遍く調和は行きわたり、
不調和はありと見ゆれども
真に不調和は存在せざるなり。
真に不調和は存在せざれども、
不調和を心に描きて見詰むれば
不調和は心の投影として顕現せん。

………

汝の心の動揺を休
(や)めよ、
汝の病気の動揺もまた止むべし。
されど 「動揺の心」 を以って
「動揺の心」 を鎮むること難ければ、
不安の心にて不安の心を止めんとするも亦能わざるなり。

かくの如きときには、
ただ神に委ねよ
全き愛なる神に信頼して、
「神よ」 と呼ぶべし。
神は常に汝に調和と平和とを与え給うべし。
神の中に汝の 「心」 を投げ入れよ。
「神よ、神よ」 と称
(とな)えつつ
汝の全存在を神にまで委せ切るべし。

神こそすべての渾
(すべ)て、
神はすべてにましますが故に
神のほかに何ものも存在せず。
神は善にましますが故に
善のほかに如何なる 「悪」 も存在せず。
神は完全にましますが故に
不完全なる病いの存在することなし。
神は生命にましますが故に
生命のほかに 「死」 の存在することなし。

「悪」 と 「病い」 と 「死」 とは
唯汝の心に描かれたる顛倒妄想
(まよいのかげ)に過ぎず。
本来 「無きもの」 を 「有り」 と描きて恐怖するもの
これ汝の病いなり。
苦しみは是れ汝の心の中にあり、
痛みは是れ汝の心の中にあり。
心に恐怖を去り、
苦しみを去り、
痛みを去れば、
(いずれ)の処にか病患(やまい)あらんや。

天使また更に説きたまう。――
汝ら是らの真理を聴き了
(おわ)りたる後
肉体に激変起るとも恐るること勿れ。
高く建ちたる建物の壊
(くだ)くるときには
轟然たる響
(ひびき)を発せん。
その轟然たる響にも似たる病変は
高く建ちたる汝の過去の迷いの消ゆる響なり。
迷いの建物低ければ激動少し、
迷いの建物高ければ激動多し。
されど此らの病変を恐るること勿れ。
(くだ)くるものは汝自身に非ずして 「迷い」 なり。
「迷い」 壊
(くだ)くるとも本当の汝は壊けず、
「迷い」 苦しむとも本当の汝は苦しまざるなり。

汝は神の子なり、仏身なり、
金剛身なり、不壊身なり、
無病身なり、常楽身なり。
感覚主義、合理主義に陥りて
金剛不壊の常楽身を見亡
(みうしな)うこと勿れ。
今すべての病者は癒えて
その病床より起ち上らん。

天使斯く啓示したまうとき
すべて人類の病患は忽ち消え
盲人
(めしい)は眼(まなこ)ひらき、跛者(あしなえ)は起ち上り、
歓喜し相擁して
天日
(てんじつ)を仰ぎて舞踏するを見る。

夢にあらず、実相なり。
天童たち仰ぎ見て讃嘆し、
敬礼し軈
(やが)て歌いて云う。

「神はすべての渾
(すべ)て、神は我がみ親、わが光、
我らを救い給えり」 と。

此のとき、大神の天の宮なる太陽は
円舞するが如く照り輝き、
神光
(みひかり)は花葩(はなびら)の如くさんさんと地に降り濺(そそ)ぎ、
五彩の虹、雲の柱となりて空にかかり、
実相の国そのままのみ栄えを実現したりき。
(聖経終)

成願文
願わくは此の聖経の功徳により一切衆生の迷い消え、病い消え、悩み消え、地上に天国浄土の実現せんことを。≫


 ――これが、

 
「 諦めましょう。ギブアップ、GIVE UP しましょう。無駄な抵抗はやめて、神に、無条件降伏しましょう。 そして、笑いましょう! 喜びましょう!」

 ということの意味だったのであります。

 ありがとうございます。


  (2018.6.8)

443 「同族嫌悪」は、自分の「影」!


 
≪ 「同族嫌悪」 という言葉がある。自分に似たような容姿や性質を持つ人に対して抱く悪感情のことだ。鏡に映るもう一人の自分を見ているようで、いたたまれない気持ちになる。……

▼この感情を無意識の働きとして学問的に掘り下げたのが、心理学者ユングだ。……自分の影を他人の言動に見いだし、批判する行為を 「投影」 と呼んだ。虫が好かない存在は、案外、あなたに似た人かもしれない。……

▼例えば、国会答弁との整合性を保つため、公文書改ざんを部下に命じた官僚。危険なプレーを選手に命じながら責任逃れに走った運動部の監督とコーチ。人びとの感情をいたく刺激するあの人たちの言動は、私たち自身の影かもしれない。まさか。でも、否定しきれるだろうか。仕事で、彼らに近い振る舞いはなかったか。

▼アンデルセンに 「影法師」 という怖い童話がある。ある日、学者が自分の影をなくしてしまう。影は独立し、やがて学者を支配する。ユングのいう 「影」、もう一つの自分と向き合わないと身を滅ぼすという警鐘だ。世間を騒がせるあの人たちが、批判されるのはもっともだ。でも、自身を省みるよすがとするのは難しい。≫


 ――上記は、昨日(2018.6.2) 日本経済新聞 「春秋」 欄からの抜粋。


          ○

≪ 毎日の宗教新聞を読んでいると、大抵宗教界の内紛が載せられていないことがない。まことに一見鼻もちならぬ気持がするのであるが、これがやはり本当は互に親しいからなのである。

 同級生のなかでも、首席になる者とビリ滓
(かす)になるものとは互に争わないが、同一点数位の者同士は大いに競い、大いに争うのである。仲が好い者、同点数に近い者、そうした人たちが争うのである。争いのように見えていて、本当は争っているのではない。近似を自覚しての動きだと云うことを知らねばならない。そして、「争いではない」 と知ったときに、形の上での争いも消えて了うのである。≫

 ――谷口雅春先生 『光明道中記』 379頁より。

          ○

≪ 如来の滅後、末法の中に於て、是の経を説かんと欲せば、応(まさ)に安楽行(あんらくぎょう)に住すべし。

 若
(もし)くは口に宣説し、若(もし)くは経を読まん時、楽(ねが)いて人及び経典の過(とが)を説かざれ。亦諸余の法師を軽慢(きょうまん)せざれ。他人の好悪長短を説かざれ。声聞(しょうもん)の人に於ても亦、名を称して其の過悪を説かざれ。亦名を称して其の美しきを讃歎せざれ。又亦怨嫌(おんけん)の心を生ぜざれ。

 善く是の如き安楽の心を修するが故に、諸々の聴くこと有らん者、其の意に逆わじ。難問する所有らば、小乗の法を以て答えざれ。但
(ただ)大乗を以て為に解説(げせつ)して、一切種智(しゅち)を得しめよ。≫

 ――『法華経』安楽行品より。『新編聖光録』 p.219「万教帰一要典」所収

 上記の大意は――

 「如来の滅後に末法の時代においてこの法華経の真理を説こうと思うならば、安らかで楽しい気持の安楽行をなすべきである。

 この経を口に説いたり、あるいは経を読む時には、他の人や他の経典の悪口を言うな。また他の法師を軽んじたり、慢
(あなど)ったりするな。また他人の好悪(よしあし)や長所・短所を説くな。また声聞(しようもん=教えを聞いたばかり)の人についても、その名をあげて、過悪(あやまち)を説いたり、また名をあげてその人の美(よ)き事をほめ讃えるな。また人を怨み嫌う心を出すな。

 よくそのような安楽の心を修めていれば、すべての聴衆はその意にさからわないであろう。難しいことを問いかけてきても、小乗の法(現象の法則)をもって答えるな。ただ一切衆生悉有仏性、悪は無いという大乗の教えのみを説いてすべてのものに仏縁(神縁)を得させよ。」

 ということである。(参考:藤村義彰著 『新訳 法華経』)

 法華経の安楽行品
(あんらくぎょうほん)は、文殊師利(もんじゆしり)菩薩が釈迦牟尼佛に対して、佛の滅後の悪世の中において法華経(諸経の中で最上位にある大乗の教え、すなわち大きな乗り物のようにすべての人間を皆仏の子としてすくいとる教えの経と言われている)を説く者の心構え、態度について問うたところ、次の四つの行いをすれば、安楽に教えを説くことができるということを述べたもの。

 その第一は、柔和・忍辱
(にんにく)、現象に執着せぬこと。坐禅(神想観)を好んで心を修め、現象の「空(無)」を知って現象に心をひっかからせないこと。

 第二は、他人や他経の悪口を言わないこと。他の法師を軽んじたり謗
(そし)ったりせず、名をあげて人の美点や悪を説かない、怨み嫌う心をおこさないこと。

 第三は、嫉妬・諂
(へつら)い・あざむきの心をもたない、教えに関して争ったり競ったりせず、平等に法を説いて相手によって差別しないこと。

 第四は、一切衆生に対し慈悲の心をいだき、たとい現在相手が信じなくとも、自分が悟りをひらいた時には神通力・智恵力をもって必ずこの人々を法(真理)に導いて安住させるという心を持つこと。

 この四つの行を成就すれば、必ず人々に敬われよろこばれて、安楽に法を説くことができる、と説いている。

 さらにこの章の最後には、「髻中明珠
(きちゅうみょうじゅ)の喩(たとえ)」とよばれる喩え話が記されていて、転輪聖王(てんりんしょうおう)が特別の偉大な手柄をたてた者だけに髻(もとどり)の中に久しく秘めた明珠を与えるように、佛(釈尊)もまた人々が煩悩の魔を撃ち破って自由自在な心境に達した時に、はじめて、今まで軽々に説かなかった 「如来第一の説法」 を説く、と偈(げ=仏の教えや仏・菩薩の徳をたたえた韻文形式の詩句)をもって演説されたという。

 心したいと思います。


  (2018.6.3)

442 生長の家信徒は、各員皆船長である


 このまま行けば、「生長の家」 という現象界の船は、

≪ ……時ならぬ烈しい響きと共に地震のような震動が起ったかと思うと、その娯楽室の床が、壁が、甚だしく傾きました。其れは船が暗礁に乗り上げて、船底に大きな孔があいた響きだったのです。たちまち船に水が入って来て、その船は沈んでしまいました。

 可哀相に! 沈んだのはその船の船長ばかりではない、舵手も、その他の船員たちも、すべて沈んで海底の藻屑となってしまったのです。≫


    (『新版 真理』 第1巻 p.30)


 ――となってしまうにちがいない。


 ――というその船の 「船長」 とは、生長の家総裁という他人のことではない。

 縁あってこの教えに触れた生長の家信徒には、各員に皆、その船長なるものが宿っているのである。

 人間は皆、「運命」 という船の船長なのである。

 それが、「天上天下唯我独尊」 ということであり、「人間はみな神の独り子だ」 ということである。


 私が船長であり、あなたが船長であるのである。


 時あたかも 「生長の家」 という船が、現象界においては、大きく二つに割れて、沈没しかかっていると見えているのである。

 それは誰の責任でもない、私の責任であり、あなたの責任であるのである。


 しかし、「現象はない」 のである。悪はないのである。不完全はないのである。


 「 “本当の教祖” というべき “真理の啓示者” は “実相世界” にある “神” のみなのである。イエス・キリストも 『師というべき者は、唯ひとり天の父のみである』 といっているし、谷口雅春も、“自分は教祖ではない。実相世界に生長の家の本部はある” といっているのである。」

 と 『神 真理を告げ給う』 (p.13) に書かれている実相の生長の家に、分裂はないのである。悪は無いのである。敵はないのである。

  
「神はすべてにして、
   すべて一体
(ひとつ)なれば、
   よろずもの皆共通
(ひとつ)
   ちから是を生かせり。

   天地
(あめつち)の創造主(つくりぬし)は、
   唯一つの神にませば、
   天地はただ一つに、
   いと妙に調和満つる。

   吾れ坐す妙々実相世界
   吾身は金剛実相神の子
   よろず円満大調和
   光明遍照実相世界。」


 と 「実相を観ずる歌」 にある通りなのである。

 その実相、本当のすがたを、現実世界に顕わすのが、神の子人間の使命なのである。


 分裂して沈没しかかった船、そしてその乗員すべてを、救うことができるのは、何者であるか?

