近 況 心 境

岡  正 章
400 マルクスの「疎外」論は虚妄である


 #398 で、私は次のように書きました。

≪「資本主義社会では労働の疎外を発生させる」 というのがマルクスの主張である。

 しかし、マルクスが提示した共産主義という処方箋は、歴史の中で経済社会的に間違っていたことが証明されてしまった。

 それは、唯物論が虚妄の哲学であったからである。環境が人間の外にあって人間を支配するものであるという思想が、根本から迷妄であり間違っていたからである。

 今後のわれわれの社会において、 「疎外」 からの人間解放はありうるのか?

 イエース、ウィー・キャン! Yes, We Can! 

 それは、

 「すべてがわが内にある。外にはない。時間も、空間も、わが表象の基本認識の形式としてわが内にあるのである。わが本体は、時空間を超えた存在である。

 人間を縛るものは、何も無い。
 人間はそのままで自由であり一切者である。
 人間は環境の奴隷ではない。人間は宇宙の主人公であり、神の自己実現である。」

 ということを自覚すればよいのである。その時、今此処に、「疎外」 はない!≫

 ――上記のことを、谷口雅春先生は 『生命の實相』第11巻「万教帰一篇」で、次のように書かれている。

          ○


≪   第一章 「生長の家」 より観たる 『創世記』

 ○はじめに神 天と地とを創造
(つく)りたまえり。(『創世記』 第1章-1)

 神――大生命――英知――には 「はじめ」 というものはない。「はじめ」 があったら 「終わり」 があるかもしれませぬが、始めもないから終わりもないのであります。ここに始めというのは 「一」 のことであります。「一」 という字は日本でも 「はじめ」 と読む。「一」 とは万物が展開する基礎になる数であります。二に対する一ではなくいっさいを綜合した円相の一であります。

 この一がなければこの世界に何物も成り立たない。はじめに一があって、次に二が成立する。渾一があって対偶が出来上がる。絶対があって相対が出来上がる。この絶対の 「渾一」 がここにいう 「はじめ」 であります。すなわち、大実在、第一原理であって、この絶対の第一原理から万物は出発したのであります。

 もともと絶対であるから神も人も自も他もいっさいの被造物も一つである。別々に離れ離れのものであると思っているのはウソである。本来みんな一つにつながっている。だから、自他一体ということは 「真理」 そのものであって、この真理に従うときすなわち自他を絶したところに真に生かす力が湧いてくるのであります。

 ここまでが自分、ここから先は他人と区別しているようなことでは真に生かす力が湧いてこない。「生かす力」 というものは、「自分」 にもあり 「他」 にもありというふうなものではないのであって、自他が結び合ったところにある。差別を絶した働きになってくると今まで予想もしなかったような力が出てくるのであります。

 会社の仕事をするのでもこれは会社の仕事である、自分は金を貰うために自分の生命を八時間なら八時間だけ切り売りしているのである、こう考えると会社の仕事というものと自分の生命というものがただの対立になっている。そこに差別がある、差別があると心にスキができてくる。この仕事は自分のものではない、この仕事を熱心にやればやるだけ自分の精力が減り、殖えるのは会社の儲けである、いい加減に働いておかないと損だというふうになる。会社と自分というものが離れ離れになって、その間に隙ができているから、「生かす」 という働きが十分できてこない。

 ところが会社の仕事というものと自分の生命というものとが融け合っ て、本来の自他一体になってくるとはじめて偉大な働きができてくる。……

 われわれは時とすると働けば会社が儲けて自分は損だなどということを考えたがりますけれども、会社が儲けるのは金だけのことで、われわれ人間は仕事をすることによって金も幾らかはいただきますが、まだその上に結構な大きな儲けものがある。それは与えられた仕事によって自分の生命を鍛えることができるということであります。

 生命を鍛えるというのはなんであるかといいますと、自分という一見有限の小さな生命が、その本来の無尽蔵の生命からだんだん大きく生命を汲み出す方法をさとるということであります。われわれは与えられた仕事を仮に 「会社の仕事だ」 といいますけれども、それは自分の生命を鍛え太らす自分の仕事なのであります。

 どんな仕事でも、あらゆる仕事はみんな自分の生命を太らすために与えられているとの事実に目覚め、感謝して正面からその仕事を受けてそれに一心不乱になって誠をつくしますと、精神統一ができて、われならざる無限の力が発揮されてきて働いても働いても疲れないようになる。いろいろと仕事の上にも工夫ができて自分自身の知恵の上にも、愛の上にも、生命(健康)の上にも大いなる発達を得るのであります。

 この 「われならざる無限の力」 を汲むのはどうしたら一等よいかというと、自と他と無限とが一体だという本来の真理を サトルほかに道はない。この一体ということはただわれわれが主観的に心で、いい加減に自と他と無限とが一体だと思おうとするのではなく、本来一体であるものを一体だとサトルからこそ、実際の上にも効果があらわれてくるので、空想ではないのであります。≫



 と。

 また、聖経 『続 真理の吟唱』 には、次のような祈りの言葉が記されている。

          ○


≪   神と偕
(とも)にはたらく歓喜の祈り

 神は生命の歓喜の中に、生命の自由発動として天地一切のものを創造し、最後に神の最高の自己顕現として人間を産み出し給うたのである。それゆえに人間の生命の実相は歓喜によって一層完全にあらわれるのである。

 歓喜の心境に於いて生命が行動として発動するとき、そこに完全な善きものの創造が行なわれるのである。

 資本主義の世界に於ける労働が、働く人たちにとって重荷となってのしかかっているのは、その労働が、金円を儲けるために、自分の生命を資本家又は経営者に売っているという心境で働くから、金で縛られて、定められたある時間、外出の自由もなく、奴隷の如く監視の目の下で、強制的に労働させられていると思うからなのである。

 人間の自由と幸福とは制度の変化によって必ずしも得られるのではないのである。資本主義制度の下にあっても、社会主義制度または共産主義の治下にあっても、みずから進んで、歓んで自発的な創造又は献労のはたらきをしない限り、その人の仕事は課せられたる仕事であり、彼は資本主義下で金円に縛られて働くか、社会主義制度下で、課せられたるノルマに縛られて働くか、そのいずれかであり、どちらにしてもその人に自由はないのである。

 ある人は資本主義の下にあって金円を目的に、ある時間縛られて働き、更にその賃金を昇
(あ)げて貰うために組合幹部の命令に従って、既に昼間仕事でつかれている体を引きずって、赤旗を掲げたり、プラカードをかついで街頭を行進せしめられるのである。このような人々は昼間は、事業経営者又は資本家に縛られて働き、夕刻より後は、組合幹部の指令に縛られて働き、どちらからも縛られて自由はないのである。自由のないところに本当の幸福はないのである。

 人は、神の生命を宿して地上に降下して来った “神の子” であるから、神の生命を生かすところの自己創造のはたらきを為し、神の愛を実践するための愛行の仕事を為すとき、おのずから生き甲斐が感じられて、彼は賃金の多寡によって縛られてはたらくのではないから、たとい社会に賃金の制度があって、その制度に従って賃金を受け、それによって生活するとも、それは制度自体の問題であって、自分の生命が縛られる感じがなく、“生命ある生きた仕事” ができるのである。

 縛られてする仕事は “生命のない死の仕事” であるけれども、人類を愛し、同胞の生命をより多く活かすために何らかの貢献をなそうとして自発的に行なう仕事は、生命を売るのではないから、たとい休暇なく、休憩なく働くとも、その労作は生命の重荷となって、自己の生命にのしかかって来ることはないのである。かれの労作は常に神の生命と偕
(とも)にあってはたらき、かれの愛行は常に神の愛と偕にあってはたらく。それゆえに、たとい生命力の消耗は一時あっても、たちまちのうちに神からその消耗は補われ、自己の生命は、生命本来の愛のはたらきであるが故に摩擦なくのびのびと歓びを以て行なわれ、つねに生命の歓喜の声をききながら仕事にいそしむことができるのである。

 われは常に生命の歓喜の声をききながらはたらく。まことに神と偕なるはたらきは楽しきかな。神に感謝いたします。≫

          ○

 そして、『生命の實相』 第7巻 「生活篇」 には、次のように書かれています。

 右をクリックしていただくと →朗読音声

 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲をバックに、朗読の音声が聞けます。


≪     十五、共通的生命の歓喜のために働け


 ……諸君よ、いやしくも諸君が仕事をなすならば、これら昔の日本人のようにその仕事に生命を懸けよ。『生長の家』の執筆も「生命」を懸けてできているのだ。「生命」というも「魂」というも「愛」というもひっきょうは同じである。愛は神であり、生命であり、魂である。仕事に愛をそそぐことは、その仕事をすることによって自分の内に宿る神を生かすことになり、生命を生かすことになり、魂を生かすことになるのである。

 魂が本当に生きたらその瞬間死んでもよいという覚悟ができるものである。古聖が、「朝に道をきかば夕べに死すとも可なり」と言ったのは本当に魂が生きれば肉体の死はなんでもなくなるからである。……

 魂が本当に生きてする仕事にはわれわれは疲れない。それは、働けば働くほど生命が生かされるからである。疲れるとは生命が生きたりない、伸び伸びしない、窒息状態であると言うにほかならない。諸君がある仕事を愛さないけれども、義務のためにそれをつとめて行なうならば、諸君はその仕事を愛して行なう場合よりもいっそう多く疲れるであろう。愛は神であり、神は生命である。仕事に愛が注がれないということは、生命が生きていないということを意味するから、早く疲れるのである。

 また愛の注がれた仕事は、義務の観念でしょうことなしになされた仕事よりも、でき栄えがよいのである。その仕事の中には愛が生きる。その仕事の中には神が生きる。その仕事の中に生命が生きる。それゆえにその作品は生命の籠った、魂の籠ったものとなる。されば、それは神品である。

 近代文明の精華をあつめてもってしても、昔の一鍛冶工が手工の作品たる正宗、村正のごとき名刀ができ上がらないのは、近代の人間は仕事をなすのに、「愛」を生かすためにせず、 魂を生かすためにせず、生命を生かすためにせず、ただ、数多く作りて、数多く金の儲からんことをのみ念願しているからである。

 愛をもって仕事に臨むならば、最初肉体の熟練がそれに慣らされていない間は、それでもその仕事が下手にできるかもしれない。しかし愛をもってその仕事に臨む人は、その上達が必ずすばらしく速いのである。神がその頭脳と手先とをとおして働き給うからであるのだ。……

 諸君よ、共通的生命に生きよ。隣人と共通の歓びを生きる仕事をなせよ。そこから来る歓びは無限だ。そこから来る健康は無限だ。共通の生命は肉体の垣を越えて無限だからだ。

 この「共通の歓び」となるべき仕事をわれらがなし遂げた時、それがどんなに小さな仕事であってもわれらは魂の奥底に共通的生命から来る「よくしてくれた!」という感謝と賞讃との声を聞くのみである。常に共通的生命からこの感謝と賞讃との声を聞くものは幸いなるかな。無限の魂の平和――無限の共通的生命と調和する平和――はその人のものだからである。

 最初われらは一つの事物を愛した、一つの物を愛し、一つの事業を愛し、彼を愛し、彼女を愛した。しかし、われらの意識がこの境地まで高まってくるとき、われらの愛の対象は、一つの物または人に限られず共通的生命を愛し、共通的生命に奉仕することが唯一の歓びとなってくるのである。共通的生命の歓喜、共通的生命の賞讃――それらが鏡のように自分の心に映ってくる。われらの味わう魂の平和と高揚は限りなく深く広く厳かなものとなってくる。

 時たま、われらが共通的生命のためではなく、「私的生命」のためにのみ仕えたときには、この厳かな魂の歓びは消える。ひとたびこの厳かな歓びを味わったことのある者は、これを失ったときに、どんなにか愛惜の情にかられることだろう――魂は歎く、歎いてまた共通的生命に仕える生き方に立ち帰るのである。

 そしてわれらは再び厳かな共通的生命とともに歩み、生き、行進をつづける。われらは失った厳かな魂の喜びをついにとり戻す。その歓びは始めは緩やかな静かな歩調で、しだいに甘さと深さとを増してくる。われらはその歓びの深さに打たれる。宇宙の共通的生命は、ただわれらにこの深い歓びを味わわすためのみに、われらを義務の道に押し流してくれるかのようにみえる。いな、もう義務の道ではない。ただ「道」である。「生命の道」である。そこには義務という窮屈な観念はもうない。われらは生命を愛し、ただ生命に随って生きるのだ。……≫

  
(『生命の實相』 第7巻より)

 <つづく>


  (2017.12.14)

399 『日本人に リベラリズムは必要ない。 ~「リベラル」という破壊思想~』を読んで(3)


 田中英道著
 『日本人にリベラリズムは必要ない。~「リベラル」 という破壊思想~』

 ――「〈第一章 「リベラリズム」 は駄目な思想である〉 をお読みいただき、明日からは自信をもってリベラルを無視していただきたいと思います」 と、「まえがき」 で著者は言う。

 その前に、同書の 「序章」で、田中英道氏はアメリカの反リベラルの論客パトリック・ブキャナンの著作 『The DEATH of the WEST』(邦題 『病むアメリカ、滅び行く西洋』 宮崎哲弥監訳)を紹介し、“隠れマルクス主義” の源となっている 「フランクフルト学派」 を徹底的に批判している。

 長くなりますが、これは外せないことなので、ここに取りあげさせて頂きます。

          ○

   「フランクフルト学派」 の正体

 フランクフルト学派は、マルクス主義者の哲学者ルカーチ・ジェルジ(1885~1971年)がドイツのフランクフルト大学で1923年(大正12年)に設立した「マルクス研究所」から始まる。ソ連の「マルクス・エンゲルス研究所」にならい、ドイツにおけるマルクス主義の牙城となることを目指してつくられたもの。マルクス研究所はその後、マルクスの名を隠し、「ドイツ社会学研究所」に改名される。

 1930年、哲学者・社会学者のマックス・ホルクハイマー(1895~1973年)がフランクフルト学派の中心的存在になる。

 ホルクハイマーはマルクスの分析は現状に合わないことを認識し、労働者階級は革命の前衛にはならないと考えた。すでに西欧の労働者たちは中産階級に移行し憎むべきブルジョワとなりつつあったのである。

 彼はマルクス思想を文化用語に翻訳変換し始めた。
 旧マルキストにとって、敵は「資本主義」、新生マルキストにとって敵は「西洋文化」。
 旧マルキストにとって権力掌握の方法は暴力による政権転覆。新生マルキストにとって、権力掌握に暴力は不要だが、長期にわたる忍耐強い作業が必要になる。

 勝利の大前提は、西洋人がキリスト教精神を捨て去るよう、文化教育制度を掌握すること。まずは、文化――「堅牢堅固な要塞」を支配せよ。そうすれば国家――「外堀」は労せずして崩壊する――、という。

 フランクフルト学派は、ソ連崩壊のはるか以前に、マルクスのプロレタリアート革命理論には瑕疵があることを見抜いていた。そのうえで、第二次大戦前の時点で、フランクフルト学派の目的とターゲットはここまで明確化されていたのである。現在に至る80年強の年月は、ホルクハイマーの言う、まさに「長期にわたる忍耐強い作業」の渦中にあるということになる。

 ホルクハイマーと同時期に、音楽批評家のテオドール・アドルノ(1903~69年)、精神分析学者のエーリッヒ・フロム(1900~80年)、社会学者のウィルヘルム・ライヒ(1897~1957年)らが目的を同じくしてフランクフルト学派に入会した。彼らは皆ユダヤ人である。

 1933年、ヒトラーがベルリンを掌握する。

 フランクフルト学派の学者陣はアメリカに亡命し、コロンビア大学の援助で、ニューヨークに新フランクフルト学派を設立する。ブキャナンの言う 「フランクフルト学派の上陸」 である。

   文化闘争の新兵器 「批判理論」

 アメリカに上陸したフランクフルト学派は、総力を結集して、今度は避難場所を与えてくれた国の文化破壊にとりかかった。

 フランクフルト学派が編み出した数ある文化闘争新兵器の中で、特に強力なもののひとつと定義した方法が、“批判理論” であった。

 『広辞苑』 の 「批判理論」 の項は、

 《現代の技術的合理性が自然支配と社会支配という二重の疎外を惹起していることを批判し、独自のユートピア意識のもとに理性の復権を目指す》

 となっている。「現代の人間はすべて、自然からも社会からも疎外されている」 という考え方で、これはもともとマルクスの哲学用語としての 「疎外」 からきている。

 社会からの疎外をなくすには、どうすればよいか。フランクフルト学派は、「社会をつくりあげてきた伝統的な文化を否定する」 ということから始めた。

 文化を否定して破壊すれば、社会は壊滅し、社会が壊滅すれば、疎外の原因はなくなる、とする。ブキャナンは、ある研究者による定義であると断ったうえで、「批判理論」をこう説明している。

 《西洋文化の主な要素を完全否定する批評。キリスト教、資本主義、権威、家族、家父長制、階級制、道徳、伝統、性的節度、忠誠心、愛国心、国家主義、相続、自民族中心主義、因習、保守主義、何から何まですべて》(『The DEATH of the WEST』)

 ブキャナンは、「フランクフルト学派が上陸したおかげでアメリカは悪くなった」 と述べている。

 実は、フェミニズムやジェンダー・フリー、カルチュラル・スタディーズや多文化主義など今日に至るリベラル勢力の運動はすべて、このフランクフルト学派から出た理論によっている。ブキャナンの言う 「アメリカの悪化」 に道連れにされるように、このフランクフルト学派の理論によって日本も悪くなったと、田中英道氏はいう。

 特に1960年代から70年代に学生だった世代、全共闘世代や団塊の世代と言われる人々のほとんどはフランクフルト学派の洗礼を受けていると言ってよい。日本ではマルクスやレーニンなどの名に隠れて、この学派の名は傍流として考えられた節がある。

 日本ではもともとの原典が読まれることは少ないので、フランクフルト学派の名が表に出ることはあまりなかったかもしれないが、ムード的な左翼思想まで含めた左翼リベラルの大部分はこの学派の影響を大きく受けていると言えよう。

 フランクフルト学派は、「プロレタリアート闘争」 を叫ぶことなく、大学の教員および学生をはじめとするインテリ層を、理論普及のターゲットとしていた。左翼政党の衰退に反比例するように、フランクフルト学派は日本の学界で根を強く張っていったのである。


   「ポリティカル・コレクトネス」 に苦しむアメリカ社会

 アメリカの大統領選で話題になった(特にトランプの、暴言と揶揄され続けた発言をめぐり盛んにとりざたされることになった)、「ポリティカル・コレクトネス」の問題について。

 ポリティカル・コレクトネス(Political Correctness)とは、

 「政治的に正しい、正義である」という意味だが、具体的には「あらゆる場面で、人種・性別・文化・民族・年齢・宗教・政治指向・性癖などの違いによる偏見、差別を含まない言葉や用語や表現を用いなければならない」

 とする考え方とその実行。

 クリスマス時期のあいさつは 「メリー・クリスマス(Merry Christmas)」 ではなく、「ハッピー・ホリデイズ」(Happy holidays)とするべきだ、という姿勢はその典型。宗教差別(キリスト教重視)の可能性を、宗教の違いを生じさせないことで排除しようとするポリティカル・コレクトネスの一例である。

 これは、リベラルが模索した結果として出てきた、プロレタリアート革命に代替する革命の方法論のひとつ 「多文化主義」 によっている。多文化主義は、決して「各国、各民族、各地域の文化を尊重する」という思想ではなく、「すべての文化は均一化されるべきだ」とする考え方で、“文化の破壊”を目的としている。

 ソ連崩壊後、アメリカでも多くの人が「これで左翼は抑えられ、保守派が勝利する」と考えた。しかし、保守派が政治・軍事面で左翼に勝利したと思っているあいだに、文化の面での縄張りを失っていたのである。「保守派はもっと文化闘争に関心を持つべきだ」とブキャナンは主張していたが、保守派はそれを無視してきた。

 これは、日本もまったく同じ状況だと言えよう。自民党議員の大部分を見れば、保守派にはもはや政治と経済の話題しかなく、いつのまにか文化的な教養も感受性も失っている。

 そんな中、リベラルの革命方法論に、わずかにでも風穴を開けたのがトランプだった。偽善に満ちたポリティカル・コレクトネスだらけで息苦しく、うんざりしていた人々が、ポリティカル・コレクトネスを無視するかのような大胆なトランプの発言に、陰で大喝采を送ったのだ。

 マスコミがフェイク・ニュースも含めて、いかに 「反トランプ報道」 を量産し続けようとも、そんなことにはもはや影響されることなく、アメリカのおおかたの世論は 「アンチ・リベラル」 になっている――。

          ○

 ――上記は、田中英道氏著 『日本人にリベラリズムは必要ない。~「リベラル」という破壊思想~』 を読んで、学ばせて頂いたことです。

 さて、この 「リベラル」 思想の源となっている カール・マルクスはユダヤ人であり、ドイツで生まれた 「フランクフルト学派」 の面々も皆ユダヤ人である。ユダヤ人には、数千年にわたって常に監視され、いつ追放されるかわからない状態におかれ続けた歴史から来る、国家に対する敵意と恐怖心、全世界に対する被害者意識がある。その被害者意識とリベラルは関係が深い、と田中氏はいう。

 そのことについては、次回以降に取りあげて考えたいと思います。


 <つづく>


  (2017.12.12)

398 『日本人に リベラリズムは必要ない。 ~「リベラル」という破壊思想~』を読んで(2)


 田中英道著
 『日本人にリベラリズムは必要ない。~「リベラル」 という破壊思想~』
 ――まず、その 「序章」 から、引用させていただきます。

          ○

≪   大失敗だった「グローバリズム」

 平成27年(2015)1月3日付の読売新聞朝刊に、《「語る戦後70年――日本の役割 熟慮の時」》 という特集の第1回目として、キッシンジャーへのインタビュー記事が掲載されました。その中でキッシンジャーはこう述べています。

 《アメリカはこれまで、他国の政府を自分たちが作り変えられると信じてきた。だが現在そうした時代から脱却しつつある。我々は、日本とドイツの占領の経験を誤って分析していた。アメリカが日本を作り直したのではない。日本自身が自らの伝統的な価値観の中で、新たな状況、国際秩序に適応したのだ》

 《日本は、アメリカ中心のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の権威を利用し、自らの力で国家の現代化を進め、復興を急いだ。こうした新たな環境への適応が、今やアジアの安定と、世界の平和と繁栄の基礎となったと言える》

 キッシンジャーは、「第二次大戦後のアメリカ支配は錯覚に過ぎず、その錯覚は正されるべきだ」 と言っているのです。これはつまり、「アメリカの名を借りた、グローバリゼーション・ユダヤの世界支配の錯覚は終わりを告げた」 ということに他なりません。

 トランプの勝利は、アメリカのユダヤ勢力が完全に方向転換したことを示しています。説得されたのか、自ら転換したのかどうかは別にしても、グローバリゼーション・ユダヤはイスラエル・ユダヤに方向転換しました。「グローバリズム」 を標榜していたアメリカのユダヤ勢力が、「ナショナリズム」 に舵を切ったのです。

 トランプは米国民に対しては 「アメリカ一国主義」 を謳い、ユダヤ勢力に対しては 「イスラエル一国主義を支持する」 と宣言して大統領選に勝ちました。

 「トランプが当選後初めて会談した外国人首脳がなぜ日本の安倍首相だったのか」――、その理由もこの一国主義ということにあると私は思います。

 トランプには、安倍首相のことが 「一国主義の先駆者」 に見えるのだと私は思います。だから、トランプは安倍首相に最初に会い、厚遇したのです。≫ 

          ○


≪   リベラルは 「隠れマルクス主義」 だ

 プロレタリアート革命は不可能であるという事実から、「左翼」 という言葉のとれた、または左翼という言葉を意識的にはずしたリベラルは、自らの思想からマルクス主義という立場を隠し始めました。なぜならマルクス主義は、不可能が証明されたプロレタリアート革命を理論に含んでいるために矛盾を起こすからです。

 また、「自分自身はマルクス主義者ではない」 と思っているリベラルはそれを知らずに、あたかも中立であるかのように振る舞っている “リベラル” という言葉にごまかされて自称しているだけのことに過ぎません。

 ずばり、リベラルは 「隠れマルクス主義者」 です。「偽装された左翼」 と言ってもいいでしょう。……

 リベラルは、マルクスの言う資本主義に生じる矛盾の結果を、すでに否定されたプロレタリアートの 「必然的貧困」 ではなく、「人間疎外」 に変換していったのです。この 「疎外」 もまた、マルクスの哲学用語として、1970年代、進歩的知識人と呼ばれた人々の間でずいぶん流行った言葉です。

 「出世ができない」 「やりたいことができない」 という個人的な不満から 「国が支援してくれない」 「福祉が十分ではない」 という国家に対する不満まで、普通の社会に生きていれば皆、そういう疎外感を持つのはあたりまえです。リベラルはそれを利用します。

 「今は疎外されているけれど未来は良くなる」 「将来、人々が完全に満たされる社会になる」 という幻想を人々に与え、現在の共同体や社会、国家のありかたを批判し、否定します。

 ここでひとつ注意しておきたいのは、「批判」 という言葉です。私たちは 「批判されるのは、批判される側に問題があるからだ」 と考えがちです。しかし、リベラルにとって重要なのは、その問題ではなく、批判する行為そのものなのです。リベラルには 「批判理論」 という、批判すること自体が意味と意義を持つ理論がちゃんとあります。

 「批判ばかりで対案が何もないではないか」 「批判するがための批判ではないか」 といった苦言がリベラルにはまったく届かない理由はまさにここにあるのです。≫


          ○

 さて、上記の 「疎外
(そがい)」、「人間疎外」 とは何か。感覚的には、のけ者にされること、今の若者用語では 「シカト」 されること、ぐらいに捉えてもいいかもしれない。

 しかし哲学、経済学用語としての 「疎外」(独: Entfremdung、英: alienation)は、難しい定義が与えられて、使われてきた。

 マルクスは、この 「疎外(Entfremdung)」 という用語をヘーゲルから継承し、フォイエルバッハの唯物思想も取り入れて、経済学用語に鋳直した。

 ヘーゲル哲学において、「本質から離れたものが一度外に出て、再び戻ってくる」 という現象を「外化」、あるいは「対象化」という。しかし戻ってくるはずのものが外に出たまま戻らないのを 「疎外」 と呼んだ。

 マルクスの疎外論は――
 1つ目は、労働生産物からの疎外。賃金労働制では労働者が自分で作った商品は、全て資本家のものになってしまう。労働者は頑張って労働してもその成果は全て資本家の価値を高めるだけで、労働者は頑張れば頑張るほどに自らの価値が相対的に下がっていってしまう。本来自分で作った労働の成果は自分のものであるはずなのに、それが自分から離れて、逆に自分を縛り、貶める。ここに疎外が発生しているという。

 2つ目は労働に対するやりがいからの疎外。労働中の労働者はたいていの場合、苦痛や退屈さを覚え、自由が抑圧された状態にある。マルクスは、「労働というのは本来、人間にとって創造的な活動である。これが賃金労働制によってゆがめられている」 と言った。人間は労働をしている間、自己を感じることができず、労役から解き放たれてはじめて独立した自分となることが出来るようになる。これは労働からの疎外が起きているからこそなのだという。

 そして行き着く先が、3つ目の「類的疎外」になる。類的存在とは、人間が動物とは違い労働を通じて自己を表現することが出来る生き物であるということ。にも関わらず、現在の我々の労働はただただ苦しいだけ。これは私たちが類として疎外されているからだという。

 4つめは人間(他人)からの疎外。資本主義では労働者は労働者として振る舞うことを強制される。疎外が起きていなければ人間は自分の労働によって生まれた生産物を他人に与えることにより幸福を感じ、またそこに自己実現を覚えるはずだ。しかし社会的分業が極致に達している資本主義社会では、市場に並ぶのは一人の人間が作った作品としての意味はなくなり、単なる貨幣で価値を量るだけの商品になるため、それぞれの人間が利益を対立させ、人間同士お互いに疎外された存在となりる。

 こうして、「資本主義社会では労働の疎外を発生させる」というのがマルクスの主張である。

 しかし、マルクスが提示した共産主義という処方箋は、歴史の中で経済社会的に間違っていたことが証明されてしまった。

 それは、唯物論が虚妄の哲学であったからである。環境が人間の外にあって人間を支配するものであるという思想が、根本から迷妄であり間違っていたからである。

 今後のわれわれの社会において、 「疎外」 からの人間解放はありうるのか?

 イエース、ウィー・キャン! Yes, We Can! 

 それは、

 「すべてがわが内にある。外にはない。時間も、空間も、わが表象の基本認識の形式としてわが内にあるのである。わが本体は、時空間を超えた存在である。

 「時間も空間も本来ない。それは生命が、認識の基本形式としてつくり出したものである。したがって時空間の上に投影された物質は表象(心の影)にすぎず、『ない』 と言ってよい。現象は、ない。環境は心の影にすぎない。

 人間を縛るものは、何も無い。
 人間はそのままで自由であり一切者である。
 人間は環境の奴隷ではない。人間は宇宙の主人公であり、神の自己実現である。」


 ということを自覚すればよいのである。その時、今此処に、「疎外」 はない!

  
→ 「生きた生命」

 すべての人をその真理に目ざめしめ、全人類を 「疎外」 から解放し真の 「自由」 を得せしめるために出現したのが、生長の家人類光明化運動である。

 しかし、現在の生長の家教団は、残念ながらその使命を遂行しつつあるとは言えないと思う。それどころか、大間違いのリベラルの道を行っているのではないか。


 <つづく>


  (2017.12.11)

397 『日本人に リベラリズムは必要ない。 ~「リベラル」という破壊思想~』を読んで(1)


 『復興の日本人論 ~誰も書かなかった
福島~』 (川口マーン恵美著) を読んで、思うことを書こうとしていたのですが、その前に割り込みを入れます。


 田中英道著
 『日本人にリベラリズムは必要ない。~「リベラル」 という破壊思想~』

 これが、すごい本でした。



 田中英道氏の著書は、昨年3月に 『日本人が知らない日本の道徳』 を読んで、この 「近況心境」 #215#225 で取りあげたことがありました。その時には、田中氏をこれほどスゴイ人だとは思わなかったのですが――今回、表題の本を読んで、これはスゴイと思いました。

 ――そういうことだったのか!! 現在の世界と日本の状況が、如実にスーッと氷解して、深層の真相が、見えてきた感じがしました。“目からウロコが落ちる” とは、このことかと――。

 2回、3回と精読中です。これは必読の書です。


 まず、「まえがき」 で、田中氏は次のように言っています。


≪ 現代の 「リベラル」 およびその主張である 「リベラリズム」 は、一刻も早く根絶やしにされるべきだと私は考えています。その理由を、わかりやすく解説することに務めた結果が本書です。……

 批判ばかりで無責任、善人ぶるなど、リベラルのやり方・考え方にうんざりしている人は今、日本に限らず世界にもたいへん多い。アメリカのトランプ現象はその好例と言えるでしょう。

 しかし、それでもなお、「リベラルの言うことにも一理ある」 「リベラルも確かにいいことは言っている」 などと考える心優しい人も多いようです。

 また、「自由を前提としているのだからリベラル自体は間違っていない」 とつい私たちは考えがちですが、それは違います。……リベラルは考え方自体が間違っているのです。

 私たちは今、完全にリベラルおよびリベラリズムに呪縛されています。

 リベラルとリベラリズムの問題は、「思想は思想としてそれぞれ認め合うべきだ」 という考え方の範疇ではなく、“病” に対するに近い重篤な問題です。リベラルとリベラリズムは、その思想そのもの、考え方そのものが駄目なのです。

 本書でその理由を、思想、哲学、宗教、歴史、芸術等の視点から明らかにしていきたいと思います。≫


 と。

          ○

 「リベラリズム」 は、マルクス主義の亡霊に取り憑かれた、駄目な思想である。

 「リベラリスト」 は、「隠れマルキスト」 である。

 リベラルは敗北者の 「避難場所」 にすぎない。


 ――と田中英道氏は該博な知識・資料をもって断ずる。


 ソ連が崩壊し、マルクスの言った 「プロレタリアート蜂起による共産主義革命国家」 は存続不可能であるということが証明された。今も相変わらずプロレタリアート革命にこだわる団体、メディアは存在するが、彼らは当然この失敗を認識していて、旧来の革命思想に自信を失っている。

 しかしリベラルのグランド・セオリーは、相変わらずマルクス主義思想である。

 「資本主義が成熟すると必ず矛盾が生まれ、社会主義を経て共産主義の理想に至る」という考え方は変わっておらず、そこに至るための方法はやはり “革命” であり、「既存の体制、社会を破壊する」 ことである。

 リベラルは、プロレタリアート革命に限っては方法としてあきらめたに過ぎない。依然、その理想は 「共産主義」 であり、その前段階としての、資本主義下での 「社会主義」 を、今より良い社会体制だと考えている。それで経済の代わりになる破壊対象を模索して、目をつけたものは、「文化」 だった。フェミニズム、ジェンダー・フリー、カルチュラル・スタディーズ、多文化主義などを通して、文化のもととなる 「伝統」 に対して否定的な立場をとり、“伝統の破壊” に走る。

 そこで出て来た 「多文化主義」 は、決して 「各国、各民族、各地域の文化を尊重する」 という思想ではない。「それぞれ異なる文化がほんの少しでも傷つけ合う可能性を排除するため」 という名目のもとで 「すべての文化は均一化されるべきだ」 とする考え方であり、“文化の破壊” を目的としていることは明らかである。……

          ○

 しかしながら、今ようやく、国際社会はリベラルに 「NO」 と言い始めた。

 2016年のドナルド・トランプのアメリカ大統領選挙当選、同年の「BREXIT」と呼ばれるイギリスのEU脱退は、その証左である。


 アメリカ国内のユダヤの分裂がトランプを勝たせたのである。――それは、「イスラエル・ユダヤ」 と 「グロ-バリゼーション・ユダヤ」 との分裂である。

 世界情勢や思想状況を考えるうえで、ユダヤ人独特の、強い 「孤立意識」 「被害者意識」 はもっと重要視されるべきだ。

 ※ ユダヤの問題については、この 「近況心境」 #95#99
    #101#110#334 でも取りあげて書いています。


 ユダヤ人は少数派であり、『旧約聖書』 に記述されている迫害から始まる、西欧民族に長く圧迫された歴史を持っている。リベラル思想は一見、国家や権力に媚びない自由を主旨とする、世界に共通する普遍的な思想のように見えるが、実は媚びないということではなく、それとは逆に、国家や権力を持てないことからくる 「ユダヤ人の自己防衛のための思想」 に他ならない、という側面を持っている。

 トランプ勝利の背景には、ヘンリー・キッシンジャーの支持があった。キッシンジャーはユダヤ系ドイツ人の家庭に生まれ、その後、ナチス・ドイツの反ユダヤ人政策に反対する一家とともにアメリカ合衆国に移住し、1943年に帰化している。国際政治学者であり、ベトナム戦争の和平交渉を理由とするノーベル平和賞受賞者として知られている。

 《トランプ大統領の誕生は、とてつもない現象だ。米国史上、このような大統領が生まれたことは、いまだかつてなく、彼の勝利を真剣に受け止めなければならない》
 《彼は極めて高い政治的資質を示してきた。特定の団体に何のしがらみもない。傑出した大統領になるまたとない好機で、これを前向きにとらえ彼にはチャンスを与えるべきだ》
 と、キッシンジャーは言っている。

 アメリカの左派ユダヤは、アメリカ民主党政権や国連に入り込み、初の黒人系大統領バラク・オバマを誕生させた。アメリカの言論界、経済界のリベラル化につとめ、メディアを握り、反権威主義を煽って、多文化主義からグローバリズムまで提唱した。。

 少数派が多数派の顔をすることができれば、アメリカは民主主義国家だから、選挙に勝てるだけの世論を形成できる。が、巨額の資金を必要とするイスラエルに資金を調達するためには、米政権が 「親イスラエル」 である必要がある。

 第二次世界大戦後のイスラエルの運営資金は、ユダヤ勢力がウォール街を握ることによって維持されてきた。しかし、ユダヤ勢力によってつくられた国際金融の変動が、2008年のリーマン・ショック以降はさすがにひどすぎると、伝統的なアメリカ人に思われ始めた。アメリカの 「脱イスラエル路線」 はオバマ政権期から始まり、そのままオバマの任期終了を迎えた。

 グローバリゼーション・ユダヤ(左派ユダヤ)は、ウォール街と癒着しているヒラリー・クリントンを支持した。しかしトランプは、特定の団体に何のしがらみもない。イスラエルのネタニヤフ首相との会談で、トランプは 「イスラエル・ユダヤの側に立つ」 ことを宣言した。これは、キッシンジャーの世界秩序分析――「グローバリゼーション・ユダヤがやってきたことは失敗だった」 という分析を参考にしたものであろう。


 BREXIT(イギリスのEU離脱)は、「アイデンティティ(精神的な自立性)の揺らぎ」 の問題。ひとつの民族、ひとつの国家というのは、アイデンティティがないと気持ちが悪い。その国に住む人間は、「自分の居場所をどこに置いたら、何に依拠したらいいのかわからない」 ということからくる不安でいっぱいになる。

 人は10歳まで育ったところ、そこで受けた印象が個々のアイデンティティになる。母の乳を飲み育ち、家族とともに暮らし、無心に学校に行き、住む土地の景色を見て、言語を形成していく。それがアイデンティティを形成していく。

 その 「確固とした居場所」 は必要ない とするグローバリゼーションが進み、アイデンティティが揺らぎ始めると、人は精神的におかしくなる。移民の規模が大きくなり、実際にそうなってみて初めてイギリスの人々は気がついたのである。

 BREXITは、「グローバリゼーションが人間を幸福にするというのは嘘である」 ということをヨーロッパ、少なくともイギリスがはっきり感じ始めた証拠である。

 確実に、国際社会は 「アンチ・リベラル」 「アンチ・グローバル」 に舵を切ったのである。……


 <つづく>

  (2017.12.10)


396 『復興の日本人論 ~誰も書かなかった福島~』を読んで(1)


 
『復興の日本人論 ~誰も書かなかった福島~』 (川口マーン恵美著・グッドブックス 2017.12.1刊) を読んで、思うことを、これから数回にわたって書きたいと思います。

          ○

 著者の川口マーン恵美さんは、ドイツに35年以上住んでいる作家・ピアニスト。著書 『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』(講談社+α新書)はベストセラーになった。
 『ヨーロッパから民主主義が消える』(PHP新書)など著書多数あり、2016年 『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)は第36回エネルギーフォーラム賞・普及啓発賞を受賞している。

 このたびの 『復興の日本人論』 の 「序章」 では

≪ 日本は世界で稀に見る優秀な人的資源をもつ素晴らしい国だ。島国だから、日本なりの正義、倫理、不文の掟ができた。争わずに物事を解決する知恵も育まれた。

 なのに今、福島の復興を邪魔しているものは、よりによって、その日本的な思考法のようにさえ感じる。

 ……そんな思いを巡らせているうちに、本稿はしだいに、福島をめぐる 「日本人論」 となった。≫


 と書かれていて、

≪ 外から見ていると、今の日本は、かなり危うい。

  ドイツ在住の作家が、“大切な祖国が没落しないために” 取材を重ねて書いた本≫


 と、カバーの帯に記されている。



 章立ては、

≪序章 ドイツから3・11後の福島ヘ
 第一章 巨額の賠償金が生んだ 「分断」
 第二章 東電は謝罪していないのか
 第三章 風評を作り続けるマスコミ
 第四章 報道よりもずっと先を行く福島
 第五章 ドイツの失敗を繰り返すな
 第六章 日本が原子力を選択した日
 第七章 復興への希望と力≫


 となっている。

   この各章を読むと、著者 川口マーン恵美さんは、ドイツ・シュトゥットガルト在住の方だけれども、遠くドイツに居ながらこの福島のことを書いているのではなく、しばしば日本に来て福島を訪ね、2年以上精力的に福島を取材して、足と目と耳で――もっと言えば全身全心全霊で書かれたのが本書であることがわかる。

 この本を読んで、私の魂に湧き上がる思いを、これから書き綴って行きたいと思います。

  (2017.12.5)


395 神想観は内なるキリスト復活、
   内なる釈尊誕生の時である



 
外にはない。内にある!

 生長の家東京第二教化部のウェブサイトに、久都間繁教化部長が書いていらっしゃる 「多摩川のほとりにて 15」 の、下記ご文章に共鳴しました。引用させていただきます(抜粋です)。

≪ “内なる神性” とは、私たちの内に在るキリストである。イエスを内に見出すことこそが、真の意味でのキリストの復活である。仮に、彼(イエス)が、世界のどこかに復活したように見えたとしても、「吾と汝となんの関わりあらんや」 とあなたは一蹴しなければならない。なぜなら、あなたを離れてキリストなど何処にも無いからである。

 釈尊は生まれて数日にして 「天上天下唯我独尊」 と宣
(の)り給うたが、それは “内なる神性” の誕生を祝す宣言である。釈迦が生まれたのは三千年前の過去ではなく、私たちの内に、常に誕生し給うている。その誕生仏を祝し、キリストの復活を祝う行事が、神想観である。

 「四無量心を行ずる神想観」 の一切衆生の苦しみを除くことも、悩みを和らげることも、楽を与えることも、喜びを与えることも、すべては神が為し給うのであり、私が為すのではなかったのである。私が為すのであれば、重荷にも感じ、苦痛とも感じ、成就するか否かも気になるのであるが、四無量心は神が、仏が、大生命が行じ給う大慈悲であり、それは地上天国実現に直結する荘厳な菩薩行なのであり、実修すればするほど、自他ともに楽になり、抜苦与楽の実践となり、仏のいのちが顕現するのである。

 すなわち抜苦与楽とは、“本来の相
(すがた)に帰る” ことにほかならない。私たちの本来相は、神性・仏性であるから、ここに帰ることは時空を超えて渾(すべ)てに充ち給うことである。つまり宇宙に満ちる人間・神の子の実相(宇宙大生命)に帰ることこそが 「楽」 ということであり同時に 「喜び」 であり、中心帰一の醍醐味であり、神の子・人間の復活のときなのである。≫

 ――上記は、私が #393 「神想観は、新たに生まれる道である」 に、次のように書いていることと軌を一にするものと感じ、ありがたく嬉しく共鳴しましたので、抜粋引用させていただきました。

 #393 の拙文を抜粋再掲します。

≪ 「吾れ今、五官の世界を去って実相の世界に入る」

 と、神想観の最初に念ずる。

 それは、一方に “五官の世界” があり、また一方に “実相の世界” というものが別の所にあって、こちらからそちらへ移動するというような、そんな実相世界は迷妄の空想の世界である。実は、“五官の世界” こそ “無” であって、実はわが本体はもともと完全なる実相世界すなわち神にいる、神の生命だったのである。

 五官の世界は夢まぼろしのごとき映像、影であり、本来無なのである。「実相独在」 である。そのことに気がついたとき、はじめて実相すなわち神を如実に知ることができる。

 五官の世界は無であったと悟り、ただ神のみ実在であり、自分が生きているのは神の生命が今ここに生きていたのだ、生かされていたのだと自覚することを、「吾れ今、五官の世界を去って実相の世界に入る(居る)」 というのである。

 それはリセットであり、新生である。これを 「新たに生まれる」 という。

 それは内観である。内観とは、わが内に既に全てが備わっていると観ずることである。≫

 ありがとうございます。感謝合掌


  (2017.10.28)


394 勝って兜の緒を締めよ
  ―傲る者は久しからず、排除する者は排除される



 総選挙の結果は 「安倍自民・与党の圧勝」 と報じられた。

 それは、目標を与党(自民・公明)で過半数としていたことからすれば予想目標を大きく超えた圧勝ということになるであろう。しかし改選前の議席数を大きく超えたというわけではなく、若干減らしたのであるから、その意味では 「圧勝」 というのには “?” がつく。それでも、世界が大激変の運命の瀬戸際に立っている今日
(こんにち)、日本が方向を大きく誤ることのない選択ができたことには、天佑神助もあったであろうと、ホッと安堵するものがある。しかし――

 わが家には、『坂の上の雲』 の主人公の一人である秋山好古
(よしふる)の書を掛軸にしたものがある。父は好古と同郷 愛媛県出身の元陸軍軍人で、好古を尊敬していたようだ。後に好古が校長を務める松山の北予中学に学んでいる。



 上の書はわが家の宝物。書として丁寧にバランスよく書かれた字ではない。思いのままに書きなぐったものという感じがする。しかし、父がこの軸の前に母と並んで撮影した記念写真があるのを見ると、父は好古を尊敬していたのであろう。(ちなみに明日10月24日は父の50回目の祥月命日。去る14日に、故郷愛媛県の菩提寺で五十回忌の法要を営んだ。)

 この秋山好古・真之
(さねゆき)兄弟については、昨年日経新聞夕刊の「あすへの話題」欄に、新日鉄住金会長の宗岡正二さんが、次のように書いておられた切り抜きがあった。↓




 好古は、日露戦争について聞いてもあまり語らず、「戦争はよう負けたよ」 と言って、功を誇るような決してなかった。

 日清戦争の時、二百ほどの秋山支隊(歩兵と騎兵)が十倍の二千以上の清国軍と対することになって退却を余儀なくされたとき、好古はまず足の遅い歩兵を先に退却させ、次に騎兵を退却させた。そして指揮官である好古自らが最後の殿
(しんがり)をつとめたという。

 戦争が終わって帰国したとき、数ヵ月分の給料が手許に残っていた。それを妻に渡さず、副官に差し出して労をねぎらった。

 日清戦争後明治33年(1900年)清国内の排外運動「義和団の乱」が起き、鎮圧後居留民保護のための駐屯軍守備隊司令官に任ぜられていた好古が任を終え帰国が決まると、居留民から好かれていた好古のため盛大な送別会が開かれ、700ドルもの餞別が集まった。日本の領事はそれを高級時計にして好古に贈ろうとしたが、好古は現金にしてくれと頼み、「何も誇らしいことはしていないから、この現金はそのまま居留民の小学校に寄付し、教育資金にしていただきたい」 と差し出したという。

 好古は大将として定年で予備役になる前、元帥に推す声があったが断り、松山の北予中学校長にと請われ喜んで引き受けた。中学では軍事教練の時間を増やすことを提案されたが反対し、「学生は兵隊じゃないよ」 と、逆に教練の時間を減らしてしっかり勉強させるように指示した。そして大正13年から昭和5年4月まで足かけ7年間、無遅刻無欠勤で北予中学に通った。毎日決まった時刻に家を出たため、通りの人々は好古の姿を見て時計を合わせたというエピソードがあるという。

 以上は 『文藝春秋』 誌その他いろいろな資料から得た話ですが、そんな秋山好古の書いた上掲 「傲りは長ずべからず」 の書には、千金の重みがあると思う。


 ところで、「傲り」 とは何であろうか。本当は、「自分がやった」 と誇るべきものは何も無い、人間はただ神のいのちに生かされているだけだったのである。「わが業
(わざ)はわが為すにあらず、天地(あめつち)を貫きて生くる祖神(みおや)の権能(ちから)」(招神歌<かみよびうた>)であったのに、それを忘れ自分の功業であると錯覚して思い上がり、いい気になって人を侮ることである。傲る者は久しからず、必ず失敗する。

 希望の党が失速したのも、小池党首は 「自分に傲りがあった」 と反省している。

 それに気がつけば、再起のチャンスがある。何事にも無駄はない。

          ○

 司馬遼太郎 『坂の上の雲』 の終章 「雨の坂」 では、日露戦争における日本海海戦について、次のように書いている。

≪  撃沈されたロシヤ軍艦は戦艦が六隻、巡洋艦が四隻、海防艦が一隻、駆逐艦が四隻、仮装巡洋艦が一隻、特務艦が三隻で、捕獲されたものは戦艦二、海防艦二、駆逐艦一、抑留されたもの病院船二。脱走中に沈んだものが巡洋艦一、駆逐艦一で、他の六隻(巡洋艦三、駆逐艦一、特務艦二)はマニラ湾や上海などの中立国の港に逃げこみ、武装解除された。わずかに遁走に成功しえたのはヨットを改造した小巡洋艦一と駆逐艦二、それに運送船一のみにすぎなかった。

 いったいこれを勝利というような規定のあいまいな言葉で表現できるだろうか。

 相手が、消滅してしまったのである。極東の海上権を制覇すべくロシヤ帝国の国力をあげて押しよせてきた大艦隊が、二十七日の日本海の煙霧とともに蒸発したように消えた。

 ――とうてい信じられない。

 という態度を、同盟国である英国の新聞でさえとった。バルチック艦隊は全滅し、東郷艦隊は水雷艇三隻沈没のみという報が達したとき、これを冷静に記事にしたのはただ一紙だけで、他の新聞は誤報ではないか、という態度をとった。……

 装甲艦が演ずる近代戦の戦術についての著書のあるH・W・ウィルソンという英国の海軍研究家は、日露双方の発表によって事情が明快になったとき、

 「なんと偉大な勝利であろう。自分は陸戦においても海戦においても歴史上このように完全な勝利というものをみたことがない」

 と書き、さらに、

 「この海戦は、白人優勢の時代がすでにおわったことについて歴史上の一新紀元を劃したというべきである。欧亜という相異なった人種のあいだに不平等が存在した時代は去った。将来は白色人種も黄色人種も同一の基盤に立たざるをえなくなるだろう」

 とし、この海戦が世界史を変えたことを指摘している。≫


 と。


 しかし―― 『坂の上の雲』 の終章は記す――

≪ 秋山好古の弟 真之は文章家として知られているが、かれの書いた文章の特徴は、たとえば連合艦隊司令長官東郷平八郎が海軍軍令部長伊東祐亨へ送った戦闘詳報にもよくあらわれている。われわれはこの文章によって日本海海戦の戦闘経過を的確に知ることができるが、その事実関係で組みあげられたぼう大な報告文の冒頭は一個の結論からはじまっている。

 「天佑と神助に由り、我が聯合艦隊は五月二十七、八日、敵の第二、第三聯合艦隊と日本海に戦ひて、遂に殆ど之を撃滅することを得たり」……≫


 そしてその文章がもっとも光彩を放ったのは 「連合艦隊解散ノ辞」 であるという。

≪ 「神明はただ平素の鍛錬に力(つと)め戦はずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安(やすん)ずる者よりただちにこれをうばふ。古人曰く、勝って兜(かぶと)の緒を締めよ、と」 ≫

 ――この文章はさまざまの形式で各国語に翻訳されたが、とくに米国大統領のセオドア・ルーズベルトはこれに感動し、全文を翻訳させて自国の陸海軍に配布したということである。

 秋山真之は戦後、戦場の地獄の様相が脳裡に浮かぶなどして、慰霊のため神霊研究に没頭するようになり、自ら出家を考えたり、息子を宗教家の道に進ませたりした。

 しかし日本は、「勝って兜の緒を締め」 ることをゆるがせにし、傲りの “かきがら(固定概念)” をいっぱい身につけて、その後大東亜戦争敗戦へと突っ走ってしまったのではなかっただろうか。

          ○

 このたびの総選挙で “圧勝” した安倍自民党は、天佑神助を受けて勝たせていただいたのだ。勝利に傲ることなく、いっそう謙虚に、己を殺してこの国を守り、人類の運命に新しい時代を切り拓く突破口を造って頂きたいと、切に祈るものです。


  (2017.10.23)


393 神想観は、新たに生まれる道である


          ○


 まもなく22日、衆議院総選挙の投票日です。生長の家教団では、第一線誌友会で、講師が 「安倍自民党には投票するな」 と呼びかけているらしいです。私はそれに反対します。

 生長の家信徒はみな、「神の子」 として宇宙の中心者、主人公であり、行為行動の自由を持っています。いや、現行憲法でも、それは 「基本的人権」 として保証されているはずです。おのおのの良心にしたがって、自由に投票すべきです。組織に縛られることはありません。生長の家教団は、政治運動から離れると明言したはずです。「○○党に投票するな」 というのは、信徒の自由を縛る政治運動だと思います。私はもちろんそれには従いませんし、心ある信徒は、犬や猿ではなく神の子ならば、それに従う必要はないと思います。

 日本が、中国や朝鮮の属国になってもかまわないと思う人は、どうぞ立憲民主党や共産党に入れてください。

 日本を愛し、世界平和を願う人は、勇気をもって堂々と自民党に入れたらよいと思います。


          ○


 「吾れ今、五官の世界を去って実相の世界に入る」

 と、神想観の最初に念ずる。

 それは、一方に “五官の世界” があり、また一方に “実相の世界” というものが別の所にあって、こちらからそちらへ移動するというような、そんな実相世界は迷妄の空想の世界である。実は、“五官の世界” こそ “無” であって、実はわが本体はもともと完全なる実相世界すなわち神にいる、神の生命だったのである。

 五官の世界は夢まぼろしのごとき映像、影であり、本来無なのである。「実相独在」 である。そのことに気がついたとき、はじめて実相すなわち神を如実に知ることができる。

 五官の世界は無であったと悟り、ただ神のみ実在であり、自分が生きているのは神の生命が今ここに生きていたのだ、生かされていたのだと自覚することを、「吾れ今、五官の世界を去って実相の世界に入る(居る)」 というのである。

 それはリセットであり、新生である。これを 「新たに生まれる」 という。

 現象を 「あり」 として掴み、これを信じて守っていこうとすると、それは 「無」 なるものであるから、不自由であり、必ず行き詰まりが来る。神想観こそ、常に生命を新たにして錆び付かせない新生の道なのである。それは、巷間のあやしげな瞑想とは次元を異にするものである。

 それは内観である。内観とは、わが内に既に全てが備わっていると観ずることである。

 「神の国は汝らの内に在るなり」 (イエス、ルカ伝17-21) であり、

 「
『汝らの内』 にのみ神の国はあるなり。
 外にこれを追い求むる者は夢を追いて走る者にして
 永遠に神の国を得る事能わず。
 物質に神の国を追い求むる者は
 夢を追うて走る者にして
 永遠に神の国を建つる事能わず。

 キリストは又云い給えり、
 『吾が国は此の世の国にあらず』 と。
 此の世の国は唯影にすぎざるなり。
 常楽の国土は内にのみあり、
 内に常楽の国土を自覚してのみ
 外に常楽の国土は其の映しとして顕現せん。


   (聖経 『甘露の法雨』)

 である。

          ○

 私は最近、司馬遼太郎氏の 『坂の上の雲』 を全巻読みました(遅まきながら)。

 著者が約十年の歳月をかけ、全生命を傾注してこの大作を書き上げられた御労苦に深甚の感謝を捧げます。

 この書はよく知られているように、明治日本の青春期 日清・日露戦争時代、伊予松山出身の秋山好古・真之兄弟と正岡子規の三人を主人公として描いた壮大なスケールの大河小説あるいは大叙事詩といわれている。(昭和44~47年初版)

 以下、これを読んで私が教訓的名言名句と感じた言葉を書きとめました。まず、秋山真之が子規に語る言葉から――


≪ 軍艦というものはいちど遠洋航海に出て帰ってくると、船底にかきがら(蛎殻)がいっぱいくっついて船あしがうんとおちる。人間もおなじで、経験は必要じゃが、経験によってふえる智恵とおなじ分量だけのかきがらが頭につく。智恵だけ採ってかきがらを捨てるということは人間にとって大切なことじゃが、老人になればなるほどこれができぬ。

 人間だけではない。国も古びる、海軍も古びる。かきがらだらけになる。

 ……山本権兵衛という海軍省の大番頭は、かきがらというものを知っている。日清戦争をはじめるにあたって、戊辰以来の元勲的な海軍幹部のほとんどを首切ってしまった。この大整理はかきがら落としじゃ。正規の海軍兵学校出の士官をそろえて黄海へ押し出した。おかげで日本海軍の船あしは機敏で、かきがらだらけの清国艦隊をどんどん沈めた。

 ……海軍とはこう、艦隊とはこう、作戦とはこう、という固定概念(かきがら)がついている。おそろしいのは固定概念そのものではなく、固定概念がついていることも知らず平気で司令室や艦長室のやわらかいイスにどっかとすわりこんでいることじゃ。……≫



 ――人間はその肉体に五官(目・耳・鼻・舌・皮膚という五つの感覚器官)を持っていて、その五官で感知される現象世界が実在であり、五官に感知されないものは 「無い」 と思い込み(実は錯覚)、その結果、ふつう五官で感知される五感の世界に執着する習性を持っている。それで、経験を積むにつれて “かきがら(固定概念)” をどんどんくっつけ、古びて身動きが不自由なことになりやすい。

 その “かきがら落とし” をする妙法の行が、神想観なのである。

 「吾れ今、五官の世界を去って実相の世界に入る」

 というのが、かきがら落とし、新生の言葉なのである。

          ○

 以下、またつづいて 『坂の上の雲』 からの教訓です。

≪ 破壊ほど容易なしごとはない。三歳の幼児でも大人が十年も百年も考えてつくったものをまたたくまにこわすことができるように、おろかな君主は、かれの先行者がつくったよきものをたちまちにこわしてしまう。

 二流もしくは三流の人物(皇帝)に絶対権力をもたせるのが、専制国家である。その人物が、英雄的自己肥大の妄想をもつとき、何人といえどもそれにブレーキをかけることができない。制度上の制御装置をもたないのである。

 ロシヤ帝国は、立憲国家である日本帝国と同様、内閣はもっていた。しかし日本の内閣とはちがい、独裁皇帝の輔佐機関、もしくは厳密には側近であるにすぎない。≫



 ――生長の家教団が、そのようなことになってはいけない。そういう独裁体制になると、配下の取り巻き幹部たちは、次のようになる。

≪ 独裁体制下の吏僚の共通の心理として、敵と戦うよりもつねに背後(皇帝)に気をつかい、ときにはクロパトキン大将のごとく、眼前の日本軍に利益をあたえてもなお政敵のグリッペンベルグ大将を失敗させることに努力し、その努力目的を達した。

 ……ニコライ二世
(ロシア最後の皇帝)でさえ、観念的には終始国民のことを考えているように、ロジェストウェンスキー(バルチック艦隊司令長官)も、かれ自身の観念のなかでは水兵の給与とか休養とかといったいわば優しい心づかいでいっぱいであり、こういう点では申しぶんないように思われるが、それだけに逆にいえばかれにとって全水兵が敵であり、全艦隊が憎悪の対象であるという矛盾が矛盾でなくて自然に成立しているのである。≫


 ――こうして世界一を誇った独裁国ロシアの大艦隊は、日本の東郷艦隊の前に負けるべくして負けた、それも完膚なきまでの大敗を喫したのであった。(『坂の上の雲』)

 こうした例は、たとえば日本の大会社 東芝の現在の苦難苦境などにも現れているのではないか。

 生長の家は、神の計画で神が始められた真理の光の運動であると信ずるので、途中で何が起ころうとも結局は 「中(みなか)」 に還り浄まって、神意は成就すると私は信じています。しかし、余計な大きな自壊作用なくスムーズに神意が顕現することを私は祈り、行動いたします。


          ○


 冒頭に掲げた檄を、再掲します。


 まもなく22日、衆議院総選挙の投票日です。生長の家教団では、第一線誌友会で、講師が 「安倍自民党には投票するな」 と呼びかけているらしいです。私はそれに反対します。

 生長の家信徒はみな、「神の子」 として宇宙の中心者、主人公であり、行為行動の自由を持っています。いや、現行憲法でも、それは 「基本的人権」 として保証されているはずです。おのおのの良心にしたがって、自由に投票すべきです。組織に縛られることはありません。生長の家教団は、政治運動から離れると明言したはずです。「○○党に投票するな」 というのは、信徒の自由を縛る政治運動だと思います。私はもちろんそれには従いませんし、心ある信徒は、犬や猿ではなく神の子ならば、それに従う必要はないと思います。

 日本が、中国や朝鮮の属国になってもかまわないと思う人は、どうぞ立憲民主党や共産党に入れてください。

 私は、世界平和のためにも、日本が中国や朝鮮の属国になってはいけないと思います。日本を守るには、安倍自民党しかないと考えますから、自民党に入れます。

 日本を愛し、世界平和を願う人は、勇気をもって堂々と自民党に入れた方がよいと考えます。


  (2017.10.20)


392 北朝鮮も本来神の国である


 聖経 『続 真理の吟唱』 に、次のようにありました。


≪   “神の子・人間” が実相に振り返るための祈り

 われわれ人間は、ひとりひとりが宇宙大生命の完全なる智慧と愛と生命との表現口として、自己自身が大宇宙の中心なのである。しかも個性ある表現の表出口として、他に類型のない、代替品のない表現体であるから、絶対価値ある存在なのである。

 この事は、宇宙大生命を “神” と称するならば、われわれ一人ひとりは神にとって、かけ替えのない絶対価値の存在なのである。われわれの一人が失われるとき、神にとっては取り返しのできない尊き存在を一つ失ったことになり、神は全能だといっても、それだけ神は能力を失ったことになり、表出口を失ったことになり、それだけ価値を失ったことになるのである。

 それゆえに、神は常にわれわれ一人一人を、両親が “ひとり子” を愛するが如く、常に愛して看戌
(みまも)ってい給うのである。人間はその事を時々忘れて、恰(あたか)も放蕩息子の如く、生命の本源たる神をわすれて “漂浪(さすらい)の子” となり、暗黒の世界をさ迷うことがあり、われわれの面前には唯、暗黒のみがあるかの如く見えるときがあっても、神はあなたの後ろから、智慧の光明、愛の炬火(たいまつ)にて照らしていられるのである。

 暗黒
(やみ)はあるのではない、あなたが神の光明に背を向けてばかり歩いているものだから、あなた自身があなたの面前に影を投じて前途は暗澹(あんたん)だと見えるだけのことである。

 あなたは、唯、振り返って見て、神の光を面前で受けるだけで、あなたの人生は明るくなるのである。イエス・キリストは、“神の子” たちすべてを愛し給う “神” なる親さまの事を、百匹の羊を飼う牧者にたとえて、百匹のうち唯一匹の羊が迷い出でて羊舎に帰らない時には、あとの九十九匹の羊を羊舎においといて、どこ何処までも迷い出でた一匹の羊を探し求めるのであると教えているのである。

 またイエスは “神” をわすれた迷える人を放蕩息子にたとえて、その息子がたまたま家に帰って来たときには、祝祭日のように御馳走をしてその子を迎えて祝宴をひらき、金の指環をはめてやって、その子の帰還を喜ぶのが親であるのと同じように、神はどんな放蕩息子も、迷える羊も、決して罰したまうことなく永遠の愛、久遠不滅の愛をもって、常に愛し祝福をつづけてい給うのだと教えているのである。

 何故なら、われわれ人間は、神から生まれた “神の子” であり、神の一部分であるからである。神は完全であるから、神の一部分であるわれわれ人間も完全であるのである。それ故に人間は恒
(つね)に健康であり、裕(ゆた)かであり、幸福であるのである。

 もしあなたが病気になったり、貧乏になったり、不幸災難に遭ったりするならば、あなたの心が神から離れて、放蕩息子の如く、本来の完全なる実相から迷い出でて、病気や不幸や災難の夢を見ているにすぎないのである。

 夢は心の眼をひらいて実相の光に面すれば、たちまち消えて、実相の円満華麗豊富な世界があなたのものとなるのである。≫



 ――以上の 『続 真理の吟唱』 の言葉は、国家においても――北朝鮮 (朝鮮民主主義人民共和国) という国においても当てはまる言葉だと思う。すなわち、上記 『続 真理の吟唱』 の言葉の 「神の子」 を 「神の国(北朝鮮)」 と置き換えてみれば――


 “神の国”(北朝鮮)が実相に振り返るための祈り



 “神の国” 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮) は、宇宙大生命の完全なる智慧と愛と生命との表現口として、貴国自身が大宇宙の中心なのである。しかも個性ある表現の表出口として、他に類型のない、代替品のない表現体であるから、絶対価値ある存在なのである。

 この事は、宇宙大生命を “神” と称するならば、“神の国” (北朝鮮) は神にとって、かけ替えのない絶対価値の存在なのである。一国が失われるとき、神にとっては取り返しのできない尊き存在を一つ失ったことになり、神は全能だといっても、それだけ神は能力を失ったことになり、表出口を失ったことになり、それだけ価値を失ったことになるのである。

 それゆえに、神は常に 貴国 (北朝鮮) を、両親が “ひとり子” を愛するが如く、常に愛して看戌
(みまも)ってい給うのである。貴国はその事を時々忘れて、恰(あたか)も放蕩息子の如く、生命の本源たる神をわすれて “漂浪(さすらい)の子” となり、暗黒の世界をさ迷うことがあり、その面前には唯、暗黒のみがあるかの如く見えるときがあっても、神はその後ろから、智慧の光明、愛の炬火(たいまつ)にて照らしていられるのである。

 暗黒
(やみ)はあるのではない、“神の国” なる貴国(北朝鮮)が神の光明に背を向けてばかり歩いているものだから、貴国自身がその面前に影を投じて前途は暗澹(あんたん)だと見えるだけのことである。

 “神の国” なる貴国北朝鮮は、唯、振り返って見て、神の光を面前で受けるだけで、その運命は明るくなるのである。イエス・キリストは、“神の子” たちすべてを愛し給う “神” なる親さまの事を、百匹の羊を飼う牧者にたとえて、百匹のうち唯一匹の羊が迷い出でて羊舎に帰らない時には、あとの九十九匹の羊を羊舎においといて、どこ何処までも迷い出でた一匹の羊を探し求めるのであると教えているのである。

 またイエスは “神” をわすれた迷える “神の国” (北朝鮮) を放蕩息子にたとえて、その息子がたまたま家に帰って来たときには、祝祭日のように御馳走をしてその子を迎えて祝宴をひらき、金の指環をはめてやって、その子の帰還を喜ぶのが親であるのと同じように、神はどんな放蕩息子も、迷える羊も、決して罰したまうことなく永遠の愛、久遠不滅の愛をもって、常に愛し祝福をつづけてい給うのだと教えているのである。

 何故なら、“神の国” (北朝鮮) は、神から生まれた “神の国” であり、神の一部分であるからである。神は完全であるから、神の一部分である “神の国” (北朝鮮) も完全であるのである。それ故に “神の国” (北朝鮮) は恒
(つね)に健康であり、裕(ゆた)かであり、幸福であるのである。

 もし “神の国” (北朝鮮) が病気になったり、貧乏になったり、不幸災難に遭ったりするならば、貴国の心が神から離れて、放蕩息子の如く、本来の完全なる実相から迷い出でて、病気や不幸や災難の夢を見ているにすぎないのである。

 夢は心の眼をひらいて実相の光に面すれば、たちまち消えて、実相の円満華麗豊富な世界が貴国 (北朝鮮) のものとなるのである。



 となる。私たちは、このような祈りの心をもって北朝鮮の実相を観じながら、対処すべきであると思う。


  (2017.9.30)


391 韓国と北朝鮮に生きる檀君神話


 日本に 「天孫降臨」 の神話があるように、朝鮮には 「檀君
(だんくん)神話」 というのがある。

 日朝韓の関係を根元的に考えるとき、両国(地)の理念として根柢にある神話に思いを致すことに、大きな意義があると思う。

 名越二荒之助氏編著 『日韓共鳴二千年史』 によると、「檀君神話」 は、13世紀、僧一念(普覚国師)がまとめた 『三国遺事』 (日本の 『古事記』 に当る) に記されている、朝鮮の神話である。

 その 「紅異巻一」 には、次のような記述(原書は漢文)がある。

<< 昔、桓因(かんいん)という天の神があった。その子桓雄(かんゆう)が熱心に天下のことを思い、人々を救済しようとした。それを知った父桓因は、弘く人間のためになるように(弘益人間)と言って天符の印三個を授けた。それをもって桓雄は三千の衆徒を率い太白山の頂上(白頭山)にある神檀樹のもとに降臨した。これを桓雄天王という。>>

 この 「天符印三個」 というのは、日本神話の 「三種の神器」 にあたる。それを授かって、桓雄は白頭山に天孫降臨しているのだ。

 韓国の国家理念とされる 「弘益人間」 は、上記の記述に由来している。

 ちなみに日本の場合は、高天原にあった三種の神器が、今も信仰の対象となり、皇位を現す印となっているが、檀君神話に出てくる 「天符印三個」 は、(鏡と劔と鈴の三器と考えられ、韓国の巫俗神事では今でもこの三器は多く用いられているが) 恒雄が天神から授けられた本物の天符印三個はどこにあるのか、行方は不明である。

 『三国遺事』 は、なおその後のことを次のように書いている。

<< 天降(あまくだ)った桓雄天王は人の世を治めた。

 あるとき、熊と虎が人間になることを願ったので、桓雄はよもぎとにんにくを与え、「これを食べて日の光を見ずに百日過ごせば、人間になれるであろう」 と言った。

 熊と虎は早速よもぎとにんにくを食べて忌みこもったところ、熊は21日目に女身となったが、虎は忌むことができずに人間にはなれなかった。

 女身に姿を変えた熊は、結婚相手がいないため毎日神檀樹のもどで子を産むことを願った。すると、桓雄が人間に姿を変えて熊と結婚し、熊は子を産んだ。

 これが檀君王倹であり、檀君は中国の古伝説の尭
(ぎょう)帝即位50年(紀元前2333年)10月3日に、平壌に都を定め、「朝鮮(チョソン)」 と称して開国を宣言した。>>

 ――以上が、檀君神話の概要である。日本の天孫降臨神話にかなり似ていると言えよう。
  (名越二荒之助氏編著 『日韓共鳴二千年史』 による)

 韓国ではこの神話に基づき、檀君が開国を宣言した日として10月3日を 「開天節」 と決め、聖なる国民の祝日としている。

 北朝鮮では1993年、国祖檀君夫妻の遺骨を発見したと言い、檀君夫妻の遺骨を納めるために、国家の総力を挙げて巨大な 「檀君陵」 を建設し、1994年10月11日、盛大な竣功式を行なった。

 金日成は、自分は檀君の末裔だと主張し、「祖先の加護によって勝利を得た」 と演説した。平素は妙香山に居を構えていたが、それは檀君神話を記した 『三国遺事』 に、檀君の父にあたる天神の桓雄は 「太伯山頂神檀樹下ニ降リ神市ヲ開カシム、即チ妙香山ナリ」 とあって、妙香山は神域とされているからである。

 遺骨について、「この遺骨は朝鮮民族の始祖である檀君とその妻のものである。この遺骨を1993年最新技術の電子常磁性共鳴年代測定法により年代を測定したところによれば、5011年前のものである」 と解説している。

 北朝鮮は、この金氏の一族が政権を握る金 「王朝」 国家である。それが、いわば北朝鮮の 「国体」 である。この 「国体」 は、金日成から金正日、金正恩に至る三代で北朝鮮に定着してきているのである。


 戦後の日本人は、北朝鮮という 「ならず者国家」 から一方的な迷惑を蒙っているとしか考えていない。しかし、聖経 『甘露の法雨』 に

≪すべて真実の実在は、
  神と神より出でたる物のみなり。
  神は完全にして、
  神の造りたまいしすべての物も完全なり。≫


 とある。

 「ならず者国家」 と言えば、戦前の日本も国際秩序に反逆する 「ならず者国家」 ではなかったか。国連、連合国が作った戦後秩序に反逆する北朝鮮を侮蔑するのは、過去の我々を侮蔑することにもならないか。

 そもそも朝鮮半島が分断された責任の一端はわが国にある。大日本帝国は敗戦後、日本、沖縄、台湾、韓国、北朝鮮の5つに分断された。その結果、今日の北朝鮮問題が生まれたのである。

 北朝鮮は、「建国以来、政治的独裁国家ではなく、檀君神話に基づく王朝国家を目指してきた。朝鮮建国の神である檀君が降臨した白頭山で誕生した金日成とその一族こそ、檀君の末裔たる 『白頭血統』 を受け継ぐ正統な朝鮮の統治者である」 とする。

 この神話が北朝鮮の国体だとすれば、北朝鮮は 「白頭血統」 を戴く疑似天皇制国家、大日本帝国の残置国家なのではないか。

 かつて大日本帝国は国民生活を犠牲にしてでも軍事大国への道を進んだ結果、国際社会で孤立を深める中でABCD包囲網という名の真綿で首を絞められ、一方的なハルノートで交渉による活路を閉ざされた末、やむにやまれず大東亜戦争を開始した。

 北朝鮮もまた今まさに核保有国への道を歩むが故に国際社会で孤立を深め、経済制裁で首を絞められ、宣戦布告を突きつけたような苦境に置かれている。その北朝鮮を日本人が 「ならず者国家」 として憎み、その王家を蔑
(さげす)み、その貧しきを嗤(わら)い、その滅亡を願うとは――その眼差しは、大日本帝国を敵視した連合国と同じものになってはないか。北朝鮮を嗤うとは、我々の過去を嗤うことにはならないか。


  <つづく>


  (2017.9.29)


390 われら今、どう対処すべきか


 北朝鮮問題について、私は #385で

<< 『月刊日本』 6月号に掲載されていた 『安倍政権は北朝鮮との対話に踏み切れ』 という特集記事に注目する。亀井静香(衆議院議員)・菅沼光弘(元公安調査庁第二部長)・東郷和彦(京都産業大学世界問題研究所長)らの執筆で、3ヵ月以上前に、今日の状況を予測して書かれているようで、傾聴に値するものがあると思う。そのポイントを列挙もしながら、われら日本国民としてどう対処すべきか、考えてみたいと思います。(2017.9.9)>>

 と書いていました。それについて、これから書きます。


          ○


 まず、この 「安倍政権は北朝鮮との対話に踏み切れ」 という特集記事のリード文に、次のようにあります。(今から4ヵ月前、『月刊日本』 6月号―5月時点の記述です)


≪ 韓国の大統領選挙は文在寅(ムン・ジェイン)氏の圧勝に終わった。

 文氏は選挙中、北朝鮮との対話の重要性を訴えていた。大統領就任後の演説ではさっそく南北対話を打ち出し、「条件が整えば平壌にも行く」 と述べた。

 これに対して、日本のマスコミの中からは批判の声があがっている。文大統領の動きは日米連携による圧力路線を妨げるものだというわけだ。(中略)

 安倍政権はどう対応すべきか。安倍首相は北朝鮮の拉致問題をきっかけに頭角をあらわした。彼の支持層には、北朝鮮に対して強硬姿勢を示す保守派が多い。

 しかし、戦争や経済制裁によって北朝鮮が崩壊する事態になれば、拉致被害者の命も危険にさらされる。拉致問題を解決するためにも、北朝鮮との対話に踏み切るべきではないのか。

 もちろん北朝鮮との対話には困難が伴う。5月13日には北朝鮮が再びミサイルを発射した。これにより、日本の世論はさらに硬化するはずである。

 しかし、日中平和友好条約締結の際に対中強硬派を説得したのは、対中強硬派の急先鋒だった福田赴夫首相だった。同様に、反北朝鮮派の反発を抑えられるのは、反北朝鮮派の急先鋒である安倍首相しかいない。

 安倍首相には、いまこそ日朝対話、さらには日朝国交正常化にまで踏み込み、北朝鮮問題解決の道筋をつけてもらいたい。≫



 次に、その記事(『月刊日本』 の記者がインタビューして構成したもの)のポイントを列挙します。


1.亀井静香氏 「日本は韓国・北朝鮮とがっちり手を結べ」
  (亀井氏は韓国大統領選前に韓国を訪問し文氏の側近と会談している)

  ◎文政権の基本的性格は反米・反日・親北。

   しかし、日本の拉致問題解決に積極的協力を約束してくれた――

   文政権で安全保障・北朝鮮との交渉の全権を握る国家情報院院長の
   徐薫
(ソ・フン)氏は、
   「日本の拉致問題は自分が対応し、解決のために全力を挙げる」
   と確約してくれた。

   彼らは反米でもアメリカと全面的に対決するわけにはいかない。
   だから日本の拉致問題解決に協力することで、安部総理に
   アメリカと韓国の調整役をやってもらいたいと思っている。
   安部総理は親米であっても屈米ではなく、対米自立を考えている。
   それを伝えたから、彼らは拉致問題に協力すると約束してくれた。

  ◎時代は大きく動いているんだから、日本も積極的に打って出るべき。
   「NOと言える日本」 というような受け身の姿勢ではなく、アメリカに
   「さようでございますか」 と言わせるような、「YESと言わせる日本」
   にならないといかん。
    (5月13日)


2.菅沼光弘氏 「日朝国交正常化をためらうな」

  ◎北朝鮮は北主導の南北統一を目指している。
   そのため在韓米軍に出て行ってもらう必要がある。
   まず、米本土を核攻撃できる戦力を獲得しアメリカを交渉の
   テーブルに着かせ、朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に変える
   というのが戦略である。

  ◎米国トランプ政権は北朝鮮政策について体制転換を目指すのではなく
   核・ミサイル開発を放棄させるよう「最大限の圧力」(強力な経済制裁)
   とエンゲージメント(対話)政策を採用する方針を固めたと、4月14日
   『ワシントンポスト』 紙は報じている。しかし――

   北朝鮮への経済制裁は効かないだろう。

   中国から北朝鮮に供給されている石油は、イラン、シリア、エジプトなど
   の中東諸国から中国が購入しパイプラインで北朝鮮に供給していて、
   中国が独自の判断でその石油供給を止めることはできない。
   また中朝国境付近の人民解放軍は古くから北京中央の意に反しても
   様々な物資を北朝鮮に提供してきた。遼寧省丹東市などは今も
   中朝間の物資の往来は激しい。
   ロシアも北朝鮮との経済的な結びつきを強めようとしている。
   つまり、北朝鮮に対する経済制裁は役に立たないということ。

  ◎北朝鮮がアメリカを攻撃できる核戦力を獲得している中で、
   アメリカの核の傘に対する信頼性は低下し、ミサイル防衛にも
   限界がある。核ミサイルが一発でも日本に落ちればおしまいだ。
   日本は自ら核抑止力を確保する必要がある。しかし核武装できる
   状況にはない。日本は北朝鮮と主体的に対話し、国益を維持する
   しかない。

   アメリカは、日朝国交正常化の動きが出ると必ずそれを妨害した。
   日本政府は「拉致問題の解決なくして日朝国交正常化なし」として、
   次々と北に制裁を加えてきた。しかし、拉致問題解決も、核ミサイル
   開発の阻止もできなかった。
   拉致問題を入口にしていては、日朝関係は動かない。対話を再開
   し、その交渉の出口として拉致問題解決の道を探るべきである。

   日本は対米従属外交から脱却し、今こそ日朝国交正常化のための
   対話を再開すべきである。


  ◎わが国はこれから北朝鮮の新しい動きに連動しながら、日朝という
   枠組みにとどまらず、日本海を取り囲む日本、北朝鮮、韓国、中国、
   モンゴル、ロシア極東部などによって形成される 環日本海経済圏
   構想を主導する、という発想を持つべきだ。


3.東郷和彦 「トランプは金正恩と交渉せよ」

  ◎北朝鮮は、金氏の一族が政権を握る金王朝国家である。それが、
   いわば北朝鮮の 「国体」 である。この 「国体」 は、金日成から
   金正日、金正恩に至る三代で北朝鮮に定着してきている。

   台湾の場合も蒋介石が王朝国家を形成する可能性はあったが、
   息子の蒋経国は台湾を王朝化しないと決断。民主化が始まり、
   李登輝という政治的天才が登場し民主主義が根付いて行った。

   南の韓国は冷戦終結後、民主化と経済強化によって国力をつけ
   外交的にも中ソとの国交を回復した。
   北朝鮮は完全に出遅れ、韓国に大きく水をあけられた。

   北朝鮮の核開発問題が顕在化したのはこうした時である。彼らは
   1993年にIAEA(国際原子力機関)の査察を拒否し、さらにNPT
   (核拡散防止条約)から脱退する意志を表明。対してアメリカは
   北朝鮮の核開発は容認できないとして軍事攻撃の準備を始める。
   現在と同様、米朝関係は一触即発の危機に陥った。

