近 況 心 境

岡  正 章
467 「宗教」とは何か。


 「宗教」 とは、宗(もと)の教えである。

 「時間」 というものは本来ない。「空間」 というものも本来ない。それは、生命が自己表現の形式、認識の形式として仮につくり出したものであって、本来ない。

 本来ない時間・空間の中にあらわれて見えるものは、すべて本来ない。夢の如く幻の如き映像、影である。それを、「現象はない」 というのである。

 真の実在は、時間空間発生以前の根源(もと)の世界 「久遠の今」 にあり、絶対善・円満完全・無限光明なるものである。「以前」 と言ってもそれは 「時間」 の中の 「以前」 ではなく、時間を超越した 「久遠の今」 すなわち 「久遠の昔から悠久の未来までを含む」 今である。また、空間を超越しているから凡ゆる所に遍在している。それを、神は永遠であり遍在であるというのである。

 五官で認識される現象世界は、時空を超えた真実在の世界=神の国にあるものを、時間空間の上に順次段階を追って投影しつつあるものであって、不完全である。現象世界を 「あり」 と信ずる者は、どこまで理想を追ってもそれは達成されることがなく、救われない。「わが国(神の国)はこの世の国にあらず」 である。

 「真の人間」 は、時間空間の中に姿をあらわした肉体ではない。時間空間発生以前の 「久遠の今」 にあり、神とともにあって、永遠不死のものである。宇宙をわが内に包蔵し、宇宙に遍満する心である。

 人間の本体は神とともに 「無時間・無空間の世界」 にあり、神の国にある実相のよきものを 「時間空間の世界」 に映出せんがために、肉体を持ってこの世に誕生したのである。

 このことを教え伝えるのが宗教である。

 現象をそのまま信ずる者は、救われない。

 現象をそのまま信ずる教えは、宗教とは言えない。

 現象から出発する運動は、宗教運動――神の運動ではない。

 「絶対善」 なる神から出発するのが、本当の信仰運動、神の運動であって、それによってのみ人下は本当に救われるのである。

          ○

 今年のノーベル医学・生理学賞受賞が決まった本庶佑氏は、

 「僕は科学雑誌に載っていても信じない。自分の頭で考えて、納得できるまでやるということ。科学誌のネイチャー・サイエンスの論文の9割はウソで、10年たって残っているのは1割だ。」

 と言っている。

 ところが谷口雅宣 生長の家総裁は、9月9日付けのブログ 「唐松模様」 で、

 ≪北海道大地震で考える≫

 という、論文とも言えない論文まがいの一文を書かれ、それが機関誌 『生長の家』 の巻頭に載せられている。ここでは その “ウソが9割” と言われている科学誌 『New Scientist』 の一論文(大西洋の攪拌機といわれる南北方向に走る海流システムの研究など)を長々と図面まで入れてコピーし、

 「地球上のいずれの地域でも共通して気温上昇が見られることの原因は、地球温暖化以外には考えられない」

 「環境破壊をやめ、環境と共生することに幸福を見出す生き方の創造と実践を、従来の習慣に引きずられることなく、強固な決意のもとに進めていく以外に選択肢はないのである。」

 と結論づけておられる。

 しかし、「地球上のいずれの地域でも共通して気温上昇が見られること」 を 「地球温暖化」 というのであって、両者は因果関係ではなく、同じことを言い換えただけなのである。総裁の頭の中では、「地球温暖化はCO2の増加によるもの」 という固定観念が出来上がっているから、「CO2の増加」 というべきところを 「地球温暖化」 と書かれたのだろうか。

 また、「大西洋の攪拌機といわれる海流システム」 の説が正しいとしても、それが即台風が増えているなどの “異常気象” の原因だと断定する理由にはならない。

 科学雑誌に書いてあることを鵜呑みにして盲目的に信じてそれを引用しているから科学的だとは言えない。それは逆であって、科学雑誌に載っていることも疑い、自分で検証することこそ良心的な真摯な科学者の姿勢であろう。

 総裁の論には因果関係のすじみちもついておらず、非科学的で粗雑な暴論だと言わざるをえない。 ましてや、タイトルの 「北海道大地震」 は、地球温暖化と直接には関係がないと思われるのである。

 このご文章を読んで納得し、救われる思いをする人がどこにあるだろうか。

 まったく現象だけの、宗教的でも何でもなく、筋の通らない話で――科学者としてならなおさら何の価値もないような一文であることを、甚だ残念に思う。

 いや、「CO2」 を温暖化の原因だとして地中に埋設したことが、地震の原因になっているという説もある。友人のU氏が、次のようなメールをくださった。言葉は少し乱暴だが、そのまま引用させていただきます。

          ○

≪ 現総裁の思考が日本を破壊するほどの大災害を引き起こす可能性について言及したいとおもいます。

現総裁は温暖化の危機を訴え、CO2削減を盛んに言っております。

CO2を減らすのであれば、原発が一番良いのですが、これには強固に反対しており、反対の理由も、非科学的なもので驚くほど短くしか言及しておりません。

まともに調べてみれば、原発が最も安全でクリーンなエネルギーだということがわかるのに、現総裁の考えは、とてもいびつで不誠実な断定です。

「パンドラの約束」 というドキュメント映画があります。

これは現総裁と同じように原発反対でCO2削減の必要性を訴えている環境学者や活動家が、真面目に調べれば、調べるほど原発の必要性に気がついたというドキュメントです。

現在、温暖化対策としてCO2を地中に埋設する事業を経済産業省が進めています。
じつはこのCO2埋設現場近郊で大地震が起きているのです。

中越地震、中越沖地震、岩手宮城内陸地震、東北大震災の勿来沖津波などはすべてCO2埋設が近辺で実施されていました。

今回の苫小牧地震も20万トンという量のCO2埋設が実施された地域です。

にわかには信じられないかもしれませんが、石田昭という学者が

「新・地震学セミナー」というHP
http://www.ailab7.com/Cgi-bin/sunbbs/index.html


で地震発生のメカニズムとCO2埋設の危険性を述べています。現在の地震学の間違いを指摘して、実に説得力があります。

何しろ今回の北海道苫小牧の大地震については、HPで5年も前にその危険性を指摘しており、石田氏の説の信憑性を裏付けています。

石田氏の地震説が正しいとするなら、現総裁が推奨するCO2削減は大災害をもたらす可能性があります。

原発を止め、火力発電をフル稼働して、出たきたCO2を地中に大量に埋設し、この結果大地震を起こしているとしたら、あまりにも愚かです。

このCO2埋設が東京湾でも行われる計画になっています。

太陽光発電も最近になってようやく、この自然破壊的弊害が喧伝されるようになっております。

現総裁の思考は単に、穏やかな自然回帰ではなく、大災害をもたらすものであり、一見まともなようで、実は悪魔の思想なのかもしれません。≫


          ○

 ――私は上に紹介された石田昭氏の論文をそのまま鵜呑みにして信ずるわけではないが、そういうこともあり得ると思う。


 私は、10年あまり前、谷口雅宣総裁がまだ副総裁であった時に、次のようなメールを差し上げていた。お返事はありませんでした。ここに公開させて頂きます。


≪                   2008年2月2日

副総裁 谷口雅宣先生

   (槌田敦氏著 『CO2温暖化説は間違っている』 を読んで)

(前略)

 生長の家の運動はこれから環境保全のため 「炭素ゼロ」 の運動にしながら、日常生活に愛を実践し、組織の第一線を活性化して誌友会を大いに盛り上げていく、というようなことに重点がおかれるということで、たいへんすばらしいことと喜び勇んでおります。

 ところで、本日メールを差し上げますのは、標題のとおり、槌田敦氏著 『CO2温暖化説は間違っている』 〈誰も言わない環境論①〉 を読んで驚いたからでございます。

 去る(2008年)1月12日、日経新聞に載っていた広告を見て気になりましたので同書を注文、10日ほどして入手し、読みました。副総裁先生にはこの槌田氏の説のことなどは夙にご存じの事と存じますが、私は初めて読み、驚きましたので、どのように考えたらよろしいでしょうか、お伺い申し上げる次第でございます。

 念のため内容をかいつまんで申し上げますと、まず 〈はじめに〉 というところに大約次のように書かれております(抜粋)。

 「 ……人間の排出するCO2で地球は温暖化した、とする気象学者の主張は事実ではない。

 詳細な検証により、CO2濃度の上昇に先行して気温が上昇していることが見いだされた。多くの気象学者もこの事実を認めている。

 通常の論理に従えば原因は結果に先行するから、温暖化に関しては、気温の上昇が原因で、CO2濃度の上昇は結果であることが分かる。

 しかし、これを認めるとCO2温暖化説は完全に破綻する。そこで、多くの気象学者たちは、気温の上昇が先行するという事実は認めても、原因であるとは口が裂けてもいえない。

 すでに気象学者のいうCO2温暖化説で世界各国の政治が動いている。今さら説を変えることは影響が大きすぎると考えたようである。

 さまざまな温暖化政策は気象学と経済学の間違いがからみあい、未来に深刻な禍根を残すと思われる。これを黙認するわけにはいかない。

 さらに、CO2温暖化説の陰に隠されているが、最も重大かつ緊急を要する課題は、近い未来に予想される地球寒冷化による飢饉の問題である。将来、人類は食糧難に悩まされるに違いない。そして、食糧不足を原因とする戦争が始まるだろう。そこで、できる限り早く温暖化問題を切り上げて、寒冷化問題を検討すべきと思う。以上が、本書を書こうとした動機である。…」


 そうして、この本の 〈もくじ〉 は

  1章 CO2温暖化説はこうして拡がった
  2章 気温上昇が「原因」、CO2増加は「結果」
  3章 地球は「水の惑星」である
  4章 温暖化の原因は何か?
  5章 無意味で有害な温暖化対策
  6章 エコファシズムの時代
  付章 重力場における気体の物理学
        ―対流圏気象学の基礎

 となっております。

 槌田氏は 〈著者略歴〉 によりますと、

「1933年東京生まれ。東京都立大学理学部化学科卒。東京大学大学院物理課程D2修了後、同大助手を経て理化学研究所研究員。定年退職後、94年から名城大学経済学部教授(環境経済学)。05年4月から高千穂大学非常勤講師を兼任」

 ということでございます。

 さて、生長の家で昨年からスタートさせた 「炭素ゼロの運動」 というのは、いうまでもなく CO2温暖化説に基づくものと思います。

 その温暖化説がもし間違いであったとしたら、われわれは 「だまされていた」 ということになります。

 それでも、神の愛を信じ、自他一体を生きる信仰者として、環境に感謝し資源を大切に使わせていただこうという愛の行為は尊いことであり、決して無意味な運動であったということにはなりません。

 しかし、槌田氏の著書によれば、エコ発電といわれる太陽光発電・風力発電などはむしろ間接的に石油を大量消費しており、環境破壊を増大させるものだといわれます(『CO2温暖化説は間違っている』 第5章)。

 さらに 「最近私のCO2温暖化説批判を聞くと不愉快になる人が増えてきた。皆が団結して温暖化の脅威に立ち向かおうとしているのに、これにいちゃもんをつける悪い奴がいる、というわけである」

 「だれもが良いことと考えていることが、実は良いことでなかった、とは考えたくないものである。そして悪いことだといわれれば、不愉快になる。政治勢力はこれを利用して脱落:者を防ぎ、運動を維持する手段とする。……

 つまり、この <良いことをしている> という善意がくせ者である。良いことをしているのに、なぜ妨害するのかと考えたところから、ファシズムが大手を振って歩き出す」

 と。

 私は、槌田氏の説が100%正しいとは信じません。しかし、CO2温暖化説は、もしかしたら、「一犬虚に吠ゆれば百犬実を伝う」 という虚妄かも知れない。もしそうだとしたら、これはたいへんなことではないかと思ってしまいました。

 善意だけで “エコファシズム” に巻き込まるようなことなく、正しい智慧に導かれた適切な運動をして行く必要があると考えさせられました。そんなことを思うのは間違っているでしょうか?

 このようなことを私から間接的に申し上げるよりも、当該書を直接にご覧いただいた方が適切にご判断いただけるかと存じ、同書をお送り申し上げることにいたしました。失礼の段はご海容くださいまして、これに対してのお考えをお聞かせ願えればまことに幸甚に存じます。なにとぞご教示をお願い申し上げます。

 ありがとうございます。 再合掌 ≫


 ――以上は、10年余り前の 2008年2月2日付けで当時副総裁であった現谷口雅宣総裁に差し上げたメールでした。お返事はありませんでした。

          ○

 さて、北海道大地震(2018年9月6日北海道胆振東部地震)のとき、太陽光発電は何の役にも立たなかった。いや、全道停電の原因の一つにもなったと言われている。電力は、需要と供給が一致しないと周波数が乱れ、停電せざるを得なくなる。だから、発電量が一定しない太陽光発電は、多くなりすぎると停電の原因になるから、緊急の場合に使うことは極めて難しいのである。


 10月12日の日経新聞は、次のように報じている――

≪ 九州電力は12日、九州の太陽光発電事業者に13日の日中に稼働停止を求めると発表した。気温の低下で電力需要が減り、電力が余って供給が不安定になるのを防ぐため。国は再生可能エネルギーの普及を推進してきたが、発電しても利用されないことになる。今後、四国地方でも同じ事態が起きる可能性があり、再エネ普及の難しさが浮き彫りになる。

 12日夕、九電本社(福岡市)で会見した和仁寛・系統運用部長は 「13日は晴天で太陽光発電の量が増える。ご理解とご協力をお願いしたい」 と語った。九電は余った電力の一部を本州に融通したり、火力発電の出力を抑制したりして需給バランスを調整してきた。しかし、涼しくなって冷房需要が落ち、出力を制御しなければバランスを取るのが難しくなってきた。

 電力は需要と供給が同じ量でなければ周波数が乱れ、最悪の場合、大規模停電が起きる。北海道地震では火力発電の停止で供給力が急減し、ほぼ全域が停電する 「ブラックアウト」 が発生したが、九電は供給力の増大に悩んできた。……≫


 ――と。

          ○

 CO2 (二酸化炭素) は地球温暖化の元凶で悪者のように言われているが、CO2がなければ植物は光合成ができず、人間や動物の食糧が得られず、餓死するほかはないことになるのである。

 10月10日の日経紙は、空気中のCO2を倍加することによってトマトの収量を通常の7倍以上にすることが出来るという記事を掲載していた――

≪ トマト収量、通常の7倍超
    生育環境を操作、高効率に

 ……日本有数の日照時間の長さで知られる山梨県北杜市。壁面が陽光に輝くカゴメ系列の栽培施設で常識を覆す生産効率が実現しようとしている。主力商品の高リコピントマトの収量は今年、1平方メートル当たりで70~75キログラムに達する見込み。通常の施設の7倍を超す。

 秘密は床を走る86本のパイプにある。ここから施設内に供給する空気中の二酸化炭素(CO2)の濃度を外気の2倍以上に高め、光合成を促進した。カゴメは施設栽培で先端を行くオランダの技術を日本の気候に合わせてアレンジしている。……≫


 ――CO2を敵視して地中に埋設などせず、拝んで有効活用すれば、貴重な宝物だったのである。

 絶対悪なるものは、実相世界にも、現象世界にも、どこにも存在しないのである。

          ○

 「宗教」 とは、宗(もと)の教えである。

 「時間」 というものは本来ない。「空間」 というものも本来ない。それは、生命が自己表現の形式、認識の形式として仮につくり出したものであって、本来ない。

 本来ない時間・空間の中にあらわれて見えるものは、すべて本来ない。夢の如く幻の如き映像、影である。それを、「現象はない」 というのである。

 真の実在は、時間空間発生以前の根源(もと)の世界 「久遠の今」 にあり、絶対善・円満完全・無限光明なるものである。

 その 「絶対善」 の世界――「久遠の今」 から出発し、「発して節に中
(あた)る」――何事も有効にピシリ、ピシリと急所に中(あた)る道を説き、また実践するのが真の宗教であろう。

 ≪ 吾が臨(きた)れるは物のためではない、生命のためである。肉のためではない、霊のためである。これを覚(さと)るものは少い。

 物の生滅に心を捉えられ、物が殖えたときに信仰を高め、物が減ったときに信仰を失い、身体が健康になったときに神を讃え、家族の誰かに病気が起ったと言っては信仰を失うが如きは、神を信じているのではなく物を信じているのである。

 物は結局移り変るものであるから、物の御利益
(ごりやく)の上に建てられた信仰は、物の移り変りによって壊れるのである。……≫

  (「無相円相一切相の神示」より)

 と、神は宣り給うている。

 ここでふたたび、榎本恵吾氏の

 「天地(あめつち)の初発(はじめ)に立ちて―人類光明化運動の楽的展開論」

 を心魂にたたき込んで置きたい。


  (2018.10.13)
466 「時間」というものはない。


 「人類の行く手を照らす火」 は、何であるか。

 それは、まず 『生命の實相』 第1巻 總説篇の最初に、

≪ 生命の実相の自性円満(そのままでえんまんなこと)を自覚すれば大生命の癒力(なおすちから)が働いてメタフィジカル―ヒーリング(神癒)となります。≫

 とある、この一句が鍵である。

 ――と前項で書きました。

≪ 多くの人達は、幸福をもとめながら、しかも不幸になっているのは何故でしょうか。幸福の法則を知らないからです。

 多くの人達は物質や、富や、領土や、およそ形あるものを目がけてそれを掴もうと思って驀進
(ばくしん)して行くのでありますが、「形あるものは形なきものの影」 でありますから、影のみを掴(つか)むと、掴んだと思った刹那(せつな)、それは消えてしまうのであります。

 本当に幸福になるためには吾々は影の奥にある 「実物」 (実相) を把
(つか)まなければなりません。≫

  (『新版 幸福生活論』 「はしがき」 より)

 ――その 「実物」 (実相) は、どこにあるか。

 『幸福生活論』 p.124~p.126 には、次のように書かれている。


≪ 神は 「無時間の世界」 にましまして吾々に対して、実相のよきものを 「時間の世界」 に映出せんとしていたまうのであります。吾々も、その実相は 「無時間の世界」 にいて、その実相のよきものを神と協力して現実化しなければならないのであります。

 グレン・クラーク氏は云う――

 “There is no time in heaven, there is nothing but eternity. There is no past there, and no future ― only the eternal Now. And this eternity is never broken into fragments like minutes and seconds and hours, but exists eternally as an infinite whole. There is no past apart from the future.”

 (実相の世界には時間は無いのです。そこには永遠のほか何もない。過去もなければ未来もなく――ただ 「久遠の今」 のみがある。しかしてこの 「久遠の今」 は分・秒・時と云うような断片に決して粉砕される様なものではないのです。唯 「無限の全体」 として永遠に存在する。そこには未来を離れた過去の様なものはない。)

 此の驚くべき、「久遠の今」 の哲学がアメリカの光明哲学に見出されると云うことを吾等が戦前に知ったならば、アメリカを単なる 「物量の国」 であると軽視しなかったでありましょう……≫


 ――大東亜戦争で日本は、アメリカの物量に負けたのではなく、光明思想に負けたのである。物量は結果(影)であって、その根源は光明思想であった。

 光明思想の信奉者であった自動車王ヘンリー・フォード一世は言っている、

≪ 誰でもあらゆる物をもって出発する。すべてがわがうちにあるんですからな。

 成功は外にあると思っていては間違いです。成功は必ず内にある。何でも皆、はじめは内にあるのです。内にあるものが鏡に映るように外界に映って形をもった現実となるのです。

 リンゴがリンゴの実を結ぶ能力は自分自身の内にあるのでしょう。そうしたら人間が成功の果
(み)を結ぶ能力も自分自身の内にあるはずです。

 個人のすべての有
(も)ち物は働かすことによって人類の有ち物に変わるのです。キリストは 「すべての汝の有ち物を売りて施せ」 と言いましたが、吾々の持ち物とは金ばかりではありません。能力も一種の持ち物です。出来るだけ大多数の人間に喜んでもらえるように、財なり能力なりを使うようにする。すると大多数の人類が喜んでくれ、その喜びが自分に返ってきます。

 こうなると自分が成功しないでおろうと思っても大多数の人類の喜びが自分の運命を押し上げずにはおかぬ。本当の成功はこうした成功で、こんな成功であってこそ磐
(いわお)の上に建てられた堅実な成功です。≫

 この光明思想を基に安くて高性能のT型フォードという車を産み出し、大量生産によって利益を上げ、労働者が自家用車を買えるよう賃金をそれまでの常識的水準から倍増することによって、大衆を富まし、アメリカ社会を繁栄に導いた。そのフォードも人類進化の一役を担ったと言えよう。


 畏友 榎本恵吾氏 (故人) は言う――


≪    天地(あめつち)の初発(はじめ)に立ちて

       ――人類光明化運動の楽的展開論――

              (榎本恵吾 『光のある内に』 より)

       終  曲

 この広大無辺なる宇宙の一点に立って、真の一足を投じてあやまたざる、真の自信ある生活をおくることの出来る者は誰か。それは神の子である。神の子とは 「個即全」 「今即久遠」 をいのちとして生きているものに他ならない。

 創造とは何か。創造とは 「久遠の今」 の一点が進むことである。これが、尊師の教え給う 「生命の純粋持続」 ということである。この生命を 「光」 という。このほかに 「光」 はなく、創造はない。

 創造とはそこに価値を産むことである。価値があるとは実在があるということである。実在があるということは神があるということである。神は絶対であり、絶対には分裂がない。分裂がないのが 「久遠の今」 なのである。

 今と久遠が分裂せず、自己と世界が分裂せず、目的と手段とが分裂せず、今此処に自己と世界が一点に生きて完全であり、しかも無限に創造がなされてゆく。ここに真の 「光」 の創造的進軍がある。

 「生長の家人類光明化運動にいのちをかける」 とは如何なることか。この 「今」 にいのちを懸けることである。「今」 の一点には全宇宙即 「生長の家」 があるのである。ここにいのちを懸ける道が開かれているのである。それは全宇宙にいのちを懸けることである。

 「御教えの本
(もと)に還れ」 とよく言われるのであるが、実に、生長の家の御教えの本に還り、尊師のいのちに帰るとはこの 「久遠の今」 に還ることにほかならない。この 「久遠の今」 の中に日本があり、天照大御神がいまし、天皇がおわしまし、生長の家があり、尊師がおわしますのである。

 尊師がこの世に、『生長の家』 誌を出される決心をされたときに聴かれた声は、「今、起て!」 という大いなる天徠
(てんらい)の声であった(『生命の實相』 第20巻 p.132~ p.162)。

 尊師は万物発生の枢機
(すうき)を握る一点において 「吾れ」 と 「今」 と 「此処」 とは一つであるとお説きになられる。即ち、「今」 とは「尊師」のことなのである。「今、起て!」 のことばは万物発生の枢機を握る一点において 「吾れ」 と 「今」と「此処」とが実相全機の現成(げんじよう)として響いたのである。

 実相の世界に於いては永遠に常に 「今、起て!」 というコトバが全機の働きとして鳴り響いているのである。常に、実相の大地に降り立ち、尊師のいのちに参ずるものはこの声を聴くことが出来るであろう。此処においてはじめて本当の意味における尊師のいのち――生長の家人類光明化運動への情熱が吾々各個の中に生まれるのである。

 (中略)

 我々の運動の根拠となるもの、それは生命、実在だけであり、一瞬一瞬に久遠と無限を生きることである。今此処の一点に、宇宙と天皇と日本と世界と久遠とを生きることである。それはどの点においても、そこに完全が、天国がもちつづけられる道である。

 ここにおいてはじめて我々の運動は、地上天国という未来の目的のための手段の生活ではなく、一人一人が今此処に感謝と満足と幸福とを得ながら、更にその幸福を増していく生活がある。

 人が生きるとは、絶対が生きることであり、絶対が生きるとは実相独在を生きるということであり、実相独在をもち続けることが生命の純粋持続ということである。この他には、光明というものはなく、光明化運動というものはなく、創造というものはない。けだし、実在以外は 「無」 であるからである。

 生長の家のみ教えは最高最大でありながら、そのみ教えをいただく我々の人類光明化運動に真そこからの情熱がわいて来ないことがあるというのは、我らの運動が、み教えの骨髄、尊師のいのちのいのちである 「実相独在」 「唯神実相」 そのままの展開として、尊師のいのちのさきはえとして自覚されていず、尊師と我々との間にいのちの断層があったからではないか。この意味でいのちの一元化された組織体系、運動体系が出来ていなかったからなのではないか。今こそ、「実相独在」 の尊師のいのちをそのままに運動の骨髄としたいのちの組織、いのちの運動を展開するのだ。

 一切万物発生の枢機を握るこの一点、「久遠の今」 から一切は発したのである。それ故全宇宙が此処にあり、一切の学問も運動も文化も、歴史も、個人一個の呼吸もここから生れ出て来たのである。ここに創造の本源があり、永遠なる光明化運動の基点がある。

 私達一人一人が実在そのものであり、神そのものである。このことを教えられている私達にはもはや後退ということはあり得ない。金剛不壊
(こんごうふえ)の実在の巨歩があるのみである。私達が実相であり、金剛不壊であり、巨歩そのものであるから。そして、祈りそのもの、神想観そのものの生きて歩む姿としての人類光明化運動が今、此処に立っているのである。それが、今ここに 「住吉大神の全身全霊として生きる」 ということなのである。≫

 ⇒ 久遠の今


  (2018.10.2)
465 「絶対悪」というものはない。


 「神は完全にして、神の造り給いしすべてのものも完全なり。」

 「神こそ渾
(すべ)ての渾て、
 神は渾てにましまして絶対なるが故に、
 神の外にあるものなし。」

 であります
(聖経『甘露の法雨』より)。私たち神の世嗣である神の子には、すでに全てが与えられているのでありますから、ただ感謝し喜ぶこと、与えること以外になく、何も外に願い求めることは要らない。

 また、

≪神は無量光、無辺光の智慧、
  かぎりなき善、
  かぎりなき生命、
  一切のものの実質、
  また一切のものの創造主
(つくりぬし)
  されば神は一切所に遍在し給う。
  神は遍在する実質且つ創造主なるが故に
  善のみ唯一の力、
  善のみ唯一の生命、
  善のみ唯一の実在、
  されば善ならざる力は決して在ることなし、
  善ならざる生命も決して在ることなし、
  善ならざる実在も亦決して在ることなし。
  善ならざる力即ち不幸を来す力は畢竟
(ひつきよう)悪夢に過ぎず。
  善ならざる生命即ち病は畢竟悪夢に過ぎず。
  すべての不調和不完全は畢竟悪夢に過ぎず。≫


 (同上)であって、「悪」 と見えるものは、創造されつつある (現象界に展開しつつある) 「善」 である。

 「絶対悪」 なるものは、どこにも存在しないのであります。「どこにも」 というのは、実相世界にも、現象世界にもということであります。


 今日 (平成30年9月29日) 夕方から明日午前にかけて、生長の家相愛会東京第一教区連合会では一泊見真会を行う、そのテキストが 『戦後の運動の変化について』 谷口雅宣著、誌友会のためのブックレットシリーズ4 (この主要部分は 『宗教はなぜ都会を離れるか』 からの抜粋) だということです。で、私はこのテキストを丁寧に読み返しているところであります。

 私がこのブックレット 『戦後の運動の変化について』 を最初に購入したのは、昨年6月25日、埼玉教区の講習会に参加した時のことでした。それは、この 「近況心境」 で以下のところに書いています。

 #366 神意は必ず成就する(3)
 #367     〃     (4)
 #368     〃     (5)
 #369     〃     (6)
 #370 私の中にすべてがある。すべては私である
 #371     〃     (2)
 #372     〃     (3)
 #373     〃     (4)
 #374     〃     (5)
 #375     〃     (6)
 #376     〃     (7)
 #377 日本は、侵略国ではない。
 #378 すべて善しの世界である。
 #379 地上に天国を実現する祈り
 #380 問題解決のための祈り


――上記のところで既にかなり詳しく私の思ったことを書いています。

 が、このたびまた読み返してみて、思ったことを少し書きましょう。


 まず、そのブックレットの 「はじめに」 という序文で、総裁は

≪ 吾が臨(きた)れるは物のためではない、生命のためである。肉のためではない、霊のためである。これを覚(さと)るものは少い。

 物の生滅に心を捉えられ、物が殖えたときに信仰を高め、物が減ったときに信仰を失い、身体が健康になったときに神を讃え、家族の誰かに病気が起ったと言っては信仰を失うが如きは、神を信じているのではなく物を信じているのである。

 物は結局移り変るものであるから、物の御利益
(ごりやく)の上に建てられた信仰は、物の移り変りによって壊れるのである。……≫
  
(「無相円相一切相の神示」より)

という神示を引用されている。これは素晴らしい。ところが、

≪ 生長の家の運動は “個人の救い”から菩薩への道――すなわち “社会の救済” へと結びつける役割を果たしてきた。……

 この教えと伝統を21世紀初頭の現在に生きるためには、病気による苦しみからの脱却、自分の事業や家業の発展などの“個人の救い”だけを、宗教運動の目的とするわけにはいかない。……自分の個人的利益を後回しにしてでも、人類全体と生物界の繁栄のために努力を惜しまないことが、信仰者として求められる態度である。≫


 として、「だからここでは “個人の救い” のことは書かず、“社会の救済”のことだけ書く」 (大意) とされています。

 しかし、「“救い” とは何か」 ということについての考察が何もなされていない、と感じます。

 “救い” とは、根本的な意味において、形の上で “病気が治ること” や “事業が繁栄すること” というような “個人的利益” ではない。そんなことは影の、結果のことであって、「人間生命は永遠であり、わが内にすでに全てが与えられている」 という絶対善なる実相を知ることが本当の救いなのである。

 ところがこのブックレットではその根本真理について何ら触れることなく、影に過ぎない現象のことばかり書かれている。本末顛倒である。だから本当の救いがない。

 私は、根本的な真の個人救済なしに社会が救済されることはあり得ないと思う。


 『生長の家』 誌創刊号の 「巻頭の言葉」 には、次の如く書かれている。


≪  巻頭のことば

 蛇に睨
(にら)まれた蛙は恐怖のために動けなくなつて蛇にのまれる。

 國が國を恐れるとき莫大な軍費を要する。

 就職試験に臨んで恐怖心を起す青年はその就職に失敗する。

 入學試験に臨んで恐怖する學生はその入學に失敗する。

 恐怖が自己の境遇を支配すること斯くの如く甚だしい。

 更にそれが自己の病氣や健康に影響するに至つては云ふまでもないのである。

 此の恐るべき恐怖心を人生より驅逐すべき道を示さんとするのが 『生長の家』 の念願の一つである。≫



 そして 同誌3頁以下に、 「生長の家の精神とその事業」 と題する、いわゆる 「生長の家発進宣言」 が掲げられている。そこには――


≪ ……自分のかざす火は人類の福音の火、生長の火である。

 自分は此の火によつて人類が如何にせば幸福になり得るかを示さうとするのだ。如何にせば境遇の桎梏
(しっこく)から脱け出し得るか、如何にせば運命を支配し得るか、如何にせば一切の病氣を征服し得るか、また、如何にせば貧困の眞因を絶滅し得るか、如何にせば家庭苦の悩みより脱し得るか……等々。

 今人類の悩みは多い。人類は阿鼻地獄のやうに苦しみ腕
(も)がきあせつてゐる。あらゆる苦難を癒やす救ひと藥を求めてゐる。しかし彼らは悩みに眼がくらんでゐはしないか。方向を過つてゐはしないか。探しても見出されない方向に救ひを求めてゐはしないか。自分は今彼らの行手(ゆくて)を照す火を有(も)つて立つ。≫


――と。

 その 「彼らの行く手を照らす火」 は、何であるか。

 それは、まず 『生命の實相』 第1巻 總説篇の最初に、

≪ 生命の実相の自性円満(そのままでえんまんなこと)を自覚すれば大生命の癒力(なおすちから)が働いてメタフィジカル―ヒーリング(神癒)となります。≫

 とある、この一句が鍵である。

 生命の実相
(ほんとうのすがた)は、「そのままで円満」 なのだと知ることである。

 「ある」 と思っていた不完全な現象は、影に過ぎず、それは 「ない」 ものだったと知ることであります。

≪ 多くの人達は、幸福をもとめながら、しかも不幸になっているのは何故でしょうか。幸福の法則を知らないからです。

 多くの人達は物質や、富や、領土や、およそ形あるものを目がけてそれを掴もうと思って驀進
(ばくしん)して行くのでありますが、「形あるものは形なきものの影」 でありますから、影のみを掴(つか)むと、掴んだと思った刹那(せつな)、それは消えてしまうのであります。

 本当に幸福になるためには吾々は影の奥にある 「実物」 (実相) を把
(つか)まなければなりません。≫

  (『新版 幸福生活論』 「はしがき」 より)


          ○


 「我
(われ)がちの慾多くして世は割れむ むべ割るものを悪(わる)といふらむ」

 と詠んだ人がいました。これは

 「吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ」

 と、百人一首にも選ばれている古今集の歌の本歌取りですね。面白いと思いました。

 本歌(吹くからに……)の意味は、

 「山から秋風が吹くと、たちまち秋の草木がしおれはじめる。
 なるほど、だから山風のことを「嵐(荒らし)」と言うのだなあ。」

 ということ。

 本歌取りの歌(我がちに……)の意味は、おわかりでしょう。

 私は、この上
(かみ)の句を変えて、

 「我(われ)良しの正義かざせば世は割れむ むべ割るものを(わる)といふらむ」

 と詠んでみました。

 現象界は影であって、影に 「絶対」 というものはない。絶対悪もなければ、絶対善、絶対正義というものも、現象界にはない。あるのは 「相対」 ばかりである。絶対善というのは、「悪がない」 世界、すなわち実相世界=神の世界にのみある。

 それだのに、自分の五官(五感)で見ての相対的正義、「我
(われ)良しの正義」 を振りかざせば、必ず衝突が起きて、分裂し、争い、戦争が起こる。分裂を引きおこすような正義は、割る=悪(わる)である。

 生長の家の分裂も、そこから起きて来たのではないでしょうか。

 と言っても、「絶対悪」 というわけではない。もっと素晴らしい 「善」 が現れ出ようとしている過程なのである。


 「絶対悪」 というものは、何処にもないのである。すべて 「善し」 である。

 大東亜戦争も、「絶対善」 でもなければ 「絶対悪」 でもなかった。

 #463 に謹掲させて頂きましたように、

≪ どんな逆境というものでも、皆人類の魂をみがく為に出てくる所の一つの学校である…… 大東亜戦争も歴史的流れに於て、白人帝国主義の侵略に対するアジヤ民族の抵抗のあらわれとして起るべくして起ったのであり、世界の歴史的発展を指導する世界精神の流れの中にあって、日本は日本の為すべき役割を果したのである。

 そして此の戦争を契機としてアジヤ民族の新しき目覚めが生れ、日本にもその他のアジヤ民族にも新たなる人生観が生じ、新しき社会的制度が生まれて来ることになり、人類は、だんだん進歩して行く事になりつつある訳であります。

 その歴史的発展に要する事件の内の一つでも抜いたら、こういう世界状態にはなれなかったものであるという事を思いますと、今迄に起ったありと凡ゆるものは、皆必ずしも 「悪い」 と言って排斥すべきものではないのであって、それがあったればこそこういう事になれたのである、とそう感謝出来ることになるのであります。≫


 (谷口雅春先生 『神ひとに語り給ふ』 p.294~p.297より)


 そういう意味において、谷口雅宣総裁にも感謝し、生長の家社会事業団・谷口雅春先生を学ぶ会の人たちにも感謝して、歓喜勇躍、「生命の実相」 に立ち還り、前進しましょう。

≪ すべての善き宗教はこの 「幸福の法則」 と調和する道を説いている。しかし多くの既成宗教はその教祖の教えた原理を後世の祖述者によって歪められて伝えられたため、教祖の教を晦(くら)まし、人間の心を啓蒙せず、却って混乱に導き 「法則」 へ調和する道が判らなくなってしまって教祖時代と同じような奇蹟的治癒があらわれなくなっているのである。

 生長の家の出現の理由は、すべての宗教よ、その宗祖の教えにかえれと云うことである。≫


 (『新版 生活と人間の再建』 p.325~p.326 より)


  (2018.9.29)
464 樹木希林大姉に学ぶ


 女優 樹木希林
(きき・きりん)さんが、9月15日、逝かれた。75歳だった。

 私は、

  “肉体は借り物だからお返し” と
    ほゝゑみ逝きし樹木希林大姉

 と歌を詠んだ。

 希林さんは2005年、乳がんで右乳房全摘出手術。13年の日本アカデミー賞授賞式で、全身がんであることを公表していた。


          ○

    
樹木希林さんの名言集
        ――(新聞、テレビなどから)――


■ 全身がんを公表して

○ 全身がんと付き合って、もう13年になります。これまでに30カ所を治療してきました。でも、口だけは達者だから、何だか元気そうに見えるらしくて、「死ぬ死ぬ詐欺」 なんて言われてますけどね。

  乳がんの時はね、胸にしこりがあったので、病院で先生に 「がんですよね」 と聞いたら 「いや、違うでしょ」 と答えるの。「きっと、がんですよ」 と粘るとね、「じゃあ調べてみましょう」 と。検査後に先生が 「やっぱりがんでした。よく分かったねえ」 と感心するのよ。私の場合、がんの告知まで、間の抜けた感じになっちゃうのよね。

○ この年になると、がんだけじゃなくていろんな病気にかかりますし、不自由になります。…… でもね、それでいいの。こうやって人間は自分の不自由さに仕えて成熟していくんです。若くても不自由なことはたくさんあると思います。それは自分のことだけではなく、他人だったり、ときにはわが子だったりもします。でも、その不自由さを何とかしようとするんじゃなくて、不自由なまま、おもしろがっていく。それが大事なんじゃないかと思うんです。

○ がんをやっつけようとすると、へばるとわたしは思ってるから、『薬出しますか?』 って言われても、いらないって言う。……闘うっていう感覚がないんだね。生活の質を下げないで、自然にいるような道を見つけようという生き方なの。

  病気になったことでメリットもあるんですよ。賞を取っても、ねたまれない。少々口が滑っても、おとがめなし。ケンカをする体力がなくなって、随分腰が低くなったし。

  そう言うと 「ウソだろ」 って突っ込まれるけど、若い頃はこんなもんじゃなかった。本当に偉そうだったんですよ。自分のことは棚に上げて、“演技がヘタクソだな” とか思って(大物俳優を)見てたりしていた。

○ がんはありがたい病気。周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから。ひょっとしたら、この人は来年はいないかもしれないと思ったら、その人との時間は大事でしょう? そういう意味で、がんは面白いのよ。

○ 病を悪、健康を善とするだけなら、こんなつまらない人生はないわよ。

○ ガンになって死ぬのが一番幸せだと思います。畳の上で死ねるし、用意ができます。片付けしてその準備ができるのは最高だと思っています。内田(夫)に言われました。『全身ガンで明日にでも死ぬのかと思っていたら、やたら元気でいろいろなところに顔を出すので、あれはガンガン詐欺(笑)だと思われているよ』 って。


■ 仕事や人生を楽しむ秘訣について

   (手相を鑑定した。 “障害線” が沢山あると言われて)

○ それを障害と見るか、自分が乗り越えて人間として豊かになると見るか……ですよね。

○ 自分にとって具体的に不本意なことをしてくる存在を師として先生として受けとめる。受けとめ方を変えることで、すばらしいものに見えてくるんじゃないでしょうか。

○ 他人(ひと)と比較しない。世間と比較しないこと。比較すると這い上がれないので。挫折するので。

○ 嫌な話になったとしても、顔だけは笑うようにしているのよ。井戸のポンプでも、動かしていれば、そのうち水が出てくるでしょう。同じように、面白くなくても、にっこり笑っていると、だんだん嬉しい感情が湧いてくる。

○ 日本は八百万(やおよろず)の国なので幸せです。無宗教さえも1つの平和な状況で幸せです。「この神が絶対」 というのも幸せかもしれないですが、それによって争いという不幸が出てくる。日本はそういう意味で、争いはない。宗教に関してとても幸せでそれは非常にいいことだと思っています。

○ 子供の時に他人と比較する無意味さを知ったので、受賞してもしなくても、何とも思わない。ただし、芸能ごとなんだから、世間が賞を楽しんでいるなら 「さいですか」 と言ってありがたくいただこうと思うの。でも、トロフィーはかさばるからイヤね。 富も名誉もいらないんです。

○ 財産は、お金じゃなくて、人だと思ってるんですよ。自分にとっての財産は。
 その人の中に宝を見つける作業が、これからの私の夢かな。


■ この身体は 「借り物」

○ 私、自分の身体は自分のものだと考えていました。とんでもない。この身体は借りものなんですよね。最近、そう思うようになりました。借りものの身体の中に、こういう性格のものが入っているんだ、と。

 「人間いつかは死ぬ」 とよく言われますが、これだけ長くがんと付き合っているとね、「いつかは死ぬ」 じゃなくて 「いつでも死ぬ」 という感覚なんです。借りていたものをお返しするんだと考えると、すごく楽ですよね。

○ 死に向けて行う作業は、おわびですね。謝るのはお金がかからないから、ケチな私にピッタリなのよ。謝っちゃったら、すっきりするしね。

○ 生命は永遠のものだと思っています。現在、このように服を着た樹木希林は死ねばそれで終わりですが、生命というものはずっと続き、またいろいろなきっかけや縁があれば、次は山田太郎という人間として現れるかもしれない。

○ 靴下でもシャツでも最後は掃除道具(雑巾や布巾など)として、最後まで使い切る。人間も、十分生きて自分を使い切ったと思えることが、人間冥利に尽きるということだと思う。自分の最後だけは、きちんとシンプルに始末することが最終目標。

○ 自分が生きてきたことが、人様のご迷惑にならないようにと思ってるの。生きていることによって、出すゴミがないようにね(笑)。『役目を存分に果たした』 と思えるように、「人生を始末」 する気持ちで毎日を過ごしてるのよ。新しいものはめったに欲しいと思わないし、家のテレビはいまだにブラウン管なんだから。

○ 今日、用事があること(きょうよう)を 『今日用(教養)』 と言っているんだけど、神さまがお与えくださった 『今日用』 に向き合うことが毎日の幸せなのよね。『今日用』 をこなす事が、人生を使い切ったという安堵につながるんじゃない?


(1973年、樹木さんはロック歌手の内田裕也さんと結婚。しかし――)

■ 45年間別居していても離婚しない理由

○ 一緒に暮らしていたのは3ヵ月もない。それで十分よ。向こうもそう思っているわね。45年も別居してるんだから、離婚してもいいんだけど、私にとっては、ああいう重しがいることで助かっている部分もあるのよ。私も、向こうがどんな女性と暮らしていようが文句言わないから都合がいいんじゃないの。

○ 私は 「なんで夫と別れないの」 とよく聞かれますが、私にとってはありがたい存在です。ありがたいというのは漢字で書くと 「有難い」、難が有る、と書きます。人がなぜ生まれたかと言えば、いろんな難を受けながら成熟していくためなんじゃないでしょうか。

○ 籍を入れた以上、引き受けていくしかない。夫の中には今も、純粋なもののひとかけらがみえるから。

○ 夫の内田裕也もね、大変な思いもしたけれど、ああいう人とかかわったというのは、偶然じゃないという気がしてきたの。ほとんど一緒にいなかったけどね。でも縁があったんだろうなあ、と。だから内田には 「面白かったわ」 と伝えているの。

○ 内田裕也の全てが、好きです。全てが。
 夫1人だけ、奈落の底に落として、自分だけ保身ということはしません。


■ 愚痴を聞かせなかった子育て

 娘はね、おかげさまで、真っ当にものを考えられる子に育ちました。久世ドラマでよく共演していた由利徹さんが 「あんたと裕也の子だろ? 何であんな子が出来たんだ」 と、よく不思議がっていました。でも、孫の代までは分からないわよ。内田によく似たのが一人いるのよね(笑)。

 夫がいないから、子育て中は本当に忙しかった。すべて中腰でやってた気がします。とりあえずご飯だけは食べさせたって感じ。あまり忙しいので、娘の前で愚痴を言ってる暇もなかった。しつけも大してしてないけど、娘が常識のある人間になったのは愚痴を聞かせなかったからかな。

 《娘の也哉子
(ややこ)さんは19歳で俳優の本木雅弘さんと結婚。おしどり夫婦で知られる》


■ お別れの言葉

○ 「今日までの人生、上出来でございました。これにて、おいとまいたします」。


          ○


  “肉体は借り物だからお返し” と

    ほゝゑみ逝きし樹木希林大姉


 樹木希林さん、バンザーイ!


  (2018.9.22)
463 「ムスビ」とは何か。しっかり学び、実践しましょう! (2)


 「ムスビ」 とは何か。

 それを魂で把握するには、谷口雅春先生著 『神ひとに語り給ふ <神示講義 教>』 の、「報恩行に就いての神示」 の御講義を拝読心読するに如(し)くはない、と #462 に書きました。その御講義を、ここに謹掲させて頂きたいと思います。

 この御講義の文章は、「はしがき」 によりますと、

 
「本書は生長の家発祥以来の神示のうち最も教えの中心となるもののみをあつめて 『教の巻』 としたのであり、その講義はいずれも講習会の際に講義したものの録音そのままを文章にしたものに加筆して文体をととのえたものであるが、なるべくその口演の語調と感じと雰囲気とを失わぬように、方言的な言い廻しや、聴衆を向うにおいて話しかける時の接尾語などをそのままにして、文章の中に話者の人格をにじみ出すように工夫してある。……」

 ということでありますので、原文は正漢字・歴史的仮名遣い使用、改行は少なく段落毎の文章が長く書かれていますが、ここでは読みやすくするため新仮名・新漢字使用に改め、改行を増やして掲載させて頂きます。

             ○

≪      本来自他一体の自覚

 この神示 (#462) に書かれてありますように、『生命の實相』 を読んで、自分が真理を悟ったというので、それでもうすでに自分は素晴しい悟りを開いたと思って、ただそれだけで満足しているのでは、本当に悟って居ないのであります。

 「悟る」 というのは、書いてある意味が、頭で分ったというだけじゃないのであります。「生命」 そのものが自分の本来の相
(すがた)を悟らなくちゃいかんのであります。

 人間は “本来自他一体” であるから、「彼」 と 「我」 と、「あなた」 と 「私」 と、「凡
(すべ)ての人類」 と 「自分」 とが互に一つなんであります。

 その真理を分りやすいように各方面から書いてあるのが 『生命の實相』 でありますから、その 『生命の實相』 を読んで、自分の生命の本体は、自他一体の 「普遍的生命」 だということが分ったら、自分だけ救われたと思って、他の人はどうでもいいというようになれる筈はない。自分だけ悟ったらよいと思うのだったら 「自他一体」 という 「生命」 の本質を悟って居ないという証拠でありますから、そんな悟りは 「野狐
(やこ)」 の悟りであって、本当に悟ったという事はできないのであります。

 さて、此の日本の古道―― 『古事記』 等に書かれている日本民族の思想信仰――に於ては 「愛」 とか 「慈悲」 とかいう事を 「結び」 と言うのであります。

 「結び」 というのは個体としては互に分れているけれども、生命の本質は 「本来一体である」 という、その実相を形にあらわすために 「結び合す」 ことを言うのであります。

 『古事記』 によりますと、天之御中主神
(あめのみなかぬしのかみ)・高御産巣日神(たかみむすびのかみ)・神産巣日神(かみむすびのかみ)という創造本源の三位一体の神様が初めに出て居られます。

 天之御中主神というところの宇宙を貫く 「中
(みなか)」 にして 「主(しゆ)」 なる神と、その主なる神様が陽神の高御産巣日神と、陰神の神産巣日神とに分れて、中道不偏の神と陰陽二神とで三神一体になっているのであります。

 「タカミ」 は高身に通じて、それは陽であり男性であって、高く秀でる方であります。神産巣日の 「カミ」 は下身
(かみ)に通ずるのであって、低く幽(かすか)に陰(かく)れて居る方であります。陰(かく)れるは、「陰」 即ち女性であります。

 男性は高く秀でる、女性は低くかくれるのでありますが、高く秀でるのと、低くかくれるのとは、本来一つである。この 「本来一つの自覚」 を 「愛」 と言うのであります。仏教ではこれは 「慈悲」 という言葉をもって表しますが、神道では 「結び」 と言うわけであります。

 人類はすべて一つの神の生命より出た 「神の子」 でありますから、「凡ての人類」 が皆救われるようになるのでなかったならば本当に 「自分は救われた」 というわけにはいかないのです。だから菩薩というものは、自分が真理を悟っても、まだ悟らぬ人々の中にまじっていって、悟らぬような顔をして、それらの人々を悟りの彼岸に渡す。即ち実相の悟りの所へ渡して上げるという働きをするのであります。これを菩薩行というのであります。

       ムスビの働きによる菩薩行

 だから我々が 「生命の実相」 の真理によってお蔭を得たならば、それを貰い切りにして居ったならばいかんのであります。それでこの神示にありますように、結びの力に依って 「醸
(か)み合成(むすび)」 の力即ち生成化育(せいせいかいく)のハタラキが現れて来るのであります。

 「生成」 とは 「生み成す」 ということ、化育の化というのは形無きものが形ある姿に化生することであります。

 日本ではキリスト教のように 「神天地をつくり給えり」 という風に 「造る」 という相対的語をつかわないで、「生
(な)る」 「成る」 と言うので、形無きものがその内部的力によって形を現す――つまり生命が結びの力によって姿を現して出てくる。即ち「生成化育」が行われると言うのであります。

 だから、「造る者」 と、「造られる者」 との対立がないのです。絶対なる生命が仮りに陰陽に分れて、結び合い、そこに生み成しの働きが行われます。その時には陰陽に分れたものが結び合うのです。

 その原理が現象界にあらわれては、「天」 の太陽の放射線が、「地」 の地球の雰囲気に触れまして、それが熱となり、光となる。それは天地、陰陽の結びでありまして、その結びのハタラキによって太陽の放射線が熱となり光となるのであります。此の結びの働きがなくて、太陽の放射線だけでは、光にも熱にもならんのであります。

 だから地球を離れてだんだん高い所に行ったら、太陽に近いから、さぞや熱いであろうと思って、高く昇れば昇るほど熱も光も無くて真空の真暗がりの所へ行ってしまうのであります。太陽には近くても、それを 「受け反射する物」 がないと、結びの力が発顕しないから効果がない。太陽の放射線が来ても、それを受ける何物もない真空圏には熱も光も無いのです。もっとも、その真空圏へ寒暖計でも持って行けばある温度をあらわすでしょうが、それは寒暖計が太陽の放射線を受けてムスビの力をあらわすからです。全然ムスビの行われないところには何物をも生み出す事は出来ないという事になるわけです。

       陰陽のムスビによる生成化育

 夫婦の関係でもやっばりそうであって、夫婦がお互に結び合う所に生成化育の働きがあらわれてそこに家が栄えるということになるのであります。個人主義や利己主義ではムスビの働きというものがあらわれて来ませんからいけません。互に結び合う所に、そこに力が出てくる。

 電気もそうであります。陰と陽との電気が線によって結ぶので、電燈も輝くし、電動機も動くし、サイクロトロンも回転して、原子力もそこから発生してくるのであります。

 人間の子供でも陰陽が結び合うところから出てくるのであります。すべてムスビの力によって新しき発展段階のものが出てくるのであります。だからこのムスビの力というものは、創造神の力であるという事が出来るのであります。

 こうして私が皆さんに講演しますと皆様が聞いて下さる。これも 「話す人」 と 「聴く人」 との結びの力であります。どんなに私が説教をしても誰も聞いて下さらなかったら、一人も聴きに集まって下さらなかったら、説教の甲斐も無いし、何の功徳もない。皆さんが聞いて下さるのでこそ、私の説教の値打が出てくるのです。太陽と地球との関係みたいなものであります。

 たとえわたしがどんなに百万言の明論卓説を吐いたとて、皆さんが受けて下さらないとなんにもならない。皆さんが聞いて下さるからこそ私の講義が役にたつのであります。これがムスビの力であります。陽電気と陰電気とが結ぶので電流が流れるのと同じであります。

       宇宙設計の基本構図

 神様の宇宙設計の基本的構図になっているのが、「中
(みなか)」 の理念のあらわれとして、万物には中心があるということが一つ。その次にはタカミムスビとカミムスビと――陽と陰と―― 「発動」 と 「受動」 との二つが互いに結び合うことによって次の発展段階に入り、新価値が創造されて来るのであります。

 ムスビということがこのように大切でありますが、その反対の 「切る」 という事がいけないのであります。

       「切る心」 で生ずる戦争と病気

 「切る」 という事を心でする。例えば怒ったり、審判
(さば)いたり、恩ある人に背恩的な心を起すというようなことをするのは、すべて心で 「相手を切る」 という事になるから善くないのであります。

 「あいつ、けしからん」と言うと、もう 「けしからん」 と思った時に、まだ形では切って居らんかも知れぬけれども、心で相手を切って居ります。そういう心が積もり積もると個人に於ても紛争が起って来ますし、国際間でも大戦争が起ってくるもとになります。これ皆、切る心から出てくるんです。

 「ソ連はいかんぞ」 「アメリカはいかんぞ」 と互に心と言葉で切り合って居ると、いつしか原子爆弾が破裂したり、水素爆弾が破裂したりするような事になります。

 また、このような 「憎み」 や 「切る」 心を起して居ると、それが肉体に具象化しますと、肺病にかかったり致します。必ずしも肺病だけでは無い、大体血をはいたりする病気ですね、例えば胃潰瘍のような病気や、痔出血のような病気は 「切る心」 から出てくるのであります。

 恩を断ち切ると脱臼のような病気にかかる、関節が切れるのはツナギ・ムスビが切れるのです。或はアキレスの腱が切れることもあります。そういう病気が現れてくるのは、「切る」 心の象徴として現れて来るのである。

 色々の場合がありますから一概に言えませんが、離縁するのもいけません。背信もいけません。人が信じてくれた事に対してそれを裏切るような事をするのは、皆 「恩を切る」 心ですからいかんのであります。忘恩、不忠、叛逆すべて恩愛を 「切る」 心でムスビの反対ですからいけません。

 この頃 「忠義」 という言葉が教科書から無くなったそうですけれども、そんな事は生命の流れを中断する 「切る心」 だからいけません。

       忠義の倫理的価値は何処から来るか

 惟
(おも)うに、日本人がこの地上に今ここに生きているというのは、それは過去の歴史というものをわが生命の流れに背負って来て居るのです。今ひょっこりと生れて、歴史的に何のつながりもない人というのは一人もないのであります。

 悠久二千六百年(二千年だと言う人もあるけれども)神武建国以来、或は、遡れば、もっと前からずっと続いている民族の歴史を背負って生きているのが吾々でありますけれども、ともかく日本という国が肇
(はじ)まる前の混沌たる地方に無数の酋長や小村分立の蒙昧の時代からそれを統一してヤマトという統一国家を建てられたところの天皇――その治下に於て我々の祖先は生活して来たのであります。そしてその御恩沢の中に我々は生かされて今此処に生きて居るのです。国民は個人ではなくて、日本建国の歴史的生命の連続として生きているのです。

 それなのに、戦後の日本は輸入された民主主義で、「個人」 を日本の歴史から切り離して、民という個人が主人公であると言う。それをもって個人の目覚めであると威張っている。豈
(あに)はからんや、その個人が目覚めるようになったのは誰のお蔭であるかと言うと、やっぱり吾々が過去の歴史的生命を背負って、その歴史的生命の進展の途上、その段階に達して初めて自己の生命の尊厳を知る事が出来るようになったのである。日本の建国の歴史を離れて民主主義の自覚はあり得ないのであります。

       大東亜戦争の意義

 大東亜戦争なんかも、ただ一概にあれは悪い悪いと言う人がありますけれども、あの戦争は歴史的流れに於て、アジヤに対する白人帝国主義の侵略に対するアジヤ民族の抵抗のあらわれとして起るべくして起ったのであり、日本が有色民族の代表として白人帝国主義の侵略に抵抗することがなかったならば大東亜の諸民族は現在も白人種の奴隷であり、またその土地は植民地にされたままであった。日本が米・英・和蘭
(オランダ)等に対して戦ったお蔭でアジヤの諸民族は白人帝国主義の桎梏(しつこく)を脱することができたのです。

 だから、アジヤの諸民族は、日本のあの戦争努力に対して、ありがとうございますとお礼を言っても差しつかえがないと思うのであります。

 人あるいは、日本も帝国主義で満州や朝鮮を侵略したではないかと言うかも知れないけれども、ロシヤ勢力の南下に対して、日本が朝鮮に進出し、満州に防衛地域を築いておかなければ、今頃、日本は地図の上から消えてしまっていたのであって、

 日露戦争は、中国の領土に南下進出していたロシヤを叩いて、そのロシヤの勢力圏を日本の勢力圏にしたのであり、しかも、日本は満州を自己の領土にしないで、其処に五族協和の理想のモデル国家として満州国を建設したのであります。それはロシヤ勢力の南下を食いとめる為に必要な措置であって、中国が目覚めるまでは、日本が代って中国の防衛に当らねばならなかったのです。

 私は別に戦争を謳歌するというわけじゃないのですけれども、起るべくして起っているものを、日本民族の侵略だと言うのは間違なのであります。

 どんな逆境というものでも、皆人類の魂をみがく為に出てくる所の一つの学校であるということを私は常々話しているのでありますが、そうすると、

 ロシヤの南下、ロシヤの満州・朝鮮への進出、日本の反撃、日露戦争、日本の戦勝、ロシヤの勢力地域への日本の進出、日本の勝利による有色民族の目覚め、中国民族の目覚め、日本と目覚めた中国との衝突、日本の進出に対するアメリカの嫉妬、アメリカの中国への援助、アメリカの援助を断ち切るための真珠湾爆撃――

 ――こういうように順序をならべて見ると、あの戦争は有色民族の目覚めのためにも、日本の尚一層の目覚めの為にも必要であったのであり、あの戦争が若し無かったならば、こんなに日本人の個人の尊厳についての考え方がこんなにもパッと変るという事は出来なかったにちがいないのです。

 併しこの急激な変り方には、悪い方面も出て居るけれども、それは自壊作用というものであって、それは病気が治る時には、熱が出たり、悪いものが出る為に下痢したり、色々悪い面が出て、そしてそれが徐々に潔まって、完全な健康体に復するというのと同じ働きなのであります。

 歴史はマルクスが言って居るように、弁証法的な発展をするのであって、今までの 「歴史的生命としての人間」 の自覚の反動として、歴史を否定し、ただ 「個」 としての人間のみの自覚を強調する時代に日本は突入しているのでありますが、これも行き過ぎであって、「個」 の尊厳に目覚めながら 「歴史的生命としての人間」 にも目覚め、「個」 と 「民族」 と 「歴史的国家」 との一体としての人間に目覚めるべき時が来ていると思うのであります。

       役割を果した日本の帝国主義的進出と敗退

 南下するロシヤ勢力を撃退して、その勢力範囲を自己のものとして継承した日本はロシヤ帝国主義をも形の上では継承したことになったので、このまま、日本があの大東亜戦争に勝っていたら、日本はロシヤ帝国主義の引継ぎとして南下する侵略国になっていたのですが――

 神の摂理は、日本をその帝国主義的アジヤ支配から引戻すために、

 しかも、全アジヤから一応白色人種を駆逐して置く必要があるので、開戦一年間は日本は連戦連勝、英国を印度から駆逐し、フランスを東南アジヤから駆逐し、オランダをインドネシヤから駆逐し、フィリッピンからアメリカを駆逐し、有色民族に目覚めの契機を与え、

 それから後はみずから敗退して、その土着の諸民族の独立に便ならしめるようにしたのであります。

 それは意識的の敗退ではなかったけれども、そこに世界の歴史的発展を指導する世界精神というものの流れの中にあって、日本の為すべき役割を果したのであります。

 そして此の戦争を契機としてアジヤ民族の新しき目覚めが生れ、日本にもその他のアジヤ民族にも新たなる人生観が生じ、新しき社会的制度が生まれて来ることになり、人類は、だんだん進歩して行く事になりつつある訳であります。

 その歴史的発展に要する事件の内の一つでも抜いたら、こういう世界状態にはなれなかったものであるという事を思いますと、今迄に起ったありと凡ゆるものは、皆必ずしも 「悪い」 と言って排斥すべきものではないのであって、それがあったればこそこういう事になれたのである、とそう感謝出来ることになるのであります。

 だから過去の歴史上の出来事に対して我々は不平を言ったり、争いの心を起したりする必要は無いのであります。

 だから戦争責任を単に 「軍閥が悪い」 と、軍閥になすりつける事も間違である。或る時代には軍閥もやはり必要であったのであって、これによってロシヤが日本や朝鮮を植民地にする事を防ぎ得たのであります。それは丁度、腹の中の腐敗物を流し出す為には下痢もまた必要であったというのと同じ事であります。

       赤穗四十七義士の仇討の意義について

 先日私は佐賀の講習会にまいりましたら、佐賀の白鳩会の幹部の今野さんの奥さんが、大映の 『忠臣蔵』 の映画を観たが 「忠義」 の感じが出ていて大変よかった。しかし近頃の若い人にはその 「忠義」 の意味がわからないで、変な顔をしていたというような話を承りまして、それでは講習会を終わってから夜間 『忠臣蔵』 を観に行こうということになり、見せて貰ったのですが――

 あの赤穗四十七義士が仇を討ったということについては、「仇討」 そのものが、善であるか、悪であるかの色々の批判もあり、

 「七たびを七十倍たび赦せ」 というようなキリスト的道徳から言うと、復讐ということは却って罪悪である。その復讐のために色々苦労艱難を忍ぶということは、全くバカげたことである。

 主君が 「切腹を命ぜられたから」 とて、その恨みの相手の所に忍び入って殺すということは、法律でそのような個人的復讐を禁じてある現代では けしからん事であるとも言えるわけでありますから、現代の若い人にはあの四十七義士の 「忠義」 の意味は分らないと思いますが――

 「忠義」 ということは 「君臣一体の生命」 というムスビの自覚から来ているものであります。

 「君はずかしめられれば臣死す」 という古諺がありますが、「君」 は君で、「臣」 は臣だ、個々別々だというような個人的精神から言うと、こういう忠義の意味はわかりませぬけれども、日本に於ては 「君臣一体の生命」 のムスビの自覚に出発しているので、主君の無念残念はそれと生命を一つにする臣の無念残念である。その 「残りの念を臣に於て果す」 ということが 「仇討ち」 の倫理であります。

 君臣一体で、君の仕残したことを臣が完成するのである。

 その真心をつくすところの手段が如何に現れるかということは、それは、その時代、その階級、その当時の民族の風習にもよるので、異る時代の吾々から一概にそれを批判することはできない。それらは時代の事情にもより、そのやり方は色々変ってくるんですけれども、全生命をなげうつほどに真心をつくして、「君臣一体の生命の自覚」 をもとにして今迄主君と仰いだものの遺志をつぐために、どんな苦労もいとわぬ、「死をもいとわぬ」 という切実なる 「生命一体観」 というのは、これは正しいものであります。

 「復讐」 ということが現代から見たならば善くないからと言っても、それはその時代の表現であり、その本質を為すところの、「君臣一体の忠義感」 がいかんものであるというようなものの考え方をするのは間違であります。

 忠義というものは 「君臣一体」 の生命のムスビの上から解釈しなければ本当の意味はわからないのであります。

 我々は日本人として、そしてともかくも日本が文化国家として、ここまで生長する事が出来たのは天皇の稜威
(みいつ)というものがあったために、民族がバラバラに分解滅亡することなしにここ迄発展する事が出来た、そしてそのお蔭で我々自身もここに生命を保つことができたのであるから、その御恩を考えると、天皇に対する恩というものに対して、我々は不忠であってはならぬのであります。

 その歴史的生命の連続の一体感の自覚から、わが事の如く天皇の御為に尽くそうというムスビの心が 「忠」 なのであります。だから天皇を裏切るということは、ムスビを 「切る」 心でありますから、不忠の心はいかんのであります。≫


             ○

 ――御講義はこのあとまだ90頁にわたり続きますが、ここでいったん止めて、咀嚼させて頂きましょう。

 谷口雅宣総裁は、著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の第四章(p.280~p.305) で 『「ムスビ」 の働きで新価値を創造しよう』 と書かれており、機関誌 『生長の家』 本年9月号にも 『私たちは現在、「ムスビ」 の働きを推進する運動をしているところであります』 と書かれている。(#460 参照) しかし、それを読んでも、何のことかさっぱり魂にひびくものを感じられないので、教団組織の運動は盛り上がらず、教勢は低迷の一途を辿っている――というのが現状ではないでしょうか。

 「ムスビ」 とは何か――それを魂で把握し実践するには、この谷口雅春先生著 『神ひとに語り給ふ <神示講義 教>』 の 「報恩行に就いての神示」 御講義をしっかり拝読するに如
(し)くはないと、私は思いますが、如何でしょうか。

 それには、この大切なテキストを直ちに重版復活して、生長の家創始者谷口雅春先生の御教えに立ち還ることが必要だと思います。

 大東亜戦争についても、谷口雅春先生は決してそれが聖戦であったとか正しい戦争であったとかおっしゃっているのではない。現象界は、皆人類の魂をみがく為に出てくる学校である。大東亜戦争も歴史的流れに於て、白人帝国主義の侵略に対するアジヤ民族の抵抗のあらわれとして起るべくして起ったのであり、世界の歴史的発展を指導する世界精神の流れの中にあって、日本は日本の為すべき役割を果したのである。

 
「私は別に戦争を謳歌するというわけじゃないのですけれども、起るべくして起っているものを、日本民族の侵略だと言うのは間違なのであります。」

 と谷口雅春先生はおっしゃっている。敗戦後アメリカのWGIP(War Guilt Information Program、日本人に日本は侵略国で全世界に迷惑をかけた世界で最も悪い国だったという罪の意識を植え付け、歴史を抹殺し、再び立ち上がれないようにするために行われた洗脳教育政策。#138 ・#140 参照)で非常に偏った、間違った近現代史の教育が行われたけれども、その後公正な事実が次々に明らかになり、谷口雅春先生のおっしゃってきたことが今や世界の常識になっていると言えましょう。

 谷口雅宣総裁にも、そうしたことをちゃんと勉強して頂きたいと思います。いや、すでに勉強されていると信じます。

 そして――

 
「真理は自他一体のものであるから、ひとに伝えるとき、其処に 『結び』 の力が発現するのである。」

 と神示にありますが、いま私が高校時代の同期生同窓会の幹事をして、同期生に生長の家を伝えようと講習会などに誘いをかけても、「生長の家というのはお家騒動を起こして分裂してるんだって? お前はどっち側なんだ」 と冷ややかで、逃げて行かれる。

 それは、「生長の家本流」 を自称している社会事業団・「谷口雅春先生を学ぶ会」 などでも、同志を拡大しようとするときに、同様の壁にぶつかっているのではないでしょうか。

 「結び」 どころではありません。

 まずは、谷口雅宣総裁がおっしゃっていますように、

≪ 私たちにとって “他者” と見えるもの、一見 “別物” と見えるものも、それらとムスビ合うことによって、新しい、より大きな価値を創造することができるという真理を多くの人々に伝え、また自ら生活に実践し、名実ともに “自然と共に伸びる” 運動を力強く展開していこうではありませんか。≫

 ということを、元生長の家の熱心な幹部であった同志たちとの間で実現し、『生命の實相』 に立ち還ることこそが、『大調和の世界を実現する』 ための第一歩でありましょう。

 それは、言うは易くして行うは簡単なことではないと思います。でも、今の状態がいつまでも――何百年も続くとは思われません。現象界に現れてきた状態は、どんなことでも皆必要があって出て来たことであり、それによって一層進歩し素晴らしい状態が現れてくる、魂の勉強の過程なのだと信じ、私は今自分の置かれた場でよろこんで 「ムスビ」 を実践してまいりたいと思います。


  (2018.9.19)
462 「ムスビ」とは何か。しっかり学び、実践しましょう!