 それは、生長の家総裁――谷口雅春の孫であるということだけで、

 
「自分の偏見や既成概念の中を迂路チョロしていて、悟ったつもりで実際は悟っていない」
   (『神 真理を告げ給う』 p.11)

 にも拘わらず生長の家総裁という地位につき、創始者谷口雅春が神の啓示を受けて説いた万教帰一・日本の実相の真理をくらませ、多くの幹部・信徒を路頭に迷わせて今日の昏迷を招いた、愚かな谷口雅宣には不可能なことである。

 かと言って、中島省治、前原幸博とか安東巌などという、怨念と闘争心をもってこの世の浄化ができると空想妄想している、愚かな集団が 「生長の家本流」 と僭称しあがいているのも、妄動の極みである。

 いわんや、岡正章という何の実力も実績も無く、ただ馬齢を重ね、犬の遠吠えのように偉そうなことをネット上に書いているだけの愚かな狂人に、何ができるというのか。


 ――人間には、不可能なことである。

 分裂して沈没しかかった船、そしてその乗員すべてを、救うことができるのは、人間ではない。それが出来るのは、ただ神のみである。


 諦めましょう。ギブアップ、GIVE UP しましょう。無駄な抵抗はやめて、神に、無条件降伏しましょう。 そして、笑いましょう! 喜びましょう!


  (2018.5.14)

441 「生長の家」は沈没しかかっている


 生長の家創始者谷口雅春先生は、昭和60年5月28日付けで最期のご署名のある、《谷口雅春著作集 第4巻》 『實相と現象』 の 「はしがき」 に、次のように書かれている。(谷口雅春先生は同年6月17日御昇天)


≪ 『神 真理を告げ給う』 の冒頭には、次の如くに述べられている。

 「“わたし” は今まで多くの教祖や哲人を通して人生の意義を説いて来た。

 君たちのうちには熱心に真理を求めて色々の書物を読み、色々の学者の説を読み、それに基いて思索をし、既に人生の意義を知ることが出来た人もある。しかしそんな人は非常に稀であって、大抵は、自分の偏見や既成概念の中を迂路チョロしていて、悟ったつもりで實際は悟っていないか、真理なんて求めても到底得られるものではないのだという絶望感で、“聖なる求め” を放棄している人もある。

 そのような人たちに “私” は、今ふたたび真理を知らせてあげたい愛念によって、今此処に谷口雅春を通して真理を説こうと思うのである。」

 更に次の節には、

 「……それらの宗教教祖や碩学
(せきがく)や大哲の中に “わたし” は宿って、人々を導くために “わたし” は書いたり、説いたりして来たのである。真理は人間の肉体から生まれて来るものでも、人間の脳細胞から生産されて来るものでもなく、實にそれらの人々に宿っている “わたし” がそれを説いているのである……。」

 「しかし “本当の教祖” というべき “真理の啓示者” は “實相世界” にある “神” のみなのである。イエス・キリストも 『師というべき者は、唯ひとり天の父のみである』 といっているし、谷口雅春も、“自分は教祖ではない。實相世界に生長の家の本部はある” といっているのである。」

 この “わたし” は勿論、言うまでもなく神である。

 このような文章――神の言に接する毎に、私は畏れ平伏
(ひれふ)すのである。そして図り知れない神のはからい、摂理、お導きに、谷口は十二分にお応えし得たであろうか、この九十余年の生を以て些(いささ)かの悔いることなくお応えし得たであろうか、と魂の打ちふるえるのを覚えるのである。そして谷口に賜った神々の大いなる恩寵に、唯々感謝合掌、悦びが、悦びの波紋が見渡す限り拡がる様を、心眼に拝するのである。

 本著作集も第四巻となり、いよいよ佳境に入った感がある。…(略)…もとより谷口の脳髄知、谷口の力量で構えて説いたものではない。いずれもその折々に最も相応しい神々の指導助言の賜である。万般の奇瑞が続出するのも、故なしとしない。

 諸賢が本著に親しまれることにより、“聖なる求め” を放棄することなく、日に日に高きを望み、深きに入りて真理を体得せられんことを、神に代り切に切に望むものである。
    昭和六十年五月二十八日
          著者
           谷口雅春
              識す≫

          ○

 『新版 真理』 第1巻 第3章の冒頭には、次のように書かれてありました。


≪ 第三章 心の舵・心の鑿(のみ)

     慣れる尊さ 恐ろしさ

 或る船長の話です。

 その船長は航海に慣れてしまいました。

 慣れると云うことは尊いことであると同時に、恐ろしいことなのです。ものは慣れなければ充分出来ません。慣れると云うことが尊いのはそのためです。しかしあまりに慣れてしまうと、人は、その行っていることが何でもなくなり、何の有難さも感じなくなることがあるので恐ろしいのです。

 その船長も航海と云うものが何でもなくなってしまったのです。船は水の上を進むのが当り前であって、放っておいても、波を乗り越え、港へ着くものだと思えて来たのです。

 その船が進むためには、火夫
(かまをたく人)も要れば、運転士も要る、舵手も要れば、甲板洗いの下級船員も要ると云うことを忘れてしまったのです。その船のために、その船長のために一緒に働いてくれている多くのものの、すべての力があるので船が進み得るのだと云うことに感謝する心と云うものがなくなってしまったのです。

 吾々にでも此の船長のようなことがよくあるものです。吾々はこの世界に空気があるのを当り前だと思っています。有難いなどと思ったことの無い人が多いのです。有難いと思わないどころか、空気のあることに気のつかない人さえ多いのです。それは空気があることに慣れてしまったからです。慣れてしまうと云うことは尊いことであると同時に恐ろしいことだと云うのはこのことです。

 此の船長が或る日、甲板へ出て見ますと、それは可成り波の高い日でありましたが、一人の男が一所懸命、汗みどろになって、車輪のような丸い把手を右へ廻し、左へ廻ししているのです。

 「あれは誰じゃ、何を一体しているのじゃ。」

 と船長は側にいる一人の水夫に尋ねました。

 「あれは舵手です。船の舵をとっているのです。」

 とその水夫は答えました。

 船長は不思議そうな顔をしました。

 「あの男は一日中あんなところへ坐って、舵をとっているのか。」

 と又たずねました。

 「そうです、船長。」

 と水夫は答えました。

 「そうか、そんなことは要らぬことじゃ。船は進むのが当り前じゃ。そんなに一日中舵なんかとっている必要はない。」

 こう云って、船長は舵手の働きを止めさせてしまいました。

 しばらくそれでも船は惰力で進みました。船長は舵手を始めとして多勢の船員たちと娯楽室で遊びにふけっていました。

 すると時ならぬ烈しい響きと共に地震のような震動が起ったかと思うと、その娯楽室の床が、壁が、甚だしく傾きました。其れは船が暗礁に乗り上げて、船底に大きな孔があいた響きだったのです。

 たちまち船に水が入って来て、その船は沈んでしまいました。

 可哀相に! 沈んだのはその船の船長ばかりではない、舵手も、その他の船員たちも、すべて沈んで海底の藻屑となってしまったのです。

     船でも会社でも舵を取って呉れる人に感謝せよ

 何故、この船は暗礁に乗り上げたのでしょうか。それは、船長が 「船は航海するのが当り前だ」 と思って、舵手がいてくれる有難さを感じなくなったからです。……≫

          ○

 ――私は、思います。

 このまま行けば、「生長の家」 という現象界の船は

≪ ……しばらくそれでも船は惰力で進みました。船長は舵手を始めとして多勢の船員たちと娯楽室で遊びにふけっていました。

 すると時ならぬ烈しい響きと共に地震のような震動が起ったかと思うと、その娯楽室の床が、壁が、甚だしく傾きました。其れは船が暗礁に乗り上げて、船底に大きな孔があいた響きだったのです。たちまち船に水が入って来て、その船は沈んでしまいました。

 可哀相に! 沈んだのはその船の船長ばかりではない、舵手も、その他の船員たちも、すべて沈んで海底の藻屑となってしまったのです。≫

 ――となるにちがいない。いや、すでに沈没しかかっているのではないか、と。


  (2018.5.6)

440 天皇の御心はまさに「大御心」である(7)


 四宮正貴氏は、Facebook で次のように書かれている(2018.4.18)。まさにその通りであると思いましたので、ここに転載させて頂きます。


≪  国民主権論は日本の伝統と無縁

 「現行占領憲法」 が第一章に 「国民主権」 の条項を置くことは、天皇国日本というわが国建国以来の道統を否定することである。

 日本の伝統的な考え方は、「天皇と国民とは相対立する存在ではなく一体である」 ということである。従って 「主権」 なるものが天皇にあるのか国民にあるとかなどということを議論すること自体が伝統破壊である。

 「現行占領憲法」 制定時に、衆議院憲法改正案特別委員長を務めた芦田均氏は 「君民一体または君民一如のごとき言葉によって表現されている国民結合の中心であるというのが我が国民的信念なのである」 と言っている。

 「国民主権」 の規定を審議した帝国議会では、政府は、「主権」 とは 「国家意思の実質的源泉」 であり、「国民」 とは 「天皇を含む国民協同体」 を指すとしていた。そして芦田均衆議院憲法改正案特別委員長は、欧米の 「君主主権」 と 「主権在民」 を対立的に捉えた主権二元論は、わが国においては採り得ないことを特に強調している。

 ところが宮沢俊義氏をはじめとした多くの憲法学者は、「国民」 とは天皇を除く概念であり、この憲法によってわが国は君主主権から人民主権に変わったと主張した。今日では文部省の検定済教科書までこの線に沿って記述されているという。

 「『国民』 とは天皇を除く概念であり、この憲法によってわが国は君主主権から人民主権に変わった」 という学説によれば、「皇位の改廃は人民の意思によって可能である」 ということになる。今上天皇の御即位に際してはその是非を国民投票に問うべしとした歴史学者まで現れた。わが国は君主国にあらずとか、元首は天皇にあらずとする説が学界に横行している。

 このような混乱の原因は、本来西洋思想であり多岐にわたる主権概念を憲法規定に持ち込んだことにある。「主権」 の属性としての最高性、無制限性が言われる時、それは容易に伝統を無視した独裁専制に転化し得る。

 主権在民と民主政治(国民参政)とは別個の概念である。ソ連邦も共産支那も 「人民主権」 を明記しつつ、共産党一党独裁どころか、共産党最高指導者の個人専制恐怖政治が行われてきている。

 主権という言葉ほど多種多様に用いられているものはないが、君主主権とか国民主権とかいう場合の主権は、西洋法思想の影響下にある国法学では、一般に 「国家における最高の政治権力」 と解せられている。

 日本では古来主権という言葉はなく、国家における政治作用の根本を言い表す言葉は 「知らす」 ないし 「治らす」 であり、また 「聞こしめす」 である。言葉自体から見ても、権力的な臭みはなかった。「大日本帝国憲法」 ではこれを 「統治権」 という言葉で表現した。

 主権の観念は、近世の初期以来、西洋わけてもフランスにおいて、君主の権力を擁護する手段として、君主主義の形で主張された。それは封建諸侯やカトリック教会の勢力を制圧して、統一国家を形成するためには有効なる手段であった。君権至上主義や王権神受説も、これがために唱えられ、これがために利用されたのである。しかるにその後、専制君主の圧政から国民が自由を獲得するためには、別の旗印が必要になった。フランス革命の思想的根拠をなした国民主権説がこれであった。