   しかしクリントンはカーター元大統領を北朝鮮に送り込み、カーター
   が金日成とサシで交渉した結果、核開発を凍結させ、「枠組み合意」
   作成に成功した。

   なぜ金日成はアメリカの要求に従ったか。クリントン政権が自分たち
   の体制を転覆することはないという確証を、カーターから得たからだ。

   北朝鮮の判断を変えさせることができるのはアメリカだけだ。それは、
   北朝鮮が自分たちにとって脅威だとみなしているのはアメリカだから。

   しかし、クリントン政権から後のアメリカの北朝鮮政策は、失敗の連続
   だったと言わざるを得ない。「枠組み合意」 の形成以降、北朝鮮が
   どのように合意を実施していくかを緻密にフォローする関心を失った。

   ブッシュ政権時代には、北朝鮮を 「悪の枢軸」 と名指しで非難する。
   北朝鮮からすれば、アメリカが再び金王朝を転覆する意志を持った
   ように見え、金正日が再び核政策に乗り出したのはそのためであろう。

   北の「核化」への動きを見てブッシュ政権は北朝鮮の核開発を抑える
   ために六ヵ国協議を始める。しかし六ヵ国協議は、それ自体北朝鮮の
   核開発を止めることにはならない。北朝鮮が求めているのは参加して
   いる役人による体制保障ではなく、大統領自身による体制保障だ。

   アメリカは六ヵ国協議の中で中国の力も借りようとした。しかし中国に
   頼るというのは、中国の朝鮮半島における優位性を認めるということ。
   アメリカにとって朝鮮半島と台湾は地政学的に重要なところである。
   そこに対する影響力を自ら手放すというのは得策ではあるまい。

   何よりも、北朝鮮が脅威とみなしているのは、中国ではなくアメリカだ。
   最近では、金正恩は習近平の言うことも聞かない。
   中国からしても、韓国主導で朝鮮半島が統一されるくらいなら、現在の
   北朝鮮が存続する方が国益にかなう。それゆえ中国が本気で北朝鮮
   を抑え込むことは予見されない。


   トランプ大統領は金正恩と直接交渉せよ

   金正恩が、核兵器以外に金王朝を維持する方法はないと考えている
   以上、小康状態はあってもどこかの時点で必ず崩れる。もしトランプが
   核施設のみを狙い撃ちしたり、金正恩殺害のためミサイルを打ち込む
   ようなことをすれば、北朝鮮はミサイルを打ち返す。その時に最も標的
   にされる可能性が高いのは、日本ではないか。

   こうした事態を避けるには、トランプ政権がクリントン政権と同じように、
   あらゆる外交を尽くすしかない。その際に北朝鮮と交渉するのは中国
   ではなく、トランプ大統領自身だということである。

   北朝鮮が核開発を始めてからすでに20年が経過している。そのため、
   いくらトランプが金正恩体制を認めたとしても、直ちに核兵器を手放す
   ことはないであろう。唯一応じる可能性があるとすれば、核開発の一時
   停止ではないか。

   これは事実上、北朝鮮を核国家として認めることを意味する。しかし、
   それと引き換えに、朝鮮半島の平和は保たれることになる。そこから
   朝鮮半島の非核化を目指していくべきである。

   具体的に言うと、北朝鮮をめぐる緊張緩和が実現した後、国際社会は
   北朝鮮の経済状況を改善させ、同時に透明性の高い国にしていく。
   IAEAの査察を引き受けさせ、段階的に核を削減していき、最終的には
   非核国家としての北朝鮮を実現するということである。


  ◎北朝鮮を最も理解できるのは日本だ

   現在の日本人には北朝鮮の言動は理解しがたいかもしれない。しかし
   歴史的に見れば、金正恩のメンタリティを一番理解できるのは日本人
   ではないか。それは、北朝鮮が置かれている状況が、1945年8月に
   日本が置かれていた状況と似ているから。

   当時の日本人は、「国体の護持」すなわち皇室の安泰が約束されな
   ければ、一億玉砕することを覚悟していた。少なくとも政治リーダー
   たちはそのように考えていた。彼らは「戦争派」と「和平派」にわかれ
   て対立していたが、戦争派はもとより、和平派のトップの人たちも、
   国体の護持(少なくとも皇室の安泰)が降伏の条件だと考えていた。

   ここから考えれば、金正恩とそのファミリーたちが、体制を維持でき
   ないと判断すれば、民族の滅亡覚悟の上で戦争に踏み切るのでは
   ないかということは、想像できるのではないか。
   (もちろん、万世一系で連なり多くの国民の強い支持を受けてきた
   日本の国体と、権力闘争の中から生まれてきた金王朝の国体とは
   比較の対象にならないが)


   安倍首相は小泉政権時代に拉致問題に対して毅然と対応し、
   国民の広い支持基盤を獲得している。北朝鮮に対して融和的に
   見えるような態度をとることは難しいかも知れない。しかし、
   現在起こっていることは、日本国の存亡に関わる問題である。

   またもしアメリカが北朝鮮を攻撃すれば、北朝鮮にいる拉致被害者
   たちに被害が及ぶ可能性もある。
   拉致問題の解決という点から言っても、北朝鮮への圧力とバランス
   のとれた対話こそが、最悪の事態を回避させ、拉致被害者の救出
   につながるのではないか。

   北朝鮮との対話が拉致問題の解決にとってプラスになると判断され
   れば、安倍首相も柔軟に対応する可能性があるのではないか。
   北朝鮮への圧力の強化は必要だが、金正恩体制が再び安定して
   拉致問題に取り組めるような状況を作り出すことが、最終的な
   拉致問題の解決につながるという現実を、認識する必要がある。
    (5月9日)


          ○


 ――以上、 『月刊日本』 6月号に掲載されていた 『安倍政権は北朝鮮との対話に踏み切れ』 という特集記事から、傾聴に値すると思われるポイントを列挙させて頂きました。


 では、


≪汝ら、実在にあらざる物を恐るること勿れ、
 実在にあらざる物を実在せるが如く扱うこと勿れ。
 実在にあらざる物には実在をもって相対せよ。
 真にあらざるものには真をもって相対せよ。
 仮相
(かりのすがた)に対しては実相を以て相対せよ。
 闇に対しては光をもって相対せよ。
 非実在を滅するものは実在のほかに在らざるなり。
 仮相を破るものは実相のほかに在らざるなり。
 虚妄
(こもう)を壊(え)するものは真理のほかに在らざるなり。
 闇の無を証明するものは光のほかに在らざるなり。≫



 と聖経 『甘露の法雨』 に示されている、「闇の無を証明する光」の生き方、行動は、具体的にどのような心構えで、どのような行動をとるべきなのか。それを考えて行きたいと思います。

 その時に、素晴らしい参考書が手に入りました。

 名越二荒之助
(なごし・ふたらのすけ)先生の力作編著 『これを読めば韓国も日本も好きになる 日韓共鳴二千年史』 です。

 A5判、冒頭に16頁のカラーグラビア頁があり、そのあと本文は2段組720頁という大部の書で、平成10年度・第14回「ヨゼフ・ロゲンドルフ賞」受賞作品に選ばれている。

 カバー袖の解説によると――

≪上智大学の教授であった故ヨゼフ・ロゲンドルフJoseph Roggedorf(1908-82)博士は、在日生活47年に及ぶ。比較文学者として学術雑誌「ソフィア」の編集者として偉大な業績を残し、多くの子弟を育てた。

 昭和57年逝去後、遺徳を慕う人々によって「ヨゼフ・ロゲンドルフ賞」が設けられた。この賞は、異民族の相互理解に貢献した著者、論文、翻訳ものを対象に「選考委員会」が審査する。委員会は、渡部昇一教授を委員長に6人の教授からなり、本書は平成10年度・第14回の受賞作品に選ばれた。

 授章式で選考委員から述べられた受賞理由は以下の通り。

① 日韓の関係史を両国の資料に当たりながら公正に述べている。日本の立場を踏まえて、韓国の立場にも深い理解を示している。感情に駆られた反感とか肯定でなく、忠実な学問的良心に基づいている。

② 全編が貴重な写真や図表によって裏付けられ、各所にちりばめられたコラムはどれも気が利いており、これまで気づかなかった沢山の秘話が感動を呼ぶ。

③ 日韓関係史の教科書・副読本としても、また一家団欒の教科書としても読め、多様に活用できる。文章表現も極めて判りやすい。

④ 日韓の相互理解を深めたいという編集者のモチーフが全編に漲っている。学生を連れて訪韓したり、韓国の教師との研修会に参加したりという実践体験に裏付けられているからであろう。

⑤ これまでの賞は、欧米研究に偏っていたが、アジアの隣国を対象とした学問研究の温かい交流グループによってまとめられた点を、ロゲンドルフ先生は特に喜ばれるのではないか。≫



  <つづく>


  (2017.9.25)


389 北朝鮮を侮ってはならない。


 北朝鮮・金正恩 観世音菩薩様は、「日本人よ! 独立自尊の気概を持て!」 と宣旨してい給う。

          ○

 神はコトバであり、コトバは本来神である。「『心』 動き出でてコトバとなれば 一切の現象展開して万物成る」(『甘露の法雨』) であって、コトバは創造主
(つくりぬし)である。コトバが乱れると世界が乱れる。コトバは慎重で丁寧でなければならない。


 金正恩氏を 「ロケットマン」 とからかい北朝鮮を 「完全に破壊する」 と警告したトランプ米大統領の国連演説に対し、金正恩氏は21日、「過去最高の超強硬な措置の断行を慎重に検討する」 との声明を発表した。

 金正恩氏が 「国務委員長」 名義で21日に発表した声明の全文は次のとおりだ(北朝鮮の最高指導者が自ら声明を出すのは、金日成、金正日と3代続く政権でも初めてのことだという)――


≪ 最近、朝鮮半島情勢が前例になく激化している。刻一刻と一触即発の危機状態に向かっている深刻な状況で、国連の舞台に初めて出た米国の執権者の演説内容は、世界的な関心事に違いない。

 ある程度予想はしていたが、私はそれでも(国連が)世界最大の公式な外交舞台であるだけに、米大統領ともあろう者が、それまでのように自分の執務室で即興的に何やら放言していたのとは多少区別された、型にはまった準備された発言をすると予想していた。

 しかし、米国の執権者は情勢の緩和に役立つそれなりに説得力のある発言はおろか、我々の国の「完全破壊」という歴代のどの米大統領からも聞いたことのない、前代未聞の無知で粗暴な狂人らっぱを吹いた。おびえた犬がさらに大きな声でほえるようにだ。

 トランプに勧告する。世間に向かって話をする時は該当する語彙を慎重に選んで、相手を見ながらすることだ。

 我々の政権を交代させるとか(国家)制度を転覆させるとかいう脅迫の枠を飛び越え、一つの主権国家を完全に壊滅させるなどという反人倫的な意志を国連の舞台で公然と言ってのける米大統領の精神病的な狂態は、正常な人の物事の筋道と冷静さも失わせる。

 今日、私は米大統領選の当時にトランプを 「政治の門外漢」 「政治異端児」 と嘲弄した言葉を再び思い起こす。

 大統領に上り詰めて世界の全ての国を恐喝し、世の中を常に騒がしくしているトランプは、一国の武力を握る最高統帥権者としては不適格で、彼は明らかに政治家ではない。火遊びを楽しむならず者である。

 腹蔵ない意思表明で、米国の選択案について説明してくれた執権者の発言は、私を驚かしたり歩みを止めさせたりすることはない。私が選択した道が正しく、最後まで行かなければならない道であることを確認させてくれた。

 トランプが世界の舞台に出て、国家の存在自体を否定し侮辱して、我々の共和国をなくすという歴代で最も暴悪な宣戦布告をしたからには、我々もそれにふさわしい、史上最高の超強硬対応措置の断行を慎重に検討する。

 言葉の意味を理解できない老兵には行動で示してあげるのが最善だ。

 私は朝鮮民主主義人民共和国を代表する者として、国家と人民の尊厳と名誉、そして自分のすべてをかけて、わが共和国の絶滅を企図する米国の執権者の妄言に対する代価を必ず払わせる。

 これはトランプが楽しんでいる修辞学上の表現ではない。

 私は、トランプが我々のどの程度の反発まで予想して、このような奇怪な言葉を使ったのかを深く考えている。

 トランプが何を考えていたとしても、それ以上の結果を目の当たりにすることになるだろう。米国の老いぼれ狂人を必ず、必ず、火で制するだろう。

 2017年9月21日 金正恩≫


          ○

 「正道を踏み国を以て斃るるの精神無くば、外国交際は全かるべからず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に従順する時は、軽侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん」

 という西郷隆盛の言葉を、金正恩氏は実践躬行しているかのようでもある。

 言葉は神である。

 北朝鮮を恐れてはならない。しかし、侮ってもならないのである。


≪汝ら、実在にあらざる物を恐るること勿れ、

 実在にあらざる物を実在せるが如く扱うこと勿れ。

 実在にあらざる物には実在をもって相対せよ。

 真にあらざるものには真をもって相対せよ。

 仮相
(かりのすがた)に対しては実相を以て相対せよ。

 闇に対しては光をもって相対せよ。

 非実在を滅するものは実在のほかに在らざるなり。

 仮相(かりのすがた)を破るものは実相のほかに在らざるなり。

 虚妄
(こもう)を壊(え)するものは真理のほかに在らざるなり。

 闇の無を証明するものは光のほかに在らざるなり。

 彼らに生命の実相を教えよ。

 彼らに生命の実相が神そのものにして完全なる事を教えよ。

 神はすべてなるが故に

 神は罪を作らざるが故に

 神のほかに造り主なきが故に

 此の世界に犯されたる罪もなく

 報いらるべき罪もなきことを教えよ。≫


  (聖経 『甘露の法雨』)

 である。


  <つづく>


  (2017.9.23)


388 北朝鮮・金正恩 観世音菩薩様の教え


 北朝鮮・金正恩 観世音菩薩様は、何をわれらに教え給うか。

 まず、現行 「日本国憲法」 なるものが大ウソのニセ憲法だということである。そのことを日本国民に自覚するよう促してい給うのである。

 日本国憲法成立の過程を検証すれば、その本質は米国による占領基本法であることは明白だ。米国はこの前文および第九条で日本を丸腰にし、半永久的に日本を従属国家にすることを意図してこれをつくった。(#146, #147 など参照)

≪ 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。……≫

 と前文にあるが、そんなことは大ウソだよと金正恩観世音菩薩様は教え給う。

 20日国連総会の一般討論演説で安倍首相が言っているように、

 「国際社会が1990年代前半や2000年代、北朝鮮との対話を通じて経済支援に踏み切ったものの、核・ミサイル開発を阻止できなかった。北朝鮮は 「核・ミサイルの開発を諦めるつもりなど、まるで持ち合わせていなかった。国際社会との対話は 、我々を欺き、時間を稼ぐための手段だった」

 のである。

 現行憲法前文に謳うごとく 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」 し、戦力を持たないということは、他国に隷属する亡国の道以外にはあり得ないのである。

          ○

 西郷隆盛は 『南洲遺訓』 の中で次のように言っている。

 「正道を踏み国を以て斃
(たお)るるの精神無くば、外国交際は全かるべからず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に従順する時は、軽侮を招き、好親却って破れ、終(つい)に彼の制を受くるに至らん」

 同じく明治人である福沢諭吉もこう喝破している。

 「国の恥辱とありては日本国中の人民一人も残らず命を棄てて国の威光を落とさざるこそ、一国の自由独立とは申すべきなり」

 この日本は米国の強大に畏縮し、曲げて米国の意に従順して、占領基本法にすぎない現行憲法を70年以上も守り続けて来た。その結果、米国だけでなく中国・ロシア、隣国である韓国・北朝鮮などの国々の軽侮を招いて今日に至っている。

 その現行憲法の改正は、九条だけでなく、前文を含む抜本的改正でなければならない。まず強国に屈従する精神を擲
(なげう)ち、独立自尊の気概を有して着手すべきである。それからでも決して遅くはない。

 北朝鮮・金正恩 観世音菩薩様は、「日本よ、日本人よ! 独立自尊の気概を持たぬか!」 と宣旨してい給うのである。


  <つづく>


  (2017.9.22)


387 国が壊れるということは・・・


       百年後に日本は消滅?


 日本経済新聞 朝刊に9月6日から始まった林真理子氏の連載小説 『愉楽にて』 を読んでいます。今日は第15回目。

 主人公 久坂は、大金持ちでシンガポールに独居する53歳、人妻ハントのベテラン。

 久坂は言う――

≪……「僕はね、あと百年すると日本語は無くなると思ってるんだ」

 「日本語が……。そうかなあ……」

 夏子は首をかしげる。

 「言語が消滅するのって、国家が消滅することだと思いますけどね。日本はそんなことないわ」

 「僕もそう思いたいけどさ、たぶん百年後、日本語も日本も無くなるよ」

 「そうかしら」

 「悲しいことだけど僕はそう思ってる。企業でも英語を使えない者ははじかれていく。小学校から英語を教えるようになった。早晩、日本でも英語が公用語になっていくさ。そして今のままでは、日本っていう国自体どうだろう。生き残っていくのは無理だろうな」

 「そういうの、本気で言ってるとは思えないけど」

 「だけど夏子ちゃんだってそうだろ。日本に見切りをつけたから、このシンガポールにやってきたんだろ」

 「見切りをつけた、ってわけじゃないかも。ただ世界を見たかっただけ」

 「だから日本にいたんじゃ、世界を見られないと思ったんだろ。君もここで働いていたらわかるはずだ。日本なんてとっくに世界から見限られてるんだよ」……≫



          ○


       国が壊れるということ


 前の日曜日、9月17日の 「文化」 欄には、作家池澤夏樹氏の 「国が壊れるということ」 と題したエッセイが掲載されていた。いわく――


≪ オックスフォードのペンブローク学寮は太っ腹にも空港まで迎えのタクシーをよこしてくれた。アフリカ系の実直そうなドライバー氏に拾ってもらう。……

 帰りも同じ彼が送ってくれた。滞在の間にこの人の名がサイードであり、スーダンの出身であると聞いていたので、話を向けた。そのつもりで助手席に乗ったのだ。

 「ぼくはスーダンに行ったことがあるよ」

 相手は勢い込んで、「いつだ?」 と聞いてくる。

 「1978年」

 すると彼は、「それはあの国がいちばんよかった時期だ」 と言って、滔々
(とうとう)と話しはじめた。

 スーダンはかつてはイギリスの植民地だったが、第二次大戦後になって彼らは独立国の体裁だけ作ってさっさと引き揚げてしまった。国境線の引きかたに無理があり、北のムスリムと南のブラック・アフリカは仲が悪かった。ぼくが行った時にも南北の間に緊張感があった。

 それでも、1985年まで首相はモハメド・アン=ヌメイリで、彼はまこと徳のある優れた指導者だったとサイードは力を込めて言う。対立する各派をまとめるだけの人望があり、教育は文具代まですべて無償。清貧にあまんじて、運転手つきのメルセデスではなく自分で運転するプジョーに乗り、妻だって一人を守って誠実に暮らす。

 しかし彼は1983年に難局を乗り切るためにムスリム勢力に頼りすぎた。それがもとで失脚、一時は国外に出なければならなかった。背後には油田の発見をきっかけに外国資本が乗り込んできたこともあったのではないか。

 サイードはこの時に祖国を見限ってイギリスに渡った。オックスフォードに住み着いてなんとか暮らしを立てながら、祖国のためにできることをしている。政治的なアクティビストを自認するが、実際にはできることは少ないと嘆く。

 ヌメイリなき後はハゲタカどもがよってたかって国を食い物にした。南北の対立も激しくなり、南は南スーダンとして独立したけれど、ディンカ族とヌエル族が争っていておよそ国の体裁を成さない。2年ほど前、ぼくはかつて自分が訪れたジュバという南の町に 「国境なき医師団」 を頼って行こうと試みたが、危険すぎてとても行けなかった。彼らさえやがて撤収した。


 スーダンでは実務に長
(た)けた社会の中間層がみな国を出てしまった。イギリス、オーストラリア、カナダなどに彼らのコミュニティーがある。30年以上の歳月が流れたのだ。たとえスーダンの政情が安定したとしても、帰る者は少ないだろう。この間の教育の空白を考えると次の世代に期待するのもむずかしい。

 サイードの家は首都ハルトゥームから白ナイルを渡ったオムドゥルマンに今もあるという。

 「ラクダの市が開かれるところだ。行ったよ」 とぼくは言った。

 「時々は帰るんだが、荒れてしまってねえ」 と彼は嘆く。

 空港までの1時間15分の間、彼はひたすらスーダンの過去の栄光と現在の悲惨のことを話し続けた。

 日本のような安定した国に生まれると、国家が崩壊するという事態がなかなか理解できない。なにしろここは歴史が始まってから1945年まで一度として異民族の支配下に入ったことがないという、世界史にも希有な幸運な国なのだ。嘘だと思ったら他の例を探してみていただきたい。歴史とは民族同士の侵略と征服の記録である。日本列島でこの事実を知っているのはアイヌ人と沖縄人だけだが。


 日本は江戸時代のはじめから社会が安定していたから、西欧文明を導入しての近代化もうまくいった。いい気になりすぎて戦争に負けたが、それでもアメリカの占領政策はずいぶん穏やかなものだった。それ以来数十年、文化の下部構造がしっかりしているおかげで無能な為政者の無策にも耐え得た。

 世界のたいていの国はこんなに幸運ではない。スーダンのように戦後になって植民地から独立した国は基盤がもろい。資源があれば外国資本と独裁者が結託してこれを国民から奪う。なければただ貧しいまま。ロシア周辺の小国はみな怯
(おび)えているし、東南アジア諸国も中国の恫喝(どうかつ)にさらされている。アメリカのわがままは見てのとおりだ。

 国が壊れるという事態を日本国民は知らずに済んできたけれど、ここで国を会社に置き換えれば思い当たる例は世間にいくらでもある。

 大資本で、歴史もあって、評判もいい名門企業が首脳部の愚策のために、あるいは外部の意図的な攻略の対象になって、あるいは国の意向で、崩壊する。社員たちは路頭に迷う。

 サイードの語るスーダンと同じことだ。≫



          ○


 さて、北朝鮮・金正恩 観世音菩薩様は、何をわれらに教え給うのか。


 「北朝鮮 核ミサイルが都心直撃で死者85万人」 と、週刊文春9月28日号の広告見出しにある。


       北朝鮮の 「完全破壊」 警告 トランプ氏国連演説


 トランプ米大統領は19日、就任後初めて国連総会の一般討論演説に臨み、朝鮮半島情勢について、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんを念頭に、「(失踪当時)13歳の日本人少女を拉致した」 と非難した。

 金正恩氏率いる北朝鮮の体制を 「向こう見ずで下劣だ」 と評し、同国が進める核・ミサイル開発を 「世界全体に脅威を与えている」 と激しく糾弾した。金正恩氏を 「ロケットマン」 と呼び、「自殺行為をしている」 と指摘。そして、

 「米国と同盟国を守ることを迫られれば、北朝鮮を完全に破壊する以外の選択はない

 と強く警告し、北朝鮮が敵対的な姿勢をやめるまで国際社会が団結して圧力を加える必要があると主張した。


       「対話ではなく圧力を」 と安倍首相


 安部総理も20日、国連総会の一般討論演説で、北朝鮮の 「脅威はかつてなく重大で眼前に差し迫ったものだ」 と力説。金正恩委員長を 「独裁者」 と批判し、国際社会で結束し北朝鮮に圧力を強めるよう呼びかけた。首相は国際社会が1990年代前半や2000年代、北朝鮮との対話を通じて経済支援に踏み切ったものの、核・ミサイル開発を阻止できなかった点を問題視。北朝鮮は 「核・ミサイルの開発を諦めるつもりなど、まるで持ち合わせていなかった」 と指摘。国際社会との対話は 「我々を欺き、時間を稼ぐため、むしろ最良の手段だった」 と振り返った。

 北朝鮮への対応に関して 「必要なのは対話ではない。圧力だ」 と明言した。「全ての核・弾道ミサイル計画を、完全、検証可能かつ不可逆的な方法で放棄させなくてはいけない」 と話し、めざすのは核開発の凍結ではなく、あくまでも非核化だと主張した。米国が軍事行動を含む全ての選択肢を検討しているのを 「一貫して支持する」 と語った。

 国連安全保障理事会が11日に採択した北朝鮮への石油輸出に上限を設ける追加制裁決議を 「多とする」 と評価しつつも 「始まりにすぎない」 と表明し、全ての国連加盟国に 「厳格かつ全面的な履行を確保する」 よう促した。

 北朝鮮による日本人拉致問題にも言及。1977年に拉致された横田めぐみさん(当時13歳)を挙げ 「彼らが一日も早く祖国の土を踏み、父や母、家族と抱き合うことができる日が来るよう全力を尽くしていく」 と語った。


          ○


 さて、国際社会が一致結束して北朝鮮に圧力を加え、同国の完全破壊あるいは完全非核化を実現するということが、果たしてできるであろうか。国際社会の北朝鮮に対する経済制裁などの圧力や軍事行動は、日本を存亡の危機から救い、拉致された人々を救出するのに果たして有効にはたらくであろうか。


  <つづく>


  (2017.9.21)


386 北朝鮮・金正恩 観世音菩薩様は何をわれらに教え給うか


≪     観世音菩薩を称うる祈り

 この世界は観世音菩薩の妙智力を示現せる世界であるのである。

 観世音菩薩とは単なる一人の菩薩の固有名詞ではないのである。それは宇宙に満つる大慈悲であり妙智力であり “心の法則” であるのである。

 観世音とは世の中の一切衆生の心の音
(ひびき)を観じ給いて、それを得度せんがために、衆生の心相応の姿を顕じたまう 「観自在の原理」 であり、「大慈悲」 である。

 三十三身に身を変じてわれわれを救いたまうとはこの事である。“心の法則” として、衆生の心に従って、その姿をあらわしたまう事その事が大慈悲なのである。

 観世音菩薩は、あらゆる姿とあらわれて私たちに救いの説法を宣示したまうのである。山々のたたずまい、雲の行きかい、風の韻
(ひび)き、水の流れ――ことごとく観世音菩薩の慈悲の説法である。心に耳ある者は聴け、心に眼ある者は見よ。

 さらに観世音菩薩は、私たちの周囲の人々の姿となって私たちに真理の説法を常になし給うのである。意地悪と見える人の姿も、彼が意地悪なのではないのであって、私たち自身の心の何処かに “意地悪” なものがあるのを、観世音菩薩が観じたまうて、それをあらわしていられるのである。だから他を憎んではならないのである。

 観世音菩薩は或いは父となり母となり、或いは良人となり妻となり、或いは兄弟姉妹となり小姑ともなり、或いは、社長とも重役ともなり、同僚ともなり下役ともなりて、常に何かを語り給う。心に耳ある者は聴くべし、心に眼ある者は見るべし。

 予言者は遠くにあらず、山にあらず、街頭にあらず、今ここにあるのである。私自身の内にあるのである。自己の想念するところのものが外にあらわれ、自己の信ずるところのものが外界にあらわれ、自己の語るところのものが他者にあらわれるのである。

 想うこと、信ずること、語ることが予言となって、やがて実現する時期がくるのである。されば私たちは悪しき事、憎むべきこと、暗きこと、消極的なことを想ってはならない、信じてはならない、語ってはならないのである。

 悪しき事、好ましからざる事があらわれた時には、外に原因を求める以上に、まず自己の心の中に、そのような “心の模型” があるにちがいないと自己反省するがよいのである。

 自分の心にある原因を消さないで、外界の火を消そうと思っても、一旦それは消えたように見えても、火元は自分自身にあるのだから、再びまた他の所から発火するのである。

 観世音菩薩は尽十方無礙光如来の大慈悲の顕現にてありたまう。それゆえに尽十方に満ちたまうのである。

 あらゆる宗教の本尊は名称は異なれども、その本体は尽十方に満つる神の大慈悲のあらわれなのである。だから万教は一に帰するのである。

 生長の家の礼拝の本尊は観世音菩薩なのである。われ観世音菩薩を讃嘆し奉る。≫


  (谷口雅春先生 聖経 『真理の吟唱』 より)


  <つづく>


  (2017.9.20)


385 北朝鮮の核ミサイルは悪夢である


 今此処に、神の国がある。無限の智慧、無限の愛、無限の生命、無限の供給、無限の歓喜、無限の調和に満ち溢れた神の国である。

 聖経 『甘露の法雨』 に

≪真理のみ実在、
 無明はただ悟らざる真理にして
 これを喩
(たと)えば悪夢の如し。
 汝ら悪夢を観ることなかれ。
 悟れば忽ち此の世界は光明楽土となり、
 人間は光明生命なる実相を顕現せん。

 ……

 神は遍在する実質且つ創造主
(つくりぬし)なるが故に
 善のみ唯一の力、
 善のみ唯一の生命、
 善のみ唯一の実在、
 されば善ならざる力は決して在ることなし、
 善ならざる生命も決して在ることなし、
 善ならざる実在も亦決して在ることなし。

 善ならざる力即ち不幸を来す力は畢竟
(ひっきょう)悪夢に過ぎず。
 善ならざる生命即ち病は畢竟悪夢に過ぎず。
 すべての不調和不完全は畢竟悪夢に過ぎず。
 病気、不幸、不調和、不完全に積極的力を与えたるは吾らの悪夢にして、
 吾らが夢中に悪魔に圧
(おさ)えられて苦しめども
 覚めて観れば現実に何ら吾らを圧える力はなく
 吾と吾が心にて胸を圧えいるが如し。

 まことや、悪の力、
 吾らの生命を抑える力、
 吾らを苦しむる力は
 真に客観的に実在する力にはあらず。
 吾が心がみずから描きし夢によって
 吾と吾が心を苦しむるに過ぎず。……≫


 とある通りである。

 北朝鮮の核ミサイルも、悪夢に過ぎないのである。

 坂入貞夫さんが、『坂入貞夫クラブ報』 の9月号を送って下さった。曰く――

≪ 大丈夫です、 今、北朝鮮では、核弾頭をこしらえて長距離ミサイルを、開発しまして、何時、襲われるかと、心配する人が、いますけれども。

人間は、皆様は、100発、頭上に、水素爆弾が、落ちましても、びくともしないのが、ご自分なのです。

皆様、全智にして、全能  円満にして 完全、なる、神様、が、いるのです。
人生途上で、何一つ、困ることは、ありません。安心も、安心、大安心です。≫


――まず、しっかとここ立たなければならない。それが、基本中の基本である。

          ○

 しかしてそれは、北朝鮮の核ミサイル問題など、現象世界の悪夢に目をつぶり、ひとり悟りすましていればよいということではない。

 「無量の勝方便
(しょうほうべん)は実相を念(おも)うより得(う)」(観普賢菩薩行法経)――量(はか)り知れない勝(すぐ)れた方便の智慧は、実相(本来悪はない、恐るべきものは何もないという本当のすがた)を思うところから湧き出てくる――のである。

 危機はチャンスである。今こそ、『甘露の法雨』 をひろめ、神想観の素晴らしさを伝え、人々を救い上げる伝道の大チャンスであり、そこから湧き出る無量の勝方便を駆使すべき秋
(とき)なのである。

          ○

 北朝鮮は9月3日、国際社会の制止を振り切って6回目の核実験を強行した。広島原爆の10倍超、160キロトン級の水爆実験だという。金正恩体制の維持を懸けた核ミサイルは世界を「射程」にとらえる。

 「米国の完全敗北をあらためて宣告し、最強国に堂々と登り詰めた」 と、4日の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は大陸間弾道ミサイル(ICBM)に搭載する水爆実験の成功を大々的に報じた。

 「核を捨てれば米国にだまされてイラクやリビアのようになる」。
 「合法的な核保有国になり、朝鮮半島で米国の影響力を弱化させろ」。
 金正日氏はこんな遺書を残したとされる。

 正恩時代に入ると核・ミサイルと体制維持が一体化。経済発展で満足な成果を出せない若い3代目は科学技術で民心のつなぎ留めを図る。

 米国クリントン政権は1994年の第1次核危機で、一時は核施設への限定的空爆を検討しながら、韓国政府の反対もあって最後は対話に転換。核開発の凍結と経済支援を組み合わせた 「米朝枠組み合意」 をまとめた。

 しかし2003年に北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)からの脱退を表明し、米朝枠組み合意が完全に崩壊。今度は北朝鮮が核放棄を約束する代わりに米国が攻撃や侵略を意図しないと確認する6ヵ国協議の共同声明をまとめたが、米国による金融制裁に北朝鮮が反発し、履行は宙に浮いた。

 オバマ前大統領は 「戦略的忍耐」 を掲げ、核放棄に向けた北朝鮮の自主的な取り組みを待ち、結果、北朝鮮に開発の時間を稼がせてしまった。ブッシュ、オバマ両政権は北朝鮮が崩壊するのは時間の問題と考えていた。しかしそれはまったくの誤算であった。

 トランプも就任時、米本土に届く核弾頭を積んだICBMの完成には約2年かかるとみていたが誤算だった。北朝鮮に中国任せの対応が見透かされ、米国が軍事行動に踏みきる 「レッドライン」 の一つとみられてきた核実験を許した。

 米国が 「核保有国」 と認めるまで、北朝鮮が核実験やミサイル発射などの挑発をやめる気配はない。米国の主体的な関与なしに解決が難しい事態に陥っている。

          ○

 米国は6日、核実験を強行した北朝鮮に対する追加制裁の決議案を国連安全保障理事会の全15理事国に配布した。北朝鮮への石油・液化天然ガス(LNG)の全面禁輸や、北朝鮮からの労働者受け入れ禁止、繊維製品の禁輸などを列挙した。「最強の制裁」との位置付けで、金正恩(キム・ジョンウン)委員長の資産凍結・渡航禁止も盛り込み、11日の採決をめざしている。日米韓などが石油の禁輸を視野に制裁強化を訴え、イギリスもEU(ヨーロッパ連合)も制裁強化で一致している。

 しかし、ロシアのプーチン大統領は、北朝鮮に対する制裁の強化について「無益で効果的ではない」と主張した。北朝鮮への軍事的な圧力は 「世界に大惨事をもたらしかねない」 とも述べ、米国を牽制した。中国も追加制裁に慎重な姿勢を崩しておらず、石油の禁輸を含む制裁強化をめざす日米などと中ロの溝が埋まるかは疑問だ。

 国連安全保障理事会で石油供給停止を含む制裁決議の採択実現には、陸上で国境を接し石油供給拠点を持つ中国の協力が欠かせないが、中国は石油供給の停止は事実上困難であり、制裁だけでは問題解決につながらないとして、6日夜トランプ・習近平の電話会談で、習はトランプに北朝鮮との直接対話を呼びかけたとみられている。

 北朝鮮は国際社会の批判の動きに対し、強い反発を示した。朝鮮中央通信は7日夜、朝鮮アジア太平洋平和委員会のスポークスマン声明で、

 「制裁と圧力に執着するなら類例のない断固たる対応に直面する」

 と米国を威嚇。日本に対しても 「これ以上米国の手先になって振る舞ってはならない」 と名指しで批判した。韓国にも批判の矛先を向け、日米韓の連携を妨げる姿勢を示した。

          ○

 この問題について、私は3ヵ月前の 『月刊日本』 6月号に掲載されていた 『安倍政権は北朝鮮との対話に踏み切れ』 という特集記事に注目する。亀井静香(衆議院議員)・菅沼光弘(元公安調査庁第二部長)・東郷和彦(京都産業大学世界問題研究所長)らの執筆で、3ヵ月以上前に、今日の状況を予測して書かれているようで、傾聴に値するものがあると思う。そのポイントの列挙もしながら、われら日本国民としてどう対処すべきか、考えてみたいと思います。


  <つづく>


  (2017.9.9)


384 金正恩も、トランプも、わが所造の産物である


 私の中にすべてがある。すべてが私である。

 私の中に時間があり、私の中に空間がある。私は時間・空間の造り主である。

 私は時間・空間の中に生まれた者ではなく、時間・空間を造った者である。

 それ故に、時間・空間のなかに影を写しているすべてのものは、私の創造せるものである。私はわが宇宙の創造主であり、支配者である。

 そのことをショーペンハウエルは、世界はわが表象
(ひょうしょう)であり、その認識の基本形式である時間および空間そのものもわが表象なのであると言っているのである。表象(Vorstellung) とは心象、心に思い浮かべたかたち、心の投影ということである。

≪ 「世界はわが表象である」(ディー・ヴェルト・イスト・マイネ・フォアシュテルング "Die Welt ist meine Vorstellung")

 ――これは生き且つ認識する凡てのものに妥当する真理である。

 人間をとり囲む世界は表象としてのみ存在する、即ち全く他者即ち人間自身であるところの表象者に関係してのみ存在する。この真理は、時間とか空間とか因果とかいう凡ゆる他の形式より一層普遍的な、凡ゆる可能なそして考えられ得る凡ゆる経験の形式を言い表わしたものだからである。

 認識に対して定在する一切のもの、即ち此の全世界、は主観との関係に於ける客観にすぎず、直観する者の直観、約言すれば表象に他ならない。

 此の真理ほど確実にして、凡ゆる他の真理に依存せず、又証明を要しないものはない。即ちこの真理はこれら凡てのものの区別が生ずる唯一の基たる時間や空間そのものにも妥当するからである。

 凡
(およ)そ此の世界に属するもの、又属し得るものはすべて不可避的にこのような主観による制約にとりつかれているのであって、すべてのものは主観に対してのみ定在する。世界は表象である。≫

  
(ショーペンハウエル著 磯部忠正訳 創元社哲学叢書 『意志と表象としての世界』 より)


 ――金正恩は私が造ったのであり、トランプ大統領もわが表象
(かげ)であり、私が造ったのである。

 もちろん、それは肉体の自分が創ったのではない。肉体もまた、わが表象(かげ)に過ぎず、最も身近なわが被造物なのである。肉体の自分が創ったものは何一つないのである。肉体の自分が創ったと見えるものも、実は根元的には宇宙大生命の力によって創られたのである。

 ショーペンハウエルは、次のようにも言っている。

≪ 此の真理は決して新しいものではない。此の根本真理はインドの賢者たちが疾くに認識したところであって、それはヴェダーンタ哲学の根本原理として現われており、ウィリアム・ジョーンズはこのことを次のように立証している。

 「ヴェダーンタ学派の根本教義は、物質というものが心の知覚に依存しない本質を有するものではなく、存在と被知覚とは交換しうる名辞であるということを主張するにある。」

 と。≫


 これは唯識論
(ゆいしきろん)と言われているもので、般若心経の 「五蘊皆空(ごうんかいくう)」 に通じ、

  
「物質は畢竟 『無』 にしてそれ自身の性質あることなし。

  これに性質を与うるものは 『心』 にほかならず」


 と聖経 『甘露の法雨』 にあるのに通じている。

 その元の力、宇宙大生命を、ショーペンハウエルは宇宙の盲目的意志であるとした。

 しかし、谷口雅春先生は、その根元的実在なる宇宙大生命を、全知全能にして完全円満、無限愛なる神であると悟られたのである。

 死すべき肉体の私はないのである。不生不滅、いや 「本来生不滅」 の根元的実在なる、神と一体なるものが真の私である。

 金正恩は私が造ったのであり、トランプ大統領もわが表象(かげ)であり、私が造ったのである。それ故に、私が浄まれば世界が浄まり、宇宙が浄まるのである。


  <つづく>


  (2017.9.3)


383 今、北朝鮮のミサイルにひるまず立ち上がろう!!


 いま北朝鮮が、ミサイルの火の雨降らせてやるぞと威嚇する。

≪ 北朝鮮の戦略軍は 「火星12」 を4発同時に米領グアム周辺に発射する計画を検討していると表明している。

 ミサイルを発射したタイミングに関し同通信は、正恩氏が 「恥ずべき韓国併合条約」 から107年にあたる29日に 「日本人を驚愕
(きょうがく)させる大胆な作戦」 を立て、発射を承認したと伝えた。≫

 と、8月30日の夕刊(日経)は伝えた。

 その前、25日のNHKニュースでは、

 「北朝鮮 きょう先軍節 『核武力を百倍・千倍に強化』 」 というタイトルで

≪北朝鮮は25日、金正恩の父、金正日総書記が軍事優先の政治を始めたとされる記念日 「先軍節」 を迎え、朝鮮労働党機関紙 「労働新聞」 は1面に社説を掲載し、

 「わが国は、アメリカを滅亡のどん底に突き落とす軍事強国として威容をとどろかせている」

 と軍事力を誇示したうえで、大陸間弾道ミサイルとする 「火星12型」 の先月の相次ぐ発射をたたえました。そして、

 「核武力を中心とする自衛的な国防力を百倍、千倍に強化しなければならない。われわれ式の最強兵器と弾道ミサイルをさらに増産し、軍事力を強固にすべきだ」 などと、アメリカへの対決姿勢を鮮明にしました。≫


 と伝えている。

 「ミサイルの 地震雷
(じしんかみなり)火の雨を ふらして世界 平らげるぞよ」

 と、金正恩のお筆先はうたっている。

 今、ここが正念場である。

 「地震雷」 は 「自身神なり」 の自覚を促す天の声なのである。

 「火の雨」 は、「人間は神の子だ、神だ」 という真理の火の雨に変えなければならない。これを甘露の法雨としなければならない。

 そして 「平らげる」 とは、世界に真の平和をもちきたす、神の国を実現するということでなければならないのである。

 金正恩氏は、それを促してくれている観世音菩薩様なのである。

 金正恩氏に感謝し、今、「自身神なり」 を自覚して立ち上がるべき秋
(とき)なのである!!

          ○

 『生長の家』 誌創刊号の巻頭には何が書いてあるか。

 いわゆる 「発進宣言」 ではない。

 「『生長の家』 出現の精神とその事業」 と題したいわゆる発進宣言 が書かれているのは、創刊号3頁目からの本文の最初であって、第1頁には目次と 「巻頭のことば」 が書かれている。

 その 「巻頭のことば」 には、次のように書かれている。

≪蛇に睨(にら)まれた蛙は恐怖のために動けなくなつて蛇にのまれる。

國が國を恐れるとき莫大な軍費を要する。

就職試験に臨んで恐怖心を起す青年はその就職に失敗する。

入學試験に臨んで恐怖する學生はその入學に失敗する。

恐怖が自己の境遇を支配すること斯くの如く甚だしい。

更にそれが自己の病氣や健康に影響するに至つては云ふまでもないのである。

此の恐るべき恐怖心を人生より驅逐
(くちく)すべき道を示さんとするのが 『生長の家』 の念願の一つである。≫

 と。

 北朝鮮のミサイルを恐怖して動けなくなって北朝鮮に呑み込まれてしまってはならない。

 また、恐怖しながらあわてて軍備を拡張するのも間違っている。

 そそのことは、谷口雅宣・生長の家総裁監修のブックレット 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』 49頁以下に書いてある。

≪……1913年に生長の家創始者、谷口雅春先生に啓示された 「“心の法則”と平和への道”の神示」 では、次のように説かれているからです。≫

 として、この神示の一部が次のように引用されている。

≪乱を忘れざる者はついに乱に逢う。乱を忘れざるが故に常に恐怖し、乱を忘れざるが故に武備をたくわえ、武備を蓄うるが故に近隣を威脅(いきよう)し、近隣を威脅するがために、近隣また恐怖して武備を増す。かくの如くして近隣兵を増すを見て、また自国は更に兵を加えて互に虎視眈々(こしたんたん)として近隣相睥睨(へいげい)す。≫

 (『御守護(神示集)』 18~19頁。「睥睨」 とは 「にらみつけて威圧すること」)

 ――ところで、この神示には上の引用箇所の前に

 
「『治にいて乱を忘れず』 と云うのが古き人類の道徳であったが、『生長の家』 の生き方は乱にいて治を忘れざる生活である。」

 という句があり、また後の方には

 
「汝ら、若(も)し治にいて乱を忘れざらばついに乱に会い、乱にいて治を忘れざらば平和に逢わん。」

 という句があって、これが心の法則であるということです。

 これは、『生長の家』 誌創刊号の 「巻頭のことば」 と軌を一にするものです。

 しかし、この神示の御講義(『秘められたる神示』 24頁~35頁)で谷口雅春先生は、

≪唯 「実相の円満完全」 を念じ祈っておれば平和が来るのではないか――と考えるのは、「ただ人間の実相の完全円満を祈っておれば現象的にはどんな処置をも講じないでも肉体は健康になるのではないか」 と言うのと同じであります。

 「実相の完全さ」 を祈り念じておれば飯を食わないまでも、筋肉を運動させないでも立派な肉体が得られるかというと決してそうではない。「実相の完全さ」 を念ずれば、「実相の完全さ」 が現実化する過程として、食慾が正常となり、食膳には、適当な栄養物が並ぶことになり、仕事などの上に自然に適当な筋肉運動が行われることになり、「実相の完全さ」 が肉体に現実化するのであります。

 「実相の既にある完全さ」 と 、「現象にそれを実現する処置」 とを混同するところに、現象的な適当な処置をも不要とするような間違った論議を生ずるのであります。

 軍備の要不要は、現象的処置に属するのでありまして、現象的処置は、病気に対する薬剤の如く一種の対症療法みたいなものでありますから、その時の情勢如何によって、軍備はない方がよい事もあり、またある方がよい事もあります。それは健康になるためには、或る時は減食がよく、或る時は断食がよく、或る時は栄養食をたっぷり食するのがよいようなものであります。これを 「永遠に普遍的に変らない黄金律」 と混同するのは誤りであります。

 「恐るる勿れ」 は 「永遠に変らない黄金律」 でありますが、「恐れない心境」 になるためには、「戸締り」 がある方がよいか 「戸締り」 がない方がよいかはその時の現象界の情勢次第であります。≫


 と説かれています。そして、上の神示は満州事変(昭和6年勃発)当時の啓示であって、

≪満州事変の当時は日本の軍備拡張は隣国に恐怖心をいだかせ、隣国を脅威するものであり、それが戦争原因になったのであり、従ってこの神示がある所以でありますが、現在は日本の軍備は現行憲法で自衛以上に出ることができないように制限されておりますので、日本の軍備が隣国の脅威となることは断じてないのであります。

 ……現在の日本の自衛隊不要論をとなえたり、軍備は不要だから、アメリカと安保条約を結ぶことも不要だと言うことは大変な間違いなのであります。

 軍備や、日米安保条約を 「戸締り」 に喩えたことがありますが、「戸締り」 をしないで、「いつ猛獣が襲って来るか、襲って来るか」 と戦々兢々と猛獣を恐れているよりも、「戸締り」 を厳重にして 「これなら大丈夫」 の態勢をとり、恐れずに正面から猛獣の眼をみつめている方が、猛獣に咬みつかれないことになるのであります。≫

≪日本は恐れず猛獣に立ち向える実力を備えなければならないのです。実力をもって猛獣に恐れず立ち向うとき猛獣も尻尾を巻いて後退すると 『続々甘露の法雨』 には示されているのであります。≫


 (以上、『秘められたる神示』 24頁~35頁より抜粋)

 とも説かれているのであります。(この神示講義 秘の巻 『秘められたる神示』 は昭和36年<1961>初版のものです。)


 古事記神話でも、高天原(たかあまはら=神の国)の主宰神である天照大御神
(あまてらすおおみかみ)が、高天原が侵略される危険を感じられたときには男装・武装をして須佐之男命(すさのおのみこと)に立ち向かっておられるのであります。

 天照大御神は、御父 伊邪那岐命
(いざなぎのみこと)から 「高天原を治(しら)せ」 と言われて、神の国・大宇宙 高天原をお治めになっていた。

 弟の須佐之男命は、「海原(地上)を治
(しら)せ」 と言われたけども、それをしないで泣いてばかりいる。それで伊邪那岐命に怒られて、「もうお前の勝手にしなさい」 といわれ、高天原の天照大御神のところに向かう。

 そのところを古事記には、次のように書いてある。

《ここに速須佐之男命(はやすさのをのみこと)(まを)したまはく、「然らば天照大御神に請(まを)して罷りなむ」とまをしたまひて、すなはち天(あめ)に参上(まゐのぼ)ります時(高天原においでになった時)、山川悉(ことごと)に動(とよ)み(ゆれ動き)国土(くにつち)皆震(ゆ)りき(地震のように大地がゆらいだ)》

 と。そのとき、

 
《ここに天照大御神 聞き驚かして、「我が那勢命(なせのみこと)の上(のぼ)り来ます由(ゆえ)は、かならず善(うるは)しき心ならじ(須佐之男命がここに来るということは、善い心ではないのではないか)。我が国を奪はんと欲(おも)ほすにこそ」と詔(の)りたまひて……》

 すなわち髪を解き男性のように姿を変え、背中には千本もの矢の入る靫
(ゆぎ)を負い、弓を持って、沫雪(あわゆき)が振り飛ぶように大地を踏みとどろかし、「厳(いつ)の男建(おたけび)(ふ)みとどろかして」 待っていた。

 ――というふうに書かれている。

 そうすると、さすがの須佐之男命様もたじたじとなる。

 「これが、日本の女性、特に母の姿の一面をあらわしている」

 と、野木清司先生は次のような例話を挙げて語っておられる。(講話テープ 『高天原思考』 より)

≪     母 は 強 し

 私が小学生の頃、よく母親が、自分が子どものころ教科書で習ったというお話で、「母の力」というのを聞かせてくださった。それは――

 サーカスのライオン、獅子が檻
(おり)から逃げた。それで町の人たちはみんな、戸を閉めて家の中に隠れてしまった。

 ところが一人、何も知らないで、子どもが外で遊んでいる。そこに獅子がのっし、のっしと近寄ってきた。人々は固唾
(かたず)をのんで、誰も助けに行こうとする者はいない。

 その時に、その子の母親が、猛然と飛び出して行った。その勢いのすさまじさに、さしもの獅子もはっと身を後ろに引いて一瞬ためらった。その間に母親は自分の子どもを抱いて、家の中に逃げ帰ったという話。

 子を思う母の一念というのは、獅子の勢いをも押さえつけてしまう。それだけの力があるということ。

 須佐之男命が、どれほど荒ぶる神であろうとも、ひとたび女性の天照大御神様が、この高天原を奪わんとする心があるのではないかと思ったときには、素晴らしい勢いをもって、もう、どれほどの男性でも、手も足も出すことができない、すくんでしまうような力が出てくるわけです。

 お釈迦様は無抵抗主義的にすべてを受け入れていた、その釈迦でも、またはキリストでも、悪魔サタンや波旬
(はじゆん)を前にしては、すごい力をもってそれを一喝する。その権威まで失ってしまっては、元も子もない。ただ弱いだけの生活になってしまうわけです。≫

 と。

 さて、天照大御神と須佐之男命はご姉弟であって、本来敵対心を持ってはいないけれども、須佐之男命が高天原すなわち神の国を奪おうという野心を持ってやってくるのではないかと思われたときには、天照大御神も男装し武装をして、「そんなことは許さぬぞ」 と 「(いつ)の男建(おたけび)蹈みとどろかす」。これが大切なところである。

 日本人も北朝鮮人も中国人も、本来神において一体の兄弟姉妹である。しかし、北朝鮮や中国が神の国日本を奪おうというような野心を感じさせたら、武装して 「厳
(いつ)の男建(おたけび)蹈みとどろかす」。基本的にここが大切である。

 同時に、古事記神話で天照大御神は武装するとともにその御髪にも御鬘
(かずら)にも、八尺勾璁(やさかのまがたま)の五百津(いほつ)の 「みすまるの珠」 をまとっておられた。

 それについて谷口雅春先生は、

≪ 天照大御神がその御髪にも御鬘(かずら)にも、八尺勾璁(やさかのまがたま)の五百津(いほつ)の 「みすまるの珠」 をまとっておられたというのは、天照大御神の御天職が表現されているのであります。“珠” というのは “霊(たま)” の象徴であり天照大御神の神霊の天職は八尺勾璁のようだというのであります。

 八尺
(やさか)というのは、“弥栄” であります。“いよいよ栄える” という意味、マガタマというのは真輝魂(ま・が・たま)であり真に光輝燦然たる魂だという意味。五百津(いほつ)というのは “五百(いほ)つづき” 即ち 「数多く」 ということであります。数多くの国々の魂を一つに連珠のようにつなぎ合わせて “統(す)める丸める魂” をもっていられるというのが 『みすまるの珠を纒(ま)き持たして』 であります。

 このみすまるの珠は、一つ一つの珠を壊さないで、それを生かしながら、互い互いの連関に於いて其の美が顕揚されるのでありまして、天照大御神の御天職は、世界の国々をつぶしてしまって一つの団子のようにまとめるのではなく、それぞれの国々の特徴を生かしながら、互いにそれぞれが敵対することなく、各々の美が顕揚されるように世界連邦的な統一をせられるのが御天職であり、それはとりも直さず、日本国の使命なのであります。≫


 と説かれている(谷口雅春先生 『古事記と現代の預言』 165頁)。

 私たちは今、「われ神なり。われ天照大御神なり」 の自覚をもって立ち上がらなければならない。

 今が、その時である。今、この 「神の子」 の自覚に目覚めることを促してくれた金正恩氏に感謝し、天照大御神のごとく 「みすまるの珠」 を身につけながら、ミサイルにひるむことなく、武装をためらうことなく、大地を踏み轟かして立ち上がろう!!

   (2017.9.1)

          ○

<9月2日追記>

 「母は強し」 ―― 「女
(おみな)といえど命がけ」 になれば、相手がライオンであろうと、お殿様であろうと、理不尽な暴力的行為など物ともせず、はねつける威力を発揮する。

 9月1日・2日と、日経新聞 「私の履歴書」 欄に書かれた湯川れい子さんが小学生のとき、大東亜戦争中の思い出の記に、胸打つものがありましたので、抜粋してお伝えさせて頂きます。

≪ 昭和11年1月22日、私が生まれたとき父は51歳、母が41歳で、あのころとしては老境に差しかかって生まれたせいか、ことのほかかわいがられて育った記憶がある。

 軍艦の艦長などを経て海軍大佐で陸上勤務となり、作戦・指揮をつかさどる軍令部に所属していた父は、私が小学校に通い始めた昭和17年ごろから帰宅が遅くなった。いまにして思えばその年6月、ミッドウェー海戦で日本海軍の機動部隊が立ち直れないほどの大負けをしていた。

 そして翌18年4月のある夜、遅くなって帰宅した父を母と姉が玄関に迎えた。しかし父は靴も脱がず、背を丸めがちに血を吐くようにつぶやいた。

 「五十六
(いそろく)が死んだ。日本はもう終わりだ」

 「五十六
(いそろく)」とは、連合艦隊司令長官の山本五十六元帥のこと。父と元帥は義理のいとこの関係にあったから、私的な場で父は 「五十六」 と親しみを込めて呼んでいた。

 その父が元帥の死から1年後の昭和19年4月12日、前触れもなく帰らぬ人となった。父は戦況の悪化に伴って徹夜も珍しくない激務が続いていた。高熱を発して入院し、わずか3日で息を引き取った。まだ59歳だった。

 家には母と姉、私と女ばかりが残されていた。

 葬儀の日、母が私に言った。「お客さまのお吸い物に入れる春菊をとってきてちょうだい」。

 私は庭に出て父の思い出がにじむ緑色の春菊を摘んだ。涙がこぼれ落ちた。摘んだ春菊を母に渡し、庭にたたずんでいると、家の中から母の声が聞こえてくる。

 相手は親戚の陸軍少将だった。カーキ色の軍服に軍刀を提げて弔問に来ていたのだが、その親戚は父が残した鎧
(よろい)や兜(かぶと)、日本刀などを形見として寄越せと言っていた。覚悟する間もなく夫を失った母は、悲しみにひたることも許されず形見を要求されていた。

 気丈な母が答えている。「今はそのようなときではございません」。

 形見をもらえないことに腹を立てた少将は、軍靴で文字通りずかずかと私がいる庭に出て来た。そこには父が育てたスミレが紫色の小さな花をつけて咲き競っていた。

 「この非常時に、こんなものを植えおって」と言いながら少将は軍靴でスミレの群生を踏みにじる。私はその軍靴に向かって駆けだした。「やめてください。やめて!」

 気づいた母が家から足袋裸足
(たびはだし)で庭に駆け下りて来た。私を後ろにかばいながら、黒紋付きのまま立て膝をついて少将を見据えた。

 「これ以上、ご無体は結構でございます。お引き取りくださいませ!」

 その声は壮絶で美しかった。私は母の小さな、しかし頼もしい背中にしがみついた。≫


 ――当時、軍人同士で階級が上の者には絶対服従するのがならわしであったような時代のことですから、私は上記湯川れい子さんの 「私の履歴書」 に深く感動しました。

  (2017.9.2 追記)


382 「自身神なり」 に、今めざめよう !


 近詠 拙詠一首。


  ○ 八月に蝉の声きけず 轟くは雷ばかり 乱世を写すか


 今年は大雨による水害が各地で起きているというのに、東京は、梅雨の季節にカラ梅雨で、ほとんど雨が降りませんでした。でも、梅雨明け宣言の出る直前に、激しい局地的雷雨があり、そのとき外出していた私は傘をさしていても膝から下がびしょ濡れになりました。

 そして8月に入ってからは21日まで3週間、毎日雨が降りました。

 で、気がついたら8月も下旬だのに、今年はまだ蝉の声を聞いていないことに気がつきました。それは私の耳の聞こえが悪くなったせいもあり、このところあまり外出していないからでもあろうか。しかし、なんだかおかしい。

 そうした中、19日夕方から夜にかけては都内で何千回もの雷鳴をともなう激しい雷雨があって、花火大会が行われる予定だった多摩川の河川敷にある二子玉川緑地運動場でも落雷があった。ここには多勢の人々が早くから花火見物の場所取りに集まっていたが、雷は運動場内のポールに落ち、付近にいた男女7人が足のしびれなどを訴え病院に搬送されたという。

 22日には愛知県で6900回も落雷があり、それによる火災が三件発生したとか。

 このところ全国的に、激しい雷雨が各地を席巻しているようです。


 世に目を向けると、トランプ大統領のつぶやきが雷鳴のように轟いてアメリカが揺れ、アメリカが揺れると世界が震動する。

 北朝鮮の核ミサイル発射、増産の脅しという雷鳴もあるし、イスラムの無差別テロ等々も……


 しかし、生きている現象界には、変化があることが当り前なのである。それをどう受け取り、どう対処するかは、各人の心次第である。

 雷(かみなり)は 「神なり」 。地震、雷も 「自身、神なり」 との自覚を新たにする機会なのである。今が、「自身神なり」 の自覚に目覚めなければならない時なのである。


 それについて、谷口雅春先生の面白いエピソードがあります。

 先生は、『生命の實相』 第8巻138頁に

≪……当時の大本教は、その教祖の筆先にも 「地震雷火の雨ふらしてたいらげるぞよ」 とありますように、神さまの気に入らぬもの、罪あるものなどに対してははなはだしい威嚇的な神罰宗教であったのであります。≫

 と書かれており、大本教の “お筆先” を批判しておられた。ところが――戦後のある時、京都府綾部での講習会で、それをひっくりかえされた。

 谷口雅春先生は生長の家を創始される前、大本教の幹部をなさっていたことがあり、その当時谷口先生のファンだった大本教の幹部を、講習会に誘った人たちがいた。そしたら 「懐かしい谷口先生のお話を聞きたい」 と、何人か大本教の人たちが連れ立って聴講に来られたそうです。

 谷口雅春先生は当時講習会でもよく、「最後の審判において、罪ある者が地震雷等々の天災地変で皆殺しにされる というような大本教の教えは間違っている」 とお話しされるが、このたびは大本教の人たちがきているから、そのお話はしないでいただきたい、と生長の家の幹部の人たちは切に願っていた。

 ところがあに図らんや、「恐れるものは皆来たる」 という箴言があるように、いきなり講習会の冒頭で、

≪ 「大本教の教祖のお筆先に、罪ある人間を神が、 “地震雷火の雨ふらしてたいらげるぞよ” と書いてあるが、それは、変だ。全知全能で愛なる神が、そんなことをするはずはない」 と、今まで私は、大本教を批判してまいりました。……≫

 ――と、そのお話を始められた。

 「来たか!」 と幹部の人たちは身構えた。

 ――ところがそのあとのお話は、それまでの大本教否定のお話とは違っていた。

≪ しかし、今朝神想観をしましたら、それはこちらの解釈が間違っていたのだとわかったのであります。

 それを書いたのは出口直(なお)という無学な教祖で、“お筆先” は全部ひらがなで書かれている。

 「じしんかみなり ひのあめふらしてたひらげるぞよ」 と。それを、

 「地震雷火の雨ふらして平らげるぞよ」

 と漢字交じりの文章に書き直すことをやっていたのは自分(谷口雅春先生)だった。それは、漢字の当て方が間違っていたのだ! ――と、今朝インスピレーションが天降って来たのです。

 正しい漢字の当て方は、「自身神なり」 だ。

 そして、「火の雨降らす」 という 「火の雨」 は、

 <<此の火は天上から天降つた生長の火である。火だ! 自分に触れよ。自分は必ず触れる者に火を点ずる。生長の火を彼に移す。自分は今覚悟して起ち上つた。見よ! 自分の身体
(からだ)が燃え尽すまで、蝋燭(ろうそく)のやうにみづからを焼きつゝ人類の行くべき道を照射する……>>

 と 『生長の家』 誌創刊号の最初に書いてある、その 「生長の火」 の雨である。

 『生長の家』 の創刊号には、また

 <<生長のお家は
  日当りが好い、
  お庭がひろくて
  藤の棚があります。

  生長のお家に
  ブランコが出来ました
  多勢の子供が来て
  さわいでよろこびます。

  大人も子供も
  生長のお家に来る人たちは
  みんな一しょに
  伸び伸びと生長します。

  生長のお家で
  私たちは生長の火をとぼします
  人類の魂を燃やす火です。

  私は自分の火が
  大きいか小さいか知リません。
  だけど小さな火でも
  大きな蝋燭
(ろうそく)に火な點(つ)けることが出來ます。

  私の生長の火よりも
  大きな蝋燭も集つて下さい
  何百何千の大廈高楼
(たいかこうろう)
  小さな燐寸
(マッチ)の火でやけるかも知れません。
  私はそれを期待してゐるのです。

  火がつかなければ
  何度でも燐寸を擦ります。
  燐寸がなくなるまで私は
  人間の魂に火をつけて見たいと思つてゐるのです。>>

 という詩も書いてある。その 「生長の火」 の雨である。

 それで 「平らげる」 とは、世界に平和をもちきたすという意味である!

 ――そういうインスピレーションが天降って来たのです、と谷口雅春先生は綾部の講習会で話された。大本教の教祖のお筆先は間違っていなかった。間違っていたのは、こちらの解釈だった……≫


 と話されたのです。

 それを聞いて、聴講に来ていた大本教の人たちも喜ぶし、その人たちを誘って講習会のお世話をしていた生長の家の幹部も安堵の胸をなでおろし、バンザイを叫びたいくらい喜んだ、ということです。

 このお話は、その後 『白鳩』 誌にも掲載されました。私は当時講習会のお世話をした幹部の方から、直接にそのことを聞きました。

 この話には、まだおまけがついています。

 その頃、綾部では干ばつ、水飢饉で、長い間雨が全く降らず、田んぼはひからびて、ひび割れしているような状態だった。それで雨乞いの祈りを続けていたが、その効果があらわれず、困っていた。しかし、愛の神を信ずる生長の家の素直な信徒は、「今日は谷口雅春先生がお見えになるんだから、きっと雨が降る」 と言って、傘を持ってきた者もあったという。しかし、雨になりそうな気配は全くなかった。

 ところが――です!

 午後から 「神想観実修」 となったとき、一天にわかにかき曇り、ゴロゴロと雷が鳴り始めた。そして先生が招神歌を唱え、「イユーッ!」 と気合いを掛けられたとたん、稲妻とともに 「ド~~ン、ゴロゴロ・・・・・」 とひときわ大きな雷鳴が鳴りひびき、ザーッと大雨が降り出したそうです。

 これぞ、まさに甘露の法雨!!

 先生のお側でお世話をしていた人がちょっと先生のお顔を拝したら、先生はニコッとお笑いになったような気がした、と語っておられました。

 ちょっとうまく出来すぎたドラマみたいですが、信じられますか? 本当にあったことだそうですよ。


 ――いま北朝鮮が、ミサイルの火の雨降らせてやるぞと威嚇する。それよりも強力なのは、「人間は神である」 という真理の火なのではないでしょうか。


  <つづく>


   (2017.8.25)

381 天地一新、地上天国実現の祈り


  いま私は毎朝 『続 真理の吟唱』 の一節を拝読朗誦しております。今日拝誦したのは 51頁 「天地一新、地上天国実現の祈り」 でした。

 私は、生長の家の教団と “本流” を名乗る分派へ行った方たちが、大和解を実現し協力しあっているすがたを祈っておりますが、今日の 『続真理の吟唱』 の祈りの言葉は、その成就したすがたを活写した、超素晴らしいお言葉であると感じ
ました。ここに謹んで掲載させていただきます。


≪   天地一新、地上天国実現の祈り

 天地一新の時が来たのである。陳
(ふる)きものはすべて過ぎ謝(さ)り、新しき生命の曙が訪れて来たのである。悲しみの天地は既に姿を没し、新しき天地には悦びの讃歌が満ちみち、われら真理の光に照らされて繁栄の道を歩む。

 真理の燈火
(ともしび)わが手にありて行く手を照らす。光の進むところ暗黒は自然に滅し、生命のかげりは消え、蘇生(よみがえ)りの若葉いたる処に生い繁り、雲の行き交(か)いは青空に美しき波紋を描いて此の世界に風情を添え、“生命の不死鳥” 高く翔(かけ)りて真理の歌を唱う。そのひびき全地にひろがり、十方に反響(こだま)して真理の交響楽となる。

 それを聴くもの、すべて生命の力を回復し、盲人
(めしい)は見ることを得、唖(おうし)は物言うことを得、いざりは起ちて歩き、病みし者その臥床(ふしど)を棄て、全地にひろがる真理の交響楽と共に、真理の讃歌を合唱す。

 “生命の不死鳥” の声、更に朗々として天地に漲
(みなぎ)りて真理を唱う。その声すき徹りて遮る者なし。その唱う真理は聾者(ろうしゃ)にも透徹し、煉獄(れんごく)にも地獄にも反響(こだま)し、迷える罪人も、その罪の境涯より脱することを得て、自己が “神の子” なることを自覚し、煉獄も地獄も天国に変貌し、穢土(えど)と見えたる世界ことごとく浄土と化す。

 既に餓鬼、畜生、阿修羅
(あしゅら)の如き執着(とらわれ)の境涯にある者なし。争いは止み、戦える兵士(つわもの)どもは剣(つるぎ)を収め、銃を棄て、昨日の敵は既に味方となりて、互いに “神の子” の兄弟姉妹なることを自覚して睦び合う。歓喜の声、交響(こだま)して美しき渦巻となる。

 歓喜の声地上に満ち、神を讃うる声高く高く舞い昇る。その声、天界に達すれば、諸々の天人、天上楽を合奏して天女、天童、それぞれの美しき羽衣の装いをつけ、空に満ちて麗しき天界の舞いをまう。

 天女、天童の羽衣、空に舞いてひろがれば、その袖より真理の花びらさんさんとして地上に降り来る。その花びら赤く輝き、黄色に照り、五彩・七彩の光を放ちて空中に舞い、地に達すれば青玉
(せいぎょく)、紅玉(こうぎょく)、黄玉(おうぎょく)、紫玉(しぎょく)、碧玉(へきぎょく)等の宝珠(ほうじゅ)となって大地を厳飾(ごんじき)す。まことに大地は “神の子” たちを飾るにふさわしき宝珠みつる世界なのである。

 この光景、単に夢にあらず、幻にあらず、われら真理にめざめ、心一転回して世界の実相を観れば、この光景まことに実にして虚ならざることを知るのである。

 われら心、いま一転すべき時が来たのである。既に時熟して、われら既に心一転したのである。心一転すれば世界が変貌し、地上に天国が如実
(にょじつ)に顕われるのである。

 神言い給う 「事既に成れり、この浄土の厳浄
(ごんじょう)を見よ」 と。

 われら今、新たに生まれ、過去の一切の穢
(けが)れ浄まり、われら神の子たる真理を悟り地上に天国の生活を実現し得たり。

 深くふかく神に感謝し奉る。ありがとうございます。≫



 ありがとうございます。

   (2017.8.21)

380 問題解決のための祈り


 私は今日、地元の誌友会に出席しました。

 ここではいつも、開会の祈りのときに会場リーダーが聖経 『真理の吟唱』 または 『続 真理の吟唱』 の一節を拝読朗誦しております。今日拝誦したのは 『真理の吟唱』 の190頁 「問題解決のための祈り」 でした。

 いま私は、生長の家の教団と “本流” を名乗る分派へ行った方たちが、大和解を実現し協力しあっているすがたを祈っておりますが、今日の祈りの言葉は、この問題解決のために素晴らしい力となる祈りであると感じ、また特に
ピッタリ来ましたので、ここに謹写掲載させていただきます。


≪   問題解決のための祈り

 私は “神の子” である。私の生命は、神の大生命の大地にしっかりと根をおろしているのである。神の大地と、私の生命の根とは完全に結合していて、その結合は決して破れるということはないのである。神と “神の子” である私との結合は金剛不壊の結合であるのである。

 神は一切のものの創造主
(つくりぬし)にましまして一切のものの上に立ち、一切のものを支配したまう。しかしてその絶対的な支配権を “神の子” たる人間に譲り給うたのである。それゆえに人間は一切の創造(つく)られたるものの上に立ち、一切のものを支配して、それをあるべき処にあらしめ、為すべきことを為さしめ、すべてを渾然調和せしめ、地上に天国を建設する力を有するのである。

 およそ問題はすべて “神の子” に内在する無限の力を喚
(よ)び出し発揮せしめるための “誘い水” であるのである。問題は私たちを苦しめるために顕われるのではなく、問題を機会として、内在の愛と智慧と力とが発顕するように仕組まれているのである。

 問題は智慧ばかりでは解決しないこともあるし、力ばかりでも解決しないこともあるが、愛が本当に発顕するとき、如何なる問題も解決するのである。私たちは “神の子” であるから、無限の智慧と無限の力と無限の愛とが内に宿っているのである。しかしいくら内部にその徳が宿っていても、それを発顕させなかったら、いまだ生まれない雛子
(ひよこ)のようなものであって何の力もないのである。

 私たちは光を桝の下において隠しておいてはならないのである。光は高きところに掲げて世を照すときにのみその徳を発揮することができるのである。

 愛は光である。すべての憎しみや争いは暗(やみ)である。私たちは自己の内にやどる神の愛の光を常に外に輝かし出してすべての紛争を解決しなければならないのである。

 光の輝くところ必ず暗
(やみ)は消えるのである。すべての反感・敵意・抵抗・紛争・憎悪等は、神の無我の愛を、人を通して輝き出すとき必ず消滅し去って大調和が実現するのである。

 私は “神の子” であり、神から一切のものを支配する能力と権利を与えられているのである。しかしその支配権は、決して暴力や強制力によって行使せられるのではなくして、愛を通してその支配権が行なわれるのである。

 愛は世界で最も強力なる力であるのである。しかしそれは自己中心の愛ではないのである。神の愛のみ絶対の支配権を発揮し得るのである。

 神の愛は、無私の愛であり、無我の愛である。それは肉体の愛ではなく、他のために自分の肉体と欲望を放棄する愛である。ひとのために泣き、ひとのために憂い、他を生かし、他を悦ばし、他を楽しましめ、他を利益するところの愛である。

 我れは “神の子” であるから必ずこのような愛を実践するのである。愛によつて解決しない難問はないのである。≫



 ありがとうございます。

   (2017.8.19)

379 地上に天国を実現する祈り


 私は毎朝、神想観・聖経 『甘露の法雨』 読誦とともに聖経 『真理の吟唱』 または 『続 真理の吟唱』 を拝読朗誦しておりますが、今朝拝誦した 『続 真理の吟唱』 の42頁 「地上に天国を実現する祈り」 は、特に今の私の念(おも)いにピッタリ来ましたので、ここに謹写掲載させていただきます。


≪   地上に天国を実現する祈り

 われ今、心を浄め、身を潔めて、大神の宝座の御前
(みまえ)に坐し、心も、身も、ただひたすら大神と一体ならんことを希(こいねが)い奉る。

 大神の霊われを囲繞
(とりま)き、大神の霊(みたま)われを包み、大神の霊、わが全心身に滲透してまことにもわれ、今、大神と一体なる自覚を得たり。

 大神の霊は平和の霊にましますが故に、わが全心身に平和は満ち漲
(みなぎ)り、わがいのちは、ひたすら大神の生命の中に融け入りて、大いなる安息は、わがいのちの中に行きわたり、漣(さざなみ)の如き小さなる動揺もないのである。われ今、全心身を大神の御心に全托し奉る。

 大神の御心は叡智に満たされ給いて、明るきこと限りなきが故に、大神の御心にゆだね奉りたるわが心は、叡智の導きを受け奉りて、いささかも迷うことなく、いささかも暗きことなく、いささかも躓
(つまづ)くことなく、御光のあとを慕いて、百事如意、万事成就の道を進み行くことに間違いはないのである。

 わが行く道は、神の叡智の御光に照らされてあるが故に、わが行く道に、われを遮る者、わが行ないを妨げる者、われを害する者、われを冒して病ましめる者などは、ひとつとして存在しないのである。

 この世界は、神の平和の霊のみち満ちる世界であるが故に、すべての生きもの、微生物より巨大動物に至るまで、ことごとく調和し、相たすけ、相みちびきて、争い立つものひとつもなく、傷つけ合う者ひとつもなく、おのおのの個性を発揮しながら、それが渾然一体となって、まことに泰平を唱う天楽の合唱するが如く地上に天国を実現しているのである。

 この世界は、神の愛の霊の充ち満つる世界であるが故に、人間をはじめとして、すべての生き物、たがいに扶け合い、愛し合いて、ひとりとして他を妬むものなく、審くものなく、罵るものなく、愛語と讃歎の声のみが、いとたえなる天楽となって合奏し、鳴り渡っているのである。

 この世界は、神の祝福の霊の充ち満つる世界であるが故に、すべての人々、たがいに祝福し合い、たがいたがいの幸福を祈り合う。その祝福の心のひびき、その祝福の祈りの声、天上に舞いのぼりて、天の音楽となりて、大神の宝座を飾る。大神これを嘉
(よみ)したまい、愛(め)でたまいて、更に祝福の霊光をもて人間界を照らし給う。その霊光さんさんと照りわたりて、天の華天降(あまくだ)るごとく見え、その花びら、すべての人々の周辺を飾るのである。

 われ今、大神の宝座の御前
(みまえ)に坐して、目を瞑(と)じ、心を鎮めて、霊の眼(まなこ)もて、大神の祝福の霊光を拝し奉り、天の華の降るを見奉る。まことにも、此処、天上の神の国が、地上にその姿を映したる浄土なるかな。

 われ大神の寿
(いのち)を享け、大神の智慧を授かり、大神の愛に護られ、大神の祝福の霊光を拝し奉り、心歓喜に満たされて感謝の念沸々とたぎるのである。

 大神のこの大いなる御恵みに再拝また三拝して感謝し奉る。ありがとうございます。≫



 ありがとうございます。

   (2017.8.18)

378 すべて善しの世界である。


 神の創造(つく)り給いし日本国の理想は、宇宙の理想と一つのものであり、日本は世界平和の鍵を握る尊き使命を持った国である。実相の日本国は決して侵略戦争をしていないし、現実の世界、人類の歴史を大局的に見ても、日本が際だって悪い侵略国というのは大きな間違いである。

 しかして――

 悪はない。すべて善しの世界である。悪と見えるすがたは、善が顕現しようとしている途上の過程なのである。

 神は悪を創造り給わず、すべて善しの世界であるから、生長の家総裁がかつて 「日本は侵略国である」 と言ったからとて、それが絶対悪であるわけではない。

 生長の家総裁は、私達を一層すばらしい奥深い真理の道、「神の子」 の自覚に導くために現れられた観世音菩薩である。

 そしてまた、「日本は侵略国」 と言った副総裁(当時)を告発糾弾し否定した二川守元生長の家本部講師も、かけがえのない尊い神の子であって、絶対悪ではない。現在 “生長の家本流” を名乗る分派の人たちもまた、神縁あって生長の家の御教えに触れた尊き 「神の子」 であって、悪であるわけはない。

 両者は対立関係にあると見ゆれども、大局的に見れば、共にいっそう素晴らしい世界平和、神の国の地上顕現のために、磨き合い、協力し合っているのである。

 私は、そう信ずる。


 もし、「日本は侵略国である」 と言った谷口雅宣総裁を悪であるとするならば、私はその当時(26年前)副総裁だった谷口雅宣氏を強く擁護し、「総裁・副総裁に中心帰一」 を唱える先鋒となった者であるから、私もまた大悪人であり、今の総裁と教団の状態をつくって来た重大な責任者なのである。その責任から逃れることはできない。

 私は、その責任を回避しようとは思わない。わたしは罪の償いをしなければならない。恩返しをしなければならない。それが私の今生での存在理由であり、使命であると思う。

 「すべて善しの世界」 を信じ、「神意
(みこころ)は必ず実現する」 を信じながら、今言うべしと思うことは忌憚なくこれからも発言して行きたいと思います。なぜなら、私は何ものにも縛られない、自由なる神の子であるからであります。(#376 参照)

 私の中にすべてがある。すべてが私である。

 私は #375 に謹写掲載させていただいた谷口雅春先生の 「耿耿
(こうこう)の言 <暴力から合掌へ>」 を自身肝に銘じ、また生長の家総裁をはじめすべての信徒が、この雅春先生のお心を拳々服膺し大調和の神の国の地上顕現に協力しあっているすがたを、熱祷してまいります。

 自分の中にすべてがある。すべてが自分である。それ故に、すべてを拝む者こそ、真に自分を拝む者なのである。

 このことに気がつかせて下さいました神様、ありがとうございます。

   (2017.8.13)

377 日本は、侵略国ではない。


 神の創造(つく)り給いし日本国の理想は、宇宙の理想と一つのものであり、実相の日本国は侵略戦争をしていない。

 ただ、現象界は、まだ完全が現れる途上(人類進化の途上)であって、そこには 「絶対」 というものはない。立場によって観方が変わる、相対の世界なのである。

 「日本は侵略国ではない」 というのは、「実相において」 だけではなく、現象世界の国々が合意した国際法の定義に従っても、大東亜戦争で先に侵略をしかけたのはアメリカで、日本はそれを排除しようと立ち上がったのだ、と言えるのである。

  #371 で録したように、谷口雅宣副総裁(当時)が

≪ よく考えてみよう。読者は、次の質問に自分で答えてみてほしい:

① “大東亜戦争” で侵略行為を行ったのは 「日本」 なのか 「アメリカ」 なのか?
② “大東亜戦争” で侵略を排除する側に立ったのは、「日本」 なのか 「アメリカ」 なのか?