 「ムスビ」 とは何か。

 谷口雅宣総裁は、著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の第四章(p.280~p.305) で 『「ムスビ」 の働きで新価値を創造しよう』 と書かれており、機関誌 『生長の家』 本年9月号にも 『私たちは現在、「ムスビ」 の働きを推進する運動をしているところであります』 と書かれている。しかし、それを読んでも、何のことかさっぱり魂にひびくものを感じられなかったのは、私だけでしょうか。

 「ムスビ」 とは何か。

 それを魂で把握するには、谷口雅春先生著 『神ひとに語り給ふ <神示講義 教>』 の、「報恩行に就いての神示」 の御講義を拝読心読するに如
(し)くはないと思います。

 この聖典は現在 「重版保留」 とされて絶版状態にあり、入手困難であります。雅宣総裁も神示の中で特に重要な生長の家の教義の中心とされている 「大調和の神示」 の御講義をはじめ、「新天新地の神示」 御講義 (この中では聖使命会の意義についても詳しく94ページにわたって説かれている) など、重要な根本神示が説かれている聖典です。

 今の運動で枢要なキーワードになっている 「ムスビ(結び)」 とは何かについて、ずばり心魂にひびく根本真理も明快に解き明かされています。これを心読してはじめて、「ムスビ」 の生き方をしようと本気になることができると思います。

 今、総裁がいくら 『「ムスビ」 の働きで新価値を創造しよう』 とおっしゃって、運動方針書に書かれていても、さっぱり盛り上がらず、教勢が衰退の一途を辿っているのは、 『神ひとに語り給ふ』 のような根本真理の説かれている重要聖典を重版停止、絶版状態にしているからではないかと思われます。

 私は幸いにしてこの本を持っていましたから、今、輪読会でこれをテキストにし、繰り返し拝読して 「ムスビ」 の生き方を力強く実践して行こうとしています。

 さらに現在入手困難となっているこの聖典の中の 「報恩行に就いての神示」 御講義のところをここに謹掲させていただき、このサイトをご覧くださっている皆さまが、よろこんで 「ムスビ」 の生活を全心全霊で実践なさるための便に供したいと思います。

 まず、「報恩行に就いての神示」 そのものから――原文は正漢字・歴史的仮名遣い使用で、改行は少なく一段落毎の文章が長く書かれていますが、ここでは読みやすくするため新仮名・新漢字使用に改め、改行を増やして掲載させて頂きます。

          ○

≪     報恩行に就いての神示

 『生命の實相』 を読んで自分だけが真理を悟ってそれで善いと思うものはまだ生命の実相を悟ったものではない。真理は自他一体のものであるから、ひとに伝えるとき、そこに 『結び』 の力が発現するのである。

 『結び』 は愛の力、慈悲の力、神の力、仏の力である。これを日本古道ではムスビ(産霊
(むすび))と言い、ムスビによって醸生(かみ)(神)の力、即ち生々化育(せいせいかいく)の力が発現して来るのである。

 だから 『生命の實相』 に書いてある通りのことを病人に愛の心で話してあげれば、ただ話をするだけで病気が治るのである。

 話が下手なら 『生命の實相』 の中の 『光明の真理』 のところを、本の由来を話してから読んで聞かせてもよい。

 神の道では 『結び』 の反対 『切る』 ことを最も厭
(きら)うのである。

 怒
(おこ)ったり、審判(さば)いたりするのは心で切るから善くない。

 離縁、背信、忘恩、不忠、反逆等がすべて善くないのは人と人との間を切るからである。

 『神』 は 『道』 であると言うのも 『道』 と言うものは離れているものを結び合わす働きがあるから 『道』 即ち神である。

 結び合わす働きがなくて、審判
(さば)く働きばかりあるものはどんな善人でも神に遠い。

 一人の男子が縁あって一人の女性と結ばれたならば再び離れるのは 『道』 ではない、それを円く結んでやるのが道である。

 神の道を知り 『生命の実相』 を知ると言うこともその道びきになる人々の間には深い因縁があることであるから、橋掛けになった人の恩は忘れても良いと思うような人は、自分はもう神を知ったから神に背いてもよいと言うのと同じく不合理である。

 『生長の家』 を知らしてくれる人は其の人にとって天の使いであるから何日
(いつ)までも恩を忘れてはならぬ。日本人は忠孝一貫恩を忘れぬ国民であるから強いのである。

   (昭和七年二月四日神示)≫


          ○

 次に、この神示についての谷口雅春先生の御講義を生命
(いのち)の耳で聴き、自分の生命の問題、生き方の問題として考えてまいりましょう。


  <つづく>

  (2018.9.18)
461 時代は変わった。


 今から19年あまり前の平成11(1999)年8月15日、終戦記念日にあたってのサンケイ新聞 「主張」(社説) 欄に、次のようにありました。保存してあったコピーが偶然出て来たので、ご披露します。(表題を短く変更しました)

          ○

  巨大な潮流の変化が起きた
    日本の再生に新たな構想力を


    平成11年(1999年)8月15日 日曜日 サンケイ新聞
     「主張」 (社説) <終戦記念日

 変化はそれが始まったとき、だれにでもすぐ認識できるというものではない。変化の兆しを察知するのがいかに困難であるかは、戦後最長最悪といわれる不況から脱出しつつあるのかどうかの判断一つとっても知れよう。あるいは今月10日、北朝鮮が出した異例の政府声明の中にある 「日本が過去の清算を通じた善隣関係の樹立の方向へと進むなら、それに喜んで応じる」 という文言が北の対日政策の変更を示唆しているのかどうか、その見極めも容易ではない。

 しかし、変化は長い時間をかけて観察すれば、だれの目にも明らかになることが多い。

    不自然な姿は永続しない

 きょう日本は昭和20年の8月15日から数えて54回目の終戦記念日を迎えた。ことしほど国のありようをめぐる論議がかまびすしかった年もあまりないだろう。そして戦後思想の主流をなしてきた潮流にどうやら明確な変化が生じたという認識を、濃淡の差こそあれ、だれもが抱いたのではないだろうか。とすれば、日本は1900年代最後の年に、ようやく 「戦後」 へ本格的な決着をつけ始めたと後世の人々は見なすに違いない。

 もっとも、この間 「もはや戦後ではない」 「戦後政治の総決算」 「ポスト戦後へのパラダイム(基本的枠組み)転換」 といった、「戦後」 からの脱却を企図した言葉をなんど耳にしたことだろうか。

 しかし、その都度、これらの言葉を迎え撃つように対日賠償請求や靖国神社公式参拝への批判、あるいは戦時慰安婦問題や南京事件がクローズアップされ、過去に引きずり戻された。その意味では 「戦後」 はまだまだあと半世紀ぐらいは続くかもしれない。

 かりにそうであったとしても、ことしは 「無国籍国家」 から脱却し、「国民国家」 としての体裁を、完全ではないにせよ、半世紀を超える長い歳月を経てようやく取り戻した、少なくとも、それへ向けた再出発の記念すべき年として位置付けられるのではないか。

 人間社会において不自然な姿は長く続くものではない。いつか変化を起こすのは歴史的必然である。

 戦後の半世紀、とくにその前半は端的にいえば国家の存在を希釈化する 「国際主義」 が跋扈
(ばっこ)し、「世界連邦」 「全面講和」 「平和憲法の世界への波及」(=二国間安保の否定) といった不自然な空想的・観念的理想論が、マルクス主義と重なり合いながら多くの支持者を獲得してきた。いや、まだ過去形で語るわけにもいかない。東西冷戦でマルクス主義者やいわゆる進歩派が敗北したいまなお、日本をことさらに卑しめたり、国家の否定に走ろうとする勢力が存在する。

 しかし、いまや多くの人々が、国家はこれから先の21世紀においても世界の基本単位でありつづけること、「平和憲法」 が世界に波及していくということの虚構性、さらには国家の否定が伝統や文化、秩序の破壊、あるいは教育現場の荒廃をもたらしてきたことに気付き始めた。

 換言すれば、近代国民国家が戦争悪を惹起せしめたという思想的呪縛からようやく解き放されてきたといってもいい。「国家=悪」 「権力=悪」 「自衛隊=悪」 の方程式のままであったなら、国旗国歌の法制化や、通信傍受法、新たな 「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン) 関連三法の制定などの解答は引き出されるはずもなかった。一昔前には考えられなかった、潮流の巨大な変化が起きたのである。

    問われる日本人の英知

 しかし、日本には依然として多くの不自然な姿が残存している。それらをただす変化がまだ必要である。

 ガイドライン関連三法が成立したといっても、日本自身の非常事態に備える有事法制を国家として整えておかねばならないという命題は残されたままだ。同様に重要なのは、日本救援のために出動してきた米軍が攻撃にさらされたときに、それを阻止する態勢、すなわち集団的自衛権の行使を容認するよう憲法解釈の変更も急がねばならない。究極的には憲法改正である。これらの大事業をやり抜かなければ、日本再生への道筋は完成しない。もはや無防備平和主義など雲をつかむような議論にかまけている暇はない。

 また、この歓迎すべき変化のなかにあっても警戒は必要である。揺り戻しもあれば、行き過ぎもあるからだ。

 敗北した 「進歩派」 の中には、人権や環境保護に名を借りて、反日、反国家、反政府運動を展開する化粧直し組も少なくない。逆に 「進歩派」 の敗北に乗じて戦前の皇国史観への回帰を目指すのもまた論外である。中庸を得た国家論をどう実り豊かに大きく構想していくか――日本人の英知が問われている。この厳粛な使命に思いを致す平成11年の終戦記念日である。


          ○

 ――上記は、平成11年(1999年)8月15日付け サンケイ新聞の 「主張」(社説)記事でした。

 それから20年近く経った今、その 「巨大な潮流の変化」 はいよいよますます鮮明になっています。

 戦後占領軍の日本弱体化政策に乗って国家否定の “無防備平和主義など雲をつかむような議論” を跋扈させた 『世界』 とか 『中央公論』 などがクオリティ・マガジンと言われた時代は既に去った。それらは書店でも隅っこに影を潜めて置かれているだけであり、代わって文藝春秋、WILL、HANADA、正論、歴史通、Voice、SAPIO、、、など、中道ないし右寄りと言われる雑誌が花盛りである。

 「右寄り」 には、若手新進気鋭の論客が続々と登場している。守旧派 「左寄り」 の方はもはや高齢化して、絶望的にあがいているだけに見える。

 朝日新聞がクオリティ・ペーパーと言われたのも、“南京大虐殺” とか “慰安婦問題” などで意図的な?偏った誤報をしながら恬として恥じない姿勢にあきれられ、“クオリティ” というのはもはや過去のものになり没落しつつある。

 世界の情勢も、

≪戦後の半世紀、とくにその前半は端的にいえば国家の存在を希釈化する 「国際主義」 が跋扈(ばっこ)し…… しかし、いまや多くの人々が、国家はこれから先の21世紀においても世界の基本単位でありつづけること、「平和憲法」 が世界に波及していくということの虚構性、さらには国家の否定が伝統や文化、秩序の破壊、あるいは教育現場の荒廃をもたらしてきたことに気付き始めた。≫
 (サンケイ新聞 19年前の 「主張」 より)

 ということことが明らかでしょう。

 生長の家総裁は、著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の 「はしがき」 で、

≪宗教は時代と環境の要請から生まれるから、その時代と環境が変化すれば、宗教自体も変化を要求されるのである。≫

 と言われている。それならば、まさに時代と環境が変化している今、生長の家もそれに合わせて変化したらよさそうに思われますが……いかがでしょうか。

          *

 ところで、上掲のサンケイ新聞 「主張」 記事については、最後のパラグラフ(段落)の文言
≪逆に 「進歩派」 の敗北に乗じて戦前の皇国史観への回帰を目指すのもまた論外である。≫
 に異論ありと、その10日後に作家で古事記研究家の出雲井晶
(いずもい・あき)様(故人)が 「『皇国史観』 の本当に意味」 と題して投稿された論文が載りました。そのコピーもありましたので、次にそれを紹介させていただきます。

          ○

<平成11年(1999年)8月25日 サンケイ新聞所載>

  私にも言わせてほしい

    
「皇国史観」の本当の意味

                  作家 出雲井 晶
(いずもい・あき)

 8月15日付産経新聞 「主張」 の “終戦記念日=巨大な潮流の変化が起きた” で “日本は1900年代最後の年に、ようやく 「戦後」 への本格的な決着をつけ始めた” は、鋭く戦後を見つめて書かれていて、お説ごもっとも、その通り! さすが! と、堂々の論陣に感服して読んでいた。ところが終わりの2行 “戦前の皇国史観への回帰を目指すのもまた論外である” で、はたと考えてしまった。

 皇国とは、わが国の異称、天皇が統治する国、すめらみくに、とどの辞書も同じように記されている。一体、この筆者はどんな意味で、「皇国史観」 をうけとめているのだろうか。

 平泉澄氏は少年日本史の序で 「皆さんはお気の毒に、長くアメリカの占領下にあって、事実を事実として教えられることが許されていなかった」 と中学生に話されている。この
(産経新聞 「主張」 の)筆者も当時の中学生ではなかったか。

 マッカーサーが厚木飛行場におり立ったころ、物心がつくかつかないかの年代以降の方は、「日本が再び米国の、世界の脅威にならないようにすることを確実にすること」 という占領政策で徹底して洗脳された。実に周到綿密に日本を研究した上で、過去の日本はすべて悪、の図式でゆがめて。もともと穏やかで人のよい日本人は、それが占領軍の熾烈
(しれつ)な思想戦略とは露知らず正面(まとも)に受けとった。その最たるものが、皇国史観=悪、ではなかったか。

 しかしこの思い込みは日本人にとって非常に不幸なことである。わが国とは、生まれたときから皇国
(すめらぎのくに)=天皇在(い)ます国で、二千六百有余年、一時たりとも天皇在まさぬ時はなかった。

 現在、世界には190の国が存在する。その中で国家、国民統合の象徴であられる天皇の皇統が連綿と125代続いている国は、わが日本だけという驚くべき国柄である。

 これは遠い私たちのご先祖が、大宇宙を貫き流れる悠久不変の法則を知り 「古事記時代=日本神話」 により伝承してくれた。それにより今上陛下まで125代の天皇様のご先祖は天照大神であり、天照大神は御孫邇邇芸命
(にぎのみこと)がくだられる時に 「三種神器」(さんしゅのじんぎ)を授けられた。爾来、天照大神の無私である、明き清き直き誠の魂がこめられた神器は、皇位の璽(みしるし)として歴代天皇践詐の時受け継がれて、脈々と今上陛下まで続いている。

 宮内庁保管の皇統譜に初代天皇と明記されている神武天皇は、橿原建都の詔
(みことのり)の中で、国民のことを「おおみたから」と尊んでお呼びになり、民(おおみたから)がそれぞれ所をえて大きな一つ屋根の下の大家族のように睦みあって暮らそうではないか、と仰せられた。建都の詔の中の 「八紘為宇」 とはそこういう意味である。大家族主義であり人類共通の願いでにある大和(だいわ)の心である。

 その根底には国民の先祖もたどっていけば天照大神にいきつく、皇室と国民が根っこを共有する君民一如である。民の幸せは君の幸せであり君の幸せは民の幸せであり、微塵も専制の考えは介在していない。古代ご先祖の天地の理
(ことわり)にのっとった最高の文化的創造が、この荘厳なばかりの国家形態である。

 これこそが天皇様在ます日本国の歴史観=皇国史観、の正しい姿であり、右でも左でもない中庸である。

 皇国とは、君と民とを決して対立軸とは考えなかった。広島に占領政策施行まで存在した国立大学唯一の 「国体学科」 の初代主任教授西晋一郎博士は、「天皇とは、円すい形の頂点のように国家のうちに内在しかつ超在する御位である」 と絶妙な解説を示された。そして、この国家に主権はあるという考えであった。

 1700年代半ばにフランスの思想家ルソーは民約論で、「地球上で理想とする国家は君民共治の国だ。が、そんな理想国家は地球上に存在するはずがないから、自分は仕方なしに次善の民主主義を選ぶ」 と記した。その存在するはずのない地球上の理想国家を、私たちの古代先祖は2600有余年前に建国してくれていた。占領政策によって、君民を対立軸としてとらえたところに大きな誤謬
(ごびゅう)があることを理解して、得難い国に生をうけたことに感謝したいものである。

 神武天皇の 「おおみたから」 「八紘為宇」 のご精神は、“よもの海みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ”(明治天皇御製)“西ひがしむつみかはして栄ゆかむ 世をこそ祈れとしのはじめに”(昭和天皇御製)のように、125代の皇統に脈々と受けつがれているのである。


          ○

 ――以上が、平成11(1999)年8月15日のサンケイ新聞 「主張」 欄 「巨大な潮流の変化が起きた」 に共感しながらも一部異を唱えられた、出雲井晶様の論文(同年8月25日サンケイ新聞に掲載された)でした。

 これを書かれた今から約20年前頃には、まだ 「皇国史観=悪」 とする観念が一般に支配的で、出雲井先生の上記ご発言は勇気のいることだったと思われますが、今はそのような不自然な観念はかなり払拭され、「日本では皇国史観があたりまえのこと」 というのが潮流になってきたと思われます。

 われら日本人の祖先は、天皇と国民が対立関係にはなく、民の幸せは君の幸せであり君の幸せは民の幸せであるという、「君民一体」 の日本国体を守り育ててきた。それだけでなく、「神・自然・人間」 も一体であり、自然界の海、山、川や岩にも神が宿り樹木にも精霊が宿っているとして拝み、万物大調和の生かし合いの暮らしをしてきた。

 万葉集を繙
(ひもと)けば、「花を詠める歌」 「鳥を詠める歌」 「山を詠める歌」 「月を詠める歌」 など、自然を讃え歌ったものが数多く、日本人の祖先には、「自然と人間は一体」 の自覚がおのずから身についていたことが感じられる。

 「人間は自然を敵視し自然から奪う生活をしてきた」 などと言われても、それは西洋文明の話であって、日本人には 「ウソでしょう」 という思いがわく。だから、「“新しい文明” 構築のためにPBS(プロジェクト型組織)の活動を……」 などと言っても、しらけて、信徒は次々に去って行く。

 「和」 を尊び、「神・自然・人間は一体」 の自覚をもって生きてきた日本。この日本に生まれたことを無上の幸せとして祖先に感謝し、日本の心を世界に広めることが、世界平和につながる。

 生長の家は 「新しい文明をつくる」 などと言わず、運動方針の表現だけちょっと変えて、「日本本来のすがたに立ち還り、日本の心を世界にひろめて、世界平和に貢献しよう」 と言えばよいのではないか。


  (2018.9.4)
460 今こそ「対立」から「調和」へ


 機関誌 『生長の家』 9月号に、

 「今こそ 『対立』 から 『調和』 へ」

 と題して、谷口雅宣生長の家総裁の 「万教包容の御祭での言葉」 (平成30年7月7日、生長の家 “森の中のオフィス” で) が掲載されています。

≪ ……私たち信仰者は、「神の御心を第一にする」 ということが最も大切です。その 「神の御心」 について私たちが知っているのは、「人間は皆、神の子であって尊い存在だ」 ということです。

 また、神の御心は 「他を排除しない」 ということも明確です。なぜなら、「神は全ての総て」 であり、神にとって 「他のもの」 は存在しないからです。このことを強調するために、私たちは現在、「ムスビ」 の働きを推進する運動をしているところであります。

 ……現代は残念ながら、自と他とを峻別して、差別する動きが、世界各地で顕著に出てきているのです。これは対立や戦争の原因となるものです。

……「対立から調和へ」 の動きを力強く推進していきたいと念願するしだいです。≫


 ――まことに素晴らしいことをおっしゃっています。

 ところで総裁は、今まで何をなさってきたか。

 「対立」 「排除」 「権力闘争」 を、異常なまでに熱心になさった来たのではなかったか。

 #458 に書きましたように、ご著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の 「はしがき」 冒頭で、「昨年(2013年)徳島教区の講習会で受講者から受けた質問」 というのを紹介されていますが、その62歳の主婦の方をも罵倒し排除されているように感じます。

 今、
≪「対立から調和へ」 の動きを力強く推進していきたい≫ とおっしゃっているのは、そうした過去を自ら反省して、今後は 「調和」 へと大きく舵を切り換えて行きたい、ということであってほしいと思います。

 総裁がいかに理想をおっしゃっても、実際になさっていることを信徒はちゃんと見ていますから、おっしゃることが魂にひびかない。そうして落胆すれば去って行きます。信徒の急激な減少は、その結果でしょう。

 生長の家の法燈(世を照らす真理の燈)は、今や消えかかっている。「生長の家」 という船は、今や沈没しかかっている。

 ――と言って、嘆き悲しんでいる時ではありません。今こそチャンスである。危機の時こそ起死回生のチャンスである、と思います。


 私が、冊子 『何処へ行く? 「生長の家」 ――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』 (2015年3月刊) で掲げた 「公開質問」 というのは、次の4項目でした。


 【質問1】 「私は時代錯誤的でしょうか」 という質問です。

 【質問2】 「中心帰一」 について、質問させていただきます。

 【質問3】 原発は、絶対悪でしょうか?

 【質問4】 「ムスビ(結び)」 と 「大調和」 についての質問です。


 そのうちの 【質問4】 のほぼ全文(新聞のニュース記事は省略)を、再掲させて頂きます。

          ○


【質問4】 「ムスビ(結び)」 と 「大調和」 についての質問です。


 総裁は、本年(2015年)1月1日のメッセージとして、『「結び合う」 生き方を進めよう』 と呼びかけられました。

 では――「本来一つ」 であった元々生長の家の熱心な同志たちで今は離れて対立的になっている人たちと、「互いに結びあって、一緒に協力して前進する」 ようになることは、できないのでしょうか?

 「生長の家教規」 に

 
「第2条 この宗教の設立の目的は次の通りである。(1)谷口雅春創始の、生長の家の教義に基き、その主著 『生命の實相』 を鍵として、万教共通の宗教真理を開示し、これを宣布することによって、人類光明化につくすこと。」

 とあります。

 『生命の實相』 こそ“宗教目玉焼き論”における 「生長の家の“目玉”」 ではないでしょうか。

 その中心をしっかと確立すれば、社会事業団等とも一つに結び合い、協力し合うことができるようになるではないでしょうか。

          *

 総裁は、本年(2015年)1月1日のメッセージとして、『「結び合う」生き方を進めよう』 と呼びかけられました。そのことは、新著 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の第二部 第四章 「『ムスビ』 の働きで新価値を創造しよう」 にも、

 「2013年11月22日、谷口雅春大聖師御生誕日記念式典での挨拶」

 を収録された文章として、詳しく述べられています。

 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 303~305頁から引用させて頂きます。

≪ …… 「一見分かれているように見えるものが本来一つである」 というのが実相の自覚であり、これを最も顕著に体現しているのが自然界の 「ムスビ」 の営みであるわけです。

 ところが、人間界では本来一体であるものを細かく分けて、あそことあそこは利害が対立するのであるといって争っている。そういう意味でも、大調和の世界を実現するためには、ぜひこの 「ムスビ」 という考え方を強く意識して――今日の私たちの運動でも、相愛会と白鳩会が講習会の受講券を奪い合うことなく(笑い)、一緒に協力して前進する。それだけでなく、政治の対立とか国家間の 「対立」 の方を意識するのではなく、協力と協働の 「ムスビ」 を意識し、それらを通して自然と人間の本来一体の姿を実現していかねばなりません。≫


 と。

 昨年(2014年)11月22日の同じ式典でのご挨拶(「唐松模様」所載)でも

≪ 私たちにとって “他者” と見えるもの、一見 “別物” と見えるものも、それらとムスビ合うことによって、新しい、より大きな価値を創造することができるという真理を多くの人々に伝え、また自ら生活に実践し、名実ともに “自然と共に伸びる” 運動を力強く展開していこうではありませんか。≫

 とおっしゃっています。素晴らしいお言葉だと思います。

 そこで、切に思うところの 「質問」 が、前記 【質問4】 となりました。

 「“他者” と見えるもの、一見 “別物” と見えるものも、それらとムスビ合うことによって、新しい、より大きな価値を創造することができるという真理を多くの人々に伝え、また自ら生活に実践し……」

 ということを、元生長の家の熱心な幹部であった同志たちとの間で実現し、『生命の實相』 を取り戻すことこそが、『大調和の世界を実現する』 ための第一歩であり、それなしには生長の家の未来――持続可能性――はないのではないか、という思いが湧き上がって来るのです。

 「そんなこと、できるわけがない」 と言う方が多いです。しかし、「人間にはできないことでも、神ならできる」 というのが生長の家の御教えではなかったかと思うのです。

 根本的には、生長の家の大神と谷口雅春大聖師に対して大懺悔し、和解・大調和する必要があるでしょう。いろいろな考えをもつ団体については、その点で一つになれるのではないかと思います。

 それは簡単なことではないだろうということは、わかります。今までの業
(ごう)の力が強力だからで、総裁のご著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の66頁以下に、次のように書かれている通りでしょう。

≪  現状の 「改善」 でなく 「転換」 のために

 (前略)今は世界中で物質主義的なライフスタイルを新しい方向に転換していくことが求められているけれども、身体を使って、口(発声音)を使って、心(意)を使ってそれを実行することは、コトバの力の活用です。

 多くの人々はしかし、生活の転換の必要性は分かっていても、それを具体的にどの方向へ進めていくべきかがよく分からない。また、従来の生活の仕方から逃れられない。先ほども質問がありましたが、何十年も同じ仕事をしてきたのに、今さら転職なんてとんでもないと考える。その気持は十分に分かります。業
(ごう)の力はそれだけ強力です。

 我々は実相に於いて皆、神の子でありますが、現象的には業の力に動かされていることも事実です。(…中略…)そうでない生き方は大変やりにくい。そのことはよく分かります。しかし、生長の家はそれをやろうとしているのです。≫


 時あたかも、「イスラム国」 が日本を標的にしたテロのニュースが報じられました。
 
(ニュース記事は省略します)

 日本にとって、いや、世界にとって、大変な試練の時です。軍事力によってテロを根絶することはできない。イデオロギー拡散による 「個別ジハード」 が拡がっているからです。

 前記の課題 <元生長の家の幹部であった熱心な同志たちと、「『本来一つ』であるから、互いに結ばれて一つになること」 はできないのか? 『一緒に協力して前進する』 ことは、できないのか?> という課題は、ひいてはこの 「イスラム国」 過激派のテロという世界的な試練につながるものだと思われます。

 生長の家が 「大調和」 を至上命令として掲げ、「万教包容」 の 「世界平和」 をめざすのであるならば、その課題から逃げることはできないのではないでしょうか。

 逆境、困難こそ実相顕現のチャンスでしょう。総裁のご著書 『日々の祈り』 にありました。

≪ 一見 「困難」 と見えているものは、「我は肉体なり」 との観念から生じた幻想に過ぎません。肉体を 「我」 と見れば、「自」 と 「他」 とが分離しているとの差別感が生まれ、そこから 「損得」 の狭い考えが生まれます。しかし、実相において神さまの創造と一体である神の子・人間には、本当は 「他」 など存在せず、損も得もありません。すべてと一体であり、すべてと調和しているのです。神さまの創造は完全であり、神さまの創造されない世界は実在しません。この神さまの創造世界の実相に心を振り向けるとき、現象の困難は氷解します。

 だから神さま、私はあなたの御前で次のように高らかに唱えます――

 「私は神さまの創られたすべてのものと一体であり、大調和しています。」

 「私は神さまの創られたすべてのものと一体であり、大調和しています。」

 この 「自他一体」 の自覚を深め、その本来の姿を現象世界に表すことが私の使命であり、喜びです。その過程が人生であり、また神生です。≫

 (「困難に戯れて明るく生きる祈り」 221~222頁)


 総裁は、このようにお書き下さっています。そのほかにも 「こういう祈りを真剣に続けて行けばきっと大調和は実現するに違いない」 と思われるような、すばらしい祈りの言葉が随所に書かれています。

 この祈りの言葉は、総裁が真剣に元生長の家の幹部であった熱心な同志たちと、「本来一つ」 であって、実相においてはすでに大調和し協力し合って人類光明化運動に邁進していることをお祈りくださって書かれたものであると信じ、それが現実世界にも実現する日がくることを祈らせて頂きます。

 合掌 ありがとうございます。(平成27年3月) 

          ○

 ――以上は、私が2015年3月に書いて総裁をはじめ教団役員の方々にお送りした冊子

 『何処へ行く? 「生長の家」 ――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』

 の、【質問4】 (「ムスビ(結び)」 と 「大調和」 についての質問)

 でした。


  (2018.9.2)
459 「生長の家」は何処にあるか。


 冊子 『何処へ行く? 「生長の家」 ――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』 (2015年3月刊) の冒頭に記した 「はじめに」 という序文を、次に再録させて頂きます。

          ○

      は じ め に

 「生長の家は何処にあるか」 と問われたら、私は 「生長の家は今、ここにあります。私が生長の家です。生長の家は、わたしの生命
(いのち)です」 と答えたいと思います。

 今が天地
(あめつち)の初発(はじめ)の時であり、此処(ここ)が生長の家(たかあまはら=高天原)である。わが生命(いのち)は天之御中(あめのみなか)の御生命(おんいのち)が鳴りひびいているのである。谷口雅春先生が、「本当の生長の家本部は神界にある」 とおっしゃった、神界とは遠くにあるのではなく、「神の国は今此処わが内にあり」 ということであると信じます。

 生長の家とは、時間・空間未だ発せざる中
(みなか)、一切万象発生の枢機を握る 「久遠の今」 なる本源世界、大宇宙(たかあまはら)である。そして――

≪ 全世界を宇(いえ)と為す神武天皇の八紘為宇(はっこういう)の建国の理想は決して侵略精神ではない。八方の国々が家族となって人類全体が睦み合う理念である。此の理念を 「生長の家」 と言う。

 理念は普遍的なものであるから、これは私の家ではない。何故そう云う名称を附したかと言えば、生は縦に無限に生
(の)びることを現し、長は横に長(の)びることを現すからである。

 縦の無限連続は時間であり、横の無限連続が空間であり、縦と横と、時間と空間との交叉
(こうさ)する万象発現の枢機を握るものが、内に一切を蔵する無字であり、一切を統一する天皇の御天職である。此の真理に世界の万民が目覚めないから万国互に相争うのである。全世界は天皇に於て一宇である。

 万国の民にそれを告げ知らせる東道
(みちしるべ)の役目を以て出現したのが吾々の団体である。≫

  (谷口雅春先生 『光明道中記』 31頁より)


 これが、生長の家の教義の中心部分であり、生長の家出現の目的、使命である。これをなくせば塩に塩気がなくなったと同様、「もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけ」(マタイ伝第5章13節)になってしまうのではないか、と私は思います。

 本書に 『何処へ行く? 「生長の家」』 と題を付けたのは、「生長の家は東京原宿から“森の中”へ行く」 というような、外形の問題ではありません。魂の問題です。今の生長の家は、

 「われ今実相の世界を去って五官の世界に入る」

 となっているのではないか、ということです。

 谷口雅宣・生長の家総裁が昨年(2014年)11月に公刊された 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の 「はしがき」 に、「宗教の教祖も、その人が生きた環境と時代から完全に自由になることはない」 とあり、同年11月22日 総本山に於ける式典での総裁ご挨拶原稿〈「唐松模様」所載〉には

 「『宗教運動は時代の制約下にある』 ということを、皆さんはぜひ理解していただきたいのです。……私たちは今日、地球温暖化問題を深刻に捉え、その抑制に向かって真剣に取り組んでいます。生長の家が国際本部を東京から八ヶ岳の南麓に移転したのも、それが最大の理由である……つまり、宗教は時代と環境の要請から生まれるから、その時代と環境が変化すれば、宗教自体も変化を要求されるのである。だから、戦前・戦後に説かれた教えは戦後に修正されることもあるし、冷戦時代の宗教運動の目標や方法が、冷戦後には採用されないこともあるのである。この時代応現の変化の意味が分からないと、宗教は社会に有害な影響をもたらすことになる」

 と書かれていますが、本当の宗教は 「時代と環境の要請から生まれ、時代と共に変化する」 ものではなく、時代を超越した永遠の真理を説くべきものであると私は信じます。


 生長の家は今、「正念場」 を迎えているという気がします。教化部長がいくら頑張ってみても、講習会受講者数も聖使命会員数も減り続け、教勢の下降に歯止めがかかりません。このまま行けば、教団は、つぶれはしなくとも、存続の意味がほとんどないほどになって行くのではないかと思われます。それは、真理がくらまされているからではないのか。「正念場」 とは、「正念」 すなわち 「神は完全であって、神の造り給うた世界には、不調和や不完全はナイ」 と実相を観ずる 「正念」 をもって、適切な処置行動をしなければならないギリギリの時だということでしょう。

 それで、今年(2015年)新年の総裁のご挨拶文や、新刊書 『宗教はなぜ都会を離れるか』 を拝読して疑問に思うことなどを率直に申し上げ、「私の考えはまちがっていますでしょうか?」 というのが、本書 「第一部・総裁への公開質問」 でございます。総裁が現象面のことを根拠に説かれるのに対しては、現象面の歴史的事実などから出発して申し上げております。

 憚りながら、245頁以下に採録させていただきました 「張玄素のようでありたい」 というような思いをもって、書かせて頂きました。私も八十歳を超え、今年(2015年)6月で82歳となる今、今生での残る時間は限られています。そこで、「これを言わなければ死ねない。」 このままでは、生長の家は消えてしまい、日本の危機、世界の危機は救われない。今起たずして何時
(いつ)起つべきか――という思いなのです。

 「第二部」 資料編 「疾風怒濤のわが青春記録より」 は、わが魂の足跡ともいうべきもの。私は昭和26年(1951)、高校生時代に 『生命の實相』 の御光
(みひかり)によって新生し、激動の時代に 「自分はこの御教えに人生を賭ける」 と決めました。それから60年以上たった今、これまで私が青年時代から書いて生長の家の月刊誌、機関紙誌その他の雑誌、単行本等に掲載された論文・対話録などから、選んで編集したものを、資料として採録させていただきました。これらは前の 「第一部」 公開質問編の基盤となっております。

 この冊子は、私の 「内なる神へのレポート」 と言ってもよいものだと感じております。

 はなはだ恐縮ながら、ご一読くださいまして、総裁先生には質問へのご回答を、それ以外の諸先生皆様にも、ご意見・ご感想ないしご指導を賜れれば、まことに有り難き幸せに存じます。

 平成18年(1996)生長の家本部を退職し地方講師とならせていただいてから今まで約9年間に、私は幾たびか総裁に直接お手紙を差し上げました。しかし、何のお返事もいただけませんでしたので、今回は、失礼ながら公開質問の形をとらせていただきます。

 なにとぞよろしくお願い申し上げます。

      平成27年3月吉日

                    岡  正 章 

          ○

 ――以上が、冊子 『何処へ行く? 「生長の家」 ――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』 (2015年3月刊) の冒頭に記した 「はじめに」 という序文でした。


  <つづく>

  (2018.8.31)
458 「日本人としての誇り」をとりもどすことが間違いか?


 総裁は、ご著書 『宗教はなぜ都会を離れるか?』 の 「はしがき」 冒頭で、「昨年(2013年)徳島教区の講習会で受講者から受けた質問」 というのを紹介されています。

 
≪敗戦後、なにか日本は負い目を感じ今日まできたように感じます。しかし、戦争にいたる事実を知り、日本人として誇りをとりもどしました。もっと雅春先生の憲法に関する著書を世に出すべきではないのでしょうか。私たち日本人は、もっと世界に自信をもっていいのでは。そういう教育は間違っているのでしょうか。≫

 と。私は、この質問をした62歳の主婦の方に共感を覚えました。

 「敗戦後、日本は負い目を感じて今日まで来た」 のは、事実でしょう。過去の戦争を 「正しい」 とか 「聖戦だった」 とは思わなくても、「戦争にいたる事実を知り」、敗戦・戦後処理――連合軍の占領政策、“WGIP”(占領軍の日本弱体化洗脳政策) などの事実を正しく学んで理性的に判断すれば、おのずと 「日本人として誇りを取り戻せる」 と私は感じています。そのことは、このサイトでも (#140 など) 繰り返し書いてきた通りです。

 ところが総裁は、この質問に対して次のように書いていらっしゃる――

≪ 質問者が 「戦争にいたる事実を知って誇りに思う」 ということは、その戦争が “正しい戦争” ひいては “聖戦” と呼ばれるにふさわしいと感じたということだろう。この人はいったいどんな 「事実」 を知ったというのか、と私は思った。そして、そのことと 「雅春先生の憲法に関する著書」 とが何の関係があるのかと不思議に思った。

 日本が20世紀の前半に行った戦争については、この約70年の間に、すでに夥
(おびただ)しい数の研究が世界中で行われていて、その原因や問題点、数々の判断の誤りについて多くのことが明らかにされ、圧倒的多数の研究結果は、“正戦” や “聖戦” の考え方と歴史的事実との関係を否定している。ただ、わずかな数の日本人だけが、戦前、戦中の日本政府と軍部が主張していたのとほとんど変わらない “正戦論” や “聖戦論” を墨守しているに過ぎない。にもかかわらず、この質問者は、生長の家がこの少数派の一部に属すると誤解している様子なのだ。

 質問の主は62歳のKさん(匿名とする)という主婦である。私と同年齢の女性である点が、私の驚きをさらに強めた。

 私はいわゆる 「団塊の世代」 の最後尾に位置していて、高校から大学時代に学生運動の頂点と終息を実地に見聞した。当時は残念ながら、日本中の多くの大学で授業をまともに受けられない混乱が続いていたから、本来学ぶべきことを学ばずに卒業した人も多くいたに違いない。

 その中でも、私は自分が学問に熱心な学生だったと自負している。……私は政治学と国際法、国際関係論を専攻したから、大学ではそうでない学生よりも日本をめぐる現代の国際情勢について多くの知識を得たかもしれない。また、大学卒業後は米国の大学院の同じ専門課程で学んだことで、この分野の知識を多く得られたことに感謝している。

 ……私の年齢の日本人で、しかも生長の家に関係している人が、日本の現代史の中で “最重要” と思われるあの戦争が起こった経緯について正しい知識に欠けていることは、きわめて由々しい事態だと感じたのである。……≫


 ――つまり、総裁は頭ごなしに、質問者を 「時代錯誤のトンデモナイ愚か者」 と蔑視してかかり、「大学やアメリカの大学院で政治学、国際法、国際関係論を熱心に学んだ私の言うことを聞きなさい。教えてあげよう」 という調子なのである。

 私に言わせれば、総裁の方こそ、戦後の一時期米国が押しつけた理不尽な東京裁判史観――今や時代錯誤の少数派となっている、「大東亜戦争は日本の無謀な侵略戦争だった」 という偏った戦後教育の歴史観――それが総裁の学生時代、1970年代には支配的だったが、今や過去のものとなってきている――を墨守していらっしゃる、と思う。

 そう思ったので、私は率直に私がそう思う根拠を縷々述べて、

 『何処へ行く?「生長の家」――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』

 と題する冊子をつくり、総裁をはじめ教団役員の方々に贈ったのは、平成27(2015)年3月のことでした。

 それから約3年半になりますが、いまだにその質問には何のお答えもなく、このウェブサイト 「近況心境」 の #2#3 に書きました通り、2015年4月15日に、「地方講師解任」 という電話連絡が、教化部長を通してあっただけなのであります。

 ありがとうございます。

          ○

 冊子 『何処へ行く? 「生長の家」 ――わが魂の記録と、谷口雅宣総裁への公開質問――』 (2015年3月刊) の冒頭に記した 「はじめに」 という序文を、次に再録させて頂きます。


  <つづく>

  (2018.8.30)
457 「理念」を持続しお客様に付加価値を提供できない組織は存続できない。


 今朝(8月29日)の日本経済新聞 「私の履歴書」 に、安斎隆・セブン銀行特別顧問(日銀勤務、経営破綻し一時国有化された長銀頭取などを経て、セブン銀行創設時の社長となる)が、「経営理念」 と題して、次のように書いていらっしゃる(一部省略)。


≪セブン銀行は2001年に創業した当初から、組織の求心力を高めるために何をすべきかを考えてきた。……

 経営に欠かせないのは経営理念である。日本銀行で民間銀行の経営内容をチェックする考査を担当したとき、金もうけばかりを考えている銀行や企業は経営が悪化すると気づいた。銀行や企業は何のために存在しているのかを突き詰めて考え、経営理念という言葉にし、浸透させなければならない。

 セブン銀行は経営理念として、「安全かつ効率的な決済インフラの提供を通じて日本の金融システムの安定と発展に貢献する」 とうたっている。コンビニATMは金融システムの安定に寄与する大切な存在だと認識すれば、士気も上がるはずだ。

 
経営理念は社員証と一緒に携帯しており、そこには 「ルールは守る、約束を守る、嘘はつかない」 といったコンプライアンス(法令遵守(じゅんしゅ))マニュアルを簡単に書いた項目も載せている。一人ひとりが守るのは当たり前だが、社員は

上司や社長、会長が項目に反するような行為をしたときは 「それは違います」 という勇気、経営側は 「聞く耳」 を持つことが最も大切だ。

 立派な理念を掲げても、お客様に付加価値を提供できなければ企業は存続できない。



 ――上記は銀行や企業の話だが、宗教団体ならばなおのことと言えよう。

 生長の家では、「教規」 に、

≪第2条 この宗教の設立の目的は次の通りである。

 (1)谷口雅春創始の、生長の家の教義に基き、その主著 『生命の實相』 を鍵として、万教共通の宗教真理を開示し、これを宣布することによって、人類光明化につくすこと。≫


 とあるのが、文部科学省に登録され、約束された生長の家の目的であり、根本理念である。信徒は、

 ≪一人ひとりがそれを守るのは当り前だが、組織の上置者や総裁がこれに反するような行為をしたときは 「それは違います」 という勇気、組織の上置者や総裁は 「聞く耳」 を持つことが最も大切≫

 ではないか。そして、

 ≪立派な理念を掲げても、お客様(衆生、信徒)に付加価値を提供できなければ企業(宗教団体)は存続できない。≫

 のではないか。


  <つづく>

  (2018.8.29)
456 わが人生は、「久遠の今」に心魂を据えて、自分をみがきつづける旅である。


 ――だから私は、毎日喜びと感動に満ちあふれているのである。

 私は毎日1回は必ず 「久遠の今」 に還帰する神想観を実修し、聖経 (「甘露の法雨」、「天使の言葉」 または 「続々甘露の法雨」) を読誦する。

 しかし私は、「聖経」 でない偽経(と私は断ずる) 「大自然讃歌」・「観世音菩薩讃歌」 などというものを読誦することは、決してない。

 「聖経」 は、「久遠の今」 から鳴りひびいた実相真理の言葉である。

 聖経『甘露の法雨』は
 「或る日天使(てんのつかい)生長の家に来りて歌い給う――」

 で始まり、『天使の言葉』 の出だしは
 「天使また語りたまう――」

 『続々甘露の法雨』 は
 「或る日、再び天使生長の家に来りて歌い給う――」

 で始まっている。

 「天使というのは、神様の救いの波が人格化してそこに現れたもの」

 と、谷口雅春先生は 『新講「甘露の法雨」解釋』 で説明されている。

 つまり、これらの聖経は、谷口雅春先生が神の啓示によって書かれたものであることを表している。

 ところが谷口雅宣総裁は、自分の書いたものは自分が書いたのであって、神が書いたものではないから、「聖典」 と呼ぶなと言われている。にも拘わらず、

 「大自然讃歌」 の出だしは
 「或る日天使 虚空の水晶宮より出でて 緑の森へ立ち給う。…(中略)…天使、自然界を讃えて歌い給う――」

 「観世音菩薩讃歌」は、
 「天使、ふたたび生長の家に来りて教え給う――」

 で始まっている。
 いずれも、「天使
(てんのつかい)」 が語り給うという書き出しになっているのだ。

 しかし、作者の谷口雅宣現生長の家総裁自身も、

 「『甘露の法雨』・『天使の言葉』 などは生長の家の真理を凝縮した 『聖経』 として取り扱われているが、 私の長編詩は、形式としてはこれら聖経に似てはいるが、それに取って代わるものでは決してない。」

 と明言されているのである。

 聖経と讃歌とは本質的に立ち位置が異なり、波長の異なるものである。にも拘わらず、「~~讃歌」 なるものは、影にすぎない現象(迷妄)の側から、聖経に似せてつくった 「似せ経」 であり、「人為」 的に作った 「偽」 経だということである。([人為]を一字にすると[偽]になる。私は、雅宣総裁の作となっている 「日々の祈り」 や、「~~讃歌」 などには、ゴーストライター <草稿を書いた別人> がいるのではないかとも憶測している)

 それなのにいつの間にか、その 「~~讃歌」 なる偽経が、全く波長の異なる聖経と同列に並べられて、運動方針に 「三正行(神想観、
聖経と讃歌の読誦・聖典等の拝読、愛行)と日時計主義を実践し……」 と書かれている。これはまるで詐欺のようなものではないか、と思う。

 私は肉体が死んでも、「~~讃歌」 という偽経は断じて誦げてほしくない。偽経を誦げたり、「ナントカ六章経」 といういかがわしい聖経まがいのものを霊代
(みたましろ)に抱き合わせたりするようなら、宇治別格本山に永代供養はお断りだ。そう遺言しておく。


 私が生長の家人類光明化運動に生涯を、いのちをかけようと青年時代に決意し、それを今日まで貫いて来たのは、これが人間業
(わざ)ではなく神業――神が始められた神の運動である、と言われており、それを信じてきたからであった。それが、三代目谷口雅宣総裁の時代になったら、神の運動でなく人間の運動になった、ということであれば、何も 「いのちがけ」 になることはないわけです。神の運動であればこそ、これにいのちをかけて、生涯をかけて生きようと思い、今日まで来たわけです。

 谷口雅宣総裁の作詩になる 「観世音菩薩讃歌」 には

   ~~~~~~~~~~~~~~

    
秩  序

 天使
(てんのつかい)続けて説き給う――
 法則により秩序生まれるが故に、
 秩序はまた神の御徳の一
(ひとつ)なり。
 汝ら当
(まさ)に知るべし、
 不可視の法則顕現して
 不動の秩序生れん。


   ~~~~~~~~~~~~~~

 とありますが、総裁と教団は、自らこの 「秩序」 を破っておられるのではないか。

 人間知恵でつくられたものを、「天使説き給う」 というような表現で書くことはウソであり、秩序を破っておられるのではないか。そのように思われるのです。

 だから、私は生長の家教団の組織会員でありながら、ここ1年以上、教化部行事には参加しておりません。(地元の誌友会には出ております)

 それでも、教団組織から退会して他へ行かないのは、なぜか。

 それは、「生長の家教規」 に、

≪第2条 この宗教の設立の目的は次の通りである。

 (1)谷口雅春創始の、生長の家の教義に基き、その主著 『生命の實相』 を鍵として、万教共通の宗教真理を開示し、これを宣布することによって、人類光明化につくすこと。≫


 とあり、これが文部科学省に登録され、約束された生長の家の目的である。その根本は、いささかも変わっていない。現象世界の教団の状況が変わっても、教規が変わっていない限り、理念としてこの運動は、神が始められた神の国運動であるという根本は変わっていない。――と信ずるからです。


 現象的には分裂して沈没しかかったように見える 「生長の家」 という船、そしてその乗員すべてを、救うことができるのは、何者であるか?

 ⇒ #442

 ――人間には、不可能なことである。

 分裂して沈没しかかった船、そしてその乗員すべてを、救うことができるのは、人間ではない。それが出来るのは、ただ神のみである。

 諦めましょう。ギブアップ、GIVE UP しましょう。無駄な抵抗はやめて、神に、無条件降伏しましょう。 そして、笑いましょう! 喜びましょう!


 神の国においては、「みすまる宣言」 の通り、「天地一切のものはすでに和解し調和している」。

 #446#447 にも書きましたように、

 昨年、あれほど激しく罵り合い脅し合っていたトランプと金正恩だって握手したんだ。

 生長の家教団理事長と生長の家社会事業団理事長が一つになって協力し合おうと握手する日が来る。――それは、いま想像することは困難であろうとも、その日はいつか必ず来ることを、私は信じ夢見ています。いや、実相世界ではすでに今、握手して協力しあっているのです。

 「みこころの天に成るがごとく、地にも成らせ給え」。


  (2018.8.25)
455 「悟り」とは何か。


○生長の家の生き方、あるいは生長の家の哲学の中で、一番重大な問題になっているのは、「今」 ということであります。この 「今」 というものがわかったら、それが本当の生長の家の悟りであるわけです。(御講義 「久遠の今」 より)


○     世界が崩壊する

 ある時、漸源仲興大師に対して、ある僧がこうたずねたのである。
 「古仏心とは何でありますか」

 すると師は、こう答えられた。
 「世界が崩壊するということだ」
 ……

 これは大変な答えだ。ここにいう 「世界」 とは何か。本当をいうと、十方世界が皆仏の世界である。これが実相だ。仏ならざる世界は、いまだどこにもないのである。従って凡ゆる世界が古仏心の世界である。

 ところが、吾々はいつしか自分本位の 「世界」 をひっつかまえて、これが世界だと思っている。しかしこのような世界は現象であって、本物の仏世界でも何でもない。現象世界は実相とちがう。ところが、ちがうと思っていても、未だ 「実相」 と称して、「現象」 をヒン握っているものが多い。そんな時、この漸源大師の言葉が、実にピッタリと適合する。尽十方世界、この実相は、本当は崩壊なんかしやしない。崩壊するのは、みな自己本位のニセモノの世界である。こんなものはガラガラと崩壊する、それが古仏心だ。

 古仏心あらわれれば、一切世界が崩壊する。その崩壊は、凡ゆるニセモノの、我の立場の崩壊である。が、本物の我はいささかも崩れはしない。ニセモノの我がくだけさるのだ。

 ……我が身が完全にくだけちって、ナシになる。我身はむしろ無きなりだ。あるのは何か? 古仏心だけである。だから、今あると見える自分に執着して、それにしがみついてはならない。そんなものは、すべてニセモノだから、放下するがよい。逃がすまいと思って、追いすがり、ひんにぎるような、そんなみっともない執着をするな。そんなことをして、古仏心を蔽いくらましてはならない。むしろわが身を古仏心そのままの現成となすがよい。古仏心が、今、生きて、わが身となり、全世界となっているのである。
 (谷口清超 『正法眼蔵を読む<上>』 古仏心の巻より)


○     不悟者なし

 臨済院慧照大師はこう言われた。
 「大唐国裏、さがし廻ったけれども、一人の悟らざる者を見つけることもできなかった」

 つまり、皆、さとっている者ばかりだというのだ。この慧照大師のお言葉こそ、正しく伝承され来たったところの仏道の極意である。

 大唐国裏というのは、単に 「大唐国という国の中で」 という意味ではなく、「自己のうちなる実相では」 ということである。だから大唐国とか世界とか、ある地域とかに限定された内容ではない。どこであろうと、「今・ここ」 の実相に於ては、一人の不悟者もないということだ。

 従って昨日の自己も、悟った自己であり、今日のあの人も悟れる他己である。山に住む者も、漁夫たちも、今でも昔でも、不悟者(迷えるもの)なんかどこにもいないということだ。学人が、かくの如く臨済の言葉を会得するならば、自己もまた大悟者なりとわかり、年月を空しくすごすごとはないであろう。

 而して、臨済にこう反問してみることだ。悟らざる者をさがしても得られないということばかりを知って、「悟れる者得難し」 ということを知らなければ、まだ十分ではないでしょう。そうしなければ 「不悟者得難し」 を参究したとはいいがたい。何となれば、本来迷うこともないから 「悟る」 ということもないからだ。
 (谷口清超 『正法眼蔵を読む<上>』 大悟の巻より)


○     今時、而今

 京兆の米胡和尚が、ある僧を使って仰山にこう質問させた。
 「今時の人は、悟りを必要とするでしょうか、どうでしょうか」 と。

 これに対して仰山は考えた。「悟りは即ち無きにあらずも、第二頭に落ちるをいかんせん」 (第二頭とは第二義的なものという意味である)

 ここに言う 「今時」 とは、人々の今ということである。この今は時間的な今のようだが、而今であり、「今」 であり、時空をこえたところの 「今」 である。

 人々はこの 「今」 を生きているのだ。そこでその人の眼睛(実相)を 「今時」 というのである。単に時間的な今ごろといったようなあやふやな意味ではない。この実相人間なればこそ、もはや悟りなんか必要としないというのである。

 大宋国の禿子(剃髪しない似而非僧侶)どもは言う。
 「道を悟ることこそ本来の目的だ」 と。

 このようなことを言いながら、いたずらに悟りの時期を待ちのぞんでいるのだ。しかし、いつまでたっても仏祖の光明には照らされない。彼らはおそらく古仏が世に出ても、救われなかったであろう。悟るとか悟らぬとかという、言葉の上での論議ではない。而今(「久遠の今」を生きる)の人は、そんな第二義的なことを超越しているぞというお示しである。


     大悟の悟り

 「また悟りを仮るや否や」 (悟りを必要とするでしょうかね)

 という言葉は、悟りがないと言っているのではない。そうかといって、あるというのでもない。悟りが来るというのでもない。

 「悟りを仮るや否や」 悟りという言葉を借りて来ないといけないでしょうか。

 たとえば、悟りを得たといえば、今までは悟りがなかったということになるだろう。悟りが来たといえば、日ごろその悟りはどこにあったのかとききたくなるのだ。悟りが出来上ったといえば、悟りにははじめがあるし、終りもあるのかということになる。これでは 「悟り」 が、わけのわからぬ饅頭のようなものに堕してしまう。これではいけないのである。

 悟りとはそもそも何かということを問題にして、それは本来の実在であり、それを 「悟り」 という言葉で仮にいいあらわしたのだ。だから、悟りを本当は必要としないのが 「而今の我」 なのである。

 ところがこの問いに対して、悟りはないことはない。アルのだが、悟りとか何とかいうと、第二義的になってしまうなあというのである。本物がどこかへおっこちて “仮り物” になっている。しかし、この第二義の悟り(第二頭)もやはり悟りだよというのである。

 ここにいう第二頭は、悟りになったといったり、悟りを得たといったり、悟りが来たといったような現象的な言い方でいうところの悟りだ。悟りが成るというも、悟りが来るというのも、みなさとりだよという。しかしこれは、第二頭の悟りだ。このような悟りにおちることを悲しみながら、第二頭を否定して、第一義の本具の悟りを示しておられるのである。

 しかしながら、第二頭の悟りが 「成就した」 というのも、本来の 「悟り」 があるからこそそうなるのであって、ナイものが出てくるのではない。そこで第二頭の悟りにも、まことの悟りがチャンとあるのだともいえる。

 この論法からすれば、たとい第二頭であろうが、第三頭であろうが……第百千頭の悟りであろうが、立派な悟りだ。これをバカにしてはいけない。第二頭というから、この上に第一頭があるのだろう、それを見落したのだなどと、本物を現象レベルで考えてはいけない。たとえば、昨日の我は我だが、今日の我はそれとは別人かというと、そんなことはないのである。昨日の我も今日の我も同じ人であるが、別々の現象だ。そのようなもので、第一頭は永続しているのである。「而今の悟り」 がこれだ。

 それは昨日なかったものではなく、今はじめて現れた悟りでもない。これこそ本来のもの時空をこえたところの実在だと会得しなければならぬ。それ故、彼も大悟せるものであり、これも大悟せるものであり、大悟がみちあふれているのが実相である。
 (谷口清超 『正法眼蔵を読む<上>』 大悟の巻より)


  (2018.8.13)
454 今ここ龍宮である。人は死なない。


○神の国の何時
(いつ)きたるべきかをパリサイ人に問はれし時、イエス答へて言ひ給ふ 『神の国は見ゆべき状(さま)にて来らず。また 「視よ、此処に在り」 「彼処(かしこ)に在り」と人々言はざるべし。視よ、神の国は汝らの内に在るなり。』 (新約聖書 「ルカ伝」 17-21)

○キリストは 『神の国は汝らの内にあり』 と云い給えり。誠に誠にわれ汝らに告げん。『汝らの内』 とは汝ら 『人間の自性
(じしょう)』 なり、『真の人間』 なり。『汝らの内』 即ち 『自性』 は神人なるが故に 『汝らの内』 にのみ神の国はあるなり。(聖経 『甘露の法雨』)

○ “光のある内に光を信ぜよ、われは光として世に来れり”
          
(イエス・キリスト……『生命の實相』 より孫引き)

 “光のある内に” の内とは、同じくイエス・キリストの言った “神の国は汝らの内にあり” の内である。これは時間・空間を超えた万物発生の枢機を握る “久遠の今”(Eternal Now)である。“久遠の今” とは生長の家であり、創造の本源世界であり、高天原である。“久遠の今” に還ったときが、人々が生長の家人となり、尊師の弟子となるときである。キリストも釈迦もこの “久遠の今” から生れ出でて来たのである。生長の家は久遠の昔からある。この “今” に還ったとき、人々もまた、久遠の昔から尊師の弟子であったことを知るのである。(榎本恵吾 『光のある内に』 より)


          *

――「久遠の今」 に龍宮があり、神の国があり、生長の家があるのである。「久遠の今」 即、龍宮=神の国=生長の家である。ここでいう 「生長の家」 とは、地上(現象世界)の生長の家教団のことではない。実相(理念)の生長の家である。

 今ここに龍宮がある。今ここが龍宮である。龍宮において、人は老いず、死なない。

 私は、老いず、死なない者である。


  (2018.8.11)
453 私はカメに導かれて龍宮に入った(2)


   
よろこびの歌をうたおう(2)
         ――前項のつづき――

           〈昭和53年4月2目、生長の家本部道場の
           日曜大誌友会における講話。話者:岡正章〉


…… いのちの底に龍宮があるんだということを、谷口雅春先生は教えて下さっているのです。そのことを歌われているのが、聖歌 「生長の家の歌」 です。みなさん、ごいっしょに歌ってみましょう。


  
生長の家の歌

   一 基教(キリスト教)讃歌

  あまつくに いまここにあり
  我ちちの みもとにゆけば
  なんぢらの うちにきたると
  十字架に かかりしイエスは のたまひぬ
  あはれ世のひと 十字架は
  にくたいなしの しるしなり
  この肉体を クロスして
  我れ神の子と さとりなば
  久遠
(くおん)にいのちかがやかん
  久遠にいのちかがやかん

   二 仏教讃歌

  衆生
(しゅじょう)(こう)つきてこの世の
  焼くときも 天人みつる
  我が浄土 安穏なりと
  釈迦牟尼
(しゃかむに)の 宣(の)りたまひしは 現象の
  この世かはるも 実相の
  浄土はつねに 今ここに
  久遠
(くおん)ほろびず 燦々(さんさん)
  まんだらげ降り 童子舞ふ
  光輝く世界なり
  光輝く世界なり

   三 古事記讃歌

  天津日子
(あまつひこ) 火遠理(ほおり)の命(みこと)
  現象の わなにかかりて
  海幸
(うみさち)を 我(が)の力にて 釣りたまふ
  されどつりばり 失ひて
  まがれる鉤
(はり)に まよふとき
  しほづちの神 あらはれて
  めなしかつまの み船にて
  龍宮城に 導きぬ
  龍宮城はいま此処ぞ
  龍宮城はいま此処ぞ

   四 万教帰一讃歌

  しほづちの うみのそここそ
  創造の 本源世界
  汝らの 内にありとて
  キリストが のりたまひたる 神の国
  この世焼くるも 亡
(ほろ)びずと
  法華経の説く 実相の
  浄土何
(いず)れも ひとつなり
  十字まんじと 異なれど
  汝
(な)のうちにある天国ぞ
  汝のうちにある天国ぞ



 イエス・キリストが十字架にかかったというのは、“肉体なんて本来ないんだよ。あるのは、無限のいのちなんだよ” ということだ。仏教でもキリスト教でも日本古来の神道でも、みんなひとつなんです。そのすばらしい創造の本源世界、それが龍宮海である。「本来一つ」 の世界である。そこからすべてのものは出て来たのである。

 テキスト 『如意自在の生活365章』 の29ページ “入龍宮不可思議の境涯” というところにこう書かれています。


 ≪あなたは “神の子” で、その実相は霊的実在であるがゆえに、いまだかつて何人(なんぴと)もあなたの実相を見たことはないのである。またわたしの実相も神の子であり、霊であるから誰人(たれひと)もわたしの実相を見たことはないのである。

 “神の子” ということは神の延長であり、神の具体的顕現であるということである。神はいまだかつて生まれたることもなく死することもない生死を超越せる霊体であるから、その延長であり、具体化であるところの人間の本質実相もまた、いまだかつて 「生まれず、死せざる」 不生
(ふしょう)不滅の、生滅(しょうめつ)せざるところの “本来生(しょう)” の存在なのである。

 この “本来生” の存在の実相の中に自分の心が潜入し、没入し、超入することを “入龍宮” すなわち 「龍宮海に入る」 と称するのである。≫



 さて、龍宮城に行ったら乙姫
(おとひめ)さまが舞いおどっていて、ただ、歌っておどっているばっかりで年をとらないというでしょう。私たちも聖歌をうたっていると、年をとらないですよ。それは、時間・空間を超えた本源世界に入ってしまうからです。つまり、龍宮城に行くんですね。

 イエスは “神の国は汝らの内にあり” と教えられた。龍宮海は海の底にあると言いますけれども、これも “汝らの内にあり” で、地球上の海の底にあるんじやなくて、いのちの底の創造
(うみ)の根底(そこ)にあるんだと、教えていただいているわけです。いのちの本源世界が、龍宮なんです。

 さて、聖歌 「生長の家の歌」 の三番の 「古事記讃歌」 には、「天津日子火遠理の命
(あまつひこほおりのみこと) 現象のわなにかかりて 海幸(うみさち)を 我(が)の力にて釣りたまふ……」 とあります。これは、古事記にある海幸・山幸の物語で、火遠理命(ほおりのみこと)(山幸彦)がお兄様の火照命(ほでりのみこと)(海幸彦)から無理に鉤(つりばり)を借りて海の幸を得ようと釣りにおいでになったけれども、魚は一尾(ぴき)も釣れず、おまけに鉤(はり)を魚にとられてお帰りになった。それで火遠理命(ほおりのみこと)は兄命(あにみこと)に鉤を返せと責められて、御自分の剣をくだいて五百本の鉤を作ってそれで償いをしようとせられたけれども兄命は受けとられない。千本作ってもだめで、なお 「もとの鉤を返せ」 と言われる。それで、海辺で泣いておられたら、塩椎神(しほつちのかみ)が現れられて、目無し堅間(めなしかつま)の小舟に乗せて綿津見(わだつみ)(海)の神の宮すなわち龍宮城に行くように教えられる。そしてそこで美しい豊玉姫(とよたまひめ)と結婚され、また失くした鉤は、一尾の鯛がのどに引っかけていたのを見つけて取り出されるという愉快な物語ですが、このことを歌われた 「古事記讃歌」 の解説が、テキスト 『如意自在の生活365章』 の32ページ以下に書かれています。


 
≪火遠理命(ほおりのみこと)とは日子穂々出見命(ひこほほでみのみこと)の別名であります。「現象のわなにかかりて」 というところに注意していただきたい。現象界の事物はすべて五官の眼で見ると物質でできているように見えるのである。それで、その物質世界を、それは “心の映像” の世界である」 ことを忘れて確乎たる堅固不滅の世界のように思わしめられる。これが 「現象のわなにかかりて」 である。

 そして、その現象という映像の世界のものを得ようと思えば、その映像を映し出している “心の世界” においてまずそれを得なければならないのに “心の世界” を貧しいままにしておいて、現象の富や幸福を得ようとする。これは正しい道ではない。いわば 「曲がれる鉤
(はり)」 である。≫


 このように書かれております。

 古事記の物語は単なる物語ではなくて、今の私たちの生活にあてはまることなんですねえ。私たちはともすれば、この世界は物質で出来ている、人間も物質で出来ている肉体にすぎないと、こう思っている。そうすると劣等感に引っかかったり、嫉妬心に引っかかったりなんかして、そこから、自分の “我” の欲望を満足させるために “曲がれる鉤
(はり)” で、策略を弄して、人を引っかけて奪うようなことを考えたりする。そういうのは 「日本の道ではない」。そして、「そういう心を起こすならば、『奪うものは奪われる』 という “心の法則” によって、かえって人から奪われることになるのである。この真理を 『曲がれる鉤にて釣った時、逆に鉤を魚に奪われた』 という神話によって示されているのである」 と、こう書かれているんです。

 人間は本来龍宮にいて、無限供給の世界にいるのに、現象に引っかかると、そういう貧しい夢を見るわけなんですねえ。

 そこで、無限供給の本源世界である龍宮城に還るには、“目無し堅間の小舟
(めなしかつまのおぶね)” に乗ればよいというわけです。

 さて、「目無し堅間の小舟」 というのはですね。引きつづいてこのテキストにありますが、「目無し」 というのは時間の目盛りがないということ、すなわち 「無時間」 の象徴であると書かれています。時間の流れというのは、いのちが自己表現するためにつくり出している “認識の形式” であって、いのちが時間に支配されるものではないんです。永遠の時間が自分のいのちの中にある。自分が時間の主人公なんです。

 それから、“堅間” というのは、ギッシリとつまっていて 「無空間」 の象徴である。即ち、すべての 「曲り」 も 「引っかかり」 も 「喪失」 もないいのちを表わしているのである。そういう 「喪失」 や 「引っかかり」 というのは、時間・空間の流れの世界において起ることであって、時間いまだ発せず、空間いまだ展開せずの本源世界には、何かひっかかったり失われたりするようなことはないんです。だから龍宮城に行けば、失った鉤が出て来たのは当然なんです。空間というのは生命の表現の世界であって、映画のスクリーンに映画を映し出すように、生命が仮りにつくり出したスクリーンのようなものであって、それは本来外にはない、いのちの中にあるんです。

 テキストには引きつづいてこう書かれていますねえ。


 
≪“時間” いまだ発せず、“空間” いまだ展開せざる “無時・無空” の極微の一点――極微すらも未だあらわれざる一点においては、一切の 『引っかかり』 も、『曲がり』 も、『喪失』 もない――この一点を 『無字の一点』 というのである。『無の門関』 といってもよい。意識が現象の世界を脱してこの一点に乗ることを 『無目堅間の小舟』 に乗るというのである。

 すなわちわたしたちが神想観を修して、『吾れ今五官の世界を去って実相の世界に入る』 と念ずるときのその 『五官の世界を去る』 状態が 『無字の一点』 に坐することである。この 『無字の一点』は、単なる有無相対
(うむそうたい)の 『無』 というような浅い意味ではないのである。それは 『相対無』 ではなく、『絶対無』 である。『無』 の門関に停(とど)まってはならないのである。≫


 と書かれていますが、「有無
(うむ)相対」 というのは、有るものは有って、別にまた何も無い世界がある、というような相対的な 「有」 と 「無」 と対立するような世界ではない、対立を絶した本源世界である、ということですね。「『実相とは空なり、空とは実体がなく、変化無常の義なり』 などと、ある仏教学者は説くのであるけれども、それは 『無』 の門関に佇立(ちょりつ)していて一歩も龍宮海に航せず、龍宮海に入った霊的体験をもたない人の寝言である」 と先生は書いておられます。つづいて、


 
≪『無の門関』 につないである 『無目堅間の小船』 の纜(ともづな)を解いて、龍宮界を航し、龍宮城に入るとき、そこに無限次元の無限荘厳・無限厳飾(ごんじき)の世界があらわれ、無限の乙姫きたりて、われに仕えるということになるのである。そのとき、『法華経』の “如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)” の自我偈(じがげ)にある如く、わたしたちは現象的な生老病死の世界を超え、貧富の世界を超え、憂怖(うふ)もろもろの苦悩充満せりと見える世界を超え、天人常に充満し、宝樹華果(ほうじゅけか)多くして衆生遊楽(しゅじょうゆらく)の世界を “実相覚” にて観ることが出来るのである。そこは無限常楽の世界であって “天人五衰の世界” を超える。≫


 と書かれています。『法華経』 の “如来寿量品” の自我偈というのは、


  
衆生劫尽きて、大火に焼かるると見る時も
  我が此土
(このど)は安穏にして天人常に充満せり
  園林
(おんりん)(もろもろ)の堂閣、種々の宝もて荘厳(しょうごん)せり
  宝樹華果多くして、衆生の遊楽する所なり
  諸天、天鼓を撃ちて、常に衆
(もろもろ)の伎楽(ぎがく)を作(な)
  曼陀羅華
(まんだらげ)を雨(あめふ)らして、仏及び大衆に散(さん)
  我が浄土は毀
(やぶ)れざるに、而も衆は焼け尽きて
  憂怖
(うふ)(もろもろ)の苦悩、是(かく)の如き悉く充満せりと見る。


 というすばらしい句ですね。常楽そのものが人間である。常に衆
(もろもろ)の伎楽を作(な)し、曼陀羅華を雨ふらしている。それが本当の人間であるというわけです。天人五衰というのは、天人でもやがて、みにくく衰えて死ぬ、ということですが、そんな世界を超えてしまう。本当の喜びの世界はここにあるんだということなんです。そのことが、聖歌 「生長の家の歌」 の二番の 「仏教讃歌」 にうたわれているわけです。

 こんなすばらしい聖歌をうたうことのできる私たちは、何と幸せなんでしょうか。これ以上のありがたいことはないと思います。


    “乱にいて治を忘れず”


 「衆生劫尽きて大火に焼かるると見る時も、我が此土は安穏にして天人常に充満せり」 というのは、人々が大火事に焼かれるように苦しんでいても、我れひとり悟りすましていればいいという意味ではないと思います。いや、自分も衆生といっしょに大火の中にいて、常楽の世界を知らなかったら、苦しんでいる衆生を救うこともできないけれども、常楽の世界を知ってはじめて苦しんでいる大衆を救うことができるのではないですか。

 こんな話があります。

 昭和45年のことですが、イスラエルの旅客機がハイジャックにあいました。148人の乗客を乗せて、オランダのアムステルダムを離陸してまもなくのこと、機内で撃ち合いが始まった。もしも、弾丸が燃料パイプや圧力系統に当ったら、飛行機は爆発するか墜落する。乗客は悲鳴をあげ、逃げようとして混乱するばかり。機内は興奮の空気に満ちました。パニック状態というのでしょうね――生きるか死ぬかの境目です。
 その時、スチュワーデスが、乗客のみなさんによびかけました。