 国民主権説は、西洋の社会契約説、国家契約説と結合して発達したのであるが、広く世界に及ぼした。君主主権といい国民主権といい、いずれも一つの政治目的に利用されて発達したものであるから、主権を権力中心の概念として見たのも当然と言えよう。そしてその根底には 「力は法の上にあり、法は強者の権利である」 という思想が流れていたのである。

 いずれにしても 「国民主権・君主主権」 という言葉も意味内容も、西洋の国家観念・法思想から生まれてきたのであるから、日本の伝統の天皇の国家統治の実相、日本国体とは全く異なる概念であり法律用語である。≫


 と。

 私が前項までに謹掲させて頂いた仁徳天皇・元正天皇・聖武天皇などの詔を拝するに、まことに四宮正貴氏の仰る通りであるとの感を深くします。


 日本天皇の統治は、「知らす」 ― 「治らす」 であり、 「聞こしめす」 であった。

 『大日本詔勅謹解』 の編著者 森清人氏は、同書の「緒言」で、次のように言っておられる。

≪ 支那に於ては……権力をもって治めるのは覇国、徳を以て治めるのは王国、徳のさらに優れたのが帝国、「無為にして化す」 のが皇国であるといっている。

 「無為」 とは人の作為を加えた 「有為
(うい)」 に対する言葉で、即ち言挙げ(ことあげ)せぬことを意味する。

 外国の歴史をみるに、古代の国家は多く征服によって統治の権力を得、近代の国家は主として、約束によって統治の大権を定めて居る。この征服といい約束というも、畢竟
(ひっきょう)、ともに人為であり作為であるが、ひとりわが国は、何らことあげすることなく、自然のままに発生し生長して来て居る。

 即ち皇祖は、国家成立の天業を経綸したまう神慮の実現であって、天業とは天から授けられし自然の大業を意味し、決して征服とか約束とかという作為や後天的条件を意味するものではない。≫

 と。それは、皇祖 天照大御神(あまてらすおおみかみ)(大乗仏教的に言えば光明遍照なるビルシャナ仏、大日如来)が、その子孫に下された、天孫降臨の御神勅

≪豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みずほ)の国は是れ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。宜しく(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壤(あめつち)と窮(きわ)まりなかるべし。≫

 という御神勅に発し、神ながらに、自然に生長し発展してきた、その宝祚
(あまつひつぎ)が神武天皇以来今上天皇陛下まで125代にわたって連綿とつづいている――そういう世界に比類のない国家が日本なのだ、ということである。

 この美わしい国体、建国以来の道統を否定して、占領憲法の 「国民主権」 などという分裂抗争の精神を貴ぶのは、愚の骨頂ではないか。


  (2018.4.25)

439 天皇の御心はまさに「大御心」である(6)


 『大日本詔勅謹解』 (森清人著、昭和9[1934]年初版) 所載 第45代 聖武天皇の 「奈良の大仏を造るの詔」 以外の詔について、謹掲させて頂きます。

          ○

    聖武天皇 医薬を施すの詔
(神亀3[726]年6月・続日本紀)

[書き下し文]

 
(そ)れ百姓(ひゃくせい)、或は痼病(こびょう)に染沈し、年を経て未だ愈(い)えず。或は亦た重病を得て、昼夜辛苦するものあり。朕は父母たり。何ぞ憐愍(れんみん)せざらんや。宜しく医薬を左右京、四畿及び六道諸国に遣はし、此の類(たぐひ)を救療して、威(み)な安寧を得しめ、病の軽重に依り、穀を賜ひて賑恤(しんじゅつ)すべし。所司懐(ふところ)を存し、勉めて朕が心に称(かな)へよ。

[大意]

 聞くところによれば、人民の中には不治のやまいに感染して、何年たっても全快せず、或いはまた重い病にかかって、夜も昼も苦しみ悩んで居るものがあるということである。朕は人民の父母である。どうしてこれを憐れまずに居られようか。みやこの左京・右京と、畿内四ヶ国および六道諸国に医者をつかわし、これ等の病人を救い治療して、病をいやし安心させ、また病の軽重によってそれぞれ応分の穀物を与え、彼等をにぎわしねぎらうようにせよ。諸役人はよく心をここに用い、勉めて朕の心を汲み取るように。

          ○

    聖武天皇 田租を免ずるの詔
(神亀3[726]年9月・続日本紀)

[書き下し文]

 
今秋大いに稔り、民用(もっ)て豊實なり。天下と茲(ここ)に歓慶(よろこび)を共にせんことを思う。宜しく今年の田租を免ずべし。


[大意]

 今年の秋はよく穀物がみのり、そのために一般人民も、衣食がゆたかのようである。まことに喜ばしき次第で、朕はこのよろこびを天下と共にしたいと思う。そこで今年の年貢
(ねんぐ)は、一般に免除するようにせよ。

          ○

    聖武天皇 民の疾苦を問ふの詔
(天平6[734]年4月・続日本紀)

[書き下し文]

 
比日(このごろ)天地の灾(わざわい)、常に異ることあり。思ふに朕が撫育(ぶいく)の化、汝百姓に於て闕失(けっしつ)する所あるならん歟(か)。今故(ことさら)に使者を発遣して、其の疾苦を問はしむ。宜しく朕が意を知るべし。

[大意]

 このごろ天地のわざわいが多く、地震なども起り、何となく不穏のけはいがある。思うにこれは、朕の徳が足らず、民をいつくしみそだてることに、行きとどかぬ点があったからではあるまいか。それで今、特に使者をつかわして、民のなやみ苦しみを視察し問わしめることとする。諸役人はよく朕の心を知り、それに副
(そ)うようにせよ。


          ○

    聖武天皇 田租を免ずるの詔(天平8[736]年10月・続日本紀)

[書き下し文]

 
聞くならく、比年(このごろ)、太宰が管する所の諸国、公事稍(やや)繁く、労役少なからず。加ふるに、去冬の疫瘡(えきそう)を以て男女惣(そう)じて困(くる)しみ、農事廃(すた)るあり、五穀饒(ゆたか)ならずと。宜しく今年の田租を免じ、民令を続けしむべし。

[大意]

 聞くところによると、このごろ、太宰府管下の諸国では、官の仕事のために人民の使役されることが多く、民は労役に苦しみ、その上、昨年の冬以来のはやりやまいのために、男も女もみな苦しみ困り、農業はすたれ五穀はみのらないということである。気の毒な次第であるから、今年の田租は免除して、さきに下した民令を更に継続して、この民の苦しみを除くようにせよ。

          ○

    聖武天皇 国司を戒飭
(かいちょく)するの詔
                 (天平9[737]年9月・続日本紀)


[書き下し文]

 
聞くならく、臣家の稲は、諸国に貯蓄し、百姓に出挙し、利を求めて交関す。無知の愚民後害を顧みず、安きに迷うて食を乞ひ、此の農務を忘れて、遂に乏困に逼(せま)り、他所に逃亡し、父子流離し、夫婦相失ひ、百姓の弊窮すること、斯に因つて彌(いよいよ)甚だしと。實に是れ国司の教諭、法に乖(そむ)くの致す所なり。朕甚だこれを愍(あわれ)む。済民の道、豈に此の如くなるべけんや。今より以後、悉く皆禁断す。百姓を催課して、一に産業に赴き必ず地の宜しきを失はずして、人(ひとびと)(さかん)に家賑かならしめよ。如し違(たが)ふ者あらば、違勅を以て論じ、其の物は没官し、国郡の官人は、即ち見任を解かむ。

[大意]

 聞くところによれば、諸役人の中には国々に稲を貯藏し、利ざやをとって人民にこれを貸し、或は高い利子をとって他の物品と交換したりして居るものがあるとのことである。しかも民の中の愚かなものたちは、後のわざわいは思わず、ただ目の前の安楽を望んで、利子の高いのも考えず、これを借り求めて農業を怠り、だんだん貧乏して、しまいには故郷にも居れなくなって他国へ出奔し、やがて親子も離ればなれとなり、夫婦も離別せねばならぬようになるなどして、このために民がますます疲弊し困窮するということである。これは全く国司の教えさとし方が、そのよろしきを得ないからであって、朕は甚だこれをいたみ悲しみ遺憾に思う。

 人民の難儀をたすけ救う道が、どうしてかようなことでよかろうか。今後は一切、諸役人のかかる行為を厳しくさしとめる。よろしく諸役人は今後、管下の人民にそれぞれ仕事をわりあて、民がこれに精出すように促し鞭撻して、なお各自に土地の便宜をも十分によく与え利用せしめ、民をして生産の業
(なりわい)にいそしませ、かくて人々は富みさかえ、家々は繁昌するように励まし導かねばならぬ。今後、もしこれに違反するものがあれば、違勅の罪をもってこれを処罰し、その物品は官において没収し、国や郡の役人は、直ちに現職を免ずるであろう。

          ○

    聖武天皇 恩赦の勅(天平12[740]年6月・続日本紀)

[書き下し文]

 
朕八荒に君臨して、万姓を奄有(えんゆう)す。薄を履み、朽を馭し、情、覆育に深し。衣を求めて寝を忘れ、思ひ納隍(のうこう)に切なり。恒に念(おも)へらく、何にして上玄に答へ、人民に休平の楽あり、能く明命に称(かな)へ、国家寧泰の栄を致さむと。信(まこと)に是れ寛仁を被らば、桂網(けいもう)の徒、身命を保ちて壽を得、鴻恩を布かば、窮乏の類、乞微(こつび)を脱して息(いこ)ふことあらん。宜しく天下に大赦すべし。

[大意]

 朕天子として国土人民に臨み、天下を総べ治めるに当り、つねに朕の不徳をおそれては、びくびくとて薄い氷を履むような心地がするし、また朽
(くさ)った索(なわ)を以て馬を馭するような不安を感じ、いつも民をいつくしみ育てることについて、心配をしている。

 民を思えば夜も安心してねむることが出来ず、朕の政治が悪くて人民を苦めてはいないかということを、つねに恐れ心配をして居る。それで、どうしたならばよく天の神に答え、人民はよろこび楽しみ、国家はやすらかに富み栄えて、朕の天命を全うすることが出来るだろうかということを、いつも思い煩っている。

 それには先ず、寛大な仁政をほどこしたならば、法にふれ獄につながれているものたちも、命を保って長生きすることが出来るであろうし、また君主としての大きななさけを民に与えたならば、まずしく貧乏している人々も、他人の施しを乞うようなことはしなくてすむであろうし、民を安心させることが出来るであろう。それで天下に大赦して罪を赦し、民を安心させるようにせよ。

          ○

 ――聖武天皇は、日夜そうした深い思いやりに心をくだかれ、手を尽くされたのち、遂に天平15[733]年10月、毘盧遮那(びるしゃな)仏すなわち太陽のようにすべてを無限の愛をもって照らす 「光明遍照」 の威霊(いりょう)により衆生を済度したいという大願をたてられ、「奈良の大仏を造るの詔」(#434#436 参照)を渙発されるにいたるのである。


  <つづく>


  (2018.4.20)

438 天皇の御心はまさに「大御心」である(5)


 『大日本詔勅謹解』 を読むと、「一人でも苦しむ民があればそれは自分の責任である。民の富は自分の富である」 というような自覚をもってまつりごと(祭事即政治)を執り行われたのは、仁徳天皇だけではなく、伝統的に天皇は競うようにそのようなお心を表されていることがわかる。

 日本天皇は 「万世一系」 と言っても、必ずしも血脈がまっすぐ縦につながっているわけではなく、第45代聖武天皇前後は、かなりあちこちに飛んで転々と移っている――第38代天智天皇から第50代桓武天皇までの系図は次のようである。