 正解は、①が 「日本」、②が 「アメリカ」…であるはずだ≫


 
(一部省略) と書かれたことに対して、私は

 
≪ 大東亜戦争の背景を含む全貌が次第に明らかにされて来た現在、上記の答えは逆で、①はアメリカ、②が日本とする見方も出て来ている。それは見る立場が違えば逆の結論になるのである。現象界に、「絶対にこれが正しい」 という答えはない。≫

 と書いた
(一部省略)。このことについて具体的に述べましょう。

          ○

 東京裁判で日本を侵略国と断定した国際法的な根拠は、パリ不戦条約、別名ケロッグ・ブリアン条約である。アメリカの国務長官ケロッグとフランスの外務大臣ブリアンの共同提案による不戦条約が1928年パリで日本を含む主要国15ヵ国の署名により発足し、その後63ヵ国が署名したものである。

 この条約を批准することの是非を巡る議論がアメリカ議会で行われたのであるが、それは日本の真珠湾攻撃の13年前の12月7日(アメリカ時間では真珠湾攻撃は7日)のことであった。条約の説明者は、その共同提案者の一人であったケロッグ国務長官である。東京裁判において、ローガン弁護人はこの議事録を引用しつつ、「日本は挑発挑戦され自衛に起った」 という最終弁論を展開している。

 これをとりまとめたケロッグ自身が、アメリカ議会で 「なぜ戦争をしてはいけないのか」 と質問されて、次のように答えている。

 「不戦条約は、戦争をしてはいけない条約ではない。侵略戦争はしてはいけないが、自衛のための戦争は禁止していない」 と。

 それならば、何が侵略戦争で何が自衛に当たるのか」 と聞かれて、

 「例えば国境を越えて攻め込むとか、経済的に非常に不利益なことを与えるといったことは、侵略とみなしてもよいが、

 自衛かどうかは各国に決める権利がある。自衛の概念は広範で、経済的脅威に対するものまで含められる」

 
と、不戦条約をまとめた本人がアメリカ議会に対してそう答えている。さらに

 ≪ケロッグ長官は 「国家が攻撃されるのではなくって経済封鎖を受けるとしたら?」 という質問をうけた。ケロッグは 「戦争しないで封鎖などということはありません」 と答えた。

 その時一上院議員が 「そういうことは戦争行為です」 と言うと、ケロッグは 「断然戦争行為です」 と言ってこれに同意した。≫

 と議事録にある。

 それに対してだれも異論を唱えず、当時の国際常識であったという事である。経済封鎖は、国際法によると 「戦争行為」 の一つなのである

 とすると、この 「絶対的な戦争行為」 を日本に対して仕掛けてきたのはどこか。

 長期化した日中戦争への支援を財政経済援助から軍事援助へと拡大していったのは、米英、とりわけアメリカであった。日本が再三にわたって蒋介石政権に対して和平を呼び掛け、それが現実化しそうになると、妨害して潰
(つぶ)してしまったのはアメリカの支援と介入であった。アメリカの軍事支援は武器に止まらず、空軍兵士の派遣にまで拡大していくのである。

 対中支援はABCD包囲網に発展し、「遂に経済断交を敢えてし、わが国の生存に重大なる脅威を加え」 「東亜安定に関する我が国の積年の努力は悉く水泡に帰し、我が国の存在まさに危殆に瀕す」(宣戦の詔書)状態となった。アメリカ、イギリス、オランダなどによる経済封鎖は、重要資源をことごとく禁輸するというまさに、国家存続にかかわる所まで徹底して来たのである。貿易により生きるよりほかのない日本という国家を経済封鎖という手段によって絞め殺す挙に出てきたのである。

 これらの国こそが戦争を仕掛けた国なのである。アメリカこそ最初に戦争行為を仕掛けた国=侵略者というべきである。

 戦争行為を仕掛けられた国は、固有の自衛権を発動できる。国際法に基づいて、日本は正当な自衛権を発動したのであり、侵略国はアメリカと言えるのである。

 1948年に刊行された元アメリカ歴史学会会長のチャールズ・ビアードの 『ルーズベルトの責任――日米戦はなぜ始まったのか』 は、最も本格的な研究書で、議会資料に基づき、ルーズベルトが日本に最初の攻撃を仕掛けるように仕向けたことをほぼ立証している。

 また、第31代大統領フーバーが二十数年の歳月をかけて書きあげた著書「Freedom Betrayed」(裏切られた自由)で、フーバーは次のように言っている。

〈日本との戦争の全ては、戦争に入りたいという狂人(ルーズベルト)の欲望であった〉と。

 フーバーは戦後1946年に来日し、マッカーサー最高司令官とサシで3回、計5時間会って話をした折に、「私はこのように思う」 とマッカーサーにいったところ、マッカーサーは 「私もそう思う」 と答えた、という。

 東京裁判は、マッカーサーが連合国から全権を受け、国際法にも何にもよらずに行った軍事裁判であり、マッカーサーが敵として戦った日本に極悪の烙印を押し、リンチにかけた、裁判というに値しない茶番だったということが明らかになってきた。その東京裁判は、日本が侵略の大罪を犯したとして、有罪の判決を下した。

 しかしマッカーサーは朝鮮戦争を経験して、共産勢力の浸透やアジアの歴史的状況とその中における日本の位置を客観的に認識することができたとき、それまでの認識を180度転換し、日本が戦争をしたのはセキュリティのためであったと知った。

 それでマッカーサーは、1951年(昭和26年)5月、アメリカ上院軍事外交合同委員会で、東京裁判の判決を否定する証言をしている。即ち――

 「彼ら日本人が戦争を始めた目的は、主として安全保障の必要に迫られたためであった」 と。 

 だから、サンフランシスコ講和条約には日本の侵略を非難するような文言は一言半句も見られない。

 ただ、東京裁判はすでに判決が下っている。判決をいまさら否定するわけにはいかないので、サンフランシスコ講和条約で日本は東京裁判の諸判決(judgements)を受諾し、刑の執行を継続する、という講和条約第11条が置かれたが、この条項には

 「ただし各国と話し合って合意を得れば刑の執行を中止することができる」

 という条項が付け加えられている。よって日本は条項にあるような措置をとり、執行中の刑をすべて中止している。つまり、東京裁判は事実上なかったことになった、と理解すべきである。

          ○

 ――上記は、渡部昇一氏著 『日本興国論』 等によりました。

 私はこの 「アメリカが侵略者で、日本は侵略を排除する側に立ったものである」 というのが絶対的真理であるとも思いません。現象世界に 「絶対」 というものはない。

 アメリカにとっては、日本が真珠湾攻撃を仕掛けた侵略者である、ということが譲れない見方でありましょう。

 しかし、日本から見たら、先にアメリカが日本を絞め殺すような経済封鎖という戦争行為を仕掛けてきた侵略者であって、日本はアメリカの侵略を排除する側に立ったのだと言える。

 現象界の対立関係において、一方が絶対に正しいということはあり得ないのである。

 ヘンリー・ストークス氏は、その著 『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』 で、欧米人の本音を次のように語っている。――

≪   「白人の植民地」 を侵した日本の罪

 私がアジアに初めて来たのは、1964(昭和39)年。当時白人世界では戦後一貫して、日本への憤りが蔓延していた。そこには、怨念があった。

 大東亜戦争で、日本軍の戦いぶりは、この世の現実と思えないほど、強かった。イギリスは何百年も続いた植民地から、一瞬にして駆逐された。戦闘に敗れたというだけではない。栄華を極めた大英帝国の広大な植民地が、一瞬にして消えたのだ。この屈辱は、そう簡単に忘れられるものではない。

 イギリスは数百年間にわたって、負けを知らなかった。大英帝国を建設する過程における侵略戦争は、連戦連勝だった。私はイギリスは戦えば必ず勝つと思っていたし、学校でそのように教えられた。

 ところが、第二次世界大戦が終わると、植民地が次々と独立して、ピンク色(英国領)だった世界が、さまざまな色に塗り替えられてしまった。

 大英帝国は植民地を徹底的に搾取することで、栄華を保っていた。どうして、イギリスが植民地支配なしで、栄華を維持できたことだろう。日本の手によって、大英帝国の版図をすべて失った第二次大戦後の日本のイメージは最悪だった。

 日本人を徹底的に打ち砕き、完膚なきまでに叩きのめさねばならなかった。勝者の正義などは、まさに「建前
(ウィンドウ・ドレツシング)」で、復讐をせずには収まらなかったのが 「本音」 である。

 東京裁判も、まさに復讐劇だった。

 日本は欧米のアジアの植民地を占領し、日本の将兵が宣教師のような使命感に駆られて、アジア諸民族を独立へ導いた。日本はアジア諸民族に、民族平等というまったく新しい概念を示して、あっという間に、その目標を実現させた。

 それは、植民地支配という動機とは、まったく異なっていた。これは、まぎれもない事実だ。アジアの諸民族にも、独立への期待が強くあった。西洋人はこうしたまったく新しい観点から、世界史を見直す必要がある。

 西洋人はこうした史観を持っていないし、受け入れていない。

 東京裁判では、「世界で侵略戦争をしたのは、どちらだったか」 ということに目を瞑って、日本を裁いた。それは 「有色人種が、白人様の領地を侵略した」 からだった。

 白人が有色人種を侵略するのは 『文明化』 で、劣っている有色人種が白人を侵略するのは 『犯罪』 であり、神の意向に逆らう 『罪』 であると、正当化した。あらゆる手を使って、正義は自分の側にあると、正当化しようとした。

 東京裁判は復讐劇であり、日本の正当性を認めることなど、最初からありえないことだった。認めれば、自分たちの誤りを認めることになってしまう。広島、長崎に原爆を投下し、東京大空襲をはじめ全国の主要都市を空爆して、民間人を大量虐殺した 「罪」 だけでなく、もっといえば、世界で侵略を繰り返してきたその正義の 「誤謬」 が、明らかにされることがあっては、けっして、ならなかった。それが、連合国の立場だった。……≫


 ――この史観が絶対に正しいというわけではない。悪と見えるものもすべて善が現れ出でようとしている途上のすがたであって、絶対悪ではない。欧米の白人たちが侵略者で絶対悪ではない。しかし、上記も現実の歴史の大局的な一つの観方なのである。


 思えば昨年12月27日、安部総理はハワイ真珠湾を訪れ、75年前の旧日本軍による攻撃の犠牲者を追悼するアリゾナ記念館で献花した。その後での演説は、感動的だった。

 戦後の米国の日本に対する復興援助に心からの感謝を述べ、

 「歴史に残る激しい戦争を戦った日本と米国は、歴史にまれな、深く強く結ばれた同盟国となりました。それは、いままでにもまして、世界を覆う幾多の困難に、ともに立ち向かう同盟です。明日を拓く、『希望の同盟』 です。」 と。

 悪は本来ないから消える。こうして、恩讐を超えて大和解ができ、神の国は必ず実現するのである。今は、人類進化の過程にあるのである。

 
悪はない。すべて善しの世界である。

 
日本は、侵略国ではない。世界平和の鍵を握る、尊い使命を持った国である。

 もちろん、神は悪を創造り給わなず、すべて善しの世界であるから、生長の家総裁が悪であるわけはない。

 生長の家総裁は、私達を一層すばらしい奥深い真理の道、「神の子」 の自覚に導くために現れられた観世音菩薩である。感謝しなければならない。

 そして “生長の家本流” を名乗る分派の人たちもまた、神縁あって生長の家の御教えに触れた尊き 「神の子」 なのである。悪であるわけはない。

 両者は対立関係にあると見ゆれども共にいっそう素晴らしい世界平和、神の国の地上顕現のために切磋琢磨し、大局的に見れば協力し合っているのである。

 私は、それを信ずる。

 神意
(みこころ)は必ず実現する。ありがとうございます。

   (2017.8.10)

376 私の中にすべてがある。すべては私である (7)


 坂入貞夫さん(#353#354#355 参照)が、「坂入クラブ報」 の8月号を送って下さいました。

 次のように書かれていました。――(抜粋)――


≪    人生で一番大切なことは
                              坂入悟雲


 この、世の中で、何が、一番、大切なことか、といいましたら。

 全智全能にして、円満完全なる神様に、波長を合わせることだ、と思います。これは、研究に、研究しまして、追究しました、結論ですね。

 全智全能にして円満完全なる神様です。

 何でも、知っている方です。

 なんでも、出来る方です。

 そして、円満にして、完全なる、一切の、悪が、無い方です。

 対立が、ない方です。

 お名前は、ともかく、としまして、この神様に、この存在を、ここでは、神様と、申し上げたいのです。

 そうでないと神様と、いいながら、何かと、対立してみたり、 どちらが、正しいとか、といいまして、争うことになるからです。

 そう言う、神様では、困るのです。

 今、世界には、いろいろの宗教が、ありまして、あれは違うとか、これが正しいとか、申しまして、結果として、争っていますと、実に困るのです。

 とにかく、この宇宙には、対立無き、たった、一つの、神様が、いることは、間違いない、と思うのです。

 その、本物の、神様に、波長を合わせる、と善いと思うのです。

 絶対なる本物の、神様に、波長を合わせますと。

 その瞬間から、実に、平和な世界が、体験できると思います。


     一人一人が自由なんですね。


 信仰を持つのも、結構です。持たなくても、結構です。

 一人一人の人は、何を考え、何を信じても、自由なんですね。

 当然、どんな行動をとるのも、自由なんですね。

 それは、間違っている、というのも、自由ですし、言わないのも、自由です。

 本物の神様は、全く、一人一人の人間に、完全な、自由を与えている、のです。

 こんな事を申しますと、世の中を、善くしようと、活動している、人には、怒られると、思いますが、とにかく、怒られたら、逃げ出すしかありません。

 本物の神様は、毎日、太陽を与え、空気を与え、水を与え、必要なものは、無償で唯で、与えてくださる方、ですから。

 とにかく、ありがたいことしか、ないのですね。

 皆様が、幸福に生きることは、簡単です。

 何にも、言わないで、必要なものは、こんなに、与えられている、のですから、実にありがたい、世界に生きて、いるということに、なります。

 こんなに、ただで与えられている、のですから、自分のできることは、人に、ただで与える、心になりますと。

 皆様の人生には、何一つ、困る事が、無い世界、が、開けて参ります。

 ただで、もらっているのですから、人のために、ただでも、喜んでするような心に、なりますと、人生に、困ることはなくなります。


     人生には善いことしか無いのです


 この、人生には、何一つ、悪いこと、は、無いのです。

 このこと、さえ、気が付きますと、その、瞬間から、皆様の人生は、善いこと、しか、起こらなくなります、から、こんな、簡単なこと、はありません。

 ほとんどの、人は、何か、悪い事、がある、ということを、信じた、うえで、善くしようと、努力している、のです。

 これが、スタートからの、思い違い、なのです。

 皆様に、とりまして、悪いこと、は、本当に、何も、無いのです。

 なんで、こんな、簡単なことが、理解できないか、と申しますと、人生の中には、いろいろと、悪いこと、が、ある、という、事実を、見たり、聞いたり、していますから。
悪い事実が、あることを、信じている、のです。

 その、コツは、常識信仰の、転換と、いうことです。

 現実と、いうものは、嘘なのです。


     2000年前にユダヤの地でキリストとして
         教えを説いたのは私である



 17歳のときに、真理第一巻に、ふれたときの、体験を、申し上げますと、2000年の、昔、キリストとして、教えを説いたのは、私である。

 という、実感を、持ったのです。

 今、それを、思い出した、のです。

 あまりにも、傲慢です、から、人には、言えなかったのです。

 しかし本当に、そういう、実感を、持っていたのです。

 生命の実相を、お読みになった方、ならなば、そう、思わなければ、おかしいと、思っていたのです。


     世の中を善くしたいならば
        自分の心を善くすれば良いのです



 あらゆる人の、問題というものは、人の悪を、赦せない心が、自分を縛っているだけなのです。

 とにかく、皆様が、幸福になるには、誰のことも、間違っているとか。

 怪しからん、と、批判したり、しなくなりますと。

 実に、豊かな、平和な、世界が、現れてくる、と思います。

 それには、全智全能にして、円満完全なる、神様を、信仰すればよい、と思います。

 この、世の中に、悪いことは、何も無い、悪い人は、一人もいない。

 という、事に、気がつくだけで、良いのです。

 円満完全なる、神様に、波長を合わせますと。

 皆様の、人生体験の中に、何一っ、困ることや、悪いことは、出てこなくなります。

 全智全能なる、神様は、何でも、御存知です、から。

 あなたが、困ることや、必要なことは、何でも、分っているのですから。

 心配すること、は、何もありません。


     人間が幸福に生きることは実に簡単です


 どうすれば、良いか、といいますと、俺が、おれが、と、頑張りまして、人生を切り開く、やり方も、結構ですが。

 自分の力では、1秒も、生きられない、という、事実に、早く気がつけば良いのです。

 どんな、天才でも、大人物でも、自分の信念で、1分も、自分の心臓を、動かせる人は、居ないのです。

 と、同時に、人間というものは、全宇宙の力が、自分となって、生きている、ということです。

 普通の人は、この地球の中で、又は、この宇宙の中で、一粒の小さな砂のような、存在だ、と思って、生きている人も、居ますけれども。

 その、あなた、そのものは、全宇宙を、自分として、持っている存在だ、ということです。

 世界の中で、大金持ちは、8兆円ぐらい、お持ちの方が、いるらしいのです。

 しかし、皆様、お一人、お一人は、全宇宙を、持っているのです。

 人間は、肉体ではありません。心であり。霊ですから。

 今、既に、全宇宙を、お持ちになっている、のです。

 地球の、全人類が、皆様の、心の中に、あるのです。

 皆様が、自分に気がつく、ということは、このことなのです。

 ですから、霊であり、心である、皆様は、死ぬ、ということは、無いのです。

 人間は、死なない、と、気が付き、皆様が、自分は、死なないと気が付きますと。

 人生で、心配することは、何もなくなってしまう、のです。……(後略)……≫



 ――坂入さん、うれしい真理のお話、ありがとうございました!!

 僕も、その 「絶対なる本物の、円満完全なる、対立なき神様、悪いことは何もない、善いことしかない神様」 を信じます。

 そして、そういう神様を信じるのが、生長の家の生き方であると思います。

 僕も、高校2年から3年になる前の春休みに、突然そういう神様がわが魂の底から湧き上がってきたような、不思議な霊的体験をしたことを思い出しました。

 そして後に 『生命の實相』 を読んだときに、「これだ!」 と思ったのでした――。


   (2017.8.9)

375 私の中にすべてがある。すべては私である (6)


 私は1991(平成3)~1992(平成4)年当時、谷口雅宣副総裁(当時)の 「日本侵略論」 を容認し、これに異を唱えた二川守氏を激しく批難し否定するような文章を書いて発表していた。

 実はそこで本当に叫びたかったのは――

 「唯神実相・実相独在」 が生長の家の 「いのちのいのち」 であり、それは中心帰一のすがたであって永遠不滅なるものである。しかし、現象界は時空間のスクリーン上にその影を映し出すすがたであって、まだ不完全であるが、それは 「無」 なるもの。

 本当の日本、実相の日本は戦争をしたことなく、侵略した事なく、負けたことのない光の国である。そこに立つことが大懺悔だ。大懺悔をして、神に中心帰一の生き方をしよう!

 ――ということを言いたかったのであった。

 しかしながら、私の信仰が不徹底で、谷口雅春先生とそのお孫様である谷口雅宣先生はわれわれとは異次元の別格の尊い方であるという思い――“お孫様信仰” というようなものがあって、「日本侵略論」 をも容認するような発言をしてしまったと思う。

 それは、すべての人間が等しく神の子であるという生長の家の信仰ではなかった。

 一方で、谷口雅宣 現総裁のすがたを見て、

 「総裁が、尊大な姿勢で、信徒を敵として攻撃しておられるような物言いは、今もあまり変わっていないようです。」

 などと他人事のように、批難の思いをもって言うようになっていたのも、私のまちがいであった。

 谷口雅春先生は、

≪ 外界が自分を包んでいるように見ているけれども、実は自分が外界を拵(こしら)えているのです。自分の心の世界がプラネタリウム(天象儀)みたいに展開しているのです。プラネタリウムの機械の仕掛が空の星になって現れるように、自分の心の世界が外の世界に現れているのだけれども、これに気がつかない人が多いのであります。

 そして外の世界に外のものがあると思い、「あの人が悪い、此の人が悪い」 と、こう思うのです。
 しかし、実は 「あの人」 と思っていたのは、実は 「自分の心の姿」 なんです。「他の人」 じゃないのです。「自分」 なんです。親が怒っていると思っているんですけれども、そうじゃないのです。自分が怒っているのです。そうしたらそれが映って親が怒った顔しているんです。≫


 とお教えくださっている。

 「総裁が尊大な姿勢で、信徒を敵として攻撃しておられる」

 と見たのは、実は私がそれをしていたことに、今やっと気がついたのであります。

 申し訳ございませんでした。

 私の中に、すべてがあったのであります。

 私はすべてのすべてであったのであります。

 このことに気がつかせて下さった総裁先生、すべての皆さま、ありがとうございます。

          ○

 谷口雅春先生はまた、かつて 『動向』 という武藤貞一氏主宰の雑誌に、連載で 「耿耿
(こうこう)の言」 という随想を執筆していらっしゃいましたが、その一つのコピーが出て来ました。
 それを、感動しながらここに録させていただきます。


≪  『動向』 誌所載 《耿耿の言》

   暴力から合掌へ ─ 学内暴力の一掃策 ─

                           谷口 雅春

 毎朝わたしは神前に坐して 『甘露の法雨』 又は 『天使の言葉』 の如き生長の家の聖経を朗読することにしているのである。その聖経の中に

 「一つの物体(光源)の周囲に百万の鏡を按きて
 相対せしむれば百万の光を発せん。
 人は神より発せる光であって
 甲乙丙丁互いに相分れて別々の存在と見ゆれども
 すべて “神” なる一つの光源の反映であって、
 本来一つの光であって、
 すべて一体であるからその実相を自覚すれば
 互いに愛と讃嘆の念湧き起らん」

 という意味の事が書かれているのである。

 それを読みながら近頃、頻々として起っていることが報ぜられている教師と生徒との間に於ける反感や暴力沙汰は、この真理を互いに自覚すれば、教師と生徒との間に起る反感や暴力沙汰は自然に消えてしまうのに!! と思いながら、日本の文部大臣にこれ位のことがどうして出来ないのかと歎息の溜息を吐いたのであった。

 教師と生徒とが一つの大生命(神)より発した光であり、
 互いに兄弟姉妹であり、
 互いに愛と讃嘆の念が起るならば、
 教師と生徒との間に起る暴力の原因が消えてしまうのである。

 こんな簡単明瞭な真理が、どうして
 現代の教師にも生徒にも解らないのだろう。
 すべて教師と生徒との両者に生長の家の説く真理を会得さしてしまえば、
 それで万事はOKである筈である。
 それが出来ないのは皆な唯物論者であって、
 互いの神性を拝むということを知らないからだ。

 そう思ったとき、私はもう数十年も前の事であるがこんな記憶があるのを思い出した。

 大阪の難波の駅から急行電車に乗って和歌山へ私は行くことになっていた。

 その時信徒の人たちが多勢私を見送りに来て、皆々私の方を向いて合掌していた。

 私も見送りの人たちに向って、列車の窓に両肘を突き窓から半身を乗り出すようにして合掌していた。

 肉体の形が合掌しているのではない。互いの魂が相互に合掌して礼し敬しているのである。

 その時、ひとりの男の人が私のいる列車の窓口ヘ
 つっと近づいて来て、私を合掌して拝んだ。そして云った。

 「私は今日、刑務所から出て来た者であります。
 娑婆へ出て来たけれども、どうして今後生活すれば好いか見当が付かないのでした。
 しかし私は先生の合掌していられるそのお姿を拝しました。
 そして私は今後どのようにして生活すればよいかを知らして頂きました。」

 私は列車の窓から腕を突き出して、その男の人の手を握った。
 「兄弟よ、あなたは“神の子”である。如来である」 と私は心で念じた。


 今、日本の諸方の学校で起っている校内暴力はどうして起るのであるか、
 総理大臣も文部大臣も唯、拱手傍観していて、
 「暴力者は悪い奴である」 と念ずるばかりで
 為すべきすべを知らないらしいのである。
 そして此の暴力沙汰を引き起す原因については
 何ら御存知ないらしいのである。
 本当の暴力の起る原因は教師の 「心」 の中にあるのだ。

  (註)その暴力者を 「悪い人である」 と念ずる教師自身の 「心」 の中にあるのだ。

 現在、学校で教職についている先生方は
 自分の知りている知識を生徒に授けるのが教職者の
 仕事であるとのみ思っているらしい。

 “授ける” “受ける” の立場に立って、
 先生と生徒との関係は、上位と下属との関係である
 と漠然と思っている先生が多いのではあるまいか。

 なまけていて進歩の少い生徒は劣等の人間であると、
 先生はその生徒を軽蔑する。
 生徒は教師の自分に対する軽蔑を
 先生の表情又は雰囲気で直感する。

 生徒はこんなとき先生よりも霊感的であり、
 先生の軽蔑心をすぐ直感的に身を以って体感する──
 “何クソ” と生徒は先生に反感を起すのだ──

 もうこうなったら “正しい教育” は成り立たないのである。
 生徒は先生に対して敵意をもつ。
 生徒の教師に対する校内暴力は
 此の敵意のあらわれであるのだ。


 私は老齢既に卒寿を越えて脚腰の動作が不便であり、坐位でも椅子でも直立でも、相当時間一定の姿勢をつづけて講義することは勿論、執筆すらも長くつづけることができない。併しもう少し若かった頃公会堂その他の大会場で、皆に話すために演壇に立った時、いつでも聴衆に向って私は低身合掌して 「皆さん、ありがとうございます」 と先ず礼拝の言葉を演べた。私は講演するとき、相手を見くだして教える心で立ったことはない。

 皆なを拝む心で演題に立てば、皆なが話者を拝んでくれるのである。演者は別にその効果を期待して、聴衆を合掌して拝んでいるのではない。真理の講話を話しに来る者、またそれを聴講に来る者、倶に深い因縁のあることである。

 学校暴力とか校内暴力とか云う乱暴な出来事が起るのは、教師も生徒もその深い因縁に気付かないで教師が、“生徒を拝む心” で講壇に立つのではなく 「万一の事が起った時には護身のために必要だから」 と理窟づけして、教師の方がポケットに護身用ナイフを忍ばせて演壇に立つからである。

 即ち、相手を傷つける想念は隠し持ったる護身用具に随伴する。想念は造る力であるから、自分の予想するものが形の世界にあらわれて来て、自分を傷つけ又、相対する相手を傷つけることになるのである。

 私は中学時代大阪市岡中学で学んだのであるが、教師は演壇に立ったとき、生徒総代又は級長が号令をかけて 「先生に礼拝……直れ」 などと音頭をとって 「形式的に敬礼」 させる。

 それでは軍隊式で、形式が先に立って
 「先生に礼拝する」 ごとき、魂で恩愛を感じて自然にお辞儀が出来てくるのとは違って、強制される礼儀形式ばかりが先に立つ。

 生徒の中には、そんな形式的な命令に従ってお辞儀をさせられる事は、「自由を縛る束縛だ」 と反感を懐きながらお辞儀をしている者もあっただろうと思うが、私もそれ等生徒の一人であった。

 尤もその時代の中学生と先生とは、弟子と師と云うような階級的な次元に於いて対立感情で向かい合っているのではなかった。儒教的な 「三尺さがって師の影を踏まず」 という 「礼」 の秩序性が表現されたものであって、先生と生徒とは互いに共学の研心の同朋であった。

 相互は、学校の授業時間だけに於いて共学研心の同朋であるだけでなく、学校の授業時間を了えて校外に出ても、先生と生徒とは何らかの意味に於いて研心の同朋であった。

 あの時代の中学教師と中学生との精神関係を喚び戻すことが出来れば楽しいと思う。

 私は数学の時間に幾何や代数の問題で先生に屁理窟を云うと、先生は 「もう谷口君にかかったら負けだ」 と笑いながら云った。

 今でも先生と生徒との関係が愛情によって結ばれていたことをなつかしく思う。

 教師が本当に生徒たちに皆一視同仁的に各々の生徒を愛の心を以って立ち向うならば、教師の表情が愛に満たされた様子で、常にどの生徒に対しても同様に立ち向うことになる。

 その時には黒住教祖の宗忠尊師が

  立ち向う人の心は鏡なり
    おのが姿を映してや見ん

 と、いみじくも詠われた状態が現れて、生徒はその教師に対して親愛の感情を感ずるのである。これは空想ではない、現実に成り得る問題だ。

 (中略)

 生長の家の箴言にある、いつも天気に対してお礼を云う気持で “神様、好いお天気を与えて下さいまして有りがとうございます” と念ずる習慣のある人は、天気に祝福されて、その人が旅立つときには好天気が常につき添うて下さるのである。

 もう十数年も前のことであるが、私たち夫婦は各国を身を以て知るために世界旅行に出掛けたことがある。ドイツを廻った時の季節は、朝晴れているかと思うと数時間もすると雨が降る 「秋しぐれ」 の季節であった。

 ドイツで私たち夫婦を道案内して下さった方は、日独交換教授として、ドイツに駐在中の日本の早稲田大学の独逸語教授の山田先生であった。山田先生は

 「ドイツのこの季節にはいつ時雨るかも知れませんから雨具を用意してまいりましょう」

 と時々云われたが、わたしは、

 「常に天気に対して私たちはお礼を云っていますから、私が観光に出掛けている時間には雨は降らないでしょう」

 と答えたものである。そして“雨降る”予報の天候は、私の言った通りに私たちが宿舎に帰ってから降り始めるのであった。

 私たちの案内役をつとめて下さった山田先生も、天候が私の云う通りに適当に変化するので偶然としてはあまりに不思議だと感心していられた。

 近頃、日本の国では人間界だけではなく、天候があまりにも傷ましいほどに大自然の暴力を揮うのである。古への為政者はこのような時、自分たちの政治のあり方に、天意に背く間違ったやり方を行なっている点があるのを御気付けして下さるのではなかろうかと反省して、行政の姿勢を正したものである。

 今は民主主義の時代であって、何事も人民主宰の世界であるから、為政者にして、

 「罪あらば我をとがめよ天つ神、民はわが身の生みし子なれば」

 とお詠みになった歴代の天皇の大御心を自分の政治の上に復唱する者は、既に為政者の中心にないのである。

 現下の日本に必要なものは、何よりも為政者の心の姿勢を反省することである。

 今こそ私は 「教育勅語」 の復活を中曽根総理大臣に宣言して頂いて、為政者自身の心を浄めることを 「第一の事」 として、先ず何事も第一の事を第一に為し、国民総じて実践する道を行く扉を開かれんことを希望するのである。

 今、日本の為政者が教育勅語の実践的復活をみづから提唱し、みづからが率先して実践せられるならば、想像もつかない教育界の大なる浄化作用が滔々として起ることを期待して、その実現を私は待ち祈るのである。≫



 ――上記は谷口雅春先生の御文章のみのコピーが出て来たので、『動向』 誌何年何月号に書かれたものか不明ですが、「中曽根総理大臣」というのは昭和57年11月7日から62年11月6日まで約5年間在職しており、谷口雅春先生は昭和60年6月17日に御昇天になっているから、先生最晩年のご執筆である。

 「耿耿
(こうこう)の言」の「耿」には、<耳がひらいてあきらか。目がさえて眠れない>という意味があり、「耿耿」は、<光が明るいさま>と、<心が安らかでない。気にかかって寝付かれない>という意味があります。先生は90歳の最晩年にも、そのような深い祈りの気持を持っていらっしゃったのであります。

 「私の中にすべてがある。すべては私である」 という自覚から

 「罪あらば我をとがめよ天つ神、民はわが身の生みし子なれば」

 という思いにつながる。それが 「神の子」 の自覚であろうと思います。

 ありがとうございます。合掌


   (2017.8.8)

374 私の中にすべてがある。すべては私である(5)


 1992(平成4)年7月、二川守氏が 『國民新聞』 に 「創始者の教えに反す」 と書いた “告発文” を読んで私は、直ちに 「二川守氏に反論す」 という論文を書いた。そして機関誌 『生長の家相愛会』 の同年10月号に掲載されたその全文を、恥ずかしながらここに再録し公開します。

          ○

  二川守氏に反論す
                    岡  正 章

(リード) 「生長の家」 路線変更か――とは皮相な見方、井蛙(せいあ)の見(けん)なり。
創始者の教えに反しているのは、二川氏の方ではないか。
今こそ真の日本救済――小日本ではなく 「大日本
(ひかりあまねきせかいのくに)」 の実相顕現のために起ち上がるべき時である。そのためには、「大懺悔」 が必要である。

          *

 私は平成4年7月25日付の 『国民新聞』 に掲載された二川守氏の 「告発」 文を読み、これは生命の実相哲学を抜きにした “井蛙の見” ともいうべき俗論、迷論であると思った。それを、「十八年間、本部講師として多くの人達の指導に当たって一心不乱に奉仕してきた」 という二川氏が、“神の鉄槌” などと偉そうなことを言って臆面もなく発表されたことを、はなはだ恥ずべきことと思う次第である。

 また、このような軽薄な(と私は思う)「告発」 文を一面トップに大きく掲げた 『国民新聞』 の編集者、主宰者に対しても、尊敬の念を失わしめるものとして、まことに残念に思う次第である。

 二川氏の 「告発」 文をきっかけに、今一度尊師谷口雅春先生の 「日本は侵略国ではない」 とのお言葉、そして副総裁谷口雅宣先生が 「侵略したのは日本」 とおっしゃったことの意味をかみしめ、整理して考えてみた。それを、次に記述させていただこう。

   日本は侵略国か

 谷口雅春先生はたしかに、「日本は侵略国ではない」 と説いて来られた。しかし、これは現象的な相対の世界の皮相な観点から日本無罪を主張しておられるのではない。深い生命の実相哲学から出てきたお言葉である。その奥義、秘密義に思いを致さねばならぬと思う。

 『聖なる理想・国家・国民』 の15頁には、

≪ 日本国家の理想とは何であるか。それは 「宇宙の理想」 と一つのものである。

 「宇宙の理想」 とは釈尊の説く金波羅華
(こんぱらげ)の世界であり、キリストの祈りである 「みこころの天に成れる世界」 である。

 日本国を “侵略国” と誣
(し)いる者は何者ぞ。去れ!! 日本国は世界の救世主たる使命を帯ぶ。≫

 と書かれている。

 ここでも前半のお言葉から明かな如く、「実相独在」 の観点から、「理念の日本」 「日本の実相」 を観じ、日本の使命を直観して説かれている。

 『日本を築くもの』 の第3章に、「堅固法身
(けんごほっしん)・膿滴々地(のうてきてきぢ)」と説かれ、『我ら日本人として』 第四章にも「“理念の国” と “現象の国” に就いて」 として詳説されている 「理念の国」 を直視(じきし)し、「実相」 の大地に立って説かれているのである。そして 『我ら日本人として』 の 「はしがき」 には、

≪ 真にその人が“恋人”を愛するならば、自己の理想を恋人に移入して此を理想化せずにはいられないであろう。そしてその理想化の熱情が高度であればついに現実の醜くさを焼きつくして、その恋人を理想的な姿にまで変貌してしまうことができるのである。

 私はこの恋人の熱情のように日本国を愛し、どんなにまだ現実が 「まだ愛するに足りなく」 とも、その熱情の焔
(ほのお)をもって、現実の醜くさを焼きつくして、日本国を理想の美しさにまで変貌せんとするものである。≫

 と書かれている。

 そのようなお立場、お心から、前記 『聖なる理想・国家・国民』 のご文章も出て来ているのであり、二川氏が引用されている 『神ひとに語り給ふ』 293頁の 「大東亜戦争の意義」 と題されての谷口雅春先生のご文章においても同様なのである。

  
(注・そこには、#368 に引用させていただいた『霊性の目覚め』の終章とほぼ同様のことが書かれている)

 しかし、現実、現象のことになると、別である。

 谷口雅春先生は戦時中、「皇軍必勝」 という短冊をたくさんお書きになった。それは 「真に日本全国民が、神皇と神国との実相を知って戦うとき必ず勝つということを私は信ずるものである」(『生長の家』昭和19年7月号)というお心からであった。しかし、昭和20年1月、先生は、

≪ 今日は本当のことを言うが、僕は今の日本の戦は、陛下の御意志でないと思う。(略)一視同仁の神のみ心から御覧になったら、アメリカ兵といえども神の子である。その神の子であるアメリカ兵を出来るだけたくさん殺す方が好(よ)いというような、そういう戦争は神の御心ではない。したがって無論、陛下の大御心ではない。したがってそういう戦争をする日本軍は皇軍ではない。(略)僕は 『皇軍必勝』 と皇軍の勝つことを祈り書いているが、その皇軍は今の日本の軍隊のほかに別にあるような気がする……」(略)「日本軍、日本軍というもの悉(ことごと)くは皇軍にあらず、ただ天にまします吾が父の御意(みこころ)を行う者のみ、皇軍すなわち神の軍だと思う≫(『生長の家』昭和21年2月号)

 と述べられているのである。

 二川氏は 「我々が大東亜戦争をどうして 『聖戦』 と称するかと言うと、それは端的に言って昭和天皇の 『宣戦の詔書』 から来るところの “承詔必謹” の考えにほかならない」 と書いているが、谷口雅春先生は現実の大東亜戦争が “聖戦” であったとは決して認められていない。『古事記と現代の預言』 の119頁にも、次のように書かれている。

≪ 日本が大東亜戦争に敗れたのも、敗れるのには敗れる理由がある。中心を失っていたのであります。即ち日本天皇のみこころに背いて米英に戦争を布告したから負けたのであります。

 大東亜戦争直前の御前会議で、天皇が如何に平和愛好の心で、宣戦に反対せられたかは知る人は知っているのであります。しかし、明治の初めに既に 「万機公論に決すべし」 という民主主義的な御誓文が出て、それが日本の国是になっていましたので、時の勢力階級の大衆(軍閥)の戦争賛成論の多数決のために戦争が始まったのでした。これは、天皇をロボットにした結果であったのであります。≫


 これが谷口雅春先生のお教えである。「宣戦の詔勅」 が起草されたときにも、昭和天皇様はそれをお読みになって、「自分は戦争に反対であるが事情やむを得ないためにこれに御璽を押すから一句書き加えてほしい」 ということで特に「洵
(まこと)ニ已ムヲ得サルモノアリ豈(あに)朕カ志ナラムヤ」と明記されていることは、よく知られたことである。

 しかるに二川氏は 「昭和天皇の『宣戦の詔書』から来るところの“承詔必謹”の考えから、我々は大東亜戦争を聖戦というのだ」 とおっしゃるが、その“承詔必謹”は形だけのことであって、真に陛下の御心を体してはいない。
 また 「宗教において大切なのは、創始者の教義であり理念であり、即ち正法である」 と言いながら、創始者・谷口雅春先生の教えに反している。

 ここに 「我々」 とはいったい誰を指すのか。二川氏をはじめ独善的に自分の持論を主張することが先行して、生長の家創始者(谷口雅春先生)の教えをもないがしろにするような一部の迷える人々がいるとすればまことに遺憾なことである。これは二川氏の方が 「創始者の教えに反している」 のである。


 さて、何故このようなズレが起こってくるのであろうか。それは、実相と現象を混同し、「偽我
(ぎが)と真我(しんが)の甄別(けんべつ)(『生命の實相』第14巻第2章)ができていないからである。

 谷口雅春先生の近著 『神と偕に生きる真理365章』 83頁~84頁にも、次のように書かれている。

≪ パウロはこうして、「本当の我」 と 「我が中(うち)に宿る罪」〈過去の業(ごう)(ワザ)の集積である運動慣性〉とを分離することに成功したのである。(略)
 このパウロの自己分析による 「本当の自分」 の発見が、宗教的悟りの要諦
(ようたい)であるのである。

 私が時々コップの中の水の譬喩
(たとえ)をもって、「本当の自分」のことを修行者にわかり易く説明することにしているのは次のようにである。――

 「ここに透明なコップがあって澄明な純粋の水が入っているとする。この水の中に一つまみの泥を入れると、水は不透明になる。この時、人は “水が濁った” というのである。

 併し本当は水は濁っていない。水は依然としてH2Oの化学式をもった澄明な純粋の水である。濁っているのは水そのものではなくて、泥が濁っているのである。
 水は泥の濁りと何の関係もない。それだから漉器
(こしき)で泥を漉し去れば、あとには依然として純粋な水があるのである。

 それと同じく “人間・神の子”の完全な実相は、どんな汚れた罪人のように見える人に於いても、変ることなく、円満な実相そのままである。≫


 谷口雅春先生は、この純水のような実相の日本国を観じ、泥は水ではない、業
(ごう)は 「人間」 ではないように、真の 「日本」 は侵略していない、起こるべくして起こった戦争は、人類の業のなせるところである――と断じていられるのである。

 表面のお言葉の奥にある、先生の立っていらっしゃるところに立って、このお言葉をしっかと戴かねばならぬと思う。

 しかしながら、前掲書86頁に、

≪ 聖経に 「生命の実相を知るものは因縁(いんねん)を超越して生命本来の歪(ゆが)みなき円相的自由を獲得せん」 と示されているのであるから、どんな事をしても、超越すればよいと、多寡(たか)をくくって、無分別にも色々の悪業(あくごう)を平気でやる人がもしあるならば、その人は 「生命の実相」 を本当には知っていない人である。それだからその人は 「生命の実相を知る者は因縁を超越して……」 の恩典に浴することのできない人たちである。

 どんな小さな行為でも、それを為すことは業
(わざ)であり、因縁因果の世界に、業因を積み重ねつつあるのである。業(ごう)には善業(ぜんごう)も悪業(あくごう)もあるが、どんな小さな善業でも毎日それを怠らずに積み重ねて往ったならば、「生命の実相」 の悟りに入り、ついに因縁を超越することができるのである。≫

 と書かれている。


 『生命の實相』 第14巻4頁にも、

≪ 「われ罪の子」 の自覚が忽然(こつねん)消えて、「われ神の子」 の自覚に入るのが本当の 「生まれ更わり」 でありますが、この 「われ神の子」 の自覚を得るというのは、罪を犯しながら、その罪を犯している自分を 「これで神の子だ、これで真我だ」 と自慢自讃することではありません。(略)偽存在(にせもの)のわれの自覚を 「神の子なり」 「真我なり」 と名称を付けかえてみましても、それは何も真に 「神の子」 が自覚されているわけではない。≫

 と書かれている。

 谷口雅春先生は、この 「神の子」 の実相の立場から、「実相日本」 の立場から 「日本は侵略国ではない」 と言っておられるのであって、偽存在の現象日本国が侵略をしていないと言っておられるのでないことを、はっきりと自覚しなければならぬ。

 実相の日本国は一度も侵略をしたことはない。真清浄
(しんしょうじょう)・真無垢(しんむく)の神の国であり、神の構図、宇宙の実相をそのままに体現した国である。

 しかし、現実の日本人が、人類の過去の業のなせるわざとして、戦争(国際法上の定義による侵略)をしたことは事実である。それを隠蔽して、偽存在の日本が侵略国でないと言い張るようでは、真の日本の 「生まれ更わり」 はできない。それでは神界にまします大聖師谷口雅春先生はお泣きになるであろう。

 日本が戦争に敗れて劣等感や罪の意識に打ちひしがれていたときに、谷口雅春先生は声を大にして 「日本は侵略国ではない」 と叫ばれた。それによって私たちは希望と誇りをもって懸命に働いてきた結果、現在の日本の地位を築き上げることができた。

 そうしてここまで大きくなった日本が、さらに本来の神武建国の理想である 「八紘一宇
(はっこういちう)」――世界の真の平和実現の大きな使命を果たすためには、真の 「大懺悔(だいざんげ)」 「生まれ更わり」 が必要なのである。それにはまず、実相と現象、偽我(ぎが)と真我(しんが)の甄別(けんべつ)をして、偽我を否定し、真我をこそ光り輝かさなければならないのである。

 それ故に総裁谷口清超先生は、近著 『歓喜への道』 の第二章 「歴史の教訓〈大東亜戦争〉」 の中でも 「傲慢でない世界」 「現象に引きずられるな」 とお教えいただいており、第五章 「善因善果・悪因悪果〈国家も個人も法則は一つ〉」 でも 「よいことをしよう」(さらに積極的に善業を積もう)とお教えくださっているのである。

 副総裁谷口雅宣先生が、『理想世界』 の 「ネットワーク考」 の中で「“大東亜戦争”で侵略行為を行ったのは日本」 と書かれたのも、世界に大きな影響力を持つようになった経済大国日本が、さらに世界に受け入れられ尊敬される国として生まれ変わるには 「大懺悔」 が必要であるからである。さもなければ日本は再び大東亜戦争に突入したときのような過ちを犯し、人類は業
(ごう)の流転(るてん)に翻弄(ほんろう)されて永遠に世界平和は来ないからである。「大懺悔」 のためにはまず 「小我の否定」 が必要だからである。

 「大和の国の神示」 に、こう示されている。

≪ 大日本世界国(ひかりあまねきせかいのくに)と言うことを狭い意味に解して、日本民族の国だなどと考えるから誤解(まちがい)を生ずるのである。そんなものは小日本であり、本当の大日本国(ひかりのくに)ではない。

 天
(あめ)の下ことごとくが 『天のみこころ』 で満ちひろがる世界が来ることを、「全世界五大州の国土を 『天孫(てんのみこころ)』 に御奉還すべき時期が来る」 と教えたのである。

 天孫とは肉体のことではない。「肉体は無い」 と言うことをあれほど教えてあるのに、やはり肉体のことだと思って執着が強いから大それた間違をして取返しがつかぬことになるのである。

 神からみればすべての人間は神の子であるから、特に日本民族のみを愛すると言うことはない。あまり自惚
(うぬぼ)れるから間違うのである。≫


 天のみこころを現し、光あまねき世界――究極の世界平和を実現すべき尊い使命を持っているのが日本であり、その日本の実相を顕現すべき生長の家の使命は重大である。

 この時に、「小日本」 にとらわれ、言葉の表面
(おもてづら)にとらわれた妄論を吐いて、信徒や愛国の徒をまどわす言動は許されないと思う。今こそ、大いなる日本の使命実現のために、国を過まる事なきよう、神意によって法燈を継承せられた総裁・副総裁に中心帰一し、謙虚に、そして真の誇りと自信を持って、迷うことなく、明るく、人類光明化運動にひたすら勇往邁進したいと思う。

 (平成4年7月29日)

          ○

 ――以上が、「二川守氏に反論す」 という私の論文(機関誌 『生長の家相愛会』 平成4年10月号所載)でした。

 これは今、読み返してみても、大綱は間違っていない、「実相と現象」 の真理を立派に宣べていると思います。しかし、私は冒頭のリード文とそれに続く文章などで、谷口雅宣副総裁(当時)よりももっと尊大な姿勢で、二川氏を敵として攻撃しているようです。

 私自身、愛なき偽我慢心の “井蛙の見” で物を言っていたところがあったのではないかと、恥じ入り、懺悔の気持がわいています。

 また、谷口雅宣副総裁(当時)が、『理想世界』 の 「ネットワーク考」 の中で「“大東亜戦争” で侵略行為を行ったのは日本」 と書かれたことをも肯定するように書いていますが、これは今考えると、適切ではなかったと思います。これは、実相の日本が侵略国でないのは勿論ですが、現象世界に於いても、#371 で書いたように、

<<それは見る立場が違えば逆の結論になるのである。現象界に、「絶対にこれが正しい」 という答えはない。「アメリカが先に侵略戦争を仕掛け、それを排除するために立ち上がったのがのが日本」 という見方もある。
 それなのに複雑怪奇な国際関係のことを、単純に黒白をつけて 「日本が侵略国」 と断定してしまうのは不適切である>>


 というのが正解である。したがって、「実相世界において」 だけではなく、現象世界を見ても、谷口雅春先生が一喝されているように、


 「日本国を “侵略国” と誣(し)いる者は何者ぞ。去れ!!」


 である。――と今は思います。

 #372 で録させていただいた、「東京在住の当時74歳男性信徒A氏」 から、次のようなお手紙を頂いています。

≪ 『生長の家相愛会』 十月号 “二川守氏に反論す” の記事を拝見しました。二川守氏の告発文も読みました。岡先生の反論も読みました。どちらも正しく、どちらも思い違いしている。「井蛙の見」 は (???) でございます。二川守先生も生長の家の講師として活躍して頂きたかったけれども、才能豊かな先生であっただけに、残念と思っております。これが率直な私の感想で御座います。≫

 と。A氏の言は、論理的ではない(「実相と現象の甄別」が明らかでない)が、現象から見れば中
(あた)っている――と感じます。

 二川氏は直情径行の人で、よく渋谷の駅頭に立って街頭伝道演説をしたり、熱烈な練成指導をしたりして、ファンも多い講師でした。私も世話になりました。生長の家を退職してからある神社の神官を務めたりしたが、病を得て早世されたと聞いています。

 私は二川氏に対して、厳しい批判の言をいいすぎたと思います。お許し下さい。高き霊界に昇り神の祝福を受け、光り輝くすがたとなって、日本国実相顕現のため活躍されんことを祈ります。合掌

          ○

 私の上掲の論文は、生長の家信徒にとっては反論が難しいように立派に(?)書けているので、谷口雅宣・当時副総裁を中心とする教団の護持には大きな力になった。しかしそれだけに、二川氏をはじめ愛国の想いに燃えて活躍していた信徒の方々には打撃となったかも知れない。

 二川氏は、最初の “告発文” を発表したあと、同年8月号 『國民新聞』 に続編を書いている。その一部――

≪ ……前回、この間題に一石を投じて以来、毎日のように生長の家の地方幹部から信徒に至るまで、さらには有識者やマスコミ関係者等々、実に多くの方々から励ましの手紙や電話を頂戴したが、ただ不思議にも本部の専従者からは全く反応がない(一人かつての同志、ある教区の責任者から反論があった)。

 再言すれば本論は、教団を誹謗したり中傷めいた内部告発的な低次元の論では決してなく、現在の教団のあり方、(方針)が本来の生長の家の教義から大きく逸脱しているゆえに、その本来の相に還って頂きたく、悲嘆をもって世に問うのである。

 もし先の反論者のごとく、「副総裁の日本侵略論は正当、その奥義を理解せよ」 と強要するならば、まるで共産主義の信奉者でもその奥には 「世界の平和」 を願っていると言うのと何の変りもないではないか。その奥義を理解させるには、生長の家の 「実相哲学」 を深く学んだ人でない限り誤解を受けるのは当然のことである。

 はっきりしているのは、聖者は大衆の心境に合わせて方便説法して理解を深めようと努め、「実相」 「現象」 を対比しているようであってもそこには必ず一貫性があるのである。それを 「部分」 のみを捉えて、都合の良いように 「実相」 と 「現象」 を巧妙に分けていては大衆は曲解してしまうことが多い。

 この問題に関し、副総裁の 『理想世界』 誌上での、読者の質問に対する答は答になっておらず、逆に副総裁という立場を利用した体のよいオドシのように読み取れるのは私一人だけではあるまい。……≫


 ――私は当時、茨城教区教化部長として、本部を離れていたのである。


   <つづく>


   (2017.8.7)

373 私の中にすべてがある。すべては私である (4)


 「総裁が、尊大な姿勢で、信徒を敵として攻撃しておられるような物言いは、今もあまり変わっていないようです。

 それは、誰の責任でもない、私の責任なのであります。」


 と昨日私は書きました。

 それは具体的にどういうことか――それを、これから書きます。

          ○

 谷口雅宣副総裁(当時)が普及誌 『理想世界』 に書かれた 「日本侵略論」 は生長の家の内外に大きな波紋を呼び、1992(平成4)年7月には、 二川守・元生長の家本部講師の 「乱」 ともいうべき事件が起こりました。

 月刊 『國民新聞』 の平成4年(1992)7月15日号の一面トップに、

 「生長の家」路線変更か  谷口副総裁が「日本侵略論」展開

「創始者の教えに反す」 元本部講師・二川守氏が告発


 という大見出しで、二川氏の論文が掲載されたのが発端です。

 その二川氏の論文の一部を次に録します。



≪ 私は今、断腸の思いで筆を執らざるをえなくなった。これは洵(まこと)に悲しいことであり心の痛む思いである。

 なぜなら母の勧めにより生長の家に触れ、死線をさまようような病苦から解放され、そのご恩に報いるために18年間、本部講師として多くの人達の指導に当たって一心不乱に奉仕してきた。

 それだけにこれを発表するに際し幾度となく躊躇し長時間熟慮した。

 しかし、このまま放置し、あるいは私情によってためらっていては純粋なる多くの信徒のためにならず、かえって迷わすことになり、これでは日本救済と言いながら日本のためにならず神のみ心ではない、という強い信念と一大勇気を持ってこの小論を公にすることにした。従って次元の低い内部告発的なものでなく、正義の “草莽
(そうもう)の声” であり、神の鉄槌である。


 近時になって生長の家教団は、創始者谷口雅春先生の教示された教義を大幅に軌道修正した。否、軌道修正どころか方向転換である。

 即ち、昨年から今年にかけて谷口雅宣副総裁(40)が同教団発行の月刊普及誌 『理想世界』 に 「大東亜戦争は日本の侵略」 「聖戦思想を排除」 と、あたかも左翼思想家のような見解を発表されたからである。

 一読して驚き、わが目を疑った。

 これが単に谷口雅宣氏の個人的見解ならいざ知らず、副総裁として堂々と公の月刊誌に公表されたからたまらない。これが生長の家教団としての真意、即ち統一見解なのであろうか。

 もしこの考え方が本気ならば、もはやいかに弁解しても尊師谷口雅春先生の教義から確実に逸脱し、既に生長の家立教の使命を完全に放棄したと言わざるをえない。これは大問題である。

 そもそも生長の家出現の使命が、個人の救済はもとより国家救済を特長としていたことは周知の事実である。それが他の宗教団体にない 「日本国実相顕現運動」 あるいは 「天皇国実現運動」 の特色あるスローガンとして長年運動が活溌に展開され教勢も伸展し、他の愛国団体とともに大同団結し、一宗一派でない宗教団体であると世間の好印象を得て来たことを忘れてはならない。

 しかるに、この教団の歴史に逆行する副総裁の軽々しい提議は責任重大であり、生長の家の将来にかかわるのみでなく、日本の言論界をはじめ宗教界、政界、教育界等にも、甚大な影響をもたらさずにはおかない。

 私自身、長い間この問題について多くの信徒の方から質問されて来たが、本部講師の立場上黙過してきた。が、もう耐えられなくなり、わが大和魂は 『偽善』 と 『虚飾』 とを払いのけ、生長の家を退職したのである。

 教団本部の職員をはじめ全国の幹部諸賢も大半が戦々恐々として顔に生気がなくなっている。

 宗教において大切なのは、創始者の教義であり理念であり、即ち正法である。ましてや来年は尊師ご生誕百年、これは形だけのお祭をするのでなく、今一度尊師のみ心であった発祥の精神、立教の使命に回帰することではないかと思うのである。

 ゆえに余り世論にふりまわされて国際化、グローバルなどの発想に重きを置いては国内の多数信徒は黙っていないであろう。

 その谷口雅春先生神示の 『声字即実相の神示』(昭和7年) の後半部分に 「神が戦ひをさせてゐるのではない。迷ひと迷ひと相打つて自壊するのだ」 とある通り、戦争は人間の心の副産物である。だが、我々が大東亜戦争をどうして 「聖戦」 と称するかと言うと、それは端的に言って昭和天皇の 「宣戦の詔書」 から来るところの “承詔必謹” の考えにほかならない。――以下略――≫


          ○

 ――このときに私は、直ちに 「二川守氏に反論す」 という論文を書いた。それを最初はパソコン通信(インターネットの前身)生長の家プライベートフォーラム(SNSの前身のようなネット空間)に発表し、それが機関誌 『生長の家相愛会』 の平成4年10月号に掲載された。

 それは、「実相独在」 という 「生命の実相哲学」 に立脚しないうわべだけの皮相な論議をすることこそ創始者(谷口雅春先生)の教えに反することではないか、と述べたものであった。

 それが結果的には、谷口雅宣氏(当時副総裁)を擁護したことになったのである。

   <つづく>


   (2017.8.6)

372 私の中にすべてがある。すべては私である (3)


 「総裁が、尊大な姿勢で、信徒を敵として攻撃しておられるような物言いは、今もあまり変わっていないようです。

 それは、誰の責任でもない、私の責任なのであります。」


 と昨日私は書きました。

 それは具体的にどういうことか――それを、書きたいと思いましたが、その前に、雅宣氏の 「ネットワーク考」 日本侵略論への、読者からの手紙による意見投稿を、もう一つ録しましょう。

 東京に住む70歳を越える生長の家の男性信徒A氏からの手紙<普及誌 『理想世界』 1992(平成4)年3月号所載>です。

          ○

≪拝啓

 「理想世界」 誌11月号、12月号 「ネットワーク考⑦、⑧」 読者と副総裁先生とのメールでの問答のやりとり、大変興味深く且つ重大な疑問を感じつつ拝読しました。

 私が今迄生長の家で得た、この “大東亜戦争” に対する認識では、この戦いは 「迷い」 と 「迷い」 との、ぶつかりあい、衝突、戦いであり、戦争をしたから敗戦という形で戦争が終わった。勝ったアメリカも、負けた日本も、どちらも正義は我に有り、とおもって戦ったのであります。

 従ってどちらが侵略者で、どちらが侵略を排除する側にたったか、の問題は大変当を得ない問題提起をしたものだ、とおもいました。

 谷口雅春大聖師は大東亜戦争戦没者の英霊を弔う言葉に、

 「皆さんは決して犬死ではありません、あなたたちが祖国の為働いたそのお陰で、戦いには敗れたけれども、有色人種のアジヤの諸国、アフリカの國々が白色人種の支配から解放され、独立國の悲願達成に貢献し、大いなる礎となった。」

 と言う意味の言葉が述べられております。

 この谷口雅春先生の真意と谷口雅宣副総裁の大東亜戦争の日本侵略論とは、全く相反するものではないかと思います。

 二、三年前九州長崎市長が 「天皇に戦争責任あり」 と発言、いろいろの論争がありましたが、副総裁先生の見解から判断いたしますと、日本侵略論の雅宣先生のお考えでは、天皇に侵略の責任ありということになります。先生のこ見解をお聞かせください。≫


          ○

 ――それに対する雅宣副総裁(当時)のお答えは、まず

 「きちんと整理して書いてほしいものだ。これでは、言いたい放題の感情論と見られても仕方がないのである。」

 と貶したあと、次のように述べられている。――

          ○

≪私が使った 「侵略」 という用語は、その時も明記したように、「国際法や国際政治の場で世界的に認められて使われている用法」 なのであって、それ以上でもそれ以下でもない。

 私が 「日本は中国を侵略した」 と言うときは、「日本は、中国人の意思に反して中国大陸の中国人に武力攻撃をしかけた」 ということであり、同じように 「真珠湾攻撃は日本の侵略行為だ」 という時は、「日本は、アメリカ人の意思に反してアメリカ合衆国の一部であるハワイの米軍とその施設を攻撃した」 という意味である。

 アメリカは原爆で日本市民を大量殺戮したのだから、真珠湾攻撃を非難する資格はないというような考えを述べる人もいるが、これは 「迷い」 によって 「迷い」 を批判しているにすぎない。

 神の前で正邪を論じる時は、「相手の過ち」 によって 「自分の過ち」 が正当化されることは絶対にないのである。「アメリカの閲違い」 によって 「日本の間違い」 が帳消しにされるというような、無責任な、甘い考え方では、迷いを去らしめるどころか、より深い迷いの中に沈潜していくことになる。

 だから、国家間の争いの一つである戦争を考える時も、“敵” として現われた相手の行為の中に “神の声” を聴き、それに感謝し、自らの過ちを懺悔するところから、当事国間の真の調和(平和)が来るのである。日本の中国派兵を 「侵略」 と認め、真珠湾攻撃を 「侵略」 と認めて懺悔することは、従って宗教的な意味からいっても、A氏が思うような “大変当を得ない” 行為では決してないのである。…(抜粋、後略)…≫


          ○

 上記のような 「お答え」 をもらったA氏(当時74歳)は、後に私に次のような手紙を寄こされている――

≪「日本侵略論」 谷口雅宣副総栽先生の投じた此の大きな波紋は、あまりにも突飛な問題提起に我々戦前派にとりましては、青天の霹靂でございました。

 私は副総裁先生が正気で、日本侵略論を論じているのか疑問を持ちまして、実は昨年12月直接理想世界誌を通じて副総裁先生に質問のお手紙を差し上げました。

 早速理想世界3月号に 「再び大東亜戦争を考える」 ネットワーク11にて私の失礼な質問に対して反論とお諭しの論文が載りました。文中 「東京に住む七十才を越える男性信徒(A氏)」 と紹介しておりますのが私の事でこざいます。

 大変なお怒りの反論でございました。「A氏の意見は感情論で文面の二つのセンテンスの前段と後段とは 『従って』 という原因結果を表わす接続詞ではつながらない。」 などなど、コテンコテンにご注意やらお諭しの反論でございました。

 副総裁先生の知恵ばかりの愛不足の 「お論し」 も、有難く心にとめて置きたいと思っております。……≫



   <つづく>


   (2017.8.6)

371 私の中にすべてがある。すべては私である (2)


 総裁が、読むようにと奨められた、前掲書シューマッハーの 『スモール イズ ビューティフル』 第1章で、

 「資本の大部分は自然からもらうのであって、人間が造りだすのではない。

 ところが、人はそれを資本と認めようとさえしない。そして、この自然という資本が今日驚くべき勢いで使い捨てられている。」

 「自然は、所得ではなく、資本と考えるべきである」


 と言っているが、谷口雅宣氏が三代目生長の家総裁に襲任したとき、生長の家教団の 「自然」 に当たる、<<所得ではなく、資本と考えるべき>> 遺産・資本には何があったか――と考えたときに、私には次のようなことが思い浮かぶ。

 常識的な意味での資産には、現預金等の動産も幾百億か(1千億近く?)あったであろうし、各教区信徒の献資によって建てられた、全国の教化部会館道場の建物を含む不動産、などの目に見える資産も大きなものであろうが、目には見えないブランド価値ともいうべきもの――「生長の家」 は立派な教えであるという社会的信用にも計り知れないものがあったと思う。

 それは政界、経済界の著名人や宗教家(僧侶、神官、基督者など)、芸術家、文人、学者……等々の中に、『生命の實相』 等谷口雅春先生の御著書に触れて啓発され成功を遂げた人が数知れずあったからである。

 しかしながら、それよりももっと価値ある遺産とも言うべきものは、人材――創始者谷口雅春先生を中心に不惜身命の活躍をしてきた(300万とも言われる)組織の信徒ではなかったか。それは、事業で言えば貴重な贔屓の顧客であり、谷口雅春先生が遺された宝物、シューマッハーがいう 「自然」 と同様、所得ではなく資本とすべき資産であろう。

 その貴重な宝物の顧客――信徒に対して、雅宣氏
(総裁に襲任する前の雅宣氏のことも含めて言っているので、ここでは「総裁」でなく雅宣「氏」と呼称します)は、どのように向き合ってきたか。

 シューマッハーは、

 「現代人は自分を自然の一部とは見なさず、自然を支配、征服する任務を帯びた、自然の外の軍勢だと思っている。現代人は自然との戦いなどというばかげたことを口にするが、その戦いに勝てば、自然の一部である人間がじつは敗れることを忘れている」

 と言っている。人間は、自然の一部なのである。

 谷口雅宣氏は、与えられた貴い 「自然」 の中の最も近い 「自然」であり、貴重な顧客にもあたる信徒を、敵視したり、見下げた態度で攻撃し破壊するような、ばかげたことをして来なかったか。

 総裁となっての近著 『宗教はなぜ都会を離れるか』 の 「はしがき」 冒頭で、平成26(2014)年10月18日徳島での講習会で受講者から出された質問(#368)のことを取りあげて書いていらっしゃるが、この質問者に対する総裁の言葉に、今もそうした態度が表れていると私は思う。

 生長の家を愛し、国を憂える信徒ならば当然思うようなことについて、総裁はまったく見下げた態度で、

≪……私は政治学と国際法、国際関係論を専攻したから、大学ではそうでない学生よりも日本をめぐる現代の国際情勢について多くの知識を得たかもしれない。また、大学卒業後は米国の大学院の同じ専門課程で学んだことで、この分野の知識を多く得られた……

 ……私の年齢の日本人で、しかも生長の家に関係している人が、日本の現代史の中で “最重要” と思われるあの戦争が起こった経緯について正しい知識に欠けていることは、きわめて由々しい事態だと感じたのである……≫


 といって、頭から 「私の方が偉いのだ、私の言うことを聞きなさい。教えてあげよう」 という物言いをされている。信徒を礼拝し、信徒の気持ちを汲み取ろうとする姿勢などはまったく感じられない。

 そうして信徒を攻撃し、その戦いに勝てば、結局ご自分が敗れるということに気がついておられない、と思う。

 私はいま、思い出しています。

 雅宣氏が 「副総裁」 に就任して半年あまりの頃、1991(平成3)年5月号から1992(平成4)年8月号までの普及誌 『理想世界』 で、16回にわたり 「ネットワーク考」 という連載エッセイを発表されていた。その中で、第7回目1991(平成3)年11月号に、「大東亜戦争の教訓」 というタイトルで、次のように書かれた。

 
(私が『理想世界』の編集を担当したのは1975(昭和50)年7月号から1979(昭和54)年10月号までで、そのときはB6判で紙質も悪い中に6ポイント、7ポイントというような極小の活字を多用して内容を詰め込んだものでしたが、1991年当時は大型A4判で紙質がよく読みやすい形の「普及誌」となっていました)

          ○

≪ よく考えてみよう。読者は、次の質問に自分で答えてみてほしい:

① “大東亜戦争”で侵略行為を行ったのは「日本」なのか「アメリカ」なのか?
② “大東亜戦争”で侵略を排除する側に立ったのは、「日本」なのか「アメリカ」なのか?
③ 湾岸戦争で侵略行為を行ったものは、「イラク」なのか「アメリカ」なのか?
④ 湾岸戦争で侵略を排除する側に立ったものは、「イラク」なのか「アメリカ」なのか?

 正解は、①が「日本」、②が「アメリカ」、③が「イラク」、④が「アメリカ」であるはずだ。……≫


 ――と。

 しかし、これらの戦争(大東亜戦争および湾岸戦争)の背景を含む全貌が次第に明らかにされて来た現在、上記の答えは逆で、①はアメリカ、②が日本、③がアメリカ、④がイラクとする見方も出て来ている。それは見る立場が違えば逆の結論になるのである。現象界に、「絶対にこれが正しい」 という答えはない。

 それなのに複雑怪奇な国際関係のことを、前記のように単純に黒白をつけて断定してしまうというのは、当時は今から26年も前のことだから、雅宣氏も30歳台、若気の至りでそのように筆が(キーが)すべってしまったのであろう、とおおらかに読み飛ばすこともできたかも知れない。雅宣氏が、それに対する信徒たちの反響、反論に、謙虚に耳を傾けられたならば……。

 しかし、そうではなかった――と、私は思う。

 そのとき雅宣副総裁(当時)のもとには、疑問・反論の手紙やメールがたくさん寄せられたようである。

 「ネットワーク考」第8回(『理想世界』1991年12月号)で、雅宣氏はまずその一つを取りあげておられる。

≪(一読者の反論 抜粋) 副総裁先生の 「侵略したのは?」 という質問①で、「大東亜戦争」 を、真珠湾からポツダム宣言受諾までの期間だけでとらえれば、おっしゃる通りですが、先進諸国 (西欧諸国にアメリカ、日本も含む) のアジア植民地支配の事実を見れば、質問①に対する私の返答は、日米英仏蘭のいずれも……ということになる気がします。

 戦後、英仏蘭の各国が植民地支配を続けようとして、独立軍と戦ったことを思えば、アメリカは植民地支配(侵略)の手助けをしたと言っても過言ではないと思います。

 また、「侵略を排除する側に立ったのは?」 という質問②に対しては、戦争勃発前のアメリカの対日最後通牒といわれる 「ハル・ノート」 では、「日本軍の中国からの撤退」を要求していますから、おっしゃる通り、「アメリカが大東亜戦争で侵略を排除する側」 にあったことは間違いがないでしょう。しかし、その前にアメリカが日本に要求していたのは 「門戸開放」 つまり、「満州侵略のうま味をオレにもまわせ」 ということですから、あまり道徳的に優れているとは思えません。さらに、東南アジアについていえば、前述の通り大略 「日本は侵略を排除する側」 にあったと思います。

 つまり、質問②の答えは 「日本」 であり 「アメリカ」 である、となります。

 残念ながら副総裁先生とは違う結論になってしまいましたが、それも先生が 「正解は、①が 『日本』、②が 『アメリカ』(…中略…)であるはずだ」 と書かれた根拠をお示しいただいていないからだと思います。ぜひとも、その点についてご指導され、私の蒙を啓いていただきたいと切に願うしだいであります。≫


 ――と。それに対する雅宣副総裁(当時)の答えは――

≪ まず、あなたの「侵略」の定義には誤りがあります。私がここで使っている「侵略」という言葉は、国際法や国際政治で普通に使われている用法にもとづくものです。つまり、「他国に対して自らが武力攻撃を仕掛け、または海上封鎖などの戦争類似行為をすること」であり、もっと端的に言えば 「ある国がその国際的義務に違反して武力を行使すること」 です。

 従って、あなたが 「侵略とはいいません」 としている 「他国の領土や軍隊を攻撃すること」 の中には、侵略は含まれねばなりません。

 あなたは、「交戦中の他国領土の一時的占領」 は侵略には当たらないから日本の真珠湾攻撃は侵略ではないという不思議な解釈をしておられますが、戦争が始まる前と始まった後とでは、国際法上適用される法規の体系が異なってくることを知らねばなりません。

 「侵略」 は、平時の国際法の体系によって認定されますが、侵略があれば、侵略された側は自衛権を行使しますから当然、戦争が始まります。その後は、戦時国際法が適用されます。この2つは別のもので、平時に他国の領土や軍隊を攻撃すれば、一般に違法行為となりますが、戦時に於てはそうはなりません。

 また、あなたの思考の流れはかなり混乱しているようです。…(中略)…

 国際政治で一般的に使われる意味での 「侵略」 を行ったのは 「日本」 ということになり、それを排除する側に回ったのは 「アメリカ」 ということになるのです。≫


 ――というものであった。

 「俺は国際法をちゃんと勉強してきたんだ、国際法に無知な者が、感情でいい加減なことを言うな。俺の言うことを聞け」

 という尊大な姿勢で、信徒を敵として攻撃しておられるような物言いは、今もあまり変わっていないようです。

 それは、誰の責任でもない、私の責任なのであります。


   <つづく>


   (2017.8.5)

370 私の中にすべてがある。すべては私である


 私の中に、すべてがある。すべては私である。

 すべての中に、私がある。私はすべてである。

 私の中に、時間・空間がある。それゆえ時間・空間の中に展開されているすべては、みな私の中にある。すべてはわがものであり、私自身なのである。

 その私をつくった(生んだ)ものは、宇宙大生命、すなわち神である。

 つまり、神はすべての全てでありながら、そのすべてを私に与え給い、生かしてい給うのである。私は神のいのちの噴出口である。

 私は、やがて老いて朽ち果てる、ちっぽけな肉体ではない。わが本体は宇宙に遍満する大生命、大実在であり、本来生・不滅なるものである。

 もちろん、それは私だけではなく、すべての人間がそうなのである。

 「聖なるかな 神のめぐし児」 である。


          ○

 さて、私は、生長の家総裁が去る6月25日埼玉の講習会で、読むように奨められた、E.F.シューマッハーの 『スモール イズ ビューティフル――人間中心の経済学』 (小島慶三・酒井懋 訳、講談社学術文庫)を読んでいます。

 その最初の 「第1章 生産の問題」 に、次のように書かれています(抜粋)。


≪ 現代のいちばん重大な誤りは、「生産の問題」 は解決ずみだという思いこみである。

 この思いこみにとりつかれているのは、生産現場から遠く離れ、職業上現場の実情にうとい者だけではない。経済の専門家、つまり世界各国の商工業の指導者、経済官僚、経済学の教授や評論家も同様であり、経済記者はいうに及ばない。……

 こういう人たちは、他の問題についてはそれぞれ意見を異にするが、生産の問題は解決ずみで、この点で人類はついに完成の域に達したという点では意見が一致している。……

 このひどい誤りが生まれ、こんなに深く根を下ろしたのはなぜかというと……

 現代人は自分を自然の一部とは見なさず、自然を支配、征服する任務を帯びた、自然の外の軍勢だと思っている。現代人は自然との戦いなどというばかげたことを口にするが、その戦いに勝てば、自然の一部である人間がじつは敗れることを忘れている。ごく最近までこの戦いは有利に展開し、人間の戦力は無尽蔵という幻想を抱かせた……

 科学・技術の驚異的な進歩に支えられた無尽蔵の戦力という幻想から、生産にはなんら問題はないという幻想が同時に生まれてきた。

 後者の幻想においては、所得と資本の区別がいちばん肝腎なところで忘れられている。……それは、人間には造れず、単に発見できるだけの資本、それがないと人間はなにごともできない、代替物のない資本のことである。

 実業家ならば、会社が資本をどんどん食いつぶしているのを見れば、生産の問題が解決ずみで、会社は軌道に乗っているなどとは考えまい。とすれば、この「宇宙船地球号」の巨大な経済、とりわけそれに乗りこんでいる金持ちの乗客(豊かな国々)の経済を考える場合に、この重大な事実を見逃していいものだろうか。

 なぜこの重大な事実が見逃されたかといえば、われわれが現実から遊離し、自分の手で造りだしたもの以外は、すべて無価値なものとして扱ったからである。……

 さて、われわれは生産の手助けをしてくれる資本を造りだすために働いている。科学・技術知識、精緻な物的インフラストラクチュア(産業基盤)、精巧な各種の資本設備等の資本がそれである。

 だが、これとてもわれわれが使う資本のごく一部にすぎない。資本の大部分は自然からもらうのであって、人間が造りだすのではない。

 ところが、人はそれを資本と認めようとさえしない。そして、この自然という資本が今日驚くべき勢いで使い捨てられている。だからこそ、生産の問題は解決ずみだと信じこんだり、そう信じて行動することが大きな誤りなのである。

 この 「自然という資本」 をよく検討してみよう。まず、非常にはっきりしているのは化石燃料 〔石炭・石油・天然ガス〕 である。……≫


 そして、この 「自然という資本」 を資本ではなく所得であるとする考えが根本的間違いであり、実は自然は資本であって所得ではないのだ、とシューマッハーは主張する。

 この第1章は 「生産の問題」 というタイトルが付けられているけれども、内容の骨格は 「自然は資本であって所得ではない」 ということだ、と私は受け取りました。

 つまり、自然の産物としてわかりやすい化石燃料 〔石炭・石油・天然ガス〕 は、もとは地上の植物が、太陽エネルギーにより水と空気中の二酸化炭素から光合成でつくり出した、炭水化物の蓄積したものである。これは人間が生産したものではなく自然の遺産として与えられた、限りある資産であるから、働いて得た所得ではなく、資本と考えるべきものだ。わがものとして勝手に食いつぶしたり、使い捨てにしてはならない、ということでしょう。

 私はそのとおりだと共鳴しながら、これを生長の家の現在の運動――谷口雅宣総裁率いるところの――を、経営面から当てはめて考えてみました。

 谷口雅宣氏が三代目生長の家総裁に襲任したとき、生長の家教団の 「自然」 に当たる遺産・資本には何があったか――。

 皆さまも、お考えください。

 ――私には、次のような思いが湧き上がってきます――


   <つづく>


   (2017.8.4)

369 神意は必ず成就する(6)


 昨日、相愛会長をしている一友人が、8月度誌友会などの案内に添えて、『神と偕に生きる真理365章』 に書かれた谷口雅春先生のご文章を送ってくださったのであります。それは――(34~35頁)

≪    占領軍の謀略で洗脳された日本人多数

 戦後、日本国民の多くは占領軍の占領政策によって洗脳せられ、民主主義が人倫の根本であり、それ以外の思想は異端であり反動であり、正道を外れたもののように思われているけれども、
中心を忘れ去った民主主義というものは、神の創造した宇宙構図から脱線したものであって、そんな政治理念も人生観も決して真理ではないのである。

 ここに私が真理でないというのは、「中心を忘れ去った民主主義だ」 ということであって、各人にも霊的中心があるのである。各人がその霊的中心の指導に従って行動する民主主義であるならば決して脱線することはないのである。

 何故なら、華厳経に示されているが如く、一切所に充満したまう盧遮那仏(
るしゃなぶつ=大日如来、日本語に直せば天照大御神)は、一塵(一微粒子)の中にもそこに “仏刹” 即ち “仏の国土” があり、その “仏の国土” に盧遮那仏が在(いま)して説法していられる。

 従って況んや、各人の魂の中にも盧遮那仏が在して説法してい給う。

 その説法は宇宙普遍の盧遮那仏の説法と同じであるから、各人の魂の中に宿っている盧遮那仏の説法を聞いて行動する民主主義なら、大宇宙の構図におのずから一致する民主主義になる訳だから、全体の福祉につながる民主主義となって大変結構な訳である。

 けれども、戦後の日本の民主主義は、日本を弱体化せんとする目的意志をもって占領軍から押し付けられた民主主義であって、各人に宿る盧遮那仏の声をきかず、肉体の欲望の声のみをきいて全体の福祉なども踏みにじって全国交通麻痺のストライキをする如き似而非
(えせ)民主主義であるから困るのである。

 民主主義とは肉体人間の欲望満足主義ではない筈である。自己を如来であると尊び、如来の声を聴いて、それを政治に及び生活に実践する主義でなければならないのである。

    利己主義を以って民主主義と詭弁

 
だいたい日本国を弱体化するつもりで起草せられた憲法に本当の民主主義が書かれてある筈はないのである。

 民主主義とは相手を弱体化する主義ではないのであって、相手の生命を尊重し(相手の中には国家の生命をも含む)、相手を一層完全に生かし相互の向上をはかる主義であるからである。

 肉体の欲望満足を基本人権だなどと煽動して、人間の霊的生命を窒息させ、国民を性的に堕落させて柔弱化
(にゅうじゃくか)し、多数者の迷惑をも顧みず、自己の物質収入の多からん事のみ求めて、常に団結して闘争することを生活信条とする如き主義は民主主義の仮面をかぶった利己主義又は個人主義に過ぎないのである。≫

 ――というご文章であります。

 しかして、その後には、次のようなご文章があるのであります。


≪    一切の衰頽と沈滞とはフィクションである

 肉体人間は、時間の経過を通して成長し進歩し、老衰し、やがて死ぬのである。しかしこれは 「創世記」 神話が象徴的に説いた蛇の知恵に隔されたアダムの意識の中にある一種のフィクションに過ぎないのである。

 それはフィクションであっても、映画として上映せられたり、テレビ小説として放映せられるならば、それは恰も真実性あるかの如く現象の人生にそれがあらわれて来る。そしてそれを見ると、われわれの心に迫り来るものがあるのである。

 けれども真の人間は、そのような現象を人類意識を作者としたフィクションに過ぎないと知り、時間の経過を通してあらわれて来る人間の衰弱や、疲労や、能率の低下や、また事業の停頓や不景気などというものは、神が創り給わないものだとの自覚を通して、それを超越しなければならないのである。


    落葉
(らくよう)と見える中に 本当は
    百華爛漫
(ひゃっからんまん)が既に隠れているのである

 疲労は疲労のためにあるのではなく、疲労回復のためにあるのである。

 それは、樹木の落葉と同じように生命のエネルギーが内に沈潜して自己を養い一陽来復の春が来たとき爛漫たる百華を咲かせんがための下準備を成しつつあるのである。

 不景気や事業の停頓もやがて景気来復の下準備に経済界がエネルギーを内に沈潜して力を養いつつあるのだということを知らねばならぬ。

 どんな経済界も永久に沈滞して、景気が再来しなかった実例などはないのである。

 神は現象の奥に、常に向上一途の不屈の力を携えて常に前進をつづけつつあるのである。

 悲観したり、絶望したりすることを止めよ。

 百華爛漫の春が来ることを神は保証し給うているのである。

 一粒の種子を見ても、その外観の小ささを見ないで、その現象の微小なる姿の奥に、既に亭々と伸びる巨樹の原型があるのである。

 常に、現象の奥にある常住の繁栄を見る者は“智慧ある者”である。≫



 と。

 神意は、必ず成就する。私はそれを確信し、希望に満ちて力強く 「今」 を生きる。


   (2017.8.3)