 ――何と言ったでしょうか。「みなさん、落ちついて下さい」 なんて言ったって、おそらく何のききめもなかったでしょう。そのときにスチュワーデスは、

 「みなさん、歌をうたいましょう」

 と言ったんです。

 そうして、“シャローム・アレシェム” というユダヤの歌、これは “あなたに平和を” という意味だそうで、おそらく讃美歌のような歌だと思うんですが、その歌をうたい始めたんですね。

 そうしたら、どうなったでしょうか。

 理屈を言って説得しようとしてもだめなときでも、神を信ずる人の歌というのは、パッと人の魂に訴えて、感情を落ちつかせてしまうんですね。

 その歌声とともに乗客は落ちつきを少しずつ取り戻していって、結局、犯人はつかまり、機は無事に着陸した、ということです。

 これは田中舘貢橘
(たなかだて こうきつ)先生が、『新教育通信』 という月刊の小冊子に書いていらした話ですが、平和な魂から響いてくる音楽は、論理で説得する以上に直接的に、私たちの心に、魂にひびいて、いっぺんに心を動かしてしまう、というわけですね。「治にいて乱を忘れず」 ではなく、「乱にいて治を忘れず」、これが生長の家です。


    音楽が病気を治す


 また、音楽には病気を治す力もあるということで、ここに持ってきました 『ドイツ短信』 という新聞には、ベルリンで 「音楽治療会議」 が行われたという話が載っています。

 「音楽が人体に大きな影響をおよぼすことはすでに古代ギリシャ時代からわかっていたが、科学として研究が進められだしたのは最近のことで、いくつかの発見がセンセーショナルな反響をよんだ」 という前書きで、いくつかの例が挙げられているんですが、病気の治療に効果のある音楽としては、たとえば胃腸病にはモーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークがいいとか、またベートーヴェンの田園交響曲の第二楽章がいいという説もあり、手足のマヒした患者のトレーニングにはスローワルツやゆっくりした聖歌がいい、婦人病の治療にはバッハの音楽がいい、神経性精神病患者には合唱がいい、といった発見があるというんです。そのほか陣痛時に音楽を使ったり、歯医者が音楽を流して治療をやわらげたりしているというのですが、それは当然のことだと思います。実相から鳴りひびいた音楽は、本当の平安を与え、心の平安はすべてに調和をもたらし病気も治すということではないでしょうか。

 アディントン原著・谷口雅春先生訳の 『奇蹟の時は今』 には、カサリン・クールマン夫人の行なった奇蹟について、こう書かれています。――


 
≪会場の外に行列して入場の順番を待っている群衆の中には、信仰の電波のようなものが雰囲気となって漂っていた。……見る見るうちに劇場の中は満員になってしまった。……しずかにクールマン夫人が舞台に進み出た。彼女の第一印象は非常に謙遜な人であった。彼女は集っている群衆が自分の歌に合唱するように導いて、『神われに触れ給え』 の歌を唱いはじめた。……場内が聖歌の声で充満したとき……神癒が始ったのだった。

 癒された人々はその奇蹟に驚異と畏怖とに満たされていた、誰も真に神癒が起ったことを信じないわけには行かなかった。……その晩に起った神癒は百余のケースにのぼった。クールマン夫人は神癒をアナウンスし、かつその癒された人々に話しかけるのにくたびれて息切れしてフーフー言っていた。……人々はあらゆる種類の病いが癒されるのをその眼で見たのであった。第二時間の終りになるとクールマン夫人は突然、閉会を宣言した。『おお、私は説教をすることを忘れてしまっていました。皆さんに大変よい説教を用意していましたのに!!』 と彼女はいった。……≫



 ――真に神を信じて聖歌をうたえば、私たちもクールマン夫人以上の奇蹟をあらわし得るのではないでしょうか。


    “曩祖太鼓”の迫力の根源は


 もう一つ、ここに用意して持ってきましたのは、“曩祖太鼓
(のうそだいこ)”の録音テープです。これは、天皇陛下御在位五十年の奉祝に演奏されたり、相愛会男子全国大会で演奏されたりしましたのでお聴きになった方がたくさんいらっしやるのではないかと思います。私は実は生(ナマ)で聴いたことがなくて、録音で聴いただけなんですが、太鼓の演奏だけでこんなに感動を与えるものかとびっくりしたものです。録音でも感動するものなので、生だったらもっとずっとすばらしいと思うのですけれども、ちょっとお聴きください。
 ――(曩祖太鼓の録音テープ再生)――

 これは、「天孫降臨」 という題がついているので、「天孫降臨」 を太鼓で表わしたものだということです。「曩祖太鼓」 の解説のパンフレットによりますと、この太鼓を打つ青年たちは心を浄めて、生活を正して、想像を絶するような気迫で打っているんだそうですが、その気迫が魂にひびいてきますね。「聴きに来た若人達が、演奏する若者達の気力溢れる姿を見て、静かに自らをかえりみるひとときを持ち、精神の活力を得て、“この太鼓は世直し太鼓だ” “あの太鼓はわれわれに何かを訴えている” “頭を殴られたような気がした” などと評した」 ということがやはり、パンフレットに書かれています。

 そして、こういう太鼓の曲を作曲する青柳主宰はですね、「作曲の時は一晩中神殿に坐り、遠く神々の助言を得て作らないと、とても自分一人の力では作曲なんて出来ないんだ」 といっておられるそうです。それからまた、谷口雅春先生の 『古事記と現代の預言』 というご本を読んで霊感を得て、作曲されたんだということも聞きました。

 皆さまご存じのように、『古事記』 の最初には、

 「天地
(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天原(たかあまはら)に成りませる神の名(みな)は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

 とありますね。その 「天地の初発の時」 とは、皆さん、いつのことでしょう。今から何億年、何兆年前のことかとふつう考えるでしょう。「天地のはじめの時」 とは、「宇宙創造のはじめの時」 ということでしょうが、それは 「今」 なんですよ、ということです。「今」 が天地のはじめの時なんですよ。昔々のことではないんです。われわれはそこに立つことが出来るんです。われわれのいのちそのものは時間・空間を包み超えた存在、時間・空間をもつくり出した存在である。だから、“「今」 がはじめだ” ということが言えるんです。そして、その 「今」 といういのちの本源世界に立ったとき、すべてのものは、本来ひとつなんだ。すべては、時間も空間も超えたところのいのちの 「ひとつ」 の世界から現われて来たんです。たとえば指が五本あったってもとはひとつであると同じです。そのもとのいのちの世界に入れぱ、天地のはじめの時は 「今」 なんだということがわかって、そこから天之御中主之神を中心に無限に広がるところの宇宙大交響楽が鳴りひびいている、その中心に自分が立っていることになるんです。

 “高天原” というのは、どこか遠い所の空間の一定の場所をいうのではなくて、「今此処」 であり、時間・空間を超えた実相の世界だと、谷口先生はお教え下さっています。そして “成りませる” というのは、ふつう、そこへ “お成りになった、おいでになった” というふうに解釈しますけれども、本当は “鳴りませる” で、“鳴りひびいている” という意味なんだ。実相世界に鳴りひびいている音楽の中心が天之御中主神であって、鳴っているんです。響いているんです。そう谷口先生は 『古事記と現代の預言』 でお教え下さっているんですが、「曩祖
(のうそ)太鼓」 主宰の青柳さんは、これを読んで、“天之御中主神は鳴っているんだから、鳴らそう” と思われたんじゃないでしょうか。『日本誕生』 という作曲の中に、「造化の三神」 というのもあるんですね。

 キリスト教の聖書にも、“太初
(はじめ)にコトバあり、コトバは神なりき。よろずのものこれによりて成り……” とありますが、これも “よろずのものこれによりて鳴り” です。すベてのものは鳴っているんだ。“これによらで、鳴りたるはなし”――神様のコトバによって鳴りひびいていないものはない。そういうものは存在しないんだというわけです。

 『古事記』 の中の、イザナギの命
(みこと)、イザナミの命の国生みの話だって、谷口先生の解釈は、とてつもなくおもしろいですね。イザナギの命がイザナミの命に、“汝(な)が身は如何に成れる” ときかれる。これも、“汝が身は如何に鳴れる” です。あなたの鳴り響かせているコトバ(思い)はどういうコトバ(思い)ですか、とお問いかけになったのですね。

 “わが身は成り成りて成り合わざるところ一処
(ひとところ)あり” というのは、先生の霊感的解釈によれば、女体の生殖器のことをいっているのではない。常に “合わんなあ” と消極的な思い、不平不満な思いをもつことで、それが先立つと、“女(おみな)(こと)先だちてふさわず” で “蛭子(ひるご)が生れた” とあるように、ものごとは、よき創造は出来ない、ということになる。

 イザナギの命というのは、陽の神様で、“成り余れる” というのは、どこまでも積極的に鳴り響いている。それが先きに立ったときは、すばらしい健全な子供すなわち、よき創造が出来るんだというわけなんです。

 だから、欠点をあげつらうようなことが先に立ったら、いいものは出来ないということなんですねえ。欠点に引っかかるというのは、現象のわなに引っかかるということで、本来の完全円満な世界、「天地の初発の時」 の本源世界を忘れて唯物論におちいっているということです。

 そうすると唯物論の象徴であるイザナミの命はやがて黄泉国
(よみのくに)、死の国に行かれて、体中にウジがたかって穢(けが)れておられたということが、『古事記』 に書かれています。それを見られたイザナギの命はいのちからがら生命の国に逃げ帰られて、「あなしこめしこめき穢(きたな)き国に到りてありけり」 といって、筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちはな)の小戸(おと)で喫祓(みそぎはらい)をされる。その時に住吉大神がお生れになるわけです。

 ねえ、私たちが今、聖歌をうたうことは、このイザナギの命の喫祓にもあたることだと思います。そうすると、聖歌をうたうのは住吉大神のお力であって、聖歌をうたえば天照大御神が出て来られるということになります。




    聖 歌 の 力


 本部のある女子職員は、聖歌が好きでよく唱っていたけれども、あるとき家庭のことと仕事のことなどで板ばさみになって、悩みに悩んだことがあり、そのときにフト、聖歌を唱い出したら、はじめは悲しみの涙だったのが、途中でフワッと変ってすべてを超越したような気持になって、喜びの涙にかわってしまったと言っていました。そして気がついたら、環境がすっかり喜びの環境に変っていたというんです。聖歌には、そういう力があるんですね。

 聖歌を唱うということは、大真理のコトバに、メロディーがついて、リズムがついて生命の躍動そのものである。極楽浄土のひびきを唱うわけですから、まったくすばらしいことなんですねえ。そして、太鼓ですらあれだけの感動を与えることができるとすれば、人間の声のコーラスというのは、もっと直接的に魂のひびきがストレートに伝わるものですから、太鼓などよりもっと人を動かす力のあるものだと思います。

 先日は、本部の慰霊祭で、私たち聖歌隊が 『久遠いのちの歌』 を唱いましたが、私はもう唱う前から感動して、感動で声が出なくなってしまうんではないかと思ったくらいでした。われわれの存在は肉体がほろんでも滅びない、永遠の存在だということをうたい上げたすばらしい歌で、最後は 「尽十方
(じんじつぽう)に満つるものこそ応(まさ)に 『我(われ)』 なり」 という歌詞(ことば)を高らかにうたい上げるんですけれども、私は 「尽十方……」 と唱ったときに、本当に自分が宇宙そのものになったような気持になってしまった。ふっと我にかえったら、唱い終ってそこに立っている自分があった。あとで祭員の古川君という本部員が、

 「岡さん、あの “久遠いのちの歌” はすばらしかった。最後は本当に感動して涙が出ましたよ!!」

 と言ってくれたんですが、唱っている私自身がその前に、聖歌の歌詞になり切って感動していたんです。


    ハーモニーのよろこび


 その聖歌が今、これまでのように一つのメロディーを唱うだけじゃなくて、三部合唱とか四部合唱で唱うための合唱譜がつくられているんです。

 実は、こうして聖歌を盛んにうたおうという動きが出てきました一つのきっかけは、昨年副総裁谷口清超先生・恵美子先生ご夫妻がブラジルに御巡錫
(じゅんしゃく)されましたが、そのとき向うは非常にコーラスが盛んで、ゆくところゆくところ、きれいなコーラス、よろこびの大合唱で迎えられた。それにたいへん感動してお帰りになりまして、ぜひ日本でもコーラスを盛んにするように、聖歌隊も充実させなさいというご指示をいただいたことでした。

 そうして聖歌を盛んにするために、このたび大型の立派な楽譜が出版されることになりまして、これはピアノの伴奏譜も完備し、歌は二部、三部、四部といった合唱用に編曲されまして、合唱譜ができつつあるわけです。

 それで私たち嬉しくなりまして、先日は東京の青年会の一泊見真会をやっていましたときに、編曲ができたばかりの 「青年会の歌」 をすぐ二部合唱で歌いました。そうしたら、みんなとても喜んでくれたんですが、それは真理のひびきが神の子のいのちに共鳴するんです。そして聴く人の実相の輝きが出て来るんです。しかしなんといってもまず第一によろこべるのは、唱う本人です。

 私達みんな一人一人個性がちがう、その個性を発揮しながら調和してハーモニーをつくるとき、そこにすぱらしい美しいひびきがあらわれる、それがコーラスです。コーラスをするとき、お互いのひびきを聴き合うので、愛があらわれるんです。音楽は、コーラスは愛であると思います。このコーラスの輪がどんどん広がって行って、やがて武道館に何万人集った時も、単純なメロディーだけではなく、ハーモニーのついたコーラスをする。あるいは、生長の家の誌友会ではどこでもきれいなハーモニーのコーラスが出来るというようになってごらんなさい。みんなそれに惹
(ひ)き込まれてどんどん人が集まって、救われて行きますよ。すばらしいことになるとお思いになりませんか。


    住吉大神御顕斎と聖歌


 こうして聖歌を盛んにうたおうという動きが出て来たことは、本当に住吉大神
(すみよしのおおかみ)のおはたらきであると思います。

 住吉大神というのは、住み吉
(よ)き世界すなわち龍宮世界に導きたまう神であり、火遠理命(ほおりのみこと)を龍宮城に導き給うた塩椎神(しほつちのかみ)の別名でありますね。また、イザナギの命が黄泉国(よみのくに)から生命の国に帰られて禊祓(みそぎはらい)をされたときにお生れになった、浄めの神で、そのあとに天照大御神(あまてらすおおみかみ)がお生れになるんですねえ。つまり唯物論を粉砕して光一元の世界をあらわしてくださる宇宙浄めの神であると、お教えいただいております。

 今年は住吉大神を御顕斎
(けんさい)申し上げる年ですから、その住吉大神の御働きがいよいよ顕著にあらわれて、宇宙浄めの聖歌を盛んに歌おうということになってきたのではないかと思うんです。

 それに、お祭りにはお神楽
(かぐら)など、音楽が付きものですから、この御顕斎の年に音楽が出て来たともいえるんではないでしょうかねえ。

  村の鎮守の神さまの
  きょうは楽しいお祭り日
  ドンドンヒャララ ドンヒャララ
  ドンドンヒャララ ドンヒャララ……

 というなつかしい歌もありますねえ。その祭りの歌をうたおうと……ね。

 それから、ここに賀川豊彦さんの 「神の祭」 という文章があります。賀川豊彦さんというのは有名なクリスチャンで社会救済運動に挺身された方で、もうだいぶ前に亡くなられましたが、私は生前に賀川先生の講演を二、三回聴いたことがあります。霊感的な、火を噴
(ふ)くようなお話でした。その賀川豊彦さんの 「神の祭」 という、熱烈な詩的な文章です。ちょっと西洋的なにおいの強い表現の文章ですけれども、読んでみます。


 
≪聖パウロは言った。“その身を活ける供物(そなえもの)として神に献げよ” と。

 五尺の鯉
(こい)を神に祀(まつ)ることは最も愉快なことである。
  
(この 「五尺の鯉」 というのは、人間のことを言っているんです―話者)

 吾々の生活の凡
(すべ)てが神への供物であり、祭であるのだ。

 祭だ、祭だ! 花火が上り、楽隊が聞えるではないか。我々の生涯のあらゆる瞬間が神への祭だ。表に五色の旗が翻
(ひるがえ)らなくとも、魂の奥には、永遠の燻香(くんこう)が立ち昇る。神への燔祭(はんさい)は、我々の赤き血そのものである。

 若き小羊を捕えて神に献げよ。全き小牛と全き小羊を神に献げよ。日本の若者の魂を捕えて神に献げよ。神への奉加は、吾々の生命そのものであらねばならない。吾々の玉串は、生霊そのものであらねばならぬ。完全に我々の全生命を神に祀ろうではないか。我々の肉体、我々の生活、我々の精神、我々の学問、我々の芸術、そして我々の道徳を神への献げ物として八足
(はつそく)台に献げようではないか。

 永久
(とこしえ)の祭だ、永久の歓楽だ! 不滅の花火、無限の祝典、生命の神饌(しんせん)は永劫(えいごう)に尽くべくもない。両国の花火はなくとも、我々の心臓のうちには、不滅の血が花火以上に赤く爆発する。≫


 これが賀川豊彦さんの 「神の祭」 という文章です。私たちも、顕斎の年を迎えて、毎日毎日の生活を、すべてを神への祭りにしようじゃありませんか。素裸になって、すベてを神さまに献げてしまうんです。そのとき、神さまからすべてが与えられているんです。こんなうれしいことはないじゃありませんか。


    生命芸術の創造を


 賀川豊彦さんはまた、「生命芸術としての宗教」 という題でこう書かれています。

 「私は敢ていう。宗教ほど大きい芸術はない。普通にいわれている芸術は、感覚を通じての局部芸術だ。宗教だけが全生の芸術をもち、生命の芸術をもつ。」

 「宗教は生命芸術である」 と言われるんですねえ。このことばは、生長の家によってはじめて現実の意味が出てくるんではないかと思います。

 神想観をして龍宮海すなわち創造の本源世界に入ると、私達の中に時間も空間も全部ある。天地の初発の時、即ち今、自分は神さまと一つになって、宇宙創造をしているんだ。その中心がわれわれ一人一人なんです。この宇宙は神さまが指揮者であるところの一大交響楽だというわけですけれども、また、われわれ一人一人が神そのものですから、われわれ一人一人が指揮者であり、演奏者であり、宇宙創造の中心者であるわけです。どういう音楽をかなでるかということは、われわれ一人一人の心ひとつにあるわけなんです。

 「人間神の子」 の大真理をうたい上げて行きましょう。もっともっと素晴らしい歌をわれわれが創り出して行きましょう。そして、自分が創造の本源の中心にある自覚で、交響楽の演奏にも似たような、メロディーとリズムとハーモニーのある喜びの創造的運動をやって行こうではありませんか。


  (2018.8.1)
452 私はカメに導かれて龍宮に入った


 今、此処に龍宮がある。龍宮は外にあらず遠くにあらず、今此処に、わが内にあった。

 私が今生でそのことを初めて自覚したのは、高校2年から3年になる間の春休みのこと。ある日突然、その自覚、悟りに魂が打ち震えたのであった。

 それは――私には、「カメ」 という名の、熱心なクリスチャンだった祖母がいた。私が4歳の時に亡くなっているが、その祖母の霊界からの導きがあったのではないかと思っている。イエス・キリストは 「神の国は汝らの内にあり」 と言っているのである。

 それについて、昭和50年代の初めに榎本恵吾氏(「榎本恵吾記念館」サイト参照)と魂の出会いをし、共鳴して大いに燃え上がった時――昭和53年(1978)4月2日に、当時原宿の生長の家本部道場の 「日曜大誌友会」 で 「よろこびの歌をうたおう」 という題の講話をした。その録音を起こして加筆した記録を、『光のある内に』 という本のトップに収録して日本教文社から出版していただいた。この本は現在絶版になっているが、今読み返しても、できすぎるくらい良くできていると思われるので、2回にわけてここに再録させていただきます。


          ○


   
よろこびの歌をうたおう(1)

       (榎本恵吾 元本部講師〈故人〉との共著
       『光のある内に』〈昭和54年8月刊〉所載)

           〈昭和53年4月2目、生長の家本部道場の
           日曜大誌友会における講話。話者:岡正章〉


 皆さま、ありがとうございます。

 きょうのお話の題は 「よろこびの歌をうたおう」 というのでございます。

 どういうわけか私、“音楽きちがい”というくらい音楽が好きで、特に最近、「歌を唱おう」 「コーラスをしよう」 ということをあまり熱心にいうものですから、この道場の行事を担当する宗務部の大野部長さんから、「岡さん、そういうことを道場の講話で話しませんか」 と言っていただき、これは神様のお言葉だと思いまして、喜んでお引受けしたわけでございます。

 それから、「あしたの朝までに、講話の題とテキストを考えておいてほしい」 といわれまして、「はい」 とお受けしてその晩寝ましたら、明け方に、いろんな題がたくさん浮んでまいりました。

まず、「目無堅間
(めなしかつま)の小舟(おぶね)にて龍宮に入る」 というのです。このことについては、あとでお話しさせていただきます。それから、こんなことばが出てまいりました。

  「そよ風が歌っている!!」

  「すべてのものが歌っている」

  「あなたの歌はどんな歌か」

  「大自然が歌っている」

  「声なき歌を聴け!!」

  「生命の讃歌をうたおう」

 つぎつぎにこんなことばが自分の魂の底から出て来たんです。でも結局、「よろこびの歌をうたおう」 という、わかりやすい題にしていただいたんですけれどもね。

    すべてのものは歌っている!!

 さて、皆さん、音楽というのは音楽家とか特別な人がやるものと思っている方があるかも知れませんが、私は、そんなものではないと思っています。私も音楽の専門家ではありませんが、音楽が好きなんです。皆さん、心を澄ましていのちの耳で聴いたらすべてのものは歌っているんですよ。すべてのものは踊っているんですよ。草も木も、小川のせせらぎも、小鳥のさえずりも、みんな大宇宙の音楽でありますよ。谷口雅春先生がお悟りになった時の、「天使の声」 という詩にも、このように書かれています。

≪ある日、私は心の窓を開いて、
 大生命のみ空から光線のように降りそそぐ生命の讃歌に耳を傾けた。
 ああ! 声のない奏楽、声を超えた合唱
 けれどもわたしはその声を聞いていた。
 宇宙の囁
(ささや)き、神の奏楽、天使のコーラス。
 わたしの魂は虚空
(こくう)に透きとおって真理そのものと一つになった。
 なんという美しい旋律だろう。
 「これが真理そのものか!」 とわたしは恍然
(こうぜん)として嘆声を漏らした時、
 「お前は実在そのものだ!」
 わたしはこう言って天使たちがわたしを讃える声を聞いた。≫


 それから 「朝讃歌
(ちょうさんか)」 という先生の詩があります。その中には、「空気が躍っている……」 という言葉が出て来ますけれども、これは、科学者もそう言っていますよ。空気中のチリなんて目に見えないでしょう。けれども目に見えない空気中のチリだって、水中のチリだって全部おどりまわっているということがわかった。これをブラウン運動というんです。ブラウンという植物学者が、はじめ、水滴の中の花粉を顕微鏡でしらべていたら、動物のように動いているのでびっくりしたんです。ところが動いているのは花粉だけではなくて、チリでも何でも生き物のように踊りまわっていることがわかったんです。すべては歌っておどっている。

 また、アメリカのジョーンズ・ホプキンス大学のアンドリューズ教授は、こう言っています。

 「吾々は今や新しき発見をなしつつある、それは一言にして謂
(い)えば、われわれの住むこの宇宙の基礎的本質は“物質”ではないのであって、それは音楽である」――これは、谷口雅春先生が、『生長の家』 誌の昭和50年5月号の法語の中に引用して書かれているんです。また、谷口雅春先生は 「この宇宙はいわば神の演奏し給う一大交響楽である」 と 『若人のための78章』 というご本にも書かれています。

 それから、『真理の吟唱』 の中の 「天国の荘厳を実現する祈り」 というのには――

 
≪見よ、われらの環境の美しきかな。すべての存在は生命が脈動して光を放ち、輝いて見え、どこにも死物の如き物質は存在しないのである。まことにこの世界の一切のものは、釈尊が菩提樹下(ぼだいじゅげ)において覚(さと)りたまいし時の如く、山川草木国土(さんせんそうもくこくど)ことごとく、神の実現、仏の現成(げんじょう)たる世界なのである。山も歌い、川も歌い、草も木も、国土も、すベて“神の生命の讃歌”をうたう。山は川を讃えて聳(そび)え、川は山を褒めて潺湲(せんかん)として流れる。樹草ことごとく美しき華をひらき、豊かなる五彩の果実たわわに結ぶ。天人天鼓(てんく)を撃ち、美しき伎楽を為し、天女山腹に舞い遊びて、五彩の花吹雪降る。今、心眼われにひらきて、この美しき実相を見る。≫

 すばらしいですねえ。また、『天使の言葉』 には、こう書かれていますよ。“汝の肉体は汝の念弦の弾奏する曲譜である”――そうすると、私たちの肉体そのものが、歌なんですね。肉体は生命が奏でるところの歌であるわけです。ですから、皆さまがたお一人お一人だって、声は出さなくても、みんな歌っていらっしやるんですね。

 そこで、“あなたの歌はどんな歌か”というわけです。


    あなたの歌はどんな歌か?


 人間は本来神の子であって、神の世嗣
(よつぎ)として、神の全財産をゆずられている。神の全財産とは全宇宙です。全宇宙のすべての宝が自分の中にあるんですから、これ以上、何も外に求めることはない。みんな自分の内にある。ですから人間は、ただ喜ぶことしかないんです。ただ与えることしかないんです。だから、私たちは本来、喜びの歌をうたうしかないんですね。そして、喜びの歌をうたえば、どんどん喜ぶべき世界が展開してくるんです。

 ところがその神の子の本来の姿を忘れて、私達の本来の喜びの歌を忘れて、悲しい夢を見て悲しみの歌を歌ってみたり、“ああ、とんでもない重荷をしょっちやって”とか“あの人が憎い”とか“とても私にはできません”なんていう歌を歌ってる人がある。そうすると、心に歌う通りの悲しい世界があらわれてきたりするんですね。

 きょうのテキスト 『如意
(によい)自在の生活365章』 の74ページに、こう書かれています。

≪  心に明るい調べを歌いなさい

 われわれ自身の 「心の波長」 (むしろ心の波調というべきか) が、その波長の合う出来事を引き寄せるのである。われわれの心の波調が “悲しみの調子” を奏でるならば “悲しい出来事” が集ってくるであろうし、われわれの心の波調が “喜びの調子” を奏でるならば “喜びの出来事” が集って来るであろうし、われわれの心の波調が “恐怖の調子” を奏でるならば “恐怖すべき出来事” が起ってくるであろう。

 宇宙には、いろいろの種類の出来事のイメージが、“心の波” に乗って漂っているのであるから、自分の “心の波調” しだいで、宇宙に漂っている色いろの出来事のイメージの内、自分に波調の合うイメージが “放送電波” に乗って引き寄せられるような具合になって、その姿を自分の身辺にあらわすことになるのである。

 何も人を恨むことはない。 一寸
(ちょっと)たち停って自分の “心の波” がどんな調子を奏でているか省みるがよい。そして、それが暗い曲調のものであれば、明るい曲調の “心の波” に変えるがよい。“悲しみの歌” を歌うな。心に “喜びの歌” をうたいなさい。≫

 とこう書かれています。心に “喜びの歌” をうたうと、喜びの世界があらわれてくるというわけなんです。

 婦人局の田中イサノ先生が、この間こんなことを話しておられました。昔、あるお友達と二人、よく別れの歌、悲しい歌をしみじみと唱っていたら、多勢のお友達の中でその二人だけが、早く御主人と死に別れてしまった。ところがその後生長の家のみ教えを知って、本当の喜びの世界を知って、パッと明るい歌を唱うようになられた。生長の家には、『讃春歌
(さんしゅんか)』 という明るい歌がありますね。

  
外に花咲く 春が来た、
  内にも花咲く 春が来た、
  外にも内にも 春が来た、
  心の中
(うち)に 眠ってた
  神が目覚めて 春うたう
  心ほのぼの 春が来た。
  心ほがらか 春が来た。


 という、とても明るい歌です。こんな歌を、お掃除しながらでもどんどん歌うようになられたそうです。そうしたら、運命が明るい方に明るい方に、どんどん展開して行って、現在はこの光明思想を人々にお伝えする聖業の本部で重職にあって大活躍をなさっているというわけなんです。

 とにかく、人間は神の子としてすべてを与えられて、神のいのちによって生かされているわけですから、ただ喜ぶことしかない。ただ喜んで、心にいのちの“喜びの歌”をうたい、喜びをひとに与えて行けば、その人はますますすばらしい人生を自ずからつくり出すわけです。

    日本人は本来生長の家!!

 日本人は古くからこのことを知っておったんですね。日本人は本来、みんな生長の家だった。というのは、お祈りをするにも、生長の家では、神さまに何とかして下さいと泣きついてお願いするような祈りをするんじやなくて、“すでに与えられております。有難うございます”という感謝の祈りをしますね。日本人はみんなそれをやっていたんです。これは 『理想世界』 に木間さんという方が書いていらっしやる。

 年のはじめには、昔は小正月
(こしょうがつ)といって、一月の満月の日には豊年満作の前祝いをやったというんです。まだ、その年のお米がとれるかどうかがわからないうちにですね、豊作のすがたを心に描いて、まず神様に感謝をした。そして、田植えだとか稲刈りだとかの真似事をして、みんな喜んで神楽をやったり、歌ったり、おどったりして、前祝いをした。そのように、まず “喜びの歌” をうたうというのが、日本人の本来の姿だったんです。

 そうして、歌には、ことばには、実現する力がある。特に日本では、“敷島の大和の国は、言霊
(ことたま)の幸(さきは)う国ぞ” とうたわれて、言葉の力というものが信じられていました。古くは歌といえば和歌ですけれども、歌を詠むと、その言霊の力によってその通りが現われてくるということが信じられ、また実際にそうだったんですね。

 で、古代日本ではどういう歌がいい歌とされたかといいますと、技巧のととのったきれいな歌がいいのではなくて、歌を詠
(よ)んだことによってその通りが実現したというような歌が、言霊(ことだま)の力のあるいい歌としてお手本にされているんです。そのことは、上智大学教授の渡部昇一さんが、『日本語のこころ』 という本に書かれているんですが、例えば、

  難波津
(なにわづ)に咲くや木(こ)の花 冬こもり
     今や春べと 咲くや木の花

 という歌があります。これは 『百人一首』 の試合の前に読み上げるならわしになっている有名な歌ですが、意味は、「難波津に梅の花が咲いています。今こそ春が来たと、梅の花が咲いています」 と、ただそれだけのことなんです。

 その難波津というのは、仁徳
(にんとく)天皇がご即位の前に、皇子としていらしたところであって、弟の皇子とご兄弟がお互いに “あなたが皇太子の位におつきなさい” と三年間もお互いにゆずり合われて、即位されなかった。そのときに王仁(わに)という帰化人が、不安に思って、まごころをこめて詠んだ歌なんですね。そしたら間もなく、仁徳天皇がみ位につかれた。王仁がこの歌にこめた祈りが実現したというわけです。

 そこでその王仁は、朝鮮からの帰化人だけれども、歌の父、和歌の父として讃えられることになったのですね。そんな例がいろいろと書かれています。われわれ日本人の祖先は、言霊の力を信じ、尊んだということで、すばらしいことではないでしょうか。


    私 の 体 験


 ここでちょっと私自身の体験をお話ししましょう。私は小さい時から身体が弱くて、学校を休んでばかりいました。私は、肉体が自分であると思っていましたから、体の弱い自分は駄目だ、ダメだと思い、いわゆる思春期を迎えて高校2年の頃に、何にも希望がもてないというような状態だったんです。運動会ではかけっこはいつもビリだし、内気で対人関係が苦手で、対人恐怖症みたいでした。

 その頃、盲腸(虫垂炎)をやって入院したんですが、医者が“ちょっと手遅れだから切らない”と言った言葉を耳にして、自分はもう死ぬんだと思いました。自分は身体が弱いし、肉体なる自分は罪深い、けがらわしい人間で、“罪の価は死なり”、もう死ぬばかりなんだと思っていたんです。実際は、医者が “手遅れだ” と言った意味は、“もう死ぬばかりだ” という意味ではなくて、“腹の中で化膿している。切ればすぐ治るという時期を失した。体が弱ってるようだから、今は切らないで、ペニシリンを打って氷で冷やして、まず膿を散らそう”ということだったらしいのです。ともかく、死ぬと思っていたのが死ななくて、だんだん快復してきました。

 おや、ふしぎだな、と思いながら退院しまして、家で静養していたある日のことです。突然、私のいのちに革命が起ったのでございます。“自分は肉体ではなかった。汲めば汲むほど泉のように無限に湧き出るいのちだ!!” ということを魂の底から感じて、生れ変ったのでございます。それは、表現できないほどの感動で――お釈迦様が説法なさったときに 「大地が六種
(りくしゅ)に震動した」 ということがお経に書いてあるそうですけれども、まさにそんな、私にとって驚天動地の革命的変化が、突然に起ったのでした。世界が、一変してしまったんです。

 今まで、“自分はもうこの世には何の希望もない、死ぬばかりだ” と思っていたのが、光り輝く世界に一変したのです。ちょうど、高校2年から3年になる間の春休みでしたから、若葉の萌え出ずる季節です。本当に、空気が躍っている、すべての草や木が歌っている、というような感じを受けましてね。じっとしていられないような感動に打ちふるえたんです。

 なぜ、そんなことが起きたのか――。

 それは、今になって思えば、私の内なる住吉大神様が、私を目ざめさせて下さったということなのでしょうか。

 実はその頃、父が生長の家の教えに触れていて、仏前で聖経 『甘露の法雨』 を誦
(あ)げたり、私の枕許にやはり 『甘露の法雨』 を置いといてくれたりしていました。しかし私は、その意味がわからなくて、表面の心ではそれに反撥したり、そんな父をバカにしたりしていたんです。“信仰” なんていうのは、少し頭のヨワイ人間のやることだ、位に思っていたのです。表面の心ではそう思っていたにもかかわらず、ですね、いのちの奥底に、その真理がひびいていたのでしょうか。ある日突然に、いのちの底から、魂の底から私をゆさぶり、私に革命を起させてしまったものがあった――眼に見えない、耳にも聴こえないところの何かが、私の魂をゆさぶったんですねえ。父が仏前で聖経を誦げたりしていたその霊的波動に感応して、先祖の霊の導きなどもあったのでしょうか、ともかく目に見えないものの力で私は目覚めさせられたんです。

 その頃、私は、山口県の山口市にいまして、山口高校の3年生になる直前でした。それまでは、さっきもいいましたように、自分はだめだ、死ぬばかりだと思って、全然将来の夢や希望をもつようなことはできなかったんです。そのときに私は突然、“無限のいのち”というものを体感した。自分は肉体じゃないんだ、出せば出すほど、いくらでも泉のようにわき出てくる「いのち」なんだ!! ということですね。谷口雅春先生の 『光明の国』 という詩には、こう書かれています。

  
生命の子供たちよ、
  自分自身を有限だと思うな。
  自分の力はこれ切りでお仕舞いだと思うな。
  自分の力を出し惜しみするな。
  節約という言葉は実に生命にとってはふさわしくない。
  答えよ
  生命の子供たち、
  貴方達は生命か物かどちらだ。

   (此時、生命の子供たちは起き上り一斉に手拍子とりつつ
    長老の周囲を歌いつつ舞う)

  わたし達は生命の子だ。
  太陽の子だ。
  光の子だ。
  雲が低く地を這
(は)うときも、
  雷霆
(らいてい)が暗黒(まっくろ)な地上を威嚇するときも、
  なおその上には、
  雷
(いかづち)の上には
  青空があろうように、
  わたし達はいつも曇りを知らぬ青空の子だ。
  歎きも、
  悲しみも、
  憂欝も、
  ただひと時の
  うわつらの雲のうごきだ。
  たとい
  雲があればとて
  地に陰
(かげ)が落ちようとも、
  雲の上には
  なお光が輝いていればこそ落ちる影だ。
  わたし達は物ではない、
  生命の子だ、
  光の子だ、
  いつまでも消えることを知らぬ太陽の子だ。

   (舞い終りて生命の子供達一同座につけば、
    生命の長老はいと満足げに言葉をつぐ)

  さて生命の子供達よ、
  生命の生長の秘訣は、
  生命を出し惜しみすることではなく使う事だ。
  生命を 『物』 だと思うな。
  使って耗
(へ)るのは 『物』 の世界のことだ。
  汝ら、生命を与え切れ、
  出し切れ、
  ささげ切れ。
  一粒の麦でさえ地に落ちてその全生命を捧げ切るとき
  幾百粒の麦の実となって生長するものだということを知る者は幸いだ。
  生命の世界では
  与えるということは
  生長するということだ。
  大きく与えれば与えるほど
  汝らの生長も大となるのだ。
  無限に与えたものは
  無限に生長する――
  その人は神だ仏だ。


 私はそのときまだ、谷口雅春先生のこの詩を知りませんでしたけれども、魂でこういうことを感じたんです。それまでは、自分は弱い肉体だと思っていましたから、なるべく安静にして、働かない方がいいんだと思っていました。

 それは昭和26年、まだ戦後の、食糧事情がよくなかったときです。うちは父がもと職業軍人で、終戦とともに失業し、多勢の子供をかかえ(兄弟7人です)苦労していました。それで、空地を耕して、ジャガイモを作ったり、カボチャを作ったりして食糧の足しにしていたんです。けれども、私は、力を出せば出すだけエネルギーを消耗して、自分の身体が弱るんだと思っていましたから、たいへんな利己主義者で、なるべく働かないようにしていたわけです。

 ところが、ある日、私の世界が一変しました。それまでは、消極的で暗くて利己主義者で、畑仕事やってくれといわれても何だかだと文句をいってやらなかったのが、もう動きたくてしようがない。いのちというものは動きたくてしようがないのが本性なんですね。自分のもっている能力をつかわないことの方が苦しいんです、本当はね。多くの人々に役立つくらいうれしいことはない。そういうことがわかったんです。それまではいわれてもやらなかった仕事を、言われなくても進んでやるようになった。今まで、いのちを使わない方がいいと思っていたのが違っていたということを自分で発見したわけです。やればやるだけ力も出てくるし、それだけ身体も丈夫になる。人間のいのち、生命力というものは無限なんだ!! ということがわかったんです。

 そうしましたら、それまで何の希望も描けなかった、大学進学などということも考えたことのなかった自分でしたが、あらゆることに無限の可能性があるという、希望が湧いてきたんです。

 その頃、昭和26年ですが、山ロ高校に赴任して来られた山中先生というのが、早稲田大学の文学部を出た方で、歌人で、新鮮な、哲学者のような魅力のある先生だったんですが、その先生が「君達、東京へ行け、東京へ行け」といわれた。山口というところは、県庁の所在地として、日本一静かな、あまり活気のないところです。

 「若いうちは、一流のものに触れることが大事だよ。東京に行ってみろ」 といわれるので、

 「それじゃ、自分は東京に行こう。家は経済的にとてもきついから、金のかからない、官立の学校に行こう、それだったら東大にいこう。最高のところに行こう。自分にはこれから、無限の前途がひらけている」

 そう思ったら、歌が出て来たんですよ。歌のように、希望のことばが湧いて来たんです。

 “東大だ!! 東大だ!! 
  そうだ、希望だ、東大だ!!”

 という風にですね。それがリズムに乗って出てくるんです。それで毎日、朝晩、その文句を書いていました。そうして一年間、希望にもえて一所けんめい勉強しました。そうしたら、それまでは山口高校から東大にストレートで入ったものは誰もいなかったんですが、私はそのいのちの歌の通りになって、見事ストレートで東大にはいっちゃったんです。

 よく、“灰色の受験生活” などという言葉があるようですが、私にとってはそんな言葉は全く無縁で、その受験勉強の一年間は、これ以上輝いたバラ色の日々はなかったというほど嬉しい輝かしい日々でした。

 まあ、そうして東大にはいりましたけれども、はいったあとがよくなくて私にとっては、はいる前はバラ色で、はいってからあとが灰色になってしまったんです。はいる前は “東大だ、東大だ” と希望にもえていましたけれども、入ってからうまく行かなくて、「こんなつまらない所か」 と思って、自分に合わなくて、退学願を出したりしたんですがね。

 何も東大に入るのが最高の道ではない。最高の真理は、“人間は神の子だ” ということです。だから、この生長の家の教えを知るということは、東大へ行くなどということよりはるかに素晴らしい、だれでもはいれる実相の大学の大真理を学ぶことなのです。(拍手)

 私は、東大にはいったけれども、東大駒場での勉強に自分のいのちを燃焼させることができなくて、苦しみ悩みました。大学での講義などには幻滅を感じて、あまり出ないで、本当に 「今」 を生かす真理というのはどこにあるのかと、宗教的なものを求めたりするようになりました。ですから大学の方は何回も落第したり休学したりしました。

 そうしたときに、私に希望を与えてくれたものは、私の魂に安らぎを与えてくれたものは、『生命の實相』 の御本であり、またもう一つは、音楽でありました。音楽と言っても、私の場合はクラシック音楽なんですけれども、私がさまよい歩いているとき、ふとどこかの家から聞えてきたピアノの美しいひびきに、何ともいえない安らぎや感動を覚えたりしました。また、レコードでベートーヴェンの音楽などを聴いても、じっとしていられないほどの感動を味わいました。そして、このベートーヴェンの音楽のような、力強い人生を自分も歩むのだ、と思いました。私は、谷口雅春先生の力強い御文章の力と、ベートーヴェンの音楽に、相通ずるものを感じていたんです。


    ベートーヴェンの“歓喜の合唱”


 よろこびの歌といえば、皆様、ベートーヴェンの第九交響曲の “歓喜の合唱” というのをご存じでしょう。それは、“人間はみんな神の子、いのちの兄弟だ!!” というので、喜びの火が燃えあがるような大合唱なんです。私は、ここに生長の家があると思うんです。ちょっとその大合唱のテープを聴いて下さい。これは実は私も合唱団の一員として歌っているテープなんです。
(合唱の録音テープ再生) 

 これは、ドイツのシラーという詩人がつくった詩に、ベートーヴェンが曲をつけたんですけどね、ただ、歌が出てくる一番最初のところの詞は、シラーの詩にはなくて、ベートーヴェンがつけ加えたものなんです。それは、

 "O,
(オー) Freunde(フロインデ), nicht(ニヒト) diese Töne(ディーゼ テーネ)!  Sondern(ゾンデルン)……"

 つまり、「おお友よ、こんなものではない、もっともっとすばらしい、無限のよろこびに満ちた歓喜の歌をうたおうではないか」 ということばなんですね。つまり、自他一体の本源の世界に入れば、表現し尽せないほどの無限のよろこびが湧いてくるんだということです。

 そして、そのあとに歌われているシラーの詩はやはり、ドイツ語ですけれども、手塚富雄さんという方の訳によれば、こういうことです。

「喜びよ、君は美しい火花、天の娘。火のように酔ってわれわれは君の神殿にふみ昇る。神の力によって君はふたたび結ぶ、時の波濤の分けへだてたものを。人はみな兄弟だ、きみのやさしい翼のおおうところ。さあ、抱(いだ)き合おう。人々よ、この接吻
(くちづけ)を全世界に。兄弟よ、あの星空の上にわれらの父はいます」

 要するに、人間はみんな神の子でいのちの兄弟だ、抱き合って喜ぼうと、火のように燃えあがる合唱です。

 これをオーケストラの伴奏で大合唱をやると、歌ったあと感激してみんな泣いてしまう……。

 私はこのベートーヴェンの第九に感動して、自分もこれを唱いたいものだと、学生時代から強烈に思っていました。谷ロ先生の前でこれを唱う夢を描いていたんです。そしたら数年前に機会が訪れてある合唱団に入って、谷口先生の前ではなかったけれども、第九を歌うことが出来たんですね。その録音が、さっきのテープです。強烈に魂の底から願うことというのは、やがて必ず実現するんだということを、この体験からも知った思いです。


    潜在意識が運命を支配する


 心理学者は、人間の心は上っ面の心のほかに、奥底に潜んでいる心、潜在意識というのがあって、過去に思ったことが全部心の奥底にたくわえられている、その潜在意識が運命を支配していることを発見して来ました。過去に蓄積した失敗の観念によって失敗をくり返すとか、過去にいやな思いをして、それが表面に出て来るのを無理に押えていると、ノイローゼになったりする。精神分析学とか深層心理学というのが発達して、だんだんとそういうことがわかって来たんです。

 人間の心というのは、たとえて言えば海の上に浮かぶ氷山のようなもので、氷山はその大部分が海面の下にあるわけですね。それと同じように、人間の心の大部分は表面に現われないで潜んでいる潜在意識なんです。潜在意識というのは無意識ともいうんですが、夜お酒を飲んで酔っぱらってしまってどうやって電車に乗ったか覚えていないが、気がついてみたら自分の家にちゃんと帰って寝ていた、なんていうことがある。それは潜在意識がちゃんと足を運ばせたんだというわけですね。そうして、人間の運命を支配するのは潜在意識の方なんです。それは氷山のたとえでいえば、海面上を吹いている風と、海流の方向が逆である場合に、氷山はどちらに流れますか? それは海面上の風の方向ではなくて、海面下の海流の方向に流れるでしょう。そのように、いくら表面の心で何かを願っても、奥底の心で 「それはとてもできないだろう」 と思っているようだったら、とてもそれは実現しないわけです。

    いのちの底に龍宮がある!!

 そうして、氷山なら海面下の部分にも限りがありますけれども、人間の心は限りがなく深いんです。そして、表面の意識は各人みんなバラバラみたいだけれども、潜在意識の奥底ではみんな一つのいのちにつながっているんです。だから、何も言わなくったって心と心は通じるんですね。そして、相手は鏡のようなものです。こちらが “あの人はいやな人だなあ” と思っているのに向うの人がこちらを “あの人は感じのいい人だな” と思っているようなことは先ず、絶対にあり得ないですね。こちらが思っていることは、何も言わなくても相手に感応する。パッと底の底で通じちゃうんですね。いくらうわべでおべんちゃらを言っていたって解るんです。

 そして、人間の心は人間とだけつながっているんじゃなくて、宇宙のすべてと――神さまとつながっている。宇宙の意識とつながっている。そして宇宙は、これは神さまの演奏し給うところの音楽であるというわけなんです。そこに鳴り響いているいのちは、みんな一つにつながっておって、神さまが無限のいのちを表現しようとせられている。その神さまの表現口が人間であるわけですね。みんな神さまにつながっている。そして、龍宮城は海の底にあるというんですが、創造
(うみ)の根底世界、すなわち潜在意識の底の底にあるということができるわけです。

 人間というのは形だけを見ていると、みんなやがて肉体は滅びて死んでゆく。天理教祖のお筆先によると、人間の寿命は百十五歳が限度だそうですけど、そのように肉体はみんなやがて死んでいく、はかない存在ですよ。いくら医学が進歩したって無限に生きるということは出来ないわけですから、地球の全歴史から見ても、人間の一生なんてほんの一瞬にしかすぎない。ところが人間のいのちそのものは時間を超えているんです。時間を超えている存在がいのちなんです。

 また、宇宙空間は無限に広い。その中で肉体が人間だと考えたら、宇宙の広さから比べてチリにもあたらない。自分一人ぐらい、いてもいなくてもどうってことない存在かも知れません。だけれども、人間の心は、自分の中に宇宙全部をおさめてしまうことができる。「星を見つめてたたずむ吾れは、見つめられる星よりも偉大なのである」という言葉が 『日々読誦三十章経』 の中にありますが、それが本当の人間なんです。人間は、自分のいのちの展開として、宇宙をつくり出しているものだとも言えます。だから人間は偉大なんです。

 そのいのちの底に龍宮があるんだということを、谷口雅春先生は教えて下さっているのです。……


  <つづく>


  (2018.7.30)
451 龍宮は外にあらず内にあり。すべてのすべては外にあらずわが内にあり。


 今、此処に龍宮がある。龍宮は外にあらず遠くにあらず、今此処に、わが内にあるのである。イエス・キリストが 「神の国は汝らの内にあり」 と言ったのも同じである。

 万人のふるさとは、龍宮なのである。一切の生物、一切万象は龍宮から発したのである。その龍宮はわが内にあるのである。

 生長の家宇治別格本山に入龍宮幽斎殿があり、長崎の総本山に龍宮住吉本宮が建てられて、出龍宮顕斎殿があるといえども、そこへ行かなければ龍宮に入れず、龍宮からの出発ができないのではない。何処にいても、自己を深く掘り下げればそこに龍宮があるのである。

 『生命の實相』 第38巻 (幸福篇 下) 「七月 真諦成就」(p.3~ ) に、次のように記されている。(抜粋)


          ○


≪      七 月 一 日

 ……すべてのものがわが内にある。本当にある。本当にある。ただそれだけを知ればよいのである。ただそれだけを直視すればよいのである。

 思想として、宗教として、哲学として、生長の家はすべてのすべてである。このほかにもっと何かよいものがあるかと思ってさ迷い出るものは、エデンの楽園にいてエデンの楽園をさ迷い出ずるものである。
……

       七 月 三 日

 われらのすべての経験は、自分の内にある 「神」 を掘り出す作業である。どんなにそれが失敗したように見えようとも、どんなにそれが深刻であり、悲惨なように見えようとも、それが深刻であり、悲惨であればあるほど、われらの神に通ずる坑道は深く穿たれてゆきつつあるのである。

 深く深く掘り下げてゆくうちには、やがて広々とした世界に出る。そこは、もうなんの悲惨もない、常楽のみの世界なのである。

 どんな経験も、苦しい経験も、楽しい経験も、ただ、われわれは神に近づく掘り下げ方だとして喜ばねばならない。

       七 月 四 日

 宗教とは死なぬ道を教えるものである。不滅の道を教えるものである。

 ある場合には、それは 「個」 と 「全体」 との関連において。「個」 は 「全体」 とつながっているものなるがゆえに、「個」 は滅びたように見えても、「全体」 は滅びないから、それにつながる 「個」 も滅びないというような考え方において。

 ある場合には、それは国家理念の立場において。「個人」 は滅しても 「理念」 は滅びないがゆえに、国家理念のために没しきった個人の生命は永遠に滅びないというような考え方において。

 わたしは、日本を 「久遠無窮」 の 「理念」 の体現として愛したいのである。わたしは限りなく日本の国を愛する。

       七 月 八 日

 ローマが滅亡したのは、理念または理想に対する献身的態度や、持久の精神、堅忍不抜の精神の衰頽したのによるのである。

 ものの尊さも、国の尊さも、今ある形の大きさによるのではない。

 理想――理念を失ったものは、すでに内容のない形骸ばかりのものになっているのだから、今はまだ生き生きしていようとも、それはすでに幹から断ち切られた生け花のようなものである。それは時間のたつにしたがって、衰滅枯渇してゆくほかにありようはないのである。

 どんなに小さくとも生ける理念を内部に失わないものは、時機が来れば生長するほかはないのである。それは生命の種子であり、機会ごとに伸びるのだ。

 西欧文化は、偉大のように見えても、もう理念が失われている。日本も久遠無窮の理念が失われたとき弱体化するのである。理念が本当の 「日本」 であって、形はその影にすぎない。日本を大いに復興しようと思うならば、「日本」 の理念を復興しなければならぬ。……≫


          ○

 サッカー ワールドカップ決勝トーナメントに初出場し、西野監督・長谷部代表をリーダーとしてよく善戦した日本選手たち。8強入りは成らなかったが、惜敗して去ったあとのロッカールームは、整然ときれいに片づけられ、ロシア語で 「ありがとう」 の言葉を記した立て札が残されてあった。応援に駆けつけていたサポーターたちは、口惜しい敗退のあとも、いつものように黙々とごみ拾いをし、「来たときよりも美しく」 して帰って行った。その姿が世界中に放映されて感動を呼び、期せずして全世界から 「日本はすばらしい」 と感嘆讃嘆の声が湧き起こっている。これぞ日本精神、日本の理念の体現である。


  ワールドカップサッカー小国日本の健闘世界を驚かしたり

  決勝へのトーナメントに進出し世界を湧かせど惜しくも敗退

  敗るれど日本選手のロッカールームきれいに清掃「ありがたう」のメモ

  「つばを吐きロッカー破壊して行くところ日本選手は本当に最高」

  サッカー日本8強進出は成らねども世界に示せり大和魂

  “半端ない”大迫よりもカッコよし敗けても黙々ゴミ拾ふ日本


  <つづく>


  (2018.7.4)
450 生命の起源は龍宮にあり


 私のふるさと、魂のふるさとは、龍宮(りゅうぐう)である。

 わが魂は、私が高校2年から3年になる間の春休みのある日、突然目ざめたのである。私はそのとき、魂のふるさと 「龍宮」 に入った、と思う。私はそのとき、「生命は死なないものだ」 と直感的に思ったのである。

 その時のことは、榎本恵吾師と私の共著 『光のある内に』 (日本教文社 昭和54年<1979、今から40年前> 初版) の冒頭に、私の講話記録 「よろこびの歌をうたおう」 として載せてある。この本はいま絶版になっているが、このサイトの

 「疾風怒濤の青春記録」 #12 「よろこびの歌をうたおう」

 でご覧いただくことができます。

 その 「龍宮」 とは、浦島太郎が助けた亀に連れられて行ったというおとぎ話の単なる空想の世界でもなければ、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が打ち上げた無人探査機 「はやぶさ2」 が、生命誕生の謎に迫ろうと、4年かかって去る6月27日に到着したという小惑星 「りゅうぐう」 のことでもない。それは時間空間を超越した、時間空間発生以前の永遠の実在世界、「久遠の今」 なる実相の 「生長の家」 のことである。

 それは、『生命の實相』 の第12巻 「万教帰一篇・下」 の第四章 「古典に現われたる宇宙構造の中心理念」、第六章 「入龍宮不可思議境界録」 などに詳しく書かれているが、同第37巻 「幸福篇・上」 p.48~50 「二月十一日」 の項にも次のように記されている――

          ○

≪  二月十一日

 今日は神武天皇が大和に奠都
(てんと)せられた記念すべき慶ばしき日である。みすまるの魂が高千穂の高御座(たかみくら)に天降りして弥数多(いやあまた)の国を大和する八紘一宇(Universal brotherhood)の精神が形にまで顕われて、大和国に都することになったのである。それはおよそ二千六百年前であるという。日本の国は領土という土塊の容積ではないのである。「大和」 の理念そのものが日本国で、それが地上に天降って形を整えたときが日本の建国である。

 <中略>

 そのころ塩土老翁
(しおつつのおじ)なる老翁(おきな)来たりて神武天皇に「東に美地(うましくに)有り」と御奏上申し上げたということが同じく 『日本書紀』 に書かれている。東方より 「大和」 の理念が生まれて来るという象徴物語である。この塩土老翁は 『古事記』 では塩槌神(しおつちのかみ)とて目無堅間(めなしかつま)の小船(おぶね)を作り彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)を乗せまつって金銀饒(さわ)なる龍宮海に導き奉ったと出ている。

 龍宮海とはウミの底である、「創造の根底」にある世界とは現象のよってもってあらわれる根元の世界である。換言すれば実相の浄土である。目無堅間の小船とは、時間の目盛無く空間無く堅くつまりたる小なる一点である。換言すれば、無時間・無空間の世界、時空を超越し、そこより時空生まるる一点(久遠の今此処)に乗るとき衆宝あまねく充つる龍宮海に入ることができるのである。

 「無字透関」 である。「無」 を超えてさらに実相地に透関するときそこに龍宮海すなわち、無限供給の極楽浄土を実現することができるのである。

 この無限供給の極楽世界に入る方法を教えたまう神が塩槌神である。そして龍宮海は極楽にして住み吉きがゆえに住吉世界ともいい、住吉世界の本尊を住吉大神と申し上げるのである。

 龍宮海は、時間空間を超えた世界であるから、浦島太郎はそこにあるとき永遠に年老いず、このことを仏教では無量寿世界に入るとき無量寿仏と同じ悟りに入ると言うのである。老病死の三奸
(さんかん)を征伐せられてから住吉大神は茅渟(ちぬ)の海に面して長湾をなせる山峡(やまかい)に鎮め祀られたのである。今は神戸市東灘区住吉に本住吉神社があり、神功皇后を主神とし、脇神として筒男(つつのお)の三神をお祭りしてある。後に泉州堺に御遷座申し上げたるにより、ここを本住吉神社というと承っている。

 三韓征伐とは、老病死の三奸の克服の象徴物語である。住吉大神が龍宮の大神であり、無量寿仏のあらわれである以上、老病死の三奸を克服せられたことは当然のことでなければならない。≫



          ○

 また、 『如意自在の生活365章』 にも次のように記されている。――


≪   入龍宮不可思議の境涯

  ――略――

    今・ここ・自己に内在する龍宮を観よ

  ――略――

    あなたの世界はあなたの存在の実相の展開である

  ――略――

    ただ、ひたすら龍宮の荘厳を見よ

  ――略――

   “無” の門関に停まってはならない

 龍宮海に入るみ舟を “無目堅間
(めなしかつま)の小舟(おぶね)” と称するのである。“無目” とは “時間の目盛り” がないことである。すなわち 「無時間」 の象徴である。“堅間” とはギッシリ堅く詰まって空間がない――すなわち 「無空間」 の象徴である。すべての 「引っかかり」 も、「曲がり」 も、「喪失」 も、時間・空間の “持続” と “ひろがり” の世界において起こることであって、“時間” いまだ発せず、“空間” いまだ展開せざる “無時・無空” の極微の一点――極微すらも未だあらわれざる一点においては、一切の 「引っかかり」 も、「曲がり」 も、「喪失」 もない――この一点を 「無字の一点」 というのである。「無の門関」 といってもよい。

 意識が現象の世界を脱してこの一点に乗ることを 「無目堅間の小船」 に乗るというのである。すなわちわたしたちが神想観を修して、「吾れ今五官の世界を去って実相の世界に入る」 と念ずるときの、その 「五官の世界を去る」 状態が、「無字の一点」 に坐することである。

 この 「無字の一点」 は単なる有無相対の 「無い」 というような浅い意味ではないのである。それは 「相対無」 ではなく 「絶対無」 である。「無」 の門関に停まってはならないのである。「無」 とか 「空」 とかをつかんではならないのである。「五官の世界を去った」だけで、そこに停まってはならないのである。その 「無目堅間の小船」 は出航して龍宮海に入り “彼岸” すなわち龍宮城すなわち実相世界に到達しなければならないのである。

    「無目堅間の小船」 に乗りて龍宮海に渡る

 「実相とは空なり、空とは実体がなく、変化無常の義なり」 などと、ある仏教学者は説くのであるけれども、それは 「無の門関」 に佇立
(ちょりつ)していて一歩も龍宮海に航せず、龍宮城に入った霊的体験をもたない人の寝言である。

 「無の門関」 につないである 「無目堅間の小船」 の纜
(ともづな)を解いて、龍宮海を航し、龍宮城に入るとき、そこに無限次元の無限荘厳・無限厳飾の世界があらわれ、無限の乙姫きたりて、われに仕えるということになるのである。……≫

          ○

 今、此処に龍宮がある。龍宮は遠くにあらず、今此処にあるのである。

 生長の家は、それを発見したのである。

 だから、宇治別格本山に入龍宮幽斎殿があり、長崎の総本山に龍宮住吉本宮が建てられて、出龍宮顕斎殿があるのである。


  <つづく>


  (2018.7.2)
449 「生命は40億年前に誕生した」というまちがい


 宇宙誕生(ビッグバン)から今まで約150億年の歴史を1年に縮めた 「宇宙のカレンダー」 (#448 参照)では、地球上に生命が誕生するのは9月25日ごろ(約40億年前)とされている。

 だが、ここでは、「生命」 とは何か、ということについての哲学的、根本的洞察が欠けている。

 実は、生命は時間・空間の中に、ある時点においてはじめて誕生した、というものではないのである。

 時間・空間は実在せず、生命が、影なる現象認識の標尺として仮につくり出したものである。時間空間は心が創造したカンバスであり、このカンバスの上に神――生命――人間は、自ら絵を描くのである。

 新選谷口雅春著作集18 『生命の謎 百万人のための哲学』 には、次のように書かれている。

          ○

≪  第二章 万物は皆生きている

   一、神が遍在すると云う意味について

 神は遍在であるといわれている。神が遍在であるのは時間空間というものが実際に拡がっていてその中のどこにでも神がいますという意味ではなく、時間空間は吾々の認識の形式であって、時間空間というような区画さるべきものは本当は 「ない」 が故に、どこにでも神がましますというのである。

 「絶対者」 は時間空間に対立して、人間がどの家にも住んでいるという意味に於いて、人間と住居との関係にあるが様には 「どこにでもある」 のではないのである。時間空間の世界は単に心の造った認識の便宜として象徴であるが故にその奥には何処にも 「絶対者」 がましますということである。

 画家のかいた絵はそれは画家の生命の象徴であるが故に、その絵の奥には画家の生命があり、それが到る処に表現されているという意味に於いて神は遍在するのである。そういう意味に於いて凡ゆるものの奥には神が生き生きと存在しているのである。かくてすべて生命現象は絶対者即ち大生命が表現されているのである。

 そういう意味からすべての存在の奥には生命が宿っており、すべてのものは生きているということができるのである。すべてのものは、動物は無論のこと、鉱物でも、植物でも、ありとあらゆるものは 「絶対者」 の生命の表現として、生きているのである。

 どこかに死んでいるものというものがあるならば、そこには生命なる 「絶対者」 がいないということである。「絶対者」 がそこにいないで、而も或るものがあるということになれば 「絶対者」 以外に何ものかが何処かにあるということになるのであるから、もうそれは 「絶対者」 でなくなるのである。従って宇宙に唯一つの 「絶対者」 を認める限りに於いては、すべてのものには 「生命」 が宿っているのであり、それは所謂る生物と無生物とにかかわらず、皆生きているといわなければならないのである。

 生命の自然発生説や、突然発生説に困難が感じられたのは、無生物と生物とをハッキリ分けてしまったために無生物より生物が発生することが不合理だということになったのであるが、無生物も実は生きており、その生命発現の程度が低いに過ぎないと云うことが判れば問題がなくなるのである。

   二、物質も生きている

 ところが、最近の物理学の進歩につれて物質の原子さえも生きているということが発見されることになったのである。

 物質を構成している電子は光の速度にも匹敵すべきような高速力で、原子核の周囲を回転しているのである。それは永久運動であって、永遠に止まらないで回転していて、その軌道を変化しない限りその回転エネルギーは衰えないのである。それは他から動力を加えることなしに自然的に運動しているのである。他から動力を加えられずして自発的に動いており、而も永遠に自発的に動いているものは、これを生きているというほかはないのである。従って電子は生きており、原子も生きているのである。

 或る原子と或る原子とはある場合には親和力をもって結びつき、ある場合には斥力をもって反撥する。而もそれは決して出鱈目に結合離反するのではなく、相手が何元素であるかということをよく見わけることができて結合するのである。結合を好まない所の元素同志を強制的に結合させる事はできないのである。

 尤も普通の圧力では結合しない元素も、強大な圧力を加えれば結合するのは、普通には夫婦にならない男女が周囲の強大なる圧迫のため結婚するのがあるにも似ている。原子の相手が何者であるかということを知っており、好ましき相手と好ましからざる相手とを区別するのである。それはたしかに相手を甄別
(けんべつ)する知性をもっているということができるのである。……≫

 ――そして、

≪   三、物質も疲労する
     四、物質は「殺」すことも出来る
     五、鉱物の生成発達と下等植物の生成発達の形式との類似
     六、物質には知覚があり、生命がある……≫


 と、興味深い実証例が挙げられている。

 ――これが、<百万人のための哲学> 生命の実相哲学である。

≪……『大自然讃歌』 の15頁……

 “汝ら今こそ知れ、
  地球誕生して46億年、
  生命現象皆無の中から
  単細胞出現し、”

  ……それが40億年前です。≫


  ( 『生長の家』 6月号 p.32、谷口純子 白鳩会総裁の
   白鳩会全国幹部研鑽会における講話より)

 ――それは、生命の実相哲学とは、違うのでは――。


  <つづく>


  (2018.6.30)
448 今日は私の誕生日である


 今日は、私、岡正章満85歳の誕生日です。生まれた日を第1回の誕生日とすると、第86回目の誕生日。

 それは、岡正章が肉体をもって今生、今世に誕生した日である。

 しかし、私の本体は、その日に初めて誕生したのではなく、劫初の昔から生き続けている、時空を超えた 「久遠の今」 にあった。今も、変わらず 「久遠の今」 にあるのである。

 したがって、私の本体は、肉体が死ぬ日が来ても、死ぬことはなく、時空を超えて生きつづけているのである。本来生
(しょう)、不滅の生命である。

          ○

 4年前に旅立った探査機 「はやぶさ2」 がきのう、3億キロかなたの小惑星 「りゅうぐう」 に到着した。

≪ 46億年の地球の歴史を1年のカレンダーに換算すると、海が誕生したのが3月1日。人間が四大文明を築いたのが、大みそかの午後11時59分。はやぶさ2プロジェクトに参加する杉田精司・東京大教授が監修した科学絵本「僕は46億歳。」が教える。≫


 と、今朝の日経新聞 「春秋」 子はいう。

 「46億年の地球の歴史を1年のカレンダーに」 というのは、1977年にアメリカの宇宙科学者カール・セーガン博士が 『エデンの恐竜』 という著書の第1章で 「宇宙のカレンダー」 というのを掲げたのが嚆矢で、それに習ったのである。
    ↓





 今の宇宙の始まりとされるビッグバン(原初大爆発)から現在までの150億年の歴史を1年分に縮めたカレンダーにしてみると、銀河系の起源は5月1日、太陽系の起源は9月9日、地球の成立は9月14日ごろ。

 地球上に生命が現れるのは9月25日ごろで、人類が登場するのは大みそかの夜10時半。文字で書かれた歴史時代は午後11時59分50秒すぎのわずか10秒間だ。宇宙の歴史に比べると人間の一生はまばたきする間もない、ということになる。

 人間が、その宇宙のカレンダーからすると一瞬にもあたらない、「須叟
(しゅゆ)にして消える」 存在だとしたら、人生なんて、あってもなくてもどうでもよい、ほとんど無価値と思われるのである。

 しかし、私は宇宙のカレンダーの中で瞬きする間もなく消えてしまう単なる仮存在ではない。


 『日々読誦
(にちにちとくじゅ)三十章経』 にあるように、

≪  九日の経言(のりごと) 自己を偉大にする言葉

 吾れは吾が心のうちに広大無辺なる宇宙を蔵する。星をみつめて佇
(たたず)む吾れは見詰めらるる星よりもなお広大なのである。

 吾れは吾れのうちに星を理解する類いなき能力
(ちから)のある事を見出すのである。吾れは空の星以上のものである。何故なら吾れは彼等を理解すると同時に、自分をも理解するからである。

 吾れは天に在
(ましま)す神々の如くに造られたのである。吾れは星の軌道を闊歩する偉大なるものなのだ。吾れは主の如く永遠の道を歩む者なのだ。吾れ心を有するが故に、吾れは世界の王者である。

 いま吾れは吾が仕事の上に王者としての第一歩を踏むのである。吾れは星よりも大なるが故に此の宇宙を造れる力と同じものなのである。然り、吾れは宇宙を造れる力と一体なのである。

 いま吾れは凡ゆる種類の恐怖と弱小と卑陋
(ひろう)とを超越して生活する。吾れは空の星に比肩せらるべきものである。吾れは、大地をつくり、天空を支えたまう神が、われを安固に保護したまうことを信ずるのである。それ故に吾はこころ安らかである。

 地の造り主、天の造り主と吾れは真
(まこと)に一体である。御親神様に感謝いたします。≫

 という存在なのである。

          ○

 今日、私の加入しているある生命保険会社の外務員が訪問してきて、「あなた新聞」 というのを渡された。題字に、『特報! 岡 正章様新聞』 と印刷されている。

 「1933年6月28日生まれ 大予測編」 とあり、

≪ 発見! あなたってこんな人

 公平な立場で物ごとを見る正義感にあふれた人。

 周囲の幸せが自分の幸せと感じる慈愛にも満ちているので、信頼されているはず。

 あなたの守護星は、ふたご座の 「ニュー・ゲミノールム」。

 この星は、共に助け合い戦場を駆けめぐった仲の良い双子の兄弟の姿。

 あなたも人と助け合い、愛を大切にすれば、どんな困難にも打ち勝つことができるだろう。


 発表! あなたの85歳を大予測!

 はたして、この1年どうなるの?