 第45代聖武天皇(首
<おびと>親王)は第42代文武天皇の御子だが天皇崩御の年にまだ6歳だったので一世代上の元明天皇(女帝、46歳)が第43代の御位を継がれた。元明天皇は7年後、首(おびと)親王(13歳)を立てて皇太子とし、翌年文武天皇の御姉・氷高(ひだか)内親王に御位を譲られる(第44代元正天皇)。首親王が第45代聖武天皇となられるのは724年、御年23歳の時である。

 その第44代元正天皇と、第45代聖武天皇の詔
(みことのり)のいくつかを拝させて頂きます。まず、元正天皇から。

          ○

   元正天皇 
「麦禾(ばくか=麦と稲)を兼ね種(う)うるの詔」
             
(霊亀元年[715]10月・続日本紀)

[書き下
(くだ)し文(『続日本紀』の原文は漢文)

 
「国家の隆泰(りゅうたい)は、その要民を富ますに在り。民を富ますの本(もと)は、務めて貨食(かしょく)に従う。故に男は耕耘(こううん)を勤め、女は絍織(じんしょく)を脩(おさ)む。家に衣食の饒(あま)りあれば、人廉恥(れんち)の心を生じ、刑措(けいそ)の化爰(ここ)に興り、太平の風致すべし。凡(およ)そ厥(そ)の吏民(りみん)豈に勖(つと)めざらんや。……」 (以下略)

[大意]

 「国家をさかんにして泰らかならしむるためには、まず人民を富ませねばならぬ。民を富ませるためには、財産や食物を豊かにせねばならぬ。そこでむかしから男子は農業を励み、女子は機を織るのである。家に衣食の蓄えが十分であれば、人間は恥を知る心を生じ、従って罪人を罰するための刑法などは要らないような世の中となり、天下は太平となるであろう。

 これを思えば役人も、人民も各々その職務に勉励せずには居られぬ筈である。……」

 それで、水田ばかり作っているのでは長雨や旱魃
(ひでり)にあえばたちまち飢饉に見舞われがちであるから、麦や粟も作るようにせよ、との詔を発せられたのであった。

          ○

    元正天皇 「文武の庶僚に下し給へる詔」
              (養老5年[721]1月・続日本紀)

[書き下し文]

 
「至公にして、私なきは、国士の常風なり。忠を以て、君に事(つか)ふるは、臣子の恒道なり。當(まさ)に須(すべか)らく各々職とする所を勤め、退食(たいしょく)、公よりすべし。康哉(こうさい)の歌遠からず、隆平の基(もとい)(ここ)に在り。灾異(さいい)(かみ)に消え、休徴(きゅうちょう)(しも)に叶はん。宜しく文武の庶僚、今より以去(いきょ)(も)し風雨雷震の異あらば、各々極言忠正の志を存すべし。」

 (○灾異 灾は災に同じで、天災地異の略。 ○休徴 休は美の意で、よきしるし、めでたきしるし。)

[大意]

 「きわめて公正にして私のないのは国士の常であって、まごころをもって君に仕えるのは、臣子の常の道である。故によろしく各自は、その職務をはげみ、公私を明らかにして、まず公事を先にし、私事を後にすべきである。そうすれば、やがて世は治まり、泰平の御代を謳歌する人民の喜びの歌声も聞えるであろうし、国家が富みさかえて泰
(やす)らかになる基ともなり、また天災地変もなくなり、すべてのことが国家安泰のよき前兆となるであろう。
 それで文武の百官よ、今後もし暴風や大雨や雷鳴や地震などの天災地変があったならば、それは政令よろしきを得ないための天譴
(てんけん)であると思い、まごころから言葉をつくして諫めることを心掛けよ。」

          ○

    
元正天皇 「直言を納(い)るるの詔」
            (養老5年[721]2月・続日本紀)

[書き下し文]

 
「朕(ちん)徳菲薄(ひはく)にして、民を導くこと明(めい)ならず。夙(つと)に興(お)きて以て求め、夜に寐(い)ねて以て思ふ。身は紫宮(しきゅう)に居れども、心は黔首(けんしゅ)にあり。卿等(けいら)に委ぬることなくんば、何ぞ天下を化せん。国家の事、万機に益あらば、必ず奏聞(そうもん)すべし。如(も)し納(い)れざることあらば、重ねて極諫(きょくかん)を為せ。汝、面従して退いて後言(こうげん)あることなかれ。」

[大意]

 「朕
(ちん=自分、われ)、帝王の徳うすくして、しかも民を導くに聰明でない。それ故つねに国家の政を憂え、朝は早く起きてよい政治を行うための進言を求め、夜はおそく寐ねて民のことを思いわずらう。朕の身は九重の奥にあるが、心はいつも民の上にあるのである。御身等(王公諸臣)のよきたすけをからずして、どうして天下を治めることが出来ようか。それで何事でも、国家のためになることであったならば、気づきのものより遠慮なく申し出よ。その言葉が正しいのに、もし朕がこれを用いなかったならば、重ねて強く諌言せよ。御身等は決して、朕の目の前だけへつらい従って、退下した後ぶつぶつ言うようなことがあってはならぬ。

          ○

    元正天皇 「直言を求むるの詔」
                (養老5年[721]2月・続日本紀)

[書き下し文]

 
「世の諺に云(いわ)く、歳、申(さる)に在るの年は、常に事故ありと。此れ言ふ所の如し。去る庚申(かのえさる)の年、咎徴(きゅうちょう)(しばしば)(あら)はれ、水旱(すいかん)並び臻(いた)り、平民流没し、秋稼(しゅうか)(みの)らず、国家騒然として、万姓(ばんせい)苦労し、遂に則ち朝庭の儀表(ぎひょう)、藤原大臣奄焉(えんえん)として薨逝(こうせつ)し、朕が心哀慟(あいどう)す。今亦た去年の灾異(さいい)の餘(あまり)、延(ひ)いて今歳(ことし)に及び、亦た猶ほ風雲の氣色(けしき)、常に違(たが)ふことあり。朕が心恐懼すること、日夜休(や)まず。然して之を旧典に聞くに、王者の政令事に便ならざれば、天地譴責して以て咎徴を示すと。或は不善ありて、則ち之が異を致すか。今汝臣等位高く任大なり。豈に忠情を罄(つく)さざるを得んや。故に政令事に便ならざることあらば、悉く陳(の)べて諱(い)むことなく、直言して意を盡(つく)し、隠す所あることなかれ。朕將(まさ)に親(みずか)ら覧(み)んとす。」

[大意]

 「世の諺に 『申年
(さるどし)には事故が多い』 というが、その通りである。庚申(かのえさる)に当たった昨年は種々の事故が多く、天のとがめの徴(しるし)がしばしばあらわれ、洪水や旱魃がつづき、穀物はみのらず、民は苦しんで、国中は何となく不穏で騒々しく、殊に朝廷の儀表(てほん)ともいうべき藤原右大臣までも、にわかにみまかり、実にかなしい次第であった。しかも昨年のわざわいは、更にひいては今年に及び、ただごとではないようなけはいが、天地にみなぎっているようである。これを思えば朕の心は、日夜心配で、しばらくもやすまるひまがない。

 旧典の教えるところによると、天子の政治や命令が、そのよろしきを得ないと、天地がこれをとがめ責めてその咎めの徴
(しるし)を示すということである。或いは朕の政治や命令に、よくないところがあって、これを責めるために天地が異変を示しているのではあるまいか。御身等は位が高く、その任務は重い。よくまごころを尽くして、朕を補佐せねばならぬ。もし朕の政令に不都合なことがあったならば、遠慮なく信ずるところを十分に申し述べ、隠したり諱(い)みさけたりしてはならぬ。その直言に対しては、親しく朕みずからこれを覧(み)るであろう。」

          ○

    元正天皇 「調役を免ずるの勅」
                (養老5年[721]3月・続日本紀)


[書き下し文]

 
「朕四海に君臨して、百姓(ひゃくせい)を撫育(ぶいく)し、家々貯積し、人々安樂ならんことを思ひ欲す。何ぞ期せん、頃者(このごろ)、旱澇(かんろう)調(ととの)はず、農桑(のうそう)損ずるあり。遂に衣食乏短(ぼうたん)にして、饑寒(きかん)あるを致さしむ。言(ここ)に茲(こ)れを念(おも)ひて、良(まこと)に惻隠(そくいん)を増せり。今課役を減じ、用(もっ)て産業を助けん。其の左右両京、及び畿内(きない)の五国は、並びに今歳(ことし)の調(ちょう)を免じ、自餘の七道諸国も、亦た當年の役(えき)を停(とど)めよ。」

[大意]

 「朕は天子の位に上り、天下を治め民に臨むに就いては、よく人民を愛し、家々のたくわえを豊かならしめ、人々を安楽にせねばならぬということを、つねに思いわずらって居る。しかるに、はからずも近年気候が不順で、ひでりやなが雨などのために、農作物や桑などが害をうけ、そのために衣服や食物が不足して、民に飢え凍えるものさえあるに至った。これを思えば、まことに気の毒にたえぬ次第である。そこで民の産業を助けるために、税や、課役を減ずることにする。すなわち平城京
(ならのみやこ)の左京・右京と畿内の五国は、いずれも今年の税(みつぎ)を免じ、その他の七道諸国は、いずれも今年の課役を免ずるようにせよ。」

          ○

    元正天皇 「農蚕を勧むるの詔」
            (養老7年[723]2月・続日本紀)

[書き下し文]

 
「乾坤(けんこん)持ち施して、燾載(とうさい)の徳以て深く、皇王至公にして、亭毒(ていどく)の仁 斯(ここ)に廣し。然れば則ち、南面に居る者は、必ず天に代つて化を開き、北辰に儀(のっと)る者は、亦た時に順ひ、以て涵育(かんいく)すべし。是を以て朕京城を巡り、遙かに郊野(こうや)を望むに、芳春の仲月、草木滋(しげ)り栄え、東候始めて啓(ひら)け、丁壮 隴畝(ろうほ)の勉に就き、時雨漸く澍(うるお)ひ、蟄蠢(ちつしゅん)、浴灌(よくかん)の悦びあり。何ぞ寛仁を流(し)き、以て黎元(れいげん)を安んじ、淳化を布(し)きて万物を済(すく)はざらんや。宜しく戸頭(ことう)の百姓に、種子各々二斛(こく)、布一常(じょう)、鍬一口(ふり)を給し、農蚕(のうさん)の家をして、永く業を失ふことなく、宦学(かんがく)の徒をして、專ら私を忘れしむべし。」


[大意]

 「天下を治める天子は、あまねく人民をおおい照らすほどの大きな徳をもって、民にのぞまねばならぬ。政をとるに当って、天子がきわめて公明正大であれば、民をそだて養うなさけは初めてひろく大きくなるであろう。故に天子の位に居るものは、天に代って徳化をひらき、時にしたがって民をいつくしみ育てねばならぬ。そうすれば、多くの星が自然に北極星の方を向いて居るように、人民もまた一ように君主の方を向き仰いで、その徳をたたえるであろう。

 そこで朕はいま、平城京
(ならのみやこ)の周囲をめぐり、はるかに町はずれの野辺を見わたすに、時はちょうど陰暦二月春のまなかで、草や木が青々としげりさかえ、わかものたちは畑の仕事に精を出し、春雨がほどよく降って地も漸やくうるおい、長い間地中に冬ごもりしていた虫も地上にはい出して来て、渇いていた水をあびてよろこんで居るかのようである。この時にあたり、朕は心ゆるやかにあわれみ深き政治を布いて人民を安心させ、きよく人情あつき教化をもって、万物を救うようにせずにいられようか。では、家々の主人には皆一ように、穀物の種子を二斛(二石)、布を一常(一丈六尺)、鍬一丁ずつを支給して、農業や養蚕をいとなむものに、永く業(なりわい)を失わせないようにしよう。
 官に仕える役人たちは、私の利益を収める心をなくして、公明な心がけをもつようにせよ。」