368 神意は必ず成就する(5)


 さて、テキスト 『宗教はなぜ都会を離れるか』(谷口雅宣総裁著) では 「はしがき」 の最初に、2014年10月18日徳島での講習会で受講者から出された質問の一つをとりあげて次のように書かれている。(“ブックレット”では71頁以下にまたこれをとりあげてある)

≪……その日の質問は八人の受講者からいただいたが、その中の一つを読んで、私は驚きを禁じえなかった。というのは、内容がいかにも時代錯誤的だったからである。それをここへ掲げよう――

       *  *  *

 「敗戦後、なにか日本は負い目を感じ今日まできたように感じます。しかし、戦争にいたる事実を知り、日本人として誇りをとりもどしました。

 もっと雅春先生の憲法に関する著書を世に出すべきではないのでしょうか。

 私たち日本人は、もっと世界に自信をもっていいのでは――。

 そういう教育は間違っているのでしょうか。」

       *  *  *

 質問者が 「戦争にいたる事実を知って誇りに思う」 ということは、その戦争が “正しい戦争” ひいては “聖戦” と呼ばれるにふさわしいと感じたということだろう。この人はいったいどんな 「事実」 を知ったというのか、と私は思った。そして、そのことと 「雅春先生の憲法に関する著書」 とが何の関係があるのかと不思議に思った。

 日本が二十世紀の前半に行った戦争については、この約七十年の間に、すでに夥
(おびただ)しい数の研究が世界中で行われていて、その原因や問題点、数々の判断の誤りについて多くのことが明らかにされ、圧倒的多数の研究結果は、“正戦”や“聖戦”の考え方と歴史的事実との関係を否定している。ただ、わずかな数の日本人だけが、戦前、戦中の日本政府と軍部が主張していたのとほとんど変わらない “正戦論” や “聖戦論” を墨守しているに過ぎない。にもかかわらず、この質問者は、生長の家がこの少数派の一部に属すると誤解している様子なのだ。……≫


 ――上記を読んで、私は今や著者、総裁のおっしゃることの方が “時代錯誤的” と言ってもよいのではないかと感じました。

 <質問者が 「戦争にいたる事実を知って誇りに思う」 ということは、その戦争が “正しい戦争” ひいては “聖戦” と呼ばれるにふさわしいと感じたということだろう。>

 と著者はおっしゃるが、それはちょっと違うだろうと私は思います。

 谷口雅春先生も、そんなこと(大東亜戦争は “正しい戦争” とか “聖戦” と呼ばれるにふさわしい)はおっしゃっていないし、上記の質問者もそうでしょう。

 しかし、今や 「日本は侵略の大罪を犯した極悪者だ」 というような決めつけは、アメリカの占領政策WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション戦略――戦争についての罪悪感を植え付け、日本を永久に立ち上がれなくするための洗脳プログラム)の結果だったことが、一般に明らかとなってきた。

 さきの大戦は、日本が自衛のために起ち上がらざるを得なかった戦争だったということは、マッカーサーも後に認めていることで、この約20年ほどの間に、随分日本人の思想潮流が変わってきたし、外国人でも日本の立場を認める人がどんどんふえている。

 たとえば、英国人大物記者のヘンリー・S・ストークス氏は、『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』 (2013年12月初版)の 「はしがき」 で、次のように書いている。

≪ 私が 『フィナンシャル・タイムズ』 東京支局の初代支局長として、初めて日本の土を踏んだのは、1964(昭和39)年、ちょうど東京オリンピックが開催された年だった。以来、日本にとどまること50年、いまでは外国特派員協会でも、最古参だ。

 イギリスで生まれ育った私は、幼少のころから日本人は野蛮で残酷な民族であると、さんざん聞かされていた。ちょうど当時の日本人が 「鬼畜米英」 と聞かされていたのと同じことだ。戦後になっても、日本のおかげでアジアの植民地をすべて失ったイギリスの、日本に対する憎悪の感情は消えるばかりか、強まるばかりだった。そんな環境の中で、私の中にも、日本を憎む気持ちが、ごく自然に醸成されていた。

 したがって、来日当初は東京裁判が裁いた 「日本=戦争犯罪国家論」 「南京大虐殺」についても事実であると単純に信じていて、何ら疑っていなかった。

 だが日本に滞在する間に、連合国からの視点でもなく、日本からの視点でもない第三者的視点で、二十世紀の日本とアジアの歴史を俯瞰したとき、そうした見方が大きな誤りであることに気付いた。三島由紀夫氏と親交を得たことも大きかった。

 大東亜戦争は、日本の自衛のための戦いだった。それは戦後マッカーサーがアメリカに戻って議会で証言した 「マッカーサー証言」 によっても明らかだ。東京裁判は裁判の名にも値しない、無法の復讐劇だった。

 「南京大虐殺」 にしても、信用できる証言は何一つとしてなく、そればかりか中国が外国人記者や企業人を使って世界に発信した謀略宣伝であることが明らかになっている。「慰安婦問題」 については、論ずるにも値しない。

 だが、これまで日本人が日本の立場から、これらに抗議し糺
(ただ)していく動きはほとんど見られないか、見られてもごくわずかだった。いま国際社会で 「南京大虐殺はなかった」 と言えば、もうその人は相手にされない。ナチスのガス室を否定する人と同列に扱われることになる。

 残念ながら、これは厳粛なる事実だ。だから慎重であらねばならない。だが、日本が日本の立場で、世界に向けて訴え続けていかなければ、これは歴史的事実として確定してしまう。日本はこれまでこうした努力が、異常に少なかった。

 日本は相手の都合を慮ったり、阿諛追従する必要はない。アメリカはアメリカの立場で、中国は中国の立場で、日本は日本の立場でものを言う。当然それらは食い違う。だが、それでいいのだ。世界とはそういうものである。日本だけが物わかりのいい顔をしていたら、たちまち付け込まれてしまう。

 もう一つ私が声を大にして言いたいのは、「南京」 にせよ 「靖国参拝問題」 にせよ 「慰安婦問題」 にせよ、現在懸案になっている問題のほどんどは、日本人の側から中国や韓国に嗾
(けしか)けて、問題にしてもらったのが事実だということだ。この問題をどうするか、それは日本人が自分で考えなければならない。

 日本人は、いまだに連合国がでっち上げた 「戦勝国」 史観の呪いから脱け出していない。本書が、その束縛から逃れる一助となれば幸いである。≫


 と。ストークス氏は、

 
≪日本はアジア人を目覚めさせ、独立の気概をアジア人に植え付けた。日本の役割は絶大なものだった≫

 とも言っている。ストークス氏は、今年に入ってからも 『大東亜戦争は日本が勝った―英国人ジャーナリスト ヘンリー・ストークスが語る「世界史の中の日本」』、『欧米の侵略を日本だけが撃破した』 など次々に書いて、ベストセラーになっているようである。


 谷口雅春先生は、『霊性の目覚め』 (谷口雅春著作集 第6巻)の終章 「人生必勝の真理」 (昭和33年5月、青年と学生のための講義記録) などで、さきの大戦については、大局的に見て次のように言っておられる。

≪ この世界は先ず心によってつくられた。そして心によってつくられたものが形の世界に現れてくるのであります。……戦争の予言は 『生命の實相』 の第一巻に書いてある。

 これの中に 「心の世界における運命の形成」 という一章があるんです。113ページです。……≫


 ――そこに書かれているのは――レイヌというフランスの一少女霊媒が、第一次世界大戦の始まる一年半ほど前に、大戦の悲惨な状況を霊視した、それから約一年半後にそれが現実に起こった。すべての地上の事件は 「物質世界」 にあらわれて来る以前に 「念の世界」 でできあがる。「念の世界」 でできたとおりが、物質世界に映ってはじめて地上の事件となってあらわれて来る、ということが書かれているのです。

 それで 『霊性の目覚め』 では、

≪   日本は無謀な戦争をしたのではない

 しかし高級霊の祈りによって戦争(第一次世界大戦)は中断され、あのヴェルサイユ平和条約以来、人類は十年ほど平和を楽しんだ。それから又ヒットラーが起ってきて、第二次世界戦争になった。第二次世界戦争のときに日本はそれにまき込まれて、いわゆる大東亜戦争ということになって一年間は連戦連勝して南方へ殺到して行ったのである。

 あの戦争には日本の天皇には責任はない。日本の天皇は専制君主ではないから、御自分だけが戦争反対であっても、皆責任ある大ぜいの人が議決して、ふえてゆく日本の今後の人口問題ということを考えたら、どうしても満洲国から引っこめというアメリカのハル長官の言いがかりに “ハイ” とお辞儀するわけにはいかんのである。

 いくら天皇陛下だけが戦争を反対と言ったって、それは出来ない、それで多数決でアメリカを叩いて蒋介石への武器の供給を絶とうと決定したのだ。

 あれは決して無謀な戦争ではない。心の世界から言うと、あるべきものがあるべくして現れてきたということができる。

 それは人類進化の上から言うと、どんな皮膚の色をしているものも、みんな神の子であって平等の神格をもっている。それが不平等のとりあつかいを受けて、その国の領土は属国となり植民地となり、人間は奴隷の如く踏みにじられているということは、これは人間が未だ目覚めていない間のことである。

 地上の人類が進化して魂の目覚めの時期が来たら、どうしても、いままで白色人種の属国となり植民地となり奴隷となっておった者は、自ら目覚めて民族精神をふるい立たせてそして独立するということは当然のことであって、これは人類進化の当然の順序である。

   アジア・アフリカ民族の独立をうながす

 しかしながら、南方の民族がその自覚を得るためには或る動機が与えられなければならない。それには日本の国が一度参戦して一年間は連戦連勝して、南方に殺到し、白色人種を駆逐した實例を見せて、今まで有色人種の民族は白色人種にはとてもかなわんのだと諦めて、どんなに圧迫されてもお辞儀しておった南方諸国の民族に対して、「ああ日本民族は色がついた民族だけれどもよくやりおる、白色人種をあんなに圧倒するじゃないか、われわれも色がついておったってやっぱり人間神の子だ」 という自覚をよび起こさせてやる必要があった。

 これが地上の人類進化の過程として起るべきことが起ったので、どうしても日本はあの戦争に参戦しなければならなかった。これは地球上における人類進化の過程として当然あるべくしてあの戦争は起ったのである。

 皆さんのお父さんが、或はお兄さんが、夫が参戦して戦死した人も、あれは犬死
(いぬじに)をしたと思っている人があるかもしれないけれども、決して犬死をしたのではないのである。まことに偉大なる功業を為しとげたのです。即ち人類はすべて神の子であって平等の尊敬をもってとり扱わなければならないという真理に、すべての有色民族を目覚めしめるために、命を捨てたのである。

 そして日本の国は一ぺんは十字架にかかって、彼は無謀の戦争をしたのである、その結果敗戦して占領されたのであると悪口を言われて、ちょうど、キリストが磔けになった時に、「あれを見よ、あれを見よ、あのキリストは、多くの病人を癒したり、いろいろのことをして人を救ったが、人を救いて自らを救い得ざる者よ」 と言って嗤
(わら)った人があるけれども、それと同じように南方の民族をみんな独立させてやって、自分は占領されて、「他を救いて自らを救い得ざる者よ」 と嗤ったかもしれんけれども、しかしながら、これは日本の国が十字架を背負うて他の民族を救うたので、まことに日本民族はキリストの如き使命をもって出て来たところの民族であって、実に尊き民族だと知らねばならない。≫

 ――というように言われている。これは最近、英国人記者のヘンリー・ストークス氏などが言っていることとも一致符合する。雅春先生がおっしゃったことは、今や一般常識化しつつあるのであります。

  <つづく>


   (2017.8.2)

367 神意は必ず成就する(4)


 ずばり、まいりましょう。


 『宗教はなぜ都会を離れるか』 (谷口雅宣総裁著。以下、“テキスト”)では、「はしがき」 に

≪「宗教運動は時代の制約下にある」 という事実を知ってほしいのである。……宗教の教祖も、その人が生きた環境と時代から完全に自由になることはないのである。……宗教は時代と環境の要請から生まれるから、その時代と環境が変化すれば、宗教自体も変化を要求されるのである。≫

 (v頁~ vi頁より抜粋)とあり、『戦後の運動の変化について』(誌友会のためのブックレットシリーズ4。同じく谷口雅宣総裁著。以下、“ブックレット”)では

≪ 特に皆さんにお伝えしたかったことは、「宗教は時代の要請から生まれる」 ということです。≫

 (70頁)とあります。

 そして 「宗教目玉焼き論」 として、(“テキスト” 47頁~、“ブックレット” 45頁~ )

<宗教には、変わらぬ 「中心部分」(卵の黄身にあたる)と、時代や環境の変化に応じて変わらねばならない 「周縁部分」(卵の白身にあたる)とがある。変わらぬ真理の通信、核心部分は不立文字(文字を立てて表現することはできない、言葉では言いつくせないもの)である> (要約)

 と言って逃げ、けっきょく核心には触れない、周縁部分のことばかり叫んでおられる――と私は感じる。

 信徒を侮ってはいけない。信徒もそれを感じるから、「いまの生長の家の講習会や誌友会に出ても、もはや 真理のお話しがほとんど聞けなくなった」 という失望の声があがり、講習会参加者も減少の一途をたどっているのである。

 宗教の核心とは何か。それは、#346 にあげた通りである。

 ぜひ、#346 をもう一度ご覧になってください。


 宗教は、「時代の要請」 から生まれたものではない。「時代」 を超えて、「時代」 が生まれる前から在る根源の、不変にして普遍なる真理に立ち、その真理に導くものが、生きた宗教である。

 「宗教運動は、時代の制約下にある」 のではなく、「時代」 以前から厳存する真理を、時代に応じて自在の方便をもって説法し、人々の魂を救うと同時に、地上に極楽・天国を実現しようとする運動でなければならない。

 時代の制約下にあって――不完全な現象世界を「あり」と認めてこれを改造しようとする運動は、社会改造運動であって、宗教運動ではない。宗教運動が、一般の社会改造運動と違う点は、「不完全な現象世界は、在るように見えても実在ではない。夢から覚めよ! 神の国、仏国土は今此処にあり」 というところにある。

 宗教の教祖が、環境と時代から完全に自由になることができなかったら、その宗教は生きた宗教とは言えない、もはや生命を失った、影に振り回される、形骸だけの宗教と言わざるを得ないであろう。

 『生命の實相』 第3巻 「光明篇」 第4章(75頁~95頁)には、次のように記されている(抜粋)。

          ○

≪ われわれの想念が、神の創造し給えるそのままの状態を念じますことを 「正念(しょうねん)」 といいまして、その正念の影が映れば現実世界は完全な病気も災難もない状態を現出するのであります。つまり 「正念」 とはあらゆる事物を神の造り給えるままの状態そのままに念ずることで、そういう正念をもって生活することを神に結ばれた生活というのであります。

 「正念」 の反対に神の造り給わない事物――病気、災難等、一切の不完全を、完全なる愛の神はけっして造り給わないのでありますが、このような神の造り給わない事物をわれわれが念
(おも)うことは、神の真創造を 「離れて」 空想をありもしない事物に自由に飛ばすことでありますからそういう念を 「妄念(もうねん)」 とか転倒(てんどう)の念とかいい、そのような 「転倒(さかさま)の念」 をもって生活することを神から離れて生活すると仮にいうのであります。

 現実世界はわれわれの 「念」 の合作によって成る一大化城(幻の世界)であって、「念」 というものを活動写真のフィルムにたとえますと、現実世界はスクリーンに映っている映画の世界であります。ふつうの人は、この現実世界を影絵の世界であるとは思わず、実在の世界に不幸や病気が起こってくると思い、影絵に膏薬を当てるような治療をしたり、改造したり、不幸から逃げ出したりしようとするのでありますが、これは本末を転倒した話なのであります。

 では世界の改造運動に内より燈
(ひ)を照らすものは生長の家でなければならない、だから世界の改造家がもし切実に人類を愛し、本当に地上天国をこの世に招来しようと思うならば、まず生長の家に来り地上天国の雛型たるべき各自の生命の実相を 「見真」 しなければならないのであります。神の造りたまえる存在の実相に透徹し、その実相を雛型としてそれを現実世界に現わしてのみこの世界は本当に地上天国となるのであります。

 我欲や見当違いで改造改造と力んでみても、各自の心に神の子としての生命の実相が見真されていなければ、盲人の手引きで、多数の盲人を河中へ突き落とすようにエッサエッサと改造の掛け声を掛けながら、現在の人類をまた別の地上地獄へ突き落とすに違いないのであります。

 心が形の雛型となる! ではまず心に自己の生命の円相を自証せよ、組織は自然に浄まるであろう。≫



 ――今こそ、正念場――「正念」 を出して来なければ事態は収まらない時ではないでしょうか。


  <つづく>


   (2017.8.1)

366 神意は必ず成就する(3)


 私は、去る6月25日、埼玉教区の講習会に参加しました。

 なぜ他教区の講習会にまで足を運んで参加したかといいますと、20年も前から深いご縁のあった、いま埼玉教区で活躍していらっしゃる信徒さんの、熱烈なお誘いに根負けして、参加したのです。

 そこで、埼玉教区の皆さんが、予想以上に明るく信仰的な雰囲気で熱心に活躍しこの講習会を盛り上げていらっしゃるお姿に感銘を受けました。

 しかし、それでも参加者数は前回より約1割ほど減っているそうです。

 私は、谷口雅宣・現総裁の志していらっしゃるところをもっと正しく理解したいと思い、 『戦後の運動の変化について』(誌友会のためのブックレットシリーズ4)を購入し、また講話の中で読む事を奨められた、シューマッハーの 『スモール イズ ビューティフル』 も取り寄せ、読んでいます。

 しかし――いまの生長の家の講習会や誌友会に出ても、もはや 「真理のお話しがほとんど聞けなくなった」 という率直な失望の声が、特に古くからの信徒さんの中からきこえてきます。

 それは、なぜか――

 私は、それを考えています。


 #364 で私は、

≪……過日、教化部長ご指導の 「相愛会員研修会」 に参加を勧められたとき、私はそれに従わず、参加しませんでした。それは、テキストが谷口雅宣総裁著 『宗教はなぜ都会を離れるか』 ということだったので、それは面白くない、適切でないと思ったからです。≫

 と書きました。

 それは、とても残念な、悲しいことです。

          ○

 相愛会員研修会でテキストに指定されていた 『宗教はなぜ都会を離れるか』 ですが、この本の一番ポイントになる部分は、その後に加筆再編集された 『戦後の運動の変化について』(誌友会のためのブックレットシリーズ4)に集約されているように思いますので、おもにこの新しいブックレットを引いて、その内容に不適切な点がある――と申しますか、根幹が根本真理にのっとっていない――とおもうところを、これから述べたいと思います。


  <つづく>


   (2017.7.31)

365 神意は必ず成就する(2)


≪    「国家の成仏ということ」


 “人間神の子” を説く宗教は他にもある。“肉体も環境も心の影” と説く宗教もある。万教帰一だから根本は同じである。だがそれでは、とくになぜ生長の家が出現したのか。

 生長の家の神は住吉大神である。その住吉大神が、なぜ今ここに、日本の国土にこの時期に現われ給うたのか。そこが非常に大切なところである。

 『古事記』 に示されるごとく、住吉大神は天照大御神の御誕生の直前に現われられた。最後の宇宙浄化の働きとして、宇宙の大神が住吉大神と現われ給うたのである。

 天照大御神の御誕生とは、日本の実相の誕生ということである。日本なるものの魂が具体的に宇宙を照らす光となるということである。この直前に、最後の浄化の働きとして住吉大神が今ここに現われ給うたという、ここに生長の家出現の真意があるのである。

 ただ単に、人間は神の子であり、物質はない、肉体はない、病気は治るという、それだけのことではないのであって、天照大御神の光が宇宙に天照らすべく、天皇陛下の御稜威を発現せしめて、日本の国を救い、世界を救うというところに、生長の家出現の本当の意義がある。

 したがって、たんに個人の救いにとどまらず、宗教的自覚をおしすすめて、国家の成仏、人類全体の成仏、宇宙の成仏というところまでゆかなければならない のであって、そのひとつが政治活動なのである。≫


    ――(谷口雅春先生 昭和38年2月28日
        生長の家全国代表者会議ご結語
         『生長の家四拾年史』より)――


          ○


≪    
「人間として最も高貴なる生き方」


 釈尊が尼蓮禅河
(にれんぜんが)の畔(ほとり)の菩提樹下に結跏趺坐(けっかふざ)して悟りをひらかれたとき、釈尊は、すべての存在が、山も川も草も木も国土もことごとく物質でない事を感得せられたのであった。

 この悟りが 「山川草木国土悉皆成仏
(さんせん そうもく こくど しっかいじょうぶつ)」 という語で表現せられているのである。この語の中には国家も単なる国土ではなく仏(宇宙の本体)のいのちの現成(げんじょう)であるという意味が含まれているのである。

 “宇宙のいのち” すなわち宇宙大生命が展開している “純粋世界” が“実相世界” である。“純粋世界” は物質ではないから肉眼には見えないのである。この “純粋世界” のことをキリストは “天” とか “天国” とか、“神の国” とかいう語をもって語られた。

 キリストが 「みくにを来らしめ給え。み心の “天” に成るが如く地にも成らせ給え」 と祈れと訓
(おし)えられたのは、この “純粋世界” の写象(しゃしょう)として、純粋世界そのままの姿が、“地” すなわち現象世界に、実現するように祈るように勧められたのである。

 この純粋世界は、神の創造になる世界であり、神の愛と叡智と生命力との展開せる世界であるから、神が唯一の中心であり、すべての生物、すべての存在ことごとく、秩序整然として一つの中心に帰一して、各々その天分に従って、互いに扶け合い、大調和せる生かし合いの世界であるのである。

 多元中心の世界の如きは、互いにその覇を争うために、権力闘争の世界を展開して永久に平和の世界を実現することはできないのである。≫


     <谷口雅春先生 『聖なる理想・国家・国民』 p.18~ より>


          ○


 さて、現実の現象世界の状況を見るに、どうであるか。

 「神が唯一の中心であり、すべての生物、すべての存在ことごとく、秩序整然として一つの中心に帰一して、各々その天分に従って、互いに扶け/合い、大調和せる生かし合いの世界」

 にはなっていない。

 多元中心の世界となって、互いにその覇を争うために、権力闘争の世界を展開している。これでは永久に平和の世界を実現することはできないのである。


  <つづく>


   (2017.7.29)

364 神意は必ず成就する(1)


 今日、過去の資料を整理していたら、昨2016年2月号の 『明るい東京』 という生長の家東京第一教区機関紙が出て来ました。

 それを見ると、まずその第一面に、「神意実現のために」 としてK教化部長が書いていらっしゃる――

 
≪……新年のお参りに行ったとき、珍しいおみくじがありました。サイコロのおみくじです。サイコロの中におみくじが入っていました。其処に書かれているのが 「必ず芽が出る」 という言葉でした。

 サイコロには必ず目があります。「おめでとう」 というのは、「お芽出とう」 です。どんなことがあっても其処から実相の芽が出てくるのだなあと思いました。

 そういえば、大木になる芽はなかなか出て来ません。檜のような大木は、百年経ってようやく出て来る芽もあります。芽が出て来ても地面に這っているように上にすぐに伸びないケヤキのような木もあります。

 人間も、すぐに芽が出ないからと云って 「この子はダメだ」 と否定してしまいますと、その子の持って生まれた 「内在価値」 をダメにしてしまいます。

 現象はどんな状態であろうと、使命があるから生まれてきたのです。なかなか出ない芽でも、大木になるための根を培っているのです。待って待って待ってみましょう。≫


 と。そして、(これは2月号ですから)

 
≪二月十一日は 「建国記念の日」 です。

 神武天皇は御心を成就するため四十五歳で日向の国を出発しました。≫


 という書き出しで、神武天皇のご東征・日本建国の大事業は、神話においても、決して生易しいものではなかったという話―― 『日本書紀』 から、八十梟帥
(やそたける)の抵抗をいかにして克服されたかの物語を述べられています。

 上記、「神武天皇は御心を成就するため……」 と書かれている、「御心」 とは何か――

 それは、(その『明るい東京』紙には書かれていませんが)――

 それは、天照大神
(あまてらすおおみかみ)が天孫 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に下された御神勅――

 
「豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みずほ)の国は是れ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。宜しく爾皇孫(いましすめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ、行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさんこと、当(まさ)に天壌(あめつち)と窮まりなかるべし」

 という御神勅の御心であると私は思います。

 以下、かいつまんで筋書きの要点をまとめますと――

 神武天皇は御心を成就するため、四十五歳で日向の国を出発。

 奈良に入ったとき、神の使いである八咫烏
(やたがらす)や井光(いひか)に導かれ、吉野に入り、さらに菟田(うだ)に入る。

 神武天皇は菟田の高倉山の頂上に登って、国見をすると、その地域には八十梟帥
(やそたける)という、勇猛な夷族の長がいて、女坂(めさか)には女軍(めいくさ)、男坂(おさか)には男軍(おいくさ)を配置し、墨坂の要路には真っ赤に熾(おこ)した炭火を置き、天皇の軍が入れないように待ち受けていた。また磐余(いわれ)の邑(むら)には兄磯城(えしき)の軍勢が待ち受けていて、どこも通れる様子はなかった。

 天皇はこの夜、天
(あま)つ神に打開策を求めて祈りの床につくと、夢に天つ神が現れて

 「天香山
(あまのかぐやま)の社の土を取り、天平瓮(あめのひらか)と平瓮合わせて厳瓮(いつへ)(神聖な土器)を造り、天神地祇(あまつかみくにつかみ)を敬い祀りなさい。そうすると賊は平らぐでしょう。」

 といわれる。

 そこで家来の椎根津彦
(しいねづひこ)に、破れた衣服と蓑笠(みのかさ)を着せて老父の姿にし、同じく弟猾(おうかし)は老婆に化けさせ、「お前達二人は天香山に登ってこっそりと頂上の土を採ってこい、天津日嗣の大業の成否はお前たちが成功するかどうかで占うことにする」 と。

 椎根津彦らは真っ直ぐ敵陣へ向かう。

 すると二人を見た賊兵たちは大笑いして、「なんと醜いじじいとばばあだ、早く行け」 と云って道を空けてくれ、無事土を採ってくることが出来た。

 その土で厳瓮
(いつへ)を造り、丹生(にふ)の川上に天神地祇(あまつかみくにつかみ)をお祀りし、神の御心を伺いながら進んで行くことによって、 『神意による遷都』 が成就したのである。

 だから――

≪ 私たちも常に神に祈りながら進んでまいりましょう。

 『新版 菩薩は何を為すべきか』 には

 『生長の家立教の使命が同時に日本建国の理念の現成にほかならない事を明らかにすべきである。』

 と示されています。≫


 と、K教化部長は結んでおられる。

 このK教化部長のご指導はまことに適切で、神意に適っていると思います。

          ○

 しかしながら、過日、教化部長ご指導の 「相愛会員研修会」 に参加を勧められたとき、私はそれに従わず、参加しませんでした。それは、テキストが谷口雅宣総裁著 『宗教はなぜ都会を離れるか』 ということだったので、それは面白くない、適切でないと思ったからです。

  <つづく>


   (2017.7.28)

363 太陽の子 プリンス・J・ブラックソン(5)


 アフリカ中西部・大西洋岸に南面したガーナ共和国の歴史と現在の状況を見ると――

          ○

 15世紀にはポルトガル人が到来し、奴隷貿易の拠点とした。その後、金が産出することがわかると 「黄金海岸
(ゴールド・コースト)」 と呼ばれるようになった。その後ドイツ人、デンマーク人、イギリス人、オランダ人が来航し、金と奴隷の貿易を19世紀まで続けた。多くの人々がアメリカ大陸に連行され、1776年に独立したアメリカ合衆国で、労働力として使われることとなった。

 17世紀には奴隷貿易で力を蓄え、ヨーロッパ人から購入した銃火器で周辺の民族に対して優位に立ったアシャンティ人のオセイ・トゥトゥがアシャンティ王国を建設し、大いに繁栄した。

 19世紀に入り、アフリカの植民地化が進み奴隷貿易が衰退すると、アシャンティ王国の財政基盤は揺らいだ。

 アフリカの植民地化を目論んだイギリスは、1824年から四次に渡るイギリス・アシャンティ戦争の末に、1902年にアシャンティ王国を滅ぼし、この地は 「イギリス領ゴールド・コースト」 としてイギリス帝国に編入された。

 しかし宗主国のイギリスは第二次世界大戦に連合国の1国として勝利したものの、その国力は衰退。民族主義の気運が高まり、この 「イギリス領ゴールド・コースト」 と呼ばれていた地域は1957年に初めて独立を達成し、国名をガーナとした。初代大統領ンクルマは、汎アフリカ主義構想に基づいてアフリカ合衆国の建国を目指したが、失政を招き1966年にクーデターで失脚した。

 1972年にはイグナティウス・アチャンポン将軍がクーデターを起こし、政権を握った。しかし国情は安定せず、経済停滞から幾度か政変が発生したことは、#362 に書いた通りである。

 しかし、1979年に軍事クーデターを起こしたジェリー・ローリングス空軍大尉が政権を掌握し、ガーナ経済再建のためにIMFや世界銀行の構造調整計画を受け入れ、ガーナ経済と政治の安定化を達成した。

 こうして近年は政情が安定し、自由選挙により平和的に政権が移譲されるようになったことから、現在は西アフリカにおける数少ない議会制民主主義国として知られるようになっている。

【日本との関係】

 日本との関係では、野口英世が当時英領ゴールド・コースト(現在のガーナ共和国)のアクラで黄熱病の研究中に1928年、51歳で死去しているなど、古くから関係があり、英世の故郷である福島県の福島県立医科大学が医師を派遣するなど関係も深い。

 日本の援助で、1979年にガーナ大学に研究所が設立された。

 2006年には、千葉県浦安市等から自転車等の無償援助を受けている。

 2009年の国際交流基金による日本語教育機関調査では、ガーナにおける日本語学習者の数は906人で、サハラ以南では、中央アフリカ、マダガスカル、ケニアに継ぐ第4位であった。

          ○

 ――こうしてみると、ガーナは現在アフリカ大陸の中で抜きん出て政情も経済も安定した国、進んだ国であり、日本との結びつきも深い国となっている。

 ブラックソンはガーナで少年時代から夢の中で谷口雅春先生に 「人間は神の子」 との教えを受け、何十万という信者をつくったが、自身は結局ガーナを追われて旧宗主国のイギリスに亡命を余儀なくされるような苦難の道を歩み、はなばなしく表に出ることはなかった。

 私は、その後ブラックソン氏が具体的にどのような苦難の道(あるいは歓喜の道)を歩んだかを知らない。知りたいものである。ブラックソン氏は、いま存命ならば81歳であろうか。

 ともかく、イエスも

 
「生命(いのち)を得る者はこれを失い、我がために生命を失う者は、これを得(う)べし」
  (マタイ伝10-39)

 
「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果(み)を結ぶべし」
  (ヨハネ伝12-24)

 と言っているのである。

 私はブラックソン氏が、己が命を失うごとき道を歩んで永遠の生命を得、ガーナの、ひいてはアフリカ全土の、安定、平和と繁栄という大きな果実をもたらす目に見えない働きをされているのではないかと思う。


   (2017.7.25)

362 太陽の子 プリンス・J・ブラックソン(4)


 「宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ」 と言ったブラックソンは、その後どうなったか。


 ブラックソンが生まれ育ったガーナ国は、その頃国情が安定せず、1972年にイグナティウス・アチャンポン将軍がクーデターを起こし、第6代国家元首・大統領となって軍政を布き混乱を収拾しようとしていた。が、政治の私物化が行われ、腐敗が横行。「泥棒政治」といわれる状況に陥ってガーナ経済はどん底に落ち込み、アチャンポンへの批判が高まった。

 ブラックソンは、アチャンポン大統領と親しい友人関係にあった。

 しかしそのアチャンポンは1978年7月5日、フレッド・アクフォ将軍のクーデターにより失脚。その後再び1979年6月16日、ジェリー・ローリングスのクーデターがあり、アチャンポンは失政の責任を問われ、処刑された。

 アチャンポンと親しい関係にあったブラックソンはガーナを離れてイギリスのロンドンに亡命した。そしてロンドンで一つの教会を買って布教伝道の拠点とし、光明思想を伝え続けた。その際、生長の家本部に資金援助を求めてこられたが、本部はそれを断ったと聞いている。

 1975年にブラックソンが来日する前、ブラックソン氏から数度にわたり生長の家本部――谷口雅春先生との間で手紙の往復があり、アチャンポン大統領からも書簡が来ていた。前年には当時副総裁であった谷口清超先生がガーナに飛んでブラックソンと面談され、その情報がグラフ(写真を中心とした新聞形式の広報宣伝紙)として発行されていた。

 谷口雅春先生は、その頃生長の家本部で毎月行われていた地方講師・光明実践委員対象の勉強会 「実相研鑽会」 において 「伝道とは愛の実践」 というテーマで、次のような結語を語られている。(1974年、昭和49年頃)

 テキストは 『信仰の活人剣』 68ページから 「仏の使命」 というところで、【 】 の中はテキストのご文章です。

          ○

≪ 【  仏の使命 (『生命の實相』 第39巻)

 仏のなすべきことは何であるかというと、説法ということであります。

 そう言うとおかしく聞こえますけれども、「すべてのもの言
(ことば)によってつくらる、言葉は神なり」 というキリスト教的立場からしましてもそうなのであります。】

 つまり、神様がコトバを出されるということは、一切の天地のものをお創造
(つく)りになるということになるんですね。

【仏教でも釈迦は 『大無量寿経
(だいむりょうじゅきょう)』 の説法を終わると、「如来(にょらい)の応(まさ)に作(な)すべき所の者は皆已(すで)に之(これ)を作(な)せり」 と言われました。】

 仏の使命というものは、説法をするということである。

 成仏
(じょうぶつ)するというのも、「成仏」 の 「成(じょう)」 は 「なる」 (成る=鳴る) である。

 仏の実相が鳴りひびくときに、本当に 「成仏した」 ということになるわけですね。

 あるいは 『法華経』 の中に、

 「大通智勝如来
(だいつうちしょうにょらい)は十劫(こう)の間道場に坐っておられたけれども成仏しなかった」

 と書いてあるけれども、それは説法をしなかったからですね。成り(鳴り)ひびかなかったからです。鳴りひびくということが大切であるわけです。

 華厳経には、毘盧遮那
(ビルシャナ)如来が衆海(しゅうかい=もろもろの世界海)の中で、「正法(しょうぼう)を演説し給う」 と書いてある。

 「正法」 とは正しい真理の法(コトバ)です。真理のコトバを説法するのが、如来の、盧舎那(ルシャナ)仏の愛行であったわけです。

 僕も、毎日神想観をして――神想観というのは、これ、説法でありますよ。心の中で説法をする。

 「われ今、五官の世界を去って実相の世界に入る。

 ああ、美
(うる)わしきかな、此の世界よ。
 神の無限の智慧に満たされてあるかな。
 神の無限の愛に満たされてあるかな。
 神の無限の生命に満たされてあるかな。
 神の無限の供給に満たされてあるかな。
 神の無限の調和に満たされてあるかな。
 神の無限の喜びに満たされてあるかな。
 ………」

 ――これはですね、まことに正法を説法している。

 実際に実在しているところの真理を、コトバに表現して、それを伝えるんですね。

 その説法が、アフリカのガーナ国まで行くわけですよ。本当ですよ。(拍手)

 この真理の説法――本当の愛行というものは、雑誌をね、配るだけじゃないんですね。

 …(中略)…

 この 『信仰の活人剣』 の中に、さっきちょっと開いたら、

 「願
(がん)なき行(ぎょう)は魔である」

 という言葉が書いてありましたがね。

 「願」 というのは、如来の本願、四十八願というのがありますがね、あれは何かというと、愛の念願です。それには、「こうしたい」 という一つの理想が含まれている。愛の理想が。

 「すべての人類が救われるまでは、私は仏にならん」

 という法蔵菩薩のすばらしい理想と愛というものが、あの四十八願の中にあってですね、それではじめて阿弥陀如来として法蔵菩薩が成仏せられた。

 われわれが伝道するのは、やっぱり、それでなければならないですね。理想がなければならない。愛がなければならない。………

 ――それにはやっぱり、正法
(しょうぼう)すなわち真理を知らなければいけない。

 人に深切をすると言っても、真理でない深切をしたら、かえって気の毒なことを起こすかも知れない。物質で深切をする、あの人に何かあげたいと思って、カメラならカメラを、この頃流行の、シャッターをチャッと切れば自動できれいに写るという素晴らしいカメラが出てきたから、あの人にあげたい、と思ってそれをあげたら、それは相手によって、いい具合に使われるかも知れないけれども、あるいはその相手の人が、カメラマニアになっちゃって、仕事も何もほっといて写真ばかりに没頭して――というようなことにならんとも限らんわけでですね。これは相手にふさわしいものを与えなければならない。

 そのためには、やっぱりわれわれが常に神想観をして、宇宙の最高の智慧と一つになって、自分の行うことが神様の智慧によって導かれているということにならなければ、間違いを生ずるおそれがあるですね。

 そこで吾々は、神の智慧と、愛とをいただいて、更に神の生命を、無限の生命を、無量寿の生命を、そのいのちを相手に与えるアンテナになることですね。

 神想観は、宇宙の神様が人類に対して真理を放送し給うところの、自分がアンテナになることですね。自分が真理を伝えるんじゃないんです。だから招神歌には 「わが業
(わざ)はわが為すにあらず、天地を貫きて生くる祖神(みおや)の権能(ちから)」 と示されているのであります。

 自分が神想観をして人を救うんだというのは傲慢な心であって、そうじゃないんです。自分は神様のアンテナになって、神様の真理を増幅する、増幅アンテナになり、さらに神様の無量寿のいのちを全人類に伝えるための放送アンテナであるという素晴らしい自覚をもって、神想観をする。その時に、その神想観が力を発揮して、ブラジルへもアフリカへも、その伝道が通ずるということになる訳なんであります。

 一昨日でした、ガーナの大統領から、手紙を頂きました。ここへ持ってこなかったけれども……

 「あなたの教えの弟子の清超先生が訪問してこられて、話を終わってから、私に『生命の實相』 を含むいろいろの書物を贈呈して下さいました。それを読んだら、非常に 有益な書物であるということがわかりました。それで、私を生長の家の信者のメンバーに名前を登録して下さい。」

 そう書いてあるんです。そして

 「このガーナ国の繁栄、発展のために、どうぞ祈って下さい。いろいろお願いしたいことがありますが、やがてブラックソン氏が日本を訪問せられることになっておりますから、そのときに、詳細のお願いを伝えさせて頂きます」

 と、そういうことが書いてあるのであります。(拍手)

 それをですね、今度グラフが出るのに、載せかけておったんですけれども、僕は止めさせたんです。

 これは一国の元首がですね、海外のある宗教に祈ってくれと頼んでいるという、ある意味ではインターナショナルなことだが、ある意味ではパーソナルなことで、そういうようなことを、生長の家の宣伝のために利用する、というので、ガーナ国の元首としての誇りとか、面子とかという問題を考えてあげないで、生長の家の教勢の発展だけのために使うということは、これは愛のないことである。――と考えましたのでね、これは止めるようにというメモを今日出したんでありますがね。

 ともかく吾々は、愛と智慧とが伝道にも働かなければならない。利己主義では本当の伝道にはならんのでありまして、<自分よかれ> ではいかんので、<相手よかれ> という心が根本になければ、本当の伝道にならんわけです。

 宗教は愛である。愛なしに伝道したんではいかん。責任感で伝道しているのではだめです。本当に、これをしなければ国家を救うことはできない、人類を救うことは出来ない、隣人を救うことは出来ない――という愛の権化になって動き出したときにはじめて、伝道が力あるものになるわけです。

 愛は神である。愛なしに伝道したら、神なしに伝道しているのと同じことですね。だから吾々は、まず愛をもって――愛をもって何を与えるか。それは、真理を与える。真理とは何であるか。真理とは、

 「この世界は神の創造り給うた世界である。悪はないのである」 という根本実相、

 「悪はない。病気もない、罪もない、業
(ごう)もない。」 この実相を伝える。

 この実相を伝えることによって、迷っている結果あらわれているところの病気も、貧乏も、家庭の不調和も、子供の不良も、何もかも消えてしまって、実相が顕れる。これが根本です。

 その真理を伝えるための愛行。――雑誌を配るのも、神想観をするのも、あるいは街頭で説教をするのも、すべてこの実相円満完全、一切皆善の、神のつくり給うたところの実相世界の素晴らしさをほめたたえ、そしてその素晴らしさを心の眼で見つめて行く。見ればあらわれる。それが神想観の行事でもあるわけです。

 また家庭を訪問して行っても、そのお宅の実相を拝む。既に繁栄しているすがたを、すでに調和しているすがたを、すでに病気がないすがたを、すでに調和しているすがたを、すでに病気がない姿を、拝まして頂いて、そうして 「ごめんください」 と入って行く。そのときにですね、もう一切の悪は消え、抵抗は消え、そしてそこに現れていらっしゃるのはみんな吾々神の子の兄弟であってですね、もう一切の苦悩がない神の子たちが現れてきてくださる。そして神の子が神の子と対面して、神の子の実相が現れる。これが本当の伝道だと思います。

 その時にはじめて、「仏と仏とのみ能
(よ)く真理を究尽(ぐうじん)し給えり」 (唯仏与仏乃能究尽) という境地が現れてきて、もうそこには一切の悪は無い。訪問して行ったお宅が、今まで病人があったとしたら、病気が消える。悩みがあったとしたら、悩みが消える。憂いがあったとしたら、憂いが消える。そしてもうそこに、その人の家庭に、天国浄土が出てくる、ということになるのが、本当の伝道であると、私は思うんです。それで、

「ああ、素晴らしきかな、この実相世界よ。
 神の無限の智慧に満たされている。
 神の無限の愛に満たされている。
 神の無限の生命に満たされている。
 神の無限の供給に満たされている。
 神の無限の喜びに満たされている。
 神の無限の調和に満たされている。
 ………」

――と、その実相を心の眼で見て、ほめたたえ、それを語る。そして目の前にいらっしゃるすべての人を、神の子の如来様であるとして、拝める。ここにはじめて、伝道の最後の成就があるということになると思うのであります。

 今日はこれで終わります。ありがとうございます。≫



 (谷口雅春先生ご指導 実相研鑽会の記録 「光明テープ」 『伝道とは愛の実践』 より)


  <つづく>

   (2017.7.24)

361 太陽の子 プリンス・J・ブラックソン (3)


 「宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ」 と言ったブラックソン。その(3)です。


 『理想世界』 昭和50年9月号に、「日本の心とプリンス・J・ブラックソン氏」 と題して、渋谷晴雄・生長の家理事(当時。故人)の文章も頂いている。以下はその抜粋です。

          ○

≪   日本の心とプリンス・J・ブラックソン氏
                               渋谷 晴雄 

   一、「太陽の子」

 先日、ブラックソン氏訪日の映画をつくっている三井テレビ映画社の三井社長と話し合っていたとき、「今度の映画のタイトルはどうしましょうか」ということになった。私は、この映画の製作を担当していたからである。

 三井さんは、ブラックソン氏の行った先々に同行していて、ブラックソン氏に深い感銘をうけていたようだった。三井さんは「“太陽の子 プリンス・J・ブラックソン”というのはどうでしょう」 という。私は、「それはぴったりですね」 と、すぐ合槌をうった。“太陽の子”という言葉が、ブラックソン氏のことをうまくとらえているような気がしたのである。

 三十年前夢にあらわれた聖者から、彼は、「人間は神の子である」 という真理を教えられた。そしてその聖者は何度も何度も彼に現われて、この真理を説いたという。

 ブラックソン氏は、この 「人間神の子」 という真理を、頭で理解するだけでなく、それを潜在意識の底にまで徹底させ、神の子らしい行動を行なってきた。この聖者は、悪や不完全や病気、不調和等は本当はないものである。それにひっかからずに、ただ実相の完全さのみを見よ、と教えた。するとブラックソン氏は、それを断乎として実践したのである。

 あるときは食卓に食べるものがひとつもないときがあった。家族そろって食卓についたが何もない。しかし、氏は 「神様は無限供給であって、貧しいということは実在ではない。必ず神様は私たちに必要なものは与えてくれる」 と子供たちに言い、神想観をしたのである。それは、一切の必要なものは、神様は私たちに既に与えて下さっているのである、という明るい確信をもった祈りだった、という。

 夢の聖者が 「病は実在でない」 と教えてくれると、彼は、心の底の底からそれを信じた。彼は七歳の時から三十九歳の現在にいたるまで、ただの一度も病気をしたことはない、という。

 私は、ブラックソン氏が、どんなときでも明るく、光輝くものをいつも周囲に与える、きよらかな幼な児のような感じに打たれた。――まるで太陽の児だ、と私も思っていたのである。

   二、「私は日本人である」

 ブラックソン氏は、各地で講演したが、その講演のなかで、

 「私は日本人なのです。日本人なのですが、この地上においてアフリカを光明化する使命を神様からいただいてアフリカに生まれたのです。“郷に入っては郷に従え” ということわざがありますが、あのようにアフリカを光明化するのだから、アフリカ人の黒い皮膚をもって生まれました」 こんなふうに、ユーモアを交えて話をされた。

 ブラックソン氏は、しかし、これはユーモアとして話しているのではなく、本当に、彼は、これまで何度も日本人として生まれた、と確信を持っているのである。

 彼はこんなふうにも語っている。

 「私は旅行するとき、飛行機よりも汽車、それよりも歩くのが好きです。地上を旅行していると、日本ははじめての土地ではなく、前生で経験したところだ、と、その土地の近くに来ると、霊的な波動で感じられるのです。

 奈良に行ったときには、これをつよく感じました。もうすこし時間があれば、私が前世で埋葬された場所がどこか、それがはっきりわかります。その場所に近づくと、感ずるのです」

 また、彼はこんなことも言った。

 「私は一度ならず、数回日本に生まれ、あるときは神道の神官をやったことがあります」

 ブラックソン氏のこの超能力をどう受けとめるか、人によっていろいろあると思う。しかし、彼と同行しながら、私は彼のなかから、日本人らしさ、しかもすぐれて霊的な日本人を感じたことも、すくなからずあったのである。

   三、日本のすばらしさ

 ブラックソン氏は、日本教文社でのインタビューで、伊勢神宮参拝の感想をきかれた。こういう感想を話すのがブラックソン氏はあまり好きでないように思われた。というのは、氏は言葉にならないつよい感動に打たれると、その感動そのものを話し言葉ではなかなか伝えられないと思っているようだったからである。しかし、彼は大体次のように話された。

 「伊勢神宮はたいへんなところです。宇宙のもっとも聖なるところ、宇宙の中心なのです。そしてそれが日本の霊的中心です。天皇を中心といただく日本のすばらしさが、伊勢神宮でよくわかりました」

 「このすばらしい日本の本質を、どのようにして世界の人々に伝えようかと思いました。ぜひ世界の人々にこれを知ってもらわなければならない。日本人の多くもこのことに無関心なように思われる……」≫



 ブラックソン氏は、伊勢神宮に昇殿参拝して、次のように記帳署名している。


 渋谷氏の文章は、なお次のように続いている。

≪……彼は熱意と感動をもって各地で講演をした。その講演は、どこでも、生長の家は人類全体を救済する唯一の教えであり、谷口雅春先生は全能なる神が人間の姿をとってあらわれられた方である。この真理を聴いたり、話したりするだけでなく、今、今すぐこの教えを人々に伝えよう、という内容であった。

 実相の完全さのみをみつめ、実相以外のものはほとんど目に入らないような彼であった。だから、彼にふれると、人はだれでも生長の家の絶対の「信」と「実践」への意欲を与えられる。

 こうしてはいられない、真理を伝導しよう、多くの兄弟姉妹にこの人類最高の真理を伝えよう、という意欲が湧いてくるのである。

 7月2日、ブラックソン氏は羽田を立って帰途にむかった。彼は、一年間に、アフリカで百万の生長の家信徒をつくると誓った。

 暗黒大陸にいま巨きな太陽はさしのぼりはじめた。まさしく太陽の児ブラックソン氏。この太陽はアフリカ全大陸に愛と歓喜の光を与えるであろう。

 そして私達日本の生長の家信徒も、ブラックソン氏のあの熱と、信の深さ、徹底した実相直視を学ぼう。全日本に光明を与えるように、私達の与えられている無限の力を死蔵せずに活用しよう。

 世界は、いまや霊の夜明けである。唯物論文明は行きづまり、神の子としての明るい霊的人間が大量に誕生する時である。そして神の国日本の実相が地上に顕現する時である。

 同志よ、立ち上ろう、ブラックソン氏とともに。≫


 と。(『理想世界』 昭和50年9月号より)

 上記の文章を掲載した頁の小口脇タテに通して、ベタ黒に白抜きゴシック体の大きい文字で、

「宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ」
  とブラックソン氏は言った。≫


 と掲示していた。

 それ以来私は、この 「宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ」 というタイトルをつけたファイルを用意し、このテーマにそった資料を集めていたのである。


  <つづく>

   (2017.7.22)

360 太陽の子 プリンス・J・ブラックソン(2)


 「宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ」 と言ったブラックソン。


 『理想世界』 昭和50年9月号で、「『太陽の子 プリンス・J・ブラックソン』――宗教史上空前のドキュメンタリー」 と題し、ブラックソン氏に関する特集記事を組んでいる。

 それは記録映画の紹介から始まっている。

          ○

 ブラックソン氏は、各地の講演で語る。

 
「7歳のとき、私はある晩、学校の勉強ができなくて、わからなくて、困っておりました。

 そして寝みましたら、夢に谷口先生があらわれてきまして、私の肩をたたいて、

 『わが子よ(My Son)、勉強しなさい。わかるよ。お前はできるんだ』

 ――次の朝、目をさましましたら、そのむずかしい問題の答がすらすらとわかるんです。

 先生も、友だちも、私が本当にできるので、びっくりしたのであります。」



 ――彼はやがて夢にみた聖者をさがし求めてドイツに行き、ベイルートに行き、フランスのルールドの泉をたずね、ローマをたずね、あるときはレバノンの洞窟に入り、エルサレムを巡礼し、エジブトのモーセの十戒の丘に登り、ヒマラヤの奥まで旅をしたことを、演壇から離れ動作を交えて語った。

 しかしその聖者はどこにもいない。もう探すのをあきらめて故郷へ帰った。

 そして運命の日。ガーナの首都アクラ市の書店で 『日本の奇蹟の人』 “Miracle Man of Japan ” の本(ロイ・ユージン・デーヴィス Roy Eugene Davis 著)を見つけたときの驚きと喜びを語る場面は、この記録映画のなかで最も迫力ある圧巻の部分だ。


 
「人間は病気しない、暗黒、くらやみはどこにもない。宇宙は光に満ちている」

 「谷口雅春先生は宇宙の光の中の中心であらせられます」


 と、ブラックソン氏は叫ぶ。

   *   *   *

 この映画の製作でカメラを廻し、作品として編集完成するために、商業べースを度外視して日本国中をとびまわり、徹夜で製作に打ち込んだのは、三井テレビ映画社の社長三井保氏であった。

 三井氏は、それより15年あまり前の生長の家立教30周年記念信徒大会以来、何本か生長の家関係の映画を撮って来た方。その間、同氏の作品 「老人と鷹」 (ドキュメンタリー映画)が、カンヌ国際映画祭でグランプリ受賞、大きな反響を呼んだ。

 カンヌ国際映画祭グランプリというと、日本人の作品で受賞したのはそれまで他に劇映画で黒沢明の 「羅生門」 と稲垣浩の 「無法松の一生」 があっただけ。稲垣浩は入賞を知ったとき「トッタ、ナイタ」と感激のウナ電を打ったというエピソードのある、権威ある大賞である。ドキュメンタリー部門では前にも後にも、日本人の作品で受賞したのは三井氏の 「老人と鷹」 だけ。それで国内でも話題になり、日本テレビでは20回も放映されるという記録をつくった。

 その三井氏が、この作品 「太陽の子プリンス・J・ブラックソン」 は、「老人と鷹」 以上の会心の作だと、喜びを語る――


≪   レンズがとらえた ブラックソンの顔    三井 保


 出来あがった作品の、初号試写を僕は広い試写室の中で一人で見ていた。

 漆黒の顔、流れる汗、赤い唇、黒豹の如く光る眼、
 そしてびんびんと響く彼の声、それは日本人にはない戦慄をおぼえる声量で迫ってくる。

 僕はカメラマン生活40年、ずいぶん多くの作品を作ってきたが、彼ブラックソンに会えたことをカメラマンとしてこの上ない幸せと思っている。

 かつて 「老人と鷹」 という作品でカンヌ国際グランプリをとった時、僕はテレビに出て、老人に会えた喜びを語った。そして鋭い鷹の目をクローズアップするとき、それは黙って画になることを話した。

 今回ルーペをのぞきながら彼の顔を見ていると、かつての老人以上の格段の迫力があった。……ブラックソンの頭脳の中に秘められた叡智は自然にその目に現われて、輝かしい光をたたえ、閃いている、――澄んでいる。

 谷口雅春先生に初めて会ったあの感激的な日には、彼はただ 「オー、オー」 とだけで言葉にならなかった。だから青年大会で一万数千の人々に呼びかけた第一声を聞いた時はびっくりした。

 その後、白鳩大会・宇治・九州別格本山での講演と写してゆくに従い、どのように彼をとらえたらいいかと、眠られない夜も何度かあった。

 そして名古屋で五回目の撮影の時、僕は彼と対決する覚悟をかためていた。
 彼は39歳、僕はカメラマン40年。負けてたまるか、という気力で最前列にカメラを据えていた。

 たびたびの講演で、動きは激しいが演壇から離れることはなかったので、この時は画面一杯のビッグクローズアップでねらうことに専念していた。ところが突然、画面からいなくなる。あわてて彼を追ったら、なんと机の横にしゃがみ込んで、レバノンの洞窟の闇の中に夢の聖者をさがし求めているところ(動作で再演中)だった。

 後日編集の時、カメラマンとして恥をさらすことだが、どうしてもこのカットを捨て去ることができなかった。

 彼の顔を真向からねらうんだ、一瞬一瞬をのがすな――僕は心の中で連呼して彼を追いつづけた。

 今、僕は生涯で最高の仕事をやったと自負している。≫


       (三井テレビ映画社社長)

          ○

 ――実はこの時、僕(岡)は昭和50年5月、#359 に書いた第27回生長の家青年会全国大会の時から、それまで11年余勤めた日本教文社を退職して生長の家本部青年局に飛び込み、『理想世界』 編集長として、同年7月号からこれを責任担当した。そして上記ブラックソン記録映画編集にも音楽関係の相談役として一晩徹夜で立ち会う好運にめぐまれ、その縁で、上記三井氏の手記も頂戴することができたのである。


  <つづく>

   (2017.7.21)

359 太陽の子 プリンス・J・ブラックソン(1)


 #348~#352、#357~#358 に掲げた表題 「宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ」 というのは、1975年(昭和50年)、当時アフリカのガーナ国から、「魂のお父様」 として谷口雅春先生を慕い来日していた、プリンス・J・ブラックソン氏の言葉から頂戴したタイトルです。

 昭和50年4月30日にブラックソン氏は初めて来日し、5月2日・3日・4日の3日間、東京九段の日本武道館で行われた第27回生長の家青年会全国大会を皮切りに全国各地で熱烈な講演を行い、伊勢神宮にも参拝した。7月2日に日本を離れて帰国するまで2ヵ月あまりの記録を振り返って見ましょう。

 まず、『理想世界』 昭和50年7月号 全国大会記事より――

≪  ◆遠い国の素晴しい友

 今大会の大きな盛り上りになったできごとの一つは、アフリカ・ガーナ国のプリンス・J・ブラックソン師が見えたことである。

 ブラックソン師は少年時代から夢の中で谷口雅春先生の教えを受け、「人間神の子」の真理を知り、この教えを人々に伝えて、現在約13万人の信徒をもつに至ったという奇跡的な体験の持主で、今年4月30日に初めて来日し、“魂のお父さま” 谷口雅春先生と会われたのである。

 このブラックソン師が日本の生長の家信徒の大きな集まりに初めて姿を見せ、強烈な息吹きを吹き込まれたのであった。

 5月4日午後、「遠い国の素晴しい友を讃えよう」と題して、プリンス・J・ブラックソン師がガーナ国旗と共に舞台上に迎えられた。ブラスバンドが、ガーナ・日本両国国歌を演奏。森田青年会長が歓迎のメッセージを伝え、ブラックソン師が挨拶に立った。祈りと共にブラックソン師の口からほとばしり出る言葉は、熱を帯びてきて通訳も無視されてしまうほど。火のような熱意で、「このすばらしい真理を全世界の人々に伝えよう」と訴え、深い感動を与えられた。……≫


 下は、その全国大会のスナップ(『理想世界』昭和50年7月号より)


 このとき2ヵ月あまりのブラックソン氏の日本での足跡は、『太陽の子 プリンス・J・ブラックソン』 という記録映画(16ミリ)に撮影編集されて、保存されている(はずである)。

 『理想世界』 昭和50年9月号では、この記録映画を題材として特集を組んでいる。

 大きな日の出の太陽を撮影した映画フィルムのコマを表紙に使用し、

   
「太陽の子 プリンス・J・ブラックソン

      <宗教史上空前のドキュメンタリー>


 とキャッチコピーを入れて――。 (下)



  <つづく>

   (2017.7.20)

358 宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ! (7) アインシュタインの世界盟主論


 アインシュタインの世界盟主論について、名越二荒之助氏著 『新世紀の宝庫日本』 には次のように書かれています。

≪ アインシュタインは大正11年、日本の「改造社」の招きで来日しています。11月16日夫妻と共に北野丸で神戸に上陸。時に博士42歳、ノーベル賞の決定した直後でした。

 国会図書館で当時の記録を調べると、彼が日本の朝野でいかに盛大な歓迎を受けたかがよく判ります。12月26日までちょうど40日間滞日し、慶応大学、神田の青年会館、東大その他で講演し、奈良、京都等にも旅行しています。その間すっかり日本通となり、日本のすべてを適確に掴んでいます。

 彼の日本観は誠に卓抜で、当時の日本人がいかに日本を知らないかがよく判ります。いちいち紹介することはやめて最も印象に残る言葉をお伝えしたいと思います。


 
「近代、日本の発達ほど、世界を驚かしたものはない。この驚異的発展には、他の国と異なる何ものかがなくてはならぬ。

 果せるかな、この国、三千年の歴史がそれであった。この永い歴史を通じて、一系の天皇を戴いたという比類なき国体を有することが、日本をして今日あらしめたのである。

 私はいつも世界上のどこか一ヵ所位、この様な尊い国がなくてはならぬと考えていた。

 何故なら世界は進むだけ進んでその間、幾度も闘争が繰り返され、最後に闘争に疲れるときが来るであろう。

 その時、世界の人類は必ず真の平和を求めて、世界の盟主をあげねばならぬ時がくるに違いない。

 その世界の盟主は武力や金力でなく、あらゆる国の歴史を超越した最も古く、且つ、尊い家柄でなければならぬ。

 世界の文化はアジアに始って、アジアに帰り、それはアジアの高峯、日本に立ち戻らねばならぬ。

 吾等は神に感謝する。天が吾等人類に日本という国を造っておいてくれたことを」



 彼はヴァイオリニストでもあり詩人でもあって、この感想は詩的な韻律さえたたえています。

 この言葉は今村均著 『祖国愛』 に、次のような後日譚と共に紹介されています。

 第二次大戦後同博士を訪ねた稲垣守克氏が次のような質問を発しました。

 「独裁制の国家を混えても、世界政府を樹立することは可能だと考えられますか」

 それに対して博士。

 
「我々は科学によって原子力の秘密まで発見したではないか。社会原子力ともいうべきものもある筈だ。大いに頭をしぼりなさい」

 ――と。

 名越二荒之助氏は、今村均著 『祖国愛』 からの引用としてこれを書いているのですが、このアインシュタインの世界盟主論というのは、直前の #357 でご紹介しましたローレンツ・フォン・シュタインの言葉に酷似しています。

 そうしたことから、ドイツ文学研究者の中澤英雄氏らは、上の発言がアインシュタインのものであるという確定的な典拠は存在せず、「シュタイン」 と 「アインシュタイン」 という名前の類似性から、流布の過程ですり替わってしまったのであろうとした。このことは2006年(平成18年)6月7日付の 『朝日新聞』 でも取り上げられている。


 それが事実であるかも知れない。

 しかし――私は思う。

 アインシュタインが実際現実に世界盟主日本論を語ったか、語っていなかったかによって上の言葉に価値があるかないかが変わってくるものではないと思う。

 アインシュタインが言っていない、シュタインの言葉が、流布の過程でさらに少しづず変わって伝えられて来たとしても、超越的普遍的真理を表現した言葉の価値に変わりはないと、私は思う。

 たとえば、12月25日はイエス・キリストの誕生日として、クリスマスとして祝われている。そしてキリスト生誕の年を元年とした西暦が世界でひろく使われているが、学問的に言えばそれはまったく根拠がなく、間違いだと断定されているという。

 しかし、私はイエス・キリストの言として伝えられている教えは、すばらしい神の言葉だと信ずる。キリストの生誕日とされている12月25日は、肉体イエスが生まれた日であろうとなかろうと、私はこの日、讃美歌 「聖夜」 や 「もろびとこぞりて」 を歌い、わが内に永遠の生命の自覚が生まれたことをよろこぶ。

 私は形の洗礼を受けたことはないが、たましい的に真性キリスト信者だと自任している。悪の存在する現実信仰の信者ではなく、完全円満なる愛の神を信ずる者である。坂入貞夫さんも力説される通り、「現実の世界」 は 「ウソの世界」 なのである。

 また、妙法蓮華経(法華経)などの大乗経典は、釈迦自身が説いたものではなく、後世に作られたものだとも言う。しかし、釈迦自身が説いていなくても、そこに書かれていることの永遠の真理性に疑問がつくということはない。

 それ故に、アインシュタインの予言・世界盟主論なるものが、真実アインシュタインが語ったという典拠があろうがなかろうが――流布の過程でシュタインがアインシュタインに変わり、言葉が少しずつ変わったとしても、悠久の宇宙の歴史を大局的に見たときそこに魂が納得できる永遠の真理、超越的真理が表現されているならば、その価値はなんら損なわれるものではないと私は信ずる。

 私は今、無我無私にして愛の化身
(けしん)なる、キリストのごとき天皇の今います日本国に生まれ、生かされていることは、まさに奇蹟的なことであると、ただありがたく、感謝あるのみであります。


 「なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」(西行)


  <つづく>

   (2017.7.17)

357 宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ! (6) ローレンツ・フォン・シュタインの言


 ここで #351#352 のつづきに還ります。

 
「世界の未来は進むだけ進み、その間幾度びも争いは繰り返され、最後に戦さに疲れる時がくる。その時人類は必ず誠の平和を求めて世界的盟主をあげねばならぬ時が来る。

 この世界盟主なるものは、武力や金の力ではなく、凡ゆる国の歴史を抜き越えた最も古く又尊い家柄でなくてはならぬ。

 世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。それはアジアの高峰日本に立ち戻らねばならぬ。

 吾々は神に感謝する。天が吾々に日本という尊い国を作って置いてくれたことを。」


 と言ったという、いわゆる 「アインシュタインの予言」 (谷口雅春先生も御著書 『秘められたる神示』 で取りあげられている)について、名越二荒之助氏(故人、1923~2007)が著書 『新世紀の宝庫・日本』 に詳しく書かれています。

 まず、ドイツの国家学者であり、社会学者でもあったローレンツ・フォン・シュタイン博士(1815~90 明治15年に伊藤博文が帝国憲法作成のヒントを求めて渡欧し教えを受けた人。#316 参照)の言について。

 田中智学(1861~1939 日蓮主義と国体主義による社会運動を主導した)の著書 『本化開導法』 から、次のように紹介しています。

          ○

≪「かつて海江田信義君(後に枢密顧問官となり明治39年没)が、丸山作楽君(後に貴族院議員となり、明治32年没)と西洋を遍歴した時、ドイツに行ってかの有名なシュタイン博士に会ったことがある(明治20年)。

 その時博士が日本の歴史を聞かせてくれというので、同行の丸山作楽君が堂々と日本建国の始めからの歴史を話した。

 これを聞いてシュタイン博士は非常に驚いた。どうも日本という国はただの国でないと思っていたが、こういう歴史があったのか。

 これまで度々日本の紳士学者の来訪を受けたから、会う人ごとにこのことを聞いたが、誰あってこれを言ってくれた人はない。
 『いや私たちの国はそんなお話するような歴史はありません』 という。

 しかるに今日はじめて日本の歴史を聞いて満足にたえない、と感謝を述べ、その次に

 『世界の将来というものはどうしても一つにならなければならない。あらゆる国々がめいめい別々に存在して、その国家の主張を振りまわしているべきではない。今に、一つにしなければならないと考える時が来る。

 それは合理的に統一しなければならないと考えるようになる。

 それでは兵隊の多い国、金の多い国ということを問題として世界統一の盟主とすることは、必ずまた同じような議論が方々に起って解決がつかない。

 いずれの国を盟主として世界を統一すべきかという問題に逢着した時――

 昔から伝来してきた最も尊い家柄、それから昔から毅然として一つの道義をもって貫いたという国、こういう君主なり国家なりがあれば、無条件でこの国のもとに集って、これを盟主と仰いでその制裁を受けることに異議がないということになろう。

 そういう国が世界のどこかになければならぬと思っていた。

 東洋には古い国があるが、それらは私の注文したような国ではない。

 唯一つ日本が、国は小さいが、どういう歴史があるかと考えていたが、今日聞いて初めて知った――。

 日本の国の成り立ちがそういう立派なものであるとすれば、将来世界統一の大会議が開かれた時、必ず日本をもって世界の盟主とすることを提案する者が現れ、満場異議なくこれに集るだろう』

 とシュタインが言った。


 このことを聞いた二人は非常に喜んだ。

 それから間もなく帰朝の途についたが、このシュタインの言葉は洋々として耳に残っている。

 船が横浜に着くや否や、旅装を解く暇なく、当時明治天皇が葉山においでになっていらっしゃるので、すぐ葉山に伺候し、高崎正風男爵を通じて上聞に達した。

 これは雑誌にも新聞にも出ていない。こういう着眼すべき事柄には、日本の操触者(文筆業者のこと)流は更に関心を持たない。しかしこの取次ぎを承った高崎男爵は非常に驚きかつ喜んで、即日私(田中智学)に知らせてきた」≫



 ――上記は名越二荒之助氏が、田中智学著 『本化開導法』 から要旨を紹介して書かれているものですが、さらに名越氏は、「この話には続きがあります」 として、次のように書かれています。


≪ 神話に根ざした断絶なき歴史

 この話には続きがあります。シュタイン博士が、海江田・丸山両氏から日本がどうしてできたかの由来と、その後の歴史を聞いてからは、訪れる日本人に逆に次のように話していました。

 「日本人は日本に特有の文化があることを知らねばならない。日本のように自国の最初の祖先を神と仰ぎ、代々の天皇がその子孫であるくらい元首として権威あるものはない。これは人力を超えたものである」(大正11年刊 田中智学『獅子王全集』より)

 日本人は昔から国家運営について恵まれた条件に置かれ、空気のありがた味が判らないような点があるので、シュタインの言葉が奇異に感ぜられるかも知れません。しかし考えてみれば、彼は当然のことを言ったのではないでしょうか。

 ヨーロッパにもユダヤ、ギリシア、ゲルマン、北欧等の神話がありますが、それぞれ神話と歴史は断ちきられています。神話時代から歴史時代への継続がなく、歴史時代に移って統一国家ができ、王国を創建しても王朝は次々に変っています。また王国に革命が起って共和国になっても、共和国がまた第一共和制から第二共和制というように変り、フランスのごときは今第五共和制時代を迎えています。まことに果しない断絶の歴史と言わねばなりません。

 それに較べて日本の場合は、神話時代からいつの間にか歴史時代に移っています。歴史時代の主役である天皇朝の祖先は、神話時代の主役でもあるのです。
 現在の今上天皇の祖先は、神話時代の中心的存在である天照大神なのです。

 天照大神の悲願は「天壌無窮の神勅」としてその子孫の神武天皇に受け継がれ、「八紘為宇(世界を一つの家のようにする)」という気宇壮大な建国の理想を持った統一国家が誕生します。ーしかもその子孫は天皇朝として今日にまで続き、その期間は実に二千年以上に及ぶ。

 こういうことはヨーロッパ人にとっては、遠い夢の国の物語なのです。

  天皇朝の奇蹟――新約聖書と対比して――

 シュタインが驚いた背景を考えるために、彼らに最も親しまれている新約聖書に例をとりましょう。

 新約聖書の巻頭に「マタイ伝」があり、その最初にイエス・キリストの系図が書かれています。

 第一章の第一節は 「アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系図」 として、アブラハムからダビデまでの十四代、ダビデからバビロンに移されるまで十四代、バビロン捕囚時代からキリストまで十四代の名前が全部明記されています。

 この系図はイエスが、ヘブライ民族の中で最も高貴な家柄の出身者であることを示しているのです。

 最初に出てくるアブラハムという人は、ヘブライ民族の祖先神であります。エホバ(ヤーヴェ)の神からその子孫によってヘブライの国民は祝福せられることを約束されてカナンの地に行き、信仰の父と仰がれ、多くの感化をもたらしました。

 その記録を旧約聖書 「創世記」 で読めば、神武天皇御登場前の高天原で神々の祝福と尊敬を一身に集められた、天照大神を想起せずにはおれません。

 そしてアブラハムから十四代目のダビデ王は、日本で言えば神武天皇にあたりましょうか。
 イスラエルとユダヤの統一を実現し、エプス人の要塞オフェルの丘を攻略し、そこに都を定めました。これが今のエルサレムです。

 ダビデ王は更に強敵ペリシテを圧し四隣を平らげてここに古代ヘブライ王国の建設を完うしました。

 旧約聖書の中の「列王紀略上」第二章と「詩篇」第八九篇には、エホバ(ヤーヴェ)の神がダビデ王に約束しています。

 「若
(も)し汝の子等其道を慎み、心を尽し精神を尽して真実をもて吾前に歩まば、イスラエルの位に上る人、汝に欠くることなかるべし」

 「われまたその裔
(すえ)をとこしえに存(ながら)え、その位を天の日数の如くながらえしめむ」

 ――これらを読めば、天照大神が皇孫瓊瓊杵尊
(ににぎのみこと)にくだされた神勅を思い出します。

 「豊葦原の千五百
(ちいほ)秋の瑞穂の国は、是、吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり、爾皇孫(いましすめみま)、就(い)でまして治(しら)せ。行矣(さきくませ)。宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壌(あめつち)と窮(きわま)り無けむ」(『日本書紀』巻第二)

 ――ヘブライの場合は、「神の約束を守れば」 という条件が示されており、日本の場合はそういう条件がないという相違はあります。しかしどちらも統治の永遠性を 「天日」 あるいは 「天壌」 にたとえ、神の権威にかけて述べているあたり、極めて似ていると言わねばなりません。

 そもそも 「旧・新約聖書」 と 「古事記・日本書紀」 は、他のギリシア、ゲルマン、北欧等の神話と較べて構成上のまとまりがあり、近似している点があります。こういう点から天皇朝を見れば、現在のイスラエルに、アブラハムからダビデ、イエスに至る系譜の人々が、国王として代々続き、今も国民尊崇の対象になっていることにあたります。

  万世一系の奇蹟―他の諸国と比較して

 さらに旧約聖書に例をとれば、前段に登場する大英傑にモーゼがあります。彼はエジプトに流刑されたユダヤ人を率いて、祖国カナンの地にまで民族の大移動を敢行します。その過程において民族の理想である 「十戒」 を宣布し、中途において倒れます。

 その行為はまさに神武天皇の東征と 「八紘為宇」 の建国の理想を想起させます。

 これを日本に当てはめれば、モーゼが祖国に帰りついて帝王となり、その子孫が現代にまで仰がれ続けているということになりましょうか。

 また、シュタインの国ドイツで言えば、ゲルマン神話に登場する神々の首領であったオーデンの子孫が、ドイツの王として続いているようなものであります。

 興亡果しない歴史を経てきたヨーロッパ人から、天皇朝の万世一系ぶりを知れば、気の遠くなるような驚きであります。


 ついでながら、万世一系の不思議を、東洋の例でみてみましょう。

 それは古代シナの理想的黄金時代であった堯・舜の子孫が、王として今日まで続いているということです。

 また朝鮮で言えば、恒因という天王がその子恒雄を太伯山の檀樹下に「弘益人間(弘く人間を益する)」という建国の理想と、三個の天符印をさずけて降下させましたが、その檀君朝の子孫が現代まで国王として仰がれ続けているということなのです。

 さらに天皇朝を、世界の四聖(孔子、釈迦、イエス・キリスト、ソクラテス)の系譜と比較してみましょう。

 これら四聖の家系は、孔子家を除いて現在まで相続されているものはありません。孔子家のみは現在まで続き、いま中華民国台湾省にあって、七十七代の孔徳成氏が「大成至聖先師奉祀官」という職についておられます。

 今から二千六百年も前に出現した聖人孔子の血縁と徳が、直系の子孫に受け継がれて現代に至っていることは、世界史上の不思議と言えましょう。

 しかし天皇家と較べた場合、天皇家は民族全体の遠祖天照大神にその源を発しており、代々元首または元首的存在として今日に至っています。それに対して孔子家は、シナの原始時代からのものではなくて春秋時代に現れたものであり、しかも魯(現在の山東省曲阜県)という地方国家で大臣の位にのぼった人であります。しかも中途にして志容れられず、王者の位がなくて、徳を備えた人となりました。天皇家と孔子家との徳を対比すれば、王者としての徳と、国の秩序を願う民間人としての徳の差異が、どうしても浮びあがってきます。……≫


 ――と。

  <つづく>

   (2017.7.15)

356 時間・空間は本来存在しない、それ故に時空間の上に見えている「現実」は存在しない


  #346 ・ #347 に録(しる)しましたように、現象時間は存在しない、従って非存在の現象時間の中にある事物も存在しない。肉眼で、五官で 「ある」 ように見えても、それはウソ。

 現象は、本来無なる時空間のスクリーンに映写した影に過ぎず、「ない」 のである。

 物質は無く、肉体は無いのである。悪いものは一つもないのである。

 人間は、時空間の中に生まれた者ではない。人間が時空間を生み出したのである。

 そして、時空間の上に見えている 「現実」 を、心の影として投影している創造者であり、主人公なのである。


 
 人間は神である、神のいのちの噴出口である。


 自分の外に時空間があり、一切の現象が 「ある」 と思っている者は、環境の奴隷であり、囚人であり、死刑を宣告されている、死刑囚である。

 その、死刑囚となっている人間を、「無罪」 なるものとして再審し解放するのが宗教の役割である。


 新約聖書マタイ伝第5章13節に、

 「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。

 あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。

 また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のすべてを照らすのである。

 そのように、あなたがたの光を人々に前に輝かしなさい。あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」

 とあります。


   (2017.7.14)

355 この「現実」の世界は、ウソの世界なんですよ!!  ―坂入貞夫さんのこと(3)


 坂入貞夫さんが、それから60年あまり経た今、毎月出している 「坂入クラブ報」 2017年7月号の内容の一部をご紹介しましょう。


≪……世の中を、悟る、ということは、皆様は、今、幸福のど真ん中に、居るということに、気がつけば良いのです。

 誰でも、今、幸福の、ど真ん中に、居るのに、もっと、こうなりたい、もっと、あれが、欲しい、こうしたい、と、求める心で、努力するのです。

 結構な、ことですが、本当は、今、自分が、幸福の、真っ只中に、いるという、ことに、気がつくと、良いのです。しかも、このことは、間違いなく、本当の、ことなのです。

 殆どの人は、肉眼で、見える、世界が、一番、正しいと、思う、価値観で、生きている、のです。

 これが、実は、真っ赤な、間違いで、ありまして、眼で、見えることは、嘘の世界だ、ということに、気が付いていない、のです。

 眼に見える、現実の世界と、いうものは、嘘の世界なのだ、ということに、気が、付きますと、皆様の問題は、即座に、解決するのです。

 世界、全人類の、価値観の、基礎に、なっている、考え方、の基本、というものは、眼に見える、現実の、事実を、改善する、改革する、という、考え方です。

 それは、駄目だ、という主張を、するつもりは、ありません。

 そのように、お考えの方が、そのように、努力することは、結構ですが、

 この、世界は、全智全能にして、円満完全なる、神様が、創造した世界です、と、申し上げましても、なぜ、受け入れられないかと、申しますと。

 円満完全なる、神様が、本当に、あるならば、なんで、こんな、不完全な世界を、世の中を、創ったのか、という反論に、対しまして、納得の行く、回答が、無いからです。


<< この、世の中に、なぜ、悪人が、居るのであるか。

なぜ、貧困が、あるのか。

なぜ、詐欺や、強盗が、いるのであるか。

なぜ、殺人が、行われるのか。

なぜ、地震や、津波で、死にたくない人を、何万人も、殺してしまうのか。>>


――この、質問や、反論に、満足できる、回答が、出来ないからです。


   
この 「現実」 の世界は、ウソの世界なんですよ。


 ここが、ポイントに、なります。

 この、ことに、はたと、気が付きさえしますと、人生は、実に、住み良い、世界に、変わるのです。

 皆様の、どんな問題でも、解決できるのです。

 皆様の、悩みというものは、本当に、困ることが、起きたと、思いますから、頭が痛くなるのです。

 この、人生に、困ることなど、何もありません。……≫



 ……普通に読み慣れている文章にくらべて、句読点がたいへん多いようですが、これは坂入さんの原文のままで、坂入さんがいかに魂の底から火を噴く思いを吐露しているかのあらわれとして聞きたいと思います。


≪    円満完全なる神を信ぜよ


 人間が、悩むような、困るような、ことは、この、世の中には、何一つ、無い、という事に、気がつかねば、なりません。

 勿論、事故や、災難に、合うかもしれない、と、恐れたり、心配することは、全く、ありません。

 全智全能、にして、円満完全なる、神様が、お創りになった、世界には、何一つ、心配するような、ことは、ありません。

 皆様は、無いもの、を、あるかも、しれないと、心を、痛める、必要はないのです。

 なぜ、それが、出来ないか、と、申しますと、現実が、本当のことだと、信じているからです。

 現実と、いうものは、心の影に、過ぎない、のでありまして、恐怖心さえ、起こさなければ、出てこないのです。

 皆様は、なぜ、恐怖心を、起こすか、といいますと、現実を、眼で見て、あると、確認しまして、それが、本当にあるもの、と、信じる、信仰を、しているからです。

 本当は、どんな、事実も、現実も、心が描いた、影に、過ぎないのです。

 あると、思っていますから、恐れる、気持ちが、なくならないのです。

 要するに、現実を、信仰している、からです。


    
現実信仰を止めましょう!!