 予測によると、この年のあなたは、あらゆるタイプの人と交流する機会があり、多くの出会いに恵まれそうだ。同性からも異性からも注目を集め、誰からも好感を持たれるだろう。

 前半は、そういった幅広い人間関係が刺激となって、人間的に大きく成長できそう。

 後半は、あわただしく過ごしているうちに、大切なチャンスを見逃してしまうかも知れない。ただ、ねばり強く待っていれば、必ず次のチャンスがめぐってくるはずだ。

<幸せへのアドバイス>
◆愛されるより、愛することを意識して
◆大きな目で物ごとを見る冷静さを大切に ≫



 ――と。

 以上は、かなりよく当たっていると、私は感じました。これは、生命保険の外務員を通して、神様が私に下さった誕生祝いのプレゼントだと私は受け取りました。

 私は幸せです。神様、ありがとうございます。

 神様のメッセンジャーとしてこれを届けて下さった生命保険の外務員様、ありがとうございます。


  <つづく>


  (2018.6.28)
447 悪いものは一つもない ! (2)


≪ 視野の広さを表す表現に、「鷹
(たか)の目と蟻(あり)の目」 という言葉がある。「鳥の目と虫の目」 とも。蟻は目の前の細かいところはよく見えるが、遠くが見えない。それに対し、鷹は高いところから、広い範囲を見ることができる。蟻は迷路に入って悩むが、空から見ている鷹は出口が見える。……≫ 

 ――という書き出しで、元復興次官の岡本全勝氏が日経新聞6月14日夕刊のコラム 「あすへの話題」 に書いておられた。

 蟻は、2次元平面の世界を這い回っている。鷹は、3次元空間を飛び回っている。

 高次元世界から低次元世界を俯瞰して行動すると、低次元世界を這い回っている者からすれば奇跡と思えるような、“半端ない” 妙手が、楽々と打てる。

 その、最高次元――超次元世界が、実相世界である。

 時間・空間いまだ発せざるところ、永遠の時間と無限の空間を一点に巻き収めた超次元世界、「久遠の今」 「永遠の今」 に、実相世界、一切皆善大調和、“悪いものは一つもない”(#446) 世界があるのである。

 釈尊は、観普賢菩薩行法経において、

 
「無量の勝方便(しょうほうべん)は、実相を想うより得」

 (無限の勝
(すぐ)れた方便智は、悪いものは一つもない実相世界を想うことによって得られる)

 とお説きになった。



 
「悪いものは一つもなかったのだ」 と、ただ喜ぶことが大懺悔だったのである。

 すべての人を見るに、仏として、わが父母として観るべし。

 釈尊が、もう3月したらわしは死ぬぞと言われたとき、ではお釈迦さんが亡くなられたら衆生われらはどうしたら罪を浄め悟りの境地に入ることができますかと問うたら、お釈迦さんはそのようにお説きになったのである。(谷口雅春先生著 『神ひとに語り給ふ』 p.212~228 参照)


 昨年、あれほど激しく罵り合い脅し合っていたトランプと金正恩だって握手したんだ。

 生長の家教団理事長と生長の家社会事業団理事長が一つになって協力し合おうと握手する日が来るとは、いま想像することは困難であろうとも、その日はいつか必ず来ることを私は信じ夢見ています。いや、実相世界ではすでに今、握手して協力しあっているのです。


  (2018.6.21)
446 悪いものは一つもない !


 坂入貞夫さん(#353#355#376 ご参照あれ)が、 「坂入クラブ報」 6月号を送って下さっていました。いわく――

≪ 皆様が、幸福な、人生を、送ろうと思いましたならば、本当のことに、気がつかないと、いけないのです。

 新聞を見たり、テレビを見たり、人の話を信用しまして、聞いていますと、全部、嘘のことを、信じさせられて、しまうからです。

 とにかく、この世の中に、悪人がいるとか、悪い人が、いる、という事実や、お話を、信じますと、実は、間違っているからです。この世の中を、五官、即ち、眼耳鼻口皮膚と、言う、感覚器官を、通じて、物事を、判断する暗示にかかっているに、過ぎないのです。

 全智全能にして、円満完全なる、神様の、お創りになった、世界には、何一つ、悪いことはない、からです。

 皆様が、一時も、忘れてはならないことは、今、ここに、天国と極楽がある、と言うことです。≫


 ――と。

 さて、6月12日、シンガポールでトランプ米国大統領と北朝鮮の金正恩委員長が握手を交わして直接会談した。史上初の米朝首脳会談である。

 トランプ米大統領は昨年9月、国連総会の一般討論演説で、金正恩氏を 「向こう見ずで下劣なロケットマン」 と呼び、その核・ミサイル開発を 「世界全体に脅威を与えている」 と激しく糾弾。「米国と同盟国を守ることを迫られれば、北朝鮮を完全に破壊する以外の選択はない」 と強く警告した。

 それに対し、金正恩は同9月21日、「過去最高の超強硬な措置の断行を検討する」 との声明を発表。

≪ 大統領に上り詰めて世界の全ての国を恐喝し、世の中を常に騒がしくしているトランプは、一国の武力を握る最高統帥権者としては不適格で、彼は明らかに政治家ではない。火遊びを楽しむならず者である。
 トランプが世界の舞台に出て、国家の存在自体を否定し侮辱して、我々の共和国をなくすという歴代で最も暴悪な宣戦布告をしたからには、我々もそれにふさわしい、史上最高の超強硬対応措置の断行を慎重に検討する。
 トランプが何を考えていたとしても、それ以上の結果を目の当たりにすることになるだろう。米国の老いぼれ狂人を必ず、必ず、火で制するだろう。≫

 ――と。

 かくて一触即発の戦争前夜という雰囲気だった両国の首脳が、1年も経たないうちに、笑顔で握手する姿が全世界に放映されたのである。トランプも金正恩も、たいした役者だと思いませんか。

 これから、地上世界の舞台にどのようなドラマが展開するか、興味は尽きませんね。

 人間はみな、人生舞台、地球という星の舞台でドラマを演ずる役者なのである。


 私は、#383 「今、北朝鮮のミサイルにひるまず立ち上がろう!!」
     #384 「金正恩も、トランプも、わが所造の産物である」
     #385 「北朝鮮の核ミサイルは悪夢である」
     #386 「北朝鮮・金正恩 観世音菩薩様は何をわれらに教え給うか」
     #387 「国が壊れるということは・・・」
     #388 「北朝鮮・金正恩 観世音菩薩様の教え」
     #389 「北朝鮮を侮ってはならない。」
     #390 「われら今、どう対処すべきか」
     #391 「韓国と北朝鮮に生きる檀君神話」
     #392 「北朝鮮も本来神の国である」

 と、10回にわたり北朝鮮・金正恩の問題について、いろいろ書いていました。興味のある方は、どうぞご覧ください。


  <つづく>


  (2018.6.10)

445 「ふるさと」に帰りましょう !


 女流棋士の清水市代さんが、「心のふるさと」 と題したエッセイを、6月1日日経新聞夕刊 「あすへの話題」 に書いておられた。

 
≪「おかえり~」。迎えてくれる皆の声は、いつもあたたかく、優しい。

 ……心安らぐふるさとの、見慣れた街並みにも、新しい風が吹いている。将棋界にも新風は吹き込み、その風速は凄
(すさ)まじい。立ち止まっているだけでは、あっと言う間に、遥(はる)か彼方(かなた)へ吹き飛ばされてしまう。

 ……明日は、久しぶりに、「大山名人記念館」 に顔を出してみようかな。≫




 清水市代さんは東京都東村山市の生まれだが、「大山名人杯 倉敷藤花戦」 に参加して通算10期 「倉敷藤花位」 を獲得し、2008年に 「倉敷市将棋文化栄誉章」 を受章。それで、

≪知人、友人、応援者の輪が広がり、東京生まれの私を、地元の皆さんが 「いらっしゃい」 ではなく、「おかえり~」 と迎えてくれたその日から、私にとって、“心のふるさと” となっている。前夜祭の壇上でも、会場から 「おかえりなさ~い」 と大合唱頂いた時の感動は、今でも思い出す度、心が熱い。≫

 と書かれているのである。

 ところで、この小サイトをご覧くださっている方は、生長の家総本山や宇治別格本山を 「心のふるさと」 どころか 「魂のふるさと」 として来られた方が多いと思います。

 みなさま!「大山名人記念館」 ならぬ、
「榎本恵吾記念館」を訪問しましょう!

   http://misumaru.la.coocan.jp/

 そして、その 「文書館」 に収録された、「葩
(はなびら)さんさん」 その他たくさんの珠玉の言葉にふれてください。きっとあなたは、あたたかく優しい 「おかえりなさ~い」 の合唱(合掌)に包まれて、生き返ることができるでしょう。


  (2018.6.10)

444 「神を信じ神に委ねて、喜びましょう」!


 #442 (5月14日) に私は、

 
「諦めましょう。ギブアップ、GIVE UP しましょう。無駄な抵抗はやめて、神に、無条件降伏しましょう。 そして、笑いましょう! 喜びましょう!」

 と書きました。

 そして、#443 (6月3日) に、
「『同族嫌悪』は、自分の『影』!」 と書きました。

 そうしたら、いつもこの 「近況心境」 を熱心に見て下さっている一人の信徒の方が、今朝電話をかけて来られました。

 自分を責め、苦しくなって、切実にもう死にたくなった――とおっしゃるのです。

 申し訳ございません。

 私は、それから神想観をして、聖経 『続々甘露の法雨』 を読誦しました。

          ○

 
≪   聖経 続々「甘露の法雨」

……(略)……

天使
(てんのつかい)また説き給う――
神は善なるが故に、
すべては 「一」 の展開なるが故に、
一切のところに遍く調和は行きわたり、
不調和はありと見ゆれども
真に不調和は存在せざるなり。
真に不調和は存在せざれども、
不調和を心に描きて見詰むれば
不調和は心の投影として顕現せん。

………

汝の心の動揺を休
(や)めよ、
汝の病気の動揺もまた止むべし。
されど 「動揺の心」 を以って
「動揺の心」 を鎮むること難ければ、
不安の心にて不安の心を止めんとするも亦能わざるなり。

かくの如きときには、
ただ神に委ねよ
全き愛なる神に信頼して、
「神よ」 と呼ぶべし。
神は常に汝に調和と平和とを与え給うべし。
神の中に汝の 「心」 を投げ入れよ。
「神よ、神よ」 と称
(とな)えつつ
汝の全存在を神にまで委せ切るべし。

神こそすべての渾
(すべ)て、
神はすべてにましますが故に
神のほかに何ものも存在せず。
神は善にましますが故に
善のほかに如何なる 「悪」 も存在せず。
神は完全にましますが故に
不完全なる病いの存在することなし。
神は生命にましますが故に
生命のほかに 「死」 の存在することなし。

「悪」 と 「病い」 と 「死」 とは
唯汝の心に描かれたる顛倒妄想
(まよいのかげ)に過ぎず。
本来 「無きもの」 を 「有り」 と描きて恐怖するもの
これ汝の病いなり。
苦しみは是れ汝の心の中にあり、
痛みは是れ汝の心の中にあり。
心に恐怖を去り、
苦しみを去り、
痛みを去れば、
(いずれ)の処にか病患(やまい)あらんや。

天使また更に説きたまう。――
汝ら是らの真理を聴き了
(おわ)りたる後
肉体に激変起るとも恐るること勿れ。
高く建ちたる建物の壊
(くだ)くるときには
轟然たる響
(ひびき)を発せん。
その轟然たる響にも似たる病変は
高く建ちたる汝の過去の迷いの消ゆる響なり。
迷いの建物低ければ激動少し、
迷いの建物高ければ激動多し。
されど此らの病変を恐るること勿れ。
(くだ)くるものは汝自身に非ずして 「迷い」 なり。
「迷い」 壊
(くだ)くるとも本当の汝は壊けず、
「迷い」 苦しむとも本当の汝は苦しまざるなり。

汝は神の子なり、仏身なり、
金剛身なり、不壊身なり、
無病身なり、常楽身なり。
感覚主義、合理主義に陥りて
金剛不壊の常楽身を見亡
(みうしな)うこと勿れ。
今すべての病者は癒えて
その病床より起ち上らん。

天使斯く啓示したまうとき
すべて人類の病患は忽ち消え
盲人
(めしい)は眼(まなこ)ひらき、跛者(あしなえ)は起ち上り、
歓喜し相擁して
天日
(てんじつ)を仰ぎて舞踏するを見る。

夢にあらず、実相なり。
天童たち仰ぎ見て讃嘆し、
敬礼し軈
(やが)て歌いて云う。

「神はすべての渾
(すべ)て、神は我がみ親、わが光、
我らを救い給えり」 と。

此のとき、大神の天の宮なる太陽は
円舞するが如く照り輝き、
神光
(みひかり)は花葩(はなびら)の如くさんさんと地に降り濺(そそ)ぎ、
五彩の虹、雲の柱となりて空にかかり、
実相の国そのままのみ栄えを実現したりき。
(聖経終)

成願文
願わくは此の聖経の功徳により一切衆生の迷い消え、病い消え、悩み消え、地上に天国浄土の実現せんことを。≫


 ――これが、

 
「 諦めましょう。ギブアップ、GIVE UP しましょう。無駄な抵抗はやめて、神に、無条件降伏しましょう。 そして、笑いましょう! 喜びましょう!」

 ということの意味だったのであります。

 ありがとうございます。


  (2018.6.8)

443 「同族嫌悪」は、自分の「影」!


 
≪ 「同族嫌悪」 という言葉がある。自分に似たような容姿や性質を持つ人に対して抱く悪感情のことだ。鏡に映るもう一人の自分を見ているようで、いたたまれない気持ちになる。……

▼この感情を無意識の働きとして学問的に掘り下げたのが、心理学者ユングだ。……自分の影を他人の言動に見いだし、批判する行為を 「投影」 と呼んだ。虫が好かない存在は、案外、あなたに似た人かもしれない。……

▼例えば、国会答弁との整合性を保つため、公文書改ざんを部下に命じた官僚。危険なプレーを選手に命じながら責任逃れに走った運動部の監督とコーチ。人びとの感情をいたく刺激するあの人たちの言動は、私たち自身の影かもしれない。まさか。でも、否定しきれるだろうか。仕事で、彼らに近い振る舞いはなかったか。

▼アンデルセンに 「影法師」 という怖い童話がある。ある日、学者が自分の影をなくしてしまう。影は独立し、やがて学者を支配する。ユングのいう 「影」、もう一つの自分と向き合わないと身を滅ぼすという警鐘だ。世間を騒がせるあの人たちが、批判されるのはもっともだ。でも、自身を省みるよすがとするのは難しい。≫


 ――上記は、昨日(2018.6.2) 日本経済新聞 「春秋」 欄からの抜粋。


          ○

≪ 毎日の宗教新聞を読んでいると、大抵宗教界の内紛が載せられていないことがない。まことに一見鼻もちならぬ気持がするのであるが、これがやはり本当は互に親しいからなのである。

 同級生のなかでも、首席になる者とビリ滓
(かす)になるものとは互に争わないが、同一点数位の者同士は大いに競い、大いに争うのである。仲が好い者、同点数に近い者、そうした人たちが争うのである。争いのように見えていて、本当は争っているのではない。近似を自覚しての動きだと云うことを知らねばならない。そして、「争いではない」 と知ったときに、形の上での争いも消えて了うのである。≫

 ――谷口雅春先生 『光明道中記』 379頁より。

          ○

≪ 如来の滅後、末法の中に於て、是の経を説かんと欲せば、応(まさ)に安楽行(あんらくぎょう)に住すべし。

 若
(もし)くは口に宣説し、若(もし)くは経を読まん時、楽(ねが)いて人及び経典の過(とが)を説かざれ。亦諸余の法師を軽慢(きょうまん)せざれ。他人の好悪長短を説かざれ。声聞(しょうもん)の人に於ても亦、名を称して其の過悪を説かざれ。亦名を称して其の美しきを讃歎せざれ。又亦怨嫌(おんけん)の心を生ぜざれ。

 善く是の如き安楽の心を修するが故に、諸々の聴くこと有らん者、其の意に逆わじ。難問する所有らば、小乗の法を以て答えざれ。但
(ただ)大乗を以て為に解説(げせつ)して、一切種智(しゅち)を得しめよ。≫

 ――『法華経』安楽行品より。『新編聖光録』 p.219「万教帰一要典」所収

 上記の大意は――

 「如来の滅後に末法の時代においてこの法華経の真理を説こうと思うならば、安らかで楽しい気持の安楽行をなすべきである。

 この経を口に説いたり、あるいは経を読む時には、他の人や他の経典の悪口を言うな。また他の法師を軽んじたり、慢
(あなど)ったりするな。また他人の好悪(よしあし)や長所・短所を説くな。また声聞(しようもん=教えを聞いたばかり)の人についても、その名をあげて、過悪(あやまち)を説いたり、また名をあげてその人の美(よ)き事をほめ讃えるな。また人を怨み嫌う心を出すな。

 よくそのような安楽の心を修めていれば、すべての聴衆はその意にさからわないであろう。難しいことを問いかけてきても、小乗の法(現象の法則)をもって答えるな。ただ一切衆生悉有仏性、悪は無いという大乗の教えのみを説いてすべてのものに仏縁(神縁)を得させよ。」

 ということである。(参考:藤村義彰著 『新訳 法華経』)

 法華経の安楽行品
(あんらくぎょうほん)は、文殊師利(もんじゆしり)菩薩が釈迦牟尼佛に対して、佛の滅後の悪世の中において法華経(諸経の中で最上位にある大乗の教え、すなわち大きな乗り物のようにすべての人間を皆仏の子としてすくいとる教えの経と言われている)を説く者の心構え、態度について問うたところ、次の四つの行いをすれば、安楽に教えを説くことができるということを述べたもの。

 その第一は、柔和・忍辱
(にんにく)、現象に執着せぬこと。坐禅(神想観)を好んで心を修め、現象の「空(無)」を知って現象に心をひっかからせないこと。

 第二は、他人や他経の悪口を言わないこと。他の法師を軽んじたり謗
(そし)ったりせず、名をあげて人の美点や悪を説かない、怨み嫌う心をおこさないこと。

 第三は、嫉妬・諂
(へつら)い・あざむきの心をもたない、教えに関して争ったり競ったりせず、平等に法を説いて相手によって差別しないこと。

 第四は、一切衆生に対し慈悲の心をいだき、たとい現在相手が信じなくとも、自分が悟りをひらいた時には神通力・智恵力をもって必ずこの人々を法(真理)に導いて安住させるという心を持つこと。

 この四つの行を成就すれば、必ず人々に敬われよろこばれて、安楽に法を説くことができる、と説いている。

 さらにこの章の最後には、「髻中明珠
(きちゅうみょうじゅ)の喩(たとえ)」とよばれる喩え話が記されていて、転輪聖王(てんりんしょうおう)が特別の偉大な手柄をたてた者だけに髻(もとどり)の中に久しく秘めた明珠を与えるように、佛(釈尊)もまた人々が煩悩の魔を撃ち破って自由自在な心境に達した時に、はじめて、今まで軽々に説かなかった 「如来第一の説法」 を説く、と偈(げ=仏の教えや仏・菩薩の徳をたたえた韻文形式の詩句)をもって演説されたという。

 心したいと思います。


  (2018.6.3)

442 生長の家信徒は、各員皆船長である


 このまま行けば、「生長の家」 という現象界の船は、

≪ ……時ならぬ烈しい響きと共に地震のような震動が起ったかと思うと、その娯楽室の床が、壁が、甚だしく傾きました。其れは船が暗礁に乗り上げて、船底に大きな孔があいた響きだったのです。たちまち船に水が入って来て、その船は沈んでしまいました。

 可哀相に! 沈んだのはその船の船長ばかりではない、舵手も、その他の船員たちも、すべて沈んで海底の藻屑となってしまったのです。≫


    (『新版 真理』 第1巻 p.30)


 ――となってしまうにちがいない。


 ――というその船の 「船長」 とは、生長の家総裁という他人のことではない。

 縁あってこの教えに触れた生長の家信徒には、各員に皆、その船長なるものが宿っているのである。

 人間は皆、「運命」 という船の船長なのである。

 それが、「天上天下唯我独尊」 ということであり、「人間はみな神の独り子だ」 ということである。


 私が船長であり、あなたが船長であるのである。


 時あたかも 「生長の家」 という船が、現象界においては、大きく二つに割れて、沈没しかかっていると見えているのである。

 それは誰の責任でもない、私の責任であり、あなたの責任であるのである。


 しかし、「現象はない」 のである。悪はないのである。不完全はないのである。


 「 “本当の教祖” というべき “真理の啓示者” は “実相世界” にある “神” のみなのである。イエス・キリストも 『師というべき者は、唯ひとり天の父のみである』 といっているし、谷口雅春も、“自分は教祖ではない。実相世界に生長の家の本部はある” といっているのである。」

 と 『神 真理を告げ給う』 (p.13) に書かれている実相の生長の家に、分裂はないのである。悪は無いのである。敵はないのである。

  
「神はすべてにして、
   すべて一体
(ひとつ)なれば、
   よろずもの皆共通
(ひとつ)
   ちから是を生かせり。

   天地
(あめつち)の創造主(つくりぬし)は、
   唯一つの神にませば、
   天地はただ一つに、
   いと妙に調和満つる。

   吾れ坐す妙々実相世界
   吾身は金剛実相神の子
   よろず円満大調和
   光明遍照実相世界。」


 と 「実相を観ずる歌」 にある通りなのである。

 その実相、本当のすがたを、現実世界に顕わすのが、神の子人間の使命なのである。


 分裂して沈没しかかった船、そしてその乗員すべてを、救うことができるのは、何者であるか?

 それは、生長の家総裁――谷口雅春の孫であるということだけで、

 
「自分の偏見や既成概念の中を迂路チョロしていて、悟ったつもりで実際は悟っていない」
   (『神 真理を告げ給う』 p.11)

 にも拘わらず生長の家総裁という地位につき、創始者谷口雅春が神の啓示を受けて説いた万教帰一・日本の実相の真理をくらませ、多くの幹部・信徒を路頭に迷わせて今日の昏迷を招いた、愚かな谷口雅宣には不可能なことである。

 かと言って、中島省治、前原幸博とか安東巌などという、怨念と闘争心をもってこの世の浄化ができると空想妄想している、愚かな集団が 「生長の家本流」 と僭称しあがいているのも、妄動の極みである。

 いわんや、岡正章という何の実力も実績も無く、ただ馬齢を重ね、犬の遠吠えのように偉そうなことをネット上に書いているだけの愚かな狂人に、何ができるというのか。


 ――人間には、不可能なことである。

 分裂して沈没しかかった船、そしてその乗員すべてを、救うことができるのは、人間ではない。それが出来るのは、ただ神のみである。


 諦めましょう。ギブアップ、GIVE UP しましょう。無駄な抵抗はやめて、神に、無条件降伏しましょう。 そして、笑いましょう! 喜びましょう!


  (2018.5.14)

441 「生長の家」は沈没しかかっている


 生長の家創始者谷口雅春先生は、昭和60年5月28日付けで最期のご署名のある、《谷口雅春著作集 第4巻》 『實相と現象』 の 「はしがき」 に、次のように書かれている。(谷口雅春先生は同年6月17日御昇天)


≪ 『神 真理を告げ給う』 の冒頭には、次の如くに述べられている。

 「“わたし” は今まで多くの教祖や哲人を通して人生の意義を説いて来た。

 君たちのうちには熱心に真理を求めて色々の書物を読み、色々の学者の説を読み、それに基いて思索をし、既に人生の意義を知ることが出来た人もある。しかしそんな人は非常に稀であって、大抵は、自分の偏見や既成概念の中を迂路チョロしていて、悟ったつもりで實際は悟っていないか、真理なんて求めても到底得られるものではないのだという絶望感で、“聖なる求め” を放棄している人もある。

 そのような人たちに “私” は、今ふたたび真理を知らせてあげたい愛念によって、今此処に谷口雅春を通して真理を説こうと思うのである。」

 更に次の節には、

 「……それらの宗教教祖や碩学
(せきがく)や大哲の中に “わたし” は宿って、人々を導くために “わたし” は書いたり、説いたりして来たのである。真理は人間の肉体から生まれて来るものでも、人間の脳細胞から生産されて来るものでもなく、實にそれらの人々に宿っている “わたし” がそれを説いているのである……。」

 「しかし “本当の教祖” というべき “真理の啓示者” は “實相世界” にある “神” のみなのである。イエス・キリストも 『師というべき者は、唯ひとり天の父のみである』 といっているし、谷口雅春も、“自分は教祖ではない。實相世界に生長の家の本部はある” といっているのである。」

 この “わたし” は勿論、言うまでもなく神である。

 このような文章――神の言に接する毎に、私は畏れ平伏
(ひれふ)すのである。そして図り知れない神のはからい、摂理、お導きに、谷口は十二分にお応えし得たであろうか、この九十余年の生を以て些(いささ)かの悔いることなくお応えし得たであろうか、と魂の打ちふるえるのを覚えるのである。そして谷口に賜った神々の大いなる恩寵に、唯々感謝合掌、悦びが、悦びの波紋が見渡す限り拡がる様を、心眼に拝するのである。

 本著作集も第四巻となり、いよいよ佳境に入った感がある。…(略)…もとより谷口の脳髄知、谷口の力量で構えて説いたものではない。いずれもその折々に最も相応しい神々の指導助言の賜である。万般の奇瑞が続出するのも、故なしとしない。

 諸賢が本著に親しまれることにより、“聖なる求め” を放棄することなく、日に日に高きを望み、深きに入りて真理を体得せられんことを、神に代り切に切に望むものである。
    昭和六十年五月二十八日
          著者
           谷口雅春
              識す≫

          ○

 『新版 真理』 第1巻 第3章の冒頭には、次のように書かれてありました。


≪ 第三章 心の舵・心の鑿(のみ)

     慣れる尊さ 恐ろしさ

 或る船長の話です。

 その船長は航海に慣れてしまいました。

 慣れると云うことは尊いことであると同時に、恐ろしいことなのです。ものは慣れなければ充分出来ません。慣れると云うことが尊いのはそのためです。しかしあまりに慣れてしまうと、人は、その行っていることが何でもなくなり、何の有難さも感じなくなることがあるので恐ろしいのです。

 その船長も航海と云うものが何でもなくなってしまったのです。船は水の上を進むのが当り前であって、放っておいても、波を乗り越え、港へ着くものだと思えて来たのです。

 その船が進むためには、火夫
(かまをたく人)も要れば、運転士も要る、舵手も要れば、甲板洗いの下級船員も要ると云うことを忘れてしまったのです。その船のために、その船長のために一緒に働いてくれている多くのものの、すべての力があるので船が進み得るのだと云うことに感謝する心と云うものがなくなってしまったのです。

 吾々にでも此の船長のようなことがよくあるものです。吾々はこの世界に空気があるのを当り前だと思っています。有難いなどと思ったことの無い人が多いのです。有難いと思わないどころか、空気のあることに気のつかない人さえ多いのです。それは空気があることに慣れてしまったからです。慣れてしまうと云うことは尊いことであると同時に恐ろしいことだと云うのはこのことです。

 此の船長が或る日、甲板へ出て見ますと、それは可成り波の高い日でありましたが、一人の男が一所懸命、汗みどろになって、車輪のような丸い把手を右へ廻し、左へ廻ししているのです。

 「あれは誰じゃ、何を一体しているのじゃ。」

 と船長は側にいる一人の水夫に尋ねました。

 「あれは舵手です。船の舵をとっているのです。」

 とその水夫は答えました。

 船長は不思議そうな顔をしました。

 「あの男は一日中あんなところへ坐って、舵をとっているのか。」

 と又たずねました。

 「そうです、船長。」

 と水夫は答えました。

 「そうか、そんなことは要らぬことじゃ。船は進むのが当り前じゃ。そんなに一日中舵なんかとっている必要はない。」

 こう云って、船長は舵手の働きを止めさせてしまいました。

 しばらくそれでも船は惰力で進みました。船長は舵手を始めとして多勢の船員たちと娯楽室で遊びにふけっていました。

 すると時ならぬ烈しい響きと共に地震のような震動が起ったかと思うと、その娯楽室の床が、壁が、甚だしく傾きました。其れは船が暗礁に乗り上げて、船底に大きな孔があいた響きだったのです。

 たちまち船に水が入って来て、その船は沈んでしまいました。

 可哀相に! 沈んだのはその船の船長ばかりではない、舵手も、その他の船員たちも、すべて沈んで海底の藻屑となってしまったのです。

     船でも会社でも舵を取って呉れる人に感謝せよ

 何故、この船は暗礁に乗り上げたのでしょうか。それは、船長が 「船は航海するのが当り前だ」 と思って、舵手がいてくれる有難さを感じなくなったからです。……≫

          ○

 ――私は、思います。

 このまま行けば、「生長の家」 という現象界の船は

≪ ……しばらくそれでも船は惰力で進みました。船長は舵手を始めとして多勢の船員たちと娯楽室で遊びにふけっていました。

 すると時ならぬ烈しい響きと共に地震のような震動が起ったかと思うと、その娯楽室の床が、壁が、甚だしく傾きました。其れは船が暗礁に乗り上げて、船底に大きな孔があいた響きだったのです。たちまち船に水が入って来て、その船は沈んでしまいました。

 可哀相に! 沈んだのはその船の船長ばかりではない、舵手も、その他の船員たちも、すべて沈んで海底の藻屑となってしまったのです。≫

 ――となるにちがいない。いや、すでに沈没しかかっているのではないか、と。


  (2018.5.6)

440 天皇の御心はまさに「大御心」である(7)


 四宮正貴氏は、Facebook で次のように書かれている(2018.4.18)。まさにその通りであると思いましたので、ここに転載させて頂きます。


≪  国民主権論は日本の伝統と無縁

 「現行占領憲法」 が第一章に 「国民主権」 の条項を置くことは、天皇国日本というわが国建国以来の道統を否定することである。

 日本の伝統的な考え方は、「天皇と国民とは相対立する存在ではなく一体である」 ということである。従って 「主権」 なるものが天皇にあるのか国民にあるとかなどということを議論すること自体が伝統破壊である。

 「現行占領憲法」 制定時に、衆議院憲法改正案特別委員長を務めた芦田均氏は 「君民一体または君民一如のごとき言葉によって表現されている国民結合の中心であるというのが我が国民的信念なのである」 と言っている。

 「国民主権」 の規定を審議した帝国議会では、政府は、「主権」 とは 「国家意思の実質的源泉」 であり、「国民」 とは 「天皇を含む国民協同体」 を指すとしていた。そして芦田均衆議院憲法改正案特別委員長は、欧米の 「君主主権」 と 「主権在民」 を対立的に捉えた主権二元論は、わが国においては採り得ないことを特に強調している。

 ところが宮沢俊義氏をはじめとした多くの憲法学者は、「国民」 とは天皇を除く概念であり、この憲法によってわが国は君主主権から人民主権に変わったと主張した。今日では文部省の検定済教科書までこの線に沿って記述されているという。

 「『国民』 とは天皇を除く概念であり、この憲法によってわが国は君主主権から人民主権に変わった」 という学説によれば、「皇位の改廃は人民の意思によって可能である」 ということになる。今上天皇の御即位に際してはその是非を国民投票に問うべしとした歴史学者まで現れた。わが国は君主国にあらずとか、元首は天皇にあらずとする説が学界に横行している。

 このような混乱の原因は、本来西洋思想であり多岐にわたる主権概念を憲法規定に持ち込んだことにある。「主権」 の属性としての最高性、無制限性が言われる時、それは容易に伝統を無視した独裁専制に転化し得る。

 主権在民と民主政治(国民参政)とは別個の概念である。ソ連邦も共産支那も 「人民主権」 を明記しつつ、共産党一党独裁どころか、共産党最高指導者の個人専制恐怖政治が行われてきている。

 主権という言葉ほど多種多様に用いられているものはないが、君主主権とか国民主権とかいう場合の主権は、西洋法思想の影響下にある国法学では、一般に 「国家における最高の政治権力」 と解せられている。

 日本では古来主権という言葉はなく、国家における政治作用の根本を言い表す言葉は 「知らす」 ないし 「治らす」 であり、また 「聞こしめす」 である。言葉自体から見ても、権力的な臭みはなかった。「大日本帝国憲法」 ではこれを 「統治権」 という言葉で表現した。

 主権の観念は、近世の初期以来、西洋わけてもフランスにおいて、君主の権力を擁護する手段として、君主主義の形で主張された。それは封建諸侯やカトリック教会の勢力を制圧して、統一国家を形成するためには有効なる手段であった。君権至上主義や王権神受説も、これがために唱えられ、これがために利用されたのである。しかるにその後、専制君主の圧政から国民が自由を獲得するためには、別の旗印が必要になった。フランス革命の思想的根拠をなした国民主権説がこれであった。

 国民主権説は、西洋の社会契約説、国家契約説と結合して発達したのであるが、広く世界に及ぼした。君主主権といい国民主権といい、いずれも一つの政治目的に利用されて発達したものであるから、主権を権力中心の概念として見たのも当然と言えよう。そしてその根底には 「力は法の上にあり、法は強者の権利である」 という思想が流れていたのである。

 いずれにしても 「国民主権・君主主権」 という言葉も意味内容も、西洋の国家観念・法思想から生まれてきたのであるから、日本の伝統の天皇の国家統治の実相、日本国体とは全く異なる概念であり法律用語である。≫


 と。

 私が前項までに謹掲させて頂いた仁徳天皇・元正天皇・聖武天皇などの詔を拝するに、まことに四宮正貴氏の仰る通りであるとの感を深くします。


 日本天皇の統治は、「知らす」 ― 「治らす」 であり、 「聞こしめす」 であった。

 『大日本詔勅謹解』 の編著者 森清人氏は、同書の「緒言」で、次のように言っておられる。

≪ 支那に於ては……権力をもって治めるのは覇国、徳を以て治めるのは王国、徳のさらに優れたのが帝国、「無為にして化す」 のが皇国であるといっている。

 「無為」 とは人の作為を加えた 「有為
(うい)」 に対する言葉で、即ち言挙げ(ことあげ)せぬことを意味する。

 外国の歴史をみるに、古代の国家は多く征服によって統治の権力を得、近代の国家は主として、約束によって統治の大権を定めて居る。この征服といい約束というも、畢竟
(ひっきょう)、ともに人為であり作為であるが、ひとりわが国は、何らことあげすることなく、自然のままに発生し生長して来て居る。

 即ち皇祖は、国家成立の天業を経綸したまう神慮の実現であって、天業とは天から授けられし自然の大業を意味し、決して征服とか約束とかという作為や後天的条件を意味するものではない。≫

 と。それは、皇祖 天照大御神(あまてらすおおみかみ)(大乗仏教的に言えば光明遍照なるビルシャナ仏、大日如来)が、その子孫に下された、天孫降臨の御神勅

≪豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みずほ)の国は是れ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。宜しく(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壤(あめつち)と窮(きわ)まりなかるべし。≫

 という御神勅に発し、神ながらに、自然に生長し発展してきた、その宝祚
(あまつひつぎ)が神武天皇以来今上天皇陛下まで125代にわたって連綿とつづいている――そういう世界に比類のない国家が日本なのだ、ということである。

 この美わしい国体、建国以来の道統を否定して、占領憲法の 「国民主権」 などという分裂抗争の精神を貴ぶのは、愚の骨頂ではないか。


  (2018.4.25)

439 天皇の御心はまさに「大御心」である(6)


 『大日本詔勅謹解』 (森清人著、昭和9[1934]年初版) 所載 第45代 聖武天皇の 「奈良の大仏を造るの詔」 以外の詔について、謹掲させて頂きます。

          ○

    聖武天皇 医薬を施すの詔
(神亀3[726]年6月・続日本紀)

[書き下し文]

 
(そ)れ百姓(ひゃくせい)、或は痼病(こびょう)に染沈し、年を経て未だ愈(い)えず。或は亦た重病を得て、昼夜辛苦するものあり。朕は父母たり。何ぞ憐愍(れんみん)せざらんや。宜しく医薬を左右京、四畿及び六道諸国に遣はし、此の類(たぐひ)を救療して、威(み)な安寧を得しめ、病の軽重に依り、穀を賜ひて賑恤(しんじゅつ)すべし。所司懐(ふところ)を存し、勉めて朕が心に称(かな)へよ。

[大意]

 聞くところによれば、人民の中には不治のやまいに感染して、何年たっても全快せず、或いはまた重い病にかかって、夜も昼も苦しみ悩んで居るものがあるということである。朕は人民の父母である。どうしてこれを憐れまずに居られようか。みやこの左京・右京と、畿内四ヶ国および六道諸国に医者をつかわし、これ等の病人を救い治療して、病をいやし安心させ、また病の軽重によってそれぞれ応分の穀物を与え、彼等をにぎわしねぎらうようにせよ。諸役人はよく心をここに用い、勉めて朕の心を汲み取るように。

          ○

    聖武天皇 田租を免ずるの詔
(神亀3[726]年9月・続日本紀)

[書き下し文]

 
今秋大いに稔り、民用(もっ)て豊實なり。天下と茲(ここ)に歓慶(よろこび)を共にせんことを思う。宜しく今年の田租を免ずべし。


[大意]

 今年の秋はよく穀物がみのり、そのために一般人民も、衣食がゆたかのようである。まことに喜ばしき次第で、朕はこのよろこびを天下と共にしたいと思う。そこで今年の年貢
(ねんぐ)は、一般に免除するようにせよ。

          ○

    聖武天皇 民の疾苦を問ふの詔
(天平6[734]年4月・続日本紀)

[書き下し文]

 
比日(このごろ)天地の灾(わざわい)、常に異ることあり。思ふに朕が撫育(ぶいく)の化、汝百姓に於て闕失(けっしつ)する所あるならん歟(か)。今故(ことさら)に使者を発遣して、其の疾苦を問はしむ。宜しく朕が意を知るべし。

[大意]

 このごろ天地のわざわいが多く、地震なども起り、何となく不穏のけはいがある。思うにこれは、朕の徳が足らず、民をいつくしみそだてることに、行きとどかぬ点があったからではあるまいか。それで今、特に使者をつかわして、民のなやみ苦しみを視察し問わしめることとする。諸役人はよく朕の心を知り、それに副
(そ)うようにせよ。


          ○

    聖武天皇 田租を免ずるの詔(天平8[736]年10月・続日本紀)

[書き下し文]

 
聞くならく、比年(このごろ)、太宰が管する所の諸国、公事稍(やや)繁く、労役少なからず。加ふるに、去冬の疫瘡(えきそう)を以て男女惣(そう)じて困(くる)しみ、農事廃(すた)るあり、五穀饒(ゆたか)ならずと。宜しく今年の田租を免じ、民令を続けしむべし。

[大意]

 聞くところによると、このごろ、太宰府管下の諸国では、官の仕事のために人民の使役されることが多く、民は労役に苦しみ、その上、昨年の冬以来のはやりやまいのために、男も女もみな苦しみ困り、農業はすたれ五穀はみのらないということである。気の毒な次第であるから、今年の田租は免除して、さきに下した民令を更に継続して、この民の苦しみを除くようにせよ。

          ○

    聖武天皇 国司を戒飭
(かいちょく)するの詔
                 (天平9[737]年9月・続日本紀)


[書き下し文]

 
聞くならく、臣家の稲は、諸国に貯蓄し、百姓に出挙し、利を求めて交関す。無知の愚民後害を顧みず、安きに迷うて食を乞ひ、此の農務を忘れて、遂に乏困に逼(せま)り、他所に逃亡し、父子流離し、夫婦相失ひ、百姓の弊窮すること、斯に因つて彌(いよいよ)甚だしと。實に是れ国司の教諭、法に乖(そむ)くの致す所なり。朕甚だこれを愍(あわれ)む。済民の道、豈に此の如くなるべけんや。今より以後、悉く皆禁断す。百姓を催課して、一に産業に赴き必ず地の宜しきを失はずして、人(ひとびと)(さかん)に家賑かならしめよ。如し違(たが)ふ者あらば、違勅を以て論じ、其の物は没官し、国郡の官人は、即ち見任を解かむ。

[大意]

 聞くところによれば、諸役人の中には国々に稲を貯藏し、利ざやをとって人民にこれを貸し、或は高い利子をとって他の物品と交換したりして居るものがあるとのことである。しかも民の中の愚かなものたちは、後のわざわいは思わず、ただ目の前の安楽を望んで、利子の高いのも考えず、これを借り求めて農業を怠り、だんだん貧乏して、しまいには故郷にも居れなくなって他国へ出奔し、やがて親子も離ればなれとなり、夫婦も離別せねばならぬようになるなどして、このために民がますます疲弊し困窮するということである。これは全く国司の教えさとし方が、そのよろしきを得ないからであって、朕は甚だこれをいたみ悲しみ遺憾に思う。

 人民の難儀をたすけ救う道が、どうしてかようなことでよかろうか。今後は一切、諸役人のかかる行為を厳しくさしとめる。よろしく諸役人は今後、管下の人民にそれぞれ仕事をわりあて、民がこれに精出すように促し鞭撻して、なお各自に土地の便宜をも十分によく与え利用せしめ、民をして生産の業
(なりわい)にいそしませ、かくて人々は富みさかえ、家々は繁昌するように励まし導かねばならぬ。今後、もしこれに違反するものがあれば、違勅の罪をもってこれを処罰し、その物品は官において没収し、国や郡の役人は、直ちに現職を免ずるであろう。

          ○

    聖武天皇 恩赦の勅(天平12[740]年6月・続日本紀)

[書き下し文]

 
朕八荒に君臨して、万姓を奄有(えんゆう)す。薄を履み、朽を馭し、情、覆育に深し。衣を求めて寝を忘れ、思ひ納隍(のうこう)に切なり。恒に念(おも)へらく、何にして上玄に答へ、人民に休平の楽あり、能く明命に称(かな)へ、国家寧泰の栄を致さむと。信(まこと)に是れ寛仁を被らば、桂網(けいもう)の徒、身命を保ちて壽を得、鴻恩を布かば、窮乏の類、乞微(こつび)を脱して息(いこ)ふことあらん。宜しく天下に大赦すべし。

[大意]

 朕天子として国土人民に臨み、天下を総べ治めるに当り、つねに朕の不徳をおそれては、びくびくとて薄い氷を履むような心地がするし、また朽
(くさ)った索(なわ)を以て馬を馭するような不安を感じ、いつも民をいつくしみ育てることについて、心配をしている。

 民を思えば夜も安心してねむることが出来ず、朕の政治が悪くて人民を苦めてはいないかということを、つねに恐れ心配をして居る。それで、どうしたならばよく天の神に答え、人民はよろこび楽しみ、国家はやすらかに富み栄えて、朕の天命を全うすることが出来るだろうかということを、いつも思い煩っている。

 それには先ず、寛大な仁政をほどこしたならば、法にふれ獄につながれているものたちも、命を保って長生きすることが出来るであろうし、また君主としての大きななさけを民に与えたならば、まずしく貧乏している人々も、他人の施しを乞うようなことはしなくてすむであろうし、民を安心させることが出来るであろう。それで天下に大赦して罪を赦し、民を安心させるようにせよ。

          ○

 ――聖武天皇は、日夜そうした深い思いやりに心をくだかれ、手を尽くされたのち、遂に天平15[733]年10月、毘盧遮那(びるしゃな)仏すなわち太陽のようにすべてを無限の愛をもって照らす 「光明遍照」 の威霊(いりょう)により衆生を済度したいという大願をたてられ、「奈良の大仏を造るの詔」(#434#436 参照)を渙発されるにいたるのである。


  <つづく>


  (2018.4.20)

438 天皇の御心はまさに「大御心」である(5)


 『大日本詔勅謹解』 を読むと、「一人でも苦しむ民があればそれは自分の責任である。民の富は自分の富である」 というような自覚をもってまつりごと(祭事即政治)を執り行われたのは、仁徳天皇だけではなく、伝統的に天皇は競うようにそのようなお心を表されていることがわかる。

 日本天皇は 「万世一系」 と言っても、必ずしも血脈がまっすぐ縦につながっているわけではなく、第45代聖武天皇前後は、かなりあちこちに飛んで転々と移っている――第38代天智天皇から第50代桓武天皇までの系図は次のようである。



 第45代聖武天皇(首
<おびと>親王)は第42代文武天皇の御子だが天皇崩御の年にまだ6歳だったので一世代上の元明天皇(女帝、46歳)が第43代の御位を継がれた。元明天皇は7年後、首(おびと)親王(13歳)を立てて皇太子とし、翌年文武天皇の御姉・氷高(ひだか)内親王に御位を譲られる(第44代元正天皇)。首親王が第45代聖武天皇となられるのは724年、御年23歳の時である。

 その第44代元正天皇と、第45代聖武天皇の詔
(みことのり)のいくつかを拝させて頂きます。まず、元正天皇から。

          ○

   元正天皇 
「麦禾(ばくか=麦と稲)を兼ね種(う)うるの詔」
             
(霊亀元年[715]10月・続日本紀)

[書き下
(くだ)し文(『続日本紀』の原文は漢文)

 
「国家の隆泰(りゅうたい)は、その要民を富ますに在り。民を富ますの本(もと)は、務めて貨食(かしょく)に従う。故に男は耕耘(こううん)を勤め、女は絍織(じんしょく)を脩(おさ)む。家に衣食の饒(あま)りあれば、人廉恥(れんち)の心を生じ、刑措(けいそ)の化爰(ここ)に興り、太平の風致すべし。凡(およ)そ厥(そ)の吏民(りみん)豈に勖(つと)めざらんや。……」 (以下略)

[大意]

 「国家をさかんにして泰らかならしむるためには、まず人民を富ませねばならぬ。民を富ませるためには、財産や食物を豊かにせねばならぬ。そこでむかしから男子は農業を励み、女子は機を織るのである。家に衣食の蓄えが十分であれば、人間は恥を知る心を生じ、従って罪人を罰するための刑法などは要らないような世の中となり、天下は太平となるであろう。

 これを思えば役人も、人民も各々その職務に勉励せずには居られぬ筈である。……」

 それで、水田ばかり作っているのでは長雨や旱魃
(ひでり)にあえばたちまち飢饉に見舞われがちであるから、麦や粟も作るようにせよ、との詔を発せられたのであった。

          ○

    元正天皇 「文武の庶僚に下し給へる詔」
              (養老5年[721]1月・続日本紀)

[書き下し文]

 
「至公にして、私なきは、国士の常風なり。忠を以て、君に事(つか)ふるは、臣子の恒道なり。當(まさ)に須(すべか)らく各々職とする所を勤め、退食(たいしょく)、公よりすべし。康哉(こうさい)の歌遠からず、隆平の基(もとい)(ここ)に在り。灾異(さいい)(かみ)に消え、休徴(きゅうちょう)(しも)に叶はん。宜しく文武の庶僚、今より以去(いきょ)(も)し風雨雷震の異あらば、各々極言忠正の志を存すべし。」

 (○灾異 灾は災に同じで、天災地異の略。 ○休徴 休は美の意で、よきしるし、めでたきしるし。)

[大意]

 「きわめて公正にして私のないのは国士の常であって、まごころをもって君に仕えるのは、臣子の常の道である。故によろしく各自は、その職務をはげみ、公私を明らかにして、まず公事を先にし、私事を後にすべきである。そうすれば、やがて世は治まり、泰平の御代を謳歌する人民の喜びの歌声も聞えるであろうし、国家が富みさかえて泰
(やす)らかになる基ともなり、また天災地変もなくなり、すべてのことが国家安泰のよき前兆となるであろう。
 それで文武の百官よ、今後もし暴風や大雨や雷鳴や地震などの天災地変があったならば、それは政令よろしきを得ないための天譴
(てんけん)であると思い、まごころから言葉をつくして諫めることを心掛けよ。」

          ○

    
元正天皇 「直言を納(い)るるの詔」
            (養老5年[721]2月・続日本紀)

[書き下し文]

 
「朕(ちん)徳菲薄(ひはく)にして、民を導くこと明(めい)ならず。夙(つと)に興(お)きて以て求め、夜に寐(い)ねて以て思ふ。身は紫宮(しきゅう)に居れども、心は黔首(けんしゅ)にあり。卿等(けいら)に委ぬることなくんば、何ぞ天下を化せん。国家の事、万機に益あらば、必ず奏聞(そうもん)すべし。如(も)し納(い)れざることあらば、重ねて極諫(きょくかん)を為せ。汝、面従して退いて後言(こうげん)あることなかれ。」

[大意]

 「朕
(ちん=自分、われ)、帝王の徳うすくして、しかも民を導くに聰明でない。それ故つねに国家の政を憂え、朝は早く起きてよい政治を行うための進言を求め、夜はおそく寐ねて民のことを思いわずらう。朕の身は九重の奥にあるが、心はいつも民の上にあるのである。御身等(王公諸臣)のよきたすけをからずして、どうして天下を治めることが出来ようか。それで何事でも、国家のためになることであったならば、気づきのものより遠慮なく申し出よ。その言葉が正しいのに、もし朕がこれを用いなかったならば、重ねて強く諌言せよ。御身等は決して、朕の目の前だけへつらい従って、退下した後ぶつぶつ言うようなことがあってはならぬ。

          ○

    元正天皇 「直言を求むるの詔」
                (養老5年[721]2月・続日本紀)

[書き下し文]

 
「世の諺に云(いわ)く、歳、申(さる)に在るの年は、常に事故ありと。此れ言ふ所の如し。去る庚申(かのえさる)の年、咎徴(きゅうちょう)(しばしば)(あら)はれ、水旱(すいかん)並び臻(いた)り、平民流没し、秋稼(しゅうか)(みの)らず、国家騒然として、万姓(ばんせい)苦労し、遂に則ち朝庭の儀表(ぎひょう)、藤原大臣奄焉(えんえん)として薨逝(こうせつ)し、朕が心哀慟(あいどう)す。今亦た去年の灾異(さいい)の餘(あまり)、延(ひ)いて今歳(ことし)に及び、亦た猶ほ風雲の氣色(けしき)、常に違(たが)ふことあり。朕が心恐懼すること、日夜休(や)まず。然して之を旧典に聞くに、王者の政令事に便ならざれば、天地譴責して以て咎徴を示すと。或は不善ありて、則ち之が異を致すか。今汝臣等位高く任大なり。豈に忠情を罄(つく)さざるを得んや。故に政令事に便ならざることあらば、悉く陳(の)べて諱(い)むことなく、直言して意を盡(つく)し、隠す所あることなかれ。朕將(まさ)に親(みずか)ら覧(み)んとす。」

[大意]

 「世の諺に 『申年
(さるどし)には事故が多い』 というが、その通りである。庚申(かのえさる)に当たった昨年は種々の事故が多く、天のとがめの徴(しるし)がしばしばあらわれ、洪水や旱魃がつづき、穀物はみのらず、民は苦しんで、国中は何となく不穏で騒々しく、殊に朝廷の儀表(てほん)ともいうべき藤原右大臣までも、にわかにみまかり、実にかなしい次第であった。しかも昨年のわざわいは、更にひいては今年に及び、ただごとではないようなけはいが、天地にみなぎっているようである。これを思えば朕の心は、日夜心配で、しばらくもやすまるひまがない。

 旧典の教えるところによると、天子の政治や命令が、そのよろしきを得ないと、天地がこれをとがめ責めてその咎めの徴
(しるし)を示すということである。或いは朕の政治や命令に、よくないところがあって、これを責めるために天地が異変を示しているのではあるまいか。御身等は位が高く、その任務は重い。よくまごころを尽くして、朕を補佐せねばならぬ。もし朕の政令に不都合なことがあったならば、遠慮なく信ずるところを十分に申し述べ、隠したり諱(い)みさけたりしてはならぬ。その直言に対しては、親しく朕みずからこれを覧(み)るであろう。」

          ○

    元正天皇 「調役を免ずるの勅」
                (養老5年[721]3月・続日本紀)


[書き下し文]

 
「朕四海に君臨して、百姓(ひゃくせい)を撫育(ぶいく)し、家々貯積し、人々安樂ならんことを思ひ欲す。何ぞ期せん、頃者(このごろ)、旱澇(かんろう)調(ととの)はず、農桑(のうそう)損ずるあり。遂に衣食乏短(ぼうたん)にして、饑寒(きかん)あるを致さしむ。言(ここ)に茲(こ)れを念(おも)ひて、良(まこと)に惻隠(そくいん)を増せり。今課役を減じ、用(もっ)て産業を助けん。其の左右両京、及び畿内(きない)の五国は、並びに今歳(ことし)の調(ちょう)を免じ、自餘の七道諸国も、亦た當年の役(えき)を停(とど)めよ。」

[大意]

 「朕は天子の位に上り、天下を治め民に臨むに就いては、よく人民を愛し、家々のたくわえを豊かならしめ、人々を安楽にせねばならぬということを、つねに思いわずらって居る。しかるに、はからずも近年気候が不順で、ひでりやなが雨などのために、農作物や桑などが害をうけ、そのために衣服や食物が不足して、民に飢え凍えるものさえあるに至った。これを思えば、まことに気の毒にたえぬ次第である。そこで民の産業を助けるために、税や、課役を減ずることにする。すなわち平城京
(ならのみやこ)の左京・右京と畿内の五国は、いずれも今年の税(みつぎ)を免じ、その他の七道諸国は、いずれも今年の課役を免ずるようにせよ。」

          ○

    元正天皇 「農蚕を勧むるの詔」
            (養老7年[723]2月・続日本紀)

[書き下し文]

 
「乾坤(けんこん)持ち施して、燾載(とうさい)の徳以て深く、皇王至公にして、亭毒(ていどく)の仁 斯(ここ)に廣し。然れば則ち、南面に居る者は、必ず天に代つて化を開き、北辰に儀(のっと)る者は、亦た時に順ひ、以て涵育(かんいく)すべし。是を以て朕京城を巡り、遙かに郊野(こうや)を望むに、芳春の仲月、草木滋(しげ)り栄え、東候始めて啓(ひら)け、丁壮 隴畝(ろうほ)の勉に就き、時雨漸く澍(うるお)ひ、蟄蠢(ちつしゅん)、浴灌(よくかん)の悦びあり。何ぞ寛仁を流(し)き、以て黎元(れいげん)を安んじ、淳化を布(し)きて万物を済(すく)はざらんや。宜しく戸頭(ことう)の百姓に、種子各々二斛(こく)、布一常(じょう)、鍬一口(ふり)を給し、農蚕(のうさん)の家をして、永く業を失ふことなく、宦学(かんがく)の徒をして、專ら私を忘れしむべし。」


[大意]

 「天下を治める天子は、あまねく人民をおおい照らすほどの大きな徳をもって、民にのぞまねばならぬ。政をとるに当って、天子がきわめて公明正大であれば、民をそだて養うなさけは初めてひろく大きくなるであろう。故に天子の位に居るものは、天に代って徳化をひらき、時にしたがって民をいつくしみ育てねばならぬ。そうすれば、多くの星が自然に北極星の方を向いて居るように、人民もまた一ように君主の方を向き仰いで、その徳をたたえるであろう。

 そこで朕はいま、平城京
(ならのみやこ)の周囲をめぐり、はるかに町はずれの野辺を見わたすに、時はちょうど陰暦二月春のまなかで、草や木が青々としげりさかえ、わかものたちは畑の仕事に精を出し、春雨がほどよく降って地も漸やくうるおい、長い間地中に冬ごもりしていた虫も地上にはい出して来て、渇いていた水をあびてよろこんで居るかのようである。この時にあたり、朕は心ゆるやかにあわれみ深き政治を布いて人民を安心させ、きよく人情あつき教化をもって、万物を救うようにせずにいられようか。では、家々の主人には皆一ように、穀物の種子を二斛(二石)、布を一常(一丈六尺)、鍬一丁ずつを支給して、農業や養蚕をいとなむものに、永く業(なりわい)を失わせないようにしよう。
 官に仕える役人たちは、私の利益を収める心をなくして、公明な心がけをもつようにせよ。」

          ○

 まさに、天皇の御心は 「大御心」 と言わずしてなんと申しましょうぞ。

 聖武天皇の、「奈良の大仏を造るの詔」 以外の詔については、次回に謹掲させて頂きます。


  <つづく>


  (2018.4.16)

437 天皇の御心はまさに「大御心」である(4)


 まず有名な第16代仁徳天皇の詔の頁を、『大日本詔勅謹解』(森清人著・昭和9年1月1日 日本精神協会発行)より、そのまま複写でご覧いただきましょう。









 上掲の内容をまとめてやさしく言えば、次のようになる。

          ○

 第16代 仁徳天皇の4年、天皇は次のようにおっしゃった――と 『日本書紀』 は伝えている。

 「自分が難波高津宮のたかどのに登って遠く四方をながめるに、民の家々から少しも煙がたちのぼらない。思うに、これは民が貧しくて、家に煮炊きする穀物がないからであろう。都がこうだから、遠く辺鄙な地方の人々はどんなに困っていることであろうか。」

 と(2月6日)。そして3月21日、群臣を召して

 「今後3年の間は、人民の一切の税・課役を免じ、その苦しみを除いてやるようにせよ」

 と詔
(みことのり)された。

 それからというものは、天皇は衣が破れてもあえて繕わせず、宮垣が崩れ、屋根が破れて雨漏りがしても修理もせず、3年がたった。

 やっと五穀が豊かに実り、人々は富み栄え、喜びの声がちまたに満ちてきた。

 天皇の7年4月、天皇が高台に出られて、炊煙が盛んに立つのをご覧になり、皇后に語りかけられた。

 「自分はすでに富んだ。喜ばしいことだ」

 と。すると皇后は言われた。

 「いま宮垣が崩れ、屋根が破れているのに、どうして富んだといえるのですか」

 と。

 天皇はおっしゃった。

 「天が君主というものを立てたのは、百姓
(ひゃくせい)すなわち “おおみたから” ともいわれる人民の幸福のためである。故に君は民があっての君であり民を本(もと)とする。

 昔の聖王といわれる方は、一人でも飢餓や寒さに苦しむ者があればそれは自分の責任であるとして自身を責めたと聞く。民が貧しいのは自分が貧しいのであり、民が富んでいることは、自分が富んでいることなのだ。民が富んで君が貧しいということはありえないのだ」

 と。

 その秋9月になって、諸国から

 「課役や税を免ぜられてすでに3年がたち、いま民は富み、道にものを置き忘れても拾っていく者もありません。家には蓄えもできたのに、宮殿は朽ち破れ放題で何も無い状態です。お願いですから、税を献じ、宮殿を修理させてください。」

 との申し出が頻々とあるようになった。

 それでも、天皇は引き続きさらに3年間、税を献ずることをお聞き届けにならず、10年10月に、やっと税を課し、宮殿の修理をすることをお許しになった。

 それで民は、老人をたすけ幼児も連れて、先を争って我れがちに材を運び簣(もっこ)を負い、日夜をいとわず力を尽くして修理の仕事に励んだので、たちまちのうちに宮殿はことごとく修理された。

          ○

 ――と、『日本書紀』 は伝えている。

 この話は、「有名な」 と冒頭に申しましたけれども、戦後教育を受けた現代の大多数の方たちはご存じないかもしれません。なぜならそれは、占領軍の日本弱体化教育政策で、教科書検定が行われ、愛国心すなわち国を愛する心に繋がる用語や内容を教えることが禁じられたからです。

 具体的に言えば、昭和21年2月4日にCIE(民間情報教育局)によって教科書検閲の基準というものが作成され、教科書の検閲が行われた。そして愛国心に繋がる用語――国体、国家、国民的、わが国、などの言葉が禁じられた。また、日本の神話や、歴史的人物としての皇族あるいは国家的英雄について触れることも禁じられた。愛国心に繋がるからだめだという――。

 多くの日本人は、そうした WGIP(War Guilt Information Program; 戦後占領軍が、「日本は侵略国だ」 という罪意識を日本人に植え付け、愛国心をぶっ壊してしまおうとした洗脳政策)によって洗脳され、日本の善き伝統精神、天皇と国民のうるわしい結びつきなどを知らされないまま今日にいたっているのであります。


  <つづく>


  (2018.4.9)

436 天皇の御心はまさに「大御心」である(3)


 第45代 聖武天皇は、#434 に挙げた 「奈良の大仏を造るの詔」 の (1) において、

 「誠に三宝(さんぼう)の威霊(いりょう)に頼(よ)りて、乾坤(けんこん)相泰(あいやす)んじ、万代の福業を修めて、動植 咸(ことごと)く栄えむことを欲す。」

 と仰せられている。

 その 「三宝」 とは、聖徳太子が発布された 「十七条憲法」 の第二条に 「篤く三宝を敬え。三宝とは、仏と法と僧なり」 とあることを踏まえている。

 「三宝」 すなわち仏法僧とは、現象界の仏像と因果の法則と寺の坊主(僧侶)のことではない。#412 で触れたように、法隆寺管長の大野玄妙氏は

≪ 「仏」 は仏になること、つまり目的や理想。
  「法」 は計画、指南書のこと。
  「僧」 は仲間だ。≫

 と言われている、それもユニークな解釈で面白いと書きましたが、『大般涅槃経
(だいはつねはんぎょう)』 では、その仏・法・僧の三宝は一体であって本来は区別されるものではなく、如来常住を説く法も常住であり、僧もまた常住である、と 説かれている。すなわちその 「聖行品十九之下」 には、

≪ 常(じょう)とは即ち是れ如来、如来は即ち是れ信、信は是れ常なり。……善男子、一切の有為(うい)は皆是れ無常なり。

 虚空
(こくう)は無為(むい)なり、是(こ)の故に常(じょう)と為す。仏性(ぶっしょう)は無為なり、是の故に常と為す。

 虚空とは即ち是れ仏性、仏性とは即ち是れ如来、如来とは是れ無為、無為とは即ち是れ常、常とは是れ法、法とは即ち是れ僧、僧とは即ち是れ無為、無為とは即ち是れ常なり。≫


 とある。これについて谷口雅春先生は、『大般涅槃経解釈』 において、次のように説かれている。

≪ 「有為(うい)」 というのは 「現象にあらわれて有るもの」 であります。これに反して 「無為」 というのは 「現象にあらわれていないもの」 のこと、現象以前のもの、「実相」 のことであります。

 「虚空は無為なり」 とあります。虚空とは 「何もない」 ということではなく、「現象にあらわれていないもの」 のことであります。現象にあらわれていないものは 「常
(じょう)」 すなわち変化しない恒常的存在であります。

 永遠常住の仏性は現象にはあらわれていない、それは 「無為」 であり、常恒であり、天体と天体との間の 「真空」 みたいに常に変化しない。これが仏性であり、それが如来である。それが人間の本体であり、実相であり、「無為」 すなわち現象以前のものである。

 現象以前に存在するのが 「法
(のり)」 であり、「僧」 である。「僧」 とは肉体ではない。「無為」 すなわち現象以前の理念である。それは如来であり、法身であり、常恒不変不滅の存在である――と釈尊は仰せられたのであります。≫


≪ 「常とはすなわちこれ如来、如来はすなわちこれ信、僧はすなわちこれ常なり」

 と仰せられておりますが、「常」 とは 「常住不滅の実在」 ということであります。僧というのはそこらに袈裟ごろもをつけて、お経をとなえて生活している肉体のお坊さんの事ではない。「常住不滅の実在」 が如来であり、その如来そのものが僧であります。≫


 ――「三宝」 すなわち仏・法・僧は現象の仏像と法則と僧侶のことではなく、時空を超えて一体であり、常住のものである、ということ。だから三宝を敬えというのは、偶像崇拝せよということではない。

 「常住」 とは、「久遠の今」 ということである。現象すなわち現れて見えるものは、本来無いところの時間・空間の中に投ぜられた影に過ぎない。それは無常である。「久遠の今」 に立つ者は 「無為」 であり 「常」 なのである。

 「無為」 なる 「常」 なる者は、「わしが、わしが」 という 「わし」 が無いから、老子が言ったように、

 
「天は長く地は久し。天地の能(よ)く長く且つ久しき所以(ゆえん)のものは、その自(みずか)ら生ぜざるを以てなり。故に能く長生す。」 (『老子』 第七章)

 ということになる。自分の我の力で頑張る、作為、人為のものは 「偽」 であり、永続しないのである。

 日本天皇はまさに無我、無私にして全てを生かすはたらきを為されてきたから、今日まで長く続いてきたのであり、それ故に天皇の御誕生日を 「天長節」、皇后の御誕生日を 「地久節」 と言った。そして 「君が代は千代に八千代に……」 と国歌に歌われてきたのである。

 私は、『聖武天皇 奈良の大仏を造るの詔』 に目がとまってから、その原典 『大日本詔勅謹解』 を直接読みたいと思い、ネットで検索しましたら、その古書(昭和9<1934>年初版)にヒットし、購入することができました。これはすごい宝物だと、嬉しくなりました。

 歴代日本の天皇の御心が具体的に響いてくる御詔勅が満載されていますが、手当たり次第にそのいくつかを次にここに謹掲させて頂きたいと思います。


  <つづく>


  (2018.4.7)

435 天皇の御心はまさに「大御心」である(2)


 毘盧遮那(びるしゃな)、盧舎那仏(るしゃなぶつ)は、梵語(サンスクリット)の Vairocana 「ヴェーローシャナ(ヴァイローチャナ)」の音訳で、「太陽」 の意味があり、宇宙の中心から太陽のように照らし続けること、すなわち 「光明遍照」 の意。宇宙の大真理を、愛をもって太陽のように全ての人に与え照らす仏。釈迦仏はその応化仏、応身仏とする。毘盧遮那仏(略して盧舎那仏)については、『華厳経(けごんぎょう)』 に詳しく説かれている。「大日如来(だいにちにょらい)」 とも訳され、これは日本神道の天照大御神(あまてらすおおみかみ)にあたる。

 「華厳経」 は、詳しく言えば 「大方広仏
(だいほうこうぶつ)華厳経」 というお経。“大方広”というのは、あらゆる方角に広がっているという意味である、と谷口雅春先生は 「金波羅華(こんぱらげ)実相世界」 についての実相研鑽会で次のように説かれている。

≪ 宇宙普遍の神(仏)の生命が華厳――即ち蓮華荘厳(れんげしょうごん)の蓮華の花のように中心帰一の秩序ある美しき姿に展開している世界が、この宇宙であるという事を、釈尊は悟りをひらかれて最初の説法でお説きになった。それが 「大方広仏華厳経」 である。この 「華厳経を以て本と為せ」 という勅(みことのり)によって建立されたのが東大寺盧舎那大仏の造立であったわけです。大仏は毘盧遮那仏であると言われていますが、それは 「大方広仏華厳経」 の 「大方広仏」 そのものであり、あらゆる方角に広がっている、英語で言えば Universal Buddha 或は Universal God であるわけです。≫

 谷口雅春著 『無門關解釋』 のはしがきには、次のように書かれている。

≪ 東大寺の大仏は、中心帰一の蓮華蔵(れんげぞう)世界を彫刻にあらはせるなり。中心座にましますは、光明遍照者にましまして、それを守護し奉るために、千葉(せんよう)の蓮華その御足の下にありて、各々の蓮華に、悉く釈迦牟尼仏ゐまして、光明遍照者の御徳を讃ふるなり。ヴェーローシャナと云ふ梵語をば、大日如来などと、仏教が如来の如く訳したるは誤謬にはあらざれども、人をして外国の仏様の如く誤解せしめたるや久し。

 ヴェーローシャナとは、単に 『光明遍照』 の意なり。宇宙の中心座に在
(ましま)す 『光明遍照』 なり。畏くも天照大御神にましますなり。天皇は天照大御神と一身にましますが故に、釈迦は、天皇信仰を教へたるなり。……≫


 聖武天皇は、「責めはわれ一人にあり。華厳経を以て本
(もと)と為せ」 という詔によって、盧遮那仏を象徴する奈良東大寺の大仏を建立された。

 それは、外国の仏様を敬いまつれということではなく、また大きな仏像という偶像を崇拝せよということでもなく、宇宙に遍満する絶対善なる神の愛、すなわち天照大御神の御光を信じ一体になってこれを現して行こうという大御心の発現ではなかったか。


  <つづく>


  (2018.4.5)

434 天皇の御心はまさに「大御心」である


 私が青年時代から蒐集保存してきた資料ファイルの一つに 「中心帰一」 と題したファイルがあり、それを見返していましたら、<森清人 虔修 『大日本詔勅謹解』 より> 「聖武天皇 奈良の大仏を造るの詔」 というコピーが出て来ました。これを拝見拝読し、歴代天皇の御心はまさに 「大御心」 と申し上げるほかないものだという思いを新たにしました。

 原文は漢文からですが、書き下し文を採用し、大意の解釈文も合わせ、ここに再録させて頂きます。(1)~(5) の番号は読みやすくするために岡が付け、改段させて頂きました。


≪ 聖武天皇 奈良の大仏(盧遮那仏金銅の大像)を造り給うの詔
       (天平十五[733]年。 『続日本紀』 より)

(1) 朕
(ちん)、薄徳(はくとく)を以て、恭(つつし)みて天位を承(う)け、志を兼済(けんさい)に存して、勤めて人物を撫(ぶ)す。率土(そつど)の濱(ひん)、すでに仁恕(じんじょ)に霑(うるお)ふと雖も、而も普天の下(もと)、いまだ法恩に浴せず。誠に三宝の威霊(いりょう)に頼(よ)りて、乾坤(けんこん)相泰(あいやす)んじ、万代の福業を修めて、動植 咸(ことごと)く栄えむことを欲す。

(2) ここに天平十五年、歳次 癸未
(みずのとひつじ)十月十五日を以て、菩薩(ぼさつ)の大願を発し、盧遮那仏(るしやなぶつ)の金銅像一躯を造り奉る。国の銅を尽して象(かた)を鎔(つく)り、大山(たいざん)を削(き)りて以て堂を構へ、広く法界に及ぼして、朕が知識と為し、遂に同じく利益(りやく)を蒙りて、ともに菩提(ぼだい)を致さしめむ。

(3) 夫
(そ)れ天下の富を有(たも)てるものは、朕なり。天下の勢(いきほひ)を有てるものも、朕なり。この富と勢とを以て、この尊像を造る。事や成り易くして、心や至り難し。ただ恐る、徒(いたずら)に人を労することありて、よく聖(しょう)を感ずることなく、或(あるひ)は誹謗(ひぼう)を生じて、反(かえ)りて罪辜(ざいこ)に墜(おち)むことを。

(4) この故に、知識に預るものは、懇
(ねんご)ろに至誠の心を発(おこ)し、各々介福を招きて、宜しく毎日盧遮那仏を三拝し、自ら当(まさ)に存念して、各々盧遮那仏を造るべきなり。

(5) もし更に人の、一枝
(いつし)の草、一把(いちは)の土を持ちて、造像を助くることを情願するものあらば、恣(ほしいまま)にこれを聴(ゆる)せ。国郡司等、この事に因(よ)りて、百姓(ひやくせい)を侵擾(しんじょう)し、強(しい)て収斂(しゅうれん)せしむることなかれ。遐邇(かじ)に布告して、朕が意(こころ)を知らしめよ。


 【大意】

(1) 朕は徳の薄い身を以て天子の位につき、つねに国民のすべてを幸福にせねばならぬと心がけ、民を愛しいつくしんでいるのである。そして現在、全国民をどうにか朕の仁政に霑
(うるお)わせることはできたが、しかしまだ全国民を仏法の恩恵に浴させるまでには至っていない。そこでなんとかして、仏法の偉大な力により、国家は無事安泰に治まり、国民は富み栄え、生命あるもののすべてが、繁栄するようにしたいものである。

(2) 朕がこのたび、天平十五年癸未の年、十月十五日の吉日を以て、仏法の威霊により、衆生を済度したいという目的のもとに、大日如来(盧遮那仏)の大金銅像一体をつくる大願を立てたのも、そのためである。ついてはわが国に産する銅のうち、最も良い銅をもって仏像を鎔
(つく)り、また名山の良木をもって仏堂を建てて、法恩をあまねく国中に及ぼし、全国民に仏果をさせたいと願う次第である。

(3) 思うに、日本中の富は朕のものであり、また国中で一番権勢をもっているものも朕である。従ってこの天下の富と権勢とをもってすれば、いかに大きな仏像でも、その建立は、必ずしも困難ではないが、至誠をもって仏に仕えるということは、なかなか困難なことである。殊に、この大仏の建立には、多大の物資と勢力とを必要とするのであるから、或は徒らに人の労力を空費して、仏の聖意にかなわず、諸方面から非難の声が起り、衆生済度の目的に反して、かえってすべてのものを、罪に墜
(おと)すような結果になりはしないかということを、朕は恐れるのである。

(4) であるから、この寄進に関係のあるものは一切の邪念を去って、まごころを以てこれに従い、毎日、必ず大日如来(盧遮那仏)を三度ずつ拝んで、自ら深く仏に感謝する気持をもって、この大仏建立の聖業に従事せねばならぬ。

(5) もしまた篤志家で、自ら進んでこの聖業に協力奉仕したいというものがあったならば、たとえ一本の木の枝や、一握りの土をもってくるものでもかまわないから、その志に委せて、これを拒んではならない。なおこの際くれぐれも注意をしておくが、各国の国司や郡司たちは、この大仏建立を口実として、人民をむやみに雑役
(えだち)に使ったり、或いは強制的に増税をしたりすることは出来ぬ。以上、大仏建立の趣旨を全国民に布告して、朕の気持ちをよく知らせるように。≫


 ――上記の (3) で、「日本中の富は朕のものであり、また国中で一番権勢をもっているものも朕である」 というのは、#432 で四宮正貴氏が仰っている
「わが國の歴史には、天皇が主権=國家の最高権力を独占的に掌握し独裁専制政治を行ってゐたなどといふことは全くない」 ということと矛盾するであろうか? 決して矛盾しないと私は思う。

 それは、聖武天皇や御歴代天皇が発せられた他の詔を合わせて拝読すればよくわかることである。「責めはわれ一人にあり」 「国民と自分は一体であって、国民が富むことが、自分が富むことである」 との御自覚なのである。

 奈良東大寺の大仏様は、第45代聖武天皇の願い――「責めはわれ一人にあり。華厳経
(けごんぎょう)を以て本(もと)と為せ」という詔(みことのり)によって建立された。

 当時、旱魃
(かんばつ)による不作の連続で飢饉が起こり、飢餓状態に陥った民が罪を犯してしまう。そのような事態に至った責任は朕一人にあるとして、罪人に大赦を与えた。危うさの前から逃げようとする人間は多いが、天皇は 「責めはわれ一人にあり」 として、逃げることをされなかったのである。


  <つづく>


  (2018.4.4)

433 「人事ばかりに精を出していると組織はダメになる」


 
≪人事、そんなに面白い?≫

 と題して、カルビー会長兼CEO 松本晃氏が、4月2日付け日本経済新聞夕刊 「明日への話題」 欄に、次のように書いておられる。(抜粋)

≪ 人事がメシより好きな人が多い。

 「人事権」 は組織で最も大きい権限だ。古来、人事権をもつ人には無条件に平伏する。

 人が集まれば組織ができる。組織ができれば上と下の関係ができる。上に立つ人間には地位と権限と金がついてまわる。当然同時に責任がついてまわるのだが、地位・権限・金と責任をはかりにかければ、ほとんどの人にとって前者の方が心地好い。だから、人間はより高い地位を求めて時には酷い争いを繰り返す。おそらく、人間の世界が続く限りこれは永遠に続くだろう。

 2009年6月、私は今の地位に就いた。代表取締役会長兼CEOというえらく大層な肩書だ。直後に実行したことは 「権限委譲」 だ。その際、会長とかCEOにあった全ての権限を社長に委譲した。その後、社長は直属の部下に委譲していった。さらに、その下に下にとドンドン権限は委譲されていった。上の仕事は自らの権限を委譲して下の失敗の責任を取ることだ。そんな文化に会社を変えたかった。

 人は権限を委譲されると元気になる。故に人は成長する。従って、権限委譲は部下を育てるための最大のツールだ。

 人事権をもたないと寂しい。だから、人はこれを死守する。人事は確かに面白い。

 しかし、年中人事ばかりに精を出していると会社とか組織はダメになる。皆さん、それでも人事はメシより好きですか?