          ○

 まさに、天皇の御心は 「大御心」 と言わずしてなんと申しましょうぞ。

 聖武天皇の、「奈良の大仏を造るの詔」 以外の詔については、次回に謹掲させて頂きます。


  <つづく>


  (2018.4.16)

437 天皇の御心はまさに「大御心」である(4)


 まず有名な第16代仁徳天皇の詔の頁を、『大日本詔勅謹解』(森清人著・昭和9年1月1日 日本精神協会発行)より、そのまま複写でご覧いただきましょう。









 上掲の内容をまとめてやさしく言えば、次のようになる。

          ○

 第16代 仁徳天皇の4年、天皇は次のようにおっしゃった――と 『日本書紀』 は伝えている。

 「自分が難波高津宮のたかどのに登って遠く四方をながめるに、民の家々から少しも煙がたちのぼらない。思うに、これは民が貧しくて、家に煮炊きする穀物がないからであろう。都がこうだから、遠く辺鄙な地方の人々はどんなに困っていることであろうか。」

 と(2月6日)。そして3月21日、群臣を召して

 「今後3年の間は、人民の一切の税・課役を免じ、その苦しみを除いてやるようにせよ」

 と詔
(みことのり)された。

 それからというものは、天皇は衣が破れてもあえて繕わせず、宮垣が崩れ、屋根が破れて雨漏りがしても修理もせず、3年がたった。

 やっと五穀が豊かに実り、人々は富み栄え、喜びの声がちまたに満ちてきた。

 天皇の7年4月、天皇が高台に出られて、炊煙が盛んに立つのをご覧になり、皇后に語りかけられた。

 「自分はすでに富んだ。喜ばしいことだ」

 と。すると皇后は言われた。

 「いま宮垣が崩れ、屋根が破れているのに、どうして富んだといえるのですか」

 と。

 天皇はおっしゃった。

 「天が君主というものを立てたのは、百姓
(ひゃくせい)すなわち “おおみたから” ともいわれる人民の幸福のためである。故に君は民があっての君であり民を本(もと)とする。

 昔の聖王といわれる方は、一人でも飢餓や寒さに苦しむ者があればそれは自分の責任であるとして自身を責めたと聞く。民が貧しいのは自分が貧しいのであり、民が富んでいることは、自分が富んでいることなのだ。民が富んで君が貧しいということはありえないのだ」

 と。

 その秋9月になって、諸国から

 「課役や税を免ぜられてすでに3年がたち、いま民は富み、道にものを置き忘れても拾っていく者もありません。家には蓄えもできたのに、宮殿は朽ち破れ放題で何も無い状態です。お願いですから、税を献じ、宮殿を修理させてください。」

 との申し出が頻々とあるようになった。

 それでも、天皇は引き続きさらに3年間、税を献ずることをお聞き届けにならず、10年10月に、やっと税を課し、宮殿の修理をすることをお許しになった。

 それで民は、老人をたすけ幼児も連れて、先を争って我れがちに材を運び簣(もっこ)を負い、日夜をいとわず力を尽くして修理の仕事に励んだので、たちまちのうちに宮殿はことごとく修理された。

          ○

 ――と、『日本書紀』 は伝えている。

 この話は、「有名な」 と冒頭に申しましたけれども、戦後教育を受けた現代の大多数の方たちはご存じないかもしれません。なぜならそれは、占領軍の日本弱体化教育政策で、教科書検定が行われ、愛国心すなわち国を愛する心に繋がる用語や内容を教えることが禁じられたからです。

 具体的に言えば、昭和21年2月4日にCIE(民間情報教育局)によって教科書検閲の基準というものが作成され、教科書の検閲が行われた。そして愛国心に繋がる用語――国体、国家、国民的、わが国、などの言葉が禁じられた。また、日本の神話や、歴史的人物としての皇族あるいは国家的英雄について触れることも禁じられた。愛国心に繋がるからだめだという――。

 多くの日本人は、そうした WGIP(War Guilt Information Program; 戦後占領軍が、「日本は侵略国だ」 という罪意識を日本人に植え付け、愛国心をぶっ壊してしまおうとした洗脳政策)によって洗脳され、日本の善き伝統精神、天皇と国民のうるわしい結びつきなどを知らされないまま今日にいたっているのであります。


  <つづく>


  (2018.4.9)

436 天皇の御心はまさに「大御心」である(3)


 第45代 聖武天皇は、#434 に挙げた 「奈良の大仏を造るの詔」 の (1) において、

 「誠に三宝(さんぼう)の威霊(いりょう)に頼(よ)りて、乾坤(けんこん)相泰(あいやす)んじ、万代の福業を修めて、動植 咸(ことごと)く栄えむことを欲す。」

 と仰せられている。

 その 「三宝」 とは、聖徳太子が発布された 「十七条憲法」 の第二条に 「篤く三宝を敬え。三宝とは、仏と法と僧なり」 とあることを踏まえている。

 「三宝」 すなわち仏法僧とは、現象界の仏像と因果の法則と寺の坊主(僧侶)のことではない。#412 で触れたように、法隆寺管長の大野玄妙氏は

≪ 「仏」 は仏になること、つまり目的や理想。
  「法」 は計画、指南書のこと。
  「僧」 は仲間だ。≫

 と言われている、それもユニークな解釈で面白いと書きましたが、『大般涅槃経
(だいはつねはんぎょう)』 では、その仏・法・僧の三宝は一体であって本来は区別されるものではなく、如来常住を説く法も常住であり、僧もまた常住である、と 説かれている。すなわちその 「聖行品十九之下」 には、

≪ 常(じょう)とは即ち是れ如来、如来は即ち是れ信、信は是れ常なり。……善男子、一切の有為(うい)は皆是れ無常なり。

 虚空
(こくう)は無為(むい)なり、是(こ)の故に常(じょう)と為す。仏性(ぶっしょう)は無為なり、是の故に常と為す。

 虚空とは即ち是れ仏性、仏性とは即ち是れ如来、如来とは是れ無為、無為とは即ち是れ常、常とは是れ法、法とは即ち是れ僧、僧とは即ち是れ無為、無為とは即ち是れ常なり。≫


 とある。これについて谷口雅春先生は、『大般涅槃経解釈』 において、次のように説かれている。

≪ 「有為(うい)」 というのは 「現象にあらわれて有るもの」 であります。これに反して 「無為」 というのは 「現象にあらわれていないもの」 のこと、現象以前のもの、「実相」 のことであります。

 「虚空は無為なり」 とあります。虚空とは 「何もない」 ということではなく、「現象にあらわれていないもの」 のことであります。現象にあらわれていないものは 「常
(じょう)」 すなわち変化しない恒常的存在であります。

 永遠常住の仏性は現象にはあらわれていない、それは 「無為」 であり、常恒であり、天体と天体との間の 「真空」 みたいに常に変化しない。これが仏性であり、それが如来である。それが人間の本体であり、実相であり、「無為」 すなわち現象以前のものである。

 現象以前に存在するのが 「法
(のり)」 であり、「僧」 である。「僧」 とは肉体ではない。「無為」 すなわち現象以前の理念である。それは如来であり、法身であり、常恒不変不滅の存在である――と釈尊は仰せられたのであります。≫


≪ 「常とはすなわちこれ如来、如来はすなわちこれ信、僧はすなわちこれ常なり」

 と仰せられておりますが、「常」 とは 「常住不滅の実在」 ということであります。僧というのはそこらに袈裟ごろもをつけて、お経をとなえて生活している肉体のお坊さんの事ではない。「常住不滅の実在」 が如来であり、その如来そのものが僧であります。≫


 ――「三宝」 すなわち仏・法・僧は現象の仏像と法則と僧侶のことではなく、時空を超えて一体であり、常住のものである、ということ。だから三宝を敬えというのは、偶像崇拝せよということではない。

 「常住」 とは、「久遠の今」 ということである。現象すなわち現れて見えるものは、本来無いところの時間・空間の中に投ぜられた影に過ぎない。それは無常である。「久遠の今」 に立つ者は 「無為」 であり 「常」 なのである。

 「無為」 なる 「常」 なる者は、「わしが、わしが」 という 「わし」 が無いから、老子が言ったように、

 
「天は長く地は久し。天地の能(よ)く長く且つ久しき所以(ゆえん)のものは、その自(みずか)ら生ぜざるを以てなり。故に能く長生す。」 (『老子』 第七章)

 ということになる。自分の我の力で頑張る、作為、人為のものは 「偽」 であり、永続しないのである。

 日本天皇はまさに無我、無私にして全てを生かすはたらきを為されてきたから、今日まで長く続いてきたのであり、それ故に天皇の御誕生日を 「天長節」、皇后の御誕生日を 「地久節」 と言った。そして 「君が代は千代に八千代に……」 と国歌に歌われてきたのである。

 私は、『聖武天皇 奈良の大仏を造るの詔』 に目がとまってから、その原典 『大日本詔勅謹解』 を直接読みたいと思い、ネットで検索しましたら、その古書(昭和9<1934>年初版)にヒットし、購入することができました。これはすごい宝物だと、嬉しくなりました。

 歴代日本の天皇の御心が具体的に響いてくる御詔勅が満載されていますが、手当たり次第にそのいくつかを次にここに謹掲させて頂きたいと思います。


  <つづく>


  (2018.4.7)

435 天皇の御心はまさに「大御心」である(2)


 毘盧遮那(びるしゃな)、盧舎那仏(るしゃなぶつ)は、梵語(サンスクリット)の Vairocana 「ヴェーローシャナ(ヴァイローチャナ)」の音訳で、「太陽」 の意味があり、宇宙の中心から太陽のように照らし続けること、すなわち 「光明遍照」 の意。宇宙の大真理を、愛をもって太陽のように全ての人に与え照らす仏。釈迦仏はその応化仏、応身仏とする。毘盧遮那仏(略して盧舎那仏)については、『華厳経(けごんぎょう)』 に詳しく説かれている。「大日如来(だいにちにょらい)」 とも訳され、これは日本神道の天照大御神(あまてらすおおみかみ)にあたる。

 「華厳経」 は、詳しく言えば 「大方広仏
(だいほうこうぶつ)華厳経」 というお経。“大方広”というのは、あらゆる方角に広がっているという意味である、と谷口雅春先生は 「金波羅華(こんぱらげ)実相世界」 についての実相研鑽会で次のように説かれている。

≪ 宇宙普遍の神(仏)の生命が華厳――即ち蓮華荘厳(れんげしょうごん)の蓮華の花のように中心帰一の秩序ある美しき姿に展開している世界が、この宇宙であるという事を、釈尊は悟りをひらかれて最初の説法でお説きになった。それが 「大方広仏華厳経」 である。この 「華厳経を以て本と為せ」 という勅(みことのり)によって建立されたのが東大寺盧舎那大仏の造立であったわけです。大仏は毘盧遮那仏であると言われていますが、それは 「大方広仏華厳経」 の 「大方広仏」 そのものであり、あらゆる方角に広がっている、英語で言えば Universal Buddha 或は Universal God であるわけです。≫

 谷口雅春著 『無門關解釋』 のはしがきには、次のように書かれている。

≪ 東大寺の大仏は、中心帰一の蓮華蔵(れんげぞう)世界を彫刻にあらはせるなり。中心座にましますは、光明遍照者にましまして、それを守護し奉るために、千葉(せんよう)の蓮華その御足の下にありて、各々の蓮華に、悉く釈迦牟尼仏ゐまして、光明遍照者の御徳を讃ふるなり。ヴェーローシャナと云ふ梵語をば、大日如来などと、仏教が如来の如く訳したるは誤謬にはあらざれども、人をして外国の仏様の如く誤解せしめたるや久し。