 皆様が、現実信仰、さえ、お止めになります、と、人生、体験が、一遍に変わります。

 そうしますと、周りじゅうの、人が、皆、親切な人に、なりますから、成るほどと、お分かりに、なるのです。

 とにかく、この、世界は、天国であり、極楽浄土の、世界、なのですから、心配したり、困ったり、悩むことは、全く、無いのです。

 この、真理に、早く、気がつけば、よいだけなのです。

 皆様の、人生、体験には、良いことしか、起こらなくなります、から、必ず、ご納得いただけます。

 青空も、夜空も、空気も、水も、太陽も、神様の、愛の、お恵み、だということに、気がつけば、良いのです。≫



 ――眼に見える現実はナイのだ、ウソなのだ。眼に見えない完全円満なのが実在で、本当なのだ。それを本気でいま叫び続けている坂入さんは、常識から見てまさに “変人”。

 しかし、みんなが地動説を信じて疑わなかったときに天動説をとなえたコペルニクスもガリレオも変人であり、釈迦もキリストもまさに変人だった。そして谷口雅春先生も偉大なる変人だったと言えましょうが……


  <つづく>

   (2017.7.13)

354 世界は、光り輝いていた!!  ―坂入貞夫さんのこと(2)


 #353 昭和45年6月号 『光の泉』 誌より、谷口雅春先生が 「放送人生読本」 としてお話になった、坂入貞夫さんの 「悟り」 についてのお話し――

 「昭和34年の1月に、生長の家の東京の本部で講習がありました時に、22歳の、坂入
(さかいり)さんといわれる店員の方が、次のような体験談を発表なさったのであります。それを録音テープから筆記したのを朗読して紹介いたします。」 のつづきです。


≪  絶対安静の重態から立ち上る

 『皆さん、ありがとうございます。僕が一番はじめにこの素晴しい生長の家に触れさせて頂きましたのは、4年ばかり前のことです。中学3年の夏休みですねぇ、胸を悪くいたしましてずーっと寝ておったんです。お医者さんからも、「安静にしなくてはいけない」と言われ、絶対安静で、結核になったら治らんと思い、ビクとも動かさないで絶対安静で寝ていたんですけれどもねぇ。だけど2年経っても3年経ってもちっともよくならないんです。そいで1週間に1回宛お医者さんに通っていたんですけれども、はかばかしくなく、よくならないで本当に困っていたんです。

 僕の家の状態というのは、お祖父
(じい)さんとお祖母(ばあ)さんと、それから私の母と私と4人が家族なんです。本当に働き手になる、収入を得る人というのはいなかったんです。

 そこに、家がなくってずーっと兵隊に行って立川航空隊にも以前勤めていたんですけれども、その私の父の弟の夫婦が、子供4人、その頃居たんです。一番下が2歳から7歳の年齢
(とし)位まで、食べ盛りの子供がぞろぞろと居たんです。
 その、僕の叔父さんに当る人もやはり定職が無くってですねえ、矢張りブラブラしたり、臨時雇いみたいなことをしていたんです。

 家の中では母とお祖母
(ばあ)さんとがとても仲がわるくて……仲が悪いというより、母はうちのお祖母さんに随分といじめられる立場にいたんです。

 僕も人をみるのに “世の中にろくな人間はいない、信ずる人間は一人もいない” と思っていたんです。

 それで実にやり切れなくって、どいつもこいつも皆同じような奴だという信念をいよいよ固めてですねえ、二畳の真暗な座敷にもう寝たっ切りで動かないんです。ひとの顔を見ましても、挨拶もしなければ言葉をかけることなどもちろん、癪
(しゃく)の種ですからしないんです。親戚の者が来ても挨拶もしない、というぐあいだったんです。

 それでも心の中では、何か……どこかに、ほんとうのものがあるんじゃないか、という気持が痛切にあったんですねぇ。……』

   こういう心の持ち方が病気の因

 こう言われておりますが、この坂入さんのように、自分の周囲の者が皆な悪く見える。そして胸の中にそれを呪
(のろ)い、憎み、暗い思いを胸に溜めておりますと、それが肺病の原因になっているんです。

 その原因を知らないで、単に肺結核菌という黴菌
(ばいきん)がついているので、それさえ殺せば肺病が治るんだと、こう思っている人があるんですけれども、それが、医学だけで治らないのはなぜかというと、それは、自分のそういう、周囲を憎み、うらみ、ののしる、そういう、いやらしい心のおもいが、暗いおもいが胸に溜っているのが因(もと)だということがわからないで、その暗いおもいを捨てないからいつまでも暗い影が胸にあって治らないということになるんです。

   誰の心の奥底にも神が宿ってい

 生長の家では、“一切万事吾れより出でて吾れに還る” “肉体も環境も心の影” と、こういう標語をもって運命支配の法則をわかりやすく説いているのでありますが、この坂入さんはこうして病気で苦しんでおられたが、そういう坂入さんの心の奥底にも神が宿っている。仏が宿っている。それが内部から胎動して来て、今の生活はウソだ、何処かに本当のものがあるんだ! という気がして来たのであります。

 この魂の胎動の “声なき声” を聞くことが大切なんです。その魂の胎動がホンモノなんです。それが自分の内に宿る仏性の目覚めというものなんですねえ。坂入さんはこう言われる――

   
“私の仏性はこう囁(ささや)く”

 「何か本当のものがあるんじゃないか、という気持が痛切にあったんですけれどもねえ、まあ3年半ばかりそのようにして養生した或る日、ひょいと或る本を買いたくなりまして本屋へ行ったんです。
 それで本棚を見ましたところが、ちょうど自分の欲しい本は売り切れておりましたので、そこにある本を偶然抜き取ってパラパラッと頁をまくって見ていたんです。

 その時に、生長の家の 『真理』 という本の第一巻が本棚にありまして、それをこうパラパラッとまくって見た時に、一番最初に僕の目に映ったのは、その 『真理』 第一巻の、その小見出しのところに、

 “其のまま其処(
そこ)が進撃の姿勢”
    (注・ #332 参照)

 という谷口先生のお言葉の一節があったんです。

 それでそれを見た時にですね、自分は病気で寝ておって、とても起ち上ることなんか出来ないと信じていたのが、“其のまま其処が進撃の姿勢” という言葉を見て、ハッと思ったんです。“もっと好
(よ)い機会が来てからやろう” と思っていては駄目だとありました。

 それで其の本が気に入ったんで、買って、家に帰りまして読んだところが、

 『此の世の中には悪い人間は一人もいない、神様が悪いものは造らないから、悪い人間は一人もいない。神様は病気を造らないから、病気はない。神様は不幸は造らないから、不幸はない。悪いことは何も無い』 と書いてある。

 僕は今まで世の中のあらゆる人間は皆な悪いと思って絶対に確信していたんですからねえ、それなのに、“悪いものはない、みんな善い” というんですから腹が立って仕方がないんですね。とんでもない嘘
(うそ)を書いている、こんな馬鹿なことがあるか、こんな馬鹿なことはないわけだ、と思いまして、えらい目にあ)たような気がしましてねえ、そのままゴロリと床の中で寝てしまったんです。

 ちょうど、タ方の七時頃でありましたけれども……眠
(ね)て、ハッと眼が覚めて、五秒か十秒たたないうちにですねえ、ともかく、私はむしょうに泣き出してしまったんです。もうでっかい声でワンワンワンワン泣き出してしまったんです。

 それで家のお祖父
(じい)さんがとんで来まして、
 『お前、気狂いになったんじゃないか、どうかしたんじゃないか……』

 と言う騒ぎです。お祖母
(ばあ)さんも、裏の叔父さんも、夫婦も、子供も、皆なこの二畳の座敷へやって来まして、

 『どうかしたのじゃないか、どうしてそんなに泣くのか……』

 と言う。けれども、僕はともかく泣くんですねえ。
 嬉しくてうれしくて仕様がなくて泣くんです。

 とにかく “此の世の中に悪いものは何にもない” と、はじめはその言葉を読んで “こんな馬鹿なことはあるもんか” と思ったけれども、その言葉が、こう胸の中から湧き上って来て……

 悪いものは無いんだ、此の世界は神様がこしらえた世界だ、うれしいんだ、アー皆な善いんだ、と思うと嬉しくってうれしくって嬉しくって仕方がなくて泣けて来るんです。うれしくって仕方がないんです。

 それでまあ泣きながら、『うれしいんだ、嬉しいんだ』 と言ったんです。

 『なぜ泣くんだ!』 と皆なが言いますから、

 『嬉しいんです嬉しいんです、全てがうれしいんです』

 と言いましたら、皆なわけがわからないんですねえ。

 ともかく、その晩はそれで寝ました。

 そうして翌日を迎えましたらですねえ……その時、多少微熱はありましたが、それまで毎日体温計で計っていたもんですから、いつもの癖で計ってみたらその時は38度で、いつもよりちょっと高かったんです。で、そのときは体がクタクタになりまして、全く綿のようになりました。でも、とにかく大丈夫だという信念と、“悪いものはない” という気持がフツフツとして湧いて来まして、嬉しくて嬉しくて嬉しくて……ともかく、口で表現出来なかったんです。

   実相覚で見る世界は輝いている

 で、次の朝、外を見たところ、空が青いんですねえ、そして家の塀が光っているんです。煙突が輝いているんです。全ての景色が輝いているんです。何を見てもピカピカと光明が差しているんです。もう嬉しくて嬉しくて仕方がないんです。

 今度は道を通る人を見ましても、その人が好きになっちゃって、『今日
(こんにち)は』とか、『お早うございます』とか、何にも知らん人にまでそう言うようになっちゃったんです。


 「そういう気持になったら、私の、その、3年も寝ておっても、4年も寝ておっても、治らなかったその肺病が治って、このように健康になったんです」

 こう言われたんです。

   黒住教祖の体験について

 皆さん、この体験談をお聞きになってどのようにお感じになりますか。

 黒住教祖の宗忠
(むねただ)さんが肺病にかかって、医者から 「もうお前の命はあと五日位の命じゃ」 と言われた時に、『孝経』 という支那の書物にあるところの、“身体髪膚(しんたいはっぷ)これを父母に享(う)く、これを毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり” という言葉を思い出した。

 身体即ちからだ、髪膚
(はっぷ)即ち髪の毛や皮膚は、これらはみな父母に受けたのであるから、それを傷つけないのは親孝行のはじめである、というのだが、身体髪膚よりもなおなお尊い心を、私は親から頂いていながら、今までこの心を大切にしないでいた。親が死んだと言っては、心を暗く暗くして、心を切り刻んで苦しめておった。ああ、済まなかった、親から頂いたこの心をこんなに苛(いじ)めて苦しめておったのは親不孝であった。――

 これからこの自分はもう三日生きるか、五日生きるか、わからないけれども、生きている間、せめて三日間でも、五日間でも、この 「親から頂いた心」 をよろこばせましょうと、宗忠は、こう考えて、あくる朝、斎戒沐浴
(さいかいもくよく)して東の方に太陽の昇る姿を見て拝まれて、静かに息を吸いながら、太陽から燦々(さんさん)と照り輝いて来る黄金色の光を目を細めて見ると、その黄金色の光がスーッと自分の方へ一直線に流れ入って来るように見える。

 それを深く深く吸い込んで、“ああ、有難うございます” と感じた時に、“もはや黒住宗忠
(くろずみむねただ)なる人間が生きているのではないのである、天照大神(あまてらすおおみかみ)のいのちがここに流れ入って生きているのである” という自覚を得られた。

 その時に宗忠は、うれしくて、嬉しくて、うれしくて、「アッハッハ、アッハッハ」 と笑って笑って笑って二週間ばかり笑い続けた、という歴史的な事実があるんです。

 それにこの坂入さんの体験は似ているのですねえ。

 そのとき村の人達は驚いて、“宗忠は親孝行者であったのに、親が二人共相次いで死んだからそれで悲しんで肺病になっておったら、医者が「もう重態でお前の命は助からん」と宣告したので、それを悲観して気が狂って、あんなに笑う病気になってしまったんだ” と、こう思って噂
(うわさ)しておりましたが、それは笑う気狂いじゃなくて、“自分のいのちは、こんな肉体じゃないんだ。神のいのちが今ここに生きているんだ” っていう実相が、本当にわかったんだ。

 今まで 「自分」 というものを、やがて朽ち果てるべき物質の自分だと思っておったのが、永遠に朽ち果てないところの、“神のいのち” “天照大神のいのち”が、ここに自分となって生きているのだということが自覚出来たときに、そんなに笑い出したのです。

 宗忠は、その激しい悦びが、半月もすると静かな悦びに変って来た。そして気が付いてみると、黒住宗忠の肺病は癒
(なお)っておった。

 その体験を人に話すると、聴く人たちの病気が治って、次々と人々が救われる。そして多くの人が集まって来て、黒住教という教団が出来た、ということになっているのであります。

 それと全く同じような体験を、この坂入貞夫さんはなさったわけなんであります。

 坂入さんの “自分” が変ったんです。“自分” が変ったら、世界が変るんです。

 坂入さんは、次の朝、外を見た時に空が青いんですね。空はいつだって晴れてる時は青いんです。けれども、青いのがねえ、輝いて、うれしくて、万物がすべて、生き生きと生きて見える。万物がごとごとく生命(たましい)の悦びとして感じられるのですね。

 このように見える人は余りないんです。それは “自分” そのものが変らなければそうなれないわけです。ねえ、空が青く輝いて、家の塀が光っている、煙突が輝いている、何を見ても光明が差して生き生きと輝いている、此の世界は天国浄土である――ということが、自分自身が変ったとき、わかったわけなんですねえ。

 即ち、このテキスト 『幸福を招く365章』 の145頁(「新版」では156頁)には次のように書いてあるのであります。

 「あなたが生きていられる其の生命の本質そのものが如来
(によらい)であって其処からあなたの救いが来、それがあらわれたら、如来があらわれたのでありますから、其処がそのまま天国浄土になるのであります。

 この事は大変大切なことでありまして、もしあなたの周囲に天国的環境がまだあらわれていなかったら、あなたの中に如来があらわれていないからであります」

 とこう書いてあります。どうぞ皆さん、御自分の生命の本質が神であり如来であることを知って、地上におのおの天国浄土を実現して頂きたいものであります。≫



 と、谷口雅春先生は、昭和45年6月号 『光の泉』 誌に書かれているのでありました。


  <つづく>

   (2017.7.12)

353 幸福を求めるな 今 あなたは幸福のど真ん中に居るのです!  ―坂入貞夫さんのこと(1)


 “宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ!” は(1)~(5)まで書いて、まだ続くのですが、ここでいったん話題を転じましょう。


 私には、今日まで導いてくださった多くの貴重な先輩・友人がありますが、なかでも変人ともいうべき畏友・坂入貞夫さんのことを、ご紹介させて頂きます。

 坂入さんは17歳のときに生長の家の教えにふれて、暗黒のどん底から光明一元の人生へと一転し、世界が一変して、今日まで六十余年、「人生には善いことばかりしかない。悪いことは一つもない」 という信念で独特の個性的な生き方を貫いて来られた。そして今、毎月 『坂入クラブ報』 というA4判16頁のプリントを編集発行し、縁ある人々に贈呈しておられます。


 その最新号、2017年7月号の目次からピックアップしますと――


  ○ 幸福を求めるな 今 あなたは幸福のど真ん中に居るのです

  ○ 成功を求める勿れ あなたは 既に大成功者である

  ○ この現実の世界は嘘の世界なんですよ

  ○ 円満完全なる神を信ぜよ

  ○ 現実信仰を止めましょう

  ○ 人のためにと生きますと全部運がよくなるのです


 などとあります。


 今年1月5日号として初めて送っていただいた坂入クラブ報には、次のようにありました――

≪  一切の悩み無き境涯とは

                            坂入悟雲

 病気は無い。 不幸は無い。 事故は無い。 災難は無い。 不況は無い。

 悪人は無い。 死はない。 老は無い。 一切の困ることは、何も無い。

 悩むことは、何も無い。


 この世の中を、覚
(さと)ると言うことは、こういうことです。

 この世の中を、理解するとは、こういうことです。……

 私がこのことに気が付いたのは 17歳のときです。

 谷口雅春著 『真理』 第一巻を1冊、読んだときです。

 この、世の中には、一切の悪は、無い。と言うことです。

 そのときまで、3年半も寝込んでいた男が、1日で、立ち上がってしまったのです。……

 神様は、一切の、病気、不幸、災難は、お創りになっていないのです。

 ですから、無いのです。

 はじめから、無いのですから、無い。と言うしかありません。……≫


 ――この坂入貞夫さんの 「悟り」 のことは、昭和45年6月号 『光の泉』 誌に、谷口雅春先生が <放送人生読本> としてお話になった記録が掲載されています。それを、一部転載させて頂きます。

          ○


≪     自分の運命は自分でつくる

       ――一切万事われより出でてわれに還る――

                            谷 口 雅 春 

   “心” による創作としての現象世界

 本日のテキストは 『幸福を招く365章』 という本の163頁
(「新版」では175頁)であります。

 「自分の身辺に起る如何なる悪も、真にそれは実在する人生ではなくてわが心の創作であるということを知るとき、吾々は現象世界に、もう何が起って来ようとも、悪の存在をみとめないのである。

 認めないから、心のうちから一切の悪を、欠乏の感じを、病気の感じを、すべての恐怖を拭い去ってしまうのである。

 演劇は作者が作品をつくらなかったならば無いのである。

 若
(も)し吾々が、一切の悪の存在をみとめず、一切の悪を、欠乏を、恐怖を、病念を、心から駆逐してしまったならば、心は一切の悪の脚本を創作せず、悲劇や不幸をロケーションしないがゆえに、舞台にも、映写幕(スクリーン)にも、どんな不幸も演ぜられることなく、ただあるものは本来の人生、神の世界に神の子人間が幸福生活を送っている――ただそれだけが存在するのである」

 このように、『幸輻を招く365章』 の本に書かれているのであります。

 つまり、吾々が住んでいるこの現象世界は自分の“心”の創作であるということです。

 自分の“心”が作者であって、そして現象世界に自分の心で創ったものが形に現われて来るのであります。

 これを、釈尊は 「三界唯心
(さんがいゆいしん)」 と言われたわけであります。

 生長の家の教えは即ち、幸も不幸も “一切万事吾れより出でて吾れに還る” という教えであります。自分の肉体及び身辺に起る出来事は、自分の心の展開であるのであります。

 自分は人生の航路を往く船の船長みたいなもので、幸福の国へでも不幸の国へでも、何処へでも、自分の心が舵を取るままに往けるのであります。…(中略)…

               ○

   救いはあなたの内部神性から来る

 それについて、テキストの 『幸福を招く365章』 には、《救いはあなたの内部神性から来る》 と書いてあります。“内部神性” というのは内部に宿っている “神なる本性” であります。読んでみます。

 『あなたの救いは遠き天上から来るのではありません。また遙かなる西方十万億土の彼方から来るのでもありません。

 あなたの内に宿る神(内在のキリスト又は内在の仏性
(ぶっしょう))から来るのです。

 親鸞聖人は

 「信心よろこぶその人を如来とひとしと説きたまう。大信心は仏性なり、仏性即ち如来なり」

 とお説きになって、人間の内に宿る信心のこころこそ仏性であり、如来であり、其処
(そこ)から救いが来るのだとお説きになっておられるのであります。

 あなたが生きていられる其の生命の本質そのものが如来であって其処からあなたの救いが来る。すなわち人間の生命の本質があらわれたら、如来があらわれたのでありますから、其処がそのまま天国浄土になるのであります。

 この事は大変大切なことでありまして、若しあなたの周囲に天国的環境がまだあらわれていなかったら、あなたの中に如来があらわれていないからで、そんな事では肉体が死んでからでも所詮
(しよせん)は同じことであります』

 と。

   人間の本質は如来である

 このように書かれているのであります。

 すなわち自分の内に神が宿り如来が宿っている。

 それが 「本当の自分」 なんです。

 その 「本当の自分」 を忘れて “肉体” を “自分” だと思い、肉体の欲望を追求し、そしていろいろと迷って苦しんでいる人が多いのであります。

 それについて、昭和34年の1月に、生長の家の東京の本部で講習がありました時に、22歳の、坂入
(さかいり)さんといわれる店員の方が、次のような体験談を発表なさったのであります。それを録音テープから筆記したのを朗読して紹介いたします。……≫

  <つづく>

   (2017.7.11)

352 宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ! (5) 「地球星歌」 をうたう


 「この青空は きっと続いてる

 遠い街で誰かが 見上げる星空に

 あなたの夢は きっと続いてる

 遠い国の野原で 輝く虹に


  あなたの毎日が 世界を創り

  愛する想いが 地球へと広がる

  私は祈る 明日のために

  まだ見ぬ あなたの笑顔のために……」


          ○

 上記は、ミマス作曲 「地球星歌」 という歌の歌詞(一部)です。昨日(7月8日)は杉並区コーラス連盟企画恒例の合唱祭(サマー・コンサート)が区の会館で開催され、私の所属する地域の合唱団もこれに参加して、まずこの歌をうたいました。

 ミマスは1971年、神奈川県茅ヶ崎市生まれのミュージシャン。
 この曲は2008年に作ったもので、新婚旅行で世界一周の冒険の旅をした体験をもとに作ったもの。

 長年いっしょに音楽活動をしてきたSachikoさんと2006年12月に結婚式を挙げ、翌年1月から5ヶ月と1週間にわたってエクアドルからスタート、南米やアフリカ、ヨーロッパを巡った。

 二人とも旅好きで、行ってみたい国がたくさんあった。ミュージシャンは自営業だから計画的に準備すれば半年の休みをとることは可能だった。思い切ってこのとき、「これまで見た夢をぜんぶ叶える旅」 に出ることにした。

 ミマスは言う――

 その旅の素晴らしさは、言葉で語ることが難しいほど。どの国の風景も、感動的だった。……巨大な氷河や険しいアンデス山脈。そこで見上げたものすごい満天の星空。圧倒的な大自然に心を打たれました。

 『天を映す鏡』 として有名なボリビアのウユニ塩湖。
 アンデス山脈の標高3600mの世界に、信じがたい風景が現れる。
 アルゼンチンとブラジルの国境にあるイグアスの滝、
 アフリカのビクトリア滝――

 そのスケールの大きさは、それまでの自分が持っていたちっぽけな常識を、気持ちよいくらいに粉々に吹き飛ばしてくれた。

 ああ、世界はなんて大きいのだろう。なんて広いのだろう。なんて美しいのだろう。

 やっぱりこの旅に出て良かった。本当の世界を、僕はいま見ているんだ……。

 そして、印象的だったのは、人との出会いだった。

 どの国のどの町へ行っても、友人や家族のように接してくれる温かい人たちがいた。ずいぶんと、おおぜいの人たちに助けられた。しかし、言葉が分からないためじゅうぶんなお礼も言えずに別れてしまった。その後悔は、ずっと心に深く残っている。

 旅に出て、しょせん自分など他人の助けを借りなければ何もできないのだということを知った。

 人間は人間との関わり合いの中でしか生きてゆくことはできない。

 「もし君が自信家で、自分は誰にも頼らず生きてゆけると思っているなら、異国を何ヶ月か自力で旅してみることをオススメします」 と、ミマスは言う。

 世界じゅうの国々から来ている旅人たちとの出会いも、素晴らしいものだった。

 お互いに惜しみなく情報交換をし、助け合い、お酒を飲みながらクダラナイ話でゲラゲラ笑いあった。

 旅を終えて何年たっても、その国、その町の名を聞くたびに思い出す笑顔がたくさんある――と言う。

 旅先で出会った親切な人たち。
 地球をシェアする素晴らしい人々。
 彼らはみんな、今も僕の胸の中に住んでいる。
 みんな今日もどこかで、前向きにやっているのだろう。
 彼らに恥じないように、僕もがんばって毎日を生きよう。

 そう思ったミマスは、記念に一曲作りたい、と思う。――

 ある日、自宅の部屋の窓から青空を見上げつつ、キーボードに向かったら、想いがどんどん溢れて、この曲は30分くらいでできてしまった。

 タイトルは何がいいかな……「地球星歌」。

 大それたタイトルだけど、一生に一度の記念だ! 

 ――この歌はそんなふうにできました。

 とミマスは言っている。

          ○

 この 「地球星歌」 の歌詞の中で、

 
 「あなたの毎日が 世界を創り
  愛する想いが 地球へと広がる」


 というところ――ここは、本当に

 
「人間は神の子であり、その思いが、いま世界を創っているのだ!」

 という思いを訴える気持を込め、歌わせて頂きました。

 その合唱をお聴きください。
→合唱音声

  <つづく>


   (2017.7.9)

351 宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ! (4) アインシュタインの言う日本盟主論


 谷口雅春先生は、「久遠天上理想国実現の神示」 の御講義(『秘められたる神示』所載)の中で、次のように書かれています。
 (歴史的仮名遣いは現代かなづかいに改めさせて頂きました)

          ○

日本国は、実相世界の神なる一つの中心に統一せられている其の中心帰一秩序が最も完全にあらわれている国なのであります。

 神は 「善人にも悪人にも平等に太陽の光熱や雨の霑
(うるお)いを与え給う」 筈であるのに何故、日本国を特に御守護せられるかと申しますと、それは決して依怙贔屓(えこひいき)ではなく、神の宇宙創造の根本構図であるところの、一切のものには、極微の原子から極大の太陽系統に至るまで、変ることなき中心があるということであります。……(中略)……

 一切の存在には変らざる中心がありますのに、“国家”なるものだけは、日本国のみがその帰一の中心として皇統連綿不変なる天皇を持続しているのであって、他の諸国の中心は常に弱肉強食禅定放伐、纂奪
(さんだつ)交替をほしいままにしており、変化常なき状態であります。このような諸外国の、常に “帰一の中心” の交替する状態は、実相世界の久遠常住の秩序があらわれているとは言えないのであります。

 このように世界に中心が沢山あり、その主権を互いに利己主義的に主張する限りに於ては、世界に戦争は絶えないのは当然のことであります。だから、現象世界に実相世界の調和ある秩序が影を映して、永久平和の全世界が実現するためには、

 
「生滅常なき現実世界が変じて久遠実相世界の常住性を顕現するには、常住性ある国がひろがりて常住性なき国を包みて、十六方位の世界を一つの常住性ある永遠滅びぬ世界としなければならぬ。」

 と、神示は教えているのであります。「常住性ある国」とは、神武建国以来一度も天皇なる中心が廃
(すた)れたことのない国のことであると私は考えます。

 さて、日本の皇室の御紋章の十六菊の説明がその次に書かれているのであります。即ち

 
「十六菊と云うのは光が十六方位にひろがりて、十六方位の国ことごとくを中心に統一せることを象徴(かたちど)ったものである」

 と説明されております。これは菊花の御紋章が何故、その花弁が十六枚にしてあるのか、何故その図形に○が中心になっているのか、何故その○に十六方向の線が中心帰一しているのかの説明であります。

 「常住性ある国がひろがりて常住性なき国を包みて」 とありますから、何だか 「常住性ある日本国が、世界各国を併合したり征服したりする」 かの如く誤解を受けるおそれがありますが、そのように誤解してはならないと私は考えます。

 それは 「武力で包む」 のでも征服するのでもなく、「光が十六方位にひろがりて」 とありますから、「武力がひろがる」 のではなく、自然と天皇の御徳の光がひろがりて、全世界の国々が自由意志で会議の上、永久平和の世界をつくるには世界連邦をつくるより仕方がないと考えるとき、そうすれば、世界連邦も唯、連邦になったままで、各国、自分の好き候を主張しているのでは世界連邦以前と同じだから、連邦をつくる以上連邦政府の中央主権を象徴する神聖な何かがなければならない。

 しかし世界各国を見渡してもどこの国にもそのような神聖なる連邦政府の主権を象徴するような方はいない。

 どうしても、そのような 「神聖な中心」 を求むれば、日本天皇にそれを求めなければならないのであります。

 「光が十六方位にひろがりて」 は天皇の御徳の光があらゆる方角にひろがり聞えることであって、「十六菊」 とは 「十六聞く」 にほかならないのであり、「世界連邦の中心主権の象徴としては、どうしても日本天皇になって戴くより外は仕方がございません」 と世界各国から推戴して来る時期が来ることが此処に暗示されているのでありますまいか。

 もっとも神示に内在する深い意味は、私たちが勝手に推し測るとトンでもない間違をすることがあるので、唯これは私だけの私解釈であります。

 しかし世界最高の知性だと称われている相対性原理の発見者たる最高の科学者にして哲学者なるアインシュタイン博士も、私の解釈に似たような意見を次のように述べているのであります。

 
「世界の未来は進むだけ進み、その間幾度びも争いは繰り返され、最後に戦さに疲れる時がくる。その時人類は必ず誠の平和を求めて世界的盟主をあげねばならぬ時が来る。

 この世界盟主なるものは、武力や金の力ではなく、凡ゆる国の歴史を抜き越えた最も古く又尊い家柄でなくてはならぬ。

 世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。それはアジアの高峰日本に立ち戻らねばならぬ。

 吾々は神に感謝する。天が吾々に日本という尊い国を作って置いてくれたことを。」


 このように世界最高の知性も十六菊の家が世界連邦の中央に輝かなければならないことを説いているのであります。……(後略)


          ○

 ――以上は、谷口雅春先生著 『秘められたる神示』 からの抜粋でありました。

 この、アインシュタインの言とされている言葉は、田中智学氏や今村均氏の著書などに見られるけれども、アインシュタイン本人が何時何処で語ったか、或いは書いているか、その証拠が明らかでないとも言われています。

 しかし、それについて、名越二荒之助氏が国会図書館にも通っていろいろ調べ考察した結果を、著書 『新世紀の宝庫・日本』 に書かれています。それを、次回以後ここにご紹介しましょう。

   (2017.7.7)

350 宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ! (3) ―「天皇は、神だ!」


  名越二荒之助著 『新世紀の宝庫日本』(昭和52年 日本教文社刊) には、次のように記されている。


≪ 諸外国には見られない君民の交流

 戦争に敗れれば、王朝は常に崩壊しています。

 第一次大戦に敗れたドイツのウイルヘルム二世は、追われるようにオランダに亡命してホーヘンツォルレン家は断絶。

 オーストリアでは名門のハプスブルグ朝が倒れて分裂国家となり、

 ロシアのロマノフ王朝も程なく国内の革命によって廃絶してしまいました。

 また第二次大戦に敗れたイタリア、ユーゴー、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア等の王家は、それぞれ断絶の運命をたどりました。

 しかし日本だけは敗戦の混乱期にあっても変ることなく、今日に及んでいます。

 日本人はこの不思議について特別に考えようとしませんが、外国人にとっては驚きです。……

 陛下が訪米(注・昭和50年、昭和天皇)される前、日本人記者団は、陛下のご家庭が円満であられる秘訣について、いわばマイ・ホーム的立場でお質ねしています。しかし外国人記者団は、「天皇制が二千年も存続した理由は何だと考えられますか」 と質問しています。それに対して陛下は、

 「日本の皇室は、常に国民の幸福を心に留めてきたと思います。これがわが国の伝統であり、『象徴』 という言葉は、この古い伝統を意味していると考えています」

 と答えておられます。……

 敗戦後陛下は全国をご巡幸になりました。当時のホイットニー民政局長は、天皇の大衆化運動としてこの推進を希望し、後押しもしました。彼は 「この近視眼の小さな人物」 に触れたら、日本人は幻滅して天皇崇拝熱はすっかりあせてしまうことを期待していました。しかし結果は逆で、全国各地で熱烈な歓迎ブームが起りました。

 当時のタイム紙も 「ひしゃげた灰色の帽子は、やがて成功した政治運動家の象徴となった。……内気な天皇は、帽子を高く振って国民の歓迎に応えられ、微笑された。それまで皇居の壁とお堀の向こうにかくれていた人間性が、だんだんと国民に通じて行ったのである」 と、ありのままに伝えております。……

 敗戦、占領をくぐり抜けて、同一の天皇が在位されたことは、外国人から見て奇蹟のように映るのであります。

 極東軍事裁判のウエッブ裁判長に対し、児島襄氏が天皇についてどう思うかと聞いた時、

 「神だ。あれだけの試練を受けても帝位を維持しているのは、神でなければできない。そうではないか」
                (「文藝春秋」昭和50年12月号)

 と言っております。


「天皇陛下にお仕えしたい」 というウエスト博士

 これに関連して是非紹介したいことがあります。

 伊勢市在住の難波江通泰氏が 『天皇陛下にお仕えしたい I would like to be one of the royal subjects in Nippon and sacrifice myself for his Majesty the Emperor ウエスト博士の思い出』 という本を出しておられます。

 この本の題名は、著者と親交のあるウエスト博士(ジョージ・ランポーン・ウエスト)が、常に口にしている言葉なのです。

 博士は1929年(昭和4)米国テキサス州に生れ、16歳の時図書館でラフカディオ・ハーンの数通の手紙を読んで、いつか必ず日本に行こうと決心しました。その後テキサス法科大学で学位をとり、いくつかの大学の教授となりました。

 やがて日本婦人(八重子夫人)と結婚し、昭和44年秋、日本マネージメント協会顧問として来日、45年2月著者の難波江氏宅を訪ねて話がはずみました。この本はその時の面白い会話で占められているのです。

「続けてウエストさんは言う。

『私は日本人になりたい』

『どうしてですか?』

『天皇陛下がおられるからです。天皇陛下がおられる国だから私は日本へ来たのです。

もし日本に天皇陛下がおられないならば、それはドイツやソ連やイギリスやメキシコやアメリカなど、世界のすべての国と同じであって、そんな国ならどこへ行っても同じことです。イギリスやオランダなどにも国王や女王がおられるけれども、それらは日本の皇室や天皇陛下とは違う。天皇陛下がおられるのは日本だけだ。絶海の孤島の漁師でもいい、山間僻地の百姓でもいい、私は日本人になって天皇陛下にお仕えしたい』

 ……ウエストさんの口から、まさかとしか思われない驚嘆すべき言葉を聞いた私は、鼻もちならぬ不潔な現代の汚水から、久し振りに澄みきった清らかな気持のよい流れに出会った様な思いがした」 ≫



   (2017.7.6)

349 宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ! (2) 平和の鍵は、中心が一つあること


 創世記第一章に 「神その造りたるすべてのものを見給いけるに、甚だ善かりき」 と記されている、神の創造に成れる本来の世界は、神の眼から見て 「甚だ善し」 であって、悪いものは何もない、ただ善のみ、美のみ、調和のみ、よろこびのみの世界である。それは、「中心が一つある世界」 「中心帰一の世界」 でなければならない。

 宇宙は生きている。釈尊は悟られて 「有情
(うじょう)(こころあるもの=生きもの)も非情(ひじょう)(こころなきもの=無機物)も同時成道(どうじ じょうどう)(ひとしく仏=宇宙大生命がなりひびいて生きている)」 と仰せられた。宇宙そのものが有機体、生命体であるから、そこから植物・動物などの生命も生み出されたのである。宇宙は、生きていて無限生長をつづけている。


   
神の創造を貫く根本的構図は“中心”が一つあること


 神がデザインし創造された 「甚だ善し」 の生命体の構図において、「中心が一つある」 ことは、小は極微小の原子から、大は太陽系、銀河系などに至るまでの無機物にも見られるし、またアメーバのような単細胞生物から亭々たる樹齢何千年というような大木に至るまで、中心が一つある。

 人体を構成する細胞にも、その一つ一つに変ることなき中心の“細胞核”がある。細胞核が崩壊したらその細胞は死滅するし、原子の中心なる原子核が崩壊したら原子そのものが崩壊する。太陽なる中心が途中で消滅するか破壊するかしてしまえば太陽系そのものが崩壊してしまうのである。

 樹木も変らざる中心の幹が枯れればその樹木全体が枯れてしまう。人体にも脳・脊髄なる 「変らざる中心」 があり、脳・脊髄を取換えることはできない。もし今後医療技術が発達して脳髄や脊髄を取り換える手術ができるようになったとしても、それを取り換えたらおそらく、以前の人間とは別の人間になってしまうであろう。

 そのようにすべての生命体には中心があり、その中心は 「一つ」 である。“中心” が二つも三つもあったり、中心がしょっちゅう変わるような状態は統合失調であり、病的なのである。

 地球上の人間世界にも 「一つ」 の “中心” がなければ平和な健康状態は保たれない。ところが今世界は“中心” が一つになっていない。統合失調の様相を呈して、どの国が中心かわからないから国々互いに分立し相争い、“中心” がわからぬから喧嘩をする。われわれはいつ戦争が起こるかわからぬと常におびやかされているのである。

 その争いは、やがて争いのない安定した平和のところへ落ちつくための動揺であって、やがて “中心” が一つになる時代が来る――神が創造し給い、「甚だ善し」 と仰せられたのが本来の姿であるから、世界の病的状態はやがて落ち着いて本来の健康状態を現すときが来る――と思われるのである。

 その時のために、健康国家のモデルと見られるようなところが、どこかにあるだろうか――と世界中を探してみる。

 すると、世界で最も古く、建国以来連綿として一系統の “中心” を保持し、その 「神の国」 の構図を現してきたという国家は、世界中探しても、神武天皇建国の日本国こそその最たるものではないか。

 何故、日本国にのみ、こういう姿が可能であったのか。


 わが盟友(すでに霊界へ旅立っているので「冥友」というべきか)畏友なる榎本恵吾氏は、「無神」 という一文を書いている――


          ○


    無  神

 もしも、神というものがあって、その神に向かって誰かが 「神は無い」 と言ったとすれば、神は、「その通りである。私は無いのである。」 と言われるであろう。

 そして逆に、その人に対して、「あなたによって私は生かされているのであります」 といって礼拝されるのではなかろうか。

 神ご自身が 『私が全宇宙の生みの親である。〇年〇月〇日。』 などというものを、どこかに建てておられるとは、どうしても思えない。もしも、そういうものがあれば、そんなものを、自ら建てられるようなものを神と呼ぶ訳には行かない。

 神は全宇宙を創造し給うていながら
 その姿を消しておられるのであります。

 神は、人間を礼拝し給うているので
 あります。

 春には花を咲かせ、野山を緑でかざり
 雨を降らせ、陽を明るく
 風を渡らせて、何とかして人間を喜ばせて
 やろうとしておられるのである。

 生きた花々草々をもって、神は我らを供養し給うているのであります。
 しかし、依然として神はご自分を消しておられるのであります。

 どこまで消しておられるか。

 それは、神がお生みになった人間に 「神は無い」 といえるようにしておられるまでにであります。

 「神は無い」 という声も、神のいのちによって人間はそう言っているのであります。そこまで神ご自身で、無神になっておられるのであります。

 「神など無い」 と言えば言うほど、そこに、神の無神の聖なる輝きが、証明されているのではないでしょうか。……(後略)


    <“榎本恵吾記念館”サイトの「文書館2」参照>


          ○


 ところで、日本の天皇は、この「無神」さながらに、己を無にしていらっしゃるところが、他の世界各国の王とちがうところであると、私は思う。

 名越二荒之助
(なごし・ふたらのすけ)氏は著書 『新世紀の宝庫日本』(昭和52年 日本教文社刊) で、次のように記されている。


          ○


6・世界に見られない天皇朝の伝統

 私は世界各国で試みたように、早速日本の紙幣を調べてみました。他の王国では例外なく国王の肖像が描かれているのに、日本では天皇の肖像はありません。

 五百円札が岩倉具視、千円札が伊藤博文、五千円・一万円札が聖徳太子。戦前の紙幣も日本武尊、武内宿弥、藤原鎌足、菅原道真、和気清麻呂、靖国神社、戦後は二宮尊徳、板垣退助、高橋是清等が描かれていて、天皇が登場したことはありません。

 切手の場合も同様であります。日本はなぜ天皇の肖像をのせないのか。ここに他の諸国の国王に対する感情と違うものを、日本人は天皇に対して抱いているのではないかと思いました。……

 また日本では天皇の銅像も極めてまれで、諸外国が国王を銅像にしている数に較べて、極めて少いと言わねばなりません。これも天皇を銅像にして露わに風雨にさらすことに、恐れ多い気持が働くのだと思います。……



          ○


 ――名越氏は上のように書かれていますが、私は、日本天皇は榎本恵吾氏が言われる 「無神」 そのもののように己を無にしてすべてを礼拝しておられるから、天皇の銅像を建てるようなことは陛下の御心に適わないと思われるので、それがほとんど無いのではないかと思います。


 戦前、天皇陛下の御誕生日を 「天長節
(てんちょうせつ)」 と言い、皇后陛下の御誕生日を 「地久節(ちきゅうせつ)」 と言った。これは 『老子』 の第七章に

 ≪ 天は長く地は久し。天地の能
(よ)く長く且つ久しき所以(ゆえん)の者は、その自(みずか)ら生ぜざるをもってなり。故に能く長生す。ここをもって聖人は、その身を後にして而も身は先んじ、その身を外にして而も身は存す。その無私なるをもってに非ずや。故に能くその私を成す。≫

 ――大意は

 ≪ 天は永く、地は久しいものであって、共に悠久の生命を保っておる。しかしその天地がよくかくの如き長久の生命を保つのは、いかなる理由によるかと言えば、かの天地は自分から生きようという意識を用いないからである。すなわち、無為無心であるから、そこで長生を保つのである。

 かかる訳であるから、聖人は、常に自分の身を最後において他人を先立たせるようにして行く。(すなわち聖人は私心を持たない。)然るにかえって実際は人から推されて聖人の身が先に立つようになる。又常に自分の身を度外におく。然るにその結果は、むしろ自分の身の存在を確実にするのである。

 この一見反対らしい因果の起こってくるのは何のためかというと、聖人には私心(私)がないため、かえって大我(私)を完成して行くからではなかろうか。≫

   (諸橋徹次著 『老子の講義』 による)

 とある。

 ――それ故に、天皇陛下の御誕生日を 「天長節」、皇后陛下の御誕生日を 「地久節」 と言ったのは、
まさに言い当てて妙である、と思う。

   (2017.7.5)

348 宇宙の歴史を完成する鍵を握っているのは、日本だ! (1) 世界平和実現のために


 現象宇宙の歴史は、およそ150億年前のビッグバンから始まる――と言われる。

 100年ほど前までは、「宇宙には始まりなどなく、永遠に存在し続けるもの」 と考えられていた。当時、宇宙が誕生するという考え方は科学とは逆行する宗教的な発想とされ、天才学者アインシュタインでさえ、初めは 「宇宙の始まり」 など馬鹿らしいと考えていたといわれる。

 しかし、それはもはや 「天動説」 と同様、いにしえの迷信なのである。相対性原理の発見、観測技術の向上とビッグバン理論の提唱により、 「宇宙には始まりがあった」 とする考え方が次第に認められるようになり、今や定説となっている。ビッグバン以前には、時間が無く、空間も無かったということである。

 時空間の枠組みがまず実在するという思い込みは妄想であり迷信なのである。時間・空間は認識の形式に過ぎず。生命は主にして空間は従なり(聖経『甘露の法雨』)。生命は時空間の中に誕生したものではなく、生命が時空間を生み出したのである。

 生命が認識の形式として時空間をつくり、宇宙を創造した(生み出した)のである。時空間は、生命表現の舞台である。それは人間が舞台を造り、その舞台の上で舞を舞ったり歌をうたったりするようなものである。生命の表現である現象宇宙が、物理的にどのように展開してきたかの跡を研究するのは、宇宙物理学者の仕事である。

 宇宙の生成展開は、偶然に起こったものではない。先にこの宇宙を設計企画した知性、宇宙意思が存在し、それが展開しつつあるのが現象宇宙であると考えるのが自然の理である。

 その過程、生命顕現の法則を、霊的に直観し叙述しているのが、各民族の神話である。

 日本の古典 『古事記』 は、

≪天地(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天原に成りませる神の名(みな)は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、次に神産巣日神(かみむすびのかみ)。この三柱の神は並(みな)独神(ひとりがみ)成り坐(ま)して、身(みみ)を隠したまひき。≫

 から始まっている。

 この、「天地
(あめつち)の初発(はじめ)の時」 はビッグバン以前、時間も空間もまだ現れない 「無」 の一点であり、「時空未発の中」 なるところ――それは 「ビッグバン以前」 と言っても、時間的に 「以前」 ではなく、時空を超えた 「久遠の今・此処」 である。

 そこには 「太初
(はじめ)に言(ことば)あり、言は神なりき。万(よろず)のもの之に由りて成り……」(新約聖書ヨハネ伝)と言われる神のコトバ(理念、アイディア)が成っている(鳴る、成る――語源同じ)。それを、古事記では 「高天原に成りませる神の名は天之御中主神」 と言っているのである。

 それは創世記第一章に、「神その造りたるすべてのものを見給いけるに甚だ善かりき」 と記されている世界であり、釈尊が説かれた 「金波羅華
(こんぱらげ)」 の世界、イエスが 「みこころの天に成るがごとく、地にも成らせ給え」 と祈るように教えた、 「すでに成れる神の国」 の相(すがた)である。それを、日本の古典 『古事記』 では、神代七代の神名をもって表している。

 それは、中心が一つあって、すべてのものがその中心に帰一し、各々その処を得て、遠心力と求心力が釣り合い生き生きと生かされ、無限に豊かに生長をつづける相(すがた)である。

 「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神なりき。万(よろず)のもの之に由りて成り……之に生命(いのち)あり……」 と記されている神の言(ことば)とは、宇宙創造・生命創造の根本設計である。宇宙には、生命
(いのち)がある。宇宙は生きている。

 生物の“設計図”は、その細胞核の中の遺伝子“DNA”に影を写しているが、宇宙全体の設計図は、各民族の神話に影を写している。

          ○

 生命のみ、生命を生み出すことができる。

 宇宙は生きている。宇宙そのものが有機体、生命体であるから、そこから植物・動物などの生命も生み出されたのである。宇宙は、生きていて無限生長をつづけている。

 人間の本体は、肉体ではない。宇宙大生命=神の生命の個性的表現口、噴出口である。人間生命は、神の生命である。今此処に、神の生命を生きている。そのことを、「人間は神の子である」 というのである。

          ○

 谷口雅春先生は、古事記講義の冒頭で、次のように述べられている――


≪「歴史と云うものは一体何であるかといいますと、

現象界に実相が如何に投影し表現されて来るかということの、その現われ方、

即ち実相が現われる場合の作用、反作用という風なものを次第に追うて並べて行くことによって、

その民族に如何様
(いかよう)に実相が現われ、

実相が現われんとするに当って如何に反作用を起し、自壊作用を起したかを知り、

これをずっと時間的に貫いて観て

そこに実相が如何なる相
(すがた)をもって現われるかという事を知る事によって、

大宇宙に於ける日本国の位置 及びその将来性を知り、

現在自分が国家構成の一員として 及び個人として 如何に生きて行くべきものであるか、

将来この世界は如何に発展して行くべきものであるか

ということをはっきりさせるためのものが 歴史の研究であります。≫



 ――と。


   (2017.6.25)

347 人間は、死なない。


 #346 に録
(しる)しましたように、現象時間は存在しない、従って非存在の現象時間の中にある事物も存在しない。

 現象は、本来無なる時空間のスクリーンに映写した影に過ぎず、「ない」 のである。

 物質は無く、肉体は無いのである。悪いものは一つもないのである。

 仏教では色即是空といい、五蘊皆空
(ごうんかいくう)という。

 肉体なる人間は 「無い」 のである。死は 「無い」 のである。

 人間の本体は、時空の中にあらず、時空未だ発せざる本源世界、一切の現象がそこより発した元のところ――「未発の中」、「久遠の今」 にある。それは、時空を超えているから、本来生
(しょう)・不滅なのである。人間は、死なない。

       ○

 「太初
(はじめ)に言(ことば)あり、言は神なりき」(新約聖書ヨハネ伝)という。この 「太初」 というのも、「未発の中」 「久遠の今」 のことである。「久遠の今」 なる実相大宇宙を、「生長の家」 という。(#345参照

 一切万象は、「久遠の今」 なる 「生長の家」 より発したのである。万教は、「久遠の今」 より発した真理の光であるが故に、「久遠の今」 なる 「生長の家」 において万教は一つに帰するのは当然のことである。しかし、「現象あり」 として、現象界の万教を帰一せしめようとしても、それは不可能なことなのである。

       ○

 人間は、「久遠の今」 より発せられた神のコトバによって成り、鳴っている。それを 「神は光源にして人間は神より出でたる光なり」(『甘露の法雨』) ともいうのである。この根本真理に立てば、環境は自ずから浄まるのである。

 人間を、「自然を敵視して破壊してきた悪者」 と誣
(し)いる者は何者ぞ。去れ!!

 真理は人間を解放する。「真理は汝らに自由を得さすべし」(ヨハネ伝8-32)である。

 人間を解放しない教えは、宗教とは言えない。人間解放の真理を説かない宗教団体や講習会がさびれ、教勢が下降の一途をたどるのは当然の結果である。

 そのような結果が影として現れているのは、わが責任である。

 私は、いま目覚めたのである。

 真理=神に根ざさないものは、やがて必ず滅びる。本来無いものだからである。

       ○

 「久遠の今」 なる生長の家に、分裂は、ない。分裂なき実相 「生長の家」 は、必ず現象界に投影を完成させる時が来るのである。

 『天国は一粒の芥子種
(からしだね)のごとし、人これを取りてその畑に播くときは、よろずの種よりも小さけれど、育ちては他の野菜よりも大きく、樹となりて空の鳥きたり、その枝に宿るほどなり』

 とイエスも言っているのである(マタイ伝13-31)。


   (2017.6.1)

346 人間は、宇宙を舞台に舞う主人公である


 昨日(5月24日)わたしは、皇居外苑 「半蔵門」 近くの国立劇場 大劇場で、若柳流日本舞踊の公演を観させて頂きました。素晴らしかった!

 最初の流舞を若柳宏晃さんが舞われた姿を見て、一首詠みました。


  
劇場に若柳流の舞を観つ 宇宙を舞台に舞ふぞと思ふ


 ―― 「人間神の子」 とは、人間はみな大宇宙を舞台にして舞を舞う主人公だということであります。


 <谷口雅春著作集8> 『無限供給の扉を開く』 に、次のように書かれています。


≪人間が幸福になる為には、自己解放をとげなければならないのです。

 ……此の世界が物質であると思うことは、自分が 「物質」 という牢獄の中に閉じ込められている存在であると云う先入観念で自分を縛っていることになるのであります。つまり人間を 「肉体」 だと思っている者は、物質の牢獄に閉じ込められている一種の囚人であります。

 吾々は宇宙という容
(い)れ物の中に、自分がいるんだとこう見ているんですけれども、実は宇宙は自分の心の中にあるんです。すべてが自分の心の世界なんです。宇宙旅行と云うのも、自分の心で描いた世界に、自分の心で描いたところの、心で設計したロケットに乗って旅行するのです。

 外界が自分を包んでいるように見ているけれども、実は自分が外界を拵
(こしら)えているのです。自分の心の世界がプラネタリウム(天象儀)みたいに展開しているのです。プラネタリウムの機械の仕掛けが、ずっと広がるあのお空の星になって現れる様に、外の世界に現れているのだ。

 けれども、これに気がつかない人が多いのであります。そして外の世界に外のものがあると思い、「あの人が悪い、此の人が悪い」 と、こう思うのです。併し、実は 「あの人」 と思っていたのは、実は 「自分の心の姿」 なんです。「他の人」 じゃないのです。「自分」 なんです。


  
現象時間は存在しない、従って非存在の現象時間の中にある事物も存在しない


 「過去」 は過ぎ去って今はもう無い。「現在」 はそれを捉えた瞬間に過去となってしまって、「現在」 というものはもうないのである。「未来」 はまだ来ていない。

 だから、無いのである。過去、現在、未来、ともすべてないんだ。

 そのことは何を根本に意味しているかというと、この現象界の一切のもの――即ち、過去・現在・未来の時の流れの中にあるものは、すべてないんだということである。


 “現象はない” ということです。


 「生長の家で、いくら現象は “ない” と言ったって、“ある” じゃないか」 と反撥する人があるかも知れないが、現象はあるかのように現れているだけであって、それはないのであります。所詮それは幻の像みたいなものであります。


   
“今” を生かせということ

 私たちが 「“今”を生かせ」 といったり、あるいは又 「“今”に生きる」 といったりするその “今” というのは、そのような現象時間の流れの中にある “現在” というようなものを上手に生きようという簡単な意味じゃないのであって、その過去・現在・未来の一切がいまここに把まれているところの “久遠
(くおん)即 今” の生命を生きよであるのです。

 そうすると、吾々は今ここの自己の内に過去も現在も未来も把んでいるから、過現未が自分の掌中にあるのです。

 普通、過去は変化することが出来ないというけれども、過去も変化できる。そこから吾々は真理を自覚すれば過去の業
(ごう)を消すことが出来るということがわかる。

 未来は無論、これから起るのだから変化できる。現象の流れの中にあるものは、全部こうして自分の内に “心のハンドル” をもって把んでいるんですから、吾々が欲して変化できぬものはない。

 吾々は、現象に対しては幻術師の立場にある。現象は仮現
(けげん)であって、心の現すところであるから、心によって自由に変化することが出来るのであります。


   
“未発の中”に入ること

 何事でも本源に還って、本源の叡智を受けてくることにしますと、する事為す事、急所に中
(あた)るのであります。

 この本源の中心を儒教では “未発
(みはつ)の中(ちゅう)” といった。“未発の中” というのは、これは支那の 『中庸』 という古書の中に書かれているところの

 「喜怒哀楽
(きどあいらく)未だ発せざるを “中(ちゅう)” という、発して節(せつ)に当る、これを “和” という」

 と表現されているところの、あの一切のものが “未だ発せざる” 根元の 「中」、いまだ陰陽に剖判
(ぼうはん)せざる未発の本源世界ということを意味するのであります。

 この本源の未発の “絶対無”(有無相対の無ではない)の中へ吾々が入っていくのが、神想観の 「吾れ今五官の世界を去って実相の世界に入る」、ということなんです。これは、『古事記』 に於いては 「無目堅間
(めなしかつま)の小舟(おぶね)に乗る」 というように書かれているのであります。≫

 →御講義「久遠の今」

 冒頭に書きました、若柳流の公演で最初に流舞を舞った若柳宏晃さんは、ここ十年来毎朝5時前に起き5時10分からの早朝神想観を続けてこられ、特に最近10ヵ月ほどはさらに早く4時に起床してその行を続けてこられた。そうして 「絶対無」 の世界に超入して舞われたから、その舞は 「宇宙を舞台に舞われている」 と感じさせられる、すばらしい舞として表現され、観客に感動感銘を与えた、ということでしょう。

 宗教の使命目的は、人間をこの 「絶対無」 なる生命の本源世界に導き、自己解放を遂げさせることにある。真理は人間を解放する。「真理は汝らに自由を得さすべし」(ヨハネ伝8-32)である。

   (2017.5.25)

345 「生死の教え」


 「生死の教」 の神示に曰く――

≪ 生死はままならぬと言えども生死は心のままである。兄弟を生かす心の者は生き、兄弟を殺す心の者は死す。

 殺すと言うても刀で斬ることではない。兄弟を生かす心のないものは殺しているのである。

 周囲の人々の思わくを生かしてやるのは 『兄弟を生かす』 の最も大なるものである。自己の好まざる所を他に転嫁するは 『兄弟を殺す』 の最も大なるものである。…
(中略)

 口角沫
(あわ)を飛ばして兄弟を非難する者は兄弟の心に唾(つば)を吐きかける者である。腹立ちを手紙に書いて送る者は兄弟の心に紙屑を投げる者である。かれは兄弟の心を言葉で殺し文字で殺す者である。…(中略)

 本当に汝が、心の殺人を止めて感謝の心に充たされるようになるまでは、心の波長が違うから神の救いの霊波は受けられぬ。
(昭和六年九月五日神示)


 この世界に、悪いものは一つもない。

 「神は完全にして、神の造りたまいしすべてのものも完全なり」
(聖経『甘露の法雨』)である。

 神の造りたまいし世界に対立抗争はなく、分裂はない。


 ≪そもそも、この生長の家というのは何であるかといいますと、…(中略)…「家」 というと、何か屋根のある、ある一定の建物のような気がするのでありますけれども、「生長の家」 というのは 「大宇宙」 ということであります。

 「生長する」 というのは創造
(クリエート)することで、いくらでも無限に創造し伸びてゆくのが宇宙の実相である。だから大宇宙のことを 「生長の家」 と申しますので、この大宇宙に満ちている生命創化の法則を研究し、その法則を宣べ伝えて、広く人類を教化しようという目的の団体を現在 「宗教法人生長の家」 と称されています。

 「宗教法人生長の家」 と 「大宇宙」 そのものなる 「生長の家」 とは別物であります。で、この 「実相の世界」 のことをわたくしどもでは 「生長の家」 とこういっている。
(以下略)
 (『生命の實相』 第27巻177~178頁)


 「宗教法人生長の家」 は、本来完全な 「大宇宙」 そのものである 「生長の家」 の影を映しだす拠点たるべきところである。

 不完全なるもの、悪は実在ではない。完全なる神のみが実在である。悪と見えるものは、完全なる実在、神が現象に現れ出ようとしている過程なのである。

 不完全な現象は、「無い」 のである。それ故に、完全なる実在、神は、時来たれば必ずあらわれ出でざるを得ないのである。

 現象界の 「宗教法人生長の家」 は、まだ十分に光をあらわしていない。それは、信徒の心境、悟りの程度の反映である。わが心境、悟りの程度の反映なのである。それ故に、私はまだまだこれから無限向上の余地があるので、前途洋々、希望と喜びに満たされているのである。神に感謝し奉る。ありがとうございます。


≪ 神よ。

 荘厳にして美しき緑なす丘、

 透きとおる蒼空
(あおぞら)に漂う白き雲、

 山々の樹々に囀
(さえず)る小鳥の歌、

 清冽
(せいれつ)なる渓流に泳ぐ金鱗銀鱗、

 万物はあなたの影を宿して生き生きと輝いています。

 あなたの輝きをもて人類の心を照らしたまえ。

 すべての人類が争うことなく

 唯一つの神の生命
(いのち)の岐(わか)れなることを自覚し

 互いに手をつないで

 み心が既に “実相の世界” に成るが如く

 現象の世界にも、至福平和の世界が実現いたしますように

 あなたの無限の愛をわれにそそぎ給え。≫



   (2017.5.20)

344 いのち躍るハーモニーを


        ≪岡 正章 近詠≫


○ 風かをる五月となれり合唱の仲間と森にハーモニー愉し


○ 新緑の若葉と風につつまれてうたふひびきは心地よきかな


○ 心地よしハーモニーは風と共にひびきわたりて人ら拍手す


○ ハモればうれし至福の時よ結び合ひいのちは躍る若葉とともに


○ 森林浴とハーモニー浴に癒されて時をも忘れうたふわれらは


○ 人間は木(気)とともにこそ生くるなれ元気やる気に根気の木なり


○ 水に泳ぐ魚まちがひて空を泳ぐ そは愉しかり鯉のぼりなり


○ 鯉のぼり 中空なれば風をはらみ高く泳ぐは己がちからならず


○ われもまた鯉のぼりにならひゆうゆうと大空高く泳がせたまへ


○ 肉体は死すとも人は死なずして鯉のぼりのごと空を泳がむ


   ありがとうございます。


   (2017.5.10)

343 『きこしめし給え』―英霊に感謝し、靖国神社に奉納した私たちの涙の合唱をお聴きください。


 ≪ 人間の高さは身長によって測らるべきものではない。魂の高さによって測らるべきものである。

 戦後に於ける現代の弊は、魂の高さを見る眼を失って、物質の量によってその価値を量
(はか)ろうとすることにある。

 動機の純粋と無我神聖の魂の高さによって、特攻隊の勇士の “死” の価値を量ろうとしないで、敗戦という結果によってその “死” の価値をはかって “犬死に” だなどと不謹慎なる語を発する愚か者もある。

 物質の富を追い求めて東西に奔走しながら、死にのぞんで、魂に何の純潔さももたず、その追い求めた富すらも冥途
(めいど)へ持って行くことができない者こそ本当に犬死にではないか。

 …(中略)…

 肉体は破壊することができるけれども、魂の高さは破壊することができないのである。

 特攻隊の兵士の肉体は破壊したかも知れないけれども、かれらの愛国精神は国家の理想を護るために散華
(さんげ)して、日本国家の理想と一つになったのである。

 日本国家の理想とは何であるか。

 それは 「宇宙の理想」 と一つのものである。

 「宇宙の理想」 とは釈尊の説く金波羅華
(こんぱらげ)の世界であり、

 キリストの祈りである 「みこころの天に成れる世界」 である。

 日本国を “侵略国” と誣
(し)いる者は何者ぞ。

 去れ!! 日本国は世界の救世主たる使命を帯ぶ。≫



  ――(谷口雅春先生 『聖なる理想・国家・国民』 14~15頁より)


          * * * * * * *


  『 きこしめし給え 』

     ――
英 霊 に 捧 ぐ ――


               村 田 圭 介
(むらた・けいすけ) 作詩
               田中舘 貢橘
(たなかだて・こうきつ)作曲

          
 生長の家混声合唱団演奏
                (指揮 田中舘貢橘
                 ピアノ伴奏 大原和子)
クリック
            
四部合唱をお聴きください



おとうさん 見てください
あなたも どうぞ見てください

にいさんも 見てください
おお 弟よ 見てくれ給え
ああ 愛するわが子よ 見てやっておくれ

戦争に逝
(ゆ)いた 日の本(ひのもと)
高き御魂
(みたま) みそなわしめ給え


世界の アジアの アフリカの
今 その国々の あけぼのを
この たくましい 美しい 民族精神を
独立自尊の精神を
色とりどりの 国々の 旗を


おとうさん
この旗は あなたが立てたのです
あなたの 播
(ま)かれた 尊い種が
花咲き みのったのです

あなた
あなたが 解放されたのです

にいさん
あなたのつけた火なのです

愛する子よ 愛する子よ
お前が播
(ま)いたのです


遠い 遠い 遠い 海の果てに
そして 地の果てに 空の果てに
還らず 逝かれた
あなたがたの 賜物
(たまもの)です


この誉
(ほま)れは あなたがたのものです

世界は一つ みな兄弟姉妹という

不滅の 真の日本

美しい 花を咲かせ みのらせてくださった
その栄光です

世界はいま
太陽が昇ったばかり
美しい すがすがしい 朝です


おとうさん
 見てください
 聴いてください この妙
(たえ)なる音を

あなたも
 見てくださいまし
 聴いてくださいまし

にいさん
あなたも聴いてください

おとうとよ
君も 聴いてくれ給え

愛するわが子よ 愛するわが子よ
お前も聴いてやっておくれ


(ほま)れ高き 尊き御魂(みたま)たちよ
いざ きこしめし給え

わたしたちと ともに
 きこしめし給え
 きこしめし給え


       ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 上の合唱は、私たちが昭和55年頃に真心をこめて歌い、録音テープを靖国神社に奉納させていただいたものです。今、聴きなおしても、涙があふれてきます。

 逝かれた尊い御魂
(みたま)たちのやすらぎと感動――感泣の波動がが響いてくるのでしょうか。


 4月20日の 「日本経済新聞」 第1面 「春秋」 欄に、次のように書かれていました。


≪ 東京都内で会社を経営する男性に聞いた話だ。

 ある画家に油彩で肖像を描いてもらった。絵が完成するまでの間に不思議なことが起きたという。

 画布にはまず、祖父にそっくりな人が浮かび上がった。やがて、セピア色の写真に残る様々なご先祖のおもざしにもなった。

▼むろん、画家はそれらの人々を知るよしもない。芸術家としてモデルを凝視するうちに、今の顔貌を形作っている地層のようなものを探り当てたのだろうか。

 できあがった肖像画は、人間の背後にある時の重なりを感じさせる深みのある作品となった。

 見るたびに先人たちとの絆を感じさせてくれる、と男性は満足している。(後略)≫


 と。

 私たちが今あるのは、理想に殉じた尊い先祖、先人たちがあってのことなのである。

 私たちは先祖・先人たちと切っても切れない絆で結ばれている。

 国としても、「今の日本を形作っている地層」 をなしている、見えない世界がある。

 それを忘却し、感謝する心を失ってしまって、表層だけの浮薄な生き方をしていたのではだめである。

 もっと、深みのある生き方をしたい。子孫たちにも、それを伝え残したい。

 すべてを生かすのが神の愛であり、神の子の生き方であると思う。

 ありがとうございます。


   (2017.4.21)

342 「中(みなか)」への還元で澄みかえる


 ≪日本国家の理想とは何であるか。

 それは 「宇宙の理想」 と一つのものである。

 「宇宙の理想」 とは釈尊の説く金波羅華
(こんぱらげ)の世界であり、

 キリストの祈りである 「みこころの天に成れる世界」 である。

 日本国を “侵略国” と誣
(し)いる者は何者ぞ。

 去れ!! 日本国は世界の救世主たる使命を帯ぶ。≫



  ――と、谷口雅春先生は獅子吼された。

        (『聖なる理想・国家・国民』 15頁)


  
「中(みなか)」への還元ですべてが澄みかえる

          《谷口雅春先生。『理想世界』 昭和40年5月号より》

≪ 幕末の歌人、八田知紀(はった・とものり)は、この日本国が 「中(みなか)」 の本源に還元するとき、どんなに一時濁っているかのように見えていても、本来の姿に澄みかえることを次の如く歌っている。

   
いくそたびかき濁(にご)すとも澄みかえる
      水や皇国
(すめくに)の姿なるらん


 
現象を追いまわす知識や、従来の現象から蒐集(しゅうしゅう)した先入観念で、事件を処置していると必ず行きすぎや、やりぞこないが起こってきて混乱状態に陥るときがくるのである。それは常に 「現在」 には 「過去」 になかった要素を含んでいるからである。

 その混乱がきたとき、イザナギの神が 「天津神
(あまつかみ)」 のところへ詣昇(まいのぼ)りて、「天津神」 のみ心を聴きたもうたようにすれば、そこから実相本来の知恵がでてきて、混乱が収拾され、混乱と見えたものが、新たなる発展の契機となって、混乱以前の状態よりも、尚一層よい状態に移行することになるのである。(中略)

 「天津神(あまつかみ)」 とは宇宙本源の太極
(たいきょく)であり、絶対無であり、一切現象の未だ出現せざる以前の 「中(みなか)」 であり、そこに還元することによって現象界の乱れや歪(ゆが)みが去るのである。

 その絶対無なる 「中
(みなか)」 への還元の修業が、茶道といい、華道といい書道といい、剣道といい、武道といい、歌道といい、神想観というのである。

 すべての日本的芸術または作法が 「道(どう)」 になったのも、左右分化的な分裂病的籠手先
(こてさき)の巧者を越えて絶対無の 「中(みなか)」 への還元が日本的精神の姿であるからである。(中略)

 日本国は一時的にどんなに混乱することがあり、歪
(ゆが)められることがあっても、「中(みなか)」 に還元することによって本来の美しい実相があらわれるのである。≫

 天皇陛下は、無我・無私にましまし、「久遠の今」 「天地
(あめつち)の初発(はじめ)」 なる、天之御中(あめのみなか) にいまして全てを生かし給うのである。

  (谷口雅春先生ご講義 『久遠の今』 を再聴しましょう。)


 ――この 「久遠の今」 は、単なる観念ではない。それは、「絶対無」 を生きること。それは、自由の精神であり、「剣」 である。

 私は、浅野晃著 『剣と美―私の岡倉天心』、そして岡倉天心著 『東洋の理想』 を読み返し、その 「剣」 とは 「久遠の今」 「絶対無」 に立つ自由の精神であるとして把持し、これを生きたいと心底から願う。

       * * * * * * *

≪ アジアは一つだ――と天心は書いた。

 「アジアは一つだ。ヒマラヤ山脈は、孔子の協同主義のシナ文明と、ヴェダ(インドの古典)の個別主義のインド文明との二つの強力な文明を分っているが、この雪に蔽われた障壁を以ってしても、一時として、アジアの諸民族の究極と普遍とに対する広大な愛を阻むことは叶わなかった。

 まことにこの究極なるものと普遍的なるものとに対する愛こそは、アジアの諸民族の共通の思想的相続財産であった。

 実にこの複雑多岐なものの根元的同一を実現させ、これをはっきりと表現するというところに、日本の偉大な特権と使命とがあった。これは、日本が、その島国的孤立の状態の犠牲において、おのれの純潔を守りおおせて来たからであった。

 そこで天心は言うのである。わが日本の民族的誇りと、わが国がらの有機的統一のきびしさとは、アジア文明の両極たるシナとインドから澎湃
(ほうはい)と押し寄せて来た強力な潮を蒙りながらも、なお且つ毅然として聳(そび)え立った。(中略)

 ここにわれわれは、彼がかつて一日も日本の偉大と使命とを疑ったことがなかったという事実を想起する。この事実は、偉大である。明治の輝やかしい精神は必ずしも少くはないが、天心くらい日本を信じたものは恐らくはなかったであろう。

 「まことに大陸アジアの光栄は、その日本に及ぼした影響が、つねに日本に於いて、新しい生活とインスピレーションとを生み出したということにある。」

 と、彼は書いた。彼は、ここにわれわれ天孫民族の溌剌たる自由の精神を見出した。そして、それを彼は、剣の精神として把握した。

 わたしは好んで、天心が 『東洋の覚醒』 のなかでうたったあの剣の讃歌をうたう。

 「永遠に北斗を指しているところの、純潔で、明澄で、不動の剣」 の讃歌である。

 不動の剣! われわれは敢てそれを揮おうとするのではない。それであろうとわれわれは欲するのである。
 (中略)


 歴史は風雲を呼び、竜は剣を呼ぶ。剣は鞘をはなれ、竜は淵から飛んだのである。


 生命はつねに自己への回帰のなかにある。

 いまや時代は自己の前に打ち開かれた無限に多様な可能性に困惑している。日本までが未来への手がかりを与えてくれる一本の糸を見出しかねている。

 西洋思想の巨大な塊がわれわれを混迷させる――やまとの鏡すら曇ったというのか。

 だがしかし日本の過去は、水晶の数珠のように透明であり間断がない。日本の不動の理想は日本の歴史がそれを語っている。

 維新は復古である。われわれはわれわれの歴史のなかにわれらの未来の秘密が横たわっていることを本能的に知っている。

 われわれは暗黒を引き裂くであろう稲妻のひらめく剣を待っている。

 けだしこの恐るべき静寂は破られねばならず、新なる生気の雨は、新しい花が地をその盛りもて飾るべく萌え出ることが出来る前に、まず地を生気づけねばならないからだ。

 だがその偉大な声がひびいてくるのは、民族の古来の道に沿うて、アジアそれ自体からでなければならぬ。

 天心はかく語った。≫


  (以上は浅野 晃 『剣と美-私の岡倉天心』 より抜粋)


       * * * * * * *


 ――岡倉天心は、日本の明治維新をかく断じたが、 「久遠の今」 において、すべては 「一つ」 である。「アジアは一つ」 であるだけではなく、全人類は 「一つ」 である。

 今、全人類が危機に瀕している。右往左往、先の見えない混沌の危機である。

 この時こそ、「中(みなか)」 の 「絶対無」 に還り、剣を揮わねばならぬ時。わが日本の真姿顕現の大チャンスなのである。


   (2017.3.17-4.20)

341 両陛下ご訪越にあらわれたお姿は


 両陛下のこのたびのご訪越(ベトナムご訪問)は、同国クアン国家主席の招待によるものであった。

 3月1日午後、クアン国家主席主催の歓迎晩餐会で天皇陛下は、8世紀(わが国の奈良時代)大仏開眼の儀式で現在のベトナム中部にあった林邑
(りんゆう)の僧侶・仏哲(ぶってつ)により舞が奉納されたと伝えられる過去の歴史にさかのぼり、現在に至るまでの日越両国交流の歴史を顧みて語られた。

 16~17世紀の盛んな交易や、20世紀初頭に多くのベトナム人の若者が日本に留学した 「東遊(ドンズー)運動」(#339) にも触れられた。1973年の外交関係樹立後はさらに交流が広がり、留学などで現在は約18万人のベトナム人が日本に滞在していると指摘し、「お互いの音楽や食事などを多くの人々が楽しんでいることを大変うれしく思っております」 と述べられた。

 クアン国家主席は、ご訪問を 「両国の友好親善関係の重要な節目」 と歓迎。両国民は「甘苦を共にする誠実な友」 とし、東日本大震災の際も 「多くのベトナム人が悲しみを深く感じ被害を分かち合いたいと願いました」 と述べた。

 そして、明治天皇の和歌 「もろともにたすけ交わしてむつびあふ友ぞ世に立つ力なるべき」 を引用し、両国関係の重要性を強調。これまでの日本の様々な支援に感謝の気持ちを示した。

 天皇陛下は、

≪(いま)両国民の交流がますます深まり、お互いの文化への親しみが増してきている今日、この度の私どもの訪問が、両国国民の相互理解と友好の絆きずなを更に強める一助となることを心から願っています。

 ここに杯を挙げ、クアン国家主席閣下並びに令夫人の御健勝と貴国の国民の幸せを祈ります。≫


 と述べられた。

 陛下の大御心は、

 過去のすべてを生かし、
 今を生かし、
 未来への希望を喚起させる


 大御心。そして

 人を生かし、
 国を生かし、
 世界人類を生かす


 広大無辺の大愛、大慈悲の大御心。

 無我、無私の神の御心である。

 それを 「象徴のつとめ」 として、全生命をかけ、全身全霊で行じられている。

 「しらす」 「しろしめす」 という言葉がある。
 知らす、知ろしめす=知りたまい、生かしたまうということ。
 「知る」 の至高尊敬語である。「神、しろしめす」 という。

 人は己を知る者の為に死す、という俚諺もある。世のほとんどすべての人々から見捨てられたと感じても、一人でも自分を本当に知ってくれる者があれば、その人のために死んでもよいと感激して喜び生きることができる。それが 「治(しら)す」 「治(しろ)しめす」 という治(おさ)め方である。「うしはく」(領有し支配する)とは異なる。

 陛下は、そのおすがたを、このたびのベトナムご訪問で、身をもって示された。(#340

 神武天皇(はつくにしらすすめらみこと)の日本肇国(ちょうこく=国をはじめること、建国)の理想は、「八紘
<はっこう>を掩<おお>いて宇<いえ>と為<せ>む」(世界の八方の荒れたすみずみまでも、ひとつの宇<いえ>の家族、兄弟姉妹のように仲よく睦び合い生かしあって行くすがたをあらわそう)ということである。

 このたびの両陛下ご訪越にあらわれた人びとの感激感動の様相は、まさにこの 「八紘為宇(八紘一宇)」 のすがたではなかったか。

 <つづく>

   (2017.3.14)

340 両陛下、「象徴」の意義示した旅


     
『両陛下、「象徴」 の意義示した旅』

 天皇、皇后両陛下は2月28日から7日間にわたるベトナム親善訪問とタイ前国王弔問の旅を終え、3月6日に帰国された。そのご旅行を振り返って、日経紙の編集委員井上亮氏は7日、『両陛下、「象徴」 の意義示した旅』 と題して次のように報じている。

≪ベトナムは国を挙げての歓迎ぶりで、両国の絆はより深まった。同時に両陛下は残留日本兵の家族と面会するなど、埋もれていた歴史を知る機会をつくられた。旅と人々との出会いが天皇の 「象徴的行為」 として大きな意義を持つことが改めて示された。

 初めて国賓として天皇、皇后両陛下を迎えたベトナム側は前例のない厚遇ぶりだった。(中略)

 ベトナム国民の反応も非常に好意的で、両陛下の車列が通る沿道では多くの市民が両国国旗の小旗を振って歓迎した。同国中部のフエでは通行路の両側に伝統衣装アオザイの女性が延々と並ぶ光景が圧巻だった。同国メディアは連日、両陛下の動向を大きく報道した。

 一方、両陛下は2日、ハノイ市内で残留日本兵の家族らと懇談された。太平洋戦争後に戦地に残留した日本兵が数多くいたことは知られていた。しかし、彼らと結婚した現地女性が夫が帰国したあと、差別と貧困のなかで苦労して子供を育ててきた事実には目が向けられてこなかった。

 
残留日本兵の家族は、「(両陛下が 自分たちに)特別な感情を持っていただいてありがとうございます」 と涙を流して感動していた。「自分たちは忘れられていない、見捨てられていなかった」 と受け取ったからだろう。

 天皇陛下は昨年8月のお言葉で天皇の象徴的行為として、遠隔の地や島々など各地への旅を挙げられたが、海外訪問もその延長線上にある。社会の片隅で忘れられていた人々、事実に光を当てる。象徴ゆえに、そして象徴にしかできないことかもしれない。

 そして天皇陛下は繰り返し述べてきた 「歴史を知り、教訓とする」 ことも今回の旅で実践された。4日に両陛下がフエのファン・ボイ・チャウ記念館を訪れたことで、この独立運動家と、ベトナム人が日本に学んだ東遊運動、彼らを支援した日本人の存在が注目されることになった。

 天皇陛下は 「過去のことを振り返りながら日本がどういう道を歩んできたか、ということを日本の人々が知っていくということは大変大事なこと」 と述べられた。

 日程は両陛下の年齢に配慮したものだったが、終盤はお二人に疲労の様子も見えた。退位の問題もあり、今回が最後の海外親善訪問となるかもしれない。訪れる側と迎える側に誠実さと温かさ、信頼と学びが見られた旅だった。≫



   
「残留日本兵」 ―アジアに生きた1万人の戦後

 先の大戦(大東亜戦争)で日本は、総人口約7,200万人の1割にあたる約719万人が軍隊に動員され、そのうち約230万人、民間人を含めると約310万人が犠牲となった。

 日本は“ABCD包囲陣”を布かれて息の根を止められそうになりハルノートという最後通牒を突きつけられて、自存自衛のためやむを得ず起ち上がった戦争であったが、同時に、欧米の植民地となって搾取されていたアジアの諸民族を独立解放させるという大義名分をもって戦ったのであった。

 実際に敗色の濃くなった1943年(昭和18年)11月5日~11月6日、アジア地域の首脳だけを集めた「大東亜会議」が東京で開催された。参加者は日本首相 東条英機、中華民国政府主席 江兆銘、満洲国国務総理 張景恵、ビルマ(現ミャンマー)政府主席 バー・モウ、フィリピン大統領 ラウレル、タイ国首相ピブン名代 ワンワイタヤコン殿下、陪席者として自由インド仮政府主席 チャンドラ・ボースの計7名で、「大東亜共栄圏」 の綱領ともいうべき 「大東亜共同宣言」 が採択されている。

 大東亜戦争の緒戦は日本軍が東南アジアにも破竹の勢いで進軍し勝利を収めたが、結局兵站の補給が続かず大量の餓死者を出すことも多く、破滅的大敗を喫して終戦となった。

 林英一著 『残留日本兵―アジアに生きた1万人の戦後』(中公新書) によると、戦局の推移にともない、日本敗戦後もアジア各地に残って民族独立などのために戦い、あるいは現地人と結婚して家族をもつなどして、残留した日本兵は約1万人に上るという。

 インドシナ(ベトナム・ラオス・カンボジア地域)では、700~800人の残留日本兵が発生した。このうち第一次インドシナ独立戦争(抗仏戦争)に約600人が参加し、その半数が戦病死した。生き残った者も、ベトナム政府の意向により、多くが1954~1961年の間に日本に帰国している。

 ベトナムの残留日本兵は、独立戦争初期の1945~47年にかけては、軍学校での教育、戦闘指導、技術・経済面で貢献した。独立戦争の主役であったベトミンは、インドシナ共産党を指導中核としていたが、当初は左翼イデオロギーとは縁の薄い愛国、独立を掲げる集団として現れたので、残留日本兵たちは単なる愛国組織として理解し、数々の戦役にかかわってきた。

 しかし、中国で共産党が勝利し、1950~54年にかけて中華人民共和国の援助により本格的な攻略戦に乗り出したベトミン正規軍にとって、共産主義に理解を持たない日本人は次第に厄介者になったので除隊者を募るようになり、やがて全員の送還を決定する。

 こうしてまず1954年に第一次帰国グループ71人が帰国、61年までに第二次、第三次、第四次と、家族同伴で約150人が帰国した。

 その際、第一次帰国者など、家族同伴が許されず、当地に家族を残したまま帰国した者も多い。

 ベトナムに残された家族は、戦後長くさまざまな困難に遭遇し、差別を受けた。

 たとえば、ハノイ郊外のビンゴッグ村に暮らす
グエン・ティ・スアンさんは、31歳のとき、それまで9年間結婚生活を送ってきた夫から、長い出張に出ると聞かされた。しかし、その後夫が家に戻ることはなかった。

 「もしこうなるとわかっていたら、子供だけでも一緒に行かせました。ただ仕事に行くだけだと思っていました。フランスとの戦争が終わると3年か5年で帰ってくると信じていました。毎年、今年こそは帰ってくると期待していました。連絡が途絶えてからは、夫は死んだと思うことにしました。夫がいなくなった日を命日として弔い続けてきました」 という。

 第一次帰国グループは、日本に帰国することを家族にも打ち明けぬように念を押されており、なかには本人自身もあくまで 「一時帰国」 するのであって、しばらくしたらまたベトナムに戻ってこられると思っていた者もいたという。
 (林英一著 『残留日本兵』<中公新書>による)

 この度の天皇・皇后両陛下ベトナムご訪問で、両陛下は2日、
今93歳になった上記のグエン・ティ・スアンさんら、対仏独立戦争に参加した残留日本兵の家族15人と面会された。

 その時の模様を、日経紙は次のように報じている。



両陛下、手握り 「ご苦労を」 元日本兵家族に

 「夫が帰国してから、1人で子供たちを育てました。大変な苦労をしました」 という元日本兵の妻の話にじっと耳を傾ける天皇陛下。涙を流して語る彼女らの手を握り、肩を抱いて 「ご苦労さまでした」 と何度も繰り返す皇后さま。ベトナムの残留日本兵家族と両陛下との懇談は、戦後70数年間忘れられてきたその存在と心情が初めて日本に向け伝えられた時間だった。

 ハノイ市郊外に住む元日本兵の妻、
グエン・ティ・スアンさん(93)は天皇陛下に 「体がとても弱っていますが、両陛下がわざわざ訪問してくださったので、頑張ってここまで来ました。両陛下にベトナムに残っている日本兵の妻と子供、そして孫まで関心を配っていただいてとても感動しています」 と涙を拭った。

 1945年に結婚、4人の子供をもうけた。1人は幼いころに亡くなったが、54年に夫が帰国後、職業を転々としながら3人を育てた。懇談の場にはその子供で日系2世の長女フォンさん(68)らも傍らで両陛下を迎えた。陛下は 「本当にいろいろご苦労もあったでしょう。お察ししています」 と答えられた。

 皇后さまは椅子に座っていたスアンさんの前にしゃがみこんで話しかけ、手を握って肩に手を置かれた。フォンさんら子供らに 「長い間、お母さまを助けていらしたんですね。(ベトナム)戦争の間も大変でしたね。ご苦労でしたね。どうぞご一家でこれから幸せにね」 と語りかけられた。


 2世のゴー・ザ・カインさん(72)は 「感動して何を言っていいのかわかりません。私たちは常に日本のことを考えています」 と話した。カインさんが父親のことに触れると、天皇陛下は言葉を選ぶように 「平和というものが大事だと思います」 と応じられた。

 大阪市在住の元日本兵、杉原剛さん(95)の息子、ホン・ニャット・クアンさん(66)を紹介された皇后さまは 「まあ、杉原さんの! 新聞記事で拝見しました。どうぞお元気で」 と話された。

 懇談時間は予定していた15分の2倍近くに延び、両陛下は家族一人ひとりの手を握って回られた。最後に2世で娘が現在日本に住んでいるというチャン・ドゥク・ヒエウさんが 「(残留日本兵の家族に)特別な感情を持っていただきありがとうございます。
きょうの感激を子孫にも伝えていきたいと思います」 とあいさつした。(ハノイ=井上亮)

 ▼ベトナム残留日本兵 日本軍は太平洋戦争前の1940年から仏印(フランス領だった現在のベトナム、ラオス、カンボジア)に進駐。終戦時に9万人近い日本兵がいたが800人近くは帰国せず、約600人は再植民地化を図る仏と戦ったベトミン(ベトナム独立同盟会)軍などに参加したとされる。

 元日本兵の多くは現地のベトナム人女性と結婚し、子供をもうけた。対仏戦争が終結した54年以降に元日本兵は帰国したが、家族の帯同が許されないケースが多かった。ベトナム北部では日本占領時の記憶やベトナム戦争で米国側に立った日本への反感もあり、元日本兵家族が差別を受けることもあったという。≫

 <つづく>

   (2017.3.12)

339 トランプ登場は日本の真姿顕現の大チャンス(7)


   
ベトナムの 「東遊運動」 とは

 このたび天皇・皇后両陛下がベトナムをご訪問になったことで脚光を浴びた 「東遊運動(ドンズー運動)」 とは、何だったのか?