 私は9年前に人事権を捨てた。気楽になった。

 もちろん、ちょっと、寂しい。≫



 「人間」 を根本的に解放するのが宗教の使命である。

 宗教団体が、「人事権」 を振り回して信徒の自由をおびやかすようなことをすれば、それは宗教の使命を放棄することであり、そんな宗教団体は一時的に発展するように見えても長く持続することはできず、必ずや凋落衰退、やがて消滅するであろう。


  <つづく>


  (2018.4.2)

432 現行憲法の「主権在民論」は日本国体を隠蔽し破壊する元凶


 西部邁氏の天皇・国体・憲法論を読んで、私は

  「天皇の地位はこの国の伝統の総意によるとふ説に肯
(うなず)く」

 と詠んだことを前項の終わりの方に書きましたが、四宮正貴氏が、まことに明快にこのことを具体的に詳しく説かれた卓説を facebook に掲載されましたので、ありがたくここに抜粋転載させて頂きます。

          ○

≪ 『現行占領憲法』の「主権在民論」は日本國體を隠蔽し破壊する元凶

 「主権在民」 「平和主義」 「基本的人権の尊重」 の三つが 『現行占領憲法』 の 「三原理」 とされてゐる。しかし、『現行憲法』 の 「主権在民論」 「國民主権主義」 は、日本の國體とは絶対に相容れない思想である。

 「國民主権主義」 は 「君主主権主義」 に対する 「抗議概念」 であるとされ、政治的主権の保持者は國民であって君主ではないことを主張するとされてゐる。これは、君主と國民が絶対的に対立し、権力を奪ひ合った歴史を持つ欧米で生まれた思想である。つまり、『現行占領憲法』 は、君主と人民とは相対立する存在であり、國家とは國民同士が契約して成立するものと考へる西洋的法思想・國家觀・君主觀・權力論が基礎となってゐるのである。(中略)

 そもそも日本天皇が日本國の君主であらせられ、統治者であらせられるのは、天皇が絶対的な政治権力者であらせられといふことではない。それは、武家専横時代の歴史を見れば余りにも明らかである。日本國の政治権力者は藤原氏・平氏・源氏・北條氏・足利氏・徳川氏と転変を繰り返したが、大君・君主は神聖なる権威の保持者であらせられる上御一人・日本天皇であった。

 日本國の君主=天皇は、権力のあるなしには全く関はりなく君主であらせられ天皇であらせられる。ゆへに國民主権論を我が國の憲法の基本原理にするのは絶対に誤りであり、國體を隠蔽し、國柄を破壊することとなる。

 わが國の歴史には、天皇が主権=國家の最高権力を独占的に掌握し独裁専制政治を行ってゐたなどといふことは全くない。『大日本帝國憲法』 にも、「天皇に主権がある」 とは全く書かれてゐない。

 わが國は天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同體である。西洋國家論で言ふところの契約國家・権力國家ではない。我が國は君民一體の國柄である。西洋や支那大陸のやうな君主と人民とが 「國家意思を最終的に決定する権限」 を奪ひ合ったといふ歴史は全くない。天皇の政治的権力によって國民が圧迫されたこともない。

 故に、君主と國民が対立関係にある國家ではない。國王と人民が主権争奪戦を繰り広げた歴史を持つのは欧米諸國である。従って、「主権」 が 「君主にあるのか、國民にあるのか」 などといふことを成文憲法に規定すること自體わが國の國柄とは相容れない。「國家の意思を最終的に決定する権力」 といふ意味での 「主権」 なる概念と言葉は、「天皇中心の信仰共同體國家日本」 には全く相容れない。

 西洋法思想・國家思想である 「主權」 なる 「概念」 を、わざわざ成文法として日本國の憲法に規定することは、大きな誤りであり國體を隠蔽し國體破壊につながる。「國民主権論」 が憲法に書かれてゐる事が、わが國の國家傳統の破壊、共和制革命への突破口になる危険がある。(中略)

 神話時代からの悠久の歴史を有する日本の天皇中心の國柄を隠蔽し、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした國家観を 「成文憲法」 に規定した 『現行占領憲法』 には全く正統性がないのである。「國民主権論」 を第一原理とする 『現行占領憲法』 は國體破壊の元凶である。かかる憲法を根幹にした 「立憲主義」 は國體破壊・伝統破壊に直結する。≫


          ○

 上記は、四宮正貴氏の卓説、正論だと思いましたので、抜粋転載させて頂きました。感謝合掌


  (2018.3.27)


431 迷いが自壊して浄化される時


 「霊魂進化の神示」 に、次のように説かれている。――


『神の子』 なる人間の実相を現象世界に実現するのが人生の目的である。

 ……人間の運命とは 『神の子』 なる人間の実相が現象界に投影する時、時間的空間的に展開するのに、 おのずから一定の順序を追うて展開して行くように 大体定められているのを言う。

 それは譬
(たと)えば朝顔の種子(たね)の中には既に 『花』 の因子(たね)が包蔵されているが、それが現象界に 『花』 となって完成するまでには、日光に逢い、湿気に遭い、芽を出(いだ)し、蔓(つる)を出し、蕾を生じ、ついに花を開くと言うように、大体一定の時間を要し、植物が日光に逢い、雨露に遭うが如く、或は幸福に恵まれ、或は虐運と戦うことによって、ついに実相人間の現象界への投影を完成するのである。

 併し、その投影が完成するには、その投影は 『念波の集積』 で成立っているのであるし、人間は心の自由を有ち、自由に実相の悟りによって念波を浄め得もすれば、迷によって念波を一層汚すことも出来るのであるから、現象世界に実相人間を顕現する過程(進化の過程)を心次第で縮めることも長くすることも出来るのである。

 霊魂進化の過程を短縮するのは、念の浄化による。

 念の浄化には、実相を悟ることが第一であり、物質欲に捉れざることが第二である。

 物質欲に捉れざるためには、『物質本来無し』 の真理を悟るが第一である。

 『物質本来無し』 の真理をさとる程度に達せざる者には、物質の快に捉れざるための修行として、自ら進んで苦を求めて喜ぶか、物質に快を求めて却って苦を得る体験を通じて、ついに物質欲に捉れざるに到るかの二途しかない。

 前者は自ら進んで嘗
(な)める苦行であり、後者は幸福を求むれども求むれども運命的に他動的にやってくる苦難である。

 その他に過去の悪業の自壊する過程として自己の霊的流動体に起る擾乱
(じょうらん)現象の苦痛もある。

 苦難がみだりに取去られず、多くの霊魂の霊界通信が苦行の価値を力説しているのも此の色々の理由によるのである。

 (昭和八年九月十五日神示)


 とあります。

 以上は、人間の運命についての神示ですが、これは人類の運命にも当てはまることではないでしょうか。

 すなわち、「人間」 を 「人類」 あるいは 「世界」 と置き換え、「神の子」 を 「神の国」 とし、この神示を 「人類進化の神示」 としてみてもおよそ当てはまる真理ではないかと思うのです。

 ――現在の日本と世界の状況は、まさに苦難のさなかにあります。

 それは、過去の迷い(悪業)の自壊する過程としての苦難であり、この苦難を経て、みこころの天に成る実相世界は、現象界への投影を完成させようとしつつあるのではないでしょうか。

 「苦しいときの神頼み」 と言いますが、人智で苦難から逃れる道が見いだせない時は、絶対善なる神を信じ祈り、神に全托して救いの時――実相顕現の時を待つしかないと思います。

          ○

 谷口雅春先生著 『我ら日本人として』 <昭和33(1958)年初版> に、次のようにありました。(今から60年前のことで、鳩山さん、鳩山首相というのは鳩山由紀夫氏の祖父・鳩山一郎氏のことです)

 
↑『我ら日本人として』 昭和33年初版本のカバー(補修のあとがあります)


 
↑『我ら日本人として』 昭和41年初版「新選谷口雅春選集8」カバー

     生長の家と鳩山さんとの関係

 おたずねのことお答え申上げようと思います。私は社会党にも自民党にも属しないものでありますし、生長の家そのものも自民党に応援するものではない。嘗
(かつ)て、鳩山首相と私とで共著 『危機に立つ日本』 を書いた事があったので生長の家が自民党であるかの如き感を与えているかも知れませんが、決して生長の家が自民党ヒイキという訳ではありません。

 鳩山首相が生長の家の教えに触れて 「もう一度人類のお役に立つなら、病気のそのままでもお役に立ちたい、生命は神より与えられたものであって、病気から与えられたのではないから、自分のいのちは神が返却せよといわれるまでは、病気から横取りされることはない」 との大信念をもって半身不随のまま立ち上られたのであり、その大信念をもって総理大臣在職中あの病気のままで、ソ連まで使いし、多忙な神経戦の多い政界の仕事を今日までやりつづけて来られたのは、生長の家のお蔭だと大いに感謝していられるだけのことであって、生長の家が自民党ではなく、鳩山首相が生長の家党だった訳であります。これを逆に考える人は、宗教が一党に偏するが如き誤った観念をつたえるのでありまして、それは大変危険なことであります。決して生長の家は自民党に偏向していない。併し日本の政党で天皇制を支持しているのが自民党だけなのです。
(p.3)


     
酒を飲んで政治をするのは止めて貰いたい

 生長の家は中道実相の道を歩むのでありますから、社会党を批判しても、これは日本国のためを思うからでありまして、自民党にのみ味方するのではありません。内閣官吏の汚職はわるいし、森脇事件なども政治色がある。しかし汚職は唯物論の拝金主義者を政治家に選ぶかぎり、そういう官吏や党員がでる。無論その政権担当者の監督不行届もあり責任問題もあるけれども、今までどの党が政治をやっても必ず汚職や賄賂の話が出なかったことはないのであります。今後たとい何党が政権をとったからとて同じような汚職がでないとは保証できない。

 ……だから汚職々々の泥合戦はやめることにして、いたずらに他党を攻撃せず、みずからの不徳を反省して自粛すべきだと思います。
(p.12~13)


     
家長の心境と一家の運命

 一国の家長にあたる総理大臣が変ると、一国の雰囲気が変る。経済界が変る。こういう意味において、私は今後とも、生長の家の信徒の中から総理大臣や数多
(あまた)の閣僚及び代議士を出したいと思わずにはいられないのである。それは生長の家の教勢拡張のためが目的ではなく、日本国をより栄えた至福の国たらしめ、それは即ち日本国民全体が幸福になる道でもあり、延いては、日本が主導者となって世界の平和に貢献し得ると思うからである。
(p.172)


     
憲法改定の主要点は何か

 憲法改定が必要なのは、再軍備だけではなく日本の国のあり方の根本問題にかかわるものであり、日本の国が如何にしてハジマリ、如何にして建ったかの根本を定めるものでありますが、現憲法は日本国を弱体化するための連合軍の意向の下に制定せられたので、建国の根本が明かになっていないで国民が主権者になっております。しかし現在の国民は建国の主権者ではなく、既に建てられたる国の継承者に過ぎないのであります。
(p.7)≫

          ○

 上記最後のフレーズ、憲法の問題については極めて重いものを感ずる。今、自民党の憲法改正案は、前文や第九条二項 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」 というのもそのまま存続しながら自衛隊を明記するということで進めようとしているようだが、そんなことで――(第1条で) 「天皇の地位は主権の存する国民の総意に基づく」 つまり国民が天皇よりも偉いのだ、という憲法の根本思想を是認していていいのか。大いなる疑問、憂慮を持たざるをえない。

 西部邁氏(2018.1.21死去)は 『月刊日本』 2017.6月号で、インタビューにこたえて次のように述べている。

   「なぜ天皇を論ずるのか」

―― 日本にとって天皇とは何かという問題についてお話を伺いたいと思います。

西部 そもそも国家がいくつかの選択肢の中から特定の政策や戦略を選ぶためには、必ずや何らかの価値基準が必要になります。では、その価値がどこから来るかと言えば、より上位の価値に由来するわけですが、より上位の価値のより上位の価値……と価値の由来の根源をたどっていけば、論理必然的に至上絶対の価値、つまり宗教的なるものに行き着かざるをえなくなります。そういう国家の価値基準が由来する根源的な何事かをナショナルアイデンティティと言ったり、国体と言ったり、国柄と言っているわけです。

 つまり、政治と宗教はいずれも 「まつりごと」 と言われていたように、根源においてはつながっている。「政教分離」 とか 「祭政分離」 などと簡単に言うのは根本的な間違いです。

 そして
天皇は価値の源泉たる国柄の 「象徴」 なのです。だから 「天皇に関心がない」 というのは、国家にも宗教にも価値にも関心がないと宣言するようなものだと。天皇はそれら全てに関わる存在ですからね。何はともあれ日本国民たる者、国家、宗教、価値を考えようとすれば、天皇に関心を持たざるをえないのであると言うべきです。

   「立憲主義の虚妄を撃つ」

―― 昨年の 「お言葉」 以来、天皇論が盛んになっていますが、どのように受け止めていますか。

西部 今上陛下が生前退位のご意向を示されたことをめぐり、少なからぬ人々が立憲主義を唱え、一種の法律至上主義が広がっているという状況です。しかし天皇や憲法の関係や位置づけに関する本質的な議論が進んでいるとは言い難い。

 そもそも本来の憲法は俗世の根本規範のことですが、決してコンプリート(完結)するものではない。

 憲法第一条では 「
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する国民の総意に基づく」 と書かれています。そして象徴という言葉は、多かれ少なかれ俗世を超越したものを求める精神性、つまり何ほどか聖なるものへの志向性を含んでいます。

 
憲法は不完全なものであり、立憲主義なんてことを簡単に言って、何もかも説明できると思ったら大間違いです。世間では憲法に天皇がどう書かれているかにこだわっていますが、憲法は日本に天皇がいるということを俗世の側から確認しただけのもので、今の憲法のおかげで天皇がいるのではない。

 
結局、占領軍は 「天皇はシンボルにすぎない」 と思いたかったんですよね。戦後の日本人もそうだった。しかし象徴という言葉は重いんです。象徴は単なる記号ではない。国旗とか学校の記章など、他と区別するための記号とは異なり、聖性への志向を孕んでいる。

 そして天皇が歴史的に持続してきた国民の聖なる感覚を象徴している以上、「象徴にすぎない」 のではなく、あえていえば 「象徴であらせられる」 わけです。

 「万世一系」 や 「神聖ニシテ侵スヘカラス」 という明治憲法の表現はいかにも仰々しく、どこか無理のあるこしらえ物のような印象がありましたが、現行憲法で 「象徴」 という表現を使ったおかげで、天皇という存在の持つ意味合いはより広くかつ重いものになったんだと捉えるべきだ。

――
「国民の総意」 はどう考えるべきですか。

西部 そこには
二通りの解釈がありえます。一つは 「いま生きている有権者の多数派の意思」 という解釈で、もう一つは 「歴史上の総国民の総意」 という解釈です。
かつて日本に存在し、これからも存在するであろう過去、現在、未来の国民全ての総意だとする。

 
僕は明らかに後者だと思う。仮に前者の立場をとると、天皇が変わる度に天皇制の存廃を問う国民投票をやるなんてバカな話になりかねないですからね。

 
国民の総意が 「歴史上の総国民の総意」 だとすれば、それは日本の歴史が残した 「伝統の精神」 だと言ってよろしい。天皇の地位が国民の総意に基づくというのは、天皇の地位は歴史的な伝統精神に基づくということに他ならないんです。

          ○

 上記西部邁氏の言を読んで、私は次のように詠みました。

 「天皇の地位はこの国の伝統の総意によるとふ説に肯
(うなず)く」


 私の天皇論・憲法論は、

 #291#297 で 「天皇陛下のビデオメッセージに思う」

 #298#302 で 「『立憲主義』 と 『国体尊重』 は本来同義である」

 #303 で 「日本国憲法 前文 改定試案」

 として書いてきた通りであります。


   <つづく>


  (2018.3.25)


430 宇宙の歴史を完成させる鍵を握っているのは日本だ!


 「神は完全にして、神の造りたまいしすべての物も完全なり。」

 (聖経『甘露の法雨』)である。私は、そのことを信ずる。

 そして――

 「みこころの天に成るがごとく、地にも成らせ給え」 と祈るように、イエスは教えた。

 釈尊は、金色の蓮の花を拈
(ひね)って、宇宙の実相(本来のすがた)を示された(世尊拈華)。

 それは、中心帰一・大調和のすがたであり、日本の本来のすがた、神の造られた日本の実相(理念)である。

 その完全に造られた神の構図は、地上(現象世界)に必ず実現展開されざるを得ないのである。

 その

「宇宙の歴史を完成させる鍵を握っているのは日本」

 だ、と思う。

 それは、私が上記の主題で、

 (1) #348 ――世界平和実現のために

 (2) #349 ――平和の鍵は、中心が一つあること

 (3) #350 ――「天皇は、神だ!」

 (4) #351 ――アインシュタインの言う日本盟主論

 などとして、すでに書いているところであります。

 また、四宮正貴氏は Facebook (2018.2.23)に、次のように書いておられる。

https://www.facebook.com/masaki.shinomiya.1/posts/1668967906523546

≪ 一神教の対立を解消せしめ全人類を戰爭の慘禍から救ふ道は日本傳統信仰への回歸と恢弘にある

 何とか、世界の闘争対立を緩和するために、我が傳統信仰の果たすべき役割はないかを考へねばならない。

 自然と共に生き多くの神々や思想を融合調和してきた多神教の精神、とりわけ、稲作生活を基本とした神代以来の天皇中心の祭祀國家・信仰共同体を今日まで保持しつつ、西洋文化・文明を受容し、それを発展せしめ、東洋でもっとも発達した工業國なった日本の精神伝統が大きな役目を果たすと考へる。…中略…

 日本神話は、山紫水明麗しく緑滴り清らかな水が豊富で四季の変化が規則正しい日本といふ素晴らしい國において生まれた。闘争戦争を絶え間なく繰り返してゐる一神教の世界に対して、自然と祖靈を神と拝ろがむ神道の精神がその闘争性を和らげる原理となり得るといふ希望を私は抱いてゐる。

 イスラム教徒やユダヤ教徒が伊勢の神宮に来て大感激したといふ話を何回か聞いたことがある。『コーラン』 に書かれてゐる 「楽園には木々が生い繁る。…流れ出る泉が共にある。…深緑に包まれている」 といふイスラム教徒にとっての理想郷とはまさに日本の風土なのである。

 四季の変化が規則正しく温和な日本の自然環境は、自然を友とし自然の中に神を観る信仰を生んだ。日本民族は、天地自然を神として拝む。

 神道は祭祀宗教であるといふ。祭祀は自己の罪穢れを祓ひ清め神と一體となる行事であるから、救済宗教の性格も持ってゐる。自然を神と拝ろがむ日本の傳統的信仰精神が自然を破壊し人の命を軽んずる現代を救済する原理となると考へる。

 「祭祀」 および 「直會」 は、神と人との一體感を自覚する行事であると共に、それに参加する人々同士の一體感も實感する行事である。〈神と人との合一〉 〈罪の意識の浄化〉 を最高形態としてゐる信仰は、日本伝統信仰・神ながらの道である。「祭りの精神」 が世界に広まれば世界は平和になるのではないか。

 「祭り」 を基礎とした魂的信仰的一體感が、世界人類の交流と共存の基盤となるのではないか。「祭り」 が世界で行はれるやうになれば世界は平和になるのではあるまいか。

 今こそ、わが國傳統信仰を國の内外において恢弘しなければならないと思ふ。一神教の対立を解消せしめ全人類を戰爭の慘禍から救ふ道は、日本傳統信仰への回歸と恢弘にあると信ずる。≫


 ――その通りであろうと思います。

 同じく1月3日には、

 「西洋の絶対君主制と日本国体との違いは、京都御所の清々しさ・麗しさと、ヴェルサイユ宮殿の豪華絢爛さとを比較して判然とする」

 と題して、次のように書いておられるのである。

≪ フランスのヴェルサイユ宮殿の庭は、日本の寺院や城郭の庭とは趣を全く異にする。自然と対立し、自然を作り替え、自然に整形美容を施して、庭園にしている。一方、京都の龍安寺・石清水八幡宮・修学院離宮・桂離宮など日本の神社仏閣の庭園は、自然と対立せず、自然を改造せず、自然に即し、自然の美しさを生かした庭園となっている。

 穏やかな風土の緑豊かな地に生まれた多神教の神は、自然と一体であり自然の中に宿る。不毛な風土の砂漠地帯に生まれた一神教の神は、自然と対立しこれを支配し征服する神である。日本伝統信仰は、自然の 「神のいのち」 として拝ろがむ精神を持っているが、キリスト教の自然観は人間は神の命令により自然を征服し支配し改造する権利を与えられているという信仰があるので、庭造りにしても、自然を改造して美しさを作り出すのである。こうした自然観の違いが庭造りにもはっきりとあられている。

 『創世記』には、「神いひ給ひけるは、『我等に象
(かたど)りて、我等の像(かたち)のごとくに我等人を造り、之に海の魚と、空の鳥と、家畜と全地と地に匍ふ處の諸(すべ)ての昆蟲(はふむし)を治めしめんと』 … 『生めよ殖えよ、地に滿てよ、地を從がはせよ。又海の魚と空の鳥と地に動く所の諸(すべ)ての生き物を治めよ、…』」 と記されている。

 この神の命令により、神の形の如く造られた人間は、自然を征服し支配し改造し操作し利用する権利があるとされる。これが西洋における自然改造の手段としての科学技術や機械の発展の精神的基礎であると言える。近代科学技術はこのような自然観を基礎として発達し、それによって人間は便利な生活を享受したが、反面、そのために自然を破壊しつつあることも事実である。

 しかし、神への信仰があるうちはまだ、神が創造した自然を、人間の利己的な目的のみのために利用し改造し害することは、神に対する 「罪」 であるという慎みの心があった。しかし、その天地創造神をすら否定する人が多くなった近代社会においては、そうした心も消え失せ、人間の 「幸福」 のために自然を改造し破壊してきたのである。それが現代における自然破壊・公害問題の根本原因であると考える。

 一方、日本の精神伝統(芸術にも宗教にも文芸にも)は、自然崇拝、自然を神として拝む心がその基本にある。これが日本の精神史の不滅の基礎である。したがって、この自然崇拝の心(人と自然との一体観)という日本の精神伝統に反する外来宗教であるキリスト教は日本に深く根付くことはなかった。  

しかし、ヴェルサイユ宮殿を作り権勢と栄華を誇ったルイ十四世は、他人からは 「太陽王」 と呼ばれ、自ら 「朕は国家なり」 と言った。これは国土と国民を自分の私有物として支配するということである。己の 「私」 によって国家を支配し、「私」 によって人民を罰する。自分に服従する人民のみを保護し、服従しない人民は迫害する。これを 「専制君主」 という。ユダヤ教やキリスト教の神が 「選ばれたる民」 「己を信ずるもの」 のみを保護するのと相似である。

 これは、「あめがしたしらしめす」(『知る』 という動詞に、尊敬の意を表す 『す』 の付いた語に、さらに敬意を添える 『めす』 の付いた語。お知りになるという意) 「きこしめす」(同じくお聞きになるという意)という<やまとことば>で表現される日本天皇の国家統治の御精神とは全く異質である。つまり、天下の事情そして民の意志をお知りになり、お聞きになるというのが、日本天皇の統治精神なのである。こうした精神は、西洋や支那の絶対専制君主の国家支配とは全く異なる。

 ルイ十四世は国家を私物化したが、日本天皇は国家を私物化することを厳しく戒められた。明治天皇の外祖父・中山忠能前権大納言は、明治天皇の御即位にあたって、「そもそも皇国は天照皇大神の御国で、天子をして之をあずからしめてあるので、至尊といえども吾物と思召
(おぼしめし)ては、自然御随意の御処置に押移るべく、御在位中は、光格、仁孝の両帝のお定めになったものを、よくよく御守りになるように」 と言上したという。このように、日本天皇の国家統治は西洋絶対君主の国家支配とは正反対に 「無私の精神」 が基本となっていたのである。

 皇位の御印として伝えられている 『三種の神器』 の一つが自己を主張せず一切を映し出す 「鏡」 であることは、天皇統治が 「無私」 の精神であることを象徴している。

 そもそもフランスのブルボン王朝の国王だけでなく、ヨーロッパ諸国の国王は、封建君主の大なるものにすぎない。日本で言えば徳川将軍である。日本天皇は政治権力も軍事力も有せずして、封建君主たる将軍を任命する御存在であった。

 ゆえに、ルイ十四世などの西欧の絶対君主は、日本天皇とは全くその性格を異にする。西洋の絶対君主制と日本国体との違いは、京都御所の清々しさ・麗しさと、ヴェルサイユ宮殿の狂気の如き豪華絢爛さとを比較しても判然とする。≫


 ここに、究極の世界平和への道があると私は信ずる。


   <つづく>


  (2018.3.24)


429 秩序の見えない混沌の時代に突入・・・


 今朝(2018.3.20)の日本経済新聞第1面トップで、同紙モスクワ支局長古川英治の署名入り記事として、「共振する国家主義」 というメインタイトルをつけ、次のように書いている(抜粋)。

≪ ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席がときを同じくして長期にわたる強権支配を固めた。ともに歴史的な大国の復興を掲げて欧米中心の秩序に挑み、地政学的な野心も隠さない。国際秩序の守り神であるはずのトランプ米大統領も 「米国第一」 を押し通す。自国優先主義が共振し、軸なき世界に混沌を広げる。民主主義と自由経済は試練のときを迎えた。

 ……米ソ冷戦の終結で勝利したはずの民主主義と自由経済を軸とする秩序が揺らぐ世界を映す。約30年前、欧米が抱いた経済のグローバル化が成長と民主化をもたらすとの期待は外れた。

 中国もロシアも自由化による成長の果実だけをもぎ取った。習氏は開催中の全国人民代表大会で国家主席の任期をなくし、2023年以降の続投を可能にした。プーチン氏は18日の大統領選で24年まで四半世紀の支配を決めた。「皇帝」 のような強さにこだわり、独裁的な国家主義に動く。

    米も自国優先

 「米国を再び偉大に」 と叫ぶトランプ氏の発想は、プーチン氏や習氏に似通う。……大衆迎合で応じるトランプ氏は国際協調をないがしろにし、中ロの国家主義と共振する。

 軍事力をはじめとするハードパワーへの回帰は国家の復権の象徴だ。中国は南シナ海などで領有権を強硬に主張し、ロシアはウクライナ領クリミア半島を併合し国境を武力で侵した。トランプ政権も核兵器重視への転換を表明し、ロシアは戦略兵器の開発の誇示で対抗する。冷戦時代さながらの 「核の抑止」 という言葉が世界で飛び交う。

 ……自国の利益優先がはびこり、イデオロギーで二分された冷戦時代よりも世界は複雑さを増した。

 国家主義は人権などへの配慮を後回しにし、スピード感ある国家運営を演出しやすい。だが独裁が招く誤りは歯止めが利かず、独善的な指導者の判断ミスがもたらす災厄は格段に大きくなる。指導者不在の 「Gゼロ」 世界を予見したイアン・ブレマー氏は 「この10年は秩序の見えない混沌の時代が続く」 とみる。

 では日本は、どんな道を歩むべきか。安倍晋三政権は森友問題で民主主義を揺るがしかねない公文書の書き換えが発覚した。そんな状況下でも、日本が欧州とともに米国を引き留め、民主国家の結束を維持する以外に、「Gゼロ」 の世界の防波堤は見当たらない。

 ……国家主義は汚職をはじめとするゆがみを生みやすく、持続可能性に疑問符が付く。すでにロシア経済は停滞に陥り、中国も過剰債務などの矛盾を抱える。世界で開かれた経済を守る――民主主義と自由経済の恩恵を受けてきた日本が負うべき責務だ。≫

<2018.3.20 日経紙より>

 ――今、日本が負うべき責務、使命は、「民主国家の結束を維持し、世界で開かれた経済を守る」 というだけのことではない。もっと根元的な、大きな使命があると思う。

  <つづく>

  (2018.3.20)


428 “エコ”は “エゴ”ではないか


 桜チャンネル 「エネルギーは現在(いま) の第5回目

 
ここまで損する !? 「再エネ」 の正体/蓄電池の可能性 [H30/3/5]

 が、YouTube で公開されています。ぜひ、御覧ください。

 https://www.youtube.com/watch?v=tCplz48RPtM

 太陽光・風力などのいわゆる 「再生可能エネルギー」、略して 「再エネ」 は、社会的には断じて持続可能なエネルギーではない。――ということがわかります。

 人間生活に必要不可欠なエネルギーを生み出す装置として、火力発電、原子力発電、水力・太陽光・風力・地熱などの自然エネルギー発電などがあり、その中で太陽光・風力などいわゆる 「再エネ」 こそ、最もきれいな理想のエネルギーであるかのごとく喧伝されているが、実はそれは欺瞞であり偽善であった。

 発電所はすべて、まず発電装置をつくるために大きなエネルギーが遣われる。太陽電池パネルをつくるには、硅石からシリコンを溶かし出すために大きなエネルギーが投入されている。その発電装置をつくるため必要な投入エネルギーを分母とし、それによって生み出される回収エネルギーを分子とした比率を 「エネルギー収支比」 とする。これが7倍を下回ると、経済的にメリットがないといわれている。太陽光はこのエネルギー収支比が最低で、3.9。蓄電池を使った蓄電費を含めると、それは1.6になるという。ちなみに、火力発電は28~30で随時出力の調整がきくから蓄電費は不要、水力は49で蓄電(貯蔵)費を入れると35、原子力は75となる。

 そのように収支比の悪い太陽光発電がひろまっているのは、全量固定価格買取制度(FIT)による。それを負担しているのは結局、国民である。

 その社会的コストは、日本でいま年間2兆1400億円、2030年にはその倍になるといわれる。

 しかも、太陽光で発電できるのは主に晴れた日の日中だけで、夜間や雨天の日はほとんど発電できないから、太陽電池は発電能力の12%程度しか実際には発電されない。風力発電も天候次第であり、需要に応じた発電ができないから、太陽光や風力発電は、それだけで自立してコンスタントに必要エネルギーをまかなうことは出来ず、その 「しわ取り」 を引き受けざるをえないのが火力発電である。太陽光や風力発電の量が増えすぎると、そのしわ寄せが火力発電や送電線・変電設備にも及び、社会的コストには計り知れないものが生じる。

 再エネですべてのエネルギーがまかなえると思うのは全くの幻想であり、再エネは増えすぎると大きな社会的損失と混乱を巻き起こすのである。

 アメリカでグーグルやアマゾンなどが 「RE(再エネ)100%」 などと言っているのは、企業がいいことをやっているというイメージアップのために言うだけの、エコではなくエゴであり、自分はえらい、気高いことをやっていると見せる偽善である。

 
「エネルギーは現在(いま)」 という番組は、『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』 『復興の日本人論』 などの著者川口マーン恵美さんがキャスターとなって問いかけ、世界のエネルギー問題の専門家である小野章昌氏が真摯な公平な研究の結果を、危機感をもって熱く語っている番組です。


    
「エネルギーは現在(いま)」

1. あまりに呑気で危うい日本のエネルギー事情 [H30/1/8]
https://www.youtube.com/watch?v=5ondbo5Iv5I

2. 激変する世界のエネルギー事情~50年後の日本はどうする? [H30/1/22]
https://www.youtube.com/watch?v=yGKAavzA5as

3. 賞賛される「再生可能エネルギー」の正体とは!? [H30/2/5]
https://www.youtube.com/watch?v=3MoQHHEANiY

4. 日独大失策か!? 増えすぎた太陽光・風力発電がもたらす未来予測 [H30/2/19]
https://www.youtube.com/watch?v=XncXlvJNEtI

5. ここまで損する!?「再エネ」の正体/蓄電池の可能性 [H30/3/5]
https://www.youtube.com/watch?v=tCplz48RPtM


 生長の家教団がエコをいうのはエゴからではなく善意からであると信じますが、善意からであっても無知であれば、知らずして犯す罪は知って犯す罪よりも重いと釈尊も言われていますから、早く正しい知恵をもって適切に対処して頂きたいと思います。


  (2018.3.8)


427 悪しきものは宇宙のどこにも存在しない


≪     
困難を克服して伸びる祈り


 神は宇宙の本源であり給い、自己の内に “無限” を包蔵し給うのである。

 宇宙の一切のものは、神の無限の内容が、時間空間の枠を通して逐次に展開し行く姿であるのである。それゆえに今日は咋日よりも一層よく、明日は今日よりも一層よくなることは間違いないのである。

 たとい一時、暗黒の状態があらわれようとも、私は決してそれについて悲観することをしないのである。暗黒と見える時にも生命の生長の営みは行なわれているのであって、植物は、夜のうちに一層伸びるということである。

 われわれの魂も、境遇が苛辣
(からつ)であり、周囲の一切のものがただ暗黒に閉されていると見える時には、かえっていろいろの反省や努力が行なわれて、明るい幸運にめぐまれている時には、ないがしろにせられていた魂の部分が一層伸び且つ向上し進化するのである。

 肉眼には明暗の二相があるかのように見えているけれども、魂にとっては、明暗ともに、生長と進歩との機会なのである。悪しきものは宇宙のどこにも存在しないのである。

 “悪” は本来存在しないのであるし、失望落胆すべき事情も決して存在しないのである。

 わたしの希望は、神の希望がわたしという噴出口を通して、実現して来ようとしている衝動であるのであるから、その希望は自分自身の卑怯な臆病な躊躇逡巡をもって妨害しない限りは必ず成就し実現するのである。

 「不可能」 という語は、それが他の人々に不幸を与え迷惑を蒙らせるような願いでない限り、あなたの 「生活の辞書」 には存在しないのである。

 私は今日より後、一切の卑怯な躊躇と臆病な逡巡とに分かれを告げるのである。

 私は勇敢に希望実現の道を歩む。神が導き給うのであるから、決して道に迷うことはないのである。

 私は一切の不幸や災厄や病気や貧しさに対して別れを告げるのである。なぜなら、そんなものは本来 “神の子” には存在しないのであり、それはただ “迷い” の影に過ぎないからである。

 私は今、“人間・神の子” の真理を、以前よりも尚一層明らかに覚ったのである。この真理の光に照されて私は光の中を歩むのである。真理の光の照り輝くところ闇は姿を消すのである。

 私は光に照されて、神の示したまえる大道を歩むがゆえに、私の行く先はことごとく神の光に照されて、暗きは明るくなり、嶮しきは平らかとなるのである。

 私は神を信じ、神の導きを信じ、つねに神の叡智を受けて進むがゆえに、わが心は疑いの念に一瞬でもくらまされるということはないのである。

 神に導かれるわれわれ家族にとっては、明日についての思い煩いも心配も不安もないのである。神の光に照されて人生の大道を歩む私たちは誠に幸福なるかなである。神に深く篤く感謝し奉る。≫


       (『聖経 真理の吟唱』 より)


 生長の家の人類光明化運動は、神が始められた神の運動であるから、

 
「たとい一時、暗黒の状態があらわれようとも、私は決してそれについて悲観することをしないのである。暗黒と見える時にも生命の生長の営みは行なわれているのであって、植物は、夜のうちに一層伸びるということである。」

 生長の家は永遠に栄え、神の国は実現しつつあるのである。現象はどのように厳しい冬のように見えても、春の準備は着々と整いつつあるのである。

 私は、それを信じます。

 ありがとうございます。


  (2018.3.5)


426 生長の家が弥々(いよいよ)栄えるために(2)


 昨日ご紹介した、『生命の實相』 第37巻 「幸福篇上」 三月二十四日の言葉を、私は下のようにプリントして、今朝も神想観のあとで数回心に唱え念じました。



 一方、#424 に引用した東芝危機の教訓や、昨日の新聞広告にあった下のコピーなどは、宗教団体の組織に於いても起こりうることとして、自戒の糧にすることができます。



 しかし、上のような上司といえども、それは “彼” とか “あの人” というような他者――他人事ではなく、自分自身なのである。自分もそうなりかねないものがあることをおそれ自戒して、「一切者」 の自覚に生きなければならない。環境は、わが心の影なのである。


 ○ 生長の家とは、建物の名ではない。「和」 の名であり、「愛」 の名である。(『光明道中記』 34頁より)

○ 分裂がない、対立がないのが生長の家であります。

○ だから、生長の家は永遠に栄えるものなのであります。

○ 『生命の實相』 は、ただただ天地一切のものがすでに大調和している生命のほんとの相
(すがた)を、讃えに讃えて書かれているのであります。

○ その 『生命の實相』 に還れば、生長の家教団は永遠に栄えるのである。いや、現象はどのように厳しい冬のように見えても、春の準備は着々と整いつつあるのである。

 ――私は、そう確信いたします。ありがとうございます。


  (2018.3.2)


425 生長の家が弥々(いよいよ)栄えるために


 「2月は逃げる」 で、はや弥生
(やよい)3月に入りました。

 『生命の實相』 第37巻 「幸福篇上」 の3月の項は 「弥々
(いよいよ)(お)うるいのち」 として、次のようなすばらしいお言葉がありました。


          ○


≪   三月一日


 啓示――

 人間は小宇宙である。

 大宇宙の力すなわち神が万物を創造したがように、われわれも万物を創造する。

 神が心をもって万物を創造し給うたように人間も心をもって万物を造り出す。

 神が万物を言葉によって創造したように人間も言葉をもって万物を創造
(つく)り出すのである。

 人間もこの意味において創造主
(つくりぬし)だ。…(中略)…


   三月二十一日


 すべての人間はその本質は神の子であり、すべての人間の表現は、時間空間の立場に従ってことごとく異なる。一つの立場を測る尺度で他の人間を測って批評してはならない。

 正しさは美徳であるが、寛容はより大なる美徳である。寛容を失うとき正しさは悪に変わる。


   三月二十二日


 人を心で憎むことと、人の悪口を言うこととは、短刀をもってその人を刺し貫くに等しい。

 善人だという人の中に、そういう人が多いというのは驚くべきことである。善人よ、みずから省みよ。われわれは人の善悪を測る標準を変えなければならぬ。


   三月二十三日


 人生において最も恐るべき敵は恐怖であり、人生の中で最も助けとなる味方は希望である。しかしいっさいの浮世の希望が打ちくだかれた時に、人間は本当の希望を見出すのである。


   三月二十四日


 わたしの行くところに道がひらかれる、わたしは道である。

 わたしの行くところに花葩
(はなびら)が撒かれる、わたしは花葩である。

 わたしの行くところに太陽が照り輝く、わたしは太陽である。

 わたしの行くところに必ず宝庫がひらかれる、わたしは宝庫である。



 この世の中が思うようにゆかないという人は、わたしと同じ心持になるがよい。

 険しきは平らかにせられ、難きは易しきに打ちかえられる。


   三月二十五日


 胸を広くして待っていること。ここに幸福の秘訣がある。…(後略)…≫



          ○


 ――私たち生長の家信徒一人一人が皆、上記のような気持になることを実践すれば、生長の家は弥々栄えること間違いなしだと思います。

 私は特に、「三月二十四日」 の太字のお言葉を、毎朝家族と共に称えて1日を出発し、事ある毎にこれを念じようと思います。


  (2018.3.1)


424 経営の視点から見た生長の家教団


 「経営」 の 「経」 は、経
(たて)糸である。経営者は、経(縦)に貫く経営理念を持って事業を運営しなければならない。

 一般的な営利事業ならば、会社または店舗等が利益を計上することも重要な目的となる。しかしながら営利事業であっても、目先の利益を追うだけのことをやっていたのでは永続できないことは明らかであり、10年以上続いている会社や店はほとんど例外なく、顧客の役に立つような何らかの奉仕の理想、理念をもって経営していると言われている。

 いわんや、公益法人とか宗教団体においては、それがなければ存在意義はなく、永続できるものではない。

          ○

 今日(2018年2月28日)の日経新聞コラム 「春秋」 欄に、英国で 「孤独担当大臣」 という新たな閣僚ポストを新設したという話題が書かれていた。

≪ 英国では約6500万人の国民のうち、900万人以上の人が日常的に孤独を感じているという。疎外感にさいなまれていれば、やがて健康まで損ないかねない。そこでメイ首相が先月、孤独対策を担う新たな閣僚ポストを新設した。その名も 「孤独担当大臣」 である。

▼ややとっぴに思える発想やネーミングに驚くが、では、わが国の状況はいかがなものかと見渡してみる。「孤独死」 という言葉はすっかり定着した。病気や生活苦などをきっかけにした社会からの孤立が報じられる。痛ましい火事のニュースを聞けば、身寄りのないお年寄りらが入居する先での悲劇が目立つという具合だ。

▼孤独が忍び寄るのは、独居や高齢者に限らない。子育てに悩み疲れた母親、家にも学校にも居場所のない子どもたち、大切な人と離別した人もいる。「孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのでなく、大勢の人間の 『間』 にあるのである」。哲学者の三木清が 「人生論ノート」 で記した光景が、あちこちに広がる。

▼孤独が人と人の間に生まれるなら、それを解消するカギも人と人の間にあるはずだ。顔をあわせばあいさつをし、困っているようだったら声をかけてみる。それだけで少し和らぐかもしれない。孤独対策はなにも政治家だけの仕事ではあるまい。気づいたときにちょっとずつ、みながだれかの 「孤独担当」 になれればいい。≫


          ○

 ――宗教には、そうした孤独感にさいなまれる人々を救う使命があるのではないか、と思う。


 また、同紙には 「検証 東芝危機 不正の温床(1)」 という検証記事もあった。その中で、次のような言葉が私の目を引いた。


≪ 「君にはグループ会社に行ってもらう」。2012年。東芝社長だった佐々木則夫は一人の執行役を本社38階の社長室に呼び出し、こう言い渡した。事情を知る関係者は話す。「執行役の経歴と無縁の業種への転籍。本人は青天のへきれきだったはずだ」

 執行役は担当を外されグループ会社へ。報復人事――。

 会社を重視し、組織と違う個別の異論や反論は封殺する。報復人事恐れ、感覚マヒ。

 7年間続いたとされる不正会計。損失の先送りや利益水増しに疑問を感じた幹部もいた。だが、反論は許されなかった。多くの幹部は抵抗もできずに不正を胸にしまいこんだ。そしてイエスマンだけに。

 「社長を褒めそやし、よいしょする社員ばかりだった」。

 長年かけて東芝に根付いた物言えぬ風土。それが経営の暴走を助長し、隠蔽体質を醸成した。東芝が危機に陥るのは必然だった。

 トップが組織をゆがませたのか、組織がトップをゆがませたのか。≫



  <つづく>

  (2018.2.28)


423 世界最大の根本ウソは


 #260 に、「世界最大の根本ウソは何か」 というタイトルで書いていました(2016.6.26)。

 それは、要するに、「現象あり」 と信ずるのが根本のウソであるということです。

 世界を完全円満に創り、「甚だ善し」 と言われた神を信ずるよりも、科学者など人間の言うことを信じ、夢まぼろしのような現象世界に引っかかって行動するのが、根本無明、根本ウソなのです。

 谷口雅春先生は 『神と偕に生きる真理365章』 の210頁以下に、「世界最大の根本ウソは何か」 と題し、次のように書かれている。


≪   世界最大の根本ウソは何か

 一つの嘘
(うそ)をつけば、その嘘を弁護したり、合理化するために、更に無数の嘘を重ねねばならなくなるのである。そして最も大いなるウソは人間は “肉体” という物質的存在だというウソである。

 この 「根本ウソ」 を仏教では 「根本無明
(むみょう)」 というのである。この 「根本ウソ」 を本当だと騙(だま)されたことを創世記では 「知恵の樹の果(み)」 をアダムとイヴとが食べたと象徴的物語で説いているのである。仏教では 「この 『根本無明』 によって、人間は “生老病死” の四苦を受けるようになった」 と説くのであり、キリスト教では、「“知恵の樹の実” を食したアダムの原罪によって人類は “罪の子” となり楽園から追放された」 と説くのである。

 吾々が “エデンの楽園” を奪還し、永久に “老病死の迷界” の現象から超越するためには “知恵の樹の果” を吐き出して、“生命の樹の実” をよく噛んで食べることである。“生命の樹の実” をたべるとは “生命の実相” の真理をよく咀嚼
(そしゃく)して自分の血となし肉となすことであるのである。


     “根本無明”から目を覚ませ

 人間が肉体という物質的存在であるという “根本ウソ” から、人間は、女の子宮から生まれて来た肉体であり、老い、且つ病み、死すべきものだという第二のウソがあらわれて来るのである。

 聖経 『甘露の法雨』 には

 「最初の夢なければ 次の夢なし。悉く夢なければ本来人間清浄なるが故に 罪を犯さんと欲するも 罪を犯すこと能わず、悉く夢なければ自性
(じしょう)無病なるが故に 病に罹(かか)らんと欲するも 病に罹ること能わず、悉く夢なければ本来永生(かぎりなきいのち)なるが故に死滅すること能わず……」

 というように示されているのである。

 “夢” というものは “ナイもの” を “アル” と信ぜしめられ “アルもの” を “ナイ” と見せられるものであるから、ウソの一種である。それゆえに、

 「悉く夢なければ本来永生
(かぎりなきいのち)なるが故に死滅すること能わず」

 という聖句は、

 「悉くウソなければ、本来永生
(かぎりなきいのち)なるが故に死滅すること能わず」

 と書きかえても同じ意味なのである。

 何よりも、人間は肉体という物質的存在ではなく、“神の子” なる霊的実在であるという、最初の真理から出発し直すことが必要なのである。

 (谷口雅春先生著 『神と偕に生きる真理365章』 210~212頁より)≫



 ――これこそ、信仰者としてしっかと把持し守り通すべき 「ウソをつかない」 生き方の最大根本真理でありましょう。

 「環境運動」 の根本前提として、「人間至上主義は間違っている」 とよく言われるが、それは人間は肉体である、動物であるという肉体人間観、動物人間観に立っている、つまり 「根本ウソ」 に立っているのである。

 その肉体人間観、動物人間観に立った環境運動は、人間解放の宗教運動ではなく、「根本ウソ」 に立った “環境の奴隷” 運動となる。ウソだらけの現象から出発して 「太陽光発電」 などに偏った運動は、かえって環境破壊に手を貸すことにもなりかねないのである。

 #396#411~ で取りあげた 『復興の日本人論』 の著者川口マーン恵美さんと、世界のエネルギー問題の専門家である小野章昌氏がキャスターとなって、桜チャンネルで 「日本はドイツの失敗を真似するな」 と熱っぽく語っておられます。参考に、ぜひ御覧ください。4回目の 「日独大失策か!? 増えすぎた太陽光・風力発電がもたらす未来予測」 からご覧いただいてもよろしいと思います。


  
「エネルギーは現在(いま)


1. あまりに呑気で危うい日本のエネルギー事情 [H30/1/8]
https://www.youtube.com/watch?v=5ondbo5Iv5I

2. 激変する世界のエネルギー事情~50年後の日本はどうする? [H30/1/22]
https://www.youtube.com/watch?v=yGKAavzA5as

3. 賞賛される「再生可能エネルギー」の正体とは!? [H30/2/5]
https://www.youtube.com/watch?v=3MoQHHEANiY

4. 日独大失策か!? 増えすぎた太陽光・風力発電がもたらす未来予測 [H30/2/19]
https://www.youtube.com/watch?v=XncXlvJNEtI


  (2018.2.27)


422 「夢を描け」(4)「CO2温暖化説」のウソ


 谷口雅春先生作 「夢を描け」 の詩の朗読動画作品で、背景に使われている映像は、すべてアメリカで撮影されたもので、ニューヨーク・マンハッタン地区の摩天楼、自由の女神像、海岸から水平線が円く見える大海など以外は、ロッキー山脈国立公園を空から撮った映像であろうと思っています。

 その中に、冠雪したロッキー山脈など雪景色の映像が2度出て来ます。日本の八ヶ岳連峰を連想させるものがある風景の映像です。

 ところで、新聞報道などによると、今年1月、北米大陸は過去に例のない大寒波に見舞われた。-40℃以下という低い気温もあって、航空便は2千便以上が欠航。それは燃料が凍結したり、機材が到着しないなどしたため。このほか約3千便に遅れが出たという。

 ニューヨーク市で氷点下16度を記録。各地で例年の平均気温より14~19度低く軒並み1月7日の気温としては過去最低の記録を更新した。ロイター通信によると、寒さによるとみられる全米での死者は9人に達した。

 日本でも、アメリカほどではないが、数十年ぶりの寒波襲来で日本海側には空前の大雪で車の長時間立ち往生数千台、生き埋め死者なども出ている。東京も積雪や凍結で首都高が2昼夜以上閉鎖されるなど、大きな影響が出た。

 →「2018・アメリカ大寒波」

 上記によると、

≪ ・ミニ氷河期の到来が確定的な中で、「太陽活動と地球寒冷化の関係」 についての科学論文の掲載数が2017年だけで100本を超えていた

 ・ミニ氷河期は「2015年にすでに始まって」おり、今後 「200年から250年間続く」 というロシア科学アカデミーの科学者たちの主張が公開された≫


 とある。また、次のようにも書かれています。

≪ ちなみに、ミニ氷河期がどうして起きるかは、そのメカニズムが科学的にわかっているわけではないですが、そのうちの原因のひとつが太陽活動にもあるとすれば、気配が顕著になるのは今年から来年、そしてそれ以降ずっとだと思います。

 もちろん、他の要因も数多くあるでしょうし、地球の気候変動のサイクルのメカニズムは今でも何もわかっていないのが現状です。

 ただ、少なくとも 「人為的な原因で地球の気温は変わらない」 ということだけは確かです。

 それが高くなるにしても低くなるにしても、人間活動は関与しません。人間は「地球の気候を支配する」 側ではなく、「地球の気候に支配される」 存在だということを今一度きちんと認識していきたいと思っています。

 人間は 「支配される」 という概念が大嫌いなようで、そのために近・現代社会では、下のような概念は「排除」されてきました。

 ・太陽活動が人間社会を支配している

 ・気候が人間社会を支配している

 ・宇宙線が人間社会を支配している(雲の量は宇宙線の量とリンクするため)

 これらの学説は、どれだけデータが揃っていても、過去に排除され続けていました。≫



 ――上記を読んで、私はちょうど10年前、2008年に 『CO2温暖化説は間違っている』 という槌田敦氏の著書を読んでちょっと驚き、谷口雅宣生長の家総裁にお手紙を添えてこの本をお送りしたことを思い出します。

 その本には、「はじめに」 として次のように書かれています。

≪ 動物は天変地異を恐れる。犬は雷が大嫌いだ。祖先が雷で大怪我をしたのかもしれないが、雷が鳴っている間中震えている。人間も異常気象の脅しに弱いから、異常気象を訴える本には注目が集まる。

 そして、気象学者が、この暖かさは人類がこれまで経験したことのない地球温暖化といい、マスコミが連日その危機を訴える。そうなると、これを聞かされつづけた庶民は、今後ますます台風が大型化し、また南極の氷が溶けて陸地が水没すると思いこみ、温暖化防止は人類共通の課題だと、北欧や北海道のような寒い地方の人たちまでも 「温暖化反対」 の合唱に加わることになる。

 しかし、多くの異常気象は自然現象である。この自然現象を人間の力で防ぐことは無理である。ところが、気象学者は、現代の 「地球温暖化」 は主として人間が大量のCO2(二酸化炭素、または炭酸ガス)を排出した結果だというから、それなら人間がこの排出を減らせばよく、これならなんとかできるし、またしなければと思う。そして、その対策の可能性を考え、提案する。

 政治家やマスコミは困難に立ち向かう明るい未来の提案だけが、庶民に支持される政策であることを知っている。だから、現実的には不可能と知りつつ、京都議定書などの温暖化対策を推し進めようとする。

 だが、本書で詳しく述べるが、人間の排出するCO2で地球は温暖化した、とする気象学者の主張は事実ではない。

 1980年から世界は不況となり、石炭や石油など化石燃料の使用量は鈍化した。1990年からはほとんど増えていない。それなのに、大気中のCO2濃度はさらに急激に増加している。つまり、化石燃料の燃焼と大気中のCO2濃度は関係がなく、人間が原因ではなかったのである。今後、京都議定書でCO2排出を抑えたとしても、CO2濃度の上昇を防げないと予想される。

 また、詳細な検証により、CO2濃度の上昇に先行して気温が上昇していることが見いだされた。多くの気象学者もこの事実を認めている。通常の論理に従えば原因は結果に先行するから、温暖化に関しては、気温の上昇が原因で、CO2濃度の上昇は結果であることが分かる。つまり、CO2濃度が原因で気温は結果だとするCO2温暖化説とは、その原因と結果が逆だったのである。

 しかし、これを認めるとCO2温暖化説は完全に破綻する。そこで、多くの気象学者たちは、気温の上昇が先行するという事実は認めても、原因であるとは口が裂けてもいえない。すでに気象学者のいうCO2温暖化説で世界各国の政治が動いている。今さら説を変えることは影響が大きすぎると考えたようである。

 一方、経済学者は、これまで、化石燃料の使用で大気中のCO2濃度が増えたと信じこんでいた。しかし、前述したように化石燃料の使用量とCO2濃度の上昇とが無関係だという事実を突き付けられて困り果てている。気象学者と同様に、今さら主張を取り下げるわけにはいかない。はてどうしたものかというところであろう。

 私は、物理学を研究する者として、気象学者の間違いを知ってしまった。また、環境経済学を教育・研究する者として、この温暖化対策が社会に対して増税や物価高騰だけでなく、原発を推進し、貴重な石炭資源を採掘不可能にするなど、重大な悪影響を残すことも分かった。さまざまな温暖化政策は気象学と経済学の間違いが絡みあい、未来に深刻な禍根を残すと思われる。物理学と経済学の二足のわらじをはく者として、これを黙認するわけにはいかない。

 さらに、CO2温暖化説の陰に隠されているが、最も重大かつ緊急を要する課題は、近い未来に予想される地球寒冷化による飢謹の問題である。将来、人類は食糧難に悩まされるに違いない。そして、食糧不足を原因とする戦争が始まるだろう。そこで、できる限り早く温暖化問題を切り上げて、寒冷化問題を検討すべきと思う。

 以上が、本書を書こうとした動機である。≫


 ――上記の本を、当時まだ 「副総裁」 であった谷口雅宣・生長の家現総裁にお送りしたのは、2008年2月1日付けで、以下のお手紙を添え、その翌2日にはメールも発信しています。

          ○

≪                       2008年2月1日

副総裁 谷口雅宣先生

  (槌田敦氏著 『CO2温暖化説は間違っている』 を読んで)

 合掌 ありがとうございます。
 ご無沙汰いたしておりますが、おかげさまにて私も東京第一教区の相愛会員として、また地方講師として少しずつお役に立たせていただき、生き甲斐ある日々を送らせていただけますことを、ありがたく感謝しております。

 ところで、本日メールを差し上げますのは、標題のとおり、槌田敦氏著 『CO2温暖化説は間違っている』 <誰も言わない環境論①> を読んで驚いたからでございます。

 去る1月12日、日経新聞に載っていた広告を見て気になりましたので同書を注文、10日ほどして入手し、読みました。副総裁先生にはこの槌田氏の説のことなどは夙にご存じの事と存じますが、私は初めて読み、驚きましたので、どのように考えたらよろしいでしょうか、お伺い申し上げる次第でございます。

 念のため内容をかいつまんで申し上げますと、まず<はじめに>というところに大約次のように書かれております(抜粋)。

 ……
(上掲。略します)……

<もくじ>は

1章 CO2温暖化説はこうして拡がった
2章 気温上昇が「原因」、CO2増加は「結果」
3章 地球は「水の惑星」である
4章 温暖化の原因は何か?
5章 無意味で有害な温暖化対策
6章 エコファシズムの時代
付章 重力場における気体の物理学 ── 対流圏気象学の基礎

 となっております。

 槌田氏は<著者略歴>によりますと、「1933年東京生まれ。東京都立大学理学部化学科卒。東京大学大学院物理課程D2修了後、同大助手を経て理化学研究所研究員。定年退職後、94年から名城大学経済学部教授(環境経済学)。05年4月から高千穂大学非常勤講師を兼任」ということでございます。

 さて、生長の家で昨年からスタートさせた 「炭素ゼロの運動」 というのは、いうまでもなく CO2温暖化説に基づくものと思います。その温暖化説がもし間違いであったとしたら、われわれは 「だまされていた」 ということになります。それでも、神の愛を信じ、自他一体を生きる信仰者として、環境に感謝し資源を大切に使わせていただこうという愛の行為は尊いことであり、決して無意味な運動であったということにはなりません。

 しかし、槌田氏の著書によれば、エコ発電といわれる太陽光発電・風力発電などはむしろ間接的に石油を大量消費しており、環境破壊を増大させるものだといわれます(『CO2温暖化説は間違っている』第5章)。また、国家間の排出権取引ということなどは先進国企業の利益でなされるもので、その結果は先進国とともに途上国にも経済成長を促し、新たなエネルギー消費が世界的に追加されるので、これが環境保全のためというのはペテンであると槌田氏はいいます。「CO2温暖化説は間違っているから、いずれ否定される。だまされて架空の排出権を購入した企業は、金銭の返還を求めて裁判を起こすであろう」 とも――。

 さらに 「最近私のCO2温暖化説批判を聞くと不愉快になる人が増えてきた。皆が団結して温暖化の脅威に立ち向かおうとしているのに、これにいちゃもんをつける悪い奴がいる、というわけである」

 「だれもが良いことと考えていることが、実は良いことでなかった、とは考えたくないものである。そして悪いことだといわれれば、不愉快になる。政治勢力はこれを利用して脱落者を防ぎ、運動を維持する手段とする。……つまり、この良いことをしているという善意がくせ者である。良いことをしているのに、なぜ妨害するのかと考えたところから、ファシズムが大手を振って歩き出す」と。

 私は、槌田氏の説が100%正しいとは信じません。しかし、CO2温暖化説は、もしかしたら、「一犬虚に吠ゆれば百犬実を伝う」 というようなことかも知れない。もしそうだとしたら、これはたいへんなことではないか――と思ってしまいました。

 善意だけで “エコファシズム” に巻き込まるようなことなく、正しい智慧に導かれた適切な運動をして行く必要があると考えさせられました。

 このようなことを私から間接的に申し上げるよりも、当該書を直接にご覧いただいた方が適切にご判断いただけるかと存じ、同書をお送り申し上げることにいたしました。失礼の段はご海容くださいまして、これに対してのお考えをお聞かせ願えればまことに幸甚に存じます。なにとぞご教示をお願い申し上げます。

 ありがとうございます。再合掌≫


          ○

 ――それから10年ちょっと経過しました。

 しかし、今のところ総裁からは何のレスポンスも頂いていません。


  <つづく>

  (2018.2.24)


421 「夢を描け」(3)「牝鹿の脚」の話


 ⇒「夢を描け」

 この、谷口雅春先生作 「夢を描け」 の詩の朗読・映像付 YouTube アップロード作品では、詩全体を2度繰り返して朗読していますが、開始から9分あまり経過して、2度目の

 ≪兄弟よ、
   偉大なる夢を描かないで
   偉大となったものが嘗てあるか。
   此の世に偉大と名のつく一切のものは、
   みんなあなたの夢の産物ではないか、
   コロンブスがアメリカ大陸を発見したのも……≫


 という言葉を朗読しているあたりから2分間ちかく、高原の草地を鹿らしき動物が駆けて行くスローモーションの映像が背景になっています。↓


 この動画を誌友会でお見せしたところ、一人の誌友が

 
「『牝鹿(めじか)の脚』 の話が思い出されました」

 と言われた。

 「牝鹿の脚」 の話というのは、谷口雅春先生著 『新版 善と福との実現』 の第9章、185頁から221頁まで68頁も使い、人生勝利の秘訣について、物語として詳しく書かれている、興味深いお話です。

 その結論だけをかいつまんで言えば、こういうことです。――

 牝鹿の脚は、前脚が踏んだところをピタリと後脚が踏んで駆けている。前脚は目でちゃんと見ているから、峻険な危険な場所でも踏み外すことはない。そこを正確に後脚が踏んで行くので大丈夫、安全にのぼりおりできる。しかし、平地を駆けることになれている馬などは、いかに速く走れる名馬でも、前脚が踏んだところをピタリと後脚が踏まないから、辷りやすい岩のでこぼこ道などでは脚を踏み外して、千仞の谷、地獄の谷へ墜落するようなことが起こるというのです。

 人生において、「牝鹿の脚」 の前脚は現在意識であり、後脚は潜在意識である。牝鹿の脚が山登りをするときにあるように、人間も、高く自由な生活の高層に登るには、その心が 「牝鹿の脚」 のようであらねばならない。後脚が前脚の行ったあとをぴったり踏むように、人間の潜在意識は現在意識の欲するところを、ぴったりと信じ進まなければならないのである。潜在意識は宇宙意識、すなわち神に通じているから、神我合一の境地になれば、「何事も成らざるはなし」 となるのである。

 『新版 叡智の断片』 55~56頁には

≪「われ必ず一家を幸福ならしめ得」 と信ずる者は必ず一家を幸福ならしめ得べきも、 「私にその資格があるだろうか」 と疑う者は其の資格を失うのである。

 すべての 「万一」 「もし」 「しかし」 「何か思わぬ障礙が来るかも知れぬ」 などという言葉を、汝の人生より撤去すべし。「吾は斯
(か)くの事を欲す。わが欲するは神が欲したまうのであるから、斯く斯くの事は必ず成就する」 と信ぜよ。然らば其の斯く斯くの事は必ず成就するのである。それが 「牝鹿の脚に乗って高き所に登る」 の秘密である。

 寸毫
(すんごう)と雖(いえど)も自己の信念を譲歩する勿れ。譲歩しただけ失敗と禍いは来るのである。「神われに在まし、われ神の内にあり、われ汝の内にあり」 とイエスが言った言葉は、彼の行ないし異常なる奇蹟の奥にある信念なのである。「われみずからにては何事もなし得ず、天の父われにいまして成さしめ給うのである」 とイエスと共に信ずべし。躊躇すべからず。今が時なり。一時をゆるがせにすべからず。神汝と偕(とも)にあるに、何ぞ汝らの恐るるや。≫

 と書かれています。

  (2018.2.20)


420 「夢を描け」(2)蜃気楼と摩天楼


 ⇒「夢を描け」

 この、『生長の家』 誌 創刊号に初出で掲載されている谷口雅春先生作 「夢を描け」 の詩は、

 ≪若きと老いたるとを問わず
   兄弟よ、夢を描け、
   蜃気楼
(しんきろう)よりも大いなる夢を。
   夢はあなたの肉体を超えて虚空にひろがり
   ひろくひろく宇宙にひろがる雲となって、
   あなたをより高き世界へ
   あま翔けらす大いなる翼となるであろう。≫