 ヴェーローシャナとは、単に 『光明遍照』 の意なり。宇宙の中心座に在
(ましま)す 『光明遍照』 なり。畏くも天照大御神にましますなり。天皇は天照大御神と一身にましますが故に、釈迦は、天皇信仰を教へたるなり。……≫


 聖武天皇は、「責めはわれ一人にあり。華厳経を以て本
(もと)と為せ」 という詔によって、盧遮那仏を象徴する奈良東大寺の大仏を建立された。

 それは、外国の仏様を敬いまつれということではなく、また大きな仏像という偶像を崇拝せよということでもなく、宇宙に遍満する絶対善なる神の愛、すなわち天照大御神の御光を信じ一体になってこれを現して行こうという大御心の発現ではなかったか。


  <つづく>


  (2018.4.5)

434 天皇の御心はまさに「大御心」である


 私が青年時代から蒐集保存してきた資料ファイルの一つに 「中心帰一」 と題したファイルがあり、それを見返していましたら、<森清人 虔修 『大日本詔勅謹解』 より> 「聖武天皇 奈良の大仏を造るの詔」 というコピーが出て来ました。これを拝見拝読し、歴代天皇の御心はまさに 「大御心」 と申し上げるほかないものだという思いを新たにしました。

 原文は漢文からですが、書き下し文を採用し、大意の解釈文も合わせ、ここに再録させて頂きます。(1)~(5) の番号は読みやすくするために岡が付け、改段させて頂きました。


≪ 聖武天皇 奈良の大仏(盧遮那仏金銅の大像)を造り給うの詔
       (天平十五[733]年。 『続日本紀』 より)

(1) 朕
(ちん)、薄徳(はくとく)を以て、恭(つつし)みて天位を承(う)け、志を兼済(けんさい)に存して、勤めて人物を撫(ぶ)す。率土(そつど)の濱(ひん)、すでに仁恕(じんじょ)に霑(うるお)ふと雖も、而も普天の下(もと)、いまだ法恩に浴せず。誠に三宝の威霊(いりょう)に頼(よ)りて、乾坤(けんこん)相泰(あいやす)んじ、万代の福業を修めて、動植 咸(ことごと)く栄えむことを欲す。

(2) ここに天平十五年、歳次 癸未
(みずのとひつじ)十月十五日を以て、菩薩(ぼさつ)の大願を発し、盧遮那仏(るしやなぶつ)の金銅像一躯を造り奉る。国の銅を尽して象(かた)を鎔(つく)り、大山(たいざん)を削(き)りて以て堂を構へ、広く法界に及ぼして、朕が知識と為し、遂に同じく利益(りやく)を蒙りて、ともに菩提(ぼだい)を致さしめむ。

(3) 夫
(そ)れ天下の富を有(たも)てるものは、朕なり。天下の勢(いきほひ)を有てるものも、朕なり。この富と勢とを以て、この尊像を造る。事や成り易くして、心や至り難し。ただ恐る、徒(いたずら)に人を労することありて、よく聖(しょう)を感ずることなく、或(あるひ)は誹謗(ひぼう)を生じて、反(かえ)りて罪辜(ざいこ)に墜(おち)むことを。

(4) この故に、知識に預るものは、懇
(ねんご)ろに至誠の心を発(おこ)し、各々介福を招きて、宜しく毎日盧遮那仏を三拝し、自ら当(まさ)に存念して、各々盧遮那仏を造るべきなり。

(5) もし更に人の、一枝
(いつし)の草、一把(いちは)の土を持ちて、造像を助くることを情願するものあらば、恣(ほしいまま)にこれを聴(ゆる)せ。国郡司等、この事に因(よ)りて、百姓(ひやくせい)を侵擾(しんじょう)し、強(しい)て収斂(しゅうれん)せしむることなかれ。遐邇(かじ)に布告して、朕が意(こころ)を知らしめよ。


 【大意】

(1) 朕は徳の薄い身を以て天子の位につき、つねに国民のすべてを幸福にせねばならぬと心がけ、民を愛しいつくしんでいるのである。そして現在、全国民をどうにか朕の仁政に霑
(うるお)わせることはできたが、しかしまだ全国民を仏法の恩恵に浴させるまでには至っていない。そこでなんとかして、仏法の偉大な力により、国家は無事安泰に治まり、国民は富み栄え、生命あるもののすべてが、繁栄するようにしたいものである。

(2) 朕がこのたび、天平十五年癸未の年、十月十五日の吉日を以て、仏法の威霊により、衆生を済度したいという目的のもとに、大日如来(盧遮那仏)の大金銅像一体をつくる大願を立てたのも、そのためである。ついてはわが国に産する銅のうち、最も良い銅をもって仏像を鎔
(つく)り、また名山の良木をもって仏堂を建てて、法恩をあまねく国中に及ぼし、全国民に仏果をさせたいと願う次第である。

(3) 思うに、日本中の富は朕のものであり、また国中で一番権勢をもっているものも朕である。従ってこの天下の富と権勢とをもってすれば、いかに大きな仏像でも、その建立は、必ずしも困難ではないが、至誠をもって仏に仕えるということは、なかなか困難なことである。殊に、この大仏の建立には、多大の物資と勢力とを必要とするのであるから、或は徒らに人の労力を空費して、仏の聖意にかなわず、諸方面から非難の声が起り、衆生済度の目的に反して、かえってすべてのものを、罪に墜
(おと)すような結果になりはしないかということを、朕は恐れるのである。

(4) であるから、この寄進に関係のあるものは一切の邪念を去って、まごころを以てこれに従い、毎日、必ず大日如来(盧遮那仏)を三度ずつ拝んで、自ら深く仏に感謝する気持をもって、この大仏建立の聖業に従事せねばならぬ。

(5) もしまた篤志家で、自ら進んでこの聖業に協力奉仕したいというものがあったならば、たとえ一本の木の枝や、一握りの土をもってくるものでもかまわないから、その志に委せて、これを拒んではならない。なおこの際くれぐれも注意をしておくが、各国の国司や郡司たちは、この大仏建立を口実として、人民をむやみに雑役
(えだち)に使ったり、或いは強制的に増税をしたりすることは出来ぬ。以上、大仏建立の趣旨を全国民に布告して、朕の気持ちをよく知らせるように。≫


 ――上記の (3) で、「日本中の富は朕のものであり、また国中で一番権勢をもっているものも朕である」 というのは、#432 で四宮正貴氏が仰っている
「わが國の歴史には、天皇が主権=國家の最高権力を独占的に掌握し独裁専制政治を行ってゐたなどといふことは全くない」 ということと矛盾するであろうか? 決して矛盾しないと私は思う。

 それは、聖武天皇や御歴代天皇が発せられた他の詔を合わせて拝読すればよくわかることである。「責めはわれ一人にあり」 「国民と自分は一体であって、国民が富むことが、自分が富むことである」 との御自覚なのである。

 奈良東大寺の大仏様は、第45代聖武天皇の願い――「責めはわれ一人にあり。華厳経
(けごんぎょう)を以て本(もと)と為せ」という詔(みことのり)によって建立された。

 当時、旱魃
(かんばつ)による不作の連続で飢饉が起こり、飢餓状態に陥った民が罪を犯してしまう。そのような事態に至った責任は朕一人にあるとして、罪人に大赦を与えた。危うさの前から逃げようとする人間は多いが、天皇は 「責めはわれ一人にあり」 として、逃げることをされなかったのである。


  <つづく>


  (2018.4.4)

433 「人事ばかりに精を出していると組織はダメになる」


 
≪人事、そんなに面白い?≫

 と題して、カルビー会長兼CEO 松本晃氏が、4月2日付け日本経済新聞夕刊 「明日への話題」 欄に、次のように書いておられる。(抜粋)

≪ 人事がメシより好きな人が多い。

 「人事権」 は組織で最も大きい権限だ。古来、人事権をもつ人には無条件に平伏する。

 人が集まれば組織ができる。組織ができれば上と下の関係ができる。上に立つ人間には地位と権限と金がついてまわる。当然同時に責任がついてまわるのだが、地位・権限・金と責任をはかりにかければ、ほとんどの人にとって前者の方が心地好い。だから、人間はより高い地位を求めて時には酷い争いを繰り返す。おそらく、人間の世界が続く限りこれは永遠に続くだろう。

 2009年6月、私は今の地位に就いた。代表取締役会長兼CEOというえらく大層な肩書だ。直後に実行したことは 「権限委譲」 だ。その際、会長とかCEOにあった全ての権限を社長に委譲した。その後、社長は直属の部下に委譲していった。さらに、その下に下にとドンドン権限は委譲されていった。上の仕事は自らの権限を委譲して下の失敗の責任を取ることだ。そんな文化に会社を変えたかった。

 人は権限を委譲されると元気になる。故に人は成長する。従って、権限委譲は部下を育てるための最大のツールだ。

 人事権をもたないと寂しい。だから、人はこれを死守する。人事は確かに面白い。

 しかし、年中人事ばかりに精を出していると会社とか組織はダメになる。皆さん、それでも人事はメシより好きですか?

 私は9年前に人事権を捨てた。気楽になった。

 もちろん、ちょっと、寂しい。≫



 「人間」 を根本的に解放するのが宗教の使命である。

 宗教団体が、「人事権」 を振り回して信徒の自由をおびやかすようなことをすれば、それは宗教の使命を放棄することであり、そんな宗教団体は一時的に発展するように見えても長く持続することはできず、必ずや凋落衰退、やがて消滅するであろう。


  <つづく>


  (2018.4.2)

432 現行憲法の「主権在民論」は日本国体を隠蔽し破壊する元凶


 西部邁氏の天皇・国体・憲法論を読んで、私は

  「天皇の地位はこの国の伝統の総意によるとふ説に肯
(うなず)く」

 と詠んだことを前項の終わりの方に書きましたが、四宮正貴氏が、まことに明快にこのことを具体的に詳しく説かれた卓説を facebook に掲載されましたので、ありがたくここに抜粋転載させて頂きます。

          ○

≪ 『現行占領憲法』の「主権在民論」は日本國體を隠蔽し破壊する元凶

 「主権在民」 「平和主義」 「基本的人権の尊重」 の三つが 『現行占領憲法』 の 「三原理」 とされてゐる。しかし、『現行憲法』 の 「主権在民論」 「國民主権主義」 は、日本の國體とは絶対に相容れない思想である。

 「國民主権主義」 は 「君主主権主義」 に対する 「抗議概念」 であるとされ、政治的主権の保持者は國民であって君主ではないことを主張するとされてゐる。これは、君主と國民が絶対的に対立し、権力を奪ひ合った歴史を持つ欧米で生まれた思想である。つまり、『現行占領憲法』 は、君主と人民とは相対立する存在であり、國家とは國民同士が契約して成立するものと考へる西洋的法思想・國家觀・君主觀・權力論が基礎となってゐるのである。(中略)

 そもそも日本天皇が日本國の君主であらせられ、統治者であらせられるのは、天皇が絶対的な政治権力者であらせられといふことではない。それは、武家専横時代の歴史を見れば余りにも明らかである。日本國の政治権力者は藤原氏・平氏・源氏・北條氏・足利氏・徳川氏と転変を繰り返したが、大君・君主は神聖なる権威の保持者であらせられる上御一人・日本天皇であった。

 日本國の君主=天皇は、権力のあるなしには全く関はりなく君主であらせられ天皇であらせられる。ゆへに國民主権論を我が國の憲法の基本原理にするのは絶対に誤りであり、國體を隠蔽し、國柄を破壊することとなる。