 日露戦争終結の1905~09(明治38~42)年頃まで、当時フランス領インドシナで発生した、ベトナム民族独立運動で、特にベトナム青年を日本へ留学させることを進めた運動である。

 1885年以来フランスの植民地となり、圧制下できびしく搾取されていたベトナムでは、日本の明治維新に学び、明治維新に続けと、1904年頃、ファン・ボイ・チャウらによって反仏独立運動の結社 「ベトナム維新会(ズイタンかい)」 が組織された。

 ――ここでちょっと、『世界にもし日本がなかったら ―歴史の真実 アジアの真実―』(池間哲郎著)より、著者が自分の足でアジア各国を廻り取材してきた真実の声を引用させていただきましょう。カンボジアにくらす老人の声です。

     * * * * *

≪「ヤシの木、鍋にも税金をかけられた」

 電気も水道もない田舎に暮らす89歳の老人に会いに行った。いろいろなことを知っていると地元の人々から尊敬される翁だった。

 「フランス時代を教えてください」とお願いすると、とたんに表情が曇った。最初に出てきた言葉は、「そりゃー、酷いもんじゃった」 と怒りをあらわにした。

 「土地も家も取り上げられた。家畜、ヤシの木、鍋と何でもかんでも税金をかけやがった」

 と当時の重税と圧政を語る。人々は貧しく、とにかく生きるだけで精一杯。

 「俺たちは、どんなに働いても豊かにはなれなかった。朝から晩まで畑にいても、飯を食うことさえままならなかった。あいつらはふんぞり返り、豊かに暮らす。実に腹立たしい」

 フランス時代の圧政はラオスやベトナムでも聞いた。とにかく凄まじいばかりの重税だったという。その悪税を払えぬ国民は処刑された。呆れるばかりだ。

 フランスの白き人々は重税をかけて搾取、略奪を行っていた。植民地にされるということは、現地の人間は奴隷、家畜となり、徹底して搾取されるということだ。わが国がパラオ、台湾などで行った統治とはまったく異なる。

 「私が日本人だからと遠慮しないでください。日本人がカンボジア人に対して酷いことをしたのなら、そのまま教えてください」

 と、その翁に頼むと、翁はわずかに声を荒らげた。

 「お前は何を言ってるんだ。何で俺がお前に遠慮する必要があるのか。そのままのことを言っているだけだ」

 カンボジアは一時、日本軍が進駐していた。その時どうだったかを私は知りたい、と言うと、翁は穏やかな声で話してくれた。

 「この村の近くにも多くの日本兵がやって来て道路工事などをやっていた。日本兵は素晴らしかった。とにかくキビキビとして軍律厳しく、礼儀正しかった。女たちに悪さをすることは一切なかった。俺たちをいじめることはまったくなかったよ。日本がフランスを追い出してくれたんだ」≫


     * * * * *

 1905年、チャウは反仏独立運動のため日本に渡って武器援助を仰ごうとしたが、日本に亡命中だった清の梁啓超を通じて知り合った犬養毅らから、武装蜂起の考え方を批判され、代わって人材育成の重要性を説かれた。チャウはその忠告を聞き入れ、ベトナムの青年らに日本への留学を呼び掛けた。この運動は 「東遊運動」 と呼ばれるようになった。

 チャウは独立運動の若い指導者を育てようと同志を募って民衆からも資金を集め、優れた青年らを日本へ送った。チャウ自身も日本に渡って奔走し、その人生を民族独立運動に捧げた。

 日本へのベトナム人留学生は1907年には100名、1908年には200名に達した。彼等は東京で下宿生活を送りながら、振武学校(中国人のための軍人養成校)や同文学院で日本語や武術、世界事情を学んだ。

 やがて日本にいる留学生らが反仏運動の結社を組織し活動しだすと、フランス側は留学生の親族を投獄し、送金を妨害するなどして弾圧を行った。1907年、日仏協約が締結されると、フランスは日本政府に対して留学生の引渡しを要求した。

 仏政府の強い要請を受けた日本政府は、1908年(明治41)秋、留学生に解散命令を出す。それで多くの留学生は日本を離れるが、残った留学生を抱えたチャウは、資金も底をつき生活は困窮を極めた。

 そのときに、チャウを助けたのは静岡県の医師で義侠の人として知られる浅羽佐喜太郎であった。

 ファン・ボイ・チャウは窮状を書き、浅羽に送る。浅羽のこれまでの厚志に何のお礼らしきこともできていないのに、また援助を求めるのは厚かましいことだと心苦しく思いますが……と書いて、朝持たせた手紙の返事が夕方には戻ってきた。手紙と一緒に1,700円という大金が出てきた(当時の東浅羽小学校の校長の月給は18円であった)。その手紙には 『手元にはこれだけしかありませんが、またお知らせ下されば出来るだけのことをします』 と簡潔であるが、温情のある言葉が添えられていた。

 1909年(明治42)3月、チャウは日本政府から国外退去を命令される。10日以内の退去を命令されたファン・ボイ・チャウは、数々の佐喜太郎の支援へのお礼と別れの挨拶のために、小田原・国府津の浅羽邸を訪ねると、佐喜太郎はチャウの手をとり招き入れ歓待する。佐喜太郎はよく飲みよく談じ、チャウらを守れなかった大隈や犬養を酷評する。

 こうして日本退去後9年、ファン・ボイ・チャウが1918年(大正7)日本の土を踏んだ時には佐喜太郎はすでに亡かった。佐喜太郎への報恩のために立てられたのが、静岡県浅羽町梅山の常林寺にある大きな記念碑である。

 こうして東遊運動は終わりを告げた、とされている。

 しかし――

 このたびの両陛下ベトナムご訪問で、3月4日、天皇・皇后両陛下は、ファン・ボイ・チャウの記念館を訪問され、チャウの墓前で黙祷。支援者だった静岡県出身の医師、浅羽佐喜太郎との交流を記念した碑と、チャウがフランス植民地政府に軟禁されていた当時の家を見学。チャウの孫にあたるファン・ティウ・キャットさん(72)とも面会された。

 終了後、報道陣にキャットさんは次のように語っている。

     ◇

≪ 非常にうれしい。祖父はベトナム独立の夢を抱き、日本にやってきた。(日本での滞在は)厳しいものだったが、ベトナム独立の基礎を作る重要なものであり、現在のベトナムと日本の関係がこのように深くなる基礎となった。日本の最高レベルが(祖父に)関心を持ってくれたことに、私の家族は敬意を持っている。

 私の祖父が日本の最高レベルに認知されたことは、ベトナムの人々にも認知されるだろう。祖父がベトナムに戻ってきたとき、彼は、自分の仕事のすべては失敗したと悲しんでいた。しかしその失敗はすべての人々に教訓をもたらしており、
今や東遊(ドンズー)運動は成功したといえる。

 天皇陛下が私の祖父のことを理解してくれたことを非常に幸せに思う。私の祖父や、多くの日本人は、このような日が来ることを予期しなかっただろう。≫


 と。(3月5日、朝日新聞記事より)

 天皇・皇后両陛下は、3月2日にハノイの「文廟」でベトナム人の日本留学経験者や日本語を学んでいる大学生ら20数人と懇談されている。大阪市立大学に留学経験のあるギエム・ヴー・カイさん(64歳)は、陛下の質問に答え、「日本留学の第1世代がファン・ボイ・チャウ。我々はベトナムが日本と外交関係を結んでから留学した第2世代で、今は第3世代の若い人たちが学んでいます」 と説明した。皇后さまは 「どうぞ日本とのつながりを大事にしてくださいね」 と話しかけられていたという。

 <つづく>

   (2017.3.6)

338 トランプ登場は日本の真姿顕現の大チャンス(6)


   
ベトナムの独立をたすけた日本

 天皇・皇后両陛下が、3月28日から6泊7日の日程でベトナムとタイを訪問され、今夜ご帰国の予定になっている。昨年8月に天皇のありかたについてお気持ちを表明されて以来、はじめてのご外遊である。そのご訪問先がベトナムとタイであったことに、深い意義をくみ取らせていただきたいと思います。

 3月4日、両陛下はベトナムの古都フエに、「東遊運動」 ゆかりの施設 「ファン・ボイ・チャウ記念館」 を訪れ、チャウの墓前で黙祷を捧げられた。そして陛下は、

 
「ベトナムの独立に関わった日本との関係を伝えていくことは大変喜ばしいことと思っております」

 と述べられた。そのうえで

 「過去のことを振り返りながら日本がどういう道を歩んできたかということを日本の人々が知っていくことは大変大事なことと思います。歴史というものを知って、現在やこれからのあり方を知るということはとても大事なことです」


 と話された
、と報ぜられている。

 この記事に、
「歴史知るのはとても大事」 と見出しがつけられていました(日経新聞)。

 で、私もその 「東遊運動」 について、その歴史的背景から詳しく学びなおしてみました。

          ○

 私が小学生の時、大東亜戦争が勃発したころ(1941年12月)、今のベトナム・ラオス・カンボジア地域は 「仏印(仏領インドシナ)」と言い、フランスの植民地だった。

 漢字で越南という字をあてていたベトナムは、1,000年以上にわたって中国の支配下にあったが、1883-1885年仏清戦争の結果、フランス領となっていた。

 その背景を明治維新の歴史から振り返ってみましょう。


    
明治維新はアジア防衛、アジア解放のためだった

 日本では江戸末期1854(安政1)年、ペリー率いる“黒船”太平洋艦隊7隻がやってきて大砲で威しながら開国を迫った。そのとき日本はアジアで唯一、欧米の植民地とはならず、アイデンティティーを守りながら西洋近代文明を採り入れて消化吸収し、近代文明国として認められる奇蹟的発展を遂げる。明治維新である。

 明治維新後の日本は、アジアにおけるただ一つの新興独立国として、アジア解放の希望の太陽のように思われた。アジア解放のために奮闘して迫害された多くの亡命者たちで、日本に来た人々が少なくない。

 そもそも明治維新は、欧米帝国主義のアジア侵略に対して、防壁を築こうとする日本民族の自覚から生まれたものであった。

 インドを植民地とする英国の侵略は、19世紀なかごろにいたって、いよいよシナ大陸に対しても猛威を逞しくして来た。英国人はシナ人に対し阿片を売りつけて暴利をむさぼり、シナの官憲が阿片が毒物であることを知ってこれを禁止すると、たちまちにして近代的軍事力に物をいわせて清国軍を打ち破り香港を占領した(1840-1842年)。

 1856年、阿片の密輸船アロー号をシナ官憲が捕えると、英仏の大連合軍は再び大作戦を展開して清国政府をおびやかす。清国の王朝は北京を棄て熱河に逃亡して和を講じる。かくして清国は列強のためにつぎつぎに地を割き利権をうばわれ、亡国の惨状を呈するにいたった(1860年北京条約)。

 かれら白人は、武力を背景にして阿片を強行輸出し、これを拒めば軍事的猛撃を浴びせかけて進出して来たのである。かれらがアジアの地に渡航して来たのは、もともとアジアを征服せんがためなのであって、アジア人と対等友好の交際をする考えなのではない。かれらがアジア人を対等の人間と考えなかった何よりの証拠には、シナの沿岸都市(マカオなど)で奴隷貿易が公然と行なわれて怪しまれなかったという一事をみてもわかる。

 明治5年(1873)、横浜港に滞在中の南米ペルーの商船マリヤ・ルズ号の船内に、約230人余のシナ人奴隷が監禁されていた。その監禁中の奴隷の一人が、船中での残忍な虐待にたまりかねて、救いをもとめて脱走して来た。この時の日本政府の外務卿は副島種臣
(そえじま・たねおみ)であったが、断固としてこの奴隷船の船長を裁判にかけてシナ人奴隷を解放してしまった。

 これは当時、国際的に奴隷は禁止されているはずの時代であるが、それは建前の空文で、アジアにおいては、マカオを中心に公然と奴隷貿易が行なわれており、幾千幾万人もの奴隷が売買されていた。日本の維新政府の強硬手段によってそれが解放されるにいたって、はじめてマカオの奴隷市場もさびれることになったのである。

 明治維新を推進した攘夷の精神は、アジアに進出して来た欧米の非道残忍な、侵略の圧力に対抗して、祖国の独立を守り、アジアを防衛しようという精神であった。

 西郷隆盛 『大西郷遺訓』 にいわく
 「文明とは道の普く行はるるを言へるものにして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふに非ず。世人の西洋を評する所を聞くに、何をか文明と言ひ、何をか野蛮と言ふや、少しも了解するを得ず。真に文明ならば、未開の国に対しては慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導くべきに、然らずして残忍酷薄を事とし、己を利するは野蛮なりと言ふべし」 と。

 かくて明治・大正時代の歴史中、政府の外交官とか陸海軍の軍人というのでなく無位無官の浪人で、アジア民族と日本民族との前途に壮大な夢をえがいて自由奔放な活動をした、いわゆる “大陸浪人” と称せられた人物の数は、すこぶる多いという。
 (葦津珍彦 『大アジア主義と頭山満』
<日本教文社刊>参照)

 そうした中で、このたび天皇・皇后両陛下がベトナムをご訪問になったことで脚光を浴びた、「東遊運動」 も、そういう日本との結びつきの中で行われたことなのでした。

          ○

 <つづく>

   (2017.3.5)

337 トランプ登場は日本の真姿顕現の大チャンス(5)


   
「すべて良し」 の世界


 戦後、世界の平和と繁栄を支えてきた米国主導の秩序はいま、「米国第一主義」 のトランプ政権が生まれて、危機に瀕していると言われる。しかし、トランプの登場は結果であって、原因ではない。15年以上にわたるテロとの戦争で米国は疲れ、もはや世界秩序を支える余力はない。

 発端は約25年前のソ連崩壊だ。その影響がいまになって顕在化してきたのである。米ソ冷戦中は天敵のソ連がいたから欧州は団結した。だがソ連が消えれば、もう無理に肩を寄せ合う必要はない。英国は欧州連合(EU)にさよならを告げ、年内に選挙を控えるフランス、ドイツでも反EUの右翼政党が台頭する。

 いま、米英独仏で一斉にこうした“反乱”が広がるのは、偶然ではない。

 国境を超えた“グローバル化”の時代は終焉を迎えているのではないかとも言われる。

 だとすれば、戦後、米国主導の秩序に守られ、復興を遂げてきた日本も無傷でいられるはずはない。

 しかし――

 
「神は完全にして、神の造り給いしすべてのものも完全なり」

 である。

 悪と見えるものもすべて、善が現れ出ようとしている過程なのである。


 ここで私は、日産自動車を絶望的な状況からV字回復させて17年間社長を務め、グローバルな成長を持続させてきたカルロス・ゴーン氏の言(2017年1月、日経紙 「私の履歴書」 より)に注目したい。――

          ○

 1999年4月、ルノーと日産との提携の関係で来日した私(カルロス・ゴーン)は、1千人以上の人と直接話をし、日産の将来について意見を交わす。

 6月25日、株主総会で挨拶した。

 「私はルノーのためではなく、日産のために来ました」

 ――温かい拍手。

 その頃ルノーから幹部や管理職クラスが日本に到着しつつあった。人選で重視したのは――日本に着いたら植民地を支配するように振る舞いそうな人はふさわしくなかった。

 本当に会社を変えられるのは、中にいる人々だとわかっていた。変えるのはあくまで日産の人々だった。開かれた精神の持ち主だけを選んだおかげで、フランス人らはすぐに日産になじみ。歓迎された。

 ルノーの人間が日産に来ただけでなく、日産の人間もルノーに行った。一緒にしてきたことはすべて両社の利益になることであり、そうでないことはしなかった。どちらかがもう一方の上に立つM&A(合併・買収)と我々のアライアンス(提携)はそこに大きな違いがあるのである。

 日産自動車の再生計画は社員が自ら作ったものだった。
 日産に必要なことは日産にある。答えは社員の中にあるはずであり、それを自力で見つけて仕事をしなければ再生の難事業は不可能だった。

 再生計画の検討は99年9月後半まで続き、1冊のファイルにまとまったのは9月末だった。ファイルを熟読し、推敲(すいこう)を重ね、社員や株主、社会にどう伝えるべきかを考えた。大きな変化と痛みを伴うが、長期的には利益をもたらす計画だった。これを実行しなければ会社は潰れてしまっていたはずである。

 10月18日。私は東京・箱崎のお披露目会場で壇上に立っていた。
 計画は 「日産リバイバルプラン」 と名付けた。説明し終えた私に、国内外のメディアで埋まった会場からは一拍おいて大きな拍手が起きた。「日本でこんな光景、見たことありません」。誰かがそう教えてくれた。

 グローバル化とは 「世界が1つになる」 という考え方だが、それは個々の人間、企業、国・地域のアイデンティティーを否定するということでは決してないのである。

 私はよく、ターンアラウンド(再生)とリバイバル(復活)は違う、と言っている。ターンアラウンドは一時的に良くなることだ。それに対し、リバイバルは企業が常に向上し続けることである。重要なのは数字そのものではなく、成長を続けることだ。

 「ルノー・日産アライアンス(提携)」 がその後もうまく行っているのはやはり、お互いの違いを超え、多様な文化の持つ可能性を引き出す力が身についているからだ。

 ダイバーシティ(多様性)の経営は今後、経営者にとって重要な 「素養」 になる。色々な文化を受け入れられる組織は、それぞれの文化のいいところを享受することが可能になり、会社としても最善の結果を出すことができるからだ。

 日産とルノー以前にアライアンス(提携)という発想は自動車産業には存在しなかった。業界再編には合併か買収かしか選択肢がなく、アライアンスは我々が18年かけて発明した独特の形態だった。

 再編に成功して、長く成長を続ける自動車メーカーは我々以外にあっただろうか。我々は、2つの企業が独立を守りつつ、部品調達や技術開発では1つの企業のように力を合わせることが可能なのだと証明した。

 私はグローバル化を信じている。保護主義的な動きも出てきたが、グローバル化が止まることは、多分ない。我々はそこから得られる利益がいかに大きいかを常に訴え続けないといけない。

 グローバル化の時代に大切なこととは何か。私は迷わず 「アイデンティティー(自分らしさ)を失わずに多様性を受け入れることだ」 と答えるだろう。

 来日から18年、この信じがたいほどすばらしい国からは多くを学び、私は明らかに違う自分になった。日本はもう、私のアイデンティティー(私らしさ)の一部だ。

 多様性とアイデンティティー。それは私の人生を的確に言い表した言葉でもある。

 多様性(ダイバーシティ)が私のアイデンティティだ。


          ○

 ――以上は、日経紙2017年1月1日~30日に掲載された、カルロス・ゴーン氏の 「私の履歴書」 からの引用でした。

 ダイバーシティ(多様性)とアイデンティティ(個別独自性)の両立を成功させたカルロス・ゴーン。

 ――ここに、「八紘一宇」 (世界は皆ひとつの家族) なる日本の理想が現われているのではないか――と私は思いました。


 <つづく>

   (2017.2.25)

336 トランプ登場は日本の真姿顕現の大チャンス(4)―「現代史をきちんと勉強して」


 前述の 『SAPIO』 3月号で、谷口雅宣・生長の家総裁は、ジャーナリスト小川寛大氏の質問――「総裁が誰であるかは教団の方針に大きな影響を与える。“次世代”をどう考えるのか」――に答えて、次のように述べておられる。

≪谷口 後継者については毎日考えています。世襲にこだわるつもりもありません。ただ、現代史をきちんと勉強した人間に継いでほしい。学校で教えないのも悪いのですが、今の若い人は現代史に弱いから、自分の都合のよいように歴史解釈をする人が出てくる。それが現代社会に混迷をもたらしている一因だと思います。≫

 と。

 私も、
「現代史をきちんと勉強した人に、次の総裁になってほしい」 と、切に思います。

 ネットで 「現代史」 を検索してみたら、次のような 「新発見。BLOG」 というのが出て来ました。

http://shinhakken-blog.seesaa.net/article/425177308.html

          ○

GHQとは何だったのか? 日本人が 「現代史を知らない」 本当の理由


サザンオールスターズの 「ピースとハイライト」 という曲に

教科書は 現代史をやる前に時間切れ
そこが一番知りたいのに 何でそうなっちゃうの?


という歌詞があります。痛切に今の教育制度を皮肉った歌詞になってますが、確かにほとんどの人がまともに現代史の授業をたっぷり受けて勉強した経験はないですよね。

これ、なぜだか考えたことありますか? これには戦後のGHQと日教組との関わりに深い関係があったのです。


日本人が現代史をよく知らない衝撃の理由

まずこの問いかけに対しいろいろ教育事情を調べたところ面白い共通点がありました。
一番にあがる理由が 「受験に出ないから」 なんです。

信じられますか? 日本人が歴史を学ぶ上で最も大事な現代史が受験に出ないから学生は勉強しない、というめちゃくちゃな理論。本来日本人が知らなくてはならない歴史教育の本質を一切学ばせない公正な教育を放棄した教育制度。

これは普通ではない国の教育方針、現場の状況が見えてきますよね。ただ、面白いことに、教育現場の先生は、「教えるべきだが、この理由でムリ」 と葛藤している方も多いようです。

では、なぜ受験で大切なこの部分を削り、鎌倉時代やら戦国時代やら江戸時代やらに力を入れて歴史を学ばせるのか。なぜ日本人は民間人の大量虐殺をして謝罪もなく完全な国際法違反なのに罪にも問われないアメリカに対し、こうもすんなり受け入れてアメリカに憧れ(特に年配の方)すら抱いているのか。

ここに敗戦国日本の複雑な事情が見え隠れしていたのです。


GHQとは恐ろしい存在だったことがよく分かる事実

戦後に日本を占領下にした米国GHQの一番の目的は、 “日本人から愛国心を奪い、日本人の精神を弱体化させる事” が一大ミッションでした。最近ではよく 「GHQの洗脳政策」 とも言われていますね。

GHQが一番力を入れたのが、教育制度改革です。この政策のため、米国教育使節団を呼び寄せ、愛国心、天皇崇拝を持たせる戦前までの教育を一掃させました。簡単に言うと、『日本人が知るべき戦争の歴史(現代史)を学ばせず、何も考えさせないアホな日本人を作ってしまおう』 という大掛かりな教育戦略を作ったんですね。

この教育方針を実行するには、それを組織化、形式化させる必要があり、そのために誕生したのが日教組です。ほとんどの公立学校はこの日教組による偏向教育指針で現近代歴史観の乏しい日本人を作り上げていって現在に至っているわけです。

細かい歴史はここではあげませんが、米国による無差別な日本中の大空襲(よく東京大空襲は耳にしますが、空襲は大都市だけではなく多くの地方でも行われ、推定で30万人以上の一般人が被爆死。その中にはたくさんの子供達も殺されているのです)、仕上げの原爆2発投下で、信じられない大量の民間人殺戮、日本兵捕虜に対する不当な扱い、戦後の理不尽、公平性を欠く東京裁判など、現代史の真実を紐解くと、アメリカには都合の悪い国際法違反行為ばかりがどんどんでてきてしまうのです。


戦後間もない時期にその時代の勉強をすれば、現存する被爆経験者や記録も多数に及ぶため、アメリカの行った行為がどんどん明らかになり、「米国=悪」 のレッテルを貼られ、日本人に再び反米精神を芽生えさせてしまいます。そうなると都合が悪くなるアメリカGHQが行ったのが、現代史の思考停止戦略と、侵略戦争への自虐性思想へのすり替え教育でした。

そして日本人に西洋の食文化や娯楽など楽しいことをたくさん与えて快楽思想を植え付け、気がつけばアメリカ人万歳! アメリカのものは凄い! 最先端のアメリカ人に憧れる~! という洗脳政策をしたんですね。

そして今日。いまの日本人を見れば一目瞭然です。恐らく正しい知識で現代史を詳しく語り、海外でも対等に話ができる人はどれくらいいるのでしょうか。
完全にGHQにしてやられたのです。


グローバルだの何だの言う前に、この現代史に無知な日本人が山ほどいるのは、世界的に恥ずべき問題だ と思わないといけないですね。

本当の現代史(アメリカがやってきた史実)
を知る日本人ならば、隣国の反日問題や安全保障にいちいちコメントを出す米国に 「お前らに何も言われる筋合いはない!」 と思わないといけないのでは!?

教育とはそれだけ大事なことなのだと、改めて思い知らされますね。≫


          ○

 総裁が、「後継者については、……現代史をきちんと勉強した人間に継いでほしい」 とおっしゃる、それは、<上のようなことをしっかりとわきまえた現代史を、きちんと勉強した人>を意味するのであってほしいと思います。

 「想い全相に達せざるを迷いという」 のであります。

 『菩薩は何を為すべきか』 にある人類光明化運動指針第十条に、

≪御教によれば、「実相を包みて顕現せしめず、想い全相に達せざるを迷と云う」 と示されている。現下一切の人類は 「一つ」 の神より発してそれぞれの国家に民族に分れている一即多の実相を見失って、部分に立ち、部分の利害に盲
(めし)い、国と国、民族と民族、階級と階級とが互に対立して争い合っているのである。

 ……ここに我らは一切の対立と利己心を超えなければならない。神は一切の対立を超え給い、然もそれぞれの国民や民族をそれぞれに生かし給うのである。神に於いてのみ、全体を生かす実相に立ってのみ、平和共存があり得る。≫

 と示されております。戦後に日本を占領したGHQ(連合国軍最高司令部)が日本弱体化のために、全相を覆い隠して押しつけた“現代史”は、真相全相が明らかになってきた現在、もはや古色蒼然たるものとなっている。それを金科玉条の如く墨守するなどは、迷い以外の何ものでもないのであります。


 <つづく>

   (2017.2.8)

335 トランプ登場は日本の真姿顕現の大チャンス(3)―新たな信仰が始まる時代


 
ちょっと話題を転じます。

 小学館の雑誌 『SAPIO』 3月号に、「日本を騒がす 『宗教家7人』 の秘密」 というタイトルで、神社本庁・田中恒清総長、ワールドメイト・深見東州リーダー、生長の家・谷口雅宣総裁、靖国神社・小川寛大「宗教問題」編集長、創価学会・玉野和志 首都大学東京 教授、幸福の科学・釈量子 幸福実現党党首、PL教団・柳川悠二 ノンフィクションライターが、問いに答えたレポートが載っている。最初に宗教学者として島田裕己氏の 「潮流――神が死に、宗教が消えゆく時代を考える」 という基調解説付きである。

≪宗教界にかつてない異変が起きている。宗教に救いを求める人々が激減しているのだ。人々はなぜ、「神」 と距離を置くようになったのか。
          *
 日本の宗教が消滅の危機を迎えている。
 文化庁の 「宗教年鑑」 によれば、新宗教の信者数は軒並み激減しているのだ。……≫


 として、PL教団、天理教、立正佼成会などの信者数が大幅に減った……最も信者数の多い創価学会が公表する会員数は827万世帯で近年は変化がなく、実態はよくわからないが、20年前に300万人ほどだった実際の信者数は現在250万人ほどと推定される,、という。

 で、「生長の家」 はどうか。

 生長の家教団の信徒数は、戦後の最盛期に300万人と言われた国内の信徒数が、現在は約52万人に減っている、という。

 既成宗教も例外ではなく、仏教にしろ神道にしろ、檀家や参拝者数は確実に減っている――としている。

 その理由として、あれこれ考えられることを述べている。そもそも新宗教は高度成長期に地方から都市に出て来た労働者をターゲットに、都会に身寄りのない人たちに人間関係のネットワークを与えることで急成長したが、そうした信者の高齢化が進み、活動を行うことが難しくなった。また 「病気治し」 を求めて入信する人も多くいたが、現在は医療や社会保障制度が進んだから、宗教よりも病院に行くようになった。現在、何か悩みを抱える若者が真っ先に頼るのは神ではなくスマホだ――というようなことで、宗教の信者が激減したのだという。

 しかしそれは、「宗教団体」 のことであって、「宗教」 そのものの必要がなくなったということではない。島田氏は “宗教学者” と言いながら、「宗教」 そのものと 「宗教団体」 を混同していて、宗教そのものの本質が何であるのか、それがはっきりわかっていないのではないか。

 人間とは何か。何のために生きているのか(生かされているのか)。死とは何か、生と死の意味は何か、といった根本問題に答えを見出せるのは、結局、宗教なのである。宗教以外にその究極的な答えはないのである。

 トルストイの 『人生読本』 に、

≪○あらゆる宗教の本体は、何のために私は生きるか、自分をとりまく無限無窮の世界に対する私の関係は如何なるものであるかという疑問に対する解答の中にのみ存する。

○学問において是非とも究め知る必要のある唯一の知識は、吾人が如何に生くべきかという事実に対する知識である。≫


 とある。

 賀川豊彦氏は、次のように言っている。

≪反宗教運動が起るなら、うんと起ったがよいのである。そんな波に破船するようなものであるならば、宗教として価値のないものである。私たちの宗教は生命宗教であるから、生命の続く間破壊されることがない。社会主義者などが宗教を破壊できると思うのも馬鹿げたことで彼等はよほど近眼である。生命の破壊ができない以上、生命宗教が破壊できるものか。それは天に向って唾を吐くようなものである≫


 と。

 真の宗教は、人間を環境の奴隷から環境の主人公の自覚へと転換させ、真の人間を解放する。真理は人間を自由ならしめる。人間を、死すべきもの Mortal から、永遠なるもの Immortal の自覚へと転換させるのが宗教の役目である。

 宗教団体は消滅しようとも、真理は永遠に輝いて、滅びることはないのである。

 島田裕己氏は、冒頭 『SAPIO』 の記事解説の結びで、つぎのように言っている――

≪究極の権威がなくなり、神が死んでしまった世の中ゆえ、宗教は原点に回帰してリスタートする。信仰の消滅する時代は、ある意味において、新たな信仰が始まる時代なのかも知れない。≫

 と。

 ――それは、一切万象の発する根源の枢機 「中(みなか)」、 「久遠の今」 からの出発でなければならない。

          ○

 「アガシャの予言」 というのがある。(#332 参照

 予言というのは一般的に低級霊の予言も多く、それに振り回されない方がよいと言われているが、中には高級霊の予言(預言)もある。アガシャというのは、七千年前エジプトに生まれた宗教政治家、霊人だという。それは、J.クレンショー原著 『天と地とを結ぶ電話―まさに来たらんとする時代の予言』 (谷口清超訳、1955年日本教文社刊)に紹介されていますが、以下はまた別の本から私が書き写して記録していたものです――

          ○

 アガシャの予言によれば、これから地獄のような暗黒の日々――地上の歴史始まって以来最大のショック、試練の時を経て、輝かしい黄金の時代が来る、という。

≪アメリカは未曽有の世界的指導国となるであろうが、「没落期」 をも迎えるであろう。共産主義は自己崩壊するであろう。≫

≪原子力は、生活の便利のために利用できるようになる。政治面で婦人の役割は、さらに重要になる。指導的立場に立つ婦人がふえてくる。古くから残っていた階級は消滅する。

 最も変るのは教育である。その理論も実際も、根底から改革される。それは、人間観に一大変革が起るからである。

 人間とは何か? 現在では、環境にもみくだかれ、生活にこづき回され、機械や社会体制の部品となって、いつ廃物とされるかわからない、情ない、無力で不安定な存在にすぎない。人間とは本来、そういうものではなく、宇宙的にかかわりあっている、巨大な存在なのだ。

 それを自覚せねばならぬ時がまもなく訪れてくる。激しいショックを受け、大きな試練をのりこえて、いやでも人間は、本当の自分自身に目ざめ、偉大な自覚を抱くようになる。それがつまり地上の浄化だ。この上もなく平和な、輝かしい時代は、人類をゆり動かす大きなショックとともにやってくる≫

≪宗教や哲学、昔から 「霊的価値」 と呼んだものが広く評価されるようになり、地上のすべての政治、経済体制は、ガラリと一新される。技術も、社会も、今とは比較にならないほど進歩する。理解がみなぎり、一体となった世界社会が実現する。≫


 と、アガシャは夙に、60年も前に預言として言っている。

 しかもこのようなすばらしい未来の予言とともに、吾々は逃れることの出来ない嵐の中にいるようなものであって、吾々は心的にも霊的にも強力とならねばならない、と警告されているのであります。


 <つづく>

   (2017.2.7)

334 トランプ登場は日本の真姿顕現の大チャンス(2)―艱難、汝を玉にす


 
トランプ氏は、必然、なるべくして大統領になった。トランプは、必ずしも 「とんでもない人間」 ではない(エマニュエル・トッド/佐藤優共著 『トランプは世界を変えるか?』)。

 しかしながら、「ひろば」 で 「櫻のカヴァリエ」 様がおっしゃるように、「民主主義の政治制度で大統領権限を得、4年ないし8年間呟くことによって、人々をキリキリ舞させることを無上の喜びとする人物」 というべき言行をしているのも事実である。それによって世界中が、そして日本も、動揺をかくせない。

 日本は明治維新から70年で大東亜戦争敗戦を迎え、そこから70年を経て、大転換期に直面している。

 前の70年ではイギリスから大いに学び、近代化に成功を収めた。戦後の70年ではアメリカに学んで、奇蹟とも言える復興と経済成長を遂げた。そして今、イギリスはEUからの離脱を決断し、アメリカはトランプ新大統領のもとで大変化しようとしている。日本はこれからの70年をどう歩んでいくべきか。

 1.目先にとらわれず長い目で、大局的に見る
 2.一面的に見ないで多面的、全面的に見る
 3.枝葉末節にこだわらず根本的に見る

 ことが必要である。

 世界的大動乱の時。いまこそ 「艱難、汝を玉にす」 である。

 果たして、日本が 「世界の真ん中で咲き誇る」 ことになるであろうか。

          ○

 私は今朝も仏前で神想観の前に、次のように念じました。

 
≪ご先祖様は神にまします、仏にまします。
  ご先祖様のいのちは神のいのち、仏のいのち。
  ご先祖様のこころは神のこころ、仏のこころ。
  ご先祖様のからだは神のみからだ、仏のみからだ。

  私のいのちはご先祖様のいのち。
  私のこころはご先祖様のこころ。
  私のからだはご先祖様のからだ。

  私はいま、すべてのものと 「久遠の今」 において一体なのである。
  私の中にすべてがあり、すべての中に私がある。私は一切者である。
  私の中に時間があり、私の中に空間がある。
  私の中に宇宙があり、私の中に全人類がある。

  すべてのものは 「久遠の今」 なる神のみことばから発したものである。
  すなわち神の顕現であり、神の光そのものである。
  全ての現象はいまどのように不完全に見えようとも、
  神の完全さが現れ出ようとしている過程なのであるから、
  すべてを神の顕現として礼拝し、神の光として拝み奉る。
  ありがとうございます。ありがとうございます。……≫


 そして、招神歌を唱え、基本的神想観の念ずる言葉で 「われ」 というのは 「すべてのもの」 と置き換えて念じます。

 すなわち、

 「わが生くるはわが力ならず……」 は、
 「すべてのものは、自分の力で生きているのではない。神のいのちが生きてい給うのである」

 「われ今、五官の世界を去って実相の世界に入る」 というのは、
 「すべてのもの今、五官の世界を去って……」

 と念ずる、というぐあいにです。

          ○

 表面に現れたすがた、発せられた言葉――すなわち 「現象」 だけにとらわれ振り回されるのではなく、その奥にある深層のこころ、すがた――最奥には完全な理念、実相がある――を知って、「発して節に中
(あた)る」 急所にぴしりぴしりと当たる最善の手を打つことが必要です。

 アメリカは一体どういう国なのか。その歴史、目指してきた理想、優れた良いところと、足りないところ、弱点はどこにあるか。――それを知るには、加瀬英明著 『アメリカはいつまで超大国でいられるか』 (2014年12月、祥伝社新書)がたいへん参考になる力著です。

 中国、韓国、イスラム国とキリスト教国の歴史的真相・深層、目指してきた方向なども見えてきます。山本七平・加瀬英明共著 『イスラムの読み方』(2015年3月、祥伝社新書)もあります。

 現象界の人類の歴史は、戦争の歴史であった。
 特に、ヨーロッパに於いて然りである。

 そして、わが日本はどうか――。

 倉山満氏著 『日本人だけが知らない 「本当の世界史」』 (PHP文庫)は、そのことを明快な筆致で喝破している。

 「歴史を知ることは、自分を知ること」 である。

 私はいま、遅まきながら、広くそうした本を読み、考え、それで納得したこと、考えたことをここに書きたいのですが、いま勉強中です。

 イギリスのEU離脱、トランプ米大統領の誕生などで世界は 「反グローバリズム」、「ナショナリズムへの回帰」 という傾向が見られるとも言われるが、その実は 「反ユダヤ思想」、「反ユダヤ主義」 があるのだ。アメリカではこのことは決して口にできないが――と、渡部昇一氏・馬渕睦夫氏らは言われている。(『致知』 2017年3月号。この 「近況心境」 #101#110 「闇の世に光の国を持ち来たすものは」 もご参照下さい)

 ――しっかりと真相を深層から勉強してまいりたいと思います。


 <つづく>

   (2017.2.3)

333 トランプ登場は日本の真姿顕現の大チャンス(1)―危機は危険と機会を含む


 ≪生長の家信徒の 「唯心の所現」 によって第三代総裁が誕生したように、国民の 「唯心の所現」 によって安倍政権が存続している≫

 と、「ひろば」 #88 で 「櫻のカヴァリエ」 様の投稿に書かれている。

 トランプ米新大統領の誕生も、米国民のみならず全人類の 「唯心所現」 の結果である。それは取りも直さずわが心の所現に他ならない。そして、「今」 こそ人類の魂が進化し、新しい飛躍を遂げるチャンスであり、わが魂の飛躍生長を遂げるチャンスなのである。

 早くからトランプ氏の勝利を予見していたフランスの歴史家・人類学者エマニュエル・トッド氏は、「起きて当然のことが起きた」 という(『トランプは世界をどう変えるか?』朝日新書)。

 それは、この15年間でアメリカ人の生活水準が下がり、白人の一部、45歳~54歳の人たちの死亡率が上がった。この人たちは、不平等や停滞をもたらしたのは自由貿易と移民によってだ、と理解している。それを問題にする候補が選ばれたのは当然のこと。クリントンは幻想の中にいた。米国のエリートたちは、現実を見ないでおこうとした。トランプは現実をちゃんと見ていた。この選挙で、われわれは現実に立ち戻ったのだ。米国は民主主義国だと、エマニュエル・トッド氏はいう。

 エリートが社会の現実に目を向けないでいられる時代は終わった。トランプ選出は、体制順応主義のエコノミストたちにとって大変な災難になる。自由貿易だけが選択肢であり、それが社会にとってよいことだと学生達に説明してきた、米国の一流大学の経済学者たち――実際は、自由貿易は利益を得る一部のエリートたちだけによいことで、不平等を進める経済的な仕組みだったのだ。これからは、体制順応ではないエリートが必要だ、と。


     
トランプは、とんでもない人間か?


 前書 『トランプは世界をどう変えるか?』 は、 エマニュエル・トッド氏と、佐藤優氏との共著であるが、佐藤氏は、トランプと実業家ロバート・キヨサキとの共著 『あなたに金持ちになってほしい』 (白根美保子ほか訳、筑摩書房)を読むと、トランプの人となりがわかって興味深い。日本だったら江戸時代の石田梅岩や二宮尊徳が思い浮かぶ。それは――この本で、トランプは次のように言っているからと、引用していう。

≪ 〈さまざまな出来事に対処するために、すべての人がもっと多くの情熱とエネルギーを持つべき時だ。ウィンストン・チャーチルの次の言葉に込められた意味をよく考えよう。
「我々は得るものによって生計を立てるが、与えるものによって人生を作る〉

 ……これは、聖書の「使徒言行録」でパウロがイエスの言葉として伝えた「受けるよりは与える方が幸いである」(20-35)からきているのでしょう。……トランプの中では、通俗道徳とキリスト教的な精神が、彼なりの融合を遂げていると考えられます。

 ……経験上、私は、人間のものの見方、考え方の基本はそう簡単に変わるものではないと思っていますから、暴言や派手な女性関係を剥ぎ取ったトランプの姿を、此処で紹介した一連の言葉に見ています。

 以上、……立場が違えば全く違った人間として映るものです。大統領選で植え付けられた、「とんどもないトランプ像」を完全に払拭はできないものの、フラットな態度で情報に向き合うことの意味をわかってもらえたでしょうか?≫


 と、佐藤優氏はいう。好きとか嫌いとかの感情で偏見を持たず、空っぽの、フラットな態度で情報と向き合うことによって真相、深層が見えてくるということである。


     
トランプ登場は、日本の大チャンス?


 日高義樹氏――長くNHKワシントン支局長を務め、退社後もワシントンに在住しアメリカの政府高官、実務トップとの交友も深く、とりわけ軍事戦略について外務省より詳しい人――が、『トランプ登場は日本の大チャンス』 という本を書いておられる。曰く

≪日本では、平和主義が外交や国際戦略の基本になっている。だが、尖閣列島を中国が軍事力で占領しようとした場合、日本が自国の領土を守るためには戦わなければならない。アメリカが助けてくれるかどうかなどと、アメリカの顔色を窺う問題ではないのである。北朝鮮に拉致された日本人を救済する問題もまったく同じである。

 こうした国際社会における大原則を日本人が守らないできたのは、アメリカが助けてくれるという大前提があったからである。そのうえ日本人は、平和主義が道徳的にも倫理的にも優れていると信じ込んでいる。

 だがいまや日本は、こうした思いを飛び越え国際社会の常識と原則に基づいて、自らの力で問題を解決しなくてはならなくなった。観点を変えれば、日本に対する軍事力の傘を取り下げようとしているトランプ政権の発足をきっかけに、日本は大きくジャンプする機会に恵まれたと言える。(抜粋)≫


 ――と。それは、被占領ぼけの太平の眠りから覚めて起ち上がらなくてはならない時が来たということである。危機は、危険と機会、danger と changer となる chance を内包する。「艱難、汝を玉にす」 という諺もある。

 <つづく>

   (2017.1.24)

332 機会は常に 「今」 にある


 今日は、第二次大戦後の世界秩序を保つために最も主導的な影響力を発揮してきたアメリカで、オバマ氏が 「前大統領」 となり、トランプ氏が 「新大統領」 となった日である。この日は、人類の世界史上一つの大きな転換点として記録される日となるであろう。

 最初から支持率より不支持率が上回り、就任抗議デモがうずまく。70歳での大統領就任は史上最高齢で、政府や軍での職務経験がない大統領も初めてのこと。当選が決まってもなかなか記者会見を行わず、一方的にツイッターで過激な発言を続けた、異例づくめの大統領就任式。しかし、トランプ氏は 「この政権交代はワシントンから皆さんに権力を移すものになる」 「あなたが無視されることは二度とない」 などと語った。

 トランプ新大統領は、ロシアへの姿勢をめぐって、CIA(米中央情報局)と激しく対立していると報ぜられているが、かつて1963年にはヴェトナム戦争をめぐってCIAと対立したジョン・F・ケネディ元大統領は、CIAの謀略によって暗殺されたと言われている。トランプ氏も、ケネディの二の舞を演ずるかも知れないし、何が起こるかわからない。

 「これから驚天動地の事態が次々に起こる 2017年大予測」 で、「トランプ暗殺で世界はジャングルと化す」 と落合信彦氏はいう。(『SAPIO』2 新春特大号)

 しかし、先の大戦後まもなく1948年頃のアガシャの預言で、すでに、超大国アメリカの没落とアジア諸国の勃興が語られている。そして、

≪まもなく世界全体が、新しく生まれ変わる。

 人間とは何か?
 現在では、環境にもみくだかれ、生活にこづき回され、機械や社会体制の部品となって、いつ廃物とされるかわからない、情けない、無力で不安定な存在にすぎない。人間とは本来、そういうものではなく、宇宙的にかかわりあっている、巨大な存在なのだ――と、アガシヤは教える。

 それを自覚せねばならぬ時がまもなく訪れてくる。激しいショックを受け、大きな試練をのりこえて、いやでも人間は、本当の自分自身に目ざめ、偉大な自覚を抱くようになる。それがつまり地上の浄化だ。

 この上もなく平和な、輝かしい時代は、人類をゆり動かす大きなショックとともにやってくる。≫


 と預言は語っている。

 生長の家 「霊魂進化の神示」 には

≪『神の子』 なる人間の実相を現象世界に実現するのが人生の目的である。……人間の運命とは 『神の子』 なる人間の実相が現象界に投影する時、時間的空間的に展開するのに、 おのずから一定の順序を追うて展開して行くように 大体定められているのを言う。それは譬(たと)えば朝顔の種子(たね)の中には既に 『花』 の因子(たね)が包蔵されているが、それが現象界に 『花』 となって完成するまでには、日光に逢い、湿気に遭い、芽を出し、蔓を出し、蕾を生じ、ついに花を開くと言うように、大体一定の時間を要し、植物が日光に逢い、雨露に遭うが如く、或は幸福に恵まれ、或は虐運と戦うことによって、ついに実相人間の現象界への投影を完成するのである 。……(後略。昭和8年9月15日神示)≫

 とある。「人間」 を 「国」 あるいは 「世界」 に置き換えても同様であろう。

 中心帰一大調和の実相神の国は、すでにある。それは、何があっても必ず現象界に投影を完成するのである。

 『新版 真理』 第1巻第9章に、
「墜落(ついらく)は機会である」 と題して、次のように書かれている。

≪ 私は墜落したことを嘆いている皆さんに告げる、「墜落は機会である」 と。もし此の世に墜落ということがなかったならば、此の世界はこんなに美しい相(すがた)をしていなかったに違いありません。

 こう言えば、皆さんは驚いている。墜落とは悪いことだとばかり思っていたからです。しかし皆さん、もし種子
(たね)が地上に墜落することがなかったら、稲は実りますか。果樹(くだもの)は実りますか。稲の種子が、果物の種子が墜落して地に堕(お)ちてくれればこそ、私たちは毎日ご飯を食べることが出来、また美味しい果物が食べられるのではありませんか。

 人間から見てもそうでありますが、種子
(たね)自身から見てもそうです。種子は地上に播(ま)かれたとき、

 「これは大変だ、こんなに地上に落されて蹂躙
(ふみにじ)られて助からない。」

 と悲嘆の涙にくれたかも知れません。併し、それは其の種子
(たね)が箱に入れられて、棚の上にあげられていたよりも、種子自身にとって伸びるのに好都合の機会が来たのです。

 「墜落した! しまった!」

 と思った次には、其処には今までになかった養分豊富な土があり、自分の求めていた湿気があり、その上適当な日光が温かいその微笑を投げかけてくれるのですもの。

 もし、種子
(たね)が墜落しなかったら? こう考えると恐ろしいことです。

 だから私は 「墜落は機会である」 と言うのです。墜落したときに、本当は皆さんは一層自己生長の機会が与えられたのである。

   
其のまま其処(そこ)が進撃の姿勢

 今ある位置を完全に利用することが処世の極意であります。
 「今」 を見のがしたら機会はありません。
 「もっと好い機会が来たら起き上がろう、こんな倒れた時には起き上がれるものではない」 と考えるのは間違っています。
 どんな逆境でも、墜落でも、不幸でも、それが皆さんを一層生長させる好機会なのです。(後略)≫



 さて、西洋的 「立憲主義」 を至上のものとして奉ずるのは、いま世界中探しても、占領ぼけから抜けきれない日本の憲法学者ぐらいなもの。これはもはや古色蒼然とした見解であり、

≪モダン憲法においては尾骶骨程度に名残を留めるものでしょう。…… “普及誌” 「白鳩」 に連載が始まりましたが、鋭い質問がくれば直ぐに立往生してしまうと思っております。≫

 と、「ひろば」 #88 に 「櫻のカヴァリエ」 様が投稿して下さっていますが、その通りでしょう。

≪民主主義……米国ではこの政治制度でもって、大統領権限を得て4年ないし8年間呟くことによって、人々をキリキリ舞させることを無上の喜びとする人物を大統領職に押し上げたのです。≫
(同上)

 世界は今、先の見えない混沌の状態にあり、救いと癒しとを求めている。

 「今」 が、人類の魂の生長の機会であり、生長の家が人類を救う使命を発揮し、日本が世界平和に大きく貢献すべき時であると思います。それには、占領ぼけから覚醒して、真の独立国家として立つ覚悟が必要です。今こそその時です。(#330 参照)

   (2017.1.21)

331 昭和天皇の御聖徳


 四宮正貴氏が、終戦時の昭和天皇の御聖徳について、昨日、Facebook に次のような投稿を掲載されています。拝読し、感動を新たにしました。転載させて頂きます。合掌
https://www.facebook.com/masaki.shinomiya.1/posts/1263470773739930


≪ 終戦の年の十二月から翌年一月にかけての大混乱期に、日本全國からマッカーサー宛に送られた 『天皇戦犯指名反対』 の手紙は、米國ワシントンの國立公文書館の 『東京裁判関係文書』 にファイルされてゐるだけでも千通を越す。(秦郁彦氏 『天皇を救った千通の手紙』)

 また、全國各地で 「ご留位」 の嘆願署名運動が展開され、十萬に上る嘆願書が宮内庁に送られてきた。

 中國地方御巡幸の折の昭和二十二年十二月七日、広島市の奉迎場に、七萬人の市民が集まり、陛下をお迎へした。その時の様子を当時の広島市長・浜井信三氏は次のやうに記してゐる。

 「『バンザイ、バンザイ』 の嵐、歓迎會場の護國神社前の広場には、郡部から出てきた人々も含め数萬の群衆で埋めつくされ、車から降り立った天皇はモミクチャにされた。誰の目からも涙がとめどなく流れつづけた。そして、天皇は壇上から次のように述べた。
 『このたびは、みなの熱心な歓迎を受けてうれしく思います。本日は、親しく広島市の復興のあとをみて満足に思います。広島市の受けた災禍に対しては、まことに同情にたえません。われわれは、このご犠牲を無駄にすることなく、平和日本を建設して、世界平和に貢献しなければなりません』
 水を打ったように静まりかえってききいっていた人々の中からドット歓声があがり、バンザイがこだまし、會場は興奮と感激のルツボと化した…。」
 (『原爆市長──ヒロシマと共に二十年』)

 昭和天皇は、

  ああ広島平和の鐘も鳴りはじめたちなほる見えてうれしかりけり

 といふ御製を詠ませられた。

 終戦時、わが國の 『ポツダム宣言』 受諾の際に、わが國政府が 「天皇の國家統治の大権を変更する要求を包含し居らざることの了解の下に帝國政府は右宣言を受諾す」 との条件を付したのに対し、米國務長官・バーンズから送られてきた文書いはゆる 『バーンズ回答』 には、「最終的の日本國の形態は 『ポツダム宣言』 に遵い、日本國國民の自由に表明する意志により決定すべきものとす」 とあった。まさに、「日本國民の自由に表明する意志」 は、國體護持であったのである。


 昭和天皇は、國民を鼓舞激励し、祖國の復興を成し遂げるために、昭和二十一年二月二十日より二十九年まで満八年半をかけて、行程三萬三千キロ、総日数百六十五日間の地方御巡幸を行はせられた。それは昭和天皇の 「國見」 であったと拝する。「國見」 とは、國土と國民の祝福し、國土の豊饒と國民の幸福を祈る祭事である。昭和天皇は、敗戦によって疲弊した國土と國民の再生のための 「祈りの旅」 を行はせられた。

 昭和天皇は、「戦災地視察」 と題されて次のやうなお歌を詠ませられた。

  戦のわざはひうけし國民をおもふ心にいでたちて来ぬ

  わざはひをわすれてわれを出むかふる民の心をうれしとぞ思ふ

  國をおこすもとゐとみえてなりはひにいそしむ民の姿たのもし

 鈴木正男氏は、「敗戦國の帝王が、その戦争によって我が子を亡くし、我が家を焼かれ、その上に飢餓線上をさ迷ふ國民を慰め励ます旅に出かけるなどと云ふことは、古今東西の歴史に絶無のことであった。アメリカをはじめとする連合軍は、恐らく天皇は國民から冷たく迎へられ、唾でもひっかけられるであらうと予想してゐた。ところが、事実は逆であった。國民は熱狂して天皇を奉迎し、涙を流して萬歳を連呼した。…天皇の激励によってストは中止され、石炭は増産され、米の供出は進み、敗残の焦土の上ではあったが、國民は祖國再建の明るい希望に燃えて立ち上がった。」(『昭和天皇のおほみうた』)と論じてをられる。

 昭和三十八年以来、毎年八月十五日に挙行される政府主催 『全國戦没者追悼式』 における、昭和天皇の 「お言葉」 では必ず、「胸の痛むのを覚へる」 と仰せになっておられる。

 昭和天皇崩御前年の最晩年の昭和六十三年には、『全國戦没者追悼式 八月十五日』 と題されて、

  やすらけき世を祈りしもいまだならずくやしくもあるかきざしみゆれど

 と詠ませられた。

 昭和天皇は、大東亜戦争に対する 「政治的責任」 「法律的責任」 というような次元ではなく、「日本國天皇としての責任」 を深く自覚されておられたのである。根本的には、昭和天皇はご自身のご意志で御位にとどまられてその責任を果たそうとされ、また事実は果たされたのである。

 昭和天皇は、ご生涯をかけて日本國の天皇としての御使命を果たされたのである。それはただただ國民の幸福と平和の実現であった。だからこそ、戦後日本の復興と國民の幸福があり得たのである。≫



 ――以上は、Facebook 四宮正貴氏のご投稿でした。

 ありがとうございます。合掌


   (2017.1.10)

330 現行憲法は、違憲憲法。日本は平和に貢献できない


 現行 「日本国憲法」 は、憲法違反の憲法であると言わざるを得ない。

 なぜならば、現行日本国憲法は、「大日本帝国憲法」(明治憲法) を改正したものだという形式をとっているが、それは欺瞞である。帝国憲法には、

 
≪第73条 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ≫

 とある。敗戦後の昭和21年、日本は憲法を改正する必要を認めていなかった。それは、昭和21年1月1日、昭和天皇の 「新日本建設の詔書」 冒頭に、五箇条の御誓文を掲げ、民主主義はもともと日本にあったものだから
「又何ヲカ加ヘン」 ――何もつけ加えたり変えたりすることはいらない、と仰せられているのである。

 しかも、上記73条は 、<憲法の 「条項」 を改正する必要あるとき……>というのであって、まるごと全部作り替えるというようなことは想定していない。改正、いや作り替える必要ありとしたのは、占領軍であって、日本の意思ではなかったのだ。さらに

 
≪第75条 憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス≫

 とある。現行憲法は、日本が占領下にあって主権が制限されていた時にGHQによって作られた。天皇大権が占領軍の隷属下にあった占領期間中の改憲が ≪第75条 憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス≫ という帝国憲法の精神に違反しているのは明らかである。

 国際法上で、国家主権とは――

≪他国の支配に服さない統治権力のこと。国家の構成要素のひとつで、最高・独立・絶対の権力。国家の政治のあり方を 最終的に決める権利のこと。

 最高権(対外主権)「国家が外に対して独立している」 ということが、「主権」 の内容として語られる。国家は互いに平等であり、その上に存在する権威はないため、「最高独立性」 といわれることもある。近代国家である以上、対外的に独立していなければならず、逆に、対外的に独立していない場合は、それは国家ではない(国際法上の国家の要件が欠缺している)ということになる。

 その場合の 「最終的に決定する 『力』」 とは何かという問題もあるが、一般には、最高法規である憲法を制定する権力、即ち、憲法制定権力であるとされている。≫
 (ウイキペディアより抜粋)

 それ故、被占領下にあって国家主権を失っていた時に改変した憲法というのは正統憲法とは言えず、主権を回復した時に効力を失う、というのが国際法上も常識なのである。

 したがって、この正統性のないニセ憲法、被占領憲法によって政府を縛るのが 「立憲主義」 というのは、根本的な誤りである。
 (#297#298#324もご参照あれ)

          ○

  日本は独立国ではなく、アメリカの占領下にある。これでは世界平和に貢献できない

≪「積極的平和」の提唱者で世界的に 「平和学の父」 と知られるヨハン・ガルトゥング博士が去年来日した際、意外にも強調していたことが、日本が独立国ではなく、アメリカの占領下にあるという点でした。

 ■日時 2016年5月22日(日)19時00分から21時00分
 ■会場 関内ホール 大ホール(横浜市中区住吉町4-42-1)

 安保法案で揺れた去年の夏、横浜大桟橋ホールには、詰めかけた500名の聴衆で熱気に満ちていました。そのうち半数弱が学生ということもあり、博士には、未来に向けたメッセージをお願いしようと 「日本は今後どう世界の平和に貢献していくべきなのか?」 という講演タイトルにしました。

 開始早々、ヨハン・ガルトゥング博士から発せられた言葉で、会場がざわつきました。

 「日本は今後、世界の平和のためにどういう貢献ができるか、についてお答えしたいと思います。答えは非常に簡単です。失礼ですけど、今の段階では、皆さんは貢献できないと思います。貢献できる事はないと。残念ながらこの段階では、日本はアメリカの指示に従って行動している訳ですから、アメリカが平和に貢献することを望まなければ、貢献できないという事です。今アメリカが望んでいることは、勝利であって平和的に問題を解決することではない。ですから端的に申し上げて、今日本は平和に貢献することはできないと思います。

 これで講義は終わりです。お答えできましたから。」

 独立国ではない日本に何もできることはないというのです。

 イベント主催者としてもこの出だしにはドキッとしました。果たして講演を続けてくれるだろうか……。その心配を覆すように、博士はこう続けました。

 「ですが、質問の仕方を少し変えますと、占領下における日本ではなく、独立した主権のある日本であれば、どんな事ができるか―それはお話できると思います。」≫

(http://www.huffingtonpost.jp/kenji-sekine/johan-galtung-peace-study_b_9880842.html)より

 ――「独立国でない日本に、何もできることはない。」 ――それは、被占領憲法を守っている限り、何も世界平和に貢献できない――ということではないでしょうか。

          ○

 2017年、世界に最も大きな影響を与える人は、アメリカのトランプ大統領だろうと言われる。

 トランプ氏が大統領に就任したら、世界は、日本はどう変わるのだろうか。予測不能のことが多い。「トランプ暗殺で世界はジャングルと化す」 という予測記事の見出しが躍っていたりする(小学館の『SAPIO』新春特大号)。

 しかし、日本の株価は上昇を続け、日経平均が2万円を突破するのは時間の問題で、今年末には22,000円に達するだろうと予測する専門家も多い。ということは、不安よりも期待の方が大きいということである。今年こそ、20年以上続いたデフレの萎縮心理から完全に脱却できる年になるだろうと。

 だが、それよりも大きいことは、日本が占領ぼけから脱却して、真の自主独立へと覚悟を決めなければならなくなることである。それは、憲法の全面改定、正統憲法復活へと覚悟を決め、その大きな一歩を進めることである。


 <つづく>

   (2017.1.6)

329 「神の子」の自覚は、立憲主義の思想とは異なる


 変えてはならないもの――それは、「久遠の今」 に立つ 「神の子」 の自覚である。

 「神の子」 は、宇宙の中の 「一切れ」 ではない。神の子は神であり、宇宙の 「一切
(すべて)」 をわが内に包有する者である。すなわち、一切の現象を展開する 「認識の形式」 なる時間と空間をも生み出し、 「これを握れば一点となりこれを展開(ひら)けば無窮となる」 ものとして時空一切を掌中に握るところの王者であり、一切者なのである。

 それは対立するものなきが故に 「絶対者」 である。「天上天下唯我独尊」 である。[アブラハムの生まれぬ前よりある者」――「久遠のキリスト」 の自覚である。


 「立憲主義」 とは何か。

≪立憲主義とは、「憲法によって権力を制限し、憲法を権力に遵守させる」 ことです。ごく少数の権力者が大多数の国民を勝手気ままに支配するという多くの失敗例を経験しながら、人類が試行錯誤を重ねて生み出したのが立憲主義です。……権力者の上に存在する規範が憲法であり、権力者の行動は憲法によって拘束されるという原理が立憲主義なのです。≫

 と、ブックレット 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』 は言う。

 西洋成文憲法は、上記のように 「権力に対する制限規範」 ということである。

 「法思想上には、不文憲法主義と成文憲法主義とがある。……成文憲法主義はローマ法思想の流れを汲み、君主(統治者)と人民(被統治者)との間、又は各人相互の間の不信、性悪観に基づくもの。近代のヨーロッパに於ける成文憲法の制定も、マグナ・カルタ以来の歴史が示す如く、専制君主と人民との間の不信感に発した、人権保障の約束証文に由来するものである」 と三潴信吾氏はいう。

 イングランド最悪の王と言われるジョン王と諸侯との間で結ばれた 『マグナ・カルタ』(大憲章)が西洋成文憲法の起源であり、「権力は放っておくと濫用されるので、為政者の手を縛る必要がある。その為に成文憲法が必要とする」 という考え方。これが西洋成文憲法の根底にある思想であって、西洋の成文法は人間相互の不信の上に成り立つものである。

 すなわち、それは 「久遠の今」 に立つ 「神の子」――「一切者」 の自覚から発したものではない。 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』 と言うのはウソ、妄論である。

 神話から始まる君民一体の悠久の歴史をもつ日本国体を、このような人間不信――人間は相対的な宇宙の 「一切れ」 として成文憲法に規定すること自体、不自然なことである。

          ○

 日本の歴史は、記紀(『古事記』・『日本書紀』)の神話から始まる。それは、

天地(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天原(たかあまはら)に成りませる神の名(みな)は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。次に高御産巣日(たかみむすび)の神。次に神産巣日(かみむすび)の神。この三柱の神は、みな独神(ひとりがみ)に成りまして、身(みみ)を隠したまひき≫

 から始まる。この 「天之御中主神」 というのが、「久遠の今」 なる、時空未発の中
(ちゅう・みなか)なる本源神なのである。われら日本人の祖先は、一切(すべて)が天之御中(あめのみなか)なる 「一」 から出発したことを直感認識していた。だから自然も、人間も、みな本来 「一(ひとつ、一体)」 であり神であるという自覚が民族の超在意識に流れているのである。

 それ故、天之御中主神から発した日の大神(太陽神) 天照大御神の御神勅

 
「豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みずほ)の国は、これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。爾(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壤(あめつち)と窮(きわ)まりなかるべし。」

 という御神勅から始まった日本国は、君は民を大御宝
(おおみたから)と拝み給い、民は君を 「大君は神にしませば」 と拝み奉り、君民一体、君民同治のすがたをあらわしてきた。日本国は信仰共同体であり、国民が契約を結んで人工的に作った国ではない。そして祭祀主である天皇は、国民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。

 これが日本肇国以来の国柄であり国体である。つまり、日本の歴史と伝統は、契約思想や人間不信を基盤とした西洋近代の成文法よりはるかに優れた、類
(たぐい)なき人類の宝なのである。

 <つづく>

   (2017.1.4)

328 「昨日の敵は今日の友」へ。


 日経紙に、1月1日から第1面で 「断絶を超えて」 という連載特集記事が始まっています。
 その第1回は

 「『当たり前』 もうない 逆境を成長の起点に」

 という主タイトルで、結びに

 
「古い秩序や前例を壊す断絶の力。湧き出すエネルギーを味方にして進もう。そのときは今だ。」

 とありました。

 そして今日第2回は

 「昨日の敵は今日の友 『協争』 の時代が来た」

 というのです。

≪協力しながら競争する 「協争」 の動きは、需要急減という断絶にも呼応する。……人口減による 「協争」 は企業が生き残るための入り口にすぎない。手を組んだ後の成長こそ、断絶に勝つ原動力だ。≫

 と。

 さて、去年の記事切り抜きを見ていたら、

 
「変えることを考える前に、何を変えてはいけないかを考えろ」

 という言葉が眼に入りました。

 私が最も大切にして 「変えてはいけない」 もの――それは、
「久遠の今」 に立つこと、だと思います。


 『生命の實相』 第3巻に、次のように書かれています。

≪神の造りたまえる存在の実相に透徹し、その実相を雛型としてそれを現実世界に現わしてのみこの世界は本当に地上天国となるのであります。我欲や見当違いで改造改造と力んでみても、各自の心に神の子としての生命の実相が見真(けんしん)されていなければ、盲人の手引きで、多数の盲人を河中へ突き落とすようにエッサエッサと改造の掛け声を掛けながら、現在の人類をまた別の地上地獄へ突き落とすに違いないのであります。

 心が形の雛型となる! ではまず心に自己の生命の円相を自証せよ、組織は自然に浄まるであろう。……心を浄めて地上天国の根本基礎を築きなおし、そこからこそ社会改造にも出発しなければ、いたずらに犠牲者ばかり多くして効果は少ないのであります。≫

 (94~95頁)

 と。

 『新版 叡智の断片』 には、次のようにあります。

≪ 清寂の生活

 道は絶対である。
絶対には対立がない。道に乗って生きるとは絶対無我の生活になり切ることである。一切の対立がなくなることである。一切の対立がなくなるから一切に和解し、一切を敬(とうと)び、一切が清まり、一切が寂である。これが茶道の清寂であり、そのまま清まる日本の道である。対立する争いをもって生活するが如きは、日本の道ではなかったのである。

 道は 「寂」 であり、動くものなくして動いており、その動くや必ず万物を生かすのである。対立のなき動きは全機であり、無にして一切であり、○
(ゼロ)であるから一切と調和するのである。それを大和の道と言う。構える心がないから、事を構えず、事を構えないから事が起らないのである。構えることがなければそのままとなり、其のままは実相であり、実相は善ばかりであるから善きことのみが現れる。「私」 のはからいがないから、全体の動きとピッタリと 「一」 である。全機である、全即一であり、一即全である。

 本当に明るいというのは、全然対立がない 「無」 になり、無構えになって、天地と一つにとけ合って 「寂」 となることによって自然に得られる明るさでなければならない。真の明るさは構えた明るさではない。そのまま天地の明るさがあらわれたとき、真に明るくなり、立ち対
(むか)うところが悉く明るくなる。≫
 (14~15頁)

≪ 「悪」 に抗することなかれ

 「悪に抗することなかれ」 というキリストの教えは、生長の家の 「汝等天地一切のものと和解せよ」 の神示によって完成するのである。悪に抗して悪を一時排斥し得たとしても、それは 「悪」 の存在をみとめているがゆえに、それは存在するところの悪を抵抗によって一時遠ざけたに過ぎないのであるから、「悪」 の存在が消えたのではないのである。それは一時締め出しても、亦あらわれる。厳重な家庭に於ける制裁や処罰や威嚇による強制はこれである。…(中略)…

 一切を 「善」 と信頼して感謝して受ける無抵抗のみが 「悪」 を消滅する力であるのである。「悪」 に抵抗するところの心境に於いては尚 「自我」 が滅していないのである。ただ相手の利己主義を遠ざけんがために、自己主義の利己を護らんとするに過ぎない。真に 「悪」 に無抵抗になるときにのみ、それは 「自我」 さえも滅し去って、ただ 「神」 のみ、「善」 のみ、実相のみが現前するのである。そのとき 「真の自我」 実相の自我、絶対自我が本当の姿をあらわして自由自在の境地に達するのである。≫

 (35~37頁)

 ――生長の家は、この清寂にして高速回転するコマのように、静中動、動中静――「風林火山(迅きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し)」の生き方なのであります。

 かく 「久遠の今」 に立ち、自由自在の境地で、清寂にして活気凜々、活機臨々たるすがたの無限歓喜の運動が始まりますように。


   (2017.1.3)

327 あけまして おめでとうございます。


 



 よい年でありますように、『聖経 続真理の吟唱』より、二つの祈りをお送りします。


   
住吉大神を顕斎殿に迎え奉るための祈り

 (招神歌四首朗誦の後、次の如く祈る)

 龍宮実相世界の本宮にまします住吉大神の御前に《ここへ各人の姓名をとなえる》畏
(かしこ)みかしこみも祈り奉る。

 大神よ、龍宮の本宮より出御
(しゅつぎょ)ましまして、大神の稜威(みいつ)をあらわし給いて、現(うつ)し此の世の迷いの雲を祓(はら)い給いて、宇宙いよいよ清まりて、日本国の聖なる実相を顕現.せしめ給え。天照大御神(あまてらすおおみかみ)の大御光(おおみひかり)を岩戸の彼方(かなた)に幽閉することなく、その大御光をあまねく六合(りくごう)に照り徹(とお)らしめ給え。すめらみことの身に恙(つつが)なく憂えなく、その御徳いよいよ冴え輝きて、此の世の人々悉くその光を仰ぐことを得せしめ給え。

 凡
(およ)そ“悪”と見ゆることは、実は“悪”が存在するにはあらずして、天照大御神の御光がいまだ其処(そこ)にあらわれざるという消極的な姿にてあれば、天照大御神、天之岩戸より姿をあらわし給うならば、光が必ず闇を消すごとく、此の世のすべての暗雲と不浄と争いと戦いと混乱と騒擾とは消え去りて、あとかたも無く、光あまねく人生の隅々までも射貫ぬきて、一切の禍(わざわい)と不幸とは此世よりその姿を消し去ること必定(ひつじょう)なり。今より後、人類に悲しみなく、歎きなく、苦しみなく、ただ喜びのみに満たされて、人生の不幸ことごとく消え失せん。

 住吉
(すみよしの)大神、龍宮実相の本宮より出でまして、尽十方(つくし)の光明遍照(ひむか)の、竪端(たちはな)の音霊(おと)のひびきにて宇宙を浄化したまう時熟しぬ。

 竪端の音のアハギが原とは“今此処”の祓
(はら)いの事であるのである。即ち迷いをハギ取り実相の完全さを開顕するための言霊(ことたま)五十音配列の竪(たて)の端(はな)にある“アオウエイ!!”の母音が唱えられる場所のことであるのである。発声の語尾にアオウエイの音霊(おんれい)をつづけるとき、宇宙のすべての言葉は浄まりて、一切の災いも、病いも、悲しみも、悩みも悉く雲散霧消(うんさんむしょう)して、住吉大神の御光(みひかり)あらわれ、一切の“悪”と見えるものは消え去り、すべての妖雲(よううん)はその姿を消し、今まで覆われていましたる天照大御神の大御光は白日となって六合(りくごう)に輝り渡り、万物・万生(ばんしょう)ことごとく、その光を受けて、暗黒は消え、禍(わざわい)は滅し、病いは癒え、争いはなくなり、まことに天国浄土を今此処に顕現するのである。

 そのゆえに我れ今“竪端
(たちはな)の音霊(おと)”を大神の光を迎え奉るコトバの力として恭(うやうや)しく唱え奉る。(朗らかに高音にて次の如く朗吟する)

  アー、オー、ウー、エー、イー!!
  アー、オー、ウー、エー、イー!!
  アー、オー、ウー、エー、イー!! (三回)

 (かくて宇宙浄まりて天照大御神の大御光輝くことを心に瞑視しながら、“みすまるの歌”を次の如く朗誦すること二回)

 天照
(あまてら)す御親(みおや)の神の大調和(みすまる)の生命射照(いのちいてら)し宇宙(くに)静かなり。


   
天地一新、地上天国実現の祈り

 天地一新の時が来たのである。陳
(ふる)きものはすべて過ぎ謝(さ)り、新しき生命の曙(あけぼの)が訪れて来たのである。悲しみの天地は既に姿を没し、新しき天地には悦びの讃歌が満ちみち、われら真理の光に照らされて繁栄の道を歩む。真理の燈火(ともしび)わが手にありて行く手を照らす。光の進むところ暗黒は自然に滅し、生命のかげりは消え、蘇生(よみがえ)りの若葉いたる処に生い繁り、雲の行き交(か)いは青空に美しき波紋を描いて此の世界に風情を添え、“生命の不死鳥”高く翔(かけ)りて真理の歌を唱う。そのひびき全地にひろがり、十方に反響(こだま)して真理の交響楽となる。

 それを聴くもの、すべて生命の力を回復し、盲人
(めしい)は見ることを得、唖(おうし)は物言うことを得、いざりは起ちて歩き、病みし者その臥床(ふしど)を棄て、全地にひろがる真理の交響楽と共に、真理の讃歌を合唱す。

 “生命の不死鳥”の声、更に朗々として天地に漲
(みなぎ)りて真理を唱う。その声すき徹りて遮る者なし。その唱う真理は聾者(ろうしゃ)にも透徹し、煉獄(れんごく)にも地獄にも反響(こだま)し、迷える罪人も、その罪の境涯より脱することを得て、自己が“神の子”なることを自覚し、煉獄も地獄も天国に変貌し、穢土(えど)と見えたる世界ことごとく浄土と化す。既に餓鬼、畜生、阿修羅(あしゅら)の如き執着(とらわれ)の境涯にある者なし。争いは止み、戦える兵士(つわもの)どもは剣(つるぎ)を収め、銃を棄て、昨日の敵は既に味方となりて、互いに“神の子”の兄弟姉妹なることを自覚して睦び合う。歓喜の声、交響(こだま)して美しき渦巻となる。

 歓喜の声地上に満ち、神を讃うる声高く高く舞い昇る。その声、天界に達すれば、諸々の天人、天上楽を合奏して天女、天童、それぞれの美しき羽衣の装いをつけ、空に満ちて麗
(うるわ)しき天界の舞いをまう。

 天女、天童の羽衣、空に舞いてひろがれば、その袖より真理の花びらさんさんとして地上に降り来る。その花びら赤く輝き、黄色に照り、五彩・七彩の光を放ちて空中に舞い、地に達すれば青玉
(せいぎょく)、紅玉(こうぎょく)、黄玉(おうぎょく)、紫玉(しぎょく)、碧玉(へきぎょく)等の宝珠(ほうじゅ)となって大地を厳飾(ごんじき)す。まことに大地は“神の子”たちを飾るにふさわしき宝珠みつる世界なのである。

 この光景、単に夢にあらず、幻にあらず、われら真理にめざめ、心一転回して世界の実相を観れば、この光景まことに実にして虚ならざることを知るのである。

 われら心、いま一転すべき時が来たのである。既に時熟して、われら既に心一転したのである。心一転すれば世界が変貌し、地上に天国が如実
(にょじつ)に顕われるのである。神言い給う 「事既に成れり、この浄土の厳浄(ごんじょう)を見よ」 と。われら今、新たに生まれ、過去の一切の穢(けが)れ浄まり、われら神の子たる真理を悟り地上に天国の生活を実現し得たり。深くふかく神に感謝し奉る。ありがとうございます。


   (2017.1.1)

326 靖国神社参拝は、当然の務めである


 稲田朋美防衛相が29日、靖国神社を参拝したことが報ぜられました。安部総理の真珠湾犠牲者慰霊訪問に同行し帰国した翌日です。よく参拝してくださった、と私は称讃感謝したいと思います。

 これに中国・韓国が理不尽ないちゃもんをつけたのはいつものことですが、日本の“有識者”やマスコミまでが例によって外国の反応を過大に取りあげ、「隣国を刺激するのはよくない」 というのはどうでしょうか。外国に怒られるから靖国神社に参拝するな、怒られないなら参拝してもよい、というのでしょうか。

 『「カエルの楽園」が地獄と化す日』 に、次のような発言がありました。(抜粋)

百田 日本は戦争に負けてもいいから無抵抗を貫こう、という人が大勢います。一体これはなぜかと考えるに、日本が七十年前、戦争に負けて米軍に占領された時に大虐殺が起こらなかったからではないか、と。
 もし七十年前、アメリカの占領軍に多数の日本人が虐殺されていたら、日本人も国を失うことがいかに怖ろしいことか、肌身に染みてわかったはずですが、現実はそうなりませんでした。

石平 アメリカは食料を運んできて日本を飢餓から救い、平和憲法までくれた、負けてよかった! というのが日本人の内なる声ですね。とくに、左翼的な知識人はそう思っているでしょう。

百田 アメリカ軍はなぜ日本人を大量虐殺しなかったかの理由は、非常に難しいし、異説もあると思いますが、私は戦争最後の半年間における神風特攻隊の存在が大きかったと思うんですよ。
 この国民はいざとなったら命を捨てて顧みない、日本人は死ぬまで立ち向かってくる。もし占領後に強烈に弾圧したら、この国の人間は死ぬまで抵抗してくる、という恐怖感があったと思うんです。

石平 たしかにそうですね。特攻隊の活躍のおかげで、日本を占領しても、日本人の心を変えられなければ、彼らはいつでも立ち上がって逆襲してくる、一億全員が特攻隊になりかねない、アメリカはそれを一番恐れていたわけですが、なぜか日本人自身がそのことをわからなくなっている。特攻隊の人々が尊い命を捧げたからこそ、虐殺されなかったんだ、ということが。

百田 特攻隊の人たちはアメリカを心底怖れさせたと思っています。そして、硫黄島やペリリュー島で全滅するまで戦い抜いた兵士たちが戦後の日本を救った、と私は思っています。≫


 ――私も、それはあると思います。特攻隊の人たちが、戦後の日本人を虐殺されることから救った。そして今日の、日米の劇的な和解・協力のすがた――
≪「リメンバー・パールハーバー」 を、「真珠の輝きに満ちた、この美しい入り江こそ、寛容と和解の象徴」 として 「世界中の人々が記憶し続けてくれることを……」≫――へと、導いてくださった。

 だから、真珠湾慰霊の旅の後で、靖国の御魂に感謝し、「未来志向に立って、しっかりと日本と世界の平和を築いていきたい」 との思いで 参拝されたということは、まことに時宜に適った、当然のことであり、私も靖国の御魂にあらためて感謝の誠を献げます。そして稲田防衛大臣の参拝には、感謝称讃をしたい。諸外国の危惧には、忍耐強く時間をかけて、まごころで説得できるよう、私たちも協力してまいりたいと思います。


   (2016.12.31)

325 『大和解』 は、できる


 今日は、はや12月30日。平成28年(2016年)も残すところあと一日になりました。

 今年、小学生時代以来70年ぶりに再会を果たした友人に、今日は手紙を出しました。それをご紹介したいと思います。

 私の小学生時代の同級生、優等生だった友人で(私は優等生ではなかった)、その後彼は転校したため約70年間つきあいがなかったT君は、京大を出て教師になり、有名私立中高一貫校の校長を長く務めたあと、退職してから不登校児のためのフリースクールにボランティアで約十年間奉仕したという経歴を持つ。だが彼は、憲法九条の会の世話役も務めた、現憲法擁護派で、私とはおよそ対極的な信念の持ち主です。

 しかし、2年前にふとしたことから、長文の手紙のやりとり・著書の交換(彼は歌詠みで歌集・エッセイ集などがある)が始まり、今年11月に70年ぶりの再会を果たしました。そのT君への手紙です。

             ○

≪ T君

 今年は11月に福岡で貴兄にお会いできて嬉しかった。市内を案内していただき、ご馳走になり、お土産まで頂戴しました。ありがとう。お礼が遅くなりました。
 そして、お手紙、資料を送って頂き、たしかに拝見しました。お返事、お礼が遅くなって申し訳ないです。お許しを乞う。

 11月に愛媛から福岡経由で山口への旅にも連れていった娘は、身体障害と精神障害があり、その後ちょっと調子が悪化して、入院させました。

 でも、同封したコピー資料 「人生をどう生きるのか」(雑誌『致知』より)の後半に 「無駄な草、つまり排除すべき草はない……人生も一緒で、苦しいこと、嫌なことがいろいろとあったとしても、『この出来事にも何か意味があるんだ』 と受け止めて味わっていくことが大切なのではないでしょうか」 とある。僕も、困難にも感謝し、すべての人にも事にも完全な神が宿っていることを確認しながら対処して行きたいと思ってます。娘も本来完全な神であると。

 さて、中村メイコさんが 『人生のしまいじたく』 という本を出して、面白いと好評を得ているようです。僕は読んでいませんけど。彼女は僕らより少し若いんじゃなかったかな。で、僕らも83歳だから、まだまだこれからだと思う一方、人生の終い支度も意識して行くべきかなと気がついた。

 僕は、高校2年から3年になる間の春休みに、人生の転機があった。不思議な、自己心内の体験で、いのちが躍動し、それから生き方が、世界が一変した、霊的な体験です。

 前述のコピー資料前半の対談で、曾野綾子さんが、60年以上小説を書き続けているとおっしゃってますが、僕はけっきょく高校3年になる昭和26年(1951)春から60年以上にわたって、「上述の心的、霊的体験はいったい何だったのか」 を追究しながらやって来たと思います。

 そうした中で、学生時代、昭和28年(1953)秋に「生長の家」創始者谷口雅春師にお目にかかり(その前から 『生命の實相』 の本は読み込んでいた)、その 「生命の実相哲学」、生長の家の 「万教帰一」 の宗教思想が最高の哲学であり、生き方であると信じるに至って、それを60年以上にわたり貫いてきました。僕の立っているところは、谷口雅春師が説かれる 「久遠の今」 であり、全ては 「久遠の今」 から発したものであると信じています。(谷口雅春先生御講義「久遠の今」のDVDを前にお送りしたことがあると思います)

 「久遠の今」 というのは、現象認識の形式である時間も空間も生み出した元のところ、一切の現象がそこから発した根源の 「今」 であり、すべてが 「一つ」 でありながら無限の個性を包有し調和している世界であり、そこから無限を次々に映画のように時空のスクリーンに映像
(かげ)を映し出しつつあるのが、五官(眼耳鼻口皮膚)で認識できる現象世界である。現象は本来ない、映像(かげ)に過ぎない。影に振り回されることなく、中心なる 「久遠の今」 に立って、全てを支配する王者の自覚をもって、キリストが弟子の足を洗ったように、すべてに奉仕する喜びの生活が、「神の子」 の生き方、仏教的に言えば仏・菩薩の生き方である。キリストも、釈迦も、外にはあらず、わが内にある。本来自分が永遠のキリストなのであり、如来であり釈迦であり、死なないものである。――という生長の家の教えを、僕は信じているわけです。いつもそれが実行できているわけではありませんが。

             *

 しかし、残念ながら、現在三代目の谷口雅宣総裁は、それを説かないで、現象を 「あり」 とし、現行憲法を擁護する、左翼的な指導をし、安倍政治を批判し、それを信徒に押しつけようとしている。それは、立憲主義・民主主義にも反することではないかと、僕は生長の家の組織会員につながっていながら、抵抗しています。貴兄の信念は、生長の家三代目総裁の信念に近いものだと思われます。しかし、僕は違います。いろいろあっていいのではないでしょうか。どう思われますか?