 から始まっています。

 そして、思いがけず頂いた YouTube の映像で、その最初の背景に使われている映像は、「蜃気楼
(しんきろう)」 ならぬ、「摩天楼」 といわれる超高層ビルの林立するニューヨーク・マンハッタン地区の、空中撮影(だと思います)。

 「蜃気楼」 とは、幻の空中楼閣のようなもの。蜃(大ハマグリ)が気を吐いて楼閣を描くと考えられたところから、大気の下層に温度などの密度差があるとき、光の異常屈折によって地上の物体が浮き上がって見えたり、逆さまに見えたり、遠くの物体が近くに見えたりする幻影のこと。海上や砂漠で見られ、日本では富山湾で見られるという。



 「夢を描け」 YouTube の映像を見ながら、私は思いました――

 この映像の “摩天楼”だって、いわば蜃気楼のような、儚
(はかな)いものではないか。


 世界最高を誇ったワールドトレードセンタービルはテロリストの乗っ取ったジェット旅客機の自爆で崩壊した。エンパイアステートビルだって、いくら地震の少ない岩盤の上に建てられていても、何百年、何千年とはもたないのではないか。

 つまり、この世の現象は幻のように儚いもので、堅固に見えてもいずれは消えてしまう。現象界はいつ何が起こるかわからない、諸行無常だということ。

 しかし、人間は次々に新しい夢を描いて、過去にはなかった新しいものを現象界に実現し、表現をつづける。それは、内に無限なるものを蔵していて、その無限を表現せずにはいられないからである。

 人間は神である。死なない者である。神の最高の自己実現の表現口なのである。朽ちざるもの、滅びざるもの、不生不滅、いや本来生不滅のものが本当の人間なのである。

 #127 「本来生、不滅の神示」 を学ぶ

 #128 「本来生、不滅の神示」 に思う

 #129 「天地は過ぎゆかん、然れどわが言は過ぎ往くことなし」 を思う

 #130 「天地は過ぎゆかん、然れどわが言は過ぎ往くことなし」
       ――神武建国の理想を思う

 ――上をクリックしてごらんください。

 この、「久遠の今」 なる実相の大地から生まれた夢こそ、儚
(はかな)い夢ではなく、蜃気楼よりも大いなる無限の歓喜の夢なのである。それが生長の家の夢である。

 だから、谷口雅春先生は言われる――

≪ 救うといっても色々あって、病気が治るのも救いでありますし、貧乏で弱っているのを金が儲かるようにしてあげるのも救いだし、社会の下積みになっている人が世に出られるように導いてあげるのも救いですけれども、そんな事は結局一時的救いであります。病気が治ったにしてもとどのつまりは人間はやがては死ぬでしょう。貧乏が治って財産を積んでおっても冥途へ行く時にはその財産を棄てて往かんならんでしょう。だから、そんな救いは永久の救いではない。

 
本当の救いというものは、「人間は神の子である。老朽せざるを人間という。病まざるを人間という。死せざるを人間という。真清浄(しんしょうじょう)真無垢(しんむく)なるところの神のいのちそのものが人間だ」 ということを自覚させて永遠に朽ちざる生命の自覚を与える宗教が一番素晴しい宗教であり、この最も高い救いを与えるのが生長の家であるのであります。

 そういう真理がこの神示には示されているのであります。すなわち、
「本来生、不滅、本来清浄真無垢なる人間の実相を知ったとき汝らは歓びに満たされて手の舞い足の踏む所を知らないであろう」 と示されている所以であります。≫

  (『神ひとに語り給ふ 神示講義〈教〉』 162~163頁
    「本来生、不滅の神示」 御講義より)
     〈かなづかいは旧かなから新かなに変えさせて頂きました〉

 と。

 人間はみな本来神の子、すでに救われ済み。永遠不滅、本来生不滅の神なる、「天上天下唯我独尊」 なる存在であり、宇宙の主人公である。それを伝えるのが最高の宗教の使命である。その真理を説かず、人間は環境を変えなければ救われない、環境の奴隷であるかのような、溺れる者に藁をつかませるようなお話の講習会では、努力して運動しても救済がないから参加者は減る一方で、教勢は下降衰退するばかりなのだと思うのであります。


  (2018.2.13)


419 「夢を描け」の映像YouTube に(1)


 谷口雅春先生の御作 「夢を描け」 の詩を、私が50年以上前に朗読しベートーヴェンの第九交響曲 「歓喜の合唱」 をバックに録音していた音声を、#177 に公開していましたが、これをお聴きになっていたある方が、「もったいないので映像を加えて、YouTube に掲載してみました」 とメールをくださいました。

 ごらんください。⇒「夢を描け」

 画面下 右端の正方形をクリックし 「全画面表示」 にして見ると、迫力が増します。全画面表示で見ていると、

  ≪夢はあなたの肉体を超えて虚空にひろがり
   ひろくひろく宇宙にひろがる雲となって、
   あなたをより高き世界へ
   あま翔けらす大いなる翼となるであろう。
   此の翼こそ世にも奇(くす)しき翼である。
   夢の奇しき翼に乗るとき
   若きものは向上し
   老いたるものは若返る。≫


 という詩のことばどおり、私の胸が高鳴り、魂が大空高く翔けのぼるのを覚えます。

          ○

 この詩の初出は、「昭和5年3月1日発行」 となっている 『生長の家』 誌第1号、創刊号です。「生長の家の歌」 という題で掲載されている3つの詩の最初に掲載されているのが、この詩です。

 創刊号では、現在 『生命の實相』 第20巻 「聖詩篇」 に掲載され私が朗読しているのと違う表現が、1ヵ所あります。それは、現在

  ≪……あなたの心が 『動く写真』 を夢に描いた時
   キネマが出現したのだ。
   そしてあなたが 『語る
映画』 を心に描いたとき
   トーキーが出現したのだ。≫

 となっているところです。ここが、『生長の家』 誌創刊号では

  ≪……あなたの心が 『動く写真』 を夢に描いた時
   キネマが出現した。
   そしてあなたが 『語る
活動写真』 を心に描いたとき
   トーキーが出現したではないか。≫

 となっています。

 今から約90年前、この詩が作られた昭和初期には、まだ「映画」という言葉が一般的ではなく、「活動写真」とか、単に「活動」と言われており、それはまだ音声のない無声映画が一般的で、上映時には弁士が説明の語りを入れていた。徳川夢声(1894-1971)という、後にテレビ番組など多方面で活躍し日本の元祖マルチタレントと言われる人も、そのころ活動弁士、略して活弁をやっていたのです。

 「トーキー」 (talkie) というのは、活動写真と音声が同期した発声映画のこと。talking picture から出たもので、動画 moving picture をムービー movie と呼んだのにならって出来た言葉です。初めて作られた発声映画というのは音声は別のレコード盤に記録されていたので、同期させるのがむつかしかった。サウンドカメラの発明によって同期が簡単になり、1923年4月にニューヨークで世界で初めてその技術を使った短編映画が一般上映された。発声映画の商業化への第1歩はアメリカで1920年代後半に始まり、トーキーという名称はこのころに生まれ、1930年代に入ってトーキーは世界的に大人気となった。「夢を描け」 の詩が作られた1929年。まさにその頃だったのです。今は、映画と言えば音声同期が当たり前で、もはや 「トーキー」 は死語となっていますが……。

 私は今上天皇陛下と同じ昭和8年(1933年)生まれ。 「トーキー」 が大人気になったころの生まれです。しかし昭和30年代、私の青年時代はアマチュアが趣味で映画を撮ろうと思えば、1巻4分ばかりの8ミリフィルムに映像だけ撮影し、音をとりたければ別にテープレコーダーを用意して録音する。それを映像に同期させるのは至難のわざでした。

 今では、誰でも常時ポケットに入れて携帯できるスマホ、スマートフォンで、簡単に長時間の “トーキー” 撮影ができるばかりか、すぐ YouTube にアップロードして公開することもできる。「夢を描け」 の詩が作られた90年前にはおそらく想像も出来なかったことかも知れないが、夢を描きつづけた人々の夢の産物でしょう。

          ○

 人類は、次々に夢を描いて、不可能を可能にし――宇宙ロケットを飛ばし、原子力発電で大きなエネルギーを得、インターネット高速通信で全世界を結び、どこにいても即座に限りない情報をスマホを通じて得られるようにしました。

 しかしながら、
夢の 「不老長寿の薬」 は開発されることなく、人間(肉体)は誰でも必ず死ぬときがきます。「絶対安心安全」 「世界の恒久平和」 という夢も、叶いつつあるとは思えません。なぜでしょうか。

          ○

 『生長の家』 誌創刊号で、「夢を描け」 の詩の後には、次のような詩が載せられています。

 
≪生長のお家は
   日當りが好い、
   お庭がひろくて藤の棚があります。

   生長のお家に
   ブランコが出來ました
   多勢の子供が來て
   さわいでよろこびます。

   大人も子供も
   生長のお家に來る人たちは
   みんな一しよに
   伸び伸びと生長します。

   生長のお家で
   私たちは生長の火をとぼします
   人類の魂を燃やす火です。

   私は自分の火が
   大きいか小さいか知リません。
   だけど小さな火でも
   大きな蝋燭
(ろうそく)に火を點(つ)けることが出來ます。

   私の生長の火よりも
   大きな蝋燭も集つて下さい
   何百何千の大廈
(たいか)高楼が
   小さな燐寸(
マッチ)の火でやけるかも知れません。
   私はそれを期待してゐるのです。

   火がつかなければ
   何度でも燐寸を擦ります。
   燐寸がなくなるまで私は
   人間の魂に火をつけて見たいと思つてゐるのです。≫


 そして 『生命の實相』 第1巻 「總説篇」 には、

≪▽ 吾等は宗派を超越し生命を礼拝し生命の法則に随順して生活せんことを期す。

▽ 吾等は生命顕現の法則を無限生長の道なりと信じ個人に宿る生命も不死なりと信ず。

▽ 吾等は人類が無限生長の真道
(まことのみち)を歩まんが為に生命の創化の法則を研究発表す。

▽ 吾等は生命の糧は愛にして祈りと愛語と讃嘆とは愛を実現する言葉の創化力なりと信ず。

▽ 吾等は神の子として無限の可能性を内に包有し、言葉の創化力を駆使して大自在の境に達し得ることを信ず。

▽ 吾等は善き言葉の創化力にて人類の運命を改善せんが為に、善き言葉の著述、出版、講習、講演、ラジオ放送、テレビジョンその他凡ゆる文化施設を通じて教義を宣布するものとす。

▽ 吾等は正しき人生観と正しき生活法と正しき教育法とにより病苦その他一切の人生苦を克服し相愛協力の天国を地上に実現せんが為に実際運動を起す。≫


 という 「七つの光明宣言」 が掲げられ、その解説文の最後の方には

≪存在(ものみな)の実相を円満完全なりと認むるこの 「生長の家」 の人生観と、生活法(生長の家の生き方)と、児童教育法(生長の家の教育法)とが全世界を風靡(ふうび)するようになれば、その時こそ地上天国の成就せるときであります。

 ……ああ、人生はなんという喜ばしさだ! わたしは諸君とともに手をたずさえて、この善き事業が大きくひろがる日のために尽したいとの念願で一杯です。≫


 と、書かれているのであります。

 これが、谷口雅春先生の、生長の家の、 「大いなる夢」 であったのです。


  <つづく>


  (2018.2.9)


418 放射線は、神の愛の顕現である。放射線を怖がるな(3)


   
宇 宙 荘 厳 の 歌

        谷口雅春作詞
        栗林正晴作曲・編曲指揮

    
⇒合唱演奏


一、〈荘厳〉

   荘厳きわまりなき自然
   悠久きわまりなき宇宙
   立ちて仰げばあおぞらに
   銀河ながれて星無限

二、〈叡智〉

   かみの叡智はきわみなし
   かみのちからは限りなし
   星と星との空間を
   ひく糸もなくひく不思議

三、〈引力〉

   不可思議 不可知 科学者も
   なにゆえ万有引力が
   あるかをしらずただ神秘
   万有むすぶは神のあい

四、〈愛〉

   ああかみの愛かみの愛
   宇宙にみちて万有を
   むすびあわせて荘厳の
   宇宙いまここ顕現す

五、〈むすび〉

   もし愛なくば荘厳の
   宇宙げんぜず美しき
   人と人とのむつまじき
   むすびの世界あらわれず

六、〈いのち〉

   われらいのちの本源を
   神にみいだし神の子の
   愛のいのちを生きんかな
   神のいのちを生きんかな



          ○


 さて、私は今まで随分この 「放射線」 「原子力エネルギー」〈原発〉 の問題について書いてきました。それをここでちょっと振り返ってみたいと思います。

 まず、3年前の平成27年春、私は 『何処へ行く?「生長の家」――谷口雅宣総裁への公開質問と、わが魂の記録――』 というのを書いて本の形にしました。その 【質問3】 として、「原発は、絶対悪でしょうか?」 というのを書いています。青字のタイトルをクリックすれば、お読み頂けます。この質問に対しては、何のお返事も頂いていません。

 同年4月21日から、このウェブサイト 「みすまるの珠」 を開始しました。

 
(それからまもなく、生長の家理事長から <総裁へ 「岡は地方講師解任」 の提案をして承認された> という電話連絡が東京第一教区教化部長にあったと、私は教化部長から電話連絡を受けました。その後、文書での通知などは、何もありません。)

 それからこのウェブサイト 「みすまるの珠」 <近況心境> のページに、今までに原発の問題について書いたものを、まとめて(古い方を上に)並べ直してみました。ご覧ください。

 ⇒ 原子力を生かした新しい文化創造のために


  (2018.2.3)


417 放射線は、神の愛の顕現である。放射線を怖がるな(2)


≪ 神はすべてのすべてであり給う。天地一切のものは、神の愛と智慧と生命との顕現であり、私たち人間も神の愛と智慧と生命との鎮現であるから、天地一切のものと、私たち人間とは、同根であり、兄弟姉妹であるのである。それゆえに、天地間の一切のもの悉くみな私たちの味方であって、私たちを害する者など何一つないのが実相であるのである。

 もし私たちが何者かに害されたり傷ついたりすることがあるならば、天地と同根であり一切の存在と兄弟姉妹である自分の実相をわすれて、天地一切のものと自分の心とが不調和になったことの反映であるから、神は 「省みて和解せよ」 と教えられているのである。≫


 と、聖経 『真理の吟唱』 の第一 「新生を感謝する祈り」 にある。

 「天地一切のもの」 が神の愛と智慧と生命との顕現であるから、当然、放射線も神の愛と智慧と生命との顕現であり、私たちの味方であって、私たちを害するものなど何一つないのが実相であるのである。放射線を敵視したり恐怖したりするのは間違いである。

≪ すべて真実の実在は、神と神より出でたる物のみなり。神は完全にして、神の造り給いし全ての物も完全なり。……汝ら神の造り給わざるものを実在となすなかれ。在らざるものを悪夢に描きて恐怖すること勿れ。≫

  (聖経 『甘露の法雨』)

 である。恐怖すれば、枯尾花も幽霊の姿を現ずるのである。

 放射線は、簡単に言えば、光の仲間である。放射線を出す能力を 「放射能」 と言い、放射線を出す物質を 「放射性物質」 と言う。電灯にたとえれば、懐中電灯は「放射性物質」、「放射能」 は懐中電灯の光を出す能力、「放射線」 は懐中電灯の光ということになる。


 人類が 「放射線」 を発見した歴史を振り返り、放射線とは何かを、素人ながら、できるだけきちんと学び直そうと思います。

          ○

 かつては物質の究極の構成単位は原子(atom)であって、これは決して変化したり消えて無くなったりすることのないものだと考えられていた。

 しかし、19世紀末の1896年にフランスの物理学者アンリ・ベクレルが放射能・放射線を発見し、ピエール・キュリー、マリ・キュリー夫妻がこれの研究に生涯を捧げたことによって、上記の固定観念は破られ、放射性元素(放射能を持つ元素)は核分裂を起こしエネルギーを持つ放射線を出しながら崩壊してより安定した別の元素に変化して行くことがわかった。

 マリ・キュリー(1867~1934、享年66歳。1903年ノーベル物理学賞、1911年ノーベル化学賞受賞)の苦難と栄光の生涯については、ウィキペディアの 「マリ・キュリー」 の項目に詳しく書かれている。私はこれを読んで幾度か涙を禁じ得ませんでした。


 1896年、アンリ・ベクレルはウラン化合物に日光を当てるとX線が発生することを証明するために、毎日実験を繰り返していた。あるとき、曇り空のため実験を中止し、ウラン鉱石を写真乾板と一緒に机の引き出しにしまう。数日後、引き出しを開けて見たら、日光に当てないのに乾板は黒く感光しており、乾板とウラン鉱石との間にあった金属製マルタ十字シンボルが偶然写り込んでいるのが見て取れた。ウランが発する放射線による感光だった。世紀の大発見はこんな偶然から生まれた。

 しかしその正体や原理は謎のまま、ベクレルは研究を放棄していた。これに目をつけたのがマリ・キュリーである。当時新しい論文のテーマを探していた彼女は、ベクレルの研究を論文のテーマに選んだ。

 1897年から1902年の間、マリは夫の物理学者ピエールと、パリの学校から与えられたボロボロの物置小屋で実験に明け暮れる。それは倉庫兼機械室を流用した暖房もない粗末なもので、訪問したある学者は 「ジャガイモ倉庫と家畜小屋を足して2で割ったようなもの」 といった。ここで、ウランを含むクズ鉱石を手作業で砕き、運び、さまざまな化学薬品を使って不純物を取り除く作業に2人で没頭した。

 それは放射性物質を含む大量の粉塵と有毒ガスにまみれての作業だったが、のちにマリーは当時を 「研究に没頭できてとても幸福だった」 と振り返っているという。

 放射能にまみれながら、マリ・キュリーはポロニウムとラジウムという新たな放射性元素を発見するが、ラジウムの発見は一筋縄ではいかなかった。劣悪な環境、経済的困窮、健康障害、度重なる不幸にもめげず、1トンのピッチブレンドという鉱石からわずか0.1グラムのラジウム塩化物が精製できるに過ぎない過酷な作業を続けた。

 有意な純粋ラジウム塩を得るまでに11トンものピッチブレンド鉱石を処理したという。

 1902年、キュリー夫妻は純粋ラジウム塩の発する青い光に感動した。

 当時の概念であった「元素は不変」という考え方に変革を迫り、原子物理学に一足飛びの進歩をもたらした。1903年、ノーベル物理学賞受賞。

 1900年にドイツの医学者ヴァルクホッフとギーゼルが、放射線が生物組織に影響を与えるという報告がなされた。早速ピエールはラジウムを腕に貼り付け、火傷のような損傷を確認した。医学教授らとの協同研究の結果、細胞を破壊する効果が確認され、皮膚疾患や悪性腫瘍を治療する可能性が示唆された。これは後にキュリー療法と呼ばれる。こうしてラジウムは 「妙薬」 として知られるようになった。

 当時のメディアはこぞって 「世紀の大発見」 ともてはやし、彼女の研究室には報道陣が殺到したという。


    放射能は 「夢の新薬」 だった


 光り輝く放射性物質は、人類に幸せをもたらす魔法の物質、夢の新薬のように喧伝され、さまざまな商品がつくられることになる。

 その狂騒ぶりを記す 『被曝の世紀』 (キャサリン・コーフィールド著、友清氏訳) には、数々の実例が挙がっている。コロンビア大学の薬学部長は、ラジウムを肥料にすれば 『味の良い穀物を大量につくれる』 と主張。薬剤師はウラン薬やラジウム薬を薬局の棚に並べ、また医師たちもラジウム注射のような放射性物質を使った治療法を次々と開発、糖尿病、胃潰瘍、結核、がんなど、あらゆる病に活用しようとした。

 ほかにも、膨大なラジウム関連商品が欧米で販売された。放射性歯磨き、放射性クリーム、放射性ヘアトニック、ラジウム・ウォーター、ラジウム入りチョコバーなどなど。「ラジウムはまったく毒性を持たない。天体が太陽光と調和するように、ラジウムは人体組織によく調和する」 ――これは当時の医学雑誌 『ラジウム』 (1916年) の一節。放射性物質の危険性に対する意識は、まったくのゼロだったのである。

 放射能を恐れていなかったという点では、キュリー夫妻やベクレルも同じだった。

 「ベクレルはマリからもらった塩化ラジウム入りのガラス管をいつもポケットに入れて持ち歩き、人に見せびらかしていた。彼はノーベル賞受賞から5年後に、被曝が原因といわれる心疾患により55歳で亡くなっている。キュリー夫妻も、発見当初はそれが人体に害をなすなど、思ってもいなかった。」

  (2018.1.24)


416 放射線は、神の愛の顕現である。放射線を怖がるな(1)


 福島の原発立地地域の人たちを強制退去させ、その人たちに桁はずれの巨額賠償金を出した結果、「賠償金格差」、大きな貧富の差を生み、それが近隣の人たちの一体感を破壊し亀裂を招いて、復興に支障を来していることもあるのを、#412 に詳しく紹介しました。

 では、お金は魔物だからと怖がって、出さない方がよいのか?と言えば、「そうだ」 と言う人はいないでしょう。

 「放射線」 についても、同じことが言えるのではないでしょうか。

 地球上の人類は、そしてあらゆる生きものは、太陽がなかったら生きていることはできない。太陽は核融合による文字通り天文学的な厖大なエネルギーを光や熱や放射線として発散し、それによって地球上の生物は生かされている。宇宙空間には、厖大な放射線が飛び交っている。放射線は神の愛の顕現である。

 温熱は神の愛の顕現である。しかし、熱は高すぎれば生物は死滅する。低すぎても同様であろう。適度な温熱が、生物には必要なのである。

 放射線も、同様ではないのか。

 神は、悪を作り給わない。実相世界に、悪は無いのである。キリスト教では「創世記」 で、「神その創造り給いしすべてのものを見給いけるに甚だ善かりき」 と書かれているし、仏教では釈迦が悟りを開かれたら 「山川草木国土悉皆成仏」 と仰せられたのである。

 生長の家では、神示講義 『神ひとに語り給ふ』 の 「新天新地の神示」 御講義の中で、谷口雅春先生は次のような体験実話を取りあげて書いておられる。


≪ 山下長三郎という人は、昭和五年頃、神戸の湊川公園の広場で 「衛生博覧会」 というのが開かれた事があって、そこへ往ったことがあったのです。そこに、「梅毒患者というのはこんなにグジャグジャとみぐるしい顔になるんだ」 とか、「子宮癌はこんな状態だ」 とか、「ブドー状鬼胎というのは斯ういう塊である」 とか、色々ないやらしい病気の肉体の腐爛したような姿のものをアルコール漬けにした実物や、実物そっくりの蝋細工でまるで本当の人間の病患部みたいにつくったものなどが、沢山並べてあるのであります。

 山下さんが、そんなものをズーッと見て行きますと、ガラス張りの陳列棚の中に、蝿の六百倍に拡大した模型が陳列してあったのです。蝿の六百倍というと、腹の直径が一尺五寸位の長さがあり、身長が二尺五寸もある位の大きさの蝿であります。それに黴菌が附いている有様を標本に拵
(こしら)えてある。その蝿の脚の一つ一つに一面に黴菌が胡麻ほどの大ききに拡大されて付着したように造ってあるのです。

 それは、菊を栽培していると油虫とか「ありまき」とかいう小さな胡麻みたいな虫がつきますね。まるであれが一杯付いている様に、蝿の脚全体に、見ても気持が悪くなるような具合に黴菌の付いている有様が巧妙に拵えてあるのであります。

 そしてその隣りには普通の茶碗に御飯を盛った標本が拵えてありまして、それに本当の大きさの蝿が五、六匹止っている有様をこしらえてある。これを肉眼で見るとわからないが、六百倍にこれを拡大したらこういうようにバイキンだらけになっている、ということを示す標本であります。

 山下長三郎さんはそれを見て、ゾーッとしたのです。「あーッ、いやらしいなあ」 と思った。

 それ以来、長三郎さんには食べものに対する恐怖心が起ったのであります。肉眼で見たら黴菌は見えぬけれども、この御飯にもどれだけ黴菌がおるかわからないと思うようになったのです。

 それでも御飯は食べておられたのですけれども、恐怖心が起ると、自律神経に過剰反応が起って、胃腸の働きに影響を起し胃粘膜に充血を起し、胃液の分泌に異常を来す。正しい成分でない胃酸がでて来て胃壁に潰瘍を起すということが、最近の精神身体医学でわかって来たのですが、実際そうなって来ましたのです。

 長三郎さんは胃潰瘍を起したのです。それから、兵庫県立神戸病院というのに二ヵ月程入院してやっと治った。だけどもそこから退院して来た長三郎さんは、もう御飯が恐しくてたべられないのです。御飯にはあんな黴菌が附いているという観念が消えないので、胃潰瘍が治ってからも、御飯が少しも食べられないのであります。

 お菜
(かず)も勿論、固いものを食べたら又胃潰瘍になって胃袋に孔があくかと思うと、恐しいので食べられなかったのです。

 そこで何を食べておられたかというと、蜂蜜を五貫目、これが一ヵ月に食べる主食物です。その主成分は果糖のような含水炭素でありますが、あれには単に糖分だけではなく色々の成分が含まれている。蜂はあれを食べるだけで、蜂の皮膚も羽根も、筋肉も出来るのですから、人間にとっても大変よい食品であります。

 その蜂蜜を一ヵ月に五貫目も食べる。併しそれだけでは足らんというのでいろいろの栄養素を薬店から買って来るんです。ビタミン剤は無論のこと、ポリタミンとかサナトーゲンとか色々の既に消化済の必須アミノ酸などを買って来まして、此れらの栄養剤がお菜であります。

 蜂蜜を主食物に此れらをお菜にしていると、それらははじめから消化しているから、胃腸に負担をかけないで、大丈夫だという訳であります。ところがそれではどうも元気が出ないのです。

 山下長三郎さんは、まだ私が住吉にいました時に、訪問して来られましたが、顔を見ると緑色の顔をして居られる。普通の人間の血色がないのです。自然食でないから、まだ何かの成分が足りないのでしょうね。身体は割合肥えて目方は十六貫程あると言って居られましたが、妙な血色で異常に緑色みたいな皮膚の色をしておられたのであります。

 それで私は

 「あんた、そんなものを食べておったら駄目ですよ。恐れるから胃潰瘍になるのであって、恐れなかったら何を食べても胃潰瘍にはならない。食物が自分を害すると思うから、思う通りに人間はなるのですから、“固い食物を食べると胃潰瘍になる” という観念を捨てなさいよ。あんたは蝿にバイキンの附いた標本を見てから恐怖心を起して自分で胃潰瘍を起したんだ。

 蝿なんて何が恐しいか。支那へ行くと、蝿が胡麻をふりかけたみたいにいっぱい御飯にとまっていても、平気で食べるのですよ。“そんなに蝿がたかっているものを食べたら衛生に悪いじゃないか” と言ってやると、“いや、蝿が喜んで食べる様なものは毒にならんから蝿が来るので大丈夫だ” と言って平気でたべる。

 なあに蝿なんて恐しい事があるものか、蝿がとまった食物をたべて病気になるのだったら、支那人は皆病気になって今時分は絶滅している筈だ。それが支那は五億の人口(当時)があって世界で一番人口が多いじゃないか。」

 こういう話をして、私は山下長三郎さんの恐怖心を除
(と)ったのであります。

 そして、私は山下さんに

 「君は一体何が好きだ」

 と言うと、

 「酢蛸
(すだこ)が一番好きだ」

 と言うのです。蛸のうでたのを二杯酢でたべるやつですね。

 「そんなら今日、家に帰って、白米の銀飯を炊いて、そして君の一番好きな蛸のウデたのに二杯酢をかけて食べなさい。なあに恐しいことはない。蛸は固い様だけれどもね、君が蛸が一番好きだったら、好きな物は一番よく消化するんだからそれを食べ給え」

 と言ったのです。

 そしたら山下長三郎さんは家に帰って、病気になってから始めて白米の御飯を食べた。それも一番好きな酢蛸をお菜
(かず)にして食べたのです。

 あとできくと、それはもう何とも言えん、極楽浄土で御馳走食べるより、まだ美味しかったということです。

 それっきり山下さんの胃潰瘍の恐怖というものが無くなった。そして大変喜ばれまして、それ以来生長の家に通って来られる様になったのであります。≫



 ――以上は、黴菌を恐怖してものが食べられなくなり胃潰瘍を起こした人の体験でしたが、これを読んで私は、いま日本で、あるいは世界で、放射線を悪い黴菌のように恐れるように多くの科学者やジャーナリズムがあおって、おかしなことになっているのではないかと思いました。

  (2018.1.18)

   <つづく>


415 『復興の日本人論 ~誰も書かなかった福島~』を読んで(4)


 『復興の日本人論 ~誰も書かなかった
福島~』 (川口マーン恵美著・グッドブックス 2017.12.1刊) <<第一章 巨額の賠償金が生んだ「分断」>> を読んで、思うこと の 「まとめ」 をしたいと思います。

 「復興」 とは何であるか?

 2011年 3.11の東日本大震災で失ったインフラなどの外なる環境を元に戻すことだけが復興なのか?

≪ 震災の前の状況にならなければ、復興が完成しないなんていうことになったら、復興はないです。百パーセント昔と同じ状況なんてあり得ない。

 大切なことは村民が生きる意欲や誇り、目標を見失わないようにすること。夢や生きがいを見出せないところに、いくらお金だけつぎ込んでも、それは本当の復興にはなりません。≫


 と、福島県双葉郡川内村の村長 遠藤雄幸氏は言う。

 原発立地地域の人たちを強制退去させ、その人たちに桁はずれの巨額賠償金を出した結果、「賠償金格差」、大きな貧富の差を生み、それが地域の人たちの一体感を破壊し亀裂を招いていることは、#412 にくわしく紹介しました。


   「復興」 は、「人間復興」を目的とすべし。

 結論的に言えば、「復興」 は、「人間復興」 でなければならぬ――と、私は思う。

 つまり、本来の人間の幸福を取り戻す。災害以前よりもなおなお大きな幸福、本来の根元的幸福を、今、花開かせることが可能なのではないか――ということです。

 前記川内村の遠藤村長は、

 「一瞬にしていろいろなものを失いましたが、その失ったものの大切さに気づかされたのが、今回の事故なのかなと思います。たとえば、村を離れることによって、日本の原風景が残っている田舎の環境がどれだけ大切だったかとか、日々の何気ない生活がどれだけ愛おしく貴重なものだったかとか。人と人との関係もそうですし、そういったものを気づかせてくれたのが3・11だったと思います」

 とも言っている。それは貴重な震災の賜である。そこで村民が一層生きる意欲や誇り、夢や生き甲斐を見いだせたら、災害以前よりも大きな幸福をかちとることが出来る。

 「人間復興」 は、お金を出すことだけでは出来ない。お金を出し過ぎることは、むしろ復興の妨げになることもある。

≪ 福島のある地方銀行のホームページに載っている数字によれば、震災のあった2011年の3月、3兆4756億円であった預け入れ資産残高が、2017年3月の決算では6兆894億円と空前の額になっている。このお金が 「損害賠償」 の一部だとしたら、国民が拠出したお金が福島の銀行で眠っていることになる。復興の役にも立っていない。≫ 

≪福島には、今、発展の可能性が山ほどある。……日本中の人々が応援しようとも思っている。失敗に学び、立ち上がり、前進するにはもってこいの条件がそろっているのだ。なのに、なぜか考え方が前向きにならない。風評も消えない。災いを福にしようという考えがあたかも不謹慎なことのように、前進が妨害され続けている。≫

≪私は、福島の人たち自身に、もっと声を上げてもらいたいと願っている。福島には、原発事故の教訓をこれからの発展につなげたいと思っている人が、少なからずいるはずだ。災いを福にしようと堂々と提唱できるのは、今、彼らだけなのだ。≫

≪   日本再生の一歩を福島から

 福島県民が声を上げれば、日本人は勇気が出る。再生への第一歩を踏み出すために、今、福島の人たちがもつ力は、限りなく大きい。≫


   (川口マーン恵美著 『復興の日本人論~誰も書かなかった福島~』 より)


 ここに、宗教の出番がある。『生命の實相』 の出番がある、と思う。

 谷口雅春先生は、『維摩経解釈』 の 「法供養品」 解釈のところで、次のように書かれている。

≪……物質的な施設だけを与えて、それだけで 「わが施しは足れり」 と考えていると間違いであります。

 児童福祉施設をゆたかに造って児童に物質的なものを施すのは結構でありますけれども、児童がその恩に狎
(な)れてしまって感謝の念を忘れてしまうようなことでは、法施すなわち真理の供養を忘れているのだということになります。

 近ごろのように権利権利といって、子供は豊かにに養われる権利があるということだけを主張して、子供が豊かに養われるのは神の恩、父母の恩、衆生の恩というような恩によって養われるのだということを知って感謝する面を忘れさせていては、真理の供養になっていないのであります。六波羅蜜即ち、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若の六つの徳を積ましめ成就するように教えるのが本当の法施であります。≫


 と。

     世界が驚いた日本人のモラル

 2011.3.11 大震災の直後、日本人の行動に世界中から驚嘆――感嘆、賞讃の声が上がったことを思い出す。

 観測史上最大といわれる大地震津波が東日本を襲い、国難といわれるような大災害に面して、日本人は冷静さを失わなかった。整然と譲り合い・助け合いをする映像・報道が世界中に伝わると、それを見た世界中の人たちが、ツイッターなどに投稿する感動・讃嘆の声であふれかえった。

 本当に感動。泣けてくる。⇒ BBC めっちゃ誉めてる。地球最悪の地震が世界で一番準備され訓練された国を襲った。その力や政府が試される。犠牲は出たが他の国ではこんなに正しい行動はとれないだろう。日本人は文化的に感情を抑制する力がある。

 中国の国際問題専門紙 『環境時報』 も、「多くの中国人が、地震発生後の日本人の秩序ある行動に敬服している」 「日本人の冷静さが世界を感動させた」 などと伝えた。

 日本人はすごい!

 国内でも。普段は冷たいと思っていた他人の優しさに触れ、感動して泣きそうになった。日本人のいざという時の団結力を再認識しました。まだまだ日本も捨てたものではない――などなどの声が、ツイッターにあふれた。

 日本人には、「禍を転じて福となす」 不屈不撓の魂が厳存する。

 この魂をしっかと把持、復興させなければならない。それが 「人間復興」 であり、法供養、法施になるのだと思う。


 『生命の實相』 第20巻 「聖詩篇」 に、「生きた生命」 という谷口雅春先生の詩がある。

 →「生きた生命」

 真の復興は、「人間復興」 でなければならない。

 「人間復興」 は、『生命の實相』 にヒントがある。

 今こそ、『生命の實相』 を弘めるべき時であると思います。

  (2018.1.16)

   <つづく>


414 「仏・法・僧を敬え」は、「『生命の實相』に還れ」ということ


 前項 #413 を復習しますと――

 聖徳太子が篤く敬うよう示された仏・法・僧の三宝は、一体である。仏如来は常住であり、それを説く法もまた常住であり、僧もまた常住である。「常住」 は、時空を超えた 「久遠の今」 にある。「久遠の今」 において、三宝に差別は無い。

 だから 「篤く三宝を敬え」 というのは、形の仏像や出家した僧侶を敬えということでない。それは――

 谷口雅春著 『生命の實相』 第1巻 「初版のまえ書き」 に、次のように書かれている。

≪ 「生長の家」 の生きる道は私が肇(はじ)めた道ではない。おおよそ、宇宙に生命が発現するかぎり、そこに道があり、法則がある。この道こそ 「生長の家」 の生きる道である。

 「生長の家」 の説く道は机上の空論ではなく生命の法則であるから、道すなわち生活であるのである。この法則を自分自身の生活に生きるとき 「生長の家の生き方」 として展開し、他人の生活におよぼすとき隣人への愛行となる。

 ここに一つの道は展開して生活となりさらに展開して愛行となるのである。愛行のうちに生活があり、生活のうちに道があり、道と生活と愛行とは三位にして一体である。

 道が生活の上に悟られるときそれは救いの相
(すがた)をもって顕われ、メタフィジカル・ヒーリングとなって、健康境遇性格の改善等をおのずから成就する。これは 「心の法則」 の実証であって物質的治療法に対する超物質的治療法である。……≫

 そして、「總説篇」 「七つの光明宣言の解説」 の冒頭に

≪ 生命の実相の自性円満(そのままでえんまんなこと)を自覚すれば大生命の癒力(なおすちから)が働いてメタフィジカル・ヒーリング(神癒)となります。≫

 とある。「七つの光明宣言」 の第一ヵ条は、

≪ 吾等は宗派を超越し生命を礼拝し生命の法則に随順(ずいじゅん)して生活せんことを期す。≫

 であり、その解説として

≪ われわれおのおのそのものが一個の 「生命」 であります。何ものを否定しましても、自分が生きているという事実は否定できないのであります。……

 われわれが 「生命」 を礼拝すると申しますれば、自分自身を敬い拝むことになるのであります。自分自身が尊い 「生命」 であるとの自覚がすべての道徳生活の根本になるのであります。≫


 と示されている。

 聖徳太子の 「篤く三宝を敬え」 は、「自分自身を篤く敬え」 ということなのである。――と、私は思う。

 「三宝は一体である」 ということは、「道と生活と愛行とは三位にして一体である」 と 『生命の實相』 の 「初版のまえ書き」 に書かれていることに通じる。

 されば、「仏法僧を敬え」 というのは、「『生命の實相』 に還れ」 ということだ――と、私は思う。

 そして――

≪ 「生長の家」 は 「天地一切のものと和解せよ」 という教えであります。…… 『生命の實相』 の 「倫理篇」 に書かれておりますように、和解するのは、相手の実相の完全さを観じ、その完全さをみつめて、それを観じ引出し、その完全さと和解するのであって、間違った教説に和解するのであってはならないのであります。

 教説の間違いは出来るだけハッキリそれを指摘して、正しい真理を宣べ伝えなければ、真理がくらまされるだけ、人類の不幸は増すのであります。……それを大胆に説破する勇気をもたなければなりません。≫


 と、谷口雅春先生は 『大般涅槃経解釈』 の中でおっしゃっているのであります。

 私は、大野玄妙 法隆寺管長さんの

≪ 「仏」 は仏になること、つまり目的や理想。
   「法」 は計画、指南書のこと。
   「僧」 は仲間だ。≫


 と仰っていることを批判するために言っているのではありません。

 常住なる 「仏・法・僧」 を現象界に具体的に展開するときには、目的や理想を明確にし、計画・指南書を作り、仲間と手をつなぎ合って行くことが必要でありましょう。それを言って下さった大野玄妙氏には感謝します。しかし、その根源の常住なる 「実相独在」 の真理を自覚してこそ、完全な理想・神智による適切な計画、指南書・深い一体感をもった仲間も生まれてくるものだと思います。

  <つづく>

  (2018.1.15)


413 「三宝=仏・法・僧を敬え」 ということ


 前項 #412 で、法隆寺管長大野玄妙氏の 「仏・法・僧の回復」 というエッセイを読み印象的で面白いと思ったと書きました。聖徳太子が篤く敬うよう示された「三宝」すなわち仏・法・僧について、

≪ 「仏」 は仏になること、つまり目的や理想。
   「法」 は計画、指南書のこと。
   「僧」 は仲間だ。≫


 と言われている。「仏」 は仏像、「法」 は戒律、「僧」 は坊主のことだろうと思っていた人もあるだろうから(私もそのように誤解していた)、ユニークな説で面白い、と。

 この「あすへの話題」に書かれたエッセイは、聖徳太子の十七条憲法第二条に 「篤く三宝を敬え。三宝とは仏法僧なり」 とあるのを取り上げて書かれたものですが、その仏・法・僧の研究について、私は #224 でも書いていました。もう一度復習しましょう。

          ○

 『大般涅槃経
(だいはつねはんぎょう)』 の 「聖行品十九之下」 に、

≪ 善男子(ぜんなんし)、常(じょう)とは即ち是れ如来、如来は即ち是れ信、信は是れ常なり。……善男子、一切の有為(うい)は皆是れ無常なり。虚空は無為なり、是の故に常と為す。仏性は無為なり、是の故に常と為す。虚空とは即ち是れ仏性、仏性とは即ち是れ如来、如来とは是れ無為、無為とは即ち是れ常、常とは是れ法、法とは即ち是れ僧、僧とは即ち是れ無為、無為とは即ち是れ常なり。≫

 とあります。難解な経文ですが、谷口雅春先生は御著書 『大般涅槃経解釈』 で、次のように解釈されています。――

≪ 「常とはすなわちこれ如来、如来はすなわちこれ信、僧はすなわちこれ常なり」

 と仰せられておりますが、「常」 とは 「常住不滅の実在」 ということであります。

 これを見ましても、僧というのはそこらに袈裟ごろもをつけて、お経をとなえて生活している肉体のお坊さんの事ではないことが明かであります。……「常住不滅の実在」 が如来であり、その如来そのものが僧であります。

 聖徳太子の十七条憲法に 「篤く三宝を敬すべし」 とありますが、“三宝” すなわち、“仏法僧” の “僧” というのを、肉体を備えたお寺の坊さんだと思って、「拙衲
(わし)を敬しなさい。聖徳太子が、そう言っていられる」 などと言えば、それは噴飯ものであります。

 「僧」 とは 「如来」 そのものであり、「常」 即ち常住不滅の真理そのものの実現こそ 「僧」 であって、やがて病み老い朽ち果てる肉体のお坊さんのことではないのであります。不滅の真理そのもの 「僧」 なる理念そのものが本当の 「僧」 であって、お寺の坊さんはその本当の 「僧」 なる理念を実現し得るよう充分修行すべきものであります。

 ……「一切の有為は皆是れ無常なり」 であります。「有為」 というのは 「現象にあらわれて有るもの」 であります。これに反して 「無為」 というのは 「現象にあらわれていないもの」 のこと、現象以前のもの、「実相」 のことであります。≫


 ――とすると、法隆寺管長の大野玄妙氏が言われる、“僧” は “仲間” だというのは、実相の “神において一体なる兄弟” という意味において真実であるのである。

 仏・法・僧の三宝は一体である。仏如来は常住であり、それを説く法もまた常住であり、僧もまた常住である。常住とは、時空を超えた 「久遠の今」 にあることである。「久遠の今」 において、三宝に差別は無いのである。

 だから 「篤く三宝を敬え」 というのは、形の仏像や出家した僧侶を敬えということでないのは勿論である。聖徳太子も、その著 『三経義疏』 で維摩経をとりあげ出家を否定し、「出家された僧侶には近づくな」 と書かれている。

 谷口雅春先生は、つづいて次の如く説かれている。

≪ 「虚空は無為なり」 とあります。虚空とは 「何もない」 ということではなく、「現象にあらわれていないもの」 のことであります。現象にあらわれていないものは 「常」 すなわち変化しない恒常的存在であります。

 永遠常住の仏性は現象にはあらわれていない、それは 「無為」 であり、常恒であり、天体と天体との間の 「真空」 みたいに常に変化しない。これが仏性であり、それが如来である。それが人間の本体であり、実相であり、「無為」 すなわち現象以前のものである。

 現象以前に存在するのが 「法
(のり)」 であり、「僧」 である。「僧」 とは肉体ではない。「無為」 すなわち現象以前の理念である。それは如来であり、法身であり、常恒不変不滅の存在である――と釈尊は仰せられたのであります。≫

 と。そして、涅槃経ではつづいて

≪ 諸(もろもろ)の外道(げどう)は、仏性、如来、及び法を見ず。この故に外道の言説する所は、悉く是れ妄語にして真諦(しんたい)有ること無し。≫

 とある。「外道」 とは、ほかの道――仏説以外の他の教え即ちバラモン教などをさします。谷口雅春先生は

≪ この一節は釈尊が如何にその教説においては他教を激しく攻撃していられるかがわかるのであります。

 「生長の家」 は 「天地一切のものと和解せよ」 という教えであります…… 『生命の實相』 の 「倫理篇」 に書かれておりますように、和解するのは、相手の実相の完全さを観じ、その完全さをみつめて、それを観じ引出し、その完全さと和解するのであって、邪宗の間違った教説に和解するのであってはならないのであります。

 教説の間違いは出来るだけハッキリそれを指摘して、正しい真理を宣べ伝えなければ、邪宗がはびこり、真理がくらまされるだけ、人類の不幸は増すのであります。だから、釈尊でも、このように外道をはげしく攻撃しておられますし、キリストはパリサイ人やサドカイ人を激しく攻撃していられるのであります。

 生長の家の信徒も、「これこそが真理である」 と信じられたならば、どんな邪宗が誘惑に来ましても、それを外道であるとして、大胆に説破する勇気をもたなければなりません。これが釈尊の生活態度を学ぶ釈尊の弟子としての行持なのであります。≫


 とおっしゃっているのであります。


  (2018.1.14)


412 『復興の日本人論 ~誰も書かなかった福島~』を読んで(3)


 『復興の日本人論 ~誰も書かなかった
福島~』 (川口マーン恵美著・グッドブックス 2017.12.1刊) を読んで、私の魂に湧き上がる思いを、書き綴って行きたいと思います。

 まず <<第一章 巨額の賠償金が生んだ「分断」>> を読んで。思うことは――

 「復興」 とは何であるか、ということ。


        
「復興」 とは何であるか


 日本経済新聞夕刊の 「明日への話題」 というコラムで、1月から毎週木曜日の執筆者として岡本全勝氏(元東京大学大学院総合文化研究科教授、元復興庁事務次官)が書いていらっしゃる。

 岡本氏は、東日本大震災から1週間後の2011年3月18日、勤務していた自治大学校の校長室に電話がかかってきた。「明日朝10時に総理官邸に出頭するように」 と。

 そして、「膨大な被災者が発生している。その人たちの生活を支援するチームの事務の指揮を執れ」 「何をすればよいのでしょうか」 「それを考えるのが君の仕事だ」。

 ということになった。

 物資配送、避難所の生活改善、インフラ復旧、被災者と国民への情報提供、現場職員の応援、全体を管理調整する担当などの仕事を、走りながら作ったという。

 緊急事態のときの支援には、当然そういうことが必要であろう。

 ところでそれから7年目となり、形の上の復興は進んでいる今――偏って進みすぎているところがある――重要な問題は何処にあるか。いま、本当に何が必要なのか。

 昨年3月10日の日経新聞夕刊 「あすへの話題」 欄に、法隆寺管長の大野玄妙氏が、「仏・法・僧の回復」 と題して書いておられたコラムの切り抜きが印象に残り、保存してあった。



 ――上記で、聖徳太子が篤
(あつ)く敬うよう示された 「三宝」 すなわち 「仏・法・僧」とは、

≪ 「仏」 は仏になること、つまり目的や理想。
   「法」 は計画、指南書のこと。
   「僧」 は仲間だ。≫

 と言われているのは、ユニークで面白い。

 仏は仏像、法は戒律、僧は坊主のことだろうと思っていた人もあるだろうから(私も実はそのように誤解していた)。

 表題の本では、福島県双葉郡川内村の遠藤雄幸 村長が言われた

 「震災の前の状況にならなければ、復興が完成しないなんていうことになったら、復興はないです。百パーセント昔と同じ状況なんてあり得ない。」

 「大切なことは村民が生きる意欲や誇り、目標を見失わないようにすること。夢や生きがいを見出せないところに、いくらお金だけつぎ込んでも、それは本当の復興にはなりません。」

 という言葉に、その通りであろうと思う。

 皮肉なことに、野放図に出された巨額な賠償金(2017年までに総額7兆5千億円が支払われたという)などが、却って被災地域の人々の一体感・仲間意識、生きる意欲を損ねているという実態が、同書では報告されている。

 表題の本 『復興の日本人論 ~誰も書かなかった福島~』 の著者 川口マーン恵美さんは在独三十数年、現在も本拠地はドイツで、シュトゥットガルト在住の方だけれども、しばしば日本に来て福島県を訪ね、2年以上精力的に福島を取材して、足と目と耳で――もっと言えば全身・全心・全霊で書かれたと言えるのが本書である。

 一例として、福島県いわき市の現状が挙げられる。

 いわき市は、水素爆発・炉心溶融などを起こした福島第1~第4原発から約30キロ南の浜通り(太平洋沿岸部)に位置する、人口約35万人、面積1,231.34km²で人口・面積共に福島県最大の都市である。

 原子力発電所の事故では、歴史的・経済的に繋がりの強かった双葉郡の住民を中心に約24,000人が避難しており、いわき市を転出した住民の減少分を上回っているため、結果的に人口が増加している。

 いわき市に臨時の役場機能を置いているのは、楢葉町・富岡町・大熊町(原発1-4号機所在地)、双葉町(原発5-6号機所在地)。浪江町も2,000人以上の避難者がいるため出張所を置いている。 広野町も住民の9割がいわき市居住。

 いわき市は被災者用として、市民に対する仮設住宅の建設は200戸程度であったが、双葉郡の避難者向けの仮設住宅が市内各地に3,300戸以上建設された。

 市内の住宅地価が震災前に比べて平均で15%上昇し、2015年・2016年と2年連続上昇率日本一。人気地点で30~40%上がって、住宅地上昇率全国上位10地点すべてをいわき市が占めた。

        
賠償金格差が“亀裂”を生む

 いわき市の中心から車で15分ほど南に行ったいわき中央台の新興住宅地を、地元では 「賠償御殿」 と呼んでいた。

 ここは元々、いわき市の中では高級住宅地で、お金持ちが家を建てて移り住んだため、「医者村」 と言われていた。3・11のころは、この 「医者村」 にも、まだ売れ残りの区画がたくさんあって、広々とした光景だったという。ところが、今では風景は一変。瀟洒なデザインの豪邸 「賠償御殿」 が、余す区画なく立ち並んでいる。

 それは、事故原発から20キロ圏内の双葉郡から避難してきた、難民ともいうべき人たちの “御殿” なのである。

≪ この 「医者村」 と道一本を隔てた広い区画に、仮設住宅が立ち並んでいる。四角い箱のような住宅群は、世にいうバラック。

 いわき市平豊間
(たいら・とよま)の中峯さんは、3.11のとき家を津波にさらわれて失った。体育館など、避難所を転々として、最後は、友人の持っているアパートに、やはり被災したご主人のお姉さん一家と同居した。津波の被害者には、100万円の見舞金が出た。

 中峯さんの住んでいた豊間では、85人が命を落とし、600軒あった家が、津波の後は50軒しか残っていなかった。なのに、あまりニュースにならなかった。なぜか? いわき市の津波の被害地は原発に近かったため、放射能を恐れてマスコミが入らなかったからだという。

 入らなかったのはマスコミだけではない。支援物資を運ぶ人たちも来なかった。中峯さんが高校の体育館に避難していたある日、1グループにおにぎりが1つと水が1本配られた。1グループの人数は23人。いわきでは、実質、流通が止まってしまった時期があったのだ。

 しかし、そんな話は報道もされず、福島について伝えられるニュースは、とにかく原発一色だった。

 中峯さんが、前記 「医者村」 と道一本を隔てた仮設住宅に移ったのは、震災の年の6月のこと。「ここに入居できたとき、嬉しかったの」

 嬉しかった? 広々とした家に悠々自適で暮らしていた人が、この、見ただけで圧迫感を覚える仮設住宅に入居できて嬉しかった?

 「なぜですか?」 と思わず聞くと、中峯さんは言った。

 「だって、やっとお父さんと二人になれたもの、ホッとした」

 震災から数ヵ月、ずっとプライバシーはなかった。ホッとできる時間は、避難所でもなかったし、アパートでも、一時さえなかった。でも、ここではようやく誰にも遠慮しないで済む! 中峯さんは、ここで二年半を過ごした。

 振り返れば、この、「夏は暑くて冬は寒いバラック」 での生活も、悲しいことばかりではなかった。今は、団地タイプの復興住宅に移ってドアをピタリと閉ざした生活をしていると、ふと、仮設住宅に住んでいたころを懐かしく思い出すことさえあるという。……≫


 ――そのように本当に苦しい生活を強いられながら健気に生きている人たちがいる一方、東電から一世帯で1億円を超えることもあるという巨額の賠償金をもらい、「賠償御殿」 といわれるような豪邸を建てて優雅に暮らしている人たちがいる。

 津波ですべてを無くした(元々いわき市の住民だった)被害者には、国などから百万円の見舞金が出ただけだが、国の避難命令で自宅を離れさせられた(原発から20キロ圏内の)双葉郡の人たちには東電から莫大な賠償金が出、同じ市内で信じられないほどの貧富の差ができていたのである。

 賠償金は、まず心身の苦痛に対する賠償480万円に加えて、事故のせいで失業した人には、事故前の収入がそのまま賠償金として支給された。

 事業を経営していた人、あるいは、酪農や農業、漁業などを営んでいた人には、その売上額も補償された。これらは事業の規模にもよるが、年間で億を超えることも稀ではない。

 さらに、宅地、建物、田畑、家財、山林などを持っていた人には、その価値に応じて、賠償金が支払われた。これは家や土地の全損扱いの賠償なので、通常なら所有権は東電に移転するはずだが、東電は所有権を放棄した。つまり、家や土地の所有権は元のまま、今住むために新しく購入した家は、やはり東電が支払ってくれる。

 住民の間に、深い亀裂が走っている。あちこちで、「なぜ、うちにも少し放射能が飛んでこなかったか」 と、冗談とも本音ともつかない言葉が飛び交った。津波は天災だから仕方がない。それはわかっていても、不公平感を拭い去ることは難しかった。

 ある人は言う。

 「パチンコやスロットはいつも満員だし、毎週のように子供を連れてディズニーランドへ行く人もいる。郡山では、デパートや不動産屋なんかも、つぶれそうだったのが、皆、見事に生き返りました」

 住民税も健康保険も無料。診療の際の個人負担もなし。NHKの受信料も、子弟の学費、大学の学費も免除。もちろん仮設住宅は無料。損害賠償や慰謝料は所得として計上されない。

 高速道路の料金も、乗降地のどちらかが福島県内であれば、無料になる。「日本国内どこまで乗ってもタダです。だから、免許証は更新したけれど、住所は元の町のまま。」

 「賠償の話は、すれば必ず摩擦が起こるので、もう誰もしません。たまたまそのとき、住民票をほかの場所に移していた人はもらえません。気の毒だとは思うけど、誰も何も言わない。とにかく、皆、疑心暗鬼です。それがために結婚できた人もいれば、結婚できなくなった人もいる。口もきかなくなった親戚もいるわけです」

 避難を指示され移住を余儀なくされた人たちは、他の土地に、元の家に見合った代替の家を買うと、それを東電が支払ってくれる。これは住居確保損害といい、査定は、結構寛大だという。

 損害が発生しているという事実が確認されれば、領収書さえ出せば東電は一週間ぐらいで全額を支払ってくれる。登記簿か何かを提出しなければならないかというと、それも要らない。

 「だから、買った家を、即、売ってもいい。同じ値段で売れば、現金化できます。または小さな家に買い換えて、あとは貯金したりと、自由自在です」


 ――それでも、「あいつに比べて俺は少ない」 とか、金額に不満のある人がいるという。

 その天文学的な金額になる賠償金は、東電だけでまかなえるものではないから、結局は国民の税金から拠出することになっているのだということ。


 「東電宝くじ」 という言葉が流れている。


        宝くじ高額当選者の悲惨な末路

 宝くじで高額当選から一転して破産したり金と幸せを引き換えに悲惨な末路をたどった人たちの話はよく耳にすることである。

 高額の当選金を何に使ったか分からないほど散財し、一度上がった生活の水準を下げられずに消費者金融から借金した結果、自己破産をしたとか、

 夫が外で豪遊するようになり結果として仕事を辞めてしまい、離婚することになったが貯金はゼロで、夫に慰謝料と養育費の請求もできない状態になってしまったとか

 当選者の90%が 「嫉妬」 されて友人たちに嫌われ友人をなくす・・・とか、

 体重が増加して健康を害する――今までは歩いたり公共の乗り物を利用していたのにかかわらず、お金を手に入れて簡単にタクシーを利用するようになった、肉体労働を辞めてしまった、お手伝いさんを雇い、家事で身体を動かすこともなくなった、そして贅沢な料理を頻繁に食べるようになった・・・で、金を手に入れた当選者が太って健康を害するのも無理がない、ということになる。

 それに似たようなことが、東電から高額の賠償金をもらった人たちに起きている、そして地域のコミュニティを破壊している実例が見られるということ。


 表題の本から、もう少しその実例の記述を挙げましょう。

≪ (いわき市の)谷川さんは言う。

 「双葉郡
(著者注・福島原発の立地地域)の人たちには同情しました。放射能のこともあって、気の毒に、皆さん、本当に小さくなって暮らしていらした。娘の高校には双葉の子もいたし、津波で家を流された子もいた。『大変だったわね』 と皆で力を貸したのです」

 ところがそのうち、賠償金の話が伝わってきた。

 「もちろん賠償金をもらうのはいいんです。でも、その額があまりにも桁外れじゃないですか!」

 それ以後は、とにかく不協和音の連続だった。

 「大学受験になった。仲の良かった子供たちのグループでは、私たち母親も付き合いがあって、それまではときどき皆で食事をしたりしていました。でも、受験で明暗がはっきり分かれたのです。

 双葉の子は私立大学に受かったうえ、学費免除で大喜び。片や、家を流され、お父さんが失業しているお宅では、子供が国立に落っこちてしまった。私立の学費なんかとても出せない。お母さんが泣いていましたよ。

 賠償をもらっている人はお金が腐るほどあるだろうに、なぜ、学費免除なのよって、当然、皆が思います」

 いわき市の不動産の値上がりは、2015年、16年と日本一だった。高級車の売り上げも好調で、ゴルフ場も夜の街も満員御礼。不公平感は膨張していたと、谷川さんは言う。

 「スーパーで大きなカート2台分、山積みの買い物をしている人たちがいる。それを見て、皆が 『あ、賠償金だ』 と思うのは仕方ないですよ。今、いわきの新婚さんはマンションも借りられなくなっています。その脇に、土地を2区画も買って豪邸を新築している人たちがいる」

 2012年の12月には、いわき市の市役所の玄関の柱に、「避難者、帰れ」 と落書きされる事件も起きた。≫


 「過ぎたるは猶
(なお)及ばざるがごとし」 で、過ぎた賠償金は結局、もらった人をも不幸にしていることがあるのではないか。

 今日拝読した聖経 『真理の吟唱』 に、次のようにありました。


≪     愛の天国を実現する祈り

 私は神の子である。神は無我の愛である。それゆえに私の内には “神の無我の愛” が宿っているのである。いな “神の無我の愛” こそ私の実相であり、私のいのちであり、私の本体であるのである。

 それゆえに、もし私が “神の愛” を私の生活に実現することができなかったならば、私のいのちは生きていないことになり、私の本体は生きていないことになるのである。たとい懸河の雄弁を揮って真理を説くとも、もし “愛” が私のその弁舌の背後になく、生活に “愛” が実践されていなかったならば、私の生活は死んでいるのである。

 愛は神より出で、世界と人間とのすべての関係をなめらかに潤滑する油となるのである。もし愛が人々の心のうちになくして、人間関係が結ばれるならば、必ずやそこに摩擦が起り、争いが起り、衝突が起り、たがいに傷つき、たがいに破壊し、不幸が続出することになるのである。

 愛はすべての人間の心と行動とを柔らげ、一切の摩擦と衝突と争いとを無くするのである。

 すべての行為の背後に、その奥に愛があるとき、その行為は必ず自分を生かし、また多くの人々を生かす事になるのである。愛は生活に美しき彩りを与え、人生を麗わしきものとし、人生を住みよき場とし、人生に生き甲斐を与えるのである。

 それゆえに私は常に人生を愛をもって彩り、深切をもってモットーとし、ていねいに愛を籠めて何事にても行なうのである。すべての物事を深切丁寧に行なったとき、私の魂には “生活の歓び” が湧いてくるのである。

 愛は、自分の接するすべての人々に歓びを与え、すべての人々に生き甲斐を感ぜしめるだけではなく、自分自身の魂に歓びを与え、自分の魂を生長せしめ、自分の生命を発達せしめ、自己が “神の子” としての完全な実相を現実世界に実現せしめることになるのである。

 それゆえに、愛を生活に表現する人の事業は常に繁栄し、愛を生活に実践する人は常に健康となるのである。愛は人々に幸福を与えるがゆえに与えれば与えられるの法則にしたがって、自分自身にあらゆる幸福をもち来すのである。

 人生に神の無我の愛が潤いを与えるとき、天国から花びらがさんさんと降り来るがごとく、人間の世界は美しく飾られるのである。

 今私の魂には “神の愛” が降りそそぎ、“神の愛” に満たされ、私の魂の内に天国が造られているのである。それゆえにわが向かうところ悉く天国となり、楽園となり、幸福の国となるのである。

 この真理を知らせ給い、愛を実現する力を与えたまいしことを神に感謝いたします。ありがとうございます。≫


 ――こういう愛の心を復興することこそ、真の復興であろう。こういう愛の真理を伝えることにこそ、宗教の出番があるのではないでしょうか。

  (2018.1.12)

   <つづく>


411 『復興の日本人論 ~誰も書かなかった福島~』を読んで(2)


 #396 で、≪『復興の日本人論 ~誰も書かなかった福島~』 (川口マーン恵美著・グッドブックス 2017.12.1刊) を読んで、思うことを、これから数回にわたって書きたいと思います≫ と昨年12月5日に書いておきながら、1ヵ月以上ご無沙汰して失礼してました。これから、それを書きたいと思います。

 表題の本の著者川口マーン恵美さんは、「桜チャンネル」でこの1月5日からはじまった 「エネルギーは現在(いま)」 という新番組のキャスターの1人として、日本のエネルギーと原発の問題について熱っぽく語っておられます。

 「日本は、ドイツの失敗を繰り返してはならない!

 と。YouTubeで見られますから、今後を楽しみに拝見・拝聴いたしましょう。

https://www.youtube.com/watch?v=5ondbo5Iv5I

https://www.youtube.com/watch?v=yGKAavzA5as

          ○

 その前にちょっと、今朝の日経新聞を読み、自分の生きる姿勢について思いを新たにしたことを、記したいと思います。

 まず、医療・健康のページで、こころの健康学として精神科医の大野裕さんが、

 『自分貫く 「棒」 は何か考える』

 と題して、次のように書いておられました。

≪ 年が改まった。それぞれの人がそれぞれの思いで新年を迎えたことだろう。しかし、年が変わったからといって自分が変わるわけではない。まわりの環境も同じように続いていく。

 私が好きな

 「去年今年
(こぞ・ことし)貫く棒の如きもの」

 という高浜虚子の俳句がある。新年になっても変わりなく続く自然の原理を力強く表現した句だといわれている。しかし、それでも私などは、新年を迎えると、自分が少し変われたような感覚になれる。

 自分がいくらかでも変われたような気持ちになれるのは、変わらない自分を同時に感じているからだろう。本来の自分をしっかり持てていれば、さらに新しいものにチャレンジしながら変わっていける。逆に、本来の自分が揺らげば、先に進んでいくことはできない。

 30年以上前の米国留学時に、……一体自分がなぜこんなところに飛び込んだのか、この先どうなるのかと、不安になったのを思い出す。

 そうした心理状態では新しいことにチャレンジできず、自分の世界に閉じこもりがちになった。何とか抜け出すまでに1年近くかかった。それは家族をはじめ周囲の支えがあったからではあるが、少し格好良くいうと、精神科医としての自分の立ち位置を忘れなかったことも影響していた。

 新年に、自分の 「棒の如きもの」 が何か、少し考えてみてもよいだろう。≫


 ――私にとって、「貫く棒の如きもの」 は、もちろん、

 「久遠の今」

 でなければならない。――と、即座に思いました。


 また、同じページに、「音楽療法」 の話も大きなスペースを使って、書いてありました。

≪   広がる音楽療法 認知症に効果も

 音楽を心身の健康維持や傷害の回復に役立てる音楽療法は全国の医療機関などで普及しつつある。幅広い症状や年齢層を対象とし、免疫機能が向上したり認知症の進行を抑えたりする効果が認められるという。

 米国で第2次世界大戦中、負傷した軍人を音楽家が支援する活動から始まったとされ、1950年に全米音楽療法協会が発足。その後は欧米を中心に発展してきた。

 日本でも2001年4月、音楽関係者や医療従事者らからなる日本音楽療法学会(東京・港)が設立された。専門の講習を受けるなどした同学会認定の「音楽療法士」は16年4月時点で約3千人に上り、病院や介護福祉施設を中心に全国で活躍している。……≫


 私も現在、音楽――無我になってきれいなハーモニーを、神からの贈り物としてよろこび歌わせて頂くコーラスを、やっています。これからも、人々に生きる喜び、やすらぎと感動を与える音楽活動を一所懸命やっていきたいと思います。


 スポーツ欄には、昨日行われたラグビーの全国大学選手権決勝戦の記事に感動した。

≪ ……ラグビーの全国大学選手権は7日、東京・秩父宮ラグビー場で決勝が行われ、帝京大が21―20で明大に逆転勝ちし、史上最多を更新する9連覇を達成した。

 帝京大は前半、明大に押し込まれ、7―17と劣勢で折り返した。後半も最大13点のリードを許した。

 王者と思えぬエラーが続発した。後半半ばで13点差。なおも自陣スクラムというピンチで、帝京大の堀越主将は笑って味方に語りかけた。

 「ここが一番楽しいところだぞ」

 今季の帝京のテーマは 「エンジョイ」

 岩出監督が掲げたのが、試合の各場面を楽しむことだった。練習でもピンチでの粘りを意識的に磨いてきたという。約10分後の逆転劇もそのたまものだった。

 自陣ゴール前で相手が反則。キックで陣地を稼ぐのが定石だが、ボールに駆け寄ったSH小畑は小さく蹴って速攻を仕掛ける。周囲の反応の速さとボールつなぎの巧みさは、大学ではめったに見られぬものだった。約90メートルをつないで一気にトライ。

 狙い通りの逆転劇での戴冠だが、「エンジョイ」 したのは帝京だけではない。明大の選手からも 「楽しかった」 「やりきった」 の声が出た。「見た方に大学ラグビーの魅力を感じてもらえたと思う」 と岩出監督も胸を張るスペクタクルな一戦。9度の優勝の中で 「楽しさ」 の総和は今年が一番だった。≫


 私も、困難な課題やピンチに面しても、明るく 「エンジョイ」 してそれを乗りこえる覚悟を新たにしました。

  <つづく>

  (2018.1.8)


410 死中に活を得る道―升田幸三の人生哲学


 谷口雅春先生の 『子供と母の本』 という御著書は、昭和47年(1972)初版で、全国学校図書館協議会選定図書にもなった、名著であります。

 谷口雅春先生が、もと 『理想世界ジュニア版』 に、数年にわたり中学生を主な対象として書かれたご文章から、私が日本教文社勤務時代に、選んで分類した各篇にタイトルをつけるという作業をさせていただいたものですが、まるで一貫した構想で書き下ろされたもののように構成が出来てしまった。これは神の御手によって出来た御著書という気がします。

 その中の一篇に、「升田九段の人生哲学」 というのがあり、次のように書かれています(抜粋)。


≪     心を雄大に持てば運命が雄大に展開する

 心が雄大になれば、自分の生活にその雄大さが反映されて、富なども自然にできて来るのである。その問題を将棋の升田幸三氏は、(『文藝春秋』昭和42年5月号で)次のようにいっている。

 「終戦のころ、何で読んだのか……“貝は気を吐いて楼閣をなす” この文句が私は好きでしてね。貝は最初、身体
(からだ)は小さい。しかし自分の唾液でだんだん自分を大きくしていく。この気、気を吐く、ということが人間にとっても大事なんだ、これがないと大きくならない……」

 諸君よ、大きく伸びんと欲するならば、雄大な気を吐き、雄大な精神雰囲気を放散するのだ。蛤
(はまぐり)は、雄大な気を吐いて、それが虚空にひろがる蜃気楼(しんきろう)になるんだという事を聞いたことがある。これが 「貝は気を吐いて楼閣をなす」 である。

 現象界は “心” すなわち “気” の展開であり、心の影なのだから心をミミッチクもっていてはミミッチイ仕事しかできないのである。

     勝つも負けるも一手の違い

 升田九段は、もう一つ体験から来た “人生の知恵” を語っている。それは負けそうになったら、どうせ負けるのに、その時期をできるだけ長く延ばして行くような卑怯未練な生活をするなということである。

 「玄人の将棋、プロというものはね、王様が逃げるのに、単に手数の長い方に、長い方にと、逃げるんじゃない。5手で詰むのも、20手で詰むのも同じことだ。細く長く逃げてみたところで、結局、詰むものは詰む。

 プロは起死回生の手のない方へは行かない。あるいは3手で詰むかも知れないが、ときによっては1発逆転のチャンスのある方へ行く。

 プロになると、将棋というものは、勝つも負けるも1手ちがいなんです。勝つチャンスのある方へ逃げないと、ただ長生きするだけじゃ意味がない。

 素人の場合の細く長くというのは、大きくなるというのではなくして、とにかく長く生きる、1寸延ばしにとにかく生きる、ということですが、プロ的感覚でいえば、倹約するのは次の飛躍に備えてやる、何か大きな事をおこす前提なんだね。単なる籠城じゃない」

     死中に活を得る道

 プロとは人生の玄人で、人生の素人ではないという意味である。つまり、飛躍の見込みのない、1寸のばしに生きのびるために逃げるような卑怯なことはするなということだ。

 「身を棄ててこそ浮ぶ瀬がある」 という諺のように、死ぬかも知れないが、必死の中に生地をもとめる、死中に活を得る背水の陣的な前進的気がまえが、男性の行き方であり、そこに勝利のチャンスをつかめというのである。これは 『生命の實相』 の生活篇に書かれてある 「背水の陣を布け」 に一致するのである。(中略)

 追いつめられながら、1手でも10手でも詰められる時間をのばすために逃げまわるような将棋は下手の将棋なのであるというのである。

 人生でも同じことである。

     相手と和解して天下無敵となる

 将棋でも、名人となり達人となると、“生長の家” の 「天地一切のものと和解せよ。天地一切のものとの和解が成立するとき天下無敵となる」 (意訳) という教えに一致して来るのである。升田九段は次のようにこの真理を説いている。

 「将棋というものは1人では指せない。2人のものだ。未熟なときは1人で指そうとして、自己主張だけを追求しようとするが、最近、私は少し変わってきて、自己主張する前に、まず相手の主張、手段を先に掘り下げてみよう、としはじめた。相手の主張に合わせてこちらの主張を出していく、というふうにやると、間違いが少くなりますね」

 だけども、升田九段は全ての事に 「相手の動きを受けてからやれ」 というのではないのである。2人で指す将棋、相手あっての将棋の場合だからである。だから升田九段はいう。

 「ものを新しくおこすときは創造の人、切り込んでいく人でなければだめです」

 けれども、社会生活に於いては将棋と同じく相手がある。だから、

 「個人プレーは、しばしば全体の力を弱める」

 と升田九段はいう。将棋も社会生活も同じなのである。勝とう勝とうとしてアセッテいる人の将棋を見ていると、

 「互いに負けっこしているんじゃないかな。まるで負けっこですよ。早く勝とうと思ってミスしたりして負ける。結局は自分に破れているのです」

 ここに到って升田九段、いよいよ人生哲学の奥義に入ったような感じがするのである。≫


          ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 また、同上書には、つづいて 「天皇さまと武士道」 という一篇があり、そこには次のように書かれている。

≪     “侍” ということ

 日本の国は、自分のいのちを “公
(おおやけ)” のためにささげて、いのちの限りつくすのを “武士道” として来ました。

 むかし、日本で人間の階級が士農工商という風にわかれていた時代に、“士
(し)” すなわち “侍(さむらい)” が一等尊ばれ、“商” すなわち商売人が一等下の階級のものだと思われていたのは、“士” は “公” の理想を守るために、その理想を中心として、その中心にさむらう、自分のいのちのことなど考えなかったからであります。

 “侍
(さむらい)” という言葉は「さむらう」という動詞が名詞になったので、「おそばにつきそうて守る」 という意味が “さむらう” という意味です。

     “公” という意味

 “公” というのは、“大宅
(おおやけ)” という意味です。“三宅(みやけ)” などという苗字の人が随分あるでしょう。“宅(やけ)” は “家” のことで、“大宅”(公)は本家の元のいのちが生きている家のことであります。

 家といっても建物のことではなく、“谷口家” とか “中村家” などという血統のつながっている “いのちの家” のことで、“いのちの理想” といってもよろしい。

 本家の元のいのちの理想とするところを守って、それを守るためには、「自分のいのちなどどうなってもよい」 と考えるのが、“侍の道” すなわち “武士道” だったのです。

 それを日本の国を例にとれば、神武天皇が日本国をお建てになった、その日本国の建国の理想を守りつづけるためには、自分個人のいのちなどは、どうなってもよいという、国のためにつくす心が、“侍の道” であり、武士道なのです。

     
葉隠(はがくれ)武士道

 だから佐賀の鍋島藩の武士道の本 『葉隠論語』 には、

 「武士道とは死ぬことと見つけたり」

 と書いてあります。自分のいのちや、からだなどは、公の理想のためには、どうなってもかまわない、これが “武士道” であり、“侍の道” だったのです。
 (中略)

     人間なら利益につられるサーカスの熊になるな

 自分が腹がへっていても、食物につられてサーカスの熊のように、何でもやる自分ではないぞ。“公” のためにならいのち棄てても尽くすぞ――このような精神の人は一見、損得の道を知らない馬鹿な人間で、儲かる時にも儲けないで頑張っている変人に見えるけれども、そのような “いのち知らず” “損得知らず” の人間がいてくれたので、日本全体の精神に筋金がはいっていて、日本が今までほろびずに続いて来たのです。利益につられて何でもやるような人間ばっかりだったら、もう夙
(と)っくに日本の国はつぶれていたのだと思われます。

 日本の国が、明治維新のときに外国からの侵略を受けて滅びてしまわなかったのも、

   かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

 と歌って、日本の大宅
(おおやけ)のいのちの伝統を継ぎ給う天皇さまと、日本国を守るための運動を起こすためには、自分のいのちはどうなってもよいという覚悟で運動を起こし、維新の志士を育てて来た吉田松陰のような人があったからです。

 そして吉田松陰は、その理想を守りつづけるために江戸の小塚原で処刑され、首を斬られて死んでしまったけれども、そのいのちが守りつづけて来た、日本国という、吉田松陰自身のいのちが生まれて来た大宅――本家のいのちは、隆々と栄えることになり、日本国は東洋の先進国になる事ができたのです。

 吉田松陰は小塚原で処刑されてもそのいのちは日本国と共に生き続けているのです。

     大東亜戦争で日本は負けたのか?