 わが國の歴史には、天皇が主権=國家の最高権力を独占的に掌握し独裁専制政治を行ってゐたなどといふことは全くない。『大日本帝國憲法』 にも、「天皇に主権がある」 とは全く書かれてゐない。

 わが國は天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同體である。西洋國家論で言ふところの契約國家・権力國家ではない。我が國は君民一體の國柄である。西洋や支那大陸のやうな君主と人民とが 「國家意思を最終的に決定する権限」 を奪ひ合ったといふ歴史は全くない。天皇の政治的権力によって國民が圧迫されたこともない。

 故に、君主と國民が対立関係にある國家ではない。國王と人民が主権争奪戦を繰り広げた歴史を持つのは欧米諸國である。従って、「主権」 が 「君主にあるのか、國民にあるのか」 などといふことを成文憲法に規定すること自體わが國の國柄とは相容れない。「國家の意思を最終的に決定する権力」 といふ意味での 「主権」 なる概念と言葉は、「天皇中心の信仰共同體國家日本」 には全く相容れない。

 西洋法思想・國家思想である 「主權」 なる 「概念」 を、わざわざ成文法として日本國の憲法に規定することは、大きな誤りであり國體を隠蔽し國體破壊につながる。「國民主権論」 が憲法に書かれてゐる事が、わが國の國家傳統の破壊、共和制革命への突破口になる危険がある。(中略)

 神話時代からの悠久の歴史を有する日本の天皇中心の國柄を隠蔽し、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした國家観を 「成文憲法」 に規定した 『現行占領憲法』 には全く正統性がないのである。「國民主権論」 を第一原理とする 『現行占領憲法』 は國體破壊の元凶である。かかる憲法を根幹にした 「立憲主義」 は國體破壊・伝統破壊に直結する。≫


          ○

 上記は、四宮正貴氏の卓説、正論だと思いましたので、抜粋転載させて頂きました。感謝合掌


  (2018.3.27)


431 迷いが自壊して浄化される時


 「霊魂進化の神示」 に、次のように説かれている。――


『神の子』 なる人間の実相を現象世界に実現するのが人生の目的である。

 ……人間の運命とは 『神の子』 なる人間の実相が現象界に投影する時、時間的空間的に展開するのに、 おのずから一定の順序を追うて展開して行くように 大体定められているのを言う。

 それは譬
(たと)えば朝顔の種子(たね)の中には既に 『花』 の因子(たね)が包蔵されているが、それが現象界に 『花』 となって完成するまでには、日光に逢い、湿気に遭い、芽を出(いだ)し、蔓(つる)を出し、蕾を生じ、ついに花を開くと言うように、大体一定の時間を要し、植物が日光に逢い、雨露に遭うが如く、或は幸福に恵まれ、或は虐運と戦うことによって、ついに実相人間の現象界への投影を完成するのである。

 併し、その投影が完成するには、その投影は 『念波の集積』 で成立っているのであるし、人間は心の自由を有ち、自由に実相の悟りによって念波を浄め得もすれば、迷によって念波を一層汚すことも出来るのであるから、現象世界に実相人間を顕現する過程(進化の過程)を心次第で縮めることも長くすることも出来るのである。

 霊魂進化の過程を短縮するのは、念の浄化による。

 念の浄化には、実相を悟ることが第一であり、物質欲に捉れざることが第二である。

 物質欲に捉れざるためには、『物質本来無し』 の真理を悟るが第一である。

 『物質本来無し』 の真理をさとる程度に達せざる者には、物質の快に捉れざるための修行として、自ら進んで苦を求めて喜ぶか、物質に快を求めて却って苦を得る体験を通じて、ついに物質欲に捉れざるに到るかの二途しかない。

 前者は自ら進んで嘗
(な)める苦行であり、後者は幸福を求むれども求むれども運命的に他動的にやってくる苦難である。

 その他に過去の悪業の自壊する過程として自己の霊的流動体に起る擾乱
(じょうらん)現象の苦痛もある。

 苦難がみだりに取去られず、多くの霊魂の霊界通信が苦行の価値を力説しているのも此の色々の理由によるのである。

 (昭和八年九月十五日神示)


 とあります。

 以上は、人間の運命についての神示ですが、これは人類の運命にも当てはまることではないでしょうか。

 すなわち、「人間」 を 「人類」 あるいは 「世界」 と置き換え、「神の子」 を 「神の国」 とし、この神示を 「人類進化の神示」 としてみてもおよそ当てはまる真理ではないかと思うのです。

 ――現在の日本と世界の状況は、まさに苦難のさなかにあります。

 それは、過去の迷い(悪業)の自壊する過程としての苦難であり、この苦難を経て、みこころの天に成る実相世界は、現象界への投影を完成させようとしつつあるのではないでしょうか。

 「苦しいときの神頼み」 と言いますが、人智で苦難から逃れる道が見いだせない時は、絶対善なる神を信じ祈り、神に全托して救いの時――実相顕現の時を待つしかないと思います。

          ○

 谷口雅春先生著 『我ら日本人として』 <昭和33(1958)年初版> に、次のようにありました。(今から60年前のことで、鳩山さん、鳩山首相というのは鳩山由紀夫氏の祖父・鳩山一郎氏のことです)

 
↑『我ら日本人として』 昭和33年初版本のカバー(補修のあとがあります)


 
↑『我ら日本人として』 昭和41年初版「新選谷口雅春選集8」カバー

     生長の家と鳩山さんとの関係

 おたずねのことお答え申上げようと思います。私は社会党にも自民党にも属しないものでありますし、生長の家そのものも自民党に応援するものではない。嘗
(かつ)て、鳩山首相と私とで共著 『危機に立つ日本』 を書いた事があったので生長の家が自民党であるかの如き感を与えているかも知れませんが、決して生長の家が自民党ヒイキという訳ではありません。

 鳩山首相が生長の家の教えに触れて 「もう一度人類のお役に立つなら、病気のそのままでもお役に立ちたい、生命は神より与えられたものであって、病気から与えられたのではないから、自分のいのちは神が返却せよといわれるまでは、病気から横取りされることはない」 との大信念をもって半身不随のまま立ち上られたのであり、その大信念をもって総理大臣在職中あの病気のままで、ソ連まで使いし、多忙な神経戦の多い政界の仕事を今日までやりつづけて来られたのは、生長の家のお蔭だと大いに感謝していられるだけのことであって、生長の家が自民党ではなく、鳩山首相が生長の家党だった訳であります。これを逆に考える人は、宗教が一党に偏するが如き誤った観念をつたえるのでありまして、それは大変危険なことであります。決して生長の家は自民党に偏向していない。併し日本の政党で天皇制を支持しているのが自民党だけなのです。
(p.3)


     
酒を飲んで政治をするのは止めて貰いたい

 生長の家は中道実相の道を歩むのでありますから、社会党を批判しても、これは日本国のためを思うからでありまして、自民党にのみ味方するのではありません。内閣官吏の汚職はわるいし、森脇事件なども政治色がある。しかし汚職は唯物論の拝金主義者を政治家に選ぶかぎり、そういう官吏や党員がでる。無論その政権担当者の監督不行届もあり責任問題もあるけれども、今までどの党が政治をやっても必ず汚職や賄賂の話が出なかったことはないのであります。今後たとい何党が政権をとったからとて同じような汚職がでないとは保証できない。

 ……だから汚職々々の泥合戦はやめることにして、いたずらに他党を攻撃せず、みずからの不徳を反省して自粛すべきだと思います。
(p.12~13)


     
家長の心境と一家の運命

 一国の家長にあたる総理大臣が変ると、一国の雰囲気が変る。経済界が変る。こういう意味において、私は今後とも、生長の家の信徒の中から総理大臣や数多
(あまた)の閣僚及び代議士を出したいと思わずにはいられないのである。それは生長の家の教勢拡張のためが目的ではなく、日本国をより栄えた至福の国たらしめ、それは即ち日本国民全体が幸福になる道でもあり、延いては、日本が主導者となって世界の平和に貢献し得ると思うからである。
(p.172)


     
憲法改定の主要点は何か

 憲法改定が必要なのは、再軍備だけではなく日本の国のあり方の根本問題にかかわるものであり、日本の国が如何にしてハジマリ、如何にして建ったかの根本を定めるものでありますが、現憲法は日本国を弱体化するための連合軍の意向の下に制定せられたので、建国の根本が明かになっていないで国民が主権者になっております。しかし現在の国民は建国の主権者ではなく、既に建てられたる国の継承者に過ぎないのであります。
(p.7)≫

          ○

 上記最後のフレーズ、憲法の問題については極めて重いものを感ずる。今、自民党の憲法改正案は、前文や第九条二項 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」 というのもそのまま存続しながら自衛隊を明記するということで進めようとしているようだが、そんなことで――(第1条で) 「天皇の地位は主権の存する国民の総意に基づく」 つまり国民が天皇よりも偉いのだ、という憲法の根本思想を是認していていいのか。大いなる疑問、憂慮を持たざるをえない。

 西部邁氏(2018.1.21死去)は 『月刊日本』 2017.6月号で、インタビューにこたえて次のように述べている。

   「なぜ天皇を論ずるのか」

―― 日本にとって天皇とは何かという問題についてお話を伺いたいと思います。

西部 そもそも国家がいくつかの選択肢の中から特定の政策や戦略を選ぶためには、必ずや何らかの価値基準が必要になります。では、その価値がどこから来るかと言えば、より上位の価値に由来するわけですが、より上位の価値のより上位の価値……と価値の由来の根源をたどっていけば、論理必然的に至上絶対の価値、つまり宗教的なるものに行き着かざるをえなくなります。そういう国家の価値基準が由来する根源的な何事かをナショナルアイデンティティと言ったり、国体と言ったり、国柄と言っているわけです。

 つまり、政治と宗教はいずれも 「まつりごと」 と言われていたように、根源においてはつながっている。「政教分離」 とか 「祭政分離」 などと簡単に言うのは根本的な間違いです。

 そして
天皇は価値の源泉たる国柄の 「象徴」 なのです。だから 「天皇に関心がない」 というのは、国家にも宗教にも価値にも関心がないと宣言するようなものだと。天皇はそれら全てに関わる存在ですからね。何はともあれ日本国民たる者、国家、宗教、価値を考えようとすれば、天皇に関心を持たざるをえないのであると言うべきです。

   「立憲主義の虚妄を撃つ」

―― 昨年の 「お言葉」 以来、天皇論が盛んになっていますが、どのように受け止めていますか。

西部 今上陛下が生前退位のご意向を示されたことをめぐり、少なからぬ人々が立憲主義を唱え、一種の法律至上主義が広がっているという状況です。しかし天皇や憲法の関係や位置づけに関する本質的な議論が進んでいるとは言い難い。

 そもそも本来の憲法は俗世の根本規範のことですが、決してコンプリート(完結)するものではない。

 憲法第一条では 「
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する国民の総意に基づく」 と書かれています。そして象徴という言葉は、多かれ少なかれ俗世を超越したものを求める精神性、つまり何ほどか聖なるものへの志向性を含んでいます。

 
憲法は不完全なものであり、立憲主義なんてことを簡単に言って、何もかも説明できると思ったら大間違いです。世間では憲法に天皇がどう書かれているかにこだわっていますが、憲法は日本に天皇がいるということを俗世の側から確認しただけのもので、今の憲法のおかげで天皇がいるのではない。

 
結局、占領軍は 「天皇はシンボルにすぎない」 と思いたかったんですよね。戦後の日本人もそうだった。しかし象徴という言葉は重いんです。象徴は単なる記号ではない。国旗とか学校の記章など、他と区別するための記号とは異なり、聖性への志向を孕んでいる。

 そして天皇が歴史的に持続してきた国民の聖なる感覚を象徴している以上、「象徴にすぎない」 のではなく、あえていえば 「象徴であらせられる」 わけです。

 「万世一系」 や 「神聖ニシテ侵スヘカラス」 という明治憲法の表現はいかにも仰々しく、どこか無理のあるこしらえ物のような印象がありましたが、現行憲法で 「象徴」 という表現を使ったおかげで、天皇という存在の持つ意味合いはより広くかつ重いものになったんだと捉えるべきだ。

――
「国民の総意」 はどう考えるべきですか。

西部 そこには
二通りの解釈がありえます。一つは 「いま生きている有権者の多数派の意思」 という解釈で、もう一つは 「歴史上の総国民の総意」 という解釈です。
かつて日本に存在し、これからも存在するであろう過去、現在、未来の国民全ての総意だとする。

 
僕は明らかに後者だと思う。仮に前者の立場をとると、天皇が変わる度に天皇制の存廃を問う国民投票をやるなんてバカな話になりかねないですからね。

 
国民の総意が 「歴史上の総国民の総意」 だとすれば、それは日本の歴史が残した 「伝統の精神」 だと言ってよろしい。天皇の地位が国民の総意に基づくというのは、天皇の地位は歴史的な伝統精神に基づくということに他ならないんです。

          ○

 上記西部邁氏の言を読んで、私は次のように詠みました。

 「天皇の地位はこの国の伝統の総意によるとふ説に肯
(うなず)く」


 私の天皇論・憲法論は、

 #291#297 で 「天皇陛下のビデオメッセージに思う」

 #298#302 で 「『立憲主義』 と 『国体尊重』 は本来同義である」

 #303 で 「日本国憲法 前文 改定試案」

 として書いてきた通りであります。


   <つづく>


  (2018.3.25)


430 宇宙の歴史を完成させる鍵を握っているのは日本だ!