 12月に入ってから、インターネット上の僕のウェブサイト(ホームページ) 「みすまるの珠」 に書いて発表してきた、「『“人間・神の子” は立憲主義の基礎』 を論駁す」 シリーズを印刷し冊子にしたものなどをお送りします。読んでみて、ご批判があればありがたく受けたいと思います。

 では、2017年もお互いに元気で、また会って忌憚のない意見交換ができることを願ってます。よい年でありますように。

     平成28年12月30日 ≫


     ==================

 さて12月27日、安部総理はハワイ真珠湾を訪れ、75年前の旧日本軍による攻撃の犠牲者を追悼するアリゾナ記念館で献花した。その後での演説は、感動的だった。その後半部分をここに掲げます。

             ○

【安倍首相の演説 後半部分】

≪ 昨日、私はカネオヘの海兵隊基地に、1人の日本帝国海軍士官の碑(いしぶみ)を訪れました。その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのをあきらめ、引き返し戦死した、戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。彼の墜落地点に碑を建てたのは、日本人ではありません。攻撃を受けていた側にいた、米軍の人々です。死者の勇気をたたえ、石碑を建ててくれた。

 碑には祖国のため命をささげた軍人への敬意を込め、「日本帝国海軍大尉」と、当時の階級を刻んであります。

 The brave respect the brave.
 「勇者は、勇者を敬う」

 アンブローズ・ビアスの詩は言います。戦い合った敵であっても、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。そこにあるのは、アメリカ国民の寛容の心です。

 戦争が終わり、日本が見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいた時、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、アメリカ国民でありました。皆さんが送ってくれたセーターで、ミルクで、日本人は未来へと命をつなぐことができました。

 そして米国は、日本が戦後再び、国際社会へと復帰する道を開いてくれた。米国のリーダーシップの下、自由世界の一員として、私たちは平和と繁栄を享受することができました。

 敵として熾烈に戦った、私たち日本人に差しのべられた、こうした皆さんの善意と支援の手、その大いなる寛容の心は、祖父たち、母たちの胸に深く刻まれています。私たちも覚えています。子や孫たちも語り継ぎ、決して忘れることはないでしょう。

     *

 オバマ大統領とともに訪れた、ワシントンのリンカーン・メモリアル。その壁に刻まれた言葉が私の心に去来します。

 「誰に対しても、悪意を抱かず、慈悲の心で向き合う」。

 「永続する平和を、われわれすべてのあいだに打ち立て、大切に守る任務をやりとげる」。

 エイブラハム・リンカーン大統領の言葉です。私は日本国民を代表し、米国が、世界が、日本に示してくれた寛容に、改めてここに、心からの感謝を申し上げます。

     *

 あの 「パールハーバー」 から75年。歴史に残る激しい戦争を戦った日本と米国は、歴史にまれな、深く強く結ばれた同盟国となりました。それは、いままでにもまして、世界を覆う幾多の困難に、ともに立ち向かう同盟です。明日を拓く、「希望の同盟」です。

 私たちを結びつけたものは、寛容の心がもたらした、the power of reconciliation、「和解の力」です。私がここパールハーバーで、オバマ大統領とともに、世界の人々に対して訴えたいもの。それは、この和解の力です。

 戦争の惨禍は、いまだ世界から消えない。憎悪が憎悪を招く連鎖は、なくなろうとしない。寛容の心、和解の力を、世界はいま、いまこそ必要としています。憎悪を消し去り、共通の価値のもと、友情と信頼を育てた日米は、いま、いまこそ寛容の大切さと、和解の力を世界に向かって訴え続けていく任務を帯びています。日本と米国の同盟は、だからこそ 「希望の同盟」 なのです。

     *

 私たちを見守ってくれている入り江は、どこまでも静かです。パールハーバー。真珠の輝きに満ちた、この美しい入り江こそ、寛容と、そして和解の象徴である。

 私たち日本人の子どもたち、そしてオバマ大統領、皆さんアメリカ人の子どもたちが、またその子どもたち孫たちが、そして世界中の人々が、パールハーバーを和解の象徴として記憶し続けてくれることを私は願います。

 そのための努力を、私たちはこれからも惜しみなく続けていく。オバマ大統領とともに、ここに、固く誓います。ありがとうございました。≫


             ○

 ―― 「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」 “Remember Pearl Harbor” は、かつて米国民が日本に対する憎悪と復讐心をかき立てるために使った言葉である。それを、「世界中の人々が、パールハーバーを和解の象徴として記憶し続けてくれるように」 と、マイナスをプラスに180度転換してしまう――これはすごいことだ、と私は思います。

 ところが、立教以来 「和解と感謝」 を説き続けてきた生長の家が、今は分裂して戦争しているように見える。しかし、これはより大いなる感動的和解と協力へのステップなのだと、私は信じます。そんなこと、今は不可能だと思えても、できないことはないと思うのです。日米の大戦争だって、75年たって大和解と協力態勢ができたのですから。

 しかし、そうなるためには、迷いと迷いとが相撃って自壊する過程が必要なのかも知れません。私は、その自壊作用が少しでも和らぐように、今言うべきことを言い、為すべき事を為して行きたいと思います。ありがとうございます。

 来たる年が、希望に満ちた年となりますように。


   (2016.12.30)

324 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(12)


    
 天照大御神も、武装する


 今日は、天皇陛下満83歳の御誕生日。NHKテレビ番組 「皇室この一年」 を、感銘深く拝見。日本にこのような天皇陛下がいらっしゃる、このような皇室が存在するありがたさに、幾たびか、涙の出る思いをしました。

 いま、世界中の人々がうらやむ、政治的にも経済的にも安定し、治安がよい――というと異論もあるでしょうが、現実の世界のなかで客観的に見て、比較上抜群の安定を保っている国だと思います――この国のすがた、国体を守り抜かねばならぬという決意、覚悟を新たにしました。

 ここで、12月7日から11回にわたり(今日で12回目)書いてきました、「『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』 を論駁す」 のまとめと補足をして、終えたいと思います。


      ま と め ・ 補 遺

1.誤れる 「立憲主義」 は国を亡ぼす


 現行日本国憲法は、「帝国憲法」 を改正したものだというのは欺瞞であり、日本が占領下にあって主権が制限されていた時にGHQによって作られた。天皇大権が占領軍の隷属下にあった占領期間中の改憲は 「摂政を置くの間之を変更することを得ず」 という帝国憲法の条項に違反している。この、正統性のないニセ憲法によって政府を縛るのが 「立憲主義」 というのは、根本的な誤りである。

 世界中で、成文憲法が先にできてしかる後に国家が成立したという国は一つもない。成文憲法以前に不文憲法というべき国の成り立ち、かたち(Constitution)があり、それを成文化したものこそ、正統な憲法(Constitution)と言える。現行憲法は、それを無視した非立憲的(Unconstitutional)なニセ憲法である。

 天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体国家なるわが国は、成文憲法が制定される以前から存在し、天皇は征服支配者ではなく、国民は被征服者ではない。君主と人民が対立し権力争奪の戦いをしたような国とは違うのである。君は民を 「おおみたから」 として尊重し愛したまい、民は 「大君は神にしませば」 と天皇を尊敬し愛して、君民一体の 「和」 のこころによって成立している国である。

 なにも欧米の民主主義が絶対的な理想ではない。日本独特の歴史・文化を尊重し守り、発展させて行くことこそ、世界平和に貢献できる最も素晴らしいことである。

 現行憲法の前文・第九条などは、日本を占領下に置いて隷属させ、米国が日本を外敵から守ることを前提に書かれたものであり、「平和を愛する諸国民の公正と信義」 などというのは絵空事。
 今日の国際社会が 「専制と隷従圧迫と偏狭を永遠に除去しようと努めて」 いるか。むしろ、「専制と隷従、圧迫と偏狭」 はますますひどくなっていることは、北朝鮮や中国の所業、欧米・中東におけるテロを見れば明らかではないか。

 正統なる憲法を回復した時、はじめて 「立憲主義」 が正しく確立する。誤れる 「立憲主義」 は、国を亡ぼす。
国が滅んでは、「神の子」 は存在し得ない。


2.天照大御神の御心たる 「清明心」 が日本民族の精神的特性

 太古、神話時代以来の日本民族の精神的特性は、「清らけき明らけき心」 「素直な心」 「無私の精神」 である。そして、天地自然を人間と対立する存在ととらえず、自然を神としてまつり拝ろがむ信仰生活を生んだ。山も、岩も、樹木も、川も、海も、神としてまつり拝んだ。日本人には、自然を征服し掠奪すべき敵とするような思いはない。だから、日本の心を広めることによって、おのずから世界の環境問題も好転し、平和が実現して行くでしょう。

 「清明心」 は、鏡の心であり、太陽の心であり、天照大御神の御心である。この精神が、「主体性」 を喪失せずに 「無私」 の態度で一切を包容摂取するということを為し得て来た原因であろう。

 「鏡」 は、天照大御神の 『神勅』 に 「吾が児、この寶鏡
(みかがみ)を視まさむこと、当(まさ)に吾を視るが如くすべし」 とある。鏡のように明らかに山川海原を知ろしめし統べ治められるお方が、天照大御神のご子孫なる日本天皇なのである。

 しかし、その
天照大御神も、武装なさった。

 天照大御神は、伊邪那岐命
(いざなぎのみこと)から 「高天原(たかあまはら)を治(し)らせ」 と言われて、神の国・大宇宙 高天原をお治めになっていた。弟の須佐之男命(すさのおのみこと)は、「海原(地上)を治らせ」 と言われたけども、それをしないで泣いて……高天原の天照大御神のところに向かう。『古事記』 にいわく――

 
《ここに速須佐之男命(はやすさのをのみこと)(まを)したまはく、「然らば天照大御神に請(まを)して罷りなむ」とまをしたまひて、すなはち天(あめ)に参上(まゐのぼ)ります時(高天原においでになった時)、山川悉(ことごと)に動(とよ)み(ゆれ動き)国土(くにつち)皆震(ゆ)りき(地震のように大地がゆらいだ)》

 と。そのとき、

 
《ここに天照大御神 聞き驚かして、「我が那勢命(なせのみこと)の上(のぼ)り来ます由(ゆえ)は、かならず善(うるは)しき心ならじ(須佐之男命がここに来るということは、善い心ではないのではないか)。我が国を奪はんと欲(おも)ほすにこそ」と詔(の)りたまひて……》

 それで御髪をお解きになって、男装をして、背中には矢を負い、弓を持って、たくましく大地を踏みとどろかした。沫雪
(あわゆき)が振り飛ぶように踏みとどろかして、「いつの男建(おたけび)蹈みとどろかして」 待っていた。――というふうに書かれているわけです。

 すなわち、天照大御神と須佐之男命はご姉弟であって、本来敵対心を持ってはいないけれども、須佐之男命が高天原すなわち神の国を奪おうという野心を持ってやってくるのではないかと思われたときには、天照大御神も男装し武装をして、「そんなことは許さぬぞ」 と 「いつの男建(おたけび)蹈みとどろかす」。これが大切なところです。

 日本人も中国人も、本来神において一体の兄弟姉妹である。しかし、中国が日本を奪おうというような野心を感じさせたら、武装して 「いつの男建
(おたけび)蹈みとどろかす」。それが大切です。

 同時に、古事記神話で天照大御神はその御髪にも御鬘
(かずら)にも、八尺勾璁(やさかのまがたま)の五百津(いほつ)の 「みすまるの珠」 をまとっておられた。それについて谷口雅春先生は、

≪……というのは、天照大御神の御天職が表現されているのであります。“珠”というのは“霊(たま)”の象徴であり天照大御神の神霊の天職は八尺勾璁のようだというのであります。

 八尺
(やさか)というのは、“弥栄”であります。“いよいよ栄える”という意味、マガタマというのは真輝魂(ま・が・たま)であり真に光輝燦然たる魂だという意味。五百津(いほつ)というのは “五百(いほ)つづき” 即ち 「数多く」 ということであります。数多くの国々の魂を一つに連珠のようにつなぎ合わせて “統(す)める丸める魂” をもっていられるというのが 『みすまるの珠を纒(ま)き持たして』 であります。

 このみすまるの珠は、一つ一つの珠を壊さないで、それを生かしながら、互い互いの連関に於いて其の美が顕揚されるのでありまして、天照大御神の御天職は、世界の国々をつぶしてしまって一つの団子のようにまとめるのではなく、それぞれの国々の特徴を生かしながら、互いにそれぞれが敵対することなく、各々の美が顕揚されるように世界連邦的な統一をせられるのが御天職であり、それはとりも直さず、日本国の使命なのであります。≫


 と説かれているのであります(『古事記と現代の預言』165頁)。

 この日本の理想は、まさにブックレット 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』 (「冊子・立憲主義」)75頁に引用されている谷口清超先生のご文章

≪……と同時に 「多」 者が全ての意味で尊重され、その個人の主体性が礼讃されるのだ。「多」 が 「一」 に於いてまとまり、宗教的にも様々な団体が現れていながら、お互いに他を傷つけ合うことなく 「一」 なる真理を伝えようとするのである。

 そこには一個が一個として孤立し、他を圧迫するということがないのは、「一仏一切仏」 の原理の展開だからである。≫

 の理想そのものであります。日本の理想は神の国、仏の国の理想であります。

 しかし、それは武装を否定するものではありません。

 私は、安倍政権がことさら 「対外危機をあおっている」 とは思いません。世界の現状をありのままに見て、至極当り前のことを言っていると思います。

 「冊子・立憲主義」 の74頁に、

≪ 生長の家は、一人ひとりの基本的人権の保障を目的とし、権力の分立を不可欠とする立憲主義を支持します。それと同時に、人々の自由を認める民主主義を大切だと考えます。……なぜなら、一人ひとりの主体的で自由な選択が “神の子” の良心の表現となることによって、民主主義が善き社会の実現につながることを目指しているからです。≫

 と書かれています。それならば、
「安倍政権は立憲主義を否定し、独裁への道を拓く恐れがある」 と決めつけて、信徒一人ひとりの 「主体的で自由な選択」 を認めないような指導は、即刻やめていただきたいと思います。


3.すべての生命が神において兄弟姉妹であるということ

 「すべての生命が神において兄弟姉妹である」 ということは、「八紘為宇」(八紘を掩いて宇
(いえ)とせむ)という日本建国の理想、神武天皇建国の宣言にも宣べられていることである。(いえ)は家であり、宇宙であり、宇宙のすべてが一つの大生命、神から生まれ出た生命の兄弟姉妹である、だから抱き合い睦み合い、中心帰一の調和ある世界にしようという理想なのである。

 この理想が日本人の心――潜在意識にしっかりと植え付けられているから、日本人はベートーヴェンの第九交響曲が大好きで、年末になると各地で盛んに第九が演奏される。世界で日本人ほど第九が好きな民族、国民はいないという。第九交響曲の第4楽章 合唱の歌詞は、ご存じのように 「みんな一つの生命から出た兄弟だ、抱き合おう、よろずの人々よ。兄弟よ、この星空の上に、われらの愛する父がいますのだ」 というシラーの詩を大合唱で歌うわけです。(#169#171 をご参照下さい)

≪生長の家の“人間・神の子”の教えでは、自己利益のみを考えるのではなく、他の人の利益を思い、さらに人間だけでなく、他の全ての生物のことを考えた投票行動や意見表明を行うことが大切だと考えます。≫

 と 「冊子・立憲主義」 に書かれていますが(71頁)、もっと言えば、「他の人」 というのはない。すべては自分、自分ばかりだ――ということでしょう。聖経 『真理の吟唱』 には、次のように書かれています。

≪神において一体であるところの人間にとつては、「他の人」 というものは本来あり得ないのである。「他の人」 とみえている人たちもことごとく自分自身に過ぎないのである。≫「万人の福いを招く祈り」より

≪わが内に宿る神の生命と、一切の他者にやどる神の生命とは、全く同じき神の生命であるのである。……されば仮りに “一切の他者” という語をもってしたけれども、決して実相において 「他者」 なるものは存在しないのである。他者は何一つ存在しないのであって、すべてのものは自分の生命の兄弟姉妹であり、自分の生命の分れであり、自分と一体なのである。それを称して “自他一体” と称するのである。≫「天下無敵となる祈り」より

 ――そこにこそ、死なないいのち、神の子のいのちがある。同時に、

≪あなたは、他に類型のない独得な存在であり、かけがえのない絶対価値の存在であるのである。≫(『新版栄える生活365章』141頁。「冊子・立憲主義」より孫引き)

 だから、信徒一人ひとり、“神の子” の 「主体的で自由な選択」 によって、自由な政権選択をすべきだと思います。

 私は、安倍政権を支持します。

 日本は豊かで、経済的なパワーがあり、テクノロジーもある。それでいて、軍事的には自制心がある。決して軍事力で暴走するようなことはないと信じます。

 「日本の心は、世界に通じるようになっている。そしてこれから発展する国は、日本の心が通じ、『日本に感謝する国』 である」 と日下公人氏はいう(『いよいよ、日本の時代がやって来た!』 エピローグ)。

≪タイの元首相のククリット・プラモート氏(1911~1995年、1975~76年首相)は、

 「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体を損なったが、生まれた子どもはすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。それは、身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである」

 と語っている。

 こうした声は昔からあったが、このように日本への評価はいよいよ高まっている。

 最近では、インドネシアで日本語を学ぶ大学生たち500人が、2011年5月に日本のためにつくった歌 「桜よ ~大好きな日本へ~」 を東日本大震災の被災者のために合唱し、YouTubeに投稿して 「日本頑張れ」 のメッセージを送ってくれたということもあった。

 その 「桜よ ~大好きな日本へ~」 の歌詞を次に載せておこう。

桜が心に残るのは 人肌に似ている
桃色のせいだと みんな知っている
桜の命がいとしいのは わずかで散り落ちる
はかなさのせいだと みんな知っている
桜を誰かと見たいのは この花のやさしさを
分かちたいせいだと みんな知っている
桜よ 咲き誇れ 青空を背にして咲き誇れ
桜よ 咲き誇れ 星空に浮かんで咲き誇れ
みんなで笑える 歌える 抱き合える 生きていける
この花が咲くたびに 重ねる思い出
何かを 失う寂しさ あきらめる悲しさ
でも春は来る 来年も その先も ずっと先も
桜よ 咲き誇れ 日本の真ん中で咲き誇れ
日本よ 咲き誇れ 世界の真ん中で咲き誇れ
私よ 咲き誇れ この道の真ん中で咲き誇れ
桜よ≫


     * * * * *

 私は、現生長の家教団の組織に所属する聖使命会員です。

 教団の方針に異論があるなら、退会すればよいではないかと言われるかも知れません。しかし、私は退会しません。

 生長の家総裁と教団の現在の“暴走”(だと私は思います)は、私に責任がある。私がかつては 「総裁に中心帰一しましょう」 と先頭に立って叫んでいた。それが現在のこの暴走を招いた一因になっているのでは――という思いがあり、その罪ほろぼしをしないままで退会するわけにはいかない、と思うからです。私は教団組織の聖使命会員として、自分の信ずるところを、まごころをもって言い続けます。

 よろしくお願い申し上げます。

   (2016.12.23)

323 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(11)


 ――私は、「信仰の自由」 を大切にし、自分の良心にしたがって、現行憲法(立憲主義に反する、独立国の憲法とは言えないもの)の全面改定こそ、世界を秩序ある平和に導くものだと信じ、安部政治を支持します。


 昨日 #322 で、中国は前大戦の戦中戦後、どさくさに紛れて手に入れたチベットやウイグルで、人々の人権・自由を奪い、圧制に対して抵抗する者を徹底的に弾圧して身の毛もよだつ残虐行為を繰り返してきたことを書きました。

 その中国はいま、「核心的利益」 という言葉を使って、尖閣を取ると宣言しています。いままで 「核心的利益」 という言葉を使ったのはチベットとウイグルと台湾。つまり中国にとって、この言葉を使うエリアというのは自国領土であり、何があっても奪い取るという――そんな領土拡張の野心に、平和主義を唱える日本の左翼マスコミが完全な後押しをする――それが今の日本のすがたである。

 『「カエルの楽園」が地獄と化す日』 (百田尚樹・石平共著)では、次のように言っている。

   
“無理心中” は、やめて

石平 本人が(自分の信念を貫いて)殺されるのはかまいませんが、それを周りに強要するのは困るんです。自分の信念を他人に強制しないでほしい。あなたが殺されたいなら勝手にそうすればいいけれど、国家・国民全体を語る時にその議論を持ち出して自分と同じ考えになれ、というのはあり得ません。1億2000万人の日本人がみな殺されることになっても諦めるしかないというのは、カルト宗教でしょう。

 百田 「私は死にます、みんなで一緒に死にましょう」――自分の信仰を人に強制しないでもらいたい。これは言い換えれば、無理心中です。

 石平 自分たちの生き方が正義であり、素晴らしい理念だと信じ込むと、みんなこれを守らなければならない、と勘違いしてしまいます。結局、「カエルを信じろ」 「カエルと争うな」 「争うための力を持つな」 というナパージュの 「三戒」 と同じことになりますね。

 百田 さらに言えば、現実感、リアリティがない。本当は頭のどこかで、まさか殺されることはないだろう、と思っているのでしょう。現実を知らなさすぎます。心の底では、白分の娘が凌辱されるとは思っていない。想像の世界で、美しい理想論を述べているだけです。ただし、そういう空虚な平和主義しか発言を許されないのが、日本のいまのテレビ界なのです。≫


 ――と。

 その 「日本のテレビ界」 と生長の家教団が同様になっては困ります。

     * * * * *

 ブックレット 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』 (「冊子・立憲主義」)の41~42頁に

≪2.自ら敵を作り出す安全保障政策

 安倍政権は日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増していることを強調し、それを理由に 「抑止力」 を強化すべきことを力説してきました。しかし、安倍政権による 「抑止力」 の強化策は、強硬な姿勢に片寄っているという点で、却って逆効果となる恐れがあるのです。……≫


 という書き出しで、極めて“上から目線”の書き方、 「教えてやる。これを守れ」 と決めつけるような書き方がされていますが、これはまさに 『カエルの楽園』 ナパージュ国で、 「三戒」 ――

  一.カエルを信じろ
  二.カエルと争うな
  三.争うための力を持つな

 を、絶対善として押しつけ、結局国を滅ぼし善良なカエルたちを悲惨な地獄に突き落としてしまう、“デイブレイク” そっくりである。現実に目をつぶって 「中国の脅威はない」 と無視することを超え、「脅威を脅威と言ってはいけない」 と言論を統制するものだと思うのです。

  
※ “デイブレイク” (daybreak) は 「夜明け」 で、朝日が顔を出す頃。『カエルの楽園』 では 朝日新聞 のような反日左翼マスコミ・オピニオンリーダーたちを暗示していると思われる。

 「冊子・立憲主義」 の第3章で、「“神の子” の良心に基づく立憲民主主義を支持します」 とありますが、その 「“神の子”の良心」 とは、同書22頁に書かれているように、強制されたものではなく、自由に発現されたものでなければならないと思います。

生長の家では、「人間が自由であること」 をとても大切だと考えます。なぜなら、自由は “善” を実現するために必要不可欠なものだからです。たとえ外見上は善い行為であっても、それが権力によって強制されたものであれば、本当の意味で善を実現したとは言えません。なぜなら、そこには自由がないからです。

 谷口雅春先生は、「元来、刑罰が恐ろしくて善き行ないをする者は本当の善き人ではない。刑罰の有無にかかわらず、善を愛する心から善をなす者にしてはじめて真に善人ということをうるのである」 と説かれました。

 同様のことを、生長の家総裁・谷口雅宣先生は、次のように説かれています。

<ある所におっかないお父さんがいて、子供がいつもビクビクしている家庭があったとします。そんな家で子供が何でもハイハイとお父さんの言うとおりにやっていたら、そういう子を 「よい子」 と言えるでしょうか? 私は、言えないと思います。幼い時は、そんな環境が一時的に必要な場合があるかもしれないが、そんな状態が長く続いては子供の善性は開発されない。そうではなくて、「自由にしていいから、好きなようにやりなさい」 と言われた時に、自分で考えてとった行動が善い行いであった場合、本当の意味で 「よい子」 として認められる。(『生長の家ってどんな教え?』、124~125頁)>

 このように、「信教の自由」 あるいは 「信仰の自由」 が大切なのは、人間には 「善を表現する」 という本性があり、その本性が表現されるためには、強制によるのではなく、自由が認められるべきだからです。つまり、絶対価値を持った一人ひとりの個人が、何を信じ、どのような生き方を正しいと考えるかを、自由な選択によって主体的に決めることが善の実現に必要であり、そのような生き方ができることが、人間が “神の子” と呼ばれる理由なのです。


 
――私は、この 「信仰の自由」 を大切にし、自分の良心にしたがって、現行憲法(立憲主義に反する、独立国の憲法とは言えないもの)の全面改定こそ、世界を秩序ある平和に導くものだと信じ、安部政治を支持します。

 「現行憲法は立憲主義に反する、独立国の憲法とは言えないもの」 と断ずる根拠は、#297#298 に書いています。ご覧ください。


 <つづく>

   (2016.12.20)

322 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(10)


     
残虐行為を繰り返してきた中国


 『「カエルの楽園」が地獄と化す日』 (百田尚樹・石平共著)の中で百田氏は、17世紀フランスの 『ラ・フォンテーヌの寓話』 を引いて、次のように述べている。

≪ ある冬の寒い日のこと、農夫は凍えて死にそうな一匹のヘビを見つけます。彼は可哀想に思い、ヘビを拾い上げて自分の懐に入れてあげました。ヘビは温まるや元気を取り戻して、本性を顕わにして命の恩人に噛みつきました。農夫は今際の際にこう叫んだ。「おお、これも悪党に哀れみを与えた、当然の報いだ!」。

 ――つまり、この寓話が伝える教訓は 「助けてはいけない奴は、助けてはいけない」 ということ。私はこの話を読むと、戦後、日本が夥
(おびただ)しいODAで中国を援助してきた歴史を連想します。日本のおかげで経済発展をとげた蛇は、今、日本に噛みつこうとしています。≫

 と。

     * * *

 「中国」 とは、世界の中心・地球の真ん中にあって文化が華のように咲き誇っているという中華思想からのシナの呼称である。周辺諸民族を東夷・西戎・南蛮・北狄と呼んでこれを蔑視し侮った。東夷とは東方の野蛮人のことで、日本・満州・朝鮮などの民族を指し、西戎はチベットやトルコ系の諸民族、南蛮とはインドシナなど南海諸地方の民族を指し、北狄とは北方の野蛮人のことで、ウイグル・韃靼
(だったん)等の遊牧民族を指した。

 中国(シナ)の皇帝に朝貢する(貢ぎ物を献げる)属国の形式でしか外国の存在を認めず、世界各地の支配者はシナの皇帝の認可によってその地位と権力を認められる、とする。こうした中華思想には対等な外交関係はあり得ない。

 シナは、歴史的に見ると隋・唐・宋・元・明・清・中華民国・中華人民共和国等と次々に国名が変わった。しかし、「中国」 という名の国は、実はこの地球上に存在しない。

 (上記は、四宮正貴氏 Facebook の書き込みを参考に要約させて頂きました)

 しかし、ここでは中華人民共和国を通称として 「中国」 と呼んでおきます。

     * * *

 その中国で、漢民族が生息してきた中華の伝統的な領土は、いまの中国の領土の三分の一くらい。残りの三分の二は、あとから奪い取った領土だ(『「カエルの楽園」が地獄と化す日』)。

 そしてその中国(シナ)漢民族は、実に身の毛もよだつような残虐な殺戮行為を平気で繰り返してきた民族なのである。

 前大戦後、中国はどさくさ紛れに勝手に満州を中国領にしてしまった。戦中戦後のどさくさに紛れて、チベットも、ウイグルも、内モンゴルも手に入れる。

 チベット人は仏教徒で、誰の恨みも買っていないが、そのチベットで中国は身の毛もよだつ残虐行為をいまに至るまで繰り返している。


   
チベットで起きた虐殺と“民族浄化”

 石平氏のチベットの友人は次のように語っているという。

 
「侵略された国家というものは、ただ領土を失い、主権を奪われるだけでは済まない。

 チベット国民は、侵略者・中国によってすべての市民権が奪われた。移動の自由、言論の自由、信仰の自由、思想の自由、良心の自由、職業選択の自由、財産の自由、裁判に訴える自由などの基本的人権のほかに、政治的な基本権としての参政権、社会的な基本権としての結社の自由までも奪われてしまった。

 その過程のなかで、一時、母国語であるチベット語までも禁止された。人問の当然の営みとしての出産の自由までもが奪われ、強制的に中絶や避妊手術を受けさせられた。

 侵略者の圧制に対して抵抗する者は徹底的に弾圧され、1959年から1970年代末までの11年間に、約120万人ものチベット人が殺される事態となった」


 と。

 その過程で、チベット全域で虐殺が起こった。

 目撃者の証言によると、まず裕福な男たちが処刑される。その様子を見るよう中国人に命令された農民によれば、自分の村の 25人の男たちが磔にされ、その下には火が焚かれる。火は磔にされた男たちの身体に燃え移り、生きながらにして焼かれた。さらに彼は、24人が眼球にクギを打ち込まれて殺されるのを目撃したという。

 地域の富裕層、地主、指導者層を処刑していったあと、中国人はチベット仏教の僧侶を次々と処刑する。

 カム地方で最も有名な高僧の一人であるドゾルチェン・リンポチェは、四肢に杭を打たれて身動きできないようにされたうえで、腹を上から下まで切り裂かれた。

 60歳の牧畜業者は同じ村出身の活仏といわれる高僧が逮捕され、告発された場面を目撃。

 中国人は彼の髪を引っ張り、頭に煮えたぎる湯を浴びせかけ、死亡させた。また、もう一人の僧侶が撲殺される様子も目撃した。僧侶たちは大便を食べたり、尿を飲むように強制され、人々はその様子を見るように強要された。

 僧侶は生きたまま焼き殺されたり、生体解剖されたという証言もある。売春婦を連れてきて僧に性交を強要し、僧が拒否すると腕を叩き切られ、「仏陀に腕を返してもらえ」と嘲笑された。尼僧は繰り返し強姦され……

 「アデ・タプンツァン女史によると、彼女たちは刑務所で監視人に乱暴を受け、また、やってもいないことの自自を強要され、そのために手足を縛し上げて吊るし上げられ、下から煙で燻され、先を焼いた竹棒で乳房を打たれた。割れた竹の間に乳首が挟まり、もげた人も何人もいたという。また指先の爪の間に竹の楊枝を差し込まれたり、体内にかなりの電圧の電気棒を挿入されたりもした」(『中国が隠し続けるチベットの真実』ペマ・ギャルポ)

 ――こうした吐き気をもよおすような残虐行為の目撃証言が、これでもかこれでもかと同書では語られている。


   
新疆ウイグルで起きた虐殺・核実験と“民族浄化”

 1949年10月、中国人民解放軍は新彊に進駐し、ウイグルは共産党政権の実効支配下に入る。中国政府は1950年頃、新彊生産建設兵団を入植させ、漢族移住のモデルと位置づけると、1955年に新彊ウイグル自治区を設置。「東トルキスタン」 の独立の動きを弾圧する。

 数千万人の餓死者を出した“大躍進政策”は新彊ウイグル自治区でも飢饉をもたらし、1962年にはソ連国境地帯の住民約6万人以上がソ連領内に逃亡。1966年には自治区内に文化大革命が波及して、イスラム教への迫害が顕著になる。

 さらに毛沢東が原爆開発に成功した1964年から、中国共産党はほぼ毎年、新彊で核実験を行い、96年までの、32年間で中国は46回もの核実験を実施。

 放射能で新疆の水・大気・農作物が汚染され、住民のなかには60年代後半以降、原因不明の皮膚病や白血病が増大、新生児の奇形も続出したが、政府は無視し、原爆実験の影響や人体への後遺症について海外組織が調査することを許可していない。

 こうした状況のなか、1985年12月から、新彊各地で 「原水爆実験反対」 の大規模なデモが発生。それ以降、新疆大学などでウイグル人学生のストライキや民主化を求めるデモが多発するようになり、97年には民族差別反対デモをきっかけに武装警察との大規模衝突が発生。大勢の死者が出た(イリ事件)。運動は、当局によって徹底的に弾圧された。

 世界ウイグル会議議長で東トルキスタン独立運動のリーダー、ラビア・カーディルは1999年に身柄を拘束され、拘置所で実際に経験した人権蹂躙の実態を次のように証言している。

 「連れていかれた部屋の、壁を隔てた両方の隣室から、男の呻き声が聞こえてくるのに気が付きました。苦しそうな悲鳴に、拷問の残酷さが想像されて、全身が震え、血液が凍っていくのを感じました。」

 「それから大分たってから、一人のウイグル人青年が、瀕死の状態で私の前に連れてこられました。ついてきた一人の漢族が、『ラビア、おまえの民族英雄たちの顔を見ろ!』 と言い放ち、私が凍り付いていると、その男はまた 『右を向け』 と命令しました。恐る恐る目線を向けると、もう一人のウイグル人青年が、同じように地面に投げ捨てられていました。彼ら二人は、下半身ばかりが血だらけなのです。馬の尻尾の毛を陰茎に差し込む拷問があると聞いたことがあります」

「『おいっ、ラビア・カーディル。おまえの国を独立させてくれる英雄たちの最期の姿はこうだ』 と叫んだ漢族の公安は、『今日は二つのサンプルを見せたが、私たちは毎日こういうゲームを50人規模でやっている』 『すべてのウイグル人を殺したとしても、東トルキスタン共和国を成立させはしない』 と語りました」

 「『新彊』 の監獄では、政治犯なら撲殺しても平気だったのです。ここまで酷い扱いをされるのは政治犯だけでした」(『中国を追われたウイグル人』 水谷尚子)


     
虐殺で権力を握った中国共産党史

 日本人は中国共産党が、その草創期から権力の座に就くまで、どんな残酷なことを繰り返してきたか知らないのです。今日の中国は正義や義理や公正などまったくない別世界の国といっていいでしょう。

 共産党がどうやって政権を奪取したのか。目的達成のためには手段を選ばない、大量殺人によってです。概略を言えば――

 1930年、毛沢東が中心となり、中国共産党初の内部粛清が行われた。毛沢東は井崗山
(せいこうざん)という地方根拠地の一司令官にすぎなかったが、自分こそが党と軍の最高指導者になるべきと考え、彼自身をボスとして別系統の紅軍(共産党軍の別称)も支配下に置こうと策をめぐらす。まず、冤罪による大粛清で1万人以上の江西地方紅軍の党・行政幹部・党員を処刑。次に、全国すべての紅軍組織と革命根拠地で、毛沢東の考案した誣告と拷問と銃殺による粛清の手法が実行され、7万人以上の同志を虐殺。生き残りを編入した毛沢東は紅軍内の最大勢力を擁するに至り、「中華ソヴィエト共和国臨時政府」 を樹立、主席に納まる。以来、殺人者ほどよく成功するというのが、中国共産党の歴史の鉄則となったのである。

 日中戦争終結後の国民党軍との内戦でも、共産党は大量殺戮を伴う凄まじい作戦を展開した。たとえば1948年、長春に籠城する国民政府軍を5ヵ月間にわたって包囲した 「飢餓作戦」 では、33万人もの長春市民が殺された。日本でいう兵糧攻めだが、中国の場合、市街地全体が城壁で囲まれているから、数十万人の市民が包囲され、食料はコメ一粒も入らない。やがて街中の食料が底をつくと、ネコもネズミも食べ尽くし、子供を交換して食べ、最終的に大多数の市民が餓死して降伏したのである。国共内戦での蒋介石軍の戦死者は八百万人に上ったとされ、これによって共産党は内戦を制し、天下を取った。

 その過程で兵士を集めるために中国共産党がついたウソがある。共産革命が勝利すれば、土地はそれまで小作人だったおまえたちのものになるといって動員したのに、国共内戦に勝ったら土地は国有とされてしまった。

 政権樹立の翌1950年から、共産党は全国規模の「土地改革」を実行した。全国の村々の農民を総動員して地主たちを吊るし上げ、土地と全財産を奪ったのみならず、全国で 「土地改革委員会」 によってやり玉にあげられた600万人以上の地主のうち、約200万人が殺戮された。

 中国共産党は地主の次に、1951年、「反革命分子鎮圧運動」 で自国民の虐殺を再開する。共産党はたった1年で、71万人の国民党時代の中堅層を殺した。共産党の敵、「匪賊、悪党、スパイ、反動的党派と団体主要幹部、反動的セクト組織のリーダー」 という名目で、「人口の1000分の一以上を殺さなければならない」 とノルマを課す。まったくの冤罪で250万人が牢獄に入れられ、監禁された。3年後の55年にも 「粛反運動」(粛清反革命分子運動)と称して130人を逮捕し、8万人が処刑台の露と消えた。

 次は55万人の知識人を迫害し、いっさいの公職から追放、市民権を剥奪して農村や強制収容所に送り、約半数が命を落とす。

 もはや国内に敵はおらず、粛清する対象に事欠くようになった中国共産党は、次に党内に敵を作り、殺すようになる。

 1959年、“大躍進政策”の失敗で全国規模の大飢饉が起き、数千万人の国民が餓死に直面する事態を迎えた時、共産党政治局員で国防相の彭徳懐が毛沢東に政策の再考を求めたところ、「反党集団」 と断罪され、仲間とともに粛清された。大飢饉の責任をとって第一線を退いた毛沢東が、再び権力の座に返り咲くために画策したのが 「文化大革命」 である。

 毛沢東は林彪という野心家の軍人を使って実権を握り、国家主席の劉少奇を失脚させ、「四人組」 を抜擢して身辺を固める。さらに無知な学生を煽り立てて紅衛兵として組織し、造反運動を展開して共産党幹部を殺させたばかりか、学校の先生から芸術家、地主や資本家、素封家の出身者や医師、エンジニアまで 「階級の敵、人民の敵」 として迫害。被害者は1億人、死亡した人の数は1000万人以上といわれている。

 こういう信じがたい殺戮集団の政権であり、その本質はいまも変わっていない。

 虐殺は中国人の伝統といっていいでしょう。日本を占領したら感情的な暴力が解放され、一切の歯止めがなくなります。強権統治で冤罪をでっちあげて弾圧する。そうしない理由がありません。

 日本人に対して、フィクションにすぎない南京事件を本気で信じ、恨みを晴らしたいという潜在的な思いが強いですから、躊躇なく殺すでしょう。

 “南京大虐殺”での日本軍の凄惨なエピソードがいろいろ語られていますが、これはフィクションで、中国人が起こした過去の虐殺事件がモデルになっています。本物の南京大虐殺は1937年ではなく、1864年(元治元年)7月に起きました。……(あまりに凄惨な事件なので、ここにご紹介することは控えます。未読で関心のある方は、原本をお読みください)


 <『「カエルの楽園」が地獄と化す日』 (百田尚樹・石平共著)より抜粋要約。つづく>

   (2016.12.19)

321 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(9)


     
憲法を守って滅んだカエルの楽園


 前回 #320 で書いた 『カエルの楽園』 ・ 『「カエルの楽園」が地獄と化す日』 について、まだ読んでいらっしゃらない方のために、もう少し詳しくご紹介しましょう。

 まず、『カエルの楽園』 です。

 国を捨て安住の地を求めて旅に出たアマガエルの “ソクラテス” たちが、ついに見つけた 「カエルの楽園」 ツチガエルたちの “ナパージュの王国” では、

  一.カエルを信じろ
  二.カエルと争うな
  三.争うための力を持つな

 の 「三戒」 ができて、それを守って来たから、一度も他のカエルたちに襲われたことがなく、平和だったという。

 (ナパージュとは、JAPANを逆に読んだNAPAJか? では、「三戒」とは日本国憲法九条の暗示か? この本の末尾に、<この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。> とわざわざ断ってあるのは、実は、<この物語は現実の人類世界と国々のことをカエルの物語に託して書いたものです> と著者は言いたかったのか? ――と岡は思いました。)


 さて、「三戒」 について “ソクラテス” たちアマガエルの質問と、ナパージュの若いツチガエルの答えは、こうでした――

 :「(一) “カエルを信じろ” って、カエルにもいろいろあるんだぞ。残虐なカエルもいるし、他のカエルを食うのもいる。

 二つめの、“カエルと争うな” とは――もし襲われたらどうするんだ?」

 :「襲われたって、争いにはなりません。ぼくらが争わなければ、争いにはならないからです。この平和は三戒の教えのおかげなんです。それ以外はないんです。

 三つめの “争うための力を持つな” も、その精神で作られたのです。争う必要がないから、そんなものは必要がないんです。

 これはすべてのカエルたちが戴くべき教えだと思います。もし、すべてのカエルたちがこの三戒を守れば、世界は永久に平和になるでしょう。」

 (要約)

 ――というものでした。この 「三戒」 を守りつづけたナパージュの国は、結局、巨大で嘘つきで凶悪なウシガエルたちに侵略され、ツチガエルたちは殺戮あるいは奴隷化されて食われたり、なぶりものになったりする。


<『カエルの楽園』 エピローグ p.242~ より抜粋>

≪ ……多くのカエルたちはこう考えました。
 ウシガエルに食べられたカエルたちは、三戒を疑ったバチが当たったのだと。
 こうしてナパージュの国は滅びました。

 ただ、生き残ったツチガエルたちにも過酷な運命が待っていました。池や林から追われ、岩場や荒地のような暮らしにくいところに追いやられたからです。そんなところにはエサとなる虫もほとんどいません。こうしてツチガエルの多くが飢えて弱っていきました。

 やがてほとんどのツチガエルはウシガエルの食用の奴隷にされることが発表されました。ウシガエルが食べたい時に食べられるのです。

 ……ウシガエルは、ツチガエルたちの三戒の中の 「カエル」 という言葉を 「ウシガエル様」 という言葉に直させました。三戒はこうなりました。

  一、ウシガエル様を信じろ
  二、ウシガエル様と争うな
  三、争うための力を持つな

 そしてツチガエルたちに、これからも平和でいたかったら三戒を守り続けるように命じました。

 ……よそものであったアマガエルのソクラテスとロベルトは、奴隷にはされませんでした。でも、ソクラテスはもうこの土地に棲む気はなくなっていました。

 「ロベルト、ぼくはナパージュを出るよ。たとえ生きていけるにしても、ここで暮らす気はない」
 「俺も同じ気持ちだ」
 悲しそうに笑うロベルトの顔は、まるで憑
(つ)き物が落ちたようでした。

 「この国に来て、いつのまにか三戒は素晴らしいものと思い込んでいた。でも、三戒はナパージュのカエルたちを守ってくれなかった。平和だったナパージュが、どうしてこんなことになってしまったんだろう」

 「よくわからないけど――」 ソクラテスは言いました。「三戒は宗教みたいなものだったんじゃないかな。ナパージュのカエルたちは殉教したんだよ」

 「信仰に殉じたカエルたちは、幸せだったのか」
 「わからない。ロベルトはどう思う?」
 ロベルトは黙って首を横に振りました。

 ソクラテスとロベルトは北を目指すことにしました。そこには赤茶けた荒地が広がっていましたが、躊躇する気持ちはありませんでした。

 北の崖に来た時、後ろを振り返りました。
 かつて素晴らしい楽園だったナパージュは、どこにもありませんでした。森や林や池は同じでも、そこからはもうツチガエルたちの歌声や笑い声は聞こえてきません。

 その時、大粒の雨の滴が二匹の体を濡らしました。久しぶりの雨でしたが、ソクラテスもロベルトも少しも喜びを感じませんでした。

 崖を降りて行こうとした時、林の中で嫌な光景を目にしました。ウシガエルたちが一匹のツチガエルを弄んでいたのです。

 雨の中でウシガエルたちはツチガエルの手や足をちぎって食べ、まだ生きているツチガエルを空中に放り投げたり、濡れた地面に叩きつけたりして笑っていました。

 ソクラテスはあまりの酸鼻さに思わず顔をそむけました。ウシガエルがこの国を占領して以来、いたるところで見られた光景ですが、何度見ても慣れることはありません。

 やがてウシガエルたちはいたぶるのにも飽きたのか、ツチガエルを地べたに投げ捨てたまま、どこかへ行ってしまいました。

 ソクラテスとロベルトがツチガエルに駆け寄ると、それはローラ(ソクラテスたちが、ナパージュに来て初めて会ったやさしい雌のツチガエル)でした。

 「ローラ!」
 ロベルトが彼女の名を呼びました。

 「あら、アマガエルさんたちね」
 ローラはかすかな声で言いました。

 「しっかりしろ」
 ソクラテスはそう言いましたが、手足がちぎれた状態では、もう助からないのはわかっていました。

 ローラは弱々しく笑いました。
 「大丈夫よ。ひどいことにはならないわ。だって、ナパージュには三戒があるんですもの」

 それがローラの最後の言葉になりました。≫



 ――というのが、『カエルの楽園』 の落ちになっています。

     * * * * *

 さて、石平
(せき・へい)氏(#320 参照)は、中国を 「中華帝国」 と呼ぶ。

 近現代の中国変遷の歴史を見ても、手段を選ばぬ領土拡張の大国主義を取ってきているからである。「手段を選ばぬ」 というのは、軍事力は無論のこと、平気で嘘をつき、平気で残虐な大量虐殺を行う、などのことである。

 その実態を具体的に語り論じた百田尚樹氏と石平氏の共著 『「カエルの楽園」が地獄と化す日』 について、まだ読んでいらっしゃらない方のために、詳しくご紹介するのはまた次回に譲りたいと思います。

 <つづく>

   (2016.12.17)


320 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(8)


     
『カエルの楽園』 は予言警告の書


 現在の日本を取り巻く状況について、百田尚樹さんが書かれた寓話小説 『カエルの楽園』(2016年2月 新潮社刊) は、まことに当を得た傑作であり、日本国民必読の書だと思います。

 また、「ひろば」 #87 12月5日付け 「二代目一寸法師」 様の投稿に書かれている、『「カエルの楽園」が地獄と化す日』 (百田尚樹+石平共著)も、『カエルの楽園』 の寓話を具体的に現在の日本の内外の状況に当てはめて考えるとき、極めて時宜に適した警告の書となっています。

 『「カエルの楽園」が地獄と化す日』 (2016年11月 飛鳥新社刊)の 「はじめに」 で、石平
(せき・へい)氏は

≪多くの読者の方もご存知の、『カエルの楽園』 という寓話小説、世紀の予言書である。

 ……主人公のアマガエル、ソクラテスたちは、生まれ育ちの土地をダルマガエルに奪われ、苦難の旅の末に平和で豊かな国であるナパージュに辿り着いた。そこで安息の地を得たかと思いきや、「カエルはカエルと争わない」 ことを信念とするナパージュのカエルたちはあまりにも 「平和主義的」 で無防備であるがゆえに、ナパージュの国は結局、近くの 「気持ちの悪い沼」 に住む、巨大で凶悪なウシガエルによって侵略され、占領されることになる。そして、平和を愛するナパージュのカエルたちは、虐殺されながら国を奪われていく。こうしたなか、やっとの思いでナパージュに亡命してきたソクラテスたちは再び、安息の楽園を失うことになるのである。

 この小説を読んだ人ならわかるが、この 「ナパージュの国」 とは日本のことであり、巨大で凶悪なウシガエルは、要するに隣の独裁軍事大国・中国のことだ。日本人はいままでどおりに憲法九条や平和主義だけを信じて自国の防備に無頓着であれば、いずれ、この豊かで平和な国は中国の侵略を受けて、滅ぼされてしまうというのが、この寓話小説が日本国民全員に発した痛切な警告であろう。

 中国という国の覇権主義の体質と、軍事的脅威に、普段から自分なりの問題意識を持っている私は、この小説の描きだしたシナリオと発したメッセージに、大いなる共感を覚えた。天才作家のリアリティのある描写に引きこまれて、特急列車のなかで読書に夢中になっていった。そして読んでいるうちに、何だか自分自身の辿ってきた人生の道のりが、作中のソクラテスのそれと重なってきて、ソクラテスに情が移り、心底からの哀しさを感じずにいられなかった。……≫


 ――こう書いている石平
(せき・へい)氏は、

<1962年、中国四川省成都市生まれ。80年、北京大学哲学部に入学後、中国民主化運動に傾倒した。

 84年、同大学を卒業後、四川大学講師を経て、88年に来日。

 95年、神戸大学大学院文化学研究科博士課程を修了し、民間研究機関に勤務。2002年、『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP研究所)刊行以来、日中・中国問題を中心とした評論活動に入る。07年に日本国籍を取得。08年4月、拓殖大学客員教授に就任。14年、『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞を受賞。>

 ――という経歴の持ち主である。

 『「カエルの楽園」が地獄と化す日』 の中で、次のように語っている。

≪ 『カエルの楽園』 は、発売後ほどなく、岡山経由で松江行きの特急列車 「やくも」 のなかで読みました。

 ……特急電車ですから乗り過ごす心配もなく、気軽にページを繰り始めたのです。するとたちまち、『カエルの楽園』 の世界観に入り込んでしまい、一気に最後まで読んでしまいました。

 でも、中国で生まれ育ち、日本に帰化した私にとって、特に後半を読み進めるのはかなり勇気が必要でした。日本は作中のナパージュ、つまり 「楽園」 ですが、この本の後半は楽園が一歩一歩崩壊していく様子が描かれています。ウシガエルたち、つまり 「中国」 に侵略され、占領され、虐殺され、国を奪われる。その段を読み続けるのは非常に辛かった。なぜかと言えば、あたかも自分のことのように想像力を刺激されるからです。読んでいるうちに、自分自身が登場人物の 「ソクラテス」 になったような気持ちになってきました。

 自分の生まれた中国では天安門事件の時、民主化運動が弾圧されて、仲間たちが殺された。ある意味で私は、日本に亡命してきたようなもの。カエルのソクラテスと同じように祖国を追われ、日本という安息の地にやっと住み着いた私の遍歴が重なってきました。人生の後半を安心して送ることができるだろうこの地で、私は日本人女性と結婚して、子供もいます。子供の祖国は日本ですから、この国にわが子の人生を託さなければならない。そう思うと、読み進めるうちに、電車のなかで恥ずかしながらも……(言葉につまる)。

 ……涙が出ました。もし 『カエルの楽園』 で描かれた未来が日本の現実になってしまえば、正直、この国を選んだ自分の人生は何だったのか、ということになる。また、子供の人生はどうなってしまうだろうか、と考えさせられたわけです。

 読み終えてふと車窓を見ると、ちょうど島根県に入ったところでした。電車は日本海の海岸線の絶景を走り、宍道湖の綺麗な湖面が見えてきた。美しい景色を眺めながら、外国に侵略されて子供が凌辱されるようなことは、絶対にあってはならないと感じました。……≫


 <つづく>

   (2016.12.15)


319 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(7)


     
人間と国家とは対立する二者ではない


 現在の日本を取り巻く状況について考察する前に、もう少し根本的な問題―― 「人間とは」 「国家とは」 という根本問題について考えてみましょう。

     * * * * *

 人間は神の子である。神の子は神であり、「王」 であり、「天上天下唯我独尊」 なるものである。

 それは絶対者であって、相対の対立者であってはならない。「絶対無」 でなければならない。

≪現代一般に、人間が国家と対立するものという考え方があるけれども、それは間違いであって、国家を離れた人間は、人間でなくて動物である。人間と国家とは対立する二者ではない。人間の外に国家はなく、人間を人間たらしめるものは国家である。≫
(山口悌治著・冊子 『神・国家・人間』 より)

 国家と個人との関係について、生長の家の元基礎文化研究所長・元理事長であった山口悌治
(やすはる)氏が、上のように書かれていた。これあるかな、である。

 山口悌治氏は、さらに詳しく著書 『中
(みなか)のこころ』 に次のように書かれています。

≪人間は神の子である。……宇宙の根本真理である神の自己顕現の秩序はどの様な相(すがた)をとるのでしょうか。…… 神がこの地上に自己を現わす場合の、もっとも合理的な最高の相は、国家と云う形体、国と云う相であります。……

 「国」とは宇宙秩序の地上的表現であります。宇宙の普遍原理たる神の地上に於ける自己形成の総合的基本形態を 「国」 と云うのであります。……今日世界を構成しているものは国家群であって、直ちに人類ではありません。

 一口に人類と云いますが、その人類とは必ずアメリカ人であるか中国人であるか印度人であるかフランス人であるか日本人等々であるかであって、いずれにも属さない人類とは抽象観念に過ぎません。人間は皆、言語を異にし風習を異にし国情を異にし歴史を異にするいずれかの国に属してその国を構成するいずれかの国の国民なのであります。≫


 と。

 しかし、現実世界には祖国を失って流浪の民、難民となった人たちが続出し、それらの人たちは生存権さえも侵されるような悲惨な生活を余儀なくされています。「人間」 は人と人との間において、具体的には 「国」 を作って、国に生かされる存在なのです。

 そして個人において、≪生まれながらにして持ち、侵すことのできない権利≫ とされている、≪人間の生存にとって欠かすことのできない権利と自由≫ なる 「基本的人権」 が与えられていると同様に、国家には国家としての主権、生存権ともいうべき自衛権、そして自由独立が認められている。

 いま世界には200に近い国々があるといわれるが、生滅興亡はげしい無常の浮き世の中で、ポール・リシャールが (#317)

≪曙の児等よ、海原の児等よ
花と焔との国、力と美との国の児等よ
聴け、涯しなき海の諸々の波が
日出づる諸子の島々を讃ふる栄誉の歌を
諸子の国に七つの栄誉あり
故にまた七つの大業あり……≫


 と讃え歌った日本の国は、まさに神の国というべき、「他に類型のない独得な存在であり、かけがえのない絶対価値の存在」 と言えよう。この国を護ることは、神のため、世界人類のためにも必要なことではないか。

 <つづく>

   (2016.12.14)


318 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(6)


     
安部総理は、至極まともである


 #317 につづき、ブックレット 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』 (「冊子・立憲主義」) の 「第2章 立憲主義の否定――安倍政権は独裁への道を拓く恐れがある」(28頁~ ) について、述べます。


  
安部総理の言われていることは、至極まともである


 「冊子・立憲主義」 には、安倍首相が著書や国会答弁で

≪憲法の議論でよく言われるのは、憲法というのは国の権力を縛るものだという考え方です。しかしこれはある意味、古色蒼然とした考え方であって、専制主義的な王制があった時代では、憲法はたしかに権力者に対して権力の行使を縛るものでした。≫
(『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』 44頁)

≪憲法について、考え方の一つとして、いわば国家権力を縛るものだという考え方はありますが、しかし、それはかつて王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考え方であって、今まさに憲法というのは、日本という国の形、そして理想と未来を語るものではないか、このように思います。≫
(2014年2月3日衆議院予算委員会)

 と述べていることが、「冊子・立憲主義」 第2章で引用されています。

 私は、ここで12月7日以来 #313#317 で述べてきたことが当り前の正論であると信じており、安部総理のおっしゃっていることも当然の、まともなことで、なんらまちがっていないと思います。したがって、第2章の、安倍政権否定の論議には納得できません。

 『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』(安倍晋三・百田尚樹共著)のことは知りませんでしたが、この冊子で知って取り寄せ、ぱらぱらと見て大いに啓発されるところあり、感謝しています。

 冊子の41頁~ 「2.自ら敵を作り出す安全保障政策」 というのも、偏見ではないでしょうか。私は安部政権や日本会議の認識・姿勢の方がまともであると思います。

 「冊子・立憲主義」 48頁に 「日本会議は中国に敵対心を抱く」 という小見出しで書かれていること――これも、私は日本会議とは距離を置いているので 『日本の息吹き』 を読んでいませんでしたが、日本会議の認識の方がおおむねまともであり、この冊子の筆者の 「日本会議に対する強烈な不信感と敵対心」 に、「なんで?」 という疑問を覚えます。

     * * * * *

 冊子の49頁からは、<安倍政権は「抑止力」をことさらに強調する> という小見出しで、

≪安倍政権が、このような “中国敵視” を表明する団体の支持を得て抑止力を強調しているのだとすれば、それは自ら敵を作り出すことにつながる危険があります。というのも、1913年に生長の家創始者、谷口雅春先生に啓示された 「“心の法則”と平和への道”の神示」 では、次のように説かれているからです。≫

 として、この神示の一部が次のように引用されています。

≪乱を忘れざる者はついに乱に逢う。乱を忘れざるが故に常に恐怖し、乱を忘れざるが故に武備をたくわえ、武備を蓄うるが故に近隣を威脅(いきよう)し、近隣を威脅するがために、近隣また恐怖して武備を増す。かくの如くして近隣兵を増すを見て、また自国は更に兵を加えて互に虎視眈々(こしたんたん)として近隣相睥睨(へいげい)す。≫
(『御守護(神示集)』、18~19頁。「睥睨」とは「にらみつけて威圧すること」)

 ――この神示は上の引用箇所の前に

 
「『治にいて乱を忘れず』 と云うのが古き人類の道徳であったが、『生長の家』 の生き方は乱にいて治を忘れざる生活である。」

 という句があり、また後の方には

 
「汝ら、若(も)し治にいて乱を忘れざらばついに乱に会い、乱にいて治を忘れざらば平和に逢わん。」

 という句があって、これが心の法則であるということです。

 ところが、この神示の御講義(『秘められたる神示』)で谷口雅春先生は、

≪唯 「実相の円満完全」 を念じ祈っておれば平和が来るのではないか――と考えるのは、「ただ人間の実相の完全円満を祈っておれば現象的にはどんな処置をも講じないでも肉体は健康になるのではないか」 と言うのと同じであります。

 「実相の完全さ」 を祈り念じておれば飯を食わないまでも、筋肉を運動させないでも立派な肉体が得られるかというと決してそうではない。「実相の完全さ」 を念ずれば、「実相の完全さ」 が現実化する過程として、食慾が正常となり、食膳には、適当な栄養物が並ぶことになり、仕事などの上に自然に適当な筋肉運動が行われることになり、「実相の完全さ」 が肉体に現実化するのであります。「実相の既にある完全さ」と 、「現象にそれを実現する処置」 とを混同するところに、現象的な適当な処置をも不要とするような間違った論議を生ずるのであります。

 軍備の要不要は、現象的処置に属するのでありまして、現象的処置は、病気に対する薬剤の如く一種の対症療法みたいなものでありますから、その時の情勢如何によって、軍備はない方がよい事もあり、またある方がよい事もあります。それは健康になるためには、或る時は減食がよく、或る時は断食がよく、或る時は栄養食をたっぷり食するのがよいようなものであります。これを 「永遠に普遍的に変らない黄金律」 と混同するのは誤りであります。「恐るる勿れ」 は 「永遠に変らない黄金律」 でありますが、「恐れない心境」 になるためには、「戸締り」 がある方がよいか 「戸締り」 がない方がよいかはその時の現象界の情勢次第であります。≫


 と説かれています。そして、上の神示は満州事変当時の啓示であって、

≪満州事変の当時は日本の軍備拡張は隣国に恐怖心をいだかせ、隣国を脅威するものであり、それが戦争原因になったのであり、従ってこの神示がある所以でありますが、現在は日本の軍備は現行憲法で自衛以上に出ることができないように制限されておりますので、日本の軍備が隣国の脅威となることは断じてないのであります。

 ……現在の日本の自衛隊不要論をとなえたり、軍備は不要だから、アメリカと安保条約を結ぶことも不要だと言うことは大変な間違いなのであります。軍備や、日米安保条約を 「戸締り」 に喩えたことがありますが、「戸締り」 をしないで、「いつ猛獣が襲って来るか、襲って来るか」 と戦々兢々と猛獣を恐れているよりも、「戸締り」 を厳重にして 「これなら大丈夫」 の態勢をとり、恐れずに正面から猛獣の眼をみつめている方が、猛獣に咬みつかれないことになるのであります。≫

≪日本は恐れず猛獣に立ち向える実力を備えなければならないのです。実力をもって猛獣に恐れず立ち向うとき猛獣も尻尾を巻いて後退すると 『続々甘露の法雨』 には示されているのであります。≫


 とも説かれているのであります。(この御講義は昭和36年<1961>初版のものです。)


 さて、現在の日本を取り巻く状況は、どうでしょうか――。


 <つづく>

   (2016.12.13)


317 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(5)


     
「立憲主義」 は人類の理想ではない


 #316 のつづきを記します。

 大日本帝国憲法は、皇室の祖先である神々に誓う形で制定された。

 憲法典の条文は、明治の人々が制定した。しかし、「制定」 の前提として、歴史の 「発見」 があった。我々日本人は何者なのか、そしてどこに向かうのか。憲法は国家経営の最高法であるがゆえに、現時点で生きている人間だけで決めてはならない。国家の長い歴史の中では、現在生きている人間は少数派にすぎないという謙虚さが、明治人にはあった。

 下位法は人間が制定するが、その基準となる憲法は人智を超えた英知によらねばならない。その英知をどこに求めるか。先人たちの知恵の集積である歴史である。これこそがローレンツ・フォン・シュタインから伊藤博文が学んだ歴史主義の神髄であった。

     * * * * *

 
西洋的 「立憲主義」 は、人類普遍の究極的理想ではない。

 もう一度、ブックレット 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』 (「冊子・立憲主義」)の序文 「はじめに」 および第一章 「1.立憲主義とは何か」 に戻ります。

≪……「立憲主義」 が、実は西洋の近代民主主義のみならず、明治維新以降の日本の天皇制の根幹を成す思想であるということを知らなければなりません。≫(「冊子・立憲主義」 6頁)

≪立憲主義とは、「憲法によって権力を制限し、憲法を権力に遵守させる」 ことです。ごく少数の権力者が大多数の国民を勝手気ままに支配するという多くの失敗例を経験しながら、人類が試行錯誤を重ねて生み出したのが立憲主義です。……国民の基本的人権の保障や国の権力分立など、十七世紀以降のヨーロッパ市民革命の成果を踏まえて、国の政治の基本的仕組みを定めた法規範の全体を指します。≫(同 8頁)

とあります。

 しかし、大日本帝国憲法(明治憲法)では、第二章 「臣民権利義務」 という規定はありますが、「人権」 という言葉はどこにも使われていません。

 伊藤博文の 『帝国憲法義解』 ではその第二章の解説として、「祖宗の政治は専ら臣民を愛重して名づくるに大宝(おほみたから)の称を以てしたり」 とはじめ、『万葉集』 から民が自ら 「御民(みたみ)」 と呼んだ事例を引き、上は民を愛し宝とし下は自らを幸福の民としてきた歴史を語って、
 「是れ我が国の典故旧俗」 であり、臣民の権利の源流であると述べています。

 武門の時代に士と民が分けられたが、維新の後、天皇の大権により平等としたのであり、これは 「中興の美果」 であるとするのが明治政府の立場なのです。

 そもそも、なぜヨーロッパで 「人権」 が必要なのか。

 前近代ヨーロッパでは、特権階級の貴族だけが人間であり、その他の民は人間としては扱われていなかった。ヨーロッパでは、教皇、僧侶、皇帝、国王、諸侯らは、領地を有し、そこに住む人民も領有していた。つまり領民は特権貴族の所有物であり、独立した人格を有する人間ではない、いわば家畜と同じで、生かすも殺すも領主の気まぐれ次第だった。だから 「人間は生まれながらにして生命、自由、財産を犯されない権利を持っている」 と啓蒙する必要があったのです。

 そのヨーロッパ人が、日本に 「人権を認めないような国は文明国ではない」 と不平等条約を押し付けてきた。これを覆し条約改正を成し遂げるには、彼らの言う人権規定を憲法典に設ける必要がある。しかし、単に猿まねの借り物で直輸入するのでは、精神的な属国のままである。

 ここで重要だったのは、憲法とは歴史であり、制定の前に発見がなければならないという歴史主義でした。

 日本の天皇は、万葉集や日本書紀の時代から、民と書いて 「おほみたから」 と呼んだ。天皇は文字がない時代から民を宝として扱ってきたのが我が国史である。

 つまり、「あなた方の言う人権など、我々は古代からやってきました」 ということである。

 ここには、「我々は文明国である」 との叫びがある。

 帝国憲法こそ、世界中を席巻した白人に対する有色人種である日本人の、穏やかだが激しい挑戦状だった。ヨーロッパ人の価値観を真っ向から拒否したのです。

 帝国憲法に 「人権」 と書かれていないのはなぜか。日本人にはそのような用語は不要だったからです。

     * * * * *

 
西洋的立憲主義が人類普遍の究極的理想とは、とても言えないものである。

 「冊子・立憲主義」 26頁に、谷口雅宣総裁の 『生長の家ってどんな教え?』 からの引用として

≪二十一世紀初頭の現在は、ご存じの通り、国際化、グローバリゼーションの時代で、地球上のすべての人々の意識が “統一” に向かって進んでいるのであります。≫

 とありますが、本当にそうでしょうか。欧州連合(EU)はイギリスが離脱して他の国々にも影響が広がり、EUは崩壊に向かっているのではないか。アメリカは米国第一を叫ぶトランプ氏が次期大統領に選ばれて、世界的に 「反グローバリズム」 の自国優先主義、保護主義的な動きがひろがりつつあって、今や世界は先の見えない混沌の時代に突入しているように見えます。それは、欧米の文化、政治思想の行き詰まりを示しているのではないか。


 されば、フランスの詩人、20世紀の世界が生んだ大哲学者ポール・リシャール(神学・法律・哲学博士)は、日本の存在を高く評価しています。

 20世紀初頭に早くも西欧文明に行き詰まりを感じていたリシャールは、西欧文明の欠点を克服するには東洋の精神に学ぶしかないと考えて、大正5年(1916)に日本を訪れ、約4年間の滞在期間に、日本の愛国者たちと交友を結び、『告日本國』(大正6年、1917)という著書を書いた。そして日本の世界史的使命と日本人への期待を謳っています。

≪曙の児等よ、海原の児等よ
花と焔との国、力と美との国の児等よ
聴け、涯しなき海の諸々の波が
日出づる諸子の島々を讃ふる栄誉の歌を
諸子の国に七つの栄誉あり
故にまた七つの大業あり

さらば聴け、其の七つの栄誉と七つの使命とを
独り自由を失はざりし亜細亜の唯一の民よ
貴国こそ亜細亜に自由を与ふべきものなれ
曾て他国に隷属せざりし世界の唯一の民よ
一切の世界の隷属の民のために起つは貴国の任なり
曾て滅びざりし唯一の民よ
一切の人類幸福の敵を亡ぼすは貴国の使命なり

新しき科学と旧き知慧と、欧羅巴
(ヨーロッパ)の思想と
亜細亜の思想とを自己の衷
(うち)に統一せる唯一の民よ
此等二つの世界、来るべき世の此等両部を統合するは貴国の任なり
流血の跡なき宗教を有てる唯一の民よ
一切の神々を統一して更に神聖なる真理を発揮するは貴国なる可し

建国以来、一系の天皇、永遠に亘る一人の天皇を奉戴せる唯一の民よ
貴国は地上の万国に向かって、人は皆な一天の子にして、天を永遠
の君主とする一個の帝国を建設すべきことを教へんが為に生れたり
万国に優りて統一ある民よ
貴国は来るべき一切の統一に貢献せん為に生れ
また貴国は戦士なれば、人類の平和を促さんが為に生れたり

曙の児等よ、海原の児等よ
斯く如きは、花と焔との国なる貴国の
七つの栄誉と七つの大業となり≫
(大川周明訳)

 ――七つの栄誉とは、

 一 日本はアジアで唯一、真の意味からも欧米の植民地にならなかった唯一の民の国である。
 二 日本は他国に隷属、支配されなかった唯一の民の国である
 三 日本は、一度も滅びるような事もなく、日本列島の中で繁栄した唯一の民の国である
 四 日本は、欧米などの西洋とアジアの東洋の思想や精神を自己のうちに統一できる唯一の民の国である
 五 日本は、宗教戦争をおこした事のない神道を持てる唯一の民の国である
 六 日本は三千年以上も一系の天皇を奉載する唯一の民の国である
 七 日本は世界に優れた 日本人として、統一ある唯一の民の国である

 ――ポール・リシャール博士は、この七つの栄誉を述べて、世界に大きく貢献しないといけないといっているのです。

 そしてその中の最大のポイントして、天皇陛下の存在があります。

 「日本人は、君権と民権を調和統一した理想国家を実現せよ」 とリシャールは言います。

 ≪そもそも君権といい民権といい、その源は天に発する。君主は、天の統一的方面を、人民は天の差別的方面を、地上に代表するものである。従って、本来両者の間には何ら矛盾衝突があるはずがなく、真のデモクラシーとは、真の天皇主義の別名であるはずである。君民は本来一体である。君主にとって、人民が 『大御宝(おおみたから)』 であるとすれば、人民にとっても君主は 『大御宝』 である。これは相補い一体となっているものである≫

 と。

 #297 の、「君民同治の神示」 もご参照ください。

 賢者リシャールは、我が国の伝統に真のデモクラシーを見出し、日本人に理想国家実現を期待したのです。

 今、世界は激しい変化と先の見えない混沌の時代に突入し、新しい 「一つ」 の理念と秩序、新しい光を探し求めています。そしてそれを日本に見出そうという動きが、次第に大きくなりつつあるように感じられます。世界は日本化しつつある、とも言われています。私たち日本人は、自国の国柄と日本の使命を自覚し、誇りとし、その使命に生きるべきです。

 <つづく>

   (2016.12.12)


316 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(4)


     
憲法とは、国体であり、歴史である


 憲法(Constitution=国のすがたかたち、国体)は、歴史の中にある。

 憲法とは、国体であり、歴史である。(#298参照)



 大日本帝国憲法(明治憲法)が制定された歴史的背景、経緯について、#315のつづきを記します。

 明治時代、諸外国の治外法権を撤廃し、一人前の国家になる――日本が諸外国から近代的な法治国家と見倣されるためには、法体系の根幹たる憲法を制定しなければいけない。明治14年(1881)、明治政府のトップ、総理大臣となった伊藤博文は、翌15年(1882)、みずから欧州に旅立って憲法の調査研究を行ない、帝国憲法制定を急いだ。

 渡欧した伊藤博文は、イギリス、フランス、ドイツなどを訪ねるが、イギリスの憲法は長年の慣習を積み上げた不文法であり、一朝一夕に真似できるものではない。

 フランスは論外だった。ルイ十六世を試逆した大革命以来、この時点で実に五度の国体変更を行なっている。他にクーデターを含む政変を入れれば、常に不安定状態にあった。二つに割れた王党派と帝政派が争い、共和派が漁夫の利で政権を維持している状態である。国内では一知半解にジャン・ジャック・ルソーを引用していた板垣退助も、フランスの実情を知るや、帰国後はフランス流の急進主義を口にしなくなっていた。

 そこで、伊藤はドイツに向かい、オーストリアのシュタイン、ドイツのグナイストという二人の憲法学者に就いて、立憲君主制の憲法を学び、自信を得た。

 オーストリアの首都ウィーンで、伊藤はローレンツ・フォン・シュタインに出会う。

 シュタイン曰く、「自分はオーストリアの憲法についてはいくらでも語れる。ヨーロッパの憲法についても一通り知っている。それは歴史を知っているからだ。しかし、私は日本の歴史を知らない。だから日本人にとっての憲法を講義することはできない」 と。

 
憲法とは歴史なのだ。なぜ自分がここで憲法のことを調査しているのか。幕末、「お前たちは文明国ではない」 と因縁をつけられ、不平等条約を押し付けられ、その改正のために 「我々は文明国だ」 と認めてもらうためだった。だが、「認めてもらう」 という発想そのものが、間違っていたのだ。

 文明国の通義に則りつつも、それは自らの歴史より出てきたものでなければ、文明国を気取る欧州列強にかえって侮られる。だから、どのような条文を制定するかよりも、何が自国の歴史なのかを発見しなければならないのだ。

 伊藤は帰国後、伊藤巳代治、金子堅太郎、井上毅の三人を助手に、憲法起草作業に入る。重視されたのは、歴史の調査である。

 井上毅などは異常な熱意で古典の研究に打ち込んだ。「自国の歴史を知らねば憲法は語れない」。井上は記紀、律令格式、有識故実など、あらゆる一次史料を読み込む。その様子は、雪の日も書類を離さないほどであった。

 また伊藤の渡欧時、ドイツ・ベルリン大学の憲法学者ルドルフ・フォン・グナイストの助言も重要である。グナイストは伊藤に 「日本は、旧プロイセン憲法を手本とするべきだ」 という助言を与えた。

<ドイツ帝国にも憲法はある。しかしドイツ帝国は、さまざまな国家を統一して生まれた連合国家である。単一民族の国家である日本に参考にならないところもあるだろう。それよりも、ドイツ帝国の中心となったプロイセン王国の憲法のほうが、貴国の国情に適している>と。

 それで伊藤は、グナイストのアドバイスを受け容れ、プロイセンの憲法にならいながら、日本の歴史に基づく新憲法を作ろうと決意する。

 日本が文明国として地球上で生きていくには、その範を示さねばならない。だがそれは決して借り物であってはならず、自国の歴史に基づく思想を体現したものでなければならない。

 後に 『憲法議解』 として広く一般に読まれることとなる解説書があり、その多くは古典の引用に割かれている。そしてイギリスやドイツ憲法の欠陥を研究したうえで、日本流に運用できるように修正したとの意見も附されている。

     * * * * *

 ブックレット 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』 (「冊子・立憲主義」) の第1章11頁 「2.立憲主義は近代天皇制の根幹」 に

≪この立憲主義の考え方は、実は昭和天皇が把持し続けられた国政上の大原則でした。昭和天皇は、その根拠を明治天皇の大日本帝国憲法発布の際の、次のような勅語の中に見出されていました。