 日本国は大東亜戦争で負けました。アメリカ軍が日本へ上陸して来て、あの戦争を太平洋戦争という名にして大東亜戦争といわせぬことにしました。

 しかし、日本の戦ったのは太平洋でだけではなく、東南アジアからインドを経て、インドネシアの方に至るまで、広い範囲にわたって戦って、今まで白人に征服せられ、属国になり、植民地にせられていて、とうてい白人には打ち勝つことができないと考えていた有色民族に、「自分達も同じ “神の子” の人間であるから、日本人のように白人に打ち勝つこともできるのだ」 という自信を与えた。

 このようにして、あの大東亜戦争は、世界の国々の今までの在り方を全然かえた。最後には敵側の無茶な原子爆弾の使用と、ソ連が中立条約を破って、敵側に回って攻めて来たのとで、日本はやむを得ず降伏しましたけれども、あの戦争によって、南方アジアにある有色民族は、白人の支配をはなれて独立しました。南方アジアだけではなく、アフリカの黒人たちも、続々白人の支配を脱して独立したのです。

 日本の起こした大東亜戦争は、大東亜の民族のみならず、アフリカの民族にすら白人の支配から脱け出して独立する自覚を与えたのであった。あの戦争によって世界の姿が変わったのです。日本は全世界の有色民族を白人の支配から解放したのです。

 あの戦争のとき、日本の戦争目的として掲げたのは、「大東亜民族の解放」 という旗印でした。

 そして、東南アジアは勿論、インドやパキスタンも独立し、さらに中近東、アフリカの諸民族まで白人の手から解放して独立させたのです。あの戦争のとき旗印として掲げた 「大東亜民族の解放」 という理想は充分以上、十二分にその目的を達したのです。

 戦争目的を十二分に達したのですから、あの戦争は結果に於いては、日本が勝ったのです。形の上では、敗戦して一時、降伏したという形で戦争は終わったのですけれども。

     日本は剣道の名人のように素直にお辞儀した

 しかし、あの戦争の終わりようはまことに見事でした。日本内地に180万の陸軍兵が、まだ少しも傷つかないで待機しているのに――待機というのは、いつでも出られるように待っていることです――それなのに、もう戦争を止めるべき潮時だとわかったら、きれいに降伏して、武装を棄てて、「降参
(まい)りました」 とお辞儀をしたのです。

 これは剣道の試合でも、名人と名人との試合であったら、互いに相手の呼吸を見合っただけで、相手の方が既に自分より優れているとわかると、どちらも打ち込まない先に、

 「まいりました」

 とお辞儀をします。斬られていても、斬られていることにも気がつかないで、まだ相手に獅噛
(しが)みついてゆこうとするようなのは、剣道では “下(げ)の下” なのです。

 日本は、アメリカが原子爆弾をもっていて、日本には、それがないとわかったとき、日本の陸軍180万人は、素直に、

 「まいりました」 と竹刀
(しない)を置いて相手におじぎをしたのでした。

     天皇さまの行き方は “武士道” の極致であった

 このような綺麗な負けかたをするのは、こちらがやはり名人であるからです。

 誰がこの名人らしい敗け方をしたのかというと、日本の天皇さまです。

 阿南陸軍大臣や、梅津陸軍参謀総長や、豊田海軍軍令部総長などは、敵が原子爆弾をもっているとわかっても、なお敵の脚にでも腕にでもしがみついて、武器が足らないなら、竹槍でも何でも相手を突き殺してでも――と思って 「戦争をつづける」 と言ったのでしたけれども、天皇さまは、

 「もうこれ以上、無駄な戦争をつづけることは日本国のためにならないばかりか、世界人類のために不幸である。私の役目は皇祖すなわち天照大御神からはじまって、皇宗すなわち歴代の天皇を通してつづいて来た日本国を子々孫々につたえることである。今となってはそのためには自分のいのちや体はどうなってもよいから戦争をやめる」

 とおっしゃったのです。

 天皇さまは、あの時、天照大御神からはじまって、神武天皇の建国の事実となり、それから二千六百何年もつづいて来た日本国家という大宅(公)のいのちを守るために、自分の体もいのちも投げ出されたのです。

 “公”のために、自分のいのちささげていのちの限り尽くすのが “武士道” だと、この本文の冒頭に述べて置きましたが、日本の天皇さまこそ、本当に “公” のために、御自分のいのちを投げ出された本当に立派な “武士道” の鑑
(かがみ)ともいうべき御方さまでいらっしゃるのです。

 天皇さまは、負けぎわが、本当にきれいでした。そして自分のいのちを惜しむことなく “公” のためにささげられた。

 あの負け際のきれいさがあったために、恰度
(ちょうど)よいときに戦争がやまったのです。あの時、意地ぎたなく、負けながらも負けたと気がつかないで、もう半年も敵にしがみついていたらどうなっていたでしょうか。

 千島に侵入していたソ連は、北海道、青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島、新潟、長野、そして関東地方へ侵入して来て、東京の半分から東はソ連圏となり、東京の半分から西はアメリカ圏となり、日本は東日本と西日本に分割されて、……朝鮮が北朝鮮と韓国とに分割され、……今でも争っているようなことが、日本国に起こっていたはずでありますのに、そうならなかったのは、天皇陛下の、武士道的な生き方、負けるべき時にきれいにお辞儀をし、その降参ぶりのよかったこと、そして、“公” のために自分のいのちを棄てることを理想とされた “侍” の生き方を生きられたからこそであります。

 その結果、恰度よい時に戦争が終わって、戦後にこんなに早く日本は復興し、昭和45年には、大阪にアジアとしてはじめて開かれる万国博覧会のために大きな資金を投じて、その敷地の造成と建築の設計を悠々とやったほどの国力を備えて来たのです。

 まことに日本国は形の上では負けた形で戦争が終わりましたけれども、天皇陛下の武士道的な生き方のために、私たちは幸福に生活できているのであります。

 私たちは天皇陛下に、この事を感謝しなければならぬと思う。≫


          ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 生長の家は、神が始められた神の国運動、人類光明化運動である。だからそれは、途中の過程においてどのような暗黒が現れて見えようとも、

≪神はその全智にして全能なる力をもって私たちを愛し給い導き給うのである。

 神の愛は近視眼的愛ではなくて遙かに前途を見越して、有終の美を飾る如き結果をわれらに与えたまうのであるから、現在の状態がたとい如何なる状態であっても私たちは神に対する信頼を失うということは絶対にないのである。≫


   (聖経 『真理の吟唱』 「人生の苦難を克服する祈り」 より)

 ――現在の生長の家教団の暗黒の状態が、いつまでも――100年も続くということはあり得ないのである。しかし、今のままでは行き詰まりが目に見えている。

 とすれば、早くそれに見切りをつけ、決断し 顔を洗って出直す ことが必要ではないか。
 《“顔を洗って出直す” については、#266#272, #261(世界最大の根本ウソは何か)をご参照ください。》


  (2018.1.5)


409 「久遠の今」から新生の出発を


≪     新天新地の神示

 見よ、われ既に天地を新たならしめたのである。人々よ、眼の蔽いをとれ、われは新しき智慧である。新しき生命である。新しき宇宙である。新しき光明である。

 われ臨
(きた)って此の世界は既に変貌したのである。既に信ずる者の暗黒は消え、醜汚は滅し、病いは癒え、悲しみは慰められ、苦しみは柔らげられた。神秘を見て人々よ、目覚めよ、覚めてわが新しき光に照らして存在の真実を見よ。われは存在の実相を照らし出す完成の燈台に燈(ひ)を点ずるものである。

 悲しみに泣き濡れた人々よ。いま眼を上げて吾が光を受けよ。汝の悲しみは喜びに変るであろう。病める者よ、いま病の床より起ちて、わが生命を受けよ。われを拒むな。われを信ぜざる者は已むを得ぬ。われを信ずる者は黙坐してわれを念じ、われに依り頼れ。われ汝等に 『神想観』 と言う観行を教えたれば、それを為せ。われに汲むものは常に新しき力に涸れないであろう。……≫

   (谷口雅春著 『神ひとに語り給ふ』 より)

 ――新天新地は、時空を超えた 「久遠の今」、既に今此処にあったのである。

 時空間の上に展開された不完全な現象は、夢まぼろしのごとき影にすぎず、それは無であったのである。目を覚ましてみれば、今此処に新しき宇宙があり、新しき光明があったのである。


 歴史作家 塩野七生
(しおの・ななみ)氏が、去る12月26日の 『日本経済新聞』 「時論」 欄で、語っておられたインタビュー記事の冒頭部――

   
   ≪魚は、頭から腐る≫



 塩野七生さんは、紀元前からルネサンスまで2500年に及ぶ欧州の歴史を約50年かけて書き上げた。登場する国家の盛衰や政治リーダーの栄光と失敗は、21世紀の国際社会とも共通する多くの教訓を含んでいる。1992年から 「ローマ人の物語」 を毎年1作のペースで執筆し、99年に司馬遼太郎賞。2007年に文化功労者に選ばれる。このほど地中海が世界の中心だった時代の興亡を描く歴史長編の締めくくりとして 「ギリシア人の物語」 全3巻を書き上げた。イタリア在住、80歳の女流作家である。

 その塩野七生さんに、日経紙は 「国際社会が今21世紀に入っても国境や文化、宗教といった壁を克服できていない。世界が直面する課題への見方や困難な時代にリーダーに求められる条件を聞いた」 というインタビュー記事を掲載したのである。

 「歴史を見てみると、
魚は頭から腐る。頭は一番重要で、それが政治。民衆は相当、最後に至るまで健全なんですよ。しかし政治が最初に腐ると、民衆がいかに一生懸命にやっていても国力がどんどん下がってくる。だから政治が機能してくれなきゃ困るんです」

 と、塩野さんはいう。

 それは政治について言われていることであるが、宗教・宗教団体について考えてみる。



 「クさった魚」 の 「ク」 は、「久遠の今」 だ、と私は思う。

 すべては、「一」 なる 「久遠の今」 より出でたる光なのである。時空間の上に展開された不完全な現象は、夢まぼろしのごとき影にすぎず、それは無であったのである。目を覚ましてみれば、今此処に新しき宇宙があり、新しき光明があったのである。

 影にすぎない現象を 「あり」 と掴んで、「新しい文明」 を作ったと思っても、それは直ちに 「古い文明」 となってバベルの塔のごとく、あるいはバブルのごとく崩れ去り消えゆくものである。

 宗教は、「時代の要請から生まれる」 というのは虚妄である。「久遠の今」 という、「時代」 を生み出した根源、時空を超えたところの無限光明、無礙の大光明から発した救いの放射光線が宗教である。それが時空間の上に展開するとき、時代の状況に応じて人時処三相応の形をとるのである。

 されば、谷口雅春著 『真理の吟唱』 の 「人時処の三相応を得る祈り」 には、次のように言われている。

≪    人時処の三相応を得る祈り

 この世界は神の支配し給うところの世界なのである。

 神は全能であり、全知であり、無限の愛であり、無限の調和であり、無限の美であるのである。そして、私たち家族はみな “神の子” であるのである。

 神は大宇宙を創造したまい、それを神の意識的自己表現の “場” とならしめ給い、その “場” の上に、神の意識的表現の “主働者” として人間をつくり出したまうたのである。

 自然界や物質界は “場” であり、舞台であり、素材である。人間は、その “場” の上に君臨して一切の素材を用いて美しき天国の構図をつくり出す “主働者” であり、シテである。

 それゆえに私たちの力は、神から譲られているのであるから、何者も私たちの自己表現であるところの正しき行動を妨げることはできないのである。

 神御自身の完全なる自由意志による自己表現が、私たちの人生体験として顕現してくるのであるから、私たちが真に正しく欲し、希望し計画し行動することは必ず成就するほかはないのである。

 神の自己表現そのものが私たちの能力となり、智慧となり、知識となり、計画となり、行動となるのであるから、今私たちの希望するもの、欲するもの、計画するもの、行動するもの、ことごとく、神に護られ、必ず順潮に進捗するに相違ないのである。

 私たちは “神の子” であり、神と共に生き、神と倶に計画し、神と偕に行動する。それゆえに私たちの求むるものは必ず見出し、行く道は必ず開かれ、嶮しきは平らかとなり、頂上は今直ぐにあることを見出すのである。

 私たちは、神の召命に耳傾ける。私たちは神想観を怠らず、神の声なき声を聴くことができるのである。

 神は見えざるに導きたまい、聴けざるに手をとり給う。危きところにては抱き上げたまい、衝突寸前に不思議なる救いを与えたまうのである。

 神の召命に素直に随うものは幸いなるかな。わが行動は常に処を得て適切なる急所にあたる。わが行動は常に時を得て、早過ぎもせず、遅過ぎもせず、適時適所に巧みにはこぶのである。

 わたしたちは“神の子”として神の智慧を受けているから、人を見る眼は明らかにして、相手の現在の心境を看破し得て、最も適切なる行動をとることができるのである。

 かくしてわたしたち家族の行動は、処の宜しきを得、時の宜しきを得、人の宜しきを得て、着々として希望実現の道に叶うのである。

 かくの如くして私たちは神と常に一体なるがゆえに、一切の不安、心配、恐怖、躊躇、停頓あることなく、常に輝く前途を眺めつつ、すべての人々が幸福になるように祝福を与えつつ、平安に、順風に帆を孕む船のごとくに進むことができるのである。

 ああ、私たちは今、神が私たちに与え給うた希望と平和と成就との宝船に乗りつつ、祝福されたる海路を、地上天国建設へと進み行くのである。神に感謝し奉る。≫


   (聖経 『真理の吟唱』 より)

          ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ところが不思議なことに、いま生長の家教団の進める運動は、“古い文明から離れて、新しい文明を作る” などと言いながら、

 
「……大きな問題は、教勢が伸び悩んでいるどころか、減少傾向が一向に止まらないことである。」 (新年度運動方針書前文より)

 という。それは、今の生長の家の運動が、「久遠の今」 なる実相(神)の大地に立脚せず、不完全な、影にすぎない現象を 「あり」 としてそこから出発し、人間を神の子ではなく自然環境を敵視してこれを破壊し、自然から奪うことを続けてきた罪の子として出発しているからなのである。――と私は断ずる。

  <つづく>

  (2018.1.4)


408 “神の子”は、ただ喜び生きる。


     
外にはない、内にある!

≪……地上の人間よ
  心を尽して自己の霊なる本体を求めよ、
  これを夢と妄想との産物なる物質と肉体とに求むること勿れ。

  キリストは
  『神の国は汝らの内にあり』 と云い給えり。
  誠に誠にわれ汝らに告げん。
  『汝らの内』 とは汝ら 『人間の自性』 なり、『真の人間』 なり。
  『汝らの内』 即ち 『自性』 は神人なるが故に
  『汝らの内』 にのみ神の国はあるなり。

  外にこれを追い求むる者は夢を追いて走る者にして
  永遠に神の国を得る事能わず。
  物質に神の国を追い求むる者は
  夢を追うて走る者にして
  永遠に神の国を建つる事能わず。

  キリストは又云い給えり、
  『吾が国は此の世の国にあらず』 と。

  此の世の国は唯影にすぎざるなり。
  常楽の国土は内にのみあり、
  内に常楽の国土を自覚してのみ
  外に常楽の国土は其の映しとして顕現せん。
  内に無限健康の生命を自覚してのみ
  外に肉体の無限健康は其の映しとして顕現せん。≫

     (聖経 『甘露の法雨』 より)


≪     
神の世嗣(よつぎ)を完うする祈り

 わたしは今 “神の子” であることを悟ったのである。神はわが父であり給い、私たち人間を神の世嗣として地上に顕現せしめ給い、神の御心を地上に実現するための “神の子” として地上天国建設の使命を授け給うたのである。

 この大使命を自覚するまでの私たちは、いわば “漂浪
(さすらい)の子” “放蕩息子” とも譬(たと)うべきものであったのである。しかし今はもう私は “漂浪の子” でも “放蕩息子” でもないのである。わたしは今、父の御許(みもと)に立ち還ったのである。父はわたしが郷里に還ったことを悦びたもうて、父のもち給える一切の善きもの、美しきもの、悦ばしきもの、楽しきものを与え給い、私を神の世嗣とし給うたのである。

 神の大いなる清く健かなる生命の流れが滔々
(とうとう)として、今わが内に流れつつあるのである。それゆえに、私は今、無限に健やかであり、溢るるばかりの生命の豊かなる躍動を内に感じ、地上天国建設のために、私に割当てられたる仕事にいそしむことができるのである。

 私は今、ゆるされて神の世嗣となったのであるから、神の明らかなる智慧は常に神の御蔵
(みくら)より私に流れ入って、何時(いつ)、如何になすことが、繁栄の道に叶い、健康の道に叶い、人類の福祉の道となり、地上天国建設に役立つ道であるかを明らかに知ることができるのである。わたしの努力することは必ず実を結び、わたしの計画することは必ず善き協力者を得て、成就することは明らかなのである。

 わたしは今、神の世嗣として、わが内部に神の大生命が環流し、素晴しい生命の輝きを発揮していることを自覚するのである。それゆえに私は常に心明るく楽しく愉快で、光明の雰囲気を身辺に放散しているのである。したがって私の身辺にきたる人々はことごとく明るくなり、楽しくなり、愉快となり、幸福となるのである。したがって、私は多くの良き協力者を得、共鳴者を得、いよいよ益々繁栄せざるを得ないのである。

 わたしは今、自分がまことにも神の世嗣であることを自覚したのである。今、ここに、私の体に神が満ちていますのである。永遠の生命、永遠に疲れず、老いず、病まず、働きてやまざる生命――これが神の生命であり、私の生命であるのである。

 その生命の貴さを自覚するとき、わが生命はその高貴さを現実に発揮するのである。その生命の貴さを自覚して行動するとき、神が現実に、この “私” を通して顕われ給い、奇蹟と見ゆるごとき大業をもやすやすと成就することができるのである。

 人間が神の世嗣であるということは、人間は自己を通して神の一切の善徳がこの世に実現する機関であるということである。

 自覚せよ、自覚せよ。私は “神の子” であり、神の世嗣であり、神の最高の自己実現であることを。ありがとうございます。≫

   (聖経 『真理の吟唱』 より)


  (2017.12.30)


407 救済力を失った生長の家教団


 私は、「生長の家」 の信徒です。

 「生長の家」 とは、何か。

 それは、「七つの燈台に燈
(ひ)を点ずるもの」 とも言われている。

 「七つの燈台」 は、あらゆる宗教をさす。「七つ」 は完成の数であって一切を包容する意味。燈台は世を照らす光であり、世の光となる宗教の象徴である。
  (谷口雅春著 『神ひとに語り給ふ』 <神示講義 教の巻> による。以下同じ)

 どの宗教でも教祖の時代には、いろいろの奇蹟が現れたり、魂を本当に目覚めさせて如実に人間を救う事ができたのであるが、時と共に弟子から弟子へ伝わり、それが 「又弟子」 に伝わりしてゆく中に、教えが次第に迷いで薄まって、とうとう、レッテルだけが 「キリスト教」 と書いてあって中身は別物が入っていたり、或いはレッテルは 「仏教」 と書いてあって、中身は釈尊のお説きになった真理がないというような宗派ができて来た。

 そして、教祖が出現せられた時代にあらわれていた奇蹟があらわれなくなった。そしてそれを弁解する為に、奇蹟のあらわれる宗教を治病宗教とか新興宗教とか言って攻撃しておれば、自分の宗教が偉いように見えるだろうと思うような間違を犯して、テンとして恥じないようになって来たのであります。

 イエスでも釈尊でもはじめて出現したときには、奇蹟が続々あらわれていたが、その法燈が途中で消えて居たので、人生という航路を行く舟が難破するのは無理がない。

 そこで神様がそれに燈
(ひ)を点(つ)けなければいかん、という訳で、世を照らす光の燈台である各宗の教えに、生きた火を点ずる役目として出現せしめられたのが、生長の家である。だから、生長の家にあらわれた神さまは 『七つの燈台の点燈者』 と呼んでも好い、と 「新天新地の神示」 に示されている。

 ところが、今その生長の家が、創始者谷口雅春先生から三代目、孫の谷口雅宣氏が総裁に襲任して約20年。七つの燈台に燈を点ずべき生長の家自体が、いま光を失ってしまった状態にある(と私は思う)。

 宗教とは何であるかというと、谷口雅春先生は 『神ひとに語り給ふ』 の中で次のように言われている(要約)。

          ○

≪ 宗教というものは一体何であるかというと、先ず、自分とは如何なるものか、それを明かにする所の教えが宗教である。ソクラテスは、汝自らを知れと言った。汝自らを知るということが宗教である。

 イエスは、自分の父は天にまします神であるということを自覚して、自分は 「神の子である」 と言った。

 釈迦は、生れると直ぐ七歩あるいて、というのは七という数は完成の数だから、自覚を完成してという意味だが、一方の手は天を指し、一方の手は地を指して、“天上天下唯我独尊” と言ったという。

 仏というと、「あの人は死んじゃった。仏になった」 なんて言うが、そんな仏じゃない。「天上天下唯我独尊」 の自由自在の存在であるという自覚を持ち、肉体の縛りから解放された者が仏である。

 もっとも、死者もある意味から言うと仏である。人間は肉体を現している間は、肉体というものに縛られており、物質の法則に縛られている。飯を食わなかったら腹は減るし、余り働き過ぎたらくたびれるし、眠らなかったら辛い、……いろいろ肉体的な縛りというものがある。霊魂が肉体を抜け出したら、そういう肉体の制約から、解放される。そういう意味に於て肉体の死んだ人は仏である。

 しかし霊魂が肉体を脱けても、解放されないのがいる。それを亡者という。霊魂が霊界に往ってもまだ肉体の中にいて 「何々という病気で苦しんでいる自分だ」 という思いが続いている間は、亡者、「亡びたる者」 である。肉体があって亡びないと思っているけど、魂の方は亡びている。

 つまり、人間みずからの生命そのものが、自由自在である神の子であるという事を自覚し得ない、自由自在性の霊なる存在を悟らない、「霊なる存在」 が亡びたる状態であるから、「亡者」 である。我々は亡者じゃいかんですよ。

 肉体が自分であると思っている者は、肉体はつねに亡びるものであるから、みな亡者 mortal である。不滅のもの 「亡びない者」 immortal の自覚に生れ更ることが必要である。それが 「新たに生れる」 という事である。

 人間を肉体だと見ている限りは、人間は所詮は亡びる者、亡者である。そこで此の 「亡びる者」 から 「亡びない者」 に移り変らせ、人間は肉体でない、久遠の生命であるという事を自覚せしめるのが、宗教である。……≫


          ○

 『生長の家「本流復活」について考える』 というウェブ掲示板(トキ掲示板)によると、

≪ 今年の代表者会議は、北杜市の本部で11月19日の日曜日に開催されました。
来年度の運動方針として本部が提出したのは、例によって自転車とかクラフトとか農作業とかでした。

 流石に程度の低い運動方針にたまりかねてか、某教区の相愛会の連合会長さんが立ち上がり、個人救済の必要性を力説した上で、本部方針に救済がないのを指摘したみたいです。……

 発言がされた時に、会議に出席していた現場の活動者たちから盛大な拍手が沸き起こったと言います。この拍手は、現在の運動方針が現場では破綻していることを本部へ知ってほしいという動機で行われたと思います。

 もはや現在の運動方針は信徒から支持されていないこと、自転車やクラフトは否定しないが、あくまでも副次的なもので、基本は 「救済」 です。

 これを認めようとしない本部の頑迷固陋な態度には、現場の幹部は 深く失望しているのです。……このままでは生長の家は破綻することが確実であり、現場としては、本部の方針は間違っていることを示したかったのです。≫


 とのこと。(代表者会議は、生長の家の次年度の運動方針を最終的に決定する会議で、出席者は各教区の相愛会連合会会長、白鳩会連合会長、青年会委員長、講師会長など)

 その後、11月22日、生長の家総本山で 「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」 が行われた時の総裁挨拶でも、「“個人の救い”は自然との調和の中に」 と題して、

 
≪生長の家は、決して“個人の救い”をやめたのではありません。各地の練成会や練成道場や誌友会の場において、“個人の救い”のためにも真剣に取り組んでいます。しかし、今日の運動では、“個人”を自然から切り離して考えるのではなく、「自然と人間との関係において捉える」 という、より大きな視点をもって取り組んでいるという点が、違うといえば違う……≫

 というような、相変わらず自己正当化の言い訳のようなことを、長々とおっしゃっている。

 そして、「自由で多様な運動を展開しよう」 「自由闊達な意見交換による多様性の実現を」 (代表者会議での総裁挨拶)などと言われているが、前掲の 『神ひとに語り給ふ』 のような、生長の家の根本真理を説かれた神示講義の書を、重版させない、現在の信徒に読ませないという、偏見・独断による とんでもない縛りをかけておきながら、自分の考えに好都合なところだけ雅春先生を引き合いに出して、「自由で多様な運動」 とはよく言えたものだと思います。


 私は生長の家信徒です。しかし、東京で来たる2月に行われる総裁の講習会推進はいたしません。生長の家は、総裁信仰ではありませんから。

 私はこれから、私の信ずる 「自由で多様な運動、愛行」 を、神の導きのまま、使命感のままに、精一杯、力一杯、させていただきます。


  <つづく>

  (2017.12.29)


406 “赤き龍(たつ)”は、わが内にあり !
      
―自分が浄まれば、世界が浄まる―



 私の中に、すべてがある。すべては私である。

 すべての中に、私がある。私はすべてである。

 私の中に、時間・空間がある。それゆえ時間・空間の中に展開されているすべては、みな私の中にある。すべてはわがものであり、私自身なのである。


 “赤き龍
(たつ)” は、どこにいるか?

 それは、わが内にいるのである。


≪ 理想は吾々自身の中にある。同時に、その達成に対する障礙もまた、吾々自身の中にある。吾々の境遇は、吾々がそれによってこの理想を実現しなければならぬところの、その材料に他ならない。≫

  (トルストイ 『人生読本』 より、カーライルの言葉)


≪ 自分ひとりが浄まったなら、世界は浄まるのである。自分の心がきよまらざる故に世界はきよまらないのだ。自分の心をきよめることによって、全世界を浄めることが出来るのである。≫

  (谷口雅春 『新版 叡智の断片』 127頁)


 ありがとうございます。


  (2017.12.24)


405 “赤き龍(たつ)”は、まだ生きていた! (2)


 “赤き龍
(たつ)” とは、何か。

 まず、古事記神話で 「八岐大蛇
(やまたのおろち)退治」 の物語は、昔は小学校の教科書に載っていて、だれでも知っていた話です。それは――


<< 須佐之男命(すさのおのみこと)が高天原(たかあまはら)から追放されて、出雲の国の斐伊川(ひのかわ)上流にある鳥髪(とりかみ)というところに降られた。すると箸が川を流れて来たので、須佐之男命は川上に人が住んでいると思い、上って行くと、老人が老女と一緒にいて、少女を真中にして泣いていた。

 老人は、国つ神の大山津見神
(おおやまつみのかみ)の子で名を足名椎(あしなづち)といい、妻は手名椎(てなづち)、娘は櫛名田比売(くしなだひめ)と言った。

 須佐之男命が 「どうして泣いているのだ」 と尋ねると、老人は、「わたしの娘は、以前は八人いたのですが、高志
(こし)の八俣大蛇(やまたのおろち)というものが毎年やって来て、とって食べてしまいました。いま、また、八俣大蛇がやって来るときなのです。だから泣いているのです」 と答えた……>>


 ――以上は主に梅原猛口語訳 『古事記』 によりましたが、谷口雅春先生は戦前の 『生命の實相』 神道篇――今、光明思想社刊 『古事記と日本国の世界的使命 甦る「生命の實相」 神道篇』 に収録されている――に、次のように書かれています。


 須佐之男命は高天原で乱暴狼藉をはたらいたので、天照大御神が一時天之岩戸
(あまのいわと)隠れをなさって世界中が真っ暗になった。しかし、天照大御神は天の岩戸から再びお出ましになり、世界は明るく照り輝いた。

 その時須佐之男命は厳めしい鬚
(ひげ)をぬかれ手足の爪を抜かれて、神やらいにやらわれた――即ち高天原から追放せられた。鬚を抜き、爪を抜いて――というのは、穢れを浄め、散髪をして明るい姿にして、神退(かむやら)い――即ち神の子として追放せられたのである。そして――


≪ 国つ神の大山津見神というのは、高天原の神様即ち天つ神に対する国つ神であります。天つ神、国つ神と申しましてもいずれも大生命の顕現ではあらせられますが、先ず国土経綸の下準備として、傍系、臣位の神々を地上に下し給うたのが国つ神で、準備整うたる時中心君位の神が天降り給うのが天つ神です。

 家を建てるにも、先ず土方、人夫など地均
(じなら)しをし、その上に大工が家を建て、住居が完全に整うた後、初めて主人が移転してくるように、傍系臣位の神々即ち国つ神が国土の地均しをし、それが一段落ついたときに天つ神の降臨となるのであります。(中略)

 ところで、国つ神というのは国土経営をする下準備の土方、人夫などの役目なのですから、あまり精神主義的な神様ではありません。まず地均しをするためには物質を処理しなければなりませんから、唯物論者の神様です。手名椎、足名椎で国土経営に手となり、足となり、槌となり、大工の働きをする神様であります。

 その唯物論の神様に八人の乙女があったというのですが、八つというのは単に八人と一定数を示したのではないので沢山という意味であります。天つ神降臨前の地上は唯物論で、全体を統一総攬する中心者がなく沢山の国々に分れておったのであります。ところが八俣遠呂智
(やまたのおろち)がやって来て、その多数分立している国々を食い滅ぼしてしまって、今では唯一人櫛名田比売(くしなだひめ)だけを食わずにいる、その唯一人の櫛名田比売も愈々食い滅ぼされるという時期が近づいて来たというのです……≫

≪ さて、この八俣遠呂智(やまたのおろち)というのはどういう大蛇
(おろち)であるかといいますと、こう書いてあります。

 目が赤い酸漿
(ほおずき)のように真赤であり、頭が八つあり、尾が又八つあって、体がとても大きくて苔やら檜やら椙(すぎ)がその身体一杯に生えている。そうしてそれは八つの渓(たに)八つの嶺をずっと度(わた)るほどの長い身体をしているというのです。此の八つというのも、単に八個という意味でないので、無数の意味、沢山の意味でありまして、世界全体を取巻いているというような大きな計画を現しているのです。更にその腹を見ると真赤に血のように爛れている――これが八岐の大蛇の姿なのであります。

 これは 『黙示録』 十二章に書いてある 『赤き龍
(たつ)』 に当るのであります。≫


≪   黙示録に顕れたる世界戦の予言

 また天に大なる徴
(しるし)見えたり。日を著たる女ありて、其の足の下に月あり、其の頭に十二の星の冠冕(かんむり)あり。かれは孕(みごも)りおりしが、子を産まんとして産の苦痛と悩みとの為に叫べり。また天に他の徴(しるし)見えたり。視よ大なる赤き龍(たつ)あり、これに七つの頭と十の角とありて頭には七つの冠冕(かんむり)あり。その尾は天の星の三分の一を引きて之を地に落せり。

 龍
(たつ)は子を産まんとする女の前に立ち産むを待ちて其の子を食い尽さんと構えたり。女は男子を産めり、この子は鉄の杖もて諸々の国人を治めん。かれは神の許に、その御座の下に挙げられたり。

 女は荒野に逃げゆけり。彼処に千二百六十日の間かれが養わるる為に神の備え給える所あり。斯
(かく)て天に戦争(いくさ)おこれり。ミカエル及びその使たち龍とたたかう。

 龍
(たつ)もその使たちも之と戦いしが、勝つこと能わず、天にははや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち悪魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどわす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。……(後略。ヨハネ黙示録より)

          ○

 『日を著たる女』 というのは日本国のことであります。日は天照大御神で、『日を著たる』 は天照大御神を御皇室の御祖先に頂いているということであります。『女』 というのは、日本の国は昔から東海姫氏の国(編註・漢時代の漢詩「野馬台詩」などにも見られ、古代中国が日本に使った呼称の一つ)と云われておりまして、美人国だとして知られている。それで 『日を著たる女』 という言葉によって日本国を象徴しているのであります。

 日は陽であるから天位であり、月は陰であるから地位であります。地位であるから足に踏んでいるのでありまして、西洋のように女尊男卑で、良人が妻君に自動車を買ってくれなかったから亭主の義務を果さぬなどと云って離婚訴訟を起す国ではないのであります。

 十二の星は世界各国の国魂を表しております。日本は世界各国を滅ぼしてしまおうというのではないのであります。日本は太陽の国であり、世界各国は星の国でありますから、大いなる太陽の光を中心に小さなる光でも各々天分を尽して光れば好いのであります。日を傘に着て、その下に十二の星の冠を戴いているのは、この為であります。

 『かれは孕
(みごも)りおりしが、子を産まんとして産みの苦痛(くるしみ)と悩みとのために叫べり』 という 『生みの苦しみ』 とは 『新しき自己』 の発見の苦しみなのであります。日本は今や 『新しき自己』 を発見せんとして苦しみつつあるのであります。今迄地球上、東海の一小島国としての自己を見詰めていた、しかし本当は日本国はそんな東海の一小国ではない、『大日本世界国』 である、全世界が日本なのである。新日本の実相の発見であります。

 既にその 『実相』 は孕んでいるのであります。『孕む』 というのは 『既にある』 がまだ顕れていないということであります。大日本なる国土が豊葦原の瑞穂の国という全地球上であるという約束は既に天照大御神の天孫降臨の御神勅以来、『実相』 として孕んでいるのでありますが、それがまだ実現していない――それは必ず実現するが、それが実現する為には今後幾多の試煉に出会さなければならないというのが、『産みの苦痛と悩みとの為に叫べり』 であります。

 その試煉の最大なるものは、ユダヤ民族の世界統一運動なのであります。凡そ、全世界を一つの支配の下に制覇しようという野望を抱いている民族はユダヤ民族であります。(中略)

 此の赤き龍
(たつ)というのは、天爾(てんに)惟神(かんながら)の神国をも自分の掌中に掌握しようという謀計をめぐらすほどの者ですから、実に大きな働きであって、中々普通の人間等よりもよほど強い能力を持っておるのであります。その智慧の点から云っても無限に強い力を持っているので、『創世記』 に於けるあのアダム、イヴを欺したところの蛇の現れとも見るべきものであります。蛇の智慧、物質的智慧、唯物論の智慧を持っておって世界をかきまわしているところの龍であります。

 そして先ず金力、物質の力によって宇宙全体をひっかきまわして、先ずこの世界を金力の支配下に置き、資本主義制度を捏ち上げ、その反動を利用して、全世界をソビエット化しようとしているのであります。妙な言い方でありますが、資本主義組織を計画したのもユダヤの守護神であり、これを破壊に導いているのもユダヤの守護神であり、その変転の過程が彼らの乗ずる処であります。…(後略)…≫



 さて、この谷口雅春先生がおっしゃっている “赤き龍
(たつ)” などというものは、いま現実にはまったく存在しない、あったとしても過去のものであろうと勝手に思っていたのは間違いで、まだ延々と姿を変えながら生きていたのだ! ということを知らされたのが、田中英道氏著 『日本人にリベラルは必要ない。~リベラルという破壊思想~』 でありました。

 「リベラル」 は、ユダヤ思想による唯物論―マルクス主義の亡霊に取り憑かれた “隠れマルクス主義” であった。わが国の伝統文化を否定し、日本国を一呑みにしようとする、古事記神話の “赤き龍(たつ)” 八岐大蛇(やまたのおろち)にあたる。

 日本のリベラルは今や瀕死の状態にあるとはいえ、まだ世をリードすべき大学や知識人、マスコミなどに生き続けている。今こそ、私たちは護国の神剣を打ち揮
(ふる)って、その八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を根絶やしにし、真の世界平和のために、大和の国日本を生き生きと甦らせるべき時である。


 <つづく>


  (2017.12.23)


404 “赤き龍(たつ)”は、まだ生きていた!


 田中英道著 『日本人にリベラルは必要ない。』 などを読み、ここまで述べてきたように、「リベラル」 は、ユダヤ思想による唯物論―マルクス主義の亡霊に取り憑かれた “隠れマルクス主義” であった。わが国の伝統文化を否定し、日本国を一呑みにしようとする、古事記神話の “赤き龍
(たつ)” 八岐大蛇(やまたのおろち)にあたる。

 日本のリベラルは今や瀕死の状態にあるとはいえ、まだ世をリードすべき大学や知識人、マスコミなどに生き続けている。護国の神剣を打ち揮
(ふる)って、その八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を根絶やしにし、大和の国日本を生き生きと甦らせなければ、世界に平和はもたらされないであろう。

          ○

  護国の神剣 ―生政連讃歌―

            谷口雅春 作詞
            黛  敏郎 作曲

釈尊出でて わが国に
聖王うまれ 天
(あめ)が下
すべての民を 救うぞと
弥勒下生
(みろくげしょう)の 聖経に
預言し給ひし 時いまぞ

また黙示録は 預言せり
されど其の日の 来るまでに
サタンと呼ばるる 赤き龍
(たつ)
(しば)し檻より 放たれて
四方
(よも)の国民(くにたみ) まどわすと

古事記の預言に 照すれば
このサタンなる 赤き龍
八岐遠魯智
(やまたのおろち)と 称されて
瑞穂の国の 稲田姫
ひと呑みにすと 身を構う

この時姫を 救わんと
須佐之男
(すさのおの)神 いでたまい
天授の神剣 うち揮い
赤き龍をば 寸断し
姫を危機より 救いけり

この須佐之男の神剣は
実相真理の つるぎなり
剣は神人 両極を
真釣り合わせる 神政を
奉じて起ちし 生政連

この神剣の ある限り
如何なるサタン 窺
(うかが)うも
鉄壁の護り 堅固なり
この聖使命 受けて起つ
天使の集団 生政連
護国の使命 受けて起つ
天使の集団 生政連

          ○

 ――上記、「生政連」 とは、「生長の家政治連合」 の略称で、かつて神意を国政に反映させるため昭和39年に結成され同58年に活動凍結となるまで続けられた政治運動団体。上記 「護国の神剣―生政連讃歌」 について、谷口雅春先生は次のように述べられている(生長の家国家問題総合委員会編 『日本の政治と宗教ー護国の神剣ー』 より)。

≪ この 「護国の神剣」 といふ生政連讃歌がこの度出まして、私が作詞したものに作曲家の黛(まゆずみ)敏郎さんが作曲されたことになっているけれども、これは谷口という一人の人間が作詞したのではないんです。これは皆さんの魂の中に沸ふつとたぎっているところのその使命感といふものが私に感じられて、その感じられた使命感の内容をこの 「護国の神剣」 といふ生政連讃歌に書き表したものであるわけであります。≫


 昭和38年2月28日、第13回生長の家全国代表者会議を開き、第一次五ヵ年計画最終年度の運動方針を決定した。そのとき総裁谷口雅春先生は結語として次のように述べられた。

≪     国家の成仏ということ

 “人間神の子” を説く宗教は他にもある。“肉体も環境も心の影” と説く宗教もある。万教帰一だから根本は同じである。だがそれでは、とくになぜ生長の家が出現したのか。生長の家の神は住吉大神である。その住吉大神が、なぜ今ここに、日本の国土にこの時期に現われ給うたのか。そこが非常に大切なところである。

 『古事記』 に示されるごとく、住吉大神は天照大御神の御誕生の直前に現われられた。最後の宇宙浄化の働きとして、宇宙の大神が住吉大神と現われ給うたのである。天照大御神の御誕生とは、日本の実相の誕生ということである。日本なるものの魂が具体的に宇宙を照らす光となるということである。この直前に、最後の浄化の働きとして住吉大神が今ここに現われ給うたという、ここに生長の家出現の真意があるのである。

 ただ単に、人間は神の子であり、物質はない、肉体はない、病気は治るという、それだけのことではないのであって、天照大御神の光が宇宙に天照らすべく、天皇陛下の御稜威を発現せしめて、日本の国を救い、世界を救うというところに、生長の家出現の本当の意義がある。

 したがって、たんに個人の救いにとどまらず、宗教的自覚をおしすすめて、国家の成仏、人類全体の成仏、宇宙の成仏というところまでゆかなければならないのであって、そのひとつが政治活動なのである。≫


 と。


 <つづく>


  (2017.12.22)


403 今、日本の伝統文化を見直すことこそ世界平和への道である


 #397#401 (『日本人にリベラリズムは必要ない。~「リベラル」という破壊思想~』 <田中英道著> を読んで) の続きになります。

          ○

 日本人は古来、伝統的に、太陽や、山、川、樹木、岩や海など、自然を神として拝み、人間もまた自然の一部として、自然にとけ込み自然と一体の生き方をすることをよしとしてきた。また、他に与え他を生かすことによって自分が生かされる、労働を神聖なものとし、西洋人のように、「自然を敵として戦い、自然から奪う生き方」 などして来なかった。

 地球は何十年、何百年単位で、暖かくなったり寒くなったりするが、自然そのものは変わらない。日本人には、「“温暖化”が人間のせいで起こる」 などと考えるのはおこがましいことだという思いがある。改善できることは、都市のスモッグ化ぐらいだ。縄文時代から、自然は何も変わっていない。
 このことを、「道理」 と言う。“自然道の道徳” が、日本人の道徳である。

 日本の思想は、西洋の思想とは全く異なる基軸の上に立っている。その違いを 「遅れ」 ととり、西洋の思想をただひたすら正しいと思い込むのは間違っている。

    日本に 「個人主義」 はありえない

 人は、ひとり(個人)ではありえない。誰しも母親から生まれており、それでもう2人だ。そして、確実に父親がいる。3人だ。兄弟・姉妹がいる。もう4、5人だ。つまりこれは 「共同体」 だ。

 「自分」 というものは、共同体に規定される存在であって、共同体を否定することなどできない。

 「個人主義」 は、日本ではもともとありえない。「個人は自然とともにある」 という自覚、「他者との関係の中に生かされている」 という認識は、「孤独」 を無効にする。

 「人間」 は 「人」 + 「間」 であり、それは “家族” なのだ。日本国は “国家”。国は家族の上に立つ “家” である。ステート(統治機構)やネーション(政治共同体)ではない。国家は、個人と対立するものではなく、個人を 「人間」 たらしめるものである。

 ステートやネーションは、すべて人工の共同体国家を指す。しかし、本来は日本と同じ概念から始まったものであろう。が、その国家もいろいろな他民族が入ってきたために壊され、人工的に再編成する必要が出てきた。他民族を懸命に同化させようとしたが、日本以外は十分に成功していない。

 世界の国々の原型が日本に残っている。これは素晴らしいことだ。それを、西欧の方が優れていると思ったり、中国がいいと言ったりする。それらの国々は人工国家であるため、虚構をつくりだすための言葉や思想が豊富に用意されているからである。

    誇りを持って自らの文化に生きる幸せ

 しかし、われわれも先祖返りをして、自らの出所をしっかりと認識しなくてはいけない時代になったのだ。20世紀という “否定の時代”――否定のみの方法論で構築されたマルクス主義思想の時代は終わり、21世紀は伝統文化の “肯定の時代”――過去の文化の再認識、再評価と再発見の時代に入ろうとしている。これによって未来が生まれる。

 はっきり言えば、“新しい文化” をつくる必要はない。それはおのずとできるものだから。

 リベラル思想によって文化の破壊が進んでしまった現在は、過去の、文化を生き生きとつくりあげた人々を再認識・再評価することのほうがはるかに生産的である。現在にとって建設的なものを 「過去」 に見ればいいのである。それが、今始まっている世界文化遺産運動の思想の核心だ。

 2005年、ユネスコは 「文化多様性条約」 を採択した。各国が固有の文化を保護育成する政策をとることを認める条約である。賛成が148か国で、アメリカとイスラエルのみが反対した。イスラエルの反対は、グローバリゼーションを世界に仕掛けていたのはユダヤ人だったという証拠である。

 しかしその時、各国の文化を認めずナショナリズムを認めなかったアメリカとイスラエルの知識人の思想が、今変わり始めている。それでアメリカにトランプ大統領が誕生した。

 トランプの娘イヴァンカの夫であるジャレツド・クシュナーはユダヤ人、ユダヤ教徒で、中東・イスラエル問題の専門家。彼らはイスラエル中心主義を主張している。つまり、「シオニズム」 というナショナリズムである。ユダヤ勢力は今、グローバリゼーションをやめ、ナショナリズムに転換しようとしているのだ。

 したがって、固有な文化を守ってきた日本という国が、世界でますます重要になってきている。「日本の思想とは何か」 「今後の世界に必要なのは、日本の思想の再評価ではないか」 ということが議論され始めた。各国のナショナリストの先進国として、それが評価されるようになってきたのだ。

 これまでリベラルによってかきまわされてきた、それぞれの国家、それぞれの民族の伝統的な文化の重要性は、われわれ日本人がまず自らの文化を取り戻すことによって良き例を示すことができる。その意思を持ったとき、はじめて日本の文化遺産というものが生きてくる。それぞれの国家・民族が、誇りをもって自らの文化を主張することが、いちばんの国際親善になるのである。

 「リベラル」 「リベラリズム」 の呪縛を解いて、日本は今、それをリードすべき立場にある。

 今、リベラル勢力はトランプ大統領批判を懸命にしているが、それも非常に底の浅い状況になっている。リベラルは 「言論を支配していた」 と思っていたにもかかわらず、本当は少数派であることが、如実にわかってきた。今や世界の人々が、“本音の思想” を語るべき時代がやってきたようだ。

 リベラルのわけのわからぬ文章、大学や論壇の少数グループの業界用語の話はやめて、多数派の言葉を再発見すべきである。皆がわかりやすい、現実に裏打ちされた言論世界を取り戻すべきなのである。

          ○

 現行憲法は、ユダヤ思想による日本破壊計画の産物であった。そして 「リベラル」 というのは、その “日本破壊憲法” に洗脳された、西洋かぶれの似而非知識人たちや、その思想のことであった。

 現行憲法の 「平和主義」 とは、「日本は侵略戦争をした悪い国でした。今後は武力・戦力を持たず、侵略阻止のための武力行使もしません」 という敗北思想である。

 「国民主権論」 は、西洋や支那大陸のような君主と人民とが 「国家意思を最終的に決定する権限」 を奪い合った歴史の全くない、君民一体の信仰共同体ともいうべき日本の国柄とは相容れない、国体破壊につながる思想である。

 「基本的人権の尊重」 は、個の尊重を全てに優先させることによってかえって人権を蹂躙し、個人の尊厳性を奪う思想である。

 文化と伝統を否定して破壊する思想を常につくっていこうとするのがマルクス主義で、リベラルという思想は隠れマルクス主義。マルクス自身がユダヤ人で、彼らの社会を見る目には、基本的にユダヤ特有の 「キリスト教社会に対する悪意」 がある。悪意があればそこに必ず否定があり、「批判理論」 はこの文脈の中で構築された。

 今、日本の役割は非常に重要である。リベラルに対して日本が反撃しなければ、世界の正常化はおそらく実現しないであろう。ユダヤ思想に最も侵されていない国のひとつが日本なのである。


  <つづく>

  (2017.12.21)

402 今、神に愛されて生きる悦び―ふるさと讃歌をうたう


 私たちは今、神に愛されてこの美しいふるさと日本の国土に生まれ、生かされている。

 身土不二。私たちの命はこの美しいふるさとの自然と一体である。

 12月17日(日)、わが杉並区の “合唱フェスティバル” というのが行われ、私も参加しました。これは区内の合唱熱心な小学校・中学校の生徒たちの合唱と、一般社会人の合唱団が共演・競演する合唱祭で、20数年続けられているものです。

 私の属する“井草混声合唱団”では、7月の“サマーコンサート”でも歌った 「地球星歌」(#352 をご参照ください) と、もう一曲 「阿賀野川」(山本和夫作詩・岩河三郎作曲 混声合唱組曲) から、「ふるさとの将軍杉」 を歌いました。

 その 「ふるさとの将軍杉」 の歌詞は――


≪愛するふるさとの 愛するふるさとの
 母なる阿賀野川は 悠々と流れる。

 愛するふるさとの
 村の辻には、明るい歌声が花咲き
 さんさんと太陽が今日も輝く。

 みんなで草笛を吹きながら
 見上げる将軍杉

 樹齢二千年に余る 将軍杉は知っている。
 ひとびとの愛しあい
 しあわせを繰り拡げた
 村の楽しいドラマを
 将軍杉は知っている。

 遠い太古の 雲を巻いた
 将軍杉の梢に向かって
 みんなで草笛を吹き続ける

 将軍杉も 草笛を梢で吹きならす
 美しく 美しく 草笛は 大空に流れる・・・≫



 というのであります。

 「阿賀野川」 は、福島県・群馬県に源流を持ち、新潟県を流れ日本海に注ぐ日本有数の川。「将軍杉」 は、阿賀野川流域の新潟県東蒲原郡阿賀町(旧三川村)に聳え立つ、村のシンボルとも言うべき杉の老大木です。

 私の故郷は新潟県ではありませんが、自分の育ったふるさとの景色や、「日本なるもの」 を思いながら、魂の底から歌い上げました。

 まず、「愛するふるさとの……」 というのは、「自分が愛するふるさと」 というよりも前に、神が、わたしたち人間を愛して、美しい空、美しい山々、樹木、悠々と流れる大河など、人々の住むすばらしい自然環境を用意して下さったのではないか。美しいふるさとは、神の愛のたまものである。神の愛の満ちあふれるふるさとということなのだ!

 「愛するふるさと」 とは、「神が人間を愛して用意されたふるさと」 ということだ!

 ――その神への感謝の気持ちをこめて、神我一体となり、「神が歌い給う」 という思いで、腹の底から歌わせていただきました。

 そして、村人たちはみんな、そのことへの感謝とよろこびの気持にあふれ、

 「村の辻には、明るい歌声が花咲き……」


 となっているのである。それで、うれしくて喜びに堪えず、

 
「みんなで草笛を吹きながら、見上げる将軍杉」 は、

 樹齢二千年にあまる古木である。

 私は、この 「将軍杉」 を、ふるさと日本の歴史文化、伝統精神の象徴と考えました。

 だから、将軍杉は知っている。

 
「ひとびとの愛しあい しあわせを繰り拡げた 村の楽しいドラマ」――ひいては日本の国のロマンに満ちた歴史――を、将軍杉は知っているのだ。

 
「遠い太古の 雲を巻いた 将軍杉の梢に向かって みんなで草笛を吹き続ける」

 これは、太古の天孫降臨、日本肇国の神話からはじまった壮大なロマンと二千年にあまるこの国の歴史を知っている将軍杉の梢に向かって、歓びの草笛や口笛を吹かずにはいられない、ということだ!

 それで、将軍杉(日本なるものの化身)もよろこんで、草笛を梢で吹きならす。

 
美しく、美しく、その草笛や口笛が 大空に流れる。

 将軍杉の草笛 とは、「日本なるもの」 の歓びの霊的波動なのだ!

 ――私は、そういう思いを込めて歌ったり、口笛の演奏をしたのでした。

 その合唱をお聴きください。→合唱音声


  (2017.12.19)

401 憲法九条は、米国の日本破壊計画の産物である


 以下は、また田中英道氏著 『日本人にリベラリズムは必要ない。~「リベラル」という破壊思想~』 によります。


     
日本のリベラルの根拠は 「憲法九条」


 「日本国憲法」 の第九条が、日本のリベラル勢力の思想を支えている。

《第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の 発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段 としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。》

 日本国憲法は昭和22年(1947)、GHQの占領下で施行された。日本の 「主権」 が回復したのは、昭和27年(1952)4月28日、「サンフランシスコ講和条約」 の発効による。

 端的に、憲法九条は 「日本は軍隊を持たない」 という条文である。なぜ軍隊を持たないのかと言えば、《国際平和を誠実に希求》するから、としている。具体的には対外戦争・侵略戦争を不可能にするための条文ということだが、これは大嘘だ。

 憲法九条は、昭和16年(1941)12月、「大東亜戦争(太平洋戦争)」 が勃発した直後からアメリカが 「OSS(Office of Strategic Services 戦略情報局)」 による 「日本<破壊>計画」 のもとに用意した条文である。

 OSSというのは、あまり知られていなかったが、1991年にワシントンの国立公文書館で 「秘密の戦争――第二次世界大戦におけるOSS」 という公開シンポジウムが開かれてから、OSSの名前と内容は一般に知られるようになった。


 憲法九条は、戦後直近に予定された社会主義革命に対して、「それを弾圧する軍隊をつくらせない」 ことを目的に作成され、施行されたものである。

 しかし、日本で革命が起こらなかったのは、1945年にアメリカの大統領がフランクリン・ルーズベルトからハリー・S・トルーマンに変わったこと、そして、ソ連が脅威となりアメリカの政策が大きく変わったことで、OSS 「日本<破壊>計画」 は戦後の2年の間に立ち消えたからだ。

 <<以下、OSSによる 「日本計画」 というのは、「日本<破壊>計画」
   と読み替えて頂けば解りやすいと思います。>>


     OSS(戦略情報局)による「日本計画」

 OSS自体は1945年に解散しているが、GHQ マッカーサー最高司令官の対日支配の構想は、そのほとんどが、あらかじめOSSによってつくられていたものである。一例をあげれば、「昭和天皇の戦争責任を問わず象徴として温存させる」 という重要政策も、OSSの研究調査の結果によって準備されていた。

 昭和16年、大東亜戦争勃発の直後から、OSSによる 「日本計画」 は準備された。昭和17年6月までに、3度にわたって用意周到に練られたOSS 「日本計画」 の最終草稿は次の通りである。

①日本軍事作戦を妨害し、日本軍の士気を傷つける。
②日本の戦争能力を弱め、スローダウンさせる。
③日本軍当局の信頼を貶め、打倒する。
④日本とその同盟国および中立国を分裂させる。

 以上は軍事的な面での作戦で、政策目標達成のために、次の7つの宣伝目的、プロパガンダのテーマが設定されている。

 ①日本人に、彼らの政府や日本国内のその他合法的情報源の公式の言明への不信を増大させること。
 ②日本と米国の間に、戦争行動の文明的基準(civilized standards of war conduct)を保持すること。
 ③日本の民衆に、彼らの現在の政府は彼らの利益に役に立っていないと確信させ、普通の人々が政府の敗北が彼ら自身の敗北であるとみなさないようにすること。
 ④日本の指導者と民衆に、永続的勝利は達成できないこと、日本は他のアジア民衆の必要な援助を得ることも保持することもできないことを、確信させること。
 ⑤日本の諸階級・諸集団間の亀裂を促すこと。
 ⑥内部の反逆、破壊活動、日本国内のマイノリティ集団による暴力事件・隠密事件への不安をかきたて、それによって、日本人のスパイ活動対策の負担を増大させること。
 ⑦日本の現在の経済的困難を利用し、戦争続行による日本経済の悪化を強調すること。
   (「日本計画」 草案/加藤哲郎訳)

 特に注目すべきなのは、⑤と⑥である。戦略として、「階級闘争」 だけでなく、「差別による対立」 と 「団体間の対立」 の扇動が重要視されていることがわかる。

 これらは、すでに中産階級化していた日本国民全体を撹乱して、そのあとに革命を期待するという、まさにフランクフルト学派の理論が基本にあることを予測させる。

 当時のアメリカ大統領は、社会主義者であるルーズベルトだった。

      ソ連のシンパだったルーズベルト大統領

 1929年、「世界恐慌」 が起こり、アメリカ経済は非常な打撃を受け大量の失業者を生んだ。1933年、「ニューディール政策」 を掲げて大統領選を勝ち抜いたルーズベルトが就任する。

 ニューディール政策は、失業者対策、雇用の増大をはじめとする、徹底的に労働者の側に立つ政策で、政府が積極的に経済に介入する、アメリカの大変革策であった。

 ルーズベルトは以降、米大統領史上最高の4選を果たし、第二次大戦終戦直前の1945年4月に死去するまで大統領の座にあった。その所属政党である民主党は左派政党であり、ソ連をひとつの模範としていた。

 ソ連は唯一、世界恐慌の影響を逃れ、着々と 「5か年計画」 を実施して成長している国家に見えた。ルーズベルトは、「ソ連は資本主義経済に起こりうる“恐慌”の心配のない健康な経済下にある国家だ」 ということを言い続けた人物である。

 ルーズベルトはソ連の体制を 「理想」 としていた。当時のソ連の最高指導者スターリンとルーズベルトは非常に親密だったことも知られている。共和党の反対を押し切り、ソ連を承認したのはルーズベルトである。

 1941年、ポーランドをともに占領していたソ連とドイツの対立が深まり、「独ソ戦争」 が開始されると、ルーズベルトは中立を表明していたにもかかわらず 「武器貸与法」 をソ連に適用し、武器と物資をソ連に供給し始めている。

      景気沈滞を打破するための開戦

 ルーズベルトが掲げたニューディール政策は社会主義政策である。しかし、一般層としては保守勢力が確固に存在するアメリカが、そう簡単に社会主義国家に変わるはずはない。

 そこで考えられたのが 「戦争」 である。戦争をすることによって、失業者は軍隊に吸収され、軍事産業が回転を始めるから、アメリカの産業全体が活性化する。

 国家経済を惨状から救うために、なんとかして戦争を行う必要があり、開戦のきっかけをつくらなければならない。

 アメリカはドイツに対しても何度か挑発を行っているが、だめだった。

 そこでルーズベルトが目をつけたのが 「日本」。黄色人種の日本人がアメリカ国土に触れれば、米国民は必ず奮起するだろう――。ルーズベルトは、「黄色人種は劣等民族だから、どこかで根絶させないと世界はよくならない」 とまで言ったことがある。

 公開されている公文書から現在、アメリカの計画に沿って大東亜戦争は開戦されたものであることが明らかになっている。その底には明らかにルーズベルトの人種差別意識があった。

 1939年頃から、すでにアメリカは日本海軍に対して折衝を重ね、工作を開始していたらしいことがわかりつつある。ルーズベルトによる日本との開戦計画は、綿密に練られたものだった。

 しかし、日本は可能な限り、アメリカとの開戦を避けようとしていた。そこでルーズベルトが、最後に出したカードが 「ハル・ノート」 だった。これは、日本側に開戦させるための文書以外のなにものでもなかった。

 ハル・ノートにはもう一通、ハル国務長官が書いた 「妥協案」 が別にあった。先の 「強硬案」 を作成したのはハリー・ホワイト財務次官補で、ソ連軍情報部に内通したスパイだった。

 ルーズベルトがソ連と親和していただけでなく、明確にソ連側の利害に立って工作を進める人物がアメリカ政府内にいたわけだ。また、OSSには対ドイツ構想の立案スタッフとして実際に、フランクフルト学派の社会学・人文学者らが加わっていたこともわかっている。

 ルーズベルトは 「世界の社会主義化」 を目指していた。OSS 「日本計画」 は、階級闘争を起こさせ、軍部を孤立させ、軍部と人民とは違うという意識を与えて日本国内を混乱させることを計画の基本に据えていた。しかし日本は、計画通りにはならない国柄を持っていた。

      “奇襲” だと演出された 「真珠湾攻撃」

 日本に、OSS 「日本計画」 で予定されたような階級分裂は起こらず、「一致団結して、国を、天皇を守ろう」 ということが国民の総意となった。

 ハル・ノートを突き付けられて大陸からすべて撤退しろと迫られ、石油を止められれば、日本は国家運営をしていけないということを皆わかっていた。日本海軍は、国内に充満する開戦の気運をしぶしぶのんだと言ったほうが事実に近い。

 大東亜戦争はアメリカが熱望した戦争であり、アメリカに脅迫されてやむをえず日本が開戦した戦争であった。

 1941年12月8日の真珠湾攻撃は、ルーズベルトによって、その奇襲性が演出された。

 大東亜戦争におけるアメリカの対日基本戦略は、OSS 「日本計画」 による日本の社会主義化で、「階級を分裂させ、革命を起こさせる」 ことがその基本構想だった。

 レーニンは 「戦争を利用する以外に革命は不可能である」 と言っている。革命は混乱状態の中で起こるべきもので、国家がある限り、あるいは、軍隊や警察などの鎮圧組織が機能している限りは無理。軍隊がない状態にすることが効率のよい革命の第一歩だとした。

 したがって、軍部を叩く戦略をOSS 「日本計画」 の中心に置き、「この戦争は一般国民には責任がなく、軍部が軍部の利害のみで行ったものである」 ということを喧伝したのである。

      天皇を利用した後に葬る 「二段階革命」

 レーニンの革命理論に 「二段階革命」 がある。「まず中産階級による“市民革命”を起こして資本主義を成熟させ、マルクス主義にもとづく必然的矛盾が生じるのを待ち、そこで初めて“社会主義革命”を実施すべきである」 とする理論で、OSS 「日本計画」 にも、特に戦後の占領施策論として適用されている。ただし、日本に対しては、ひとつ独特な方法がとられた。

 OSSの日本調査・研究の結果として、「天皇」 については革命の第一段階にあたる市民革命のために利用することとした。社会主義体制に天皇の存在はありえず、あくまで天皇を葬る最終的な革命の前段階、資本主義を成熟させて矛盾を生じさせるための有効な装置として、「象徴天皇」 の概念を発明したのである。

 実は、現代の日本はいまだに、隠れマルクス主義者であるリベラルにとって、二段階革命の第一段階目にある。革命を阻止する軍隊の存在を否定した憲法九条は、まさにリベラルにとっては本拠地であり、牙城である。

 これが、日本にいまだにリベラルが生き残り、「憲法改正」 とりわけ 「九条改正」 に対して断固反対し続ける理由なのである。

      日本共産党議長・野坂参三が総理大臣に!?