 「神は完全にして、神の造りたまいしすべての物も完全なり。」

 (聖経『甘露の法雨』)である。私は、そのことを信ずる。

 そして――

 「みこころの天に成るがごとく、地にも成らせ給え」 と祈るように、イエスは教えた。

 釈尊は、金色の蓮の花を拈
(ひね)って、宇宙の実相(本来のすがた)を示された(世尊拈華)。

 それは、中心帰一・大調和のすがたであり、日本の本来のすがた、神の造られた日本の実相(理念)である。

 その完全に造られた神の構図は、地上(現象世界)に必ず実現展開されざるを得ないのである。

 その

「宇宙の歴史を完成させる鍵を握っているのは日本」

 だ、と思う。

 それは、私が上記の主題で、

 (1) #348 ――世界平和実現のために

 (2) #349 ――平和の鍵は、中心が一つあること

 (3) #350 ――「天皇は、神だ!」

 (4) #351 ――アインシュタインの言う日本盟主論

 などとして、すでに書いているところであります。

 また、四宮正貴氏は Facebook (2018.2.23)に、次のように書いておられる。

https://www.facebook.com/masaki.shinomiya.1/posts/1668967906523546

≪ 一神教の対立を解消せしめ全人類を戰爭の慘禍から救ふ道は日本傳統信仰への回歸と恢弘にある

 何とか、世界の闘争対立を緩和するために、我が傳統信仰の果たすべき役割はないかを考へねばならない。

 自然と共に生き多くの神々や思想を融合調和してきた多神教の精神、とりわけ、稲作生活を基本とした神代以来の天皇中心の祭祀國家・信仰共同体を今日まで保持しつつ、西洋文化・文明を受容し、それを発展せしめ、東洋でもっとも発達した工業國なった日本の精神伝統が大きな役目を果たすと考へる。…中略…

 日本神話は、山紫水明麗しく緑滴り清らかな水が豊富で四季の変化が規則正しい日本といふ素晴らしい國において生まれた。闘争戦争を絶え間なく繰り返してゐる一神教の世界に対して、自然と祖靈を神と拝ろがむ神道の精神がその闘争性を和らげる原理となり得るといふ希望を私は抱いてゐる。

 イスラム教徒やユダヤ教徒が伊勢の神宮に来て大感激したといふ話を何回か聞いたことがある。『コーラン』 に書かれてゐる 「楽園には木々が生い繁る。…流れ出る泉が共にある。…深緑に包まれている」 といふイスラム教徒にとっての理想郷とはまさに日本の風土なのである。

 四季の変化が規則正しく温和な日本の自然環境は、自然を友とし自然の中に神を観る信仰を生んだ。日本民族は、天地自然を神として拝む。

 神道は祭祀宗教であるといふ。祭祀は自己の罪穢れを祓ひ清め神と一體となる行事であるから、救済宗教の性格も持ってゐる。自然を神と拝ろがむ日本の傳統的信仰精神が自然を破壊し人の命を軽んずる現代を救済する原理となると考へる。

 「祭祀」 および 「直會」 は、神と人との一體感を自覚する行事であると共に、それに参加する人々同士の一體感も實感する行事である。〈神と人との合一〉 〈罪の意識の浄化〉 を最高形態としてゐる信仰は、日本伝統信仰・神ながらの道である。「祭りの精神」 が世界に広まれば世界は平和になるのではないか。

 「祭り」 を基礎とした魂的信仰的一體感が、世界人類の交流と共存の基盤となるのではないか。「祭り」 が世界で行はれるやうになれば世界は平和になるのではあるまいか。

 今こそ、わが國傳統信仰を國の内外において恢弘しなければならないと思ふ。一神教の対立を解消せしめ全人類を戰爭の慘禍から救ふ道は、日本傳統信仰への回歸と恢弘にあると信ずる。≫


 ――その通りであろうと思います。

 同じく1月3日には、

 「西洋の絶対君主制と日本国体との違いは、京都御所の清々しさ・麗しさと、ヴェルサイユ宮殿の豪華絢爛さとを比較して判然とする」

 と題して、次のように書いておられるのである。

≪ フランスのヴェルサイユ宮殿の庭は、日本の寺院や城郭の庭とは趣を全く異にする。自然と対立し、自然を作り替え、自然に整形美容を施して、庭園にしている。一方、京都の龍安寺・石清水八幡宮・修学院離宮・桂離宮など日本の神社仏閣の庭園は、自然と対立せず、自然を改造せず、自然に即し、自然の美しさを生かした庭園となっている。

 穏やかな風土の緑豊かな地に生まれた多神教の神は、自然と一体であり自然の中に宿る。不毛な風土の砂漠地帯に生まれた一神教の神は、自然と対立しこれを支配し征服する神である。日本伝統信仰は、自然の 「神のいのち」 として拝ろがむ精神を持っているが、キリスト教の自然観は人間は神の命令により自然を征服し支配し改造する権利を与えられているという信仰があるので、庭造りにしても、自然を改造して美しさを作り出すのである。こうした自然観の違いが庭造りにもはっきりとあられている。

 『創世記』には、「神いひ給ひけるは、『我等に象
(かたど)りて、我等の像(かたち)のごとくに我等人を造り、之に海の魚と、空の鳥と、家畜と全地と地に匍ふ處の諸(すべ)ての昆蟲(はふむし)を治めしめんと』 … 『生めよ殖えよ、地に滿てよ、地を從がはせよ。又海の魚と空の鳥と地に動く所の諸(すべ)ての生き物を治めよ、…』」 と記されている。

 この神の命令により、神の形の如く造られた人間は、自然を征服し支配し改造し操作し利用する権利があるとされる。これが西洋における自然改造の手段としての科学技術や機械の発展の精神的基礎であると言える。近代科学技術はこのような自然観を基礎として発達し、それによって人間は便利な生活を享受したが、反面、そのために自然を破壊しつつあることも事実である。

 しかし、神への信仰があるうちはまだ、神が創造した自然を、人間の利己的な目的のみのために利用し改造し害することは、神に対する 「罪」 であるという慎みの心があった。しかし、その天地創造神をすら否定する人が多くなった近代社会においては、そうした心も消え失せ、人間の 「幸福」 のために自然を改造し破壊してきたのである。それが現代における自然破壊・公害問題の根本原因であると考える。

 一方、日本の精神伝統(芸術にも宗教にも文芸にも)は、自然崇拝、自然を神として拝む心がその基本にある。これが日本の精神史の不滅の基礎である。したがって、この自然崇拝の心(人と自然との一体観)という日本の精神伝統に反する外来宗教であるキリスト教は日本に深く根付くことはなかった。  

しかし、ヴェルサイユ宮殿を作り権勢と栄華を誇ったルイ十四世は、他人からは 「太陽王」 と呼ばれ、自ら 「朕は国家なり」 と言った。これは国土と国民を自分の私有物として支配するということである。己の 「私」 によって国家を支配し、「私」 によって人民を罰する。自分に服従する人民のみを保護し、服従しない人民は迫害する。これを 「専制君主」 という。ユダヤ教やキリスト教の神が 「選ばれたる民」 「己を信ずるもの」 のみを保護するのと相似である。

 これは、「あめがしたしらしめす」(『知る』 という動詞に、尊敬の意を表す 『す』 の付いた語に、さらに敬意を添える 『めす』 の付いた語。お知りになるという意) 「きこしめす」(同じくお聞きになるという意)という<やまとことば>で表現される日本天皇の国家統治の御精神とは全く異質である。つまり、天下の事情そして民の意志をお知りになり、お聞きになるというのが、日本天皇の統治精神なのである。こうした精神は、西洋や支那の絶対専制君主の国家支配とは全く異なる。

 ルイ十四世は国家を私物化したが、日本天皇は国家を私物化することを厳しく戒められた。明治天皇の外祖父・中山忠能前権大納言は、明治天皇の御即位にあたって、「そもそも皇国は天照皇大神の御国で、天子をして之をあずからしめてあるので、至尊といえども吾物と思召
(おぼしめし)ては、自然御随意の御処置に押移るべく、御在位中は、光格、仁孝の両帝のお定めになったものを、よくよく御守りになるように」 と言上したという。このように、日本天皇の国家統治は西洋絶対君主の国家支配とは正反対に 「無私の精神」 が基本となっていたのである。

 皇位の御印として伝えられている 『三種の神器』 の一つが自己を主張せず一切を映し出す 「鏡」 であることは、天皇統治が 「無私」 の精神であることを象徴している。

 そもそもフランスのブルボン王朝の国王だけでなく、ヨーロッパ諸国の国王は、封建君主の大なるものにすぎない。日本で言えば徳川将軍である。日本天皇は政治権力も軍事力も有せずして、封建君主たる将軍を任命する御存在であった。

 ゆえに、ルイ十四世などの西欧の絶対君主は、日本天皇とは全くその性格を異にする。西洋の絶対君主制と日本国体との違いは、京都御所の清々しさ・麗しさと、ヴェルサイユ宮殿の狂気の如き豪華絢爛さとを比較しても判然とする。≫


 ここに、究極の世界平和への道があると私は信ずる。


   <つづく>


  (2018.3.24)


429 秩序の見えない混沌の時代に突入・・・


 今朝(2018.3.20)の日本経済新聞第1面トップで、同紙モスクワ支局長古川英治の署名入り記事として、「共振する国家主義」 というメインタイトルをつけ、次のように書いている(抜粋)。

≪ ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席がときを同じくして長期にわたる強権支配を固めた。ともに歴史的な大国の復興を掲げて欧米中心の秩序に挑み、地政学的な野心も隠さない。国際秩序の守り神であるはずのトランプ米大統領も 「米国第一」 を押し通す。自国優先主義が共振し、軸なき世界に混沌を広げる。民主主義と自由経済は試練のときを迎えた。

 ……米ソ冷戦の終結で勝利したはずの民主主義と自由経済を軸とする秩序が揺らぐ世界を映す。約30年前、欧米が抱いた経済のグローバル化が成長と民主化をもたらすとの期待は外れた。