 「朕及朕カ子孫ハ将来此ノ憲法ノ条章ニ循
(したが)ヒ之ヲ行フコトヲ愆(あやま)ラサルヘシ」≫

 ――この勅語とは、「帝国憲法発布の上諭」と題されていて、上記の引用部分の前に

 
「国家統治ノ大権ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承(う)ケテ之ヲ子孫ニ伝フル所ナリ」

 というお言葉があるわけです。この大日本帝国憲法の精神は、前文に当たる御告文
(おんつげぶみ)に表れています。御告文というのは、明治天皇の、皇祖皇宗(日本国と皇室をお守り下さってきた歴代天皇の霊)に対する感謝と誓いの祝詞(のりと)であります。それは、

≪ ご先祖様に謹んで申し上げます。
・これまでご先祖様より、宝物として日本国を無事に受け継いでまいりました。
・世の中の進運、文化の発達にしたがい、ご先祖様の教えを明らかにするために皇室典範と帝国憲法の形で示し、子孫たちが守るべきところとし、臣民たちが協力すべき道を広め、国家の形をますます強くし、国民の福祉を向上させることになるでしょう。
・これすべてご先祖様以来の統治の規範を記したものに他ならず、ご先祖様のお蔭以外の何物でもありません。
・わたくしはご先祖様を仰ぎ感謝しおたすけを祈り、率先して現在と未来の国民のためにここで定めた典範と憲法を守り行い、道を誤らないことを誓います。
・どうぞ、お聞き届けください。≫


 というような意味で、最後の部分の原文は

≪皇朕(すめらわ)レ仰(あおぎ)
 皇祖
 皇宗及
 皇考ノ神佑
(しんゆう)ヲ祷(いの)リ併セテ朕カ現在及将来ニ臣民ニ率先シ此ノ憲章ヲ履行シテ愆(あやま)ラサラムコトヲ誓フ 庶幾(こいねがわ)クハ
 神霊此レヲ鑒
(かんが)ミタマへ≫

 というお言葉で結ばれています。ですから、「明治天皇の大日本帝国憲法発布の際の勅語(上諭)」に

≪朕及朕カ子孫ハ将来此ノ憲法ノ条章ニ循(したが)ヒ之ヲ行フコトヲ愆(あやま)ラサルヘシ≫

 とあるのは、「皇祖皇宗および皇考(ご先祖様)への誓い」 であり、祈りでもあると言えましょう。

 <つづく>

   (2016.12.10)


315 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(3)


     
「天皇制」 は日本共産党の造語である


 ブックレット 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』 (「冊子・立憲主義」) 第1章の 「2.立憲主義は近代天皇制の根幹」(11~14頁) に関して、私が生命を賭けて考え勉強してきたところを述べます。

 まず、この見出しタイトルにある 「近代天皇制」 という用語についてです。

 「天皇制」 という用語は、#301(2016.8.22)に書いているように――

≪大正11年(1922)に、共産主義政党の国際組織コミンテルンの指導により日本共産党が秘かに結成され、革命により君主制を打倒することを真剣に議論しはじめていた。
 クレムリンに支配されたコミンテルンは、わが国の天皇もドイツやロシアの専制君主と同じ性格のものとみなし、君主制の打倒を日本共産党に指示していた。日本共産党は、わが国の君主制を「天皇制」と名づけ、コミンテルンの指示に従い暴力的な革命運動に乗り出そうとした。≫


 ――というので、「天皇制」 というのは日本共産党が、打倒すべき日本の君主制として名づけた造語である。そのことを忘却してやたらに使うべき用語ではない。

 日本の国は、人々が人智で協議して天皇制をつくろうと決めて建国したというのではない。まだ暦もなく、記録する文字や紙もなかった太古の時代から、長い長い年月をかけて自然に出来上がってきた国のかたちであった。

 それは芸術家において、たとえばベートーヴェンに曲想がインスピレーションとしてあまくだり湧き上がって大交響曲が完成したように、天才的な政治家に、「すべての人々が我れを忘れて個性天分を生き生き伸び伸びと発揮しながら、与えあい協力しあい、豊かな創造的な生活ができて行く共同体」 というような国のかたちのイメージ、構想があまくだり湧き上がって、無私なる有徳者の家系の者――天皇――を中心とし、自然にかたちづくられ、しかもそれが少なくとも二千年以上続いてきたのが日本のすがたかたちであった。――と、私は考えざるを得ない。それは 「天皇制」 と呼ぶよりは、「国体」 と呼ぶのがふさわしいと思われる。

 その、文書で書かれた歴史時代以前の太古からの歴史について、われら日本人の祖先は 「語り部」 が神話物語として口伝えに伝承してきた。それを記録したのが 『古事記』 (712<和銅5>年太安万侶が編纂、元明天皇に献上) であり、官撰最古の歴史書としては 『日本書紀』 (720) があるのである。

     * * * * *

 さて、大日本帝国憲法(明治憲法)が制定された歴史的背景、経緯について振り返って見ましょう。

  「泰平の眠りを覚ます じょうきせん(蒸気船・上喜撰)
     たった四杯で 夜も眠れず」

 と狂歌に歌われた江戸末期、ペリーの太平洋艦隊は大砲で脅し上げて、日本の開国を迫った。

 当時の世界を見れば、紛うことなき “白人の天下” である。コロンブス以来、白人たちは圧倒的な火力を背景に世界中を席巻しつづけた。

 たとえばイギリスは、インドを手始めに、マレー、ビルマ(ミャンマー)、ボルネオと進み、アヘン戦争に見るように、シナ本国にも触手を伸ばすという状況である。また、シベリアを東進していたロシア帝国はついに太平洋岸に至り、シナを虎視眈々と狙っていた。まさに白人の前には敵なしという観があった。

 そのような状況の中で、浦賀に黒船来航の大激震が日本をおそった。それは、黄色人種に対しては少々乱暴なことをしてもいい、大砲で脅し上げてもかまわないという白人優越の意識が、そのような砲艦外交をさせたと思われる。

 ここでアジアの他の国々のように日本も欧米の植民地になり国民が奴隷のように支配され屈従してしまうことをよしとするのか。――瀬戸際の危機に立たされた日本が、なんとか国の自主独立を守りアイデンティティを守り抜き、奇蹟のような革新 (復古即維新) と発展を遂げたのが明治時代だった。

     * * * * *

 世界の近代史上における日本の明治維新の意義を一言で言えば、それまで白色人種の独占物と思われていた西洋近代文明を、有色人種も身に付けることができることを示した点にある。

 インドやシナにおける白人の侵略に対する抵抗は、西洋に対する拒絶反応であって、彼らのような文明をわが物にしようという動きは起きなかった。そのため、白人に反抗するたびに、ますます白人の支配力を強めてしまう結果になったのである。

 そこに現れた例外が日本人であった。日本人は卓越した西洋文明を見て、「あの知識と技術を学びたい」 と心から思い、しかもそれを実現してしまった。それこそが世界史における明治維新の意義だと言えよう。

     * * * * *

 安政5年(1858)、当時の幕府はアメリカをはじめとする西洋5ヵ国と通商条約を結んで正式な国交を持つようになったのだが、ここで日本は決定的に不利な条項を二つ押し付けられることになった。

 その一つは関税自主権の問題。本来、関税というのは、その国が独自の判断で定めていいものなのに、当時の日本にはそれが許されなかった。

 しかし、それよりも大きな問題であったのは、治外法権の制度である。
 つまり、外国人が日本の領土の中で犯罪を犯した場合、日本政府はその犯人を捕まえることはできても、裁くことができない。その犯人を裁けるのは、その国の領事だけとされた。

 彼らの言い分としては、「日本の法体系は未整備であり、そのような野蛮国の法律に自国民を委ねるのは危険である」 というものであった。当時の西洋諸国は非白人国を野蛮ときめつけ、例外なく治外法権を押し付けていたのである。

 自国の領土内で起きたことに対して、何も手出しができないようでは、日本はいつまで経っても半人前の国家で、主権国家とは言えない。

 治外法権を撤廃し、一人前の国家になる――日本が諸外国から近代的な法治国家と見倣されるためには、法体系の根幹たる憲法を制定しなければいけない。明治政府のトップとなった伊藤博文が、みずから渡欧して憲法の調査研究を行ない、帝国憲法制定を急いだのには、そうしたことが背景にあったのである。

 <つづく>

   (2016.12.9)


314 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(2)


     
各自の生き方は生命を賭けての問題である


 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎 なぜ安倍政権ではいけないのか』 と題するブックレット(監修 谷口雅宣 発行 宗教法人「生長の家」)を、ここではこれから 「冊子・立憲主義」 と略称させていただくことにします。

 今日は、この冊子に書かれている 「基本的人権とは何か」 「立憲主義とは何か」 について、掘り下げて考えてみたいと思います。まず、「基本的人権」 についてです。

 「冊子・立憲主義」 の15頁には、

≪基本的人権とは、人間の生存にとって欠かすことのできない権利と自由のことで、近代国家にあっては憲法で保障されています。単に 「人権」 とも 「基本権」 とも呼ばれ、個人が生まれながらにして持ち、侵すことのできない権利とされています。≫

 と書かれています。そして<第三章 “神の子”の良心に基づく立憲民主主義と平和をめざして>の74頁には、

≪生長の家は、一人ひとりの基本的人権の保障を目的とし、権力の分立を不可欠とする立憲主義を支持します。それと同時に、人々の自由を認める民主主義を大切だと考えます。……一人ひとりの主体的で自由な選択が “神の子” の良心の表現となることによって、民主主義が善き社会の実現につながることを目指しているからです。≫

 とあります。20頁には、「信教の自由」 として

≪「信教の自由」 とは 「自分が信じたい宗教を信じることができる」 ということです。宗教は生き方や世界観そのものです。自らが信じるとおりに生きる自由が認められないと、他の自由も認められませんので、「信教の自由」 は基本的人権の根源とも言えます。≫

 とも示されています。

 さて、同書の 「はじめに」 6頁に、

≪生長の家は2016年6月9日、夏の参議院選挙に対する生長の家の方針 「与党とその候補者を支持しない」 を発表しました。その理由は、自民党総裁の安倍晋三氏が率いる自公連立政権が2012年以来、立憲主義をないがしろにし、生長の家の信仰や信念と相容れない政策や政治運営を行ってきたからです。≫

 とあります。

 この 「生長の家の信仰や信念」 とは、誰の信仰や信念でしょうか。少なくとも、私の信仰や信念ではありません。

 生長の家の信徒も、一人一人が基本的人権を持っているはずです。ですから信教の自由を持っており、神の子は一人一人が違った個性をもっていることは、この 「冊子・立憲主義」 の18~19頁に引用されている谷口雅春先生の 『新版 栄える生活365章』 216頁にも

≪あなたは全宇宙に於て、かけがえのない存在なのである。誰一人、あなたと同じ個性をもった存在もなければ、誰一人あなたの代用となる存在もないのである。あなたが全宇宙に於て為し得る “生き方” を誰も代行することは出来ないし、また宇宙に於てあなたの貢献し得る仕事を誰も同じように貢献することはできないのである。あなたはこの点に於て、宇宙に対して絶対価値である。≫


 と示されていることです。

 そうすると、
「生長の家信徒は、こう考えなくてはならない」 と、政治的信念まで外から縛りをかけるようなことは、基本的人権を尊重するという立憲主義にも反し、信教の自由をも侵すことになるのではないでしょうか。

 生長の家は、聖典等の無謬性と文字通りの解釈を主張するような原理主義を排してきたはずです(『信仰による平和の道』 6~7頁参照)。この冊子は聖典でないから無謬である、従わなければ処罰する、なんて言ったら、それは天に唾することになるでしょう。

     * * * * *

 「生長の家教規」には、次のように明記されています。

≪ 生 長 の 家 教 規
   第1章 名称
第1条 この宗教は、生長の家と称する。
   第2章 目的
第2条 この宗教の設立の目的は次の通りである。
(1)谷口雅春創始の、生長の家の教義に基き、その主著 『生命の實相』 を鍵として、万教共通の宗教真理を開示し、これを宣布することによって、人類光明化につくすこと。≫
(以下略)

 「『生命の實相』 を鍵として、万教共通の宗教真理を開示し、これを宣布することによって、人類光明化につくすこと」

 が、生長の家の目的。これが、生長の家教団の憲法のような基本規則なのですね。

 私はこれに遵
(したが)います。そして――

 谷口雅春先生は御著書 『親鸞の本心』 の「はしがき」 で

≪所詮、宗教と云うものは宗祖の教えを受取る人々の心的力量によって、深くもとれれば浅くもとれるものであって、たとえば西本願寺の勧学寮がその教権によって、親鸞の教えはかく解すべきものである、それ以外は異安心であると封建的に断定を下すべき筋合のものではないのである。

 本当に人間が救われるか、救われないかと云うような問題は 「誰が何といったから、それがたといだまされていても救われる」 というように他の人の解釈にまかせて置くべき問題ではないのである。「魂の救われ」 の問題は人々各自が真剣に取組んで考えて見なければならぬ生命を賭けての問題である筈である。≫


 と述べられています。
各人の生き方は、他の人の解釈にまかせておかず、各自が生命をかけて真剣に取り組んで考えてみる必要があります。このことを肝に銘じてまいりたいと思います。

 <つづく>

   (2016.12.8)

313 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』を論駁す(1)


     
「絶対」 から外れた妄論


 『“人間・神の子”は立憲主義の基礎』 と題するブックレットというのが、<監修 谷口雅宣 発行 宗教法人「生長の家」>として出版されました。

 購入して、一読しました。その感想を、しばらく書き綴って行きたいと思います。

 私も表題のテーマについては、このサイトでかなり論じてまいりました。
 最近は、今年8月17日から23日まで1週間で7回、この 「近況心境」 #297#303 に書いております。

 で、それを読み返し、さらに思い・考えを深める機会を与えられましたことを感謝いたします。

 結論から言うと、
このブックレットなるものは、想い全相に達せざる#309参照)、「絶対」 なる真理からはずれた妄論である、というのが私の感想です。

 “人間・神の子” とは、どういうことか。

 “神の子” は神であり、一切者である。すべてが自分であり、対立する他者はいないということです。対立する他者のいないのが 「絶対」 なのです。

 まず前書 「はしがき」 に、
「“人間・神の子”の教えは 『一人ひとりがかけがえのない絶対価値を持つ』 という内容であり……」 とあります。

 「絶対価値」 の 「絶対」 とは、対立するものがないことであり、すべてをわが内に包容包含しているもの、すべてのすべてである、つまり神であるということでなければなりません。

 国家権力と対立し、君主と対立するものは 「相対」 であって 「絶対」 ではありません。

 前書第一章の 「1.立憲主義とは何か」 に

≪立憲主義とは、「憲法によって権力を制限し、憲法を権力に遵守させる」 ことです。

……国民の基本的人権の保障や国の権力分立など、十七世紀以降のヨーロッパ市民革命の成果を踏まえて、国の政治の基本的仕組みを定めた法規範の全体を指します。

……たとえばフランス人権宣言の第十六条では、「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていない社会は、憲法をもつものとは言えない」 と定めていますが、そこで意味されているのが 「立憲的意味での憲法」 です。≫


 と書かれています。これは、「相対者」――国王などの権力者と対立して、個人の自由と権利を守らねばならぬ者として 「人間」 を見ており、人間を 「絶対者」 すなわち対立なき神の子とは見ていないところに立っています。

 ところが、つづく 「3.立憲主義の基礎となる“人間・神の子”の教え」 では

≪生長の家の“人間・神の子”の教えは、こうした立憲主義の基礎である 「基本的人権」 の考え方と多くの共通点をもっています。≫

 という。谷口雅春先生の御文章を引用し、

 
≪このように生長の家では、人間は神の“無限”の表現として、一人ひとりがかけがえのない絶対価値を持つ“神の子”だと考えます。だから、この“人間・神の子”の教えは、基本的人権が尊重されるべき根拠となるという意味で、立憲主義の基礎となるものだと言えるのです。≫

 と書かれています。これは、どうでしょうか。王や国家の権力と対立する個人が神の子ではない。神の子は、一人一人がみんな、対立するものなき 「王」 なのである。イエス・キリストが 「汝は王なるか」と問われたとき、「汝が言えるがごとし」 と言った、その王なのである。現象界の権力者という意味での王ではなく、霊的、魂的に王なのである。だから権威を持ちながら弟子の足を洗う行もできたのである。釈迦が 「天上天下唯我独尊」 と言ったのも、尽十方界すべて自分であると自覚したからである。

 王の権力と戦い、王をギロチンにかけて自由を奪い取らねばならなかったフランス人は哀れなるかな。そんなのが好ましい人権主義、立憲主義の根本的人間観だとしたら、それが“人間・神の子”の自覚に通ずるとは思えません。

 日本では幸いなことに、

≪ 日本においては、君(天皇)は民を 「おおみたから」 として拝み給い、民は君を 「大君は神にしませば」 と拝み、 「終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ」 て来たのである。これは、西洋的民主主義を超えた、国民すべてをもっと幸福にする民主主義の理想であると思います。≫
(2016.8.17 #297


 「宗教」 は、宗(もと)の教え。宇宙の根源なる 「一」 なる元に還ることを教えることが要諦ではないでしょうか。西洋的な立憲主義などは、根源的なものではない。人類史の途中で出て来た仮のものです。

 ≪戦後日本が採用したアメリカ型の民主主義は統治の手段のひとつにすぎず、統治の理念、国家の目的ではない。民主主義も三権分立も意思決定の手続きであり、手続きをどんなに精緻に整えてもそこから国家の存立と発展の理念が生まれるわけではない。

 日本国の統治理念は 『日本書紀』 の巻第三に明示されている。その統治理念を示したのが三種の神器である。すなわち、民生の向上は玉に象徴し、精神の研鑽は鏡に、正義の実現は剣に象徴し、それを皇位継承の御印(みしるし)にした。皇位の継承は、統治理念の継承を意味していたのである。≫
(2016.8.17 #295


 日本天皇は祈ることがお仕事(ミッション)で、国民を権力で虐げ支配するような対立関係をつくらなかったから、日本にはフランス革命のような血なまぐさい歴史がない。なにも欧米の民主主義が絶対的な理想ではない。日本は日本独特の歴史・文化を尊重しまもり、発展させて行くことこそ、神の御意志であり、世界に貢献できる最も素晴らしいことではないかと、私は心の底からそう信じています。

 <つづく>

   (2016.12.7)

312 ワクワクする夢を――過去のログを再掲します


 前項で、<本ホームページ(ウェブサイト)は、@nifty の サービス終了により、データを新しいサーバーに移転しなければなりません>と書きましたが、間違いでした。移転しなければならないのは、私が製作管理しているもう一つのウェブサイト

 「はなびらさんさん――榎本恵吾記念館」

 だけでした。本サイトは、このまま続けます。

          ○

 実相の生長の家総裁は、神である。

 神なる実相の生長の家総裁を礼拝し、昨年11月に、ここに書いていた過去のログ #176#177 を再掲載させていただきたく思います。

          ○

176 人間は、神である。

 “人間至上主義は間違っている” というとき、その “人間” とは動物なる肉体人間をさしている。動物である肉体人間は、我欲によって自然環境を破壊する “地球のガン” となり得る。

 その 「我欲によって自然環境を破壊してきた地球のガン、罪の子」 の自覚が、潜在意識的自己処罰、自己破壊願望によって、いま、攻撃が反撃を生む 「報復の連鎖」 なるテロにおびえる世界の状態をひきおこしているとも考えられる。

 しかし、真の人間は、肉体ではない。真の人間は、神である。

≪人即ち神であると言う真理を知らぬ者が多いのは気の毒である。『生長の家』 が此の世に出現したのはすべての人々に此の至上の真理を知らさんが為である。自己が神だと悟ったら人間が傲慢になるように誤解したり、自己の本性が神だと悟った者を謙遜が足りぬと思う者は大変な思い違いである。斯くの如き想像をする者は自己が神だと言う真理をまだ一度も悟って見たことがないからである。自己が神だと悟れたら人間は本当に謙遜になれるのである。キリストが弟子の足を洗うことが出来たのも、自己が神だと悟っていたからである。

 本当の謙遜は 『神の自覚』 から来る。神を自己の本性
(うち)に自覚しないものは、いくら謙遜らしく見えても、それは卑屈にすぎない。卑屈と謙遜とを思い誤るな。本当の謙遜とは 『自己は神より出でた神の子である、従って神そのもののほか何者でもない』 と言う真理を何らの抗(さか)らいもなしに承認することである。此の真理を承認するものを謙遜と言い柔和と言う。此の真理に逆う者を傲慢と言うのである。すべての傲慢と意地張りとは『吾れ神なり』の真理を承認しないところの根本傲慢より分化し来たるのである。≫

 と、完成
(ななつ)の燈台の点燈者なる生長の家大神は、神示を垂れ給う(「至上者の自覚の神示」)。

まもなく世界全体が、新しく生まれ変わる。
 まったく近いうちに、地上のすべての政治、経済体制は、ガラリと一新される。技術も、社会も、今とは比較にならないほど進歩する。理解がみなぎり、一体となった世界社会が実現する。
 原子力は、生活の便利のために利用できるようになる。政治面で婦人の役割は、さらに重要になる。指導的立場に立つ婦人がふえてくる。古くから残っていた階級は消滅する。
 最も変るのは教育である。その理論も実際も、根底から改革される。それは、人間観に一大変革が起こるからである。

 人間とは何か?
 現在では、環境にもみくだかれ、生活にこづき回され、機械や社会体制の部品となって、いつ廃物とされるかわからない、情けない、無力で不安定な存在にすぎない。人間とは本来、そういうものではなく、宇宙的にかかわりあっている、巨大な存在なのだ――と、アガシヤは教える。

 それを自覚せねばならぬ時がまもなく訪れてくる。激しいショックを受け、大きな試練をのりこえて、いやでも人間は、本当の自分自身に目ざめ、偉大な自覚を抱くようになる。それがつまり地上の浄化だ。
 この上もなく平和な、輝かしい時代は、人類をゆり動かす大きなショックとともにやってくる。≫


 とアガシャも伝えている。

 いま、攻撃が反撃を生む 「報復の連鎖」 におののいている世界の難題を克服する道は、「人即ち神であるという真理」 の自覚(それが正念である)に目覚めて、本当に謙遜になり、真の愛を行ずることによってのみ克服できるのではないか。今こそ、正念
(しょうねん)によらなければ乗り切れない 「正念場」 なのである。

 「われ神なり」 の自覚が、すべてを 「わが生みし子なり、我れなり」 として慈しみ、生かす行いの元となる。その自覚こそが、世界平和の元となる。

 親が、子を訴えて裁判沙汰に持ち込むなどというのは聞いたことがない。ところが生長の家では、子にあたる元熱心な信徒、同志を排撃し、裁判に訴えるような行動をしながら、「神・自然・人間の大調和による世界平和」 などと言っても、信徒はしらけるだけである。

 生長の家総裁および教団中枢幹部の方々。「人間は神なり」 の元に還り、まずは、裁判をやめ、子にあたる元熱心な信徒、同志との大調和、和解、協力総活躍をめざしてください。さもなければ、生長の家出現の意味はなくなると思うものです。

  (2015.11.20)

          * * * * * * *

177 兄弟よ、夢を描け

 繰り返しますが、「われ神なり」 の自覚が、すべてを 「わが生みし子なり、我れなり」 として慈しみ、生かす行いの元となる。その自覚こそが、世界平和の元となる。

 親が、子を訴えて裁判沙汰に持ち込むなどというのは聞いたことがない。ところが生長の家では、子にあたる元熱心な信徒、同志を排撃し、裁判に訴えるような行動をしながら、「神・自然・人間の大調和による世界平和」 などと言っても、信徒はしらけるだけである。それで 「教勢拡大」 というのは、寝言に等しい。

 生長の家総裁および教団中枢幹部の方々。「人間は神なり」 の元に還り、まずは、裁判をやめ、子にあたる元熱心な信徒、同志との大調和、和解、協力総活躍をめざしてください。さもなければ、生長の家出現の意味はなくなると思うものです。

 谷口雅春先生の作詩に 「夢を描け」 というのがあります。私は青年時代にそれを、ベートーヴェン第九の「歓喜の歌」をバックに朗読、録音して、街頭伝道で流したりしていました。

 →「夢を描け」(岡正章朗読、録音)

≪   夢を描け

若きと老いたるとを問わず
兄弟よ、夢を描け、
蜃気楼
(しんきろう)よりも大いなる夢を。
夢はあなたの肉体を超えて虚空にひろがり
ひろくひろく宇宙にひろがる雲となって、
あなたをより高き世界へ
あま翔けらす大いなる翼となるであろう。

此の翼こそ世にも奇
(くす)しき翼である。
夢の奇しき翼に乗るとき
若きものは向上し
老いたるものは若返る。

兄弟よ、
夢の翼を休めるな、
自己を出来るだけ偉大であると想像せよ。
あまり高く翔けのぼることを恐れるな、
躊躇するな、
尻込みするな、
自分自身を限るな。
あなたは夢の翼によって肉体の制限
(さかい)を超える。
たといあなたが地球にわいた黴
(かび)よりもその肉体が小さくとも、
あなたの心は夢をえがくことによって
天地を造った偉大なる心と一つになるのだ。

兄弟よ、
悲しみに打たれるな。
打たれても起き上れ。
描いた夢が破れても
あなたはまだ夢を描く自由はあるのだ。
自分にまだ偉大な力が残っていると想像せよ。
夢を描くものにとっては
此の世界は常に新天新地である。

兄弟よ倒れるな、
倒れても起き上れ、
希望を失っても試みが破れても
倒れ切るな。
夢は希望の苗床である。
大いなる夢の苗床から
希望の芽がまた萌え出でる。
希望の芽は夢につちかわれて生長する。
夢は希望の苗床である。

兄弟よ、出来るだけ明るい大きな夢を心に描け。
自分を暗い悲しいものだと想像するな。
あなたの 『心』 が全能の創造者
(つくりぬし)だと云うことを知れ。
あなたは自分の心で自分を想像した通りのものにするのだ。
自分を暗い悲しいものだと想橡したら
その通りにあなたはなるのだ。
自分を明るい偉大な人間だと想像しても
その通りにあなたはなるのだ。
何故なら心は全能者であるからだ。

兄弟よ、
偉大なる夢を描かないで
偉大となったものが嘗てあるか。
此の世に偉大と名のつく一切のものは、
みんなあなたの夢の産物ではないか、
コロンブスがアメリカ大陸を発見したのも
あなたの夢の帆かけ船で
人生の荒波を超えたからではないか。
汽車、汽船、自動車は勿論のこと、
飛行機、ラジオに至るまで、
皆なあなたの夢が形と化したのではないか。

新大陸の存在をあなたの夢が心に描く。
するとやがてアメリカが発見された。
あなたの夢が
人間が空を飛ぶことを心に描いたとき
飛行機が発明された。
あなたの心が 『動く写真』 を夢に描いた時
キネマが出現したのだ。
そしてあなたが 『語る映画』 を心に描いたとき
トーキーが出現したのだ。

兄弟よ、
夢の勇者たれ、
あなたの夢が万能であると云うことを自覚せよ。
万能を自覚するとき、
あなた自身は本当に万能となるのである。

夢の勇者も
時としては失敗するように見えるであろう。
併し如何なる時にも挫折するな、
失敗するように見えた時、
彼は一層希望の実現に近づいているのである。

見せかけの失敗は
成功のきざしである。
陰極は必ず陽転する。
コロンブスを乗せた帆かけ船の船員が、
待てども待てども新大陸が見つからないで失望して、
今や将
(まさ)にコロンブスを監禁して
船を引返そうとしていた時
彼は一層新大陸の間近まで来ていたのではないか。

兄弟よ、
陰極は陽転するのだ。
何事にも此のコロンブスの話を思い出せ。
失敗に恐れるな、
失敗のたび毎に
貴方が希望の実現に近づいている事を知れ。
そして人生の荒波に沈んで了わないように
夢の救命器をしっかり結んで泳ぐのだ。≫


  (谷口雅春先生作詩。『生命の實相』第20巻「聖詩篇」より)

 上記 「夢を描け」 の朗読録音で、そのバックに使ったベートーヴェン第九の「歓喜の合唱」は、私もその合唱団の一員として歌っているものです。

 相愛会の幹部会で数年前に、「相愛会長はワクワクするようなビジョンを描こう」と提唱されたことがあります。そのときに私は、「生長の家が分裂状態で互いに排撃し争い合いながら、“ワクワクするビジョン”なんか出てくるわけがない。寝言みたいなことを言うな。熱心な元同志たちと和解・協力しあい、一つになって人類光明化運動に邁進する姿こそ、ワクワクするビジョンだ」 と言ったことがあります。今も、そう思います。

 信徒の皆さま、いかがでしょうか。

   (2015.11.24)

          * * * * * * *

   (2016.9.26 再掲)

311 しばらくお休みします――ホームページ移転のお知らせ


 本ホームページ(ウェブサイト)は、@nifty の @homepage サービスを利用して公開させていただいてまいりましたが、まもなく 9月29日をもって同サービスは終了することになりました。それで、データを新しいサーバーに移転しなければなりません。それにともない、URLも変わります。

 そこでこの際、しばらくこのサイトの更新をお休みし、システムメンテナンスの作業をして、新しく出発し直したいと思います。よろしくお願い申し上げます。


 実相の生長の家総裁は、神である。

 それを信ずる私は、いっそう神想観に徹し、神なる実相の生長の家総裁のみことばに霊の耳を傾け、また勉強を深めて、新しい気持で発信をつづけてまいる所存です。

 何卒よろしくお願い申し上げます。

     岡 正章 合掌


   (2016.9.8)

310 迷いに「ハイ」と中心帰一してはならない(5)


 実相の生長の家総裁は、神である。

 神なる生長の家総裁が、神の国日本を貶め、神の国日本を覆いくらます現行日本国ニセ憲法を尊重するようなことを言われる筈はないのである。

 神なる生長の家総裁は、神の国である実相日本は未だかつて敗戦したことなく、したがって占領憲法を押しつけられたこともない、と説かれるのである。

 実相日本の最初の成文憲法であり、今も生きている神の国日本の憲法と言うべきは、天孫降臨の御神勅――

≪「豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みずほ)の国は、これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。
 爾
(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)
 寶祚
(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壤(あめつち)と窮(きわ)まりなかるべし。≫


 と天照大御神
(あまてらすおおみかみ)が天孫(てんそん)瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に授けられた御神勅である。

 日本国は、この御神勅をもとに肇
(はじ)まった不滅の国、世界の平和と繁栄の鍵を握る国であることを、神なる(実相の)生長の家総裁は説き続けておられるのである。

 私はその 神なる実相の 『生長の家』 総裁のみ声に耳を傾け、神なる生長の家総裁のみこころに、中心帰一して生きることを誓うものである。


 <つづく>

   (2016.8.30)

309 迷いに「ハイ」と中心帰一してはならない(4)


 (実相の、本当の) 「生長の家」 は、「久遠の今」 にある。

 「久遠の今」 は時間・空間がそこから発生した元のところであり、時空を超えた本源世界であるから、「生長の家」 は 「久遠の昔からある」 ともいわれ、また 「本当の古神道は 『生長の家』 の内にあり、本当のキリスト教は 『生長の家』 の内にあり、本当の仏教は 『生長の家』 の内にあり……」(万教包容の神示)とも言われているのである。

 「生長の家大神」 は、その 「久遠の今」 なる、「中
(みなか)」 より出でて、宇宙の迷いの心を浄め、中心帰一の実相世界、神の国を地上(現象世界)に顕わし現(だ)すために導き給う神である。生長の家大神は、わが内にましまして、いま働き給う。

 「実相」 とは何か。それは 「久遠の今」 なる神のコトバ――

≪ 全能なる神、
  完全なる神の
  『心』 動き出でてコトバとなれば
  一切の現象展開して万物成る≫


 ところの世界
(聖経 『甘露の法雨』)であり、「ヨハネ伝」 の冒頭第1章に

≪ 太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と偕(とも)にあり、言は神なりき。この言は太初に神とともに在り、万(よろず)の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。之に生命(いのち)あり、この生命は人の光なりき。≫

 とある、神の言によって成った世界である。

 では、「迷い」 とは何か。

≪無明(まよい)はあらざるものをありと想像するが故に無明なり。
真相を知らざるを迷と云う。≫


 であり
(聖経『甘露の法雨』)、人類光明化運動指針 第十条には

≪ ……迷とは何であろうか。御教によれば、「実相を包みて顕現せしめず、想い全相に達せざるを迷と云う」 と示されている。現下一切の人類は 「一つ」 の神より発してそれぞれの国家に民族に分れている一即多の実相を見失って、部分に立ち、部分の利害に盲(めし)い、国と国、民族と民族、階級と階級とが互に対立して争い合っているのである。争いの世界は罪の世界であり、罪の世界は恐怖の世界であり、恐怖は更に武力を生み、武力は争いを生み、とどまるところなき悪循環の世界を現出しているのである。ここに我らは一切の対立と利己心を超えなければならない。

 神は一切の対立を超え給い、然もそれぞれの国民や民族をそれぞれに生かし給うのである。神に於いてのみ、全体を生かす実相に立ってのみ、平和共存があり得る。人間を神の子とし、一切者とし一切を自分の心の展開とする全相に立つ事が真に生長の家人の自覚である事を確認し、全人類の心に神の栄光が一日も速かに現れん事を祈念し、愛の霊波をもって全地球をくまなく蔽い、争いの念波・罪の意識を浄めつくさなければならない。

 「神の無限の愛、吾に流れ入り給いて、愛の霊光燦然と輝き給う。その光いよいよ輝きを増して全地上を覆い給い、すべての人々の心に愛と平和と秩序と中心帰一の真理を満たし給う。」

 生長の家人は心を一つにして、毎日、この愛と平和の祈りを全世界に向って発しなければならない。≫


 とある。

 ところが、その 「生長の家」 自体が、現象世界では 「全体を生かす」 実相を覆い隠して、分裂抗争の 「とどまるところなき悪循環の世界を現出」 していると見える。迷いに包まれていると見えるのである。

 「人間神の子」 の自覚とは、「一切はすべて自分の責任であり、自分以外の他のなにものの責任ではないのだ」 と云う覚悟である
(人類光明化運動指針 第四条)から、それはわが責任以外のなにものの責任でもないのである。

 しかし、私は絶望しないのである。危機は機会である。今こそ、魂が大きく飛躍し生長するチャンスなのだ。個人にとっても、組織全体にとっても。


 <つづく>

   (2016.8.29)

308 迷いに「ハイ」と中心帰一してはならない(3)


 つづく 「人類光明化運動指針」 第六条~第八条は、具体的な組織運動の指針。

 そして第九条には、まず

≪ 第九条  生長の家の各員は、如何に運動の分野が多岐にわたり組織が複雑化すると雖も、光明化運動の中心が何であるかを常に見失うことなく明らかに自覚して行動すべきである。

 生長の家大神――総裁・副総裁――御教。この三つを結び貫く神意の展開が、光明化運動の不動の中心である事を、生長の家人たるものは一瞬たりとも忘れてはならない。≫


 とあります。ここで、「……三つを結び貫く」 までは 「神意」 にかかる修飾語であり、「神意の展開が、光明化運動の不動の中心である」 というところが骨格であります。

 つづいて

≪ 如何にその人が有力者であろうと長年光明化運動に献身して来ようと、素晴らしき体験をもつ指導者であろうと、断じてその人を中心にしてはならない。

 若
(も)しも人を中心とすれば、その人が理解し把握している以上の運動の展開は不可能となり、歪(ゆが)んでいれば運動も歪むほかなく、その人とそりの合わぬ者、反対意見の者は身を引くか、対立して禍根を残すであろうし、若し或る人が情熱的な信仰を持つ場合、その人が真に中心を明らかに自覚している場合はよいが、唯熱心であるだけならば、何時かその人に頼り過ぎ、その人が転任或は他界した場合は、忽ち火の消えた様に衰微してしまった如き事例は往々にしてある。すべて皆中心を誤っていることに気がつかなかった為である。

 光明化運動に於いては人は中心ではない。神意が中心である。その神意現成の組織に於ける自己の部署と役割とを誤りなく遂行して、始めて人はその使命を果たし得るのである事をよくよく銘記して行動すべきである。≫


 とあり、「断じて人を中心にしてはならない」 ことを、よくよく念を押すように説明してあるのであります。

 このことは、「総裁については例外」 とは書いてありません。当然、総裁についても当てはまることであり、このことを 「よくよく銘記して行動すべきである」 のであります。


 <つづく>

   (2016.8.28)

307 迷いに「ハイ」と中心帰一してはならない(2)


 前記谷口雅春先生のご指導(#306)は、家庭における夫と妻のありかたをどう指導するかについての研鑽記録でした。

 さて、正しい中心帰一とは何か。

 すべて生命体には一つの中心がある、本来一つの中心生命から分かれ出たものであるからその元の中心生命に帰って 「一体」 を自覚し、己れの分、使命を生きるという のが 「中心帰一」 であり、自他を生かす神の道である。

 そこには、人間は本来肉体という個別の存在ではなく霊である、神であるという根本自覚があるのである。

 真の中心帰一は、「われ神なり」 の自覚から出発する。

 真の中心帰一は、人(現象人間)に盲目的にハイと従うことではない。神に、神意に中心帰一しなければならぬ。

 その自覚が国家にあらわれたとき、万世一系のスメラミコト天皇陛下を中心とした中心帰一国家日本が生まれたのである。

 生長の家は、現象の時間・空間がそこから発した、万象発生の根源なるタカアマハラであり、中心帰一のスなる家である(久遠天上理想国実現の神示)。

 だから、『菩薩は何を為すべきか』 にある 「人類光明化運動指針 生長の家各員の運動心得十三ヶ条」 において、

 まず第一条~第三条で 「人間は神の子」 という根本自覚の確立が第一であることを述べ、第四条でも 「自分がすべて(一切者)である」 としている。

 そして第五条。

≪ 第五条  生長の家の各員は、人間神の子の自覚が、日本民族が悠久の昔より世々代々承け継ぎ語り継いで来た「命(みこと)」の自覚にほかならず、生長の家立教の使命が同時に日本建国の理念の現成にほかならない事を明らかにすべきである。

 日本民族は存在の窮極を、一切のものの生成の根源たる普遍的絶対者を、天之御中主神
(あめのみなかぬしのかみ)として把握し、その「中(みなか)」への帰一とその「中」の展開、即ち宇宙普遍の原理の地上的顕現を日本国家形成の理念とし、天津日嗣(あまつひつぎ)とはこの理念のさながらなる継承以外にはなく、天皇の権威は権力をもって思うがままにこの国を支配する権利にあるのではなく、この理念の継承実現にまします事、

 従って天皇を中心と仰ぐ日本国家の発展は、天皇の人民支配の手段としての国家の発展と云うが如き専制的な性格のものでは微塵もなく、宇宙真理、即ち神意の地上顕現の至純至高の形体としての日本国家の発展である事これが日本神話の理念であり日本民族の理想であり日本建国の精神である。この真理現成の大まつりごとに、神の子として命として自己の責任としてまつろい奉る事が実相の成就である事を明らかにすべきである。

 単に自分の祖国たるのみの理由にて日本を愛するのではなく、東洋と西洋との中間に位して一切を生かす大乗の真理国家たる事が日本の理念であるからこそこの国の国体を鑽仰
(さんぎょう)してやまず、この国の神の子国民として生を享けしめられた所以の深さに感泣し、わが一身もわが家庭もわが生活もすべてこの理念現成に捧げられてはじめて存在の意義を持ち得るものなることを、各自互に明確に自覚し合い、その行動の根拠となし合うべきである。≫

 とあり、谷口雅春先生は

 「ここは非常に重大な一節であります。民主主義かぶれのしている人には解するのに難しいところであります。生長の家は 『人類光明化運動』 と云うから人類を愛したらいいのであって、日本の国なんかどうだっていいじゃあないか、と考える人があるかも知れませぬが、決してそうじゃあないのであります。皆さんは日本民族の一員として日本人として生れた。その事実に立脚して生きている以上、日本民族と云うものは如何なる自覚を持ち如何なる使命を持って此の地上に誕生したのであるかと云うことほど重大な問題はないのであります。」

 とおっしゃっているのであります。ここに、生長の家出現の使命がはっきりと明示されているのであります。


 <つづく>

   (2016.8.27)

306 迷いに「ハイ」と中心帰一してはならない


 「妻は、夫から “宿った胎児をおろせ” と言われたら “ハイ” と従うのが中心帰一か?」

 ――答えは、「否」 です。

 谷口雅春先生監輯 『實相研鑽Ⅰ』(昭和49年 日本教文社刊)の最初に掲載されている 「妻が夫にハイと言う限界について」 というタイトルの研鑽記録に、そのことについての懇切なご指導が録
(しる)されています。

 ここには、今われわれが組織の上置者、中心者が何を言ってもそれに “ハイ” と従うのが中心帰一の正しいあり方か? という問題にも通じる大事な教えがあります。そのご指導のポイントを抜粋してご紹介したいと思います。

 [同書は冒頭の 「編者のことば」 に
≪生長の家総裁(初代)谷口雅春先生のお膝下、東京都地方講師会では、昭和34年1月より毎月1回、「実相研鑽会」 と称する勉強会を行い、総裁より直々の御指導を受けてきた。その発言、問答の記録が本書である。(後略)
   昭和49年1月≫ とある。]


 その第一集の最初に、

 「妻が夫にハイと言う限界について」 というタイトルで昭和35年4月24日の研鑽会記録が収録されています。
 その内容をかいつまんでご紹介します。

       *  *  *  *  *

 
(生長の家では、人間は男も女も本質は平等に神の子の霊であるが、使命役割が違い、女性が素直に男性の要求を入れてやることによって子を生むことができる肉体構造になっているように、無我になって夫を立て夫に従うことによって幸福が得られる。それが宇宙の真理、神のみこころにかなうと説く。)

 U 婦人講師が、白鳩誌友会で質問を受けた。
 質問者は家が商売していて、夫は消極的で商売が下手である。妻がするとうまくいく。
 ところが生長の家では 「夫にハイ」 と従うべきだと教えられた。
 それで、自分は間違っていたと自分を責めていたら病気になってしまった。

 これからは無我になって何でも夫の言うとおりにしなければならないと思っていると、夫から商売のことを相談される。

 “私はあなたの言うとおりハイと従いますから”と言って、何も言わないでいると、夫はそれじゃ心細い、困るなあと言われる。それで、

 「夫にハイというのは、どこまでがハイで、どこからハイと言わなくてもよいのでしょうか」

 と聞かれたU講師は、

 「ただ何でも信ずるというのは間違っている。しかし夫を(神だと見ず商売が下手だと)見る眼が間違っているんじゃないか」

 と指導したが、皆さま御検討ねがいます。

──と問題提起をしたことから始まり、いろいろな講師が意見を述べます。


 H講師は、次のような発表をします。

       *  *  *  *  *

 その年の白鳩会全国大会で、谷口輝子先生が 「神のみを愛せよ」 という題で講話をされた。

 “K婦人” からの手紙を引用され、夫が
 「胎児を堕ろせ。おろさなければ離縁だ」
 というのに対して、妻が
 「私はあなたを愛しているけれども、今あなたの言葉に従ったのでは、あなたに殺人の罪を犯させることになる。だから私は離縁されてもいいから子どもはおろさない」
  と真心こめて言ったところ、夫は
 「もう子供をおろせとは言わない」
 と言い、離縁にもならなかった。

 ――と谷口輝子先生がお話されたのを聞き、非常に感激した。
 自分もそういう時(堕胎せよ)には 「ハイ」 と言ってはいけないと思った

 ――と、H講師は発表した


 それを受けて谷口雅春先生の結語のご指導では、つぎのようにおっしゃった(要約)。

≪      「実相の夫」 に従うこと

 先ず根本的に、夫を神の子として尊敬して、夫の実相を喚
(よ)び出さなければいけない。

 そしてUさんの言われた、商売の不得手な夫が奥さんに 「この商売どうしたらいいのか、教えてくれ」 といわれるのに 「私はもうハイの精神で、夫の言うことにばかり従うんだからもう私の意見は言いません」 というのは、ハイじゃない。夫は 「教えてくれ」 と言ってるんだから 「ハイ」 と言って教えたらいいんだろうと思いますがね。

 夫から ”堕胎せよ、いやなら離婚する” といわれた K婦人の場合、夫は必ずしも堕胎せよと言っていない。「堕胎するか離婚するか、どちらかを選べ」 と言っている。どっちが本当に夫の実相の声か、ということを聴かなくてはいけない。

 夫の実相は神なんだから、神ならどう言うか。神なら“堕ろせ”とは言わん。そしたら、、「それでは離婚していただきます」 と素直に言って夫の実相の声に従う。「堕胎いたしません」 と言うのも、夫の本当の声に従ったのです。

 妻が夫の実相を喚び出さないで、迷いを喚び出して迷いに従っていながら、「夫に素直に従っているんだ 」 と言うのは、根本的に間違っている。それで 「堕胎いたしません」 と言って神に従うことが、即ち夫の実相の声に従うことと完全に一致することになるわけです。≫


 と。

       *  *  *  *  *

 谷口雅春先生のご指導を噛みしめ、具体的に実践して行きたいと思います。

 上記は、夫と妻の場合についてのご指導でしたが、これは生長の家総裁と信徒の場合にも当てはまることだと思うのです。

 <つづく>

   (2016.8.26)

305 熟成食品のような“うまみ”のある日本文化


 今日8月23日のNHK“シブ5時”で、時間をかけて熟成した 「熟成食品」 がウケている、というようなニュースが放映されました。

 日本国体・日本文化には、熟成食品のような“うまみ”があるのではないか、と思いました。

 現行占領憲法は、施行から70年たって、日本に定着し熟成されたか?

 “Yes”と言いたい人もあるかも知れないが、私は“No”だと思う。

 日本文化は、外来文化を排斥せず、取り入れて消化し、本来のアイデンティティを損なわずに熟成させ(日本的なものにつくりかえ)、“うまみ”を増しながら発展してきた、二千年以上の歴史を持つ。(#115参照

 しかし、日本に仏教が入ってきてからこれを日本的仏教につくりかえて熟成定着させるにも約百年かかっている。現行憲法施行の歴史はまだ70年であり、定着したとは言いがたい。

 キリスト教の日本伝来は5世紀頃という説もあるが、はっきりせず、証拠があるのは戦国時代の1549年、フランシスコ・ザビエルによる布教である。それからでも今日まで約470年が経っている。

 それでキリスト教も、かなり日本的キリスト教につくりかえられて、ある程度は日本に根づいたかにも見えるが、まだまだクリスチャン(受洗者)はごくわずかである。

 まして現憲法を不磨の大典、金科玉条とするようなカルト信者は、ごく少数にすぎないと言わざるを得ない。

 それでも消化包容力の旺盛な日本人は、西欧的人権主義、民主主義をも日本的に造りかえて消化し、アイデンティティを損なうことなく、わがものとすることもできるだろう。

 それは、明治初年の 「五箇条の御誓文」(#297 参照)にもあらわれていることである。

 しかし今、日本人が日本のアイデンティティをこわしてしまったら元も子もない。しっかりと本来の日本のアイデンティティに立ち還り、そこから再出発することが大切である。

 そのために今必要なことは、いったん現憲法を廃棄し、日本のアイデンティティである国体に根ざした憲法制定(帝国憲法の復元改正)を真剣に考えるべき時だと思う。

 それができたとき、本当に世界中から尊敬され、世界人類を一つに包容して真の平和と繁栄のために役立てる日本の実相が顕現されるだろう。


   (2016.8.23)

304 竹田恒泰氏の論理は閉じていない


 竹田恒泰氏の憲法論については、#299 で触れました。

 竹田氏は、

≪日本の国体は、戦前も戦後も(憲法が変わっても)、一貫して変わっていない。「主権者が天皇から国民に移った」 というのは間違いで、「君民一体」 「君民共治」 という国体は不変である。≫

 という。


 この場合、「国体は変わっていない」 という 「国体」 は、政体のことであって、根源的な、「君民一体」 「君民共治」 で作り上げてきた歴史・文化という意味での 「国体」 は、変わっていないとは言えないはずである。それなのに、言葉の定義を明確にせず、「すりかえ」 が行われているのではないか。

 上記は、最初 Voice 2013年8月号に<「日本が好き」と言える時代>第4回<「国体の護持」を達成した日本国憲法>という題で掲載され、次の9月号で同第5回<九条改正が謝罪外交を終わらせる>という説得力ある論文が載り、<以下次号>と結ばれていた。で、次号を楽しみにしていましたが、ついにその続きは掲載されないまま今日に至っている(間違っていればお詫びしますが)。

 続く Voice 2013年9月号で、憲法九条改正の必要は述べられたが、改正は九条だけでよいのかどうか、続きを待っていたのですが、出て来なかった。その後テレビのワイドショーみたいなのには出て饒舌を弄しても、発言には重みが感じられず、失望させられています。竹田氏は、軽薄な売文家になりさがってしまったのか。

  『日本人の原点がわかる「国体」の授業』(2013年 PHP研究所刊)は説得力ある力作名著だと思います。しかし、その 「国体」(国体は政体だけではない)論に立脚すれば、帝国憲法から現行憲法に変わったことによって、政体は変わっていないと言えても、国体は変わったと言わなければ、筋が通らないと思います。

 したがって、竹田恒泰氏の憲法論は、まだ完結していない、論理が閉じていないと思う。逃げないで、完結させてほしい。

 本当に国体を尊重するならば、現行占領憲法を否定し、全面改定を言う必要があると思います。


   (2016.8.23) 

303 日本国憲法 前文 改定試案


 ここまで論じてきたことをふまえ、日本国憲法の前文について、私の改定試案を書いてみました。

          ○

  日本国憲法 改定試案      (岡 正章)

     
前  文

 わが日本国は、神から始まった神の国であり人はみな神の子孫であるという神話を持ち、万世一系の天皇を中心として、常に 「和」 を尊び、君民一体、君民共治のすがた・伝統を受け継ぎながら発展して来た、長い歴史と固有の文化を持つ国である。

 
君(天皇)は民を 「おおみたから」 と尊重し給い、民の喜び・悲しみをわが喜び・悲しみとして常にその幸福を祈り給い、民は君を親のごとく神のごとく崇め尊敬し、互いに真心をもって結ばれながら、2000年を超えて続いてきた、類
(たぐ)いまれな国である。

 われらはこの美しき善き伝統を尊重し、さらに発展させ、世界の平和と繁栄のために貢献することを祈念し誓願して、この憲法を制定する。


          ○

 いかがでしょうか。

 上記の文言はもっともっと、だれにでも受け入れられるような、わかりやすくて肯定できる、よい文章に練り上げる必要があると思いますが、私はぜひ、大筋で以上のような主旨を表現した前文に、改定していただくことを切望します。

 それが多くの国民に受け入れられるようになるには、少なくとも20年はかかるでしょう。私の今生で生きているうちには、不可能かも知れません。でも、いつの日にか必ずそれは実現すると信じて、今、日々いのちを懸けてその思い願いを発信して行きたいと思います。


   (2016.8.23) 

302 「立憲主義」と「国体尊重」は本来同義である(5)


 「国体」 の定義について、その歴史的な推移をふまえ、長々と勉強してきましたが、結論として、

 「国体」 は単に、君主主権(天皇主権)とか、国民主権とか、法理論として主権の存するところを核とした政治形態をいうのではない。生命体としての国の歴史そのものが国体と言える。法概念である 「政体」 とは明確に区別するのが妥当である。

 
≪ 「国体」 とは日本国家を成り立たせる根本原理である。「国体」 を、(人知で)構築することはできない。国体は、(歴史を学ぶことによって)発見するものである。「国体」 は、見えない憲法、不文憲法である。

 この「国体」という不文憲法を、文字にしなければならない部分だけ文字にする作業が憲法制定、憲法改定である。≫


 と言われる佐藤優氏の言(『日本国家の神髄』)に、同感、共鳴します。

 この、祖先から受け継いで来た日本の 「国体」 を愛し、大切に守り育てていくことこそ、本当の正しい 「立憲主義」 である、と改めて確信しました。

 谷口雅春先生は、

≪ 天皇国家は日本民族独得の一大文化的創作である。

 われわれ独得の日本人の創作の文化の中で、一番偉大なる生きた芸術――生きて動いている大芸術がこの日本の国体であります。

 国体というと、国のあり方のことであります。この日本にしかないところの、一大創作芸術、一大文化的産物というのが、日本独得の天皇中心の“天皇国家”というものであるのでありますが、そういう独得の一大創作なる国家が創造されたというのは、この日本民族の真理直観の天分によるのであります。

 日本民族が古代から宇宙の真理として天地の始めに発見し表現した所の天之御中主神
(あめのみなかぬしのかみ)、宇宙の御中(みなか)に中心があって、全ての生命はその御中の中心から分れて出て来、そして又、それが中心に帰一して、中心・周辺一つにして渾然一体であるのが生命体であるという真理を日本民族は把握したのである。

 日本民族にとっては、全てのものは、一つの中心生命体から分れて出て、分れて出た末梢生命が又、中心に帰一して、それが渾然一体たる有機的生命体となっていると観るのであって、この世界観が国家にあらわれているのが、この現実の大日本国である。この民族の一大創作芸術である独得の日本の国家形態を吾々日本民族は永久に護持しなければならないのであります。これは他に、真似の出来ないところの創作芸術である。≫
 (『美しき日本の再建』より)

 と説かれています。ここに、

   御民
(みたみ)われ 生ける験(しるし)あり
     天地
(あめつち)の 栄ゆる時に遇(あ)へらく思へば

 と、人間がもっとも完全に生命を燃焼させ、至高の生き甲斐ある人生=神生を生きる道、感動に満ちた幸福への道があるのであります。

 この日本国体を尊重し守り育てる、本来の日本的立憲主義に徹して、憲法問題を考えてまいりましょう。


   (2016.8.22) 

301 「立憲主義」と「国体尊重」は本来同義である(4)


 「国体」 の定義について、その歴史的な推移を、『天皇の国師 知られざる賢人三上照夫の真実』(宮﨑貞行著)から学びますと――

≪ 「国体」 という言葉を初めて記載した文献は、『延喜式』 にある 『出雲国造神賀詞
(いずものくにのみやつこかむごと)』 であった。「天穂比命(あめのほひのみこと)を国体(くにかた)見に遣(つか)はしし時」 とあり、この 「国体」 をクニカタと訓(よ)ませている。この場合は、国の地勢、風土の意味であることが文脈からわかる。≫

 とある。そして

≪ ある政治的な意味合いを持つ用語として 「国体」 が語られるようになったのは、江戸中期以降の思想界であった。特に水戸藩の儒学者たちは、朱子学の名分論に基づき、万世一系の天子が君臨し、鎖国を継続するわが国独自の国家体制を 「国体」 と定義し、尊皇攘夷運動を盛り上げようとした。

 江戸後期の国学者たちも、記紀の研究に基づき、将軍に代わり天皇を最高指導者に仰ぐ統治体制を 「国体」 とみていた。彼らは、神武天皇が建国した当時の統治体制に戻り、「王政復古」 することを呼びかけた。それは、疑うことのできない自明の「建国の体」であり、「立国の体」 であるという主張が主流を占めるようになった。

 儒学者や国学者のいう 「国体」 は、幕藩体制を崩壊させた明治維新によってほぼ実現されることになった。万世一系の天皇が名実ともに君臨する 「皇国」 が、維新の大動乱を経て成立したのである。

 皇国制度を完成させた明治二十三年の帝国憲法は、第一条において、統治の根拠を次のように明確に規定している。

 「大日本帝国ハ、万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」 ≫


          *   *   *

 ――この第一条は、大日本帝国憲法を起草した井上毅の原案では

 「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ治
(しら)ス所ナリ」であった。

 「しらす」 は 「知る」 の敬語で、意味は 「天皇が広く民の声をお聞きになり国の事情をお知りになることで、天皇が存在することによって自然と国がまとまる」 という 「和」 の精神をあらわした言葉である。

 しかし草案を審議する席で最終責任者の伊藤博文が、「しらす」では一般に分かりづらいと判断して、「統治す」に置き換わってしまった。

 伊藤は、『憲法義解』 という大日本帝国憲法の解説書を書いているが、その中で 「統治」 は 「しらす」 の意味で用いていると、解説している。

          *   *   *

≪(しかし、帝国憲法第一条の) この規定に基づき、穂積八束、上杉慎吉といった東京帝国大学の憲法学者は、万世一系の天皇が統治権としての主権を保有する政治体制を 「国体」 と名づけた。

 穂積八束は、主権の所在を意味するドイツ法学の 「シュターツフォルム(Staatsform)」 という法律用語の訳に新語を工夫せず、「国体」という日本特有の歴史用語をそのまま法律用語としてしまった。このことが後に重大な誤解を生む要因となる。「国体」という用語は憲法学者を通じて拡散し、明治中期以降の政治指導者たちも天皇主権の意味で使いはじめるようになった。

 しかし、この意見に異を唱える有力な学者が現れた。東大法学部の同僚の美濃部達吉である。

   「国体」と「政体」を別けて考える

 美濃部の考えによると、「国体」 は、憲法の外にある観念であって、法概念ではないから法解釈において用いるべきではない。「国体」 とは国家の 「歴史的、倫理的な特質」 を指すものであり、法概念である 「政体」 とは明確に区別されるべきものであると主張した。ドイツ語の 「シュターツフォルム」 は 「政体」 と訳すべきと考えていた。

 そして、わが国の 「政体」 を分析するならば、統治権としての主権は天皇ではなく、本来的に法人たる国家にあり、天皇は国家の最高機関として憲法の枠内において国家意思を最終決定する存在であると位置づけた。天皇が国家の機関として統治権を総攬する体制がわが国の 「政体」 であるという美濃部の説は、大正から昭和初期まで法学者の間では通説として強い支持を得ていた。穂積八束、上杉慎吉らの天皇主権を 「国体」 と見る学説は少数であった。≫


 ところが昭和十年、貴族院で美濃部達吉の天皇機関説が突如やり玉に挙げられ、ごうごうたる非難を議員たちから浴びることになる。このとき美濃部は貴族院の勅選議員となっていたから、これに堂々と反論したが、「国体明徴」の空気に迎合する政治家と新聞、雑誌の非難に抗することはできなかった。美濃部は貴族院議員を辞職し、政府も批判に抗しきれず、彼の説を異端として憲法に関する著書を発禁処分にせざるを得なくなった。

 昭和初年まで憲法学界で広く支持されていた美濃部説が、どうして政界で突如激しい非難を受けるようになったのか。

 大正時代にさかのぼってみると、法学者流の合理的に整理された議論を心情的に物足りないと感じる知識人が少なからずいた。彼らは、憲法解釈とは無関係に、君民の精神的紐帯を強調した 「国体論」 を展開しはじめていた。

 たとえば、神道研究家の田中義能は、国体の根底には、単に万世一系の皇統だけでなく、「君民一体の国民精神」があると説き、その国民精神の真髄は神道の哲学であると主張した。君民一体の国民精神と切り離した法学者流の国体論や政体論は、無味乾燥でとうてい受け入れられなかった。

 内務省神社局は、思想界で国体の論議が盛んになってきたことを踏まえ、大正十年に 『国体論史』 を出版し、国体論の歴史的経緯を取りまとめていた。

 そうした中、大正十一年に、共産主義政党の国際組織コミンテルンの指導により日本共産党が秘かに結成され、革命により君主制を打倒することを真剣に議論しはじめていた。

 クレムリンに支配されたコミンテルンは、わが国の天皇もドイツやロシアの専制君主と同じ性格のものとみなし、君主制(モナーキー)の打倒を日本共産党に指示していた。日本共産党は、わが国の君主制を「天皇制」と名づけ、コミンテルンの指示に従い暴力的な革命運動に乗り出そうとした。

 このような不穏な情勢のなかで、大正12年末に摂政裕仁皇太子殿下の暗殺未遂事件が勃発する。自ら共産主義の信奉者と名のっていた難波大助という青年が、虎の門近くを走行中の摂政裕仁殿下を猟銃で暗殺しようとしたのである。

 皇太子暗殺を狙う過激青年が現れるとは予想だにしていなかった政府は驚愕した。この共産青年による摂政狙撃事件が、内閣と議会を驚かせ、「国体」 強化への決定的な引き金をひいた。

 「天皇制打倒」 の活動を警戒した政府は、大正十四年に治安維持法を公布し、「国体の変革」 を目的とした結社を禁止した。それは共産党の非合法化を狙った法律であった。そして、地下に潜った共産党の暴力革命を未然防止するため、特別高等(特高)警察を全国に拡充した。

 この治安維持法にいう 「国体」 は、昭和4年の大審院判決では 「万世一系ノ天皇君臨シ、統治権ヲ総攬シ給フトイフ大原則」 と定義されている。

 しかしこの単純な定義だけでは、国際共産主義の思想侵略に対抗できないと危機感を抱いた学者や知識人が、新しい 「国体論」 を掲げて登場してくる。彼らは、昭和の御代の新しい国家目標と国民の生きがいを固有の 「国体論」 に見出そうと、率先して情熱的な議論を展開しはじめた。

 そのひとり、哲学者の里見岸雄は、「国体は政治体制を超えた有機的な 『民族生命体系』 であって、太古からの歴史に通底している国家の生命基盤である」 という議論を展開した。彼は、「国体学会」 を創設し、生涯を膨大な国体論の論述と普及に捧げた。

 作家の倉田百三も、日本文化の独自性を 「民族の血統的中心である天皇」 によって統治されてきた 「世界無比の国体の独自性」 に求めようとした。わが固有の国体は、世界に伝播しつつある共産主義思想によって決して蹂躙されることがあってはならないと彼らは強調した。

 また、美濃部達吉と同期の法学者、筧克彦は、独自に古神道を研究し、国体は法の成文によって左右されるものではなく、「皇と民の一心同体の品格ある大生命体」を指すと考えた。彼は、「天皇様の御生命の拡張せられたる大生命が皇国である」 とする熱情的な国体論を発表した。

 このような情熱的な議論は、特に国体明徴運動の起きた昭和9年以降、集中的に展開されていく。こうして国体論は、次第に当初の憲法解釈論の枠を超えて、君民一体の民族的生命体という精神論ないし生命体系論へ転化していった。

 美濃部達吉は、法律上の概念である 「政体」 と歴史的、倫理的な特質を意味する 「国体」 を区別して議論しようと呼びかけたが、彼の冷静な意見は、しかし、熱狂的な政治の嵐のなかで吹き消されていった。

 大正14年に議会で治安維持法案を審議した際、変革を禁止すべきは 「政体」 か、それとも 「国体」 かという議論があったが、結局、議会が法律になじまない 「国体」 という文言を採用した。彼らにとっては、国体も政体も同じようなものに映っていたのである。


 戦後、天皇は帝国憲法にいう統治権を失ったが、それは天皇が統治権としての主権を保持する体制を 「国体」 とする論者からみれば「国体の変革」にほかならなかった。しかし、そうではないと美濃部は主張した。昭和22年の 『新憲法逐条解説』 において美濃部は次のように書いている。

 「国体といふ語は、……わが国民が万世一系の天皇を国家の中心として奉戴し、他国には類を見ないほどの尊崇忠誠の念を致し、天皇は国民を子のごとく慈しみたまひ、君民一致、挙国一家のごとくなることの事実を指す意味に用ひられてゐる。

 国体といふ語をかくの如き意義に理解するならば、新憲法はあへてかかる意義における国体を変革するものではない」

 と。万世一系の天皇が日本国の中心人格として、日本の歴史と伝統を代表し、国民を一家のように思いやりつつ精神的に統合する体制を 「国体」 とする見方に立てば、戦後も国体は継続されたことになる、ということである。

 いま竹田恒泰氏が、

≪日本の国体は、戦前も戦後も(憲法が変わっても)、一貫して変わっていない。「主権者が天皇から国民に移った」 というのは間違いで、「君民一体」 「君民共治」 という国体は不変である。≫

 と言われる(#299)のは、この美濃部氏の最後の結論部分を取り込んでおられるのであろう。


 <つづく>

   (2016.8.22) 

300 「立憲主義」と「国体尊重」は本来同義である(3)


 「国体」 と言っても、「国民体育大会」 しか思い浮かばないのが、戦後教育を受けた今の大多数の日本人でしょう。

 私の小学生時代は、昭和15年4月から21年3月までで、戦中の教育を受けました。
 紀元節(2月11日<建国記念の日>)、天長節(4月29日<昭和天皇御誕生日・昭和の日>)、明治節(11月3日<明治天皇御誕生日・文化の日>)および四方節(1月1日<元日>)は四大節と呼ばれ、元日を除き四大節には学校で儀式が行われ、「教育勅語奉読」というのがありました。

 教育勅語というのは、明治23年10月30日に発布された「教育ニ関スル勅語」。その冒頭に

≪朕(ちん)(おも)ふに 我が皇祖皇宗(こうそこうそう)国を肇(はじ)むること宏遠(こうえん)に 徳を樹(た)つること深厚なり 我が臣民克(よ)く忠に克く孝に 億兆心を一(いつ)にして 世々厥(そ)の美を済(な)せるは 此れ我が国体の精華(せいか)にして 教育の淵源(えんげん)亦実に此(ここ)に存す≫
(カタカナをひらがなに、正漢字を当用漢字に換えました)

 とあります。私は今でもその全文を諳
(そら)んじることができます。講堂に、「國體之精華」と書かれた横額(右横書き)が掲げられてあったことも覚えています。

 谷口雅春先生は、

≪天皇国家は日本民族独得の一大文化的創作である。
 われわれ独得の日本人の創作の文化の中で、一番偉大なる生きた芸術――生きて動いている大芸術がこの日本の国体であります。≫


 と喝破されている。(#148#149参照)

 ところでこの 「国体」 という語が、現在ほとんど死語と化しているのには、理由があります。

 それは戦後の連合国の占領政策(日本弱体化政策)で日本人を精神的に骨抜きにするため、教科書に厳しい検閲を課し、愛国心につながる用語(「国体」、「国家」、「わが国」なども)を教科書から徹底的に排除させたのです。それ以来、教科書だけでなく、日本社会で 「国体」 の言葉が使われなくなって今日に至ったのです(#140参照)。

 しかし、神は賞むべきかな。すでに死語と化してしまったかに見えた 「国体」 という語が、いま復活してきつつあるようです。

 佐藤優著 『日本国家の神髄 禁書「国体の本義」を読み解く』(2009年産経新聞社刊)、竹田恒泰著 『日本人の原点がわかる「国体」の授業』(2013年 PHP研究所刊)等々の力作名著が次々に現れ、「国体」 という語が息を吹き返してきた。うれしいことです。

 10年前に 「国体尊重」 などと言ったら時代錯誤の極右翼か、ガラパゴス 化石人間のたわごとぐらいにしか見られなかったと思われる 「国体」 という言葉が、まともな論議で用いられるようになったのですから。

 時代は変わりました。今から10年も経てば、現憲法を金科玉条とする 「立憲主義」 を言い続けるような者こそ、時代錯誤のガラパゴス「化石人間」といわれるようになると思います。

          ○

 今日昼に、テレビ朝日 「ビートたけしのTVタックル」 を途中から少し見ました。「尖閣諸島で領海侵入が頻発 勝手すぎる!? 中国とどう付き合うか」 というテーマで、竹田恒泰氏や東国原英夫氏、中国から来て10年にもなる留学生(?)なども加わって、ワイワイやってました。中国は、『カエルの楽園』(百田尚樹著)のウシガエルそっくりに見える。でも、「カエルを信じろ」「カエルと争うな」「争うための力を持つな」の三戒を守るだけで、話し合えば平和が保たれるとは、だれも思っていません。日本人は、そんなにバカではありません。

 中国で、沖縄を独立させるための会議というのが開かれたと、琉球新報が報じたとかも言ってました。沖縄はかつて琉球王朝時代に中国に朝貢していたことがあるから、中国では沖縄を中国領だと考えているものがあり、沖縄独立を支援して米軍が沖縄から撤退したら中国に併合することを狙っているようだ。領土拡張が中国の歴史なのだから――と。

 沖縄の人も含めて、日本人は、目を覚まさないといけません。

 また、民間レベルでは「ニッポン大好き」中国人が多いという話も出ました。訪日中国人たちが、日本人の親切・清潔・正直なことに感動している。店にたくさんの商品が並べてあって、盗まれる恐れを感じていないように見えることとか、所持品を置き忘れたりしても案内所に行けばすぐ届いていることとか、行列に並んできちんと順番を待つなど、秩序を守るすがたに驚く。そんなことに感動して、「ニッポン大好き」になる中国人が多いというのも、TVタックルで話題になっていました。

 こんなところにも、「国体の精華」 が現れているのかな、と思いました。

          ○

 ちょっと脱線しましたが、「国体」 について。

 佐藤優氏は 『日本国家の神髄 禁書「国体の本義」を読み解く』 の序章で、次のように言っています。

≪ 「国体」とは日本国家を成り立たせる根本原理である。愛国心に関する議論も、憲法改正問題も、わが国体に関する認識を欠いて行われるならば、机上の空論で、時間の無駄だ。
 (中略)
 現下、日本の有識者にとって重要なことは、わが国体を再発見することである。

     「国体」を構築することはできない

 ここで一言述べておきたいことがある。それは、国体は発見するものであるということだ。国体を構築することはできない。この基本を押さえていない憲法改正論議はきわめて危険だ。

 日本の伝統において 「目に見えない憲法」 が存在している。この 「目に見えない憲法」 こそが国体なのである。この国体を、所与の歴史的条件の下で、文字にしなくてはならない部分だけを、文字にする作業が憲法制定であり、憲法改正である。

 人知によって、政治エリートが考える理想を記した憲法を構築するという発想は、わが国体に合致しない。

 人間の理性に基づいて、理想的な社会や国家を構築できるという発想自体が、1789年のフランス革命のときに議長席から見て左側にすわっていた人々、すなわち左翼の思想なのである。

 左翼は、人間は誰も等しく理性をもっていると考える。従って、完全情報が与えられているならば、人間は理性に基づいて、共通の結論に至ると考える。左翼にとって、真理は一つなのである。現行憲法を改正して、理性に基づいて、理想的な憲法を作ろうという発想に、左翼思想の罠がひそんでいると私は考える。

 これに対して、フランス革命のときに議長席から見て右側にすわっていた人々、すなわち右翼は、人間の理性には限界があると考える。

 ここで重要なのは、右翼は理性を否定しているのではないことだ。理性の限界を強調しているのである。各人には偏見があるので、ある人がいくら理性に基づいて、客観的かつ誠実に考えているつもりであっても、偏見から完全に逃れることはできないのである。

 裏返して言うならば、限界の内部においては、右翼であっても理性に基づいた議論をすることは当然のことである。ただし、右翼は、理性の限界の外においてこそ、人間の真価があらわれると考える。

 私自身の立ち位置は、右翼である。これを国家との関係に則して述べるならば、国体を肌で感じることができる者が右翼なのである。≫


 と。

 そういう意味でならば、「私も右翼です」 と言いましょう。


 「国体」 の定義について、きちんと明確にするのは、次回にゆずりたいと思います。


 <つづく>

   (2016.8.21) 

299 「立憲主義」と「国体尊重」は本来同義である(2)


 さて、現行 「日本国憲法」 が、日本本来の不文憲法 Constitution (国体)を蹂躙して占領下に押しつけられた翻訳憲法であり、日本が永久に米国に隷属して守ってもらうことを前提にして、戦力(自衛力を含む)を持たないと宣言している、「占領基本法」というべきものであることは、素直に読めば否定できないと思う。(#146#147 参照)

 それでこの憲法制定(1946年11月3日公布、1947年5月3日施行)から約70年を経た今、この憲法では自衛の問題や皇室と国民のあり方など、抜き差しならぬ問題が出て来たのではないか。だから、根本の根本に還って、憲法問題を考え直す時に来ていると思います。

 憲法は、今のままでよいわけはない。しかし、改定するならば、どのような手順で、どのように改定するか。

 第9条(戦力否定)とか、96条(改正条項)とか、まず一部分だけでも変えたいという方もいらっしゃるようですが、私は、それではいけないと思う。自民党の改正案も、起草決定された方たちのご努力は諒としますが、どうしても根本的な違和感があります。

 なぜか。それは、改正案の底本を現憲法にしている、つまり根本基礎として Constitution (国体) から外れた、非立憲的(Unconstitutional)な現憲法の精神を肯定し、そのバックグラウンドにある日本本来の国体尊重でない西洋的立憲主義――国家と市民を敵対的に見る――から抜け切れていないからです。

 倉山満氏は

≪ 自民党に代表される改憲派の致命的な欠陥は、当用憲法の改正しか考えていないことです。しょせん当用憲法はマッカーサーの落書きにすぎません。落書きをどういじっても、落書きは落書きです。ピカソにはなりません。ましてや葛飾北斎には絶対になりません。

 そもそも自民党は 「自主憲法制定」 を掲げて設立された政党です。「占領憲法の改正」 とは違います。なぜマッカーサーの落書きをいじることに終始して、自分たちの憲法を考えようとしていないのか、不思議なところです。

 憲法というに値しないマッカーサー占領基本法の三大原則(平和主義・人権尊重・国民主権)を墨守して 「日本国憲法」 を改正するなど、「戦後レジーム」 を固定することになるから間違いである。≫


 と言っています
(『間違いだらけの憲法改正論議』)が、同感するところです。


 ところで、「日本国憲法こそが戦後レジーム(WGIP体制)の正体であり、憲法の改正なくして戦後レジームからの脱却はありえない」

  という認識においては同じだけれども、「現憲法によっても国体は変わっていない」 と言う方があります。竹田恒泰氏です。

(竹田恒泰氏は旧皇族の生まれで、慶應義塾大学法学研究科講師・作家。『語られなかった皇族たちの真実』<小学館>で第15回山本七平賞受賞、『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』<PHP新書>がベストセラーになった)

 竹田氏は、

≪日本の国体は、戦前も戦後も(憲法が変わっても)、一貫して変わっていない。「主権者が天皇から国民に移った」 というのは間違いで、「君民一体」 「君民共治」 という国体は不変である。≫

 という。
(『日本人はいつ日本が好きになったのか』<PHP新書>)

 なぜなら、現憲法において、

≪ 第一章 天皇
第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。≫


 とあり、そのあと

≪第六条  1 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。

        2  天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

第七条  天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。

一  憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二  国会を召集すること。
三  衆議院を解散すること。
四  国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五  国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。 (以下、六~十省略)≫


 とあって、内閣総理大臣を任命するのは天皇であるから、もし天皇が存在しなくなったら、内閣総理大臣も最高裁長官も成立せず、また法律を公布できるのは天皇だけであるから、天皇が不在となればすべての法律は公布できず効力をもつことができない。

 つまり、国民に主権があるといっても、立法・行政・司法のすべての機能は天皇がなければ動かない仕組みになっている。それは形式的なものであるけれども。

 だから、国家主権は天皇から国民に移ったのではない。主権とは 「国の政治のあり方を最終的に決める力」 であり、それは 「大日本帝国憲法」 においても、現行 「日本国憲法」 においても、君民が一体となり共に国を治める 「君民共治」 である。

 天皇と国民が一体となった姿 「君民一体」 こそが、戦前も戦後も変わらぬわが国の主権者の姿なのだ、という。
(『日本人の原点がわかる「国体」の授業』<PHP研究所>)


 ――日本国家の主権者は、帝国憲法でも現憲法でも一貫して変わらず、「君民一体」 にあるという竹田氏の説にも、説得力はあります。

 しかし、「国体」 というのは、国家主権のありかだけをいうのでしょうか。

 次に、「国体」 の定義を明確にしていきたいと思います。


 <つづく>

   (2016.8.20) 

298 「立憲主義」と「国体尊重」は本来同義である


 立憲主義とは Constitutionalism の邦訳語で、Constitutiion は constitute ――構成する、形成するという動詞の名詞化。構成、成り立ち、つまり国体(国がら、国のありよう)のことである。国体(国のありよう、Constitution)を明文化したものが憲法 Constitution でなければならない。「立憲主義」 と 「国体尊重」 とは、本来同義である。

 ところが、いまわが国で 「立憲主義」 と言えば、「占領憲法」 というべき現行 「日本国憲法」 を金科玉条としてこれを墨守すること、とする愚か者が多い。というか、高校教科書などでもそう教えているというのだから、なんとも情けないことである。

 ネット上で検索してみても、たとえば 白川真澄
(ピープルズ・プラン研究所運営委員)の言<※「市民の意見」144号(「市民の意見30の会・東京」、2014年6月1日)より転載>とあるのを引けば、

< 立憲主義とは、一言でいえば、個人の自由(人権)を守るために政府の権力(国家権力)を憲法によって制限する、ということである。国家権力に勝手なことをさせないように、憲法であらかじめ縛りをかけることだ、と言ってもよい。

 この社会では、政府は市民(自由な個人)どうしの合意と契約の上に成り立っている。これはある種のフィクション(作り話)ではあるが、みんなに承認された約束事であり、それに従って政治や法や市場経済の仕組みやルールも作られている。政府は市民の信託を受けて公共的なサービスを提供する仕事をするが、同時に強大な権力を手にしている。税金を取り立てたり、人を逮捕し拘束できる強制力である。そのため、政府は市民の自由を脅かしたり圧迫することに走りがちである。

 そこで、政府がけっして侵害してはならない個人の自由を、「人権」として保障することが必要になる。人権を守るために政府の権力行使の自由を制限するルールを定めたものが、憲法である。だから、よく読むと分かるが、憲法に書かれていることは、政府がしてはならない事柄や果たすべき義務なのである。思想・良心の自由、信仰の自由、言論・表現の自由、学問の自由などを保障する、つまり政府がこれらの自由を侵害してはならないと定めている。日本の憲法ではさらに第9条によって、政府が軍隊を持ったり戦争を始めること(交戦権)まで禁じている。政府の自由を制限するという立憲主義が、そこまで徹底している。>


 ――だから、安保関連法は憲法違反であり立憲主義に反している、ということになるのだろう。

 しかし、現行憲法がまず先にあって、日本国ができたのではない。現行憲法は、日本国三千年(少なくとも2000年以上)の歴史の中で、たった一度の敗戦、占領下に置かれたという70年前の異常な状態の中で、他国の占領軍の作った占領基本法ともいうべき英文草案を押しつけられ翻訳して作られた、わが国本来の Constitution (国体・憲法) とは言えないものである。

 つまり、現行憲法そのものが、非立憲的(Unconstitutional)憲法なのである。


 英国法では、中世における身分的社会の代表である議会と、特権的身分の最たるものである国王との緊張関係を背景として、王権を制限し、中世的権利の保障を目的とした古典的な立憲主義が成立した。

 フランスにおいては、17世紀、権力が王権に集中するようになり、君主は法の拘束から解放されているとする絶対君主制が確立し、国内における最高性を示すものとして君主主権の概念が登場する。それに対し巨大な権力である国家と対峙する、社会の最小単位としての個人という概念が成立した。(そして18世紀フランス革命が起きる)

 ヨーロッパの近代的立憲主義は、このような絶対君主の有する主権を制限し、個人の権利・自由を保護しようとする動きの中で生まれたのである。そこでは憲法は、権力を制限し、国民の権利・自由を擁護することを目的とするものとされ、このような内容の憲法が、立憲的意味の憲法といわれているようである。

 日本においても現在、立憲主義と言えばその西洋的立憲主義、つまり国家権力と対峙する国民の権利・自由を擁護するという人権主義をさし、ともかく現行憲法の精神を尊重することだと言っている者が多い。

 しかし、それは本来の正しい立憲主義とは言えない。
 昨日も書いたように、現行 「日本国憲法」 で謳う、「主権在民」 というのは、君主と人民が対立して権力闘争をし、人民が勝利したというような西洋の歴史的背景の中から出て来た思想であって、日本本来の不文憲法――国柄、国体にはなじまないものである。

 「明文憲法の