 OSS 「日本計画」 の二段階革命は、非常に具体的に計画された。アメリカは、日本においては野坂参三を政権につかせることを画策していた。

 野坂は 「コミンテルン(共産主義インターナショナル)」 日本代表、日本共産党議長を務めた人物。イギリスで西洋の共産主義運動を実体験し、ソ連に密入国し、アメリカに渡ってアメリカ共産党にも参加したというきわめてインターナショナルな人物で、英語も堪能だ。

 アメリカは野坂を共産党の主席におき、首相にするつもりだった。GHQは戦後すぐの昭和20年(1945)10月10日、共産党員を中心とする政治犯500名を府中刑務所から釈放している。そして翌年の1月、国民の誰もが引き揚げに苦労していた時期に、野坂はソ連を経由することできわめてスムーズに中国から帰国している。

 有名な昭和22年(1947)2月1日の 「ゼネラル・ストライキ」 の計画は、OSS 「日本計画」 にのっとった社会主義革命の契機であった。それはマッカーサーの指令によって中止されたけれども。

      「社会主義運動」 を 「民主主義運動」 と誤解した日本人

 野坂の帰国は、支那大陸での 「日本人解放連盟」 を主軸とする 「日本帝国主義打倒運動」 を経たうえでの凱旋帰国であり、帰国後ただちに日比谷公園で、大規模な帰国歓迎大会が行われた。そこでは皇室容認の声明も発表され、まさに 「日本共産党政権樹立」 の気運が高まり、翌年の 「ゼネラル・ストライキ」 が準備されたのだった。

 しかし、アメリカ本国では1945年の4月、ルーズベルトの死去によって大統領がトルーマンに代わっていた。前任者死去による副大統領からの昇格だから同じく民主党政権だが、国際情勢はここにきて大きく変わってきていた。

 モスクワのアメリカ大使館に勤務していた外交官ジョージ・ケナンが1946年に打ったいわゆる 「長文電報」 によるソ連分析を機に、アメリカ政府は 「反ソ連」 に舵を切る。OSSが発展解消するかたちで組織されたCIAに与えられた任務は 「反共産主義」 であった。

 マッカーサーは 「2・1ゼネストの中止命令」 を発し、ここにOSS 「日本計画」 にもとづくアメリカの 「日本社会主義化戦略」 は事実上、消えたのである。

 昭和20~22年の間に日本で行われたことは、ズバリ“社会主義革命運動”であった。「新憲法の発布」 「財閥解体」 「農地解放」 など、社会主義化のためのあらゆる政策が実施された。

 そして、二段階革命の第二段階目 「日本共産党による政権奪取」 まで一気にやってしまおうとしたのが2・1ゼネストだったが、それは、アメリカ本国の外交政策の大転換で中止されたのである。

 ここに、大きな問題がある。われわれ日本人は、この2年の間に起きたことを、社会主義運動ではなく、民主主義運動だと誤解してしまったのである。OSS 「日本計画」 にもとづく戦略によって 「誤解させられた」 と言ったほうが、事実には近いかもしれない。

      左派もわかっている 「平和憲法」 の矛盾

 昭和20~22年の2年間は、二段階革命の第一段階目で、レーニンの理論によれば 「市民革命期」 にあたる。しかし、GHQが指導した新憲法の発布、財閥解体、農地解放などは、すべて 「民主主義の実現」 の名のもとに行われた。

 国家を存続させようというのなら、軍隊が必要であることは国際常識だ。軍隊がないことなどはありえない。憲法九条は明らかに意図をもって用意された条文である。

 それは、二段階革命の第二段階目直近に起こる「社会主義革命」(具体的には、2・1ゼネストによる革命)を弾圧する実力を排除するためであった。憲法九条は、「アメリカが日本を社会主義化しようとしていた」ということの証である。われわれはこのことをしっかりと認識する必要がある。

 戦後の左翼リベラル、そして“左翼”がとれた後の 「リベラル」 も、日本国憲法を 「平和憲法」 と呼び、九条で実現されるべき 「平和国家・日本」 を理想化する。軍隊がないことが平和とイコールではないことは自明であるにもかかわらず、そういう態度をくずさないのは、左派勢力が 「憲法九条は自分たち(左派勢力)の蜂起が潰されないようにするためにつくられた実利的な条文である」 ということを、知っているからである。

 したがって、「九条の会」 を日本共産党、社民党などが支持する。「憲法九条があり、軍隊を排除できれば、自分たちはいつでも蜂起して勝利できる」 という気持ちは今も変わらないのだ。

 しかし前述の通り、内外の情勢が変化し、アメリカは反共産主義に転換して、反共のための実力組織が日本にも必要になり、昭和25年(1950)に 「警察予備隊」 が組織され、昭和27年(1952)に 「保安隊」 に改組、昭和29年(1954)に 「自衛隊」 として再編成される。

 自衛隊は明らかに憲法違反だ。どう見ても 「軍隊」 であることは間違いない。国際社会からは当然、自衛隊は軍隊として扱われている。政権与党の経験が長い自民党は、ずっとその辻褄合わせに追われてきた。無理のある条文解釈を重ねてやりくりしているのは、憲法九条を額面通りに遵法すれば、国家の体をなさないからである。

 必要だから予算を取り、軍備を進め、法律も整えていく。自衛隊は明らかに憲法違反であり、国民は皆それを知っているが、正面からそれを口にすることは控えている。マスコミもそれをはっきりと指摘することはない。

 日本は現在も、そういう偽善的な社会の状態にある。憲法違反であることは知つているが、国防が必要なことも承知している――。だから、国民の多数は安倍政権を支持している。安倍首相も、このことについてはあまり表立って口にしない。

      「象徴」 という言葉で失敗したOSSの破壊工作

 九条があることによって、日本国憲法は 「左翼暴力革命」 を遂行しやすくするための装置となっている。それがルーズベルト大統領の意図でもあった。

 しかし結局、日本はOSS 「日本計画」 の通りには社会主義化しなかった。これは、OSSが結局、日本における 「天皇」 という存在をあまりにも軽く見たことが要因だろう。

 OSS 「日本計画」 は、天皇を利用して二段階革命の第一段階目を実現させるつもりだったが、天皇の文化的伝統の強さを見損なったのだ。

 天皇は 「象徴」 として存続させるということは、1942年の6月の時点で、すでにOSS 「日本計画」 に出ている。象徴という言葉は、西洋の使い方でいうと非常に軽い言葉で、「神ではなく偶像である」 という意味である。極端に言えば、「偽物である」 ということで、「日本の元首であること」 と、「軍隊の最高指揮権・統帥権を持つこと」 を消すための言葉であった。マッカーサーはそれを知っており、GHQ民生局の起草者たち、その後の起草担当者においてもOSSのプランに従って、象徴という言葉を踏襲した。

 アメリカは、天皇という存在を、日本人にとっての“神”ととらえた。「天皇のために死ぬ」 という戦場での日本兵の態度を分析して、「天皇は神である」 と考えた。そこで、「天皇は神ではなく、神の偽物=象徴である」 という教育を行えば、日本人の天皇に対する崇敬の度合いがだんだん薄まっていくだろうと予想した。が、それはまちがいだった。

 二段階革命理論によれば、天皇を倒す段階は、次の第二段階目の革命ということになるが、これはもう絶対に起きないであろう。

      「日本国憲法」 は 「社会主義革命憲法」 だった

 OSS 「日本<破壊>計画」 は、すべて挫折した。しかし、戦後すぐの2年間は計画が有効であり、GHQがそれを遂行したために、「日本計画」 に潜む左翼思想が日本のすみずみまで浸透した。

 民主主義の名のもとに浸透した社会主義思想は、戦後の思想界を牛耳るフランクフルト学派の理論とぴたりと重なり、戦後日本は、日本国憲法をふりまわすことで、西欧のリベラルと歩調を合わせた。日本に、憲法を根拠とした左翼が生まれた。これが日本のリベラルの正体である。

 「批判理論」 という言葉は、西欧の思想界では非常に頻出する用語だが、日本ではあまり使われない。フランクフルト学派というもの自体、はっきりと表に出て議論されることもない。

 それはなぜか。日本国憲法が 「社会主義革命憲法」 だからに他ならない。この憲法があれば、つまりそれが“国家転覆”を規定しているのだから、追加で語る必要がなく、それ以上頭を使う必要がないからである。

 特に、憲法九条が、「批判理論」 とフランクフルト学派の思想を代弁してし、隠れマルクス主義を、二重にも三重にも隠すかたちで宣言してしまっているのである。

      無知で恥知らずな日本のリベラル

 戦後、「革命運動」 と呼ばれるものが継続はされたが、すべて失敗し、一方ではソ連が崩壊して左翼はその根拠を失った。リベラルはあらゆる点で壊滅状態にある。

 根拠を失うことで、年々左派言論は弱くなってきている。また、インターネットの普及をもって、物理的にも左派が得意とする言論を一色に演出する戦略が不可能になった。

 日本のリベラルは、今も生き続けてはいるが瀕死の状態である。しかし、戦後70年、現在に至っても、憲法は改正されることなく存在し、戦後の2年間でGHQが構築した体制が続いている以上、いまだにOSS 「日本計画」 の支配下にあることもまた確かなことである。

 情報世界では新聞やテレビなどのマスコミ、それらを主導すべき知的世界においては大学と知識人などが相変わらずリベラルを気取り、リベラルの思想をふりまいている。

 そのほとんどは、フランクフルト学派や戦後西欧の左翼思想の変形である。オリジナルの在りかも知らないまま、変形の受け売りに終始していること自体も恥と思うべきだが、実際的な側面から見ても、それらの思想は実効力を持つことができずに来た。

 「リベラルはまったく無駄なことをやってきた……」 という虚しさを、日本をはじめ世界中の一般の人々が少しずつ気づいてきたのである。

          ○

 ――以上は、田中英道氏著 『日本人にリベラリズムは必要ない。~「リベラル」という破壊思想~』 によって学んだことです。


 <つづく>


  (2017.12.15)

400 マルクスの「疎外」論は虚妄である


 #398 で、私は次のように書きました。

≪「資本主義社会では労働の疎外を発生させる」 というのがマルクスの主張である。

 しかし、マルクスが提示した共産主義という処方箋は、歴史の中で経済社会的に間違っていたことが証明されてしまった。

 それは、唯物論が虚妄の哲学であったからである。環境が人間の外にあって人間を支配するものであるという思想が、根本から迷妄であり間違っていたからである。

 今後のわれわれの社会において、 「疎外」 からの人間解放はありうるのか?

 イエース、ウィー・キャン! Yes, We Can! 

 それは、

 「すべてがわが内にある。外にはない。時間も、空間も、わが表象の基本認識の形式としてわが内にあるのである。わが本体は、時空間を超えた存在である。

 人間を縛るものは、何も無い。
 人間はそのままで自由であり一切者である。
 人間は環境の奴隷ではない。人間は宇宙の主人公であり、神の自己実現である。」

 ということを自覚すればよいのである。その時、今此処に、「疎外」 はない!≫

 ――上記のことを、谷口雅春先生は 『生命の實相』第11巻「万教帰一篇」で、次のように書かれている。

          ○


≪   第一章 「生長の家」 より観たる 『創世記』

 ○はじめに神 天と地とを創造
(つく)りたまえり。(『創世記』 第1章-1)

 神――大生命――英知――には 「はじめ」 というものはない。「はじめ」 があったら 「終わり」 があるかもしれませぬが、始めもないから終わりもないのであります。ここに始めというのは 「一」 のことであります。「一」 という字は日本でも 「はじめ」 と読む。「一」 とは万物が展開する基礎になる数であります。二に対する一ではなくいっさいを綜合した円相の一であります。

 この一がなければこの世界に何物も成り立たない。はじめに一があって、次に二が成立する。渾一があって対偶が出来上がる。絶対があって相対が出来上がる。この絶対の 「渾一」 がここにいう 「はじめ」 であります。すなわち、大実在、第一原理であって、この絶対の第一原理から万物は出発したのであります。

 もともと絶対であるから神も人も自も他もいっさいの被造物も一つである。別々に離れ離れのものであると思っているのはウソである。本来みんな一つにつながっている。だから、自他一体ということは 「真理」 そのものであって、この真理に従うときすなわち自他を絶したところに真に生かす力が湧いてくるのであります。

 ここまでが自分、ここから先は他人と区別しているようなことでは真に生かす力が湧いてこない。「生かす力」 というものは、「自分」 にもあり 「他」 にもありというふうなものではないのであって、自他が結び合ったところにある。差別を絶した働きになってくると今まで予想もしなかったような力が出てくるのであります。

 会社の仕事をするのでもこれは会社の仕事である、自分は金を貰うために自分の生命を八時間なら八時間だけ切り売りしているのである、こう考えると会社の仕事というものと自分の生命というものがただの対立になっている。そこに差別がある、差別があると心にスキができてくる。この仕事は自分のものではない、この仕事を熱心にやればやるだけ自分の精力が減り、殖えるのは会社の儲けである、いい加減に働いておかないと損だというふうになる。会社と自分というものが離れ離れになって、その間に隙ができているから、「生かす」 という働きが十分できてこない。

 ところが会社の仕事というものと自分の生命というものとが融け合っ て、本来の自他一体になってくるとはじめて偉大な働きができてくる。……

 われわれは時とすると働けば会社が儲けて自分は損だなどということを考えたがりますけれども、会社が儲けるのは金だけのことで、われわれ人間は仕事をすることによって金も幾らかはいただきますが、まだその上に結構な大きな儲けものがある。それは与えられた仕事によって自分の生命を鍛えることができるということであります。

 生命を鍛えるというのはなんであるかといいますと、自分という一見有限の小さな生命が、その本来の無尽蔵の生命からだんだん大きく生命を汲み出す方法をさとるということであります。われわれは与えられた仕事を仮に 「会社の仕事だ」 といいますけれども、それは自分の生命を鍛え太らす自分の仕事なのであります。

 どんな仕事でも、あらゆる仕事はみんな自分の生命を太らすために与えられているとの事実に目覚め、感謝して正面からその仕事を受けてそれに一心不乱になって誠をつくしますと、精神統一ができて、われならざる無限の力が発揮されてきて働いても働いても疲れないようになる。いろいろと仕事の上にも工夫ができて自分自身の知恵の上にも、愛の上にも、生命(健康)の上にも大いなる発達を得るのであります。

 この 「われならざる無限の力」 を汲むのはどうしたら一等よいかというと、自と他と無限とが一体だという本来の真理を サトルほかに道はない。この一体ということはただわれわれが主観的に心で、いい加減に自と他と無限とが一体だと思おうとするのではなく、本来一体であるものを一体だとサトルからこそ、実際の上にも効果があらわれてくるので、空想ではないのであります。≫



 と。

 また、聖経 『続 真理の吟唱』 には、次のような祈りの言葉が記されている。

          ○


≪   
神と偕(とも)にはたらく歓喜の祈り

 神は生命の歓喜の中に、生命の自由発動として天地一切のものを創造し、最後に神の最高の自己顕現として人間を産み出し給うたのである。それゆえに人間の生命の実相は歓喜によって一層完全にあらわれるのである。

 歓喜の心境に於いて生命が行動として発動するとき、そこに完全な善きものの創造が行なわれるのである。

 資本主義の世界に於ける労働が、働く人たちにとって重荷となってのしかかっているのは、その労働が、金円を儲けるために、自分の生命を資本家又は経営者に売っているという心境で働くから、金で縛られて、定められたある時間、外出の自由もなく、奴隷の如く監視の目の下で、強制的に労働させられていると思うからなのである。

 人間の自由と幸福とは制度の変化によって必ずしも得られるのではないのである。資本主義制度の下にあっても、社会主義制度または共産主義の治下にあっても、みずから進んで、歓んで自発的な創造又は献労のはたらきをしない限り、その人の仕事は課せられたる仕事であり、彼は資本主義下で金円に縛られて働くか、社会主義制度下で、課せられたるノルマに縛られて働くか、そのいずれかであり、どちらにしてもその人に自由はないのである。

 ある人は資本主義の下にあって金円を目的に、ある時間縛られて働き、更にその賃金を昇
(あ)げて貰うために組合幹部の命令に従って、既に昼間仕事でつかれている体を引きずって、赤旗を掲げたり、プラカードをかついで街頭を行進せしめられるのである。このような人々は昼間は、事業経営者又は資本家に縛られて働き、夕刻より後は、組合幹部の指令に縛られて働き、どちらからも縛られて自由はないのである。自由のないところに本当の幸福はないのである。

 人は、神の生命を宿して地上に降下して来った “神の子” であるから、神の生命を生かすところの自己創造のはたらきを為し、神の愛を実践するための愛行の仕事を為すとき、おのずから生き甲斐が感じられて、彼は賃金の多寡によって縛られてはたらくのではないから、たとい社会に賃金の制度があって、その制度に従って賃金を受け、それによって生活するとも、それは制度自体の問題であって、自分の生命が縛られる感じがなく、“生命ある生きた仕事” ができるのである。

 縛られてする仕事は “生命のない死の仕事” であるけれども、人類を愛し、同胞の生命をより多く活かすために何らかの貢献をなそうとして自発的に行なう仕事は、生命を売るのではないから、たとい休暇なく、休憩なく働くとも、その労作は生命の重荷となって、自己の生命にのしかかって来ることはないのである。かれの労作は常に神の生命と偕
(とも)にあってはたらき、かれの愛行は常に神の愛と偕にあってはたらく。それゆえに、たとい生命力の消耗は一時あっても、たちまちのうちに神からその消耗は補われ、自己の生命は、生命本来の愛のはたらきであるが故に摩擦なくのびのびと歓びを以て行なわれ、つねに生命の歓喜の声をききながら仕事にいそしむことができるのである。

 われは常に生命の歓喜の声をききながらはたらく。まことに神と偕なるはたらきは楽しきかな。神に感謝いたします。≫

          ○

 そして、『生命の實相』 第7巻 「生活篇」 には、次のように書かれています。

 右をクリックしていただくと →朗読音声

 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲をバックに、朗読の音声が聞けます。


≪     十五、共通的生命の歓喜のために働け


 ……諸君よ、いやしくも諸君が仕事をなすならば、これら昔の日本人のようにその仕事に生命を懸けよ。『生長の家』の執筆も「生命」を懸けてできているのだ。「生命」というも「魂」というも「愛」というもひっきょうは同じである。愛は神であり、生命であり、魂である。仕事に愛をそそぐことは、その仕事をすることによって自分の内に宿る神を生かすことになり、生命を生かすことになり、魂を生かすことになるのである。

 魂が本当に生きたらその瞬間死んでもよいという覚悟ができるものである。古聖が、「朝に道をきかば夕べに死すとも可なり」と言ったのは本当に魂が生きれば肉体の死はなんでもなくなるからである。……

 魂が本当に生きてする仕事にはわれわれは疲れない。それは、働けば働くほど生命が生かされるからである。疲れるとは生命が生きたりない、伸び伸びしない、窒息状態であると言うにほかならない。諸君がある仕事を愛さないけれども、義務のためにそれをつとめて行なうならば、諸君はその仕事を愛して行なう場合よりもいっそう多く疲れるであろう。愛は神であり、神は生命である。仕事に愛が注がれないということは、生命が生きていないということを意味するから、早く疲れるのである。

 また愛の注がれた仕事は、義務の観念でしょうことなしになされた仕事よりも、でき栄えがよいのである。その仕事の中には愛が生きる。その仕事の中には神が生きる。その仕事の中に生命が生きる。それゆえにその作品は生命の籠った、魂の籠ったものとなる。されば、それは神品である。

 近代文明の精華をあつめてもってしても、昔の一鍛冶工が手工の作品たる正宗、村正のごとき名刀ができ上がらないのは、近代の人間は仕事をなすのに、「愛」を生かすためにせず、 魂を生かすためにせず、生命を生かすためにせず、ただ、数多く作りて、数多く金の儲からんことをのみ念願しているからである。

 愛をもって仕事に臨むならば、最初肉体の熟練がそれに慣らされていない間は、それでもその仕事が下手にできるかもしれない。しかし愛をもってその仕事に臨む人は、その上達が必ずすばらしく速いのである。神がその頭脳と手先とをとおして働き給うからであるのだ。……

 諸君よ、共通的生命に生きよ。隣人と共通の歓びを生きる仕事をなせよ。そこから来る歓びは無限だ。そこから来る健康は無限だ。共通の生命は肉体の垣を越えて無限だからだ。

 この「共通の歓び」となるべき仕事をわれらがなし遂げた時、それがどんなに小さな仕事であってもわれらは魂の奥底に共通的生命から来る「よくしてくれた!」という感謝と賞讃との声を聞くのみである。常に共通的生命からこの感謝と賞讃との声を聞くものは幸いなるかな。無限の魂の平和――無限の共通的生命と調和する平和――はその人のものだからである。

 最初われらは一つの事物を愛した、一つの物を愛し、一つの事業を愛し、彼を愛し、彼女を愛した。しかし、われらの意識がこの境地まで高まってくるとき、われらの愛の対象は、一つの物または人に限られず共通的生命を愛し、共通的生命に奉仕することが唯一の歓びとなってくるのである。共通的生命の歓喜、共通的生命の賞讃――それらが鏡のように自分の心に映ってくる。われらの味わう魂の平和と高揚は限りなく深く広く厳かなものとなってくる。

 時たま、われらが共通的生命のためではなく、「私的生命」のためにのみ仕えたときには、この厳かな魂の歓びは消える。ひとたびこの厳かな歓びを味わったことのある者は、これを失ったときに、どんなにか愛惜の情にかられることだろう――魂は歎く、歎いてまた共通的生命に仕える生き方に立ち帰るのである。

 そしてわれらは再び厳かな共通的生命とともに歩み、生き、行進をつづける。われらは失った厳かな魂の喜びをついにとり戻す。その歓びは始めは緩やかな静かな歩調で、しだいに甘さと深さとを増してくる。われらはその歓びの深さに打たれる。宇宙の共通的生命は、ただわれらにこの深い歓びを味わわすためのみに、われらを義務の道に押し流してくれるかのようにみえる。いな、もう義務の道ではない。ただ「道」である。「生命の道」である。そこには義務という窮屈な観念はもうない。われらは生命を愛し、ただ生命に随って生きるのだ。……≫

  
(『生命の實相』 第7巻より)

 <つづく>


  (2017.12.14)

399 『日本人に リベラリズムは必要ない。 ~「リベラル」という破壊思想~』を読んで(3)


 田中英道著
 『日本人にリベラリズムは必要ない。~「リベラル」 という破壊思想~』

 ――「〈第一章 「リベラリズム」 は駄目な思想である〉 をお読みいただき、明日からは自信をもってリベラルを無視していただきたいと思います」 と、「まえがき」 で著者は言う。

 その前に、同書の 「序章」で、田中英道氏はアメリカの反リベラルの論客パトリック・ブキャナンの著作 『The DEATH of the WEST』(邦題 『病むアメリカ、滅び行く西洋』 宮崎哲弥監訳)を紹介し、“隠れマルクス主義” の源となっている 「フランクフルト学派」 を徹底的に批判している。

 長くなりますが、これは外せないことなので、ここに取りあげさせて頂きます。

          ○

    「フランクフルト学派」 の正体

 フランクフルト学派は、マルクス主義者の哲学者ルカーチ・ジェルジ(1885~1971年)がドイツのフランクフルト大学で1923年(大正12年)に設立した「マルクス研究所」から始まる。ソ連の「マルクス・エンゲルス研究所」にならい、ドイツにおけるマルクス主義の牙城となることを目指してつくられたもの。マルクス研究所はその後、マルクスの名を隠し、「ドイツ社会学研究所」に改名される。

 1930年、哲学者・社会学者のマックス・ホルクハイマー(1895~1973年)がフランクフルト学派の中心的存在になる。

 ホルクハイマーはマルクスの分析は現状に合わないことを認識し、労働者階級は革命の前衛にはならないと考えた。すでに西欧の労働者たちは中産階級に移行し憎むべきブルジョワとなりつつあったのである。

 彼はマルクス思想を文化用語に翻訳変換し始めた。
 旧マルキストにとって、敵は「資本主義」、新生マルキストにとって敵は「西洋文化」。
 旧マルキストにとって権力掌握の方法は暴力による政権転覆。新生マルキストにとって、権力掌握に暴力は不要だが、長期にわたる忍耐強い作業が必要になる。

 勝利の大前提は、西洋人がキリスト教精神を捨て去るよう、文化教育制度を掌握すること。まずは、文化――「堅牢堅固な要塞」を支配せよ。そうすれば国家――「外堀」は労せずして崩壊する――、という。

 フランクフルト学派は、ソ連崩壊のはるか以前に、マルクスのプロレタリアート革命理論には瑕疵があることを見抜いていた。そのうえで、第二次大戦前の時点で、フランクフルト学派の目的とターゲットはここまで明確化されていたのである。現在に至る80年強の年月は、ホルクハイマーの言う、まさに「長期にわたる忍耐強い作業」の渦中にあるということになる。

 ホルクハイマーと同時期に、音楽批評家のテオドール・アドルノ(1903~69年)、精神分析学者のエーリッヒ・フロム(1900~80年)、社会学者のウィルヘルム・ライヒ(1897~1957年)らが目的を同じくしてフランクフルト学派に入会した。彼らは皆ユダヤ人である。

 1933年、ヒトラーがベルリンを掌握する。

 フランクフルト学派の学者陣はアメリカに亡命し、コロンビア大学の援助で、ニューヨークに新フランクフルト学派を設立する。ブキャナンの言う 「フランクフルト学派の上陸」 である。

    文化闘争の新兵器 「批判理論」

 アメリカに上陸したフランクフルト学派は、総力を結集して、今度は避難場所を与えてくれた国の文化破壊にとりかかった。

 フランクフルト学派が編み出した数ある文化闘争新兵器の中で、特に強力なもののひとつと定義した方法が、“批判理論” であった。

 『広辞苑』 の 「批判理論」 の項は、

 《現代の技術的合理性が自然支配と社会支配という二重の疎外を惹起していることを批判し、独自のユートピア意識のもとに理性の復権を目指す》

 となっている。「現代の人間はすべて、自然からも社会からも疎外されている」 という考え方で、これはもともとマルクスの哲学用語としての 「疎外」 からきている。

 社会からの疎外をなくすには、どうすればよいか。フランクフルト学派は、「社会をつくりあげてきた伝統的な文化を否定する」 ということから始めた。

 文化を否定して破壊すれば、社会は壊滅し、社会が壊滅すれば、疎外の原因はなくなる、とする。ブキャナンは、ある研究者による定義であると断ったうえで、「批判理論」をこう説明している。

 《西洋文化の主な要素を完全否定する批評。キリスト教、資本主義、権威、家族、家父長制、階級制、道徳、伝統、性的節度、忠誠心、愛国心、国家主義、相続、自民族中心主義、因習、保守主義、何から何まですべて》(『The DEATH of the WEST』)

 ブキャナンは、「フランクフルト学派が上陸したおかげでアメリカは悪くなった」 と述べている。

 実は、フェミニズムやジェンダー・フリー、カルチュラル・スタディーズや多文化主義など今日に至るリベラル勢力の運動はすべて、このフランクフルト学派から出た理論によっている。ブキャナンの言う 「アメリカの悪化」 に道連れにされるように、このフランクフルト学派の理論によって日本も悪くなったと、田中英道氏はいう。

 特に1960年代から70年代に学生だった世代、全共闘世代や団塊の世代と言われる人々のほとんどはフランクフルト学派の洗礼を受けていると言ってよい。日本ではマルクスやレーニンなどの名に隠れて、この学派の名は傍流として考えられた節がある。

 日本ではもともとの原典が読まれることは少ないので、フランクフルト学派の名が表に出ることはあまりなかったかもしれないが、ムード的な左翼思想まで含めた左翼リベラルの大部分はこの学派の影響を大きく受けていると言えよう。

 フランクフルト学派は、「プロレタリアート闘争」 を叫ぶことなく、大学の教員および学生をはじめとするインテリ層を、理論普及のターゲットとしていた。左翼政党の衰退に反比例するように、フランクフルト学派は日本の学界で根を強く張っていったのである。


    「ポリティカル・コレクトネス」 に苦しむアメリカ社会

 アメリカの大統領選で話題になった(特にトランプの、暴言と揶揄され続けた発言をめぐり盛んにとりざたされることになった)、「ポリティカル・コレクトネス」の問題について。

 ポリティカル・コレクトネス(Political Correctness)とは、

 「政治的に正しい、正義である」という意味だが、具体的には「あらゆる場面で、人種・性別・文化・民族・年齢・宗教・政治指向・性癖などの違いによる偏見、差別を含まない言葉や用語や表現を用いなければならない」

 とする考え方とその実行。

 クリスマス時期のあいさつは 「メリー・クリスマス(Merry Christmas)」 ではなく、「ハッピー・ホリデイズ」(Happy holidays)とするべきだ、という姿勢はその典型。宗教差別(キリスト教重視)の可能性を、宗教の違いを生じさせないことで排除しようとするポリティカル・コレクトネスの一例である。

 これは、リベラルが模索した結果として出てきた、プロレタリアート革命に代替する革命の方法論のひとつ 「多文化主義」 によっている。多文化主義は、決して「各国、各民族、各地域の文化を尊重する」という思想ではなく、「すべての文化は均一化されるべきだ」とする考え方で、“文化の破壊”を目的としている。

 ソ連崩壊後、アメリカでも多くの人が「これで左翼は抑えられ、保守派が勝利する」と考えた。しかし、保守派が政治・軍事面で左翼に勝利したと思っているあいだに、文化の面での縄張りを失っていたのである。「保守派はもっと文化闘争に関心を持つべきだ」とブキャナンは主張していたが、保守派はそれを無視してきた。

 これは、日本もまったく同じ状況だと言えよう。自民党議員の大部分を見れば、保守派にはもはや政治と経済の話題しかなく、いつのまにか文化的な教養も感受性も失っている。

 そんな中、リベラルの革命方法論に、わずかにでも風穴を開けたのがトランプだった。偽善に満ちたポリティカル・コレクトネスだらけで息苦しく、うんざりしていた人々が、ポリティカル・コレクトネスを無視するかのような大胆なトランプの発言に、陰で大喝采を送ったのだ。

 マスコミがフェイク・ニュースも含めて、いかに 「反トランプ報道」 を量産し続けようとも、そんなことにはもはや影響されることなく、アメリカのおおかたの世論は 「アンチ・リベラル」 になっている――。

          ○

 ――上記は、田中英道氏著 『日本人にリベラリズムは必要ない。~「リベラル」という破壊思想~』 を読んで、学ばせて頂いたことです。

 さて、この 「リベラル」 思想の源となっている カール・マルクスはユダヤ人であり、ドイツで生まれた 「フランクフルト学派」 の面々も皆ユダヤ人である。ユダヤ人には、数千年にわたって常に監視され、いつ追放されるかわからない状態におかれ続けた歴史から来る、国家に対する敵意と恐怖心、全世界に対する被害者意識がある。その被害者意識とリベラルは関係が深い、と田中氏はいう。

 そのことについては、次回以降に取りあげて考えたいと思います。


 <つづく>


  (2017.12.12)

398 『日本人に リベラリズムは必要ない。 ~「リベラル」という破壊思想~』を読んで(2)


 田中英道著
 『日本人にリベラリズムは必要ない。~「リベラル」 という破壊思想~』
 ――まず、その 「序章」 から、引用させていただきます。

          ○

≪   大失敗だった「グローバリズム」

 平成27年(2015)1月3日付の読売新聞朝刊に、《「語る戦後70年――日本の役割 熟慮の時」》 という特集の第1回目として、キッシンジャーへのインタビュー記事が掲載されました。その中でキッシンジャーはこう述べています。

 《アメリカはこれまで、他国の政府を自分たちが作り変えられると信じてきた。だが現在そうした時代から脱却しつつある。我々は、日本とドイツの占領の経験を誤って分析していた。アメリカが日本を作り直したのではない。日本自身が自らの伝統的な価値観の中で、新たな状況、国際秩序に適応したのだ》

 《日本は、アメリカ中心のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の権威を利用し、自らの力で国家の現代化を進め、復興を急いだ。こうした新たな環境への適応が、今やアジアの安定と、世界の平和と繁栄の基礎となったと言える》

 キッシンジャーは、「第二次大戦後のアメリカ支配は錯覚に過ぎず、その錯覚は正されるべきだ」 と言っているのです。これはつまり、「アメリカの名を借りた、グローバリゼーション・ユダヤの世界支配の錯覚は終わりを告げた」 ということに他なりません。

 トランプの勝利は、アメリカのユダヤ勢力が完全に方向転換したことを示しています。説得されたのか、自ら転換したのかどうかは別にしても、グローバリゼーション・ユダヤはイスラエル・ユダヤに方向転換しました。「グローバリズム」 を標榜していたアメリカのユダヤ勢力が、「ナショナリズム」 に舵を切ったのです。

 トランプは米国民に対しては 「アメリカ一国主義」 を謳い、ユダヤ勢力に対しては 「イスラエル一国主義を支持する」 と宣言して大統領選に勝ちました。

 「トランプが当選後初めて会談した外国人首脳がなぜ日本の安倍首相だったのか」――、その理由もこの一国主義ということにあると私は思います。

 トランプには、安倍首相のことが 「一国主義の先駆者」 に見えるのだと私は思います。だから、トランプは安倍首相に最初に会い、厚遇したのです。≫ 

          ○


≪   リベラルは 「隠れマルクス主義」 だ

 プロレタリアート革命は不可能であるという事実から、「左翼」 という言葉のとれた、または左翼という言葉を意識的にはずしたリベラルは、自らの思想からマルクス主義という立場を隠し始めました。なぜならマルクス主義は、不可能が証明されたプロレタリアート革命を理論に含んでいるために矛盾を起こすからです。

 また、「自分自身はマルクス主義者ではない」 と思っているリベラルはそれを知らずに、あたかも中立であるかのように振る舞っている “リベラル” という言葉にごまかされて自称しているだけのことに過ぎません。

 ずばり、リベラルは 「隠れマルクス主義者」 です。「偽装された左翼」 と言ってもいいでしょう。……

 リベラルは、マルクスの言う資本主義に生じる矛盾の結果を、すでに否定されたプロレタリアートの 「必然的貧困」 ではなく、「人間疎外」 に変換していったのです。この 「疎外」 もまた、マルクスの哲学用語として、1970年代、進歩的知識人と呼ばれた人々の間でずいぶん流行った言葉です。

 「出世ができない」 「やりたいことができない」 という個人的な不満から 「国が支援してくれない」 「福祉が十分ではない」 という国家に対する不満まで、普通の社会に生きていれば皆、そういう疎外感を持つのはあたりまえです。リベラルはそれを利用します。

 「今は疎外されているけれど未来は良くなる」 「将来、人々が完全に満たされる社会になる」 という幻想を人々に与え、現在の共同体や社会、国家のありかたを批判し、否定します。

 ここでひとつ注意しておきたいのは、「批判」 という言葉です。私たちは 「批判されるのは、批判される側に問題があるからだ」 と考えがちです。しかし、リベラルにとって重要なのは、その問題ではなく、批判する行為そのものなのです。リベラルには 「批判理論」 という、批判すること自体が意味と意義を持つ理論がちゃんとあります。

 「批判ばかりで対案が何もないではないか」 「批判するがための批判ではないか」 といった苦言がリベラルにはまったく届かない理由はまさにここにあるのです。≫


          ○

 さて、上記の 「疎外
(そがい)」、「人間疎外」 とは何か。感覚的には、のけ者にされること、今の若者用語では 「シカト」 されること、ぐらいに捉えてもいいかもしれない。

 しかし哲学、経済学用語としての 「疎外」(独: Entfremdung、英: alienation)は、難しい定義が与えられて、使われてきた。

 マルクスは、この 「疎外(Entfremdung)」 という用語をヘーゲルから継承し、フォイエルバッハの唯物思想も取り入れて、経済学用語に鋳直した。

 ヘーゲル哲学において、「本質から離れたものが一度外に出て、再び戻ってくる」 という現象を「外化」、あるいは「対象化」という。しかし戻ってくるはずのものが外に出たまま戻らないのを 「疎外」 と呼んだ。

 マルクスの疎外論は――
 1つ目は、労働生産物からの疎外。賃金労働制では労働者が自分で作った商品は、全て資本家のものになってしまう。労働者は頑張って労働してもその成果は全て資本家の価値を高めるだけで、労働者は頑張れば頑張るほどに自らの価値が相対的に下がっていってしまう。本来自分で作った労働の成果は自分のものであるはずなのに、それが自分から離れて、逆に自分を縛り、貶める。ここに疎外が発生しているという。

 2つ目は労働に対するやりがいからの疎外。労働中の労働者はたいていの場合、苦痛や退屈さを覚え、自由が抑圧された状態にある。マルクスは、「労働というのは本来、人間にとって創造的な活動である。これが賃金労働制によってゆがめられている」 と言った。人間は労働をしている間、自己を感じることができず、労役から解き放たれてはじめて独立した自分となることが出来るようになる。これは労働からの疎外が起きているからこそなのだという。

 そして行き着く先が、3つ目の「類的疎外」になる。類的存在とは、人間が動物とは違い労働を通じて自己を表現することが出来る生き物であるということ。にも関わらず、現在の我々の労働はただただ苦しいだけ。これは私たちが類として疎外されているからだという。

 4つめは人間(他人)からの疎外。資本主義では労働者は労働者として振る舞うことを強制される。疎外が起きていなければ人間は自分の労働によって生まれた生産物を他人に与えることにより幸福を感じ、またそこに自己実現を覚えるはずだ。しかし社会的分業が極致に達している資本主義社会では、市場に並ぶのは一人の人間が作った作品としての意味はなくなり、単なる貨幣で価値を量るだけの商品になるため、それぞれの人間が利益を対立させ、人間同士お互いに疎外された存在となりる。

 こうして、「資本主義社会では労働の疎外を発生させる」というのがマルクスの主張である。

 しかし、マルクスが提示した共産主義という処方箋は、歴史の中で経済社会的に間違っていたことが証明されてしまった。

 それは、唯物論が虚妄の哲学であったからである。環境が人間の外にあって人間を支配するものであるという思想が、根本から迷妄であり間違っていたからである。

 今後のわれわれの社会において、 「疎外」 からの人間解放はありうるのか?

 イエース、ウィー・キャン! Yes, We Can! 

 それは、

 「すべてがわが内にある。外にはない。時間も、空間も、わが表象の基本認識の形式としてわが内にあるのである。わが本体は、時空間を超えた存在である。

 「時間も空間も本来ない。それは生命が、認識の基本形式としてつくり出したものである。したがって時空間の上に投影された物質は表象(心の影)にすぎず、『ない』 と言ってよい。現象は、ない。環境は心の影にすぎない。

 人間を縛るものは、何も無い。
 人間はそのままで自由であり一切者である。
 人間は環境の奴隷ではない。人間は宇宙の主人公であり、神の自己実現である。」


 ということを自覚すればよいのである。その時、今此処に、「疎外」 はない!

  
→ 「生きた生命」

 すべての人をその真理に目ざめしめ、全人類を 「疎外」 から解放し真の 「自由」 を得せしめる。それが人間の救済であり、それが、世界平和・地上天国実現の根本基礎なのである。そのために出現したのが、生長の家人類光明化運動である。

 しかし、現在の生長の家教団は、残念ながらその救済力を失い、大間違いのリベラルの道を行っているのではないか。


 <つづく>


  (2017.12.11)

397 『日本人に リベラリズムは必要ない。 ~「リベラル」という破壊思想~』を読んで(1)


 『復興の日本人論 ~誰も書かなかった
福島~』 (川口マーン恵美著) を読んで、思うことを書こうとしていたのですが、その前に割り込みを入れます。


 田中英道著
 『日本人にリベラリズムは必要ない。~「リベラル」 という破壊思想~』

 これが、すごい本でした。



 田中英道氏の著書は、昨年3月に 『日本人が知らない日本の道徳』 を読んで、この 「近況心境」 #215#225 で取りあげたことがありました。その時には、田中氏をこれほどスゴイ人だとは思わなかったのですが――今回、表題の本を読んで、これはスゴイと思いました。

 ――そういうことだったのか!! 現在の世界と日本の状況が、如実にスーッと氷解して、深層の真相が、見えてきた感じがしました。“目からウロコが落ちる” とは、このことかと――。

 2回、3回と精読中です。これは必読の書です。


 まず、「まえがき」 で、田中氏は次のように言っています。


≪ 現代の 「リベラル」 およびその主張である 「リベラリズム」 は、一刻も早く根絶やしにされるべきだと私は考えています。その理由を、わかりやすく解説することに務めた結果が本書です。……

 批判ばかりで無責任、善人ぶるなど、リベラルのやり方・考え方にうんざりしている人は今、日本に限らず世界にもたいへん多い。アメリカのトランプ現象はその好例と言えるでしょう。

 しかし、それでもなお、「リベラルの言うことにも一理ある」 「リベラルも確かにいいことは言っている」 などと考える心優しい人も多いようです。

 また、「自由を前提としているのだからリベラル自体は間違っていない」 とつい私たちは考えがちですが、それは違います。……リベラルは考え方自体が間違っているのです。

 私たちは今、完全にリベラルおよびリベラリズムに呪縛されています。

 リベラルとリベラリズムの問題は、「思想は思想としてそれぞれ認め合うべきだ」 という考え方の範疇ではなく、“病” に対するに近い重篤な問題です。リベラルとリベラリズムは、その思想そのもの、考え方そのものが駄目なのです。

 本書でその理由を、思想、哲学、宗教、歴史、芸術等の視点から明らかにしていきたいと思います。≫


 と。

          ○

 「リベラリズム」 は、マルクス主義の亡霊に取り憑かれた、駄目な思想である。

 「リベラリスト」 は、「隠れマルキスト」 である。

 リベラルは敗北者の 「避難場所」 にすぎない。


 ――と田中英道氏は該博な知識・資料をもって断ずる。


 ソ連が崩壊し、マルクスの言った 「プロレタリアート蜂起による共産主義革命国家」 は存続不可能であるということが証明された。今も相変わらずプロレタリアート革命にこだわる団体、メディアは存在するが、彼らは当然この失敗を認識していて、旧来の革命思想に自信を失っている。

 しかしリベラルのグランド・セオリーは、相変わらずマルクス主義思想である。

 「資本主義が成熟すると必ず矛盾が生まれ、社会主義を経て共産主義の理想に至る」という考え方は変わっておらず、そこに至るための方法はやはり “革命” であり、「既存の体制、社会を破壊する」 ことである。

 リベラルは、プロレタリアート革命に限っては方法としてあきらめたに過ぎない。依然、その理想は 「共産主義」 であり、その前段階としての、資本主義下での 「社会主義」 を、今より良い社会体制だと考えている。それで経済の代わりになる破壊対象を模索して、目をつけたものは、「文化」 だった。フェミニズム、ジェンダー・フリー、カルチュラル・スタディーズ、多文化主義などを通して、文化のもととなる 「伝統」 に対して否定的な立場をとり、“伝統の破壊” に走る。

 そこで出て来た 「多文化主義」 は、決して 「各国、各民族、各地域の文化を尊重する」 という思想ではない。「それぞれ異なる文化がほんの少しでも傷つけ合う可能性を排除するため」 という名目のもとで 「すべての文化は均一化されるべきだ」 とする考え方であり、“文化の破壊” を目的としていることは明らかである。……

          ○

 しかしながら、今ようやく、国際社会はリベラルに 「NO」 と言い始めた。

 2016年のドナルド・トランプのアメリカ大統領選挙当選、同年の「BREXIT」と呼ばれるイギリスのEU脱退は、その証左である。


 アメリカ国内のユダヤの分裂がトランプを勝たせたのである。――それは、「イスラエル・ユダヤ」 と 「グロ-バリゼーション・ユダヤ」 との分裂である。

 世界情勢や思想状況を考えるうえで、ユダヤ人独特の、強い 「孤立意識」 「被害者意識」 はもっと重要視されるべきだ。

 ※ ユダヤの問題については、この 「近況心境」 #95#99
    #101#110#334 でも取りあげて書いています。


 ユダヤ人は少数派であり、『旧約聖書』 に記述されている迫害から始まる、西欧民族に長く圧迫された歴史を持っている。リベラル思想は一見、国家や権力に媚びない自由を主旨とする、世界に共通する普遍的な思想のように見えるが、実は媚びないということではなく、それとは逆に、国家や権力を持てないことからくる 「ユダヤ人の自己防衛のための思想」 に他ならない、という側面を持っている。

 トランプ勝利の背景には、ヘンリー・キッシンジャーの支持があった。キッシンジャーはユダヤ系ドイツ人の家庭に生まれ、その後、ナチス・ドイツの反ユダヤ人政策に反対する一家とともにアメリカ合衆国に移住し、1943年に帰化している。国際政治学者であり、ベトナム戦争の和平交渉を理由とするノーベル平和賞受賞者として知られている。

 《トランプ大統領の誕生は、とてつもない現象だ。米国史上、このような大統領が生まれたことは、いまだかつてなく、彼の勝利を真剣に受け止めなければならない》
 《彼は極めて高い政治的資質を示してきた。特定の団体に何のしがらみもない。傑出した大統領になるまたとない好機で、これを前向きにとらえ彼にはチャンスを与えるべきだ》
 と、キッシンジャーは言っている。

 アメリカの左派ユダヤは、アメリカ民主党政権や国連に入り込み、初の黒人系大統領バラク・オバマを誕生させた。アメリカの言論界、経済界のリベラル化につとめ、メディアを握り、反権威主義を煽って、多文化主義からグローバリズムまで提唱した。。

 少数派が多数派の顔をすることができれば、アメリカは民主主義国家だから、選挙に勝てるだけの世論を形成できる。が、巨額の資金を必要とするイスラエルに資金を調達するためには、米政権が 「親イスラエル」 である必要がある。

 第二次世界大戦後のイスラエルの運営資金は、ユダヤ勢力がウォール街を握ることによって維持されてきた。しかし、ユダヤ勢力によってつくられた国際金融の変動が、2008年のリーマン・ショック以降はさすがにひどすぎると、伝統的なアメリカ人に思われ始めた。アメリカの 「脱イスラエル路線」 はオバマ政権期から始まり、そのままオバマの任期終了を迎えた。

 グローバリゼーション・ユダヤ(左派ユダヤ)は、ウォール街と癒着しているヒラリー・クリントンを支持した。しかしトランプは、特定の団体に何のしがらみもない。イスラエルのネタニヤフ首相との会談で、トランプは 「イスラエル・ユダヤの側に立つ」 ことを宣言した。これは、キッシンジャーの世界秩序分析――「グローバリゼーション・ユダヤがやってきたことは失敗だった」 という分析を参考にしたものであろう。


 BREXIT(イギリスのEU離脱)は、「アイデンティティ(精神的な自立性)の揺らぎ」 の問題。ひとつの民族、ひとつの国家というのは、アイデンティティがないと気持ちが悪い。その国に住む人間は、「自分の居場所をどこに置いたら、何に依拠したらいいのかわからない」 ということからくる不安でいっぱいになる。

 人は10歳まで育ったところ、そこで受けた印象が個々のアイデンティティになる。母の乳を飲み育ち、家族とともに暮らし、無心に学校に行き、住む土地の景色を見て、言語を形成していく。それがアイデンティティを形成していく。

 その 「確固とした居場所」 は必要ない とするグローバリゼーションが進み、アイデンティティが揺らぎ始めると、人は精神的におかしくなる。移民の規模が大きくなり、実際にそうなってみて初めてイギリスの人々は気がついたのである。

 BREXITは、「グローバリゼーションが人間を幸福にするというのは嘘である」 ということをヨーロッパ、少なくともイギリスがはっきり感じ始めた証拠である。

 確実に、国際社会は 「アンチ・リベラル」 「アンチ・グローバル」 に舵を切ったのである。……


 <つづく>

  (2017.12.10)


396 『復興の日本人論 ~誰も書かなかった福島~』を読んで(1)


 
『復興の日本人論 ~誰も書かなかった福島~』 (川口マーン恵美著・グッドブックス 2017.12.1刊) を読んで、思うことを、これから数回にわたって書きたいと思います。

          ○

 著者の川口マーン恵美さんは、ドイツに35年以上住んでいる作家・ピアニスト。著書 『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』(講談社+α新書)はベストセラーになった。
 『ヨーロッパから民主主義が消える』(PHP新書)など著書多数あり、2016年 『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)は第36回エネルギーフォーラム賞・普及啓発賞を受賞している。

 このたびの 『復興の日本人論』 の 「序章」 では

≪ 日本は世界で稀に見る優秀な人的資源をもつ素晴らしい国だ。島国だから、日本なりの正義、倫理、不文の掟ができた。争わずに物事を解決する知恵も育まれた。

 なのに今、福島の復興を邪魔しているものは、よりによって、その日本的な思考法のようにさえ感じる。

 ……そんな思いを巡らせているうちに、本稿はしだいに、福島をめぐる 「日本人論」 となった。≫


 と書かれていて、

≪ 外から見ていると、今の日本は、かなり危うい。

  ドイツ在住の作家が、“大切な祖国が没落しないために” 取材を重ねて書いた本≫


 と、カバーの帯に記されている。



 章立ては、

≪序章 ドイツから3・11後の福島ヘ
 第一章 巨額の賠償金が生んだ 「分断」
 第二章 東電は謝罪していないのか
 第三章 風評を作り続けるマスコミ
 第四章 報道よりもずっと先を行く福島
 第五章 ドイツの失敗を繰り返すな
 第六章 日本が原子力を選択した日
 第七章 復興への希望と力≫


 となっている。

   この各章を読むと、著者 川口マーン恵美さんは、ドイツ・シュトゥットガルト在住の方だけれども、遠くドイツに居ながらこの福島のことを書いているのではなく、しばしば日本に来て福島を訪ね、2年以上精力的に福島を取材して、足と目と耳で――もっと言えば全身全心全霊で書かれたのが本書であることがわかる。

 この本を読んで、私の魂に湧き上がる思いを、これから書き綴って行きたいと思います。

  (2017.12.5)


395 神想観は内なるキリスト復活、
   内なる釈尊誕生の時である



 
外にはない。内にある!

 生長の家東京第二教化部のウェブサイトに、久都間繁教化部長が書いていらっしゃる 「多摩川のほとりにて 15」 の、下記ご文章に共鳴しました。引用させていただきます(抜粋です)。

≪ “内なる神性” とは、私たちの内に在るキリストである。イエスを内に見出すことこそが、真の意味でのキリストの復活である。仮に、彼(イエス)が、世界のどこかに復活したように見えたとしても、「吾と汝となんの関わりあらんや」 とあなたは一蹴しなければならない。なぜなら、あなたを離れてキリストなど何処にも無いからである。

 釈尊は生まれて数日にして 「天上天下唯我独尊」 と宣
(の)り給うたが、それは “内なる神性” の誕生を祝す宣言である。釈迦が生まれたのは三千年前の過去ではなく、私たちの内に、常に誕生し給うている。その誕生仏を祝し、キリストの復活を祝う行事が、神想観である。

 「四無量心を行ずる神想観」 の一切衆生の苦しみを除くことも、悩みを和らげることも、楽を与えることも、喜びを与えることも、すべては神が為し給うのであり、私が為すのではなかったのである。私が為すのであれば、重荷にも感じ、苦痛とも感じ、成就するか否かも気になるのであるが、四無量心は神が、仏が、大生命が行じ給う大慈悲であり、それは地上天国実現に直結する荘厳な菩薩行なのであり、実修すればするほど、自他ともに楽になり、抜苦与楽の実践となり、仏のいのちが顕現するのである。

 すなわち抜苦与楽とは、“本来の相
(すがた)に帰る” ことにほかならない。私たちの本来相は、神性・仏性であるから、ここに帰ることは時空を超えて渾(すべ)てに充ち給うことである。つまり宇宙に満ちる人間・神の子の実相(宇宙大生命)に帰ることこそが 「楽」 ということであり同時に 「喜び」 であり、中心帰一の醍醐味であり、神の子・人間の復活のときなのである。≫

 ――上記は、私が #393 「神想観は、新たに生まれる道である」 に、次のように書いていることと軌を一にするものと感じ、ありがたく嬉しく共鳴しましたので、抜粋引用させていただきました。

 #393 の拙文を抜粋再掲します。

≪ 「吾れ今、五官の世界を去って実相の世界に入る」

 と、神想観の最初に念ずる。

 それは、一方に “五官の世界” があり、また一方に “実相の世界” というものが別の所にあって、こちらからそちらへ移動するというような、そんな実相世界は迷妄の空想の世界である。実は、“五官の世界” こそ “無” であって、実はわが本体はもともと完全なる実相世界すなわち神にいる、神の生命だったのである。

 五官の世界は夢まぼろしのごとき映像、影であり、本来無なのである。「実相独在」 である。そのことに気がついたとき、はじめて実相すなわち神を如実に知ることができる。

 五官の世界は無であったと悟り、ただ神のみ実在であり、自分が生きているのは神の生命が今ここに生きていたのだ、生かされていたのだと自覚することを、「吾れ今、五官の世界を去って実相の世界に入る(居る)」 というのである。

 それはリセットであり、新生である。これを 「新たに生まれる」 という。

 それは内観である。内観とは、わが内に既に全てが備わっていると観ずることである。≫

 ありがとうございます。感謝合掌


  (2017.10.28)


394 勝って兜の緒を締めよ
  ―傲る者は久しからず、排除する者は排除される



 総選挙の結果は 「安倍自民・与党の圧勝」 と報じられた。

 それは、目標を与党(自民・公明)で過半数としていたことからすれば予想目標を大きく超えた圧勝ということになるであろう。しかし改選前の議席数を大きく超えたというわけではなく、若干減らしたのであるから、その意味では 「圧勝」 というのには “?” がつく。それでも、世界が大激変の運命の瀬戸際に立っている今日
(こんにち)、日本が方向を大きく誤ることのない選択ができたことには、天佑神助もあったであろうと、ホッと安堵するものがある。しかし――

 わが家には、『坂の上の雲』 の主人公の一人である秋山好古
(よしふる)の書を掛軸にしたものがある。父は好古と同郷 愛媛県出身の元陸軍軍人で、好古を尊敬していたようだ。後に好古が校長を務める松山の北予中学に学んでいる。



 上の書はわが家の宝物。書として丁寧にバランスよく書かれた字ではない。思いのままに書きなぐったものという感じがする。しかし、父がこの軸の前に母と並んで撮影した記念写真があるのを見ると、父は好古を尊敬していたのであろう。(ちなみに明日10月24日は父の50回目の祥月命日。去る14日に、故郷愛媛県の菩提寺で五十回忌の法要を営んだ。)

 この秋山好古・真之
(さねゆき)兄弟については、昨年日経新聞夕刊の「あすへの話題」欄に、新日鉄住金会長の宗岡正二さんが、次のように書いておられた切り抜きがあった。↓




 好古は、日露戦争について聞いてもあまり語らず、「戦争はよう負けたよ」 と言って、功を誇るような決してなかった。

 日清戦争の時、二百ほどの秋山支隊(歩兵と騎兵)が十倍の二千以上の清国軍と対することになって退却を余儀なくされたとき、好古はまず足の遅い歩兵を先に退却させ、次に騎兵を退却させた。そして指揮官である好古自らが最後の殿
(しんがり)をつとめたという。

 戦争が終わって帰国したとき、数ヵ月分の給料が手許に残っていた。それを妻に渡さず、副官に差し出して労をねぎらった。

 日清戦争後明治33年(1900年)清国内の排外運動「義和団の乱」が起き、鎮圧後居留民保護のための駐屯軍守備隊司令官に任ぜられていた好古が任を終え帰国が決まると、居留民から好かれていた好古のため盛大な送別会が開かれ、700ドルもの餞別が集まった。日本の領事はそれを高級時計にして好古に贈ろうとしたが、好古は現金にしてくれと頼み、「何も誇らしいことはしていないから、この現金はそのまま居留民の小学校に寄付し、教育資金にしていただきたい」 と差し出したという。

 好古は大将として定年で予備役になる前、元帥に推す声があったが断り、松山の北予中学校長にと請われ喜んで引き受けた。中学では軍事教練の時間を増やすことを提案されたが反対し、「学生は兵隊じゃないよ」 と、逆に教練の時間を減らしてしっかり勉強させるように指示した。そして大正13年から昭和5年4月まで足かけ7年間、無遅刻無欠勤で北予中学に通った。毎日決まった時刻に家を出たため、通りの人々は好古の姿を見て時計を合わせたというエピソードがあるという。

 以上は 『文藝春秋』 誌その他いろいろな資料から得た話ですが、そんな秋山好古の書いた上掲 「傲りは長ずべからず」 の書には、千金の重みがあると思う。


 ところで、「傲り」 とは何であろうか。本当は、「自分がやった」 と誇るべきものは何も無い、人間はただ神のいのちに生かされているだけだったのである。「わが業
(わざ)はわが為すにあらず、天地(あめつち)を貫きて生くる祖神(みおや)の権能(ちから)」(招神歌<かみよびうた>)であったのに、それを忘れ自分の功業であると錯覚して思い上がり、いい気になって人を侮ることである。傲る者は久しからず、必ず失敗する。

 希望の党が失速したのも、小池党首は 「自分に傲りがあった」 と反省している。

 それに気がつけば、再起のチャンスがある。何事にも無駄はない。

          ○

 司馬遼太郎 『坂の上の雲』 の終章 「雨の坂」 では、日露戦争における日本海海戦について、次のように書いている。

≪  撃沈されたロシヤ軍艦は戦艦が六隻、巡洋艦が四隻、海防艦が一隻、駆逐艦が四隻、仮装巡洋艦が一隻、特務艦が三隻で、捕獲されたものは戦艦二、海防艦二、駆逐艦一、抑留されたもの病院船二。脱走中に沈んだものが巡洋艦一、駆逐艦一で、他の六隻(巡洋艦三、駆逐艦一、特務艦二)はマニラ湾や上海などの中立国の港に逃げこみ、武装解除された。わずかに遁走に成功しえたのはヨットを改造した小巡洋艦一と駆逐艦二、それに運送船一のみにすぎなかった。

 いったいこれを勝利というような規定のあいまいな言葉で表現できるだろうか。

 相手が、消滅してしまったのである。極東の海上権を制覇すべくロシヤ帝国の国力をあげて押しよせてきた大艦隊が、二十七日の日本海の煙霧とともに蒸発したように消えた。

 ――とうてい信じられない。

 という態度を、同盟国である英国の新聞でさえとった。バルチック艦隊は全滅し、東郷艦隊は水雷艇三隻沈没のみという報が達したとき、これを冷静に記事にしたのはただ一紙だけで、他の新聞は誤報ではないか、という態度をとった。……

 装甲艦が演ずる近代戦の戦術についての著書のあるH・W・ウィルソンという英国の海軍研究家は、日露双方の発表によって事情が明快になったとき、

 「なんと偉大な勝利であろう。自分は陸戦においても海戦においても歴史上このように完全な勝利というものをみたことがない」

 と書き、さらに、

 「この海戦は、白人優勢の時代がすでにおわったことについて歴史上の一新紀元を劃したというべきである。欧亜という相異なった人種のあいだに不平等が存在した時代は去った。将来は白色人種も黄色人種も同一の基盤に立たざるをえなくなるだろう」

 とし、この海戦が世界史を変えたことを指摘している。≫


 と。


 しかし―― 『坂の上の雲』 の終章は記す――

≪ 秋山好古の弟 真之は文章家として知られているが、かれの書いた文章の特徴は、たとえば連合艦隊司令長官東郷平八郎が海軍軍令部長伊東祐亨へ送った戦闘詳報にもよくあらわれている。われわれはこの文章によって日本海海戦の戦闘経過を的確に知ることができるが、その事実関係で組みあげられたぼう大な報告文の冒頭は一個の結論からはじまっている。

 「天佑と神助に由り、我が聯合艦隊は五月二十七、八日、敵の第二、第三聯合艦隊と日本海に戦ひて、遂に殆ど之を撃滅することを得たり」……≫


 そしてその文章がもっとも光彩を放ったのは 「連合艦隊解散ノ辞」 であるという。

≪ 「神明はただ平素の鍛錬に力(つと)め戦はずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安(やすん)ずる者よりただちにこれをうばふ。古人曰く、勝って兜(かぶと)の緒を締めよ、と」 ≫

 ――この文章はさまざまの形式で各国語に翻訳されたが、とくに米国大統領のセオドア・ルーズベルトはこれに感動し、全文を翻訳させて自国の陸海軍に配布したということである。

 秋山真之は戦後、戦場の地獄の様相が脳裡に浮かぶなどして、慰霊のため神霊研究に没頭するようになり、自ら出家を考えたり、息子を宗教家の道に進ませたりした。

 しかし日本は、「勝って兜の緒を締め」 ることをゆるがせにし、傲りの “かきがら(固定概念)” をいっぱい身につけて、その後大東亜戦争敗戦へと突っ走ってしまったのではなかっただろうか。

          ○

 このたびの総選挙で “圧勝” した安倍自民党は、天佑神助を受けて勝たせていただいたのだ。勝利に傲ることなく、いっそう謙虚に、己を殺してこの国を守り、人類の運命に新しい時代を切り拓く突破口を造って頂きたいと、切に祈るものです。


  (2017.10.23)


393 神想観は、新たに生まれる道である


          ○


 まもなく22日、衆議院総選挙の投票日です。生長の家教団では、第一線誌友会で、講師が 「安倍自民党には投票するな」 と呼びかけているらしいです。私はそれに反対します。

 生長の家信徒はみな、「神の子」 として宇宙の中心者、主人公であり、行為行動の自由を持っています。いや、現行憲法でも、それは 「基本的人権」 として保証されているはずです。おのおのの良心にしたがって、自由に投票すべきです。組織に縛られることはありません。生長の家教団は、政治運動から離れると明言したはずです。「○○党に投票するな」 というのは、信徒の自由を縛る政治運動だと思います。私はもちろんそれには従いませんし、心ある信徒は、犬や猿ではなく神の子ならば、それに従う必要はないと思います。

 日本が、中国や朝鮮の属国になってもかまわないと思う人は、どうぞ立憲民主党や共産党に入れてください。

 日本を愛し、世界平和を願う人は、勇気をもって堂々と自民党に入れたらよいと思います。


          ○


 「吾れ今、五官の世界を去って実相の世界に入る」

 と、神想観の最初に念ずる。

 それは、一方に “五官の世界” があり、また一方に “実相の世界” というものが別の所にあって、こちらからそちらへ移動するというような、そんな実相世界は迷妄の空想の世界である。実は、“五官の世界” こそ “無” であって、実はわが本体はもともと完全なる実相世界すなわち神にいる、神の生命だったのである。

 五官の世界は夢まぼろしのごとき映像、影であり、本来無なのである。「実相独在」 である。そのことに気がついたとき、はじめて実相すなわち神を如実に知ることができる。

 五官の世界は無であったと悟り、ただ神のみ実在であり、自分が生きているのは神の生命が今ここに生きていたのだ、生かされていたのだと自覚することを、「吾れ今、五官の世界を去って実相の世界に入る(居る)」 というのである。

 それはリセットであり、新生である。これを 「新たに生まれる」 という。

 現象を 「あり」 として掴み、これを信じて守っていこうとすると、それは 「無」 なるものであるから、不自由であり、必ず行き詰まりが来る。神想観こそ、常に生命を新たにして錆び付かせない新生の道なのである。それは、巷間のあやしげな瞑想とは次元を異にするものである。

 それは内観である。内観とは、わが内に既に全てが備わっていると観ずることである。

 「神の国は汝らの内に在るなり」 (イエス、ルカ伝17-21) であり、

 「
『汝らの内』 にのみ神の国はあるなり。
 外にこれを追い求むる者は夢を追いて走る者にして
 永遠に神の国を得る事能わず。
 物質に神の国を追い求むる者は
 夢を追うて走る者にして
 永遠に神の国を建つる事能わず。

 キリストは又云い給えり、
 『吾が国は此の世の国にあらず』 と。
 此の世の国は唯影にすぎざるなり。
 常楽の国土は内にのみあり、
 内に常楽の国土を自覚してのみ
 外に常楽の国土は其の映しとして顕現せん。


   (聖経 『甘露の法雨』)

 である。

          ○

 私は最近、司馬遼太郎氏の 『坂の上の雲』 を全巻読みました(遅まきながら)。

 著者が約十年の歳月をかけ、全生命を傾注してこの大作を書き上げられた御労苦に深甚の感謝を捧げます。

 この書はよく知られているように、明治日本の青春期 日清・日露戦争時代、伊予松山出身の秋山好古・真之兄弟と正岡子規の三人を主人公として描いた壮大なスケールの大河小説あるいは大叙事詩といわれている。(昭和44~47年初版)

 以下、これを読んで私が教訓的名言名句と感じた言葉を書きとめました。まず、秋山真之が子規に語る言葉から――


≪ 軍艦というものはいちど遠洋航海に出て帰ってくると、船底にかきがら(蛎殻)がいっぱいくっついて船あしがうんとおちる。人間もおなじで、経験は必要じゃが、経験によってふえる智恵とおなじ分量だけのかきがらが頭につく。智恵だけ採ってかきがらを捨てるということは人間にとって大切なことじゃが、老人になればなるほどこれができぬ。

 人間だけではない。国も古びる、海軍も古びる。かきがらだらけになる。

 ……山本権兵衛という海軍省の大番頭は、かきがらというものを知っている。日清戦争をはじめるにあたって、戊辰以来の元勲的な海軍幹部のほとんどを首切ってしまった。この大整理はかきがら落としじゃ。正規の海軍兵学校出の士官をそろえて黄海へ押し出した。おかげで日本海軍の船あしは機敏で、かきがらだらけの清国艦隊をどんどん沈めた。

 ……海軍とはこう、艦隊とはこう、作戦とはこう、という固定概念(かきがら)がついている。おそろしいのは固定概念そのものではなく、固定概念がついていることも知らず平気で司令室や艦長室のやわらかいイスにどっかとすわりこんでいることじゃ。……≫



 ――人間はその肉体に五官(目・耳・鼻・舌・皮膚という五つの感覚器官)を持っていて、その五官で感知される現象世界が実在であり、五官に感知されないものは 「無い」 と思い込み(実は錯覚)、その結果、ふつう五官で感知される五感の世界に執着する習性を持っている。それで、経験を積むにつれて “かきがら(固定概念)” をどんどんくっつけ、古びて身動きが不自由なことになりやすい。

 その “かきがら落とし” をする妙法の行が、神想観なのである。

 「吾れ今、五官の世界を去って実相の世界に入る」

 というのが、かきがら落とし、新生の言葉なのである。

          ○

 以下、またつづいて 『坂の上の雲』 からの教訓です。

≪ 破壊ほど容易なしごとはない。三歳の幼児でも大人が十年も百年も考えてつくったものをまたたくまにこわすことができるように、おろかな君主は、かれの先行者がつくったよきものをたちまちにこわしてしまう。

 二流もしくは三流の人物(皇帝)に絶対権力をもたせるのが、専制国家である。その人物が、英雄的自己肥大の妄想をもつとき、何人といえどもそれにブレーキをかけることができない。制度上の制御装置をもたないのである。

 ロシヤ帝国は、立憲国家である日本帝国と同様、内閣はもっていた。しかし日本の内閣とはちがい、独裁皇帝の輔佐機関、もしくは厳密には側近であるにすぎない。≫



 ――生長の家教団が、そのようなことになってはいけない。そういう独裁体制になると、配下の取り巻き幹部たちは、次のようになる。

≪ 独裁体制下の吏僚の共通の心理として、敵と戦うよりもつねに背後(皇帝)に気をつかい、ときにはクロパトキン大将のごとく、眼前の日本軍に利益をあたえてもなお政敵のグリッペンベルグ大将を失敗させることに努力し、その努力目的を達した。

 ……ニコライ二世
(ロシア最後の皇帝)でさえ、観念的には終始国民のことを考えているように、ロジェストウェンスキー(バルチック艦隊司令長官)も、かれ自身の観念のなかでは水兵の給与とか休養とかといったいわば優しい心づかいでいっぱいであり、こういう点では申しぶんないように思われるが、それだけに逆にいえばかれにとって全水兵が敵であり、全艦隊が憎悪の対象であるという矛盾が矛盾でなくて自然に成立しているのである。≫


 ――こうして世界一を誇った独裁国ロシアの大艦隊は、日本の東郷艦隊の前に負けるべくして負けた、それも完膚なきまでの大敗を喫したのであった。(『坂の上の雲』)

 こうした例は、たとえば日本の大会社 東芝の現在の苦難苦境などにも現れているのではないか。

 生長の家は、神の計画で神が始められた真理の光の運動であると信ずるので、途中で何が起ころうとも結局は 「中(みなか)」 に還り浄まって、神意は成就すると私は信じています。しかし、余計な大きな自壊作用なくスムーズに神意が顕現することを私は祈り、行動いたします。


          ○


 冒頭に掲げた檄を、再掲します。


 まもなく22日、衆議院総選挙の投票日です。生長の家教団では、第一線誌友会で、講師が 「安倍自民党には投票するな」 と呼びかけているらしいです。私はそれに反対します。

 生長の家信徒はみな、「神の子」 として宇宙の中心者、主人公であり、行為行動の自由を持っています。いや、現行憲法でも、それは 「基本的人権」 として保証されているはずです。おのおのの良心にしたがって、自由に投票すべきです。組織に縛られることはありません。生長の家教団は、政治運動から離れると明言したはずです。「○○党に投票するな」 というのは、信徒の自由を縛る政治運動だと思います。私はもちろんそれには従いませんし、心ある信徒は、犬や猿ではなく神の子ならば、それに従う必要はないと思います。

 日本が、中国や朝鮮の属国になってもかまわないと思う人は、どうぞ立憲民主党や共産党に入れてください。

 私は、世界平和のためにも、日本が中国や朝鮮の属国になってはいけないと思います。日本を守るには、安倍自民党しかないと考えますから、自民党に入れます。

 日本を愛し、世界平和を願う人は、勇気をもって堂々と自民党に入れた方がよいと考えます。


  (2017.10.20)


 
(1) プロフィール


岡 正章(おか・まさあき)

1933年6月 東京生まれ、83歳。 (先祖・両親の出は愛媛県)
妻1人、子供が4人、孫も4人あり。

趣味――音楽、特にコーラス・アコーディオン。
八十の手習いでピアノの練習も始めた。
パソコンによる動画編集も特技の一つ。

好きな言葉――バンザイ!

山口在住の1950年頃 父親が生長の家入信。その影響か、1951年春 霊的体験を得て人生観が一変。1952年 山口高校卒、同年 東京大学入学。1953年 生長の家青年会入会、谷口雅春師ご自宅での青年会「お山のつどい」でご指導を受ける。1959年 青年会中央執行委員学生部長。1960年 東京大学教育学部卒。1964年 日本教文社勤務、聖典・書籍の編集に従事。1975年、生長の家本部青年局に転じ『理想世界』編集長。1976年、同誌100万部突破。1984年~2006年、茨城・福島・山形の各教区教化部長歴任。2006年 東京第一教区地方講師。2015年4月21日、地方講師解任の通知を受ける。現在、相愛会員、聖使命会費取扱者。